またまたNewsU.S.さんから
【NewsU.S.】本物の「前原誠司少年」は、34年前に父親が自殺した後、舞鶴港に消えたらしいぞw 「菅や前原は大学時代より前の第三者による話しが一切出てこない」「なにそれこわい」「やっぱり『背乗り』か」
http://www.news-us.jp/article/346148177.html 

【wiki】背乗り 
背乗り(はいのり)とは、工作員が他国人の身分・戸籍を乗っ取る行為を指す警察用語。
元々はソ連の情報機関が古くから用いた方法だというが、北朝鮮情報機関もよく使う方法であり、日本人拉致にも背乗りを目的としたものが多い。日本で工作活動を行うほか、韓国に入国するためのパスポートを得るためである。周囲に気付かれないよう身寄りのない人が狙われやすいという。

98 :本当にあった怖い名無し! [sage] :2013/03/12(火) 00:51:48.66 ID:Bgkl5eb30 
>>24 
「背乗り」って聞くと、
事実かどうかは知らないが、 

> 本物の前原誠司少年は34年前父親が自殺?した後、舞鶴港に消えたらしいぞwっていう話を思い出すな。

40+2 :本当にあった怖い名無し! [mail] :2011/08/27(土) 13:25:27.51 ID:P7tUvnjK0 (1/2) [PC]なにそれこわい
お父さんが電車で自殺したのに、
鉄オタって歪んでる気がするんだよね。
自分だったら見たくないし知りたくなくなるっていうか・・・。

前原少年じゃないなら納得だけどね・・・。

115 :本当にあった怖い名無し! [sage] :2013/03/12(火) 04:39:21.68 ID:LXb9T3/R0 >>112 こんなのもあったし、やっぱり…
そういう事なんだろうなぁ前原は韓国語ペラペラは本当だよ 

在日チョンでなく、六本木ヒルズの韓国ビジネスマンから聞いた話なんだけど、
あの「日韓祭り」で、彼のはハングル語より、朝鮮式のネイティブな北朝鮮語なんだと聞かされたよ。
彼は本当に日本人か?と言っていたよ。

ソースはないのだが、噂が出るのも仕方ないと思われる事実がある

【youtube】稲田朋美が前原誠司と北朝鮮の関係を全て暴く! 
5:02頃から
稲田朋美議員「それでは、前原大臣にお伺いをいたします。大臣は、今まで国交のない北朝鮮に二度行ったことを認めておられます。一度は、平成四年、大臣が京都府議会議員時代、大臣は当時日朝友好促進京都府議会連盟の一員でありました。また、二度目は平成十一年、大臣が衆議院二期生のときであります。
この二度目の北朝鮮の訪問の理由について、大臣は、前回の二月一日の予算委員会の私の質問に対して、支援企業の工場が北朝鮮にできたところを見に行ったというのが私の二回目の訪朝の全体像でありまして、それ以上でも以下でもありませんとお答えになっています。
その後に発売の週刊文春では、支援企業の会長の話として、最初に北朝鮮につないでくれた前原さんを一回遊びに行きましょうかと誘ったら、行きましょうとなったとされています。国会開会中です。
一体、何のために大臣は国交のない北朝鮮に行かれたのか、あなたから行くことを提案されたのか、それとも、文春に書かれているように、遊びに行きましょうと言われてついていかれたのか、もう一度御説明をよろしくお願いいたします。」

前原誠司議員「まず、一回目の視察についてでございますけれども、何か私が、週刊誌はそう書きたがるものでありますけれども、日朝議員連盟にしか入っていないというような書き方の中で記述がございますけれども、京都府議会の中には、日中議員連盟、日韓議員連盟、日華議員連盟(=台湾:筆者註)、日朝議員連盟、四つありまして、私はすべて入っておりました。したがって、日朝だけ取り上げて何かおもしろおかしく書かれていることについては、非常に不快感を持っているということについては申し上げたいと思います。
二回目でございますけれども、行きました。記事をもとに質問をされていると思いますけれども、バッジを外してという意味は、私は国会議員の立場で行っていないということではありません。私は、請暇願も出して行っておりますし、国会議員の立場で行っております。バッジを外すというのは、私の日ごろの活動を見ていただければ、私は院外へ出ますとバッジを外します。それでバッジを外してという話であって、国会議員として行っております。
そして、それと同時に、この河村織物という支援企業が千名規模の工場をつくるということで、なかなか平壌に行くなんということは何かの機会がなければないことでありますので、行かないかと言われて、国情視察、そしてその地域の視察も含めて伺ったということであります。」 

