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カテゴリ : 吉田調書問題

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【阿比留瑠比の極言御免】
原発事故で情報操作 菅直人官邸の明るみに出た実態

 東京電力福島第1原発の事故対応をめぐり、菅直人元首相が安倍晋三首相に損害賠償などを求める訴訟を起こし、東京地裁が請求をいずれも棄却した件では、判決で興味深い指摘がなされていた。水素爆発した1号機への海水注入に関する当時の菅官邸のあり方を、こう認定したのである。

 「東京電力は、準備でき次第、海水注入を行うことを早々に決めていたが、官邸は、その後の午後6時に『真水による処理はあきらめ海水を使え』との首相指示が出されたと発表し、あたかも海水注入を渋る東京電力に対して海水を使うように原告(菅氏)が指示したと受け取ることができる情報を発信した」

 「(安倍首相のメールマガジンの)海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したことについても、その重要な部分は、真実であった」

 つまり、地裁は菅官邸がメディアに対し、情報操作を行っていたと事実認定したのだ。これは政治と報道の関係を考える上で、もっと注目されるべき点だ。

 筆者は東日本大震災時も官邸を担当しており、当時の官邸政治家や政府高官らの言動をよく覚えている。彼らは事故発生直後から、取材記者らにこんな情報を流していた

 「菅氏が渋る東電にベント(排気)をさせた」

 「原子炉の廃炉を懸念して嫌がる東電に対し、菅氏が英断で海水注入させた」

 どちらも事実とは異なる。東電は早くベントをしようと懸命だったし、菅氏の言動が始まっていた海水注入を止める危険があったことも後に分かった。

 極限状況の中で、官邸政治家らも事故の現状を正確に把握できていなかった部分はあるにしろ、当時も「彼らは都合の悪いことは全部東電のせいにしようとしているな」と感じたことも記憶している。

 こうした菅官邸による情報の誤発信や誘導については、国会や政府など各事故調査委員会の報告書でもあまり触れられておらず、判決の意味は大きい。

混乱原因を東電に
 これに対し、菅氏自身は不満たらたらで、5日付のブログ「海水注入事件の真実」では、混乱の原因を「東電の責任逃れ体質」に求め、こう記している。
(→『海水注入事件の真実』 http://blogos.com/article/148253/)

「淡水がなくなった後の海水注入も東電の判断で行わる(※ママ、行われる?)ことには何ら問題なかった」「東電の『おもんばかり体質』が混乱を起こしたのだ」

 だが実際は、官邸で一部始終を目撃した関係者によると、速やかな海水注入を求める専門家らに対し、菅氏はこう怒鳴っていた。

 「海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか。君らは水素爆発はないと言っていたじゃないか。それが再臨界はないといえるのか。そのへんの整理をもう一度しろ!」

 当時の東電は官邸に「指示なく勝手なことはするな」と厳命されていた。判決が、菅氏に「海水注入を中断させかねない振る舞いがあった」と指摘したように、当時の吉田昌郎所長が菅氏の意をくんだ東電本店の指示に逆らい、独断で注水を続けていなければ、事故はさらに深刻な局面を迎えていたかもしれない

 「(安倍首相は)混乱の責任をすべて私に押し付けようとしたのだ」

 ブログでこう結論付けた菅氏は4日、東京高裁に控訴している。高裁審理を通じ、さらに菅官邸の実態周知が進むことを期待する。
(論説委員兼政治部編集委員) 
産経ニュース2015.12.10
http://www.sankei.com/premium/news/151210/prm1512100004-n1.html

「取材記者らにこんな情報を流していた」
それを受けて書かれたトンデモ記事の数々
例えば
「菅さんが東京を救った」とか
(-@∀@)「菅さんが東京を救った!」←それはない 
アカヒくんは反権力じゃなかったのかい?と問いたくなるほどの全面バックアップだった・・
その流れで吉田調書問題も起きたと思うんだよ

判決も出たしやれやれと思っていたら何と阿比留記者にまで噛みついていたと(◞‸◟)

【阿比留瑠比の極言御免】
菅元首相ブログへの返答 どこまで過去の言動を美化し、正当化するのですか…

 前回の当欄で、東京電力福島第1原発の事故対応をめぐり、菅直人元首相が安倍晋三首相に損害賠償などを求める訴訟を起こしたものの全面敗訴した件を取り上げた。すると、菅氏が10日付の自身のブログで「産経新聞の『極言御免』の事実誤認」という反論を書いてきたので、返答することにした。菅氏はブログでこう主張している。

 「(水素爆発した1号機に)『海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか』と私が言ったと産経の記事は述べているが、あり得ない話だ。海水注入は冷却のためで再臨界とは別問題であり、淡水か海水か基本的に再臨界には関係のないことを私は知っていたからだ」
(『産経新聞の「極言御免」の事実誤認』 http://blogos.com/article/149139/)

国会答弁と矛盾
 菅氏は、筆者が証言を聞いた関係者の発言を「あり得ない」とばっさり否定している。だが、菅氏自身が平成23年5月の衆院震災復興特別委員会でこう答弁しているではないか。

 「海水注入に当たってどのようなことを考えなければならないか、そういった議論がありまして、私の方からいわゆる再臨界という課題も、私にもありました」(23日)

 「海水を注入したときのいろいろな可能性の問題を検討するのは当然じゃないですか。水素爆発の可能性、水蒸気爆発の可能性、再臨界の可能性、そして塩が入ることによるいろいろな影響」(31日)

 「私としては、海水注入はやるべきだけれども、それに伴っていろいろなことがあるとしたら、そのことはちゃんと専門家の中で検討してください、そういう趣旨で一貫して申し上げたわけで」(同)

 何のことはない。菅氏は海水注入による再臨界を懸念し、再検討を指示したことを国会で明確に認めているのである。

 当時、首相補佐官だった民主党の細野豪志政調会長も同年5月22日のフジテレビ番組で「菅首相が再臨界について心配していたのは事実だ」と語っている。

 また、菅氏がブログで、当時の班目春樹・原子力安全委員長について「斑目さんは私の質問の意味を理解したうえで『(再臨界の)可能性はゼロではない』と答えた」とも書いている点も疑問だ。班目氏自身は後に、インタビュー録『証言・班目春樹 原子力安全委員会は何を間違えたのか』でこう回想している。 

 「菅さんも菅さんで、自ら(海水注入による)再臨界の懸念を口にしたかどうかについて、国会答弁で認めたり認めなかったり二転三転した挙句に、最後は否定しています。当初は、私のせいにしていましたが、国会事故調の公開の聴取では、東電の武黒さん(一郎・東電フェロー)が勝手に現場に指示したことだ、とも言っています。(中略)菅さんと経産官僚は、自己弁護が過ぎるようです」

意思疎通に難点
 ちなみに、班目氏は同書で、菅氏との意思疎通の難しさについて次のように繰り返し強調している。

 「あたり構わず怒鳴り散らす菅さんのエキセントリックな性格には、私も含め周囲が対応に相当、苦慮していました」

 「怒鳴るだけでなく、人の話もちゃんと聞かない。話を遮り、思い込みで決め付ける」

 「この人は、物事を混乱させ、ややこしくする」

 菅氏がいかに自身の過去の言動を美化し、正当化しようとも、反証はいくらでも出てくる。

 この際、もう一度好きなお遍路にでも行って、自分を見つめ直してきたらいかがだろうか。
(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース2015.12.17
http://www.sankei.com/life/news/151217/lif1512170002-n1.html

「あたり構わず怒鳴り散らす」 「エキセントリック」
国会でも、関係ないことを長々話して段々ヒートアップして声を荒げるのは日常茶飯事でしたからね

_人人人人_ 
>  イラ菅 < 
 ̄Y^Y^Y^Y 

福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明=おわびあり
木村英昭 宮崎知己2014年5月20日03時00分

〈おわび〉
 朝日新聞は東京電力福島第一原発事故の政府事故調査・検証委員会が作成したいわゆる「吉田調書」を、政府が非公開としていた段階で独自に入手し、今年5月20日付朝刊で第一報を報じました。その内容は、「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福島第一原発にいた東電社員らの9割にあたる約650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」というものでした。吉田所長の発言を紹介して過酷な事故の教訓を引き出し、政府に全文公開を求める内容でした。

 しかし、その後の社内での精査の結果、吉田調書を読み解く過程で評価を誤り、「命令違反で撤退」という表現を使った結果、多くの東京電力社員らがその場から逃げ出したかのような印象を与える間違った記事だったと判断しました。「命令違反で撤退」の表現は誤りで、記事を取り消すとともに、読者及び東電のみなさまに深くおわびいたします。(2014年9月11日)

 東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を朝日新聞は入手した。それによると、東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。

■所員9割、震災4日後に福島第二へ
 吉田調書や東電の内部資料によると、15日午前6時15分ごろ、吉田氏が指揮をとる第一原発免震重要棟2階の緊急時対策室に重大な報告が届いた。2号機方向から衝撃音がし、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったというものだ。2号機の格納容器が破壊され、所員約720人が大量被曝(ひばく)するかもしれないという危機感に現場は包まれた。

 とはいえ、緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していなかった。この時点で格納容器は破損していないと吉田氏は判断した。

 午前6時42分、吉田氏は前夜に想定した「第二原発への撤退」ではなく、「高線量の場所から一時退避し、すぐに現場に戻れる第一原発構内での待機」を社内のテレビ会議で命令した。「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」

 待機場所は「南側でも北側でも線量が落ち着いているところ」と調書には記録されている。安全を確認次第、現場に戻って事故対応を続けると決断したのだ。

 東電が12年に開示したテレビ会議の録画には、緊急時対策室で吉田氏の命令を聞く大勢の所員が映り、幹部社員の姿もあった。しかし、東電はこの場面を「録音していなかった」としており、吉田氏の命令内容はこれまで知ることができなかった。

 吉田氏の証言によると、所員の誰かが免震重要棟の前に用意されていたバスの運転手に「第二原発に行け」と指示し、午前7時ごろに出発したという。自家用車で移動した所員もいた。道路は震災で傷んでいた上、第二原発に出入りする際は防護服やマスクを着脱しなければならず、第一原発へ戻るにも時間がかかった。9割の所員がすぐに戻れない場所にいたのだ。

 その中には事故対応を指揮するはずのGM(グループマネジャー)と呼ばれる部課長級の社員もいた。過酷事故発生時に原子炉の運転や制御を支援するGMらの役割を定めた東電の内規に違反する可能性がある。

 吉田氏は政府事故調の聴取でこう語っている。

 「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」

 第一原発にとどまったのは吉田氏ら69人。第二原発から所員が戻り始めたのは同日昼ごろだ。この間、第一原発では2号機で白い湯気状のものが噴出し、4号機で火災が発生。放射線量は正門付近で最高値を記録した。(木村英昭)

     ◇

 〈吉田調書〉 政府事故調が吉田氏を聴取した内容を一問一答方式で残した記録。聴取時間は29時間16分(休憩1時間8分を含む)。11年7月22日から11月6日にかけ計13回。そのうち事故原因や初期対応を巡る聴取は11回で、事務局に出向していた検事が聴取役を務めた。場所はサッカー施設Jヴィレッジと免震重要棟。政府事故調が聴取したのは772人で計1479時間。1人あたり約1・9時間。原本は内閣官房に保管されている。

     ◇

■全資料公表すべきだ
 《解説》 吉田氏が死去した今、「吉田調書」は原発事故直後の現場指揮官が語る唯一の公式調書だ。肉声がそのまま書き残され、やりとりは録音されている。分量はA4判で400ページ超。事故対応を検証し、今後の安全対策にいかす一級の歴史的資料だ。

 ところが、政府事故調は報告書に一部を紹介するだけで、多くの重要な事実を公表しなかった。中でも重要な「9割の所員が待機命令に違反して撤退した」という事実も伏せられた。

 事故の本質をつかむには一つひとつの場面を具体的な証言から再現・検証する必要がある。国は原発再稼働を急ぐ前に、政府事故調が集めた資料をすべて公表し、「福島の教訓」を安全対策や避難計画にいかすべきだろう。

 吉田調書にはこのほかにも国や東電が隠している事実が多く含まれ、反省材料が凝縮されている。私たちは国や東電の事故対応の検証を続けていく。(宮崎知己)
朝日新聞DIGITAL2014.5.20
http://www.asahi.com/articles/ASG5L51KCG5LUEHF003.html


葬られた命令違反 吉田調書から当時を再現=おわびあり
木村英昭 2014年5月20日03時05分
(おわびは上記記事と同じものであるため省略:筆者)
福一命令違反の経緯

 東京電力福島第一原発の9割もの所員がなぜ、所長の待機命令に違反して現場を離脱したのか。「吉田調書」などをもとに当時を再現する。

■公開を覚悟し証言
 吉田調書には、第一原発所長だった吉田昌郎氏が第1回聴取で「お話しいただいた言葉はほぼそのままの形で公にされる可能性がある」と通告され、「結構でございます」と即答したことが記録されている。吉田氏は自らの発言が公になることを覚悟していたのだ。
(※調書非公開を求める吉田昌郎氏による上申書
 :http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/20140523_jyoshinsyo/jyoshinsyo.pdf:筆者)

 2011年3月14日午後6時28分、吉田氏は免震重要棟の緊急時対策室にある円卓の自席で、2号機への注水に使っていた消防車が燃料切れで動かなくなったという報告を聞いた。

 原子炉の圧力がやっと下がり、冷却水が入れられるようになった矢先のトラブル。原子炉格納容器が壊れる恐れがあり、吉田氏は「1秒1秒胸が締め付けられるような感じ」と聴取で振り返っている。廊下に出て誰もいないことを確認し、PHSの番号を押した。

 「9109……」。一番つながりやすかった東電本店経由でかける方法だ。本店の頭越しにかけた電話の先は、細野豪志首相補佐官だった。

 「炉心が溶けてチャイナシンドロームになる」

 チャイナシンドロームとは高温で溶けてどろどろになった核燃料が鋼鉄製の格納容器に穴を開けることで、全てを溶かして地球の裏側へ進む架空の事故を題材にした映画の題名が由来だ。

 吉田氏は続けた。

 「水が入るか入らないか賭けるしかないですけども、やります。ただ、関係ない人は退避させる必要があると私は考えています」

 「1号、3号と水がなくなる。同じようなプラントが三つでき、すさまじい惨事ですよ」

 細野氏は「所長の言う緊急事態というのはよく分かりました。ただ、まだあきらめないで頑張って下さい」と言った。

 吉田氏は「退避を考えた方がいい」と東電本店にも電話で伝えた。

 「2号機はこのままメルト(炉心溶融)する」

 「放射能が第二原発に流れ、作業できなくなる」

 吉田氏からの深刻な報告に、東電本店は撤退準備を急いだ。福島第二原発への撤退のタイミングなどを盛り込んだ「退避基準」の作成や、緊急時対策室を第二原発へ移す検討を始めた。

 吉田氏は聴取で「清水(正孝)社長が撤退させてくれと菅(直人)さんに言ったという話も聞いている」と証言している。

 吉田氏も事故対応とかかわりの少ない人の撤退には動いた。下請け作業員を帰らせ、第二原発に移動するバスを手配した。「樋口君という総務の人員」を呼び、「運転手は大丈夫か」「燃料入っているか」「(バスを)表に待機させろ」と指示したという証言が吉田調書にある。

 福島第二への撤退準備は着実に進んでいた。後はタイミングだった。

■線量上昇せず、待機命令
 翌15日も事態は好転しなかった。2号機の核燃料が壊れているという試算も伝えられた。午前3時12分には中央制御室の伊沢郁夫当直長から「炉への注水はできていないと推測している」と報告が届いた。

 そして、午前6時すぎ。衝撃音が緊急時対策室に響いた。吉田氏は白い防災ヘルメットをかぶった。

 2号機の格納容器下部の圧力抑制室の圧力が「ゼロになったという情報」と「ぽんと音がしたという情報」が、中央制御室からほぼ同時に入ってきた。

 2号機格納容器の爆発が疑われる事態だった。

 計器を確認させると、格納容器の上部側の圧力は残っていた。吉田氏は「(格納容器が)爆発したということはないだろうな」と思ったが、圧力計が壊れている可能性は残るため、「より安全側に判断すれば、それなりのブレーク(破損)して、放射能が出てくる可能性が高い」と考えた。

 吉田氏は一方で、構内や緊急時対策室内の放射線量はほとんど上昇していないという事実を重くみた。様々な情報を総合し、格納容器は壊れていないと判断。現場へすぐに引き返せない第二原発への撤退ではなく、第一原発構内かその付近の比較的線量の低い場所に待機して様子を見ることを決断し、命令した。

 ところが、その待機命令に反して所員の9割が第二原発へ撤退した。吉田氏は「次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2F(第二原発)に行ってしまいましたと言うんで、しょうがないな」と思ったとも聴取で語っている。

 吉田氏が驚いたのは、第二原発に離れた中にGMと呼ばれる幹部社員がいたことだ。東電の社内規則は過酷事故発生時に原発の運転員を束ねる当直長に助言する支援組織を立ち上げ、部長級の所員やGMがメンバーに入るとしている。そのメンバーが離脱していれば規則違反だ。

 吉田氏は連絡を入れ、こう命じた。

 「まずGMから帰ってきてくれ」

■公式見解、切り張り
 吉田調書に基づく当時の再現は、東電の公式見解が都合の悪い事実に触れていないことを示している。

 朝日新聞が入手した東電の内部資料には「6:42 構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう(所長)」と記載がある。吉田調書と同じ内容だ。命令の少し前に「6:34 TSC(緊急時対策室)内線量変化なし」と報告があったとの記載もあった。

 東電は自らの事故調査報告書で、同じ内部資料から「一旦(いったん)退避してパラメーターを確認する(吉田所長)」「最低限の人間を除き、退避すること(清水社長)」「必要な人間は班長が指名(吉田所長)」という部分だけを引用し、次のような公式見解を示した。

 《吉田氏が一部退避を決断→清水社長が確認・了解→約650人が第二原発へ退避し、約70人が残留》

 これは、適正な手続きで第二原発へ撤退したという印象を与えるものだ。

 しかし、吉田氏が最終的に「すぐに現場に戻れる第一原発構内へ一時退避して待機する」よう命じたことを、東電は報告書に記さなかった。幹部社員を含む所員9割の「命令違反」の事実は葬られたのだ。
 
    ◇

■東電「第二も視野に入れた指示」

 東電広報部は、第二原発に撤退した中にGMがいたことを認めた上で、「一時退避した所員の具体的な内訳は集約していない」として具体的な役職など詳細は明らかにしなかった。吉田氏の待機命令に違反したことについては「吉田所長の指示は、構内に線量の低いエリアがなければ第二原発も視野に入れて退避せよというもので、第二原発への一時退避は指示に違反していない」とし、吉田調書と異なる回答をした。

 政府事故調の畑村洋太郎・元委員長は「外に出すべきものは報告書にみんな入れたつもりだ。報告書に載せたこと以外は口外しないのが約束だ」と取材に答えた。
 
    ◇

■担当記者はこう見た
 暴走する原子炉を残し、福島第一原発の所員の9割が現場を離脱したという事実をどう受け止めたら良いのか。吉田調書が突きつける現実は、重い課題を投げかけてくる。

 吉田氏は所員の9割が自らの待機命令に違反したことを知った時、「しょうがないな」と思ったと率直に語っている。残り1割の所員も原子炉爆発の場合の大量被曝を避けるため、原子炉を運転・制御する中央制御室でなく、免震重要棟2階の緊急時対策室にほぼ詰めており、圧力や水位など原子炉の状態を監視できない時間が続いた。

 吉田調書が残した教訓は、過酷事故のもとでは原子炉を制御する電力会社の社員が現場からいなくなる事態が十分に起こりうるということだ。その時、誰が対処するのか。当事者ではない消防や自衛隊か。原発事故に対応する特殊部隊を創設するのか。それとも米国に頼るのか。

 現実を直視した議論はほとんど行われていない。自治体は何を信用して避難計画を作れば良いのか。その問いに答えを出さないまま、原発を再稼働して良いはずはない。(木村英昭)
朝日新聞DIGITAL2014.5.20
http://www.asahi.com/articles/ASG5M5RS6G5MUUPI00R.html

週刊金曜日の記事がBLOGOSに載っていて目を疑ったわけだが

『『朝日』記事は「誤報」ではない──約650人の原発作業員の福島第二原発への退避を吉田所長は知らなかった』2014.11.13
(1)http://blogos.com/article/98712/
(2)http://blogos.com/article/98714/
(3)http://blogos.com/article/98716/
(4)http://blogos.com/article/98717/
参考http://blogos.com/article/98726/

(4)まであって長いので、特に問題だと思った(3)を中心に気になるところを引用する

(2)
東京電力は3月15日午前8時30分過ぎから本店で開いた記者会見で、実態とは符合しない次のような発表をしている。

「午前6時14分頃、福島第一原子力発電所2号機の圧力抑制室付近で異音が発生するとともに、同室内の圧力が低下したことから、同室で何らかの異常が発生した可能性があると判断しました。今後とも、原子炉圧力容器への注水作業を全力で継続してまいりますが、同作業に直接関わりのない協力企業作業員および当社職員を一時的に同発電所の安全な場所などへ移動開始しました」

「同発電所」とは福島第一を指している。この時間はすでに所員が福島第二に到着している時間だ。東電はなぜ福島第二に所員が行ってしまったことを会見で発表しなかったのだろうか。


(4)
残された謎がある。誰が所員を福島第二に移動させたのかという点である。海渡弁護士が言う。

「吉田所長は、『ダブルのラインで話があった』と言っています。私の推測では、東京電力最高幹部らは、吉田所長の指示とは別に、70人程度の要員を残し、緊急事故対策にも必要な者を含む650人を福島第二に退避させたのではないか。このように考えると吉田所長のダブルのラインという話とも符合し、前後の事態が合理的に説明できます」

にわかには信じがたい推測だが、重要な問題提起だ。木野さん(ジャーナリスト木野龍逸氏:筆者)は「事実解明には、政府事故調や国会事故調の作成した他の調書を公開する必要があります。吉田調書を表に出した『朝日』記者はほめられるべきで、他紙は『朝日』を叩くより更なる情報公開を求めるべきです」と強調する。


上記2点は門田隆将氏の言ってることで説明できる

菅元首相が直前に「逃げようったって逃げ切れないぞ!」と大演説したので
官邸・本店に対しては「1Fに一時退避」と言い
現場に対しては「2Fに退避」と言った

門田氏は同様の例として
官邸・本店に対しては「海水注入一時停止」と言い
現場に対しては「絶対に止めるな」と言ってた
ことを挙げた
29p9

1F構内の線量が高かったのは朝日新聞が報じている
つまり
1F構内の線量の低いところに退避という命令自体があり得なかったはずだが
吉田所長は「1F構内に留まれ」と言ったのか? 
もしこの命令が妥当だとするなら構内の線量が高かったという記事は取り消しすべきとなる

(3)
所長の指示に違反

福島第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が約10キロ南の福島第二原発に行っていたのは報道されているとおりだ。「退避」が吉田所長の意に反していたことも吉田調書から明確に読み取ることができる。

〈本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。〉

〈私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。〉

吉田所長は調書で〈よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思った〉とも答えている。だが、これは所員が福島第二に行ってしまったことを聞いた後の感想だ。つまり「追認」だ。最高指揮官が、部下がどこに行ったのかも知らなかったということを認めた発言だと言える。原発事故のさなかにこんなことがあっていいのだろうか。東電の指揮命令系統は機能していなかった。

原発訴訟に長年取り組んできた海渡雄一弁護士はこう分析する。

「650人の作業員の大半の者たち、とりわけ下請け作業員らに吉田所長の『必要な要員は残る』という指示は徹底されていませんでした。東電社員の指示に従って移動したという認識でしょうから、『朝日新聞』に〈所長命令に違反〉と書かれたことに違和感があったことは理解できます。しかし、吉田所長自身が『しようがないな』と言うように、所長の指示には明らかに反した状態になっていたのは間違いありません。
ただ、事故を引き起こした東京電力の経営幹部の法的責任は徹底的に追及しなければなりませんが、命がけで事故への対応に当たった下請けを含む原発従業員に対しては社会全体で深く感謝するべきです」

吉田調書によると、事故対策にあたる緊急対策本部の人員は約400人。高線量区域には長くとどまれないため、機器操作は多人数の作業員が交代で行なう必要があった。事故後、福島第一に取材で4回入ったジャーナリストの木野龍逸さんは次のように話す。

「福島第一と第二の間は約10キロとはいえ、地震で道がグズグズでしたから30分程度は移動にかかっていたようです。現場から所員がいなくなったのは事実。吉田調書で判明したことも多く、『朝日』の調査報道には大きな意味があった」

前出の海渡弁護士も「この時点で吉田所長の指揮下に残された約70人どころか、緊急対策本部要員の400人でも足りず、さらに作業員を追加して集中的な作業をしなければならない状況でした」と分析している。

東京電力のホームページによると、2号機については3月15日の午前7時20分から午前11時20分まで事故の収束作業に不可欠なデータを記録できておらず、1・3号機も同様だった。

(つづく、伊田浩之・編集部、2014年10月10日号)


(´・ω・`)また海渡雄一か
海渡雄一&福島みずほ
http://www.nytimes.com/2011/08/20/world/asia/20kaido.html 
海渡雄一氏and福島みずほ議員(夫婦別姓)

海渡氏は記事撤回は不当とする記者の申し立ての後押しもしていますね
「記事取り消しは不当」吉田調書記者の反乱 


やけに緊急対策本部の人員は約400人にこだわっているようだが
400人いなかったから対応が遅れ事故に繋がったというのが彼らの主張で
朝日新聞が記事を撤回してそこを覆されると非常に都合が悪いようだ
関わっている訴訟に差支えでもあるんでしょうか?

