反日はどこからくるの

反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

カテゴリ : サヨク

I am NOT ABE

ふふ
風刺画にしてまでこき下ろしたのに
実現しちゃったのね
どや顔の上人 


それではここでクーデンホーフ・カレルギー伯を書いた
『青山栄次郎伝 EUの礎を築いた男』
を振り返ってみましょうwww

 国民国家というものが、排他的なナショナリズムによって正当化されている以上、それは国益の名のもとに、戦争の原動力となる役割のみを果たすー栄次郎がこのように説いたからこそ、国境なき国家連合こそが戦争を阻止する道であることを皆が理解したのである。

 現在のヨーロッパにおいては、国境の内側にいて、国防軍によって守りを固めることだけが安全な生活を保護する道でないことは、常識として定着しつつある。むしろ、パスポートを持たず、入国審査官や国境警備隊に出会うことなく、気ままに移動できる社会がよいのだと、皆が認識しはじめている。
何ゆえにこうも豪快に間違うのか?2 


イギリスがまさか離脱するとは!!
とは全然思わなかった
いずれ破綻は来るだろうと思っていた
(思ったより早かった)

パリ同時多発テロ
http://www.sankei.com/world/news/151116/wor1511160046-n1.html

ねぇ
「パスポートを持たず、入国審査官や国境警備隊に出会うことなく、気ままに移動できる社会」
は人類の進歩だったの?

そのリスクは想定外だったの?

参考
シェンゲン協定の危機 


【コメント下さってるみなさまへ】
今大変余裕がなくてお返事返してません。申し訳ありません。
現状以前のようなペースと内容では更新できませんがスキをみて更新しますm(__)m  

書いたばかりのお二人がまた雁首揃えて
アニメにも負ける左巻き諸氏
どうしても日本が悪いことにしたい。 岸井成格

【高市総務相電波停止発言】
「高市さんに恥ずかしい思いをさせなければ」田原総一朗氏、岸井成格氏ら6人が抗議会見

放送法高市早苗抗議


 田原総一朗氏、鳥越俊太郎氏、岸井成格氏ら放送業界で活動しているジャーナリスト有志が29日、高市早苗総務相の「電波停止」発言に抗議する記者会見を東京都内で開き、「私たちは怒っている」「発言は憲法、放送法の精神に反している」とする声明を発表した。

 呼び掛け人には、田原氏らのほかに、田勢康弘氏(会見には欠席)、大谷昭宏氏、金平茂紀氏、青木理氏が名を連ねた。

 声明では、高市氏の発言が「放送による表現の自由の確保」を定めた放送法1条や「表現の自由」を保障する憲法21条の精神に反していると主張。その上で「現在のテレビ報道を取り巻く環境が著しく『息苦しさ』を増していないか」として、「自主規制、忖度、萎縮が放送現場の『内側から』拡がることになっては、危機は一層深刻だ」と訴えた。

 会見で、岸井氏は「高市発言にはあきれ果てた。憲法、放送法の精神を知らない中での発言であれば、大臣失格だ。仮に曲解しているのであれば、『言論統制を進めたい』と思われても仕方がない」と高市氏を批判。田原氏は「非常に恥ずかしい発言。全テレビ局の全番組が抗議すべきだが、残念ながら多くの番組は何も言わない。高市さんに、恥ずかしい思いをさせなければならない」と訴えた。

 また、鳥越氏は「安倍政権からの恫(どう)喝(かつ)、脅しだ。安倍政権のなめきった態度が、高市発言となって現れた」と強調。「メディア内部に(政権への)遠慮がはびこっている。このままでは日本は大変なことになる。戦前のようになるかもしれないし、全権委任法を受けたナチスのようになるかもしれない」とも訴えた。

 会見で配布された声明文の全文は次の通り。

  ◇

 「私たちは怒っている--高市総務大臣の『電波停止』発言は憲法及び放送法の精神に反している」

 今年の2月8日と9日、高市早苗総務大臣が、国会の衆議院予算委員会において、放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に、電波法76条に基づいて電波停止を命じる可能性について言及した。誰が判断するのかについては、同月23日の答弁で「総務大臣が最終的に判断するということになると存じます」と明言している。

 私たちはこの一連の発言に驚き、そして怒っている。そもそも公共放送にあずかる放送局の電波は、国民のものであって、所管する省庁のものではない。所管大臣の「判断」で電波停止などという行政処分が可能であるなどいう認識は、「放送による表現の自由を確保すること」「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」をうたった放送法(第1条)の精神に著しく反するものである。さらには、放送法にうたわれている「放送による表現の自由」は、憲法21条「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」の条文によって支えられているものだ。

 高市大臣が、処分のよりどころとする放送法第4条の規定は、多くのメディア法学者のあいだでは、放送事業者が自らを律する「倫理規定」とするのが通説である。また、放送法成立当時の経緯を少しでも研究すると、この法律が、戦争時の苦い経験を踏まえた放送番組への政府の干渉の排除、放送の自由独立の確保が強く企図されていたことがわかる。

 私たちは、テレビというメディアを通じて、日々のニュースや情報を市民に伝達し、その背景や意味について解説し、自由な議論を展開することによって、国民の「知る権利」に資することをめざしてきた。テレビ放送が開始されてから今年で64年になる。これまでも政治権力とメディアのあいだでは、さまざまな葛藤や介入・干渉があったことを肌身をもって経験してきた。

 現在のテレビ報道を取り巻く環境が著しく「息苦しさ」を増していないか。私たち自身もそれがなぜなのかを自らに問い続けている。「外から」の放送への介入・干渉によってもたらされた「息苦しさ」ならば跳ね返すこともできよう。だが、自主規制、忖度、萎縮が放送現場の「内部から」拡がることになっては、危機は一層深刻である。私たちが、今日ここに集い、意思表示をする理由の強い一端もそこにある。

 〈呼び掛け人〉(五十音順 2月29日現在)青木理、大谷昭宏、金平茂紀、岸井成格、田勢康弘、田原総一朗、鳥越俊太郎
産経ニュース2016.2.29
http://www.sankei.com/politics/news/160229/plt1602290018-n1.html


176 - 参 - 総務委員会 - 6号
平成22年11月26日

●副大臣(平岡秀夫君)

 お答えいたします。

 番組準則については、放送法第三条の二第一項で規定しているわけでありますけれども、この番組準則については、我々としては法規範性を有するものであるというふうに従来から考えているところであります。

 したがいまして、放送事業者が番組準則に違反した場合には、総務大臣は、業務停止命令、今回の新放送法の第百七十四条又は電波法第七十六条に基づく運用停止命令を行うことができるというふうに考えているところでありますけれども、これも従来から御答弁申し上げておりますように、業務停止命令につきましては、法律の規定に違反した放送が行われたことが明らかであることに加えまして、その放送が公益を害し、放送法の目的にも反し、これを将来に向けて阻止することが必要であり、かつ同一の事業者が同様の事態を繰り返し、かつ事態発生の原因から再発防止のための措置が十分でなく、放送事業者の自主規制に期待するのでは法律を遵守した放送が確保されないと認められるといったような極めて限定的な状況にのみ行うこととしているところであり、極めて慎重な配慮の下運用すべきものであるというふうに従来から取り扱ってきているものでありまして、これまでこの業務停止命令を放送法違反を理由として適用した実績は一度もないというような状況になっているところであります。

平岡秀夫放送法 

この人達一体なんなんでしょうね


『進撃の巨人』は
戦いを前にした人間の葛藤がうまく描かれていて

例えば
「人類が一つになれるとすれば、人類外の敵が出来た時と言われているが」
「それはあまりに現実を知らない人の言葉ですね・・実際には人間同士が争ってばかりで・・」

というようなやりとりがあったりして

あぁ
左巻き諸氏の世界観ってアニメより幼稚
と思った

そもそもが「壁の中の偽りの平和」という設定が今の日本に似てますね
(参考→【youtube】第13回後編 進撃の巨人とサファリパークと日本【CGS西田昌司】

マンガが原作でアニメにも映画にもゲームにもなるくらいだから小学生だって見てるだろう
それ以下のリアリティしかない9条教ってどうなのよ
どこかの国の利益を代弁してる方は仕方ないんだろうけどお粗末でへそで茶を沸かしたくなるね

   ∧_∧ 
  ( ・ω・) へそで沸かしたお茶どうぞ
  (o旦o)
   u-u′

ironna見てたら
『総力特集!田原総一朗とは何者か』
http://ironna.jp/theme/506

各記事割と好意的なんで驚いた
そもそも自分は個人的に朝生が大嫌い
俎上に上がりにくい話題でも色々言える場を作ったということでは意味はあっただろうが
(でも人選が人選だから結局タブーありあり)
「解決させない」ための不毛な言い合い(討論ですらない)にしか見えないんだわ
(参考→朝鮮論法とは

コメントにも
「古色蒼然、アナログで凝り固まった老人にしか見えない」と書かれてますね

全く同感でございます
アナログ自体が問題ってわけじゃなくあまりに紋切型で

「常識を疑え!」田原総一朗の原点

 また8月がやってきた。69年前、僕は11歳だった。学校の教師は、あの戦争を「聖戦」だといった。「お前たちはお国のために死ぬのだ」ともいっていた。もちろん僕もそう信じていた。将来は海軍に入って、みごとお国のために死ぬのだと思っていた。だが、それは「夢」だった。

 69年前の8月のあの日。正午から天皇陛下のラジオ放送があるという。当時は、すべての家庭にラジオがあるわけではなかった。だから、ラジオのあるわが家に近所の人たちが集まり、あの放送を聞いたのだ。あのころのラジオは性能が悪く、雑音が多かった。それでも、ときどき明瞭になる陛下の声を必死で聞いた。

 意味はよくわからなかった。放送が終えると、みんなの間で意見が分かれた。「まだがんばって戦え」ということだろうという人もいた。「戦争は終わった。日本は負けたんだ」という人もいた。その後、役所から連絡がきた。そこで、よくやく日本が負けたのだ、ということがはっきりした。

 僕は悲しくなって、自分の部屋にこもって泣きに泣いた。海軍に入って、日本のために死ぬという、「夢」がかなえられなくなったからだ。いつの間にか、寝てしまっていたようだ。気がつくと、すっかり暗くなっていた。窓から外を見た僕は、とても驚いた。家々に灯がともっているのである。それまでは、灯火管制のため、夜は真っ暗になっていた。空襲に備えなければならなかったからだ。そのときになってやっと、僕は何か開放されたような、不思議な高揚感を覚えた。

 9月になり新学期が始まると、あらゆることが逆転していた。「この戦争は聖戦だ」といっていた先生が、「間違った戦争だった」といい始めたのだ。「鬼畜米英」といっていたアメリカが、「いい国」となっていた。総理大臣だった東条英機などは、一転して大悪人になった。教科書を墨で塗りつぶす作業も続いた。

 いったい何なのだ、と僕は思った。あの日を境に、自分が正しいと信じていたことが、すべてひっくり返されたのだ。それから僕は、「国、そして偉い人というのは嘘をつく」と肝に銘じ、疑うようになった。