(略)
17:26から
稲田議員「そういう感覚がおかしいですね。国会議員が七日間も休んで国交のないところに、紛糾している国会審議をほっぽり出して行くということは、私は国民は納得はしないと思います。
では、前原大臣にお伺いをいたしますけれども、前原大臣は、その北朝鮮でよど号の犯人に会って何をお話しになり、なぜよど号の犯人にお会いになったんですか。」 

前原議員「高麗ホテルというところに宿泊をいたしまして、その高麗ホテルでたまたまばったり玄関でお会いをいたしました。」 (たまたまかーあるあるってある訳ないだろ!:筆者)

稲田議員「たまたまって、大臣、よど号の事件が起きたのは一九七〇年で、大臣は八歳です。そして、北朝鮮で三十年もたって、よど号の犯人が大臣を、大臣がよど号の犯人をお互いに知っているはずがないんですよ。
一体何のために会ったのか、そして、だれとだれとだれと会って、どんな話をされたんですか。」

前原議員「北朝鮮という国に行かれるとよくわかると思うんですが、通訳と監視役、そして屈強な男性がついております。そういう人が、ああ、あの日本人はよど号の元犯人ですよということで教えてくれて、偶然、高麗ホテルの出口でばったりお会いしました。全くの偶然であることは事実でございます。」 

稲田委員「お答えになっていないんです。だれとだれとだれと会って、何を話したんですかということを聞いております。」

前原議員「恐らく四名だったと思いますけれども、名前は失念をいたしました。」

稲田議員「大臣は、帰ってから公安調査庁に報告をしたと記者会見でおっしゃっているんですけれども、名前はお忘れになったんですか。」

前原議員「一九九九年のことでありますので、帰ってから公安調査庁に話をいたしました、それは事実でございますが、四名の名前は忘れました。」
 
稲田委員「偶然に会ったとか四名の名前は忘れたとか、いわば日本に対する国家的な犯罪をして北朝鮮にかくまわれている犯罪者、犯人とお会いになって、公安調査庁でも報告をされた。それが偶然だとか名前を忘れたとか、私はちょっと理解ができません。
また、大臣はそのとき、よど号の犯人と写真を撮られたのではありませんか。」

前原議員「写真を撮りましたし、その写真も公安調査庁に渡しております。」

稲田議員「それが私は信じられませんね。普通、日本の国家犯罪をした人と偶然に会って、大臣はバッジを外して企業の工場視察に行って、そこでもって、バッジを外して、そこまで用心深くして行って、よど号の犯人と一緒に写真におさまる、これは私は信じられないんですけれども、最初からよど号の犯人と会うようにセットされていたんじゃありませんか。」

前原議員「弁護士らしからぬ極めてノスタルジックというか物語風の話をされますが、私は神に誓って、偶然に会った、そしてそういうものは予定をされていなかった。
そして、先ほどやじにありましたように、高麗ホテルというのは本当に危ないホテルなんですよ。それはもう府会議員のころからよくわかっているんです。つまりは、今まで泊まった人は、何か話をしたらすぐに飛んでくるようなホテルなんです。そういう意味においては、どういうところか、場所かということをすべてわかっておりますし、また、先ほどから繰り返して申し上げるように、よど号のハイジャック犯と私がもともとセットするって、どういう理由でセットしなきゃいけないんですか。
たまたまお会いをして、それで、四人だったと思いますけれども、写真を撮り、そして帰ってからは公安調査庁に話もし、写真も提出をした、それだけのことであります。」

