映画で学ぶイタリア語

広島の小さな外国語スクール経営者のブログです。 イタリア語クラスのユニークなレジュメなどを紹介しています。

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第7回)

(前回の続き)

☆マルコッチの家(アパートの三階)
サンドロが荷物を抱えて帰ってくる。
階段を駆け上がる途中でアパートの住人とすれ違う。

◎住人:「よお、サンドリーノ、メリー・クリスマス」
◎サンドロ:「メリー・クリスマス」
自分の家のベルを押す。

☆家の中
母のサーラが出て来て、戸を開ける
 
◎サーラ:「まあ、どうしたの…お前ひとりなのかい?Ma come, sei solo?」
◎サンドロ:「パパはすぐ来るよ、ちょっとウーゴさんのところに寄ったのè fermato dal sor Ugo…でも、すぐ帰るってさ」
◎サーラ:「いったいどうしたの?あんなによく頼んどいたのにm’ero tanto raccomandata…ジュリアとレナートが来てるっていったかい?」
◎サンドロ:「うん…勿論言ったよgliel’ho detto!」

(ちょっと一言)
・妻のサーラを演じるルイザ・デッラ・ノーチェはファッションモデルをしていたところをルイジ・ザンバの目に留まり「処世術」に彼女の写真が使われた。それから「鉄道員」の制作にかかる前年の夏に、監督のジェルミが直接会って彼女の魅力にすっかりひきつけられた。

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第6回)

前回の続き)

☆街角(夜)
話しながら酒場の前を通りかかる。
店の中から歌声が聞こえて来る。
みんなのたまり場ウーゴの店だ。
アンドレア、立ち止まってリヴェラーニと顔を見合わせる。

◎アンドレア:「おい…ジジ」
◎リヴェラーニ:「うん…」
たちまち意見一致。手にした荷物をサンドロに渡し、
◎アンドレア:「サンドリーノ、持って行ってくれ、包みと、ビンと…それでいいTo’。母さんのとこに行ってすぐ帰るからって言ってくれ」
◎サンドロ:「でもジュリアが待ってるんだよ」
◎アンドレア:「一杯だけで帰るよUn bicchiere e vengo。一杯だけだ。…な?じゃあ、サンドリーノ」
◎リヴェラーニ:「お行き。父さんは俺が早く返すからadesso te lo mando io…母さんによろしくなSaluta mamma、じゃあ」
◎アンドレア:「頼むよ」
◎リヴェラーニ:「さよなら、サンドリーノAddio Sandrino!」
サンドロは仕方がないといった表情で荷物を抱えて帰っていく。
2人は嬉々として酒場の中に。
◎アンドレア:「よお、みんな…クリスマスおめでとう!」

(ちょっと一言)

・アンドレアの言ったTo’は別の言葉で言うとtieni

・アンドレアが息子のサンドロに言った言葉「一杯だけで帰るよ、一杯だけだ。…な?」はイタリアでも日本でも酒飲みの常套句。
アンドレア本人も、サンドロもこの言葉を勿論信じてはいない。アンドレアは深夜まで飲みつづける。

・リヴェラーニの「さよなら、サンドリーノAddio Sandrino!」。
このAddioは決定的な別れの場面で使う言葉だと私は教わった。
フェッリーニの「道」でもジェルソミーナとマットが刑務所の前で別れる時にマットが言ったのが「Addio」だった。
しかしこの場面ではリヴェラーニは「じゃあ、またな」という場面でAddioと言っている。
新しい知見を得た。

イタリア語の小さな発見 その4


◎受け身のsi:si passivante

◎非人称のsi:si impersonale

非人称のsiを使う場合、essere,diventare,sembrare等の動詞が来る時、形容詞や名詞の性数は常に男性複数形。
*例*
Quando si diventa vecchi, si è più egoisti.
(年を取ると、ますます我がままになる)

但し、形容詞や名詞が女性の特徴を表したり、女性のみに関わる話題の時は女性複数形。
*例*
Quando si è mamme, si è sempre preoccupate per i figli.
(母親になると、常に子供の世話を焼く)


