FC東京の理想のゴール裏像とはいったいなんなのか。

ゴミが全くない「世界一美しいスタジアム」なのか、それとも怪我人が出ないスタジアムなのか。
どの理想像も”日本的”ではあるが、”日本的”なのはネガティブなことなのか?
アウェイサポーターもホーム側コンコースに行き来できるようなスタジアム、両チームのサポーターが一緒にスタジアムグルメに列を作るスタジアム。どれも日本的で素晴らしいと思う。

欧州や南米にあこがれて応援スタイルを真似るチームが多い。かくいうFC東京もその部類に入るだろう。
しかし、本物の欧州や南米のような雰囲気をゴール裏に持ち込むことはできない。なぜなら日本の文化がそれを許さないからだ。
彼らは、その土地の文化にサッカーが根付いている。朝起きて試合前にサッカーパブでたらふく飲み、それから試合を観戦する。欧州の文化の上に成り立つのが欧州サッカーの雰囲気であり、また南米も同じである。

欧州の文化の上に欧州サッカーの雰囲気が出来上がるなら、日本もそうなるはずだ。

我々は約2500円のチケットを払って試合を観戦する。2500円の対価は90分のゲームである。
そのゲームをバックスタンドで座ってみようがゴール裏で立ってみようがそれは人それぞれである。
”ゴール裏”は応援するエリアであるので、声を出したり飛び跳ねて迫力を出すことをお願いすることはある。しかし、それを強要することは出来ない。
FC東京の応援を担う中心グループは、ゴール裏で声を出さない人や飛ばない人に対してとても冷たい視線を送る。当たり前の話だが、彼らは迫力のあるゴール裏にしたいからである。

そんな彼らに対して、普通のサポーターの中には冷たい視線を送る人もいる。
冷淡で自分らのことしか考えていない、と。しかし、彼らなくして応援はまとまらないことも知っている。

我々と中心グループはとても絶妙なバランスで微妙な関係が保たれている。しかし、それに気づかないとこのバランスは崩れてしまう。
東京は、後半になるとルパンを歌うのが定番である。その時に”横揺れ”と呼ばれる一種の応援スタイルがあるのだが、最近この”横揺れ”がとても危険になってきている。
肩を組んで横に揺れるようなもんではない。もっと激しく、そして横暴に、である。




この横揺れのおかけでイスにおいてたタオルが踏まれたり、膝をすりむいたり、一眼レフを踏まれたり、バッグにビールがこぼれたりなど被害もある。嫌ならその付近に行かなければいいのかもしれないが、実際ここには女性や子どもたちも多くいる。そして巻き込まれる。(そもそも、イスに置いてあるものを踏まれることがおかしいのだが、何度もイス破壊してきた彼らに学習能力は無いらしい。)

昨日のガンバ戦では赤ちゃんを連れた一家がこのバカ騒ぎに巻き込まれた。彼らの中に赤ちゃんがいることを知っていた人がいたらしく、「危ないから赤ちゃんを抱えて!」と言っていたが、そもそもそんな危ないことをする必要があるのか。

無題

この赤で囲ってある、ベロ幕が掲出してあるブロックは応援の中心でありながら上のほうはあまり激しく応援しない人も多い。中心グループとそのちょっと周辺だけが突出して声を出し飛び跳ねるのだ。初めて来た人でも、FC東京サポーターの知り合いが一人いれば、別に緊張せずに試合を見れるのだ。(初めて来た人をゴール裏の真ん中へ誘う人も誘う人なのだが…)

とにかく、彼らの身内騒ぎでこれ以上不快な気持ちになる人が増えるのはこりごりである。椅子の上に立って応援したり、雨だからと言って他人の席を強奪して屋根のぎりぎり下に入ったり、けが人が出るような横揺れをしたりするのは勘弁である。我々普通のサポーターも旗を準備したり幕を張ってくれたりいろいろ尽力していることは知っているし感謝もしている。だからこそ、この絶妙かつ微妙なバランスを壊さないで欲しい。