映画で学ぶイタリア語

広島の小さな外国語スクール経営者のブログです。 イタリア語クラスのユニークなレジュメなどを紹介しています。

イタリア語講座

この秋から中央公民館で私の「イタリアンポップスで学ぶイタリア語」講座が始まることが決まった。

詳細は8月ごろから決めていくが、次のような1970年代のイタリアンポップスを主に使っていく予定でいる。

・ガラスの部屋
・砂に消えた涙
・君に涙とほほ笑みを
・ラノビア
・アリべデルチ・ローマ
など。

イタリア映画「鉄道員」のセリフから  その1

父アンドレアのセリフ

Questa sì che è una bella sorpresa!

(こいつは驚いた!)

イタリア短歌 6(コロッセオ)

・題:コロッセオ

・着飾った紳士淑女の観覧席 血のサーカスの叫びとささやき

(ミニエッセイ)
ローマのコロッセオ。
2000年前のローマ帝国はパンとサーカスの時代。
この闘技場では動物同士、剣闘士同士、動物と剣闘士が命がけで戦った。
キリスト教徒を餓えたライオンに食い殺させもした。

スタジアムをいっぱいに埋めているのはローマ市民たち。
紳士淑女たちは目の前で繰り広げられる惨劇に眉をひそめつつも、何よりの見世物として楽しんでいた。
人間がひそかに持っている残酷さを、コロッセオは今も訪れる人々に見せている。

イタリア短歌 5(トレビの泉)

・題:トレビの泉

・再来を願って投げた背中越し 泉のどこにあの五円玉

(ミニエッセイ)
ローマの代表的観光スポットであるトレビの泉は、映画「ローマの休日」(1953年)でも一瞬だが姿を見せる。
アン王女がジョーのアパートを出てローマの街をさまようが、理髪店で髪をショートカットにするあの有名なシーンの直前、チラッとトレビの泉が映る。
そのシーンでは泉の周辺が人だかりしている様子はない。
私がローマに行ったのは1976年、その時でも泉のふちに腰かけて写真を撮っている観光客はいたが混雑はしていなかった。
ところが最近見たニュースではトレビの泉の周りは大変な人だかりで、年末の渋谷交差点もかくやと思うほどだった。

不思議なことが一つある。
泉に向けて背中越しにコインを投げ入れると再びローマを訪れることが出来ると昔から言い習わす。
私も「ご縁がありますように」と5円玉を投げ入れた。
あれは何故背中越しなのだろう?
後ろ向きに投げても泉から外れる可能性はまず無いのにもかかわらず。
いずれにしろ5円では「しぶちん」と思われて泉に満足してもらえなかったのか、ローマを再訪する機会は巡ってこない。

「ローマの休日」(1953年)の翌年1954年、Three coins in the fountain(
邦題は「愛の泉」)というアメリカ映画が公開された。この映画ではトレビの泉がふんだんに登場する。「旅情」のロッサノ・ブラッツイがイタリアの伊達男にふんしている。この映画のテーマ曲は同名のThree coins in the fountainで大変なヒット曲になり、後年フランク・シナトラもよく歌った。

イタリア短歌 4(ピッツァ)

・題:ピッツァ

・地中海右手に眺め食べた午後 太陽が焼くナポリのピッツァ

(ミニエッセイ)
ナポリの街中で切り売りのピッツァを買った。
丸くない、四角に切り取られたそれを片手に、左右から走って来て止まってくれない車に怯えながら道路を渡り、海岸通りに出、海に突き出た卵城までやって来た。
城の屋上の手すりのもたれ、地中海を眺めながら食べた冷えたピッツァ。
ピッツァこそ冷えてはいたが、そこから見える世界はまさに「太陽がいっぱい」の午後だった。

ガラスの部屋

Kさんからの依頼でペピーノ・ガリアルディの「 ガラスの部屋」の逐語訳と解説をする。
Kさんはカラオケでこの曲を歌いたいそうな。

「ガラスの部屋」はタレントのひろしがモノローグの一人芸のバックミュージックに使って広く知られるようになったが、もともとは1969年のイタリア映画「ガラスの部屋」Plagioのテーマ曲。


