反日はどこからくるの

反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

カテゴリ : 在日朝鮮人・'Zainichi' Koreans in Japan

「脱北者支援」という胡散臭い運動を今から批判しておかなければいけない

【連載】 ジュネーブへの道~国際社会からみた帰国者問題(1)

国連は「帰国事業」の不当性認めたが・・・
川崎 栄子

「帰国事業」で北に
 1960年、当時高校3年生だった私は、その頃日本中で繰り広げられていた「帰国事業」の波に乗って北朝鮮へ行った。北朝鮮の清津へ降ろされたとき私は「ここはいったいどこだろう。船がしけで荒波にもまれている間に時間が300年くらい逆戻りしてしまったのではないか」と我が目を疑わずにはいられなかった。

 痩せこけた人々と牛が主な運搬手段の原始社会のような様子。この国は外観がみすぼらしいだけではなかった。そこではどんなことを見聞きしてもそれに対して「正しくない」とか「これは間違っているとか」個人の意見を一切口に出してはならない所だった。うっかり口を滑らせたが最後、命をもって償わなければならなかった。

 昔、アフリカのことを「暗黒大陸」と表現していた頃があった。北朝鮮に着いた私は「ここは暗黒大陸よりもっと怖い所だ」と悟って「この国の政治には賛成することはできない」と決めた。自分が反対する国家勢力から命を守るために「見ざる、聞かざる、言わざる」をモットーとし、なりを潜めて生きてきた。

 世界的な地下資源とそれだけでも国民が裕福な暮らしをしていくに十分なほど風光明媚な景観に恵まれながら国が奈落の底に向かって速度を増していった。大地に餓死者の死体がごろごろ転がっても口をつぐんでいなければならないということがどれほど大変なことか。これをお読みになる皆様にわかっていただけるだろうか。

国連に北朝鮮人権特別調査委員会が発足
 昨年3月、国連に北朝鮮人権特別調査委員会(COI)が発足した時、私は「やったー!!」と大声で叫んだ。北朝鮮を捨て日本に戻ってきて10年、いろいろな人権団体をはじめ、脱北者を助ける団体、また個人として応援して下さる数多くの人たちに助けられて私なりにいろいろなことをやってきたつもりだった。

 生きて日本に戻ってこられた人間として私がしなければならないこと。それは「北朝鮮の現状、特に日本から連れて行かれた人々がたどった凄惨な人生について日本をはじめとする広く国際社会にまで知らせること。そして今日も毎日死んで行っている帰国者たちを助け出すとともに、その人たちを送り込んだ人間たちにその責任を取らせることだった」。

 土井香苗①さんが日本代表を務めるヒューマン・ライツ・ウォッチをはじめとする世界的人権団体、脱北帰国者の命と人権を守る会、脱北帰国者救援基金などの支援団体、そしてたくさんの個人の応援者様たちの心が集まってこの結果に至ったと私は思っている。

 昨年8月29日と30日の両日にわたって、カービー委員長をはじめとするCOIによる拉致被害者家族、脱北帰国者に対する公聴会が開かれた。

 私は公聴に参加することを強く望んだが「北朝鮮に残された家族の安全のため」にと、聞き取りの対象となった。聞き取りの後、私は2日間に及ぶ公聴会に傍聴者として参加した。

 公聴会では横田めぐみさんのご両親はじめ拉致被害者家族の方々が、北朝鮮が行った拉致というとんでもない出来事について訴えられた。守る会代表の山田文明氏や救援基金代表の加藤博氏など脱北者支援団体の方々、そして、斉藤弘子さんをはじめとする脱北者の方々が公聴に応じられた。

 公聴会が終わり、代表団が安倍首相を表敬訪問した後、日本記者クラブで記者会見があった。私はそこにも行った。

 その場所でカービー委員長の発表を聞きなから私は手放しで涙をボロボロ流した。日本へ辿りついて10年、初めて帰国事業が正しいことではなかったこと、なぜ日本がこの問題に積極的に取り組まないのか②と一つひとつ項目を挙げて話をされるのを聞いた。やっと国際機関が帰国事業の不当さを認め、それを解決しなければならないと公表してくれたのだ。

 歓び勇んで家に帰りテレビのスイッチを入れた。ちょうどさっきの記者会見の場面が流されていたがそこに流されたのは拉致被害者家族の方々とそれに関する話だけで帰国事業については一言半句も触れられてはいなかった。私は膝から力が抜けて崩れ落ちた。これが日本の現状なのだ。統一日報2014.3.26
http://news.onekoreanews.net/print_paper.php?number=74972

ジュネーブへの道―国際社会からみた帰国者問題(2)
― 「拉致問題と一緒に日本人妻救出を」
川崎 栄子

帰国者問題のために各地を奔走
 1959年から1984年までの間に日本から北朝鮮へ送り込まれた9万3000人以上の在日朝鮮人たちとそのうち1800人の日本人妻と6800人の日本人家族。

 日本国が知らん顔を決め込んでいる②からと言ってじっとしてはいられない。そんなことに立ち止まって肩を落としていてはその間にも北朝鮮にいる帰国者たちは毎日、命を落としていっている。

 生きて日本に辿り着いた私は、どんなことをしてでも在日朝鮮人たちを北朝鮮へ送り込んだ張本人である朝鮮総連に罪を認めさせ、自分たちが犯した過ちを正すために動かさなければならない。

 そして、日本政府には日本人妻救出問題を拉致問題と一緒に進めて、北朝鮮に残っている日本人たちはみんな帰ってきてもらうことだ。ひいては日本から行った在日朝鮮人とその子孫たちの自由往来を認めさせるために協力してもらえるように③しなければならない。

 そのためには今まで通り、私に出来ることは何でもしなければならない。請われれば東京都内ばかりではなくどんなに遠くても、たとえば九州や四国など各大学をはじめ、いろいろな場所に出かけて北朝鮮の過去と現状の話をした。北朝鮮に対する認識を深めてもらうと同時に協力もお願いした。一方、新聞やテレビ、ラジオなどにも出演した。

 また、去年は韓国のKBSが企画したドキュメンタリーにも出た。秋になって国連事実調査委員会(COI)から役員の方が来て記者会見があるという。会場に行ってみると、ジュネーブから来た人はジュリー・デ・リベロさんとおっしゃる女性の方だった。会見は「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」の日本代表である土井香苗①さんと同じ事務所の吉岡利代さんの通訳で進められた。

COI役員に脱北者の現状訴える
 記者会見が終わった後、私が北朝鮮から来た脱北者であることを話すとその方はとても驚いて「北朝鮮からの脱北者に直接会ったのは初めてだ。ぜひ話を聞いてみたい」と言われた。土井さんがボランティアの通訳をつけてくださって話をすることが出来た。

 その方は30分ほど話を聞いた後、もっと詳しい話が聞きたいからとホテルへ来てくれるかと聞いてきた。もちろん「イエス!」。ホテルでは夕食の後、長時間にわたって話し合った。私が北朝鮮へ行ってからのいろいろな話をするにつれて理解できないところは再度聞き返し、疑問に思うところは質問をされて話は尽きなかった。夜遅くなって電車の時間が気になって別れを告げた。大きな関心を持って熱心に聞いてくれたことに感謝した。このような出会いの機会を作ってくれた土井さんの配慮に感謝しながら、満たされた気持ちで帰路についた。

 その後、ジュリーさんが再び日本を訪れ、ホテルで再会した。また、北朝鮮の話で時間の流れにも気づかないほどの夜を送った。私は北朝鮮と北へ送り込まれた在日朝鮮人たちが辿った50年以上に及ぶ悲惨な生活と親兄弟の死に目にも会えないで恨みを飲んで死んでいった人々について必死の思いで訴えた。

 COIから来られたこの方に「どれくらい正しく情報が伝えられるか」ということは、日本に辿り着いてから今日までの私の働きかけが報われるかどうかとも関わっていると思ったからだ。長時間に及ぶ帰国者問題に関する2度目の聞き取りは「来年2月頃にジュネーブへ来て話をしてください」というジュリーさんの言葉で終わった。

 7月末の公聴会とその後で行われた記者会見でCOIの公明正大さを確認した。ジュリーさんの2度に及ぶ来日によって国連組織の行動の速さにも驚いた。日本に帰ってきて10年間、自分であれこれやってきたつもりではあったが、遅々として事は運ばなかった。

 私は「この先どうすればもっと理解者を増やし、日本国という国を動かすことが出来るだろうか②」と考えていた。日本とEUの主な働きかけでCOIが出来たことは真っ暗闇にぽっかり穴が開いて明るい日差しが差し込んで突破口が開いたのと同じようなうれしい出来事だった。メトロ駅に向かって寒い夜道を歩きながら私は胸が大きく膨らんでいくような思いをかみしめていた。統一日報2014.4.2
http://news.onekoreanews.net/print_paper.php?number=75021

①ヒューマン・ライツ・ウォッチ 土井香苗代表
北朝鮮強制収容所に生まれてヒューマンライツウォッチ
土井香苗氏はしばき隊弁護士神原元の妻(夫婦共にピースボート関係者)であり
非リア銃弁護士 種田和敏
朝まで生テレビで「保守系の人は北朝鮮や中国の人権侵害は訴えるのに、韓国の女性の人権侵害(いわゆる従軍慰安婦問題のこと)はどうでもいいんですか」と平気で言い放った
この「人権活動家」(笑)の言う「ヒューマン」のうちには日本人は入っていないようだ
(差別主義者かつ人権侵害者ということですね)

②なぜ日本がこの問題に積極的に取り組まないのか
 日本国が知らん顔を決め込んでいる
 この先どうすればもっと理解者を増やし、日本国という国を動かすことが出来るだろうか

日本を非難する言葉ばかりだがはっきり言ってこの非難は全く筋違いである

筆者の川崎栄子氏は日本名だが
「当時高校3年生だった私は、その頃日本中で繰り広げられていた「帰国事業」の波に乗って北朝鮮へ行った」
とあるのだから現在は分からないが少なくとも当時は在日朝鮮人だったのだろう
通名の可能性もある

断片的にこの問題について書いているがまとめて書いておこう
〇終戦当時食糧難だった日本にとって犯罪ばかり犯す在日朝鮮人を抱えることは大変な負担であり日本は朝鮮人の帰還を希望していた
吉田茂=マッカーサー往復書簡 
〇朝鮮戦争であちこちで虐殺が起き帰還どころか新たな難民、密航者を受け入れることに
呪いの島済州島 
〇朝鮮戦争で失われた働き手を補充したかった北朝鮮は北朝鮮帰還事業を推進
【北朝鮮人権報告書 詳報(中)】 「拉致は金日成氏と金正日氏の明確な指示で行われた攻撃だ」 
対して韓国は工作員を日本に送り込み帰還事業を妨害しようと新潟日赤センター爆破未遂事件を起こす
北送阻止隊 

そもそも日韓基本条約は大韓民国を朝鮮半島唯一の合法政府として結んだはず
【wiki】日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約 
条約の内容
条約は7条からなる。第2条では、両国は日韓併合(1910年)以前に朝鮮、大韓帝国との間で結んだ条約(1910年(明治43年)に結ばれた日韓併合条約など)の全てをもはや無効であることを確認し、第3条では日本は韓国が朝鮮にある唯一の合法政府であることを確認し、国交を正常化した。また日本の援助に加えて、両国間の財産、請求権一切の完全かつ最終的な解決の確認、それらに基づく関係正常化などの取り決めを行った。
この条約によって国交正常化した結果、日本は韓国に対して莫大な経済援助を行った。政府開発援助(ODA) もその一環である。

テロリストを送り込んでまで帰還事業を阻止し棄民を日本に留めようとした韓国に責任があり、日本にはない
全くいわれのない非難を日本に向けるのはやめていただきたい
少なくとも韓国政府の責任を抜きに日本だけに責があるように言うのは間違いである

脱北者は既に朝鮮総連に対し北朝鮮帰還事業の責任を追及する訴訟を起こしている
「地上の楽園」と「凍土の地獄」 
その在日朝鮮人(=外国人)がなぜわざわざ外国である日本に留まりそんな活動をするのかさっぱり理解できないが

近いうちにその矛先は日本政府に向けられ、日本に対し訴訟を起こすことだろう
新たな禍根となるのは火を見るより明らかである

脱北者支援の責任は韓国政府にあり日本にはない
日本人の人権は好きなだけ毀損しておきながら脱北者支援という新たな利権にハエのようにタカる卑しい人権団体を許すな

非韓三原則(古田博司教授)
 

中央公論2003.8
8表紙
http://www.zassi.net/detail.cgi?gouno=4003

覚醒剤・偽札・不審船・・・・組織犯罪高度化の10年を追う

金正日という悪夢は日本の闇社会が育てた 岡部匡志(読売新聞東京本社社会部記者)

p54~57
90年代の半ば、つまり金正日による権力の継承以降、北朝鮮は急速に日本の闇社会に進出した。覚醒剤、偽札などの巨額の収益は核開発にも流れていると指摘されている。しかし、両者の交わりは深く、遮断は容易ではない。

 日本最大の運河「兵庫運河」が流れる神戸市長田区の市街地を歩くと、あちこちに点在する木材加工工場から、かすかに木の香りが漂ってくる。明治以来、神戸港の発展に大きく貢献してきたという兵庫運河は、今は貯木場や貨物の荷揚げ施設として利用されるのみで、水面に無数の丸太が浮かぶ光景は、どこか昭和初期の面影を残している。そんな長閑な港町で暮らす75歳の男性が、読売新聞の取材に重い口を開いたのは今年3月のことである。

組織的非合法活動の長い軌跡
 「年に二回、それぞれ少なくとも10億円ずつは北朝鮮に送っていた」ーーこの男性は在日朝鮮人グループの非合法活動に加わっていたことを明かした上で、何かを決意したように巨額の資金を北朝鮮に不正送金していた自らの体験を語り始めた。

 われわれがこの男性にたどり着いたのは、日本人拉致事件の取材がきっかけだった。1978年、神戸市東灘区のラーメン店で店員をしていた田中実さん(当時28歳)が突然、ヨーロッパに旅行に出ると言い残して行方を絶った。兵庫県警が当時のラーメン店の経営者の事情聴取に踏み切ったところ、この元経営者は、神戸を拠点にする在日朝鮮人の非公然組織が存在していたことを指摘し、こう答えたのだという。「組織の最高幹部だった男に聞いてくれ」

 この組織こそ、1970年ごろに結成され、朝鮮労働党の直接の指揮下にあったとされる「洛東江(ラクトンガン)」だったのである。兵庫県警は、この最高幹部の行方を捜したが、田中さんの失踪から20年以上も経過しており、国内にいるかどうかすらわからなかった。だが、代わって洛東江の当時のメンバー5、6人が今も国内で暮らしていることを突き止めた。問題の男性もその一人だった。

 では、この男性はいったい、最高幹部からどんな指示を受けていたのか。われわれの問いに、男性は「1970年ごろから7、8年ほど、裏金の送金を担当していた」と語った。在日朝鮮人が経営する企業に、脱税をさせて、北朝鮮に送金する巨額の資金を作り出す任務だったというのである。

 この男性は在日2世で、国立大の経済学部を卒業後、関西地方の金融機関に勤務し、そこで企業会計や税務の実務を学んでいる。その数年後に、金融機関を退職して洛東江に入ると、最高幹部から、税務の知識を生かして大阪や尼崎などでパチンコ店を経営する在日朝鮮人の経営者たちに脱税を指南して回るよう指示された。そして、在日朝鮮人の経営者たちが脱税で浮かした売上金を回収しては、ボストンバッグに詰め、新潟西港に着いた北朝鮮の貨物船「万景峰号」まで運んでいたのである。その運搬には護衛まで付き、男性が洛東江に所属していた間に、100億円以上は送金していたという。

 今は同胞たちに北朝鮮への送金をやっていたが、間違っていたと思っている。あの金は、テポドンの開発か何かに使われたのだろう。結局、私たちの活動は、祖国のためにならなかった」

 1959年に日朝両赤十字による在日朝鮮人の機関事業が始まって以来、日本各地に入港する北朝鮮の貨客船を利用して、年間4000人前後の渡航者が北朝鮮を訪問してきた。外為法では、こうした渡航者が100万円以上の現金を持ち出す際には、届け出を義務づけているが、各地の税関は、持ち出される現金が一体いくらなのかほとんどチェックしてこなかった。

 こうした不正送金を許してきた背景には、民族差別問題を意識するあまり、税関や入管当局が、過度な配慮をはたかせていたことが指摘されている。こうした事実が公然と批判されるようになったのは、昨年9月に金正日総書記が日本人拉致を認めてからのことだ。だが、その不正送金の原資は一体どこから来ているのか。誰がどうやって集めるのか。実は、その実態は必ずしも明らかでない。北朝鮮に不正送金するため、巨額の脱税マネーを回収したと証言した元洛東江メンバーはむしろ珍しいケースだと言える。

金正日登場後、組織犯罪へ進出
 「アングラマネー」に頼る、北朝鮮経済のこうした傾向は、90年代に入って一気に加速する。東西冷戦の終結が、北朝鮮を苦境に追い込んだためだ。

 朝鮮戦争以後、38度線を隔てて韓国・在韓米軍と対峙する北朝鮮に対して、ソ連は、石油を安く供給するなど、安全保障の観点からその経済体制を支えてきた。ところが、80年代後半から90年代前半にかけて、ソ連を筆頭とする旧東側諸国が次々に体制崩壊し、社会主義陣営は消滅。旧ソ連からの石油供給は、それまでの「支援」ベースから、純粋な「経済行為」に切り替わり、これといった外貨獲得手段を持たない北朝鮮の石油購入量は、90年の40万トンから、91年には4・2万トンへと激減した。ソ連と並んで、北朝鮮を支援してきた中国も、自国の経済発展を優先し、距離を置き始めた。

 ドルや円を獲得するためには、手段を選んでいられない状況に追いつめられた北朝鮮。そこで、手っ取り早く現金収入を得ようと、ノドンなどの兵器輸出や、スーパーKに代表される偽ドル製造が本格化。さらに、今や日本が最大の得意先になっている薬物密輸の規模が拡大した。

 韓国の情報組織「国家情報院」によれば、北朝鮮におけるケシ生産は、旧ソ連の崩壊とともに急増し、92年から93年にかけて、ケシの生産面積はそれ以前の十倍にも拡大したという。今年5月、米上院で証言した元北朝鮮を統括するようになったという。公安当局幹部は、「薬物は金総書記の直轄事業。その利益は、すべて金総書記の手元に届くはずだ」と指摘する。

 実際、金総書記の権力継承と軌を一にするように、日本では不気味な動きが始まっていた。
「最近、妙にきれいなシャブが多くなっている」。薬物捜査を担当する全国の捜査員たちの間で、国内で出回っている覚醒剤をめぐって、そんな情報が広がり始めたのは1995年ごろのことである。各地の警察が押収した覚醒剤は1980年代まで、ありあわせのビニール袋や新聞紙の切れ端で適当に包んだものが多かった。ところが、90年代も半ばをすぎると、正方形のビニール袋に小分けにされた純白の覚醒剤が目立つようになった。内容量も、10グラムずつといったキリのいい単位になっており、ゴミやチリなども混じっていない。機械による流れ作業で正確に計量され、包装されていることをうかがわせた。

 全国の警察の科学捜査部門が、こうした覚醒剤を分析すると、さらに興味深い共通点が浮かび上がった。従来、せいぜい90%だったメタンフェタミンの純度が、90年代後半に出回り始めた覚醒剤では、99%近くなっていたのである。もちろん、こうした覚醒剤は、常習者たちから「よく効く」として高値で取り引きされる。そして警察当局が、こうした覚醒剤が北朝鮮から持ち込まれていると気づくまでには、それほど時間はかからなかった。

②に続く

p54・55
8金正日という悪夢は日本の闇社会が育てた5455
p56・57
8金正日という悪夢は日本の闇社会が育てた5657
http://ozcircle.net/_uploader/169100919
http://ozcircle.net/_uploader/169120734

「反日」の仮面をかぶった元慰安婦支援団体の陰に潜む従北派(上) 
挺対協の尹美香代表 縁類に多数の国家保安法違反者 夫は李石基議員と親しい同窓
統一日報慰安婦従北

 韓国のインターネットニュース「スカット・ドットコム」に、挺身隊問題対策協議会(以下挺対協)の活動の背後に「従北」と「北韓」があるのではないかという疑惑を提起する記事が掲載され、大きな話題となっている。挺対協は元従軍慰安婦を支援する団体で、韓国で社団法人として登録されている。挺対協は以前からたびたび従北団体と指摘されてきたが、今回改めて、内乱陰謀罪で有罪判決を受けた(控訴中)統合進歩党の李石基議員①との関係が明らかになった。

 スカット・ドットコムに『「従北」は、どのように「反日」の仮面をかぶって現れるか』というタイトルの投稿があったのは2月12日。内容は挺対協の尹美香常任代表(49)の夫であり、「水原市民新聞」の金三石代表(49)が、内乱陰謀罪で有罪判決を受けた統合進歩党の李石基議員と親交があるというものだった。

 金三石氏は93年、妹の金銀周氏(45)とともに「兄妹スパイ団事件」で有罪判決を受け、懲役4年の刑に服したことが明らかになっている。この事件で金氏は在日スパイに包摂され、韓国内で収集した軍事機密資料を北韓の工作組織に渡して工作金50万円を受け取ったという。なお、金氏も尹氏も容疑はでっち上げだと主張している。

 金三石氏は04年、自身を「スパイ」と呼んだとして、当時のハンナラ党代表を務めていた朴槿惠大統領と一部のメディアを名誉毀損で刑事告訴した。しかし訴えは無嫌疑で処理され、関連メディアの民事訴訟も「(金三石氏がスパイであることが)虚偽であると断じることはできない」と原告の敗訴で結審した。一方、金三石氏は2000年、保安観察法違反の疑いでも起訴され、有罪判決を受けている。

 スカット・ドットコムで報じられた内容によると、金三石氏と李石基被告は韓国外国語大学で先輩と後輩の関係にあった。李議員は12年12月2日付の自身のブログで、挺対協22周年の記念行事に参加し、金氏と再会を果たしたとして写真とともに報告している。

 また金銀周氏の夫、崔基永氏(48)は07年12月、「一心会事件」で国家保安法違反に問われ、最高裁から懲役3年6カ月を宣告されている。崔氏は当時、民主労働党の主要人物300人の人物データや各種会議の議事録などを北韓に渡した容疑などを受けた。なお崔氏も韓国外国語大学を卒業しており、現在は統合進歩党の政策企画室長として活動中だ。

 夫(金三石)と義妹(金銀周)、そして義妹の夫(崔基永)に従北派の疑いがあるとはいえ、それだけで尹美香代表も同じと断じることはできない。しかしスカット・ドットコムに掲載された記事の第2弾は、尹代表も「従北」の疑いを免れないと指摘している。

 尹代表は韓神大の神学科卒だ。韓神大神学科は、従北活動の大物と評される故・文益煥牧師が長年にわたって教授を務めており、特に従北派の影響力が強いといわれるのが神学科だ。また尹代表は13年、従北団体の一つである社団法人「統一マジ」から「ヌッポム(晩春)統一賞」を受賞した。ヌッポムは文牧師の号で、同賞の歴代受賞者には尹伊桑、文奎鉉、李泳禧、白楽晴、宋斗律など、従北的な言動を残してきた人物が名を連ねている。

 何よりも尹代表の従北疑惑を深めているのは、挺対協の動きだ。 90年に発足した挺対協は97年、韓国政府に対北コメ支援を促すなど、本来の元慰安婦支援とは関係のない政治的活動を始めた。2000年には北韓産の松の花粉を販売し、その販売収益金の一部を北韓に支援する事業を展開。慰安婦問題の提起に関連する活動のためには、北韓とも手をとらなければならないという理由だった。

 挺対協は2011年12月の金正日死亡の際には、「突然の悲報に北の同胞の皆さんに深い哀悼の意を伝える」と北韓に弔電を送り、大きな波紋を呼んだ。慰安婦問題で活動しているという”政治的盾”がなければ、国家保安法による処罰を逃れられなかっただろうと当時は言われた。

 挺対協は、日本における代表的な従北団体である朝鮮総連とも緊密な関係を維持しているといわれる。13年1月には尹代表が、日本の朝鮮学校支援運動を隠れ蓑に従北活動をしているのではないかと疑われ、韓国の警察当局が国家保安法違反の疑いで尹代表が送受信したメールを押収捜索した②こともある。(→(下)に続く)
統一日報2014.3.5
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=74815

