反日はどこからくるの

反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

2013年12月

【紙面審ダイジェスト】特定秘密保護法 なぜ成立を許してしまったのか、検証を

 紙面審査委員会は、編集編成局から独立した組織で、ベテラン記者5人で構成しています。読者の視点に立ち、ニュースの価値判断の妥当性や記事の正確性、分かりやすさ、見出し、レイアウト、写真の適否、文章表現や用字用語の正確性などを審査します。審査対象は、基本的に東京で発行された最終版を基にしています。指摘する内容は毎週「紙面審査週報」にまとめて社員に公開し、毎週金曜日午後、紙面製作に関わる編集編成局の全部長が集まり約1時間、指摘の内容について議論します。ご紹介するのは、その議論の一部です。

 以下に出てくる「幹事」は、部長会でその週の指摘を担当する紙面審査委員会のメンバーです。「司会」は編集編成局次長です。

<12月13日開催>

■特定秘密保護法 なぜ成立を許してしまったのか、検証を

 幹事 本紙は特定秘密保護法案の問題点を果敢に指摘した。しかし、結果は伴わなかった。毎日新聞の「負け」であり、メディア全体の「負け」と言ってよい。法の運用次第では、後世に「あれが歴史のターニングポイントだった」と評される可能性もある。メディアがなぜ成立を止められなかったのか、検証すべきだろう。

 (1)立ち上がりが遅かったのではないか。本紙が集中的なキャンペーンを展開したのは、法案が国会に提出された後の1カ月半ほどだ。それ以前もそれなりに書いてはいたが散発的な印象だった。法案をめぐる自公の協議で「知る権利」が入るかどうかが焦点となり、そこに目を奪われたせいか法案が抱える根本問題を伝えきれなかったと思う。メディアの報道量に応じて世論の反対も増えたとみられるだけに、もう少し早く分厚い報道を始めていれば結果は違ったかもしれない。

 (2)一般市民への影響をもっと分かりやすく伝えるべきではなかったか。各種世論調査の数字は反対が徐々に増え過半数にはなったが、多くても6割程度だった。「秘密保護法で困るのはメディアだけ」という受け止め方は今も残っていると思われる。本紙は11月10日朝刊8面に<特定秘密保護法案 成立したら--市民生活こうなる/崩壊する知る権利>と題したシミュレーション特集を掲載したが、その後は同様の記事がなかった。国会審議が大詰めに近づいた11月29日から、朝日が2面で[秘密保護法案 条文解説ここが問題]というワッペン企画を始めた。コンセプトは本紙のシミュレーション特集と同じで、分かりやすかった。取り上げることができる題材は多かったはずで、本紙の記事が単発で終わったのは惜しかった。(なお、「問題点を分かりやすく」伝えることの必要性は、今後も変わらない)

 (3)他のメディアを巻き込めなかったか。今回は、メディアの存立に関わる「取材の自由」「知る権利」が問われたのに、社によって法案への対応が割れ、同一歩調を取れなかった。一部の新聞、テレビ、雑誌が、沈黙を守ったり法案に好意的な論調だったりしたことが響いたと思う。他メディアのスタンスを動かすのは難しいかもしれないが、せめてその報道ぶりを本紙が書けば注意喚起にはなったのではないか。特に、テレビがどう報じたかはこれからでも検証してほしいところだ。

 司会 これが完全な負けかどうかというのは異論もあるだろうし、施行まで報道は続く。法律が成立したという意味ではそういうふうに言えるのかもしれないが、この間ずっと政治部、社会部を中心にした取材班は寝る暇もなくずっとやってきた。彼らの努力はきちんとたたえ、認めたうえで、それぞれこの投げかけについて答えてもらいたい。まず政治部。

 政治部長 紙面審がここで指摘している3点については私も異論はない。個人的には特に3番目の、メディアの戦線がバラバラだったことが問題だったと思う。やはり一メディアでやれることには限界がある。毎日新聞や朝日新聞と、読売新聞や産経新聞では明らかにトーンも扱い方も違っていた。安倍首相の心の中をそんたくすることになるが、「あっ、みんなが反対しているわけじゃないんだ」と思った。そうすると、ちょっと立ち止まって考えようということには、たぶんならない。これは今回の野党の状況に似ていて、野党の中にも反対するところと、修正協議に応じて力を貸していくところとバラバラになった。それと同じことがメディアにも起きていたことが一番の問題だったと私は思う。

 司会 社会部。

 社会部長 成立の日、最初から秘密保護法を担当してきた記者が社会部に上がってきて、「すいません、負けました」と言った。やはり結果は負けと言えるのかもしれない。立ち上がりが遅かったという指摘だが、確かに集中的にキャンペーンをやっていく大々的な紙面展開はもう少し早くやったほうがよかったと思う。ただ、これまでの本紙の報道を改めて調べてみたら、決して散発的だったということはなくて、2011年の10月に民主党が「秘密保全法案」を国会に提出した時から、国会議員に守秘義務を課して言論を制限する恐れがあるという問題点を1面トップで書いたり、その年の11月には早くも、公務員をそそのかしたり扇動したりした第三者も処罰するという危険な面を含む法案の要点を入手し、批判的に報じている。さらに特集面も作り、レーン・宮沢事件なども早くから取り上げている。月に3、4回くらいのペースで他紙に先駆けて書いてきているので、いち早くこの法律の危険性については把握していたということだ。それから他のメディアがどう報道しているかについても紙面化しようと考えたが、既に成立直前まできてしまったので、後のメディア面で検証することにした。今回法案に反対せず、結果として成立させてしまったメディアには、反省すべき時がくるだろうと私は思う。

 司会 これは政治部、社会部だけではなく編集編成局全体で考えていくべき問題だと思うので他の部長にも聞いてみたい。学芸部長はどうか。

 学芸部長 議論の運び方とか、中身が熟した形になっていないとか、そういったところはかなり問題だと思う。社会面の続き物で反対する論者の人選の相談を受けた時に割と難しいところがあると感じた。今回に限らず、秘密保護法制そのものが民主党の時代からあるように、全面的に反対している人もいれば、保護法制自体は一定程度、必要性を認めながら今回の政治手法みたいなものを問題視する人もいて、反対派の中も必ずしも一緒ではない。よく言われるように、外交交渉などをやる時に、何もかもだだ漏れになったらだめになってしまうという意見がある。現行法以外にこうやって法律を作る必要があるのかどうかという議論もある。例えば最近よく石破さんが「最後は司法の判断に任せればいいじゃないか」みたいなことを言うが、司法の独立性の日本における弱さみたいなものもあり、行政にどうしてもおもねってしまうという問題もある。国会の政策立案能力の低さみたいなところも指摘できる。さらに言えば、両輪であるはずの情報公開制度もまったくもって不十分だ。本当はそういう複合的な問題なんだと思うが、このあたりは結構難しい。やはり丁寧に、いろいろな側面を見せて問題点を指摘していくことで、もう少しマジョリティーというか、広がりを持たせることができるのかなと思った。

 司会 社会面などでもいろいろ参加しているが、地方部長はどういうふうに見ていたか。

 地方部長 衆議院を通った時か参議院を通った時かは忘れたが、翌朝8時のワイドショーは全部見たが、トップでは使っていなかった。あるチャンネルでは10分くらいたったところでちょっとやるだけだった。さっき政治部長も言っていたがテレビの報道は少なく、テレビに出てくる識者というのも「この法律は大事なんですよ」と先にバーンと言う人を持ってきている印象があった。マスコミを批判するムードが世の中にすごく蔓延(まんえん)していて、秘密保護法案も「自分たちのためにマスコミがやってるんでしょ」というムードがどこかで作られていると感じた。その辺を打ち破れなかったということも感じた。

 司会 今後の教訓として生かしていくべきだという意見だと思う。

 地方部長 この間、長野支局に行った時に支局長が、「これは憲法違反でしょ」という動きがこれから出てくると思われるので、発信していきたいと言っていた。

 司会 夕刊編集部長はどうか。

 夕刊編集部長 私自身、立ち上がりが遅かったのではないかという反省がある。もう少し敏感に反応して集中的にやればよかったと思っている。もう一つ、記事を載せる時には一般市民への影響というものをとても考えた。ビッグネームというか有識者と言われる人たちの反対の声を取り上げるのは、広く伝える意味ではあると思うが、もしかしたらそれを外から見るとそういう人たちに言わせているように見えるかもしれない。ストレートに私たちがこういう懸念を感じているんだということをもっと出せば説得力があったかもしれない。まだ疑問も残っているので引き続きやっていく。

 司会 特派員も参加したが外信部長はどうか。

 外信部長 いま聞いた意見に大体私もうなずけたし、一般の人たちが身近に感じて「これはいけないんじゃないか」というムードの広がりが欠けていたんじゃないかなと思う。それを次回、同じようなことがあった時に、メディアとして、毎日新聞としてどうすべきかというのはいろいろ考えなければいけない。それから地方部長も言ったがメディアに対する不信みたいなものがあるんだと思う。昔はマスコミがリードして世論を作る時代があったわけだがそこをどうすればいいのか。

 司会 すぐ答えが出る問題ではないが考えていかなければいけないということだろうと思う。センターはどうか。

 編集部長 いま考えると確かに訴えかけ始めたのは早かったかもしれないが、実際の生活に何が起き得るのかというのを具体的に分かりやすく示すことをもっと早くやっていれば、もう少し広がりがあったかもしれない。皆さんも言ったようにマスコミや有識者に対する不信感がある。それよりも自分の問題として考えてもらうためには、シミュレーションだとか、何が起きるんだというのを丁寧にしつこくやればよかったと思う。

□吹き出しをつけたくなる写真2枚

 幹事 秘密保護法案をめぐる一連の記事の中で、目を引いた1面写真が2枚あった。4日夕刊1面では、口の前に人さし指を当てる安倍首相の写真が載った。「参院国家安全保障特別委員会でやじが飛び交う中、森雅子特定秘密保護法案担当相の答弁を静かに聞くように促す安倍晋三首相」と説明があるから、本人は「しーっ」とでも言いたいのだろう。だが、いかにも「それはヒ・ミ・ツ」と言っているように見えるのが面白かった。法案が参院の特別委で強行採決されようとする場面をとらえた6日朝刊1面の写真は、中川雅治委員長に野党委員がつめよるかたわらで、森担当相がぽつんといすに腰掛けてあらぬ方向を見ている。森担当相は特別委の審議で答弁が二転三転し野党の集中砲火を浴びた。「あたしのせいじゃないもんね……」とでもつぶやいているように見えた。2枚とも、吹き出しをつけたくなる写真だった。

 司会 写真部。

 写真部長 写真を見せるほうとしては、そういうことを意図して掲載している。今回に限らず政治ものの写真はずっと登場人物が同じ場合が非常に多い。特に首相の写真は毎日、毎日使っているわけで、その中でどうやって違いを出していくかというのはなかなか悩ましいところではある。この瞬間は当然「秘密にしなさい」という意味でやっているわけではなく、うるさいからこうやっただけの話だが、その事実を見せたうえで、読者が指摘されているような感じでこれを見てくれれば、写真としては生きると思う。下の写真についても、これはたぶん各社撮っていると思うが、強行採決でもめているところだけをアップにするのか、担当大臣まで入れるのかということを考えても、答弁もさんざん二転三転しているようなことを象徴するので、両方この角度で一緒に入るというのはよかったと思う。撮るほうもそうだし、デスクもそれを見つけて、センターもそれを使ってくれて紙面化できたという意味でよかったと思う。なかなか政治ものはうまくいかないことのほうが多いが、今回はよかった。 
毎日新聞2013.12.27
http://mainichi.jp/journalism/news/20131227org00m040005000c.html 

この記事を見て自分はかなり驚いてしまった
というのも新聞とは「ニュースを伝えるもの」ではなく「洗脳ツール」であることを吐露していて
しかもそれを公開して恥じない神経であるという

西山太吉元記者が国会参考人として証言しているのには呆れ果てた
(のは自分だけではないと思うが

毎日新聞といえば
変態毎日(毎日waiwai事件)←ヘイトスピーチどころじゃないよね
創価チラシ
として名高いわけで
毎日プロパガンダ新聞 

香山リカツイ特定秘密保護法
https://twitter.com/rkayama/status/408606541659394048

香山リカ「秘密保護法に反対してる人がみなキライだからきっと良い法律なんだろ、という意見をネットでよく見る。反対を語れば語るほど逆効果になるくらい嫌われてるちゅうことを、私を含めたいわゆるリベラル派は考えてみなきゃ。これじゃ反対会見開いてかえって法案成立に貢献しただけ、ってことになる」

香山リカさんよくお分かりで

検証踏まえ2人追加処分
2008年7月20日
 毎日新聞社は6月27日に、担当記者に加え、朝比奈豊社長(役員報酬10%返上・1カ月)、長谷川取締役(同20%返上・同)ら4人を処分しました。さらに、検証結果を受けて99年4月から04年6月まで総合メディア事業局長だった渡辺良行常務について役員報酬20%(1カ月)返上の追加処分を20日付で行いました。
 また、すでに処分している現職部長より前の歴代英文毎日編集部長を追加処分の検討対象としました。ただし、すでに死亡している者が1人、退社している者が1人いました。在社している元編集部長1人は処分しましたが、現在は社内の役職を退いているため内容の公表は差し控えます。
毎日新聞社
http://www.mainichi.co.jp/20080720/0720_06.html 

毎日新聞は「毎日変態新聞」という称号を名誉と思っているのか朝比奈豊氏は未だに社長であるようだ

waiwai問題検証で「開かれた新聞」委員会を設置したようだがメンバーが
吉永みち子氏←
柳田邦男氏
玉木明氏
田島泰彦氏←従軍慰安婦写真展擁護 詐翼はダブスタが基本です
http://www.mainichi.co.jp/20080720/0720_07.html

特定秘密保護法案の第三者委員会が公平な第三者という保証がないとさんざん騒いでおられたような気がするんですが
御自身のことになると「公平」も何もあったものではないようで

毎日新聞毎日憲章
http://www.mainichi.co.jp/corporate/vision.html 

ふふふ
ウリナラチラシが自由に世論をお作りになるということですか

参考
【wiki】北村正任 
北村正任(きたむら まさとう、1941年4月29日- )は、日本の実業家。毎日新聞社相談役・元代表取締役社長、会長。東京放送社外取締役。日本ユニセフ評議員。青森県出身。青森県立八戸高等学校、東京大学法学部卒業。父は元青森県知事の北村正哉。

『「変態ニュース」で毎日新聞ユニセフに謝罪 募金停止で「実害」』 j-castニュース2008.8.6
http://www.j-cast.com/2008/08/06024769.html 

毎日新聞検証記事
http://www.mainichi.co.jp/20080720/kensyo2.pdf
http://www.mainichi.co.jp/20080720/kensyo3.pdf

朝日新聞・ここが問題1 特別管理秘密の現状 
朝日新聞・ここが問題2 ←問題なのは朝日 
靖国戦争神社だと? 