主演のレイモンド・ラブロックはこの作品で世界的人気を博したが、その後は「カサンドラ・クロス」に出た事を除けばあまりパッとしなかった。

イタリア短歌 3(ナポリ)

・題:ナポリ

・旅人は待てども来ない電車待つ 遠い昔のビッグカクテル

(ミニエッセイ)
約50年前、私はナポリ駅でローマ行の電車を待っていた。
到着時間になっても電車は来ない。
電車どころか乗客の姿もない。
10分待ち、20分待っているうちにプラットフォームに人が増えてきた。
秒単位で時間に正確な日本の国鉄(当時)が当然の事となっている私には信じがたいイタリアの鉄道のルーズさ。
30分以上過ぎてようやく電車がやって来た。
同じコンパートメントに乗り合わせた大学生は日本の讃美者で、日本人の勤勉さを絶賛し、私も鼻が高かった。
返す刀で彼はナポリのだらしなさをこき下ろし、ナポリは「混沌」状態にあるということを「ビッグカクテル」と表現した。

イタリア短歌 2

・題:砂に消えた涙

・地中海砂にうずめた彼の嘘 別の彼氏と裸足で歩く

(ミニエッセイ)
1964年に発表された、イタリア人歌手ミーナのヒット曲Un buco nella sabbia。
日本では漣健児が訳詞し、弘田三枝子が歌って1965年に大ヒットを生み、その後何人かの歌手がカバーしている。
イタリア語の歌詞では「月の出るころには新しい彼氏を見つける」という願望と言うか、意思表示と言うか、そんな内容だが、この31文字では砂にうずめたモト彼の嘘の上を、二人で裸足で歩いて大いにうっぷん晴らしをするというパロディに詠ってみた。

イタリア短歌 その1

・題:スパゲティナポリタン

・老コック妻と二人の洋食屋 学生街のハムナポリタン


(ミニエッセイ)
スパゲティナポリタンはイタリアのナポリ生まれではないそうな。
遠い昔の学生時代、喫茶店や学食でしばしば食べたナポリタン。
当時はアルデンテなどなんのその、うどんみたいに柔らかい、ケチャップ味の、タバスコもどっさり振りかけたあのスパゲティの味が懐かしい。
これが本場イタリアの味かと当時の私は無邪気に喜んでいたものだ。

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第9回)

(前回の続き)

☆居間
ジュリアは立ち上がって横のソファーにかける。サーラが心配そうに娘の様子を見る。マルチェッロ、レナートに話しかける。

◎マルチェッロ:「(低い声)ねえ、例のスペインの鰯の件だけど…考えてみたHai ripensato?」
◎レナート:「何の鰯だって?」
◎マルチェッロ:「いいツテla strada buona,を知ってるんだ。タダみたいな値段でper un pezzo di pane.手に入るんだ」
◎レナート:「手に入る?いったい誰がそれをやるんだ?…マルチェッロ、そんなことはやめたまえよ」
◎マルチェッロ:「でも、どうして…」

一方、サラは手編みの赤ん坊の着物を娘に渡して
◎サーラ:「着る物はみんな青celesteにしちゃったわ…だからどうしてもper forza.男の子でなくては…」」
◎レナート:話を打ち切り「そんなこと言っても…今からじゃもう手遅れsi fa tardiですよ」


(ちょっと一言)
・マルチェッロのセリフに「スペインの鰯」が出てくる。
スペインのバルのタパス(つまみ)では鰯は主役の一つ。
代表的なタパスは「イワシの酢漬け」「イワシのパン粉焼き」「イワシのトマトソース焼き」。
どれも日本人にはこたえられない。

・サーラは産まれてくる赤ん坊に男の子を期待しているが、これは夫のアンドレアも同じで、この事は今後のシーンでサンドロの独白でも語られる。
日本でも昔はその傾向が強かった。

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第8回)

前回の続き)