統合進歩党の李石基議員
従北地下革命勢力2 李石基事件 

②日本の朝鮮学校支援運動を隠れ蓑に従北活動をしている
橋下市長との会見から逃げた方清子氏も同じですね
良い朝鮮人は存在するか? 南北ズブズブの在日朝鮮人 


「反日」の仮面をかぶった元慰安婦支援団体の陰に潜む従北派(下) 
目的は日本と戦うこと?元慰安婦への「償い金」拒否
統一日報慰安婦従北李石基

 挺対協は元慰安婦の女性を助ける目的で活動しているはずだが、元慰安婦への補償に反対するなど、解決を妨げているとの指摘も受けている。挺対協結成初期に活動したソウル大の安秉直名誉教授は「挺対協の目的は、慰安婦問題の解決ではなく、日本と戦うことといえる」と述べている。

 かつて挺対協で活動していた梨花女子大学女性学科のキム・ジョンランさんは、自らの経験をもとに書いた博士論文で、挺対協の活動の背景が本当に慰安婦問題の解決なのかと疑問を呈した。論文の中でキムさんは、日本側がアジア女性基金の設置を推進しようとすると、挺対協の活動家らは「これで私たちがすることはなくなる」と「不安」を口にしたという事例などを取り上げた。

 挺対協とは別の慰安婦団体で、元慰安婦の女性ら33人が結成した「ムクゲ会」の沈美子会長は「(挺対協のような団体は)私たちと何の相談もせずにいる。募金で集まった額や使途はわからない」と挺身隊対策協の資金運用との関連疑惑を提起した。挺対協の尹代表は98年、元慰安婦の女性8人から横領の疑いで告訴されたが、無嫌疑で結審している

 沈代表は「女性部には元慰安婦のために策定した予算があるが、ムクゲ会にはその予算が来ない」と指摘する。沈代表は「元女性部長官の池銀姫氏も挺対協出身」と述べ、挺対協への不信感を示している。池元長官は、2000年から02年まで挺対協の共同代表を務め、盧武鉉政権の発足と同時に03年から05年まで女性部の長官職に就いていた。

 元従軍慰安婦への償いを目指して日本政府などが出資した「アジア女性基金」(07年解散)の専務理事を務めていた東京大学の和田春樹名誉教授は2月26日、同基金からの「償い金」を受け取った韓国人の元慰安婦が60人だったと公表した。韓国政府が認定した207人の3割にも満たない数だ。

 背景には、「償い金」を受け取ると「公娼だったと認めたことになる」などと非難されることへの危惧がある。97年にはアジア女性基金からの一時金を受け取った元韓国人慰安婦7人に対し、国内から猛烈なバッシングが浴びせられた。

 挺対協などは「国家賠償を求めるべきであり、民間基金は受け取るべきではない」と主張。韓国内の民間募金で集めた支援金を7人には渡さなかった。金大中政権時代の98年には韓国側から「償い金」の支給中止と、基金事業の内容変更を求める動きもあった。

 アジア助成基金の設立は「賠償は1965年の日韓基本条約で解決済み」とする日本政府としては、最大限に譲歩した措置だった。それを挺対協や一時の韓国政権が拒否したため、事実上の補償は不完全になった。挺対協らは日本政府に謝罪を求めているが、実現の可能性は乏しい。

北韓や総連、中国の団体とも共闘
 挺対協は毎週水曜日にソウルの日本大使館前で抗議行動を行っている。2011年には慰安婦の銅像を違法に設置。しかし、「聖域化」した慰安婦問題の象徴であったためか、韓国政府は黙認している。

 韓日の離間は北韓の狙いだ。北韓側が慰安婦問題に関与し始めたのは挺対協発足から2年後の92年2月。平壌で開かれた南北首相級会談で、日本に対して慰安婦問題で共闘しようと呼びかけた。韓国側はそれに応じ、同年8月には北韓で朝対委(朝鮮日本軍慰安婦および強制連行被害者補償対策委員会)が結成された。統一戦線部の偽装部署といわれる朝対委は、挺対協のカウンターパートだ。

 挺対協と朝対委が初めてともに活動したのは92年末。場所は東京だった。07年5月にソウルで挺対協が主催した「第8次日本軍慰安婦問題の解決のためのアジア連帯会議」では、平壌からは「朝対委」の洪善玉委員長、孫哲洙書記長、および「民和協」(民族和解協議会。労働党統一戦線部のダミー組織)の局長ら5人が参加。日本からは韓国で「反国家団体」に指定されている朝鮮総連女性同盟の丁熙子副委員長らが複数の国会議員とともに出席した。

 洪善玉氏は会議で慰安婦を「性奴隷」と位置づけ、米議会で「慰安婦関連決議案」を必ず通過させるために力を集中すべきだと強調。その年の7月、米下院は慰安婦問題に対して日本の謝罪を求める決議案を可決した。これにはワシントン慰安婦問題連合(WCCW)という団体が積極的に関与したことがわかっているが、WCCWは挺対協や在米中国系団体と深く結びついている。同様の動きはオーストラリアやオランダ、カナダでもあった。

 韓国だけでなく、米国と日本の間にもくさびを打ち込むため、従北派は慰安婦問題に「反日」の仮面をかぶせているといえる。「従北勢力が『親中反日』路線の後ろに隠れて大韓民国を赤化しようとしている」との分析も説得力を増している。統一日報2014.3.5
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=74816&thread=01r04


いい記事だとは思うのだが
従軍慰安婦問題が北朝鮮による日韓離反工作であることはとうにわかっていたことで何を今更(唾棄)

それを安倍首相が指摘しているのだが
安倍晋三私は北鮮に狙われた01-4jpg
従軍慰安婦問題は北朝鮮の工作 

従北にのせられて現在進行形で安倍首相を貶めている以上もう後戻りはない
時既に遅し
韓国デモ安倍菅籾井お面

朝鮮半島有事には在日米軍基地を使用するのに日本の集団的自衛権行使に反対しているという
どころか反基地運動にも加担しているし
自ら滅亡したがっているとしか思えないがお望みとあらば仕方ない(笑)
ニダー高い高い他界
ヾ(^_^) byebye!! 

◆拙ブログにコメントしてくれているミトラさんからの情報を元に書いている記事です◆

東京でコツコツ28回目、日朝教育交流の集い

授業参観、公演などに200人
朝鮮新報日朝教育交流の集い

 「2002年日朝教育交流のつどい」(主催=同実行委員会)が2月23日、東京・足立区の東京朝鮮第4初中級学校①で開かれた。授業参観と東京第4初中生の公演、シンポジウムが行われ、都内の朝鮮学校、日本学校の教職員や地域の教育関係者と同胞、市民ら約200人が参加した。

お互い豊かな関係を
 今年で28回目を迎えた「日朝教育交流のつどい」。都内の各朝鮮学校を会場に、授業参観・生徒の小公演プラスアルファ(シンポや講演など)といった形で開かれているこのイベントは、日本の教育関係者と一般市民らにとって朝鮮学校を知り、理解するための絶好の場となってきた。

 今回もまず、授業参観・校内見学が行われ、初1から中3まで全クラスの授業が公開された。

 続いて体育館で行われた全体会では、実行委員会を代表して在日本朝鮮教職員同盟の具大石委員長②があいさつ。「複数のアイデンティティーが存在すること」を教育を通じて伝える重要性について指摘し、このような交流を重ねて世界にその経験を広められるようにしていきたいと述べた。

 会場となった東京第4初中の金龍河校長は歓迎のあいさつで、地域交流を積極的に進めている同校の活動をはじめ朝鮮学校の現状を説明。「政治の壁はあっても、草の根の地域交流は可能だ。信頼をひとつずつ築き上げていくことが、子どもたちにとっても大切だ」と訴えた。

 さらに足立区教育委員会の岡田行雄・指導室長が来ひんあいさつ。「授業を参観し、1人1人の子どもたちが明るく楽しそうに学校生活を送っている姿、自国の文化を愛してそれを知ろう、伝えようという思いを大切にしながら生きている姿に感銘を受けた」と述べ、今後も地域で子どもたち同士の交流を深め豊かな関係を築いていこうと呼びかけた。

朝鮮人として堂々と
 東京第4初中児童生徒による小公演、昼食をはさんで2部のシンポジウムが行われた。昼食は、同校オモニ会が手作りした朝鮮の香りあふれるお弁当とトック(朝鮮風雑煮)がふるまわれた。

 シンポではまず、女性同盟中央の梁玉出副委員長③が「なぜ朝鮮学校に―オモニの願い」と題して講演した。梁副委員長は、「教育は私たちにとってもっとも重要な権利、もっとも欲しい権利」だと強調。「日本で生まれ育っても朝鮮人として生きていくという私たちの原点を理解してもらいたい」と述べた。

 そして、植民地時代に奪われた名前と言葉を取り戻すために始まったのが民族教育であり、朝鮮人が朝鮮人として堂々と胸を張って生きていきたいという当然の願いをかなえるために朝鮮学校が存在すると強調。しかし、この素朴な願いがかなえられないのが日本社会の現状だと訴えた。

 最後に日本人参加者らに「お願いがある」として①自分の、日本の問題として朝鮮学校のことに関心を②助成金問題に理解を③子ども同士の交流の場を増やして互いに広い世界を④日本学校の人権教育などの場に朝鮮のオモニたちを呼んで活用を――の4点をあげた。

 続くパネルディスカッションでは、同校卒業生の東京朝高3年の梁美麗さん、同校中級部3年の尹成浩さんが発言した。

 梁さんは、12年間の民族教育を通じてよかったこととして◇民族の心の大切さを学んだ◇自分の国、民族の文化を愛する心を持てた◇集団を重んじる生活の中で互いを思いやる気持ちを育んだ◇母国語を身につけその大切さを学んだ――などをあげた。そして朝鮮学校に対する制度的差別について「同じ人間なのに民族の違いを受け入れてくれないのは寂しいこと」と指摘。「同胞社会をひとつに結び、分断された祖国をひとつにつなぐのも母国語だと思う。母国語を守り、これまで培ってきた民族性をもっと育んでいくために朝鮮大学校に進学したい」と将来の抱負を述べた。

 尹君は、「9年間、この学校で学んで自分が朝鮮人だということに誇りを持っている。またつねに友だちを大切にし、互いに助け合い生きていくことの大切さを学んだ。将来の目標は弁護士。在日同胞の役に立ちたい」と語った。

 シンポではまた、都立荒川商業高校定時制教員の長谷川文夫さんが自ら受け持った在日同胞生徒との交流について、また荒川区立瑞光小学校教員の板橋正枝、佐藤由紀子さんが、隣接する東京朝鮮第1初中と重ねてきた交流授業についてそれぞれ報告した。

◇          ◇

 「知り合うことから始めよう」――この日、日本側の参加者から多く聞かれた言葉だ。しかし、在日同胞はずっと日本人の目の前にいた。そして日本社会の一員である在日同胞は、日本人のことを「知って」いた。朝鮮学校の子どもたちをいわゆる「異文化の体現者」としてのみ行われる交流には、いずれ限界が訪れるだろう。「知ってもらう」のはもちろん大切だが、朝鮮学校の子どもたちはそのために存在しているのではない(=工作員宣言:筆者)。互いの立場を尊重し、対等に向き合ってこそ、真の交流になる。

 「知り合う」ことの、次の段階が期待されている。朝鮮新報2002.
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/sinboj2002/3/0306/81.htm

在日本朝鮮教職員同盟の具大石委員長
朝鮮奨学会評議員
子どもの権利条約と朝鮮学校無償化 
(朝鮮学校無償化の口実となっているのが子どもの権利条約ということがよくわかる)

③女性同盟中央の梁玉出副委員長
どこかで聞いたようなと思ったら
国連まで出かけて行って「朝鮮学校無償化しないのは差別ニダ!」とやってたあの
人権侵害者達 朝鮮学校という侮日工作機関 



4月28日 朝日新聞 夕刊 
学校職員がテレ朝の撮影許す オウム幹部刺殺徐容疑者の指導要録放送 
テレビ朝日のワイドショー「パワーワイド」が、オウム真理教幹部・村井秀夫氏刺殺事件で現行犯逮捕された徐裕行容疑者(二九)の卒業した足立区立の小学校指導要録を放送した問題は、二十八日までの足立区教育委員会の調べで、学校の警備担当職員が撮影させていたことが分かった。区教委は「学校の管理体制にも問題があった」と話している。区教委によると二十四日午後七時ごろ、番組スタッフから電話で、徐容疑者が在籍していたかを確認する問い合わせが学校にあり、対応した警備担当職員が、校長と教頭がかぎを持っているが、同校では徐容疑者の卒業年度分を含めた一部が書棚に置かれていた。当日は書棚のかぎもかかっていなかった。 

午後八時ごろ、スタッフ五人が学校を訪れ、指導要領や卒業アルバムを撮影した。スタッフは「学校には迷惑をかけない」などと職員に告げ、謝礼に菓子折りを渡したという。区教委の日高芳一指導室長は「取材を受けた職員は、指導要録がどんなものかわかっていなかったようだ。学校の管理体制にも問題があった。テレビ朝日の取材は正当なものとはいえない」という。 

区教委の佐々木一彦教育長は「個人のプライバシー保護の観点からも、指導要録の保管と管理に細心の注意を払うよう、あらためて各学校に周知徹底する」と話している。 

テレビ朝日広報部は「取材源の秘匿の問題があり、具体的案取材過程は申し上げられないが、正当な取材活動だった」としている。

上記はミトラさんのくれたコピペなのだが
テレビ朝日の不祥事問題(国民の知らない反日の実態)
http://www1.atwiki.jp/oreryuunyu-su/m/pages/14.html
1995.04.27 「パワーワイド」がオウム村井を刺殺した徐裕行容疑者(29)の小学校時代の指導要録放映。プライバシー侵害との抗議殺到 
とあるので1995年のことだろう
ミトラmemo13 恐怖!朝鮮学校の「交流」は政治目的! 補足資料 

冒頭の朝鮮新報の記事から
朝鮮第四初級学校と足立区教育委員会に交流がある

今まで集めた記事から
徐裕行氏は
足立区内の朝鮮総聯系の朝鮮第四初級学校に4年制まで在学していた
ミトラmemo10 「村井刺殺」犯人の周辺に存在した不可解な背後関係 
足立区内の公立小中学校を卒業している
ミトラmemo6 『オウムの闇はニッポンの闇』 
ことが分かっている

つまり
テレビ朝日に「プライバシー侵害との抗議」を殺到させた人達とは誰?
足立区教育委員会が「テレビ朝日の取材は正当なものとはいえない」「指導要録の保管と管理に細心の注意を払う」と言って徐裕行氏を庇ったのはなぜ?

足立区ジュニアスポーツ大会東京朝鮮第四初中級学校
http://www16.plala.or.jp/Basketball/minibasuke/taikaikiriku/12jr.pdf
足立区教育委員会で行われた競技大会に東京朝鮮第四初中級学校が参加している

日本人は「友好」と言われれば友好だと思うし、「相互理解」と言われれば相互理解だと思う

彼らは「友好」を口実に政治目的を持って近寄り、「相互理解」と言いつつ自分の主張のみをのませる工作を仕掛けてくる
そんな洗脳まがいの政治工作に子供たちを安易にさらしてよいのだろうか

「相互理解」というなら日本側の主張も認めなければいけない
もとより彼らにそんな気は毛頭ないと我々はいい加減悟らなければいけない

これが彼らの正体
j-castニュース『国連調査委員会、北朝鮮の拉致は「人道に対する罪」』2014.2.18
18
http://www.j-cast.com/2014/02/18197028.html 
遅まきながら日本政府も攻勢に出ている
国連人権委員会における攻防 

あなたの子供が
友達が
甥が姪が
孫が
朝鮮学校と「友好」の名目で試合をしたり、交流を持ったりすることを
見過ごしていていいと思いますか?

【まとめ】
▼朝鮮学校の言う「交流」は政治目的
▼朝鮮学校「子供に罪はない」←子供をダシに洗脳まがいの政治工作を仕掛けるため子供も共犯
▼徐裕行氏は東京朝鮮第四初中級学校朝鮮四年まで通う→足立区立小中学校を卒業
▼テレビ朝日が徐裕行氏の小学校指導要録を放送
  →抗議殺到(誰が抗議したのか?)
  →教育委員会「テレビ朝日の取材は正当なものとはいえない」「指導要録の保管と管理に細心の注意を払う」(なぜ徐裕行氏を庇うのか?)

余談
殺人犯でありながら徐裕行氏は国外退去になっていない(=在日特権)

参考
「学習組」の正体 

輸出した養子ですら工作に使うのが彼らの民族性
弟の死はこやし

五輪日韓全面協力はデマ? 続き

新年早々民団団長・呉公太(通名呉本公太)氏が不吉な寝言を

1呉公太
http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=14&category=2&newsid=18402

 韓日間には悪材料がある一方で、好材料も目白押しです。であれば、好材料を最大限に活用するに限ります。
 平昌冬季五輪と東京夏季五輪を成功させ、来年の国交正常化50周年を意義あらしめるために、本団は早期に特別プロジェクトを始動させねばなりません。まずは、両国の心と力を合わせた協働が広がり、好循環が生み出される途上で国交50周年を迎えましょう。そして、その先にある2016年の創団70周年記念事業を成功させましょう。

早期特別プロジェクトって何?
と思っていたら呉公太氏の地元長野に平昌五輪地元から視察と

16
http://www.shinmai.co.jp/news/20140116/KT140115SJI090017000.php

サッカーWC日韓共同開催をした日韓フォーラム@日本国際交流センター・故・山本正氏と
サッカーWC日韓共同開催の黒幕 
信濃毎日新聞社長・信越化学工業会長・故・小坂徳三郎氏の繋がりを考えるに
日本を敗戦国のままにしておく装置 

開催が危ぶまれる平昌オリンピックの負担を日本に押し付けようと画策しているのだろう

呉公太(通名呉本公太)氏については以前書いたがせっかくなのでまた見つけたものを書いておく

民主党防衛政務官「民団」団長から310万円の問題献金が判明

 またしても民主党政権で在日外国人からの政治献金問題が判明した。

 防衛大臣政務官の下条みつ氏が、在日本大韓民国民団の団長から、献金を受け取っていたのだ。民団は会員数50万人を数える在日韓国人などのための組織で、団長の呉公太氏は今年2月にトップに就任した。

 下条氏の政治団体である「みつの会」の収支報告書を見ると、平成20年から22年まで、それぞれ、100万円、110万円、100万円、政治資金パーティへの支払いが確認できる。いずれも呉氏が代表を務める会社名義で、代表者の名は呉本公太と記載されている。これは呉氏の通名のようで、一見すると外国人からの献金とはわからないようになっているのだ。

 これまでにも、前原元外務大臣は、在日韓国人から総額25万円の献金を受けていたことで大臣を辞任、野田首相、菅前首相も在日韓国人からの献金があったことが指摘されてきた。外国人からの献金は政治資金規正法により違法とされている。

 外国人が国政に影響を与えるのを防ぐ、というのがその趣旨だ。パーティ券の購入は「寄付には該当しないので、外国人が買ったとしても違法にはなりません」(総務省政治資金課収支公開室)というが、その立法趣旨やこれまでの経緯からして、あまりに軽率ではないか。
 
 ましてや呉氏は民団の団長として、今年5月に民団の代表団とともに李明博大統領を訪れ、在日韓国人の地方選挙参政権の獲得などに向けてさらなる支援を要請するなど、政治活動に積極的に関わる人物である。ちなみに下条氏は、外国人参政権に賛成の立場をとっている。

 下条議員に事実を確認すると、呉氏が民団団長であることを知っているとしたうえで、「寄附ではなく、飲食の対価としてご購入頂いていると理解しております。尚、弁護士に相談の上、万一法に抵触する恐れがある場合は返金も考えております」と回答。また、呉氏も弁護士を通じて、「パーティ券購入は違法ではないため問題ないと考えている」と答えた。
※週刊ポスト2012年6月22日号
http://www.news-postseven.com/archives/20120613_118014.html 

20
http://www.dia.janis.or.jp/~dpnagano/katsudo/index.html 

民主党長野県連HPより
 常任幹事会終了後、「永住外国人の地方自治体参政権問題についての研修会」を開催。
在日本大韓民国民団中央本部 呉 公太(オ コンテ)副団長、民団長野県本部 呉 公運(オ コウウン)団長ほか10数名の皆さんの出席を得て、同問題の歴史的経緯や考え方など相互に意見交流を行い理解を深めた。2009.6.20

ニューアサヒ(呉本公太)
http://www.asahi-pachinko.co.jp/company/index02.html 
通名表記ですね

『パチンコ店ニューアサヒでおなじみの三公商事が遊技機の無承認変更で書類送検 店長「申請手間だし止めると売上下がるから申請しないで釘交換した」』
パチンコ・パチスロ.comさんから
http://pachinkopachisro.com/archives/33064523.html 

パチンコが賭博なのは明白なのに三点方式だから賭博ではないニダ
外国人献金なのは明白なのにパーティー券だから違法ではないニダ
この書類送検もどうなったんでしょうねえ

でも、お困りのようだから協力してあげても....
ああこんなにお断りしたい気持ちになったのは初めてです
さんざん妨害されたのに協力はないわー 

(日本選手が受けるであろう韓国からの嫌がらせを考えると胸が痛む)

【まとめ】
▼民団団長・呉公太(通名呉本公太)氏が新年早々「平昌、東京五輪特別プロジェクト」立ち上げ宣言
▼呉公太氏の地元は長野(三公商事・パチンコニューアサヒ)
▼平昌から長野に視察団
▼サッカー日韓WC共同開催を仕掛けた日韓フォーラム@日本国際交流センターの山本正氏と信濃毎日新聞&信越化学の小坂徳三郎氏に繋がりアリ
▼呉公太氏
 民主党下条みつ議員に献金(パーティー券だから違法じゃないニダ)
 民主党長野県連で外国人地方参政権について研修会
 無届け釘交換で書類送検

追記2014.1.31
朝日新聞ドラえもん
http://fxya.blog129.fc2.com/blog-entry-12575.html

参考
出て行けと言われるのは自業自得:民団 
KB国民銀行と韓流とキムヨナ 
統一協会と現代財閥2 

余談
知り合いの小学生がサッカーをやってるので韓国のサッカー試合の動画を見せたところ
「死ねよ!!!」と怒っていました
この子のこんなに激した様子は見たことがなかったのでちょっと驚きました



この本はよど号犯とその妻のうち6人の手記を集めたもので、彼らは逮捕状、国際指名手配の取り消しを求める国家賠償訴訟を起こした。

そのうちの森順子氏の手記
第三章 田宮を祖国へ帰したい
より引用

p156~160
1 田宮を帰したい

父の遺骨を抱いて
 私が生まれ育ったのは、神奈川県の川崎という街です。父は、母の実家が大衆食堂をやっているとき、ここに下宿していました。父に関しては、朝鮮の黄海南道(ファンヘナムド)が故郷であること以外は、母でさえもなにも知りませんでした。自分のことを一切語らずに、父は死んでしまったからです。
 父の遺骨を抱いて田宮とともに1992年、黄海南道の父の実家を訪ね伯父さんと会ったとき、初めて、父が15歳のとき北海道の炭坑で働く兄を頼り、平安南道の南浦(ナムポ)という港から日本に渡ったことを知りました。1938年(昭和13年)①だったそうです。朝鮮が解放されるまで、まだ7年もあります。この年、すなわち朝鮮人民に対する日本の侵略策動が最高潮に達していた時期、父は15歳にして自分の祖国、そして家族と生き別れなければなりませんでした。父の悲しみと不幸、それは、まさに日本によって国を奪われた朝鮮民族の悲しみ、苦痛なのだと思います。