【日曜に書く】
論説委員・別府育郎 「島育ち」と奄美復帰60年

 歌手、田端義夫は今年の4月25日、94歳で亡くなった。

 不遇の時期もあった田端が復活したのは昭和37年、叙情豊かに奄美大島を歌った「島育ち」の大ヒットによる。

 とはいえ「島育ち」はもともと田端のための歌ではなく、奄美出身の有川邦彦作詞、三界稔作曲の「新民謡」として戦前の14年に発表され、主に島内で歌い継がれていた。

 自叙伝などによれば、田端は東京・銀座7丁目の沖縄料理店で少女5人が歌うコーラスを聴き、「探していたのはこういう歌だ」と自らのレコーディングに動いたのだという。

 歌詞にも「沖の立ち神 また片瀬波」とある名瀬湾を望む赤崎の高台に、「島育ち」の碑がある。同じ赤崎に「教育日本復帰の碑」もある。

 戦後の米国統治下、決死の密航で日本の教科書を求めた教諭らを顕彰した石碑だ。

◆密航
 21年2月2日、屋久島の南を通る北緯30度線を境に、奄美群島は米国の統治下に置かれた。23年4月、日本は学制改革を行い、六三三制を敷いたが、奄美には情報が入らない。本土への渡航は禁じられ、郵便物も自由ではなかった。

 奄美の教育界は本土の教育に遅れることを恐れた。新制度の法令集がほしい。新しい検定教科書の現物が見たい。協議を重ねた教員総会は本土への密航で教科書などを入手することを決める。23年6月、名瀬中学校の深佐源三、奄美小学校の森田忠光の両教諭が教職を辞し、米国の許可を得て神戸港にドック入りする「金十(かなと)丸」に、コック見習と偽って乗り込んだ。

 米軍の目を恐れ、軍の出航点検が終わるまで森田は船の便所に隠れた。神戸港で人数あわせの替え玉2人が乗船し、先生らは東京、鹿児島へと向かう。軍資金にと島から持参した砂糖は発見されそうになり、泣く泣く海に捨てた。カンパの紬(つむぎ)や布地は体に巻きつけて下船したが、ただ同然に値切られたり、呉服問屋に持ち逃げされたり。

 それでも島の出身者の援助を各地で得ながら必死にかき集めた教科書や法規集を、神戸港のドックで金十丸のハッチの奥に隠した。帰島は同年10月。貴重な資料は夜陰に乗じ、くり船で島の測候所に運んだ。測候所だけが当時、奄美で唯一の日本の出先機関だったためだ。

◆燎原の火
 当時を知る奄美の元小学校長は「先生2人が手に入れた小冊子をガリ版刷りで子供たちに配りました。島の教育に大きなプラスとなったとともに、先生の密航などをきっかけに、教職員の間に本土復帰運動が燎原(りょうげん)の火のように広がっていった記憶があります」と話してくれた。

 密航は噂として米軍の知るところとなり、2人の教職への復帰はかなわなかった。深佐氏は平成11年、森田もその前年に亡くなった。私事だが、森田は記者の伯父である。

 広島大学の吉田裕久教授は著書「占領下沖縄・奄美国語教科書研究」に、「他の本土のどの地域にも見ることのできない、当然の権利を血のにじむ思いで勝ち取った歴史的事実が存在していたのである」と記した。

◆太平洋の潮の音は
 密航から5年後の昭和28年12月25日、奄美群島は日本に復帰した。教職員や青年団の復帰運動を精神的に支えたのが「唄の島」らしく、新民謡だったという。「島かげ」「本茶峠」といった美しい歌の詞に回帰への思いが込められ、26年には久野藤盛作詞、静忠義作曲の「日本復帰の歌」が発表された。

 「太平洋の潮の音は わが同胞の血の叫び」で始まる、1番から4番までの火を噴くような歌詞は、今も教職員組合が入る奄美教育会館の表通りに面した正面に大書され、掲げられている。会館の関係者は、「ここが復帰運動の拠点だったという証しとして」と説明した。

 25日、奄美は本土復帰60年の記念の日を迎える。名瀬小学校の校庭では灯籠がともされ、復帰当時を再現する提灯(ちょうちん)行列も行われる。太田昭宏国土交通相も出席した11月9日の記念式典では、小学生の代表が「日本復帰の歌」を独唱した。

 2番はこう始まる。「我等(われら)は日本民族の 誇りと歴史を高く持し」。そして4番には、「二十余万の一念は 諸島くまなく火と燃えて 日本復帰貫徹の 狼煙(のろし)となりて天を焼く」。

 教科書を求めての密航と「日本復帰の歌」。アダンと珊瑚(さんご)が美しい南の島は、激しき熱情の地でもある。(べっぷ いくろう) msn産経ニュース2013.12.1
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131201/edc13120103140001-n1.htm 

奄美本土復帰60年
「日本復帰の歌」を安大智君が独唱すると歌詞がスクリーンに現れた。式典参加者たちの涙を誘った=9日午後、鹿児島県奄美市 
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20131109001712.html 

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http://mainichi.jp/graph/2013/12/26/20131226k0000m040095000c/001.html 


【youtube】日本復帰の歌 (奄美群島) Vocaloid IA 

 




なのに今奄美では
異教徒との戦い6 おいバテレンいい加減にしろ 
反基地運動で奄美分断工作が進行している 

韓国「50人に1人」が創価学会会員 「倭色宗教」が「反日国」に受け入れられた理由
韓国雑誌池田大作

 韓国人の50人に1人に当たる、実に100万人が、日本生まれの「ある宗教」に属している――というと、驚く人も多いかもしれない。

 その宗教とは、「創価学会」だ。しかもその数は、日韓関係の冷却が続く現在も、なお増加傾向にあるという。「反日」ムードが色濃く漂う韓国で、創価学会は果たしてどのようにして拡大していったのだろうか。

2012年には池田大作氏の著書がベストセラーに
 『ありがとう、韓国』――2012年9月、韓国の週間ベストセラーランキングに、1冊の本が名を連ねた。著者は創価学会の池田大作名誉会長だ。これまでの韓国に関する文章やスピーチなどをまとめたもので、最大手紙・朝鮮日報系の出版社から刊行、李寿成元首相が推薦の辞を寄せた。

 日本ではあまり知られていないが、これに限らず、韓国の大手雑誌などには、池田氏の文章や談話などがしばしば掲載されている。最近でも、「月刊中央」「月刊マイダス」といった大手新聞社・通信社系の雑誌に、池田氏が相次いで登場した。

 現在韓国SGI(創価学会インタナショナル)の会員数は約100万人で、海外会員175万5000人の半数以上を占める。いわば、日本に続く第2の拠点だ。人気コメディアンのチョ・ヘリョンさんやK-POPグループ「2PM」のウヨンさんなど、著名人の会員も少なくない。韓国全土280か所に施設(文化会館)を設け、首都ソウルの中心部には壮大な本部ビルも擁し、すっかり韓国社会の市民権を得たと言っていい。

 だが、疑問が残る。韓国における「反日」の強さは、多くの人が知るところだ。現に10月、朴槿恵大統領がアシックスの靴を履いただけで問題になったように、日本企業もしばしばバッシングの対象になっている。実際、上述した『ありがとう、韓国』のベストセラー入りの際には、李明博大統領(当時)の竹島上陸・天皇発言の直後だったこともあり、韓国紙からは意外視する声も出た。

 なぜそんな韓国で、「日本生まれの宗教」が受け入れられているのだろうか。

一時は「布教禁止」にもなった
 韓国では1960年代の初め、在日韓国人の会員などを通じて創価学会の信仰が広がり始めた。しかし日本への反発から「倭色宗教」「歌う宗教」などとやり玉に挙がり、64年には「反国家的、反民族的な団体」として一時的に布教を禁止された。

 そこからの「再起」の理由を、韓国の研究者は「教義が韓国人の考え方に合っていた」「一般信者も主体的に信仰へ参加できるスタイルが好まれた」などと分析する。一方、創価学会広報部は、現地会員の「粘り強い活動」を強調する。30年以上にわたり環境運動や災害救援、慈善バザーなどに力を入れ、単なる宗教ではなくボランティア団体として、じっくりと韓国社会での立ち位置を獲得したというのだ。

「10人中8人が『創価学会(SGI)』の名を知らないのに、その会員は100万人に達する」
 池田氏を取り上げた「月刊朝鮮」も、その「静かな」拡大ぶりを驚きとともに紹介している。創価学会側は否定するものの、韓国内ではその「政治的影響力」を危惧する報道がされたことさえあるほどだ。

池田大作氏はなぜ韓国にこだわるのか
 また池田氏が韓国を「文化大恩の国」「兄の国」と呼び、並々ならぬ思い入れがあることは一部では知られている。

 特に「歴史認識」問題については、「どれだけ日本が貴国の人々に、非道のかぎりを尽くしたのか」と韓国人学者に語るなど、何度となく謝罪の言葉を繰り返すとともに、日本人が「正しい歴史認識」を持つことの重要さを説き、そして若い世代の民間交流の必要性を強く主張する。戦前、ソウルでの生活経験があった父親や、戸田城聖・創価学会第2代会長などからの感化だというが、こうした姿勢が韓国の識者層に好意的に受け止められる要因となっていることは間違いない。

 もちろん、裏を返せばこうした「親韓」は、日本国内からは時に「反日」との批判を受ける。池田氏の年来の持論である在日韓国・朝鮮人への参政権付与にも、賛否両論は絶えない。

 それでも――創価学会広報部の担当者は、「正しい歴史認識」が根本だ、という池田氏の考えを繰り返しながら、言葉を選ぶようにこう語った。

 「両国の間にさまざまな緊張があることは、もちろん承知しております。さまざまな政治的な波風はあるかもしれませんが、それでも我々は、宗教の次元で、韓国との方々と揺るぎない信頼関係を続けていくことができると思っています」j-castニュース2013.12.29
http://www.j-cast.com/2013/12/29193040.html?p=all 

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http://japanese.yonhapnews.co.kr/Locality/2013/12/17/3000000000AJP20131217001900882.HTML
創価学会の池田氏 ソウル中区の名誉区民に
【ソウル聯合ニュース】ソウル市中区はこのほど、創価学会の池田大作名誉会長夫妻に名誉区民の称号を贈呈した。韓国創価学会インタナショナルが17日、明らかにした。
 韓国と日本の民間文化交流で両国の友好を促進し、さまざまな社会貢献活動を通じ中区の地域に寄与したことが認められたという。2013.12.29 

人種的偏見(racial prejudice)を創り出す運動 続き

特定秘密保護法は国民の差別意識を助長する?〈週刊朝日〉

dot. 12月24日(火)7時5分配信

 狭山事件は、「冤罪(えんざい)」の問題であり、同時に「部落差別」の問題である。石川一雄さんの無罪を訴える運動は、部落解放同盟が長く支援してきた。映画『SAYAMA』の呼びかけ人の一人でもある、部落解放同盟中央本部の組坂繁之委員長は、現代の日本の差別構造は政府の手によるものだと批判する。

*  *  *

 私は解放運動に入るとき、井上光晴の『地の群れ』を読んで感銘を受けました。被爆者と被差別部落と在日朝鮮人集落という三者が、お互いにいがみ合い、敵視する話です。井上光晴が言いたかったのは、差別から逃げるなと、差別と闘わないと弱い者同士がいがみ合うことになるということでしょう。

――それはまさしく、今の日本の状況ですね。
 そういう社会の構造を変えていかないといかんですね。いま、政府が進めるのは、差別分裂政策です。フリーターや非正規労働者の青年たちが、安定就労者をねたむように仕向ける。さらに在日外国人などへの差別をあおる。今の社会は江戸時代と似ています。弱い者同士が互いにいがみ合い、互いに監視し、連帯すべき人たちが分断されている。

――政府に不満が向かないように、国民に差別構造がつくられ、弱い者がさらに弱い者をいじめると。
 そうです。そういう人民相克の仕組みを、国がつくっているように思います。
 とくに特定秘密保護法では、公務員の「適性」を評価するために身上調査をすることになっています。国籍や宗教や趣味だとか、交友関係だとか酒癖がどうだとか、適性の条件があるという。伴侶やその家族まで全部調べて、人を排除する。この法律は単に知る権利だけでなく、政府が人間を分類する問題があるんです。非常に恐ろしい。身元調査を国が公然とするわけですから。政府によって国民が分断されていく。

――国の身元調査が公然とされると、世の中の人がそれを当たり前と思い始める怖さがあります。
 そのとおりです。そこに部落差別が出てくるし、障害者に対する差別も出てくるでしょう。あるジャーナリストによると、「適性」の条件に、障害のある家族がいるかいないかまでいくのではないかという。こうすると、障害者を排除したナチス・ドイツと同じです。ナチスの優生政策のようになってくる。
※週刊朝日  2013年12月27日号
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131224-00000000-sasahi-pol 
差別差別言ってますが、部落解放同盟がどこと繋がってるかというと

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http://sankei.jp.msn.com/world/news/131227/amr13122711180006-n1.htm 

靖国参拝「倫理に反する」 ユダヤ系団体も非難
 ユダヤ系団体サイモン・ウィーゼンタール・センター(本部・米ロサンゼルス)のエーブラハム・クーパー副所長は26日、安倍晋三首相の靖国神社参拝を「倫理に反している」と非難する声明を発表した。
 副所長は「戦没者を含め、亡くなった人を悼む権利は万人のものだが、戦争犯罪や人道に対する罪を実行するよう命じたり、行ったりした人々を一緒にしてはならない」と指摘した。
 さらに副所長は、北朝鮮をめぐる情勢が緊迫した中で安倍首相が参拝したことに懸念を表明。「安倍首相が目指してきた日米関係の強化や、アジア諸国と連携して地域を安定化させようという構想に打撃を与える」と批判した。
 同センターはホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の記録保存や反ユダヤ主義の監視を行い、国際的影響力を持つ。(共同)産経2013.12.27

サイモン・ウィーゼンタール・センターのエイブラハム・クーパー副所長
杉原千畝命のビザ顕彰式jpg
日本を貶めようとする悪意2 杉原千畝「命のビザ」キャンペーン 

左下のティグレ会長・上田卓三

【wiki】上田卓三
大阪市東淀川区に生まれる。大阪市立扇町第二商業高等学校定時制(現大阪市立中央高等学校)卒業。1958年に解放同盟へ参加。前後して日本共産党に入党するも、1964年に志賀義雄らが部分的核実験停止条約の批准をめぐり日本共産党(日本のこえ)を結成すると後を追う。その後解放同盟大阪府連書記長・委員長を歴任し、部下の解放同盟員らと日本社会党に集団入党する。解放同盟大阪府連委員長在任中、1969年4月19日には矢田事件で拉致監禁・暴力糾弾に参加したとして逮捕監禁罪・強要未遂罪で刑事告訴されるも、不起訴となる。1970年2月17日、同和行政の窓口一本化を求め、約70名の部落解放同盟員と共に日本共産党議員控室に乱入、暴行傷害事件を起こし、同年2月21日に共産党府議たちから告訴されるも、上田個人は起訴を免れ、解同大阪府連吹田光明町支部長Tのみが起訴される(Tは1979年に罰金刑が確定)。1972年7月には山口県光市の路上で全解連山口県連の書記長村崎勝利ならびに光支部長村崎寧に対し、上杉佐一郎らと共に暴行傷害事件を起こし、光警察署に告訴されている。

1974年の参院選で大阪府選挙区から日本社会党公認で出馬するが、落選。2年後の衆院選で大阪4区から出馬して初当選する。以後連続6期務め、この間飛鳥田一雄委員長の下で国際局長・田邊誠委員長の下で党副委員長を務めた。1979年に米国へ亡命した元ソ連国家保安委員会(KGB)少佐スタニスラフ・レフチェンコはその著書で上田を日本社会党内におけるソ連のスパイ協力者の一員であったと指摘。上田をウラヌスと呼んでいたことを公表した。(←リアルスパイwww

1988年にリクルート事件が発覚した際にはリクルートコスモスの未公開株の譲渡先の一人であったことが判明し、議員を辞職(1988年11月4日)したが、折からの社会党の土井ブームなどによる追い風もあって2年後の衆院選で国政復帰。前年の参院選では自らの秘書だった谷畑孝(現在は自由民主党衆議院議員)を参議院議員に送り込んでいる。1993年の衆院選で落選し、政界を引退。その後1996年 - 1998年に部落解放同盟委員長を務めたが、2005年5月26日、肝不全のため死去。享年66。

「人権、中小企業、国際交流の上田卓三」を売りにしていたこともあって、特に被差別部落における中小企業振興で力を振るった。1968年に、部落解放同盟傘下の企業団体「部落解放大阪府企業連合会」を介した税金申告書を事実上フリーパスとする合意(七項目の確認事項)を当時の高木文雄大阪国税局局長と取り付けた。後に上田はこの合意により得た大義名分を基に、部落とは関係ない中小零細企業や個人事業者を対象とした商工団体「大阪府中小企業連合会」(略称・中企連)を立ち上げ、中企連は後に全国的な発展を遂げて現在のティグレとなる。しかしこの合意が却って脱税に悪用されるなど今日では同和利権の一つとして批判の対象になっている。

なお、ティグレに関しては前述のように一種の利益団体がルーツであることから、原則的に顧問税理士を置かない方針を長らく取ってきたが、近年の税理士法違反に対する取り締まりの強化や税務環境などの変化に対応するため、2005年に初の提携税理士法人となるサポートワークス(大阪)を設立、その後もさらなる税理士法人を新設をするなど、その立ち位置を変えつつある状況にある。

政策
選択的夫婦別姓制度導入に賛同。

 
上田卓三さんを偲ぶ会呼びかけ人
明石康、田邊誠(←南京大虐殺記念館設立)、土井たか子
上田卓三を偲ぶ会明石康田辺誠土井たか子辻元清美
http://www.tigrenet.ne.jp/seminar/20110514_sinobukai.html 
辻元清美議員もいますね 

有田芳生議員が出した『ヘイトスピーチに関する緊急アンケート』
人種差別撤廃NGOネットワーク 代表世話人 武者小路公秀

このアンケートの住所が部落解放同盟本部なわけです(ワラ
人権擁護法案のために非・国民が必死な件 

明石康氏←従軍慰安婦問題の黒幕
武者小路公秀氏←日本を敗戦国のままにしておく装置
それぞれ日本国際交流センター・山本正氏と繋がってるわけで

david rockefeller tadashi yamamoto

つまりこの人達は外国の利益のために日本人差別を創りだすお仕事をしているわけです
建前にしている綺麗事が薄ら寒いばかりですね

【まとめ】
▼部落解放同盟・ティグレ会長・上田卓三氏はサイモン・ウィーゼンタール・センターと組んで杉原千畝「命のビザ」キャンペーン=日本を貶める運動
▼杉原千畝「命のビザ」キャンペーンは明石康氏が委員長
▼有田芳生議員の出したヘイトスピーチに関するアンケート差出人は武者小路公秀氏・住所は部落解放同盟本部
▼明石康氏、武者小路公秀氏、共に日本国際交流センター・山本正氏と繋がりアリ 

JAPANISM 06 2012.2発刊
オウム真理教村井幹部刺殺犯の
「在日、そしてわが祖国」
在日韓国人3世 徐裕行
聞き手・編集部
 
japanism 徐インタビュー134135
p134・135
japanism 徐インタビュー136137
p136・137
japanism 徐インタビュー138139
p138・139

 1995年4月24日、当時日本中を騒然とさせたオウム真理教事件の渦中で、「科学技術省大臣」村井秀夫幹部が在日韓国人に刺殺されるという事件が起きた。犯人の徐裕行氏は12年の刑期を刑務所で過ごし、2007年出所。以後、沈黙を保ち続けてきたが、今その思いを少しずつ世に語り始めている。オウム教祖・麻原彰晃に死刑判決が下り、北朝鮮の金正日総書記が死んだ今、徐氏がこの日本で新たになそうとしていることとはー。

