反日はどこからくるの

反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

カテゴリ : 在日朝鮮人・'Zainichi' Koreans in Japan

「脱北者支援」という胡散臭い運動を今から批判しておかなければいけない

【連載】 ジュネーブへの道~国際社会からみた帰国者問題(1)

国連は「帰国事業」の不当性認めたが・・・
川崎 栄子

「帰国事業」で北に
 1960年、当時高校3年生だった私は、その頃日本中で繰り広げられていた「帰国事業」の波に乗って北朝鮮へ行った。北朝鮮の清津へ降ろされたとき私は「ここはいったいどこだろう。船がしけで荒波にもまれている間に時間が300年くらい逆戻りしてしまったのではないか」と我が目を疑わずにはいられなかった。

 痩せこけた人々と牛が主な運搬手段の原始社会のような様子。この国は外観がみすぼらしいだけではなかった。そこではどんなことを見聞きしてもそれに対して「正しくない」とか「これは間違っているとか」個人の意見を一切口に出してはならない所だった。うっかり口を滑らせたが最後、命をもって償わなければならなかった。

 昔、アフリカのことを「暗黒大陸」と表現していた頃があった。北朝鮮に着いた私は「ここは暗黒大陸よりもっと怖い所だ」と悟って「この国の政治には賛成することはできない」と決めた。自分が反対する国家勢力から命を守るために「見ざる、聞かざる、言わざる」をモットーとし、なりを潜めて生きてきた。

 世界的な地下資源とそれだけでも国民が裕福な暮らしをしていくに十分なほど風光明媚な景観に恵まれながら国が奈落の底に向かって速度を増していった。大地に餓死者の死体がごろごろ転がっても口をつぐんでいなければならないということがどれほど大変なことか。これをお読みになる皆様にわかっていただけるだろうか。

国連に北朝鮮人権特別調査委員会が発足
 昨年3月、国連に北朝鮮人権特別調査委員会(COI)が発足した時、私は「やったー!!」と大声で叫んだ。北朝鮮を捨て日本に戻ってきて10年、いろいろな人権団体をはじめ、脱北者を助ける団体、また個人として応援して下さる数多くの人たちに助けられて私なりにいろいろなことをやってきたつもりだった。

 生きて日本に戻ってこられた人間として私がしなければならないこと。それは「北朝鮮の現状、特に日本から連れて行かれた人々がたどった凄惨な人生について日本をはじめとする広く国際社会にまで知らせること。そして今日も毎日死んで行っている帰国者たちを助け出すとともに、その人たちを送り込んだ人間たちにその責任を取らせることだった」。

 土井香苗①さんが日本代表を務めるヒューマン・ライツ・ウォッチをはじめとする世界的人権団体、脱北帰国者の命と人権を守る会、脱北帰国者救援基金などの支援団体、そしてたくさんの個人の応援者様たちの心が集まってこの結果に至ったと私は思っている。

 昨年8月29日と30日の両日にわたって、カービー委員長をはじめとするCOIによる拉致被害者家族、脱北帰国者に対する公聴会が開かれた。

 私は公聴に参加することを強く望んだが「北朝鮮に残された家族の安全のため」にと、聞き取りの対象となった。聞き取りの後、私は2日間に及ぶ公聴会に傍聴者として参加した。

 公聴会では横田めぐみさんのご両親はじめ拉致被害者家族の方々が、北朝鮮が行った拉致というとんでもない出来事について訴えられた。守る会代表の山田文明氏や救援基金代表の加藤博氏など脱北者支援団体の方々、そして、斉藤弘子さんをはじめとする脱北者の方々が公聴に応じられた。

 公聴会が終わり、代表団が安倍首相を表敬訪問した後、日本記者クラブで記者会見があった。私はそこにも行った。

 その場所でカービー委員長の発表を聞きなから私は手放しで涙をボロボロ流した。日本へ辿りついて10年、初めて帰国事業が正しいことではなかったこと、なぜ日本がこの問題に積極的に取り組まないのか②と一つひとつ項目を挙げて話をされるのを聞いた。やっと国際機関が帰国事業の不当さを認め、それを解決しなければならないと公表してくれたのだ。

 歓び勇んで家に帰りテレビのスイッチを入れた。ちょうどさっきの記者会見の場面が流されていたがそこに流されたのは拉致被害者家族の方々とそれに関する話だけで帰国事業については一言半句も触れられてはいなかった。私は膝から力が抜けて崩れ落ちた。これが日本の現状なのだ。統一日報2014.3.26
http://news.onekoreanews.net/print_paper.php?number=74972

ジュネーブへの道―国際社会からみた帰国者問題(2)
― 「拉致問題と一緒に日本人妻救出を」
川崎 栄子

帰国者問題のために各地を奔走
 1959年から1984年までの間に日本から北朝鮮へ送り込まれた9万3000人以上の在日朝鮮人たちとそのうち1800人の日本人妻と6800人の日本人家族。

 日本国が知らん顔を決め込んでいる②からと言ってじっとしてはいられない。そんなことに立ち止まって肩を落としていてはその間にも北朝鮮にいる帰国者たちは毎日、命を落としていっている。

 生きて日本に辿り着いた私は、どんなことをしてでも在日朝鮮人たちを北朝鮮へ送り込んだ張本人である朝鮮総連に罪を認めさせ、自分たちが犯した過ちを正すために動かさなければならない。

 そして、日本政府には日本人妻救出問題を拉致問題と一緒に進めて、北朝鮮に残っている日本人たちはみんな帰ってきてもらうことだ。ひいては日本から行った在日朝鮮人とその子孫たちの自由往来を認めさせるために協力してもらえるように③しなければならない。

 そのためには今まで通り、私に出来ることは何でもしなければならない。請われれば東京都内ばかりではなくどんなに遠くても、たとえば九州や四国など各大学をはじめ、いろいろな場所に出かけて北朝鮮の過去と現状の話をした。北朝鮮に対する認識を深めてもらうと同時に協力もお願いした。一方、新聞やテレビ、ラジオなどにも出演した。

 また、去年は韓国のKBSが企画したドキュメンタリーにも出た。秋になって国連事実調査委員会(COI)から役員の方が来て記者会見があるという。会場に行ってみると、ジュネーブから来た人はジュリー・デ・リベロさんとおっしゃる女性の方だった。会見は「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」の日本代表である土井香苗①さんと同じ事務所の吉岡利代さんの通訳で進められた。

COI役員に脱北者の現状訴える
 記者会見が終わった後、私が北朝鮮から来た脱北者であることを話すとその方はとても驚いて「北朝鮮からの脱北者に直接会ったのは初めてだ。ぜひ話を聞いてみたい」と言われた。土井さんがボランティアの通訳をつけてくださって話をすることが出来た。

 その方は30分ほど話を聞いた後、もっと詳しい話が聞きたいからとホテルへ来てくれるかと聞いてきた。もちろん「イエス!」。ホテルでは夕食の後、長時間にわたって話し合った。私が北朝鮮へ行ってからのいろいろな話をするにつれて理解できないところは再度聞き返し、疑問に思うところは質問をされて話は尽きなかった。夜遅くなって電車の時間が気になって別れを告げた。大きな関心を持って熱心に聞いてくれたことに感謝した。このような出会いの機会を作ってくれた土井さんの配慮に感謝しながら、満たされた気持ちで帰路についた。

 その後、ジュリーさんが再び日本を訪れ、ホテルで再会した。また、北朝鮮の話で時間の流れにも気づかないほどの夜を送った。私は北朝鮮と北へ送り込まれた在日朝鮮人たちが辿った50年以上に及ぶ悲惨な生活と親兄弟の死に目にも会えないで恨みを飲んで死んでいった人々について必死の思いで訴えた。

 COIから来られたこの方に「どれくらい正しく情報が伝えられるか」ということは、日本に辿り着いてから今日までの私の働きかけが報われるかどうかとも関わっていると思ったからだ。長時間に及ぶ帰国者問題に関する2度目の聞き取りは「来年2月頃にジュネーブへ来て話をしてください」というジュリーさんの言葉で終わった。

 7月末の公聴会とその後で行われた記者会見でCOIの公明正大さを確認した。ジュリーさんの2度に及ぶ来日によって国連組織の行動の速さにも驚いた。日本に帰ってきて10年間、自分であれこれやってきたつもりではあったが、遅々として事は運ばなかった。

 私は「この先どうすればもっと理解者を増やし、日本国という国を動かすことが出来るだろうか②」と考えていた。日本とEUの主な働きかけでCOIが出来たことは真っ暗闇にぽっかり穴が開いて明るい日差しが差し込んで突破口が開いたのと同じようなうれしい出来事だった。メトロ駅に向かって寒い夜道を歩きながら私は胸が大きく膨らんでいくような思いをかみしめていた。統一日報2014.4.2
http://news.onekoreanews.net/print_paper.php?number=75021

①ヒューマン・ライツ・ウォッチ 土井香苗代表
北朝鮮強制収容所に生まれてヒューマンライツウォッチ
土井香苗氏はしばき隊弁護士神原元の妻(夫婦共にピースボート関係者)であり
非リア銃弁護士 種田和敏
朝まで生テレビで「保守系の人は北朝鮮や中国の人権侵害は訴えるのに、韓国の女性の人権侵害(いわゆる従軍慰安婦問題のこと)はどうでもいいんですか」と平気で言い放った
この「人権活動家」(笑)の言う「ヒューマン」のうちには日本人は入っていないようだ
(差別主義者かつ人権侵害者ということですね)

②なぜ日本がこの問題に積極的に取り組まないのか
 日本国が知らん顔を決め込んでいる
 この先どうすればもっと理解者を増やし、日本国という国を動かすことが出来るだろうか

日本を非難する言葉ばかりだがはっきり言ってこの非難は全く筋違いである

筆者の川崎栄子氏は日本名だが
「当時高校3年生だった私は、その頃日本中で繰り広げられていた「帰国事業」の波に乗って北朝鮮へ行った」
とあるのだから現在は分からないが少なくとも当時は在日朝鮮人だったのだろう
通名の可能性もある

断片的にこの問題について書いているがまとめて書いておこう
〇終戦当時食糧難だった日本にとって犯罪ばかり犯す在日朝鮮人を抱えることは大変な負担であり日本は朝鮮人の帰還を希望していた
吉田茂=マッカーサー往復書簡 
〇朝鮮戦争であちこちで虐殺が起き帰還どころか新たな難民、密航者を受け入れることに
呪いの島済州島 
〇朝鮮戦争で失われた働き手を補充したかった北朝鮮は北朝鮮帰還事業を推進
【北朝鮮人権報告書 詳報(中)】 「拉致は金日成氏と金正日氏の明確な指示で行われた攻撃だ」 
対して韓国は工作員を日本に送り込み帰還事業を妨害しようと新潟日赤センター爆破未遂事件を起こす
北送阻止隊 

そもそも日韓基本条約は大韓民国を朝鮮半島唯一の合法政府として結んだはず
【wiki】日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約 
条約の内容
条約は7条からなる。第2条では、両国は日韓併合(1910年)以前に朝鮮、大韓帝国との間で結んだ条約(1910年(明治43年)に結ばれた日韓併合条約など)の全てをもはや無効であることを確認し、第3条では日本は韓国が朝鮮にある唯一の合法政府であることを確認し、国交を正常化した。また日本の援助に加えて、両国間の財産、請求権一切の完全かつ最終的な解決の確認、それらに基づく関係正常化などの取り決めを行った。
この条約によって国交正常化した結果、日本は韓国に対して莫大な経済援助を行った。政府開発援助(ODA) もその一環である。

テロリストを送り込んでまで帰還事業を阻止し棄民を日本に留めようとした韓国に責任があり、日本にはない
全くいわれのない非難を日本に向けるのはやめていただきたい
少なくとも韓国政府の責任を抜きに日本だけに責があるように言うのは間違いである

脱北者は既に朝鮮総連に対し北朝鮮帰還事業の責任を追及する訴訟を起こしている
「地上の楽園」と「凍土の地獄」 
その在日朝鮮人(=外国人)がなぜわざわざ外国である日本に留まりそんな活動をするのかさっぱり理解できないが

