2nd Stage第16節 vs柏レイソル戦より…


後半30分。
高橋秀人のボール奪取から素早いカウンターを仕掛け、最後は東慶悟が押し込んで追加点!だったはずがオフサイドの判定で取り消しになったシーン。 以下の動画(2:06~)から観れます。




このシーンをめぐって様々な意見が見ることができました。












オフサイドの判定は正しいという人と、いや間違っているという人が半々くらいでした。

結局どうなんでしょうか。個人的には間違っていると思いました。理由はいくつかありますが、順を追って説明したいと思います。

1. 中島翔哉はオフサイドではない
スクリーンショット (106)


上の画像を見ても分かる通り、中島はオフサイドポジション(赤のエリア)にいます。 
しかし、オフサイドポジションにいること自体は反則になりません。
スクリーンショット (108)


オフサイドになるには、オフサイドポジションで「プレーに干渉する」か「相手競技者に干渉する」か「その位置にいることによって利益を得た」場合によってのみ罰せられます。
スクリーンショット (109)
「プレーに干渉する」とは”見方競技者がパスした、または見方競技者が触れたボールをプレーする、あるいは触れた”時に反則になります。なので、今回の場合は、中島はボールに触らずスルーしたのでプレーに干渉したとはみなされませんでした。

「相手競技者へ干渉する」ことによるオフサイドも今回はありません。中島は柏のDFに対して何かアクションを起こしたわけでもなく、中島のせいで柏のDF陣の動きが制約されたとも言えません。なので、これもクリア。

「その位置にいることによって利益を得た」とは、まずボールをプレーすることが前提です。なので、ボールに触れていない選手に対してオフサイドは取れません。


よって、このシーンで中島のオフサイドはありません。これは副審ナイスジャッジでした。

2.  東はオフサイドでありノットオフサイド
スクリーンショット (110)

カメラの角度が非常に悪く正確なものではないのでこれだけでは判断材料には成りえません。
高橋秀人がクロスを出した瞬間、東はオフサイドポジションにいたと仮定して話を進めます。
おそらく、東はオフサイドポジションにいたのでしょう。このまま直接ボールが渡ればオフサイドなのですが…

このクロスボールを柏の選手がクリアしようと試みてるんですよね。
そうすると何が問題かというと、
スクリーンショット (109)
赤枠にある通り、「意図的にプレーしたボールを既にオフサイドポジションにいる競技者が受け」ても反則にはならないんですよね。問題は、ボールをクリアしようとした秋野のプレーが意図的なものなのか偶発的なものなのかであって、東の位置は関係ないんですよね。我々一般人が推測できるレベルとしては、東がオフサイドポジションにいたのかいなかったのかの議論は出来ないので、別の視点から見ざるを得ません。

あのシチュエーションで、高橋の選択肢としてはPA内にショートクロスを送るかシュートを打つかの2択になります。そうすると、秋野のポジションからするとシュートブロックする選択はなく、クロスに対しての処理しか選択肢はありません。
スクリーンショット (110)

もちろんクロスが上がってくるということはPA内に相手選手がいるはずですから、それを加味しながらの守備になります。触らなければ詰められる、触っても完璧なクリアは難しい。そんな状況です。東京のカウンターが鋭かったですね。(ニヤリ

と、自分の中では思ったんですが、これ以上の推測は出来ません。
副審からは無論秋野が触ったかなんて判断するのは難しいでしょうから、最終的な判断はオフサイドの判定を採用した扇谷さんということになります。東はオフサイドポジションにいるという体で話を進めているので、扇谷さんは秋野のプレーは意図的ではないと判断したのだと思います。東がオフサイドポジションにいたかどうかは扇谷さんの判断するところではないので、これが一番マシな推測だと思います。


扇谷さんは意図的でないと判断し、僕は意図的だと判断しました。みなさんはどちらだと思いますか?

親しみを持つこととリスペクトを捨てることは全く別物。


昨日は湘南戦。

前節、広島を撃破したFC東京はこの試合に勝てば年間順位、2ndステージの順位でも優位につけることができる大事な試合。

この試合、是が非でも勝ち点3が欲しかったのだが、内容でも相手に上回られ1-2で負けた。

思うようにシュートまで運べずに消化不良で終わった感じだが、限りある決定機を湘南がキッチリ決めたというだけである。今までレギュラーだった選手がスタメンから外れると途端に満足のいく結果が出せなくなったりとか、ブラダとDF陣の連携がまだまだだとか、いろいろ言いたいことはあるけれどもそれは今回は置いといて・・・


スタジアムで試合を見るとどうしても野次が聞こえてきてしまう。
今日は後ろにいた中学生くらいのサポーターたちが終始選手や審判に野次を飛ばしていた。「シュート決めろよ~」とかなら全然構わないのだが、「前にパス出せよオラァ!」とか「ファウルだろどこ見てんだよ!」とか、だれに影響されて中学生がこんなことが言えるのだろう・・・ 
だれに影響されてといっても、そりゃあ周りの大人のサポーターが似たような野次を飛ばせば、こうもなるのかと推測。
多かれ少なかれ同じようなことを思ってるサポーターはたくさんいる。俺だって、今日何個かおかしいだろそれって判定や不甲斐ないプレーをした選手に愚痴を垂れそうにもなった。だけど、それを口にするのとしないのとでは全く違う。

それを口にすることで自分の気は済むかも知れないが周りのサポーターが不快になったりする時もあるし、スタジアムはストレスの吐き捨て場ではない。
「てめぇこの野郎」と思うのならば後楽園ホールに行ってヒールのレスラーがボコボコにされるのを見れば十分に気が済むだろうしそれでも満足しないならレスラーになろう。