2011.7.22『事故時の状況とその対応について』p27、28
22p27
22p28上
http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai/020_koukai.pdf

しかしですね
杉浦元役員「私が言ったのは、待機命令を聞いた上で逃げた東電職員がどれくらいいるかを示さないと、無理だと。反論に堪えられないだろうと。だがその後、本当に命令を聞いた上で逃げた人が出てこなかった。それで取り消しはやむを得ないとなりました」
(-@Д@)<社長が検証記事を握りつぶしたニダ 

この一言に尽きる
つまり
「ファクトがない」

ここは有田芳生先生に一言言ってもらおう
有田芳生恥ずかしいことはもうやめましょう
https://www.youtube.com/watch?v=Lhlois7tcPQ

アキラメロン
 

朝日新聞社「報道と人権委員会」の報告書が出た

吉田調書報道「公正で正確な姿勢欠けた」 報道と人権委

 朝日新聞社の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)は12日、東京電力福島第一原発の元所長・吉田昌郎氏(故人)に対する政府事故調査・検証委員会の聴取結果書「吉田調書」をめぐり、同社が今年5月20日付朝刊で報じた記事について見解をまとめた。調書の入手は評価したものの、「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」として、同社が記事を取り消したことを「妥当」と判断した。

 PRCはまた、報道後に批判や疑問が拡大したにもかかわらず、危機感がないまま迅速に対応しなかった結果、朝日新聞社は信頼を失ったと結論づけた。

 1面記事「所長命令に違反 原発撤退」について、①「所長命令に違反」したと評価できる事実はなく、裏付け取材もなされていない②「撤退」という言葉が通常意味する行動もない。「命令違反」に「撤退」を重ねた見出しは否定的印象を強めている――と指摘。

 吉田調書には、指示が的確に伝わらなかったことを「伝言ゲーム」にたとえたほか、「よく考えれば2F(福島第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った」という発言もあったが、記事には掲載しなかった。PRCは「読者に公正で正確な情報を提供する使命にもとる」とした。

 2面記事「葬られた命令違反」については、「吉田氏の判断に関するストーリー仕立ての記述は、取材記者の推測にすぎず、吉田氏が述べている内容と相違している。読者に誤解を招く内容」と指摘した。

 一方、吉田調書を入手して政府に公開を迫り、原発の重大事故への対処に課題があることを明らかにしたことは「意義ある問題提起でもあった」と評価した。

 PRCは取材過程や報道前後の対応も検証。情報源の秘匿を優先するあまり、調書を読み込んだのが記事掲載の直前まで2人の記者にとどまった▽紙面製作過程で記事や見出しに疑問がいくつも出たのに修正されなかった▽上司たちが取材チームを過度に信頼し、役割を的確に果たさなかった――などの問題点を指摘した。

 社外からの批判と疑問を軽視し、行き過ぎた抗議を行ったとして、編集部門と広報部門のあり方を見直すよう提言。新聞ジャーナリズムの柱の一つである調査報道をより組織的に展開するための改革を求めた。

 またPRCは、朝日新聞の総合英語ニュースサイト「AJW」に「東電の所員は命令を無視して福島原発から逃げた」という見出しが掲載され、海外にも誤解が広まったと指摘した。

 一方、デジタル版の特集については、本文の一部を訂正するよう求めた。

 PRCは吉田調書や東電の内部資料など約60点を精査。取材記者ら延べ26人から直接聞き取り、37人から報告書の提出を受けた。
     ◇

 〈西村陽一取締役・編集担当の話〉 報道と人権委員会(PRC)から「読者の視点への想像力と、公正で正確な報道を目指す姿勢に欠ける点があった」と報道機関の基本に関わる厳しいご指摘を受けました。重大な誤りを引き起こした責任を痛感しています。東京電力福島第一原子力発電所の方々をはじめ、みなさまに改めて深くおわび申し上げます。

 私たちは報道の原点に立ち返り、社外の方々の意見や批判、疑問に耳をすまし、新聞づくりに生かす仕組みをつくります。また、PRCの提言を受け、調査報道を強化するため、より組織的に展開する改革に取り組みます。全社員が全力で信頼回復に努めることをお誓いいたします。
朝日新聞DIGITAL2014.11.12
http://www.asahi.com/articles/ASGCD4WQJGCDUEHF00F.html


『「福島原発事故・吉田調書」報道に関する見解』
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/prc20141112.pdf

調査報告書は意外にも(失礼)まともだったのだが
朝日PRC報告1
「吉田調書を入手し、その内容を記事とし、政府に公開を迫るという報道は高く評価できる」 
( ゚Д゚)はぁ?何を言ってるんだオマエは

非公開前提の調書なのに公開したのを「高評価」だとすると
この先「非公開」は担保はされないことになる
この吉田調書騒動は今後情報公開には慎重にならざるを得ない状況を作ったといえるだろう
参考→「吉田調書」を正しく読み解くための3つの前提

そして吉田調書は誰がリークしたのか?
菅元首相周辺ではないかと言われているわけだが
週刊新潮・「吉田調書」誤報の影に「菅直人」元総理の昵懇記者 

ここはおからさんに一言言ってもらおう
岡田克也wiki画像

岡田克也「機密漏洩は厳罰をもって処する」 
キャー(´・ω・`)・ω・`)コワーイ

関連記事はこちらから→【吉田調書問題TOP】



SAPIO2014.4号
p15~17
長く続ければ続けるほど儲かる、「放射能が恐い」世論を悪用して大暴走
IAEAが不要と断じた「1ミリシーベルト以下」除染で5兆円利権がゼネコンと自民党を潤している
本誌編集部

 「福島の復興のためには、まず除染が必要だ」ー政府の掛け声のもとに莫大な予算がつぎ込まれている。さらに国は「除染事業が計画通りに進まない」として作業期間を延長した。この終わりなき作業によって潤っているのが除染を行う業者と政治家だ。

 放射性物質を取り除くための除染作業の予算は震災直後に組まれた11年度補正予算での2459億円を皮切りにどんどん金額が積み増されていった。14年度予算案には4924億円が計上され、これまでの総額は1兆8899億円にのぼる。
 この金額はまだまだ膨れ上がる。作業が全計画通りに進んでいないからだ。
 放射性物質汚染対処特措法に基づく除染事業は2つに分かれる。国が直轄事業として除染を行うのが、「除染特別地域(福島第一に近い11市町村)」。それ以外で放射線量が年間1ミリシーベルト以上(自然界から受ける放射線量を除く。以下同)の「除染実施区域」については自治体が除染する。国は年間1ミリシーベルト以下にすることを目標に掲げている。
 当初、国が直轄で除染を行う地域はこの3月末で作業が完了する予定だった。しかし昨年末に環境省は起源の大幅延長を発表。南相馬市など4市町村について17年3月末までを期限とする予定に組み直した。自治体による除染も同様で、福島県内では作業の実施率は住宅地で約40%、道路で約30%、森林で約20%といった低い数字が並ぶ(13年12月末時点)。
 専門家の間では1ミリシーベルトにするにはさらなる期限の延長が必要との見方もあり、産業技術総合研究所のグループは除染にかかる総額を5兆円以上と試算した。

「誰にでもできる作業」で日当は1万5000円
 17ページの囲み記事で大前研一氏が指摘する通り(これは引用割愛した:筆者)、この年間1ミリシーベルト以下という目標が合理性の低いものであることは、世界の専門家の常識だ。昨年来日した国際原子力機関(IAEA)専門家チームも「1ミリシーベルトにこだわる必要はない」と述べている①
 にもかかわらず巨額予算がつぎ込まれる除染とはどのような作業なのか。除染作業員はこう証言する。
「作業は主に3種類あります。1つめは地面の土の表面をスコップで剥がして、その土をトンパック(大袋)に入れること。2つめは草刈りや伐採。3つめは洗浄です。家の壁や道路を水で洗う。スピナーと呼ばれる器具で水を吹き付けたり、デッキブラシでこすったりして、使った水は専用の処理機に入れます。屋根の洗浄だけは鳶職がやりますが、それ以外は正直言って誰でもできる作業です」
 そうした単純作業を繰り返して年間1ミリシーベルト以下という目標値を目指していくのだが、「雨が降れば道路や排水溝などは再除染が必要になる」(同前)といったことはざら。つまり1ミリシーベルト以下は”終わりのない旅”なのである。
 そんな無意味な作業を続けるのは、業者と政治家にとって除染が「カネのなる木」だからだ。
 通常、公共事業に長い時間をかけて湯水のごとく予算を使えば世論の批判を招く。しかし除染については「放射能は低ければ低いほどいい」「徹底的に取り除くべきだ」と一部世論がむしろ積極的に後押ししてくれる。しかも専門技能を持つ現場作業員を集める必要はない。公共事業が削られ続けた中で、除染事業は”貴重な存在”である。別の除染作業員はこんな言い方をする。
「作業員はみんな、『なんでこんな無駄なことをしているんだろう?』と感じていますよ。自治体発注の年間数ミリシーベルト程度の低線量地区が多く、除染しているすぐそばで買い物に行く人やジョギングしている人がいます。自分のやっていることに疑問を抱くのは当然です。
 まあ、それでも日当が1万5000円くらいで普通の土木工事よりはいいのでやっていますが・・・・」
 除染作業員の募集広告をみると「初心者歓迎」「高収入のお仕事」といった文言が並ぶ。まるで性風俗産業の広告のようだ。そして、「高収入」を払ってもなお業者が利益を出せるということである。
 福島県の除染基準洋行によれば戸建住宅1軒の除染費用の目安は70万円で、「1軒の除染に4日、5~6人でやったとして一人で一日3万円弱稼いだ計算」(同前)ということになる。現場作業員は地元の三次、四次下請けの業者にやとわれていることが多いという。業者が各段階でマージンを取っても十分に利益が出る。
 これら除染事業は大手ゼネコンを中心としたJVが見事な棲み分けで落札している。13年度発注の事業でいくつか例を挙げると、
●大熊町/清水建設・大林組などのJV、契約額151億2000万円
●南相馬市/大成建設などのJV、241億2900万円
●富岡町/鹿島建設などのJV,573億3000万円
 といった具合だ。
 ゼネコン各社は本格的な除染事業が始まる前の11年に、日本原子力研究開発機構からの委託(随意契約) で実験的な除染モデル事業を行っている。多くの自治体ではモデル事業を行ったゼネコンがそのまま本事業も落札した。しかも復興庁の行政事業レビューシートを見ると契約額の大きい除染工事の落札率はいずれも90%を超え、中には1社しか入札していない工事もある。普通の公共事業なら官製談合を疑う声が出てもおかしくないケースだが、ここでも除染は特別視されて批判を免れている。ともあれ単純作業ばかりの巨額事業、競争相手もいない入札で業者はボロ儲けできる仕組みなのだ。

福島県の企業・団体から自民への献金は8・5倍増
 そして恩恵を受けた業者は儲けのタネを生み出してくれる政治に献金で向き要る。ゼネコンのみならず、下請けの事業者もだ。ここだけは他の皇居王事業を全同じ政・官・業の悪しきトライアングルが踏襲されているl。自民党が政権に復帰した12年、当の政治資金団体である「国民政治協会」には福島県の企業、団体からの献金が急増した。48の企業・団体からの献金額は約1730万円にのぼり、11年の実に約8・5倍の額だ。これは他の被災地(岩手/14社・団体、217万円。宮城/12社・団体、約292万円)と比べて突出して多い。
 県内の建設業者で構成される福島県建設業協会は、協会として140万円を寄付しただけでなく、傘下にある7支部が計348万円を献金した。これら支部の所在地は県内で除染が進められている地域と面白いほど重なっており、いずれも安倍自民が勝利した総選挙(12年12月16日)の直後に献金を行った。
 もちろん大手ゼネコンも大林組、鹿島建設が各814万円、清水建設、大成建設が書く810万円と献金を欠かさない。それら大手ゼネコンは除染の研究、技術発展を目的として学識経験者と民間企業が立ち上げた環境放射能除染学会にも参加し、幹部が役員として名を連ねる。一方で、福島県内の中堅建設業者幹部はこう語る。
「ゼネコンは新技術の導入に積極的ではなかった。水で洗い流すのではなく、自動車の研磨などに使う工具で壁の表面の放射性物質を除去する技術などは内閣府の実証実験でも効果が確認されたが、現場では費用がかかるのでほとんど採用されず単純作業ばかりが繰り返されてきた。除染を早く終わらせることよりも、より長くより多くのカネをかけてやるほうが潤うという発想だったのではないか」
 やはりここにも被災地の復興という視点はない。
 現在の放射性物質汚染対処特措法の枠組みでは、除染費用は国が立て替えた後に東京電力に請求することになるが、東電側は一部しか支払いに応じていない。総費用が数兆円に及ぶとなれば、そもそも支払能力がない。そして結局、昨年11月には自民党の東日本大震災復興加速化本部(大島理森本部長)が除染を国費負担とすることを安倍首相に提言。安倍首相は「重く受け止める」とし、国が前面に立って除染を進める姿勢を示した。さらなる予算投入には前向きだが、科学的知見をベースにした「本当に必要は除染」とはどのレベルのものなのかを国民に示していこうとする気配はない。
「復興のため」という金科玉条の裏側で被災者不在の新たな利権構造が猛スピードで構築されている。


昨年来日した国際原子力機関(IAEA)専門家チームも「1ミリシーベルトにこだわる必要はない」と述べている

産経ニュース
『「1ミリシーベルトこだわらない」除染目標でIAEA団長 環境相に中間報告書』2013.10.21

産経新聞IAEAレンティッホ団長1ミリシーベルトこだわらない

http://sankei.jp.msn.com/life/news/131021/trd13102119130019-n1.htm

カルロス・レンティッホ団長
IAEA調査団レンティッホ団長
http://www.47news.jp/CN/201305/CN2013051901001478.html

SAPIOの言わんとすることも分からんでもないが
そもそもは民主政権の1ミリシーベルト縛りが原因で
産経ニュース
『首相主導の「縦割り」排除、ネックは除染 民主政権の1ミリシーベルト縛りが足引っ張る』 2013.10.20
20
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131020/plc13102000470000-n1.htm

まして手抜き除染をスクープとする某朝日新聞が
発覚したその日に大臣が登庁せずとか書くようでは
除染の軌道修正は難しいんじゃないかなあ・・
と思う次第でございます(´・ω・`) 

参考
「手抜き除染」報道に自作自演疑惑 補足資料 

吉田調書問題からうっかり首突っ込んでしまいちまちま資料を読む毎日(´・ω・`)
記事が多くなってきたのでTOPを作りました

朝日新聞は事実ではないことを元にろくでもないキャンペーンを張ります

今朝日新聞が仕掛けようとしている動物殺処分をなくそうという「TOKYO-ZERO」キャンペーン
これも調べている限り事実ベースでの間違いがあり
吉田調書問題のように、近い将来ろくでもないことになるでしょう


【youtube】デマゴーグ ― 反日と無知に穢された「吉田調書」 

4つの事故調
4つの事故調
『福島第一原発事故と 4 つの事故調査委員会』
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3526040_po_0756.pdf?contentNo=1

国会事故調
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/
政府事故調ヒアリング記録(吉田調書含)
http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai/hearing_list.html 
吉田昌郎所長上申書(吉田調書非公開を求めるもの)
http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/20140523_jyoshinsyo/jyoshinsyo.pdf

★吉田調書★
朝日新聞「吉田調書」記事
【吉田調書】世界一の反日新聞 (-@∀@)
週刊新潮・「吉田調書」誤報の影に「菅直人」元総理の昵懇記者 
門田隆将・朝日新聞「吉田調書」報道の罪 1~3 
門田隆将・朝日新聞「吉田調書」報道の罪 4~6
「吉田調書」を正しく読み解くための3つの前提  
吉田所長は「1F構内に留まれ」と言ったのか? 
吉田所長は「1F構内に留まれ」と言ったのか? 補足資料 
吉田調書報道は誤報じゃないニダと言い張る人達

★東電撤退問題★
2012.5.28 国会事故調 菅直人参考人 
国会事故調・「全面撤退」か「一部退避」か、その真相 

★手抜き除染★
朝日・手抜き除染スクープ
「手抜き除染」報道に自作自演疑惑 補足資料

週刊新潮・やらせ疑惑告発
週刊新潮・新聞協会賞 「手抜き除染」キャンペーンに自作自演の闇がある!
作業員H氏→反原発工作員でした

朝日反論
「手抜き除染」報道、朝日の反論 

週刊新潮・再反論
週刊新潮・「手抜き除染」に新聞協会賞の資格があるか!

★朝日新聞★
「記事取り消しは不当」吉田調書記者の反乱
(-@∀@)「菅さんが東京を救った!」←それはない
国会事故調が気に入らない朝日新聞記者の方々
(-@Д@)<社長が検証記事を握りつぶしたニダ
アカヒOB「「命令違反」があったのか否かは本質的な問題ではない」 
朝日新聞社「報道と人権委員会」記事取り消しは妥当 

特別報道部
朝日、誤報の“エリート集団”解体か 調査報道の花形「特報部」 
週刊新潮 ・今や針のムシロに座らされた「吉田調書」スクープ班が待つ処分 

参考
朝日新聞吉田調書報道に対する2chコメント
watch@2チャンネルさん
『福島第一の原発所員、待機命令を無視して3月15日に9割が撤退していたことが判明 事故対応に影響か』
2014.5.20
http://www.watch2chan.com/archives/38920336.html 

井上久男『「内なる敵」に沈む朝日新聞』
朝日誤報騒動の背後に読者不在の社内派閥抗争 
「吉田調書」続報を社会部系幹部が潰す


 9月11日、朝日新聞社の木村伊量社長は記者会見を開き、「吉田調書」報道の取り消しを表明、それを前面に打ち出して謝罪した。同時に一連の従軍慰安婦検証報道で誤報を認めながら謝罪しなかった点と、それに関するジャーナリスト・池上彰氏のコラム掲載見合わせ問題についてもお詫びした。

 一連の騒動勃発から謝罪に至るまでの経緯の裏側には、朝日社内における読者不在の反省なき権力闘争があり、今も続いている。
 
 そもそも朝日社内では、この「吉田調書」報道をめぐっては、世間から批判を受ける前にも社内バトルがあったといわれる。それは、2014年新聞協会賞申請をめぐる争いだ。申請にはまず社内選考があり、「徳州会から猪瀬直樹東京知事への5000万円献金疑惑」と「吉田調書入手」の2つのスクープが候補となった。前者は社会部、後者は特別報道部の担当である。まだ歴史が新しい特別報道部は、権力の監視を主に行う「調査報道」が中心の部署で、最近は輝かしい実績を積み上げ、12年に「プロメテウスの罠」、13年に「福島第一原発周辺の手抜き除染」①と2年連続で新聞協会賞を獲得した。どうしても、社会部は巻き返して協会賞を取りたく、「吉田調書」報道を潰したかったのである。朝日社内では、特別報道部と社会部が犬猿の仲であることを知らない者はいない。結局、社内選考は社会部が勝った。

 特別報道部の「吉田調書」取材班が、発掘した調書や関係者の証言、他の資料などと突き合わせてわかった新たなスクープの続報を出そうとすると、社会部系の上層部から待ったがかかったという。

「社会部出身の上級幹部が続報を出させないように圧力をかけてきて、新聞協会賞が終わるまで待てとの指示だったようです。続報を出さないと全体構造がわからないと、みな悔しがっていました。そして、新聞協会賞の選考が終って9月初めに続報を出そうとすると、あれは誤報だから処分すると急に言われたそうです。社長の責任逃れのために、『吉田調書』の誤報が大きく強調されたのだと思います」(朝日中堅幹部)。

 別の朝日関係者からは「外部の批判に乗じて、『吉田調書』が誤報であると広めたのは、特別報道部の解体を狙う社会部系幹部だ」との声も出始めている。

●社会部の責任逃れと特別報道部潰し
「吉田調書」報道が誤報だったのかどうかは微妙だ。世間では、従軍慰安婦検証報道で記事の一部に間違いがあることを認めたのに、それを謝罪しなかったことへの批判とごちゃ混ぜになってしまい、「朝日は誤報の巣窟」とのイメージが拡散しているが、冷静に見ていくと事実は異なる。

「吉田調書」報道では、東京電力職員が命令違反で逃げた事実がなかったとして謝罪したが、命令違反がなかったとは完全には言い切れない。本来、「吉田調書」報道の狙いは、原子力発電所が想定外の大きな事故や災害に見舞われると、作業に慣れた電力会社の社員の手でも制御不能となることを当事者が克明に語った生々しい記録を公開することで、国民的な議論を喚起し、原発再稼働の是非を問うことにあった②

 だから「命令違反」があったのか否か、東電社員たちが逃げたのかどうか、がんばった東電社員たちを貶めるものなかどうかは、本質的な問題ではない③。自分の命を懸けて働いた「美しい日本人たち」がいたかどうかも同様だ。「吉田調書」や他の資料・証言などと照らし合わせて、あの時、政府や東電はどのような判断を下し、何が起こっていたのかあぶり出し、問題提起していくことに意義がある。取材班は続報で、そのことを追及していくはずだったのに、内部の権力闘争に起因すると見られる嫌がらせによって、続報の出稿はストップされたという。

「命令違反」に関して行き過ぎた表現があったとしても、その報道姿勢は評価されて然るべきであり、国民の知る権利に応えようとする取材活動だったのではないか。誤解を恐れずに言えば、今回の対応を見ていると、「立小便で死刑宣告している」に等しい。

 筆者は、読者ら外部から誤報ではないかと指摘されたことを隠蔽して逃げろと言っているわけではない。行き過ぎた表現があるとすれば、そこをお詫びして、本来の報道の意義や姿勢について理解してもらうのが筋ではないか。その対応をしないことの合理的な理由がない。それをしないのは、木村社長の責任逃れや権力闘争が背景にあるからだ。

 木村社長は、「命令違反」はなかったと強調して謝罪することで、実は自分の判断ミス、具体的には従軍慰安婦検証報道後に謝罪しなかったことと、池上彰氏のコラム掲載を見合わせて批判を浴びたことの責任の大きさを相対的に下げて社長の座にしがみつこうとしているのではないか。そこに、社会部系幹部による特別報道部潰しの戦略がぴったり重なる。さらに言えば、従軍慰安婦報道の責任は社会部にあるので、社会部出身の上級幹部がその責任を目立たないようにするために、姑息にも「吉田調書」の謝罪を前面に打ち出すように画策した模様だ。

 権力闘争に明け暮れ、最後はトカゲのしっぽ切りで幕引きを図ろうとする朝日は、このままでは本当にコア読者層からも見放されるであろう。筆者はかつて朝日記者として約13年間勤務し、同社が嫌になって10年前にフリージャーナリストに転じたが、「嫌になった」対象は私の周辺にいた幹部連中である。フリーでも活動していける力が付いたのは、朝日で諸先輩方に鍛えられたからであり、「元朝日記者」というだけで一定の信用があるからだと今でも思っている。今では「天然記念物」にも近い存在になったようだが、社内には志の高い記者たちもまだ残っている。今の朝日の経営層の判断は、そうした志までも潰そうとしているように思えてならない。

 朝日は今、権力闘争という「内なる敵」に敗れて沈没寸前だ。今の苦境は、産経新聞や読売新聞、週刊誌などの批判によって生じたものでは決してない。言ってしまえば、自滅だ。ただ、朝日という会社には醜い点も多いが、良い点も少なからずある。過去に13年間お世話になった経験を踏まえて、朝日のことをこれから何回かに分けて語っていきたいと思う。
(文=井上久男/ジャーナリスト)
Business Journal 2014.9.19
http://biz-journal.jp/2014/09/post_6072.html

13年に「福島第一原発周辺の手抜き除染」
これもまた胡散臭いわけだが 
週刊新潮・新聞協会賞 「手抜き除染」キャンペーンに自作自演の闇がある! 

②作業に慣れた電力会社の社員の手でも制御不能となることを当事者が克明に語った生々しい記録を公開することで、国民的な議論を喚起し、原発再稼働の是非を問うことにあった。
③「命令違反」があったのか否か、東電社員たちが逃げたのかどうか、がんばった東電社員たちを貶めるものなかどうかは、本質的な問題ではない。

つまり
原発再稼働反対のためにはファクトは問題の本質ではないと
イデオロギー>>>>ファクトと
そういうことでございますか?

杉浦信之氏は
「待機命令を聞いた上で逃げた東電職員がどれくらいいるかを示さないと、無理だと。反論に堪えられないだろうと。だがその後、本当に命令を聞いた上で逃げた人が出てこなかった。それで取り消しはやむを得ないとなりました」 
と言ったそうだ
(-@Д@)<社長が検証記事を握りつぶしたニダ 

命令違反して逃げたニダって言いがかりつけたらつけた方に立証責任があるんでないの?
そんなことも分からんのかね?

この文章本気で書いてるのか疑わしくなるレベルだが・・

門田隆将さんは
「私は反原発とか原発推進とかどちらでもない。そんなことを書きたいのではなく、あの時何が起きたのか、現場にいた人がいかに戦ったのか、それを書きたい」
と言っていた
吉田所長は「1F構内に留まれ」と言ったのか? 