近いうちにその矛先は日本政府に向けられ、日本に対し訴訟を起こすことだろう
新たな禍根となるのは火を見るより明らかである

脱北者支援の責任は韓国政府にあり日本にはない
日本人の人権は好きなだけ毀損しておきながら脱北者支援という新たな利権にハエのようにタカる卑しい人権団体を許すな

非韓三原則(古田博司教授)
 

中央公論2003.8
8表紙
http://www.zassi.net/detail.cgi?gouno=4003

覚醒剤・偽札・不審船・・・・組織犯罪高度化の10年を追う

金正日という悪夢は日本の闇社会が育てた 岡部匡志(読売新聞東京本社社会部記者)

p54~57
90年代の半ば、つまり金正日による権力の継承以降、北朝鮮は急速に日本の闇社会に進出した。覚醒剤、偽札などの巨額の収益は核開発にも流れていると指摘されている。しかし、両者の交わりは深く、遮断は容易ではない。

 日本最大の運河「兵庫運河」が流れる神戸市長田区の市街地を歩くと、あちこちに点在する木材加工工場から、かすかに木の香りが漂ってくる。明治以来、神戸港の発展に大きく貢献してきたという兵庫運河は、今は貯木場や貨物の荷揚げ施設として利用されるのみで、水面に無数の丸太が浮かぶ光景は、どこか昭和初期の面影を残している。そんな長閑な港町で暮らす75歳の男性が、読売新聞の取材に重い口を開いたのは今年3月のことである。

組織的非合法活動の長い軌跡
 「年に二回、それぞれ少なくとも10億円ずつは北朝鮮に送っていた」ーーこの男性は在日朝鮮人グループの非合法活動に加わっていたことを明かした上で、何かを決意したように巨額の資金を北朝鮮に不正送金していた自らの体験を語り始めた。

 われわれがこの男性にたどり着いたのは、日本人拉致事件の取材がきっかけだった。1978年、神戸市東灘区のラーメン店で店員をしていた田中実さん(当時28歳)が突然、ヨーロッパに旅行に出ると言い残して行方を絶った。兵庫県警が当時のラーメン店の経営者の事情聴取に踏み切ったところ、この元経営者は、神戸を拠点にする在日朝鮮人の非公然組織が存在していたことを指摘し、こう答えたのだという。「組織の最高幹部だった男に聞いてくれ」

 この組織こそ、1970年ごろに結成され、朝鮮労働党の直接の指揮下にあったとされる「洛東江(ラクトンガン)」だったのである。兵庫県警は、この最高幹部の行方を捜したが、田中さんの失踪から20年以上も経過しており、国内にいるかどうかすらわからなかった。だが、代わって洛東江の当時のメンバー5、6人が今も国内で暮らしていることを突き止めた。問題の男性もその一人だった。

 では、この男性はいったい、最高幹部からどんな指示を受けていたのか。われわれの問いに、男性は「1970年ごろから7、8年ほど、裏金の送金を担当していた」と語った。在日朝鮮人が経営する企業に、脱税をさせて、北朝鮮に送金する巨額の資金を作り出す任務だったというのである。

 この男性は在日2世で、国立大の経済学部を卒業後、関西地方の金融機関に勤務し、そこで企業会計や税務の実務を学んでいる。その数年後に、金融機関を退職して洛東江に入ると、最高幹部から、税務の知識を生かして大阪や尼崎などでパチンコ店を経営する在日朝鮮人の経営者たちに脱税を指南して回るよう指示された。そして、在日朝鮮人の経営者たちが脱税で浮かした売上金を回収しては、ボストンバッグに詰め、新潟西港に着いた北朝鮮の貨物船「万景峰号」まで運んでいたのである。その運搬には護衛まで付き、男性が洛東江に所属していた間に、100億円以上は送金していたという。

 今は同胞たちに北朝鮮への送金をやっていたが、間違っていたと思っている。あの金は、テポドンの開発か何かに使われたのだろう。結局、私たちの活動は、祖国のためにならなかった」

 1959年に日朝両赤十字による在日朝鮮人の機関事業が始まって以来、日本各地に入港する北朝鮮の貨客船を利用して、年間4000人前後の渡航者が北朝鮮を訪問してきた。外為法では、こうした渡航者が100万円以上の現金を持ち出す際には、届け出を義務づけているが、各地の税関は、持ち出される現金が一体いくらなのかほとんどチェックしてこなかった。

 こうした不正送金を許してきた背景には、民族差別問題を意識するあまり、税関や入管当局が、過度な配慮をはたかせていたことが指摘されている。こうした事実が公然と批判されるようになったのは、昨年9月に金正日総書記が日本人拉致を認めてからのことだ。だが、その不正送金の原資は一体どこから来ているのか。誰がどうやって集めるのか。実は、その実態は必ずしも明らかでない。北朝鮮に不正送金するため、巨額の脱税マネーを回収したと証言した元洛東江メンバーはむしろ珍しいケースだと言える。

金正日登場後、組織犯罪へ進出
 「アングラマネー」に頼る、北朝鮮経済のこうした傾向は、90年代に入って一気に加速する。東西冷戦の終結が、北朝鮮を苦境に追い込んだためだ。

 朝鮮戦争以後、38度線を隔てて韓国・在韓米軍と対峙する北朝鮮に対して、ソ連は、石油を安く供給するなど、安全保障の観点からその経済体制を支えてきた。ところが、80年代後半から90年代前半にかけて、ソ連を筆頭とする旧東側諸国が次々に体制崩壊し、社会主義陣営は消滅。旧ソ連からの石油供給は、それまでの「支援」ベースから、純粋な「経済行為」に切り替わり、これといった外貨獲得手段を持たない北朝鮮の石油購入量は、90年の40万トンから、91年には4・2万トンへと激減した。ソ連と並んで、北朝鮮を支援してきた中国も、自国の経済発展を優先し、距離を置き始めた。

 ドルや円を獲得するためには、手段を選んでいられない状況に追いつめられた北朝鮮。そこで、手っ取り早く現金収入を得ようと、ノドンなどの兵器輸出や、スーパーKに代表される偽ドル製造が本格化。さらに、今や日本が最大の得意先になっている薬物密輸の規模が拡大した。

 韓国の情報組織「国家情報院」によれば、北朝鮮におけるケシ生産は、旧ソ連の崩壊とともに急増し、92年から93年にかけて、ケシの生産面積はそれ以前の十倍にも拡大したという。今年5月、米上院で証言した元北朝鮮を統括するようになったという。公安当局幹部は、「薬物は金総書記の直轄事業。その利益は、すべて金総書記の手元に届くはずだ」と指摘する。

 実際、金総書記の権力継承と軌を一にするように、日本では不気味な動きが始まっていた。
「最近、妙にきれいなシャブが多くなっている」。薬物捜査を担当する全国の捜査員たちの間で、国内で出回っている覚醒剤をめぐって、そんな情報が広がり始めたのは1995年ごろのことである。各地の警察が押収した覚醒剤は1980年代まで、ありあわせのビニール袋や新聞紙の切れ端で適当に包んだものが多かった。ところが、90年代も半ばをすぎると、正方形のビニール袋に小分けにされた純白の覚醒剤が目立つようになった。内容量も、10グラムずつといったキリのいい単位になっており、ゴミやチリなども混じっていない。機械による流れ作業で正確に計量され、包装されていることをうかがわせた。

 全国の警察の科学捜査部門が、こうした覚醒剤を分析すると、さらに興味深い共通点が浮かび上がった。従来、せいぜい90%だったメタンフェタミンの純度が、90年代後半に出回り始めた覚醒剤では、99%近くなっていたのである。もちろん、こうした覚醒剤は、常習者たちから「よく効く」として高値で取り引きされる。そして警察当局が、こうした覚醒剤が北朝鮮から持ち込まれていると気づくまでには、それほど時間はかからなかった。

②に続く

p54・55
8金正日という悪夢は日本の闇社会が育てた5455
p56・57
8金正日という悪夢は日本の闇社会が育てた5657
http://ozcircle.net/_uploader/169100919
http://ozcircle.net/_uploader/169120734

「反日」の仮面をかぶった元慰安婦支援団体の陰に潜む従北派(上) 
挺対協の尹美香代表 縁類に多数の国家保安法違反者 夫は李石基議員と親しい同窓
統一日報慰安婦従北

 韓国のインターネットニュース「スカット・ドットコム」に、挺身隊問題対策協議会(以下挺対協)の活動の背後に「従北」と「北韓」があるのではないかという疑惑を提起する記事が掲載され、大きな話題となっている。挺対協は元従軍慰安婦を支援する団体で、韓国で社団法人として登録されている。挺対協は以前からたびたび従北団体と指摘されてきたが、今回改めて、内乱陰謀罪で有罪判決を受けた(控訴中)統合進歩党の李石基議員①との関係が明らかになった。

 スカット・ドットコムに『「従北」は、どのように「反日」の仮面をかぶって現れるか』というタイトルの投稿があったのは2月12日。内容は挺対協の尹美香常任代表(49)の夫であり、「水原市民新聞」の金三石代表(49)が、内乱陰謀罪で有罪判決を受けた統合進歩党の李石基議員と親交があるというものだった。

 金三石氏は93年、妹の金銀周氏(45)とともに「兄妹スパイ団事件」で有罪判決を受け、懲役4年の刑に服したことが明らかになっている。この事件で金氏は在日スパイに包摂され、韓国内で収集した軍事機密資料を北韓の工作組織に渡して工作金50万円を受け取ったという。なお、金氏も尹氏も容疑はでっち上げだと主張している。

 金三石氏は04年、自身を「スパイ」と呼んだとして、当時のハンナラ党代表を務めていた朴槿惠大統領と一部のメディアを名誉毀損で刑事告訴した。しかし訴えは無嫌疑で処理され、関連メディアの民事訴訟も「(金三石氏がスパイであることが)虚偽であると断じることはできない」と原告の敗訴で結審した。一方、金三石氏は2000年、保安観察法違反の疑いでも起訴され、有罪判決を受けている。

 スカット・ドットコムで報じられた内容によると、金三石氏と李石基被告は韓国外国語大学で先輩と後輩の関係にあった。李議員は12年12月2日付の自身のブログで、挺対協22周年の記念行事に参加し、金氏と再会を果たしたとして写真とともに報告している。

 また金銀周氏の夫、崔基永氏(48)は07年12月、「一心会事件」で国家保安法違反に問われ、最高裁から懲役3年6カ月を宣告されている。崔氏は当時、民主労働党の主要人物300人の人物データや各種会議の議事録などを北韓に渡した容疑などを受けた。なお崔氏も韓国外国語大学を卒業しており、現在は統合進歩党の政策企画室長として活動中だ。

 夫(金三石)と義妹(金銀周)、そして義妹の夫(崔基永)に従北派の疑いがあるとはいえ、それだけで尹美香代表も同じと断じることはできない。しかしスカット・ドットコムに掲載された記事の第2弾は、尹代表も「従北」の疑いを免れないと指摘している。

 尹代表は韓神大の神学科卒だ。韓神大神学科は、従北活動の大物と評される故・文益煥牧師が長年にわたって教授を務めており、特に従北派の影響力が強いといわれるのが神学科だ。また尹代表は13年、従北団体の一つである社団法人「統一マジ」から「ヌッポム(晩春)統一賞」を受賞した。ヌッポムは文牧師の号で、同賞の歴代受賞者には尹伊桑、文奎鉉、李泳禧、白楽晴、宋斗律など、従北的な言動を残してきた人物が名を連ねている。

 何よりも尹代表の従北疑惑を深めているのは、挺対協の動きだ。 90年に発足した挺対協は97年、韓国政府に対北コメ支援を促すなど、本来の元慰安婦支援とは関係のない政治的活動を始めた。2000年には北韓産の松の花粉を販売し、その販売収益金の一部を北韓に支援する事業を展開。慰安婦問題の提起に関連する活動のためには、北韓とも手をとらなければならないという理由だった。

 挺対協は2011年12月の金正日死亡の際には、「突然の悲報に北の同胞の皆さんに深い哀悼の意を伝える」と北韓に弔電を送り、大きな波紋を呼んだ。慰安婦問題で活動しているという”政治的盾”がなければ、国家保安法による処罰を逃れられなかっただろうと当時は言われた。