☆居間
長男のマルチェッロ、娘のジュリア、その夫のレナートの三人がテーブルに座って所在無げにトランプをやっている。
何か暗い空気が漂っている。

◎サーラ:「(入って来て気がねしたように)すぐa momenti来るわ…ちょっと寄ってるの…(サンドロに)オーバーを食器棚credenzaの上に投げてはだめよ」
ジュリアは顔色が悪く、元気がない。
◎サーラ:「いつもこれなのよ…仲間の人とおしゃべりしてて」
◎マルチェッロ:「酒もいいかげんですめばいいんだけどね」
◎サーラ:「黙りなさいSta’ zitto, tu!!(レナートに)あなたはお急ぎなんでしょう?」
◎レナート:「いえ…僕よりもジュリアなんです…医者は産まれるのは24日以降dal 24 in poiだと言ったんですが…ねえ、ジュリア、気分はどう?」
◎ジュリア:「私は大丈夫よ」

(ちょっと一言)
この場面で初めて娘のジュリアを演じるシルヴァ・コシナが登場する。
彼女はクロアチア(旧ユーゴスラビア王国)出身でこの映画の製作当時23歳。
ピエトロ・ジェルミ監督にジュリア役に抜擢されて、彼女の映画女優人生が始まった。
61歳の若さで亡くなった。

イタリア語の小さな発見 その3

◎「生きた心地がしない」

più morto che vivo


◎映画「鉄道員」のセリフから、こんな表現。

「気分を落ち着かせる」
lavarmi dalla bocca il gusto della paura.

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第7回)

(前回の続き)

☆マルコッチの家(アパートの三階)
サンドロが荷物を抱えて帰ってくる。
階段を駆け上がる途中でアパートの住人とすれ違う。

◎住人:「よお、サンドリーノ、メリー・クリスマス」
◎サンドロ:「メリー・クリスマス」
自分の家のベルを押す。

☆家の中
母のサーラが出て来て、戸を開ける
 
◎サーラ:「まあ、どうしたの…お前ひとりなのかい?Ma come, sei solo?」
◎サンドロ:「パパはすぐ来るよ、ちょっとウーゴさんのところに寄ったのè fermato dal sor Ugo…でも、すぐ帰るってさ」
◎サーラ:「いったいどうしたの?あんなによく頼んどいたのにm’ero tanto raccomandata…ジュリアとレナートが来てるっていったかい?」
◎サンドロ:「うん…勿論言ったよgliel’ho detto!」

(ちょっと一言)
・妻のサーラを演じるルイザ・デッラ・ノーチェはファッションモデルをしていたところをルイジ・ザンバの目に留まり「処世術」に彼女の写真が使われた。それから「鉄道員」の制作にかかる前年の夏に、監督のジェルミが直接会って彼女の魅力にすっかりひきつけられた。

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第6回)

前回の続き)

☆街角(夜)
話しながら酒場の前を通りかかる。
店の中から歌声が聞こえて来る。
みんなのたまり場ウーゴの店だ。
アンドレア、立ち止まってリヴェラーニと顔を見合わせる。

◎アンドレア:「おい…ジジ」
◎リヴェラーニ:「うん…」
たちまち意見一致。手にした荷物をサンドロに渡し、
◎アンドレア:「サンドリーノ、持って行ってくれ、包みと、ビンと…それでいいTo’。母さんのとこに行ってすぐ帰るからって言ってくれ」
◎サンドロ:「でもジュリアが待ってるんだよ」
◎アンドレア:「一杯だけで帰るよUn bicchiere e vengo。一杯だけだ。…な?じゃあ、サンドリーノ」
◎リヴェラーニ:「お行き。父さんは俺が早く返すからadesso te lo mando io…母さんによろしくなSaluta mamma、じゃあ」
◎アンドレア:「頼むよ」
◎リヴェラーニ:「さよなら、サンドリーノAddio Sandrino!」
サンドロは仕方がないといった表情で荷物を抱えて帰っていく。
2人は嬉々として酒場の中に。
◎アンドレア:「よお、みんな…クリスマスおめでとう!」

(ちょっと一言)