 そのときの想いを、僕はずっと持ち続けた。この「常識を疑う」という気持ちは、その後、僕のジャーナリスト人生の原点になった。僕のエネルギーの源となったのだ。

 多くの人びとが、あの戦争で亡くなった。僕の大好きだったいとこも、戦死した。戦争が終わって、69年。戦争を知る人間が、どんどん少なくなっている。だからこそ、このことを僕は、何度でも書くし、いっておきたい。二度と戦争をしてはいけない、と。
(「田原総一朗 公式ブログ」2014.08.15) 

敗戦トラウマを引きずってるのは分かるのね
それを体験してない自分はその世代は理解できないのかもしれない
だけど
それWGIPのせいってもう事実として分かってるでしょ?
自分の思考のどの部分がそうなのか何で検証しないの?思考停止で怠慢でしょ?
老害田原総一朗 カビの生えたGHQプレスコードは捨てろ 
市井の人が複雑な気持ちを抱えたままというなら分かるんだけど「常識を疑え」とか掲げるジャーナリストでそれはないぜ

最近朝生でのアンケートで
番組の意図したのと違う結果が出るってことがよくあるみたいだけど

それはリアリティでアニメに負けてるからだよ(´・ω・`)

進撃の巨人大型巨人待ち受け

巨人と話合ってみろよ~~オラオラ(´・ω・`) 

余談
最近おすすめされてるねずさん(小名木善行氏)の動画
【youtube】第28話 ウシハク政治で壊れた国 〜歴史を学ぶ〜【CGS ねずさん】 
『入唐求法巡礼行記』に書かれている話

反乱軍を討伐せよと命じられた将軍は、強い反乱軍と戦いたくないんで避けていたところ帝から討伐の催促されたんで一般民をとらえてこれが反乱軍だと偽って引き渡す
弁解しても聞き入れられず反乱軍として処刑される
処刑した近衛兵は目玉を取ってむしゃむしゃ食べた(目玉は栄養があるから、らしい・・)

この世の地獄かよ と仰天したんだけど
もしかして
中国人には進撃の巨人ってあんまり恐ろしくないんじゃ・・?

以前コメントで紹介してもらった稲垣武氏の本をまた読んでたんだけど
朝日新聞の変わらぬ(-@Д@)ウリは悪くないニダ体質 
「慰安婦強制連行」に疑問を持つと朝日報道テロの標的に 
旭丘中学事件

個人的に見逃せないことが書いてあったんで抜粋



p136~138

北朝鮮ベタ褒め派の学者

 72年4月の金日成誕生六十周年に訪朝した日朝社会科学者連帯委員会のメンバーは、74年9月に前出の『チュチェの国 朝鮮を訪ねて』を刊行したが、これは北朝鮮ベタ褒め派のアンソロジーともいうべきものであった。

 たとえば訪問団長だった安井郁法政大学教授は、北朝鮮の政治は、「抑圧的な権力政治ではなく、愛情の政治です」として、こう書いている。

「現在のチョソン民主主義人民共和国の歴史的条件のもとでは、人民が”個人崇拝”とも見えるほどの敬愛の念をいだいて偉大な首領のもとにかたく統一・団結することが必要だということです。その統一・団結が社会主義・共産主義をめざす困難な闘争の勝利を保証します。チョンリマ・チョソンと呼ばれるほどのすばらしい躍進の原動力はそこにある、とわたしは見ています」

 そして安いは、日本にはまだまだ北朝鮮に対する誤解と偏見が満ち満ちていると嘆き、「われわれは曇りのない眼でこの近くて遠い国の真のすがたを直視しなければなりません」と説く。

 さらに、「『個人崇拝』であるかないかというような議論は、わたしにとってはどうでもよいことなのです。わたしに興味のあるのは、キム・イルソン主席の唯一的指導のもとにチョソンの社会主義革命と社会主義建設はいかに進行しているか、チョソンの社会科学はいかに発展しているか、それらはチョソン人民に幸せをもたらすものであるかどうか、それらは人類史の前身に寄与するものであるかどうか、というような問題であります」と極言している。

 しかしこの文言は、「個人崇拝」を「独裁」と、「キム・イルソン主席」を「朴大統領」と、「社会主義革命・建設」を「維新革命・経済成長」と言い換えれば、そっくりそのまま朴正煕政権の弁護になってしまうのではないか。

 ところが、安いら進歩的文化人は、こと「南」に対しては原則的な自由・民主主義を振りかざして非難攻撃し、「北」に対しては結果がよければ手段は問わないとするのが常であった。

「曇りのない眼」どころか、「社会主義」という色眼鏡をかければ何でも薔薇色に見えるという典型だろう。その安井が78年に「主体思想国際研究所」を創立したのも当然だった。


【wiki】安井郁
安井 郁(やすい かおる、1907年4月25日 - 1980年3月2日)は日本の国際法学者。平和運動家である。法政大学名誉教授、国際法学会幹事長。

人物
国際法専攻。戦前期はモーゲンソーの影響を受ける。第二次世界大戦中には東京帝国大学法学部教授として、田畑茂二郎(京都帝大)とともに、「大東亜国際法」を提唱した。しかしこのことをもって1947年占領軍により戦争協力とみなされ、1948年に東大を公職追放となる。神奈川大学教授を経て法政大学教授に就任した。

1954年3月1日のビキニ水爆実験による第五福竜丸被爆事件を契機に原水爆禁止運動を組織化し、水爆禁止署名運動杉並協議会議長を務めた。同年8月8日、原水爆禁止署名運動全国協議会事務局長に就任。1955年8月6日、広島で第1回原水爆禁止世界大会を開催した。9月19日に署名運動全国協議会と世界大会が統合して原水爆禁止日本協議会(原水協)が発足すると、その初代理事長に就任した。しかし、原水爆禁止運動での政党間の対立が激しくなり、1963年に原水協から社会党系が離脱したときには原水協の役員を辞任した。原水爆禁止運動の表舞台に現れることはなくなったが、朝日新聞の投書欄に繰り返し投稿し、運動の統一を訴えた。

その後、1970年、朝鮮民主主義人民共和国のチュチェ思想を研究し、日朝社会科学者連帯委員会の議長に就任した[要出典]。晩年は金日成主義を「独創的思想」と絶賛している[要出典]。チュチェ思想国際研究所初代理事長を務める[要出典]。

妻の安井田鶴子も安井の活動を支え、女性たちの読書会「杉の子会」(東京都杉並区)の反核署名運動や大石武一、新村猛と共に「草の根平和の集い」(1985年-1991年)などで平和・人道主義の活動をした。娘はロシア文学者の安井侑子。

チュチェ思想研あたりは[要出典]になってるのね
一応ソースはあるってことで 

チュチェ思想国際研究所といえばこの人ですね
エセ人権活動家 武者小路公秀 

よど号グループの妻数人がチュチェ思想研メンバーだったのを知っていますか?
日本の中の北朝鮮 チュチェ思想研究会 

平和運動家って何でいちいち北朝鮮と関わってるのかホント理解できない。
あと、大東亜共栄圏・大アジア主義=右翼 が戦後になると
アジア共同体=左翼 になるこのねじれ感がうまく自分の中で整理できないんだなぁ。。

チョンリマ【千里馬】
《〈朝鮮語〉》朝鮮の伝説で、翼をもち1日に千里をかけるという竜馬。朝鮮民主主義人民共和国において社会主義建設を促進するためのスローガンとされた。「―運動」
https://kotobank.jp/word/%E5%8D%83%E9%87%8C%E9%A6%AC-569633

. ,,,,,,,,,,,,,,,   ビビビビ
ミ,,,,,,,,★,,ミ  。))))))))   ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
<丶`∀´>/          (-@∀@)< 地上の楽園、ばく進する馬、国交正常化を急げ。
(  つ二/0          .(φ朝 )  \_________

http://l15.chip.jp/asahisinbun/ 

追記2016.2.27
p115
 朝日の入江徳郎特派員は12月25日付で「『ばく進する馬』北朝鮮」との見出しの下、「北朝鮮の経済建設のテンポはものすごい」「鉄、電力、セメント、化学肥料や穀物の人口一人当たりの生産高は日本をしのぐと北朝鮮政府はいっている」「深夜の町で酔っ払いなど一人もみることができない。真夜中雪の道を行くのは後退の労働者だ」と絶賛している。労働後に軽く一杯をやる自由も北にないことに気づかなかったようだ。
 

(´・ω・`)ちょっと~これ知ってた?
水間政憲氏の動画でようやく知ったんだけども


【ニコニコ動画】【無料公開】歴史問題の元凶 教科書採択と東京書籍 やまと新聞 水間政憲「国益最前線レポート」#50前編《2/14公開》 

教育委員会、教員に対し教科書会社が接待していたという問題
神奈川県の歴史教科書は東京書籍が90%の占有率
南京大虐殺があった等一番ひどいこと書いてるのが東京書籍
(´・ω・`)だそうですよ

発端は多分これ
ここから全国問題に発展したみたい


【youtube】三省堂が現金渡した21人 教科書採択に関与 NHKニュース 

教科書採択三省堂
教科書採択三省堂2
教科書採択三省堂3


三省堂の検定中教科書謝礼問題で長野県教育長「処分の行為なし」

 大手出版社の三省堂(東京都)が昨年8月に長野を含む11府県の公立小中学校長らを集め、検定中だった英語の教科書を見せて謝礼を支払っていた問題で、県教育委員会の伊藤学司教育長は5日、「(本県から出席した)校長自身に問題はなく、懲戒処分に該当する行為はなかった」との見解を示した。

 伊藤教育長は同日の県教委定例会後の記者会見で「検定中の教科書を見た本人を責めるのは酷だ。見せた三省堂側の問題」と指摘。謝礼の受け取りについても「本人は教育実践発表への対価だと思っており、何の問題もない」とした。

 伊藤教育長によると、校長は三省堂が都内のホテルで開いた会議に出席した際、5万円の謝礼を受け取ったが、直後に宿泊代や懇親会費を実費分として2万5千円を返還した。問題発覚後に残りの2万5千円を返し、さらに2万5千円を上乗せして計7万5千円を同社に支払ったという。
産経ニュース2015.11.6
http://www.sankei.com/region/news/151106/rgn1511060057-n1.html 

【教科書謝礼問題】
業界最大手の東京書籍も教員に謝礼 文科省、虚偽報告には指定取り消しも 

 教科書を発行する「三省堂」などが検定中の教科書を教員らに見せて謝礼を渡していた問題で、業界最大手「東京書籍」(東京)が西日本の教員約30人に検定中の教科書などを見せ、謝礼として現金1万円を渡していたことが8日、文部科学省への取材で分かった。

 文科省によると、東京書籍は平成22年9月に名古屋市内のホテルで、「拡大編集会議」と称して教員を集め、検定中だった中学英語の教科書を見せて意見を聴いた。謝礼として一人当たり現金1万円を渡したほか、遠方から来た教員の交通費や宿泊費も負担していた。