新聞が伝えるべきなのは
ファクトとイデオロギー
そのどちらなのかを身をもって知らないとだめみたいですね

(´・ω・`)つーかもう電気使わないで木版で新聞刷ってろ 

「木村伊量社長が握り潰した」朝日新聞 幻の『吉田調書』検証記事を公開する 
すでに記事は完成し、掲載寸前だった

「謝罪は最初が肝心」とよく言われるが、その最初を間違え、謝り続ける朝日新聞。嬉々として叩くライバル紙もどうかと思うが、過剰に謝る朝日新聞は、自分たちの大切なものまで売り渡してしまった。

◇1面ぶち抜きの予定だった
「社長を出せ!」

10月6日、午後2時から東京・築地の朝日新聞社15階レセプションルームで開かれた社員集会は、大荒れに荒れた。

中堅社員が、立ち上がって発言する。

「(吉田調書の)取材班はこれまで4度にわたり、検証記事を出そうとした。7月上旬、8月31日、9月2日、4日と、組日(掲載日)まで決まっていた。誰がなぜ止めたのか。取り消しについていつ誰が判断したのか。取締役会、局長会、デスク会に諮ったのか」

壇上でこれに答えたのは、先日、編集担当役員の職を解かれたばかりの杉浦信之氏だ。

「私どもにあがってきた紙面は検証というよりは、命令違反で撤退ということは説明ができるという紙面、記事だった。しかしファクトでおさえる部分が結果として非常にもろかったというふうに判断して、最後の9月の頃は池上問題が非常に大きくなっていたので、はっきりいってこのタイミングで吉田調書について、ある意味反論に近い原稿だったので、非常にリスクをはらむと。そういう判断の中で見送った」

歯切れの悪い発言をくり返す杉浦元役員らに、この後も社員からの罵声に近い質問が飛び続けた—。

いま、朝日新聞社内で、一本の記事が波紋を呼んでいる。いや、正確には、完成はしているが紙面に掲載されなかったので、「幻の記事」と呼んだほうがいいかもしれない。

その、朝日新聞社内で封印された記事の全貌を、本誌はつかんだ。

記事の大きさは、新聞の1面丸ごとぶち抜き。右上には「福島第一原発事故吉田調書を読み解く」と、黒地に白抜きで総タイトルが打たれている。

長年、朝日新聞に勤める現役幹部記者が、この記事について解説する。

「朝日新聞は5月20日付の朝刊で、『吉田調書』をスクープしました。政府事故調が生前の吉田昌郎・福島第一原発所長に聴き取りをした記録です。その記事に『間違い』があったとして、木村伊量社長が9月11日に謝罪会見を開き、記事を取り消したのはご存じの通りです」

5月20日の記事は、所長命令に違反 原発撤退という大見出しで、福島第一原発2号機の爆発が疑われた際、所員の9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令に違反し、福島第二原発に撤退したと報じた。

だが、吉田所長は「よく考えれば2F(第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った」とも語っており、「命令違反という表現は間違いだった」と木村社長が会見で認めたのだ。

幹部記者が続ける。

「たしかに、見出しに行き過ぎはあった。だが、『吉田調書』をスクープした担当記者グループはもちろん、社内の心ある記者たちの間では、『なぜ訂正・修正ではなく取り消しなんだ』という声が、あの謝罪会見以降どんどん高まっている。
そうした声に拍車をかけたのが、この『幻の記事』の存在でした。記事は特別報道部の記者たちが、初報に足りなかったものを補完するために作成した『検証記事』だったんです。
記事は完成し、一度は掲載日を8月31日と決めて、ゲラにまでした。それなのに掲載直前に、木村伊量社長を含めた経営トップの手で握り潰されてしまったのです。その横暴に対する怒りが爆発したのが、10月6日の社員集会でした」

◇吉田昌郎所長の「本心」
以下、検証記事の中身とともに、記事が潰された経緯も詳しくみていく。これを読めば、朝日新聞の経営陣がいかに混乱し、指示・判断系統が崩壊していたかがわかるだろう。

「検証記事」の左上のリード部分にはこうある。

〈東京電力福島第一原発の吉田昌郎所長(事故当時)の命令を巡る報道の元資料となった「吉田調書」と、東電内部資料の時系列表「柏崎刈羽」メモの該当部分を示します。あわせて東電の事故調査報告書も掲載します〉

こうした基礎資料を、紙面の4分の3を使って掲載した上で、左下4分の1のスペースで、記者が論評を書いている。そこにこの記事のポイントがある。

見出しは3本。いちばん大きな見出しは、

〈所員の尽力 吉田氏語る〉

と打たれている。

そして、中くらいの大きさの2本の見出しは、それぞれこうだ。

〈3号機爆発「みんな現場に行こうとする」〉

〈「だれも助けに来なかった」本店には不満〉

前出の幹部記者が言う。

「第一報の記事は、原発作業員が『命令違反をして現場から逃げた』という印象を強く与えるものでした。だがその後、産経新聞などが吉田調書を入手したとして、『命令違反ではない』と批判をし始めた。
検証記事は、そうした批判を強く意識したものだと言えます。『所員の尽力吉田氏語る』という見出しを記事中でいちばん目立つように打っているのが、その表れでしょう」

本文はこう始まる。

〈福島第一原発では2011年3月14日午前11時1分、3号機が爆発した。吉田所長は政府事故調の聴取に対し、この時の所員の対応について詳細に語っている。

爆発で原子炉への注水作業にあたっていた所員や自衛隊員がけがをして作業は一時中止になった。負傷者を治療のため別の場所に送ったうえ、死亡者がいないことを確認して作業を再開した。吉田所長は聴取で「みんなぼうぜんとして思考停止状態みたい」だったと振り返っている〉

ここでも強調されているのが、吉田所長がいかに現場に「感謝」していたかということだ。

〈「申し訳ないという話をして、ただ、現時点で注水が今、止まっているだろうし、2号機の注水の準備をしないといけない、放っておくともっとひどい状態になる」

現場は高い値の放射線を発するがれきの山になっている可能性が高い。吉田所長は「放射線をしっかり測り、がれき撤去、必要最小限の注水のためのホースの取り換えなど、注水の準備に即応してほしい」と所員に頭を下げて頼んだ。

「そうしたら、本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです。勝手に行っても良くないと逆に抑えて、この班とこの班は何をやってくれというのを決めて、段取りしていって出て行って、そのときですよ、ほとんどの人間は過剰被曝に近い被曝をして、ホースを取り換えたりとかですね」〉

◇誰に向けて書いているのか
現場への感謝と同時に語られるのが、東電本店や当時の政権に対する吉田所長の強い不満である。

〈「逆に被害妄想になっているんですよ。結果として誰も助けに来なかったではないかということなんです。すみません。自分の感情を言っておきますけれども、本店にしても、どこにしても、これだけの人間でこれだけのあれをしているのにもかかわらず、実質的な、効果的なレスキューが何もないという、ものすごい恨みつらみが残っていますから」(中略) 

「今の議論の中で、みんなベントと言えば、すぐできると思っている人たちは、この我々の苦労が全然わかっておられない。ここはいら立たしいところはあるんですが、実態的には、もっと私よりも現場でやっていた人間の苦労の方がものすごく大変なんですけれども、本当にここで100(ミリシーベルト)に近い被曝もいた(原文ママ・本誌註)人間もいますし」と、現場の苦労が理解されないいら立ちをあらわにしている〉

以上が、幻となった検証記事の全貌だ。前述した通り、吉田所長の命令に違反して現場が逃げたのではなく、吉田所長が現場の作業員の働きぶりに感動していたことを、調書を引用しながら伝えている。

かねてより「『吉田調書』第一報の取り消しは行き過ぎだ」と主張している、ジャーナリストの青木理氏が言う。

「朝日社内でこうした検証記事が検討されていたことは、私も知っていました。そして、最終的に掲載をやめる判断をしたことも。この問題は複雑なので、いろいろ切り分けて考えなければなりません。
まずそもそも、政府が隠していた調書を入手して、世間に公表したというのは間違いなくスクープ①です。この出発点を、きちんと押さえておく必要がある。もし朝日の取材がなければ、吉田調書という、人類史上未曾有の原子力災害の当事者の肉声が、政府の手のうちに隠されたままで公表されず、世に出なかったかもしれません。
一方で、『命令違反』という見出しは、少し見方を誤ったのではないか。そういう認識は、報道後、社内にも生まれたと思います。それならば、修正すべき部分は修正して、また報道していけばよい。この『検証記事』がまさにそうですね。
ところが朝日の上層部は『検証記事』の掲載をやめるどころか、元の記事そのものを取り消すという判断をしてしまった。これは読売新聞の『iPS誤報』(森口尚史氏の虚偽証言をそのまま報道)と同じ扱いなんですよ。つまり、捏造記事、虚報と認定された。
しかし、それは違うでしょう。吉田調書は間違いなく存在し、朝日はその現物を真っ先に入手した。けっして捏造や虚報ではない。『見方』に間違いがあったのなら、修正で対応するべきだったと思います」

冒頭の社員集会でも、そうした観点から、「なぜ取り消しだったのか」について多くの質問が飛んだ。

社員「もし記事の中身に足りないところがあるなら、時間もあったし、足りないところは足りないと指示すればよかった」

杉浦元役員「私が言ったのは、待機命令を聞いた上で逃げた東電職員がどれくらいいるかを示さないと、無理だと。反論に堪えられないだろうと。だがその後、本当に命令を聞いた上で逃げた人が出てこなかった。それで取り消しはやむを得ないとなりました」 

社員「では『命令は実際には伝わらなかった』ことをもっと早く読者に示せばよかったのではないか」

杉浦元役員「そのことを伝えるより、もっと強い(命令を聞いて逃げた職員がいるという)ファクトが出てくると私は聞いて(待って)いたのですが、それが出てこなかった。5月20日直後に、何らかの手当てをすれば、もう少し何とかできたかもしれないと思いますが。この経緯もPRC(報道と人権委員会)で調べています。遅きに失したという意味では、当時の判断は誤りだったといまでは思っています」

ここで注目すべきは、朝日の経営陣が「外部からの批判、反論に堪えられるかどうか」をすべての判断基準にしている点だ。

朝日新聞の元編集委員が嘆く。

「いまの朝日新聞は自分を攻撃する批判勢力しか目に入っていない。彼らに反論しないといけないとか、『こう書くと、向こうはこう書いてくる』とか。大事なのはそこではなく、読者に何を知らせるかでしょう。新聞は誰に届けているのか。批判勢力に向けて書いているわけではない。そこを勘違いしていると思います」

◇「船長のいない船」のよう
朝日OBの元「週刊朝日」編集長・川村二郎氏も、こう指摘する。

「最近の朝日新聞は指揮系統がはっきりしないし、記事の良し悪しを誰も言わない。言えば責任を問われるかもしれない、問われれば出世に響くから黙っている。それで紙面が無政府状態になる。検証記事の取り下げも、最終的に誰が決めたのかわからない仕組みになっていて、恐らく、なんとなく決まったのでしょう。
『朝日丸』は船長のいない船のようなものなので、漂流するわけです。高級船員(役員)は乗客(読者)や乗組員(社員)より自分の身が大事だから、いつでも逃げられるようにしているんじゃないかな」

いま社内では、「木村社長は吉田調書を生け贄にした」という見方が支配的になっているという。

「吉田調書以上に深刻な慰安婦問題で『謝罪しない』という最初の方針が大失敗。さらに池上彰氏コラム問題では社内からも猛反発をくらい、杉浦氏は『(自分は)池上問題で辞めると思っていた』と発言している。それらについての批判が強まり、窮地に陥った経営陣が、吉田調書を『誤報だった』と差し出して謝罪することで、批判をかわそうとしたんです。社長の延命工作という声もある。

池上コラムですら社長はゲラを読み、『修正できる余地はないのか』と口出しして掲載を見送っている。この検証記事を握り潰す判断に、木村社長がかかわっていないなんてことはありえない」(前出の幹部記者)

朝日新聞社広報部は、掲載を取りやめたことについて、こう回答する。

「お尋ねの紙面は、検証ではなく、5月20日の初報を補強し、他のメディアの批判にこたえるために計画されたものでした。
ほぼ出来上がった内容を特別報道部も含めた報道・編成局で検討した結果、『命令』を裏づけるデータは補強されたが、『9割が命令違反し、撤退したといえるのか』という批判にこたえられる内容にはなっていないと判断し、掲載そのものを見合わせました。この判断に、木村伊量社長は一切かかわっておりません。弊社は今も、(5月20日の)記事を取り消した判断は正しいと思っております」

読者に独自の検証記事を届けることより、「批判にこたえられるかどうか」ばかりを気にしていることが、この回答からも滲む。

そうした考え方こそが、新聞社として致命的であることに気づかなければ、朝日新聞の迷走はこれからも続くことになるだろう。
「週刊現代」2014年10月25日号より 
現代ビジネス2014.10.23
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40819

①政府が隠していた調書を入手して、世間に公表したというのは間違いなくスクープ
しかしこの公開の仕方には禍根を残す恐れすらあり
「吉田調書」を正しく読み解くための3つの前提

(´・ω・`)この記事全然理解できない
ファクトがなかったら取り消す以外ないでしょうが

今更検証記事を出しても一度傷ついた名誉は簡単に元に戻らない
門田隆将さんに抗議文出してるヒマがあったら、「逃亡した」と書いたNYTとか韓国メディアに、我々の記事の意図するところと違うと抗議したら良かったのに

手のひら返して『所員の尽力吉田氏語る』と書こうと思う神経が薄気味悪い

命を懸けて闘った所員たちを揶揄するような報道
→https://www.youtube.com/watch?v=7kzSPJFpnSg

追記2014.11.17
木村伊量社長辞任となったわけだが
朝日木村伊量英国勲章
https://www.gov.uk/government/world-location-news/mr-tadakazu-kimura-honoured-by-the-queen.ja
勲章をもらってから辞任という話が本当だったので驚き(´・ω・`)

個人的に気になったのが
記事取り消しについてもう少し社内的に意思統一することはできなかったのだろうか
この記事の通りトップダウンで断行したら紛糾するのは当然ともいえる
今時ちょっとあり得ないような反リベラルな会社ではないだろうか・・


参考
【吉田調書】世界一の反日新聞 (-@∀@) 

この動画を見ていたらとんでもないことが暴露されていたw(゜o゜)w


【youtube】門田 隆将 「吉田調書」キャンペーンを徹底批判 

32:29頃
門田隆将氏「この直前に菅首相が東電本店に乗り込んできてそして大演説をぶってるわけです。乗り込んで来たのは午前5:36ですけど、そこで細野さんと話したり色々話したりするんですけど6:00までに大演説を菅さんがぶつわけです。それは、東電は撤退したら100%潰れる。逃げてみたって逃げ切れないぞと。非常に激しい言葉で菅さんが演説をされるわけなんだけれど、それが響き渡った直後にこれが起こってるわけですよ。要するに6:00を過ぎて衝撃音があってサプチャン(圧力制御室:筆者)の圧力が0になってこれはサプチャンに穴があいたかもしれないという事態が起こったのはその直後のことですから、そうすると吉田さんが、退避をするなと一国の総理に言われた直後ですから、一方でその事態が来ている。前の晩から非戦闘員、協力業務員を含めて多くを脱出させないといけないということでマスダさんとの話合いは出来上がっていた。その直前に「逃げてみたって逃げ切れないぞ」と一国の総理の発言があった時に吉田さんはね、ヘルメット被ってるんですよ。もう一度テレビ会議を、私も何度も見たんで、その瞬間の気持ちを慮って非常に、逃げてみたって逃げ切れないぞと言われたってもうそんなこと言ってられない逃がさないといけないということで、画面上も危機感あれするためにヘルメット被ったわけです。ヘルメット被って色んな対策しながらその後30~32分くらいだったと思いますが「最少人数を残して退避!」と叫ぶわけです。で、ドーっとこう2Fに行くわけなんですけど、更に後の6:42にその柏崎のメモ①があったとしたら、これはもうパフォーマンス的に言った言葉でしょうね」

花田紀凱氏「パフォーマンスっていうのは要するに菅総理に対してってことね」

門田氏「逃げてみたって逃げられないと言ってる人達に対して、いや、これは1F構内ですから、という意味のパフォーマンスをしてもおかしくはなかったと。であの吉田さんというのは海水注入の時にあの3月15日のギリギリの場面の時でも、海水注入ストップ命令が来た時もテレビ上は海水注入ストップということで担当者これはハツセさんという人なんですが、命令してますので、ところが事前にハツセさんのところに行って、テレビ会議ではこう言うけども海水注入を続けろと。いいか、分かったかと。だから彼はその時々によってものすごいテレビ会議を意識して色んなことをやってるわけです。吉田さんの前にスイッチがありましてね、全体に行くテレビ会議と、福島第一内だけのスイッチがあるわけです。で、重要なことは全体のやつを切って言ってるわけ。で、現場の人達はなぜ一糸乱れず2Fに行ったかというとスイッチのあれで2Fに行くっていうことが全体の会議には出てないと。これ多分言ってると思うんですよ。私もういっぱい聞きましたけどね、みんな2Fへの命令だったって。全員言いましたよ。だから、1Fに残れってそんなあるわけないでしょ。だって線量が、それこそ朝日新聞が2011.5.13に書いてる通り高放射能で汚染されてる②わけですから。そこに留まれって場所があるわけがない。だって防護マスクがないわけです。そんな700人近い人が第一構内で留まるような防護マスクがありませんから。防護マスクっていうのはフクシマ・フィフティ、これ実は69人ですけど、この人達が突入するのに必要なんですから。そのために置いてあるもので、非戦闘員を構内で留めさせるために防護マスクを使われたら困るわけです。元々そんな数がないですから。
ですから、今回私非常に興味深かったのは、朝日新聞がこの報道やった時に他紙が全く後追いしませんでした。他紙が全く後追いしなかったのは、もちろん吉田調書持ってないことが一つの原因だけど、もう一つ私聞いてみたら、事実でないこと分かってるから。要するに、取材した人達はやっぱり作業員とか接触してるし色んなところで状況説明を聞いてるからこの朝日の所長命令に違反して9割が逃げたというのは本当でないと知ってますから、無視したという。」 

花田氏「冷静に考えればこんな命令が出るわけないと」

門田氏「記事読んでも根拠がないわけですよ。だから、ただ、この人達を貶めたいという。そして、さっき花田さんがおっしゃった自分たちの主張ですね。再稼働かなんか、私さっきも言いましたが原発反対でも推進でもないんで、再稼働についてのコメントは控えますが、要するに自分たちのイデオロギーに事実を捻じ曲げて持ってきて自分の主張をするというこのやり方については私はいかがなものかなあと思います。」

柏崎のメモ 
テレビ会議が繋がっている柏崎原発でずっと走り書きのメモが取られていた

朝日新聞が2011.5.13に書いてる通り高放射能で汚染されてる 
吉田所長は「1F構内に留まれ」と言ったのか? 補足資料


自分は門田隆将氏の言ってることが正しいかどうか判断できる材料を持ち合わせていないが
よく考えてみると(よく考えなくても)
吉田調書に書かれている「私2Fに行けって言ってないんですよ」という言葉が
実際に吉田所長の口から発せられた言葉通りなのかどうかは分からないわけで
それを裏取りするのがまず報道に必要な作業だろう

自分もよく書き起こしするので分かるが、話し言葉というのは書いている文と違ってあいまいな部分が出て来がちである
例えば「私2Fに行けって(つもりで)言ってないんですよ」というように言葉を補うとまるで変ってしまう

そして2011.3.15に朝日自身が書いた通りその命令自体がありえなかった、というのは筋の通った話

つまり
21鬼の首
https://twitter.com/NomuraShuya/status/513518546953838592 

野村修也氏のツイッターの通り
吉田調書の中の一言だけで「命令違反で撤退」と決めつけるにはそもそも無理があった
という結論になろうかと思う

門田隆将氏は吉田昌郎氏のインタビューをとるのに色々なツテを辿って1年半かかったそうだ
吉田氏は不眠不休の作業だったために事実誤認もあるだろうから
事実関係を調べて確認して書いて欲しい
そして
「門田さん、私はただのおっさんですよ。現場の連中が、あの放射能の中を、黙々と作業をやってくれたんだ。そんな危ないところを何度も往復する。それを淡々とやってくれた。彼らがいたからこそ、何とかできたと思う。私は単に、そこで指揮を執っていただけのおっさんです。だから、彼ら現場のことだけは、きちんと書いて欲しいんですよ」
と言った
門田隆将・朝日新聞「吉田調書」報道の罪 4~6 の6

朝日新聞はそれを踏みにじり、門田氏は約束を果たした

追記2014.11.14
2011.7.29『事故時の状況とその対応について』p9
http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai/051_koukai.pdf
29p9
海水注入について官邸からは一時停止の指令が来るが、吉田所長の判断で注水続行した
その下り
「円卓にいた連中には中止すると言いましたが、それの担当をしている防災班長、〇〇といいますけれども、彼には、ちょっと寄っていって、中止命令はするけれども、絶対に中止してはだめだよという指示をして、それで本店には中止したという報告した

なので、門田隆将氏の言う通り、官邸に対してのパフォーマンスとしての1F構内への退避命令(実質は2Fへの退避命令)ということはあり得る話だと思う 

高い放射線量、東電公表せず 3号機、水素爆発前に把握
3号機原子炉建屋1階西側

 福島第一原発の事故をめぐり、東京電力が、3月14日に水素爆発を起こした3号機の原子炉建屋について、その前日から高い放射線量のデータを把握していたにもかかわらず、公表していなかったことが分かった。東電の内部資料で判明した。原子力の専門家らは「作業員や国民の情報共有のため、具体的な数値をいち早く明らかにすべきだった」と指摘している。

 この爆発で東電社員7人が負傷。今後の事故検証で、データ共有しなかったことが避難の遅れにつながらなかったかなど、東電の対応ミスの有無が焦点の一つになる見通しだ。この内部資料もそれを判断する材料になるとみられる。

 朝日新聞が入手した内部資料は、地震が発生した3月11日から4月30日までの期間に、福島第一原発の事故をめぐる動きが時系列で並べられている計約100ページの一覧表。原発や東電本社など様々な情報を集約したとみられ、原発内の放射線量や原子炉内の圧力、水位についてのデータや、保安や復旧を担当する各班の動き、敷地内の放射線量などが、分単位で記載されている。

 福島第一原発では運転中だった1~3号機が3月11日の地震で自動停止。その後に津波に襲われた影響で全電源が喪失し、原子炉が冷却できなくなった。12日に1号機が水素爆発した後、3号機では13日午後から炉内に海水を注入して冷却が試みられたが、14日午前11時ごろに水素爆発を起こし、原子炉建屋の上部が吹き飛んだ。燃料棒が一時露出するなど炉心が損傷し、爆発しやすい水素が発生していたとみられる。

 東電の内部資料によると、3号機については、13日から、原子炉建屋内の高い放射線量のデータや水素が増えている可能性について記述があった。「二重扉内側300mSv/h(ミリシーベルト毎時)」(13日午後1時17分)、「水素がたまっている可能性が高い(1号機と同様)」(13日午後2時7分)、「二重扉北側300mSv/h以上(中は白いもやもや状態)、南側100mSv/h」(13日午後2時31分)などだ。毎時300ミリシーベルトは、福島第一原発の作業員に限って認められる年間の上限線量250ミリシーベルトと比べても非常に高い数値だが、東電はこれらのデータについて未公表だ。

 枝野幸男官房長官は3月13日午後の記者会見で、3号機で水素爆発が起こる可能性について言及したが、結局、その爆発で7人が負傷し、うち6人に放射性物質の付着が確認された。

 宮崎慶次・大阪大名誉教授(原子炉工学)は、「非常事態だからこそ現場は対応に追われていたはずで、東電本社が判断して、具体的なデータを作業員や国民に公表すべきだろう。公表しなかった本社の判断は、今後検証されなければいけない」と指摘。技術評論家の桜井淳さんも「日本の原発事故への対応は、世界的に注目を集めている。このデータにとどまらず、携わった人の証言、東電本社、国などの指揮命令、判断とその根拠、情報が正確に現場へ伝わっていたのかなど、今後も解明する必要がある」と話している。

 東電広報部は「放射線量が高いことについては、これまでも事実として公表させてもらっているが、その具体的なデータなどは公表していない。整理し、しっかりとまとめた上で公表し「」たい」としている。(藤森かもめ、小堀龍之、野口陽)
朝日新聞DIGITAL2011.5.13
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105120706.html

吉田調書問題で吉田昌郎所長が「1F構内の線量の低いところで待機」という命令を出したとされているが
この記事で、「1Fの構内の線量の低いところ」はなかったとわかる
つまり吉田昌郎所長の命令自体がありえなかった
と門田隆将氏は主張している

朝日新聞としてはどうも事故調の出した結論が気に入らないのではないか
(-@∀@)「菅さんが東京を救った!」←それはない 
と思ったのは国会事故調の記者会見を見ていたら朝日新聞の記者が出て来たからだ
こちらの動画から
長いので部分的に書き起こし


20120705 【索引付き】国会事故調 第20回委員会 報告書提出後の記者会見 

朝日新聞大鹿@国会事故調記者会見

1:49:18 「朝日新聞大鹿①といいます。黒川委員長におたずねしたいんですが、これまでの論点整理ということでですね官邸の過剰介入というのを強くおっしゃられてきたと思うんです。参考人の聴取の中でも官邸の過剰介入ということを示すような、誘導するようなQ&Aっていうのが少なくなかったと思うんですが、非常に官邸の過剰介入を強調されてきた割には今回の最終報告書を見るとその部分が非常に弱まったというか、他の部分が逆にクローズアップされてる部分が多くなってると思うんですがこれはなぜこういう風になったんでしょうか。ついこないだまでの論点整理までのトーンとは変わったというかですね、後退したというか転向したというか、色んなメディアからも批判されたと思うんですが、朝日新聞の社説、読売新聞のコラム等でですね、そうしたことによって、メディアの建設的な批判によって多少軌道修正したんでしょうか

黒川委員長「それは違います。あの実はあの日の後にすぐ言ったんですけど、全体の、別にそういうつもりはありません。論点整理っていうの3回やろうと思ってたんですね。2度目を出して、という話をしてたのでその後時間が詰まったので申し訳ないけど最終的なレポートを見てもらおうと委員会で議論したということです。ま、大鹿さんのコメントその都度出ていましたけれどもその通りなので一言お礼を・・」

野村修也委員「論点整理はある論点を切り取ってそこの部分についての認定をさせて頂いたので、報告書のイメージは最初からずっと変わっておりません。それをあたかもこれで全てを語るんだというように受け止められる言い方をしてしまった私の発言の方にややミスリーディングを生じせしめた原因があったのかもしれません。当初から、それを書いていたのにそれを変えたというのではなくて最初から我々の頭の中にありました報告書のイメージは今日ご覧いただいたものでございます。」

朝日新聞木村英昭@国会事故調記者会見

2:03:01 何か男性記者が声を上げている
その後に女性の声が「もう少し審議の時間を延長してもらえませんか」と言う

2:05:27 再び男性記者「これだけ内外の記者が集まっているので、委員会としてもきちんと質問に答える説明責任を果たす姿勢を示されたらどうなんでしょう

(マイクを通してないので聞き取れたのは大体こんな言葉
しかしこの時会見を終了しようとしたのは既に会見終了時間は過ぎ、会館の閉館時間も過ぎていただけで
それも司会者が既に述べたのになぜ言いがかりのようなことを言い出すのかちょっと理解できない:筆者)