映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第5回)

(前回の続き)

☆街角(夜)

◎サンドロ:「ああ、リヴェラーニさん、僕忘れるところだった…母さんが明日家へ来てくれってLei sta da noi言っていたよ」
◎リヴェラーニ:「(両手を広げて)とんでもない、アンドレア…俺に何の関係があるんだいche c’entro io!?クリスマスは家族で祝うもんだよ」
◎アンドレア:「それで?…それがどうしたんだ…君には家族がないじゃないか。家へ来いよ!…駄目だよ!…。まあ、そんなことを心配するgli do rettaのはばかげてるな。どうせしまいにはやって来るんだから…初めは遠慮しててもねtanti complimenti...」
◎サンドロ:「しまいには鶏の一番おいしいところla coscia del polloまで食べちゃうんだse la becca…」


(ちょっと一言)
・サンドロのセリフの日本語字幕「鶏の一番おいしいところ」はイタリア語のオリジナルのセリフではla coscia del polloで「鳥のもも」と言う意味。
クリスマスの御馳走の定番は鶏の丸焼きか鶏のもも焼き。
サンドロの意を体してこの映画が日本公開された昭和33年の字幕翻訳者は「鶏の一番おいしいところ」と訳したのだと推測する。
昭和33年当時、鶏の丸焼きは大変なごちそうだった。

・この場面でアンドレアとリヴェラーニが手にしているのはワインのキャンティ フィアスコ。
胴体部分が丸く膨らんだビンの下半身がトウモロコシの皮に包まれているのが特徴だ。
かつては手ごろな値段で広く愛飲されていた.

私も初めて飲んだワインがこのキャンティ フィアスコだったが、今ではこの形はすっかり見かけなくなってしまった。
イタリア映画「道」のザンパノが映画の中で飲んでいたのがこのワインだ。

イタリア語の小さな発見 その3

◎イタリア語の母体と言えるラテン語には近過去はなく、遠過去と半過去があった。

◎書き言葉で:nella lingua scritta

◎話し言葉で:nella lingua parlata

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第4回)

(前回の続き)

☆街角(夜)
電車を降りたアンドレア、サンドロ父子とリヴェラーニが歩いてくる。すれ違う労働者の仲間たちに
◎アンドレア:「よお…メリー・クリスマス!」
◎男:「おめでとう、マルコッチ!」
◎アンドレア:「ごきげんよう」
すれ違った若い婦人がハンカチを落とす。
リヴェラーニ、すかさず拾って
◎リヴェラーニ:「お嬢さん…」
ハンカチを渡す
◎夫人:「ありがとう」
リヴェラーニににっこり笑いかけて立ち去る。リヴェラーニ、そのうしろ姿に見とれている。
◎リヴェラーニ:「新しく来た下宿人だよ…11号室 interno undiciのね…ヴェアレッジョ生まれなんだ」
◎アンドレア:「いったいどんな風にやるのかcome fai見当がつかんね…君は何でも知っているんだな」
◎リヴェラーニ:「テクニックの問題さ」È questione di tecnica!
◎アンドレア:「気をつけろよ…そのうち君の首に縄をla corda al collo.
つけるような女が現れるかもしれんぞ」
◎リヴェラーニ:「俺はそんな間抜けじゃないよ」L’hai trovato il pollo!

(ちょっと一言)
・女がねらった男の気を引くためにわざとハンカチを落とすのは、昔から映画の中で使われてきた古典的手段。
しかしこのシーンの場合は、頭髪がさびしく(前回のシーンで観られたように、何せアンドレアに言わせると、リヴェラーニに残っている髪の毛は四本だ)、風采の上がらないリヴェラーニが相手なので、女からのアタックとは考えにくい。

・リヴェラーニのセリフ「俺はそんな間抜けじゃないよ」L’hai trovato il pollo!。
イタリア語のpolloは「ニワトリ」のことだが、「世間知らず、間抜け」と言う意味もある。
日本語では馬と鹿の二匹が合体して同様の意味を持つ。
イタリアのpolloのように一匹で「間抜け」を代表する動物は日本にはいない、と思うが、いるだろうか?