 8日午前に同社の営業担当者が文科省を訪れ、不正の事実を報告。同社担当者は「採択を勧誘する目的だったのではなく意見を聴いただけだったが、疑わしい行為をやったのは確かです」と謝罪した。

 文科省の担当者は「業界最大手も同様のことをやっていたのは遺憾だ」としている。同社の来年度から使用される中学英語教科書のシェアは33.8%でトップ。

 一方、教科書会社による教員への謝礼問題が相次いでいることを受け、義家弘介文部科学副大臣は8日、教科書会社でつくる教科書協会(東京)が都内で開いた臨時会合で、「報告漏れなどが発覚したような場合は、指定の取り消しも含めて必要な措置を講ずることも辞さない。徹底的な調査を行っていただきたい」と適正な報告を促した。

 これを受け、同協会会長の佐々木秀樹日本文教出版社長は「編集段階から子供たちの手に渡る供給までの過程をつぶさに見直し、全社、詳細な報告書を提出させていただく」と応じた。

 文科省は昨年12月、三省堂以外の教科書会社にも自己点検を要請し、今月20日までに文書で報告するよう求めている。
産経ニュース2016.1.8
http://www.sankei.com/affairs/news/160108/afr1601080017-n1.html


【教科書謝礼問題】
《視点》悪弊断ち切れるか 教員側の意識改革も急務

 平成21年度以降の小中学校用教科書検定で、多くの教科書会社が教員らに検定中の教科書を見せ、延べ約4000人に謝礼を渡していた。文部科学省幹部も「想定以上の規模」と驚くように、その実情はルール違反の常態化というほかない。

 問題の根は深い。少子化に伴い、教科書市場はピーク時の昭和33年に比べ約47%も減少。そうした中、原則4年に1度の教科書採択でシェア(占有率)を落としたくない各社の営業は過熱傾向にあり、水面下で採択に影響力を持つ有力教員らに接近し、「意見聴取」の大義名分で囲い込みを図る流れは強まっている。

 実際、ある教科書会社幹部は「日ごろからアドバイスをもらっている先生方に検定中の教科書を見せるのはお礼の範囲であり、謝礼も当然」と漏らし、教員をつなぎ止めるためにはルール違反もやむを得ないとの考えを示唆する。別会社の幹部は「教科書内容はどこも大差はない。他社と差がつくのは営業力ぐらい」と言い切る。「不適切行為はなかった」と文科省に報告した10社の対応を疑問視する向きすらある。

 一方で、教員側の規範意識の希薄さも懸念される。地元の教育委員会に届け出をしないまま、謝礼を受け取ったケースは少なくないとみられるからだ。既に三省堂の問題では関与した教員らが処分されている。

 教科書が無償配布される義務教育は公教育の根幹だ。今回の事態はその制度を揺るがす背信行為にほかならない。教科書業界と教育現場には教科書を手にする児童・生徒に恥じない行為が求められている。(花房壮)
産経ニュース2016.1.20
http://www.sankei.com/life/news/160122/lif1601220029-n1.html

連日甘利疑惑ガー金銭授受ガーと騒いでたのに
こんなとんでもないことが起こってた
教科書は内容で採択されてるのかと思ったら何と
「営業」で採択されてた!?

ご存じの方いると思うんですが、教科書展示会といって一定期間全社教科書が展示されて市民が意見提出出来るというのがあります
(例・東京都
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/shidou/27tenjikai.html)
ところがこういうニュースを聞いてしまうと
意見聞きましたっていうアリバイ作るだけの儀式だったんじゃないかって疑惑すら出てくるわけで 

水間政憲氏はポストカードを学校OBとして送付することを提案されていますが
(ポストカードについて→http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/)
そうでなくても気になる方は「うちの学校は(自治体は)大丈夫ですか!?」と問い合わせ等するといいと思います

「だって教科書に書いてあるよ!?」
これがどれだけ重大なことになるか・・ 

別なことを書こうと思ってサイトに行ってたまたま目に入った記事
どこかで見たぞこの構図!

香山リカのアイヌ問題「反論」は無意味な駄文【小林よしのり氏寄稿】

 文中、敬称を略する。

 香山リカが3月21日付の「日刊SPA!」にて「『アイヌ否定問題』で小林よしのり氏に反論」(http://nikkan-spa.jp/819659)と題する文章を発表している。

 まず、タイトルがおかしい。

 わしは「アイヌ否定」などしていない。北海道島を中心に過去「アイヌ」と呼ばれる文化集団が存在したことも、その子孫が現在も存在していることも否定していない。

 ただし、アイヌが歴史的に一民族を形成したこともなく、現在の日本に「アイヌ民族」と呼べる民族が存在しているわけでもないと言っているのだ。

 アイヌは古くから和人との混血が進み、純血のアイヌはとうに存在せず、アイヌの血は薄まる一方である。さらに、アイヌ語やアイヌ式の葬祭など、日常生活にアイヌ文化を継承している人も一人もいない。だから、アイヌの血をいくらか引く「アイヌ系日本人」はいても、「アイヌ民族」はいないと主張しているのだ。

 香山が今回、最も重視した論点は「私はアイヌ協会の回し者ではない」である。もっと大事な論点があるだろうと、呆れてしまう。

 それに、香山は「アイヌ民族」であるか否かの認定について、アイヌ協会が定款に基づく「客観的審査」をしていると書いているし、「創」3月号の対談でもそれを強調していたではないか(P105~106)。

 さらに香山は「国連でのスピーチなどでも、先住民族と承認を得ることが日本からの独立、日本の分断といった動きにつながることはない、と当事者が繰り返し主張している」と書いているが、国連でそのスピーチをした「当事者」とは、アイヌ協会理事長(当時)の故・野村義一である!

 アイヌ協会が「日本の分断にはつながらない」と言っただけで、なぜそれを信じられる? それは、安倍晋三が「集団的自衛権行使で戦争に巻き込まれることは断じてない」と言っているから信じようと言っているのと何も変わらない
(出た~サヨクのダブスタ)

 しかも、現アイヌ協会理事長の加藤忠は「奪われた土地や資産の補償などの問題もあります」と発言したことがある(北海道新聞2008年7月28日夕刊)。これでは「国家の分断」に繋がることを危惧しても当然と言えよう。

 香山の発言はアイヌ協会の代弁に等しく、「アイヌ協会の回し者」と疑われても文句は言えない。それなのに「この発言にもっとも傷ついた」「最大にガッカリした」「それはないよ、小林先生……」と大げさに嘆くのだから、つくづく客観性のない人である。

 そのアイヌ協会による「アイヌ民族」の認定方法だが、簡単に言うと「本人の自認」と「戸籍などで確認できる血筋」である。そして、たとえ戸籍などでアイヌの血を引いていると明確に認められる人でも、本人が否定すれば「アイヌ民族」とは認定されないという。

 つまり「アイヌ民族」は、本人の意思次第でやめられるのだ。そんな「民族」なんて、あるのか!?

 香山は、わしやスタッフの時浦のブログが膨大にあるからとても反論しきれないなどと言っているが、わしは香山に対する論点を「3つの質問と1つの要望」に絞ってすでに提示している。

質問1 アイヌの血が1%、和人の血が99%になっても「アイヌ民族」なのか?

質問2 アイヌ語も話せず、アイヌ文化を一切継承していなくても「アイヌ民族」なのか?

質問3 自分の意思でやめられるようなものを「民族」と言えるのか?

要望 「アイヌ利権問題」について、わしよりずっと詳しく追及しているアイヌ系日本人の工芸家・砂澤陣と対談せよ。

 香山は先日の「反論」において、この「3つの質問と1つの要望」に一切答えていない。

 代わりに言うことといえば、「国際社会で決まっているのだ。もう議論の余地はないのだ」と、こればっかりである。この話にならない感じ、どこかで見たことがあるような気がしていたが、思い出した。バカボンのパパだ。「国会で、青島幸男が決めたのだ。これでいいのだ」と言っているのと同じである。

 香山リカは国際社会が決めたから捕鯨反対か? 国際社会の決定だって間違いはいくらでもあるのだから、「これでいいのだ」で思考停止するわけにはいかない。その足掛かりとしての3つの質問なのだが、香山は決して答えられない。無駄な文章を長々書いてごまかすしかないのだ。あれは全く「反論」の体を成していない、無意味な駄文である。
文/小林よしのり
日刊SPA!2015.3.27
http://nikkan-spa.jp/824201

小林よしのり氏の文を引用したのはアイヌ問題を論じるためではなく
香山リカ氏の思考や言動パターンに大変既視感があるからですが

「国際社会で決まっているのだ。もう議論の余地はないのだ」と、こればっかりである。この話にならない感じ、どこかで見たことがあるような気がしていたが、思い出した。バカボンのパパだ。「国会で、青島幸男が決めたのだ。これでいいのだ」と言っているのと同じである。

あーこれは正に池田信夫氏が書いていた
池田信夫blog『国連の誤解を逆輸入する「人権派」弁護士』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51909476.html
のことではないかwww

バカボンのパパ

小林よしのり氏が論点を絞って「3つの質問と1つの要望」を提示する一方
主観論と「これでいいのだ」に終始する香山リカ氏は
解決させない ための論を展開している
(参考→朝鮮論法とは
「これでいいのだ」と話合いを強制終了しちゃうわけですね

声闘の極意
論より大声
国連持ち出して相手を黙らせたら勝ち!

だけど
ブーア・ブキッキオ氏による援助交際13%発言撤回や
ろくな資料検証もせず審議プロセスすら未公開なまま南京大虐殺資料が登録されたことで
「国連」という価値のメッキは剥がれ落ちたし
NGOが国連にご注進して勧告が出されているというマッチポンプ構造も分かった
(→NGOの声が国連経由で「国際社会からの批判」に化けてるだけ!