 挺対協は、日本における代表的な従北団体である朝鮮総連とも緊密な関係を維持しているといわれる。13年1月には尹代表が、日本の朝鮮学校支援運動を隠れ蓑に従北活動をしているのではないかと疑われ、韓国の警察当局が国家保安法違反の疑いで尹代表が送受信したメールを押収捜索した②こともある。(→(下)に続く)
統一日報2014.3.5
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=74815

統合進歩党の李石基議員
従北地下革命勢力2 李石基事件 

②日本の朝鮮学校支援運動を隠れ蓑に従北活動をしている
橋下市長との会見から逃げた方清子氏も同じですね
良い朝鮮人は存在するか? 南北ズブズブの在日朝鮮人 


「反日」の仮面をかぶった元慰安婦支援団体の陰に潜む従北派(下) 
目的は日本と戦うこと?元慰安婦への「償い金」拒否
統一日報慰安婦従北李石基

 挺対協は元慰安婦の女性を助ける目的で活動しているはずだが、元慰安婦への補償に反対するなど、解決を妨げているとの指摘も受けている。挺対協結成初期に活動したソウル大の安秉直名誉教授は「挺対協の目的は、慰安婦問題の解決ではなく、日本と戦うことといえる」と述べている。

 かつて挺対協で活動していた梨花女子大学女性学科のキム・ジョンランさんは、自らの経験をもとに書いた博士論文で、挺対協の活動の背景が本当に慰安婦問題の解決なのかと疑問を呈した。論文の中でキムさんは、日本側がアジア女性基金の設置を推進しようとすると、挺対協の活動家らは「これで私たちがすることはなくなる」と「不安」を口にしたという事例などを取り上げた。

 挺対協とは別の慰安婦団体で、元慰安婦の女性ら33人が結成した「ムクゲ会」の沈美子会長は「(挺対協のような団体は)私たちと何の相談もせずにいる。募金で集まった額や使途はわからない」と挺身隊対策協の資金運用との関連疑惑を提起した。挺対協の尹代表は98年、元慰安婦の女性8人から横領の疑いで告訴されたが、無嫌疑で結審している

 沈代表は「女性部には元慰安婦のために策定した予算があるが、ムクゲ会にはその予算が来ない」と指摘する。沈代表は「元女性部長官の池銀姫氏も挺対協出身」と述べ、挺対協への不信感を示している。池元長官は、2000年から02年まで挺対協の共同代表を務め、盧武鉉政権の発足と同時に03年から05年まで女性部の長官職に就いていた。

 元従軍慰安婦への償いを目指して日本政府などが出資した「アジア女性基金」(07年解散)の専務理事を務めていた東京大学の和田春樹名誉教授は2月26日、同基金からの「償い金」を受け取った韓国人の元慰安婦が60人だったと公表した。韓国政府が認定した207人の3割にも満たない数だ。

 背景には、「償い金」を受け取ると「公娼だったと認めたことになる」などと非難されることへの危惧がある。97年にはアジア女性基金からの一時金を受け取った元韓国人慰安婦7人に対し、国内から猛烈なバッシングが浴びせられた。

 挺対協などは「国家賠償を求めるべきであり、民間基金は受け取るべきではない」と主張。韓国内の民間募金で集めた支援金を7人には渡さなかった。金大中政権時代の98年には韓国側から「償い金」の支給中止と、基金事業の内容変更を求める動きもあった。

 アジア助成基金の設立は「賠償は1965年の日韓基本条約で解決済み」とする日本政府としては、最大限に譲歩した措置だった。それを挺対協や一時の韓国政権が拒否したため、事実上の補償は不完全になった。挺対協らは日本政府に謝罪を求めているが、実現の可能性は乏しい。

北韓や総連、中国の団体とも共闘
 挺対協は毎週水曜日にソウルの日本大使館前で抗議行動を行っている。2011年には慰安婦の銅像を違法に設置。しかし、「聖域化」した慰安婦問題の象徴であったためか、韓国政府は黙認している。

 韓日の離間は北韓の狙いだ。北韓側が慰安婦問題に関与し始めたのは挺対協発足から2年後の92年2月。平壌で開かれた南北首相級会談で、日本に対して慰安婦問題で共闘しようと呼びかけた。韓国側はそれに応じ、同年8月には北韓で朝対委(朝鮮日本軍慰安婦および強制連行被害者補償対策委員会)が結成された。統一戦線部の偽装部署といわれる朝対委は、挺対協のカウンターパートだ。

 挺対協と朝対委が初めてともに活動したのは92年末。場所は東京だった。07年5月にソウルで挺対協が主催した「第8次日本軍慰安婦問題の解決のためのアジア連帯会議」では、平壌からは「朝対委」の洪善玉委員長、孫哲洙書記長、および「民和協」(民族和解協議会。労働党統一戦線部のダミー組織)の局長ら5人が参加。日本からは韓国で「反国家団体」に指定されている朝鮮総連女性同盟の丁熙子副委員長らが複数の国会議員とともに出席した。

 洪善玉氏は会議で慰安婦を「性奴隷」と位置づけ、米議会で「慰安婦関連決議案」を必ず通過させるために力を集中すべきだと強調。その年の7月、米下院は慰安婦問題に対して日本の謝罪を求める決議案を可決した。これにはワシントン慰安婦問題連合(WCCW)という団体が積極的に関与したことがわかっているが、WCCWは挺対協や在米中国系団体と深く結びついている。同様の動きはオーストラリアやオランダ、カナダでもあった。

 韓国だけでなく、米国と日本の間にもくさびを打ち込むため、従北派は慰安婦問題に「反日」の仮面をかぶせているといえる。「従北勢力が『親中反日』路線の後ろに隠れて大韓民国を赤化しようとしている」との分析も説得力を増している。統一日報2014.3.5
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=74816&thread=01r04


いい記事だとは思うのだが
従軍慰安婦問題が北朝鮮による日韓離反工作であることはとうにわかっていたことで何を今更(唾棄)

それを安倍首相が指摘しているのだが
安倍晋三私は北鮮に狙われた01-4jpg
従軍慰安婦問題は北朝鮮の工作 

従北にのせられて現在進行形で安倍首相を貶めている以上もう後戻りはない
時既に遅し
韓国デモ安倍菅籾井お面

朝鮮半島有事には在日米軍基地を使用するのに日本の集団的自衛権行使に反対しているという
どころか反基地運動にも加担しているし
自ら滅亡したがっているとしか思えないがお望みとあらば仕方ない(笑)
ニダー高い高い他界
ヾ(^_^) byebye!! 

◆拙ブログにコメントしてくれているミトラさんからの情報を元に書いている記事です◆

東京でコツコツ28回目、日朝教育交流の集い

授業参観、公演などに200人
朝鮮新報日朝教育交流の集い

 「2002年日朝教育交流のつどい」(主催=同実行委員会)が2月23日、東京・足立区の東京朝鮮第4初中級学校①で開かれた。授業参観と東京第4初中生の公演、シンポジウムが行われ、都内の朝鮮学校、日本学校の教職員や地域の教育関係者と同胞、市民ら約200人が参加した。

お互い豊かな関係を
 今年で28回目を迎えた「日朝教育交流のつどい」。都内の各朝鮮学校を会場に、授業参観・生徒の小公演プラスアルファ(シンポや講演など)といった形で開かれているこのイベントは、日本の教育関係者と一般市民らにとって朝鮮学校を知り、理解するための絶好の場となってきた。

 今回もまず、授業参観・校内見学が行われ、初1から中3まで全クラスの授業が公開された。

 続いて体育館で行われた全体会では、実行委員会を代表して在日本朝鮮教職員同盟の具大石委員長②があいさつ。「複数のアイデンティティーが存在すること」を教育を通じて伝える重要性について指摘し、このような交流を重ねて世界にその経験を広められるようにしていきたいと述べた。

 会場となった東京第4初中の金龍河校長は歓迎のあいさつで、地域交流を積極的に進めている同校の活動をはじめ朝鮮学校の現状を説明。「政治の壁はあっても、草の根の地域交流は可能だ。信頼をひとつずつ築き上げていくことが、子どもたちにとっても大切だ」と訴えた。

 さらに足立区教育委員会の岡田行雄・指導室長が来ひんあいさつ。「授業を参観し、1人1人の子どもたちが明るく楽しそうに学校生活を送っている姿、自国の文化を愛してそれを知ろう、伝えようという思いを大切にしながら生きている姿に感銘を受けた」と述べ、今後も地域で子どもたち同士の交流を深め豊かな関係を築いていこうと呼びかけた。

朝鮮人として堂々と
 東京第4初中児童生徒による小公演、昼食をはさんで2部のシンポジウムが行われた。昼食は、同校オモニ会が手作りした朝鮮の香りあふれるお弁当とトック(朝鮮風雑煮)がふるまわれた。

 シンポではまず、女性同盟中央の梁玉出副委員長③が「なぜ朝鮮学校に―オモニの願い」と題して講演した。梁副委員長は、「教育は私たちにとってもっとも重要な権利、もっとも欲しい権利」だと強調。「日本で生まれ育っても朝鮮人として生きていくという私たちの原点を理解してもらいたい」と述べた。

 そして、植民地時代に奪われた名前と言葉を取り戻すために始まったのが民族教育であり、朝鮮人が朝鮮人として堂々と胸を張って生きていきたいという当然の願いをかなえるために朝鮮学校が存在すると強調。しかし、この素朴な願いがかなえられないのが日本社会の現状だと訴えた。

 最後に日本人参加者らに「お願いがある」として①自分の、日本の問題として朝鮮学校のことに関心を②助成金問題に理解を③子ども同士の交流の場を増やして互いに広い世界を④日本学校の人権教育などの場に朝鮮のオモニたちを呼んで活用を――の4点をあげた。

 続くパネルディスカッションでは、同校卒業生の東京朝高3年の梁美麗さん、同校中級部3年の尹成浩さんが発言した。

 梁さんは、12年間の民族教育を通じてよかったこととして◇民族の心の大切さを学んだ◇自分の国、民族の文化を愛する心を持てた◇集団を重んじる生活の中で互いを思いやる気持ちを育んだ◇母国語を身につけその大切さを学んだ――などをあげた。そして朝鮮学校に対する制度的差別について「同じ人間なのに民族の違いを受け入れてくれないのは寂しいこと」と指摘。「同胞社会をひとつに結び、分断された祖国をひとつにつなぐのも母国語だと思う。母国語を守り、これまで培ってきた民族性をもっと育んでいくために朝鮮大学校に進学したい」と将来の抱負を述べた。

 尹君は、「9年間、この学校で学んで自分が朝鮮人だということに誇りを持っている。またつねに友だちを大切にし、互いに助け合い生きていくことの大切さを学んだ。将来の目標は弁護士。在日同胞の役に立ちたい」と語った。

 シンポではまた、都立荒川商業高校定時制教員の長谷川文夫さんが自ら受け持った在日同胞生徒との交流について、また荒川区立瑞光小学校教員の板橋正枝、佐藤由紀子さんが、隣接する東京朝鮮第1初中と重ねてきた交流授業についてそれぞれ報告した。

◇          ◇

 「知り合うことから始めよう」――この日、日本側の参加者から多く聞かれた言葉だ。しかし、在日同胞はずっと日本人の目の前にいた。そして日本社会の一員である在日同胞は、日本人のことを「知って」いた。朝鮮学校の子どもたちをいわゆる「異文化の体現者」としてのみ行われる交流には、いずれ限界が訪れるだろう。「知ってもらう」のはもちろん大切だが、朝鮮学校の子どもたちはそのために存在しているのではない(=工作員宣言:筆者)。互いの立場を尊重し、対等に向き合ってこそ、真の交流になる。

 「知り合う」ことの、次の段階が期待されている。朝鮮新報2002.
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/sinboj2002/3/0306/81.htm

在日本朝鮮教職員同盟の具大石委員長
朝鮮奨学会評議員
子どもの権利条約と朝鮮学校無償化 
(朝鮮学校無償化の口実となっているのが子どもの権利条約ということがよくわかる)