2:06:01 男性記者「時間で会見を打ち切るという手法についていかがなんでしょうか?ということですけど

司会者「それは・・冒頭2時間ということで予定させていただきましたので、みなさん御理解していただいたかと」
黒川委員長「今日という日と記者会見時間決めたの私達じゃないですから。両議長がいる時ってことで今日になったわけで」
女性記者「しかし冒頭10分のブリーフィングが1時間になりまして質疑の時間が1時間しかありませんでしたがそれに関する説明はありませんでした。質疑の時間が短かった」
司会者「みなさんの質疑は全てお受けして回答させていただきました」
女性記者「あと30分か1時間伸ばしていただけないでしょうか」
司会者「えーそれでは最大15分延長ということで、15分間だけみなさんのご質問お受けします。それでよろしいでしょうか」

 1:12:15 「朝日新聞木村です②。国会の国政調査権を使用しなかったこと要請しなかったことを委員長の方から理由を一つと、あとあの撤退問題13日から15日未明にかけての部分これは何人の委員が実際見られたのか、全編を通じてテレビ会議の録画を見られた方何人いらっしゃるのかいらっしゃらないのか、ファクトの部分を2か所」 

(木村!不規則発言してたのは木村英昭記者でしたか・・・(´・ω・`):筆者)

司会者「そのご質問は何回も朝日の方から受けてますがあらためて必要でございましょうか。野村委員の方からも回答されましたよね」
野村修也委員 「私は拝見しました。テレビを。はい」
黒川委員長「いや私も見させてもらいましたけど、一部を。全部というわけではありません」
野村委員「あの、協力調査員というのももちろんございまして、それでみんなで複数の目をもって事実関係についてどう評価するかということを相当程度、ま、夜を明かすわけではないですけど、徹底的に討論して一つ一つの動きについて分析した結果です。・・・・委員長含めて4人くらいは見てるんではないかと思います。」
(会場から声・おそらく国政調査権についての問い)
黒川委員長「ああそれは、来て頂きたい方には全部来て頂きました。ですから必要なかったんです」

女性記者「えっと・・先ほど黒川委員長のほうから、あ、朝日新聞の守③です。先ほど黒川委員長の方から別の人の質問に対して自民党政権の責任の所在を明記しなかったというので、時間がないのでプライオリティを考えたということですけど、今回の報告書を見ていると3.11以前のその不作為の部分をすごく強調されているように見えて、特に東電幹部、規制当局に関しては名指しではないですけど歴代首脳陣という形で指摘はしているのに自民党政権に対しては誰も指摘がないのは不自然だと思うんですけれども、政治的中立性を申し合わせているのにちゃんと担保されたかということについてと、あと資料に関して、国政調査権についても出ましたが、色々非公開になっていますが、非公開前提でもらった資料だからこれから公開は検討するという話でしたが、国政調査権の発動を依頼して公開を前提に資料を手に入れるということはできなかったんでしょうか」

黒川委員長「私これprefaceにも書いたけど、どこにプライオリティを置くか、ということで、ほぼ50年に渡る一党支配ということを書いていて、しかもこの3月11日は歴史的な政権交代からわずか18カ月という時に起きたということはどういう意味だか分かりますか。それは普段から立法府に出しているのはそういう意味で書いてるという」

女性記者「あの示唆するのは分かりますけど、実際に」 
黒川委員長「だからやることは沢山あったということです」
女性記者「あのだから(調査期間を:筆者)延長しなかった理由もお伺い・・」
黒川委員長「だからはじめから6カ月をめどに、ということでやってますから」
女性記者「だからめどを法律で、法改正するということは十分可能でしたよね」
黒川委員長「それはそうですよ。だけどそれは、どれだけみんなが言ってるか、という話だし、私達が言ってもやっぱりやって下さい、という話でしたから6カ月をめどと言われました。何回も相談しました」
女性記者「6カ月をめどと法制局が言ったのはそれは法改正をしない場合の対応だと思うんですよね」
黒川委員長「それは言ってあります。国会議員と、作った人とも相談してあります。その結果そういう風に言われました」
女性記者「あ、じゃあその結果そういう、合同協議会の方から法改正出来ないというような返答があったと」
黒川委員長「それは相談してます」
(相手の言葉が終わるのを待たずに発言してたたみかける守記者。記者には追いつめなければいけない場合もあろうが・・:筆者)

こんな具合だったわけで
①朝日新聞大鹿
朝日大鹿靖明webronza
http://astand.asahi.com/magazine/wrbusiness/2012061700003.html 
大鹿記者の見解が朝日全体の見解というわけではないだろうが
「官邸の過剰介入」を強調しすぎるのが許せないようだ
それが菅元首相を過剰に庇う原因にもなったのかなあ?(´・ω・`)

②朝日新聞木村
木村英昭記者は吉田調書報道の渦中の人
週刊新潮・「吉田調書」誤報の影に「菅直人」元総理の昵懇記者 

③朝日新聞守
朝日新聞守真弓
http://www.asahi.com/sns/reporter/mori_mayumi.html
守真弓記者
取材もせずに書いたNYTマーティン・ファクラー東京支局長の記事ツイートをRT。さらにツイート。
ソースロンダリングはこうして行われているのですねw
アサヒるお仲間で誤報拡散

はあ・・・・
ちゃんと記者会見に来て質問していること自体はいいと思う
書き起こししてない部分でもあと2人朝日の記者が質問していた(やけに多いとも思うが)
会見延長を申し出るにしてもわざわざ言いがかりつけなくていいのでは?
何か一般人には分からないしきたりでもあるのかないのか
非常に不思議な態度に見える

自民党の責任に言及しないとか自分たちが思うような結論じゃないから事故調が気に入らない
ということであろうか・・・
そういうこととは関係なしに普段からこうだとしたら怖い(゚∀゚)

追記2014.11.4
21https://twitter.com/NomuraShuya/status/513515316962275328 
自分が感じたことは的外れでもなかったようだ 

歴史通2014年11月号
福島事故
あのミステリーの謎が解けた!!

原子力コミッショニング研究会会長
石川迪夫
ジャーナリスト
高山正之

(部分引用:記事画キャプは下記)
p198
朝日新聞のつけ火と二枚舌
高山 武田邦彦氏も1ミリ以上はダメだと言って、反原発ばかり。朝日新聞もそれに乗っかって反原発を煽った。震災の三日後には朝日新聞の竹内敬二というのが記事を書いていて、これが本当に腹が立った。原子力専門の編集委員ですが、全然原発のことがわかってない。彼は「一号機で炉心溶融が続いているけども、これを救ったのはガス放出弁。実は原発建設時には日本では炉心溶融は起こらないとして装備されていなかった。海外の動きに押されて今は最悪の事態を回避する命綱になっている」と書いている。
 福島第一の原発は全てGE社製で、GEの設計図通りに作っているからと。

石川 それは間違いですね。世界がベントを取り付けだしたのは、1992年のIAEA国際安全基準の改定からです。日本も諸外国に倣って取り付けたのです。

高山 92年というとチェルノブイリを参考にして?

石川 ええ、そうです。チェルノブイリ事故の反省で、過酷事故(設計時の想定を超える事故)への対策を強化しようという動きが世界的にも起こりました。その一環の動きですよ。

高山 いかに日本は安全性を重視しているかということです。反原発はまるで日本が初期対策を怠ったかのように書く。日本の先んじた安全性がよかったねと書くべきところを真逆に書いて日本を悪者にしている。
 朝日は放射線の恐怖を煽る一方で、別の紙面で「狭心症広まるCT検査」なんて記事も出して、放射線が医療に役立つと言っているんです。

石川 あらさがしばかりしていますよね。

高山 横浜を含めてあちこちでプルトニウムが見つかったことがありましたよね。あのときのプルトニウムは支那がタクラマカン砂漠で核実験をやったときのものです。福島のことを責める以前に、さんざん放射性物質が飛んで来ているわけ。支那には文句を言わないのはおかしいでしょう。
 中越沖地震の時も柏崎刈羽原発は耐震設計がきちんと施されて正常に停止した。外にあった変電所から煙が出た程度です。でも、その煙でマスコミは大騒ぎした。
 朝日新聞が特に悪質だと思ったのは燃料プールですね。地震で波が立って、プールの水が排水溝を伝って日本かいに漏れ、放射能汚染を起したと。

石川 漏れ出た放射能量は三朝温泉の水になおして、ビール瓶6本分といいます。

高山 燃料プールの水って飲めますよね?無理して飲むことはないけれど。

石川 ええ、水道水よりきれいですよ。

高山 水くらい完全な遮蔽材はないんだから全然問題ないわけです。それなのに、朝日新聞は風評を広めた。それでまた東電は30億くらい地元に払っているんですよね。観光旅館とか海の業者に。朝日新聞が火をつけて、地元民がそれにたかるっていう構造ができているわけですよ。朝日が騒げば地元は儲かるみたいな。

石川 中越沖地震を教訓に、福島第一では事故対策の中心設備として免震棟を作ったんです。これが今回役にたった。事故対応に当たった人達は昔ここに寝泊まりしました。官邸とのテレビ会議もここでできた。日本のマスコミは電力会社が講じていた安全対策については、非常に役立ったものも含めて、一切報道しません。

高山 柏崎のコントロールタワーは免震になっていなくて、ドアが開かなかった。みんな驚いて、原子炉と同じ補強にした。 常に安全を目指している、そういうコントロールをやっている。
 ところが、マスコミは偏見に満ちた報道ばかりで、今後の原子力行政についてどうするかという前向きな姿勢が新聞にもテレビにもない。これでは現場の地道な努力が報われません。


朝日新聞 竹内敬二氏
竹内敬二記事webronza
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/special/2012061100007.html
異様な程菅直人元首相をかばってますね

その中から吉田調書に関する記事(引用は登録不要部分まで)

「所員の9割が離脱していた」 。 「吉田調書」が教える「東電撤退事件」
2014.6.2

この記事は、2014年5月20日付の朝日新聞紙面をはじめとした、吉田調書に関する報道に基づいたものです。この報道については、こちらをご覧ください。(2014年9月11日 WEBRONZA編集部追記)

 昨年7月に亡くなった吉田昌郎・元福島第一原発所長は、政府事故調に400ページにわたる膨大な証言を残していた。格納容器の爆発危機に直面したとき、作業員の9割が所長の意図に反して第二原発に移ってしまった事実も語られている。菅首相が東電に乗り込んで「撤退は認めない」と叫んだ、有名な「東電撤退事件」の真相の一部がやっと現れた。しかし、政府事故調の報告書には、このことがきちんと反映されているとは言い難い。現政府は吉田所長だけでなく772人に対して行われた調書を「非公表にする」としている。事故の詳細を教える一級の資料をなぜ出さない。

9割、650人が別の原発に一斉に移った
 吉田氏は政府事故調から計13回、述べ時間29時間にわたって聴取された。担当したのは事故調事務局に出向していた検事。「捜査のプロ」が事実を確認しながら聴取したもので、資料としては一級品だ。 

 この調書は公表された訳ではなく、朝日新聞が入手し、独自に5月20日と、その後に報じた。事故調査では多くの人が聴取されたはずだが、これほど詳しい記録が残されていることは知られていなかった。ほかのメディアでは報じられていないため、吉田調書が存在が明らかになったニュース自体を知らない人も多いだろう。

 吉田調書は語り口調のまま書かれており、事故直後の原発内の恐怖、焦り、緊張がそのまま分かる。

 福島事故で最も緊張感が高まり、事実、最も大量の放射能を放出したのは11年3月15日朝だった。「運命の日」といわれる。前夜から2号機の格納容器の圧力が設計上の耐圧上限の2倍まで上がり、だれもが「爆発が近い」と恐怖を感じていた。爆発・破壊すれば、とんでもない量の放射性物質が飛散する。

 その緊張の中、午前6時、大きな爆発音がして、原発構内にいた人を震撼させたが、吉田所長は午前6時42分、「第一原発近辺で線量の低いエリアで退避すること。異常でないことを確認したら戻ってきてもらう」ことを所内のテレビ会議で命令した。爆発音はしたが何の音か不明で、周囲の放射線レベルも上がっていなかったことから「2号機の格納容器の爆発・破壊ではない」と判断したためだった。

 ところがその指示に反して、所内にいた人の9割にあたる650人が10キロ離れた第二原発に移動してしまったのである。吉田調書には「本当は私、2F(第2発電所)に行けといってないんですよ」とある。

 第一原発に残ったのは69人だけだった。吉田氏の呼び戻し要請によって原発の制御に必要な人が第二から第一に戻り始めたのは同日昼ごろだったという。

 その間は原子炉の制御にとっても危険な時間だった。2号機で白い湯気状のものが噴き出し、4号機で火災が発生するなど事態が悪化した。その時間を原発は人員不足で過ごしたことになる。

事故調の報告書もおかしい
 「9割が所長の意に反して第一原発を離脱」。この事実は知られていなかった。実は、東電は前日の夜から事故の悪化を見越して第二原発への移動を考えており、これを清水社長が首相官邸に伝えたところ、菅首相が激怒し、15日早朝に東電本社に乗り込んで「撤退は許さない。逃げれば東電はつぶれる」と演説した事件が起きている。いわゆる「東電撤退事件」だ。9割の人が撤退した1~2時間前のことである。

 実際、菅首相の演説中だった午前6時に爆発が起きている。事故の拡大、官邸との対立という混乱の中で、所長指示の伝達がうまくいかず、「9割の離脱」につながった可能性が強いようだ。

 事故後、東電は一貫して「全面撤退は考えたこともない、必要な人員を残しての一時退避を考えており、実行した」と主張してきた。いずれかなりの数の人が第二原発に移ることになっただろうが、東電の説明と吉田調書は食い違っている。

 では、吉田氏の聴取をした政府事故調の報告書はこのてんまつをどう書いているか。分厚い報告書をめくり返して、当てはまる部分を探し出した。中間報告書①の中にこうあった。

 「(15日朝、吉田所長は)吉田所長以下の幹部並びにプラントの監視及び応急復旧作業に必要な要員を除いて、福島第一原発外に一時退避するように指示をした。これらプラントの監視や応急復旧作業に必要な要員については、発電所対策本部の各機能班長が指名した。そして同日7時ごろ、吉田所長以下の幹部並びにプラントの監視及び応急復旧作業に必要な要員合計50名程度を除き、福島第一原発にいた者約650名が福島第二原発に一時退避した」

 吉田調書からみると、この内容は微妙に違う。まず、「福島第一原発外に一時退避」としているが、これでは最初から「第一原発の外に行け」となってしまい、所長の指示と違ってくる。「必要な要員合計50名程度を除き」もニュアンスが違う。必要な人も出てしまったから、後で吉田所長が呼び戻したのではないか。そもそも、報告書ではすべてが「整然と計画通り」行われている文章になっており、行き違いやトラブルなど何もなかったかのように書かれている。

肝心な部分はテレビ会議の「音声なし」
 実は、6時42分の吉田所長の命令は、テレビ会議の録画におさめられている。ここで何をいったかを確認すれば、政府事故調の表現のおかしな部分を検証できる。しかし、その部分は音声が録音されていないのである。緊急時対策室で大勢が吉田氏の命令を聞く画像はあるが、吉田氏が何をいっているかは分からない。

 肝心な部分だけ音声が消えている……。もう一回起きている。菅首相が東電本社に乗り込んで「第一原発からの撤退は許さない。逃げれば東電はつぶれる」と大勢の東電社員の前で演説したが、テレビ会議システムのこの部分だけがやはり音声が消えている。東電は「ハードディスクがいっぱいだった」「音声録音を忘れていた」などと後で説明したが、2度とは不可解だ。

 私自身、この「東電撤退事件」には強い関心をもって取材してきた。このWEBRONZAでも何回か書いてきた。(「東京を救ったのは菅首相の判断ではないか」、「「撤退するか残るか」。東電と菅首相が直面した究極の選択」など)

 吉田調書の感想は、「やっぱり」というものだった。東電にはあまり知られたくない事実があったということだろう。しかし、それに関して事故調報告書もあいまいに書かれていることはショックだった。

 ただ、650人が離脱したことをどう考えるか。「逃げたことはよくない」とはいえないと思う。当時、現場にした人は原発が壊れつつあると感じていただろう。緊張と恐怖の中にいた。「現場を離れたい」と思うのは当然だろう。吉田調書では、それを知ったときの気持ちを吉田所長は「しょうがないな」といっている。

「事故現場に残る」か「国土の広汎な汚染を許す」か、「究極の選択」
 しかし、この事態は大変に貴重な教訓を残した。原発事故で原発構内が高濃度に汚染される事態になったときどうするか、という問題だ。撤退は広大な国土の汚染を生む。原発に残れば作業員の命に関わる。「作業員の安全か、国土の汚染か」という「究極の選択」を迫られる。これが原子力の本質だ。原発をもつのであれば、「いざというとき、だれがどう収束作業をするのか」を想定しておかなければならない。

 絵空事ではない。1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発の事故では、事故・火災を収束させるため消防士たちが高放射線の下で過酷な消火活動に従事した。そして放射線障害で30人近くが死亡した。しかし、その作業のおかげで、放射能の大量放出は10日間で止まった。もし、作業員が原発を離れていたならば、世界は何倍もの規模で汚染されただろう。

 福島も一歩手前まで行った。菅首相は東電本社内の演説で「これは2号機だけの問題ではない。2号機を放棄すれば1号機、3号機、4号機から6号機、さらには福島第二のサイト、これらはどうなってしまうのか。これらを放棄した場合、何カ月が後には全ての原発、核廃棄物が崩壊して放射能を発することになる」と言った。

 吉田所長は、作家の門田隆将氏のインタビューで「最悪の事態としてチェルノブイリの10倍の汚染を考えた」と話している。そして、原子力安全委員長だった班目春樹氏は、やはり門田氏に「汚染によって住めなくなった地域と、それ以外の北海道や西日本に日本が分かれる」可能性まで考えていたと話している。「日本3分割」である。間近で見ていた人はそこまで認識していたのである。

 3月15日に何が起きたかの検証は今後の原発の安全対策を考えるうえで、欠かせない。その詳しいデータが吉田氏が残した400ページの証言にある。しかし、それを公表させない力が働いている

 そもそも、吉田氏は第1回聴取で「お話いただいた言葉はほぼそのままの形で公にされる可能性がある」、と通告され、「結構でございます」と答えている。ところが、吉田調書の存在が明らかになった後、政権は吉田氏が「公表されることを望みません。記憶の混同等によって事実を誤認している部分もあるのではないか」と記した上申書を公表し、非公表の理由に使っている。この上申書はいつどういう経過で書かれたのかを知りたい。

 それ以前に、こうした大事故の中心人物の正式な聴取録を非公表にする論理は何なのか。・・・・・続きを読む

プロフィール
竹内敬二(たけうち・けいじ)朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。 
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2014053000006.html


中間報告書
この記事の時点で報告書は出ているのにわざわざ中間報告書を引用したのは
おそらく報告書の結論に不満(あるいは疑念?)があったのだろう
このあたりのことは後日あらためて書こうと思う

追記2014.11.4
国会事故調が気に入らない朝日新聞記者の方々

政府事故調ではなくて国会事故調の報告書では
菅総理が「全面撤退」を阻止したという事実は認められない。したがって、菅総理がいなければ東電は全員撤退しており日本は深刻な危険にさらされていたに違いない、といったストーリーもまた不自然
となっている
国会事故調・「全面撤退」か「一部退避」か、その真相

この記事を読んで湧き上がる疑問
1.吉田所長の命令が「第一構内で待機」と知りながら、それに反して「第二に逃げた」のだったら
そのわずか6時間後に吉田所長の要請に応じてわざわざ第一に戻ってきたのはなぜだろう?
そして逃げた先がそれぞれの家や30キロ圏外などではなく第二だったのはなぜだろう?
命令違反までしてせっかく逃げたのにおかしな行動だとは思わないのだろうか・・・

2.門田隆将氏によるインタビューに目を通していたのに
「命令違反」で「第二に逃げた」というストーリーを信じ込んでしまったのはなぜだろう?

(´・ω・`)菅直人元首相への過剰な感情移入がなせるわざだったのかなあ・・・

歴史通14年11月号原発高山正之198
歴史通14年11月号原発高山正之199
歴史通14年11月号原発高山正之200

(´・ω・`)とにかく長い!
文章は削りに削る自分としては1/3くらいで済ませよコラと思うのだが
内容は「普通に資料読んでいくと大体こんな結論になるよね」的に網羅されてるかと
ちなみに前編もあるのだがこちらは省略
→http://diamond.jp/articles/-/59001
前編の大事なところ
3つの事故調の違い
〇政府事故調(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会)
〇国会事故調(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)
〇民間事故調(福島原発事故検証委員会)
大まかに
「政府事故調は官僚、国会事故調はコンサルタント、民間事故調は学者がつくった」
「事故検証の結果に大枠では大きな差はない」

参考
『福島第一原発事故と 4 つの事故調査委員会』
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3526040_po_0756.pdf?contentNo=1
こちらでは東電事故調も含めて4つとしている

DIAMONDonline
『「吉田調書」を正しく読み解くための3つの前提
「朝日 vs. 産経」では事故の本質は見えてこない——社会学者・開沼 博』
2014.9.16

11日、政府は「吉田調書」を公開した。朝日新聞の木村伊量(ただかず)社長が、吉田調書に関する報道の誤りを認めて記事を取り消し、謝罪したことは大きな話題を呼んでいる。被災地不在のメディア・イベントはいかに成立したのか。前編に続いて今回は、調書公開に至るまでの過程を綿密に検証し、震災報道が抱える本質的問題を開沼博が指摘する。

朝日新聞の報道には擁護の余地も意義もない
 11日、政府は、政府事故調(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会)が吉田昌郎福島第一原発所長(当時)ら19人の証言から作成した調書(聴取書)を公開した。

 それを受けて各報道機関は、その要約や調書から読み取れる、これまで明らかになっていなかった事実を報道している。同時に、調書公開を受けて、朝日新聞の木村伊量社長が、朝日新聞の「吉田調書」に関する報道の誤りを認め記事を取り消し、謝罪したことについて、様々な意見が飛び交ってもいる。

 本稿では、それら個々の調書に関する報道の詳細を踏まえつつも、前回記事で提示した3つの前提のうえで、吉田調書に議論の対象を絞り、その内容や社会的位置づけ方について、現状でまとめておくべき論点をいくつか挙げておきたい。

 調書公開とそれに関連する報道から生まれた意見のなかには、「たしかに、誤報や曲解は問題があったけれども、だからといってすべて間違いというわけではない」「朝日の報道がなければ、調書の公開など検討すらされなかったので意義がある」といった意見がある。

 前回記事でも述べた通り、私は、むやみに朝日新聞とその他の報道機関との対立構造を煽ったり、スクープの関係者を吊るし上げる態度には同意しない。しかしながら、このような事態になってまでもなお、ここに至るまでの朝日新聞の報道に「擁護する余地」を見い出そうとしたり、強引に「意義」をこじつけようとしたりという議論にも同意しない。そういう姿勢には、今回の事件に関する根本的な認識が不足していると言わざるを得ない。

吉田調書の公開プロセス自体が歴史上の大きな「汚点」になり得る
 まず必要なのは、今回の調書公開は、通常ありえない特例的なプロセスの中でなされたものであり、いわば「超法規的措置」だという事実を明確に意識すべきことだ。

 本来、吉田調書とは、非公開が前提で得られた調書だ。調書の冒頭にて「記録が公になること」を承諾しているものの、それは事故検証の過程でとられたものである。当然、そこにおける利用という限定を超えて、このように当人の意図せざるところで漏洩することを前提としていない。それがこの事故調での検証作業であり、その情報収集プロセスを成立させている。

 すでに報じられているが、政府事故調の内部に留められる調書が国会事故調に開示される際、吉田氏本人が上申書を提出している。そこでは「国会事故調に開示することについては異議はございません」としつつも、「本件資料が、国会事故調から第三者に向けて公表されることは望みません」「第三者に漏えいすることがないように、国会事故調において厳格な管理をするとともに、国会事故調による調査終了後は、国会事故調から政府事故調へ資料を返却していただきたい」と一般公開を強く拒絶していた。

 しかし、朝日新聞の5月の吉田調書スクープは、その発言の一部を切り取り歪曲して伝え、それが一人歩きし、現在に至っている。吉田氏の上申書提出は、そのような事態を事前に懸念してのことである。

 公文書にもかかわらず、非公開が前提となる文書が存在すること自体に、不満を抱く人がいることも確かだろう。また、政府が情報を統制する志向を常に持っていることに、不安があるのも理解できる。時代状況を見ても、様々な分野で「市民への情報公開」が善とされる大きな価値観が存在するなかでは、そうした議論が出てくるのは当然だ。

 しかし、そのような不満・不安をもとに、今回のようなプロセスによって、非公開が前提の文書をなし崩し的に公開してしまったことは、歴史上の大きな「汚点」となり得る。なぜなら、結果的にではあるが、政府が設置した公式の事故検証の場である事故調において「政府が情報提供者との間に定めた契約を破った」という前例をつくったからだ。ましてや、今回は、吉田氏が亡くなり「死人に口なし」で反論を許されない状態のうえで「情報公開」が進んだ

 これは、今後、社会を揺るがすような事故があって事故調がつくられた際、「事故検証」に協力しない人、あるいは、協力しても口を噤む人が出てくる可能性を高める

 前回述べた通り、事故検証とは誰かの責任追及をするためではなく、事実関係を明確にし、未来への教訓を残すことにある。これまでも様々な事故に関する事故調がつくられ、検証作業が行われてきた。そこでは、「責任追及をしない代わりに、これまで出てこなかった事実も含めて証言してもらう」という前提が設けられることも多かった。

 その点で、今回のケースについて「非公開が前提の証言を(政府の圧力に屈せず!)そのまま公開すれば、私たちは真実に近づき、公正な社会を実現できる」と考えるのは、浅薄な発想と言わざるをえない。同様の事態が発生した場合、集めるべき情報の収集を困難にするからだ。事故調に協力しても、それが責任追及の道具や、スキャンダル消費のネタとして一人歩きするのならば、そもそも調査自体が成立しなくなり、社会の真実や公正の確保は遠のく。

 繰り返しになるが、「未来への教訓を残すため」との約束が破られる前例をつくってしまったことは大きな汚点だ。「市民への情報公開は進められるべき」という価値観を持つことやその実現は重要だが、必ずしもそれは、無条件に何に対してでも進められるべきことではない。いま重要なのは、私たちが教訓を得られる情報をいかに獲得できるのか、である。

