昨日は湘南戦。

前節、広島を撃破したFC東京はこの試合に勝てば年間順位、2ndステージの順位でも優位につけることができる大事な試合。

この試合、是が非でも勝ち点3が欲しかったのだが、内容でも相手に上回られ1-2で負けた。

思うようにシュートまで運べずに消化不良で終わった感じだが、限りある決定機を湘南がキッチリ決めたというだけである。今までレギュラーだった選手がスタメンから外れると途端に満足のいく結果が出せなくなったりとか、ブラダとDF陣の連携がまだまだだとか、いろいろ言いたいことはあるけれどもそれは今回は置いといて・・・


スタジアムで試合を見るとどうしても野次が聞こえてきてしまう。
今日は後ろにいた中学生くらいのサポーターたちが終始選手や審判に野次を飛ばしていた。「シュート決めろよ~」とかなら全然構わないのだが、「前にパス出せよオラァ!」とか「ファウルだろどこ見てんだよ!」とか、だれに影響されて中学生がこんなことが言えるのだろう・・・ 
だれに影響されてといっても、そりゃあ周りの大人のサポーターが似たような野次を飛ばせば、こうもなるのかと推測。
多かれ少なかれ同じようなことを思ってるサポーターはたくさんいる。俺だって、今日何個かおかしいだろそれって判定や不甲斐ないプレーをした選手に愚痴を垂れそうにもなった。だけど、それを口にするのとしないのとでは全く違う。

それを口にすることで自分の気は済むかも知れないが周りのサポーターが不快になったりする時もあるし、スタジアムはストレスの吐き捨て場ではない。
「てめぇこの野郎」と思うのならば後楽園ホールに行ってヒールのレスラーがボコボコにされるのを見れば十分に気が済むだろうしそれでも満足しないならレスラーになろう。


たとえ自分の好きな選手であろうと高圧的な態度で文句を言いたいなら100歩譲って周りに誰もいない自宅で観ていただきたい。先述した野次は、愛と親しみを込めて言われる「前俊を諦めない」とは紙の裏と表の存在ではあるが、その紙をひっくり返してしまう人は人としてまだ未熟だ。

それは審判団に対しても全く同じことが言えるわけで、見ず知らずの他人をリスペクトしろとまでは言わないが、少なくとも審判団は見ず知らずの他人ではないわけで、彼らのおかげでサッカーの試合が円滑に進められている。
スタンドから試合を見ればそりゃあもうピッチ全体を俯瞰することができて、どこでなにがあったか大略は一目で分かるが、詳細までは分からないだろう。
プレーの争点から100mほど離れたスタンドから、「ハンドだ!」とか「押してる!」とか、視力が5.0くらいないとたぶん分かるはずがないのだが、大略は見れてるので分かった気になってしまう。
そういった細かいファウルを、日々トレーニングを積んだ審判団は2つの視点からだいたい10mほど離れた場所から監視しているので、今記したことをある程度理解している人からすればどっちがクソ判定をしているかといったら、いちいち審判の判定にイチャモン付けている人たちの自分の贔屓チームが得をすればどんな判定でもいいと思っている自己中心的なサポーターの方である。


例えスタジアムで愛と親しみのない野次が飛ばされたとしても、「俺はこうはならないぞ」と自分で自分を言い聞かせ、できることならもうそのような大人を減らすこと、そしていつか大人になる子どもにそんな野次を飛ばさせないことができればいいなと切に願う。