もう「国連」=「国際社会」っていう論は通用しないんでヨロシク(´・ω・`)

参考
未だWGIPにとらわれ続ける人達 
世界を知る「コスモポリタン」という自己特権化
 


SEALDsTOKAI日本は殺し殺されることはなかった

http://togetter.com/li/907420

「日本は(戦後70年間、戦場で)一度たりとも殺し殺されることはありませんでした。
再び若い命が無駄にされるようなことになりそうな歴史の分岐点に立っていると思います。
安倍政権を倒すべく、新しい日本作るために手を取り合って一緒に頑張りましょう。」

一連のツイートに突っ込み入りまくってるが
『SEALDsTOKAI「日本は一度たりとも殺し殺される事はありませんでした」・・・・』
http://togetter.com/li/906296 

竹島は?
(→釜山収容所 拿捕された漁船乗組員のその後
東アジア反日武装戦線や日本赤軍は?
朝鮮戦争時の日本特別掃海隊は?
等々

この中になくて引っかかっていたので書いておこう

池上彰も「驚くべき史実」と語る占守島の戦い
『歴史街道』 2015年12月号

歴史街道編集部

「まさに教科書に載っていない歴史」(池上彰)
 今年の夏以降、にわかに話題を集め続けている太平洋戦争期の「秘史」がある。1945年8月の「占守島(しゅむしゅとう)の戦い」だ。

 占守島の戦いとは、太平洋戦争が「終戦」した2日後の1945年8月17日深夜(18日未明とも)、日本領だった千島列島北東端・占守島に、ソ連軍が攻め込んだ出来事だ。当時、日本とソ連は中立条約を締結していたが、ソ連は千島列島、樺太、さらには北海道の北部を日本から奪い取ろうと「不法侵攻」を仕掛けた。

 この時、ソ連軍の侵攻を食い止めたのが、占守島に残っていた日本軍将兵だった。この史実は、戦後の日本においては、作家の浅田次郎氏が小説『終わらざる夏』で題材にしたことはあったが、語られることは多くはなかった。

 しかし今年の夏、「終戦70年」を契機として、いくつかのメディアが占守島の戦いを取り上げた。また、11月上旬には、今年に占守島などで見つかった日本軍将兵の遺骨が、ロシアから日本の遺族団へと返却されたことも報じられた。

 そして、ここにきて再び、地上波のテレビでも占守島の戦いが取り上げられるなど、メディアの注目も高まっている。11月22日(日)19時54分から放送される『池上彰の教科書に載っていない20世紀~戦後ニッポンを救った知られざる人々~』では、実際に占守島をルポ取材。番組についての記者会見で、ジャーナリストの池上彰氏は「(もしも日本軍守備隊の活躍がなければ)北海道北部に『日本民主主義人民共和国』ができていたかもしれない。まさに、教科書に載っていない20世紀の歴史」だと指摘した。

 「当時、ソ連のスターリンは第2次世界大戦の戦いを『大祖国戦争』と呼んだ。祖国を守る戦い、ドイツから祖国を守る戦いだったはずが、実は『祖国の栄光のために』と、日露戦争で日本が領有化した土地を『奪い返す』という思いも抱いていました。

 実は、占守島で日本軍の守備隊が必死に戦った結果、北海道北部がソ連に占領されないで済んだんじゃないか……。これは、驚くべき話です」(池上彰氏) 

「8月15日、皆が無事に帰れたわけじゃない」(宮崎美子)
 同番組に出演し、実際に占守島で取材した宮崎美子氏は、次のように語る。

 「終戦って、いつなのか。1945年8月15日じゃなかったのではないか。どこで区切りつけるのか。占守島の戦いは、まさにその話。8月15日に玉音放送があって、その場で全部戦闘は終わり、皆、無事に帰れたわけじゃなかった。そこから始まった戦いがあって、その結果が、今の北方領土問題にもつながっています。

 今回、ロシアでの取材で現地の方の話を聞きました。千島列島は、もともとは平和的にロシアと日本で条約が結ばれて、平和裏に日本の領土になったのですが、そうじゃないように現地では教えられていました。『日露戦争の時に奪い取られた千島列島を、我々が血で購って取り返した』と。

 『だから北方領土も自分たちのものだ、当然だろう』って怒られたこともありました。そうした点は、実際に取材を行なわないと分からないことです」(宮崎美子氏)

 ロシアの教科書には、占守島の戦いでは「正義の戦いとして載っている」(池上氏)という。その一方で、日本においては宮崎氏が「正直、私もこれまでは知らなかった」と語るように、ほとんど語られることはなかった。

 だからこそ、今こそ占守島の戦いを伝えたい。そう語るのが、池上氏の番組のプロデューサーを務めた堀靖彦氏だ。

 「占守島と聞いて、終戦後に日本とソ連が死闘を繰り広げた場所という史実を、果たしてどれだけの日本人が知っているでしょうか。歴史を知ることこそが、私たちの進むべき道を教えてくれます。

 正しい歴史認識のためには、正しい歴史教育が必要なのは言うまでもありません。そんな思いを抱くなかで、今回の番組も生まれました」(堀靖彦プロデューサー)
占守島の戦い池上彰宮崎美子

 池上氏は、「占守島の戦いに関しては、まだ当時を体験したご存命の方もいらっしゃいます。しかし、これからは、そうした方々がいらっしゃらなくなっても、『日本には色々な戦いがあったんだよ』と伝え続けることが必要ではないでしょうか。今回は占守島の戦いですが、インパール作戦やノモンハン事件もそうでしょう」と語る。

 占守島の戦いがなければ、戦後の日本の歴史は、多かれ少なかれ変わっていた可能性が高い。その意味では、終戦後、待ち焦がれていた故郷に帰る夢を置き、再び武器を手に取った日本軍将兵の姿は、池上氏が語るように、先の大戦の史実の中でも、特に今後も語り継がれるべきであろう。
ironna
http://ironna.jp/article/2415?p=1 
 
【wiki】 占守島の戦い 

ソ連軍の上陸
当初、日本側は上陸してきたのはソ連軍と断定できず国籍不明としていたが、次第にソ連軍と認識するに至った。ソ連軍が占守島に上陸したとの報を受け、第5方面軍司令官の樋口季一郎中将は、第91師団に「断乎、反撃に転じ、ソ連軍を撃滅すべし」と指令を出した。

こんなところにオトポール事件の樋口季一郎中将がいたんですね
【wiki】樋口季一郎 
 樋口季一郎とユダヤ人脈

この時戦わなかったら一体どうなってたでしょうね
だから9条教徒は嘘つきだっていうんですよ


【youtube】戦後70周年 奇跡の将軍・樋口季一郎

『杉原千畝 スギハラチウネ』という「日本が反ユダヤだった」という侮日プロパガンダ映画が公開されるが
そんなものには惑わされないように
日本を貶めようとする悪意2 杉原千畝「命のビザ」キャンペーン
 

お知らせ
国連広報センター、外務省に電凸して下さった方のレポート!
そよ風さん
『国連の仕事は日本叩きなのか? 歪められる日本の実相』
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51859462.html 
(のらりくらりと責任逃れ・・こんなとこに税金投入する価値があるのか?!)

援助交際13%の元ネタが分かったみたい
『国連報告者「援助交際13%デマ」の経路特定』
http://togetter.com/li/899167

国連にせっせと告げ口するNGOを断たないといくら火消ししても追いつかない

コメントで教えてもらった

仁藤夢乃氏の恩師である故阿蘇敏文氏
仁藤夢乃コスモマガジン9
http://www.magazine9.jp/article/realpeace/15299/
「河合塾コスモ」の農園ゼミで出会ったと

宗教語らず農業教える牧師 模索する予備校生を支援

 人生につまずき、心の奥から救いを求める人たちがいる。しかし、宗教は「小さくされた者」(聖書のことば)の受け皿になれずにいるのが実情だ。そこで一人の牧師の姿を通して、宗教の枠組みを超えた実践について考えてみたい。

 大手予備校の河合塾には高校卒業程度認定試験(旧・大検)に備えるコース「コスモ」がある。学科の勉強よりもまず、人と交わることや視野を広げることが重視される。引きこもり状態だった生徒が少なくないためで、学ぶ動機づけとなるようなユニークな講座が用意されている。

 その一つ、東京校の「コスモ農園」ゼミを担当しているのは新宿区・百人町教会の牧師、阿蘇敏文さん(67)。発足した88年から2年間は座学で世界の食糧問題を教えていたが、自身が土に触れることに目覚め、校舎から田畑に出た。16~22歳のゼミ生が十数人、参加している。

 茨城県龍ケ崎市の田で9月、稲刈りが行われた。ほとんどが鎌を持つのは初めて。干すために稲穂をわらで束ねても、すぐゆるむ。「なんだ、そのユルフンは」と阿蘇さん。「今はパンツだけど、昔はふんどしといって……」。脱線気味の話に笑いが絶えない。ただ、一本の茎に何粒の米が実っているかを数えさせたときは真剣だった。

 「一つの生命から、たくさんのいのちが生まれます。みんなも同じように、たくさんの実を結ぶのです。何に人生を賭けるか、ゆっくり考えてください」

 ある男子(19)は悩んでいる。「高校は3日でやめた。バイトもこわい。将来を考える時間がほしい」。阿蘇さんはそんな若者たちに心を痛める。「いい学校や出世……。いろんな枠にとらわれてしまっているが、深いところでは自己解放を求めているはずです。人間を解放していくのが宗教の役割。教義を吹き込むのでなく、よけいなものをひっぺがしてあげたい」

 開かれた農園はそのためにある。仲間と雑談するのも自由だ。「土や風はみんなを受け入れ、互いを結びつけてくれます。そこには人間の力を超えたものがある。ぼくはそれをキリストと思うけど、宗教用語を使う必要はありません。ただ『自然』と呼んでもいい」

 連帯感をもたらす農作業と同じくらい大事にするのが食事を囲むこと。信仰の共同体に対して、阿蘇さんは「食卓共同体」と呼ぶ。結婚式や葬式が象徴するように、食事は人のつながりを確かめる場となる。家族が崩れつつある今、その意味を回復させたいという。

 稲刈りの3週間後、新米を炊き、肉じゃがなどをつくった。「みんなでつくった食事です。感謝していただきましょう」と阿蘇さん。ひとときの静けさのあと、一人が茶わんを手に「うまい」とつぶやいた。

 「先生」ではなく、だれもが「阿蘇さん」と呼ぶ。卒業生もやってくる。今春、東京農業大学に入学した阿部花映さん(18)は言う。「ここで出会ったのはかけがえのない人たち。心の底の底のほうでつながっている感じがします」

 ことばを超えたメッセージを受け止め、新しい自分を見つけようとする生徒たち。一人の男子は「弁護士になる」と宣言した。「教えているつもりはありません。反対に、えらそうなことを言うお前は何者だ、と常に問われているようです。子どもたちは私を導く天使だなと思っています」と阿蘇さんは語る。
asahi.com 2007.11.3
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200711030084.html

色々な事情でドロップアウトしてしまう、しかかってしまう学生はいるので
こういう施設も必要なのだろうと思っていたところ

河合文化教育研究所
河合文化教育研究所(通称 文教研)は、1984年に学校法人河合塾の付属研究機関として設立されました。
http://bunkyoken.kawai-juku.ac.jp/about/index.html

河合塾文化教育研究所小田実牧野剛
http://bunkyoken.kawai-juku.ac.jp/researcher/index.html

うわぁ小田実・・・(辻元清美議員をスカウトした人ですね→【wiki】小田実 河合塾だったのか)

他もなんだか赤い感じが・・

【wiki】牧野剛 
河合塾コスモ牧野剛憲法

画像→http://www.tokyo-np.co.jp/hold/2007/consti/news/CK2007051002115057.html

牧野 剛(まきの つよし、1945年9月24日 - )は、日本の評論家、市民運動家。河合塾・文理学院(旧河合塾文理、現・河合塾仙台校)国語科講師(現代文・小論文)。元養護学校教諭、元高等学校教諭。

人物
岐阜県恵那市生まれ。岐阜県立恵那高等学校、名古屋大学文学部国史科卒業。

1984年の大学共通一次試験国語現代文問題と同じ出典の文章(藤田省三 『精神史的考察』)を事前に全統模試で出題、「問題を的中させた」として一躍大学受験界の寵児となった。『30年後の「大学解体」』では、全共闘「原人」と評されている。予備校業界で、最も長い間働いている講師の一人。60歳を過ぎた現在でも、講義のために毎週名古屋と仙台を往復する生活を送っている。