 また吉田調書のスクープ自体にも、様々な「非公開情報」が隠れていることは意識されるべきである。例えば、そもそも誰が朝日新聞にリークしたのか、という問題がその一つだ。

 報道順を言えば、NHK、読売、共同、毎日だが、その裏では激しい調書獲得競争が行われていた。吉田調書のコピーの入手について、朝日・産経の後を追って取材した記者たちからは「相当、苦労した」と聞いている。吉田調書は、検証が終わってからは厳重に管理され、事故調関係者も含めて、基本的には外部への持ち出しができない文書である。手元に持つ人がいるとしても、一部の政府関係者だけだ、と。

 そうであるとすれば、朝日・産経やその他の報道機関は、単に「記者が取材をしていたら、偶然、文書を見つけてしまった」というシナリオではなく、政府関係者なのか、あるいは、そこから入手した第三者等から調書を入手している可能性は高い。情報提供する側も、わざわざそうすることには何らかの「思い」があるのかもしれない。しかし、そうした極めて重要な背景情報は、後追い報道をした他メディアも含めて、記事には書かれていない。

 もちろん、これは「情報源の秘匿」の問題である。これが守られなければ情報提供できなくなってしまうという意味では、先の話と同様だ。ただ、そうした背景事情を深める余地はまだあるのかもしれない。

 いずれにせよ、必要な情報公開はなされるべきだ。しかし、情報公開を絶対視するあまりに、本来得られなければならない情報を集めることに支障をきたすのであれば、その点は再考すべきだ。

 当初、政府は「吉田調書をはじめとする政府事故調の調書を原則的に非公開とすべき」とした。その判断には一定の正当性があった。もし、それでも非公開情報の公開をすべきだとするならば、現在ありがちな議論のように、ただ「国は自分たちの都合のために隠蔽している」「とにかくすべての情報を開示せよ」という話を続けるのではなく、事故検証はじめ、必要な情報を可能な限り社会で共有できる制度がいかにあり得るか考えるべきだ。

 例えば、アメリカ等での公文書の取り扱いのように、「当面は非公開とした公文書も、一定期間を置いて情報公開して、社会のために役立てることができるようにする」制度をつくる必要があるだろう。いつまでも「市民への情報公開は無条件に礼賛されるべきで、それに反する議論は全て批判すべき」というようなレベルの話をしていても仕方ない。

 日本はまだ、「市民への情報公開」を進める余地がある。今回を機に、社会に必要な情報をいかに集め、共有すべきか考えなおさなければならない。

前代未聞のメディア・イベントはいかに成立したのか
 前回の記事では、吉田調書の内容の多くは政府事故調の報告に織り込み済みであり、朝日新聞の9割撤退スクープの検証に資する情報以外に、大きな新事実はない、という旨を述べた。それに対して、「新事実がないならば、なぜ朝日新聞は、命令違反で社員の9割が逃げたと報道したのか?」という疑問を何人かから投げかけられた。

 たいした新情報もない文書を元に、なぜ朝日新聞はスクープを報じようとしたのか。これは非常に重要な問いだ。

 結論としては、その明確な理由はわからない。

 いや、大方の予想はつく。「ウケ狙い」だ。「とにかく原発・放射線が危ない」「東電はけしからん」「政府は不都合なことを隠蔽しているんだ」「真実から阻害された市民は立ち上がれ」という、朝日新聞はじめ一部メディアがこの3年間何度も繰り返してきたパターン。これは3.11以降、権力批判志向の強いメディア・知識人が繰り出せば大ウケする「鉄板ネタ」となった。それに味をしめて——。だが、本当にそんなどうしようもない理由で記者が動いたのだろうか。その答えは今回の事件を引き起こした当事者にしかわからないし、そうでないことを願いたい。

 いずれにせよ、「新事実がないならば、なぜ朝日新聞は、命令違反で社員の9割が逃げたと報道したのか?」という問いへの明確な理由は、すでに朝日新聞が経緯の概略を説明している部分もあるものの、詳細を理解するのには不十分なのが現状だ。吉田調書問題を追いかけている他の報道機関の記者に聞いても、「なぜ、あんな脇の甘いことをしたのかわからない」「吉田氏が、第二原発に行ったことをあとから肯定的に評価している、という部分を入れても記事は成立したはずだ。なぜ、わざわざ『悪質な歪曲』と突っ込まれそうなことをしたのか」といった疑問の声を聞くばかりだ。

 ここでは、彼らの主観から見て「なぜそうしたのか」(Why)ではなく、客観的に「大手紙幹部の進退を左右することにまでなったメディア・イベントが、いかに成立したのか」(How)を簡単に整理しておこう。

 一般に、メディアが何らかの情報を入手し、それが多くの人の興味を引くものだとしても、無条件にスクープしていいわけではない。例えば、犯罪の具体的な手法を流すことは模倣犯につながり、自殺者が出た際にそれを配慮なく報じることはさらなる自殺者を生む。テロの鎮圧や検察のガサ入れも、事前にメディアに情報が出回っていたとしても、当然それをむやみに報じることはない。外交や株式市場に影響を与える情報や、病気・災害に関するあいまいな情報も、精査されなければデマ・風説が大きな害を生むこともある。

 なされるべき情報公開がいま以上に進むことは必要だが、常に一人歩きする可能性を持つ情報の取り扱いには、細心の注意を払う必要がある。今回も、まさに吉田氏が懸念した通りに一人歩きをしているのが実情だ。

 朝日新聞が、非公開情報を死者の遺志に背いてまで公開した背景には、それが社会のために役立つはずだという「正義」があったはずだ。しかし、結果はどうだっただろうか。朝日新聞の当初のスクープは、「情報独占」を足場として成立していたものといえるだろう。

 誰も確認できない、確認できても吉田氏本人やそこに書かれた人は反論できない立場にいる。その構図のなかで、手元の情報に一定の解釈を加えて、自らの「正義」を主張する記事にする。

 ところが、8月後半、情報が他の媒体にも共有されて「情報独占」が崩れ、多角的な検証が始まると、その「解釈」に「歪曲・曲解」の色が強いという疑問が提示され出した。当初から朝日を強く批判していた産経のみならず、読売・毎日等も、吉田調書の現物を確認したうえでの批判を展開し始めている。

 実は、それ以前から、一部の週刊誌やジャーナリストが「朝日新聞の吉田調書報道の偏り」を主張していたが、それらに対して朝日側がしてきたことは「抗議文を送る」などの対応だった。いまになって抗議文の取り下げを行ったものの、当初の反省・自己検証をする素振りも見せず、法的手段をちらつかせるという手法は、現時点から振り返れば「言論の自由」への圧力と言われても仕方ない側面もある

元の記事はいまでもWebで確認できるので再読いただきたいが、朝日新聞の当初報道と他報道機関の後追い報道の論点を端的にまとめると、以下のようになるだろう。

 そもそものポイントはこういうことだ。

A)津波による電源喪失のなか、福島第一原発の状況が様々に悪化すると、吉田所長は作業員たちに、いまいる福島第一原発内の安全な場所に退避するように命じた。

B)ところが、結果として多くの所員がバスや自家用車に乗って福島第二原発に移動してしまう。

 問題はA)とB)の間に何が起こったのか、どう解釈できるのか、ということだ。朝日新聞以外の産経・読売・毎日などの新聞は、吉田調書のコピーを入手したうえで、A)とB)の間を、現場での「誤解」であり、当事者間の「意図せざる結果」だと見ている。大雑把にまとめると、以下のようになるだろう。

・吉田所長から、約700人の福島第一原発の現場所員への情報伝達のプロセスで誤解が生じた。

・「誤解」とは、吉田氏が福島第一原発内部の建物内などに退避するよう言ったことを、現場で指示を出す所員が第二原発に退避するものと捉えてしまったことである。その所員は、他の所員にバスや自家用車で向かうよう伝えた。

・その結果、たしかに一時的に所員の9割に当たる650人ほどが第二原発に向かった。しかし、その誤りに気づき、幹部などはすぐに帰ってきた。

・調書のなかで吉田氏は、第二原発に向かった判断を「意図的に命令に反した撤退」と捉えることはなく、むしろ、あとから振り返れば現場所員の正しい判断だった評価している。

 以上である。

 一方、朝日新聞の報道は「9割の作業員が、組織の統制が取れていない故に、こともあろうに撤退した」という趣旨で報じた。いや、「報じた」というと語弊があるかもしれない。

 朝日新聞の当初報道を細かく読んだうえで正確に言うと、1)必ずしも「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」とは断定できないように、慎重な言葉使いで書いている部分があるものの、2)結果として「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」かのように情報が流れるメディア・イベントが成立した(あるいは、意図的に成立させた)。そのように読むことができるかもしれない。

 まず、1)については、朝日新聞の当初報道を読み進めると、所員が命令に「反して」「違反して」という言葉使いのもとで、B)の帰結に至ったと論理を詰める。これだけ見れば、証拠(=手元にある調書)に基づき、丁寧にA)とB)との間の矛盾を指摘し、事実関係を整理しているだけにも見える。

 しかし、その事実関係に、独自の解釈を印象づけるような描写があるのも確かだ。例えば、福島第一原発に最後まで残った50人を「フクシマ・フィフティー」と称える、原発事故直後に流通した物語に対しては、「フクシマ・フィフティーの真相」内で以下のように表現している。

「しかし、吉田自身も含め69人が福島第一原発にとどまったのは、所員らが所長の命令に反して福島第二原発に行ってしまった結果に過ぎない。所長が統率をとれず、要員が幹部社員も含めて一気に9割もいなくなった福島第一原発では、対応が難しい課題が次々と噴出した」

 所長の命令に反したのが、「統率の欠如」の問題だと強調した。そのうえで、以下のようにも主張する。

「所員が大挙して所長の命令に反して福島第二原発に撤退し、ほとんど作業という作業ができなかったときに、福島第一原発に本当の危機的事象が起きた可能性がある」

 つまり、「組織のコントロールが不能になったうえに、原発事故のコントロールも不能になった」と、恣意的に特定の印象づけをしようとする意図があるように見える

メディア・イベントを成立させた3つの「舞台装置」
 テキストを精査して言えるのはここまでだ。もしかすると、情報の「送り手」たる朝日新聞の担当者は、こう弁解するかもしれない。「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」という印象操作の意図はなく、それは「受け手」(読者・他報道機関)の深読みだ、と。

 しかし事実として、その情報の「受け手」(読者・他報道機関)は「特定の印象」、すなわち「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡したという印象」を持っていた。これは偶然ではない。今般のメディア・イベントが成立するいくつかの要因、つまり「舞台装置」があった。そのうえでなされる「送り手」と「受け手」の相互コミュニケーションが、一つのメディア・イベントを成立させたのだ。では、いかなる舞台装置があったのか見ていこう。

 その一つは、当時、受け手の中に「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」という印象が成立するバイアスがかかりやすい状況があったということだ。それが重要な「舞台装置」となった。具体的に言えば、「セウォル号事件」が国際的なニュースになっていたことが大きい。

 吉田調書のスクープが始まった5月20日当時、4月16日に沈没した大韓民国の大型旅客船「セウォル」(世越)のニュースはピークを越したものの、まだ多くの人の脳裏に焼きついていた。沈没した船の船長らは我先にと逃げ、乗客を見殺しにし、運営上の様々な不手際も明るみに出て、政府が激しい避難を浴びていた。そこに「所員が命令違反し撤退」と煽り立てることは、仮に「送り手」(朝日新聞)には何の意図もないと主張したとしても、「受け手」(読者・他報道機関)がそのような認識に至るバイアスがかかりやすい状況を生んだことは確かだろう。

 読売新聞等の検証記事では、韓国でソウル新聞が「福島の事故でもセウォル号の船員たちのように…」、国民日報が「日本版のセウォル号事件と注目されている」と伝えたことが書かれている。明らかに「セウォル号事件」を「福島第一原発ネタ」とパラレルに捉え、「日本版セウォル号事件」として認識していた。

 これは韓国だけではない。同じく読売新聞等の検証記事内では、米紙ニューヨーク・タイムズが「命令に反し、パニックに陥った所員は原発から逃げ出した」と述べるなど、海外メディアが一斉に「福島第一原発の9割の所員が現場を放棄し、約10キロ離れた福島第二原発に逃げた」と報じたことを指摘している。

 事実として、他国においては「福島第一原発の所員は敵前逃亡した」という誤った社会的リアリティが構築されていったのだ。そして、言うまでもなく、国内でも同様に「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」という認識がもたらされ、先述の通り、いくつかの雑誌や何人かのジャーナリストがその誤りを指摘するに至った。

 ただ、それではやはり「送り手」たる朝日新聞はそこまでは言っていない、「受け手」が勝手に偏った認識を持っただけだ、という話も出てくるかもしれない。しかし、それは明らかに違っている。それがもう一つの大きな「舞台装置」である、「都合のいいイデオローグ」(理論家)の活用だ。

 先に述べた通り、吉田調書スクープの記事だけならば、もしかしたら「言い逃れ」をできる余地はあったかもしれない。「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」は「受け手」(読者・他報道機関)の勝手な誤解だ、と。しかし、そのような言い訳は通じない。「送り手」たる朝日新聞の紙面の中に、そのような論調をつくる動きは確実にあったからだ。

 例えば、社会学者の小熊英二は、6月10日の朝日新聞夕刊において、吉田調書スクープを受け「(思想の地層)法の支配と原発 残留の義務、誰にもなかった」という意見記事を書く。それは「福島第一原発の所員の9割が敵前逃亡した」という事実を無批判に措定しつつ、「法の支配」「あるべき民主主義」「原発の再稼働の是非」などについて崇高な理念を論じようとするものだ。

 しかし、吉田調書スクープ記事のコメント部分をバイアスを持たずに追えば、前提となる「福島第一原発の所員の9割が敵前逃亡した」と解釈すること自体に無理があった。事実、先述の通り、この時点ですでに吉田調書スクープへの疑問を提示する媒体・論者はいる。にもかかわらず、曖昧な事実を精査することもなく「結論ありきの理屈付け」がなされ何百万というその読者に誤った印象をつけた。

 このように「曖昧な事実」も「都合のいいイデオローグ」とセットにすることで、あたかもそれが真実であるかのように社会的リアリティが立ち上がることは、しばしばある。それは、原発事故後「御用学者」と呼ばれるようになった人々を思い浮かべればいいだろう。原発推進を前提とした安全神話イデオロギーを正当化するために、「曖昧な事実」であろうとも、「結論ありきの理屈づけ」をする「都合のいいイデオローグ」が原発事故の前提を整えた。そして、3.11を経て、原発推進から脱原発へとイデオロギーを反転させつつも、入れ替え可能な構造がそこに生まれていた。

 今回の誤報・歪曲の成立に加担した「都合のいいイデオローグ」の責任は極めて重い。朝日新聞幹部は記者会見をして責任を取ろうとしたが、「都合のいいイデオローグ」はこのままだんまりを決め込むだろう。しかし、彼らのような影の立役者がいてこそ、このメディア・イベントが成立したことを見逃してはならない。当然、「知らなかった」では済まされる問題でもない。

 これをどう評価するかは人によるだろう。「脱原発のイデオロギー実現のためには、多少の事実の捻じ曲げも構わない」と牽強付会を肯定する人もいるだろうし、「やはり、公正に議論する前提を作らなければ自由な社会の実現は遠ざかるのではないか」と懸念する人もいるはずだ。いずれにせよ、歪んだイデオロギーの実現にしたり顔で加担する「都合のいいイデオローグ」を支えるのは、メディア以上にオーディエンスだ。社会に害悪を与えるまがい物の「都合のいいイデオローグ」が生まれないようにするためには、オーディエンス自身が変わらなければならない。

 最後の「舞台装置」は、「受け手」の持つ「吊し上げ・糾弾」願望だ。それは、とりわけ福島第一原発事故後、政府・東電に対するはけ口の一つが向けられてきたものであるし、インターネット上の議論のなかで増幅されてきたものだとも言えるかもしれない。

 今回の吉田調書問題について、公開された記事の「内容」自体についての言及に比べ、その公開の「形式」について触れる議論は少ない。しかし、吉田調書は通常の新聞記事とは違って、特殊な「形式」の中で公開された。

 スクープ記事は、通常の新聞紙面での展開だけでなく、オンラインでもセンセーショナルに展開された。メールマガジン等での事前告知や、ビジュアルを重視して特殊なつくりをしたWebによる大々的キャンペーン。それは狙いどおり相当な「バズり」(ネット上での拡散)を生み、震災から3年が経って久方ぶりの「原発の脅威」「東電のどうしよもなさ」を煽り得るネタとして、体よく「吊し上げ・糾弾」願望を満たした結果でもあった。

 朝日新聞をかばうつもりはないが、こうしたオンライン展開自体は決して悪いものではない。むしろ、新しいジャーナリズムを見据えた先取り精神にあふれる取り組みだった。詳細は省くが、ここで用いられた手法は、オンライン・ジャーナリズムの先端的な手法である、データ・ジャーナリズムやイマーシブ・ジャーナリズムと呼ばれる系譜に並ぶものである。アメリカの大手メディアでは、この手法を用いながら、権威あるジャーナリズムの賞である「ピューリッツァー賞」受賞などの実績も出し始めていた。

 朝日新聞でもそのような世界の最先端に並ぼうと、2013年にメディアラボを社内につくるなど、様々な挑戦を進めているところで、今回の展開にはそういった「攻め」の側面があったと言えるだろう(木村伊量社長はメディアラボを「既成概念にとらわれない自由な発想で、寝てもさめても世の中をあっと言わせる新商品開発に熱中し、大胆な企業買収や事業展開を考えるための部門」としていた)。

 その点では吉田調書スクープは訴求力があったし、インターネットとジャーナリズムの新たな関係の扉を開く可能性を含んだものであった、と評価することもできる。ただし、報道の「形式」は高く評価できるものであっても、その記事の「内容」に問題があったが故に、このような結果になってしまったのは残念だ。

 朝日新聞は、同様の手法を使って浅田真央のソチ五輪での演技と足跡を記事にした「ラスト・ダンス」と同時に、「吉田調書」についても新聞業界で権威を持つ「新聞協会賞」に応募していたという。有効な技術自体が悪いわけではないし、それを支える若手スタッフたちもこのような記事の歪曲、その背景にある大衆的な「吊し上げ・糾弾」願望へのおもねりを知らなかったのではないか。だがいずれにせよ、素晴らしい技術が、結果的に悪い形で効果を発揮してしまったのは確かだろう。

 かくして、記事のテキスト自体や「送り手」のみがこの前代未聞のメディア・イベントを成立させたわけではなく、「受け手」の置かれた状況、イデオロギーとイデオローグ、テクノロジーといった社会背景も関わりながら、これは起こったのだ。

 そうして見たときに、吉田調書問題の根底にあるものは、「吉田調書だけの問題」ではなく、ジャーナリズムとは何か、あるいはそれを支える学問や批評、IT等はいかにあるべきなのかを考える、極めて現代的な問題だと見ることもできるだろう。

歪んだ議論が震災への無関心を加速させる
 吉田調書ほか政府事故調の調書公開が始まったなかで、いま議論の中心にあるべきなのは「とにかく、市民のためにすべてを情報公開すべき」という主張でも、「新たな吊し上げ・糾弾の対象を探すべき」という下劣な目標を立てることでもない。しつこく繰り返してしまうが、いかにそこから教訓を得るかということだ。

 そして、歪曲・捏造と見なされることをしてしまった事実に対して、私たちがなすべきなのは、それでも朝日新聞の吉田調書報道の全てが間違っているわけではないと「擁護」したり、無理に公開に至らしめた「意義」を見い出そうとしたりすることではない。歪曲・捏造と見なされることを二度としないために考え、溜まった膿を出しきり、具体的な行動に落とし込むことに他ならない。その認識を、もちろん問題を起こした当事者自身が持つべきであるが、それ以上に、私たちオーディエンスも真摯に持つべきだ。さもなくば、同様のメディア・イベントは再発する。そのうえで、すでに進んでいる無関心化にいかに抗うか、ということが重要になる。

 吉田調書問題で改めて反省すべき大きなポイントの一つは、この報道によってもたらされた「原発作業員は原発事故に怖気づいて逃げた」という事実と違うイメージのもとで、原発作業員への大いなる侮辱・冒涜がなされたということだ。いまも、現場でリスクを抱え、もがきがながら働いている作業員がいる。彼らを尊重することなしに、原発事故の問題は解決しない。

 しかし、彼らは東電や東電関連会社の社員である場合も多く、何を言われても自分たちの考えを言いづらい立場にもある。にもかかわらず、遠くから、上段から、一面的な見方を押し付ける圧力は常にかかり続ける。もし8月以降の検証作業がなかったならば、彼らへの蔑みの眼差しは是正されることはなかっただろう。

 また、彼らの多くは地元出身の被災者でもあることを忘れてはならない。被災者でありながら当時の収束作業に励んた人々のなかにはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱える人も多くいる。今回の件は、彼らへのセカンド・レイプにも等しい暴行だったと言っても過言ではない。仮に、背景に「権力監視」への義務感や「正義」があったとしても、である。

 福島第一原発での地下水等の処理の問題、中間貯蔵施設の搬入の開始など、目の前には大きな課題もある。本来は、このような解決し難い問題にこそ、知恵と関心を集めるべきだ。恐怖を煽ったり、悪者探しをしたりすることで関心を引こうとする志向は、被災地の問題を置き去りにし、その議論を消費し尽くしたあとには何も残らない。これまでも、そうしたセンセーショナルな議論に、被災地は散々翻弄されてきた。

 原発作業員への眼差しの問題から離れても、吉田調書スクープのような報道は、一部の人には今後も評価され続けるだろう。「ほら、やっぱり原発は人の手に負えないではないか。東電は無責任だ。原発も東電もダメなんだ。危ない放射能をまき散らして」と、これまで何度も繰り返されてきたパターンの議論を、いまでも強く欲し、望む人はいる。

 とにかく東電・政府を叩けば賞賛され、とにかく原発・放射線が危険だと煽れば喝采される。そこにいくら石を投げ続けても、自分に石を投げ返されることはない。なされるべき冷静な批判も、科学的検証も熱狂にかき消される。それによって、なおさら賞賛・喝采を求める「調査報道」が続けられる。極端な言い方かも知れないが、3年半のうち知らぬ間にそんな経路依存性ができてきていないか。

 たしかに、東電・政府に批判されるべきことはあり、原発・放射線の状況も注視しなければならない。その側面があることを認めたうえで、事実の検証は「思い入れ」やイデオロギーとは分けてなされるべきだ。さもなくば、3.11以前、見るべき事実を見て見ぬふりし、恣意的な解釈を積み重ねることでの歪みが「安全神話」を産んだのと同様に、これからも、社会の暗部を不可視化・固定化して「漂白」する力はかかり続ける。

 いまもなお、今回の報道に「朝日 vs. 産経(&読売・毎日等)」という二項対立を読み込み、「産経がまた朝日・民主党叩きしている」「官邸が慰安婦問題・吉田証言以降の朝日吊し上げの空気に乗じている」と解釈するのみで済ませようとする議論が一定数ある。

 たしかに、吉田調書問題は、かねてよりあった「ありがちな構図」のうえで行われている、メディア・イベントの側面を持っていることも確かだ。しかし、そのような安直な枠組みのなかで認識し、済ませるべきことではない。なぜ、復興の現場の最先端で苦心する人を貶めるような報道が、正義然となされてしまったのか。思い入れとバイアスのなかで、歪んだ議論がなされていったのか。これらは大いに検証がなされていく必要がある。

 多くの人は、今回のような議論の混迷のなかで「また原発についてわけわからないことが起きている」と、原発議論自体への不信感を強めるとともに、無関心にもなるだろう。もし吉田調書スクープの背景に、「このようなセンセーショナルな報道をすれば、原発問題や被災地への関心が再び高まるはずだ」という「善意」があったのだとすれば、それはまったくの逆効果だ。

 3.11後の原発や被災地をめぐる報道には、恐怖心を煽ることや政局に絡めることに偏った、センセーショナルな議論が蔓延してきた。しかし、これまでの多くの議論がそうであったように、吉田調書問題の議論が消費し尽くされた先に何も残されないとすれば、より持続性のある議論の仕方を考えなければならない。

 スキャンダルが出てきたときだけ騒いだり、「毎年3月になったら特集して終わり」ではなく、これをきっかけにいかに持続的な議論をする場をどうつくるか考えるべきなのだ。
http://diamond.jp/articles/-/59026 


ちなみに開沼博氏

change.org『小泉進次郎議員×田原総一朗さん×チェンジメーカーズ勉強会にハリス鈴木絵美が参加しました!』2013.5.15
orgハリス鈴木絵美駒崎乙武津田
http://blog-jp.change.org/post/50483820834/x-x
5月14日(火)、田原総一郎さん・津田大介さんが呼びかけ人となった勉強会に、Change.org日本代表のハリス鈴木絵美が参加しました。
小泉進次郎議員のほか、湯浅 誠さん、友廣 裕一さん、乙武 洋匡さん、開沼 博さん、安部 敏樹さん、関根 健次さん、駒崎 弘樹さんなど錚々たる顔ぶれになりました。
塩村文夏都議やじ騒動3 騒動拡散に関わった人達と「女性支援」

(´・ω・`)要注意人物 

参考

【youtube】7.05国会事故調 第20回委員会記者会見(原発事故調査報告書) 
46:57頃から

国会事故調
第3部 事故対応の問題点(その1)
 3.1 事業者としての東電の事故対応の問題点
 3.1.1 事故対応における東電の意思決定
  9)「全面撤退」か「一部退避」か、その真相
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/blog/reports/main-report/reserved/3rd-1#toc-9
からのコピペ


「全面撤退」か「一部退避」か、その真相

 3月14日夕方以降、2号機の燃料がむき出しの状態となり、免震重要棟の放射線量が上昇するなど、福島第一原発の環境が悪化し危機が高まったた め、東電は福島第一原発からの退避方法について検討を行っていた。