③女性同盟中央の梁玉出副委員長
どこかで聞いたようなと思ったら
国連まで出かけて行って「朝鮮学校無償化しないのは差別ニダ!」とやってたあの
人権侵害者達 朝鮮学校という侮日工作機関 



4月28日 朝日新聞 夕刊 
学校職員がテレ朝の撮影許す オウム幹部刺殺徐容疑者の指導要録放送 
テレビ朝日のワイドショー「パワーワイド」が、オウム真理教幹部・村井秀夫氏刺殺事件で現行犯逮捕された徐裕行容疑者(二九)の卒業した足立区立の小学校指導要録を放送した問題は、二十八日までの足立区教育委員会の調べで、学校の警備担当職員が撮影させていたことが分かった。区教委は「学校の管理体制にも問題があった」と話している。区教委によると二十四日午後七時ごろ、番組スタッフから電話で、徐容疑者が在籍していたかを確認する問い合わせが学校にあり、対応した警備担当職員が、校長と教頭がかぎを持っているが、同校では徐容疑者の卒業年度分を含めた一部が書棚に置かれていた。当日は書棚のかぎもかかっていなかった。 

午後八時ごろ、スタッフ五人が学校を訪れ、指導要領や卒業アルバムを撮影した。スタッフは「学校には迷惑をかけない」などと職員に告げ、謝礼に菓子折りを渡したという。区教委の日高芳一指導室長は「取材を受けた職員は、指導要録がどんなものかわかっていなかったようだ。学校の管理体制にも問題があった。テレビ朝日の取材は正当なものとはいえない」という。 

区教委の佐々木一彦教育長は「個人のプライバシー保護の観点からも、指導要録の保管と管理に細心の注意を払うよう、あらためて各学校に周知徹底する」と話している。 

テレビ朝日広報部は「取材源の秘匿の問題があり、具体的案取材過程は申し上げられないが、正当な取材活動だった」としている。

上記はミトラさんのくれたコピペなのだが
テレビ朝日の不祥事問題(国民の知らない反日の実態)
http://www1.atwiki.jp/oreryuunyu-su/m/pages/14.html
1995.04.27 「パワーワイド」がオウム村井を刺殺した徐裕行容疑者(29)の小学校時代の指導要録放映。プライバシー侵害との抗議殺到 
とあるので1995年のことだろう
ミトラmemo13 恐怖!朝鮮学校の「交流」は政治目的! 補足資料 

冒頭の朝鮮新報の記事から
朝鮮第四初級学校と足立区教育委員会に交流がある

今まで集めた記事から
徐裕行氏は
足立区内の朝鮮総聯系の朝鮮第四初級学校に4年制まで在学していた
ミトラmemo10 「村井刺殺」犯人の周辺に存在した不可解な背後関係 
足立区内の公立小中学校を卒業している
ミトラmemo6 『オウムの闇はニッポンの闇』 
ことが分かっている

つまり
テレビ朝日に「プライバシー侵害との抗議」を殺到させた人達とは誰?
足立区教育委員会が「テレビ朝日の取材は正当なものとはいえない」「指導要録の保管と管理に細心の注意を払う」と言って徐裕行氏を庇ったのはなぜ?

足立区ジュニアスポーツ大会東京朝鮮第四初中級学校
http://www16.plala.or.jp/Basketball/minibasuke/taikaikiriku/12jr.pdf
足立区教育委員会で行われた競技大会に東京朝鮮第四初中級学校が参加している

日本人は「友好」と言われれば友好だと思うし、「相互理解」と言われれば相互理解だと思う

彼らは「友好」を口実に政治目的を持って近寄り、「相互理解」と言いつつ自分の主張のみをのませる工作を仕掛けてくる
そんな洗脳まがいの政治工作に子供たちを安易にさらしてよいのだろうか

「相互理解」というなら日本側の主張も認めなければいけない
もとより彼らにそんな気は毛頭ないと我々はいい加減悟らなければいけない

これが彼らの正体
j-castニュース『国連調査委員会、北朝鮮の拉致は「人道に対する罪」』2014.2.18
18
http://www.j-cast.com/2014/02/18197028.html 
遅まきながら日本政府も攻勢に出ている
国連人権委員会における攻防 

あなたの子供が
友達が
甥が姪が
孫が
朝鮮学校と「友好」の名目で試合をしたり、交流を持ったりすることを
見過ごしていていいと思いますか?

【まとめ】
▼朝鮮学校の言う「交流」は政治目的
▼朝鮮学校「子供に罪はない」←子供をダシに洗脳まがいの政治工作を仕掛けるため子供も共犯
▼徐裕行氏は東京朝鮮第四初中級学校朝鮮四年まで通う→足立区立小中学校を卒業
▼テレビ朝日が徐裕行氏の小学校指導要録を放送
  →抗議殺到(誰が抗議したのか?)
  →教育委員会「テレビ朝日の取材は正当なものとはいえない」「指導要録の保管と管理に細心の注意を払う」(なぜ徐裕行氏を庇うのか?)

参考
「学習組」の正体 

輸出した養子ですら工作に使うのが彼らの民族性
弟の死はこやし

五輪日韓全面協力はデマ? 続き

新年早々民団団長・呉公太(通名呉本公太)氏が不吉な寝言を

1呉公太
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=14&category=2&newsid=18402

 韓日間には悪材料がある一方で、好材料も目白押しです。であれば、好材料を最大限に活用するに限ります。
 平昌冬季五輪と東京夏季五輪を成功させ、来年の国交正常化50周年を意義あらしめるために、本団は早期に特別プロジェクトを始動させねばなりません。まずは、両国の心と力を合わせた協働が広がり、好循環が生み出される途上で国交50周年を迎えましょう。そして、その先にある2016年の創団70周年記念事業を成功させましょう。

早期特別プロジェクトって何?
と思っていたら呉公太氏の地元長野に平昌五輪地元から視察と

16
http://www.shinmai.co.jp/news/20140116/KT140115SJI090017000.php

サッカーWC日韓共同開催をした日韓フォーラム@日本国際交流センター・故・山本正氏と
サッカーWC日韓共同開催の黒幕 
信濃毎日新聞社長・信越化学工業会長・故・小坂徳三郎氏の繋がりを考えるに
日本を敗戦国のままにしておく装置 

開催が危ぶまれる平昌オリンピックの負担を日本に押し付けようと画策しているのだろう

呉公太(通名呉本公太)氏については以前書いたがせっかくなのでまた見つけたものを書いておく

民主党防衛政務官「民団」団長から310万円の問題献金が判明

 またしても民主党政権で在日外国人からの政治献金問題が判明した。

 防衛大臣政務官の下条みつ氏が、在日本大韓民国民団の団長から、献金を受け取っていたのだ。民団は会員数50万人を数える在日韓国人などのための組織で、団長の呉公太氏は今年2月にトップに就任した。

 下条氏の政治団体である「みつの会」の収支報告書を見ると、平成20年から22年まで、それぞれ、100万円、110万円、100万円、政治資金パーティへの支払いが確認できる。いずれも呉氏が代表を務める会社名義で、代表者の名は呉本公太と記載されている。これは呉氏の通名のようで、一見すると外国人からの献金とはわからないようになっているのだ。

 これまでにも、前原元外務大臣は、在日韓国人から総額25万円の献金を受けていたことで大臣を辞任、野田首相、菅前首相も在日韓国人からの献金があったことが指摘されてきた。外国人からの献金は政治資金規正法により違法とされている。

 外国人が国政に影響を与えるのを防ぐ、というのがその趣旨だ。パーティ券の購入は「寄付には該当しないので、外国人が買ったとしても違法にはなりません」(総務省政治資金課収支公開室)というが、その立法趣旨やこれまでの経緯からして、あまりに軽率ではないか。
 
 ましてや呉氏は民団の団長として、今年5月に民団の代表団とともに李明博大統領を訪れ、在日韓国人の地方選挙参政権の獲得などに向けてさらなる支援を要請するなど、政治活動に積極的に関わる人物である。ちなみに下条氏は、外国人参政権に賛成の立場をとっている。

 下条議員に事実を確認すると、呉氏が民団団長であることを知っているとしたうえで、「寄附ではなく、飲食の対価としてご購入頂いていると理解しております。尚、弁護士に相談の上、万一法に抵触する恐れがある場合は返金も考えております」と回答。また、呉氏も弁護士を通じて、「パーティ券購入は違法ではないため問題ないと考えている」と答えた。
※週刊ポスト2012年6月22日号
http://www.news-postseven.com/archives/20120613_118014.html 

20
http://www.dia.janis.or.jp/~dpnagano/katsudo/index.html 

民主党長野県連HPより
 常任幹事会終了後、「永住外国人の地方自治体参政権問題についての研修会」を開催。
在日本大韓民国民団中央本部 呉 公太(オ コンテ)副団長、民団長野県本部 呉 公運(オ コウウン)団長ほか10数名の皆さんの出席を得て、同問題の歴史的経緯や考え方など相互に意見交流を行い理解を深めた。2009.6.20

ニューアサヒ(呉本公太)
http://www.asahi-pachinko.co.jp/company/index02.html 
通名表記ですね

『パチンコ店ニューアサヒでおなじみの三公商事が遊技機の無承認変更で書類送検 店長「申請手間だし止めると売上下がるから申請しないで釘交換した」』
パチンコ・パチスロ.comさんから
http://pachinkopachisro.com/archives/33064523.html 

パチンコが賭博なのは明白なのに三点方式だから賭博ではないニダ
外国人献金なのは明白なのにパーティー券だから違法ではないニダ
この書類送検もどうなったんでしょうねえ

でも、お困りのようだから協力してあげても....
ああこんなにお断りしたい気持ちになったのは初めてです
さんざん妨害されたのに協力はないわー 

(日本選手が受けるであろう韓国からの嫌がらせを考えると胸が痛む)

【まとめ】
▼民団団長・呉公太(通名呉本公太)氏が新年早々「平昌、東京五輪特別プロジェクト」立ち上げ宣言
▼呉公太氏の地元は長野(三公商事・パチンコニューアサヒ)
▼平昌から長野に視察団
▼サッカー日韓WC共同開催を仕掛けた日韓フォーラム@日本国際交流センターの山本正氏と信濃毎日新聞&信越化学の小坂徳三郎氏に繋がりアリ
▼呉公太氏
 民主党下条みつ議員に献金(パーティー券だから違法じゃないニダ)
 民主党長野県連で外国人地方参政権について研修会
 無届け釘交換で書類送検

追記2014.1.31
朝日新聞ドラえもん
http://fxya.blog129.fc2.com/blog-entry-12575.html

参考
出て行けと言われるのは自業自得:民団 
KB国民銀行と韓流とキムヨナ 
統一協会と現代財閥2 

余談
知り合いの小学生がサッカーをやってるので韓国のサッカー試合の動画を見せたところ
「死ねよ!!!」と怒っていました
この子のこんなに激した様子は見たことがなかったのでちょっと驚きました



この本はよど号犯とその妻のうち6人の手記を集めたもので、彼らは逮捕状、国際指名手配の取り消しを求める国家賠償訴訟を起こした。

そのうちの森順子氏の手記
第三章 田宮を祖国へ帰したい
より引用

p156~160
1 田宮を帰したい

父の遺骨を抱いて
 私が生まれ育ったのは、神奈川県の川崎という街です。父は、母の実家が大衆食堂をやっているとき、ここに下宿していました。父に関しては、朝鮮の黄海南道(ファンヘナムド)が故郷であること以外は、母でさえもなにも知りませんでした。自分のことを一切語らずに、父は死んでしまったからです。
 父の遺骨を抱いて田宮とともに1992年、黄海南道の父の実家を訪ね伯父さんと会ったとき、初めて、父が15歳のとき北海道の炭坑で働く兄を頼り、平安南道の南浦(ナムポ)という港から日本に渡ったことを知りました。1938年(昭和13年)①だったそうです。朝鮮が解放されるまで、まだ7年もあります。この年、すなわち朝鮮人民に対する日本の侵略策動が最高潮に達していた時期、父は15歳にして自分の祖国、そして家族と生き別れなければなりませんでした。父の悲しみと不幸、それは、まさに日本によって国を奪われた朝鮮民族の悲しみ、苦痛なのだと思います。