名大では中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)同盟員として活動。中核派離脱後も一貫して新左翼思想家としての道を歩んでいるが、新右翼「一水会」の鈴木邦男は講師仲間で、「左右討論」などの塾内企画を共同で行うほどの仲であり、選挙では応援演説も受けるなど柔軟な姿勢も見せている。

参議院愛知県選挙区再選挙、愛知県知事選挙、名古屋市長選挙などに立候補する際は、本人の講義内で述べるところによると、所属先の河合塾に対して最初から立候補者に議論を持ちかけることが目的であって落選を前提とすることを示唆した上で行い、河合塾も落選することが自明であるので辞職や退職の話題もなく静観するのだという。結果は、やはり全て落選している。1988年に予定されていた名古屋オリンピックへの招致反対運動にも参加するなど、政治家への野心は無いが、政治の誤りを正す運動や政治を行う者への直接的な議論を求めるなど、政治的な興味を持った活動をすることで知られている。

国会議員の辻元清美は教え子であり、さまざまな影響を与えている。

2003年、石川県金沢市に大学受験予備校『翔学舎』を設立。校長を務める。テレビ東京『ガイアの夜明け』で取り上げられる。

現在も河合塾名駅校等で教鞭を執る。1980年代には、牧野の授業に定員の6倍を超す生徒が集まったこともある。アイデアマンとしても知られ、講師の研究費制度や受験生用の貸切新幹線など、河合塾の黎明期を支えたシステムの多くが牧野の提案から生まれた。

河合塾COSMOコースの創設者の一人。パーソナルゼミの一つを受け持っていたが、体調の悪化のため2012年度より名古屋コスモから外れている。

定年退職後はこれまでの講師経験を活かし、「予備校文化」についての研究を発表したいと語っている。

(((( ;゚д゚))))アワワワワ
それで鈴木邦男氏のブログに仁藤夢乃氏とのツーショットがあったのかぁ・・リンクは貼らないけども

河合塾って何なん!?一部だけなの?
何気に予備校行ってこんな真っ赤な偏向思想植え付けられたらたまらんよね

それでですね
ドロップアウトとか引きこもりとかいう問題を引き起こしてるのは真っ赤な偏向思想教育が一因と言われている
個人的な感想としても少なからぬ影響があると思っている
他国の女性を強制連行して性奴隷にするような民族
30%(→13%)が援助交際するような民族
と始終ヘイトを受けて
まっすぐ子供が育つはずがない

それをやってるのは誰?

人権ガー少女に支援ヲーて言う前に日本人ヘイトをやめろ!
支援が必要な子供を増やすだけ・・・・あ、その方が都合がいいんですね
よーーーく分かりました。

追記2015.11.14
仁藤夢乃成人式自信を持って節目を過ごす
https://twitter.com/colabo_yumeno/status/664742685274542080

ねぇ
その自信を失わせているのは誰だと思うの?

参考
仁藤夢乃「日本は児童買春の国」←やっぱり西早稲田 
キリスト矯風会とECPATと従軍慰安婦 
「平和教育」という名の虐待

お知らせ
国連広報センター、外務省に電凸して下さった方のレポート!
そよ風さん
『国連の仕事は日本叩きなのか? 歪められる日本の実相』
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51859462.html 
(のらりくらりと責任逃れ・・こんなとこに税金投入する価値があるのか?!)

援助交際13%の元ネタが分かったみたい
『【秋葉原児童ポルノ問題】デマの情報源はなんと中国メディア?『女性国際戦犯法廷』の当事者団体も登場』
http://togetter.com/li/896837

津田弥太郎議員による暴力沙汰は気の毒であるが
それはそれとしてあらためて大沼保昭氏は非常に問題のある人物と分かった
嘘、デタラメばかりで何度本を叩きつけたくなったことか


編者
大沼 保昭 東京大学教授
徐 龍達(ソ ヨンダル) 桃山学院大学名誉教授
(竹島訪問して「独島は韓国領土」とかパフォーマンスした久保井規夫・元桃山学院大学講師のいるとこですね
異教徒との戦い4 赤い学者の培養所

1986.1.20 初版
2005.5.20 新版

p75~78

強制連行

大沼 日本の経済が次第に戦時体制へ移行していくと、だんだん朝鮮から事実上強制に近いかたちでの労働力移入が増えていくわけですね。

 1937年に日中戦争が起こって、戦線が拡大してきます。そうするとどうしても日本の中堅労働力が、兵力として動員されていくということで、労働力不足の問題が出てくるわけです。とくに深刻な問題は地下労働です。炭鉱とか金属鉱山の場合、機械化が進んでなくて、戦時中の突貫作業で非常に事故が多い。長時間労働で危険なうえに重労働ですから、日本人がこれを嫌うわけです。したがって、その分野には朝鮮人、中国人や戦争の捕虜をもって補っていかなくてはならない、というのがだいたい強制連行の動機になるわけです。

大沼 朝鮮人の強制連行は一般には3つの時期に分けて考えられていますね。

 最初は募集方式を採用しました。これは1939年から41年までなんですが、朝鮮人労働者を必要とする日本の企業が朝鮮総督府に申請するわけです。そうすると朝鮮総督府は募集の地域を指定する。すると日本の企業が派遣した人がその地域に行って、朝鮮のことは分からないから、まず協力を得るのはムラ役場、朝鮮でいうところの面事務所、それに警察署になります。これらと打合せをして、募集人数だけその地域で集めるわけですが、これがなかなか集まらない。

大沼 これが第一段階ですね。

 警察や行政の力を借りても頭数をそろえるのがなかなかうまくいかないので、もっと強力に官斡旋法式、官権介入ということになります。これが1942年から43年までです。ひとりひとりじゃなくて、隊組織。集めて隊を作って、途中での逃亡を防ぐため監視をつけて、日本に連行するわけです。それでもまだうまくいかないので、あとは1944年から敗戦までは徴用が行われるわけです。

大沼 国民徴用令が適用されるわけですね。法律的に言いますと、一応国民徴用令以前は形式的には強制ではない。ただしその実態においては、当時の行政権力や警察、とくに植民地における日本の行政権力と警察が協力することによって、自由募集あるいは斡旋といってもかなり強制の色彩が強かったということでしょう。

 そうです。そのことはいろいろな文献に表れていますけれども、募集してもなかなか応募してこない。しかし、とにかく頭数をそろえなくちゃいけない。そこで寝込みを襲うとか、畑で働いている人をトラックに強制的に「乗れ」と言って連行するとか、だいたいそういう方式をとっているわけです。

 吉田清治さんの証言や本(『私の戦争犯罪ー朝鮮人強制連行』三一書房、1983年)によれば、乗りたくない人を強制するために、その中の力の強そうな人を日本刀で切りつけて、血を見せ、見せしめにする。それで皆が恐れおののいて、トラックに押し込まれるという「奴隷狩り」の実態があったのですね。

 隊組織をしても逃亡させないための監視が大変なんですね。汽車や船に乗せて、不寝番をして船室や汽車の前後の出入口を守るとか。

大沼 隊組織というと、それは官斡旋法式の時期ですね。

 募集じゃなくて強制ですね。夜も眠らないで監視しなきゃならないんですから。

 当時の朝鮮総督府が直接介入していたという記録もあります。

大沼 そういうかたちで経済的、あるいは経済外的な事実上の共生で連行された人たちが、もちろん日本の炭鉱、港湾などに連行されたばかりでなく、今はソ連の統治下におかれているサハリン(旧樺太)にも送られて、今でもまだ帰って来れないでいるという事実もあります。

 サハリン問題については大沼さんらの「アジアにたいする戦後責任を考える会」が大変よいことを始めましたね。日本にも良識が生きているというあかしです。
 
(姜=姜 在彦(カン ジエオン)氏:筆者)

(´・ω・`)どっから突っ込んでいいんかな・・・・
例えば・・在日朝鮮人自身が語ってるわけですよ

苦難の在日一世、デモへ

(部分抜粋)

幼いころに父を亡くし、14歳のころ、先に日本で働いていた兄を頼って母とともに海を渡った。

終戦の年の秋、家族と朝鮮半島に戻ったが、母と夫を相次いで亡くした。そして1950年、朝鮮戦争が勃発。幼い長女をおんぶし、砲火の下を逃げ回った。

仕事を求めて再び日本へ渡った。
多文化強制した結果→川崎汚鮮


祖国、日本 平和願う言葉 加賀の在日コリアン2世

(部分抜粋)

「なぜ私たちが日本にいるのか」。中学生時代に父熙徳(ヒドク)さんに聞かずにはおられなかった。熙徳さんは、生まれ育った現在の韓国慶尚南道の昌寧(チャンニヨン)で畑仕事をしていた十五歳の時、刀を突きつけられトラック、貨車、船をへて千島列島に。日本が朝鮮半島を統治していた時代。飛行場建設の肉体労働が待っていた。賃金は出たが、労働は八年近くに及んだ。解放されて故郷に戻り、結婚。今度は仕事を求めて一人で日本にやって来た。福井県北部で働き、家族を呼び寄せたという。
中日新聞2015.11.8
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2015110902100006.html
(一人で日本にやってきた人に何か配慮する必要があるわけ?)

他にも密航してきたとか
在日が在日を訴えた イルム裁判

大沼氏はこんだけ嘘八百ばらまいてよく平然と生きてられるな

大沼みずほ議員はもちろん父親とは別人格だが、ずうずうしく自民党にいないで離党して欲しいわ
まぁ他にもそんな議員は沢山いるんだけど 河野太郎とか

(こんな嘘八百がまかり通っていたとこから、事実はこうだと伝え続けて空気を変えた人達に感謝)

参考
『【要拡散】在日朝鮮人が必死で隠す「君が代丸」の史実を広めよう!なぜ嫌がるのか?強制連行が真っ赤な嘘である動かぬ証拠だからだ!』
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n124926

アジア女性基金元理事・大沼保昭の勝手な言い草 
人権派が誘発するヘイトクライム 

たまたま読んでいた本に羽仁五郎が出て来たのでコピペ



p152~155
日教組誕生秘話
 日教組(日本教職員組合)の誕生も、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムとかかわっています。これについては先に述べたように羽仁五郎CIE(民間情報教育局:筆者)が密談を積み重ねていたという記録が残ってします。

 かつて大日本教育界という教員の組織がありました。その大日本教育界の建物をある日、暴力的に乗っ取って「ここは日教組の建物である」と宣言をしたのが日教組の始まりです。

 日教組誕生の背景には、労働組合を重視したGHQの政策がありました。占領軍に協力的な日本人を探し出して支援するという方針がCIEの活動指針「再教育・再方向づけ」の中に含まれていたのです。「再教育・再方向づけ」を提案したのはGHQ民生局(GS)の課長で、憲法草案にも関与したチャールズ・ルイス・ケーディスですが、その提案の中に占領軍に協力的な日本人を探し出して彼らを支援するという方針があったわけです。