映画『チョンリマ』に感動
 私が初めて、自分の中の朝鮮人を意識したのは、小学生のとき『チョンリマ』という映画を観たときです。たしか近所の共産党のおばさんに連れていってもらいました。小さいときだったけど、この映画を観てひどく感動したことを憶えています。人々が生き生きとしていて力強く悲しみがない国というのが、朝鮮に対する私の印象でした。また、高校生のときに在日の人々に接して、彼らが自分の国を愛し朝鮮民族としての自信を誇りにし、祖国のために貢献することを生き方としていることにとても衝撃を受けました。
 このとき私は、自分も朝鮮人であることを大切にして生きていきたいと思いました。その後、朝鮮侵略の歴史や強制連行②の歴史などを勉強し始めました。関東大震災で多くの朝鮮人が殺された③ということも初めて知りました。家からそんなに遠くない横浜の小さな橋で何千人という朝鮮人が殺され捨てられたとありました。私にとって他人事ではありません。その場所に行かなくてはという衝動にかられました。その小さな橋の前に立ったときのショックは今でも忘れられません。私と同じ血を持った何の罪もない人が、こんな小さな橋で殺され捨てられたかと思うと、もう、怒りで自分の身体が裂けて、その血がこの橋に流れていくように感じました。橋を渡れば駅に近かったけれど、渡る気にはなれませんでした。この橋は靴を履いては渡れない橋だと思ったからです。
 このような体験をした私は、父を見る目も変わっていきました。その後、朝鮮語を習い父に教えてあげたり、同胞たちとも接するように強く言ったり、また、朝鮮への帰国船が出たとき、なぜ帰らなかったのかと迫ったりと、ずいぶん父にはきつく当たりました。でも父は何を言っても聞こうとせず自分の殻にとじこもっているだけでした。
 1975年、私が22歳の年に父が亡くなり、私はいっそう朝鮮というもう一つの自分の国に触れなければ、それまで悶々と悩んでいた自分の生き方、目的がしっかりと定まらないと考えていました。今こうしてあの頃のことを振り返ってみても、朝鮮に行くことや田宮たちのことを知ることは、私が生きていくうえで、どうしても通過しなければならないことだったと思っています。当時、それはむろん直観的なものであったけれども、それまでの自分内部のわだかまりが、そのことによってなにか「解ける」ような気がしたのも事実です。

もう一つの祖国の地を踏んだ
 父が亡くなり分骨しました。私も母もできれば、お骨を祖国の父の家族の元に帰したいと思っていましたが、その方法もなかったし、また同胞が眠っているお墓にでも入れば、父も安心するだろうとも考えたのです。しかし私たち家族が父の過去をいっさい知らないことに加え、自分の国に背を向けて生きてきた父を受け入れて欲しいというのも無視がよすぎる話でした。それで一時はあきらめたのですが、やはり、せめて祖国の地に眠らせて上げることでもしなければ、父はずっと泣き続けるだろう。そう思い、それから3年あまり、いろいろなつてを訪ねまわり、やっとの思いで父の遺骨とともに、もう一つの祖国の地を踏むことができました。1977年になっていました。
 黄海南道にいる父の家族のことは、私が幼いときから母が手紙でいろいろと手を尽くして探していたので知っていましたが、一度も便りが来たことがないので、朝鮮に来たからといって、父の家族の消息が分からなくても当然と言えば当然のことです。父が祖国の土に還るだけでも、私は十分だと思っていました。なので朝鮮の案内の人に、「調べてみましょう」と言われたときは、本当に有り難く思いました。
 それからまた、十数年経って、私は、田宮ととともに父の遺骨を抱いて、黄海南道にある父の実家を訪ねることができ、そしてあくる年には母も父の故郷へ連れて行ってやれました。

田宮との出会いと結婚生活
 私と田宮は、朝鮮という国がなかったら、出会うこともありませんでした。
 私が田宮の存在を初めて知ったのは、言うまでもなく、1970年3月31日「よど号」のハイジャックのときです。その頃、神奈川県の普通高校の一年だった私は、春休みの何日間、胸をドキドキさせながらテレビの前に座っていたことを憶えています。たぶん、田宮たちが朝鮮という国を選んだことへの衝撃と不安のようなものがあったのでしょう。
 赤軍派を知っている人なら、田宮たちが朝鮮でどうするのだろうということは、誰でも興味のあることだったと思います。しかし、過激派という言葉もろくに知らなかった私には、田宮たちがどういう学生運動をやり、どこの党派であるかなどということには、興味も関心もありませんでした。ただ、なぜ、ハイジャックの目的地を朝鮮にしたのか、彼らが社会主義朝鮮に渡り、日本人として何を見、何を学び、何を得、何を支えに生きていくのかということに最も関心があり、知りたいと思いました。
 小学生のころから私が一番行ってみたい国は朝鮮でした。社会主義と資本主義の違いがどこにあるのかなどを高校生の頃から漠然と考えていたこともありましたが、それよりも、朝鮮が私の父の国、父の祖国だったからです。
 私には行きたくても行けない、私のもう一つの祖国ともいえる朝鮮に、日本人である田宮らはいとも簡単に行ってしまいました。
 後で男性から聞き知ったことですが、「朝鮮が悪宣伝されているが、それは、実は我々にとって良い国だということではないか。敵にとって悪いものは、我々にとって良いはずだ」というのが、行き先に朝鮮を選んだ理由でした。単純といえば単純な理由なので笑ってしまいましたが、でも私はこの理由を知って、最も単純で率直なところにこそ、物事の核心があるように感じて、田宮たちが朝鮮に渡ったことは正解だったんじゃないかと思いました。
 

①来日が1938年
朝鮮半島で徴用のはじまる前なので自由意思で来日したのは間違いない
前掲書p164
 父は自分の国の言葉も話せず朝鮮人としての名前もなかったけれど、どういうわけか日本への帰化だけはしませんでした。帰化しないことがいいとか、よくないとかいうことではなく、結局人としての生き方の問題であると思います。私の父の場合は、帰化しないことによってかろうじて朝鮮人である自分を支え、朝鮮民族としての魂を守っていたのだろうと思います。これが父にとっては、せめてもの「譲れないもの」だったのでしょう。

とあるが自分には帰化出来ない理由、故郷を捨てざるを得ない理由があったとしか思えない
盆・正月には里帰りする朝鮮人で港がいっぱいになったというのだから渡航は自由だった
【wiki】君が代丸
 
②強制連行 (今時これを言うと失笑を買うということは知らないのだろう)
③関東大震災時の朝鮮人虐殺
関東大震災で日本人10万人を虐殺した朝鮮人の黒幕 
 当時朝鮮人テロリストが国家転覆を狙って活動していたのは事実なんですよ

嘘という土壌に育ったでたらめの草 

森順子氏の息子、森大志氏は市民の党の支持を受け三鷹市議に立候補している
未だ帰れない拉致被害者、特定失踪者が数百人いるというにも関わらず

参考
テロリストの遺伝子 
よど号犯と拉致 
日本の中の北朝鮮 チュチェ思想研究会 
よど号ハイジャック事件という闇 

あなたの隣にいるかもしれない朝鮮人工作員 
この事件にでてきた「学習組(がくしゅうそ)」に関する記事があったのでこちらの本から引用






p188~191 
最大の在日非公然組織「学習組」の正体 野村旗守
(前略)

母体は日共党員
 「学習組規定」によれば、その性格は次のようなものだ。

〇学習組は、偉大なる首領・金日成元帥が組織し、親愛なる指導者・金正日同志が指導する在日朝鮮人金日成主義者の革命組織である。
〇学習組は、在日朝鮮人のうち、敬愛する首領の永久不滅の主体思想と金日成主義でしっかりと武装して偉大なる首領・金日成元帥と親愛なる指導者・金正日同志に忠誠を尽くし、社会主義祖国を熱烈に愛し擁護して、祖国統一をはじめとする総聯の諸般の愛国運動に模範的に参加する先進分子によって組織する。
〇学習組の当面の目的は、わが民族の至上課題である祖国統一偉業を実現することにあり、終局の目的は、総聯を金日成主義化し、日本国における主体思想革命偉業の遂行に積極的に寄与することにある。

 結成当初、学習組の構成員のほとんどは、在日朝鮮人のなかでも日本共産党でマルクス主義理論を学んだ日共党員だった。しかし、彼らは学習組に入ると同時に日共を棄てた。なぜなら、学習組とは、北朝鮮の朝鮮労働党の在日フラクションのことであり、彼らは学習組に入ることによって朝鮮労働党員となったからだった。
 「規定」にあるとおり、その第一の目的は朝鮮半島を赤化統一することであり、終局の目的は革命を起こして日本を社会主義化することである。朝鮮総聯が日本共産党とともに破防法の指定団体となっている理由もここにある。
 北朝鮮という国家が、すべて朝鮮労働党の指令系統に従って統制されているように、朝鮮総聯においてもまた、組織の末端に至るまで朝鮮労働党日本支部である学習組の機構によって支配されている。朝鮮学校であれ、朝銀信組であれ、参加の事業体であれ、朝鮮総連に属するあらゆる組織では、学習組員以外は幹部になれないことになっている。東京の千代田区富士見町にある朝鮮総連中央本部は、すべて学習組員で占められる。
 入党資格を得られるのは、18歳以上で、能力優秀、組織への忠誠確実と認められた者に限られる。入党にあたっては2人以上の学習組員の推薦が必要となり、推薦を受けた者については細密な履歴書が作成され、これが本国に送られる。本国で数カ月から一年の吟味を経た結果、入組(党)が認められれば晴れて学習組員となることができるというわけである。この学習組には現在でもおよそ3千人から5千人の構成員がいると公安当局はみているが、昔に比べればその組織力は低下の一途を辿っているようだ。
 何人かの学習組員に取材したところ、ほとんどが、「自分も組員だが数年前から組費を払っていない」と答えていた。

在日朝鮮人のエリート集団
 宣誓の言葉を述べて、入組を果たすと、朝鮮労働党の「唯一思想体系の10大原則」を刷り込んだ「学習組手帳」という赤い表紙の手帳が配られる。
「10大原則」とは、次のようなものだ。

一、偉大なる首領・金日成同志の革命思想によって社会全体を一色化するために命を捧げて闘争しなければならない。
二、偉大なる首領・金日成同志を忠誠をもって仰ぎ奉らなければならない。
三、偉大なる首領・金日成同志の権威を絶対化しなければならない。
四、偉大なる首領・金日成同志の革命思想を信念として受け入れ、首領の教示を信条化しなければならない。
五、偉大なる首領・金日成同志の教示を執行するにおいて、無条件の原則を徹底して守らなければならない。
六、偉大なる首領・金日成同志を中心とする全党の思想意志的統一と革命的団結を強化しなければならない。
七、偉大なる首領・金日成同志に学び、共産主義的風貌と革命的事業方法、人民的事業作風をもたなければならない。
八、偉大なる首領・金日成同志から授かった政治的生命を体制に守り、首領の大きな政治的信任と配慮に対して高い政治的自覚と技術に立脚した忠誠をもって報いなければならない。
九、偉大なる首領・金日成同志の唯一的領導のもとに、全党、全国、全軍が終始変わることなく活動する強い組織規律を確立しなければならない。
十、偉大なる首領・金日成同志が開拓された革命偉業を、代を継いで最後まで継承し完成していかなればならない。

 つまり、学習組員とは、朝鮮労働党員と同様に、「偉大なる首領・金日成同志」に絶対服従を誓う先鋭化された在日金日成主義者集団のことである。

 より正確にいえば、学習組は朝鮮労働党統一戦線部指導課というところに連なる、労働党の日本支部ということになる。「統一戦線部」は北朝鮮の謀略機関である「3号庁舎」に4つあるうちの一部門だ。「3号庁舎」にはほかに、「連絡部」「調査部」「作戦部」がある。すべて韓国ほか海外に謀略活動を仕掛ける工作機関だ。3号庁舎に所属する工作員は、北朝鮮でもっともすぐれた頭脳と身体能力とを兼ね備えた北朝鮮のスーパーエリートといわれている。同様に、学習組も朝鮮総聯の活動家のなかでとくに選ばれた在日朝鮮人のエリート集団とされる。つまり、学習組とは、朝鮮労働党日本支部である朝鮮総聯の根幹をなす、党内党ということができる。

洗脳ロボット
 そして、「在日のエリート集団」としての表の顔のほかに、学習組には裏の特殊任務がある。それは、主に韓国に神道するためのさまざまな特殊工作を仕掛ける工作員としての役割である。これ以外にもの日本には、連絡部や作戦部に連なる工作員組織がいくつかあるが、学習組は在日朝鮮人による非公然組織のなかでも最大の工作機関である。
 学習組員はそのほとんどが、東京・八王子ににある朝鮮総聯中央学院というところで数ヶ月間の徹底的な思想教育を受ける。ここでは、参加者全員が「自己批判」と「相互批判」を繰り返して、首領と組織に対する忠誠を競い合うことになっている。少しでも組織に忠実でないとみなされた者は徹底的に糾弾され、精神がボロボロになって逃げ出していく者もいるという。つまり、左翼組織によくある「総括」の一種だ。

 朝鮮総聯元幹部・韓光煕(ハングァンヒ)氏の著書『わが朝鮮総連の罪と罰』には、次のようにある。
 「・・・・こうして、六か月が終わったことには完全な思想改造ができ上がり、頭のなかは金日成主義一色になってしまう。つまり、幹部養成機関といえば聞こえがいいが、ようするに中央学院とは総連活動家の洗脳工作機関のことである。そこで学ぶと、他のことは一切見えなくなってしまうのだ。北朝鮮に盲従する総連ロボットの完成である」
 朝鮮総聯の鉄の結束は、こうした徹底した洗脳教育の成果だったのだ。
 その機構は、各学習組組織の上に直属の「学習組指導委員会」が置かれ、この組織がその地方の学習組組織を統轄することになっている。そして、それぞれの学習組指導委員会を統括するのは朝鮮総聯中央本部の組織局であり、さらにその上にあるのが朝鮮労働党統一戦線総聯指導課、そしてその上に君臨するのが金正日党総書記という構図になる。つまり、完全な中央集権制組織であるということだ。各学習組はタテ割り系列で運営され、ヨコの繋がりは一切ない。

 次に、在日工作員としての学習組の任務について。これはまだ完全に解明されてはいないが、近年、徐々にその果たしてきた役割が解明されつつある。
 まず、最大の役割はオルグ活動である。朝鮮学校に通う在日朝鮮人の子弟はもちろん、日本の学校に通っている同胞子弟、さらには社会主義にシンパシーを抱く日本人もオルグの対象になる。
 さらに、東明商事事件でみられたような、組織のための活動資金、北朝鮮に対する献金資金捻出のための経済活動も行う。
 また、各地の朝鮮学校で余生された空手の有段者による部党派集団を持ち、97年のRENK襲撃事件にみられるような、テロ活動も行う。
 また、総聯中央の監査委員会は、総聯の組織破壊活動を事前に防止するあらゆる諜報活動を行うとみられている。
 さらに、許宗萬(ホジョンマン)責任副議長も所属した国際局は、長年にわたって日本の政界工作に取り組んでおり、政治家たちを懐柔して北朝鮮に有利な政策をとらせるよう仕向けているといわれる。 


 
【ニコニコ動画】朝鮮学校無償化 文部省との交渉現場 

さて、この人達の主張に正当性はあるでしょうか
長年こうして役所に圧力をかけてきたんですね 

参考
人権侵害者達 
日本の敵
北朝鮮の覚醒剤3 元朝鮮学校校長・曹奎聖  

辻褄が合わないのは仕様です 続き

日本名“強制”は雇い主の「善意」だった…「屈辱」と訴えた在日韓国人2世は敗訴で何を得たのか

金稔万裁判
通名(日本名)使用を強制されて精神的苦痛を受けたとして、建設業者などに損害賠償を求めたが、大阪高裁は控訴を棄却した。判決後、記者の質問に答えた原告の金稔万さん(左)は「本名を名乗る権利を訴え続けたい」と語った=11月26日午前、大阪市

「配慮に欠けた面はあったが、速やかに働けるようにするのが目的で害意はなかった」

 在日韓国人2世の金稔万(キム・インマン)さん(53)=兵庫県尼崎市=が工事現場で働く際に通名(日本名)使用を強制されて精神的苦痛を受けたとして、建設業者などに100万円の損害賠償を求めた訴訟があり、大阪高裁は11月26日の控訴審判決で、請求を棄却した1審大阪地裁判決を支持して金さんの控訴を棄却した。1審は通名強制自体を否定したが、2審は「通名使用を強いて金さんのアイデンティティーを侵害した」と認めるなど金さんにとって“前進”はあった。だが、逆転勝訴を信じていた金さんは、敗訴という結果に「裁判所も権利を認めてくれない現実を痛感した」と肩を落とした。

本名シールを床に
 「前に一度行ったことがあるビルの解体仕事がまたあるけど」

 日雇い作業員だった金さんのもとに平成21年9月、大手ゼネコンの2次下請け業者の担当者から電話がかかってきた。ただし、「通名で行ってほしい」という条件付き。本名での生活にこだわっている金さんは「通名でなく本名で行きたい。前に行ったときも本名だった」と強く主張した。

 再び電話してきた担当者が「前にも行ったなら本名でいい」と一転したため、仕事を引き受けることにした。業者の事務所へ向かうと、担当者が「やっぱり通名で行ってくれるか」と前言を撤回。金さんは「本名で仕事がしたい」と訴えたが、すでに現場用ヘルメットに貼るための名前シールが通名の「かねうみ(金海)」で作成されていた。「(通名を)拒否すれば仕事ができなくなる」と不安になり、本名での勤務を訴えるのをやめた。

 さらに業者側は、金さんのヘルメットに元々貼ってあった本名「きむ」のシールを剥がして床に捨て、代わりに通名シールを貼った。金さんは本名シールを床に捨てられたことに屈辱を感じて見過ごすことができず、すぐに拾ってポケットに入れた。

ふりがなは本名貫く
 名前をめぐる争いはまだ続く。金さんは業者側の指示に従って書類を作成し、氏名欄に本名を記入すると、担当者が通名に書き直すように求めてきた。金さんは抵抗すれば仕事をできなくなると観念して書き直したが、氏名のうち「稔万」のふりがなは、通名の「としかず」でなく本名の「いんまん」を貫いた。

 解体現場の入退場管理システムに指紋登録する際にもトラブルが起きた。この現場で最初に働いた半年前の21年3月には本名で登録を済ませていたが、今回は通名で登録しようとしたため、指紋が一致するのに氏名が異なるとして「エラー」が表示されたからだ。

 ただ、2審判決によると、金さんがこの場面で通名での登録を特段抗議したわけではなかった。登録を担当した1次下請け業者の責任者は結局、エラーを解決するため本名のデータの方を削除した。

雇い主も同じ在日韓国人
 ここで疑問がわく。金さんが最初に働いたときは本名だったのに、なぜ半年後には通名でという条件になったのか。判決によると、それは大手ゼネコン側の「誤解」が発端だった。

 金さんが最初に働いた際、大手ゼネコンの担当者は、雇用対策法に基づき外国人の雇用主に義務付けられる「外国人就業届」を提出するよう1次業者に求めてきた。1次業者は就業届を提出するため、金さんの直接の雇い主である2次業者に必要事項を照会した。

 金さんは在日韓国人2世の特別永住者で、届け出義務の対象には含まれておらず①、1次業者もゼネコン側の「誤解」に気づいていた。ただ、「下請けの立場で元請けに対してモノが言いにくい」という状況から、何ら異議を挟まなかった。2次業者も同様に誤解と知りながら、1次業者からの照会に応じていた。

 そして、2度目の今回、外国人就業届の提出を再び求められると考えた2次業者が、「すぐ働きたい」という金さんのために用意した手段が通名だった。面倒な手続きを省いて速やかに働けるようにしようと、一見しても“外国人”と分からない通名での勤務にこだわったというわけだ。

 さらに、その話を補強するのが、金さんの雇い主である2次業者の経営者が金さんと同じ在日韓国人という事実。1審判決によると、この経営者は金さんが同じ在日韓国人という理由から、「金さんにできるだけ就労の機会を与えてあげてほしい」と部下に伝えていたという。

こだわり続けた10年間
 とはいえ、金さんの本名へのこだわりは並々ならぬものがあった。ここ10年近くは生活のすべてで通名使用を止め、本名を名乗り続けてきたという。

 金さんは神戸市内で生まれ育ち、小学校の同級生が在日を理由にいじめられるのを見てきた。しかし、大学でハングルを学び、仲間と本名で呼び合うようになると、「本名で生活できることが当たり前の社会だ」と喜びを感じた。

 「日本では通名が当たり前」と話す父親も、自分で建てた墓碑には本名を刻んだ。金さんは「死んでからしか本当の名前を使えないのか。通名を強要する社会は間違っている」と常々考えてきた。

アイデンティティー侵害
 2審判決は結局、金さんが通名で働いていた期間中、ゼネコンや1次、2次業者に対し、通名使用の拒否や本名で働くことを求めていなかったと認定。業者の対応について「金さんを速やかに仕事に従事させるためで、アイデンティティーを侵害するなどの悪意も認められない」と判断し、金さん側の請求を退けた。

 ただ、敗れはしたが、1審が「金さんが『通名でかまわないのですぐに働きたい』と承諾した」と認定した部分を2審は否定。「雇用手続きについて業者に誤解があり、不必要な通名使用を強いたことは否定できない」と認めた上で、業者側が本名のシールを剥がして捨てたことも「アイデンティティーを侵害される結果が生じた」と言及した。

 「本名を名乗る権利を訴え続けたい」。金さんは判決後、悔しさに声を詰まらせながらそう話した。msn産経ニュース2013.12.10 
金稔万裁判2
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/131210/waf13121007010002-n1.htm 

在日韓国人2世の特別永住者で、届け出義務の対象には含まれておらず
これ在日特権ですよねえ

金稔万氏は
両親は済州島からの密入国者
逮捕歴アリ
この裁判に大阪淡路教会が関わっているが
イルム裁判大阪淡路教会
http://d.hatena.ne.jp/irum/20110713/1310570151

大阪淡路教会の牧師を辿ると
(大阪淡路教会・岩井健作氏:多文化共生、沖縄反基地運動)←米軍と共生しろ(^ν^)
在日大韓基督教会・李仁夏(イ・インハ)牧師と繋がりがあり
異教徒との戦い5 あなたも今日から反日極左
結局「6.15共同宣言」に辿りついてしまうのだった
異教徒との戦い7 ちょっと待てその牧師って・・・

(あらためて賛同者見たら安世鴻氏やら方清子氏やら香ばしくてワロタ)
胡散臭い慰安婦写真展重重プロジェクト1 (3まで)
 良い朝鮮人は存在するか? 南北ズブズブの在日朝鮮人 

金大中の赤い妻
南・北韓の左翼らが「6.15宣言」を実践せよと合唱する理由は、「6.15共同宣言」通りやれば南韓を共産化できるからだ。「6.15宣言」は赤化統一方案の合意であり、「6.15宣言」実践活動家らは対南赤化戦略の遂行者と見做すべきだ。

と統一日報が書いた6.15共同宣言だが
宣言を遂行していく準備委員会が発足する

1
民族時報2005.3.1
http://www.korea-htr.org/jp/051060/105803k1.htm
2005.2.26
南北海外共同行事日本地域準備委
@中央大学駿河台記念館

司会
金知栄・民主女性会会長
劉相植(リュ・サンシク)・在日本朝鮮人総連合会(総連)中央本部統一運動局副局長

宋世一・韓統連事務総長
金守埴(金スシク)・祖国平和統一協会(平統協)会長

名誉議長
李佐永(李ヂャヨン)・韓統連顧問
梁守政(梁スヂョン)・総連副議長ら五人

議長
郭東儀・韓統連常任顧問

副議長
都相太(都サンテ)・NPO法人三千里鉄道理事長
朴寿吉(朴スギル)・在日大韓基督教総幹事ら十一人

代表委員
李仁夏(李インハ)・在日大韓基督教川崎教会元老牧師(←異教徒との戦い5 あなたも今日から反日極左
林哲(リム・チョル)・津田塾大学教授
徐勝・立命館大学教授 (←韓国民主化運動という赤化運動) 
李哲・在日韓国良心囚同友会代表ら三十三人

事務局長
朴勇(朴ヨン)・汎民連海外本部事務次長
(カタカナ表記はこちらのリストとの突合による http://green.ap.teacup.com/kantourenhyougo/112.html

この朴寿吉牧師を追っていくと

18christiantoday朴寿吉
Christian Today2004.2.18
http://www.christiantoday.co.jp/article/351.html

7
クリスチャン新聞2005.5.15
http://jpnews.org/pc/modules/xfsection/article.php?articleid=115
「九条の会」結成を受け「宗教者九条の和」が発足
呼びかけ人
朴寿吉牧師(在日大韓基督教会総幹事)

差し替え:北朝鮮で最高人民会議、金正日総書記も出席
【ソウル7日聯合ニュース】北朝鮮は7日、最高人民会議第12期第3回会議(通常国会に相当)を平壌・万寿台議事堂で開催した。4月9日の第2回会議には姿を見せなかった金正日(キム・ジョンイル)総書記も出席した。

 会議では首相に、金英逸(キム・ヨンイル)氏に代わり、崔永林(チェ・ヨンリム)平壌市党委員会責任書記が任命された。また、金総書記の提起により、妹婿の張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会委員(朝鮮労働党中央委員会行政部長兼任)が副委員長に選任された。