ーオウム事件もだんだん風化していこうとしていますが、今年の元旦には長く指名手配されていた元信者の平田信が出頭。再び世間の耳目を集めています。
徐 空しいですね。麻原彰晃の死刑が確定したときにも思いましたが、あらためてそう強く感じます。サリン事件から17年もたって、でも麻原らの死刑が執行されたとしても、犠牲者の遺族の方々が喜ばれるわけではないと思う。そう考えると、ただ空しさがつのります。
ー村井幹部を殺害したことを振り返り、どうですか。
徐 僕は当時、オウムに大きな怒りを覚えていたんです。あのころの日本は、バブルが崩壊し、世紀末も近いという中で、何か不安定な状況にありました。麻原はそこに付け込む形で若者にオカルトな言説を振りまき、彼らを洗脳してサリン事件を引き起こした。そんな連中が大量殺人を犯し、社会を乱している。それが許せなかった。
ー村井事件直後、あなたを「右翼団体構成員」とする報道がありました。
徐 僕は在日韓国人で、朝鮮学校で反日教育もう受けてきた人間です。ただ10代後半のころから、そうした反日思想に疑問を抱くようになった。そこで右翼と呼ばれる方々とお付き合いが生まれていたんです。だからそういう報道になったのかもしれません。ただそこから発展して暴力団の指示だとか、どこかのスパイだとか、そんな報道はどうかと思う。根底はあくまで個人的な義憤です。

在日社会はごまかしだらけ
ー在日社会の反日思想に疑問を持ったきっかけは。
徐 在日社会の主張する歴史認識と現実が、食い違っているからです。たとえば徐家は朝鮮半島南部にルーツのある家計で、祖父の代に「日本人」として、自分の意志で東京に来ました。戦前の日本は、白人国家と唯一肩を並べる有色人種の国として、全アジアの希望だったんです。そこにあこがれて日本本土へ渡りたいと思っていた朝鮮人は山のようにいて、祖父もその一人だった。徐家だけじゃなく、多くの在日のルーツはそうですよ。
 祖父は日本で成功し、最終的に東京市深川区(現・東京都江東区)の区議会議員になっています。当時は朝鮮半島出身者にも参政権が与えられていたんです。「在日は強制連行され、差別されてきた」などという話は事実にそぐわないと思います。
ー徐家は朝鮮半島南部の一族とのことですが、なぜあなたは朝鮮学校(北朝鮮系民族学校)へ?
徐 確かに僕は韓国籍です。ただそれは歴史的経緯があるんですよ。終戦直後、韓国政府は在日にあまり関心を持たず冷たかった。しかし北朝鮮は工作員養成や資金源確保などの観点もあり、在日の取り込み、教育に熱心だった。だから北朝鮮系の「朝鮮学校」はたくさんあるんですが、韓国系の「韓国学校」はほんの少ししかない。
 僕の父親は北朝鮮支持ではないんですが、息子にはハングルを覚えてほしいという願望があった。朝鮮学校では言語教育をやってくれますからね。朝鮮学校側も在日の取り込みという意味から、韓国籍の子供の入学を許可しているんです。小学校に当たる初級学校から朝鮮学校に通いました。いわゆる反日教育もしっかり受けました。もう35年ほども前の話ですが、「金日成将軍の革命活動」という授業があって。金日成を神格化した子供時代の話や、日本軍を戦った英雄物語など、反日的な思想教育が行われていました。
ーその反日思想と明確に決別したきっかけは?
徐 思い出深いのは姓に関わることです。在日のほとんどは「通名」といって、日本的な姓を名乗って暮らしています。たとえばかつて僕は「田中裕行」と名乗っていました。朝鮮総連自体は「朝鮮人ならば朝鮮の姓を名乗るべきだ」と若い世代に教えていましてね。僕自身、若い学生を捕まえて「君は本名を名乗るべきだ」なんて行っていました。でもそう言ってる本人は普段、日本の姓を名乗っているんですよ。強制連行や差別の話も含め、このうそ、ごまかしは何なんだろうという思いが、十代後半ごろになると抑えられなくなった。そこで日本人としての生き方を探し求めるようになったんです。

あこがれは野村秋介
ー「日本人としての生き方」を探す上で、特に影響を受けたのは?
徐 戦後新右翼の代表的論客とされる、野村秋介さんですね。面識はありませんが、著書やテレビ出演されている姿に本当に感銘を受けた。
ー野村氏は村井事件の二年前、朝日新聞の報道姿勢に抗議する形で、同社社屋にて拳銃自決しています。
徐 僕のしたことに影響がないといえばうそになります。この世に生をうけて、何か事が起きたら身を捨ててそれに当たる。そういう考えを野村さんから学んだと思っているし、今もその覚悟は持っているつもりです。
ー村井事件から7カ月後、懲役12年の実刑判決を受け、北海道の旭川刑務所に収監されます。
徐 刑務所での12年は、一言で言えば「変化のない生活」でした。ただ新聞や雑誌、テレビはかなり自由に見ることができて、特に北朝鮮拉致問題の進展には大きな関心を持っていました。
ーいよいよ北朝鮮から完全に裏切られたという感じですか?
徐 いや、1993年のノドンミサイル発射事件の時から、北朝鮮には愛想が尽きていました。多くの在日同胞が済んでいる日本にミサイルを向ける国なんて、絶対に信用できない。だから拉致問題関連の報道では、「ああ、やっぱりそうか」という思いの連続でした。ただ拉致被害者家族の皆さんがかわいそうでならなかった。
 僕は刑務所まで行ってしまった人間ですが、家族との関係はずっと良好なんですよ。逮捕された後に面会に来た親からも、怒られはしたけれど、人格を否定されるようなことはなかった。だから刑務所で一番つらかったのは、家族と会えないことでした。
 ただ家族に会えないと言っても、僕の場合は自分のしたことの結果ですから、自業自得です。でも拉致被害者の方々はまったく理不尽に家族を奪われたわけです。本当にかわいそうだと。何か僕にできることはないだろうかと、真剣に考えるようになった。
 2007年に刑務所を出てすぐ、僕は「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)を訪れました。そして活動を手伝わせてほしいと訴えたんです。対応に出てくれた方は僕の長い話をじっと聞いた後、「気持ちは分かりました。しかしわれわれは北朝鮮というテロ国家と戦う組織。あなたのようなテロリストと手を組むことはできません」と、丁寧な口調でおっしゃいました。仕方ないと思いました。だから、拉致問題には自分なりのやり方で関わろうと決意したんです。

拉致の罪は在日も背負うべきだ
ー「救う会」のような組織とも連携せず、どのように拉致問題に関わっていくのですか?
徐 やりたいのは、僕自身も含めた在日に、自分たちの罪を問う活動です。終戦直後の北朝鮮への帰国事業では、多くの在日が母国に裏切られ、失望したはずです。北朝鮮にいる親類や知人からの手紙はグチばかり。そして相次ぐ送金の要求。「地上の楽園」とはかけ離れた国なんだろうというのは、戦後一貫して在日が感じていたことです。なのに在日は、そういう抑圧国家の出先機関である朝鮮総連を盲目的に支え続けてきた。
 こうした在日の姿勢が北朝鮮の暴走を招き、拉致事件にまでつながっていった。日本にいるわれわれは、冷静な立場から北朝鮮に物申すべきだった。でも何もしなかった。だから拉致問題というのは、在日が背負うべき罪だと思っているんです。僕はそういう主張を在日社会に向かって叫びたい。そして朝鮮総連を、本当の「在日のための組織」として奪い返し、そこを拠点に北朝鮮へ変革を迫っていきたいんです。
 ただ僕は、「救う会」の方がおっしゃったことを実にまっとうな意見だと感じています。僕のような前科者が、政治運動の先頭に立っていいのか。その悩みがあって、僕はこの運動において自分の上に立ってくれる人を探し続けていたんです。でも見つからなかった。そうこうしているうちに、出所から4年以上の時間がまったく無為に過ぎてしまった。こうなれば、あえて自分が先頭に立ってみようと覚悟を決めたんです。
 もちろん、僕のような者の下に多くの人が集まってくれるとは思いません。でも遠巻きでもいいから、僕の言葉を来てくれる人がいればいい。僕の考えに共感して、同じような運動を始めてくれる人がいたっていい。手始めにインターネットのブログを開設しました。ここに僕の考えを掲載して、共感して下さった方には、朝鮮総連へ改革を訴える署名もお願いしたいと思っています。

在日は全員日本に帰化せよ
ー在日社会の将来像をどのように描いていますか?
徐 まず在日は全員日本に帰化すべきです。在日一世、二世はともかく、僕ら日本で生まれ育った三世以降はもう精神的には日本人です。言語や生活習慣も完全に日本人だし、今さら朝鮮半島には帰れない。生まれ育った国に尽くすのは当然のことで、これ以上、特別永住者のようなあいまいな制度はいりません。僕は今のところ韓国籍ですが、時期を見て必ず帰化申請するつもりです。
ー日本と韓国の間には、従軍慰安婦問題や竹島問題などもあります。
徐 そうした問題は感情的に話しても解決しません。本当に謝罪や賠償を求めるのならば、冷静に法的手続きや金額に関する議論をしていかねばならないはずです。日本政府は「弱腰外交」と言われながらも、そういした態度で韓国に対応しようとしている。しかし韓国の人たちは感情論一辺倒。これで話しが進展するはずはありません。
ーどんな問題に対しても、感情を熱く爆発させるのが韓国のお国柄とも聞きますが。
徐 そういう面はあるかもしれませんね。在日の中にも、論理的な対話から感情的な対話へ陥りやすい人たちが確かにいます。しかし日本人が、そういった感情論に付き合う必要はないと思うんですよ。向こうが感情的にまくし立てるからといって、こちらも感情的に反発することはない。やはり日本はサムライの国、武士道の国でしょう。向こうがどんな態度だろうと、紳士的な態度を崩さないところに突破口があると思います。
ー実に日本人らしいご意見です。
徐 これまで韓国には観光で二度行ったことがあります。僕は朝鮮学校教育のお陰で、片言ながらハングルを話せる。すると韓国の人たちは僕のハングルを聞いて、「日本人なのに上手だ」と褒めるんですよ。しかし僕が「いや、在日なんです」と明かすと「下手だね」と言ってんして馬鹿にする。もう最後は面倒くさくなって、「僕は日本人です」で通していました。今の韓国に親類がいるわけでもないし、韓国への旅は、「僕はやはり日本人なんだな」とますます思わせてくれるものでした。
ー「日本人・徐裕行」としての生き方を貫きたいと。
徐 二年半前に結婚しまして、今はリサイクル関係の自営業を営んでいます。子供ができたら在日4世ですが、僕の世代以上に日本人として生まれ育つことになります。その子には、生まれ育った祖国である日本に尽くす人生を送ってほしい。そのためにも、今のおかしな在日社会は変えていかねばならないんです。

じょ・ひろゆき
1965年東京生まれ。在日韓国人3世。地元の朝鮮初級学校(小学校)に通い、公立中学を卒業後、社会人に。95年4月23日、オウム真理教の村井秀夫幹部を殺害し現行犯逮捕、旭川刑務所で12年服役する。現在は自営業を営むからわら、北朝鮮拉致問題に取り組むためのブログを運営中。


徐裕行氏の場合12年服役なので明らかに退去強制事由に該当する

永住者に対する退去強制事由
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-S40-335.pdf(pdf注意)
第三条
(d)日本国の法令に違反して無期又は七年をこえる懲役又は禁錮に処せられた者
 
日韓地位協定退去強制自由

在日特権を許さない市民の会(在特会)は入管特例法による「特別永住許可」を取り消せと主張しているわけだが
徐裕行氏の場合はその資格すらないわけだ

在日朝鮮人のことであるから退去を行使しない日本政府のせいで自分は悪くないニダ、あるいは退去を行使するのは不当ニダとか差別ニダとか言うのであろうが
これを良いことに日本に居座っている人間が信用されることはない

これで帰化申請が下りるようなら日本という国はどうかしている

救う会の人が協力を断ったのは正しい判断だった 



この本はよど号犯とその妻のうち6人の手記を集めたもので、彼らは逮捕状、国際指名手配の取り消しを求める国家賠償訴訟を起こした。

そのうちの森順子氏の手記
第三章 田宮を祖国へ帰したい
より引用

p156~160
1 田宮を帰したい

父の遺骨を抱いて
 私が生まれ育ったのは、神奈川県の川崎という街です。父は、母の実家が大衆食堂をやっているとき、ここに下宿していました。父に関しては、朝鮮の黄海南道(ファンヘナムド)が故郷であること以外は、母でさえもなにも知りませんでした。自分のことを一切語らずに、父は死んでしまったからです。
 父の遺骨を抱いて田宮とともに1992年、黄海南道の父の実家を訪ね伯父さんと会ったとき、初めて、父が15歳のとき北海道の炭坑で働く兄を頼り、平安南道の南浦(ナムポ)という港から日本に渡ったことを知りました。1938年(昭和13年)①だったそうです。朝鮮が解放されるまで、まだ7年もあります。この年、すなわち朝鮮人民に対する日本の侵略策動が最高潮に達していた時期、父は15歳にして自分の祖国、そして家族と生き別れなければなりませんでした。父の悲しみと不幸、それは、まさに日本によって国を奪われた朝鮮民族の悲しみ、苦痛なのだと思います。

映画『チョンリマ』に感動
 私が初めて、自分の中の朝鮮人を意識したのは、小学生のとき『チョンリマ』という映画を観たときです。たしか近所の共産党のおばさんに連れていってもらいました。小さいときだったけど、この映画を観てひどく感動したことを憶えています。人々が生き生きとしていて力強く悲しみがない国というのが、朝鮮に対する私の印象でした。また、高校生のときに在日の人々に接して、彼らが自分の国を愛し朝鮮民族としての自信を誇りにし、祖国のために貢献することを生き方としていることにとても衝撃を受けました。
 このとき私は、自分も朝鮮人であることを大切にして生きていきたいと思いました。その後、朝鮮侵略の歴史や強制連行②の歴史などを勉強し始めました。関東大震災で多くの朝鮮人が殺された③ということも初めて知りました。家からそんなに遠くない横浜の小さな橋で何千人という朝鮮人が殺され捨てられたとありました。私にとって他人事ではありません。その場所に行かなくてはという衝動にかられました。その小さな橋の前に立ったときのショックは今でも忘れられません。私と同じ血を持った何の罪もない人が、こんな小さな橋で殺され捨てられたかと思うと、もう、怒りで自分の身体が裂けて、その血がこの橋に流れていくように感じました。橋を渡れば駅に近かったけれど、渡る気にはなれませんでした。この橋は靴を履いては渡れない橋だと思ったからです。
 このような体験をした私は、父を見る目も変わっていきました。その後、朝鮮語を習い父に教えてあげたり、同胞たちとも接するように強く言ったり、また、朝鮮への帰国船が出たとき、なぜ帰らなかったのかと迫ったりと、ずいぶん父にはきつく当たりました。でも父は何を言っても聞こうとせず自分の殻にとじこもっているだけでした。
 1975年、私が22歳の年に父が亡くなり、私はいっそう朝鮮というもう一つの自分の国に触れなければ、それまで悶々と悩んでいた自分の生き方、目的がしっかりと定まらないと考えていました。今こうしてあの頃のことを振り返ってみても、朝鮮に行くことや田宮たちのことを知ることは、私が生きていくうえで、どうしても通過しなければならないことだったと思っています。当時、それはむろん直観的なものであったけれども、それまでの自分内部のわだかまりが、そのことによってなにか「解ける」ような気がしたのも事実です。

もう一つの祖国の地を踏んだ
 父が亡くなり分骨しました。私も母もできれば、お骨を祖国の父の家族の元に帰したいと思っていましたが、その方法もなかったし、また同胞が眠っているお墓にでも入れば、父も安心するだろうとも考えたのです。しかし私たち家族が父の過去をいっさい知らないことに加え、自分の国に背を向けて生きてきた父を受け入れて欲しいというのも無視がよすぎる話でした。それで一時はあきらめたのですが、やはり、せめて祖国の地に眠らせて上げることでもしなければ、父はずっと泣き続けるだろう。そう思い、それから3年あまり、いろいろなつてを訪ねまわり、やっとの思いで父の遺骨とともに、もう一つの祖国の地を踏むことができました。1977年になっていました。
 黄海南道にいる父の家族のことは、私が幼いときから母が手紙でいろいろと手を尽くして探していたので知っていましたが、一度も便りが来たことがないので、朝鮮に来たからといって、父の家族の消息が分からなくても当然と言えば当然のことです。父が祖国の土に還るだけでも、私は十分だと思っていました。なので朝鮮の案内の人に、「調べてみましょう」と言われたときは、本当に有り難く思いました。
 それからまた、十数年経って、私は、田宮ととともに父の遺骨を抱いて、黄海南道にある父の実家を訪ねることができ、そしてあくる年には母も父の故郷へ連れて行ってやれました。

