10月6日(土)、渋谷のユーロスペースで東京ラウンドの開催がスタートする「ブラジル映画祭2012」(公式サイトはこちら)。

音楽ドキュメンタリー映画「バイアォンに愛を込めて」の見どころ、聴きどころをガイドします。

★バイアォンに愛を込めて

●原題は「O Homem Que Engarrafava Nuvens(雲を瓶詰めにした男)」。今年で生誕100周年を迎えるブラジル北東部音楽の父、ルイス・ゴンザーガ(Luiz Gonzaga)の共作者でもあったウンベルト・テイシェイラ(Humberto Teixeira:1915〜1979)の生涯を彼の娘がたどりながら、ルイス=ウンベルトのコンビによって北東部からブラジル全土へ、そして世界に広がった音楽「バイアォン(Baiao)」の歴史と魅力をたどる。生前のウンベルトの語りもふんだんに聞ける。

●ルイス・ゴンザーガは "O rei do Baiao(バイアォンの王様)"、ウンベルト・テイシェイラは "O Doutor do Baiao(バイアォンの博士)" と呼ばれている。ウンベルトは作詞家/作曲家だっただけでなく、弁護士の資格を持ち、後には国会議員にもなったインテリだった(詳しくは映画を)。

●バイアォンの存在を広く知らしめた曲、その名も「Baiao」(1946年)、ブラジルの第二の国歌、あるいは民衆の国歌と賞賛され今日まで歌い継がれている「Asa Branca(白い翼)」(1947年)、多くの歌手がカヴァーしている「Qui Nem Jiro」「Paraiba」など、ルイスとウンベルトが共作した数々の名曲をはいじめ、ウンベルトが作詞作曲した「Kalu」、シヴーカとウンベルトの共作「Adeus Maria Fulo」などのスタンダード・ナンバーが続々、登場する。

●それらを歌う歌手の顔ぶれも豪華絢爛。ルイス・ゴンザーガはもちろん、ジルベルト・ジル、カエターノ・ヴェローゾ、マリア・ベターニア、ガル・コスタ、シコ・ブアルキ、エルバ・ハマーリョ、ファギネル、アルセウ・ヴァセンサ、レニーニ、、ゼカ・パゴヂーニョ、コルデル・ド・フォゴ・エンカンタードなどなど。

●今、名前をあげた歌手が歌う曲の大半は、『O Doutor do Baiao - Humberto Teixeira』と題する作品集/トリビュートCDに収録されている。ジル、ファギネル、レニーニらの歌は、2002年にリオのチアトロ・ヒヴァルで行なわれたウンベルトへのオマージュ公演でのライヴ。シコの「Kalu」、カエターノの「Baiao de Dois」、ガルとシヴーカの「Adeus Maria Fulo」はスタジオ録音。ベターニアが歌う「Asa Branca」はCDではスタジオ録音だが、映画ではライヴ・テイクが使われている。

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O Doutor do Baiao - Humberto Teixeira』(Biscoito FIno BF-533)
10年前の発売なので今も手に入るかどうか分からないが、探してみてください。

●1950年代初めの海外でのバイアォン・ブーム、バイアォンがジョアン・ジルベルトのバチーダに影響を与えたとする説、トロピカリアと北東部の音楽の関係など、興味深いテーマも続々。中には "エー?本当かよ" と突っ込みを入れたくなるような説もあるが、それは見てのお楽しみ。

●若き日のカエターノが弾き語りする「Asa Branca」はロンドン亡命中の1971年の映像。同じシーンが映画『トロピカリア』にも収録されている。

●サンフォーナ(アコーディオン)について語り、スタジオでガル・コスタと共演するシヴーカは2006年に亡くなったので、これは貴重な映像。

●現代のニューヨーク・シーンも。デヴィッド・バーンのバンドのメンバーでもあるマウロ・ヘフォスコ(パーカッション)が率いるグループ、フォホー・イン・ザ・ダークを中心に、デヴィッド・バーン、ベベウ・ジルベルト、羽鳥美保らが登場する。

●盛りだくさんの内容なので視覚、聴覚とも集中力が必要な作品だが、ぜひ日本語字幕を参考に、北東部の大地と人々の心情を描いたウンベルトの歌詞の世界をじっくりと味わってください。


最後に、映画には登場しないが、先日のプレ・イヴェントでも紹介したコレを。

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東京バイヨン娘/生田恵子 1951〜1956』(Victor VICG-61227)

ビクター専属のラテン歌謡歌手、生田恵子さん(故人)のベスト・アルバム。この中に、1951年に日本の芸能団の一員としてブラジル公演を行なった際、単身リオに行って現地の一流ミュージシャンと一緒に録音した3曲が収録されていて、うち2曲がルイス=ウンベルトの作品なのだ。「バイヨン踊り(Baiao de Dois)」と「パライーバ(Paraiba)」、歌詞は日本語。

1951年と言えば、ボサノヴァが世界的なブームになる10年以上のこと。おそらく日本で活動する歌手の初ブラジル録音だろう。当時のブラジルでバイアォンがどれほど人気があったかもうかがえる。

そうした歴史的価値を別にしても、素晴らしく魅力的な歌声が聴けるので、CDは廃盤だが探す価値は大いにあります!