映画『チョンリマ』に感動
 私が初めて、自分の中の朝鮮人を意識したのは、小学生のとき『チョンリマ』という映画を観たときです。たしか近所の共産党のおばさんに連れていってもらいました。小さいときだったけど、この映画を観てひどく感動したことを憶えています。人々が生き生きとしていて力強く悲しみがない国というのが、朝鮮に対する私の印象でした。また、高校生のときに在日の人々に接して、彼らが自分の国を愛し朝鮮民族としての自信を誇りにし、祖国のために貢献することを生き方としていることにとても衝撃を受けました。
 このとき私は、自分も朝鮮人であることを大切にして生きていきたいと思いました。その後、朝鮮侵略の歴史や強制連行②の歴史などを勉強し始めました。関東大震災で多くの朝鮮人が殺された③ということも初めて知りました。家からそんなに遠くない横浜の小さな橋で何千人という朝鮮人が殺され捨てられたとありました。私にとって他人事ではありません。その場所に行かなくてはという衝動にかられました。その小さな橋の前に立ったときのショックは今でも忘れられません。私と同じ血を持った何の罪もない人が、こんな小さな橋で殺され捨てられたかと思うと、もう、怒りで自分の身体が裂けて、その血がこの橋に流れていくように感じました。橋を渡れば駅に近かったけれど、渡る気にはなれませんでした。この橋は靴を履いては渡れない橋だと思ったからです。
 このような体験をした私は、父を見る目も変わっていきました。その後、朝鮮語を習い父に教えてあげたり、同胞たちとも接するように強く言ったり、また、朝鮮への帰国船が出たとき、なぜ帰らなかったのかと迫ったりと、ずいぶん父にはきつく当たりました。でも父は何を言っても聞こうとせず自分の殻にとじこもっているだけでした。
 1975年、私が22歳の年に父が亡くなり、私はいっそう朝鮮というもう一つの自分の国に触れなければ、それまで悶々と悩んでいた自分の生き方、目的がしっかりと定まらないと考えていました。今こうしてあの頃のことを振り返ってみても、朝鮮に行くことや田宮たちのことを知ることは、私が生きていくうえで、どうしても通過しなければならないことだったと思っています。当時、それはむろん直観的なものであったけれども、それまでの自分内部のわだかまりが、そのことによってなにか「解ける」ような気がしたのも事実です。

もう一つの祖国の地を踏んだ
 父が亡くなり分骨しました。私も母もできれば、お骨を祖国の父の家族の元に帰したいと思っていましたが、その方法もなかったし、また同胞が眠っているお墓にでも入れば、父も安心するだろうとも考えたのです。しかし私たち家族が父の過去をいっさい知らないことに加え、自分の国に背を向けて生きてきた父を受け入れて欲しいというのも無視がよすぎる話でした。それで一時はあきらめたのですが、やはり、せめて祖国の地に眠らせて上げることでもしなければ、父はずっと泣き続けるだろう。そう思い、それから3年あまり、いろいろなつてを訪ねまわり、やっとの思いで父の遺骨とともに、もう一つの祖国の地を踏むことができました。1977年になっていました。
 黄海南道にいる父の家族のことは、私が幼いときから母が手紙でいろいろと手を尽くして探していたので知っていましたが、一度も便りが来たことがないので、朝鮮に来たからといって、父の家族の消息が分からなくても当然と言えば当然のことです。父が祖国の土に還るだけでも、私は十分だと思っていました。なので朝鮮の案内の人に、「調べてみましょう」と言われたときは、本当に有り難く思いました。
 それからまた、十数年経って、私は、田宮ととともに父の遺骨を抱いて、黄海南道にある父の実家を訪ねることができ、そしてあくる年には母も父の故郷へ連れて行ってやれました。

田宮との出会いと結婚生活
 私と田宮は、朝鮮という国がなかったら、出会うこともありませんでした。
 私が田宮の存在を初めて知ったのは、言うまでもなく、1970年3月31日「よど号」のハイジャックのときです。その頃、神奈川県の普通高校の一年だった私は、春休みの何日間、胸をドキドキさせながらテレビの前に座っていたことを憶えています。たぶん、田宮たちが朝鮮という国を選んだことへの衝撃と不安のようなものがあったのでしょう。
 赤軍派を知っている人なら、田宮たちが朝鮮でどうするのだろうということは、誰でも興味のあることだったと思います。しかし、過激派という言葉もろくに知らなかった私には、田宮たちがどういう学生運動をやり、どこの党派であるかなどということには、興味も関心もありませんでした。ただ、なぜ、ハイジャックの目的地を朝鮮にしたのか、彼らが社会主義朝鮮に渡り、日本人として何を見、何を学び、何を得、何を支えに生きていくのかということに最も関心があり、知りたいと思いました。
 小学生のころから私が一番行ってみたい国は朝鮮でした。社会主義と資本主義の違いがどこにあるのかなどを高校生の頃から漠然と考えていたこともありましたが、それよりも、朝鮮が私の父の国、父の祖国だったからです。
 私には行きたくても行けない、私のもう一つの祖国ともいえる朝鮮に、日本人である田宮らはいとも簡単に行ってしまいました。
 後で男性から聞き知ったことですが、「朝鮮が悪宣伝されているが、それは、実は我々にとって良い国だということではないか。敵にとって悪いものは、我々にとって良いはずだ」というのが、行き先に朝鮮を選んだ理由でした。単純といえば単純な理由なので笑ってしまいましたが、でも私はこの理由を知って、最も単純で率直なところにこそ、物事の核心があるように感じて、田宮たちが朝鮮に渡ったことは正解だったんじゃないかと思いました。
 

①来日が1938年
朝鮮半島で徴用のはじまる前なので自由意思で来日したのは間違いない
前掲書p164
 父は自分の国の言葉も話せず朝鮮人としての名前もなかったけれど、どういうわけか日本への帰化だけはしませんでした。帰化しないことがいいとか、よくないとかいうことではなく、結局人としての生き方の問題であると思います。私の父の場合は、帰化しないことによってかろうじて朝鮮人である自分を支え、朝鮮民族としての魂を守っていたのだろうと思います。これが父にとっては、せめてもの「譲れないもの」だったのでしょう。

とあるが自分には帰化出来ない理由、故郷を捨てざるを得ない理由があったとしか思えない
盆・正月には里帰りする朝鮮人で港がいっぱいになったというのだから渡航は自由だった
【wiki】君が代丸
 
②強制連行 (今時これを言うと失笑を買うということは知らないのだろう)
③関東大震災時の朝鮮人虐殺
関東大震災で日本人10万人を虐殺した朝鮮人の黒幕 
 当時朝鮮人テロリストが国家転覆を狙って活動していたのは事実なんですよ

嘘という土壌に育ったでたらめの草 

森順子氏の息子、森大志氏は市民の党の支持を受け三鷹市議に立候補している
未だ帰れない拉致被害者、特定失踪者が数百人いるというにも関わらず

参考
テロリストの遺伝子 
よど号犯と拉致 
日本の中の北朝鮮 チュチェ思想研究会 
よど号ハイジャック事件という闇 

あなたの隣にいるかもしれない朝鮮人工作員 
この事件にでてきた「学習組(がくしゅうそ)」に関する記事があったのでこちらの本から引用






p188~191 
最大の在日非公然組織「学習組」の正体 野村旗守
(前略)

母体は日共党員
 「学習組規定」によれば、その性格は次のようなものだ。

〇学習組は、偉大なる首領・金日成元帥が組織し、親愛なる指導者・金正日同志が指導する在日朝鮮人金日成主義者の革命組織である。
〇学習組は、在日朝鮮人のうち、敬愛する首領の永久不滅の主体思想と金日成主義でしっかりと武装して偉大なる首領・金日成元帥と親愛なる指導者・金正日同志に忠誠を尽くし、社会主義祖国を熱烈に愛し擁護して、祖国統一をはじめとする総聯の諸般の愛国運動に模範的に参加する先進分子によって組織する。
〇学習組の当面の目的は、わが民族の至上課題である祖国統一偉業を実現することにあり、終局の目的は、総聯を金日成主義化し、日本国における主体思想革命偉業の遂行に積極的に寄与することにある。

 結成当初、学習組の構成員のほとんどは、在日朝鮮人のなかでも日本共産党でマルクス主義理論を学んだ日共党員だった。しかし、彼らは学習組に入ると同時に日共を棄てた。なぜなら、学習組とは、北朝鮮の朝鮮労働党の在日フラクションのことであり、彼らは学習組に入ることによって朝鮮労働党員となったからだった。
 「規定」にあるとおり、その第一の目的は朝鮮半島を赤化統一することであり、終局の目的は革命を起こして日本を社会主義化することである。朝鮮総聯が日本共産党とともに破防法の指定団体となっている理由もここにある。
 北朝鮮という国家が、すべて朝鮮労働党の指令系統に従って統制されているように、朝鮮総聯においてもまた、組織の末端に至るまで朝鮮労働党日本支部である学習組の機構によって支配されている。朝鮮学校であれ、朝銀信組であれ、参加の事業体であれ、朝鮮総連に属するあらゆる組織では、学習組員以外は幹部になれないことになっている。東京の千代田区富士見町にある朝鮮総連中央本部は、すべて学習組員で占められる。
 入党資格を得られるのは、18歳以上で、能力優秀、組織への忠誠確実と認められた者に限られる。入党にあたっては2人以上の学習組員の推薦が必要となり、推薦を受けた者については細密な履歴書が作成され、これが本国に送られる。本国で数カ月から一年の吟味を経た結果、入組(党)が認められれば晴れて学習組員となることができるというわけである。この学習組には現在でもおよそ3千人から5千人の構成員がいると公安当局はみているが、昔に比べればその組織力は低下の一途を辿っているようだ。
 何人かの学習組員に取材したところ、ほとんどが、「自分も組員だが数年前から組費を払っていない」と答えていた。

在日朝鮮人のエリート集団
 宣誓の言葉を述べて、入組を果たすと、朝鮮労働党の「唯一思想体系の10大原則」を刷り込んだ「学習組手帳」という赤い表紙の手帳が配られる。
「10大原則」とは、次のようなものだ。

一、偉大なる首領・金日成同志の革命思想によって社会全体を一色化するために命を捧げて闘争しなければならない。
二、偉大なる首領・金日成同志を忠誠をもって仰ぎ奉らなければならない。
三、偉大なる首領・金日成同志の権威を絶対化しなければならない。
四、偉大なる首領・金日成同志の革命思想を信念として受け入れ、首領の教示を信条化しなければならない。
五、偉大なる首領・金日成同志の教示を執行するにおいて、無条件の原則を徹底して守らなければならない。
六、偉大なる首領・金日成同志を中心とする全党の思想意志的統一と革命的団結を強化しなければならない。
七、偉大なる首領・金日成同志に学び、共産主義的風貌と革命的事業方法、人民的事業作風をもたなければならない。
八、偉大なる首領・金日成同志から授かった政治的生命を体制に守り、首領の大きな政治的信任と配慮に対して高い政治的自覚と技術に立脚した忠誠をもって報いなければならない。
九、偉大なる首領・金日成同志の唯一的領導のもとに、全党、全国、全軍が終始変わることなく活動する強い組織規律を確立しなければならない。
十、偉大なる首領・金日成同志が開拓された革命偉業を、代を継いで最後まで継承し完成していかなればならない。

 つまり、学習組員とは、朝鮮労働党員と同様に、「偉大なる首領・金日成同志」に絶対服従を誓う先鋭化された在日金日成主義者集団のことである。

 より正確にいえば、学習組は朝鮮労働党統一戦線部指導課というところに連なる、労働党の日本支部ということになる。「統一戦線部」は北朝鮮の謀略機関である「3号庁舎」に4つあるうちの一部門だ。「3号庁舎」にはほかに、「連絡部」「調査部」「作戦部」がある。すべて韓国ほか海外に謀略活動を仕掛ける工作機関だ。3号庁舎に所属する工作員は、北朝鮮でもっともすぐれた頭脳と身体能力とを兼ね備えた北朝鮮のスーパーエリートといわれている。同様に、学習組も朝鮮総聯の活動家のなかでとくに選ばれた在日朝鮮人のエリート集団とされる。つまり、学習組とは、朝鮮労働党日本支部である朝鮮総聯の根幹をなす、党内党ということができる。