稲田議員「大臣の話が信じられないから、私は事実を確認する質問をしているんです。
そもそも、北朝鮮にそれだけ長期間滞在をされていて、工場視察。工場視察は二時間ぐらいで終わると思いますよ。それ以外は一体何をされていたのか。よど号の犯人だけでなく、朝鮮労働党の幹部とも面談をされたのではありませんか。」

前原議員「実は会いたかったんです、朝鮮労働党の幹部とも。しかし、河村織物から申し入れをいたしましたけれども、結果的には会うことができませんでした。」

稲田議員「大臣が視察をされた河村織物の工場はどのような工場で、そしてその工場が閉鎖されたのはいつで、その閉鎖された理由は何ですか。」

前原議員「そこまでは知らないですね。
いつ閉鎖されたのかと、これは、累次の制裁決議がなされておりますので、結果的に、中国から物を持ってきて北朝鮮で。そして、つづれなんですね、河村織物さんというのはつづれをやっている。つづれをやっているというのは、電気を使わなくていいんです。私は高麗ホテルに二度泊まりましたけれども、高麗ホテルでさえ非常に電気事情が悪くて、エレベーターが時々とまるというような、極めて電力事情の悪いのが平壌の状況でありました。したがって、電気を使わなくて、マンパワーのみを使うという河村織物のつづれというのは、向こうでは非常に歓迎されておりまして、数百人規模の女子の方ばかりが働いていたように記憶をしております。
それで、広げようという話でありましたけれども、結局は、さまざまな制裁が行われて閉鎖をしたという話は聞きましたけれども、いつ閉鎖をしたかということは聞いておりません。
私は、河村さんには、北朝鮮というのは非常にカントリーリスクの高い国だから、出られる際もそれを前提として出られた方がいいですよということは前からお話をしておりました。」

稲田議員「河村織物から大臣に対して、北朝鮮に対する制裁をやめてくれるよう陳情がありませんでしたか。また、河村織物が経産省にそういう陳情書を出したことについて、大臣は御存じでしょうか。」

前原議員「私には一切そういう陳情はありませんでしたし、経産省にそういうものを出されていることも全く存じ上げません。
先ほど申し上げたように、私は北朝鮮に対しては朝銀の問題等でかなり厳しくやっておりましたので、そういうことを勘案して私には相談をされなかったんだと思います。」

稲田議員「大臣は、二回目の訪朝の前に委員会で、日朝の経済交流をもっと政府が支援すべきだとか、また安倍総理に対しても、前回も指摘しましたけれども、重油を支援すべきだとか、北朝鮮を支援すべきだとか、経済交流をもっと図るべきだ、そういう質問をされております。
大臣は、大臣または大臣の関係政治団体に、府議時代から今までの間で、河村織物から企業献金を受け、もしくはパーティー券の購入をしてもらっていますか。これは質問通告をいたしておりますので、お答えください。」

前原議員「河村さんとのおつき合いは、私が二十五歳のころだと思います。松下政経塾にいるときに、西陣で私は研修をしておりまして、二十八歳のときに無所属で府会議員に立候補いたしましたときに、資金的な面も応援をしていただきました。
そして、府議時代も、二年ぐらいはいわゆる政治資金団体の後援会に入っていただいて、応援をしていただいておりましたけれども、バブルがはじけた後に西陣全体が極めて景気が悪くなりまして、河村織物さんもある時期から資金的な援助はいただいておりませんけれども、私は、河村会長さんとは人間的に非常にお世話になっておりますし、また、全く無所属で、馬の骨ともわからないような状況のころからさまざまな形で支援していただいておりましたので、河村さんとの縁というものは、資金とかではなくて、もう十数年間は資金援助はいただいていないと思いますけれども、私は、これからも続けてまいりたいというふうに思っております。」