 当該退避について、東電の清水社長は、海江田経産大臣、枝野幸男内閣官房長官(以下「枝野官房長官」という)、寺坂保安院長などさまざまなところに電話で相談しているが、官邸側はこの相談を「全面撤退」を申し出たものと捉えており、その申し出を菅総理が阻止したと主張している。それに対し、東電は「作業に直接関係のない人員」を「退避」させることを申し出たにすぎないと主張しており、両者の認識が食い違っている。

 3月15日5時35分ごろ、菅総理は東電本店に来社し、緊対本部にいる東電社員の前で、激しい口調で演説を行っている。東電の記録によると、当時の菅総理の主な発言内容は以下のとおりである。

- 「被害が甚大だ。このままでは日本が滅亡だ」
- 「撤退などあり得ない。命懸けでやれ」
- 「逃げてみたって逃げ切れないぞ」
- 「60になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」
- 「社長、会長も覚悟を決めてやれ」

 3月15日4時17分ごろ、総理官邸において、菅総理と清水社長が面会した際には、菅総理と清水社長との間で全面撤退の予定がないことが確認されている。また、枝野官房長官の発言によれば、官邸側は吉田所長がまだ対応可能であるとの認識を持っていたことを確認していた[31]。にもかかわらず、菅総理が東電本店で激しい口調で演説を行ったことからすれば、菅総理は、東電本店に対して相当の不信感を抱いていたことがうかがわれる(「3.3.2 4)」参照)[32]。

 この菅総理の演説を聞いた東電幹部は一様に「違和感を覚えた」と発言しており[33]、吉田所長もまた、この時のことを振り返って、現場は逃げていないと悔しさをにじませている[34]。

 では、なぜこのような食い違いが生じたのか。以下では、事実の経緯を追いながらこの問題の真相を確認するが、その際、重要となる視点は、①最悪の事態を想定して、その場合の対応策を検討したり、相談したりすることと、②実際に決定された対応策を申し入れることを区別することである。

a. 東京電力の決定内容
 東電のテレビ会議録の発話からは、14日の19時28分にはオフサイトセンターにいた小森常務が「退避基準の検討」を要請している。また、東電職員に対するヒアリングによれば、19時45分ごろには、武藤副社長が部下に対し「退避計画」の策定を命じている。

 このころ、福島第一原発にいた吉田所長は、「退避が検討された時点で、がれきの片付けなどを行ってくれていた女性や関係会社の人がまだ残っており、まずはそういった人たちを優先的に福島第一原発から帰ってもらうことを考えた。何人残す必要があるかの判断は難しく、その時点で人数までは考えていなかった。ただし、最後の最後は、昔から知っている10人くらいは一緒に死んでくれるかな、ということは考えた」と述べている[35]。作業従事者からも「現場を放棄して退避することなど、一度たりとも考えたことはない」[36]との証言が得られている。また、当時、政府の原子力災害現地対策本部(以下「現地対策本部」という)の本部長としてオフサイトセンターにいた池田元久経済産業副大臣(以下「池田経産副大臣」という)によれば、「オフサイトセンターでは、退避計画は、最初から一部を残すことを前提として検討されているという認識であった」とのことであり、少なくとも福島第一原発及びオフサイトセンターで、全員を退避させることが決定された形跡はない。

 テレビ会議録では、高橋フェローがあたかも全員が福島第二原発へ退避するような発言をしているが、この発言に対しては、その直後に清水社長が「現時点で、まだ最終避難を決定しているわけではないということをまず確認してください」「プラントの状況を判断……あの、確認しながら……決めますので」と発言している。このことからみて、東電本店においても、この時点で「全員退避」が決定されていたとは考えられない。また、退避の検討にあたっても、退避後の原子炉のコントロールを前提として、ポンプへの燃料補給、ベントライン構成についての指示検討が行われており、原子炉のコントロールを放棄する意図はないことがうかがえる。

 14日の21時22分、2号機の圧力容器への注水が成功し、水位が回復したことから、東電内部には一様に安堵感が広がり、退避基準に関する検討はひとまず棚上げになった。しかし、日付が15日に変わるころ、格納容器ベントができずに2号機の状態が再び悪化したことから、改めて退避の基準と計画が議論されるようになった。最終的には、15日3時13分の段階で、退避計画を記したペーパーが確定されるが、そこには緊急対策メンバー以外の者が退避する段取りが記された。

 以上の点からすれば、東電の検討した退避計画は、原子炉の放棄を意図するものではなく、また、全員の退避を決定した形跡も認められず、最低限必要なメンバーを残して退避する前提であったことがうかがえる。

 この点につき、東電作成の「中間報告」では、「当社が官邸に申し上げた趣旨は、『プラントが厳しい状況であるため、作業に直接関係のない社員を一時的に退避させることについて、いずれ必要となるため検討したい』というものであり、全員撤退については、考えたことも、申し上げたこともない」と記載されている。また、3月30日の勝俣会長の記者会見において、「当時、800人を超える人たちが第一の発電所におりました。で、そのうち当然のことながら、直接運用等々に関わらない人たちもおりましたので、そうした半分くらいの人員は撤退することを考えましたけれど、全体として、発電所の運営に関わる人たちは、決してそんなことはありませんと、いうことでありましたので、そこは、ちょっと、若干の誤解が入っているのであろうと思います」との発言がある。

 しかし、テレビ会議録等からうかがわれる様子や吉田所長の発言等からすれば、14日から15日にかけて東電が検討していた退避の計画は、不必要な人だけを異動させるといった生やさしいものではなく、原子炉のコントロールに必要不可欠な者だけを残して大多数を退避させるといったものだったことがうかがわれる。官邸側は、不必要な人員を移動させるだけなら、わざわざ官邸に問い合わせなかったはずだと述べているが、まさに相談が必要なほど大規模な移動であったわけで、この点に関する東電の説明は、批判を恐れるあまり不正確になったものと考えられる。

b. 清水社長の相談と官邸の誤解
Ⅰ) 清水社長から海江田経産大臣への電話
 東電の電話記録によれば、清水社長は、14日18時から15日3時までの間に、自ら又は秘書を通じて合計11回海江田経産大臣の秘書官に電話をしている。そのほとんどは通話時間が数秒であるため、実際に通話がなされたと思われるのは、①14日18時41分からの133秒と、②14日20時2分からの50秒、③15日1時31分からの276秒である。海江田経産大臣によると、清水社長と電話をした回数や時刻ははっきりしていないので、①から③の秘書官宛の電話が海江田経産大臣に取り次がれたかどうかは不明である。寺田学内閣総理大臣補佐官(以下「寺田補佐官」という)によれば、「14日の……そんな深夜になる前に」海江田経産大臣と枝野官房長官が撤退問題を話しており、「そのときに経産大臣の秘書官がお部屋に入ってきて、経産大臣に東電からお電話ですという話があったので、経産大臣が言われたのは、その秘書官に対して『いいよ、その電話はもう断ったからいいよ』という話をされていた」ので、「僭越ながら海江田経産大臣に『そのようなお話であれば、もう一度ちゃんと電話に出られて、しっかり断られた方がいいと思いますよ』ということを申し上げたところ、海江田経産大臣も『そうだな』と言ってお部屋を出られた」とのことである。

 これが正しいとすれば、海江田経産大臣は、まず①の電話を取り次がれ、清水社長が「全員撤退」を申し出たと理解し、それを断ったのではないかと考えられる。ちなみに、清水社長は、直前の18時36分に寺坂保安院長に電話をかけており、折り返し寺坂保安院長からかかってきた電話で、19時ごろに同趣旨の相談をしている(寺坂保安院長は、この時の清水社長の会話に対して、「何を伝えたいのか要領を得ないとの印象を持ったものの、『全面撤退』を申し出ているとは認識しなかった」と述べている)。

 ②の電話は寺田補佐官が目撃したものだとすれば、この電話ではほとんど会話が交わされていないことが分かる。

 ③の電話が海江田経産大臣に取り次がれたかどうかも不明なため、平成24(2012)年5月17日に開催された当委員会において海江田経産大臣が言及した通話内容が、①の時のものか③の時のものかは明らかではないが、いずれかの電話で、海江田経産大臣は、清水社長から、「第一発電所から第二発電所に」、撤退という言葉ではなく海江田経産大臣は、「退避」という言葉を聞き、それを「全員撤退」の申し出と理解したことになる。また、当該電話においては、「全面」という言葉も「一部」という言葉も使われた記憶はないと述べているが、清水社長が経産大臣に直接電話をするということは、会社として重大な意思を伝えたかったものと考えたことから、「退避」という言葉を「全面撤退」の申し出と受け止めたと述べている。しかし、「a.」で述べたように、この時点で東電が「全面撤退」を決めていた形跡がない以上、結果として海江田経産大臣の受け止め方は誤解だったことになる。

 こうした誤解を生じさせた最大の原因は、清水社長のコミュニケーションの取り方にあったことは言うまでもない。海江田経産大臣及び寺坂保安院長の発言から、清水社長は海江田経産大臣に対して、「原子炉のコントロールを放棄するつもりはなく、必要最低限の人員を残す前提である」という極めて重要な事実を、明確に伝えていないことは明らかだからである。清水社長が、このような重要な事実を伝えず要領を得ない説明を行った理由は必ずしも明らかではないが、

- 東電としての意思を明確に伝える前に、官邸側の意向を探りたいという意図が働き、曖昧で要領を得ない説明となった。
- この時点では、具体的な退避計画が立てられておらず、残る人数についても明確な基準がなかったため、原子力部門の専門家ではない清水社長は、その後もし原子炉の状態が最悪の経過をたどった場合、どの程度の人員が必要になるのか判断がつかず「最低限の人員が残る」ということを明言することができなかった。
- 「待避」という言葉は、原子力の保安上はこの漢字を用い、原子炉に対するコントロールを維持しながら一時的に安全な場所に避難することを意味するが、この「待避」という言葉のみで、原子炉のコントロールを放棄しないという主旨が伝わると漠然と考えていた。
- 原子炉の状態が最悪の経過をたどると、最後まで原子炉を守るであろう部下らは「死亡」する恐れがあることから、それを漠然と意識しつつも、言葉に出してはっきりとさせることがはばかられ、暗黙の前提として理解してもらえるものと期待した。

などの可能性が考えられる。

 清水社長がこうした曖昧で要領を得ない伝え方をすれば、海江田経産大臣が、それまでの東電本店に対する不信感と相まって、「社長自らが、とても伝えられないような重大な意思を伝えにきた。つまり全面撤退ではないか」と考えるのは致し方がない面がある。「退避」あるいは「待避」という言葉は、「一時的である」といった語感はあるが、必ずしも「一部」というニュアンスを含むものではないため、「全員撤退」の趣旨に伝わる可能性は高い。しかし、既に述べたように東電内部で全面撤退が決まった形跡はなく、やはりそれは「誤解」であった。

Ⅱ) 枝野官房長官への電話
 清水社長は、枝野官房長官と電話した覚えはないと述べている[37]。清水社長に直接確認したところによれば、この発言は、当時の記憶が曖昧であったため、現時点で入手可能な東電の電話記録を調べたところ、枝野官房長官と通話した記録が残っていなかったことを根拠としているようであるが、当時の電話記録の全てが残っているわけではないため、根拠に乏しい。逆に、枝野官房長官の記憶は鮮明であり、恐らく15日の未明に東電の撤退問題で菅総理を交えた会議を行う前に一度だけ電話で清水社長と話したものと考えられる[38]。

 その際、枝野官房長官は、清水社長からの電話に対して「そんなことをしたらコントロールできなくなって、どんどん事態が悪化をしていって止めようがなくなるじゃないですかというような趣旨のことを私の方から指摘」したところ、「それに対して、口ごもったというか、お答えでしたので、部分的に残すという趣旨でなかったのは明確」との認識を示している[39]。
枝野官房長官は、「全面撤退」という言葉を聞いたわけではなく、清水社長の応対から全面撤退を意図していたと判断したわけであるが、ここでも清水社長は、枝野官房長官に対し、その懸念を払拭するために、原子炉のコントロールを放棄する意思がないことを明確に伝える、ということをしていない。この理由についても、必ずしも明らかではないものの、

- この時点では、具体的な退避基準が決まっておらず、もし原子炉の状態が悪化していった場合に、どのような態勢を維持することになるか不明であったため、原子炉の技術的知見に乏しい清水社長には、原子炉のコントロール喪失の懸念を明確に否定することができなかった。
- 検討している退避は、必要最低限の人員を残す前提ではあったものの、万全な状態に比べれば態勢が弱体化することは否めないといった後ろめたさもあり、原子炉のコントロール喪失の懸念を明確に否定することができなかった。

などの可能性が考えられる。

 こうして、清水社長は、機会を与えられながらも官邸の誤解を払拭することができず、官邸は、東電に対して「全面撤退を考えている」との疑念を強めていった。

Ⅲ) 官邸から吉田所長に対する確認
 14日18時47分の時点で、菅総理は、細野豪志内閣総理大臣補佐官(以下「細野補佐官」という)の電話を代わる形で吉田所長と通話したものと考えられる。平成24(2012)年5月28日の当委員会の聴取によれば、この電話で、菅総理は吉田所長から「まだやれる」と聞いている。

 平成24(2012)年5月27日の当委員会の聴取によれば、枝野官房長官も、15日未明に菅総理との会議を行う前に吉田所長と連絡をとっており、「本社が全面撤退みたいなことを言っているけれども、現場はどうなんだ、まだやれることはありますか」と言ったところ、「まだやれます、頑張ります」という返事を受けたとのことである。寺坂保安院長によれば、15日未明に菅総理との会議が開催される直前、官邸では、発電所の現場と東電本店とで食い違いが生じていることが議論になったとのことである。しかし、東電本店に対する不信感が強く、仮眠中だった菅総理を起こして、東電の「全面撤退」を阻止するための会議が開かれた。

 東電本店に対する不信感がなぜ生まれたのかは必ずしも明らかではないが、平成24(2012)年5月17日の当委員会における海江田経産大臣に対する聴取によれば、ベントや海水注入が遅れたことから東電本店への不信感が生じていたようである。そうした状況の中で、清水社長から「原子炉のコントロールを放棄しない」「一部を残す」といった重要な事実が伝えられず、まずは海江田経産大臣に誤解が生じたものと思われる。海江田経産大臣の誤解は枝野官房長官にも伝播し、最終的には菅総理に伝わった。仮眠から起こされた菅総理にとっては、会議の出席者の間で既に共有されている以上、東電が「全面撤退」を申し出ているという説明を疑うことは難しかったと思われる。

c. まとめ
 いわゆる「全員撤退」問題は、清水社長の曖昧な相談と、海江田経産大臣はじめ官邸側の東電本社に対する不信感に起因する行き違いから生じたものと考えられる。この問題を引き起こした最大の責任は、東電の最高責任者という立場でありながら、役所と手を握ることで責任を転嫁する傾向を持った東電の黒幕的な経営の体質から、「原子炉のコントロールを放棄しない」「最低限の人員を残す」という重大な事実を伝えられず、曖昧で要領を得ない説明に終始した清水社長にあるといえる。その意味で、このいわゆる「全員撤退」問題は官邸の誤解であったとはいえ、清水社長が自ら招いた出来事であるから、東電の側が官邸を一方的に批判するのはお門違いであると言わなければならない。

 他方で、菅総理が東電本店に来社し、覚悟を迫る演説を行う前には、既に東電は緊急対策メンバーを残す退避計画を立てており、菅総理が「全面撤退」を阻止したという事実は認められない。したがって、菅総理がいなければ東電は全員撤退しており日本は深刻な危険にさらされていたに違いない、といったストーリーもまた不自然であると言わなければならない。

[31]枝野幸男前内閣官房長官 第15回委員会
[32]菅直人前内閣総理大臣 第16回委員会
[33]勝俣恒久東電取締役会長 第12回委員会; 武藤栄前東電取締役副社長 原子力・立地本部長 第6回委員会
[34]吉田昌郎東電福島第一原発所長ヒアリング
[35]吉田昌郎東電福島第一原発所長ヒアリング。言うまでもなく、この10人というのは、死を覚悟したときに吉田所長が漠然と思い浮かべた仲間の人数であって、残る人数を10人と決めたわけではない。
[36]東電担当者ヒアリング
[37]清水正孝前東電取締役社長 第18回委員会
[38]東電の電話記録からはこの通話を特定できていないが、14日の19時48分ごろ、本店の代表電話から総理官邸に電話がかかっていることが分かっている。この時間帯は、勝俣会長と吉田所長がテレビ会議の画像に映っているので、清水社長が官邸にかけている可能性は高い。仮に、これが清水社長から枝野官房長官への電話であったならば、寺田補佐官の発言とつじつまが合うことになるが、枝野官房長官の発言と食い違うことになるため、清水社長と枝野官房長官の通話時刻は厳密には特定できない。
[39] 枝野幸男前内閣官房長官 第15回委員会 


(´・ω・`)この事故調で撤退問題はケリついてると思うんだわ 


 
【youtube】5.28国会事故調 第16回委員会「参考人・菅直人」
2:26:20~
〇大島賢三君
 委員の大島でございます。
 最後に総理に一言ご発言をいただきたいことがあるんですが、それは、吉田所長を始め現場を支えた作業員に対する一言ということであります。
 総理もおっしゃいましたけれども、背筋の寒くなるような最悪の事態になり得たと。そういう状況であったわけですけれども、そういう最悪の事態を防いで救ったのは、最終的には東電本部の首脳、指導部でも官邸でも、ましてや原子力安全・保安院、安全委員会でもなく、まさに現場にあって極限状態の中で文字どおり命がけで収拾に取り組んだ吉田昌郎所長以下50名とか70名の作業員の人たちの決死の働きであったということは、これは多くの国民が受け止めておりますし、海外でもこれが称賛をされてヒーローとかフクシマフィフティーズと言われていたわけですけれども、そういう事態に対して、本部長として全体を取り仕切られた総理からこれらの人に対して一言おっしゃっていただければと思います。正式の会議でもございますし、記録でも取られておりますので、是非お願いしたいと思います。

〇蜂須賀禮子君
 済みません。蜂須賀です。
 同じ質問になってしまうんですけれども、今、 大島先生と同じく、同じ質問で申し訳ございません、私も同じく今考えておりました。
 というのは、私たち12日に避難しまして、15、16とあの極限のときに同じ避難者の人たちが、向こう、第一に行ってくるよ、現場を抑えてくるからなというふうにして出かけていったんですね、避難所から。そのとき、私たちは避難所の中で、頑張ってね、私たちのためにあの発電所をこれ以上悪い方に行かせないでねと言うと、戦争でもないのに、お国のために俺たち頑張ってくるぞと。それこそ家族は涙ながらにそのお父さんを送ったんですね。
 私は、あのときに私たちの命を救ってくれたのはあそこの現場で必死に働いてくれた人ではないかなと思っております。今、大島先生がおっしゃったとおり、あの人たちに対して、最高責任者であった菅さん、一言あの方たちに言葉をいただきたいと思います。

〇参考人(菅直人君)
 私も全く同じように感じています。やはり、一番厳しい状況にあることは東電の現場の皆さんが最もよく理解をされていた。その中で、最後の最後まで頑張り抜いてやっていただいた。そのことが、ある段階でこの事故の拡大が止まるやはりもっとも大きな力になったと。同時に、その後、自衛隊、消防、警察、いろんな関係者もある意味命を懸けて頑張ってくださったと。そういう皆さんの、国を思うというか国民を思う、そういう気持ちがあって何とか事故が更なる大きな拡大につながらないで押しとどめることができたと。その皆さんには本当に、もちろん当時の責任者という立場だけではなくて、一人の人間として心からお礼と敬意を表したいと思います。

〇委員長(黒川清君)
 ちょっと、野村委員から一つ。

〇野村修也君
 総理、それに関連して、私がヒアリングした限りでお伝えをしたいことがあるので申し上げておきますが、総理はあの15日の朝に東京電力本店に行かれて、それで多くの方々の証言では叱責をされたということなんですけれども、この御様子がその今御発言された相手の、福島原発におられた作業員の方々にも届いていたことはそのときお考えになって御発言されていたんでしょうか。

〇参考人(菅直人君)
 私がどういう話をしたかというのはかなり表に出ておりますけれども、私の気持ちで申し上げると、叱責というつもりは全くありません。直前に撤退という話があったことは、それを清水社長に撤退はありませんよと言った直後でありますから、まだ皆さんがそのことで意思一致されているかどうか分かりませんでしたので、何とか、一番厳しい状況は皆さんが分かっておられるだろうと、だから本当にこれは命を懸けても頑張ってもらいたいという、そういうことを強くは言いました。それから、撤退しても、つまり現場から撤退しても、放射能はどんどん広がっていくわけですから、そういう意味で、撤退しても逃げ切れませんよということも言いました。そういうことは言いましたけれども、現場にいる皆さんを何か私が叱責するとか、そういう気持ちは全くありません

 それから、それを皆さんが聞いておられたということは後になって気が付きました。つまりは、私も東電に入るのは初めてですから、本社のそういうところに。入ってみると、大きなテレビ会議のスクリーンが各サイトとつながっていて、24時間、例えば第二サイト等の状況が分かるようになっていました。ですから、後になって、私があそこで話したことは、そこにおられた200名余りの皆さんだけではなくて各サイトで聞かれた方もあったんだろうと。

 私は、それを公開するしないという話がありましたけれども、私自身は公開していただいても全く構わないというか、決して私が止めているわけではありません。それを聞いていただければ、私が、いろいろなことを申し上げましたが、最後には、まあ60歳を超えている会長とか社長とか私などはある意味先頭を切っていこうじゃないかということも申し上げたわけでありまして、決して現場の人に対して何か叱責するというような、そういう気持ちは全くありませんでしたので、そこだけは是非御理解をいただきたいと思います。

〇野村修也君
 お気持ちはよく分かるんですけれども、一点だけですが、その前に、まさに会社のために、国のためにということで自分たちが命を張っておられる方々がまさか現場から逃げることはないということは伝わっているわけですよね。電話で確認されているわけです。枝野官房長官は、昨日の発言であれば、現場にも連絡をして撤退の意思はないということは確認をされているわけなんですが。

 そういうような方々が、総理が来られて、現場から自分たち撤退するつもりがないと思っておられる方に何で撤退するんだということを、そのどなっておられる姿というのは、やはり今まさにそのサイトと命を共に、これを何とか防いでいこうと思っておられる方々に対する態度として、先ほど人としてという御発言がありましたけれども、何か反省すべき点というのはないんでしょうか。

〇参考人(菅直人君)
 同じことになるんですけれども、私は本当に叱責するというような気持ちは、とくに現場の皆さんに対してはそういう気持ちは全くありません
 先ほど来、この撤退の経緯についてはいろいろお聞きになりましたけれども、少なくとも私が3時に起された時点では、撤退するということを社長が経産大臣に言ってきたという、そこからスタートしているわけです。ですから、その意思は、普通に考えれば、東電の少なくとも上層部は共有されているというふうに理解するのが普通だと思うんです。私は本店に入りましたので、そこには上層部の幹部の人が基本的にはおられたわけです。もちろん、今おっしゃったように、現場のところにもテレビ電話でつながっていたかもしれませんが、私自身はそのことは後で、テレビは分かりましたけど、そこにおられる東電の幹部の皆さんに、撤退ということをもし考えておられたとしても、それは考え直して、何としても命懸けでも頑張ってもらいたいと、そういう気持ちで申し上げたんでありまして、そこは是非御理解をいただきたいと思います。


( 一一)叱責するつもりはない、が4回も・・・
「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」
と発言したことの言い訳になってるのかどうか

この国会事故調を見て「命令違反で撤退」という記事がよく書けるなあと
不思議に思うのでございます


国会事故調
第16回委員会 平成24年5月28日(参議院議員会館内講堂)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/pdf/naiic_kaigiroku.pdf
p362・363から書き起こし 
国会事故調16回p362(23段)
 国会事故調16回p362(4段)
国会事故調16回p363(12段)

週刊新潮・新聞協会賞 「手抜き除染」キャンペーンに自作自演の闇がある! 続き
「手抜き除染」報道に自作自演疑惑 補足資料

週刊新潮2014.10.23号
p48~50
証拠メールで「朝日新聞」反論の嘘がばれた!
「自作自演」は無反省!
「手抜き除染」に新聞協会賞の資格があるか!