洗脳ロボット
 そして、「在日のエリート集団」としての表の顔のほかに、学習組には裏の特殊任務がある。それは、主に韓国に神道するためのさまざまな特殊工作を仕掛ける工作員としての役割である。これ以外にもの日本には、連絡部や作戦部に連なる工作員組織がいくつかあるが、学習組は在日朝鮮人による非公然組織のなかでも最大の工作機関である。
 学習組員はそのほとんどが、東京・八王子ににある朝鮮総聯中央学院というところで数ヶ月間の徹底的な思想教育を受ける。ここでは、参加者全員が「自己批判」と「相互批判」を繰り返して、首領と組織に対する忠誠を競い合うことになっている。少しでも組織に忠実でないとみなされた者は徹底的に糾弾され、精神がボロボロになって逃げ出していく者もいるという。つまり、左翼組織によくある「総括」の一種だ。

 朝鮮総聯元幹部・韓光煕(ハングァンヒ)氏の著書『わが朝鮮総連の罪と罰』には、次のようにある。
 「・・・・こうして、六か月が終わったことには完全な思想改造ができ上がり、頭のなかは金日成主義一色になってしまう。つまり、幹部養成機関といえば聞こえがいいが、ようするに中央学院とは総連活動家の洗脳工作機関のことである。そこで学ぶと、他のことは一切見えなくなってしまうのだ。北朝鮮に盲従する総連ロボットの完成である」
 朝鮮総聯の鉄の結束は、こうした徹底した洗脳教育の成果だったのだ。
 その機構は、各学習組組織の上に直属の「学習組指導委員会」が置かれ、この組織がその地方の学習組組織を統轄することになっている。そして、それぞれの学習組指導委員会を統括するのは朝鮮総聯中央本部の組織局であり、さらにその上にあるのが朝鮮労働党統一戦線総聯指導課、そしてその上に君臨するのが金正日党総書記という構図になる。つまり、完全な中央集権制組織であるということだ。各学習組はタテ割り系列で運営され、ヨコの繋がりは一切ない。

 次に、在日工作員としての学習組の任務について。これはまだ完全に解明されてはいないが、近年、徐々にその果たしてきた役割が解明されつつある。
 まず、最大の役割はオルグ活動である。朝鮮学校に通う在日朝鮮人の子弟はもちろん、日本の学校に通っている同胞子弟、さらには社会主義にシンパシーを抱く日本人もオルグの対象になる。
 さらに、東明商事事件でみられたような、組織のための活動資金、北朝鮮に対する献金資金捻出のための経済活動も行う。
 また、各地の朝鮮学校で余生された空手の有段者による部党派集団を持ち、97年のRENK襲撃事件にみられるような、テロ活動も行う。
 また、総聯中央の監査委員会は、総聯の組織破壊活動を事前に防止するあらゆる諜報活動を行うとみられている。
 さらに、許宗萬(ホジョンマン)責任副議長も所属した国際局は、長年にわたって日本の政界工作に取り組んでおり、政治家たちを懐柔して北朝鮮に有利な政策をとらせるよう仕向けているといわれる。 


 
【ニコニコ動画】朝鮮学校無償化 文部省との交渉現場 

さて、この人達の主張に正当性はあるでしょうか
長年こうして役所に圧力をかけてきたんですね 

参考
人権侵害者達 
日本の敵
北朝鮮の覚醒剤3 元朝鮮学校校長・曹奎聖  

辻褄が合わないのは仕様です 続き

日本名“強制”は雇い主の「善意」だった…「屈辱」と訴えた在日韓国人2世は敗訴で何を得たのか

金稔万裁判
通名(日本名)使用を強制されて精神的苦痛を受けたとして、建設業者などに損害賠償を求めたが、大阪高裁は控訴を棄却した。判決後、記者の質問に答えた原告の金稔万さん(左)は「本名を名乗る権利を訴え続けたい」と語った=11月26日午前、大阪市

「配慮に欠けた面はあったが、速やかに働けるようにするのが目的で害意はなかった」

 在日韓国人2世の金稔万(キム・インマン)さん(53)=兵庫県尼崎市=が工事現場で働く際に通名(日本名)使用を強制されて精神的苦痛を受けたとして、建設業者などに100万円の損害賠償を求めた訴訟があり、大阪高裁は11月26日の控訴審判決で、請求を棄却した1審大阪地裁判決を支持して金さんの控訴を棄却した。1審は通名強制自体を否定したが、2審は「通名使用を強いて金さんのアイデンティティーを侵害した」と認めるなど金さんにとって“前進”はあった。だが、逆転勝訴を信じていた金さんは、敗訴という結果に「裁判所も権利を認めてくれない現実を痛感した」と肩を落とした。

本名シールを床に
 「前に一度行ったことがあるビルの解体仕事がまたあるけど」

 日雇い作業員だった金さんのもとに平成21年9月、大手ゼネコンの2次下請け業者の担当者から電話がかかってきた。ただし、「通名で行ってほしい」という条件付き。本名での生活にこだわっている金さんは「通名でなく本名で行きたい。前に行ったときも本名だった」と強く主張した。

 再び電話してきた担当者が「前にも行ったなら本名でいい」と一転したため、仕事を引き受けることにした。業者の事務所へ向かうと、担当者が「やっぱり通名で行ってくれるか」と前言を撤回。金さんは「本名で仕事がしたい」と訴えたが、すでに現場用ヘルメットに貼るための名前シールが通名の「かねうみ(金海)」で作成されていた。「(通名を)拒否すれば仕事ができなくなる」と不安になり、本名での勤務を訴えるのをやめた。

 さらに業者側は、金さんのヘルメットに元々貼ってあった本名「きむ」のシールを剥がして床に捨て、代わりに通名シールを貼った。金さんは本名シールを床に捨てられたことに屈辱を感じて見過ごすことができず、すぐに拾ってポケットに入れた。

ふりがなは本名貫く
 名前をめぐる争いはまだ続く。金さんは業者側の指示に従って書類を作成し、氏名欄に本名を記入すると、担当者が通名に書き直すように求めてきた。金さんは抵抗すれば仕事をできなくなると観念して書き直したが、氏名のうち「稔万」のふりがなは、通名の「としかず」でなく本名の「いんまん」を貫いた。

 解体現場の入退場管理システムに指紋登録する際にもトラブルが起きた。この現場で最初に働いた半年前の21年3月には本名で登録を済ませていたが、今回は通名で登録しようとしたため、指紋が一致するのに氏名が異なるとして「エラー」が表示されたからだ。

 ただ、2審判決によると、金さんがこの場面で通名での登録を特段抗議したわけではなかった。登録を担当した1次下請け業者の責任者は結局、エラーを解決するため本名のデータの方を削除した。

雇い主も同じ在日韓国人
 ここで疑問がわく。金さんが最初に働いたときは本名だったのに、なぜ半年後には通名でという条件になったのか。判決によると、それは大手ゼネコン側の「誤解」が発端だった。

 金さんが最初に働いた際、大手ゼネコンの担当者は、雇用対策法に基づき外国人の雇用主に義務付けられる「外国人就業届」を提出するよう1次業者に求めてきた。1次業者は就業届を提出するため、金さんの直接の雇い主である2次業者に必要事項を照会した。

 金さんは在日韓国人2世の特別永住者で、届け出義務の対象には含まれておらず①、1次業者もゼネコン側の「誤解」に気づいていた。ただ、「下請けの立場で元請けに対してモノが言いにくい」という状況から、何ら異議を挟まなかった。2次業者も同様に誤解と知りながら、1次業者からの照会に応じていた。

 そして、2度目の今回、外国人就業届の提出を再び求められると考えた2次業者が、「すぐ働きたい」という金さんのために用意した手段が通名だった。面倒な手続きを省いて速やかに働けるようにしようと、一見しても“外国人”と分からない通名での勤務にこだわったというわけだ。

 さらに、その話を補強するのが、金さんの雇い主である2次業者の経営者が金さんと同じ在日韓国人という事実。1審判決によると、この経営者は金さんが同じ在日韓国人という理由から、「金さんにできるだけ就労の機会を与えてあげてほしい」と部下に伝えていたという。

こだわり続けた10年間
 とはいえ、金さんの本名へのこだわりは並々ならぬものがあった。ここ10年近くは生活のすべてで通名使用を止め、本名を名乗り続けてきたという。

 金さんは神戸市内で生まれ育ち、小学校の同級生が在日を理由にいじめられるのを見てきた。しかし、大学でハングルを学び、仲間と本名で呼び合うようになると、「本名で生活できることが当たり前の社会だ」と喜びを感じた。

 「日本では通名が当たり前」と話す父親も、自分で建てた墓碑には本名を刻んだ。金さんは「死んでからしか本当の名前を使えないのか。通名を強要する社会は間違っている」と常々考えてきた。

アイデンティティー侵害
 2審判決は結局、金さんが通名で働いていた期間中、ゼネコンや1次、2次業者に対し、通名使用の拒否や本名で働くことを求めていなかったと認定。業者の対応について「金さんを速やかに仕事に従事させるためで、アイデンティティーを侵害するなどの悪意も認められない」と判断し、金さん側の請求を退けた。

 ただ、敗れはしたが、1審が「金さんが『通名でかまわないのですぐに働きたい』と承諾した」と認定した部分を2審は否定。「雇用手続きについて業者に誤解があり、不必要な通名使用を強いたことは否定できない」と認めた上で、業者側が本名のシールを剥がして捨てたことも「アイデンティティーを侵害される結果が生じた」と言及した。

 「本名を名乗る権利を訴え続けたい」。金さんは判決後、悔しさに声を詰まらせながらそう話した。msn産経ニュース2013.12.10 
金稔万裁判2
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/131210/waf13121007010002-n1.htm 

在日韓国人2世の特別永住者で、届け出義務の対象には含まれておらず
これ在日特権ですよねえ

金稔万氏は
両親は済州島からの密入国者
逮捕歴アリ
この裁判に大阪淡路教会が関わっているが
イルム裁判大阪淡路教会
http://d.hatena.ne.jp/irum/20110713/1310570151

大阪淡路教会の牧師を辿ると
(大阪淡路教会・岩井健作氏:多文化共生、沖縄反基地運動)←米軍と共生しろ(^ν^)
在日大韓基督教会・李仁夏(イ・インハ)牧師と繋がりがあり
異教徒との戦い5 あなたも今日から反日極左
結局「6.15共同宣言」に辿りついてしまうのだった
異教徒との戦い7 ちょっと待てその牧師って・・・

(あらためて賛同者見たら安世鴻氏やら方清子氏やら香ばしくてワロタ)
胡散臭い慰安婦写真展重重プロジェクト1 (3まで)
 良い朝鮮人は存在するか? 南北ズブズブの在日朝鮮人 

金大中の赤い妻
南・北韓の左翼らが「6.15宣言」を実践せよと合唱する理由は、「6.15共同宣言」通りやれば南韓を共産化できるからだ。「6.15宣言」は赤化統一方案の合意であり、「6.15宣言」実践活動家らは対南赤化戦略の遂行者と見做すべきだ。

と統一日報が書いた6.15共同宣言だが
宣言を遂行していく準備委員会が発足する

1
民族時報2005.3.1
http://www.korea-htr.org/jp/051060/105803k1.htm
2005.2.26
南北海外共同行事日本地域準備委
@中央大学駿河台記念館

司会
金知栄・民主女性会会長
劉相植(リュ・サンシク)・在日本朝鮮人総連合会(総連)中央本部統一運動局副局長

宋世一・韓統連事務総長
金守埴(金スシク)・祖国平和統一協会(平統協)会長

名誉議長
李佐永(李ヂャヨン)・韓統連顧問
梁守政(梁スヂョン)・総連副議長ら五人

議長
郭東儀・韓統連常任顧問

副議長
都相太(都サンテ)・NPO法人三千里鉄道理事長
朴寿吉(朴スギル)・在日大韓基督教総幹事ら十一人

代表委員
李仁夏(李インハ)・在日大韓基督教川崎教会元老牧師(←異教徒との戦い5 あなたも今日から反日極左
林哲(リム・チョル)・津田塾大学教授
徐勝・立命館大学教授 (←韓国民主化運動という赤化運動) 
李哲・在日韓国良心囚同友会代表ら三十三人