・アンドレアの言ったTo’は別の言葉で言うとtieni

・アンドレアが息子のサンドロに言った言葉「一杯だけで帰るよ、一杯だけだ。…な?」はイタリアでも日本でも酒飲みの常套句。
アンドレア本人も、サンドロもこの言葉を勿論信じてはいない。アンドレアは深夜まで飲みつづける。

・リヴェラーニの「さよなら、サンドリーノAddio Sandrino!」。
このAddioは決定的な別れの場面で使う言葉だと私は教わった。
フェッリーニの「道」でもジェルソミーナとマットが刑務所の前で別れる時にマットが言ったのが「Addio」だった。
しかしこの場面ではリヴェラーニは「じゃあ、またな」という場面でAddioと言っている。
新しい知見を得た。

イタリア語の小さな発見 その4


◎受け身のsi:si passivante

◎非人称のsi:si impersonale

非人称のsiを使う場合、essere,diventare,sembrare等の動詞が来る時、形容詞や名詞の性数は常に男性複数形。
*例*
Quando si diventa vecchi, si è più egoisti.
(年を取ると、ますます我がままになる)

但し、形容詞や名詞が女性の特徴を表したり、女性のみに関わる話題の時は女性複数形。
*例*
Quando si è mamme, si è sempre preoccupate per i figli.
(母親になると、常に子供の世話を焼く)


映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第5回)

(前回の続き)

☆街角(夜)

◎サンドロ:「ああ、リヴェラーニさん、僕忘れるところだった…母さんが明日家へ来てくれってLei sta da noi言っていたよ」
◎リヴェラーニ:「(両手を広げて)とんでもない、アンドレア…俺に何の関係があるんだいche c’entro io!?クリスマスは家族で祝うもんだよ」
◎アンドレア:「それで?…それがどうしたんだ…君には家族がないじゃないか。家へ来いよ!…駄目だよ!…。まあ、そんなことを心配するgli do rettaのはばかげてるな。どうせしまいにはやって来るんだから…初めは遠慮しててもねtanti complimenti...」
◎サンドロ:「しまいには鶏の一番おいしいところla coscia del polloまで食べちゃうんだse la becca…」


(ちょっと一言)
・サンドロのセリフの日本語字幕「鶏の一番おいしいところ」はイタリア語のオリジナルのセリフではla coscia del polloで「鳥のもも」と言う意味。
クリスマスの御馳走の定番は鶏の丸焼きか鶏のもも焼き。
サンドロの意を体してこの映画が日本公開された昭和33年の字幕翻訳者は「鶏の一番おいしいところ」と訳したのだと推測する。
昭和33年当時、鶏の丸焼きは大変なごちそうだった。

・この場面でアンドレアとリヴェラーニが手にしているのはワインのキャンティ フィアスコ。
胴体部分が丸く膨らんだビンの下半身がトウモロコシの皮に包まれているのが特徴だ。
かつては手ごろな値段で広く愛飲されていた.

私も初めて飲んだワインがこのキャンティ フィアスコだったが、今ではこの形はすっかり見かけなくなってしまった。
イタリア映画「道」のザンパノが映画の中で飲んでいたのがこのワインだ。

イタリア語の小さな発見 その3

◎イタリア語の母体と言えるラテン語には近過去はなく、遠過去と半過去があった。

◎書き言葉で:nella lingua scritta

◎話し言葉で:nella lingua parlata

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第4回)

(前回の続き)

☆街角(夜)
電車を降りたアンドレア、サンドロ父子とリヴェラーニが歩いてくる。すれ違う労働者の仲間たちに
◎アンドレア:「よお…メリー・クリスマス!」
◎男:「おめでとう、マルコッチ!」
◎アンドレア:「ごきげんよう」
すれ違った若い婦人がハンカチを落とす。
リヴェラーニ、すかさず拾って
◎リヴェラーニ:「お嬢さん…」
ハンカチを渡す
◎夫人:「ありがとう」
リヴェラーニににっこり笑いかけて立ち去る。リヴェラーニ、そのうしろ姿に見とれている。
◎リヴェラーニ:「新しく来た下宿人だよ…11号室 interno undiciのね…ヴェアレッジョ生まれなんだ」
◎アンドレア:「いったいどんな風にやるのかcome fai見当がつかんね…君は何でも知っているんだな」
◎リヴェラーニ:「テクニックの問題さ」È questione di tecnica!
◎アンドレア:「気をつけろよ…そのうち君の首に縄をla corda al collo.
つけるような女が現れるかもしれんぞ」
◎リヴェラーニ:「俺はそんな間抜けじゃないよ」L’hai trovato il pollo!