たとえ自分の好きな選手であろうと高圧的な態度で文句を言いたいなら100歩譲って周りに誰もいない自宅で観ていただきたい。先述した野次は、愛と親しみを込めて言われる「前俊を諦めない」とは紙の裏と表の存在ではあるが、その紙をひっくり返してしまう人は人としてまだ未熟だ。

それは審判団に対しても全く同じことが言えるわけで、見ず知らずの他人をリスペクトしろとまでは言わないが、少なくとも審判団は見ず知らずの他人ではないわけで、彼らのおかげでサッカーの試合が円滑に進められている。
スタンドから試合を見ればそりゃあもうピッチ全体を俯瞰することができて、どこでなにがあったか大略は一目で分かるが、詳細までは分からないだろう。
プレーの争点から100mほど離れたスタンドから、「ハンドだ!」とか「押してる!」とか、視力が5.0くらいないとたぶん分かるはずがないのだが、大略は見れてるので分かった気になってしまう。
そういった細かいファウルを、日々トレーニングを積んだ審判団は2つの視点からだいたい10mほど離れた場所から監視しているので、今記したことをある程度理解している人からすればどっちがクソ判定をしているかといったら、いちいち審判の判定にイチャモン付けている人たちの自分の贔屓チームが得をすればどんな判定でもいいと思っている自己中心的なサポーターの方である。


例えスタジアムで愛と親しみのない野次が飛ばされたとしても、「俺はこうはならないぞ」と自分で自分を言い聞かせ、できることならもうそのような大人を減らすこと、そしていつか大人になる子どもにそんな野次を飛ばさせないことができればいいなと切に願う。

目指すべきスタジアムとは


FC東京の理想のゴール裏像とはいったいなんなのか。

ゴミが全くない「世界一美しいスタジアム」なのか、それとも怪我人が出ないスタジアムなのか。
どの理想像も”日本的”ではあるが、”日本的”なのはネガティブなことなのか?
アウェイサポーターもホーム側コンコースに行き来できるようなスタジアム、両チームのサポーターが一緒にスタジアムグルメに列を作るスタジアム。どれも日本的で素晴らしいと思う。

欧州や南米にあこがれて応援スタイルを真似るチームが多い。かくいうFC東京もその部類に入るだろう。
しかし、本物の欧州や南米のような雰囲気をゴール裏に持ち込むことはできない。なぜなら日本の文化がそれを許さないからだ。
彼らは、その土地の文化にサッカーが根付いている。朝起きて試合前にサッカーパブでたらふく飲み、それから試合を観戦する。欧州の文化の上に成り立つのが欧州サッカーの雰囲気であり、また南米も同じである。

欧州の文化の上に欧州サッカーの雰囲気が出来上がるなら、日本もそうなるはずだ。

我々は約2500円のチケットを払って試合を観戦する。2500円の対価は90分のゲームである。
そのゲームをバックスタンドで座ってみようがゴール裏で立ってみようがそれは人それぞれである。
”ゴール裏”は応援するエリアであるので、声を出したり飛び跳ねて迫力を出すことをお願いすることはある。しかし、それを強要することは出来ない。
FC東京の応援を担う中心グループは、ゴール裏で声を出さない人や飛ばない人に対してとても冷たい視線を送る。当たり前の話だが、彼らは迫力のあるゴール裏にしたいからである。

そんな彼らに対して、普通のサポーターの中には冷たい視線を送る人もいる。
冷淡で自分らのことしか考えていない、と。しかし、彼らなくして応援はまとまらないことも知っている。

我々と中心グループはとても絶妙なバランスで微妙な関係が保たれている。しかし、それに気づかないとこのバランスは崩れてしまう。
東京は、後半になるとルパンを歌うのが定番である。その時に”横揺れ”と呼ばれる一種の応援スタイルがあるのだが、最近この”横揺れ”がとても危険になってきている。
肩を組んで横に揺れるようなもんではない。もっと激しく、そして横暴に、である。




この横揺れのおかけでイスにおいてたタオルが踏まれたり、膝をすりむいたり、一眼レフを踏まれたり、バッグにビールがこぼれたりなど被害もある。嫌ならその付近に行かなければいいのかもしれないが、実際ここには女性や子どもたちも多くいる。そして巻き込まれる。(そもそも、イスに置いてあるものを踏まれることがおかしいのだが、何度もイス破壊してきた彼らに学習能力は無いらしい。)

昨日のガンバ戦では赤ちゃんを連れた一家がこのバカ騒ぎに巻き込まれた。彼らの中に赤ちゃんがいることを知っていた人がいたらしく、「危ないから赤ちゃんを抱えて!」と言っていたが、そもそもそんな危ないことをする必要があるのか。

無題

この赤で囲ってある、ベロ幕が掲出してあるブロックは応援の中心でありながら上のほうはあまり激しく応援しない人も多い。中心グループとそのちょっと周辺だけが突出して声を出し飛び跳ねるのだ。初めて来た人でも、FC東京サポーターの知り合いが一人いれば、別に緊張せずに試合を見れるのだ。(初めて来た人をゴール裏の真ん中へ誘う人も誘う人なのだが…)

とにかく、彼らの身内騒ぎでこれ以上不快な気持ちになる人が増えるのはこりごりである。椅子の上に立って応援したり、雨だからと言って他人の席を強奪して屋根のぎりぎり下に入ったり、けが人が出るような横揺れをしたりするのは勘弁である。我々普通のサポーターも旗を準備したり幕を張ってくれたりいろいろ尽力していることは知っているし感謝もしている。だからこそ、この絶妙かつ微妙なバランスを壊さないで欲しい。


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