事務局長
朴勇(朴ヨン)・汎民連海外本部事務次長
(カタカナ表記はこちらのリストとの突合による http://green.ap.teacup.com/kantourenhyougo/112.html

この朴寿吉牧師を追っていくと

18christiantoday朴寿吉
Christian Today2004.2.18
http://www.christiantoday.co.jp/article/351.html

7
クリスチャン新聞2005.5.15
http://jpnews.org/pc/modules/xfsection/article.php?articleid=115
「九条の会」結成を受け「宗教者九条の和」が発足
呼びかけ人
朴寿吉牧師(在日大韓基督教会総幹事)

差し替え:北朝鮮で最高人民会議、金正日総書記も出席
【ソウル7日聯合ニュース】北朝鮮は7日、最高人民会議第12期第3回会議(通常国会に相当)を平壌・万寿台議事堂で開催した。4月9日の第2回会議には姿を見せなかった金正日(キム・ジョンイル)総書記も出席した。

 会議では首相に、金英逸(キム・ヨンイル)氏に代わり、崔永林(チェ・ヨンリム)平壌市党委員会責任書記が任命された。また、金総書記の提起により、妹婿の張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会委員(朝鮮労働党中央委員会行政部長兼任)が副委員長に選任された。

 金総書記の後継者とされる三男・ジョンウン氏に対する公式の任命、韓国哨戒艦「天安」沈没事件に関する対韓国措置、金総書記の中国訪問後続立法などがあるか注目されていたが、いずれも議題にはならなかったようだ。

 朝鮮中央通信と朝鮮中央放送が報じたところによると、郭範基(クァク・ボムギ)、呉羞容(オ・スヨン)、朴命善(パク・ミョンソン)の3副首相が解任され、代わって姜能洙(カン・ヌンス)党中央委部長、金楽姫(キム・ラクヒ)黄海南道党責任書記、李泰男(リ・テナム)平安南道党責任書記、全河哲(チョン・ハチョル)党中央委員会委員の4人が新副首相に任命された。また、超炳柱(チョ・ビョンジュ)機械工業相、韓光福(ハン・グァンボク)電子工業相を副首相兼任とした。盧斗哲(ロ・ドゥチョル)、朴寿吉(パク・スギル)両副首相は留任で、副首相は5人から8人となった。

 昨年4月に開かれた最高人民会議第12期第1回会議で、国防委員に任命された張成沢(チャン・ソンテク)氏を1年2カ月で副委員長に任命し、宣伝扇動事業を遂行する姜能洙書記を副首相に任命したことは、ジョンウン氏の後継構図を念頭に置いた布石と分析される。

 北朝鮮最高権力機関の国防委員会の副委員長は、李用茂(リ・ヨンム)朝鮮人民軍副元帥、金永春(キム・ヨンチュン)人民武力相、呉克烈(オグクリョル)副委員長の3人体制から、張成沢氏を含む4人となった。

 国防委員会委員数は、先ごろ高齢を理由に全職務から解任された金鎰チョル(キム・イルチョル)氏、張成沢氏の席がなくなり、8人から6人に減った。

 このほか、軽工業相にアン・ジョンス氏、食料日用工業相にチョ・ヨンチョル同省局長、体育相に朴明哲(パク・ミョンチョル)国防委参事が任命された。朴新体育相は、プロレスラー故力道山の娘婿

 北朝鮮最高人民会議は2003年を除き、年1回の開催を原則としてきた。ことしは4月9日に第12期第2回会議が開かれており、異例の2回目の開催だった。聯合ニュース2010.6.7
http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2010/06/07/0300000000AJP20100607004300882.HTML 

同姓同名の別人でなければ
在日大韓基督教会の牧師が北朝鮮の副首相ということになるが....
(最近の記事には名前が見当たらないので現副首相ではないかも)

モランボンの全演植氏は北朝鮮の最高人民会議議員だったのであり得ない話ではない
モランボンは北朝鮮企業 脱税&不正送金&北朝鮮から勲章 

朴寿吉牧師が呼びかけ人となっている宗教者九条の和

宗派超え僧侶や神父ら抗議行動 特定秘密保護法成立
 特定秘密保護法の成立を受け、宗教界からも抗議の声が上がった。超宗派の宗教者グループ「宗教者九条の和」が呼びかけた街頭祈念行動が7日、東京・渋谷であり、僧侶や神父ら約20人が集まった。

 「南無妙法蓮華経」と題目を太鼓に合わせて唱えたり、キリスト教式に祈りの言葉を捧げたり、それぞれの信仰にのっとって通行人に訴えた。東京都の僧侶、武田隆雄さん(61)は、自民党の石破茂幹事長がデモとテロを同一視するかのように発言したことを踏まえ、「街頭でお題目を唱えることもテロとみなされ、信教の自由を侵されかねない」と話した。
 また真宗大谷派(東本願寺)は7日、「法律が悪用されることのないよう注視するとともに、一日も早い法律の廃止を強く望みます」という宗務総長名のコメントをだした。日本カトリック司教協議会の常任司教委員会も同日、「人間の尊厳に関わる自由で平和な社会を求める宗教者として断固抗議する」などとした声明を発表した。朝日新聞DIGITAL2013.12.7 
http://www.asahi.com/articles/TKY201312070300.html 

宗教者九条の和は96条改正にも反対してますね
異教徒との戦い2 赤い宗教家達 

【まとめ】
▼6.15共同宣言を受けて発足した日本地域準備委の副議長朴寿吉・大韓基督教総幹事
▼「宗教者九条の和」呼びかけ人→96条改正や特定秘密保護法案などに抗議活動
▼朴寿吉・大韓基督教総幹事=北朝鮮最高人民会議副首相(?) 

追記2013.12.15
在日本韓国YMCA創立100周年
このリストにも名前があった
在日本韓国YMCA100周年2

従北地下革命勢力1 続き

李石基
拘束令状が発給された李石基(イ・ソッキ)統合進歩党議員が5日、水原(スウォン)南部警察署から水原拘置所で移送されて大声を出していた。
画像はこちらからhttp://japanese.joins.com/article/844/175844.html?servcode=200&sectcode=200

韓国蝕む従北勢力に鉄槌を!…「内乱陰謀」・李石基統合進歩党国会議員に見る病巣

 統合進歩党の国会議員・李石基氏が5日、内乱陰謀容疑の主謀者として逮捕された。その前日、国会は逮捕同意案を出席議員289人のうち賛成258票(反対14、棄権11、無効6)の圧倒的多数で可決している。内乱陰謀容疑による逮捕同意は韓国憲政史上でも初めてだ。しかしこれは、北韓独裁に追従・従属する「従北勢力」が韓国各界に根を張っており、国政の中枢でさえその例外ではなかったことを示したに過ぎない。国民的な指弾のもとに、韓国の屋台骨を蝕む従北勢力を徹底排除できるのか。韓国には今、これが真剣に問われている。
(今回の内乱陰謀容疑に複数の人物や団体が関与している。本稿では問題を分かりやすくするために、主謀者とされる李石基議員に焦点を合わせた。以下文中、敬称略)

■□
北韓の戦争策動に呼応
「武装蜂起」をも準備

 李石基の主たる逮捕容疑は刑法の内乱陰謀罪だ。「国土を僭窃し、又は国憲を紊乱する目的で暴動」すれば、内乱罪であり、首魁は死刑、無期懲役または無期禁固に処される。その陰謀事実だけでも懲役3年以上の重大犯罪である。彼の場合はそれに、反国家団体の北韓を賛揚・鼓舞・宣伝した国家保安法違反が加わった。

 捜査当局が国会に提出した逮捕同意要請書によれば、この内乱陰謀の直接的な容疑は、韓半島情勢が極度に緊迫したこの3月、李石基自らが配下の京畿東部連合内の革命組織「RO(Revolution Organization)」(04年結成)に「戦争対応3指針」を下命したことが起点となっている。

休戦協定破棄戦争迫ると檄
 3月は、昨年12月に長距離弾道ミサイルの発射、今年2月に3回目の核実験を強行した平壌政権が、中国までほぼ全面的に同調して採択した国連安全保障理事会の厳しい制裁決議に反発、核戦争危機を煽りにあおっていた時期だ。「ソウルとワシントンを精密核打撃で火の海にする」などと恫喝し、韓国戦争の休戦協定をはじめ、南北不可侵合意、韓半島非核化宣言の破棄を一方的に宣告、板門店の直通電話も遮断した。

 「3指針」そのものは▽非常時に連帯組織を迅速に設ける▽大衆を動員して(李明博政府を窮地に陥らせた)BSE=牛海綿状脳症事態のように宣伝戦を展開する▽米軍基地、特にレーダー基地や電気施設など主要施設の情報を収集する、といった簡略なものだ。だが下命の場で、李石基が「休戦協定の無効化宣言で戦争の雰囲気が熟している」と述べたほか、参加者からも「すぐに戦争が始まる。主要軍事施設に対する打撃を準備しよう」との声が上がっていた。

 約2カ月後の5月10日、李石基は京畿道広州市の毘池岩青少年修練院にRO組織員約130人を緊急招集、「現在の韓半島情勢は、革命と反革命を分ける非常に重要な時期だ。私たちがどのように準備し闘うかについて、革命的決意を新たにする場だ」と強調した。ただこの日は、開始から10分で解散している。参加者の一部に綱紀の乱れがあったためとされる。

 再びの結集は12日。ソウル合井洞マリスタ教育修士会にやはり約130人が集まった。ここで李石基は、「韓半島は米国の世界秩序の根本を弱化させ、覇権主義帝国を倒す世界革命の中心舞台となる」とし、「戦争を真っ向から受けて立とう。始まった戦争に決着をつけよう」と煽った。

 この集会では、石油貯蔵所や火薬工場、通信基地など主要基幹施設の破壊、銃器確保、爆弾製造などが論議された。李石基は最後に、「即刻戦闘態勢に入るよう準備しなければならない。総攻撃命令が出れば瞬時に攻撃しろ」と指示している。

 こうした発言や議論はすべて、国家情報院が収集し、公開したものだ。国家情報院は裁判所の傍受令状を得て、3年前からRO組織員を広範囲に盗聴してきた。この令状によって電子メールや通話などを合法的に傍受できる。内密調査の期間が長く、証拠収集は十分なレベルという。

RO構成員は130人以上
 李石基を頂点とするROは、「主体思想を指導理念に南韓社会を変革する」を綱領に掲げ、3、4人からなる細胞で構成する。組織規模は不明ながら、5月の集会参加者数から少なくとも130人以上と推計されている。

■□
「金日成主義」を標榜
民革党再建派の中心…地下組織動員 公党乗っ取る

 この事件は、体制を転覆させる「革命」を目指したものなのか、あるいは、李石基が自己の「革命性」を顕示し、権威を維持するための「革命ごっこ」だったのか。最終的には、捜査による全容の解明と司法の判断を待たねばならない。しかし、この事件には深い根っこがある。

 李石基は国会議員として、統合進歩党は公党として憲法の保護を受け、国民の血税から議員歳費と党運営費を賄われている。「革命」と「ごっこ」のいずれであれ、北韓独裁の軍事的・政治的な攻勢にさらされている韓国で、その憲政秩序を根底から崩壊させ、国民の安寧と国の発展を脅かそうとする言動は容認できるものではない。

 その李石基を知るためには、92年3月に結成され、99年8月に摘発された民革党(民族民主革命党)事件にまでさかのぼらねばならない。根っこがそこにある。

 この党の指導部は、80年代に急増した主思派(主体思想派)の始祖とされる金永煥(序列1位)、「金日成主義青年革命組織」を標榜した反帝青年同盟の実質指導者である河永沃(序列2位)、弁護士の朴某(序列3位・非公開)の3人を中央委員に構成された。金永煥の証言によれば、李石基は序列5位で河の指導を受ける立場にあった。