 金総書記の後継者とされる三男・ジョンウン氏に対する公式の任命、韓国哨戒艦「天安」沈没事件に関する対韓国措置、金総書記の中国訪問後続立法などがあるか注目されていたが、いずれも議題にはならなかったようだ。

 朝鮮中央通信と朝鮮中央放送が報じたところによると、郭範基(クァク・ボムギ)、呉羞容(オ・スヨン)、朴命善(パク・ミョンソン)の3副首相が解任され、代わって姜能洙(カン・ヌンス)党中央委部長、金楽姫(キム・ラクヒ)黄海南道党責任書記、李泰男(リ・テナム)平安南道党責任書記、全河哲(チョン・ハチョル)党中央委員会委員の4人が新副首相に任命された。また、超炳柱(チョ・ビョンジュ)機械工業相、韓光福(ハン・グァンボク)電子工業相を副首相兼任とした。盧斗哲(ロ・ドゥチョル)、朴寿吉(パク・スギル)両副首相は留任で、副首相は5人から8人となった。

 昨年4月に開かれた最高人民会議第12期第1回会議で、国防委員に任命された張成沢(チャン・ソンテク)氏を1年2カ月で副委員長に任命し、宣伝扇動事業を遂行する姜能洙書記を副首相に任命したことは、ジョンウン氏の後継構図を念頭に置いた布石と分析される。

 北朝鮮最高権力機関の国防委員会の副委員長は、李用茂(リ・ヨンム)朝鮮人民軍副元帥、金永春(キム・ヨンチュン)人民武力相、呉克烈(オグクリョル)副委員長の3人体制から、張成沢氏を含む4人となった。

 国防委員会委員数は、先ごろ高齢を理由に全職務から解任された金鎰チョル(キム・イルチョル)氏、張成沢氏の席がなくなり、8人から6人に減った。

 このほか、軽工業相にアン・ジョンス氏、食料日用工業相にチョ・ヨンチョル同省局長、体育相に朴明哲(パク・ミョンチョル)国防委参事が任命された。朴新体育相は、プロレスラー故力道山の娘婿

 北朝鮮最高人民会議は2003年を除き、年1回の開催を原則としてきた。ことしは4月9日に第12期第2回会議が開かれており、異例の2回目の開催だった。聯合ニュース2010.6.7
http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2010/06/07/0300000000AJP20100607004300882.HTML 

同姓同名の別人でなければ
在日大韓基督教会の牧師が北朝鮮の副首相ということになるが....
(最近の記事には名前が見当たらないので現副首相ではないかも)

モランボンの全演植氏は北朝鮮の最高人民会議議員だったのであり得ない話ではない
モランボンは北朝鮮企業 脱税&不正送金&北朝鮮から勲章 

朴寿吉牧師が呼びかけ人となっている宗教者九条の和

宗派超え僧侶や神父ら抗議行動 特定秘密保護法成立
 特定秘密保護法の成立を受け、宗教界からも抗議の声が上がった。超宗派の宗教者グループ「宗教者九条の和」が呼びかけた街頭祈念行動が7日、東京・渋谷であり、僧侶や神父ら約20人が集まった。

 「南無妙法蓮華経」と題目を太鼓に合わせて唱えたり、キリスト教式に祈りの言葉を捧げたり、それぞれの信仰にのっとって通行人に訴えた。東京都の僧侶、武田隆雄さん(61)は、自民党の石破茂幹事長がデモとテロを同一視するかのように発言したことを踏まえ、「街頭でお題目を唱えることもテロとみなされ、信教の自由を侵されかねない」と話した。
 また真宗大谷派(東本願寺)は7日、「法律が悪用されることのないよう注視するとともに、一日も早い法律の廃止を強く望みます」という宗務総長名のコメントをだした。日本カトリック司教協議会の常任司教委員会も同日、「人間の尊厳に関わる自由で平和な社会を求める宗教者として断固抗議する」などとした声明を発表した。朝日新聞DIGITAL2013.12.7 
http://www.asahi.com/articles/TKY201312070300.html 

宗教者九条の和は96条改正にも反対してますね
異教徒との戦い2 赤い宗教家達 

【まとめ】
▼6.15共同宣言を受けて発足した日本地域準備委の副議長朴寿吉・大韓基督教総幹事
▼「宗教者九条の和」呼びかけ人→96条改正や特定秘密保護法案などに抗議活動
▼朴寿吉・大韓基督教総幹事=北朝鮮最高人民会議副首相(?) 

追記2013.12.15
在日本韓国YMCA創立100周年
このリストにも名前があった
在日本韓国YMCA100周年2

従北地下革命勢力1 続き

李石基
拘束令状が発給された李石基(イ・ソッキ)統合進歩党議員が5日、水原(スウォン)南部警察署から水原拘置所で移送されて大声を出していた。
画像はこちらからhttp://japanese.joins.com/article/844/175844.html?servcode=200&sectcode=200

韓国蝕む従北勢力に鉄槌を!…「内乱陰謀」・李石基統合進歩党国会議員に見る病巣

 統合進歩党の国会議員・李石基氏が5日、内乱陰謀容疑の主謀者として逮捕された。その前日、国会は逮捕同意案を出席議員289人のうち賛成258票(反対14、棄権11、無効6)の圧倒的多数で可決している。内乱陰謀容疑による逮捕同意は韓国憲政史上でも初めてだ。しかしこれは、北韓独裁に追従・従属する「従北勢力」が韓国各界に根を張っており、国政の中枢でさえその例外ではなかったことを示したに過ぎない。国民的な指弾のもとに、韓国の屋台骨を蝕む従北勢力を徹底排除できるのか。韓国には今、これが真剣に問われている。
(今回の内乱陰謀容疑に複数の人物や団体が関与している。本稿では問題を分かりやすくするために、主謀者とされる李石基議員に焦点を合わせた。以下文中、敬称略)

■□
北韓の戦争策動に呼応
「武装蜂起」をも準備

 李石基の主たる逮捕容疑は刑法の内乱陰謀罪だ。「国土を僭窃し、又は国憲を紊乱する目的で暴動」すれば、内乱罪であり、首魁は死刑、無期懲役または無期禁固に処される。その陰謀事実だけでも懲役3年以上の重大犯罪である。彼の場合はそれに、反国家団体の北韓を賛揚・鼓舞・宣伝した国家保安法違反が加わった。

 捜査当局が国会に提出した逮捕同意要請書によれば、この内乱陰謀の直接的な容疑は、韓半島情勢が極度に緊迫したこの3月、李石基自らが配下の京畿東部連合内の革命組織「RO(Revolution Organization)」(04年結成)に「戦争対応3指針」を下命したことが起点となっている。

休戦協定破棄戦争迫ると檄
 3月は、昨年12月に長距離弾道ミサイルの発射、今年2月に3回目の核実験を強行した平壌政権が、中国までほぼ全面的に同調して採択した国連安全保障理事会の厳しい制裁決議に反発、核戦争危機を煽りにあおっていた時期だ。「ソウルとワシントンを精密核打撃で火の海にする」などと恫喝し、韓国戦争の休戦協定をはじめ、南北不可侵合意、韓半島非核化宣言の破棄を一方的に宣告、板門店の直通電話も遮断した。

 「3指針」そのものは▽非常時に連帯組織を迅速に設ける▽大衆を動員して(李明博政府を窮地に陥らせた)BSE=牛海綿状脳症事態のように宣伝戦を展開する▽米軍基地、特にレーダー基地や電気施設など主要施設の情報を収集する、といった簡略なものだ。だが下命の場で、李石基が「休戦協定の無効化宣言で戦争の雰囲気が熟している」と述べたほか、参加者からも「すぐに戦争が始まる。主要軍事施設に対する打撃を準備しよう」との声が上がっていた。

 約2カ月後の5月10日、李石基は京畿道広州市の毘池岩青少年修練院にRO組織員約130人を緊急招集、「現在の韓半島情勢は、革命と反革命を分ける非常に重要な時期だ。私たちがどのように準備し闘うかについて、革命的決意を新たにする場だ」と強調した。ただこの日は、開始から10分で解散している。参加者の一部に綱紀の乱れがあったためとされる。

 再びの結集は12日。ソウル合井洞マリスタ教育修士会にやはり約130人が集まった。ここで李石基は、「韓半島は米国の世界秩序の根本を弱化させ、覇権主義帝国を倒す世界革命の中心舞台となる」とし、「戦争を真っ向から受けて立とう。始まった戦争に決着をつけよう」と煽った。

 この集会では、石油貯蔵所や火薬工場、通信基地など主要基幹施設の破壊、銃器確保、爆弾製造などが論議された。李石基は最後に、「即刻戦闘態勢に入るよう準備しなければならない。総攻撃命令が出れば瞬時に攻撃しろ」と指示している。

 こうした発言や議論はすべて、国家情報院が収集し、公開したものだ。国家情報院は裁判所の傍受令状を得て、3年前からRO組織員を広範囲に盗聴してきた。この令状によって電子メールや通話などを合法的に傍受できる。内密調査の期間が長く、証拠収集は十分なレベルという。

RO構成員は130人以上
 李石基を頂点とするROは、「主体思想を指導理念に南韓社会を変革する」を綱領に掲げ、3、4人からなる細胞で構成する。組織規模は不明ながら、5月の集会参加者数から少なくとも130人以上と推計されている。

■□
「金日成主義」を標榜
民革党再建派の中心…地下組織動員 公党乗っ取る

 この事件は、体制を転覆させる「革命」を目指したものなのか、あるいは、李石基が自己の「革命性」を顕示し、権威を維持するための「革命ごっこ」だったのか。最終的には、捜査による全容の解明と司法の判断を待たねばならない。しかし、この事件には深い根っこがある。

 李石基は国会議員として、統合進歩党は公党として憲法の保護を受け、国民の血税から議員歳費と党運営費を賄われている。「革命」と「ごっこ」のいずれであれ、北韓独裁の軍事的・政治的な攻勢にさらされている韓国で、その憲政秩序を根底から崩壊させ、国民の安寧と国の発展を脅かそうとする言動は容認できるものではない。

 その李石基を知るためには、92年3月に結成され、99年8月に摘発された民革党(民族民主革命党)事件にまでさかのぼらねばならない。根っこがそこにある。

 この党の指導部は、80年代に急増した主思派(主体思想派)の始祖とされる金永煥(序列1位)、「金日成主義青年革命組織」を標榜した反帝青年同盟の実質指導者である河永沃(序列2位)、弁護士の朴某(序列3位・非公開)の3人を中央委員に構成された。金永煥の証言によれば、李石基は序列5位で河の指導を受ける立場にあった。

 綱領などで民革党は、「金日成主体思想を指導理念とする地下革命党」であると自己規定し、南韓に革命情勢が醸成され決定的な時期が到来すれば、北韓の支援を受け「民族解放・民衆民主主義革命」を完遂すると明示した。党員はオルグ対象の段階から身元・思想の徹底調査を受け、変節の恐れがない「主体思想の骨髄(精鋭)分子」だけが選抜されたという。

 組織保衛能力が極めて高く、捜査当局はたまたま別件(民革党の再建指導任務を終えた工作員を乗せ、帰還する途上だった北韓の半潜水艇が麗水沖で撃沈された98年12月の事件)で手掛かりを発見するまで、その存在にすら気づいていない。

 民革党事件は大きな衝撃を持って受けとめられた。韓国内で自生した左派勢力が北韓に包摂され、朝鮮労働党から直接指令を受ける「革命前衛組織」となった初めての事例だからだ。地下党としては46年12月結成の南朝鮮労働党以来最大の規模でもあった。

 金永煥、河永沃は99年8月に相次いで逮捕され、京畿南部委員長だった李石基が逮捕されたのは02年5月。懲役8年を宣告された河永沃は03年3月、盧武鉉大統領の就任記念特赦で、2年6月の懲役だった李石基も03年の光復節特赦で釈放された。主思派の精鋭がいともたやすく野に放たれたのである。

なお勢力保つ民革党の残滓
 ここで重要なのは、民革党事件が終わっていないこと、同党の残滓が大きな力を持ったまま生き続けていることだ。

 民革党は、金日成と2回面談し、厚い信頼を得た金永煥が北韓の指令に基づいて結成した。だが、北韓指導部への不信を募らせてきた金永煥は、97年2月に主体思想の創始者である朝鮮労働党秘書・黄長燁の韓国亡命に衝撃を受け、同年9月の中央委員会で河永沃の反対を押し切って民革党の解体を決議した。

 しかし河永沃は、北韓当局と新たに接線をつなぎ、かつて「鋼鉄」の異名をとった金永煥を「クズ鉄」「変節漢」と罵倒し、李石基が委員長を務めた京畿南部など一部の地域委員会を基盤に党再建に血眼になった。摘発されたのはこの時期だ。

 民革党の全容は、公式には明らかにされていない。だが、同党関係者や左派運動家らの証言から、党員は100人規模、影響下にあったのは少なくとも数千人とするのが定説だ。党員のうち、「転向」したのは25人ほどに過ぎず、過半以上が潜ったままであり、それぞれかなりの活動家を擁しているとされる。

 こうした潜伏党員の中心にいるのが再建派の序列1位である河永沃、同2位の李石基だ。消息を消している河は現在も、核心を表に出さない地下組織の特性を守り、非公開の組織で重責を担っているとするのが大方の見方だ。

 李石基も表舞台に立ってきたわけではない。その名が京畿東部連合の存在とともに知れ渡ったのは、昨年4月の第19代国会議員選挙で13議席(地域区7・比例代表6)に躍進した統合進歩党の内紛によってだ。

強力な裏組織京畿東部連合
 比例代表候補の党内競選(公認獲得選挙)で東部連合が露骨な不正を働き、党内はもちろん左派陣営でも無名に近い李石基を比例代表候補の2位に押し上げた。不正議員の除名をめぐって党内は激しく紛糾、除名は結局不発に終わった。「主体思想派は生き残り、統合進歩党は死んだ」との嘆きや憤りが左派系知識人に広がるなか、除名を要求したグループは離脱し、李石基らはそのまま居すわって、党を主思派の牙城にしたのだ。

 内紛の渦中に朝鮮日報(12年5月16日付)は、李石基の側近中の側近の証言としてこう報じた。「我々には職業的に選挙に出馬する人がいる一方で、裏で支援をし、理論的根拠をつくる人物がいる。李石基は10年余にわたって陰でサポートし、理論的根拠を示してきた。彼は服役後も信念を失わなかった。今回の選挙では内部決定に従い、彼を擁立した」

 捜査当局によれば李石基は5月12日の集会で「米帝国主義の古い両党秩序という体系を断ち切り、新しい認識の構図を下から築いて進歩政党をつくり、昨年の選挙で院内に橋頭堡を確保する戦略的構図のもと、大胆な革命の進出をした」と自画自賛している。

 血税による公的資金を受ける院内政党でありながら、統合進歩党は党の意思決定機関よりはるかに強い力を持つ裏組織・京畿東部連合によって操縦されてきたのである。同連合は京畿東部を名称にしていても、民革党再建派を中心に形成された旺盛な活動力を誇る全国ネットであり、今回問題となったROをも内包している。その最高実力者が李石基にほかならない。

■□
未整備な法規定
違憲政党の解散急務

 現行法では、大法院で李石基の有罪が確定しても、国会で除名案が可決されても、統合進歩党は公費を得ながら活動でき、所属議員の議員身分にも変化がない。失職する李石基は比例代表による当選であり、同じ主思派の次の候補順位者が繰り上げ当選するだけだ。彼の率いるROが利敵団体と規定されても、解散させる法規がない。事実、大法院から利敵団体との判決を受けた13団体のうち、5団体は同じ名称のまま全く同じ活動を続けている。

 こうした現状を踏まえ、政府当局は「違憲政党・団体への対策に関する特別作業班」を設置し、自由と民主主義の秩序を害する政党・団体への総合的な対策を打ち出す準備に着手した。統合進歩党の違憲性を見極め、同党の解散や所属議員に対する除名を検討するほか、利敵団体を一掃する方策を煮詰めるという。

 韓国憲法第8条4項は、「政党の目的又は活動が民主的基本秩序に違背するときは、政府は憲法裁判所にその解散を提訴することができ、政党は憲法裁判所の審判により解散される」と規定している。

 統合進歩党の解散決定には、内乱陰謀が李石基個人によるものか、党組織によるものか、ROと党の関係も含め焦点となるほか、解散時の所属議員に対する処遇問題もあって、時間がかかるとの見方がある。しかし、何より解散決定を優先すべきだとの声が強い。違憲政党の活動を停止させる仮処分もできる。

 憲法裁判所は、重要事案を「適時処理」する内部規定によって、国家や自治体に重大な損失を与えるか、社会に不必要な消耗を強いる場合などは迅速処理を原則とする。

 党解散を決定する場合、明文規定がなくとも議員職の喪失について判断することは可能との見解もある。ちなみに政党法は、類似の目的を持つ代替政党の結成を禁止している。

 特別作業班の緻密な準備を土台に、憲法を厳格に運用するのはもちろん、法整備をすることで統合進歩党をはじめ従北・利敵団体を解散に追い込み、政治中枢から従北勢力を一掃することへの期待は大きい。同じような政党・団体の再登場を困難にし、従北勢力に大きな打撃を与えるからだ。逆に言えば、不発に終われば従北勢力を一時的にせよ、勢いづかせるだろう。

■□
在日社会にも波及必至
憲法守る決意を新たに

 李石基の内乱陰謀事件は、大きく二つの理由から在日社会にも波紋を広げている。

 一つは、李石基が議員職を失えば、同党の内紛で比例代表候補が次々に辞退するか離党したため、繰り上げ当選するのは順位18番の在日同胞、康宗憲であることだ。

 彼が75年に摘発された「在日同胞留学生事件」で服役した際、獄中で肝胆相照らす仲になった釜山米国文化センター放火事件の主謀者・金鉉奨は、康宗憲を「北韓で密封教育を受け、主体思想で武装した南派スパイだ」と証言する。康は仮釈放で日本に戻ってからも、韓統連など在日従北組織を渡り歩いてきた。

 彼はまた、団員らが昨年4月の第19代国会議員選挙で、初めて在外国民選挙の投票に臨んだとき、民団などがセヌリ党に集票すべく広範囲な不正選挙を組織した、とのデマを記者会見で公然と流した。団員たちには、「そのような人物が国会議員になるのは絶対許せない」との憤りが再沸騰している。

 もう一つは、統合進歩党の要請を受け、韓統連などが「国情院による統合進歩党への公安弾圧に抗議し、公安弾圧と闘う統合進歩党に激励のメッセージを送ろう」などと在日同胞に呼びかけていることだ。

 韓統連は、「統一」の名の下に在日同胞の民族意識を悪用してきた従北団体である。「朴政権と国情院が、危機から脱出するために、闘いの先頭に立つ進歩民主勢力に対して事件をねつ造し公安弾圧に乗り出した」という言い分にもカビが生えている。だが、康宗憲を国会に押し込むために懸命だ。

 在日同胞も、李石基らによる内乱陰謀事件と内外の従北勢力の帰趨からは目が離せない。韓国は、従北勢力に余りにも猶予を与えすぎた。民団も憲法精神の守護・貫徹を期す決意を新たにするときにある。
(2013.9.25 民団新聞)
http://www.mindan.org/shinbun/news_bk_view.php?corner=4&subpage=3896 

25
韓統連の抗議文 http://korea-htr.org/20131125.pdf(pdf注意)

韓統連と関係のある方といえば
韓国民主化運動と辻元清美 
橋下市長と慰安婦会見すると言って逃亡した方清子さんも
良い朝鮮人は存在するか? 南北ズブズブの在日朝鮮人

李石基議員、北挑発時の報復範囲と在日米軍参加資料も要求

 内乱陰謀などの容疑を受けている統合進歩党の李石基(イ・ソッキ)議員が、所属国会常任委員会の未来創造科学放送通信委員会とは関係がない軍事秘密資料などを国防部に要求してきたことが明らかになった。 

 中央日報が3日に入手した李議員の「非所管部処対象資料要求現況」によると、李議員は昨年6月から先月まで国防部など10部処に計84件の資料を要求した。このうち在韓米軍・軍施設・軍事計画など軍事問題に関する資料が46件(54.8%)にのぼった。李議員が要求した資料には、軍事機密に分類され、敵軍に知られてはならないものも含まれていた。 

 代表的なのが2級秘密の「韓米共同局地挑発対応計画」だ。李議員は北朝鮮の挑発レベルが高まった4月、国防部に対し▼計画の写本と内訳および北朝鮮の局地挑発時、挑発原点、挑発支援勢力、その指揮勢力まで報復する内容が含まれているかどうか(指揮勢力に関する具体的な範囲) ▼計画に基づき参加する在日米軍の範囲(在日米軍全体参加の可能性など)などを提出するよう求めた。韓米連合軍が北朝鮮の局地挑発にどう対応するのか、北朝鮮のどのラインまで打撃するのか尋ねたのだ。 

 また李議員は、米軍のB-52戦略爆撃機が韓半島上空を飛行して北朝鮮の強い反発を招いた3月、トクスリ演習とキー・リゾルブ演習に関する資料(キー・リゾルブ、トクスリ演習作戦計画の写本と範囲、韓国政府が米国側に原子力空母の参加を要請した内訳および米国側の答弁、空母不参加の理由など)も要求した。 

 さらに▼韓半島緊急事態での自衛隊の海路確保▼韓日米軍事協調▼米国政府と韓日軍事情報保護協定に関して協議した内容も入手しようとした。李議員が要求した日本自衛隊や在日米軍などの資料を確保すれば、有事の際、米軍がどのように韓半島に進入するか把握できる。 

 これに関し、金寛鎮(キム・グァンジン)国防部長官は3日、国会国防委に出席し、「敏感な資料や秘密が伴う内容には一切答えなかった」と明らかにした。また国防部は「別の統合進歩党議員から地雷防御車両の配置を含む約40件の資料提出要求があったが、公開が可能な資料だけ提出した」と説明した。地雷防御車両が集中配置された位置が把握されれば、前方部隊に埋設された地雷の位置が明らかになる。 

 李議員の要求目録には京畿道平沢に関する内容もあった。李議員に対する逮捕同意要求書によると、平沢は李議員が率いるRO(革命組織)が有事の際の国家基幹施設打撃のために事前の準備をしたところだ。李議員は企画財政部に対し、平沢駅・平沢港産業鉄道事業と平沢烏山空軍基地第2滑走路建設の予備妥当性調査の結果を要求したが、拒否された。 

 このほか▼米ボーイング社のアパッチガーディアン(AH-64E)など武器の導入▼在韓米軍の規模と米国基地移転施設事業設計変更現況および計画--なども要求の内訳に含まれていた。中央日報2013.9.4
http://japanese.joins.com/article/744/175744.html 

(やっぱり特定秘密保護法案必要ですね)



実録!北朝鮮製「覚醒剤」密輸事件 宮塚利雄(山梨学院大学経営情報学部教授)
こちらの記事から

p101~103
温泉津港「元朝鮮学校教員主犯」事件

 こうした密輸事件は、2000年2月5日、島根県温泉津(ゆのつ)港でも起きている。この日の未明、捜査当局は港に停泊中の漁船「栄福丸」から約250キロの覚醒剤を押収した。覚醒剤は、1キロずつポリ袋に小分けされた状態で、発砲スチロール製の鮮魚を入れる箱、通称「トロ箱」38個にぎっしりと詰まっていた。白い粉を白い発砲スチロール製の鮮魚を入れると、見破られにくいという。しかしこのときも、事前に捜査当局に情報が漏れていた。簡単に摘発されてしまったのは、そのためである。

 栄福丸に乗り組んでいた容疑者の証言では、「北朝鮮了解の指定された場所に到着すると、古くて汚い船が迎えに来ていて先導されて接岸した」という。さらに「陸には覚醒剤の詰まったトロ箱が山積みされており、作業着姿の数人が船に積み込んだ。そばにはきちんとした身なりの人もおり、日本語を話せる人が応対してくれた」という。栄福丸が接岸を指定された場所は「北緯39度10分、東経127度33分」であったが、これは前期の南浦とは反対の東海岸側、北朝鮮の元山港付近である。

 元山港は、日本人や在日朝鮮人にはお馴染みの港である。現在は元山港と新潟港との間を準定期貨客船「万景峰(マンギョンボン)92号」が就航しており、私は92年の7月にこの元山港から北朝鮮に入国したが、そのとき印象に残ったのは、港の大きさと港に出入りする船の多さであった。人目につきやすい環境のはずだが、温泉津港の事件では「帽子を被り軍服のような姿の男もいた」という証言も出ていたので、覚醒剤の船積み作業は、意外にも白昼堂々と行われていたのかもしれない。

