『アンブロークン』関連でも度々出て来た「和解」という言葉
アンブロークン毎日新聞日米和解ザンペリーニ
#アンブロークン 金日成を讃える伝道師の説く「許し」って何

「歴史和解」を進めて来た張本人の一人である船橋洋一氏(元朝日新聞主筆)の本から
(参考→アカヒ「東ティモールで日本軍が島民5万人を殺した」 (´・ω・`)はいはい


p334~338
「歴史和解」に必要な「対話の習慣」

 このほど、東京でアジア・太平洋の歴史問題をめぐる国際会議があり、出席した。東京財団主催、米国平和研究所(USIP)などの後援である。
 取り上げられたケースは、日中、日韓、南北朝鮮、台湾二・二八事件、カンボジア、東ティモール、オーストラリアのアボリジニー、それに米国・アジアである。

 大量虐殺、侵略、植民地化、強制的文化同化といった、大規模で組織的な人権侵犯が起こってしまった際、加害者、被害者とも、そうした過去とどう直面し、それを克服していくことができるのか、それにはなにが必要なのか。
 つまりは、「歴史和解」にはなにが必要なのか。

 リチャード・ソロモンUSIP所長は、「歴史和解」問題は、いかにして「復讐のサイクル」を断ち切るかであるとして、和解に成功したケースでは次のような段階的なプロセスが存在すると指摘した。

 第一に、真実を告げること。
「なにが実際、起こったのか」を調査し、その結果を明らかにすることである。そして、それを一般に公開する。
 次に、記憶すること。それらの事実をわすれさせないために、人々の記憶に残るような公的な営みをすることである。
 そして、謝罪、賠償。
 最後に、責任を果たすプロセス。責任ある人々が過去の行為に対して責任を負っているかどうかを問うことである。

 日本の歴史問題への取り組みがなぜ難しいのかをめぐっても、議論が交わされた。
 日中間における歴史問題は当面、小康状態を保っているが、それがなおきわめて不安定な状態に置かれており、いずれ再燃するのではないかとの危惧が何人かから表明された。
 しかし、日本の場合も、日韓のように歴史和解が始まったケースも出始めた。なにがそれを可能にしたのか。

 ジョージタウン大学のビクター・チャ助教授は、その一歩が、アジア経済危機や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のテポドン発射に対する共同歩調の必要性という、多分に現実的要請にあったと分析した。

「歴史和解」を考える際、「従軍慰安婦」「強制労働」「戦争捕虜」、そして「補償」といった「人道的テーマ」への対応とともに、安全保障、経済、政治関係といった信頼関係の枠組みを構築することが童謡に重要である。「歴史和解」を双方の国益を踏まえ、しかも、双方にとってプラスになるような枠組みのなかに位置づけて取り組んでいくことだ。

 往々にして、こうした問題についてはあまりにも理念的、道徳的な捉え方が全面に出ることがあるが、それは場合によっては和解を進めるうえで逆効果になりうる。「オーストラリアン」紙外報部長のグレッグ・シェリダン氏は、オーストラリアのアボリジニー問題を国連人権委員会が「文化ジェノサイド」と規定したことで、アボリジニー問題に責任を感じている後半なオーストラリア人まで怒らせってしまい、かえって問題対応を難しくした、と報告した。

 もうひとつ、和解の当事者が民主主義社会であるかどうかをめぐって議論が行われた。
 ここでは、日韓の和解へのプロセスを見た場合、韓国の民主化と民主主義がきわめて重要な要素であったことを例にその要素を重視する見解と、それを認めたうえで民主主義体制であっても若いが難しいケースがあること、またどちらかが民主主義体制でなくとも和解のプロセスに向かったケースがあることなどから、それは決定的要素ではないとの両方の見解が表明された。
 これはケースによって異なるだろう。多様な関心・利害、少数意見、妥協を尊重する民主主義が、歴史和解を進めていくうえで、より望ましい体制であることは間違いない。日韓の和解への歩みは、金大中政権の誕生をもってはじめて本格化した
 しかしそのことは民主主義体制でなければ若いへの道が成り立たないということではないだろう。たとえば日中についても、中国の政治体制ゆえに、それは日韓に比べてはるかに難しい。そのことを認めたうえで、なおそれに向けての努力はありうるし、また必要であろう。ドイツとポーランドの歴史和解も、そうした非対称な政治体制間で始まった。

 李時栄・元韓国外務次官は、せっかく始まった日韓の歴史和解への道が、日本の教科書問題でとん挫する危険を警告した。何人かの出席者が同様の懸念を表明した。李時栄詩は欧州における共通の通史や共通教科書(副読本)のようなものがアジアでもできないか、と問いかけた。
 重要な問題提起だが、これは現時点では非現実的であろう。中国の政治体制ひとつとってみても、とてもそのような構想が可能とは思えない。

(略)

 最後に、地域統合とマルチラテラリズム(多角主義)の重要性を強調したい。
 欧州の歴史和解では、戦後の欧州統合が決定的に大きな働きを果たした。アジアにはこれまでそのような条件はなかった。ここは冷戦(さらには熱戦)が支配し、長い間、地域主義は育たなかった。
 しかし、1990年代に入って東アジアでもARF(ASEAN地域フォーラム)、ASEANプラス3、さらには日中韓サミットが育ってきた。

 地域主義の重要性の一つは、それがマルチラテラリズムを促進することにある。それぞれの多様な観点を理解し、それを織り込みながら政策を形成する、そのための「対話の習慣」をつけることの大切さである。
 それをさらに前進させ、強化する共同作業のなかで、歴史和解も進めていくことができるし、またそういう課題を念頭に置きつつ、多角的地域主義を進めていくべきであろう。
2001.3.9

第一に真実を告げること
第一歩から大嘘だったわけですが
 
虚偽に基づく「歴史の和解」とやらで日本は煮え湯を飲まされ続け
日韓関係は遂に修復不能になった
双方にとってプラスになるとあるが一体何のプラスがあったのか教えてほしい
「従軍慰安婦はいない」との声を右翼の妄言と潰そうとしてきた(いや現在形か)この人達に民主主義を語る資格などあろうか

「歴史の和解」は災厄を招き不和をもたらす
この15年で証明されたのだから弁解の余地はない

歴史の和解という美名の下
あの悪名高き「過ちは繰り返しませぬから」という原爆記念碑の碑文が生まれたことを忘れてはいけない
国際キリスト教大学「国連と市民社会」藤田幸久民主党HP 
「東アジア共同体」と斎藤まさし  

ここに出てくる言葉
「歴史和解」「対話」「記憶」「謝罪と賠償」
反日プロパガンダが全てこれらのキーワードに沿っているのが分かるだろう

追記2015.4.16
東北アジア歴史財団のHP
「歴史の和解」「記憶」
東北アジア歴史財団HP
 http://contents.nahf.or.kr/japanese/
東北アジア歴史財団 →竹島と韓流  

追記2015.9.10
ピースボート歴史と和解
 http://peaceboat.org/projects/history?pj=about