 ほとんどの日本人は封建的な概念、日本人が世界の支配者となるべき優越な資質を持っているという信念、極端な人種意識、外国コンプレックスなどの精神態度を共有していると彼らは考えました。これらのイデオロギーや思考様式を変革しなければ、占領の究極的な目的を達成することはできないと考えたのです。

  そのために、占領軍は彼らの究極的な目標を受容し、援助したり、本国の利益を促進したりするような日本人を探し出そうとしました。そして、これらの日本人が自分たちの目指す目的を達成できるようなポジションに置かれるように配慮し、彼らに指導と援助を与える。つまり、米国の目的と理想を日本人に理解させるような情報を積極的に提供することにしました。そして、米国が退いたのちにも日本人自身において再教育プログラムが継続されるように、日本人自身が再教育のプロセスに積極的に参加することを奨励するべきであると考えたのです。

 この指針には「リベラル・エデュケーター」という項目があり、リベラルな教育者にはどういう人がいるかという一覧表が添付されていました。どういう人たちが戦後の教育改革に役立つかと研究し、あらかじめそうした人たちをリストアップしていたのです。歴史教育も日教組も、その人たちを表に立てて利用しながら作っていきました。その中にはリベラル派と呼ばれている人たちに加え、共産主義者・社会主義者が沢山含まれていました。コミンテルン史観を信奉する人たちが戦後の教育を担ったのですから、教育がいびつなものになったのも無理はありません。

 一方、利用される共産主義者のほうは、自分たちがアメリカを利用しようと考えていました。共産主義者の歴史・国家・天皇に対するスタンスは、反国家・反天皇・反歴史です。その点で戦争を犯罪として徹底しようという、初期の占領政策と一致したわけです。

 もっとも、反天皇という点については占領軍の考えが変わってきましたから共産主義者とは必ずしも一致しなくなったわけですが、日本の伝統的な歴史観と国家間については「反日」というところで一致していました。最終的に目指す方向は違いますが、アンチのところでは一致していたのです。

 共産主義者の野坂参三が毎日CIEに来ていたということが、CIEの日系人のインタビューからわかっています。これはまだ誰も研究していませんが、そこを調べれば占領軍と共産党の間で何が話し合われたかがはっきりしてくるはずです。

 羽に五郎とCIEが密談を重ねて日教組を作ったように、おそらく野坂参三とCIEが毎日会っていたことが何らかの結果を生んだものと考えられます。もしかすると教育勅語の廃止に影響しているのかもしれません。教育勅語廃止の高等指令が出て来た背景の詳細についてははっきりしませんから、日本側から働きかけていった可能性もあります。また、野坂参三や羽仁五郎といった人たちがアメリカ側に情報提供をして、「問題だ」と働きかけた可能性もあります。それはまだ立証されていませんが、調べればきっと何か見つかるはずです。
 
ちなみに羽仁五郎のことを知ったのはこの記事
保守速報さん
『日教組を作ったのは、羽仁五郎という人です』 
http://hosyusokuhou.jp/archives/31301579.html

これでソースらしきものはついたかな
引き続き何か分かったら書きます(`・ω・´)ゞ


参考
羽仁五郎とハーバート・ノーマン 
中共の捕虜洗脳を元に贖罪意識を植え付けたGHQ

週刊文春 2015.9.10号
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5392

イケメンリーダー奥田愛基(23)独白90分
安倍首相に「バカか、お前は」 SEALDs学生デモ団体って何者?
●一番会いたい政治家は小泉進次郎 ●朝日新聞に「もっとカッコよく撮って」と注文●宣伝カーは共産党系提供●恋愛OK就活は?●リーダー父はホームレス支援牧師

p30~33
”国民なめんな””勝手に決めんな”ラップのリズムに乗せて、反安保のデモを繰り広げる学生組織「SEALDs」が注目を集めている。彼らはいったい何者で、何を目指しているのか。安倍首相に「バカか、お前は」と言い放ったリーダー格の奥田愛基氏を直撃した。

 8月30日、東京永田町の国会議事堂前で「安保反対十万人集会」が行われた。主催者発表で十二万人、警視庁まとめでは三万人とされたが、いずれにしろ、現場には大群衆がつめかけた。狭い歩道で押し合いへし合いするうちに、一部が警察官の生死を振り切って策を乗り越えて車道にあふれ出し、参加者二名が機動隊員を暴行したとして公務執行妨害で逮捕されるという騒然とした雰囲気のなか集会が始まった。

 民主党の岡田克也代表、共産党の志位和夫委員長、さらには懐かしや、生活の党小沢一郎氏までもが駆けつけて安保反対をブチあげるが、降りしきる小雨のせいか、群集のテンションは今ひとつ上がらない。

 そんな中、Tシャツに半パンというラフな格好で現れた若者が登壇すると、一気に会場が盛り上がる。

「主催者は俺たちであって、『最高責任者は私だ』と言ってのさばっているお前じゃない」

 若者は、そう威勢よく発言すると、続けて、リズムに乗せて、「どうでもいいなら総理をヤメろ」とシュプレヒコールを連呼した。

 その一挙手一投足が、デモ参加者やマスコミの注目を集める。若者の名前は奥田愛基氏(23)。「自由と民主主義に基づく政治を求める」学生グループ。

「SEALDs(シールズ:Student Emergency Action for Liberal Democracy)」のリーダー的存在である。

 記者の後ろでは年配の女性たちが「奥田くんがよく見えない」と芸能人でも見に来たかのようなノリ。

 さらに奥田氏に「今日ビッグな先輩がいるんですけど、駆けつけてくれるということで、チョー待ってました」と紹介されて続いて登壇したのは、なんと音楽家の坂本龍一氏。坂本氏は「シールズの若者たちが発言してくれているのをみて、日本にもまだ希望があるんだなと思った」と持ちあげてみせた。

官邸・公安関係者も注目
 シールズといえば、先日、自民党を離党した武藤貴也衆議院議員がツイッターで、<彼ら彼女らの主張は「だって戦争にいきたくないじゃん」という自分中心、極端な利己的考えに基づく>とつぶやいて物議を醸したことでもしられているが、「安保反対に声をあげる普通の若者たち」として、今やマスコミの注目度はその武藤氏に匹敵するほどになりつつある。

 彼らの動向には安保法案の成立を目指す官邸も神経を尖らす。

「支持率の下落にようやく歯止めがかかってきた官邸としては安保法案でこれ以上反対が広がるのは避けたいところでしょう。それだけに若くて絵映えがする学生たちが反対運動の前面に出てくるのを苦々しく思っています。なかでも奥田氏は先月23日の集会で国会における安倍総理の”どうでもいい”というヤジを逆手にとって、『どうでもいいなら首相をやめろ。バカか、お前は』と言い放ったことで、官邸もご立腹な様子です」(政治部記者)

 シールズとは一体いかなるグループなのか。

「シールズは特定秘密保護法に反対する『SASPL』という首都圏の学生グループを前身にして、安保法制に反対するグループとして今年5月に立ち上げれました。現在は、関西や東北、沖縄にもそれぞれの地域のシールズがあり、緩やかに横の繋がりをもっています。首都圏では、中心メンバーは30人ほどですが、デモや集会には数百人の学生が集まります」(公安関係者)

 そのデモのスタイルは従来のイメージと一線を画すものだ。ヘルメットにゲバ棒どころか、クラブにでもいそうな今どきの若者たちが、太鼓を叩き、いわゆるラップのリズムに乗せて「戦争するな」、「国民なめんな」、「安倍はやめろ」と短いフレーズを連呼して、場を盛り上げていく。フライヤーと呼ぶチラシは、メンバーのうち美大生らが手がけたもので、左翼系の団体が作成するような文字ばかりの無骨なものと違いスタイリッシュなデザインのものばかり。

「『カッコイイ、楽しそう、スタイリッシュ、気軽に参加できそう』というイメージを大事にしながら、抗議活動をするというのが彼らの流儀です」(同前)

「社会に大層な期待してない」
 一方で、共産党などの既存左派系組織との関連を指摘する声もある。
「決して多くはありませんが、シールズのメンバーのなかには、民青同盟の人間もいるし、車両や機材は共産党系組織から借りることもあります。彼ら自身は、党派色を排除し、それらの組織から距離をおくようにしているようですが、既存左派組織がシールズを取り込もうと躍起になっているのは確かです」(同前)

 本当のところはどうなのか。小誌は、シールズのリーダー的存在である前出の奥田氏に話を聞いた。

 十万人デモの前日、東京竹橋の学士会館では、翌日のデモに参加する学生の団体が記者会見を行っていた。その会見後、「文春が朝日と違ってどういうメディアかはわかっているつもりです」と苦笑しながらも、奥田氏はインタビューに応じてくれた。シールズに対しては、マスコミの注目度も高い。だが、当人たちはメディアの過熱ぶりに醒めている。

「僕らの主張を伝えてもらうためにメディアを利用するところはあるが、メディアも僕らを利用して都合よく切り取ろうとしますからね。今日も朝日の人が何人も来てくれましたけど、僕たちに喋らせるんじゃなくて、ほんとうは自分たちで書けばいいんですよ、堂々とオピニオンとして」

 特に、記者にダメ出しをすることもあるという。

「見出しがダサいとか、写真がよくなかったりとか。前もロイターの写真と朝日のを比べて『もっとカッコ良く撮ってください』と注文をつけたことがあります。あと朝日や東京新聞に『テンション高すぎるので、もっと抑えてください』と注文したり。こちらの注文を聞いてくれるときもありますよ(笑)」

ーーメディアに注目されて嬉しい?
「嬉しくはないです。別に注目されたいと思ってやってないし。そんな夢がでっかくないんで。僕、北九州の貧困家庭みたいなの見て育っているんで、この社会に大層な期待をしてないんで」

 奥田氏は1992年福岡県生まれ。西表島の北にある鳩間島という離島の中学を卒業後、島根県にある全寮制のキリスト教系の高校に進学。現在は明治学院大学4年生である。
「中学でいじめられて不登校になったんです。一度は復帰するんですけど、今度は別のヤツがいじめられてて、『なんでそんなことするの』と訊いたら、『イキがってたら、ハブられてもしょうがなくね』と言うんですね。この感覚は怖かった。それで自分で調べて、鳩間島にある不登校とか孤児の子を受け入れて注目されている中学校に入った。タフだったけど、すげえ楽しかったですね」

 奥田氏の父親は、北九州市内でホームレスの支援活動を長く続ける牧師で、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で取り上げられたこともある。
「20年コツコツやってきて、ようやく注目されるようになりましたけど、それまでの孤独な闘いも見ているので。この社会は、タフにやるべきことを渋々とやっていくことが一番大事だと学びました。僕は14歳で家を出ていますが、何をするにも自分で決めて、選んだ道の結果は自分で引き受けなければならないということを覚えましたね」

彼女とは遠距離恋愛中
 大学に入学した年に、東日本大震災が発生。奥田氏は、被災地支援に取り組み、2012年には反原発デモに参加。その後、「SASPL」(前出)での活動を経て、「SEALDs」を立ち上げた。