 また、この事件が特徴的だったのは、北朝鮮と日本の暴力団とを繋いだ在日朝鮮人経営の貿易会社「サンコーインターナショナル」(以下、サンコー)が、朝鮮総聯の民族教育機関である朝鮮学校の元教員らによって運営されていたことだった。

 捜査当局は、下関市にあるサンコーの銀行口座に、国内の覚醒剤密輸組織のメンバーである下出健三という男の名義で、数回に分け、事件前に約2900万円が振り込まれていたことをつかんだ。そして、サンコー専務の李漢相(イハンサン・38歳、下関上田中町)を覚醒剤取締法違反(所持幇助、のちに密輸入容疑となる)で逮捕している。

 サンコーは、表向きは北朝鮮からの海産物の輸入や自動車の輸出などを手がけていた。捜査当局によると、そのサンコーが入居するビルに、2000年1月下旬、下出らが頻繁に出入りしていたという。また、サンコー代表の曹奎聖(チョギュソン)は、99年、北京やロシアへ頻繁に渡っており、そこを経由して北朝鮮へ入国していたという情報もある。

 下出らは、曹が覚醒剤の取引相手の船に同乗するなどし、連絡役だったと証言。捜査当局は3月17日までに、曹を事件の首謀者として全国に指名手配したが、2000年1月に北京へ出国していたことが確認されたのち、足取りはいまだにつかめていないという。ちなみに曹は、サンコーを立ち上げる以前、下関朝鮮初中級学校の教員をしており、同校の校長を務めた経歴がある

 曹らによる覚醒剤密輸では、おおよそ次のような方法が取られたとみられる。

 まず、サンコーと交友のある暴力団から覚醒剤を受注し、中国かロシア経由で北朝鮮に曹が直接入国。現地の製造元に接触したうえで、下出らのような日本の”業者”を北朝鮮領海に呼び寄せて瀬取りし、日本に陸揚げした後に暴力団に引き渡すー。

 北朝鮮製覚醒剤の密輸は、発注側である日本の暴力団の各組ごとに異なるルートがあるともいわれる。曹のような在日朝鮮人が関わるケース以外には、日本の暴力団が韓国人マフィアに発注し、その韓国人マフィアが中国人密輸ブローカーに接触、中国人ブローカーが、公然と覚醒剤製造を行う北朝鮮側へ注文を取り次ぐ方法もあるという。

 あらゆる種類の人間が多様なルートを形成しているために、一度に大量の覚せい剤を押収したとしても、また別のルートから大量に密輸されてしまうのである。


p104 
覚醒剤密売ブローカー、曹奎聖の素顔 木場倉大介(フリーライター)
 本文中でも指摘されているように、島根県の温泉津港で起こった北朝鮮製覚醒剤の密輸事件には、元朝鮮学校の教員、曹奎聖(チョギュソン)が関係していた。曹は国外に逃れたまま消息を絶っているが、朝鮮初中級学校時代に、曹の教え子だった福田圭成さん(仮名)は、当時をこう振り返る。

 「私が曹先生に教えてもらったのは、中学課程のときでした。そのころは教諭として『世界地理』などの科目を受け持たれていましたが、気さくで生徒にウケのよい先生でしたよ。私が下関朝鮮高級学校へ進学した後、曹先生は初中級学校の校長に昇進しましたが、私たち卒業生とも幾度か食事を一緒にするなど、教え子思いなところはヒラの教諭のときから一貫して変わらない人でした」

 福田さんは朝鮮高級学校卒業後、朝銀山口(現、朝銀西)に就職。97年に朝銀を辞めて下関市内で卸業を手がけ始めたが、転職に際しては、なかなか気持ちの整理がつかなかったという。ちょうど、身の振り方をどうするか悩んでいたとき、福田さんは市内で偶然、曹と出会った。

 福田さんが続ける。
 「朝銀を辞める前の96年、ボロボロの国産車に若い男性を乗せた曹先生を偶然に見かけ、転職について相談してみました。曹先生は『困ったことがあったら、いつでも相談に来るように』とおっしゃって、名刺をくれたのですが、曹先生の肩書きは『サンコーインターナショナル』という貿易会社の社長になっていました。同乗者が専務の李漢相(イハンサン)だということも、そのときに知りました。幸い私は、曹先生の手を煩わすことなく転職できたのですが、驚いたのは数ヵ月後、再び下関市内で今度はピカピカのオペルの新車に載っている曹先生を見かけたのです。今思うと、そのころに覚醒剤の密輸を始めたのかもしれません」

 朝鮮初中級学校の教員だったころ、曹は下関市内の東向山町にある在日朝鮮人が多い地域の長屋に住んでいたというが、このころになると住所も変わっていた。また、教員時代はほとんど近寄らなかった豊前田(ぶぜんだ)町という繁華街にも夜ごと通うようになった。

 福田さんによれば、現在40歳くらいになるスナックのママを愛人にし、三歳ほどになる隠し子もいるらしい。このころから、曹は暴力団関係者ともつきあい始めたようだ。

 福田さんが続ける。
 「曹先生とサンコー専務だった李が急に羽振りがよくなったためか、96年の初夏ごろ、夜の豊前田町で、李が地元のヤクザ2~3人に因縁をつけられたことがありました。そのとき、李が携帯電話で何者かと連絡を取ると、下関では見たことがない、いかついヤクザ風の男が数人現れ、地元のヤクザをのしてしまったのです。それ以来、曹先生たちは、前にもまして豊前田町で幅を利かせるようになりました」


立派な先生ですねえ
いや、覚醒剤密輸は北朝鮮の国家事業だから
エリートなのかも
曹奎聖(覚醒剤)
人権侵害者達 

参考
北朝鮮の覚醒剤 
北朝鮮の覚醒剤2 元工作員の証言 

なでしこ優勝の陰の功労者、在日企業家・文弘宣氏
【神戸聯合ニュース】日本全域が先月、サッカー女子代表「なでしこジャパン」のワールドカップ(W杯)優勝に沸いたが、その陰に在日同胞の企業家の功労があったことはあまり知られていない。

 その企業家とは、日本女子サッカークラブ「INAC神戸レオネッサ」の会長、文弘宣(ムン・ホンソン)さん(60)だ。慶尚南道・昌寧を故郷とする在日2世の文会長が創立し、育てたこのクラブは、日本女子代表チームの主将でW杯の得点王(5点)、最優秀選手(MVP)を獲得した沢穂希(32)をはじめ、代表選手7人が所属している。1月の全日本女子サッカー選手権大会で優勝し、1チーム当たり年間16試合を戦う日本女子サッカー1部リーグ(なでしこリーグ)で前半期8連勝を達成した最強チームだ。韓国代表のチ・ソヨン(20)、クォン・ウンソム(20)も所属している。
文弘宣
 現在、不動産、情報通信(IT)、外食産業などを手掛けるアスコホールディングスの会長を務める文会長は、2001年にスポーツビジネスの一環として女子サッカークラブを作った。

 最初は男子のサッカークラブを作ろうとしたが、選手集めが難しいため女子サッカーに目を向けたところ、運動したくても行き場がなく、困っていた選手らが集まったという。

 創立翌年の2002年に地域の3部リーグで優勝したのを皮切りに、2003年には地域2部リーグ、2004年には地域1部リーグでそれぞれ優勝を果たした。2005年には日本女子サッカー2部リーグで優勝し、翌年に1部リーグに昇格した。

 文会長は2006年から、大胆な「実験」を始めた。選手がサッカーに打ち込めるよう、全員をグループ企業で雇用して社業を免除し、月給を支払うというものだ。アマチュアリーグの日本女子サッカーリーグでは、こうしたシステムを取っているのは今でもINAC神戸だけだ。

 「女子サッカーにつぎ込んだ金額が10年間でどれほどになるのかと聞かれたことがありますが、およそ15億円になると思います」と、文会長。だからといって、慈善事業をしているわけではない。目先の利益を見るのではなく、長期目標を立てて投資しただけだ。

 文会長は「いつかINAC神戸を独立採算制で運営したい」とし、W杯の優勝でその芽が見えてきたと話した。それまでは女子サッカーの後援要請を門前払いしていた日本の大企業が、国民のヒロインとなった選手らのユニフォームに自社の名前を入れようと、列をなすようになったという。昨年は1試合当たり800人だった観客数は、今月6日のリーグ第8戦では2万4500人に増えた。

 文会長は在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系の朝鮮学校、朝鮮大学校を卒業し、北朝鮮と合営事業を行っていた。だが、1990年代初めに事実上、これを奪われたことから、北朝鮮に幻滅し5~6年前に韓国国籍を取得した。そんな同氏の願いは、祖国の女子サッカー発展にも寄与することだ。

 イ・ジンファ(24)、チ・ソヨン、クォン・ウンソムらを相次ぎスカウトしたり、費用を負担して韓国の女子中高生3人を日本に呼び、トレーニングに参加させたりしたのもそのためだ。10~14日には、韓国で開かれる韓国、中国、日本、ガーナによるサッカー親善大会に参加する予定だ。

 「韓国の女子サッカー代表も、五輪やW杯で優勝する日が必ず来る」と、文会長は明言する。どんな分野であれ、10年以上先を見越して投資する在日事業家の目は、いつしか韓国と日本が競い合い、世界の女子サッカーを率いていく未来に向けられていた。聯合ニュース2011.8.8
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2011/08/08/0200000000AJP20110808002500882.HTML 


<在日社会>在日新世紀・新たな座標軸を求めて①       
新しい民族学校建設にかける 文 弘宣さん
文弘宣2
 世代交代が加速し、個人、組織とも大きく変化しつつある在日社会。そんな中、在日の新たな座標軸をどこに見出せばよいのだろうか。今号から「在日の新たな座標軸を求めて」と題して、各界の在日インタビューを掲載する。第1回目は、大阪に新しく出来るコリア国際学園の常務理事を務める文弘宣さんに、同校の目指すものなど聞いた。

 これまでの民族学校の枠を超えた、国際化社会に役立つ人材を育てる新しい国際学校、「境界をまたぐ越境人の育成」がコリア国際学園(KIS)①の理念だ。在日の詩人、金時鐘さんが学園長、姜尚中・東京大学教授が理事長を務めるなど、在日の識者・文化人が学校運営に多数加わっている。そのKISの運営面を担当するのが文弘宣さんで、資金援助を行う在日企業人をまとめる役割も担っている。

 「KISは21世紀型の人材育成を目指している。経済人の立場から言うと、世界に通じる経済人を育成することになるだろうか。ソフトバンクの孫正義さんのような企業家や文化人、知識人など世界で活躍する人材を育てたい。それが一番の願いだ。コリア語、英語、数学には特に力を入れる。学校は明るく楽しく、授業は厳しくを基本にしたい。遠方からの入園希望者のために30~40人前後の寮も用意したい。既存の民族学校とは対抗するわけではない。いい意味で棲み分けができればと思っている。将来的には民族学校の統合があるかもしれないが、どんな形になるにしても、在日の優秀な人材輩出に貢献したいと願っている」

 学校設立の話が具体化したのは2004年。文さんら在日の識者、経済人有志の集まりで、3、4世向けの新しい学校教育の必要性が論議されたのがきっかけだ。

 「在日の新しい未来に向けどんなチャレンジが必要かという中で、学校設立の話になり、次第に賛同者が増えていった。学校運営には莫大な経費がかかると危惧する声もあったが、企業運営のノウハウを取り入れれば大丈夫と確信していたので、自ら運営を受け持つことにした。賛同してくれる在日企業1社あたり、設立資金として2000万円、運営費として年間100~200万円のカンパを目標にしている。そういう企業を30社ほど集めれば大丈夫だ。いま14社が集まっている。学生数は最終的には420人を目標にしているが、経費が年間1億8000万円かかるとして、3年間は赤字でも4年目に黒字を見込んでいる」

 「一条校になれば日本政府の補助が出るが、カリキュラムが制限を受ける。『韓国政府に支援を頼んでは』との助言もあったが、それも自主性を失う可能性がある。まず在日の力だけで運営をしたいと考えている」

 文さんの父は朝鮮総連系の大物商工人だった文東建②さん。日朝合作の学術映画『騎馬民族国家』の製作に貢献したことでも知られているが、87年に亡くなった。文さんは会社経営を引き継ぐ一方、総連系の商工会に所属し積極的に活動していたが、次第に意見の違いが鮮明化していく。

 「中国は改革・開放政策を成功させたが、その初期段階は華僑が95%投資していた。北朝鮮でも80年代半ばに経済改革の動きがあり、合弁法を作り、在日経済人の投資を受け入れた。私は他の在日商工人と一緒に合弁法設立に協力し、87年には北朝鮮に約2万6000平方㍍の生糸工場を建設した。生糸は韓国経由で日本に輸出され、利益をあげたが、工場の運営などで北に多くの問題が生じ、94年に放棄することになってしまった。在日商工人を華僑のように迎え入れ、改革を本格化していれば、今ごろは経済が順調だったかもしれないのに残念だ」

 「また兵庫朝鮮商工会の副会長をしていたが、ここでも納得できないことが多く、2003年に脱会し、新たに設立された中間法人兵庫商工協同組合(税務相談などを行う民族系商工会、現在は80社ほど加盟している)に加盟した。情報公開をきちんと行わないと、いまの在日商工人は納得しない。組織の活動家はそれを肝に銘じてほしい」

 学校設立に奔走する一方で、神戸の女子サッカーチーム「アイナック レオネッサ」の会長も務めている。同チームは2004年関西1部リーグで優勝。2006年からLリーグ1部に所属した。今期は現在まで5位。8月下旬には上海で韓国、中国の女子チームとの合同キャンプも行った。

 「チームを持ったのは2001年。日本社会への恩返しのため、そしてスポーツ文化への貢献を考えて活動してきた。NPO法人アイナックを立ち上げて、関西地域の企業100社の共同運営にしたことで、各企業のスポーツへの関心も高まってきた。今後は東アジアのスポーツ交流にも尽力したい。上海での合同キャンプはその一環だ」

 在日の若者にどう生きてほしいか、最後に伺った。

 「どこの国に住み、どんな国籍を取っても、常にコリアンであることを自覚してほしい。21世紀に入り、在日社会も変化している中、在日の世界にこもらず、活動領域を広めて、大きな夢を持ってもらいたい。民族的アイデンティティーを保ちながら、世界で活躍する人材になる。これが私、そしてKISの願いだ」東洋経済日報2007.9.7
http://www.toyo-keizai.co.jp/news/society/2007/post_528.php 

①コリア国際学園
ゆとり教育の寺脇研と朝鮮 
ワンコリアフェスティバル、コリアNGOセンターと繋がってるということですか

朝鮮総連系の大物商工人だった文東建
この人がなでしこジャパンに関わっているのはとんでもない話だ
というのも北朝鮮の密輸の話から文弘宣氏に辿りついたから
北朝鮮の覚醒剤2 元工作員の証言
陰の功労者どころか陰そのものではないのか


【連載】総連のメディア攻撃4―元・現代コリア研究所所長 佐藤勝巳 回想記53 
北朝鮮の悲惨な現実を報道 直後に総連関係者から出版社に抗議殺到

 総聯は、日本の民主主義の根幹をなす「言論の自由」に攻撃を加えてきた。「週刊朝日」はラングーン事件③に関連し、工作員3名を運んだ船が総聯傘下の朝鮮商工会兵庫県の文東建会長(後の総聯副議長)が寄贈したものであることを1983年11月4日号で報道した。文氏は「そんな事実はない」と週刊朝日を名誉毀損で神戸地裁に訴えた。

 訴えられた週刊朝日は、証拠固めのため朝研に取材にきた。「朝鮮商工新聞」を倉庫の中から引き出し、文氏の手記を見つけた。文氏は「文建愛国号」という船の名付け親が金日成と知って、感激のあまり涙を流したと書いていた。それに対して文氏は、朝鮮商工新聞の記者が勝手に書いたものと法廷で答えた直後、病気で死亡した。

 話はそれるが、文氏は船舶寄贈直後、金日成と2人で写真を撮ることが許された。その写真が日本語宣伝誌『今日の朝鮮』(1976年4月号と記憶している)に掲載された。

 総聯社会に衝撃が走った。当時総聯のトップだった韓徳銖議長④も金日成と2人で写真を撮ることはできなかった。文氏は写真を等身大に引き伸ばし、自宅の玄関内に、兵庫県商工会の事務所に、権威誇示のために展示していた(当時の総聯活動家の話)。総聯大衆は、思想性よりカネの方が重視されることを知った。これを契機に、総聯大衆は北にカンパをして、自分の肉親らを平壌に住まわせ、または有利な地位につかせるため、労働党幹部との取り引きを始めた歴史的事件であった。

 1984年4月10日発売の『週刊朝日』は、「感動のドラマ25年後の現実 ついに在日肉親が語り始めた北朝鮮帰国者10万人の“絶望"」というタイトルで6ページにわたり、北朝鮮の悲惨な現実を大々的に報道した。発売翌日の4月11日午後3時を期して、朝日新聞東京、西日本、大阪、名古屋各本社に電話抗議が始まった。他方、4月12日から19日までの8日間、東京本社には多い時で200人、平均100人の抗議団が押しかけた

 抗議の中身は、報道が著しく「事実と相違する」ということと、記事の中で金元祚著『凍土の共和国』を一部引用したが、同書は韓国情報部(KCIA)のでっち上げであるから、記事を取り消し、謝罪せよ、という不埒な言論干渉であった。

 思想が相対的に右の人たちの中には、朝日新聞というと「北の手先」のように言う人がいるが、84年春の段階で、6ページにわたって北と総聯のでたらめさ加減を報道したメディアは、週刊朝日以外なかった。しかしどこの報道機関も総聯の抗議に恐れをなして、週刊朝日が総聯から不当な抗議を受けているという事実を、「現代コリア」を例外として報じなかった。朝日新聞も黙った。

 私は、当時の週刊朝日を高く評価している。担当記者たちは体を張って取材をしていた。あのころの記者たちには志があった。われわれが瞳のように守らなければならない「言論の自由」が抗議という名の「暴力」に脅かされているとき、日本の報道機関は戦おうとしなかった。極めて深刻な問題である。

 その頃『凍土の共和国』の著者が「解説」を書いた私に会いたいといってきたが断った。理由は、会うとどこかで著者のことを話してしまうかもしれないという懸念からだった。もし私の言葉から著者が特定されたら、彼は間違いなく消されていた。

 だが、金元祚氏の著書は日本のメディア(週刊朝日)を動かした。その一方で、家庭内では金元祚氏の目の前で朝鮮高校に通う孫娘が、「韓国情報部のでっち上げだ」と朝日新聞に抗議の電話を掛けていたという。著者は耐えられず外に出て耳を塞ぐという悲劇に直面した。

 韓半島は、日本に最も近い国であるが、歴史と置かれている環境が違えば想像さえできない現実があることを『凍土の共和国』の出版に関与して改めて教えられた。日本の価値観で量ってはならないのだ。統一日報2013.4.10
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=72884


総連のメディア攻撃5―元・現代コリア研究所所長 佐藤勝巳 回想記54 

国家予算上回る額を集めた金日成

 この原稿を書くためインターネットを調べていたら、佐藤勝巳がとんでもない「反共・反朝鮮」として描かれていることを知った。核戦争も辞さずと話す北朝鮮やそれに同調する総聯を批判し、悪口をいわれている私の言動は、間違いでなかったと思っている。

 総聯中央本部の土地建物を落札した池口恵観氏は、北から勲章をもらっているそうだが、彼は日本国民から危険視、警戒されることは間違いない。他方、総聯はあの建物を借りずに、東京文京区白山の出版会館に移転すると下部組織に通達したという。私と北朝鮮・総聯との戦いは核、拉致などをめぐって、延々と続くのである。

 前に触れた兵庫の文東建氏だが、どんなに愛国心や金日成を崇拝してもカネがなかったら5000トンの貨客船を寄付することはできない。1987年には東海商事の社長で、不動産業を営んでいた安商宅氏が50億円を北に寄付し、平壌の牡丹峰に「安商宅通り」ができた。

 確かに当時はバブルの最中であったが、どうして50億円という天文学的数字のカンパが可能なのかという疑問を持ち、総聯関係者を取材した。文東建氏が船をカンパしてから、「彼が北から輸入する蟹や松茸などの価格は、ほかの業者より2割ほど安い。その利益の一部を金日成などにカンパする。カンパがビジネスなのだ」と兵庫県の総聯役員から聞いた。北の党幹部は、国家の財産を安く文氏に売って、文氏は儲けの一部を党幹部に還元する。これは泥棒の山分けだ。あの国は潰れると確信した。

 税金について別の商工人にたずねた。「信用組合は都道府県知事の許認可事項である(今は違う)から、異なる県に預金を転がすとカネの流れが分からなくなるという。全国の朝鮮信用組合(朝銀)は、独立した金融機関に見えるが、すべてオーナーは総聯(経済局)である。各県の朝銀を使えば、収入を隠し脱税できる。朝銀は脱税のためにあるのだ」と驚くべき事実が分かった。

 総聯系在日商工人は税金を納めず、それを北へのカンパに充てたのである。朝銀は大口カンパ者に対し優先的に融資をする。 南北とも儒教精神の残滓から労働を蔑視する。特に、パチンコや金融など商業に携わる者は蔑視される。それが、カンパによって神様金日成と2人で写真を撮ることが許される。金日成は、商工人の劣等感を利用して在日からカネを集めたのである。

 私がこの送金問題を取り上げたのは1992年の「現代コリア」1月号。タイトルは「金日成政権に核保有を許してはならない」―日本政府への提言―という、原稿用紙26枚の記事の中である。

 在日朝鮮人が北朝鮮に持ち込むカネは、当時年間600億円。北の1万ウォンが7500円として仮算すると、450億ウォンとなる。1990年の北朝鮮の国家予算は350億ウォン。在日朝鮮人の持ち込む円の方がはるかに多い。日本政府は、核開発を止めるため総聯系在日朝鮮人の北への渡航を止めるべきだ、と提案した。その後「文藝春秋」(93年5月号)から原稿依頼があり、その中でも送金問題に触れた。

 しかし、日本国内からは反応がなかった。香港の「ファーイースタンエコノミーレビュー」(93年7月29日)が送金の箇所だけ翻訳掲載した。それがアメリカ人の目に触れた。

 まず、ウォールストリートジャーナルが、核開発をやっている北に、アメリカの同盟国日本から年間600億円もの資金が流れている。こんな日本をアメリカの青年が血を流して護る必要があるのか、という趣旨の厳しい指摘がなされた。

 米国の行政機関は、日本のカウンターパートに数字の確認を一斉に求めてきた。それで初めて送金問題が日本政府内で問題化した。米国が問題にしないと自らの判断で対処できない政府とメデァの体質は深刻で、頭上で原爆がさく裂しないと騒ぎにはならないのかと、私は当時本気で思った。統一日報2013.4.17
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=72937

【wiki】ラングーン事件
ラングーン事件(ラングーンじけん)は、1983年にビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)で発生したテロ事件。「ラングーン爆破テロ事件」、「アウン・サン廟爆破事件」などとも呼ばれる。

東健号(東建愛国号)問題 
北朝鮮軍特殊工作員兵士3名をビルマに送り込んだ東健号は朝鮮総連に所属する兵庫県商工会会長文東建が日本の高知県で建造し昭和51年(1976年)に北朝鮮本国に寄贈し、金日成から直接に「東建愛国号」と名付けられた貨物船である。 この寄贈により文東建は北朝鮮最高勲章の一つである金日成勲章を授章し、後に全演植(モランボン創業者)と共に在日商工人から初の朝鮮総連副議長となった。当時、朝鮮総連議長ですら成し得なかった金日成と文東建のツーショット写真が北朝鮮の日本語宣伝雑誌に掲載され在日朝鮮人社会に大きな衝撃を与えると共に、それが金の力で地位を買えるという事実を知らしめる結果となって日本国内から北朝鮮の軍事独裁体制を支え続ける送金の始まりとなった。 ラングーン事件が起きた後に『週刊朝日』1983年11月4日号が兵士をビルマに運んだ船が文東建の寄贈船と報じると、文東建は「そんな事実は無い」と否定し、週刊朝日を名誉毀損で神戸地裁に訴えたが、裁判開始直後に文は死亡し裁判はうやむやになった。 

