トンデモ人物伝:尾崎秀実② の中に

「戦後、日本の知識人は共産主義者=反戦勢力という思い込みから、尾崎は平和主義者だったとみなすようになった」
と書いてあるが、その典型といえる記事をたまたまコピペしておいたのでご紹介
(尾崎秀実が朝日の記者だったことを恥と思ってなかったのにびっくり)

Vol.64 ゾルゲ事件 戦争の時代の「人道愛」 昭和16年10月(1/2)- 昭和史再訪セレクション - 地球発

 日高愛さんは昨年暮れ、26カ国を回る旅から帰ってきた。1年半の旅の費用は画廊などで働いてためた。米国、メキシコから、中南米、欧州、中東に、インド、ネパールまで。自分の常識を揺さぶられ続ける日々だった。

 パック詰めで買う肉ではなく、動物の体が並ぶ市場で求めた肉を口にすると「命をいただく」感じが強かった。決められた定価に慣れていた彼女も、様々な買い物での値切り交渉に上達した。世界各地の暮らし方や人々の価値観に上下や優劣などないことを、日高さんは改めて知った。

 記者は彼女の体験を知った時、国際諜報(ちょうほう)団事件とされたゾルゲ事件について調べていた。この事件にかかわった人々は、戦争や植民地が横行していた時代に、日高さんが実感したことを同じように感じていた人々だったと思った。

 日本人の中心人物だった尾崎秀実(ほつみ)は1930年代、日本の軍部などの情報をソビエトに伝えたリヒアルト・ゾルゲの協力者だった。18歳までは日本の植民地になったばかりの台湾で家族と過ごした。

 少年の彼がそこで感じたのは、人間が統治者、被統治者に分けられる理不尽さだった。父は温厚だったが、ある時、人力車を引く台湾人から支払いが少ないと言われ、ステッキで追い払った。尾崎は父に食ってかかったという。

 尾崎は事件で検挙された後に、こう述べた。「私は人道愛ないし人類愛を心の基底に置き、政治的な目標は一定不変に世界主義――世界大同社会の実現に置いて来ました」

 一方、ゾルゲはドイツ人の父とロシア人の母を持っていた。独ロが交戦した第1次大戦に父の国の兵士として従軍し、母の国と戦って、体と心に傷を負った人だった。


Vol.64 ゾルゲ事件 戦争の時代の「人道愛」 昭和16年10月(2/2)- 昭和史再訪セレクション - 地球発

 尾崎とゾルゲは、新聞記者同士として昭和5年の秋に上海で知り合った。そこには欧米が、植民地に近い「租界」という場所を持ち、主人公であるはずの中国人の多くはスラムで暮らした。犯罪もはびこる「魔都(まと)」と呼ばれた。

 日本とドイツが戦争に前のめりになった時、2人はその情報を探った。戦争は間違いだという考え方のもとに。

 尾崎が働いた朝日新聞上海通信部(当時)があった中州路の付近を歩いてみた。30~40年代に建てられた家屋の取り壊しが続き、横にはきらびやかな高層ビルが立つ。上海中心部を流れる黄浦江両岸で5月から、中国の発展ぶりを世界に示す万博が開かれる。

 だが発展した中国でも、民主活動家の厳しい取り締まりが続く。世界に植民地はなくなったが、宗教や民族の違いに基づくテロが続いている。

 世界を回った日高さんも、宗教対立や貧富の格差の現実を見た。一方、「日本人はいい(nice people)」という評判を各地で聞いて、彼女はうれしかった。写真関係の仕事をめざす日高さんは、自分たちの世代もまた「nice」と言われるようになりたいと考えている。

 自分たちの文化や伝統、暮らしに誇りを持ちながら、世界中の人々の多様なあり方をそのまま認める。「人道愛」の自然な実践は、時代や世代を超えた永遠の課題だろう。朝日新聞2010.4.3

(リンク切れなので一応検索結果)
ゾルゲ事件朝日新聞
http://sitesearch.asahi.com/.cgi/sitesearch/sitesearch_doraku.pl?Keywords=%A5%BE%A5%EB%A5%B2&x=0&y=0

毎度何が言いたいのかはっきりしない曖昧な文章だが、ゾルゲにも尾崎秀実にもシンパシーを持って書いているのは確かだと思う
そして「反戦主義だった」という認識が誤りであることも既に書いた

たまたま朝日新聞の吉田証言撤回記事の動画を見ていたら
(→『反省・謝罪なき朝日新聞の慰安婦報道_1/2』 http://www.nicovideo.jp/watch/sm24301203)
『WILL』の花田紀凱編集長が、「朝日の誤報と言ったら、伊藤律架空会見と・・・」と昨日書いたばかりの名前が出て来たので驚いた

【wiki】伊藤律会見報道事件 
伊藤律架空会見

伊藤律会見報道事件(いとうりつかいけんほうどうじけん)とは朝日新聞による虚偽報道。架空の捏造した会見を報道した。

概要
1950年9月27日朝日新聞は、同社神戸支局の記者が、当時レッドパージによって団体等規正令違反で逮捕状が出ていて地下に潜伏中だった日本共産党幹部の伊藤律と宝塚市の山林で数分間の会見に成功したと報道した。

会見模様として伊藤の表情が書かれ、記者との一問一答まで紹介されていた。また会見の状況として、記者は目隠しされた上で潜伏先のアジトまで案内されたと説明された。

この会見記事には、伊藤の行方を追っていた警察も重大な関心を寄せることとなった。しかし法務府特別審査局の聴取に対し、取材記者が伊藤律と会見していたとする時刻に旅館にいたことが発覚するなど供述に矛盾が出て、ついに会見記事が完全な虚偽であったことが記者の自白により判明。朝日新聞は3日後の9月30日に社告で謝罪した。

事件の結果、担当記者は退社、神戸支局長は依願退社、大阪本社編集局長は解任となった。担当記者はその後に占領目的阻害行為処罰令違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。担当記者は捏造の動機について特ダネを書こうという功名心からと述べた。

出稿前に大阪本社通信部のデスクから信憑性を疑う声が出たが、編集局長は現場の声に押されて掲載を決めた。東京本社ではさらに共産党担当記者から伊藤がインタビューに応じる必然性がないなどの声が出たが、「大阪がそこまでがんばるなら」という声に押されて報道に踏み切った。

朝日新聞縮刷版ではこの記事は非掲載となっており、該当箇所は白紙で、虚偽報道であったと「お断り」告知になっている。

また、昭和(戦後)の三大誤報のひとつとしてあげられる。

( ゚Д゚)はぁ?なんじゃこりゃ
何がしたかったのかよく分からない・・・
けど引責辞任しただけ今よりはマシなのかも

参考
コミンテルン(笑)←笑ってる場合じゃない
トンデモ人物伝:尾崎秀実① 
ベアテの赤い贈りもの 
 男女同権を日本国憲法に書いたベアテ・シロタ・ゴードンもスパイ容疑で逮捕された