田宮との出会いと結婚生活
 私と田宮は、朝鮮という国がなかったら、出会うこともありませんでした。
 私が田宮の存在を初めて知ったのは、言うまでもなく、1970年3月31日「よど号」のハイジャックのときです。その頃、神奈川県の普通高校の一年だった私は、春休みの何日間、胸をドキドキさせながらテレビの前に座っていたことを憶えています。たぶん、田宮たちが朝鮮という国を選んだことへの衝撃と不安のようなものがあったのでしょう。
 赤軍派を知っている人なら、田宮たちが朝鮮でどうするのだろうということは、誰でも興味のあることだったと思います。しかし、過激派という言葉もろくに知らなかった私には、田宮たちがどういう学生運動をやり、どこの党派であるかなどということには、興味も関心もありませんでした。ただ、なぜ、ハイジャックの目的地を朝鮮にしたのか、彼らが社会主義朝鮮に渡り、日本人として何を見、何を学び、何を得、何を支えに生きていくのかということに最も関心があり、知りたいと思いました。
 小学生のころから私が一番行ってみたい国は朝鮮でした。社会主義と資本主義の違いがどこにあるのかなどを高校生の頃から漠然と考えていたこともありましたが、それよりも、朝鮮が私の父の国、父の祖国だったからです。
 私には行きたくても行けない、私のもう一つの祖国ともいえる朝鮮に、日本人である田宮らはいとも簡単に行ってしまいました。
 後で男性から聞き知ったことですが、「朝鮮が悪宣伝されているが、それは、実は我々にとって良い国だということではないか。敵にとって悪いものは、我々にとって良いはずだ」というのが、行き先に朝鮮を選んだ理由でした。単純といえば単純な理由なので笑ってしまいましたが、でも私はこの理由を知って、最も単純で率直なところにこそ、物事の核心があるように感じて、田宮たちが朝鮮に渡ったことは正解だったんじゃないかと思いました。
 

①来日が1938年
朝鮮半島で徴用のはじまる前なので自由意思で来日したのは間違いない
前掲書p164
 父は自分の国の言葉も話せず朝鮮人としての名前もなかったけれど、どういうわけか日本への帰化だけはしませんでした。帰化しないことがいいとか、よくないとかいうことではなく、結局人としての生き方の問題であると思います。私の父の場合は、帰化しないことによってかろうじて朝鮮人である自分を支え、朝鮮民族としての魂を守っていたのだろうと思います。これが父にとっては、せめてもの「譲れないもの」だったのでしょう。

とあるが自分には帰化出来ない理由、故郷を捨てざるを得ない理由があったとしか思えない
盆・正月には里帰りする朝鮮人で港がいっぱいになったというのだから渡航は自由だった
【wiki】君が代丸
 
②強制連行 (今時これを言うと失笑を買うということは知らないのだろう)
③関東大震災時の朝鮮人虐殺
関東大震災で日本人10万人を虐殺した朝鮮人の黒幕 
 当時朝鮮人テロリストが国家転覆を狙って活動していたのは事実なんですよ

嘘という土壌に育ったでたらめの草 

森順子氏の息子、森大志氏は市民の党の支持を受け三鷹市議に立候補している
未だ帰れない拉致被害者、特定失踪者が数百人いるというにも関わらず

参考
テロリストの遺伝子 
よど号犯と拉致 
日本の中の北朝鮮 チュチェ思想研究会 
よど号ハイジャック事件という闇 

藤原紀香が特定秘密保護法案反対と言ってしんぶん赤旗に出たということから
バーニングというプロダクションにはおかしなところがあるのだと思うが
それとは別に自分の持つ違和感を書いておこうと思う

 
【youtube】Ikumi Yoshimatsu: Miss International 2012 "The Dark Side of Japan's Entertainment Industry" 

40:00頃
吉松郁美外国人記者クラブピオデミリア
ピオ・デミリア....
元菅首相の顧問でイタリア極左過激派・赤い旅団関係者
反原発と極左テロリスト1 
(電気料金が値上がりした原因の一端はこの人にあるんですよ)

そして吉松育美さん
〇なぜ日本の女性タレントはこのような扱いを受けると思いますか?という問いに対して
「日本のジェンダーギャップ指数(追記2014.2.25参照)は世界136カ国中2013年は105位、2012年は101位で、日本はこれだけの先進国なのにこんな順序です。原因は日本の文化にあると思います。」
(なぜこの時に正確な順位まで答えることが出来たのか:つまり質問者と打ち合わせ済だった?)

25
http://mainichi.jp/english/english/newsselect/news/20131025p2g00m0dm026000c.html 
この記事によると日本は女性の国会議員の数の減少が問題で、太平洋地域の国ではフィリピンが5位、ニュージーランドが7位。
だそうですよ

〇将来仕事を通じて取り組んでいきたいことは?という問いに対して
「子供の教育について、今ボランティアで、the global student diplomacy network という活動をしています。デジタル時代に生きる我々はボタン一つで繋がることが出来る。幼少期に世界中の友達のネットワークが出来れば、その友達のいる国に対し怒りやネガティブな感情は抱かないと思う。そうして世界は一つになっていくことを信じて活動しています。」

追記2014.5.20
the global student diplomacy network
吉松育美氏と参加していたピーター・ヤロー氏はピースボート水先案内人で
マット・テイラー氏のWorld Peace Music Award@ベトナムに参加予定で
ジョン・ケリー国務長官と45年来の知己(民主党支持)
吉松育美さん騒動12 ベトナム反戦運動とピースボート

自分は9条の会臭がしてドン引きしたのだがミスコンとはそもそもこういう花畑なものだから仕方ないのか...
例えば
miss congeniality world peace
【youtube】Miss Congeniality - Trailer HD
サンドラブロックも「world peace!」と言ったわけだし....
(映画で笑うところになってるあたりお約束的にそういうものなんだろう)

自分と同様に気になっている人もいたようだ
こちらのスレッドから
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/ms/1387448755/

928 :可愛い奥様:2013/12/22(日) 22:00:38.68 ID:vNb4BE3i0
 16 名前:名無しさん@13周年[] 投稿日:2013/12/17(火) 23:33:39.18 ID:GYMcRNSR0 
  こう言うことがあると 
  韓国の言ってる慰安婦問題も本当だったんじゃないかと思えてくるよな。 
  歴史認識だって韓国が正しいのかもしれない。 
  戦時中も無慈悲に自国の若者に特攻や玉砕させたり・・・ 
  日本自身がブラック国家なんだよ。 

  自民も芸能もマスコミも裏社会も皆グルでデタラメばかりやってる。 
  戦争にも負けて当たり前。 

  ちょうど今、グレンデール市の慰安婦像撤去の署名活動も行われてるんですが 
  吉松さん問題と一緒に>>744「日本のヤクザは朝鮮人」の認識が海外の方に広まってないと、
  タイミング的に慰安婦問題が危ない予感がします。
  海外へ発信される方は さりげなくその旨入れて頂ければ幸いです。

(アメリカも大概ブラックだから戦争に負けたのはそれが原因じゃない)

安倍さんが首相就任直後に「女性の活用」と言い出したのが唐突だと思ったがこれは「従軍慰安婦=sex slave」というイメージ払拭目的もあるのではないか
国連を通じて北朝鮮に圧力をかけていることからそういう意図もあるだろうと自分は思っている
国連人権委員会における攻防

13
http://www.nikkeibp.co.jp/article/matome/20130612/354019/?rt=nocnt
 
そして記者会見の司会のジェイク・エーデルスタイン氏
【wiki】ジェイク・エーデルスタイン 
人物
ミズーリ州出身のユダヤ系アメリカ人で、19歳当時の1988年に渡日し上智大学で日本文学を専攻。
1992年から読売新聞の記者となった。
読売新聞の記者として日本の暴力団界のルポに12年間にわたり携わったものの、山口組系後藤組組長後藤忠政の米国での肝臓移植手術に際してのFBI取引の件をすっぱ抜こうとしたことを後藤組に察知され、のちに示談の場で死の脅迫(家族を含む)を受けたことから読売新聞社を退社し帰国。以来、米国と日本の両国において警察当局の保護下にある。
ワシントンポスト、ウォールストリートジャーナル、BBC、インデペンデント、ガーディアンなどの新聞にしばしば寄稿している。

ジェイク・エーデルステイン氏は動画の冒頭で「Japan Times」の記者であると言っている

Japan Times と言えば
映画『the cove』の元になった『'Secret' dolphin slaughter defies protests』という記事を載せた新聞で、ピオ・デミリア氏も記事の著者にインタビューをしている
→ 反原発と極左テロリスト2 映画『the Cove』の裏にいる人達 

そしてwikiの一番下になぜか「ポラリスプロジェクト」のリンクがある
調べてみたところ
http://www.youtube.com/watch?v=Q5iKAqZ9yVU この動画の説明文
ジェイクエーデルシュタインポラリスプロジェクト
ジェイク・エーデルスタイン氏はあのポラリスプロジェクトの役員であるようだ
ポラリスプロジェクトといえば
日本では人身売買が横行していて主な被害者は韓国人女性という胡散臭い(失礼)団体
え?それは日本のせいなの?(゚ロ゚ノ)ノ
でもブローカーは韓国人なんですけど

この騒動が
「日本は女性差別の国=韓国人女性をsex slaveにしていてもおかしくない」
というイメージ作りに利用されないか大変危惧するところである

徐勝釈放運動
韓国民主化運動という赤化運動
統一協会信者拉致監禁訴訟
無間地獄
のように一方に問題があるからと言ってそれに対立する方が正義とは限らない
『the Cove』という前科がある以上自分は疑いの目を持たざるを得ない

逆に朝鮮人ブローカーを追及していく動きになるなら歓迎なんですが
(谷口元一氏が創価大学出身のソースはどこに) 

追記2013.12.30
 ミスインターナショナル吉松育美パソナ
http://mantan-web.jp/2012/10/29/20121029dog00m200033000c.html 
パソナの社員なのか....
パソナといえば竹中平蔵なわけだが
(そしてパソナも創価の噂があるわけだが)

追記2014.4.25
日本のジェンダーギャップ指数
内閣府男女共同参画局総務課

日本のジェンダーギャップ指数内閣府男女共同参画局
http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2012/201301/201301_04.html
ジェンダーギャップ指数を出してるのは世界経済フォーラム

【wiki】竹中平蔵
世界経済フォーラム竹中平蔵wiki
これは...(::..;゚;ж;゚∵)ブブ

the Global Gender Gap report 2013
スポンサーを見ると
ジェンダーギャップ指数2013マンパワーマッキンゼー
http://www.weforum.org/reports/global-gender-gap-report-2013
マンパワー(人材派遣)
マッキンゼー&カンパニー

マッキンゼーはchange.orgハリス鈴木絵美氏が勤務していたところですね


続き
吉松育美さん騒動2 

吉松育美さんのはじめた署名活動の請願文は日本文と英文で内容が異なっています
署名する際には内容の違いを確かめてから署名なさることをおすすめします 

日本を貶めようとする悪意 映画「闇の子供たち」 続き


【youtube】【大道無門】馬渕睦夫と国難の正体を暴く[桜H25/5/24] 
後半28:00頃から
渡部昇一氏「ユダヤというとね、ヒットラーがあんなひどいことやったもんだからタブーになったんですよ。ただその中において日本人はユダヤ問題については一番胸を張って語れる国民じゃないかと思うんです。というのはヒットラーの政権からですねそれに調子を合わせたようなユダヤ人対策をやれと、当時の日本政府に要求があったわけですね。その時に、確かあれは昭和13年だったと思いますが五相会議で板垣征四郎陸軍大臣が、日本は神武天皇の即位以来八紘を掩いて宇と為すと。当時大和民族の他に土着がいっぱいいたわけですからね。全ての民族を一家のようにやろうと。だから日本としては特定の民族を差別するわけにはいかんと。こういう決定してるわけですね。これは当時アメリカもイギリスもやらなかったことなんですよ。だから船で逃げてきてロンドンに上陸しようとしたユダヤ人が追い返されてアメリカに行ったらそれも追い返されて戻ってきてアウシュビッツというのがありましたね。日本では全部入れましたからね。満州国境に来た2万人くらいの人は樋口季一郎が入れましたね。入れただけじゃなくてそれは上が許可しなきゃダメなんで、当時の関東軍参謀長の東条英機がOKして、上海に送るには松岡洋祐がOKして」

馬渕睦夫氏「満鉄総裁ですね」

渡部昇一氏「日本政府が許可しなきゃ入れないわけですからね。だからああいうことは日本政府はもっと本気で宣伝しなきゃならんと思うんですよ。僕が一番不思議なのは東京裁判がね、ニュルンベルグ裁判と対になってるわけですよ。ニュルンベルグ裁判はユダヤ人を殺したことだけが問題になってるわけですから、日本はユダヤ人を助けた人たち、東条にしろ板垣にしろね、死刑になってるんですよ。樋口さんは占守島ってあそこで戦後ソ連がやってきたとき全滅させたくらいの大きな手柄を立てたんで連れて行かれたけどユダヤ人を助けたってことで釈放されたんだってね。そういうことを、むしろ知ってる人が例外でしょう。世界中にね、これを英文でどんどん日本人こそがユダヤ人に偏見のない唯一の民族であったと言うべきじゃないかなと思うんですけど。」

馬渕睦夫氏「おっしゃる通りですね。ところが逆のことがつい10数年前起こってましてね。先生も御存じだと思いますが例の杉原千畝の命のビザ問題ですね。あれは杉原さん個人はねビザを書いて頑張られたと思うんですが、彼を英雄に仕立てた構図っていうのが間違っているというか、悪意をもってなされたもんだと。日本政府はビザを出すなと言ったのにその命令に逆らって杉原さんはビザを出したんだと。これが当時流行った命のビザ旋風で、私当時イスラエルにおりましてね。おかしいと。」

渡部昇一氏「嘘ですよねえ。」

馬渕睦夫氏「嘘なんです。ビザっていうのは、私は実務をやっていたから分かりますけど、本国政府がOKしなきゃ出せないんです。出先はね。」(←言われてみれば

渡部昇一氏「第一日本国に入れないじゃない(笑)」

馬渕睦夫氏「例えもし日本国がNOと言ったのを杉原さんが書いたとして日本政府は当然NOと言いますよね。だから杉原さんはそんなことは分かってるんで、NOと言ってきたら出すわけがないんで、YESと言ったから出したんです。若干の条件があって行き先の通過ビザでしたから、行き先がはっきりしてることと、所持品をちゃんと持っているということですね。ところが所持品というのはなかなかチェックがしずらいんでそれはもう不十分なチェックのままに出した。所持品をあまり持ってない人も日本は全部入れたんですよ。それはものすごい誤解というか、あえて日本政府は反ユダヤだったという濡れ衣を着せる・・・」

渡部昇一氏「どういう人たちですかねありゃ。」

馬渕睦夫氏「その時起こったのが日米構造協議でね。どうもそれと関連があるんじゃないかと疑ってます。これは明確な証拠は出てこないんで、ただ時期的にはそうですね。だから今後も注意しなきゃいけないのは、何か日本にのませる時に彼らからいわせれば日本の悪事が出てくるという宣伝戦がまた行われるんじゃないかと。」

渡部昇一氏「確かにね、杉原さんを盛りたてるのは人道的でいい話みたいだけどそれがそっくり日本政府の批判になるんですねえ。非常に悪辣な。」

馬渕睦夫氏「先生おっしゃるように他にもビザ出した人いっぱいいるんですね。これは当たり前の話です。日本政府が全世界に訓令打ってるわけですからね。だからなぜ彼だけが取り上げられて、しかも嘘で日本政府が出すなと言ったのに命をかけてやったというようなね、そういうフィクションを作らなきゃならなかったか。」

渡部昇一氏「帰ってきたらクビになったとかね。」

馬渕睦夫氏「あれも嘘なんです。ま、やめられたのはその通りですが、ビザを出したがゆえにクビになったんじゃなくて人員整理の一環として」

渡部昇一氏「大使館みんななくなったんだからねえ。外地の公館が何にもなくなったわけですから(笑)。」

馬渕睦夫氏「人員整理の一環でおやめになったんで、退職金も支払われ、年金ももらっておられるんですね。だからどう考えてもあれはフィクションなんです。日本政府を悪者にしなきゃならない何かの理由があった。そういう勢力を私はこの『国難の正体』ではっきりさせたかったということなんです。日本のメディアとかを使って巧妙に圧力をかけてくる。マインドコントロールされてしまう。今でも多くの人が杉原さんは本国政府の命令に逆らってビザを発給したんだって信じてるんですよ。だって学校の教科書にもなりましたからね。そういう嘘を教えているわけです。」

渡部昇一氏「嘘を最初に権威を持って書いた人が誰かわかると大分シッポがつかめると思いますね。」


杉原千畝命のビザ委員会国内委員
http://www.chiunesugihara100.com/com-iin.htm

杉原千畝生誕100年記念事業委員会 委員一覧(2000年11月20日現在)
委員長 明石康 元国連事務次長
委員長代理 上田卓三 ティグレ会長・元衆議院議員
(ティグレ→池口恵観秘書氏アヤシイ(¬_¬)

創価学会の方もいらっしゃいますね

杉原千畝命のビザ顕彰式jpg
http://www.chiunesugihara100.com/com-kinen.htm

杉原千畝生誕100年記念式典に300人が参加

プレゼンターとして、ロサンゼルスに本部を置くユダヤ系人権団体であるサイモン・ウィーゼンタール・センターのエイブラハム・クーパー副理事長

つい最近クーパー氏と会談したのが公明党・遠山清彦議員なんですけどね
視界に入るノイズ:SWC

日本ユニセフ協会行事2001年杉原千畝
http://www.unicef.or.jp/osirase/cbn_kan1.html
日本ユニセフ協会 イベント情報 東京・神奈川 2001年
写真展「勇気の人ー杉原千畝~助けられた命のメッセージ」

明石康氏といえば
主体思想研・日朝国交促進(徳島)2
チュチェ思想研究会主催の「日朝国交促進と自主・平和をめざす全国セミナー」に参加なさっていたり
徐は主体思想研究会員 

東京オリンピック招致明石康

東京オリンピック招致委員会HPに出ていらしたり
五輪日韓全面協力はデマ?