イタリア語の小さな発見 その2

◎Ho potuto prendere un giorno di fiere(私は一日の休暇を取ることが出来た)

Fiereは勤務先から与えられた休暇
Vacanzaは余暇として楽しむ休暇

◎Quello è sempre in ritardo.(あいつはいつも遅れる)

Luiを使わないことで、皮肉を込めた「あいつ」のニュアンス。

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第3回)

(前回の続き)

☆乗務員控室
アンドレア達乗務員が、顔を洗ったり着替えたりしている。
リヴェラーニが入って来て、アンドレアの所に来る。
両手に抱えた大きな荷物。

◎リヴェラーニ:「道をあけてくれLargo…サンタクロースがやって来るよ」
◎アンドレア:「ほう…今年は軽そうだな」
◎リヴェラーニ:「ああ、だが酒は上等だよil vino è di marca」
◎アンドレア:「白かい?」
◎リヴェラーニ:「赤さ」
◎アンドレア:「辛口かい?Asciutto?」
◎リヴェラーニ:「いや、甘口だ」
◎アンドレア:「じゃあ、いらないね」
リヴェラーニ、鏡に向かって、一生懸命、薄くなった頭髪をなでつける。
◎アンドレア:「そんな毛quei quattro peliはほっとけよ…(さわって)おや、少し生えてきたのかな?ti sono ricresciuti, eh?」
◎リヴェラーニ:「よせよ」
二人は愉快そうに笑う。サンドロもおかしそうに笑う。

(ちょっと一言)
・道をあけてくれ(Largo)について。
largoは辞書には「幅が広い」と書いてある。このリヴェラーニのセリフにあるように「通してくれ」「道をあけてくれ」という意味でも使われる。
音楽用語としては「ゆるやかに」

・酒は上等だよ(il vino è di marca)]について。
Marcaは「商標、ブランド」の意。
Prodotto di marcaで「ブランド商品」

・「じゃあ、いらないね」(Te lo regalo)は直訳すると「おまえにやるよ」ということ。
アンドレアとリヴェラーニは仕事の相棒であり、飲み友達。とりわけアンドレアはいったん飲み始めるととことん飲まないではいられない人。この場面の会話ではアンドレアは赤と白のどちらが好きかははっきりしない。辛口か甘口に関しては辛口好みということだろう。

・「そんな毛quei quattro peliはほっとけよ」のquattro peliは「四本の髪の毛」と言う意味。
「四本しか残っていない髪の毛なんぞほっとけよ」が直訳だ。
イタリア語のQuattro「四つ」には「わずかの」という意味がある。
日本語だと「3」にあたるだろうか。「サルは人に比べて毛が3本少ない」と昔から言い習わすが、サルはどう見ても人間より毛が多いからこの言い回しは面白く、かつ不思議だ。
おばけのキュー太郎も毛が三本だった。

イタリア語の質問 その1

Il mio appartamento è in un palazzo dell’Ottocento.

「私の部屋は1800年代の建物にある」という意味。

dell’Ottocento.はottocentescoとも表現できる。

それでは「1800年代」ではなく「800年代の建物」と言う時はどう表現すればいいのだろう?

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第2回)

(前回の続き)

☆プラットホーム
◎アンドレア:「ほう、母さんは知っているのかいma lo sa la mamma、お前がこんなところまで来たのを?」
機関室から同僚のジジ・リヴェラーニが首を出して
◎リヴェラーニ:「クリスマスおめでとう、サンドリーノ!」
◎サンドロ:「おめでとう、リヴェラーニさんAuguri, sor Liverani!」
◎アンドレア:「(リヴェラーニに)おい、君は購買部cooperativaに行くかい?」
◎リヴェラーニ:「ああ、行くよ」
◎サンドロ:「(得意そうに)ねえ、パパ…僕、改札口の小父さんの鼻の下il naso di quello della portaを通ってきちゃった。僕の事引き留めようとしたんだよ。だけど僕、パパがいつもやるようにio ho fatto come te, “乗務だよ”って言って通っちゃったんだ」
◎アンドレア:「ほう、うまくやったなsei stato in gamba…だが、今度からはこう言うんだぞtu devi dire cosi;、サンドロ。“R48号の機関手il macchinista dell’R48アンドレア・マルコッチの息子だよ”って…」
愉快そうに笑いあう。