 綱領などで民革党は、「金日成主体思想を指導理念とする地下革命党」であると自己規定し、南韓に革命情勢が醸成され決定的な時期が到来すれば、北韓の支援を受け「民族解放・民衆民主主義革命」を完遂すると明示した。党員はオルグ対象の段階から身元・思想の徹底調査を受け、変節の恐れがない「主体思想の骨髄(精鋭)分子」だけが選抜されたという。

 組織保衛能力が極めて高く、捜査当局はたまたま別件(民革党の再建指導任務を終えた工作員を乗せ、帰還する途上だった北韓の半潜水艇が麗水沖で撃沈された98年12月の事件)で手掛かりを発見するまで、その存在にすら気づいていない。

 民革党事件は大きな衝撃を持って受けとめられた。韓国内で自生した左派勢力が北韓に包摂され、朝鮮労働党から直接指令を受ける「革命前衛組織」となった初めての事例だからだ。地下党としては46年12月結成の南朝鮮労働党以来最大の規模でもあった。

 金永煥、河永沃は99年8月に相次いで逮捕され、京畿南部委員長だった李石基が逮捕されたのは02年5月。懲役8年を宣告された河永沃は03年3月、盧武鉉大統領の就任記念特赦で、2年6月の懲役だった李石基も03年の光復節特赦で釈放された。主思派の精鋭がいともたやすく野に放たれたのである。

なお勢力保つ民革党の残滓
 ここで重要なのは、民革党事件が終わっていないこと、同党の残滓が大きな力を持ったまま生き続けていることだ。

 民革党は、金日成と2回面談し、厚い信頼を得た金永煥が北韓の指令に基づいて結成した。だが、北韓指導部への不信を募らせてきた金永煥は、97年2月に主体思想の創始者である朝鮮労働党秘書・黄長燁の韓国亡命に衝撃を受け、同年9月の中央委員会で河永沃の反対を押し切って民革党の解体を決議した。

 しかし河永沃は、北韓当局と新たに接線をつなぎ、かつて「鋼鉄」の異名をとった金永煥を「クズ鉄」「変節漢」と罵倒し、李石基が委員長を務めた京畿南部など一部の地域委員会を基盤に党再建に血眼になった。摘発されたのはこの時期だ。

 民革党の全容は、公式には明らかにされていない。だが、同党関係者や左派運動家らの証言から、党員は100人規模、影響下にあったのは少なくとも数千人とするのが定説だ。党員のうち、「転向」したのは25人ほどに過ぎず、過半以上が潜ったままであり、それぞれかなりの活動家を擁しているとされる。

 こうした潜伏党員の中心にいるのが再建派の序列1位である河永沃、同2位の李石基だ。消息を消している河は現在も、核心を表に出さない地下組織の特性を守り、非公開の組織で重責を担っているとするのが大方の見方だ。

 李石基も表舞台に立ってきたわけではない。その名が京畿東部連合の存在とともに知れ渡ったのは、昨年4月の第19代国会議員選挙で13議席(地域区7・比例代表6)に躍進した統合進歩党の内紛によってだ。

強力な裏組織京畿東部連合
 比例代表候補の党内競選(公認獲得選挙)で東部連合が露骨な不正を働き、党内はもちろん左派陣営でも無名に近い李石基を比例代表候補の2位に押し上げた。不正議員の除名をめぐって党内は激しく紛糾、除名は結局不発に終わった。「主体思想派は生き残り、統合進歩党は死んだ」との嘆きや憤りが左派系知識人に広がるなか、除名を要求したグループは離脱し、李石基らはそのまま居すわって、党を主思派の牙城にしたのだ。

 内紛の渦中に朝鮮日報(12年5月16日付)は、李石基の側近中の側近の証言としてこう報じた。「我々には職業的に選挙に出馬する人がいる一方で、裏で支援をし、理論的根拠をつくる人物がいる。李石基は10年余にわたって陰でサポートし、理論的根拠を示してきた。彼は服役後も信念を失わなかった。今回の選挙では内部決定に従い、彼を擁立した」

 捜査当局によれば李石基は5月12日の集会で「米帝国主義の古い両党秩序という体系を断ち切り、新しい認識の構図を下から築いて進歩政党をつくり、昨年の選挙で院内に橋頭堡を確保する戦略的構図のもと、大胆な革命の進出をした」と自画自賛している。

 血税による公的資金を受ける院内政党でありながら、統合進歩党は党の意思決定機関よりはるかに強い力を持つ裏組織・京畿東部連合によって操縦されてきたのである。同連合は京畿東部を名称にしていても、民革党再建派を中心に形成された旺盛な活動力を誇る全国ネットであり、今回問題となったROをも内包している。その最高実力者が李石基にほかならない。

■□
未整備な法規定
違憲政党の解散急務

 現行法では、大法院で李石基の有罪が確定しても、国会で除名案が可決されても、統合進歩党は公費を得ながら活動でき、所属議員の議員身分にも変化がない。失職する李石基は比例代表による当選であり、同じ主思派の次の候補順位者が繰り上げ当選するだけだ。彼の率いるROが利敵団体と規定されても、解散させる法規がない。事実、大法院から利敵団体との判決を受けた13団体のうち、5団体は同じ名称のまま全く同じ活動を続けている。

 こうした現状を踏まえ、政府当局は「違憲政党・団体への対策に関する特別作業班」を設置し、自由と民主主義の秩序を害する政党・団体への総合的な対策を打ち出す準備に着手した。統合進歩党の違憲性を見極め、同党の解散や所属議員に対する除名を検討するほか、利敵団体を一掃する方策を煮詰めるという。

 韓国憲法第8条4項は、「政党の目的又は活動が民主的基本秩序に違背するときは、政府は憲法裁判所にその解散を提訴することができ、政党は憲法裁判所の審判により解散される」と規定している。

 統合進歩党の解散決定には、内乱陰謀が李石基個人によるものか、党組織によるものか、ROと党の関係も含め焦点となるほか、解散時の所属議員に対する処遇問題もあって、時間がかかるとの見方がある。しかし、何より解散決定を優先すべきだとの声が強い。違憲政党の活動を停止させる仮処分もできる。

 憲法裁判所は、重要事案を「適時処理」する内部規定によって、国家や自治体に重大な損失を与えるか、社会に不必要な消耗を強いる場合などは迅速処理を原則とする。

 党解散を決定する場合、明文規定がなくとも議員職の喪失について判断することは可能との見解もある。ちなみに政党法は、類似の目的を持つ代替政党の結成を禁止している。

 特別作業班の緻密な準備を土台に、憲法を厳格に運用するのはもちろん、法整備をすることで統合進歩党をはじめ従北・利敵団体を解散に追い込み、政治中枢から従北勢力を一掃することへの期待は大きい。同じような政党・団体の再登場を困難にし、従北勢力に大きな打撃を与えるからだ。逆に言えば、不発に終われば従北勢力を一時的にせよ、勢いづかせるだろう。

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在日社会にも波及必至
憲法守る決意を新たに

 李石基の内乱陰謀事件は、大きく二つの理由から在日社会にも波紋を広げている。

 一つは、李石基が議員職を失えば、同党の内紛で比例代表候補が次々に辞退するか離党したため、繰り上げ当選するのは順位18番の在日同胞、康宗憲であることだ。

 彼が75年に摘発された「在日同胞留学生事件」で服役した際、獄中で肝胆相照らす仲になった釜山米国文化センター放火事件の主謀者・金鉉奨は、康宗憲を「北韓で密封教育を受け、主体思想で武装した南派スパイだ」と証言する。康は仮釈放で日本に戻ってからも、韓統連など在日従北組織を渡り歩いてきた。

 彼はまた、団員らが昨年4月の第19代国会議員選挙で、初めて在外国民選挙の投票に臨んだとき、民団などがセヌリ党に集票すべく広範囲な不正選挙を組織した、とのデマを記者会見で公然と流した。団員たちには、「そのような人物が国会議員になるのは絶対許せない」との憤りが再沸騰している。

 もう一つは、統合進歩党の要請を受け、韓統連などが「国情院による統合進歩党への公安弾圧に抗議し、公安弾圧と闘う統合進歩党に激励のメッセージを送ろう」などと在日同胞に呼びかけていることだ。

 韓統連は、「統一」の名の下に在日同胞の民族意識を悪用してきた従北団体である。「朴政権と国情院が、危機から脱出するために、闘いの先頭に立つ進歩民主勢力に対して事件をねつ造し公安弾圧に乗り出した」という言い分にもカビが生えている。だが、康宗憲を国会に押し込むために懸命だ。

 在日同胞も、李石基らによる内乱陰謀事件と内外の従北勢力の帰趨からは目が離せない。韓国は、従北勢力に余りにも猶予を与えすぎた。民団も憲法精神の守護・貫徹を期す決意を新たにするときにある。
(2013.9.25 民団新聞)
http://www.mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?corner=4&subpage=3896 

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韓統連の抗議文 http://korea-htr.org/20131125.pdf(pdf注意)

韓統連と関係のある方といえば
韓国民主化運動と辻元清美 
橋下市長と慰安婦会見すると言って逃亡した方清子さんも
良い朝鮮人は存在するか? 南北ズブズブの在日朝鮮人

李石基議員、北挑発時の報復範囲と在日米軍参加資料も要求

 内乱陰謀などの容疑を受けている統合進歩党の李石基(イ・ソッキ)議員が、所属国会常任委員会の未来創造科学放送通信委員会とは関係がない軍事秘密資料などを国防部に要求してきたことが明らかになった。 

 中央日報が3日に入手した李議員の「非所管部処対象資料要求現況」によると、李議員は昨年6月から先月まで国防部など10部処に計84件の資料を要求した。このうち在韓米軍・軍施設・軍事計画など軍事問題に関する資料が46件(54.8%)にのぼった。李議員が要求した資料には、軍事機密に分類され、敵軍に知られてはならないものも含まれていた。 

 代表的なのが2級秘密の「韓米共同局地挑発対応計画」だ。李議員は北朝鮮の挑発レベルが高まった4月、国防部に対し▼計画の写本と内訳および北朝鮮の局地挑発時、挑発原点、挑発支援勢力、その指揮勢力まで報復する内容が含まれているかどうか(指揮勢力に関する具体的な範囲) ▼計画に基づき参加する在日米軍の範囲(在日米軍全体参加の可能性など)などを提出するよう求めた。韓米連合軍が北朝鮮の局地挑発にどう対応するのか、北朝鮮のどのラインまで打撃するのか尋ねたのだ。 

 また李議員は、米軍のB-52戦略爆撃機が韓半島上空を飛行して北朝鮮の強い反発を招いた3月、トクスリ演習とキー・リゾルブ演習に関する資料(キー・リゾルブ、トクスリ演習作戦計画の写本と範囲、韓国政府が米国側に原子力空母の参加を要請した内訳および米国側の答弁、空母不参加の理由など)も要求した。 

 さらに▼韓半島緊急事態での自衛隊の海路確保▼韓日米軍事協調▼米国政府と韓日軍事情報保護協定に関して協議した内容も入手しようとした。李議員が要求した日本自衛隊や在日米軍などの資料を確保すれば、有事の際、米軍がどのように韓半島に進入するか把握できる。 

 これに関し、金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官は3日、国会国防委に出席し、「敏感な資料や秘密が伴う内容には一切答えなかった」と明らかにした。また国防部は「別の統合進歩党議員から地雷防御車両の配置を含む約40件の資料提出要求があったが、公開が可能な資料だけ提出した」と説明した。地雷防御車両が集中配置された位置が把握されれば、前方部隊に埋設された地雷の位置が明らかになる。 

 李議員の要求目録には京畿道平沢に関する内容もあった。李議員に対する逮捕同意要求書によると、平沢は李議員が率いるRO(革命組織)が有事の際の国家基幹施設打撃のために事前の準備をしたところだ。李議員は企画財政部に対し、平沢駅・平沢港産業鉄道事業と平沢烏山空軍基地第2滑走路建設の予備妥当性調査の結果を要求したが、拒否された。 

 このほか▼米ボーイング社のアパッチガーディアン(AH-64E)など武器の導入▼在韓米軍の規模と米国基地移転施設事業設計変更現況および計画--なども要求の内訳に含まれていた。中央日報2013.9.4
http://japanese.joins.com/article/744/175744.html 

(やっぱり特定秘密保護法案必要ですね)

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