明石康カンボジア友好親善協会国際平和文化センター
日本カンボジア友好親善協会の名誉会長だったりするわけですが
(明石康氏は元国際連合カンボジア暫定統治機構特別代表)
マルハン、SBIがカンボジアで日本企業の銀行設立 

創価大学「原水爆禁止宣言」50周年明石康
http://archive.soka.ac.jp/2007/09/08/465
創価大学 アーカイブサイト
「原水爆禁止宣言」50周年記念シンポジウムを開催 明石元国連事務次長が基調講演

【wiki】1999年東京都知事選挙 
1999年東京都知事選明石康
立候補者の中で公明党推薦を受けているのは明石康氏のみ

では渡部昇一氏の言うところのシッポは
一体何のシッポなのかというと

「日本側で(三極委員会の)創設に携わったのは、政治家では宮沢喜一元蔵相であり、大平内閣の大来佐武郎外務大臣といった政治家、そしてこの三極委員会の開催日の一週間前にガンで死去した山本正・日本国際交流センター理事長である。近年は明石康氏、小和田恒氏、緒方貞子氏といったソフトな「人間の安全保障」という外務省系の元官僚やNGOトップや、外務省の田中均・外務事務次官、川口順子元外相らが参加者である。この人々は皆、"山本正"という人に見込まれた人たちだ。」

david rockefeller tadashi yamamoto
従軍慰安婦問題の黒幕 

恐ろしいですねえ.... 

【まとめ】
▼杉原千畝が日本政府の命令に背いてユダヤ人にビザを発給したのはフィクション
 日本政府が許可しなければビザは発給できない
▼ユダヤ人を救った板垣征四郎、東条英機は東京裁判で死刑に。松岡洋右は裁判中に病死
▼杉原千畝生誕100年記念事業委員会 委員長・明石康氏 委員長代理・上田卓三(ティグレ会長)
▼杉原千畝生誕100年記念式典にサイモン・ウィーゼンタール・センター アブラハム・クーパー氏
 (最近公明党・遠山清彦議員が会見)
▼日本ユニセフ協会も杉原千畝生誕100年記念写真展をやっている
▼明石康氏
 チュチェ思想研究会主催の「日朝国交促進と自主・平和をめざす全国セミナー」に参加
 東京オリンピック招致委員会HPにあいさつが載っている(パラリンピックにはティグレが関与)
 日本カンボジア友好親善協会の名誉会長
 創価学会の「原水爆禁止宣言」50周年記念シンポジウムで基調講演
 1999年東京都知事選で公明党の推薦
▼明石康氏は山本正・日本国際交流センター理事長に見こまれた人たちのうちの一人

追記2013.12.28
27
http://sankei.jp.msn.com/world/news/131227/amr13122711180006-n1.htm 

追記2014.2.16
天木直人のブログ
『イスラエルを正しく理解するためには努力が必要である』
http://www.amakiblog.com/archives/2009/01/15/
「杉原氏の美談がイスラエル政府により作為的につくられ、日本において過度に美化されている事を私は知っているからだ。もっとはっきり言えば杉原氏という善良な外交官の行為を日本国民への情報操作の具にしているということだ。
もちろんこれは杉原氏の責任ではない。イスラエル政府の責任を私は言っている。
私がイスラエルを正しく知るためには努力が必要だ、と言ったのはこの事である。」  

追記2014.3.4
外務省HP よくある質問集
外務省杉原千畝よくある質問
http://www.mofa.go.jp/mofaj/comment/faq/area/europe.html

問1.戦前に在カウナス日本国領事館に勤務していた杉原千畝副領事は、ユダヤ系避難民等に対して査証を発給し、今日、その人道的行為が世界中で高く評価されています。外務省として、杉原副領事の行動をどう評価しているのですか。
 外務省として、杉原副領事は、勇気ある人道的行為を行ったと認識しています。

問2.杉原千畝副領事は、訓令違反を犯していたのですか。
 外務省において保管されている文書により確認できる範囲では、昭和15年(1940年)当時、「ユダヤ人に対しては一般の外国人入国取締規則の範囲内において公正に処置する」こととされていましたが、杉原副領事は外務本省の「通過査証は、行き先国の入国許可手続を完了し、旅費及び本邦滞在費等の相当の携帯金を有する者に発給する」との指示にある要件を満たしていない者に対しても通過査証を発給したと承知しています。
 外務省としては、当時の状況下、杉原副領事は勇気ある人道的行為を行ったと認識しています。

問3.杉原千畝副領事は、訓令違反により外務省を懲戒解雇されたのではないのですか。
 外務省において保管されている文書により確認できる範囲では、杉原副領事に対して懲戒処分が行われたとの事実はありません。
 杉原副領事は昭和15年(1940年)のカウナス領事館引き揚げの後も7年間にわたり外務省で勤務を継続し、昭和22年(1947年)6月7日に依願退職しています。

参考
杉原千畝と西早稲田2-3-18 
日本人差別を創り出すお仕事 

追記2014.7.13

【youtube】 日本のシンドラー 杉原千畝物語 六千人の命のビザ 
コメント欄に騙されている人が沢山 
これは侮日映画です 

政府支援で「初の病院丸ごと輸出」 カンボジアの救急救命センター事業に産業革新機構が出資

 官民ファンドの産業革新機構が、医療法人社団KNI(北原茂実理事長、東京都八王子市)などがカンボジアの首都プノンペンに新設する計画の救急救命センター事業に出資する方針を固めたことが3日、分かった。政府が成長戦略の目玉の一つに位置付ける「病院丸ごと輸出」の初の事例として、円滑な事業の立ち上げを支援する狙い。政府は、11月中旬で調整している安倍晋三首相のカンボジア訪問の際に、計画を海外への医療協力のモデルケースとして紹介する方針だ。

 救急救命センターは病床数が40床。日本人医師や日本製の医療機器を集め、脳神経外科や内科、整形外科を設置する予定。来年3月までに着工し、平成27年4月以降の開業を目指す。

 事業規模は約49億円で、産業革新機構とKNI、医療関連事業も手掛けるプラント大手の日揮が、近く共同出資でセンターの建設・運営会社をカンボジアに設立する。出資比率は機構が46%、日揮が51%、KNIが3%。国際協力機構が事業費の一部を融資する方向のほか、経済産業省の主導で立ち上げた、医療の海外展開の窓口となる官民連携組織「メディカルエクセレンスジャパン」も人材や機器の提供で協力する。

 政府は、6月に打ち出した「日本再興戦略」で、2020年に医療技術・サービスの世界市場で、現状の3倍の1・5兆円を獲得する目標を掲げた。これに向けて日本の医療ノウハウを伝える研修機能を持つ拠点病院を新興国に10カ所開設する計画を進めており、カンボジアの案件はその第1弾になる。msn産経ニュース2013.11.4
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131104/plc13110411490005-n1.htm 

後藤忠政氏は カンボジア人となって来賓席に座っていた 続き

宝島2014年1月号

別冊宝島後藤忠政後編6061
p60・61
別冊宝島後藤忠政後編6263
p62・63

後藤忠政(得度名・忠叡)元後藤組組長 独占インタビュー第2弾!
「日本はとことん息苦しい国になったな」
伝説の組長が語るカンボジア政府との親密な関係&日本の暴排ブーム

 先月号で紹介した元山口組後藤組組長・後藤忠政(得度名・忠叡)氏の本誌独占インタビューは大きな反響を呼んだ。

 武闘派の大物組長としてならした後藤氏が山口組を引退したのは2008年。5年とたたない間に、カンボジアという異郷の地で市民権を獲得、そればかりかフン・セン首相の与党・カンボジア人民党党員としても活動し現地での”貢献”(赤十字や孤児院、病院などに合計1億円の物品寄付)がみとめられてシハモニ現国王から爵位(オギャ=oknha)を授かっていた。ヤクザの世界を経て、第二の人生をこれほどドラマチックに歩む人物はいない。

 今号ではカンボジア定住を始めて2年半がたった後藤氏に、同国政府との関係や日本への思いを聞いた。

カンボジアでなぜ支援活動を?
ー今はどんな生活を?
後藤 日本にいる時とそれほど変化はない。ゴルフに行くこともあれば、お姉ちゃんと飯を食いにいくことだってあるよ(笑)。
 ヤクザを引退してから、「俺は何者だったんだ?」と考えてきた。それを確かめるため、カンボジアに住んでるようなもんだ。10カ国あるASEAN諸国のなかでも、カンボジアは最貧国とされている。けど、この国の国民は貧しくても希望を持ってるんだ。
 戦後の日本人は焼け野原に建てたバラック小屋から立ち上がった。その頃の日本人に似た目の輝きが彼らにはある。それが好きだし、彼らと接していると自分の原点に立ち返ったような気分にもなるんだよ。
 俺がこの国で、学生を相手にした日本語学校を支援しているのも、彼らの将来が少し楽しみだからだ。

ー支援のための資金は?
後藤 すべて俺個人で賄っている。なにも偉そうなことを言ってるんじゃない。大規模な養鶏場やトウモロコシ農園を始めたのも、事業として成功させて、そういった活動のための資金を現地の経済の中で作れなきゃ、真の意味での支援にはならないからだ。そうしなけりゃ長続きしないだろ?

伝説の大物組長がなぜ独裁政権与党に?
ー28年間独裁が続くフン・セン首相の人民党党員でもありますが、党員としてどんな活動を?
後藤 俺が市民権を取ったのは去年の5月だが、その翌月、統一地方選挙があった。人民党の幹部は担当地域を持たされる。俺の友達で人民党員でもある軍の陸軍大将がタイの国境に接する州の担当だったから、その選挙を手伝ったんだ。
 現役の頃は頼まれてよく票集めをやったもんだが、カンボジアの選挙運動のスタイルは日本とは違う。党員や後継者が500人くらい集まって乗用車、トラック、バイク、トラクターに分乗し、党の旗を掲げながら州内を行進するんだ。

ー今年7月には国政選挙(第5回国民議会総選挙)がありました。独裁が批判されたようですが。
後藤 野党の昔の党首(最大野党である救国党のサム・リャンシー党首)が、フン・センと反目になって海外に亡命していた。なにかの嫌疑をかけられてな。それが国王から恩赦を受けて帰国したもんだから、民主化運動が始まった。若い連中や低賃金の労働者たちが「チェンジ・フン・セン!」と叫んで大規模なデモを始めたんだ。プノンペンじゃあ、一時は10万人ともいわれる人間が集まったもんだから「中東の春」のようなことになるんじゃないかと、日本のマスコミも熱心に取材していたな。内戦時代を知っている世代の大半が、また大変なことになると思って、プノンペンから田舎に逃げ出す有様だった。
 ただ、俺は大事には至らないと思ってたよ。カンボジアはクメール人という民族の国で、宗教もほぼ仏教ひとつだ。中東のように多民族、複数の宗教が入り組んでない。人民党が力を持ち続けているといっても、王政は続いていて国民も国王を慕っている。
 選挙後「投票で大規模な不正があった」と野党が追及し始めたが、最後は国王が人民党と野党に話し合いを呼びかけて収まったな。

ー一方では28年も続く一党独裁が貧富の差を生み、国民の不満も強いのでは?
後藤 ちょっと経済が成長すると、格差が目立ってそういう不満が出てくる。ただ、独裁が必ずしも悪いものだとは、俺には思えないんだ。リビアを見るといい。カダフィの独裁が終わったのはいいが、ドンパチがいまだに収まらない。ああなると一番惨めなのは国民だ。そのことを、俺はこの国の軍人とよく話し、彼らもわかっているはずだ。
 カンボジアってのは8世紀ほど前までこのあたりの中心で、巨大な文明を築いていたわけだ。世界最大の宗教施設といわれるアンコールワットまで作ってな。その王朝がぐずぐずになって、後はずっとベトナムやらタイやらにやられっぱなしだ。アンコールワットはベトナム人の奴隷まで使って建てたんだろ?そういった祖先をもっていることに、カンボジアの国民は今でも強烈なプライドを持っているんだよ。今の日本とは大違いだ。

魔女狩りに明け暮れる日本のメディア
ー日本の近況についてはどうやって情報収集を?
後藤 知り合いが日本から訪ねてくるし、日本人の若い子たちとも話してる。バックパッカーっていうのか?旅をしてる若い子たちを一度家に泊めて飯を食わせて小遣いをやったら、それが噂になってな。「後藤さんのところに行くと、ただで泊まれて小遣いまで」って噂になった(笑)。上智や早稲田といった立派な大学を出た連中も来るが、話しを聞くと、国も職場もとにかく息苦しいそうだ。
 俺は毎日、NHKのニュースや新聞、週刊誌にも目を通してるんだが、週刊誌はもうどうしようもないな。人の悪口、アラ探しばっかりでまともな記事なんてない。みのもんたの息子が警察の世話になったからって、なんで親父が番組まで降りなきゃならん?高いところからモノを言ってるあいつのことは、俺もすきじゃないが、それとこれとは別だ。こいつは悪い奴、こいつはいい奴と魔女狩りごっこをやってるだけじゃないか。今の日本の縮図だ。
 今年、NHKを毎日見ていて鼻についたのが熱中症のニュースだな。俺たちが子どもの頃も夏は暑かったよ。でも熱中症なんて言葉はなかった。暑けりゃ水を飲んだり日陰に入ったりして、自分で調節したもんだ。それが毎日毎日、ニュースのトップで今日は何人倒れただのと大騒ぎしてる。「水分を十分補給してください」なんて毎回毎回言うことか?こっちは1年中暑いんだよ(笑)。でも誰も熱中症で倒れやせんぞ。
 カンボジアって国は、そりゃ遅れてるかもしれんよ。交通法規だってないようなもんだ。自動車やバイクを運転している者で免許を持っているのは1割くらいだろ。プノンペンではすごい渋滞が起こるから、我先に道を抜けようと対向車線に入ってくる。警察はそんなもの、取り締まらないよ。でも国民は法律で守られなくても、自分の能力で自分を守ろうとするんだよ。
 車の調子が悪くなっても、正規の部品なんてすぐ手に入らないだろ。だから、町工場のオヤジが、スパナ一本で大概の故障は治しちゃうんだよ。昔の日本の町工場みたいなもんだ。

暴排ブームの先には国民の魔女狩りが
ー引退から5年、日本では暴排条例が定着して、締め付けが厳しくなってます。
後藤 日本の国家からみれば、引退して5年が経過しようが俺は「ヤクザ」なんだ。俺自身はそれでもよろしいと思っているが、俺と一緒にやめた若い衆は、カタギになってもいまだに同じ扱いを受けている。実際にあった話だが、現役時代に銀行口座を作ったというんで、すでに辞めているのに詐欺で捕まってるんだ。
 こうなると、詐欺罪の時効は7年だから、カタギになっても7年間ヒヤヒヤしてなきゃならん。ヤクザの時代に偽名でゴルフをやっていたのが、今になってこれも詐欺でパクられてる。
 随分住みづらい国になったもんだな。せっかくカタギになったんなら、そいつが社会人1年生としてスタートするきっかけを考えてやるのだ、そもそも政治ってもんじゃないか。
 自民党の安部首相は、増税を乗り越えれば、次は憲法改正に進むだろう。憲法9条改正、俺も大賛成だ。しかしだよ、憲法21条改正ってのはどうなんだ。自民党の憲法改正草案の解説を読むと「交易や公の秩序を害する活動に対しては、表現の自由や結社の自由を認めない」とある。この「結社」にはヤクザも当てはまるな。これが認められた場合、ヤクザは地下に潜るしかない。辞めたってパクられるんだから、ほかに道はないだろ。
 マスコミや野党もうかうかとはしてられないぞ。権力批判のあり方によっては、反社会的と烙印を押されて、活動の制約を受けることになるんじゃないか。「反社会的」ってあまりにも曖昧な言葉だな。最近流行りのコンプライアンス(法令遵守)という言葉もそうだ。法令遵守なんて当たり前の話じゃないか。それをわざわざ持ち出して、みずほの融資の件じゃ頭取が国会で参考人招致までされてな。ヤクザが自動車ローンを組んでただけだろ?不正融資でもなんでもない。それと特定秘密保護法案の「秘密」ってなんなんだ?
 曖昧な言葉で正義と悪を仕分けする風潮はやがてエスカレートして、一般人が「反社会的」と烙印を押される日も来るんじゃないか。これじゃあ、まるで国民を粛清しまくったスターリン時代のソ連だ。
 義理と人情とおおらかさ・・・・これが日本のいいところだったんだがな。ますます息苦しい国になるな。

ーもう日本には帰りませんか?
後藤 俺の心は「さらば日本、されどアイ・ラブ・日本」だが、フン・セン首相や国会議長のヘン・サムリンたち政権トップとの交流も進んでるんだよ。もっといろんな事業に取り組みたいし、日本との架け橋にもなればいい。物事を動かすためには政治との関わりは不可欠なんだ。カンボジアという国家は、俺の存在を認めているわけだから、しばらくはここで頑張り続けることになるだろうな。

http://ozcircle.net/_uploader/163560517
http://ozcircle.net/_uploader/163570008  



はじめにー韓国はいま「内戦」状態にある
より一部引用

p2~3
 韓国の「反日」もこの二つの立場でまったく中身が違う。一つは、韓米日同盟の枠組みの維持強化を求める立場からの「反日」だ。この立場に立つのは韓国の保守・主流勢力で、彼らは1948年の建国以降、この韓米日同盟の中で大韓民国は自由民主主義国家として共産勢力の軍事的脅威を斥け、経済発展と民主化を達成したと位置づける。
 その上で、韓国側から見て日本が韓米国日同盟の一員としてふさわしくない行動をとる時、また個別の経済的利害関係などで衝突がある時日本を批判するという「反日」だ。
 例えば、2005年5月、東京大学が主催し「朝日新聞」とトヨタ財団が後援する国際会議に、金大中前大統領が招かれ記念講演を行った。NHKもその頃、金大中前大統領を持ち上げる番組を放映した。
 この一連の動きを見て韓国保守派のあるリーダーが私に、
「金大中という男は南北首脳会談の代価として5億ドルのワイロを金正日に贈り南方三角同盟を裏切った人物だ。『朝日新聞』とのインタビューで、原敕晁さん拉致実行犯の辛光洙を日本でなく北朝鮮に引き渡し、拉致問題解決を邪魔した件について『自分は知らなかった』などと白々しい嘘の答えをしていた。ところが、日本の政治家、学者、専門家、マスコミ、国民の大多数がいまだに金大中を民主化運動家、日本文化の輸入を解禁した親日家などという虚構のイメージで見ている。このような日本に対して韓国の保守派は反日感情を抱くのだ」
 と語っていた。

何を勝手なことを
と思っていたのだが....