(ちょっと一言)

・サンドロは「おめでとう、リヴェラーニさんAuguri, sor Liverani!」と言うセリフ。
ここのsor Liveraniはsignor Liveraniと同じ意味。
Sorは中部、北部イタリアにおいて親密語で使われる敬称。

・男の子にとって自分の父親がこの世で一番偉い人に思える時期がある。
父親にとってそんな息子の賛辞ほど誇らしく、嬉しいものはない。
この息子のために、その思いを裏切らないために頑張らなくてはと思う。
そのような父と息子の黄金時代をかつて持った男たちにとって、このシーンは時の流れの速さを切なくも感じさせる。

・映画の半ばでわかる事だがアンドレアの年齢は50歳を過ぎている。一方、息子のサンドロは小学校の低学年という設定。つまりサンドロはアンドレアが40歳の半ばを過ぎて出来た子供。彼はサンドロが可愛くて仕方がなく、長女や長男に対する厳しく無愛想な態度とは全く違っている。上記のシーンでもサンドロを抱上げ、抱きしめるしぐさ、表情に愛おしさがこもっている。
父親を演じたピエトロ・ジェルミはこの作品の監督でもあり、ジェルミはサンドロ役のエドアルド・ネボラ少年がよほど気に入ったらしく、彼の次作「わらの男」L'Uomo di Pagliaでもエドアルド・ネボラ少年を子供役に起用している。

イタリア語の小さな発見 その1

◎Dov’è Mario?(マリオはどこ?)

・Sarà a casa.(家じゃないかな―推量)
・Sarebbe a casa.(家にいるみたい―伝聞)


◎建物について

・edificio 建物(規模にかかわらず)
・palazzo 建物(一般的に規模の大きな建物)

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第1回)

「鉄道員」Il Ferroviereは1956年のイタリア映画。
監督は「わらの男」「刑事」などの作品で知られるピエトロ・ジェルミ。
父と息子が主題の作品で、父親を演じるのがピエトロ・ジェルミ、息子はエドアルド・ネボラ少年が好演した。
カルロ・ルスティケッリ作曲のテーマ曲(タイトルロールに流れる)が日本でも大ヒットしたことでも知られる。

◎キャスト
・アンドレア・マルコッチ(父親) ピエトロ・ジェルミ
・サンドロ・マルコッチ(次男) エドアルド・ネボラ
・サラ・マルコッチ(母親) ルイザ・デラ・ノーチェ
・ジュリア・マルコッチ(長女) シルヴァ・コシナ
・ジジ(マルコッチの職場の同僚) サロ・ウルツィ
・マルチェロ(長男) レナート・スペツィアリ
・レナート(サラの夫) カルロ・ジュフレ

☆改札口
サンドロが駆け込んでくる。
◎サンドロ:(とがめようとする改札係に)「乗務だよ」Servizio!
と言って通り抜ける。呆れて見送る改札係。

☆プラットホーム
到着している最新型の電気機関車。
サンドロが先頭車両に走ってくる。
◎サンドロ:「パパ、パパ!」
機関室から父のアンドレアが顔を出す。
◎アンドレア:「やあ、サンドリーノ!」
◎サンドロ:「パパ!」
◎アンドレア:(飛び降りて)「やあ、これは驚いたな」Questa sì che è una bella sorpresa!
サンドロを抱上げる。

(次回に続く)