(ちょっと一言)
・女がねらった男の気を引くためにわざとハンカチを落とすのは、昔から映画の中で使われてきた古典的手段。
しかしこのシーンの場合は、頭髪がさびしく(前回のシーンで観られたように、何せアンドレアに言わせると、リヴェラーニに残っている髪の毛は四本だ)、風采の上がらないリヴェラーニが相手なので、女からのアタックとは考えにくい。

・リヴェラーニのセリフ「俺はそんな間抜けじゃないよ」L’hai trovato il pollo!。
イタリア語のpolloは「ニワトリ」のことだが、「世間知らず、間抜け」と言う意味もある。
日本語では馬と鹿の二匹が合体して同様の意味を持つ。
イタリアのpolloのように一匹で「間抜け」を代表する動物は日本にはいない、と思うが、いるだろうか?



イタリア語の小さな発見 その2

◎Ho potuto prendere un giorno di fiere(私は一日の休暇を取ることが出来た)

Fiereは勤務先から与えられた休暇
Vacanzaは余暇として楽しむ休暇

◎Quello è sempre in ritardo.(あいつはいつも遅れる)

Luiを使わないことで、皮肉を込めた「あいつ」のニュアンス。

映画「鉄道員」で学ぶイタリア語(第3回)

(前回の続き)

☆乗務員控室
アンドレア達乗務員が、顔を洗ったり着替えたりしている。
リヴェラーニが入って来て、アンドレアの所に来る。
両手に抱えた大きな荷物。

◎リヴェラーニ:「道をあけてくれLargo…サンタクロースがやって来るよ」
◎アンドレア:「ほう…今年は軽そうだな」
◎リヴェラーニ:「ああ、だが酒は上等だよil vino è di marca」
◎アンドレア:「白かい?」
◎リヴェラーニ:「赤さ」
◎アンドレア:「辛口かい?Asciutto?」
◎リヴェラーニ:「いや、甘口だ」
◎アンドレア:「じゃあ、いらないね」
リヴェラーニ、鏡に向かって、一生懸命、薄くなった頭髪をなでつける。
◎アンドレア:「そんな毛quei quattro peliはほっとけよ…(さわって)おや、少し生えてきたのかな?ti sono ricresciuti, eh?」
◎リヴェラーニ:「よせよ」
二人は愉快そうに笑う。サンドロもおかしそうに笑う。

(ちょっと一言)
・道をあけてくれ(Largo)について。
largoは辞書には「幅が広い」と書いてある。このリヴェラーニのセリフにあるように「通してくれ」「道をあけてくれ」という意味でも使われる。
音楽用語としては「ゆるやかに」

・酒は上等だよ(il vino è di marca)]について。
Marcaは「商標、ブランド」の意。
Prodotto di marcaで「ブランド商品」

・「じゃあ、いらないね」(Te lo regalo)は直訳すると「おまえにやるよ」ということ。
アンドレアとリヴェラーニは仕事の相棒であり、飲み友達。とりわけアンドレアはいったん飲み始めるととことん飲まないではいられない人。この場面の会話ではアンドレアは赤と白のどちらが好きかははっきりしない。辛口か甘口に関しては辛口好みということだろう。

・「そんな毛quei quattro peliはほっとけよ」のquattro peliは「四本の髪の毛」と言う意味。
「四本しか残っていない髪の毛なんぞほっとけよ」が直訳だ。
イタリア語のQuattro「四つ」には「わずかの」という意味がある。
日本語だと「3」にあたるだろうか。「サルは人に比べて毛が3本少ない」と昔から言い習わすが、サルはどう見ても人間より毛が多いからこの言い回しは面白く、かつ不思議だ。
おばけのキュー太郎も毛が三本だった。
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