【wiki】文世光事件
文世光事件(ムン・セグァンじけん、문세광 사건)は、1974年8月15日に大韓民国(韓国)大統領・朴正煕の夫人、陸英修が在日韓国人の文世光によって射殺された事件である。 同時に、式典に合唱団の一員として参加していた女子高生・張峰華(当時17歳)も、朴大統領に迫る犯人に向けて応戦した大統領警護室のセキュリティポリスが撃った流れ弾に当たり、事故死した。この日は日本からの解放記念日である光復節の祝賀行事がソウルの国立劇場であり、朴夫妻がその行事に出席している時の出来事であった。
(つまり朴槿恵大統領のお母さんですね:筆者)

事件
「土台人」となって赤化統一を目指した文は1973年10月ごろ、朴の暗殺計画を思い立った。同年5月、大阪湾に停泊中の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の万景峰号の船中で、朝鮮労働党対外連絡部の工作指導員から朴射殺の指令を受けた。

1973年11月に香港を旅行した際に暗殺実行の為の拳銃の入手に失敗した事から、1974年7月18日に大阪市南区(現在の中央区)の高津派出所で拳銃2丁を盗み、高校時代の知人である日本人女性を利用して、女性の夫名義による韓国への偽造ビザや偽造パスポートを作成するなど準備を着々と進め、同年8月6日に拳銃をトランジスタラジオの中身を抜いたケースにしのばせ韓国に入国した。文に狙撃を指令し資金を供与、偽装パスポートの作成指示、射撃訓練を行ったのは、大阪の在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)生野支部政治部長の金浩龍(キム・ホヨン)だった。

事件捜査
日本側
事件翌日の8月16日に、大阪府警察本部は前述の日本人女性を旅券法違反の容疑等で逮捕すると同時に、文の自宅を捜索した。その際、大統領暗殺宣言と韓国革命を主張した「戦闘宣言」と題した論文や、盗難された拳銃2丁のうち1丁と弾丸などの証拠品を発見、押収した。

韓国側
8月17日に捜査当局は、事件は朝鮮総連の指令、援助によって実行されたもので、逮捕された日本人女性とその夫、並びに金浩龍が共犯者であると発表し、日本政府に対して捜査協力を要請した。これに対して日本政府は、事件と朝鮮総連の関係は明白ではないとして慎重な姿勢をとっていたものの、国内法の許す範囲で捜査に協力することを決定した。

影響
その後の日韓関係
この一連の事件の為、日韓関係は国交正常化後、最悪の状態に陥った。韓国側の捜査によれば、朝鮮総連の関与は明白であったにも関わらず、日本側がそれを明確に認めなかった事、文が所持していた拳銃が大阪府内の派出所より盗まれた物であった事による。

謝罪のない日本側に対し、朴は「日本は本当に友邦なのか?」と問いただし、ついには「中共だけが一番なのか。(日本と断交しても)安保、経済に問題はない」、「日本は赤化工作の基地となっている」という言葉まで出た。しかし、大統領の側近が「このまま断絶してしまえば、今までの苦労が水の泡になってしまう」と説得し、日韓双方で、
日本政府が遺憾の意を表明する。
かかる事件の再発防止。
捜査についての日本政府の協力。
日本から特使派遣の合意をすること。
という内容で合意し、最悪の事態はまぬがれた。

事件から4日後の8月19日に執り行われた葬儀(国葬)において、式を終えて涙を拭いながら青瓦台へ戻る軍服姿の朴の映像が日本においても配信され、日本からは田中角栄首相が出席した。その際、田中の「えらい目に遭われましたね」という言葉に、大統領は憤慨したと言われている。

加えて、8月29日に木村俊夫外相が国会答弁の中で「客観的に見て、韓国には北朝鮮による脅威はない」と述べたことで、かねてから日本国内で引き起こされた金大中事件に対する日本からの非難を受けたことにより鬱積していた反日感情が一気に爆発、連日日本大使館前には抗議のデモ隊が押し寄せ、9月6日には群衆が日本大使館に乱入し日章旗を焼き捨てる事態にまで発展した。その後急速に関係は悪化し、国交断絶寸前にまで至った。

事態を見かねた日本政府は、9月19日に自民党親韓派の重鎮として、韓国国内でも評価の高かった椎名悦三郎副総裁を政府特使として訪韓させ、日韓の友好関係を改めて確認することによって、両国間での問題決着がはかられた。朴は椎名特使との面談の席上で、「日本政府が私達を友邦と考えるなら、喪中にある大統領一家や国民が悲しみと怒りに満ちているこの時に…」とし、「日本が引き続き、こんな風な姿勢を取れば、友邦とは認められないのではないか」、「(日本の姿勢は)政治と外交、法律に関係なく、東洋の礼儀上、ありえない事」、「日本外務省には秀才やエリート官僚が集まっていると聞いたが、どうやってこのような解釈ができるのか」など、激しい言葉で日本を糾弾した。退出した椎名は「長い公職での人生で、これほど罵倒されたことはなかった」と憤懣やるかたない表情で語り、付き添っていた金鍾泌首相があわててなだめる一幕もあったという。

韓国側はこの事件の処理に強い不信感を抱き日本政府側が求めた金大中事件の容疑者引渡し等の全容解明を拒否し、事件の解明要求と引き換えに曖昧な政治決着で問題解決を図ろうとしたと言われている。

なお、日本を「赤化工作基地」とみなす認識は、反共的な韓国の保守派・右派にとっては長らく反日感情の源泉となった。

北朝鮮のその後の動き
この事件は金正日に「在日韓国人がテロを起こしたらどのようになるか」という考えをもたらし、それが大韓航空機爆破事件で、2人の北朝鮮工作員を日本人化させ、結果として日韓関係を打ち砕こうとする策略のヒントをもたらしたと言われる。

2012年7月5日の日本での講演会で『統一日報』社長の姜昌萬は、この事件以降、北朝鮮による日本における対南工作を、韓国人から日本人に切り替える政策転換をしたのではないかとの見方を提出している。対南工作とは、北朝鮮による南朝鮮(韓国)工作のことで、朝鮮半島の赤化統一、共産化統一にもとづく工作のことである。姜は「如何にして済州島まで共産化するか、ということが彼らの基本的な路線です。その中で日本が対南工作の基地になったわけです」と同講演会で述べている。

1970年の第5次党大会でナンバー2の権力を得た金正日が、当時対南工作の指揮をとっており、日本人拉致などもこのような韓国人から日本人へと工作対象を変換したことと関連していると姜は指摘している。


そもそもなぜ日本に在日朝鮮人がいるのかといえばこれは日本人漁師を拘留して人質にして日韓地位協定を結んだからだし
釜山収容所 拿捕された漁船乗組員のその後
北送阻止隊なんてテロリストを送り込んでまで北朝鮮帰還事業を妨害したにも関わらず自国民を引き取ることはしなかったからだし
北送阻止隊

日本のせいにされてもねえ

というのが基本としてあるが 
日本は赤化工作の基地となっている」これもまた事実である

40年前の朴槿恵大統領
朴槿恵朴正熙陸英修
(左から陸英修・朴槿恵・朴正煕)
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2013050343498 

眞悟の時事通信バックナンバー(西村眞悟議員)
『この無防備国家・・・文世光事件の教訓』2010.6.24
http://www.n-shingo.com/jijiback/352.html
後半より引用

そこで、この文世光事件を可能にした我が国の体制であるが、これが現在も全く改まっていないのである。つまり、無防備体制が改まっていない。
 韓国政府は、事件から三十年を経てから外交文書を公表した。それによると、韓国政府は事件の三ヶ月前に朝鮮総連の規制を求める口述書を日本政府に提出していたのだ。何故なら、口述書によると、一九五三年から七四年の四月までに、日本から韓国に入国して検挙された北朝鮮スパイは二百二十名に達していたからである。
 韓国政府は、文世光事件を受けて、日本政府が口述書で韓国が要請したとおりの措置を執っていれば事件は防げたとした上で、日本政府に強制捜査と犯人引き渡し、朝鮮総連の反韓国的活動の取り締まりを求めた。
 しかし、時の田中内閣は、日中の次は日朝の国交回復と位置づけて、文に朴大統領を狙撃せしめた朝鮮総連生野支部の金浩龍を逮捕せず、文の狙撃訓練場となった赤不動病院にも工作活動の母体である朝鮮総連にも強制捜査に入らず、文に対する最終的な狙撃指令の場所となった万景峰号も日本に入港するにまかせて放置した。
 田中内閣は、「日朝国交樹立=賠償利権」に目がくらみ、韓国政府の当然の要請をすべて無視して、「不作為」を決め込んだのである。
 従ってその時、韓国の朴大統領が、日本を韓国赤化工作基地と非難したことは極めて適切である
 仮にあの時に、日本政府が当然に為されるべき上記の措置をすべて実施するとともに、北朝鮮の工作活動を防ぎ得なかった我が国体制の欠陥是正、即ち、「スパイ防止法」の制定を実現しておれば、北朝鮮の工作活動が把握できるようになった。 
 そして、北朝鮮の為すがままに実行された日本人拉致やビルマのアウンサン廟の爆破①、さらに、大韓航空機爆破も防ぎ得たのである。

 しかし、あれから三十四年、日本政府はひたすら不作為を貫いてきた。従って、日本の無防備体制は何も変わっていない。
 今の福田内閣はあの時の田中内閣と同様に、日朝国交樹立と賠償利権をねらう勢力(超党派)に押されて、我が国をねらう核を持つ「闇の世界」を容認して制裁の緩和に踏み出そうとしている。 しかし、福田内閣は、ここ数年間の拉致被害者救出国民運動の力と広がりを見くびってはならない。
 政府は変わらなくとも、国民は決定的に変わってきている。
 国民は、皆、今我が国が「闇の世界」を容認すれば、拉致された被害者をその闇から助け出すことができなくなると分かっている。
 従って、現内閣が、日朝宥和に進めば内閣の支持率が上昇するなどと考えているとすれば、全くの見当違いである。決然と、我が国の拉致被害者解放要求を貫いてこそ内閣の存在理由が明確になるのである。存在理由の明確化は、支持率を上昇させる。
 国民は、多くの同胞の拉致の悲劇を目の当たりに経験し、最近の長野で発生した無法地帯を観て、これ以上の無防備体制の継続に耐え難くなっている。
 国民は、港の岸壁で朝鮮総連の赤旗と音楽に歓迎され、デッキで「喜び組」が手を振って入港する万景峰号など見たくもない。

万景峰号入港
(2003.8.25)
http://www.yomiuri.co.jp/features/eank/200308/ea20030825_41.htm 

参考
朴槿恵vs従北勢力 
なでしこ優勝の陰の功労者、在日企業家・文弘宣氏 ←①アウンサン廟爆破(ラングーン事件)

韓国民主党国会議員 127人中21人が国家保安法違反等の前科

 中国がじわりじわりと軍事的脅威を日本に突きつけ、韓国が歴史問題で世界に害毒をふりまく--2013年の日本外交は中韓の暴虐に翻弄された1年だった。2014年も、この危機は高まりこそすれ、去ることは考えにくい。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が、この危機をどう乗り切るべきか提言する。

 * * *

 2013年の終盤、第2期オバマ政権の外交上の失敗が積み重なり、米国は超大国の威信を急速に失墜させ、世界秩序の崩壊が始まったように見えます。2014年はこの流れがさらに加速する可能性が高いでしょう。しかし、この混乱は、日本が自立した国家として立ち上がり、世界に貢献する戦後最大のチャンスと言えます。

 2013年12月12日、北朝鮮では事実上のナンバー2だった張成沢国防委員会・副委員長が失脚し、処刑されました。いくら権力を集中させても、恐怖政治と粛清による国家運営は決して安定しませんから、北朝鮮有事がさらに近づいたことは間違いありません。

 この状況下においてさえ、オバマ大統領は北朝鮮にコミットする意思を示さず、核開発問題の解決を中国に委ねるつもりのようです。中国にとっても北朝鮮は扱いにくい相手ですが、米国が手をこまぬくことは、中国が朝鮮半島全体を影響下により強く引き込む絶好の機会です。

 本来であれば米国と韓国、そして日本が一体となって北朝鮮や中国と対峙すべき時にもかかわらず、韓国の朴槿恵大統領が非理性的な日本批判をくり返しているのも、朝鮮半島、とりわけ韓国にとって懸念すべきことだと言えます。

 現実に今の韓国に日本の歴史問題をあげつらう余裕はありません。『統一日報』論説顧問の洪ヒョン氏は、韓国国内では北朝鮮による韓国併合に向けた死に物狂いの闘いが繰り広げられていると強調します。

 韓国の野党・民主党は元大統領である金大中、盧武鉉両氏の路線を受け継ぐ政党で、韓国の国会議員300人中127議席を占めています。驚くべきは、うち21人は反共法及び国家保安法違反で逮捕された前科を持つという点です。つまり彼らは北朝鮮による韓国併合を目指す勢力と事実上、同じだということです。

 1973年4月、金日成は対南工作担当要員に、韓国で反政府デモに参加している学生の中から頭の良い者たちを選んで勉強させ、判事、検察官、弁護士などに育て上げて韓国の内側からの体制転覆をはかるよう指示を出しました。その結果が、尋常ならざる司法判断を次々に下す韓国司法界の暴走につながっていると分析されています。日韓基本条約を無視し、国際法にも反する元徴用工への日本企業の個別賠償判決などはまさにその例です。

 朴大統領の登場により、日本人の対韓感情は非常に悪化しました。しかし、大きな見地に立てば、韓国主導による朝鮮半島の統一こそが日本の国益にかなうことは間違いありません。

 仮に韓国による朝鮮半島統一が実現しても、全面的に親日的な国になることはないでしょう。それでも、中国ではなく、自由と民主主義、国際法の遵守といった価値観を共有して日本の側に立ってくれればいい--そのくらいの心づもりで大きく構えることが大切です。もちろん捏造された慰安婦問題などについては、情報を開示し、その都度しっかりと反論すべきです。 
※週刊ポスト2014年1月1・10日号 
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20131221/frn1312210945000-n1.htm 

なるほど
それで最初に裁判所が仏像の返還を認めないという判決を出したわけですね

26
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG26064_W3A220C1CR8000/ 

韓国裁判所、仏像の日本返還認めず 対馬で盗難
 昨年10月に長崎県対馬市の神社や寺から盗まれた仏像2体が韓国で回収された問題で、韓国中部の大田地裁が26日、うち一体について、韓国政府による日本への返還を当分差し止める内容の仮処分決定を出した。聯合ニュースが伝えた。

 仏像をめぐっては韓国の仏教界などから「日本に不当に略奪された」として返還に反対の声が上がっていた。裁判所決定の影響で返還が遅れれば日韓間の懸案に発展する懸念が出てきた。

 日本政府は文化財不法輸出入禁止条約に基づき仏像の返還を求める方針で、韓国政府や裁判所は条約履行と仮処分決定の順守義務のどちらを優先するか検討を始めたもようだ。

 問題の仏像は長崎県指定の有形文化財で対馬市の観音寺から盗まれた「観世音菩薩坐像」。韓国中部、瑞山にある浮石寺が、同像は14世紀に同寺で作られたと主張。長崎で盗まれた後韓国に密輸された像を発見、保管する韓国政府による移転禁止を求める仮処分申請を同地裁に行っていた。

 同地裁は、観音寺がこの像を正当に取得したことが訴訟で確定するまで、韓国政府は日本政府に引き渡してはならないと判断した。仏教界からは仏像が日本に渡った経緯の本格的な調査を求める声も出ている。(ソウル=共同)日本経済新聞2013.2.26

こんな判決が出てしまえばいくら「いくら何でも泥棒はいかんだろう」とは言いだしにくい
(言いだす人がいるかどうかはさておき)
日本統治時代は良かったと言った老人が撲殺されてしまう国なのだから

そして同様のことが日本でも行われてきた
としか思えないわけですが....