稲田議員「平成四年、府議会議員時代に大臣が一度目の訪朝をされたときに、河村織物から新緑会、大臣の関係の政治団体に百四十六万七千七百三十四円、政治献金がなされております。これの関係等、まだまだお聞きしたいことはありますけれども、時間がなくなってまいりましたので、最後に、私は、河村織物のことを横に置いても、大臣のさまざまな北朝鮮に対する発言について疑問を持っております。
大臣に質問するに当たって、私は、大臣が衆議院議員になられてから以降の議事録それから講演録を大量に読ませていただきました。私は、日米関係やら一般的な外交問題に対する大臣の姿勢また見識には敬意を表したいと思うんですけれども、ただ、対北朝鮮問題に関しては、天命に生きるとおっしゃっている大臣らしくないんですよ。率直に言いますと、違和感を覚えたんです。まず、委員会や講演で、大臣が多くの在日の方々や朝鮮総連元幹部とのつながりをおっしゃっているんです。これは私は、非常に違和感を覚えました。
ここに賃金レポート二〇〇三年三月号があるんです。その中に大臣の講演録が収録をされています。大臣はこのようにおっしゃっているんです。新宿で商売をされている元工作員の方、あるいは朝鮮総連の幹部で副財政局長までやった人、私の国会での質問のネタは、基本的には在日の方から聞いている。
私は、北朝鮮の元工作員だとか、それから総連の幹部の話を聞いて、そしてその質問をしているということは非常におかしいと思います。
また、同じく賃金レポートの二〇〇八年三月号の講演録で、大臣は次のようなことをおっしゃっているんです。さる政治家(これは中井洽:筆者註)が、先般、平壌に行って、対日担当者である宋日昊という人と話をした。さる方がおっしゃったことなので、それがすべて正しいかどうかはわからないが、私が得ている情報と符合するところがある。日本から照会されている拉致被害者は全員死んでいる、ただ、日本が問い合わせてきていない日本人は生きている、このような言い方をしていたそうである。
これは大臣のお言葉ですけれども、私は、たとえ伝聞だということを断ったとしても、日本の国会議員また外務大臣になった方が、拉致被害者は全員死んでいるなどということを発言するのは、全くもっておかしいと思っております。
その後、大臣は北朝鮮に重油支援をすべきだとか、核の脅威を殊さら喧伝されていて、要するに、拉致よりも核というのが大臣のスタンスなんです。でも、拉致は、重大な人権侵害だけでなくて、国家主権の侵害なんです。私たち日本の国会議員が真っ先に言うべきことはこの拉致の問題であって、総理が本部長をされている拉致問題の解決についても、前提として拉致問題の解決ということを書かれております。
私は、やはりそういった大臣のスタンスが、北朝鮮から二国間協議を歓迎されるというような、そういう発言につながっていると思います。このような大臣のスタンスは日本の国益に合致しないことを申し上げて、私の質問を終わります。ありがとうございます。」

焼き肉屋チャンさん

【wiki】前原誠司 
2010年10月に開催された「日韓交流おまつり」開会式では、原稿もないまま韓国語でスピーチをした
(これは朝鮮日報の記事でリンク切れだが、検索するとコピペが出てくる)

前原と、同じく民主党副代表(当時)の岡田克也がアメリカのワシントンを個別に訪れた際に、アメリカ側に「今の日本は拉致解決に固執しすぎて北朝鮮の核放棄への障害となっている」と発言した、と報じられた。
(→拉致被害家族増元さんの言葉 )

そして今話題になりつつあるJAL再上場問題
(→生き血を吸うダニ JAL再上場
前原議員は当時国交大臣、京セラ稲盛和夫氏は前原議員の後援会会長である
辻元清美blogJAL
http://www.kiyomi.gr.jp/blogs/2009/09/24-1906.html
辻元清美議員はJAL再生対策本部・事務局長

【wiki】ラーの会 
自民党 加藤紘一 元幹事長
自民党 山崎拓 元副総裁(落選中)
民主党 前原誠司 元代表(前外務大臣)
民主党 仙谷由人 代表代行(内閣官房副長官)
民主党 辻元清美 元社民党政審会長(元国土交通副大臣、2010年7月に社民党を離党)
公明党 東順治 副代表

今検索していたら「前原氏と辻元氏はどこが通じあうのでしょう?」という質問があったが
それは「北朝鮮」だろう
前原辻元
薄気味悪い人達だ