来シーズンから大きく変革を遂げるJリーグ。
2ステージ制は吉と出るか凶と出るか、それは来年のこの時期にならないと判明しない。そして、2ステージ制の次には「秋春制」の導入も検討されている。

まず、秋春制がなぜさまざまな波紋を拡げているのかというのはこんなマイナーなブログの読者なら今さら説明することもないだろう。秋春制の短所、いや、それよりも長所をもう一度思い出してほしい。
いくつか挙げるとすると、「欧州リーグの日程と重なる」こと。これによりシーズン中に主力選手が移籍するということがほとんどなくなる。選手やクラブにとってもより決断が容易になるだろう。他には、「W杯や国際試合のスケジュールが組みやすく」なること。代表戦が行われるたびに選手が抜けたり、リーグを中断しなくてはならないということがなくなる。また、夏をオフシーズンとすることで、「高温多湿下での試合を避ける」ことができる。冬は冬で筋肉が硬直してしまいケガに繋がるということもあるが、夏も同じでその気候特有のケガ、病気の発生原因というのがある。ついでだから短所もサラッと挙げるならば、「降雪地域での冬季開催が困難」、「スタジアムの高額な設備投資」、「新卒選手の4月~開幕までの期間をどうするか」、「雪害によるホーム開催をいかに避けれるか」などが挙げられる。

というよりまず、先日のJ1最終節、新潟vs柏の例のように、現行制度ですら影響は出ているのだ。秋春制にしろ春秋制にしろ、スタジアムの設備投資は急務なのではないか。冬でも試合ができるスタジアム… 無論、箱だけ作ったって雪害に屈しないようなインフラ整備も同時にやらねばならないが。


そもそも、日本のリーグ制度の理想像はいったいどのようなものなのか。
なぜ欧州のリーグ制度に合致させなければならないのか。幕末の黒船来航以来、日本は積極的に異国文化を取り入れてきた。鹿鳴館に代表されるように、その欧米崇拝はすさまじいものであった。しかし、生活そのものまで欧米に支配されることはなかった。それは今までの生活に欧米文化が付け足された。
そんな和魂洋才も今日まで受け継がれている。食卓には納豆と味噌汁の隣にトーストやスクランブルエッグが並ぶように、Jリーグもそんな和魂洋才を体現すればいいのではないか。時代の流れには逆らうかもしれないが、「グローバル化」は万能薬ではない。本質的には、「グローバル化」というのはその昔の西欧文化絶対主義に対してアメリカが文化相対主義という名の下で批判したことに始まる。世界共通言語と謳っておきながら、EU圏の公用語はフランス語であるように、反グローバリズムを唱えてアメリカに対してテロ行為を繰り替えす中東の人々がいるように、「グローバル化」と聞こえはいいかもしれないが、その実態はアメリカによる世界支配ではないのか。少し話が逸れたので戻そう・・・

もちろん、秋春制や2ステージ制導入によってもたらされる利益が大きいならば積極的に取り入れるべきだ。ただ、Jリーグが誕生してから20数年、問題が今なお山積している現状で”チャレンジ”的政策を施しても失敗する可能性のほうが高いのではないか。自分が知らないだけでもうすでにやっているだろうが、Jリーグには長期的ビジョンをもう一度再掲してほしい。そして、この現状でそのビジョンの”中期的目標”が「メリットが大きい」ものではなく、「デメリットが少ない」ものになっているだろうか。
「デメリットが少ない」目標を設定していると、仮に2ステージ制で失敗したときにリーグ再建がしやすいだろう。収入増加なんてものを理由にチャレンジ的政策をするのは自分はどうかと思う。タイミングというのはホントに重要である。

その点からいえば、秋春制導入ももっと議論しなければならないのではないか。
日本に合うリーグ制度とはいったいどんなものなのか、もう一度考え直してほしい。Jリーグの制度が欧州やFIFAの意に反するものになったとしても、一番はそれらの世間体ではなく”地理”、”気候”、また”サポーターの総意”たるものであってほしい。