韓徳銖議長
北朝鮮帰国問題の背景1 帰国運動の目的 

ラングーン事件1
http://www.chosunonline.com/svc/view.html?contid=2012102100042&no=0

参考
モランボンは北朝鮮企業 
ジンギスカンだるま 脱税&不正送金&北朝鮮から勲章 

北朝鮮帰国問題の背景1 帰国運動の目的 続き


序文・北朝鮮帰国問題の背景ー青山健煕はなぜ北朝鮮に帰ったのか 佐藤勝巳(現代コリア研究所所長)
p13~17
3.「人質」になった帰国者

 再度いうが、新潟港から北朝鮮への帰国第一船が清津港に向けて出港したのは1959年12月14日である。
 当時の時代的背景は、日本では60年安保闘争の前夜であり、戦後の日本社会党・日本共産党を軸とする反体制運動の絶頂期を迎えたときである。
 国際共産主義運動は水面下でソ・中の主導権争いが発生していたが一応表面的には一枚岩ということで押せ押せムードであった。

 今では信じられないことであるが、岩波書店の雑誌『世界』が、言論界で支配的な地位を占めていた「進歩派にあらずば人にあらず」という社会的雰囲気のあった時代である。
 したがって在日朝鮮人も日本のこのような雰囲気に強い影響を受けていた。総聯は朝鮮労働党・金日成に指導されてできた団体であるから、幹部はいうまでもなく「社会主義こそわが命」と思っていた人たちである。北朝鮮「地上の楽園」説を容易に信用する(騙される)思想状況にあったのだ。

 朝鮮半島の分化は、個人・国家を問わず対等の関係はなく、必ず上か下かである。共産主義者は、社会主義は資本主義よりはるかに進んだ社会と位置づけていた。だから北朝鮮に永住帰国すると日本の上になれる。統一後は韓国の指導者にもなれるという思惑が一部の人にあったと思う。

 今一つ、1960年3月、韓国では大統領選挙の不正投票など李承晩政権に対する学生などの不満が頂点に達し、大規模なデモがソウルに発生、4月下旬李承晩大統領を辞任に追い込んでいた。
 日本の進歩派も、在日朝鮮人たちも北朝鮮のイニシアチブで「朝鮮統一近し」と思うようになっていた。

 しかし、冷静に考えれば、北朝鮮は、朝鮮戦争で都市も農村も米軍の爆撃で瓦礫と化し、全ての面で大きなダメージを受けていた。戦争が終わって僅か6年しか経っていないのに帰国する在日朝鮮人は北朝鮮に「楽園」が出現したという宣伝を信じたのである。
 もちろん少数ではあるが、困難を覚悟して社会主義国家建設に参加した帰国者もいたと思われる。しかし、圧倒的多くは本当に彼の地に「楽園」があると思って帰国したのだ。私は、新潟で日朝協会新潟県連事務局長としてこの目で4年間それを見てきた。
 共産主義というマインドコントロールがいかに恐ろしいものかということであろう。

 当時の在日韓国・朝鮮人人口は約60万。外国人登録を見ると、1955年頃で、韓国籍は13万人程度で残りの50万弱は「朝鮮」である。
 外国人登録証国籍欄に「朝鮮」と記載されている人が必ずしも北朝鮮を支持しているわけではないが、それにしても韓国支持は、在日韓国・朝鮮人中の20%程度であった。
 だが、圧倒的多数であった北朝鮮支持と目される在日朝鮮人50万人のなかで北朝鮮に永住帰国した人数は9万3千人。約20%に過ぎなかったのだ。

 時々帰国理由を日本に朝鮮人差別があったからだと書く人を見かけるが、この数字からすると、帰国の原因を民族差別に求めることは明らかな間違いである。
 また、私は、今まで総聯系在日朝鮮人は社会主義幻想にとらわれ、北朝鮮に永住帰国したと書いたが、正確にいうと幻想に冒されていたのは、帰国者だけであって、帰国しなかった40万人の人たちは北朝鮮「地上の楽園」説に疑問を持っていたと思われる。
 
 以上のことからいえることは、在日朝鮮人の北朝鮮への永住帰国は、同じ在日という環境にありながら、帰国した人とそうでない人がいたということである。民族差別のせいでも、社会主義幻想のせいでもない。帰国した人たちの主体的選択であって、人のせいにはできない問題である。
 騙したものが一番悪いのだが、騙される方にも責任はあることを明白に指摘しておかなければならない。

 とはいっても事態はそれほど単純ではない。関係者周知のように、北朝鮮の金日成父子政権は、帰国した朝鮮人を「人質」として、帰国しなかった在日朝鮮人から「祖国統一事業」だとか、「金日成60歳誕生祝い」とかいろいろな理由をつけてカンパという名の収奪を始めた。

 問題は、この金父子政権の要求するカンパに諾々と応じて来た在日朝鮮人をどう評価するかである。帰国した朝鮮人は、本書を見てもわかるように人生を目茶目茶にされ、文句を言った帰国者は間違っても生きては帰れない政治犯強制収容所にぶち込まれた。
 それなのに在日の商工人たちは、バブル期には毎日のようにゴルフ三昧に耽っていた。他方、日本に税金を納めないでそのカネを金父子にカンパし、肉親がピョンヤンに住めるようにしたりもしている。

 それだけではなく、金父子政権は在日朝鮮人のカンパで核ミサイル開発をし、1998年8月には三陸沖にミサイルを撃ち込んできた。
 それを見た総聯の商工人の一部から「自分たちがカンパしたカネでミサイルができたら在日の頭の上に打ち込んできた。冗談ではない」という話が伝わってきたが、ミサイルを撃ち込まれるまで気がつかなかったということらしいが、「冗談ではない」というのは日本人である私のいう台詞である。

 金日正政権が倒れて、国民から糾弾されるようになれば総聯の幹部及び商工人たちは、金日正政権と同じく北朝鮮全国民から糾弾されることは免れない。その責任は極めて重大であることをいまからはっきりと指摘しておく。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

お互いがお互いを毟りあうおぞましい人達

という感想を抱いてしまうがお許しいただきたい....
数年前にこの本を読んでも「どこまで本当なのか」と半信半疑だっただろうが
民主党政権を経た今となってはこれは本当だと思わざるを得ない
赤松口蹄疫
これを民族性に帰結していいのか思想性に帰結していいのか自分にはよく分からないが
こんな人達が「 <;`д´>日本軍の過去の侵略の謝罪と賠償ー」「 <;`д´>日本人の差別ガー」と言ってるのだからどんなブラックジョークなのかと
ジュネーブ・オモニ代表団2
http://chosonsinbo.com/jp/2013/05/0501sy/
前に置く空き缶をお忘れでは
人権侵害者達 

続き 
北朝鮮帰国問題の背景3 「帰国事業」に日本はどう関わったか

参考
北朝鮮帰国事業 
モランボンは北朝鮮企業 
ジンギスカンだるま 脱税&不正送金&北朝鮮から勲章 

ジンギスカンだるま不正送金

ススキノ超人気ジンギスカン店 経営者逮捕 本当の理由


北海道にある北朝鮮関連施設が、相次いで警察や検察の捜索を受けている。脱税などの所得税法違反の容疑だ。日朝間の緊張が高まるなか、北朝鮮関連の捜索が行われることは、もはや珍しくもないが、今回の捜索で異例なのは、捜索対象がグルメ雑誌にも紹介された有名ジンギスカン店で、経営者も逮捕されてしまったことだ。一体、どんな店だったのか。

札幌地検などは2007年2月5日午前、札幌の繁華街、ススキノにあるジンギスカン店「だるま」本店など約10ヶ所に対して所得税法違反の疑いで家宅捜索を行い、同店経営者の金和秀(66)、徐澄子(61)、李正愛(34)の各容疑者を同容疑で逮捕した。

脱税したカネが北朝鮮に送金された?
03年から05年にかけて、売り上げを過少申告し、所得税約1億7,000万円を脱税した疑い。さらに、金、徐両容疑者が、かつて在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)北海道本部の幹部を務めていたことから、地検は脱税分が北朝鮮に送金された可能性も視野に入れて捜査を進めている、とされている。

家宅捜索・逮捕を報じる各紙とも、「だるま」のことを一様に「雑誌に頻繁に紹介され、ジンギスカンブームの草分け」などと報じている。スポーツ報知は「U字形のカウンター約20席は、夕方の開店直後から客で埋まり、夜遅くまで行列が途絶えない」と、普段の店の様子を報じているほか、夕刊フジは、フードライターの話として「未明までやっているので、『これから一発』と精を付けたい好事家に人気だった」と伝えている。とは言っても、北海道関係者か「北海道通」でもないと、耳にしたことがない店名であるのも確かだ。

有名旅行ガイドブック「るるぶ札幌小樽 ‘07」の「札幌グルメ総覧」というコーナーの「ジンギスカン~マトン編」というページを開くと、この店が一番目立つ位置に出てくる。「1954年創業の人気店で締めスープをご堪能あれ」という見出しで、「食べ終わると、肉汁と野菜のエキスがたっぷりと染み込んだタレに、お茶を入れてスープにしてくれるのがこの店の楽しみ」と紹介している。ママさんの「並んで待っても食べて良かったと思ってもらえる店です。ぜひ来てくださいね」というコメントも添えられている(写真から、コメントしているのは、今回逮捕された容疑者と見られる)。

過去の報道を見てみても、同店の人気ぶりがうかがえる。

03年1月には、地元紙の北海道新聞が「探偵団がたどるジンギスカン物語」という連載を掲載、同店のことを「『札幌のジンギスカンならまずあの店』とだれもが口をそろえる老舗」と表現、人気の秘密は「創業から変わらないたれ」なのだと紹介されている。

客足は「多分、普段と変わらない」
さらに、デイリースポーツが03年に掲載した「懲りない編集長・安部譲二の なんだかんだ」というコラムでは、安部さんがデスクと会話する形で、
「札幌で食べるなら生ジンギスカンの店へ行きなさい」
「たいていはニュージーランド産の冷凍なの。でも『だるま』っていう店では生を食べさせるんだ」
「おう、一皿200グラムのを水戸泉は17皿食べたそうだ」
と、力士のエピソードも交えながら、「だるま」を絶賛している。

だるまが「名店」だとなると、捜索後、ちゃんと営業を続けてくれるかが気になるところだ。電話で聞いてみた。そうすると、返ってきたのは
「現在も、元々の(「るるぶ」に記載の)営業時間のとおり営業しておりますし、今後も変わる予定はありません」
との答えで、背後からは、なにやら忙しそうな厨房の音も聞こえていた。当分は、「美味しいマトン」を楽しめそうだ。客足については、
「多分、普段と変わらないと思います。ちょっとこっちでは、詳しいことは分かりませんけど…」 と、とまどった様子で話していた。

ちなみに同店、営業時間は17時~午前3時(金・土曜は17時~午前5時、日曜日は16時30分~午前1時)、肉がなくなり次第終了だそうだ。
j-castニュース2007.2.6
http://news.livedoor.com/article/detail/3016831/ 

総連系商工会幹部が否認 札幌、ジンギスカン店脱税事件
 札幌市の有名ジンギスカン店「だるま」を舞台にした脱税事件で、無資格で確定申告書を作成したとして税理士法違反の罪に問われた在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系の在日本朝鮮北海道札幌商工会幹部・河栄学被告(34)の初公判が24日、札幌地裁(坂田威一郎裁判官)であり、河被告は「作成を補助しただけで、違法行為ではない」と起訴事実を否認した。  検察側は冒頭陳述で「素人には運用困難な税務処理用コンピューターシステムを使って自ら所得税を計算し、確定申告書などを作成した。手数料1万円を徴収していた」と指摘した。  起訴状によると、河被告は2005年1月から06年3月にかけ、朝鮮総連北海道本部元幹部でジンギスカン店「だるま」の経営者金和秀被告(66)=所得税法違反罪で起訴=らに頼まれ、確定申告書6通を無資格で作成した。共同通信2007.4.24
http://www.47news.jp/CN/200704/CN2007042401000497.html 

【wiki】土台人 
不正輸出案件
北海道のジンギスカン店「だるま」経営者で朝鮮総連構成員の金和秀(金子秀和)とその妻による脱税事件。金和秀夫妻は、多額の金を北朝鮮に献金して祖国に貢献したと認められ、特別永住者としては異例の、北朝鮮の勲章「国旗勲章一級」を二度にわたり授与された

ジンギスカンだるまHP
http://best.miru-kuru.com/daruma/contents/history/ 
昭和29年=1954年 

モランボンもそうだけど
この人達はなぜ平気な顔をして日本にいるのだろう
北海道は特定失踪者が一番多い


安明進氏が書いた本の中に、めぐみさんは工作船の真っ暗な船倉に40時間以上閉じ込められ「お母さん、お母さん」と泣き叫びつづけ、北朝鮮に着いて出してみると壁を引っかきつづけたため指の爪が裂けて血だらけだった、という記述がある。それを読んだめぐみさんのお母さんは、悲しみではなく怒りがわいてきたと語っている。
「悪」に対する怒りを忘れた国は滅びるしかない。

西岡力『「拉致かコメか」売国の政治家列伝』文藝春秋2000年12月号

参考
モランボンは北朝鮮企業 脱税&不正送金&北朝鮮から勲章 
北朝鮮帰国事業 

6
【youtube】「総連北海道元幹部ら逮捕」産経(H19.2.6) 

【特集】北送から50年―対談 坂中英徳・姜昌萬 (上)
9万3340人が「地上の楽園」を夢見て海を渡った

 1959年12月14日、新潟港から在日朝鮮人238世帯・975人を乗せたクリリオン号とトボルスク号が、北朝鮮・清津に向け出港した。世に言う北送事業(帰国事業)の第1便だった。その後、84年までの25年間で9万3340人が「地上の楽園」と呼ばれていた北朝鮮に渡った。第1便の出港から50年。北送事業とは何であったのか。坂中英徳・移民政策研究所所長と姜昌萬・本紙発行人が北朝鮮帰国者問題の本質に迫る。
坂中英徳(移民政策研究所所長)姜昌萬(統一日報社社長)


【北朝鮮帰国事業とは】
―北朝鮮帰国者問題とは何だったのか。
 坂中 北朝鮮帰国事業は東西冷戦時代の産物だった。帰国した在日コリアンの97%は南(韓国)出身者と日本生まれだが、北朝鮮を「祖国」ということにして彼らを拉致・連行したものだ。在日韓国人は韓国に自由に帰国できたが、それを金日成指示の帰国運動で北朝鮮に「帰国」するように仕向けた。1958年7月、金日成はソ連の臨時代理大使との会談で、「日本在住のすべての同胞が自ら祖国に帰ってくるよう勧めている」と語っている。朝鮮戦争の最中、ソウルを占拠した北朝鮮軍は、韓国人研究者や技術者9万6000人を北朝鮮に連行した。

 姜 それと同じことを8年後に在日コリアンにした。

 坂中 しかし、約200人の帰国者が日本に舞い戻っているという事実は、まやかしの帰国運動に起因する問題が現在に至るまで存在していることの何よりの証拠。それによって、帰国者問題は日朝間の現在進行形の人道移民問題に発展した。このことの持つ意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。

 姜 11月16日付の朝鮮新報によると、朝鮮赤十字会中央委員会のキム・ヨンホ部長は、北送が金日成の指示だったことを認めている。「帰国実現は首領様が創始なさった主体的な海外僑胞史上の輝かしい具現だ」と。南北対立や日本の朝鮮人差別など、帰国理由を挙げればきりがない。しかし、金日成の意図は明白。「韓国」が祖国の韓国人を「帰国の形」を装って北朝鮮に連れ出すことだった。

【日本人教師も薦めた】
 坂中 おっしゃるとおりです。東西冷戦で資本主義の韓国と共産主義の北朝鮮の対立が激化する中、北朝鮮は本来韓国に帰るべき韓国人を獲得しようとしたのだ。北朝鮮に連行した。金日成はこれによって北朝鮮の政治的立場が強まると考えていた。

 姜 私は当時、大阪の市立中学校の3年生だった。朝鮮人の担任であった先生は毎日朝から「北朝鮮は素晴らしい」と話していた。

 坂中 ぼくの田舎の中学校でも日教組の先生が在日コリアンの生徒を呼んで「北朝鮮に帰るように」と勧めていた。当時、ジャーナリストも文化人も共産主義シンパが多かったから、「韓国はダメだが、北朝鮮はいい国だ①」と言っていた。

 姜 「南朝鮮は米国の支配下で貧しい国。北朝鮮は工場がたくさんあって発展した国」という宣伝の大合唱だった。

 坂中 日本人の先生に感化された子どもが親を説得する。「北朝鮮に帰ろう、帰ろう」と。

 姜 先生に勧められて帰った人はかなりいる。

 坂中 学校の先生が帰国運動に荷担した事実は、確認しておきたい。

 姜 日本に生活基盤をしっかり築いていた人たちも帰った。資産を売った人は一部いるが、ほとんどの人は朝総連に寄付した。

 坂中 祖国愛という一面もあったのでしょうね。

 姜 それもあったでしょう。ただ、7割ほどの人はよりよい生活を求めて帰って行ったのだと思う。残りの3割は祖国再建のために身を捧げようと思って帰ったのではないか。それに、しばらくすれば日本に帰れると信じていた。

坂中 英徳=1945年生まれ。元東京入国管理局長(05年退職)。現在、移民政策研究所②所長兼人道移民支援センター代表。著書『今後の出入国管理行政のあり方について』(1989年、日本加除出版)ほか、『脱北帰国者支援は私の使命』、『日本型移民国家の構想』などの小冊子で、今後50年で1000万人の移民受け入れなどを提言。
(聞き手=溝口恭平)統一日報2009.12.11
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=50570&thread=08 


【特集】北送から50年―対談 坂中英徳・姜昌萬 (下) 

帰国事業に対する総括の時

【「身代金」を脅し取られて】
 坂中 日本人妻も3年すれば里帰りできると朝鮮総連に言われたから北朝鮮に渡った。北朝鮮主導の統一が近いことも盛んに言われていた。そうなれば韓国と自由に往来できると。

 姜 実は今日、帰国運動を金日成による「壮大な拉致・監禁」と看破されたうえ、脱北帰国者の定住支援や活動③をされる坂中代表に感謝を申し上げたかった。また、代表は近く新潟港において帰国運動の犠牲者を慰霊する追悼法要を営まれる。われわれ在日韓国人がすべきことであるのに。

 坂中 私が行っている支援の原点は、75年の「坂中論文」にある。その中で帰国者問題について「在日朝鮮人は特別な理由がない限り地縁・血縁関係が希薄で社会・経済体制が異なる本国に帰る可能性は少ない」と指摘した。それから今日まで関心を持ち続けてきた。

 姜 当時は「在日コリアンの同化政策だ」と憤った一人だった。今になると、その内容はことごとく当たっていた。

 坂中 1980年代後半には、在日コリアンも帰国運動の被害者であると認識していた。家族や友人が強制収容所に入れられたり、処刑されたりしたばかりか、肉親を人質にとられ、北朝鮮政府から多額の賄賂を要求された。工作員の手先になるように脅迫されたりもした。法的地位や表面的な生活レベルが向上しても、帰国者問題を解決しなければ在日コリアンが心から幸せになることはない。そのように考えていた。13日のフォーラムと14日の「『あの日を忘れない』新潟港追悼集会」は、これまで北朝鮮帰国者問題に取り組んできた私の集大成だ。

 姜 北に渡った帰国者の実態が明らかになった今でも、総連は祖国が犯した大きな過ちを総括していないし、本国との関係も正していない。自由に物が言える日本に住んでいながら、在日コリアンは帰国運動を糾弾する声を上げていない。恥ずかしいかぎりだ。

 坂中 70年代後半になると、北朝鮮当局の指示で帰国者から50万~100万円単位の現金を送ってほしいという手紙が日本の家族に届くようになる。金を送ればいいところに住まわせてやるが、送らなければ収容所行きだと。そのときに家族が団結して「そんな理不尽な金は送らない」という態度を示さなかったから、在日コリアンは北朝鮮政府に「身代金」を脅し取られる存在に変わり果てた。

 姜 総連の支部単位で○○支部はいくら、○○支部はいくらという割り当てがあった。

 坂中 金正日に「人質政策はカネになる」と印象づけることになった。政府首脳に億単位の金を送る人まで現れた。

 姜 今も北朝鮮の人質政策に唯々諾々と従って巨額の身代金を送っている商工人がいる④

【同胞を人質にする北】
 坂中 在日朝鮮人を厄介者と見ていた日本政府も「北朝鮮に帰りたければどうぞ」と、帰国を容認した。在日コリアンの中には生活保護受給者や共産主義者が多かったから渡りに船だった。もっとも国際法上、帰国を止めようとしても止められなかった⑤のだが。

 姜 とにかく、在日コリアンから身代金に反対する動きは出なかった。その点、日本人拉致被害者家族は違う。

 坂中 拉致被害者家族は全員の救出を目指し、団結して問題の解決に当たっている。一部の人は帰ってきたが、全員の帰国まで活動を続けることで一致している。

 姜 在日社会でも当初は民団の有志による反対運動があった。しかし、肝心の総連側からは、帰国運動の悲劇を知っていても何の動きもない。身内の帰国者だけがよければいいという考えで、黙って送金を続けている。

― 在日韓国・朝鮮人の運動で大きなものとして指紋押捺反対運動地方参政権獲得運動がある。
 姜 それらとは比較にならないほど、北送の総括と北朝鮮の責任追及は重要な問題だ。自らの親類・縁者が拉致され、帰ってこられないのだから。地球上にこんな国がほかにあるのか。民族の恥だ。

 坂中 祖国に帰って迫害され、かつて差別を受けた国に帰ってくる。このような国際人口移動の例は現代史にない。同胞を人質にして、海外の家族から身代金を取るような政府も聞いたことがない。

【一致して帰国者の解放を】
 坂中 脅迫すれば大金が転がり込むことを知った北朝鮮は、国民の福祉に何ら関心を示さず、産業基盤の整備にも輸出の振興にもつとめようとはしなかった。国家主義まで不法行為をエスカレートさせて国際社会から援助を取り付ける対外政策と、「脅し」を駆使して海外から金品を調達する政策の基本は今も変わっていない。

 姜 金日成指示の帰国運動から北朝鮮のとんでもない国家体質が形成されたのだが、総連系の同胞はその事実を知りながら陰では反対の声はあったが、北朝鮮の言いなりになってきた。

―北朝鮮の全体主義体制を糾弾しなかったマスコミや、北送を後押しした日本政府の責任は。
 坂中 日本政府や日本のマスコミの責任は小さなものだ。金日成に騙されたのだ。朝鮮総連すら本国政府に騙されていた。子供を「帰国」という形で金日成に差し出すよう強要された朝総連幹部たちは被害者の一面もある。問題の本質は、北朝鮮に渡った人たちに対して北朝鮮政府が行った残酷きわまる仕打ちだ。貧しくても平等に扱い、ある程度の自由が与えられていれば、日本に戻ってくる人はいなかったはずだ。

 姜 同感だ。北送されるまでのプロセスも指摘すべきだが、一番の問題は入国後に北朝鮮政府がやったことだ。

 坂中 姜社長は「地上の楽園」の話に騙されて北に渡った人が7割ほどだったというが、彼らにも責任がなかったわけではない。将来のこととかいろいろな思惑があって帰国を決めたのだから。

 姜 そう。自己責任はある。

 坂中 しかし、責任論をいくら言っても問題の本質は明らかにされない。帰国者が北朝鮮で受けた前代未聞の処遇、世界に例のない迫害を加えた北朝鮮政府の所業を直視するべきだ。北朝鮮の現住民も帰国者を眼の敵にして排斥した。それも問題だ。

 姜 最も悪いのは金日成・金正日政権だ。北送50年の節目を期して、心ある在日コリアンは帰国者全員の解放を目指して立ち上がらなければならない。また、帰国者問題の本質を日本の内外に知らせることも課題だ。
統一日報2009.12.11
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=50571&thread=08 

①韓国はダメだが、北朝鮮はいい国だ
韓国民主化運動という赤化運動

②移民政策研究所
移民政策研究所
http://jipi.or.jp/
一般社団法人 移民政策研究所
人口崩壊の迫る日本は、移民革命に国運を賭けるしかない。(←破綻済の人口デフレ論ですか呆
「観光立国は移民立国につながる」(←対馬は仏像盗まれたんですが責任とっていただけます?
「観光立国」から脱却しよう

③脱北帰国者の支援は将来の禍根にしかならないので即刻やめるべきである
例)密入国の済州島難民の息子が反日活動家に
辻褄が合わないのは仕様です 
日本は日韓基本条約において韓国を「朝鮮半島唯一の合法政府」として締結したのであって彼らの処遇は韓国政府の責任であり日本には一切ない