「大学で国際政治を勉強しているんですが、今回の安保法案では、国家の根幹がぶれるようなすごいことが怒っているのに社会はすごい静かだなって。憲法がなぜ重要かと言ったら、国家の暴走に歯止めをかけるものだからですよね? 日本ではものを言う人は少なく、若者は特にそう。ならば誰かが引き受けなければいけないんじゃないかと思ったんです」

 では現実の日本の安全保障についてはどう考えているのか。
「安全保障上の戦略はシールズ内でも人によってバラバラです。ただ、今回のフルスペックの集団的自衛権の内容は、これまでの憲法と国家の歩みからするとかなりハードルが高いことをしている。それなのに首相補佐官が『法的安定性は関係ない』と発言するほど憲法が軽んじられているから、憲法を守るべきだという点は共有しています」
(えっフルスペックは間違いじゃね)

ーー個人的な違憲としては、改憲にも反対?
「今の九条の範囲で、自衛権が合憲だという判断ができないのかな、という立場です。憲法九条があるから、災害救助とか、ガチの軍隊とは異なる、今の自衛隊の独自性が生じてきたと思いますし。何より、自民党の憲法草案を見て、今のこの国には憲法を書ける人がいないのか、と愛想がつきたのもあります」

 とはいえ、選挙を経て選ばれた一国の首相に対して「バカか、お前は」という言い方はいかがなものか。
「メディアの切り取り方が酷かったのもありますが。言葉遣いに気を付けなきゃと反省しました。ただ議会制民主主義だから国民が直接選んだのではなくて、自民党に安倍さんしかいなかったということですよね」

 デモ活動をする上で彼らが重視するのは、「カッコよさ」である。
「たとえば、自分でお店を出して友達に来てもらいたいと思ってフライヤーつくるときに、白黒で文字だらけのダサいものをつくっても、来てくれるわけないじゃないですか。ツイッターやフェイスブックに写真を載せるときだって、普通、どうしたらカッコいい写真になるか、工夫しますよね。その日常の感覚をデモに持ち込んだだけ。僕らの日常性を武器にするというか」

 シールズを特徴づけるのは、穏やかな組織形態だ。
「コアメンバー30人の他にLINEに登録されている学生が200人。グループに代表はいませんから、いつもみんなでわーわーやってる感じです。デザインや映像、広報、会計、デモなど15ぐらいの班があって、各班のリーダーを『副司令官』と呼んでるんです。これはメキシコのサバティスタ民族解放軍というゲリラ組織の影響です。彼らは非暴力で革命を目指しているのですが、そのリーダーのマルコスが自分のことを『副司令官』と名乗ってるんです。なぜかと言えば『人民こそが司令官だから』。それ聞いて、かっこいいなあ!と(笑)」

 学生主体のグループだが、大学を卒業したメンバーもいて、原則どんな人でも参加OKだという。メンバー同士の恋愛も特に制限はない。

 ちなみに奥田氏は、現在遠距離恋愛中だという。
「この活動でなかなか会えなくて、文句を言われているんですけど、最近は、彼女もスゴい『反・安倍』になってきたんです。『安倍政権が終らないとデートもできない』って(笑)。今はシールズ関西にいます」

 サークルのノリとはいっても、活動を続けるには、活動資金が必要となる。初めてのデモの資金は、奥田氏ら中心メンバーのバイト代で捻出したが、現在は1口千~3千円ほどの個人カンパで賄っているという。
「よく聞かれるんですけど、困ってはないですよ。だいたい数百万はあるんじゃないですかね。一回のデモで印刷代とか、だいたい2、30万かかるかな」

 一方で、資金援助をしてでも、彼らを陣営に取り込みたい既存政党の思惑があるのも事実だ。
「僕はツイッターでも書いてますが、民青も共産党も嫌いだし、シールズを立ち上げるときに周辺に核マルや中核がいないか調べて、そのへんの人たちとは距離を置きましたよ。だって怖くないすか、そういうの」

ーーでも共産党系組織に宣伝カーを借りている?
「全労連から借りた車があって、共産党がバックにいると書かれましたね。でも、あのときは社民党、民主党、共産党に声をかけて、一番デカくて音が大きい車を借りたんです。アホみたいですけど(笑)」

ーー会ってみたい人は?
小泉進次郎さんですね。色んな政治家のスピーチを見ていますが、レベルが違う。凄かったのは、防衛大学の卒業式で、卒業後、自衛官にならない人に向かって、『君たちは内実を知って社会に出ていくわけだから、仲間がやっていることを伝えてほしい』ということを言ったんですね。トリッキーに動く人よりも、王道でブレない人がいい」

 一方で、シールズの活動をすることで、就職活動への不安はないのだろうか。
「不利な面も有利な面もあると思うんです。面接のときに聞かれてもいないのに『デモ言ってます』という学生がいたら、僕だって落としますよ。あとは、会社側が『デモ言ってるか』と訊くかどうかですが、そんな思想チェックする会社、怖いじゃないですか。実際には、ホームページ人から、『困ったらウチに来い』という誘いもあります」

 こうしたシールズの活動を高く評価するのは、神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏だ。
彼らは既存の政治組織やイデオロギーと全く関係のないところから出て来て、『憲法を守れ』というものすごくストレートな主張をする。組織的な緊張感がなくゆるやかな連帯を呼びかけている点が評価できる」 

 一方、京都大学名誉教授の中西輝政氏は、戦後左翼運動のサイクルに過ぎないとみる。
「女性のスカートが長くなったり短くなったりするのと一緒です。戦後日本における学生の風潮も、デモがダサい=政治に無関心という時代が続いた。それが第二次安倍政権の登場をきっかけに、若い世代が政治化するサイクルが回り出したのです。シールズの活動をみると、太鼓を叩いて短いフレーズを叫ぶのも、べ平連がやってたなと。新しいようで我々の世代には懐メロのように見えてしまうのです」

 現在、参議院で審議が進む安保法案は、今年14日以降、衆議院で再可決が可能となる。そうなればシールズの活動はどうするのか。奥田氏はこう語る。
「どうなんでしょうね(笑)。わからないです。でも個人的にはいま起こっていることを学問的に書き残した方がいいと思うので、修士課程に進みたい。親も『賢くないと生き残れない』と言ってくれてます」

安保反対に声をあげる普通の若者たち
彼らは既存の政治組織やイデオロギーと全く関係のないところから出て来て

それがそうじゃなかった
『SEALDs(シールズ)とキリスト教左派』
シールズの主要メンバーは、キリスト教愛真高校で特殊な平和?教育を受けた活動家。
→http://togetter.com/li/873269
SNSを通して自然に集まったというのはとりあえず嘘でした

奥田氏のツイート
奥田愛基小泉進次郎って言ってない

一番会いたい政治家は小泉進次郎って一回も言ったことない笑
https://twitter.com/aki21st/status/639162750007046144 

仁藤夢乃レインボープライドLGBT奥田愛基乙武
https://twitter.com/colabo_yumeno/status/592173129134252032

仁藤夢乃氏とも親しいみたいですね
仁藤夢乃「日本は児童買春の国」←やっぱり西早稲田 

参考
太鼓を叩いていた子達に「民主主義」と「民主主義の敵」を教えよう 
アメリカのコントロールから抜け出さないのはなぜなんだい?

10SEALDs奥田3110SEALDs奥田30
10SEALDs奥田33
10SEALDs奥田32 

安保法制反対派が二言目に言う「アメリカの戦争に巻き込まれる」

それがおかしな論理なのは
そもそも日本国憲法はアメリカが作ったものだということ
だからアメリカのコントロールから抜けたいならますます改憲する必要がある
(※反米ではない)
アメリカのポチと罵りながらその枠に意地でもしがみつく滑稽ときたら

そしておかしなことがもう一つ

SEALDsの前身SASPL
SASPLツワネ原則
http://spearprojpn.strikingly.com/

①情報公開に関する国際原則であるツワネ原則に大きく反していること。

ツワネ原則はですねぇ
オープンソサエティ財団ツワネ原則
アメリカの財団(Open Society Justice Initiative)
オープンソサエティ財団=ジョージ・ソロス
吉松育美さん騒動16 「国際基準」に踊るのを見て笑う人がいる 

アメリカの戦争に巻き込まれる!と言いつつアメリカの財団の出した指標を盲信っておかしくないですか?
(もちろんアメリカは一枚岩でないが)

岩上安身ツイッターモートンハルペリンツワネ原則
モートン・ハルペリン氏

【wiki】モートン・ハルペリン
モートン・ハルペリン(Morton H. Halperin、1938年6月13日 - )は、アメリカ合衆国の政治学者。専門は、外交政策論、核戦略論。現在、外交問題評議会上級フェローおよびオープン・ソサエティ財団上級顧問

コロンビア大学卒業後、イェール大学で博士号取得。ハーバード大学を経て、ジョンソン政権時代に国防次官補代理(1966-1969年)、ニクソン政権時代に国家安全保障会議メンバー(1969年)、そしてクリントン政権時代には大統領特別顧問、国家安全保障会議メンバー、国務省政策企画本部長(1998-2001年)などを歴任。また、1984年から1992年までアメリカ自由人権協会のワシントンDC支部長を務めた。

ただの財団顧問じゃないですね

だからSEALDsとその前身SASPLは
日本を引き続き米のコントロール下に置こうと活動している
当人達はそう思っていないかもしれないけども
結果としてそうなっているわけですね

日本国民は誰しもアメリカの戦争になんか巻き込まれたいとは思っていない
左の人は勘違いしている気がするけど右の人も情けない米ポチ状態から脱却すべしと思っているわけです(=戦後レジームからの脱却)

安倍晋三はそれをやろうとしている
かもしれない
違うかもしれない
言ってるだけで実は更にポチになろうとしているかもしれない

そこは正しく監視して批判しなきゃいけない
ただ反権力思考で「安倍しね」と言ってるだけじゃだめだ
まして米財団の指標を元に批判しているようでは・・・

SEALDsの資金源はもしかしてある国では、と思っている人はいるだろう
その中に米国が入らない人がまだまだ多いみたいで、危惧するところ。
(資金提供があったかどうかは知らないけども・・)

「オレンジ革命とかですね、アメリカの民主化基金が反体制派に資金を流したり、デモやる時に英語のプラカード掲げなさいとかね、シンボルカラーを使ってTVカメラを意識しなさいとかノウハウの伝授をアメリカがずっとやって来てたんですね。」
陰謀論じゃない。ウクライナで起こったこと。

SEALDsデモ@国会前
英語のプラカードばっかり
SEALDsプラカ英語ばかりcat
https://twitter.com/catbsky/status/614689595741990913

アメリカの戦争に巻き込まれたくないなら
自分の頭で考えて一歩でも抜け出せ

田原総一朗「朝日新聞批判記事にみるナショナリズムの影」

 朝日新聞が従軍慰安婦問題を巡る記事の誤りを認め、一部撤回した。大きな波紋を呼んだ今回の総括だが、ジャーナリスト田原総一朗は、さらに注文をつける。

*  *  *

 朝日新聞の8月5日の「慰安婦問題」に対する総括報道に対して、各週刊誌が次のような見出しを掲げ、一斉に激しい批判記事を掲載した。

「世界中に『日本の恥』を喧伝した『従軍慰安婦』大誤報 全国民をはずかしめた『朝日新聞』七つの大罪」(週刊新潮)