旅情

・1955(昭和30)年イギリス・アメリカ合作映画
・出演
ジェーン(キャサリン・ヘプバーン)
レナート(ロッサノ・ブラッツィ)
フィオリーニ夫人(イザ・ミランダ)

アメリカの地方都市で秘書をしている38歳の独身女、ジェーン・ハドソン(キャサリン・ヘップバーン)は長期休暇を取り、念願であったヨーロッパ旅行の夢を実現させ、この旅行の最終目的地であるヴェニスを訪れる。
ジェーンは駅から船でフィオリーニ夫人(イザ・ミランダ)が経営するペンシオーネに到着する。
その後観光に出かけたヴェニスの街で一人のイタリア人男性レナート(ロッサノ・ブラッツィ)と出会うことになる。

・フィオリーニ夫人を演じるイザ・ミランダは大人のイタリア女の魅力を存分に感じさせてくれる。
「イタリアでは年齢は財産です」とジェーンに言うセリフはフィオリーニ夫人の生き方を象徴している。
季節は夏とあって、彼女は夏のドレスを着ているが、アーウィン・ショーの名作「夏服を着た女たち」 (常盤新平訳)の原題はThe Girls in Their Summer Dresses。
サマードレスというといつもこの映画のイザ・ミランダを思い出す。

・ペンシオーネ・フィオリーニのバルコニーでジェーンは他の客たちと談笑する。木漏れ日がジェーンたちの服の上で揺れ、まるでルノアールの絵の様だ。このシーンに限らず、「旅情」は美しいシーンがふんだんにあって見る者を楽しませてくれる。
この作品の撮影はジャック・ヒルドヤード。
彼は後に「戦場にかける橋」でアカデミー撮影賞を受賞している。
監督のデビッド・リーンが主演女優のキャサリン・ヘプバーンについて「彼女は皺だらけで…」とこぼしたのを、みごとに撮影して見せたのがジャック・ヒルドヤードだった。

・サンマルコ広場のカフェで、レナートの息子から、レナートに妻がいる事を知らされたジェーンは、失望と怒りに駆られて、ペンションに帰る。
レナートはジェーンを追ってペンシオーネ・フィオリーニにやって来る。
そしてジェーンをこう言ってなじる。
「君はまるで、空腹なのにラビオリはいやだ、ビフテキが食べたいんだ、と言っている様なものだ。空腹だったら、目の前のラビオリを食べたらどうなんだ」
ラビオリは、肉や野菜、チーズなどの詰め物をしたパスタで、餃子のようなものと言えばいいだろうか。
普通はゆでて、トマトソースやチーズと和えて食べるが、この映画が日本で公開されたのは昭和30年。その当時、このレナートのいうラビオリを知っていた人はほとんどいなかったのではなかろうか。
私は2018年の今でさえラビオリを食べたことがない。
そして、ジェーンもいったんはその気になるものの、結局は「目の前のラビオリ」を食べなかった。
食べなかったからこそ、最後の印象的な別れのシーンがある。


「星の王子様」で学ぶイタリア語 その7

(イタリア語版)


・Mostrai il mio capolavoro alle persone grandi, domandando se il disegno li spaventava.

・Ma mi risposero: Spaventare? Perché mai uno dovrebbe essere spaventato da un cappello?

・Il mio disegno non era il disegno di un cappello.

・Era il disegno di una boa che digeriva un elefante.

(私訳)


・僕はその傑作を大人の人たちに見せ、怖くないかと尋ねました

・でも、大人の人たちはこう答えました。「どうして帽子なんかを怖がらなくちゃあいけないんだい?」

・ぼくの描いたのは帽子の絵ではありませんでした

・それは象を消化しているボアの絵でした

「星の王子様」で学ぶイタリア語 その6


(イタリア語版)


・Dopo di che non riescono più a muoversi e dormono durante i sei mesi che la digestione richiede.

・Meditai a lungo sulle avventure della giungla.

・E a mia volta riuscii a tracciare il mio primo disegno.

・Il mio disegno numero uno. Era così.