④巨額の身代金を送っている商工人
北朝鮮から勲章をもらったモランボン創業者全演植氏
モランボンは北朝鮮企業 
市民の党が事務所にしていた龍伸ビル所有の具次龍氏などが典型例であろう
「東アジア共同体」と斎藤まさし
ジンギスカンだるま 脱税&不正送金&北朝鮮から勲章 

⑤在日コリアンの中には生活保護受給者や共産主義者が多かった
吉田茂=マッカーサー往復書簡 
60余年前にとうに結論は出ていたわけである

参考
北送阻止隊 (残念ながら動画は削除されている(/_;) 
北朝鮮帰国問題の背景1 帰国運動の目的 
北朝鮮帰国問題の背景2 「人質」になった帰国者 
北朝鮮帰国問題の背景3 「帰国事業」に日本はどう関わったか 




p152・153
妻たちのバックグラウンド
 海外だけでなく、日本にも潜入帰国して水面下の活動を続けてきた、よど号グループの妻たち。その妻たちが、そもそもなぜ北朝鮮に向かうようになったのだろうか。警察庁が作成した秘密文書は、妻たちが、いずれも日本を出国する以前に、北朝鮮に関する社会運動などに関わっていたと指摘している。思想的な共通点があるというのである。
 文書は妻たちのいわゆる「活動歴」を次のように記していた。

氏名 よど号事件時年齢 当時の身分 初回出国時までの活動状況
K・T       22歳 看護婦 確認されていない
魚本民子   17歳 高校二年 朝鮮国籍書き換え事務に抗議(高校時代)
森順子    16歳 高校一年 朝鮮問題等で活動(高校以降)
黒田佐喜子 15歳 中学三年 チュチェ思想に傾倒して活動(短大以降)
A・E      14歳 中学二年 チュチェ思想に傾倒して活動(短大以降)
八尾恵    14歳 中学二年 チュチェ研兵庫県グループ(高校以降)
水谷協子   13歳 中学一年 朝文研会員として活動(大学以降)

p153~156 
チュチェ思想研究会
 それでは、妻たちの多くが出国前に活動していたチュチェ思想研究会とは、どのような団体なのだろうか。 中嶋は「日本キムイルソン主義研究会」会員がチュチェ思想研究会の成り立ちを記した資料を見つけてきた。「キムイルソン主義研究」という冊子に掲載された「チュチェ研活動は歴史を前進させる誇りある活動」と題する論文である。
(略)
 その資料によると、日本国内でチュチェ思想研究会の活動が始まったのは、よど号ハイジャック事件の翌年、71年のことだったという。発祥の地は群馬県だった。
「1971年12月、群馬朝鮮問題研究会が結成されました。群馬朝鮮問題研究会の結成は今日のチュチェ思想研究会活動の貴重な出発点となりました」
 群馬朝鮮問題研究会を発足させたのは、現在も日本のチュチェ思想関連団体の頂点に位置する「チュチェ思想国際研究所」の事務局長を務めている人物である①。その後、チュチェ思想研究会の活動は、学者や労組幹部、教員、青年などによって担われ、東京や各地に広がっていった。
 「群馬で灯ったチュチェの炎は、東京をはじめとする各地に広がり、1974年、青年チュチェ思想研究会連絡協議会が結成されました。
 青年たちは苦労をものともしないで、チュチェ思想を普及する活動に喜びを感じながら全国各地に飛び立っていきました」
 かなりの行動力と組織性を持った運動体として、チュチェ思想研究会が動き始めたことがわかる。さらに記述は続く。
「・・・・1974年には東京の千代田公会堂で朝鮮映画『血の海』の上映会がおこなわれ、600余名の人々が参加しました。この上映会は、10万枚の案内ビラをつくって準備がおこなわれました。また1976年には、伊豆に合宿所が建設されました。その他、活動の必要から、出版所や保育所などが建設されました」
 それぞれの履歴と照合すると、よど号グループの妻たちがチュチェ思想研究会と出会ったのは、ちょうど研究会そのものの活動が拡大していくこの時期と重なっていることがわかる。そして、チュチェ思想研究会は、全国に拠点を持つようになる。
 「1977年3月、日本のすべての都道府県でチュチェ思想研究グループが組織されました。同年3月13日には、日本の全都道府県で朝鮮映画会がいっせいにおこなわれました」

  チュチェ思想研究会はさらに新たな組織を発足させていく。1980年には「日本キムイルソン主義研究会」が結成され、その意義がこう記されている。
 「・・・・キムイルソン主義研究会はキムイルソン主義の旗を日本の全土に根づかせ、キムイルソン主義者を育成することを事故の歴史的使命として掲げ、これまでのチュチェ思想研究会活動を高い段階に引き上げるうえで画期となりました」
 そして、キム・イルソン主席が死去する前の93年には「キムジョンイル著作研究会」も結成され、論文は「キムジョンイル総書記が現時代の指導者であり、キムジョンイル総書記に学ばなくてはならないことを宣言するものとなりました」と記している。
 チュチェ思想関連団体は今も日本国内で活動を続けているが、その組織基盤が出来あがったのは、70年代から80年頃と言ってもよいようだ。その頃、韓国はパク・チョンヒ(朴正煕)大統領による「独裁政権」の時代であり、73年には、当時、韓国の民主化運動の旗手だったキム・デジュン(金大中)氏が日本で駐日韓国大使館員らによって拉致される事件が起きた。74年にはパク大統領夫人が狙撃されて死亡(文世光事件)、79年にパク大統領暗殺事件があり、80年には民主化を求めるデモが鎮圧され、参加した学生たちに多くの死傷者を出した「光州事件」が起こっている。

 資料を見つけ出してきた中嶋は、学生運動ほど大きな潮流にならなかったとはいえ、この頃、日本で北朝鮮のチュチェ思想研究会の活動が広がったのは、何となく納得できるような気がした。つまり、この頃は、韓国の「影」の部分があまりにも日本国内で広く認知されていた。その反動で、一部の人には北朝鮮の「影」の部分は見えにくく、月並みな言葉で言えば、やはり「地上の楽園」としか映っていなかったのではないか②。また、学生運動自体は、72年に起きた連合赤軍による「あさま山荘事件」などによって大衆から確実に遊離していったが、このようなこくない運動の閉塞感が、社会主義や革命への思いを残した若者の一部を、「社会主義が成功した国(と信じられていた)」、北朝鮮に向かわせたのではないか。
 よど号グループの「支援者」の元学生運動家への取材を重ねてきた中嶋は、そう感じざるを得なかった。

p156・157
誰が北朝鮮に向かわせたのか
(略)
 妻たちの出国の事情については、八尾元店主が裁判や自著の中で、在日朝鮮人などが関与し、よど号グループの妻となるために必然的に北朝鮮に送り込まれた、という経緯を語っている。(略)
 その疑問を解消するために、チュチェ思想研究会に所属する研究者等の連絡先を何人かリストアップし、実際に裏付け取材に走ったが、「(よど号グループの妻たちと)チュチェ思想研究会は無関係だ」という否定的な回答しか返ってこなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【wiki】チュチェ思想研究会

チュチェ思想研究会(チュチェしそうけんきゅうかい)とは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)及び朝鮮労働党の公式政治思想であるチュチェ(主体)思想を信奉する北朝鮮国外の団体。略称は「チュチェ研」。

ここでは、特に断りがない限り、日本国内の組織について述べる。 現在のチュチェ思想研究会全国連絡会の会長は、佐久川政一沖縄大学名誉教授。

概要
チュチェ思想国際研究所事務局編『チュチェ思想国際研究所』によると、1969年4月にアフリカのマリ共和国で組織的に学ばれたのが、チュチェ思想海外進出の嚆矢とされている。

日本においては、1971年に尾上健一①が設立した「群馬朝鮮問題研究会」が起源である。その後、日本各地に「チュチェ思想研究会」が多く設立された。1974年には、全国組織としてチュチェ思想研究会全国連絡会が設立されている。大小さまざまな「チュチェ研」があるが、その中でも最大規模の団体が日本教職員チュチェ思想研究会全国連絡協議会である。

地域単位、職場単位でチュチェ研が組織された。特に影響を受けたのは、日本社会党(現社会民主党)と社会党の支援団体であり、社会党の朝鮮半島政策にも大きな影響を与えることになった。なお日本共産党はチュチェ研を「金日成盲従集団」と定義づけ批判していたため、共産党に対する影響力はない。

関連組織に「自主の会」(機関誌:「自主の旗」「自主の道」、指導者:尾上健一など)を持つ「日本キムイルソン主義研究会」とは別組織。

背景

1970年代の日本の新左翼運動は、山岳ベース事件や連続企業爆破事件などの不祥事を立て続けに起こしたことにより、次第に行き詰まりつつあった。そんな中、「千里馬運動で躍進中の朝鮮民主主義人民共和国」が大きくクローズアップされ、北朝鮮政府の情報統制と相まって「共和国(北朝鮮)の素晴らしさ」が盛んに喧伝されることになり、急速な組織化が進むことになった。

参考
エセ人権活動家 武者小路公秀 
徐は主体思想研究会員
韓国民主化運動という赤化運動 ←②マスコミ総出での韓国の「影」喧伝

チュチェ思想研究会を後押ししてるのは
日本を敗戦国のままにしておく装置 

「北国家元首が裏交渉」本部機能維持働きかけ
 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の土地・建物をモンゴル企業が落札した問題で、「北朝鮮首脳が裏で動いたので今回は成功する」と朝鮮総連内で説明されていたことが3日、複数の関係者の話で分かった。同企業による落札では、売却されても、あるいは再入札となったとしても、当面、朝鮮総連側が入居し続けられる見込みで、本部機能の維持を目的に北朝鮮がモンゴル側に主体的に働き掛けた可能性が高い。

 今回、落札したのは営業実態が不明なモンゴル企業「アヴァール・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー」。朝鮮総連関係者らによると、朝鮮総連上層部が「以前から知っていた会社だ」といい、落札額の50億1千万円についてもトップの許宗萬(ホ・ジョンマン)議長らが「事前に把握していた」とされる。「30億円台が妥当な入札額だが、確実に落札するため」といった説明がなされているという。

 許氏は北朝鮮の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長の名前を挙げ、「金氏が背後で動いているので、今回は成功する」と周囲に自信を示していたともいう。金氏は、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記に次ぐ序列2位で対外的には国家元首の役目を果たす。10月末に訪朝したモンゴルのエルベグドルジ大統領とも会談した。

 外交筋によると、モンゴル側は、大統領も落札を事前に知らされていなかったとされ、北朝鮮が同国のどのレベルに働き掛けてア社が浮上したかは不明だ。ただ、首脳らは自国企業の落札を歓迎しているという。

 北朝鮮との関係が深い、元小結旭鷲山でモンゴルの首相補佐官を務めるダバー・バトバヤル氏は産経新聞の取材に、自身の関与は否定した上で「国と国でないと話がつかない。モンゴルが一緒に頑張れば解決すると思う」と述べた。

 朝鮮総連幹部内では既に「毎月、賃貸料を払い、本部として使う予定だ」との認識も広がっているという。ア社側も朝鮮総連への貸し出しを否定しておらず、東京地裁が売却を許可すれば朝鮮総連が引き続き入居する可能性が高い。

 売却が許可されなかったり、期限内に購入金を納付できなかったりしても、ア社に並ぶ高額入札者がなかったため、再入札となる見通しで、売却決定まで朝鮮総連が使用し続けられる。売却不許可となれば、保証金約5億円も返還され、ア社の損失もない。

 別の外交筋は「売却が許可されても不許可になっても朝鮮総連側にマイナスはなく、朝鮮総連や北朝鮮がそれを見越して水面下で動いていた可能性は否定できない」と指摘している。

     ◇

朝鮮総連中央本部の競売問題 経営破綻した在日朝鮮人系信用組合から不良債権を引き継いだ整理回収機構(RCC)に約627億円の債務を返済するよう、朝鮮総連に命じた平成19年の東京地裁判決が確定したため、RCCが中央本部の土地・建物の競売を申し立てた。45億1900万円で3月に落札した宗教法人の最福寺は資金調達できず、購入を断念。再入札でモンゴル企業が10月、50億1千万円で落札した。地裁は売却を許可するかどうかの判断を同月に示す予定だったが、延期を通達し、審査が継続している。産経新聞2013.11.4
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131104/crm13110407440000-n1.htm

謎呼ぶモンゴルルート 元力士や政府高官の名も…強まる“依存トライアングル”

日本モンゴル北朝鮮

 モンゴル企業が在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の土地・建物を落札した問題で、同国出身の元力士や対北交渉に携わる日本政府高官の関与が取り沙汰された。背景には、急速に強まる北朝鮮とモンゴルの経済関係、さらには、拉致問題の解決で日本がモンゴルの後押しに期待するという3国のねじれた“依存関係”がある。

 「勘違いされ、騒ぎになると困るから、同行しなかった」。モンゴル大統領の訪朝に同行しなかった理由について、元小結旭鷲山で同国首相補佐官のダバー・バトバヤル氏は10月末、訪問中の日本で産経新聞にこう語った。落札への関与が疑われたためだという。

 落札したモンゴル企業社長の親族として元横綱朝青龍の名前が挙がったが、バトバヤル氏が関与を疑われたのにはわけがある。

 モンゴルは近年、鉱山開発をめぐり北朝鮮と結び付きを急速に強めている。石炭や銅に加え、ウランや石油を保有する「資源大国」でありながら7割が未開発。労働力不足が原因だ。

 このため、中国人労働者を受け入れてきたが、中国依存を脱却したいモンゴルは2008年までに、北朝鮮と労働者派遣に関する協定を締結。1700人を超す北朝鮮労働者が既に派遣されている。北朝鮮にとっては貴重な外貨源となり、両国の利害が一致する。

 内陸国モンゴルは採掘した鉱物を輸出する港を持たず、今回の大統領訪朝でも北朝鮮北東部、羅津港の利用について話し合われたとみられている。

 バトバヤル氏はモンゴル企業のオーナーとして鉱山開発にも関わり、北朝鮮との関係も深いとされる。同氏は「私は北朝鮮に何度も行っている。労働力は大事だ」と北朝鮮との関係強化に努めてきた点を認めた。

    □ □

 モンゴルが経済支援を引き出そうと関係強化を目指すもう一つの国が日本だ。

 日本政府も北朝鮮との深い関わりに目を付け、橋渡し役を期待する。安倍晋三首相が3月に、古屋圭司拉致問題担当相が7月にそれぞれ訪問し、「拉致問題解決に向けた協力」を求めてきた。モンゴル側も首相と大統領が9月に相次ぎ来日し、協力を約束した。

 こうした中、日本政府高官がモンゴル大使館に度々足を運んでいたことが、「落札問題で、朝鮮総連側と協議しているのではないか」との観測が出た。

 飯島勲内閣官房参与もその一人だ。宗教法人の最福寺が前回の落札で購入を断念した直後に訪朝したこともあり、中央本部問題を日本の“外交カード”にしているとの見方を生んだ。飯島氏は「政治的に関与しようとしたのは民主党の野田佳彦政権だ。安倍内閣は司法手続きには介入しない」と周辺に語っている。

 政府関係者も「少なくとも経営実態に疑問が持たれるような企業による落札を官邸が事前に認めていたとは考えにくい」と話す。

 今回、元朝青龍や元旭鷲山の名前が浮上したため、約50億円という落札資金について「モンゴル出身力士に出資を募るのではないか」との臆測も呼んだ。角界関係者は「そんな話はない」と否定した。

 落札したモンゴル企業の社長は「外国の投資ファンドから調達する」と表明。米国の鉱山開発会社による融資の可能性などが取り沙汰されている。

 資金調達できず購入を断念した最福寺の池口恵観法主のその後の動向にも注目が集まる。池口氏は「前面に出て直接、動いたというわけではないが、いい結果につながっていると思う」と水面下での協力を否定しない。

 独自のモンゴル人脈を持ち、バトバヤル氏らとの親交も深い。「今回モンゴルが加わったことで、拉致問題は解決に向かうだろう」との見方も示した。

 近く、モンゴルに直接出向き、政府首脳らと面会する予定だという。産経新聞2013.11.4
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131104/crm13110408330001-n1.htm 


元旭鷲山でモンゴル首相補佐官のバトバヤル氏「自身の関与一切ない」
旭鷲山ダバーバトバヤル

 元旭鷲山でモンゴル首相補佐官のダバー・バトバヤル氏へのインタビューの主な内容は次の通り。

 --モンゴル企業が落札したが
 「モンゴルの会社が落札したのは知っている。実際に購入していいのかと驚いた。何もお金がない会社が買ってしまって、融資が集まるかは分からない」

 --自身の関与は
 「ない。勘違いされ、騒ぎになると困るから、大統領の訪朝にも同行しなかった。(元横綱の)朝青龍も関係ないと言っている」

 --モンゴル出身力士が出資することは
 「一切ない。力士らは皆頑張っているだけで、資産を運用したりはしない」

 --朝鮮総連中央本部の問題はどう解決すべきか
 「個人が頑張ることではない。国と国でないと話がつかない。朝鮮総連の許宗萬議長がどう言おうと国と国の話だ。難しいが、モンゴルが一緒に頑張れば解決すると思う」

 --北朝鮮との関わりは
 「文化交流などで何度も行っている。首相補佐官として(北朝鮮への食糧援助や労働者受け入れなどで)きちんと支援すべきだと思った。モンゴルにとっても労働力は大事だ」

 --ビジネスでは
 「日本にお世話になった人間として、ビジネスでは(日本と関係の悪い)北朝鮮と関わらないようにしている」

 --池口恵観氏や飯島勲氏との関係は
 「皆知っており、会って仕事をしている。特に池口氏はモンゴルで力がある」産経新聞2013.11.4 
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131104/crm13110410550003-n1.htm


最福寺の池口恵観法主「今回は必ずうまくいく」

 最福寺の池口恵観法主へのインタビューの主な内容は次の通り。

 --落札への協力は
 「前面に出て直接、動いたというわけではないが、いい結果につながっていると思う」

 --今回出資することは
 「(前回断念以降)新たに資金は出していない」

 --今回の落札について
 「必ずうまくいくと思う。モンゴルが加わったことで、拉致問題は解決に向かうだろう」

 --前回落札した目的は
 「朝鮮総連に一定期間貸した後、靖国神社に合祀(ごうし)されていない西郷隆盛らを祀(まつ)る施設をつくるつもりだった」

 --資金調達できなかったのは
 「妨害の黒幕は米中央情報局(CIA)だと思う。今回は個人でなく、モンゴル政府が相手なので米国も邪魔できないだろう」

 --元旭鷲山との親交は
 「現役時代からの付き合い。彼は護摩行を受けたことがあり、私の弟子に当たる。今回の落札について『池口先生がやっているのか』と質問された」産経新聞2013.11.4 
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131104/crm13110412320005-n1.htm 

追記201.2.28
上田卓三(部落解放同盟・ティグレ元会長)ホームページ
上田卓三モンゴル力士
 1998年、大相撲の旭鷲山、旭天鵬、旭天山を応援する「モンゴル力士ファンクラブ」の発足に尽力する。同年夏には三人の力士の里帰りに合せ、約60名で第1回目の日本モンゴル交流ツアーに取組む。
http://www.ueda-takumi.com/jpn/ayumi4.htm


参考
朝鮮総連中央本部を落札したモンゴル企業の“怪” 背景で絡み合う思惑とは?
農水副大臣、政治資金でキャバクラ遊び 
モンゴルの切手になった池口恵観法主 

しぼみ続ける朝鮮総連、毎月100人以上韓国籍取得
朝鮮総連朝鮮学校数

 28日午後、靖国神社(東京・千代田区)まで徒歩2-3分の距離にある在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の建物。事実上、北朝鮮大使館の役割を果たしている朝鮮総連の建物周辺には警察官を乗せた人員輸送車3台が駐車するなど、警察が厳重な警備を行っていた。日本の警察は北朝鮮による日本人拉致問題に関連してデモなどが発生する可能性があるとして周囲にバリケードまで設置している。建物の入り口にあった北朝鮮国旗は最近全く掲げられていない。警察官の一人は「職員の出入りもあまりない」と話した。

 朝鮮総連本部の土地・建物は17日、競売でモンゴル企業「アバール・リミテッド・ライアビリティー・カンパニー」に落札され、強制退去の危機にひんしている。しかし、同社の実体が不明だとして裁判所が現在、資格審査をしており、朝鮮総連は当分の間、この建物を使用できる状態だ。

 一時は北朝鮮の資金源といわれていた朝鮮総連本部だが、建物すら手放す状況になったのは「北朝鮮に貢ぎ続けた」ためだ。1990年代に北朝鮮が食糧不足に陥ったとき、朝鮮総連が集中的に送金したことが財政危機を招いた原因とみられている。90年代に38組合あった朝鮮総連系の信用組合は、2000年前後に16組合が破産し、19組合が合併された。このとき、日本の整理回収機構(RCC)は公的資金を1兆円以上投入した。RCCが不良債権を調べたところ、628億円が事実上、朝鮮総連に融資されたとみられるため、07年にこの建物などの競売が可能な仮執行を認めた。

 韓国の経済発展・北朝鮮最高指導者の世襲、日本人拉致事件などが重なったこともあり、朝鮮総連は勢いを失っている。1955年に創立され、一時は構成員が43万人に達したが、現在は7万人にまで減った。在日本大韓民国民団(民団)関係者は「北朝鮮が日本人拉致を正式に認めたり、サッカーの韓日ワールドカップ(W杯)共催で韓国籍取得が増えたりしたことから、2003年には1年で約1万人が『朝鮮総連の象徴』である朝鮮籍を放棄した」と話す。しかも、朝鮮籍では海外旅行で制限を受ける。北朝鮮の最高指導者が3代にわたり世襲したこともあり、今も毎月100人以上の朝鮮総連構成員が韓国籍を取得しているという。

 朝鮮総連幹部の育成や体制宣伝で重要な役割を果たしてきた朝鮮学校も財政的に苦しいのは同じだ。朝鮮学校の生徒数は一時4万人だったが、最近は6000人前後に減っていると在日韓国人社会ではみている。日本人拉致問題で朝鮮学校に対する地方自治体の支援も打ち切られた。一部の朝鮮学校では金日成(キム・イルソン)主席と金正日(キム・ジョンイル)総書記親子の写真を教室から取り外し、カリキュラムを組み直す条件で大阪府など地方自治体に支援を要請したが拒否されている。

 米紙ワシントン・ポストは27日「北朝鮮がこのほど、朝鮮総連指導機関の『内閣225局(旧対外連絡部)』を対南工作部署の『朝鮮労働党統一戦線部』に編入させたのは、朝鮮総連の重要性が低下したため」と報じた。

 しかし、朝鮮総連が今なお北朝鮮の資金源としての役割を果たしているという声もある。ある民団関係者は「日本の対北朝鮮制裁により公には北朝鮮に送金できないが、構成員が北朝鮮に行く際にドルなどの現金を持参している。北朝鮮に家族がいるため、仕方なく現金を持っていって渡さざるを得ない人も多い」と話した。
東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/10/31/2013103101309.html 

朝鮮総連幹部の育成や体制宣伝で重要な役割を果たしてきた朝鮮学校
これでも朝鮮総連と朝鮮学校は関係ないとか生徒に罪はないとか言いますかね
朝鮮学校不要 
 良い朝鮮人は存在するか? 南北ズブズブの在日朝鮮人

27日と書いてあるがワシントンポストの該当記事はこれではないかと

North Korea is losing a crucial source of income: Koreans in Japan

the Washington Post by Max Fisher 2013.10.25 
金正恩
North Korean leader Kim Jong Un at Kumsusan Memorial Palace in Pyongyang last year.

Possibly the only thing that North Korea needs and craves more than nuclear brinksmanship is hard currency, which is essential for the country's survival but which international sanctions make very difficult to secure. The hermit kingdom has a number of ways to bring in cold, hard cash, but one of its previously most reliable has hit yet another setback in what appears to be its permanent decline.

That source of income is a group known as Chongryon, or the "General Association of Korean Residents in Japan." The Japan-based, pro-Pyongyang group links North Korea with the sizable community of ethnic Koreans living in Japan. Since its 1950s founding, Chongryon has done three things, and done them all pretty well: pushed pro-Pyongyang ideology among Japanese Koreans, funneled money from those Japanese Koreans into North Korea and, most important, has run all sorts of business that existed solely to generate cash for the North Korean regime.

Chongryon was a very effective sanctions-busting enterprise -- but it went bust itself last year, going formally broke. It had run up big debts in the 1990s, when North Korea's famine left leader Kim Jong Il desperate for every penny he could scrounge. And then it became a political target of the previously tolerant Japanese government in the 2000s, after Japanese public opinion finally turned more fully against Pyongyang.