ちなみにこの浮石寺は(拙ブログでは)おなじみ曹渓宗の寺
パクってまじぇまじぇ
【wiki】浮石寺 (瑞山市)
浮石寺(ふせきじ)(ko:부석사 (서산시))は、大韓民国忠清南道瑞山市にある仏教寺院である。曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)の第7教区に属し、修徳寺の末寺にあたる。

対馬の仏像盗難問題
2012年10月に観音寺 (対馬市)の観世音菩薩坐像が韓国人窃盗団に盗まれた。窃盗団は韓国で逮捕されたが、浮石寺は、この仏像はもともと浮石寺にあったのを日本が略奪したのだとして、日本には返さず浮石寺に返すよう求めた。2013年2月26日に韓国の大田地裁は、日本への返還を差し止める仮処分を決定した。観音寺の田中節孝前住職は、仏像は李氏朝鮮時代の仏教弾圧から守るために対馬に持ち込まれ、大切に守ってきたもので、韓国人から感謝されることはあっても、「略奪」呼ばわりするとは、開いた口がふさがらない、と語っている[。対馬市では、市の人口の約半数の16803人分の仏像の早期返還を求める署名が集まっている。

倭寇に略奪されたと主張しているが根拠となる文献等はなく、浮石寺は、「根拠を示す鑑定書は仏像を失ったときに、思い出すのが悲しいので捨てた」と言っている。 そもそも、観音寺 (対馬市)の観世音菩薩坐像がもともと浮石寺に安置されていたことを示す証拠すらない模様。

なお李氏朝鮮の時代、太宗による1407年(太宗7年)の仏教弾圧の際、存続を許された88寺院の中に浮石寺の名前はない。世宗による1424年(世宗6年)の仏教弾圧の際も、存続を許された36寺院の中に浮石寺の名前はなく、少なくとも15世紀初頭は廃寺だった。現在は曹渓宗の寺だが、もともと、浮石寺は華厳宗の寺だった。

参考
朴槿恵vs従北勢力 
迫害された朝鮮仏教 
仏像はほんの始まり 

朝日新聞・ここが問題1 特別管理秘密の現状 
朝日新聞・ここが問題2 ←問題なのは朝日 
朝日新聞・ここが問題3 尖閣ビデオ社説でブーメラン 続き

【阿比留瑠比の極言御免】
メディアの煽りと恣意性-慰安婦報告書非開示にはなぜ沈黙するのか

 戦前の新聞はかつてこのようにして国民感情をあおり立て、戦争へと突き進ませたのではないか-。安全保障に関する秘密を漏らした公務員らの罰則を強化した特定秘密保護法に反対する一部メディアの異様な報道ぶりに、そんな不気味さと息苦しさを感じている。

 「朝日新聞は戦前はあれだけ戦争をけしかけ、戦後はサンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約、自衛隊の海外派遣に反対した。日本は戦後、全部朝日の考えと反対をやってうまくいってきた。これだけ反対されると、逆に政府は正しいと確信が持てる」

 外務省幹部は皮肉混じりにこう指摘し、一連の報道のあり方に「異常で理不尽だ」と憤る。特定秘密保護法の成立によって変わることといえば、「米国相手にぎりぎりと交渉する際などに、軍事情報や衛星写真を少しもらいやすくなる」ことぐらいなのだという。

 実際、同法に相当する法律は米、英、独、仏…と主要各国にあり、日本が突出しているわけではない。

 「秘密が際限なく広がる、知る権利が奪われる、通常の生活が脅かされるといったことは断じてない」

 安倍晋三首相はこう強調し、担当の森雅子消費者担当相も「一般の人が特定秘密と知らずに情報に接したり、内容を知ろうとしたりしても処罰の対象にはならない」と明言している。

 つまり、スパイか工作員かテロリストでなければ、この法律は日常生活にも表現活動にも影響しない。にもかかわらず、成立翌日の7日の各紙社説は、まるで開戦前夜のようにおどろおどろしく書いたのだった。

 「憲法の根幹である国民主権と三権分立を揺るがす事態だ」(朝日)

 「民主主義を否定し、言論統制や人権侵害につながる法律」(毎日)

 「われわれは奴隷となることを拒否する」(東京)

 もちろん、メディアが政治や行政を監視し、問題点を指摘するのは当然だし、新聞がそれぞれの主張に基づき論陣を張ることも必要だろう。また、現在の情報公開制度が不十分である点は、もっと真摯(しんし)に再検討されてしかるべきである。

 ただ、「この法律では行政が特定秘密を恣意的(しいてき)に指定できる」(日経)といった批判には「何を今さら」という感想を抱く。これまでも、行政は(1)国の安全、諸外国との信頼関係を害する(2)公共の安全、秩序維持に支障を及ぼす-などと判断した情報について、一方的に「不開示」としてきたからである。

 現状の恣意性と曖昧さは甘んじて受け入れ、今回の法律だけは許せないというのでは説得力に欠ける。

 11月26日の衆院国家安全保障特別委員会でのことだ。日本維新の会の山田宏氏は、河野談話の根拠となった韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査結果が、特定秘密にも当たらないのに「不開示」とされている問題でこう問いただした。

 「特定秘密以外の秘密で、永遠に国民の目に触れないものはかなりある。特定秘密よりひどい。日本の名誉がかかっている。こういう不明朗なものがあるのは、非常に問題だ」

 この重要な指摘にメディアは一切反応しなかった。こんな報道の恣意性こそが、国民の不信を招いている。(政治部編集委員) 
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131212/plc13121211140006-n1.htm 


【ニコニコ動画】H25/11/26 衆議院国家安全特別委・山田宏【河野談話聞き取り資料の件等】

2013.11.26(平成25年)185 - 衆 - 国家安全保障に関する特別委員会- 19号

〇山田(宏)委員 るる、いろいろとお話をお聞きしてまいりました。ちょっと時間の制限があるんですけれども、私、ちょっと心配なことがありまして、この特定秘密の議論をしながら、特定秘密については、みんな、特定秘密、こう思って議論をしていたんですけれども、やはりそれ以外の秘密みたいなもので、永遠に国民の目に触れないものというのはかなりあるんじゃないか、こう思っているんですよ。
 例えば、この委員会でも私、お話しいたしましたけれども、かつて慰安婦の聞き取り調査をやりましたね。あの聞き取り調査のもとで河野談話がつくられたわけです。この慰安婦十六名の聞き取り調査の内容というものは、今、一部のマスメディアでは報道されています。
 私は、先日、これは特定秘密に当たるのかと聞いたら、特定秘密には当たりませんということでした。では、これを開示してください、こう申し上げましたら、いや、個人が特定される可能性があるからだめです。第二番目は、これは聞き取りのところで非公開を前提に調査したんだからだめです、こういうことなんですね。
 個人が特定されるといっても、報道されているものを見ると、名前の明らかじゃない人はいっぱいいますよ。名字だけとか、片仮名で書いてあるとか、それから名前だけじゃなくて生年月日、出身地すら不明な人たちばかりなんです。どうやって個人が特定されるのかねと、私は、まずこの点を疑念に思っています。
 さらに、この聞き取り調査の後、韓国の新聞に、何名かの元慰安婦の方々がインタビューに答えています。こういったことを見れば、どこまでが個人特定性があるのかというのは非常に疑問です。
 それから二つ目は、非公開を前提に調査したんだということは、そうすると、そういうことを文書にしたんですか。非公開を前提だったら、それは永遠に、百年、千年、一万年もこれは秘密なんですか。冗談じゃないですよ。これだったら、特定秘密よりひどいじゃないですか。こういう不明朗なものがあるというのは、私は非常に問題だと思っているんですよ。日本国の名誉がかかっているんです、これは。
 この慰安婦の問題についての聞き取り調査の内容について、例えば、例を挙げましたけれども、これは今後どうされるか、お聞きをしておきたいと思います。

〇加藤内閣官房副長官 今、委員から御指摘のありましたように、この証言については、安全保障の条項には該当しないので、特定秘密には当たらないと。
 その上で、情報公開については、この聞き取り調査の結果については、今御指摘もありましたが、特定の個人を識別することができる情報を記録しているということと、また、非公開を前提として聞き取ったということで、その内容については公表しないということ、前回も御議論させていただいたところでありますし、また加えて、その一部についてということもありますけれども、たとえ氏名を伏せた等々、一部を非公開とする形であっても、他の文書や資料とあわせて個人を特定することが可能になるおそれがある、そういうことで、公表はしないということで対応させていただいているところでございます。

〇山田(宏)委員 ちゃんと答えていただいていないんですけれども、質問時間が来ました。
 ということは、これは永遠に秘密ということですよ。特定秘密以上のものじゃないですか。こういうものは何とか基準をつくっていただきたいと改めて要望させていただきます。 

こーれーはーゆゆしき大問題ですねえ
是非国民の知る権利を守っていただきたいです

【まとめ】
▼朝日の逆が正解
▼河野談話の根拠となった(自称)従軍慰安婦の聞き取り調査は特定秘密ではないのになぜか公開されない 

ブーメランが刺さった朝日にトドメをさすような阿比留記者の鮮やかな一撃でございました 

朝日新聞・ここが問題1 特別管理秘密の現状 
朝日新聞・ここが問題2 ←問題なのは朝日 続き


【youtube】【CafeSta特番】特定秘密保護法案について 司会:平将明議員 ゲスト:河野太郎議員・宮崎政久議員(2013.12.16) 
33:00頃から

2010.11.6朝日新聞社説

尖閣ビデオ流出
冷徹、慎重に対応

 政府の情報管理は、たががはずれているのではないか。尖閣諸島近海で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した場面を映したビデオ映像がインターネットの動画投稿サイトに流出した。
 映像は海保が撮影したものとみられる。現在、映像を保管しているのは石垣海上保安部と那覇地検だという。意図的かどうかは別に、出どころが捜査当局であることは間違いあるまい。
 流出したビデオを単なる捜査資料と考えるのは誤りだ。その取り扱いは、日中外交や内政の行方を左右しかねない高度に政治的な案件である。
 それが政府の意に反し、誰でも容易に視聴できる形でネットに流れたことには、驚くほかない。

 ビデオは先日、短く編集されたものが国会に提出され、一部の与野党議員にのみ公開されたが、未編集の部分を含めて一般公開を求める強い意見が、野党や国民の間にはある。

 仮に非公開の方針に批判的な捜査機関の何者かが流出させたのだとしたら、政府や国会の意思に反する行為であり、許されない。
 もとより政府が持つ情報は国民共有の財産であり、できる限り公開されるべきものである。政府が隠しておきたい情報もネットを通じて世界中に暴露されることが相次ぐ時代でもある。

 ただ、外交や防衛、事件捜査など特定分野では、当面秘匿することがやむをえない情報がある。警視庁などの国際テロ関連の内部文書が流出したばかり①だ。政府は漏洩(ろうえい)ルートを徹底解明し、再発防止のため情報管理の態勢を早急に立て直さなければいけない。

 流出により、もはやビデオを非公開にしておく意味はないとして、全面公開を求める声が強まる気配もある。

 しかし、政府の意思としてビデオを公開することは、意に反する流出とはまったく異なる意味合いを帯びる。短絡的な判断は慎まなければならない。

 中国で「巡視船が漁船の進路を妨害した」と報じられていることが中国国民の反感を助長している面はあろう。とはいえ中国政府はそもそも領有権を主張する尖閣周辺で日本政府が警察権を行使すること自体を認めていない。映像を公開し、漁船が故意にぶつけてきた証拠をつきつけたとしても、中国政府が態度を変えることはあるまい。

 日中関係は、菅直人首相と温家宝(ウェン・チアパオ)首相のハノイでの正式な首脳会談が中国側から直前にキャンセルされるなど、緊張をはらむ展開が続く。

 来週は横浜でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議が開かれ、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席の来日が予定されている。日中両政府とも、国内の世論をにらみながら、両国関係をどう管理していくかが問われている。
 ビデオの扱いは、外交上の得失を冷徹に吟味し、慎重に判断すべきだ

おーい国民の知る権利はどうした→(-@∀@)φ え、何?

警視庁などの国際テロ関連の内部文書が流出したばかり
これは第三書館のことだろうか
【wiki】第三書館 
警視庁流出データ掲載書籍
2010年10月に、警視庁外事三課の内部資料とみられる国際テロに関する資料がインターネット上に流出する事件があった。第三書館は、日本に在住するイスラム系外国人の個人情報が記載されている問題の文書を『流出「公安テロ情報」全データ』として書籍化し出版した。同書には、捜査対象とみられる人々のほか、捜査協力者および国際テロ捜査を担する警察官の氏名、写真など個人情報も掲載された。
社長の北川明は、「警察の情報管理の甘さを問題提起したかった」とコメントしている。(←
警視庁は問題の資料が内部から流出したものであると認めていないため、著作権の侵害を理由とする出版差止めなどの措置を取ることができない。また捜査資料に創作性があるのかも問題となる。資料に個人情報が記載されたイスラム教徒の男性らは、28日にプライバシー侵害、名誉棄損を理由とする仮処分申請をおこない、東京地方裁判所は翌日29日に本の販売・増刷を禁止する決定を下した。

(北川明=辻元清美議員内縁の夫。辻元清美議員も元第三書館取締役)


【youtube】【増元照明】人権週間特別セミナー・拉致問題の全体像と解決策[H25/12/16]
30:30~
内閣官房 拉致問題対策本部 事務局長 三谷秀史氏
「少なくともこの4年、拉致情報は質と量において良くなっています。ただし、じゃあ今どこに何人いるんだと。これを公表できるだけの情報は・・・・ありません・・・と申し上げます。少なくとも、今まで私が得た情報を外務省とすら共有することが出来なかったんです。その秘密が守られる保証がなかったんです。やっと法律作っていただきました。これでそれなりの共有はできると思います。もうひと頑張りします。各国との情報協力やってきました。しかし、日本に渡したら漏れるからと私本当に言われたことがあります。その手当もしてもらいました。もうひと頑張りします。」

参考
「国際」「人権」のいかがわしさ
朝日新聞用語集
【再び、拉致を追う】 北の欺瞞(下) 進む高齢化「もっと楽しい老後があったろうに」

朝日新聞・ここが問題1 特別管理秘密の現状 続き

20:00頃から
5
5
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20131205000409.html
会社員Aさんは集会で秘密を公開しろと国会前で呼びかけたら特定秘密保護法違反(扇動)の容疑で逮捕、起訴されたが訴状を見ても裁判になっても秘密の内容が明らかにならないので十分な反論もできず有罪になってしまった。
暴こうと話しあう(共謀)教えてほしいと持ちかける(教唆)明らかにしようと呼びかける(扇動)

平将明議員「ここが問題ってあんたの頭が問題」
河野太郎議員「これは大変な暗黒国家ですねえ」
宮崎政久議員「記事自体が問題ですね。これを読んだ時もうシュールなギャグなんだろうと」

「共謀」「教唆」「扇動」は罪になるが大前提として23条1項のような行為の遂行を目的とする

第二十三条 人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者は、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。

(用語解説)
「共謀」二人以上の者が漏洩行為などの実行を具体的に計画をして合意をすること
「教唆」犯罪の実行をさせる目的をもって人に対してその行為を実行する決意を新たに生じせしめるに足りる具体的な行為
「扇動」不特定多数の者に対して犯罪を実行せしめる決意を生じせしめること。もしくは既に生じている決意を大きく助長するような具体的な行為

26:00頃から
6

6の1
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20131206000329.html 
防衛産業で働くBはAに特定秘密を話してしまい、Aはそれをブログに書いた

平将明議員「Bは特定秘密って自覚した上でしゃべってるのでこれは漏洩でしょうがないですね」 
宮崎政久議員「Aさんはそもそもこの法の対象外だし、偶然知ったのは教唆にはなりません。ここが問題です。」

28:00頃
3
Aは特定秘密を扱う職業でそれを友人に話したら友人がネットで拡散した

平将明議員「特定秘密保護法が施行されたら、特定秘密を知った公務員の家族や友人、さらに省庁に出入りする民間の契約業者で働く従業員にも処罰対象が広がる、と。何気なく家族や友人まで入ってるんですね。何気なく。」
河野太郎議員「家族や友人はそもそも対象じゃないし、従業員には情報公開して秘密保護してもらうわけですからね。本来別々の話を一緒にしてる。」
宮崎政久議員「ここが問題。このシリーズ毎日どこかに問題ありますからね。」

31:00頃
29
ある国会議員が国会の秘密会で知った特定秘密を集会で話したところそこにTVが来ていて報道されてしまった

宮崎政久議員「懲役5年もの厳罰を科されたら政治生命を断たれかねない。断たれていいんです。特定秘密をしゃべっちゃうような議員は断たれていいです。」
河野太郎議員「朝日新聞は秘密が広まることがいいってことですかね」
宮崎政久議員「議員は恐れて委縮し国会で得た情報を話さなくなるかもしれない。国民が報道などを通じ秘密を知る権利が制約されるようになる、ってこれね、国家の安全に関わるような重要な情報をぺらぺらぺらぺらしゃべって下さいと言ってることになりますね。この日はね、もうこの記事の意味が分からない。大問題ですよ。」

【まとめ】
▼朝日新聞の記事が問題

続き
朝日新聞・ここが問題3 尖閣ビデオ社説でブーメラン 
朝日新聞・ここが問題4 朝日の反対が正解 

今困っていること3(ブログ編) 続き

TLに井上太郎氏のツイートが来たので気になって見てみたら

 13民団夏季母国研修
https://twitter.com/kaminoishi/status/411424679643996160 2013.12.13

「在特を批判する民潭。在日朝鮮人は夏季母国研修といい、日本の領土竹島不法上陸します。日本の教科書に内政干渉し、日本民族の教育の権利を侵害している「人権侵害団体」です。ここを支援する国会議員、自称ジャーナリスト達は、9条の会・反天連・慰安婦・反原発等でも一致しています。」 

拙ブログ
ajnaブログ在特会に抗議する人達1キャプ
在特会に抗議する人達1 2013.3.22
民団夏季母国研修竹島不法上陸をしている犯罪者達であり
教科書問題に干渉日本人の民族の教育の権利を侵害する人権侵害団体でもある」