(私訳)


・そうすると、もう動くことが出来なくなって、消化するまで六か月の間、眠っているのです

・僕はジャングルの冒険について、長いこと考えました

・その挙句、初めての絵を何とか描きあげました

・僕の一番最初の絵は、こんな具合でした


「星の王子様」で学ぶイタリア語 その5


(イタリア語版)

・Rappresentava un serpente boa nell'atto di inghiottire un animale.

・Eccovi la copia del disegno.

・C'era scritto:"I boa ingoiano la loro preda tutta intera, senza masticarla"


(私訳)

・それは一匹の動物を飲み込もうとしているボアの絵でした

・お見せするのがその絵のコピーです

・そこにはこう書いてありました。「ボアは獲物を、かまずに丸まま飲み込みます」

(ちょっと一言)

・今回でてきた二つの単語、inghiottireとingoiare。いずれも「飲み込む」という意味だが、ingoiareには「がぶっと飲み込む」「丸まま飲み込む」のニュアンスがある。

・ボアは主に南北アメリカに生息する大蛇のこと。ボアではないが、私はブラジル人の知り合いから幸運を呼ぶおまじないだと言って、ガラガラヘビのしっぽをもらったことがある。

「星の王子様」で学ぶイタリア語 その4

(イタリア語版)

・Perciò correggo la mia dedica.

・A LEONE WERTH Quando era un bambino

・Un tempo lontano, quando avevo sei anni, in un libro sulle foreste primordiali, intitolato Storie vissute della natura, vidi un magnifico disegno.

(私訳)

・だから私は献辞をこのように書き直す

・子どもの時のレオン・ウェルトへ

・昔、六歳の時、「自然界の本当にあった話」という題の、原始林の事を書いた本の中で、僕は素晴らしい絵を見たことがあります

「星の王子様」で学ぶイタリア語 その3

(イタリア語版)

・E se tutte queste scuse non bastano, dedicherò questo libro al bambino che questa grande persona è stato.

・Tutti i grandi sono stati bambini una volta.

・(Ma pochi di essi se ne ricordano)


(私訳)

・これだけ言ってもまだ足りないなら、私はこの大人の人がまだ小さかったころの、その子供にこの本をささげたい。

・大人はだれも、最初は子供だった

・でも、それを覚えている大人は少ない

「星の王子様」で学ぶイタリア語 その2

(イタリア語版)

・Questa persona grande è il miglior amico che abbia al mondo.

・Ho una seconda scusa: questa persona grande può capire tutto, anche i libri per bambini.

・e ne ho una terza: questa persona grande abita in Francia, ha fame, ha freddo e ha molto bisogno di essere consolata.

(私訳)

・その大人の人はこの世で一番の親友だからだ

・二つ目の理由は、その大人の人は何でも分かる人だからだ。子供の本だってわかるんだ。

・三つ目の理由としては、この大人の人は今フランスに住んでいて、お腹をすかせ、寒い思いをしていて、どうしても慰めてもらわなければならない人だからだ。

(ちょっと一言)

サン=テグジュベリは別の作品の中でこう書いている。
「友人とは、第一にあれやこれやと品定めせぬ人の事である。浮浪人に家の戸を開いてやる人の事だ」

「星の王子様」で学ぶイタリア語 その1

(イタリア語版)

・A LEONE WERTH

・Domando perdono ai bambini di aver dedicato quest libro a un persona grande.

・Ho una scusa seria.

(私訳)

・レオン・ウェルトへ

・子供たちには許してほしいのだが、私はこの本をある大人の人にささげた

・それには真面目な理由がある

(ちょっと一言)

サン=テグジュベリがこの作品をささげたレオン・ヴェルトは実在の人物である。
サン=テグジュベリよりも22歳年上のジャーナリストだった。
彼はユダヤ人であったため、ナチスによる弾圧を避け、1943年当時フランス東部のジュラ県サンタムールにあった別荘に隠れ住んでいた。
サン=テグジュベリは当時北アフリカの戦線にいたが、遠く離れた親友を慰めるためにこの作品を書いた。
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