This week, in a sign of Chongryon's waning importance to North Korea, the regime in Pyongyang has downgraded it within the all-important halls of power. After decades of reporting to the shadowy and powerful "Room No. 225" -- the part of the North Korean government charged with clandestine money-gathering activities abroad -- the disappearing cash funnel is now overseen by the United Front Department, according to the Japanese newspaper Asahi Shimbun. That might sound like simple bureaucratic shuffling, but it's a big deal in North Korean politics, an indication that Chongryon is no longer the Pyongyang power player and lifeline it once was.

The amount of money that Chongryon sent to North Korea in its prime isn't known for certain, but it is thought to have made up a substantial chunk of the national budget. Armin Rosen, profiling the group last year on TheAtlantic.com, wrote that in just the 1980s, "Chongryon's business and criminal enterprises, which included off-book pachinko parlors, pubs, prostitution rings, and real estate, reportedly produced over a billion dollars a year in revenue." Rosen added, stunningly: "As late as 1990, its banking system was capitalized to the tune of $25 billion." That's right: the group had its own banking system.

Now, however, Chongryon is bankrupt. So bankrupt, in fact, that the Japanese government ordered it to sell its headquarters and use the cash -- 5 billion yen -- to pay back the Japanese government on the debt it took on in the late 1990s. Though Chongryon had long worked within the Japanese political system, using its cash to generate support and mobilizing Koreans in Japan, public outrage against North Korea simply got too high after 2002, when Pyongyang formally admitted it had previously kidnapped Japanese citizens as a form of international extortion.

Earlier this month, the Wall Street Journal reported that Chongryon was being told to now focus its energies on "espionage," although it's not clear what that would entail. North Korea could really use the cash instead -- the loss of Chongryon will be a significant blow for the country's long-term financial health. 
the Washington Post

(Chongryonって何のことかと思ったら朝鮮総連だった) 
タイトル「北朝鮮は収入源を失いつつある」 
記事からはこれが朝鮮総連のこととしか読めない
パチンコ、飲食店、売春、不動産業などで年10億ドルを稼いでいるとも書いてある

今更ながらどうしてこんな組織が日本にあるのだろう


尼崎朝鮮初中級学校:ありのままの姿を見て 来月3日「愛校祭」 歌や踊り披露、バザーも /兵庫

 尼崎朝鮮初中級学校(尼崎市西立花町4)は11月3日、運動場を一般開放して歌や踊りを披露し、バザーで食文化を紹介する「愛校祭」を開く。地域の住民に朝鮮学校を知ってもらう狙いで、金輝栄(キムフィヨン)校長は「学校では朝鮮の言葉や歴史を教えるが、その他は日本の学校とほぼ同じ。ありのままの姿を見てほしい」と話している。

 同校には主に阪神間から、幼稚園から中学3年までの約230人が通う。愛校祭は2年に一度開催しており、地域の太鼓やダンスのグループなども参加する。今回は、生徒たちが踊りや歌を披露するほか、母親たちによる「オモニ会」が手作りのタオルや豆腐チゲなどの食品を販売する。目玉商品は50円で提供する特選キムチ200グラム(先着100個で整理券が必要)。

 同会の李千鶴(リチョナ)会長(46)は「まずは楽しんでもらい、学校に興味をもってほしい。門の外から見るのと、直接接するのとでは全然違う。子供たちの頑張る姿を見てほしい」と話している。

 午前11時〜午後2時半。問い合わせは同校(06・6419・〇〇〇〇)。【山田毅】毎日新聞2013.10.31 
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20131031ddlk28040392000c.html 

この「オモニ会」とやらが何をやらかしているかと言うとですね
「朝鮮学校無償化にしないのは差別ニダ」 と国連まで訴えに行ったりして人権侵害活動を行ってるわけです
→ 人権侵害者達
  日本の敵

【まとめ】
▼北朝鮮の資金源は朝鮮総連
▼朝鮮学校は朝鮮総連幹部の育成体制宣伝で重要な役割を果たしてきた
 (=朝鮮学校の子供たちに罪はない←大嘘)

追記2013.11.12
2002.7.25衆議院安全保障委員会
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001515420020725009.htm?OpenDocument

〇西岡参考人 先ほどの、核開発のときに、アメリカ政府は日本に対して、北朝鮮への朝鮮総連からの送金をとめろという強い圧力がかかりました。そして、私が内閣調査室関係者などから、あるいは活字になって報道されているもの、複数の情報源から聞いているところによると、日本政府の調査した結果、年間千八百億円から二千億円のお金が北朝鮮に流れていた、バブル華やかなりしころです。それをとめようとした。

 なぜこのことを申し上げるかというと、このお金がどうつくられたかということと朝銀信用組合が不良債権をどんどん出していったということが重なるからです。担保価値が例えば十億しかないところに、三十億、五十億貸し出しがされているわけです。見てみますと、貸し出しているのは朝銀信用組合です。担保になっているのは朝鮮総連の持っている土地です。借りた人は朝鮮総連の個人です。それぞれ商法上は別ですけれども、実際は朝鮮総連という傘下、そして朝鮮労働党の命令下に行われたとしか思えないような融資が行われて、そして焦げついている。焦げつくと、ペイオフで一〇〇%預金は保護されるから、公的資金が入るという形で、どんどん送られたものの穴埋めを公的資金でしていることになるのではないか。

 そして、不明朗なのは、九三年、九四年のときは日本政府はかなり本気で送金の実態を解明しようとして、朝鮮総連の大阪本部と京都本部に捜索をしました。そのときは圧力がかからないでやったんです。そして、そのときは外事警察が入って、徹底的に証拠を持っていきました。ところが、昨年の十二月にこの朝銀信用組合の破綻問題で朝鮮総連が意図的に不良債権をつくっているという事案で捜査が入ったときは、外事警察は入らなかった。捜査二課だけが入って、そしてからからの段ボール箱を三つか四つ持っていった。入った場所も、朝鮮総連が指定した、ここのロッカーのこのキャビネットだけという形をやった。

 なぜ九四年のときにやったような捜査をしなかったのか。アメリカの圧力がまだなかったからですね。つまり、政治的なんですよ。政治的であって、やるべきことをやっていないということと、お金が、北朝鮮に送られたものの穴埋めが入っていくということが大変不明朗である。なぜ不良債権が起きたのか、その背景に意図的につくられたものはないのか、脱税資金はないのかということを徹底的に解明した後、法的な措置がなされるべきだ。それがなされていないということは、朝鮮総連の捜査が適当にされているという事例からしても、大変政治的な力が働いていると言わざるを得ない。不明朗だと思います。 

(西岡参考人=北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)会長・西岡力氏)

〇杉嶋参考人
(略)
私が基本的に言いたいのは、我々が向こうに対して、北朝鮮に対して敵視していると向こうは言っていますけれども、彼らは敵視教育を小さいときからやっているわけです。抗日パルチザンのときにはどうであったかとか、小さいときから日本を憎む教育ばかりしているんですよ。そういう敵視政策をなぜ日本はもっともっと言わないのか。我々の敵視を言うんだったら、国民教育で仲よくするような教育をしなさいと私は言いたい。私興奮しますけれども、そういうことを考えていると。とにかく敵視政策が、向こうが小さいときから国民教育をやって、また、その敵視政策がないと政権が維持できない政権です。そういうようなところがわかりました。

 ですから、私は、あの国は豊かになってもだめだし、消費者が育ってもだめだし、とにかくお仕着せの国家をありがたく思うような政権体制を維持するということが彼らの自己目的化した政権維持の道だと思っていますので、こういう態度を何とかやるためには話し合いではとても無理だ。だから、西岡さんがいろいろと制裁のことを言っていましたけれども、私は賛成です。それがあってこそ本当に、とにかく是々非々で、確かに私は日朝正常化が早く解決して皆さんが交流すればいいなと思っておりますけれども、とにかく向こうの敵視政策も何とかしてほしいな。だけれども、それはちょっと無理でしょうね。 
(杉嶋参考人=【wiki】日経新聞記者北朝鮮拘束事件 北朝鮮に2年2カ月拘束された杉嶋岑記者) 

【疑惑の濁流】
朝鮮総連中央本部を落札したモンゴル企業の“怪” 背景で絡み合う思惑とは?

アバールリミテッドモンゴル
24日、ウランバートル市内で記者会見する「アバールリミテッドライアビリティーカンパニー」のチュワーメト・エルデネバト社長(共同)

 「北の大使館」の競売をめぐる争奪レースが、再び長期化の様相を呈してきた。宗教団体や有名企業の名前が飛び交った事前予想を覆し、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部(東京都千代田区)の土地・建物の再入札で50億円超の高値をつけて落札したのは、知名度ゼロのモンゴル企業「アヴァール・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー」。東京地裁は22日、売却許可の審査期間を延長するという異例の対応を取った。ア社の社長は「ビジネス目的」を強調するが、依然として実態は謎に包まれたままだ。複雑な思惑が絡み合う総連本部を落札した真の狙いとは…。

周辺者には、あの元横綱も
 「謎のモンゴル企業」「ペーパーカンパニーでは」と、落札直後から話題になって1週間。24日午後(現地時間)、ア社のチュワーメト・エルデネバト社長(47)がモンゴルの首都、ウランバートルでようやく姿を見せ、一部報道陣との会見に臨んだ。

 テレビで放映された会見では、エルデネバト社長はチェック柄のシャツの上に赤いベストという姿。硬い表情のまま質問に答え、報道陣を見渡すしぐさを繰り返す姿は、やや落ち着きを欠くようにも見えた。

 共同通信によると、エルデネバト社長は「ビジネスが目的」と説明し、「モンゴルをはじめ、日本、北朝鮮、韓国いずれの政府とも関係がない」と強調した。

 会見では、かつて日本の角界を盛り上げた元横綱、朝青龍の名前も飛び出した。

 すでに一部報道では、モンゴル出身の朝青龍との関係性を取り沙汰されていた同社。報道陣からこの点を聞かれたエルデネバト社長は、親類であることを認めた。エルデネバト社長によると、朝青龍の兄の妻が自身のきょうだいという。

 モンゴルの経済や政治に詳しい大正大学の窪田新一准教授はア社の落札について、「モンゴルの企業が落札したのは予想外だったが、同時になるほど、と納得する部分もあった」と振り返る。

 窪田准教授は「旧社会主義国のモンゴルは北朝鮮とのパイプが太く、同時に日本との関係も良好なことが大きな特徴。やはり、それがモンゴル企業による落札のカギを握っている」と指摘。さらにこう分析した。

 「ア社に経営実態がないという情報は有力と見られ、本当にビジネス目的で中央本部を落札したとは考えにくい。日本と北朝鮮には互いに拉致問題と中央本部の問題がある。そこにモンゴルが間に入る形で加わり、3カ国が絡む政治的な動きが背景にあるのではないか」

主役でない?落札者
 渦中にある中央本部は北朝鮮の事実上の「大使館」とも言われ、日本との外交窓口としての役割を担う。一方で公安関係者は、拉致をはじめとした工作活動を行うための「対日工作拠点」の側面を指摘するが、いずれにしても北朝鮮にとって、失いたくない最重要拠点であることは確かだ。

 競売の発端となったのは、平成19年の東京地裁判決だ。地裁は総連に対し、経営破綻した在日朝鮮人系信用組合から不良債権を引き継いだ整理回収機構(RCC)への627億円の債務返済を命じ、この判決が確定。RCCの申し立てを受けて競売手続きに入ったことで、入居を続けられるかが一挙に先行き不透明になった。

 民事執行法の規定により、中央本部の競売は債務者である総連に入札資格はなく、総連から資金提供を受けていることが分かった場合にも売却は不許可になってしまう。このため総連は、数十億円を投じる資金力を持ち、購入後も総連に建物を賃貸してくれる密接な関係性のある買い手に落札してもらうことを狙っているとの見方が広がっていた。

 朝鮮半島情勢に詳しい『コリア・レポート』編集長の辺真一氏は「日本に支店もないモンゴル企業が突然、“ビジネス目的”で日本で行われている競売に参加し、いわくつきの物件である中央本部を落札するはずがない。ア社は主役でなく、舞台装置に過ぎない」と断言する。

 辺氏は「北朝鮮や総連は直接、中央本部の売買に関わることはできないが、何か手を打たなければならない状況にあった」とし、「総連を支援する経済界の在日朝鮮人らが資金面などで関わり、モンゴル企業による落札という“絵”が描かれた可能性もあるのでは」と推測する。

水面下で見え隠れした動き
 総連の買い手探しは、今回が2度目となる。最初の入札で、今年3月に落札した宗教法人最福寺(鹿児島市)の池口恵観法主は、訪朝した際に最高人民会議幹部から「中央本部は私たちの大使館。なくなれば日本と敵対関係になるので、いい形で残せるように日本政府に話してほしい」と要請を受けたことを明かしている。

 ただ、最福寺は資金を調達することができず、結局、購入を断念。それ以降、総連は再び、買い手探しを進められてきたとみられる。

 公安関係者は「ホテルチェーンや宗教団体など、再入札で購入候補として何らかの噂が出たところは、2ケタにも達するほどで相当に多かった。裏を返せば、総連側が水面下でよほど必死に動き、各方面と交渉したが、なかなか話がまとまらなかったことが推測できる」と見る。

 一方で、今月の再入札直前には、ある変化もみられたという。

 公安関係者は「再入札直前に総連関係者の動きが妙に静かになり、まさか諦めたのではないかとは思っていたが…。ア社の内実は不明だが、日本と北朝鮮の両国にパイプのあるモンゴルに糸口を見出したとも考えられる」と話す。

書類確認に苦労?
 5億円超の保証金も納め、売却許可を待つばかりのア社だったが、東京地裁は、異例の審査期間延長を決めた。売却を許可するかの決定をする期日は追って指定されるが、地裁はさらに審査に時間を要すると判断したとみられる。

 ある民事裁判官は「日本の会社であれば、商業登記簿を見れば、誰が代表者かということや、定められた形式に一致しているかなどが簡単に分かる。しかし、今回はモンゴルの企業で書類も違うので、なかなか苦労しているのではないか」と推測する。書類内容などについて、大使館などへ問い合わせている可能性もあるという。

 ア社については「営業実態がない」との可能性も指摘されているが、「裁判所はあくまで形式的な審査を行うだけで、通常は、営業形態まで立ち入って判断することはない」(民事裁判官)という。

 仮にア社への売却が許可されれば、地裁が指定する約1カ月後の納付期限までに、50億円超という資金を集められるかが焦点となる。もし、1回目の入札のように、ア社が資金を調達できなかった場合や、売却自体が不許可となった場合は、3度目となる入札が行われる見通した。

 モンゴルにまで舞台が広がった、中央本部の競売。「北の大使館」を背景に描かれた絵の全貌は、まだ見えない。産経新聞2013.10.27
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131027/trl13102718000001-n1.htm 


朝青龍が北朝鮮を訪問
朝青龍が北朝鮮訪問

【4月23日 AFP】大相撲の元横綱朝青龍関(Asashoryu、本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ、Dolgorsuren Dagvadorj)が、モンゴルの外相とともに北朝鮮を訪問したことが、22日明らかになった。
  北朝鮮の朝鮮中央通信(Korean Central News Agency、KCNA)は同日、北朝鮮のナンバー2、金永南(キム・ヨンナム、Kim Yong-Nam)最高人民会議常任委員長とモンゴルのゴムボジャビーン・ザンダンシャタル(Gombojab Zandanshatar)外相一行の記念写真を公開した。平壌(Pyongyang)で撮影されたもので、この中に朝青龍の姿もあった。

 外相一行は20日に北朝鮮に到着。22日には金永南氏に対し、金正日(キム・ジョンイル、Kim Jong Il)総書記への贈り物を手渡したという。(c)AFP AFPBBnews2010.4.23
http://www.afpbb.com/articles/-/2720534?pid=5652584 

朝青龍の北朝鮮サーカス
http://4travel.jp/traveler/map/album/10226072/ 

【vol.60 朝青龍のサーカス】
3月25日(火曜日)最高気温+12度、最低気温-3度(晴れ)

サーカスを見てきました。朝青龍が持っているサーカスで、北朝鮮サーカスをやっています。とても楽しかったし、ドキドキしながら見ました。サーカスを朝青龍が買って、外見も内装も全部きれいにしています。いつものボロボロな古いサーカスが生まれ変わっていました。サーカスでは、モンゴルだけじゃなく、ロシアや韓国や中国やイタリアのなどのサーカスを今までやっていました。今月の14日から26日まで、毎日14時と19時の2回やっています。モンゴルは18年前に社会主義の時代があったので北朝鮮とそのまま中が良いいです。モンゴル人は、北朝鮮に行くとき、ビザがいらないそうです。サーカスの選手たちをみた瞬間に、いつもうちのおばさんが社会主義の時の人の態度や、服装などを話をしていたのを思い出しました。選手たちはステージに出たら一応手を振ってくれるんですが、笑顔がなかったです。サーカスの難しい業を見せてくれました。訓練もちゃんとやっていると思いました。サーカスは、ほとんど子供がみるものと思っていましたが、子供連れの大人もけっこういました。
ツォルモン 
(投稿日:2008.3.25)

参考
朝鮮総連本部競売1 民主党の密約 
朝鮮総連本部競売2 池口恵観法主 
北朝鮮・統一協会・韓流 
農水副大臣、政治資金でキャバクラ遊び 

ミトラmemo 朝鮮総連に署名を届ける、だと? 続き

ミトラさんのコメント
23. ミトラ 2013年10月01日 18:22
徐裕行が所属していたボランティア団体について。

組織名は「G-RISE日本」
リーダーは夏井辰徳、野村秋介の門下生だと紹介しています。
副リーダーは徐裕行
(野村秋介のパトロンは後藤忠正。2人がどれほど密接であったかは関連書籍や「代議士刺傷事件」で調べるとわかると思います。)
G—RISE日本の本部は静岡県富士宮市猪之頭。
後藤組本部も同じく静岡県富士宮市です。
ここで注目してほしいのがオウム真理教の本部。
麻原が拠点を置いていたのは上九一色村、富士宮市の隣町です。
更にオウムは富士宮市内にも第4サティアンや「富士山本部道場」を建設しています。後藤組は山口組系暴力団です。麻原は教団設立前に故郷の山口組に身を寄せていました。(高山文彦著「麻原彰晃の誕生」より出典。)本当に徐裕行は義憤に駆られて村井を殺したのでしょうか。徐の背景を調べると、不自然な接点が浮き彫りになってきました。

22目次
http://www.fujisan.co.jp/product/1224061/b/623248/#conetnts_area
月刊日本2011年04月22日発売号の目次
『被災地救援ルポ北北東に針路をとれ!いち早く被災地に乗り込んだ「G-RISE日本憚りながら支援者後援」』
(ちなみに画キャプにはないが目次末尾に
池口恵観 震災復興に求められる後藤新平の気概と胆力(池口恵観の日本救国論 第11回) なんてものがあったり...)
G-RISE日本憚りながら支援者後援
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2011/04/post-219c.html

憚(はばか)りながら
後藤 忠政
宝島社
2010-05-15

p271~273
オウム真理教と後藤組

「組織犯罪処罰法」は、宗教団体や政治団体などに擬装した団体や、暴力団やテロ組織など「反社会的集団」による組織的な犯罪に対する刑罰の加重と、犯罪収益のマネーロンダリング(資金洗浄)行為の処罰、犯罪収益の没収・追徴などを定めた法律。1995(平成7)年の地下鉄サリン事件をきっかけに制定された。適用範囲は広く、2人以上は「組織」と見なし、その罰則は、単独で犯行を行う者よりも厳しい内容となっている。

 実際にサツが、後藤組とオウムの間に、何か関係があるんじゃないかと見ていた時期もあったんだ。というのも、あいつら(オウム)は俺の地元(富士宮)にも進出してきたからね(それまで「オウム神仙の会」と名乗っていた教祖の麻原影晃=本名・松本智津夫死刑囚は87年、富士宮市内に「富士宮総合本部道場」を開設。以降、「オウム真理教」と改称した)。

 富士宮に進出してきた当初は、あいつら(オウム)も土地がいるんで、俺の知り合いの不動産業者の所に来たらしいわ。「農地を売って欲しい」とか言って。オウムとの「関係」といったって、その程度のことだ。不動産屋も、(オウム信者が)変な格好してるし、おかしな奴らだと思ってたようだが、宗教団体ってのは、だいたい土地を相場よりも高く買うんだな。広くてまとまった土地が欲しいし、そもそも「迷惑施設」といって、嫌われることが多いそうだ。だから農地でも宅地並みの値段で買ってくれるもんで、不動産屋にとってはいい客になるんだな。

 しかし、俺もあいつらが、あそこ(地下鉄サリン事件)までやるとは思わなかったよ。確かに、ウチの事務所よりも高い塀を作ってみたり(笑)、街の中を妙な格好して歩いたりしてたから、不思議な団体だな・・・・とは思っていたよ。そのうちに工場かなんか作り始めて、中でタイヤ何かをボンボン燃やして、地元じゃ「人を殺してやいてるんじゃねえか」っていう噂が立っていた。それがホントに殺してたとはなぁ・・・・。そんな奴らと「関係がある」って噂されたもんで、もう勘弁してくださいよって話だよ(笑)。

 坂本弁護士の一家が殺された事件でも、テレビで、あの「河上」(和雄・元検察官。現在は弁護士で、日本テレビ客員解説員などを務めている)とかいうヤメ検が、「あんな事件は素人ができるもんじゃない。ヤクザじゃないとできない。神奈川県警じゃ、後藤組の犯行と見ている」とか、堂々と言うんだもの。テレビのコメンテーターとかいう連中はホント、いい加減なこと言うよな。けど後から聞いたら、神奈川県警じゃホントに、ウチの関係者が関わってるんじゃないかって見てたオマワリも多かったそうだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

オウム真理教と後藤組の関係が疑われても仕方ないという状況はあったようだ

G-RISE日本本部
http://grisenihon.exblog.jp/15314457/ 
G-RISE日本 【本部】静岡県富士宮市猪之頭〇〇〇〇 

G-RISEインタビュー夏井・徐
【youtube】 福島県庁災害対策本部前で取材を受ける「G-RISE日本」夏井代表ー②

震災直後にヤクザが復興支援という報道がいくつかあり、「任侠」として持ち上げられていたが
その裏には何があるのだろう

瓦礫撤去、産廃処理から義援金詐欺、人身売買まで──ヤクザも訝しがる復興事業 
復興利権
貧困ビジネス
売春etc

まあこのあたりは想像がつくことだが

DARKNESSさん
『被災者の戸籍が大量に乗っ取られる危険な事態になっている』
http://www.bllackz.com/2013/09/blog-post_21.html
(こちらのサイトにはグロ画像もあるので苦手な方は閲覧注意)

「死んだはずの人間」が、よその県で次々と他市町に転入届が出されている。
最も危険なのは住民基本台帳が失われた宮城県南三陸町だが、東日本大震災で被害に死者を出した県はすべてが「要注意区域」となって、現在、警察と公安の監視下に置かれている。
何が起きているのか明白だ。誰かが「戸籍乗っ取り」をして「なりすまし」を行おうとしているのである。

「背乗り」か.....
(参考→薄気味悪い前原誠司

まあ憶測なんですが....

追記2013.11.20
カラパイアさんから
『外国人が調べ上げた日本のヤクザ10の事実』2013.11.4
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52144687.html
ヤクザの救援活動
8.やくざの救援活動
 2011年、東日本大震災が起こったとき、やくざはいち早く被災地に駆けつけた。1995年の阪神大震災のときもそうだった。やくざはスクーターやボートやヘリを使って、交通が寸断された神戸の町に支援物資を届けたのだ。こうした行為を、皮肉をこめて単なるピーアールだという人もいれば、やくざは法に縛られないから、必要なときにすぐに役に立つし、行政からの支援を受けられずに苦しんでいる人たちに自分たちの姿を重ねて同情的なのだと言う人もいる。警察がこうした慈善精神を見せるやくざを摘発するための協力を得るのは確かになかなか難しい。

 しかし、やくざにとって、大災害は金のなる木だ。2011年の大震災から数か月後、やくざは政府の復興工事受注入札にどんどん参入していた。甚大な被害で工事業者の数が足りないせいもあり、特にやくざは健全なビジネスと見分けのつかない窓口会社を経営しているため、警察もやくざを締め出すのは事実上不可能になっていた。逮捕されたあるやくざは、工事契約資金の上前をはねて、労働者を低賃金で使って利益をあげていた。やはりという感じだろう。 

このページのトップヘ