 朝日新聞の「手抜き除染」キャンペーン。昨年度の新聞協会賞を受賞した一連の記事に自作自演があったことは、先週号で報じた通りである。朝日は慌てて反論したが、それが真っ赤な嘘であるのは「証拠メール」からも明らか。やはり無反省がお家芸のようで。

 10月9日、朝日新聞の慰安婦報道を検証する第三者委員会の初会合では、委員から「朝日は都合のいい事実だけ拾って報道し、都合の悪いものは無視する体質だ」という声が上がったという。自らの体質を少しは自覚しているのかもしれない。だが、一歩踏み込んで、「都合のいい事実」を「自作自演」しているとまで指摘されると、おいそれとは認められないようだ。
 本誌が先週号に掲載した特集記事「新聞協会賞『手抜き除染』キャンペーンに自作自演の闇がある!」に対し、朝日新聞は8日付朝刊で「事実誤認」と反論するとともに、本誌編集長に宛てて「抗議書」を送ってきた。とりわけ後者は、
<「自作自演」などと決めつけ、報道機関としての朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損するもので到底看過できません>
 などと強い調子で書かれているが、むろん「決めつけ」ではない。それどころか、<朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損>しているのは、朝日新聞とその記者自身ではないのか、と問い返したいが、それは追って詳述する。その前に、朝日の「手抜き除染」キャンペーンと、そこに浮上した疑惑を報じた本誌記事を振り返っておかねばなるまい。
 新聞協会賞を受賞したキャンペーンの概要は、本誌への反論が掲載された8日付の朝日から引用する。
<本誌は2013年1月4日付朝刊で「手抜き除染横行」(東京本社版)の見出しで、環境省が福島県で進めている除染作業で、汚染物質が回収されずに現場周辺の山や川に捨てられている実態を報じました。(中略)取材班は12月11~18日に除染現場にのべ130時間にわたって張り込み、環境省ルールに沿わない手抜き作業を13か所で確認し、写真や動画に記録しました。さらに週刊新潮が取り上げた元作業員を含む約20人から、手抜きに関わったとの証言を得ました>
 ところが、朝日に証言した元作業員、梶村圭一郎氏(31)によれば、朝日の取材には自作自演があったという。それを梶村氏の実名による告発として報じたのが、先週の本誌記事だった。現在、横領罪などで拘置所に収監されている梶村氏から寄せられた150枚を超える手紙に加え、直接の面会で得られた証言によって、朝日の”手口”を具体的に暴いたのである。
 たとえば、梶村氏の手紙から、こう引用した。
<記事では、作業員が勇気を持って、録音を自身で決意した等となっていますぅが、実態はA記者からICレコーダーを手渡され、録音を依頼されましたlしかも、現場監督が不法投棄している部分という注文付きでした。同記者は、多少誘導的になっても良いから、現場監督の録音が欲しいと言って来ました>
 13年1月4日付の朝日の記事には、「20代男性」すなわち梶村氏が、現場監督から汚染物質を「捨てていい」と指示されたとしたうえで、
<男性は納得できなかった。(中略)これで除染したと言えるのかー。/作業開始から1カ月余りたった11月27日、男性は現場監督にただした。そしてそのやりとりを録音した>
 と書かれている。が、現実には、朝日による”マッチポンプ”だったと梶村氏は訴えるのだ。これに対し朝日は反論記事に、
<記者に、元作業員から「録音する機械を貸してくれれば、作業の指示を記録する」と提案があったため、記者はICレコーダーを渡しました>
 と書き、さらに「抗議書」ではこう言い切る。
<ICレコーダーで音声を録音したのは、取材協力者の意思によるもので、記者からの依頼によるものではありません>
 そこで本誌は、あらためて梶村氏に面会したが、
「A記者と初めて会ったとき、”お近づきの印に”とクリームパンとICレコーダーを渡されました。”多少、誘導してもいい””と言われたのは事実だし、”作業員でなく現場監督の声欲しい”とも言われた」
 と明言するのである。

「お渡ししたいものが」
 それでも朝日は、自身の情報源であった梶村氏をウソツキ呼ばわりするのかもしれないが、彼は以前、こうも語っていた。
「(同僚作業員の)木田裕太君(仮名)に渡すICレコーダーを、A記者と2人でいわき市内の家電量販店に買いに行きました。A記者は、木田君はブランド好きだから”ソニー^がいい”と言って、ソニー製を買って渡していました」
 そこで木田氏に尋ねたところ、こう証言するのだ。
「A記者は、除染の下請け会社社長の発言や会話を録音してほしいと、私にICレコーダーを渡してきました。一方的に”録音してくれ”と渡されました」
 しかも、12年12月10日の、A記者と木田氏の間のEメールによるやりとりが残されていた。

A記者<あとでお渡ししたいものがあるのですが/お会いできませんでしょうか??>
木田氏<渡したい物とはボイスレコーダーか何かですか?>
A記者<わ、すごいカンですね(^-^;/ご自身の身を守っていただきたくて>

 余談だが、翌11日にはこんなやり取りもしている。

A記者<女平の道路の高圧洗浄は、今日はやってますでしょうか?>
木田氏<今日は行わないようです>
A記者<ありがとうございます!写真、もし危険がなければお願いします。危険がなければ、で!>
木田氏<どういった写真が欲しいのですか?>
A記者<ピンクのひもの向こう側に木とか葉っぱとかぽいっとしてるところを。やらせでなく、通常作業で。すみません>

 録音ばかりか、写真まで作業員に”依頼”しているが、写真は<のべ130時間にわたって>張り込んだ記者が記録したのではなかったのか。しかも、わざわざ<やらせでなく>と断るとは、意味深である。
 本誌先週号の内容に戻る。朝日の動画サイトや「報道ステーション」で流された自身へのインタビューについて、梶村氏は、
<少なくとも私の発言内容は、A記者が作成した内容です。私が、不法投棄の現場を案内した際、一枚のメモ帳を渡され、「これを読んでいる所を、録画させて頂いても良いですか」といわれましたので、「はい」と答えて応じました>
 と手紙に綴っていた。これに朝日は反論記事で、
<記者はメモは渡しておらず、インタビューの元映像にも何も手に持たずに話す場面が記録されています>
 と主張するが、梶村氏の反論はこうだ。
「細長いメモ帳に走り書きしたQ&Aを渡され、撮影前にA記者に返しました。だから、映像に映っているわけがないのです」
 それに、そもそも梶村氏が「手抜き除染」について”台本”なしに的確に喋れるのか、と疑う声があることにも触れておきたい。7万円を横領されたとして梶村氏を刑事告訴した元除染作業員は、こう語る。
「朝日の記者と接触したとき、梶村はまだ10月に現場に来て1カ月も経っていなかった。現場の指揮系統だってよく分かっていないやつが、この除染が手抜きだなんて判断できるわけがないんだ」
 さて、先週の記事の山場は、A記者が梶村氏を扇動し、「手抜き除染」の告発文書を環境省に送らせたというくだりである。
 概要はこうだ。12年12月16日、A記者に「環境省の担当者と話してほしい」と頼まれた梶村氏は、A記者のハイヤーに同乗した。A記者は車中から環境省の担当者に電話し、梶村氏に替わった。梶村氏はA記者に指示されるまま不法投棄の実態を説明。その後、A記者がパソコンで環境大臣宛ての告発文を作成し、「梶村君の実名で出してくれるよね」と頼んだ。それを渡そうと環境省に向かうが、多忙の担当者には会えず、A記者は渋谷のコンビニからファックスで送信した。さらに、梶村氏によれば、
「郵送したとも聞きました。告発文書にかかわる費用はすべてA記者持ちです」

「朝日新聞社記者に頼まれ」
 このお手本のようなマッチポンプに、朝日は、
<環境相への文書を出したのも元作業員の意思によるものです。/文書は、記者が元作業員から頼まれ、話を聞きながらパソコンでまとめました。手抜き除染の実態や本人の本籍地など、記者が知り得ない内容が含まれています>
 と記事で反論し、「抗議書」でも同様に訴える。そこで梶村氏が言う。
「自分の意思だったら、環境省に自分の携帯で電話するはずだし、A記者がそばにいるわけないじゃないですか。自分の意思なら自分で行きますよ。それに”記者が知り得ない内容”って、12月2日の時点で私はA記者を現場に案内しているし、以後もA記者と寝食を共にしてプライベートの話もしている。本籍地だって、妻と暮らす住所を書くのが嫌で、それにしたんです」
 この日、梶村氏がA記者と行動を共にしていたことは、くだんの環境省の担当者も記憶している。
「私宛にA記者の携帯から電話があって”不法投棄の恐れがある事案を作業員が告発したい”と言うんです。A記者の隣に梶村さんがいたようで”電話を替わるから話を聞いてくれ”と言われ、梶村さんと話しました。私は”資料があればファックスしてほしい”と伝え、その晩にファックスが来て、後日、郵送でも届きました」
 この”情報提供”がもとで翌13年1月10日、梶村氏は環境省のヒアリングを受けた。その模様について、同省の手になる「除染適正化プログラム」①には、こう記されている。
<情報提供者が、大日本土木の現場監督から指示されて草木を投棄したこと、朝日新聞社記者に頼まれて指示の様子を録音した、との回答があった>
 朝日は「抗議書」で、
<ICレコーダーで音声を録音したり、環境省に通報文書を贈ったりしたのは、すべて元作業員の意思で行われたものです>
 と断じるが、ここまで記してきた一連の経緯のいったいどこに<元作業員の意思>が見出せるというのだろうか。ちなみに、梶村氏の”正直な”発言が掲載された右の「プログラム」を環境省が発表したのちのことを、梶村氏はこう手紙に綴っていた。
<上司に厳しく注意された、とA記者に怒られました>
 元朝日新聞編集委員の川村二郎氏が言う。
「除染作業員と一緒に環境省に行ったり、録音を頼んだりするのは、取材活動を超えているのではないでしょうか。録音を頼まれた作業員が張り切って、記者の意向に沿うようなことを言わせようとしたのも、無理ないと思います」
 実際、梶村氏の同僚だった元作業員に聞いても、
「梶村がICレコーダーを持ち、写真も撮っていたのは知っています。でも、現場の木戸ダム上流は風が強く、葉を集めてもすぐ側溝に溜まってしまう。現場監督がそれを”落としていい”と言ったことがあるかもしれないが、意図的に不法投棄したなんて感覚は現場にはありませんでした」
 手を抜かずに”除染”すべきは、火のないところに煙を立たせる朝日新聞の体質ではないのか。<著しく毀損>された同紙の<名誉と信用>を回復するには、自作自演の”やらせ”記事を取り消し、新聞協会賞を返上するほかあるまい。


記事中の赤字:朝日新聞の反論記事部分
参考→「手抜き除染」報道、朝日の反論

「除染適正化プログラム」
環境省「除染化適性プロブラム」2013.1.18
→http://josen.env.go.jp/tekiseika/pdf/torikumi_130118.pdf
p18~21
② 楢葉町本格除染

(a)指摘・通報の内容
 12月26日深夜、石原環境大臣あて、除染作業に従事していた作業員から、除染で出た枝葉等について違法性が疑われる投棄が行われていたと、FAX(後に郵送)で情報提供があった。「作業員は、10月2日から木戸ダム周辺(大日本土木が担当している現場)で、除染作業に従事しており、木戸ダムをはさんで上流5キロ、下流5キロほどでモニタリングに係る作業をしていた際、大日本土木の現場監督より、草木を崖や斜面の下に投げるよう指示を受けた。10月20日ごろから、木戸ダム上流5キロ区間で除染の作業をしていた際、大日本土木の監督者より、枝葉を崖や斜面の下に投げるよう指示を受けた。11月27日には、大日本土木の監督者からの指示を録音した。現場には投棄された草木の山があるはずであり、ネットが落ちるはずのない場所にネットが落ちている(写真あり)。」

 同様の内容について、1月4日付の朝日新聞朝刊に掲載。「草や落ち葉を崖下に捨てるよう大日本土木の現場監督から作業員に指示があり、それに作業員が従った。11月27日に現場監督からの指示を録音、年末に投棄させられたことを環境省に通報。」

 また、11月頃、環境省本省担当宛に、除染に従事していた作業員と思われる方から情報提供あり。「特殊勤務手当が払われていない。環境省の対応が悪いと、現場で起こっている事案を暴露する。」

 11月19日には、コールセンターに、除染に従事していた作業員と思われる方から情報提供あり。「元請は前田建設、一次下請はユタカ建設、三次下請は藤建の現場にて作業を行っていた。除染の仕方も、あれは除染と呼べないやり方。現場の監督は『ガイドライン通りやらなくてもいいから、早く見栄え良く、やったように見せておけ。』と言っている。今月中にきちんと特殊勤務手当が作業員に支払われないなら、今まで撮影していた除染風景などをネットで流したり、マスコミに情報を渡したりする。」

 また、11月21日には、コールセンターに、除染に従事していた作業員と思われる方から情報提供あり。「楢葉町ではただ草を刈って見栄えを良くすればいいと監督から指示が出ている。草刈機で刈って袋に詰めて終わり。邪魔な枝等はゴミの奥に捨てていいと言われ、スピードを早くしろ、予算削減しろとの指示が出ている。特殊勤務手当について全然改善されていない。町での除染作業も全部動画で撮っているし写真もあり、マスコミに流してもよい。」

(b)事業者からの報告
 10月下旬から11月末までに女平工区で行われていた除染作業について、作業を指示した現場監督に聞き取りを行ったところ、報道された作業員に対する投棄の指示またはこれを容認した事実は判明していない。投棄されたネット及び枯葉等について、事業者が行った12月25日以降の調査でも該当する事実は確認されていない。以上から、現時点(1月11日)の調査では、不法投棄に関する事実は確認されていない。

(c)環境省の見解
ア)調査内容
 指摘当日の状況につき、作業日報を確認した。1月7日に監督職員が、9日に秋野大臣政務官及び監督職員が、現地調査を行った。さらに、1月11日、13日には、調査範囲を広げて、監督職員が現地調査を行った 。

 1月13日、15日に、情報提供にあった現場監督者(大日本土木)にヒアリングを行った。また、1月10日に、情報提供内容の詳細を確認するため、情報提供者へのヒアリングを行った。さらに1月17日に当該現場に係る作業指揮者へのヒアリングを行った。同日、情報提供者と同じ現場に従事した元作業員へのヒアリングを実施しようしたが連絡が取れなかった。

イ)調査結果
 作業日報(参考資料②(1)-1)によれば、11月27日に女平工区で森林・法面除染を実施していたとされている。

 1月7日、9日、11日及び13日の現地調査で、以下の事項を確認した(参考資料②(1)-2)。
・ 情報提供にあったネットが落ちている写真と同一と思われる箇所(以下「情報提供箇所」という。)が存在した。
・情報提供箇所付近は、道路と崖に挟まれた法面が存在し、道路沿い延長約20m区間では、道路から約20mの除染実施範囲を超えて、崖までの残り最大10m程度の範囲(以下「除染対象外区域」という。)で刈払いが行われていた(この約20m区間を除く道路沿いの法面では、除染実施区域以外の刈払いは行われていない。)。
・ 除染対象外区域における刈払いでは灌木の途中で切断されているのに対し除染実施範囲の刈払いでは灌木が根元で切断されている等、その状況が大きく異なっていた。
・情報提供箇所に係る崖途中の小段に周辺状況とは異なる1立方メートル程度の一団の落枝群が存在し、その中には切断面が比較的新しい枝が存在した。
・ 除染対象外区域における灌木の切断面と一致すると思われる切断面を有する落枝を落枝群中に発見した。

 1月10日、情報提供者へのヒアリングにおいて、事実関係の詳細を確認した。情報提供者が、大日本土木の現場監督から指示されて草木を投棄したこと、朝日新聞社記者に頼まれて指示の様子を録音した、との回答があった。その証拠の提供を求めると、朝日新聞記者に渡したので、そちらに話をしてほしい、との回答があった。

 1月13日、現場監督2名へのヒアリングにおいて、朝日新聞が指摘事項について録音記録を持っていることを踏まえたうえで、朝日新聞が今回の投棄ととらえられる可能性のある指示をしたかどうかを確認したところ、1名は、指示をした記憶はないと回答し、もう1名は、指示をしていない、投棄については事実無根との回答があった。

 1月15日の現場監督1名へのヒアリングにおいて、除染対象外区域の刈払いを指示したかどうかについて確認したところ、当該場所付近は、除染作業範囲外として指示しており、除染することは考えられない、との回答があった。

 また、1月17日の作業指揮者へのヒアリングにおいて、除染対象外区域の刈払いを行ったかどうかを確認したところ、除染対象外区域の刈払いを行ったことはない、との回答があった。

ウ)環境省の見解
 情報提供箇所に係る崖下の一団の落枝群は除染対象外区域における刈払いにより発生した落枝が人為的に投棄されたものであると考えられる。

 現場監督及び作業指揮者からのヒアリングによれば、除染対象外区域の刈払いは行っていない旨の回答を得ていること及び同一の班が行ったこの区間以外の区間では除染対象外区域の刈払いは行われていないこと並びに除染対象外区域と除染実施区域の刈払い等の実施状況が大きく異なることから、当該除染対象外区域の刈払いを事業者が行ったものであると断定するには至らなかった。

 以上を総合的に考慮すると、何者かが情報提供箇所に係る崖付近の灌木を刈払いし、それによって発生した枝を崖下に投棄したことはほぼ確実であると考えられるが、今回の調査では、その投棄した者を特定するには至らなかった。


(´・ω・`)つくづく思うのは
朝日の調査力<<<<<<新潮の調査力
でございますね
環境省の調査報告書を見るに
スクープニダ~新聞協会賞ニダ~とホルホルするに値しないと思います

 23手抜き除染反論48
23手抜き除染反論49
23手抜き除染反論50
 

週刊新潮・新聞協会賞 「手抜き除染」キャンペーンに自作自演の闇がある! 
に対する朝日新聞の抗議記事

「手抜き除染報道」巡る記事、週刊新潮に事実誤認と抗議

 朝日新聞社は7日、週刊新潮の10月16日号に掲載された「新聞協会賞『手抜き除染』キャンペーンに自作自演の闇がある」の記事に事実誤認があるため、同誌編集部に抗議しました。その内容について、読者のみなさまに説明します。

 同誌の記事は、本紙が2013年1月4日以降に報じた福島県の放射性物質除染作業の手抜き問題を告発する元除染作業員の取材協力者の行動について、記者が元作業員に指示していたかのような内容になっていますが、そうした事実はありません。

 同誌の記事では、手抜き除染の現場のやりとりについて、元作業員は「記者からICレコーダーを手渡され、録音を依頼されました」としています。

 しかし元作業員は、12年11月、手抜き除染や除染手当不払いなどを自ら電話で本社に伝えてきました。この際、「作業風景などの写真が提供できる」と提案がありました。その後、折り返し電話した記者に、元作業員から「録音する機械を貸してくれれば、作業の指示を記録する」と提案があったため、記者はICレコーダーを渡しました。

 同誌の記事には、元作業員が記者のインタビューを受ける動画撮影の際、「一枚のメモ帳を渡され、『これを読んでいる所を、録画させて頂いても良いですか』と言われました」という記述があります。しかし、記者はメモは渡しておらず、インタビューの元映像にも何も手に持たずに話す場面が記録されています。

 元作業員が12年12月26日に環境相に送った、手抜き除染を指摘する文書について、同誌の記事では記者が提出を指示したかのような記述があります。しかし、元作業員は文書を出す以前から自ら環境省に手抜き除染や除染手当未払いなどを指摘する電話をかけており、環境相への文書を出したのも元作業員の意思によるものです。

 文書は、記者が元作業員から頼まれ、話を聞きながらパソコンでまとめました。手抜き除染の実態や本人の本籍地など、記者が知り得ない内容が含まれています。

 元作業員は12月中旬、複数の本社記者と福島県内の除染現場の取材に同行しています。同誌には、この際、記者が除染作業員らに「ギフトカードなどを手渡すこともあった」と書かれていますが、そうした事実はありません。

 当時取材した作業員に改めて確認したところ、「ギフトカードなど金券はもらっていない」と話しています。

 これまで本社は、報道機関から取材を受けても、取材経緯を明らかにしてきませんでした。しかし、同誌に事実に反する内容が元作業員の実名による話として報じられたため、経緯を説明しました。

■報道の経緯
 本紙は2013年1月4日付朝刊で「手抜き除染 横行」(東京本社版)の見出しで、環境省が福島県で進めている除染作業で、汚染物質が回収されずに現場周辺の山や川に捨てられている実態を報じました。

 取材を始めたのは、12年9月に本社記者と旧知の除染作業員から手抜き作業があるという情報がもたらされたからでした。取材班は12月11~18日に除染現場にのべ130時間にわたって張り込み、環境省のルールに沿わない手抜き作業を13カ所で確認し、写真や動画に記録しました。さらに週刊新潮が取り上げた元作業員を含む約20人から、手抜きに関わったとの証言を得ました。

 本紙報道を受け、石原伸晃環境相(当時)は13年1月6日に「除染適正化推進本部」の設置を指示しました。同本部が18日にまとめた調査結果では、取材班が伝えた事例を含め、5件で手抜きがあったと認定しました。環境省はこれらについて行政処分や指導を出し、除染の監視態勢を強化するなどの再発防止策を策定しました。
朝日新聞デジタル2014.10.8
http://www.asahi.com/articles/ASGB77VF6GB7UUPI00D.html 
http://www.peeep.us/f2bf962b

参考
作業員H氏→反原発工作員でした 

週刊新潮・新聞協会賞 「手抜き除染」キャンペーンに自作自演の闇がある! 補足資料

「手抜き除染」横行 回収した土、川に投棄
手抜き除染の現場

 東京電力福島第一原発周辺の除染作業で、取り除いた土や枝葉、洗浄に使った水の一部を現場周辺の川などに捨てる「手抜き除染」が横行していることが、朝日新聞の取材でわかった。元請けゼネコンの現場監督が指示して投棄した例もある。発注元の環境省は契約違反とみて調査を始めた。汚染廃棄物の扱いを定めた特別措置法に違反する可能性がある。

     ◇

 環境省は昨夏以降、福島県内の11市町村を除染特別地域に指定し、建物や道路、農地などから20メートル内の本格除染を始めた。それ以外に広げるかどうかは今後の課題だ。これまで4市町村の本格除染をゼネコンの共同企業体(JV)に発注した。楢葉町が前田建設工業や大日本土木など(受注金額188億円)、飯舘村が大成建設など(77億円)、川内村が大林組など(43億円)、田村市が鹿島など(33億円)。

 環境省が元請けと契約した作業ルールでは、はぎ取った土や落ち葉はすべて袋に入れて回収し、飛散しないように管理しなければいけない。住宅の屋根や壁は手で拭き取るかブラシでこする。高圧洗浄機の使用は汚染水が飛び散るため雨どいなどごく一部でしか認めていない。洗浄に使った水は回収する決まりだ。

 取材班は昨年12月11~18日、記者4人で計130時間、現場を見て回った。楢葉、飯舘、田村の3市町村の計13カ所で作業員が土や枝葉、洗浄に使った水を回収せずに捨てる場面を目撃し、うち11カ所で撮影した。また、作業員約20人から、ゼネコンや下請け会社側の指示で投棄したという証言を得た。「作業ルール通りやればとても終わらない」との声も相次いだ。

 楢葉町の道路沿いの山林で働いた下請け作業員は11月27日、大日本土木の現場監督から刈り取った草木の一部を崖下に捨てるよう指示されたと証言。取材班はこの際の録音記録を入手した。大日本土木や前田建設は取材に回答していない。同町では12月17日、2人が屋根やベランダを高圧洗浄機で洗い流し、水が飛び散る場面も撮影した。

 田村市で働いた4人は11月16、17日、下請けのリーダーから落ち葉や土を熊手で川にかき落とすよう指示されたと証言。取材班は同市の別の現場で12月14日に下請けのリーダーが自ら川岸にたまった落ち葉を足で蹴って川に落とす場面を撮影した=写真。鹿島は「事実関係を調査中」としている。

 飯舘村では12月18日、駐車場の路面の高圧洗浄で使った水がそのまま側溝に流れ、川に注ぎ込んでいくまでを撮影した。大成は「確認中」としている。

 除染作業中に土や枝葉を捨てる行為は契約違反にとどまらず、放射性物質による環境汚染への対処に関する特措法が禁じる廃棄物の投棄(5年以下の懲役や1千万円以下の罰金)に触れる可能性がある。環境省は「事実なら重大な問題だ」とし、ゼネコン各社から事情を聴く方針だ。(青木美希、鬼原民幸)

■画一的手法、再考を
 手抜き除染が露見し、少なくとも6500億円をつぎ込む国家プロジェクトへの信頼が揺らぐのは必至だ。「一日も早く戻りたい」と期待する住民だけでなく、巨額予算を支える国民全体への背信行為だ。

 実施範囲が決まった地域だけでも東京ドーム4千個分を超える。環境省は巨大事業のノウハウがなく、ゼネコンJVに市町村単位で一括発注する仕組みを採用した。作業ルールは環境省が定めたが、実際の作業はゼネコン任せだ。

 環境省は除染前後に放射線量を測るようゼネコンに求めているが、計測地点は限られ、除染がどこまで徹底されたか把握するのは難しい。作業員からは「計測地点周辺だけきれいにすればいいと指示された」との証言が相次ぐ。

 環境省の現場職員は「隅々まで監視するのは不可能」と認めている。除染の仕組みは機能していないというほかない。

 除染への地元の期待は大きい。一方で「同じ税金を使うなら生活支援を優先してほしい」との声もある。建物や道路から20メートル内の除染だけでも6500億円の税金が必要だ。ゼネコンに画一的に除染を任せる手法は住民ニーズに合うのか。巨額予算の使い方として妥当なのか。除染の範囲や方法を精査し、将来を見据えたあり方を再考する時だ。「アリバイ作り」の除染では意味がない。(多田敏男)
朝日新聞DIGITAL2013.1.4
http://digital.asahi.com/articles/ASG525DBXG52UEHF00K.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG525DBXG52UEHF00K

(´・ω・`)これが件の新聞協会賞(当時の新聞協会会長が朝日会長=秋山耿太郎氏www)の記事

環境省、手抜き除染情報を放置 ゼネコン業者の聴取せず
【多田敏男】福島第一原発周辺で手抜き除染が横行している問題で、環境省が昨年12月25日以降、詳細な手抜き情報を得ながらゼネコンを聴取せず、放置していたことがわかった。聴取を始めたのは、朝日新聞の報道を受けて除染適正化推進本部を発足させた今月7日だった。初動が遅れた結果、実態解明が難航する恐れがある。

 取材班は12月25日に現地本部の環境省福島環境再生事務所に、ゼネコン側の指示で草木が投棄されたことや洗浄水が回収されなかったことを日時や場所を特定して伝えた。手抜き現場の写真の一部も見せた。本省の幹部2人にも伝えた。

 26日には草木の投棄を指示された20代男性が実名で手抜き情報をファクスで本省と事務所に送った。取材を受けたゼネコン2社も28日までに洗浄水を適切に回収していない可能性があると事務所に報告した。
朝日新聞DIGITAL2013.1.10
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201301090533.html

(´・ω・`)何で手抜き除染告発が分かったのかなぁ~
やらせと考えると実につじつまがあうなぁ~

沈黙続ける石原環境相 手抜き除染発覚の日、登庁せず
手抜き除染報道の日登庁せず

 手抜き除染が発覚した4日に登庁しなかったことについて、石原伸晃環境相が沈黙を続けている。11日の定例記者会見も一方的に打ち切った。

 朝日新聞取材班の記者2人は11日の会見で最初に挙手したが、約17分間の最後まで指名されなかった。他の記者5人の質問で除染の話題はなかった。一方、石原氏が再生可能エネルギーの推進策について、5分間近く身ぶり手ぶりを交えて述べる場面もあった。

 環境省の中尾豊広報室長が会見を打ち切ろうとしたため、朝日新聞記者は「大臣、除染の件で聞かせて下さい」「4日は何をしていたのですか」と呼びかけたが、無言で立ち去った。記者は広報室に書面で改めて取材を申し込んだが、この日、返答はなかった。石原氏は4日の行動についてこれまでの取材に「覚えていない」と述べている。
朝日新聞DIGITAL2013.1.11
http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201301110363.html

(´・ω・`)せっかくスクープしたのに大臣が対応しないとは何事?けしからんキィ
ってとこでしょうか

「家庭にいた」とはどこですか? 石原環境相答弁で波紋

 【青木美希】「家庭」とは「自宅」のことですか――。石原伸晃環境相は15日の記者会見で、福島第一原発周辺の手抜き除染が朝日新聞報道で発覚した1月4日に「家庭」から事実関係の確認を指示したと説明した国会答弁の真意を聞かれ、「指示を的確に出した」とだけ答え、この日も居場所を明かさなかった。

 石原氏は今月12日の衆院予算委員会で、みんなの党の浅尾慶一郎政調会長から「1月4日はどこに居たのか」と問われ、「登庁せず家庭からご連絡させて頂いた」と答弁。浅尾氏は「自宅から連絡されたということですね」と受け止めていた。だが、石原氏は15日の会見で「自宅」と認めなかったため、4日の居場所問題は尾を引きそうだ。

 石原氏は衆院予算委で「除染作業員の8、9割は福島県民」とも答弁していたが、作業員は各地から集まっており、環境省担当部署によると、県民の割合を示すデータはないという。石原氏は15日の会見で「『だいたい9割』という話を聞いたが、データは役所が数えていればあるし数えてなければない」と述べ、明確な根拠はないと認めた。
朝日新聞DIGITAL2013.2.15
http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201302150145.html

(´・ω・`)しつこいなあ
(なぜみんなの党浅尾慶一郎議員だったんだろう)
金目発言は配慮に欠いていたけどそういう発言をわざわざ出すように追い込んだっていう面もあるわね
失言狙いの質問で得をするのは誰かなぁ
で、何ですか?環境大臣が変われば除染作業は進むんですか?