青文字が一致する語句
語順も一致
この部分は記事などからの引用文ではなく自分が書いたもので
更に言わせてもらえば、
夏季母国研修、教科書問題それぞれ記事にした上でこの一文を書いています

それがこの前もめた人のツイッターに当然のように書かれている薄気味悪さといったら

パクりを認めた後にも謝罪ナシでなおパクリ続ける神経は大変理解に苦しむところです
他にもまだあると思われますが検証する気力がありません

自分のささやかなブログがなぜこんな目に遭うのでしょうか
泣き寝入りしろということでしょうか

井上太郎氏は丸パクリではなく微妙な改竄を加えます
井上太郎氏に改竄部分のソース提示を求めたところ「明かせない」とのお答えでした
つまり説明責任は果たしていないことになります

井上太郎氏の書くことは100%嘘ではない
でもそこには真偽不明のノイズが紛れています
ここがかえって悪質だと思います
ツイッターだとRTで短時間で拡散してしまいます。どうか気をつけて下さい

被害者は自分だけではないと思われます。心当たりの方は確認してみて下さい


【youtube】【CafeSta特番】特定秘密保護法案について 司会:平将明議員 ゲスト:河野太郎議員・宮崎政久議員(2013.12.16) 

この動画で『特定秘密法案ここが問題』という朝日新聞の連載記事の解説をしているのが面白かったのでまとめてみた

冒頭で平将明議員が「国家公務員情報漏洩防止法」という名称にすれば良かったと言っているが確かに内容は概ね(概ね、というのは国家公務員以外の人も対象となる場合があるから)その通りで分かりやすい
特定秘密に関する法律案ポイント山田賢司
【youtube】【 】特定秘密保護法案へのネガティブキャンペーンを正す[桜H25/11/25] 
自分はこの図でようやく概要を理解した

現行の情報管理について
河野太郎議員の公式ブログから抜粋
『特定秘密保護法について』
http://www.taro.org/2013/12/post-1426.php 

政府内の「カウンターインテリジェンス推進会議」決定の「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」が定める「特別管理秘密」として管理されてきました。
カウンターインテリジェンス推進会議は、平成18年に内閣総理大臣の決定で内閣に設置された官房長官を議長とする会議体です。
特別管理秘密を定めた「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」は、概要は公開されていますが、全文は公表されていません。(←なにそれ
現在、特別管理秘密は、基本方針こそ定められていますが、その運用は各省庁ごとにばらばらに行われています。
例えば経済産業省は、特別管理秘密として指定している事項の名称も明らかにしていません。
また、外務省は、例えば「外交機密文書等」を「特別管理秘密」として取り扱うこととしていて、個別具体的な事項を指定していません。
また、特別管理秘密には、宮内庁が指定した「皇室会議議員互選関係1、2、3」のように今回の「特定秘密」には含まれないような事項も指定されています。

特定秘密保護法は、大臣が特定秘密を指定することになっていますが、これまでの特別管理秘密では、内閣情報官や各省の局長など官僚が、政務三役に知らせることなしに特別管理情報を指定することができました
特定秘密保護法により、かならず国民が選んだ政権の大臣が秘密の指定をすることになるのは前進です。
現在の「特別管理秘密」には期間の上限も定められていませんし、「特定秘密」のように5年以上にわたり指定する場合には、大臣等が5年ごとに再び指定しなければならないというルールもありません。
「特別管理秘密」については、例えば警察庁では「特別管理秘密文書の管理に関する訓令」で、「補助管理責任者は、特別管理文書の保存期間が満了したときは、自ら又は自らが指定する特別管理秘密文書取扱者の立会いの下、他の自らが指定する特別管理秘密文書取扱者に当該特別管理秘密文書を廃棄させるものとする」として、特別管理秘密が省内の官僚の判断で廃棄されるようになっています。
また、現在、特別管理秘密を取り扱うためには、各省庁が行う特別管理秘密取扱者適格性確認制度の下で、本人の同意なしに適性評価が行われています
特定秘密保護法では、法律に基づいた適性評価を本人の同意を得て実施し、その結果に対する異議申し立てもできるようになっています。

(あぜんとするような現行システム)
福山哲郎議員が「バラバラだと言っていたが基準はあるじゃないか!!」と怒鳴り散らしていたのがこれだったか(陳さんはもう議員辞めて下さい
そして岡田克也議員のように「情報漏洩は厳罰に処す」なんて恐ろしい恫喝大臣の下では役人はどんどん情報は秘密指定することだろう
岡田克也「機密漏洩は厳罰をもって処する」

個人的に話を聞いて納得したのが
〇特定秘密40万件のうち9割が衛星写真。解像度で秘密指定するので一件一件精査するわけではない。残りは武器の設計図、暗号コードなど。
〇東京電力はそもそも国の施設ではないので特定秘密対象外。対象となるのは警備情報。
〇沖縄密約は安部首相が官房長官の時にも、首相の時にも聞いてなかった。となると一体誰がどういうルールで秘密管理しているのか不明


【youtube】12月11日特定秘密保護法、ラジオで礒崎議員1人に歯が立たない解説者2人 ‐ ニコニコ動画 GINZA

29:00頃
法案作成担当の磯崎陽輔議員によると
〇現行の国家公務員法では罰則が懲役1年以下→罰則を重くする
〇適正評価についての法案を加えた

本題に行かないのに長くなってしまったので2に続く
朝日新聞・ここが問題2 ←問題なのは朝日

【まとめ】
▼特定秘密保護法≒「国家公務員機密漏洩防止法」 
 現状は国家公務員法服務規定による守秘義務(罰則は懲役1年以下)→罰則を重くする
「カウンターインテリジェンス推進会議」が決めた「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」「特別管理秘密」を定めている
▼基本方針はあるが運用は各省ばらばら→統一
▼秘密指定期間の上限なし→基本5年ごと見直して再指定に
▼適正評価は当人の同意なしに行われていた→当人の同意の下行われるように

【再び、拉致を追う】
北の欺瞞(下) 進む高齢化「もっと楽しい老後があったろうに」

 「この10年で何にも進んでいません。だんだん年をとってきて、存命中に解決するんやろかという不安が大きくなってきました」。神戸市内の自宅で、拉致被害者、有本恵子さん=拉致当時(23)=の母、嘉代子さん(86)はそうつぶやいた。

 恵子さんら被害者8人が「死亡」とされた日朝首脳会談から10年が過ぎた。この間、何度かの日朝交渉があったが、被害者の帰国が実現することはおろか、安否に関する新たな情報さえ出てこなかった。

 猛暑だった今夏、嘉代子さんは何度か就寝中に体調の不安を訴え、近くの病院で治療を受けた。「夜中に寝とったら、『もうあかんかもしれへん』というんです」。夫の明弘さん(84)は心配そうに話す。

 「特にどこが悪いということはないんやけど、頭が痛くなったりしましてね。ものすごく調子が悪かったんです」と嘉代子さん。

 すでに年齢は80代後半。妻を気遣う明弘さんも80代半ばにさしかかっている。

 恵子さんが北朝鮮にいることが分かったのは昭和63年9月。それから24年、北と対峙し続けている。明弘さんは「(北に)だまされてばっかりやで」と長い年月を振り返る。

■病床で待つ親も…
 高齢化は有本家に限った話ではない。横田めぐみさん=同(13)=の父、滋さん(79)は今年11月で80歳。75歳になった平成19年、健康上の理由で、家族会代表を田口八重子さん=同(22)=の兄、飯塚繁雄さん(74)に託したが、その飯塚さんも来年、代表退任当時の滋さんの年齢と同じになる。

 亡くなったり、病床で被害者の帰りを待つ親も多い。今月2日に東京で開かれた国民大集会で、何人もの家族が窮状を訴えた。

 市川修一さん=同(23)=の母、トミさんは20年11月、くも膜下出血のため91歳で死去。その2年後に、父の平さん(97)が脳梗塞で倒れた。現在、老人ホームで暮らす平さんには、認知症の症状が見られる。

 「父が修一のことを覚えているのか、頭の中にあるのか、それさえ分かりません」と修一さんの兄、健一さん(67)は話す。健一さんは国民大集会でこう訴えた。「私には時間がないんです」。すべての家族が同じ思いを共有し、焦りを募らせている。

■事件風化に危機感
 「通り過ぎないでください」。東京・新宿で行われた署名活動に、めぐみさんの母、早紀江さん(76)らの姿があった。家族が署名用紙を手に呼びかけても、立ち止まり、署名してくれる人はそう多くない。

 炎天下での署名活動。額には汗がにじんでいた。若い世代には拉致事件の存在を知らない人もいる。早紀江さんから通りかかる高校生に近づき、事件について説明する場面もあった。

 身を削るように全国を駆け回り、支援を呼びかける家族たち。飯塚さんは「私たちが北に乗り込んでいくことはできない。ひたすら政府に救出をお願いするしかないんです」と話す。家族は拉致事件の風化を一番恐れる。政府を動かすには世論が必要だからだ。

 めぐみさんの弟、拓也さん(44)は「もっと楽しい老後生活があったであろうに、もっとゆっくりしたのどかな生活を送れただろうにと思うとつらくなります」と両親を思いやる。

 被害者とともに奪われた当たり前の日常を取り返すことができないまま、家族は今も闘っている。

 ◇ 

 連載は森本昌彦、松岡朋枝が担当しました。msn産経ニュース2012.9.19
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120919/kor12091911130001-n1.htm

【再び、拉致を追う】
北の欺瞞(中) 膠着 実行犯の引き渡しなく 信憑性ない「処罰済み」

 2008(平成20)年9月、北朝鮮の建国60周年記念の閲兵式を報じる朝鮮中央放送のニュース映像に、その男は映っていた。

 辛光洙(シン・グァンス)容疑者(83)。拉致被害者、原敕晁(ただあき)さん=拉致当時(43)=や、帰国した被害者の地村保志さん(57)、富貴恵さん(57)夫妻を拉致したとして、日本の警察当局が国際手配している工作員だ。

 昭和60年に原さん名義の旅券で韓国に入国し、国家保安法違反容疑で逮捕されながら、北朝鮮支持を貫いた「非転向長期囚」。平成12年に北朝鮮に身柄を送還された。北朝鮮は辛容疑者を“英雄”として扱った。

 14年9月17日の日朝首脳会談で、金正日総書記は「関係者はすべて処分した。おわびしたい」と説明した。だが、その後明かされた処罰者は2人で、辛容疑者とは別人だった。当時から辛容疑者が原さんを拉致していることは韓国の裁判記録から明らかだった。

 首脳会談以降、警察当局の捜査で日本人拉致事件の容疑者が次々と特定され、現在国際手配されている容疑者は辛容疑者を含め10人。北朝鮮がこうした容疑者らを処罰したという情報は一切ない。

直前の証拠写真
 国際手配されている10人の中には日本人3人も含まれている。日航機「よど号」乗っ取り犯の魚本(旧姓・安部)公博容疑者(64)と、いずれもよど号犯の妻の森順子(よりこ)容疑者(59)、若林(旧姓・黒田)佐喜子容疑者(57)だ。

 よど号犯グループによる拉致事件には、各国がマークしていた工作員が司令塔として関わっていた。キム・ユーチョル工作員(74)。欧州を中心に活動し、西側情報機関からは、頭文字から「KYC」と呼ばれた。来日経験もある。

 1983(昭和58)年7月、西側情報機関はコペンハーゲンの空港で1枚の写真を撮影した。キム工作員とともにベンチに座る拉致被害者の有本恵子さん=同(23)=が写っている。拉致される直前の“証拠”だ。キム工作員は魚本容疑者と共謀し有本さんを拉致した疑いがもたれている。

 キム工作員とよど号犯グループの拉致への関与は、よど号犯の元妻(56)の証言で明らかになった。よど号犯グループは今も拉致を否定する一方で、日本への帰国を希望する。森、若林両容疑者に拉致された松木薫さん=同(26)=の姉、斉藤文代さん(67)は「帰ってきたいのであれば、命がけで(拉致被害者を)捜し出して連れ帰ってほしい」と憤る。

信憑性ない「処罰」
 北朝鮮側の説明では、処罰されたとされる2人は拉致事件の「責任者」。1人が死刑、もう1人が15年の長期教化刑となったという。ところが、複数の脱北者は2人について、「処罰されたのは確かだが、別の不祥事が理由だと聞いている」と証言している。

 日本側に提供された北朝鮮の裁判記録の写しにも拉致に関する記述は少ない。日本政府は「責任者が処罰されたと認めることはできない」との立場だ。

 「工作員を現地人化させるために、現地から教官を連れてこい」。そもそも北朝鮮が、日本人をはじめ、世界各地から人々を拉致したのは、76(昭和51)年の金総書記の指令があったからだ。原さん拉致事件で、辛容疑者に「日本人を拉致して、その人物になりすまし、対南(韓国)工作を遂行せよ」と指令したのも金総書記だった。

 被害者の帰国が実現していないばかりか、拉致の実行犯らの身柄が引き渡されていない状態で、「拉致問題は解決済み」という北朝鮮側の主張を受け入れることは、到底できない。msn産経ニュース2012.9.18 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120918/kor12091801010000-n1.htm 

参考
よど号犯と拉致 

【再び、拉致を追う】
北の欺瞞(上) ずさんな説明…「生存」確信

 日比谷公会堂(東京)で今月2日に開かれた拉致被害者の早期救出を求める国民大集会の冒頭、壇上のスクリーンに10年前の映像が映し出された。東京・麻布台の外務省飯倉公館で平成14年9月17日、拉致被害者の安否について報告を受けた家族がその後、記者会見した様子だった。

 映像を見ながら、拉致被害者、有本恵子さん=拉致当時(23)=の母、嘉代子さん(86)はあの日のことを思い出した。同年10月2日。拉致被害者の安否に関する調査のため、平壌を訪問していた日本政府調査団の調査結果がその日、家族に届けられた。「死亡」とされた8人の拉致された状況やその後の生活について、北朝鮮側の説明が記されていた。

 「あれで死んだというのは嘘やと思ったんです」。嘉代子さんはそう振り返る。8人のほとんどが事故死や突然死とされ、不自然さが感じられたからだ。

 恵子さんは、北朝鮮で結婚した石岡亨(とおる)さん=同(22)と2人の間にできた娘とともに昭和63年11月4日、石炭ガス中毒で死亡したとされていた。だが、札幌出身の石岡さんは実家で石炭ストーブを使っており、取り扱い方を熟知していた。

 ほかの被害者に関する説明も信じ難かった。54年9月4日に海水浴場に出かけ、水死したとされる市川修一さん=同(23)=は日本にいたとき、泳げなかった。「海に遊びに行くこと自体、不自然」と日本の家族は話す。一緒に拉致された増元るみ子さん=同(24)=は56年8月17日に心臓病で亡くなったとされていたが、当時は27歳という若さ。小さいころから健康に問題はなかった。

  ■ ■ ■

 「死亡」の“証拠”とされた「死亡確認書」は、北朝鮮に対する家族の不信感を決定づけた。横田めぐみさん=同(13)=を除く7人の死亡確認書はすべて同じ病院から発行されていた。有本さんと石岡さんが死亡した場所とされていたのは、中国との国境近くの慈(チャ)江(ガン)道南部の煕(ヒ)川(チョン)市。市川さんが死亡したとされたのは北朝鮮南部の元(ウォン)山(サン)市。他の被害者が死亡したとされる場所や時期もばらばらだった。

 それなのに、7人の確認書を作成したのは平壌の「第695病院」。被害者の生年月日を間違えているものもあった。石岡さん、原敕(ただ)晁(あき)さん=同(43)=、松木薫さん=同(26)=の確認書を透かしてみると、まったく同じ位置に印鑑が押されていた。原さんは61年、松木さんは平成8年に死亡したとされている。違う時期に作成されたはずの確認書で寸分違わぬ位置に印鑑が押されているのも明らかにおかしい。

 14年の政府調査団の団長だった斎木昭隆・外務省アジア大洋州局参事官(当時)から聞いた話として、拉致被害者と家族の支援組織「救う会」の西岡力会長はこう説明する。

 「めぐみさんを除く7人について口頭でしか説明がなく、調査最終日に斎木さんが『こんな状況で帰れるか!』と机をたたくと、2時間後に持ってきたのが死亡確認書だった」

   ■ ■ ■

 「慌てて作ったもので、正確ではなかった」。北朝鮮側は16年11月の日朝実務者協議で死亡確認書について、そう釈明したにもかかわらず、その協議で北朝鮮側が改めて示してきた証拠はまたしても、いい加減なものだった。自動車事故で死亡したとされた松木さんと田口八重子さん=同(22)=の交通事故記録は、複数の箇所が塗りつぶされ、死亡者の名前が記されていなかった。

 でたらめな書類に加え、死亡を裏付ける遺骨も存在していないことは何より、北朝鮮側が嘘をついていることを示している。

 被害者本人の「遺骨」として出してきためぐみさんと松木さんについては、骨格鑑定やDNA型鑑定の結果、別人のものと判明した。他の6人の「遺骨」についての北朝鮮側の説明は「豪雨でダムの堤防が壊れ、墓が流された」「大洪水による土砂崩れで流失」というものだった。

 こうした不誠実な対応は被害者家族を傷つけたが、逆に被害者の生存を家族に確信させた。北朝鮮側は墓穴を掘った。

     ◇

 北朝鮮の欺(ぎ)瞞(まん)性を改めて検証するとともに、振り回され続けた家族の10年を追った。msn産経ニュース2012.9.16 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120916/kor12091623080004-n1.htm 

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