環境省「除染化適性プロブラム」2013.1.18
→http://josen.env.go.jp/tekiseika/pdf/torikumi_130118.pdf
p13~15
(6)事案 No.1-7、1-8

(a)指摘・通報の内容
12月25日午後8時頃、朝日新聞社から不適正な除染の事案として提供されたリストの中で、「12月14日午前10時40分頃、一般作業員が岩に積もった枯葉を川の縁に落とした(川には流れてはいない)。
 また、12月14日午前11時7分頃、班長作業員が川の縁に積もった枯葉を足で川に流していた。」と指摘。
 また、1月4日付の朝日新聞朝刊に、「12月14日昼休憩前、現場責任者と思われる者が、落ち葉の塊を両足で蹴って川に流した。」と掲載された。

(b)事業者からの報告
 14日の落ち葉の川への投棄については、1月9日、記事に掲載の作業員(二次下請かたばみ興業)と面談した結果、そのような事実がなかったと確認。当該作業員のヒアリングによると、「故意に川に流すことは、絶対にしておらず、作業員にも絶対行わないように指示をしている。
 記事に掲載された写真は、熊手が川に落ち、回収した時の写真だと思われる」とのこと。

(c)環境省の見解
ア)調査内容
 事業者から得た位置情報を元に、当該場所の12月14日の作業日報、写真を確認した。
 また、1月9日に井上環境副大臣、秋野環境大臣政務官が、現地確認を行うとともに、1月7日、11日、13日に環境省職員が現場周辺を調査した。
 さらに、1月11日に、環境省より、落ち葉を川に流したと指摘された作業員に対してヒアリングを行った。

イ)調査結果
 作業日報(参考資料①(6)-1)によれば、当日、当該場所で除染作業を行い、作業内容は除草であったとされている(作業用具として熊手が含まれうる)。
 ヒアリングにより、朝日新聞の指摘は、熊手を川に落としてしまい、それを拾うために川に入る際のものではないかとの見解を聴取。
 現地調査では、落ち葉を川に流したと指摘された作業員に当日の動きを再現させ、写真を撮影した(参考資料①(6)-2)。
 1月17日付け朝日新聞デジタルに関連する動画(該当部分は26秒程度)が配信されたが、当該動画によると、事業者の主張する熊手を回収するところは写っていなかった。また、川岸付近の落葉を川の中央に蹴り出したところが写っており、斜面の落葉を蹴り落としたという行為は写っていなかった。

ウ)環境省の見解
 指摘事項と作業員の主張は乖離しており、斜面の落葉が川に蹴り落とされたものと断定するには至らなかった

(´・ω・`)これだけ調査するのに手間も費用(税金)もかかるわけだが・・・
 
 
【youtube】★「調査報道とは何か」1  
【youtube】★「調査報道とは何か」 2 

 
【youtube】大竹まこと ゴールデンラジオ!「大竹メインデッシュ」(2014年3月10日放送)青木美希(朝日新聞 特別報道部記者) 

青木美樹プロフィール
http://blog.fujitv.co.jp/newhihyo/M201310.html

参考
鬼原民幸記者はインドネシア慰安婦記事にも関わっている
20年も前の「インドネシア慰安婦」を蒸し返して日本叩き! 補足資料 

週刊新潮2014.10.16号
p22~26
新聞協会賞 「手抜き除染」キャンペーンに自作自演の闇がある!

 火のないところに煙を立たせるのが、お家芸なのか。慰安婦虚報や「吉田調書」大誤報に留まらず、今後は、新聞協会賞まで受賞した「手抜き除染」記事でも自作自演の疑惑が浮上。朝日新聞にとって重要な情報源だった元除染作業員が、”やらせ体質”を実名告発する。

 メディアにとって、スクープ記事が必要不可欠であることに異論はない。社会的影響力を維持し、さらには部数増に直結しうるからである。
 しかし、特ダネを獲得するために、記者の取材活動はどの範囲まで許されるのか。
 実は、昨年度の新聞協会賞を受賞した朝日の『手抜き除染』キャンペーンに、大いなる疑惑が持ち上がっている。
 それは、『手抜き除染』の告発を行った元除染作業員の証言による、朝日に自作自演があったという批判である。
 元除染作業員の梶村圭一郎氏(31)は、1年以上にわたって150枚超の手紙を本誌に寄せてきた。そこには、<利用するだけ利用して、捨てられた気がします>、<自身の特ダネを得るために、取材者を唆して記事を作ります>などと、使い捨てにされた”情報源”の悲痛な訴えが綴られている。
 そもそも、新聞協会賞は、傍目には、業界内の論理で決められる、単なる”内輪ネタ”に映るかもしれない。とはいえ、日本新聞協会に加盟するマスコミ各社は、1957年の創設以来、その受賞をめざし、鎬(しのぎ)を削ってきた。
 とりわけ、朝日は2006年に特ダネを追う特別報道部を立ち上げ、常に、新聞協会賞に照準を合わせてきたのである。
 政府事故調による福島第一原発の故・吉田昌郎所長の調書を入手し、<所長命令に違反、原発撤退>(5月20日付朝刊)と根拠のない誤報を大々的に報じたのは、その特別報道部の取材班だった。朝日は、この『吉田調書』報道を新聞協会賞に応募したものの、今年度は9月3日、同じく朝日の東京社会部、特別報道部による<徳洲会から猪瀬直樹・前知事への5000万円提供>の記事が賞を獲得した。その後、『吉田調書』報道に、事実の歪曲が発覚し、記事そのものが取り消しになったのはご存じの通りだ。
 ともあれ、朝日としては、一昨年は福島第一原発事故をテーマにした連載記事『プロメテウスの罠』キャンペーンと、3年連続で新聞協会賞を獲得している。なかでも、『手抜き除染』は、いかにジャーナリズムの神髄である調査報道を実践した記事であるかを自画自賛し、朝日の就活サイトでも、リクルート事件を手掛けた”伝説の記者”とともに、特別報道部の取材班が取り上げられているほどなのだ。

誘導的になっても
 それは、どのような報道だったのか。
 朝日による『手抜き除染』キャンペーンは、13年1月4日から始まった。この日、朝日は1面トップに<手抜き除染 横行>、<回収した土、川に投棄>と大見出しを掲げ、社会面でも<これで除染か>などとセンセーショナルに報じた。
 その記事によれば、朝日の記者4人が前半の12月11~18日のあいだ、福島県の楢葉、飯館、田村の3市町村で除染現場に計130時間張り込み、決定的な”手抜き”場面を写真や動画で撮影することに成功。加えて、除染作業員約20人から、ゼネコンや下請け会社の支持で土や枝葉などをルールを破り投棄したとの証言を得たという。
「袋につめなければならない草木をここに捨てました」と話す、”20代の男性”も登場する。都内のハローワークで3次下請けの求人を見つけ、楢葉町で働く除染作業員だった。
 朝日のスクープ報道の根幹をなす証言を行っているのは、この”20代男性”なのである。
 記事には、次のように書かれている。
<大日本土木(編集部注・元請け会社)の現場監督は当初から、作業班約30人に「袋に詰め切れない分は捨てていい」「(除染区域を示す)テープの外の崖に投げていい」と指示し、作業員らは従った。(略)男性は納得できなかった。大きな袋を抱えて斜面を上り下りするのは確かに大変だが、これで除染したと言えるのかー>
 義憤に駆られた”20代男性”は、現場監督とのやり取りを録音し、朝日の記者に提供した。
 その一問一答が、
<男性「落としちゃっていいんですか」
 監督「うんうん、OK。しょうがない」>
 などという具合に掲載されている。
 つまり、『手抜き除染』が組織ぐるみでおこなわれていることを、”20代男性”が自らの証言と隠し録音によって暴いたのだ。
 朝日の『手抜き除染』キャンペーンは約半年間にわたって続けられ、結果、被災地の住民は憤慨し、発足したばかりの安倍政権はその対応に追われるハメになった
 実は、この大スクープ記事を支えた”20代男性”こそ、冒頭に触れた梶村氏なのである。
 彼はなぜ、朝日の記事に関わるようになったのだろうか。
 梶村氏の手紙によると、
<私が、除染作業を始めたのは、(2010年の)10月2日からです。場所は、楢葉町木戸ダム周辺で、前田JVの現場です。(略)実際、現場内では手抜き除染を含め、手当金未払い等もあり、士気は低下していました。環境省に電話しても解決せず、暗澹とした雰囲気の中、朝日新聞本社に電話をしました>
 すると、その日の夜、携帯電話に、Aと名乗る女性記者から連絡があったという。
<後日会って話を聞きたいと言われ、11月上旬頃にJRいわき駅で待ち合わせをすることにしました。当日、A記者は2時間位、遅刻をして、いわき駅に着きました。そして、駅近くの”まねきねこ”という、カラオケBOXに行きました。店内に入りましたら、「自宅近くの美味しいパン屋で買った」という、クリームパンを渡され、「お近付きの印に」等と言って、オリンパス社製のボイスレコーダーを渡されました>
 紙面を飾った現場監督とのやり取りは、朝日の記者からプレゼントされたボイスレコーダーで録音されたものだった。
 さらに、梶村氏は手紙にこう綴っている。
<記事では、作業員が勇気を持って、録音を自身で決意した等となっていますが、実態はA記者からICレコーダーを手渡され、録音を依頼されました。しかも、現場監督が不法投棄している部分という注文付きでした。同記者は、多少誘導的になっても良いから、現場監督の録音が欲しいと言って来ました>
 事実、朝日の記事になっていない部分の音声データには、現場監督から不法投棄の現地を取るべく、梶村氏が”捨ててもいいんすか?”などと執拗に問いかけている様子も記録されている。
 彼の手紙はさらに、環境省でのヒアリングについても触れ、
<今年(13年)1月10日深夜、A記者の紹介で環境省へ行き、同省職員のX等三名と話し合いました。その中でテープレコーダーの件を聞かされましたので、A記者に依頼されて、等と答えました。その後、環境省が発表した報告書の中に、私が述べた内容が載っていました。同記者は、「何で、あんな事を言ったの。環境省のXに抗議して」等と言って怒っていました。私は、Xから録音テープを是非聞きたいと言われていましたので、その旨を併せて伝えたところ、「絶対に駄目」と口止めされました>
 どうやら、A記者は誘導尋問させたことが露見するのを怖れていたようなのだ。

除染区域外
 おまけに、隠し録音をした5日後の12月2日、梶村氏はA記者を不法投棄の現場に案内しているのが、このときも”やらせ”と批判されかねない取材があったという。
<朝日新聞動画サイトや朝日系列の報道ステーション等で、作業員のインタビューの様子を流していましたが、少なくとも私の発言内容は、A記者が作成した内容です。私が、不法投棄の現場を案内した際、一枚のメモ帳を渡され、「これを読んでいる所を、録画させて頂いても良いですか」と言われましたので、「はい」と答えて応じました>
 台本通りに、A記者から「地元の人がこれを知ったらどう思いますかね?」と訊ねられ、「多分、憤られるんじゃないですかね」などと読み上げた。
 当然、”梶村証言”に基づく、朝日の報道に不審の目を向ける者もいなかったわけではない。
 環境省の当時の除染担当者によれば、
「環境省としても調査を開始し、朝日などから指摘のあった19件のうち、5件に手抜きがあったと認定しました。それでも、梶村さんのケースはなんとも不可解。というのは、県道から20メートル以上離れた”除染区域外”の灌木を刈り、なおかつ、”除染区域外”に投棄してあったのです。業者にとって、なんのメリットもない。ですが、朝日はそこを不法投棄現場だと報じていました」
 要するに、A記者は除染区域の範囲を知らずに記事にした疑いが否めないのである。
 実際、梶村氏も、
<(A記者は)明らかに作業員が捨てたゴミではない物までも、作業員の不法投棄だと言って、喜んで写真を撮っていました。実体験として、除染現場には様々な種類のゴミが捨ててあります。それを知ってか知らずか、作業員の不法投棄とするのは、A記者の偏向と言いますか、事実の捏造を感じます>
 と批判している。

だから、役人はダメなのよ!
 そして、一昨年の12月初め、朝日では『手抜き除染』を記事にすることが決まり、A記者の取材は本格化することになった。
<12月8日から16日までの間、A記者と一緒に、福島県いわき市に在る「わ可ば」と「鬼ヶ城」に宿泊して、取材をしていました。(略)この間の「衣・食・住」の費用は全て、朝日が出してくれました>
<四六時中、A記者と一緒に取材をしていて、賃金に不満を抱いている作業員を唆して、取材をしている印象を持ちました。特に、田村市の現場で働いていて、鬼ヶ城のコテージで寝泊まりしている作業員とは意味深な関係でした。(略)A記者の携帯に、「何処其処の現場で捨てています。早く来て下さい」と作業員から連絡があります。賃金やゼネコンに不満を抱いている作業員が、腹癒せに不法投棄のヤラセをしていました>
 確かに、朝日の紙面には、田村市の除染作業員が、落ち葉の塊を川に蹴り落としているシーンを撮った連続写真が掲載されている。
 A記者は、宿泊している旅館で除染作業員らにビールや中華料理を振る舞うだけでなく、ギフトカードなどを手渡すこともあったという。もしや、撮影に成功したのは、接待攻勢が功を奏したからか・・・・。
 さらに、なによりも”やらせ”批判に値するのは、梶村氏を扇動し、環境省へ『手抜き除染』の告発文書を送らせた取材手法である。
 それについて、梶村氏がこう語る。
「一昨年の12月26日、A記者から、”環境省の担当者と話して欲しい”と、電話がかかってきて、午後2時半に東京スカイツリー駅で待ち合わせをしました。ハイヤーに乗り込むと、A記者は環境省に電話をし、”元除染作業員と話してください”と言って、私に電話を替わった。私はA記者から指示されるままに、不法投棄が横行していることなどを説明しました」
 それから、2人は上野駅近くの喫茶店で、環境大臣宛ての告発文を作成した。
「A記者は、取材ノートを見ながら、ノートパソコンに文章を打ち込んでいました。途中、”梶村くんの実名で出してくれるよね”などと訊ねてきた。近くのプリントショップで文書を印刷し、そこに署名を求められました。私が、”妻と暮らしている住所は書きたくない”と言ったら”本籍地でもいいよ”と」
 すぐさま、ハイヤーで環境省に向かい、受付で除染担当者を呼び出した。
 その時に対応した、当時の担当者に話を聞くと、
「確かに、その日、A記者から面会を求められました。でも、会議があったので、”いきなり来られても・・・・”と断ると、”だから、役人はダメなのよ!”などと怒られたことを覚えています」
 すると、A記者は告発文書をファックスすることに決めたという。梶村氏が続ける。
「妻と渋谷で待ち合わせをしていると言うと、”じゃ、渋谷に行く途中のコンビニでファックスしよう”と言い出しました。結局、道玄坂のファミリーマートから環境省に送信し、あとで郵送したとも聞きました。告発文書にかかわる費用はすべてA記者持ちです」
 これでは、ほとんどA記者が告発したも同然。しかも、環境省の調査が進まずにいると、朝日は1面に<手抜き情報放置 除染業者を聴取せず>①とのタイトルを打ち、<26日には草木の投棄を指示された20代男性が実名で手抜き情報をファックスで本省と事務所に送った>のに、環境省が放置していたことがわかったと報じたのだ(13年1月10日朝刊)。
 まさに、マッチポンプ以外の何ものでもない。

独特な体質
 実を言えば、梶村氏は現在、ある地方の拘置所に収監中である。そのため、取材は主に手紙のやり取りになったわけだが、逮捕された理由を訊ねると、
「いわき市内の同じ寮で生活していた除染作業員から7万円の横領罪で訴えられ、昨年の4月中旬、警察に厄介になりました。被害者の除染作業員は面会に来たとき、”朝日の記事を取り下げたら示談に応じる”などと言い出した。”お前のせいで、現場の管理が厳しくなったし、たくさんの人間が苦労させられたんだ”と詰め寄られたのです」
 示談すれば不起訴になる可能性も高く、記事の取り下げも含めてA記者に連絡を取ろうとしたものの、ナシの礫だったという。
「A記者からは”ゼネコンなどから圧力がかかったら相談して”と言われていました。でも、いざ、そうなってみると、何のバックアップもしてくれなかった。むろん、私にまったく罪がないとは言いません。でも、”やらせ”と言っても過言でないくらい、取材に協力したのい、あまりの仕打ちです」
 しかも、横領に問われたことがきっかけとなって、離婚問題まで生じた。さらに、それに伴う親族間のトラブルによって窃盗事件でも逮捕されたという。
  さて、塀の中からの訴えに朝日はなんと答えるか。
「環境省に手抜き除染を通報する文書を送ったり、ICレコーダーで音声を録音したりしたのは、取材協力者の意思にもとづくもので、弊社記者の指示によるものではありません」(広報部)
 と、木で鼻を括ったような対応である。環境省へ告発文書を送ったときのファックス代、切手代などについても誰が負担したのかさえ明らかにしようとしない。未だに、不誠実な回答を繰り返しているのだ。
 京都大学の中西輝政名誉教授はこう指摘する。
「”サンゴ事件”しかり、”吉田調書”の誤報しかり、これほど自作自演記事が続発するのは、朝日の独特な体質に起因している。それは、自らの主張を押し通すためには事実を捻じ曲げることさえ厭わないという体質です。しかも、いかにメディアとしてのモラルが欠如しているか、ということに、朝日の記者はまったく気づいていないのです」
 いくら、誤報を繰り返しても、独善的な体質が改められることは期待できそうにないのだ。


<手抜き情報放置 除染業者を聴取せず>
朝日新聞『環境省、手抜き除染情報を放置 ゼネコン業者の聴取せず』2013.1.10
10
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201301090533.html
(何で告発したことが分かったのかなあ・・ってヤラセだとすると納得できる記事)

16手抜き除染記事やらせ22
16手抜き除染記事やらせ23
16手抜き除染記事やらせ24
16手抜き除染記事やらせ25
16手抜き除染記事やらせ26

参考
作業員H氏→反原発工作員でした 
朝日、誤報の“エリート集団”解体か 調査報道の花形「特報部」 
週刊新潮 ・今や針のムシロに座らされた「吉田調書」スクープ班が待つ処分 


【松尾一郎】福島第一原子力発電所作業員を経験して[桜H24/8/30]
7:40~
今左翼の連中が福島第一原発に入り込もうとしているんですよ。なぜかと言うと、実際私同じチームの中に反原発派の人間が入り込みまして、サボタージュしようとするんですよ。つまり作業を邪魔しようとして、そいつ長野県出身のHってやつで、名前もここまで出かかって言ってやりたいんですけどね、そいつは何やってるかと言うと、全然根拠もない自分が考えてる放射能論をですね、上の、復旧作業をしようという社員の人達に勝手に論じて邪魔してたんですよ。僕は、そういうのじゃなくて、復興のために来てるんで、そういうサボタージュをやろうと入り込もうとしてるんですね。あと、30キロ圏内に入り込まないように警察の方が道路ちゃんと止めてますけど、捏造して通行証を作って、偽造して、入り込もうとするやつが山ほどいるんですよ。実際そういった話も出てるんですよ。ホントですよこれ。

13:25~
Hという左翼の人間が入り込んだ時、東京電力の方がみんな集めてこう言ったんです。
「復興のために(作業を:筆者)やってくれる人はいて欲しい。嫌だったら出て行ってくれて構わないから。福島第一が復興するということは福島が復興すること。それは東日本大震災から復興するということ、ひいては日本が復興することを世界に知らしめることである」
僕それにちょっと感動しちゃって。
「もし一生懸命やってくれるんだったら私達はあなたがたを決しておろそかにしません」
ってそこまで言ってくれたんですよ。実際一カ月ちょっとしか働かなかったんで、それが全てとは言いませんけどね。

16:39~
みんなが一生懸命やってるのを左翼は邪魔をする。除染をしなきゃいけない。なぜかと言うと普通より(線量が:筆者)高いから。これは聞いた話なんで実際分からないですけど線量を落とさないようにふれて回っているらしいんです。そういった話も聞きました。テレビで言ってるようなこと鵜呑みにしないで。


【松尾一郎】原発作業員の実態[桜H25/3/19]
5:12~
3月12日の報道ステーションに林氏という方が出られたんですが、私が以前このチャンネル桜の番組で「サボタージュのようなことをしていた人物がいる」ということで、同じ教育を受けて、私より一日だけ早く入ったんですけど、2日間だけ作業を行いまして、その後に、この作業はおかしいんじゃないかと訴え出まして、現場を混乱に・・一次受け企業ですかね、そこの管理の人達に自分はこう思うこう思うって、その人(林氏:筆者)は
「あなたの息子さんにこういう作業させたいと思いますか」
とか、それ作業と全く関係ない話でしょ。そういうことばっかりやって結局、例えば作業が朝8時に福島第一に行って3時くらいには確実に終わるんですけど、集合準備も不規則なことばっかりやってですね、結局周りの人に迷惑かけて、私達もすごく腹立てて、こいつがいると作業もはかどらないし、関係ないことばっかり言って、、本来自分の作業は朝一番に教えてくれるので、この作業を行うと納得してから作業をするはずなんですよ。作業が終わった後に異論を言うのはおかしな話であって、それで結局周りの人から「あいつは何だ」という話にもなるし、僕達もチームになってますんで、8人で1チームなんですね。で、彼はクビになったんです。作業は2日間です。放射線高くないところでがれき集めてそれで終わっただけですよ。たったそれだけ。それを不服だどうだこうだ言うので問題になりまして、やっぱりそういった話も契約した企業に「あれは何だ」ってことで来ますので、結局クビになっちゃったんです。それを最近報道ステーションでさも作業員の代弁者のごとくですね、語りまして、林氏があまりにも悪質で、ピンハネとか安全手当とかそういったことは当時は知らなかったはずなんです。その後クビになったということも派遣ユニオンというところと結託しましてクビにしたのは不当だとずっとやってるんですよ。実際東電を訴えたりもしてます。内容を確認して頂ければわかるんですが、彼は不当解雇で、一年間の補償を契約の時やったんだから、ということを言ってますが、私たちは1年間作業やったわけじゃありません。数カ月やっただけですので、まして林氏は2日。しかも放射線がそんな危険だっていうところじゃ全くないですよ。なのにこういうこと主張してるんですね。

 私達30キロ圏外に宿舎があったんですけど、朝からずーっとカウンター?放射線をはかるのでこう調べたりとか、福島第一に入る前とか、もうそれが目的だというのは分かってるんですよ。彼が影響を与えたのは、不安を煽って、あの、素直な方でね、本当に腹立たしいのはそういうサボタージュするような人達が中に入り込んでいるっていうこと。林氏はもう最初から運動目的で入った人ですので、TVが言うような、作業員が過酷な労働になってるというのは全く彼は把握もしてないし実際現場も見てないし、私歴史関係やってますけど、語り部っていう人いるんですよね。正にそれをやろうとしていると。


(´・ω・`)報道ステーションが送り込んだ工作員ってことじゃあるまいな?
というのも、週刊新潮の「手抜き除染」報道にやらせ疑惑という記事を読んですぐにこの動画を思い出したからだ
週刊新潮・新聞協会賞 「手抜き除染」キャンペーンに自作自演の闇がある!
朝日新聞はやらせを否定して週刊新潮に抗議している
(が、朝日の抗議が正しいとも限らず→例)門田隆将さん)

そしてもう一人思い出すのは吉田清治氏
吉田清治の正体は?2 週刊新潮・吉田清治長男の述懐
「タイトルも目次も出版社に決められたんだ。内容も、何度も何度も編集者に書き直しさせられた」
「朝日の都合で祭り上げられ、そして朝日の都合で切り捨てられたようなもの」
吉田清治氏が詐話師と言われているが、朝日がやらせたことはなかったのか・・・

報道ステーションに出た林氏というのは
林哲哉氏のことらしい
【youtube】本当のこと言って何か不都合でも? ゲスト 林哲哉さん 福一の収束作業を学んじゃうよ① 
【youtube】本当のこと言って何か不都合でも? ゲスト 林哲哉さん 福一の収束作業を学んじゃうよ②
【youtube】本当のこと言って何か不都合でも? ゲスト 林哲哉さん 福一の収束作業を学んじゃうよ③ 

しょっぱなから横川圭希氏が出てきたw
しばき隊→横川圭希→山本太郎→斎藤まさし
横川圭希・林哲哉

参考
ハフィントンポスト
『脱原発も原発推進も双方が知っておきたい原発収束作業の実態。元作業員が独自映像で実態を告発』2014.4.11
http://www.huffingtonpost.jp/jun-hori/post_6863_b_4758469.html 

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