「朝日新聞よ、恥を知れ! 『慰安婦誤報』木村伊量社長が謝罪を拒んだ夜」(週刊文春)

「世界がこの大嘘を根拠に『日本を性奴隷国家』と決めつけた 朝日新聞『慰安婦虚報』の『本当の罪』を暴く」(週刊ポスト)

「『従軍慰安婦』記事を30年たって取り消し 日本人を貶めた朝日新聞の大罪」(週刊現代)

「『慰安婦誤報』32年間放置の果てに『大特集遺言』を残して逝った『国賊メディア』朝日新聞への弔辞」(アサヒ芸能)

 朝日新聞は総括報道を行った以上、こうした批判は当然、予測していたであろう。

 32年もたっての総括というのは、誰だって遅すぎると思うだろうし、また明らかに誤報だったことを認めながら謝罪の言葉がなかったのは違和感がある。「女子挺身(ていしん)隊」の記事を書いた植村隆記者に「意図的な事実のねじ曲げなどはなかった」としているのも納得しにくい。

 だが、こうした問題はありながら、今回の各週刊誌の朝日新聞たたきには、見逃すわけにはいかない共通点がある。

 それは、朝日新聞が「世界中に『日本の恥』を喧伝した」「国賊メディア」で、いわば「売国的」なメディアだと決めつけていることだ。言ってみれば、現在の朝日新聞批判は、いずれも強いナショナリズムがバネとなっているのである。

 私は、わずかではあるが第2次世界大戦中の世論を知っている。戦争への批判はもちろん、食べものが少なくなること、空襲が激しくなること、男の先生が出征して授業が埋まらないことなど、いかなる批判も許されなかった。ナショナリズムに裏打ちされた愛国心を散々強要されたあげくの敗戦であった。

 こうした体験を持ったがゆえの偏見なのかもしれないが、私はナショナリズムには拒否反応を覚えてしまう。そして、朝日新聞批判に強いナショナリズムを感じるがゆえに、「朝日新聞よ、頑張れ」と言いたくなるのである。
(国籍選択の自由は保証されている。ナショナリズム皆無で生きていける国籍を選択せよ)

 その朝日新聞に注文がある。

 私は朝日新聞が総括報道を行った翌日から、通常よりも熱心に紙面を読むようになった。

 あれだけ大々的に総括報道を行ったのだから、当然ながらさまざまな反応が生じるはずである。そして、そうした反応は電話やメールもあるだろうが、数多くの投書のかたちでも示されているはずである。私自身、テレビ番組をオンエアした後に、電話やツイッターなどの反応を細かく点検している。総括報道に対する週刊誌の反応は、いずれも大批判であったが、投書にはそうでない反応も数多くあるはずである。

 そうした投書が読みたいのだが、検証記事の掲載以後、それに対する投書というものが一通も掲載されていない。これはどういうことなのか。当然ながら大量の投書が来ているはずで、総括報道を行ったのだから、朝日新聞としては、できるかぎり多くの投書を掲載することが読者に対する責任だと思うのだが、この点はどうなっているのか。

※週刊朝日 2014年9月5日号
dot.2014.8.27
http://dot.asahi.com/wa/2014082700005.html

GHQプレスコードの存在が文書で確認された以上
米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘
プレスコードに依った論は見直して改めなければいけない
それをしないのは思想信条関係なく怠慢にして思考停止
戦後70年の長きにわたって同じことを繰り返し一歩も前に進まない脳死状態

日本国が国民国家である以上ナショナリズム全否定、まして悪とするのはあり得ない
ならば日本国がナショナリズム以外の何によって立っているのか提示する必要があろうね
あるいはナショナリズム皆無で成り立つ国を挙げてくれてもいい

提示はしないし、出来ないだろうけど。

田原総一朗氏はリベラル人脈のキーマンらしいので注意

orgハリス鈴木絵美駒崎乙武津田
日本語・天皇制はグローバル化の邪魔 桐島ローランド

スターリンと毛沢東
1949年、訪ソ時の毛沢東とスターリン
【wiki】毛沢東


【正論】
冷戦勝利の歴史観で現代史語れ 東京基督教大学教授・西岡力

 この8月に多くのマスコミが行った戦後70年キャンペーンに強い違和感を覚え続けた。私は本年2月24日本欄で、なぜ、70年前の敗戦にだけこだわるのか、「第3次世界大戦」とも言うべき冷戦において、わが国は自由民主主義陣営に加わって、24年前、ソ連が崩壊したときに勝利したという観点に立つべきだと主張した。

 20世紀の世界史を回顧するとき、ナチズムとスターリニズムという「二つの怪物」によって、人類がいかに苦しめられたかを無視することはできない。

《なぜソ連の侵略に言及しないか》
 ユダヤ人数百万人を迫害・殺戮(さつりく)したナチズムは人類史の大きな汚点だが、平時に数千万人の自国民を死亡させたスターリンのソ連、毛沢東の中国、死者は数百万人だが人口比ではむしろ多いポル・ポトのカンボジアと、金正日の北朝鮮もまた同様である。

 「侵略」を議論するなら、日ソ中立条約を一方的に破って参戦したスターリンのソ連が、北方領土を武力で強奪し、60万人のわが国軍人をシベリアに強制連行して6万人の犠牲者が出たこと、満州で150万の邦人に対して行った強姦、暴行、強盗、殺害はどれも当時の国際法に明白に違反する侵略であった。

 安倍晋三首相の戦後70年談話のための「21世紀構想懇談会」が、日本の侵略行為のみを議論しながら、日本が被害にあったソ連の侵略については、議題にもしないというおかしな姿勢をとった責任は大きい。

 同懇談会の報告書は、安倍談話とは違って納得できない部分が多い。特に、日韓関係に関して調査もせずに謝罪し、その後も事実関係に踏み込んだ反論をしないで自らゴールポストを下げた外務省の失敗を指摘しないことを、後日きちんと批判したいと思っている。

 戦後の日本の歩みについての議論でも、日本が自然に自由民主主義の側に立ったかのような見方が多くのマスコミの主流になっている点が不満だ。

 米国は当初、東アジアの秩序は「中華民国」をリーダーにして維持し、日本は非武装の弱小国にしておくという占領政策を採った。それが間違いだと分かるのがソ連をバックにして、毛沢東が1949年に共産中国を建国し、1950年に金日成が南進し、朝鮮戦争を起こしたときからだ。

《変わらない左翼のやり口》
 ソ連をリーダーとする共産陣営こそが世界革命を目指す「力による現状変更勢力」だと分かった米国は、日本を東アジアにおける価値観を共有する同盟国として認識し、再軍備を求めた。

 日本もソ連とは講和せず、米国をはじめとする自由主義諸国とだけ講和する道を選び、その上で、米国と同盟を結んで独立回復後も米国軍の駐屯を続けさせ、冷戦を戦う一翼を担った。

 日本が独立を回復した1952年4月は、朝鮮戦争のさなかだった。翌53年7月、休戦が成立するまで、日本は米軍を中心とする国連軍の後方基地として間接的に共産軍と戦った。北朝鮮を支持する勢力は、日本国内で米軍基地に火炎瓶を投げるなど、共産軍のための闘争をつづけていた。日本の再武装は当初、国内の共産勢力の武装蜂起を抑えることを第一の目標としていた。

 これらは国内で社会党、共産党など左派勢力や朝日新聞などを拠点とするいわゆる「進歩的知識人」の大反対のなかでなされたわが国の選択だった。その選択は正しかった。彼らの多くは当初から自衛隊の存在を「違憲」だと主張し、ソ連ぬきの講和を「片面講和」だと非難し、日米安保条約を「米国の戦争に巻き込まれる」と反対した。また、自分たちの偏った主張を通すために「民主主義の否定」だという乱暴な理屈をつけて、国会にデモをかけるというやり口は、現在までも変わらない。

《今も続く東アジアでの戦い》
 1991年にソ連が崩壊したとき、日本は冷戦勝利陣営の一員として自由と繁栄を享受していた。中国も毛沢東の死後、80年代に計画経済を捨てて市場経済を採用することにより、体制競争では敗北した。ただし、政治面では一党独裁下での抑圧政策や対外膨張主義は変わっていない。北朝鮮ではいまだに3代世襲独裁政権の下で人民への人権侵害と外国人拉致は国連によって「人道に対する罪」と規定されるに至っている。その上、日本を射程に入れた弾道ミサイルを実戦配備している。

 日本は70年前、ナチズムのドイツと同盟を結ぶという間違いを犯したが、敗戦後は自由民主主義陣営に加わり、共産主義勢力と対峙してきた。ソ連崩壊後の今も東アジアでその戦いは続いている。中国と北朝鮮の2大全体主義政権の自由化を実現することこそが、冷戦の最終勝利だ。

 この冷戦勝利の歴史観こそが、安倍首相談話に付け加えられるべき最後の部分ではなかったかと私は思っている。来年はソ連崩壊25年すなわち「第1次冷戦勝利25周年」だ。いまから、それに備えて現代史の議論を深めていきたい。(にしおか つとむ) 
産経ニュース2015.9.3
http://www.sankei.com/column/news/150903/clm1509030001-n1.html 

【正論】
国の安保危うくする歴史の譲歩 京都大学名誉教授・中西輝政

 これだけ見せつけられれば、もはや国会で審議中の安全保障関連法案の成立に反対する人はいなくなるだろう。9月3日の中国・北京での「抗日戦争勝利70年」を記念した軍事パレードを見て強くそう思った。

≪メディアの際立った二面性≫
 実際、日本のテレビ各局の報道も、中国のこの「戦後70年」記念行事の本質をこぞって、膨張する中国による「強大な軍事力の誇示」と大々的に報じた。特に軍事パレードで登場した、米海軍の空母、日本列島やグアムにある米軍基地さらには米本土を直撃する中国軍の最新鋭のミサイル戦力が、日本の安全保障やアメリカによる日本への「核の傘」に与える深刻な脅威を、各メディアは専門家の解説入りで詳しく報道していた。

 当然、こうした認識を踏まえれば、現行の日本の安全保障体制は根底から揺らいでいることがわかり、安保法案は最低限の必要を満たすもの、ということもわかるだろうと思ったのである。

 ところが、あれほど差し迫った調子で膨張する中国の「軍事的脅威」を報じていた当の同じメディアが、安保法案の報道になると、まるで手のひらを返したように旧態依然の非武装的平和主義の議論を繰り返している。あたかも「あれはあれ、これはこれ」とまったく無関係の話題として扱っているかのようだ。この際立った二面性は一体、どこから来るのか。

 それには大略、2つの理由があろう。1つは「世界認識の誤り」である。

 現代の世界では、国民の安全を守るための最も重要な手段は依然として軍事力をはじめとする国家のもつ力(パワー)に依存せざるを得ず、今のところその各国家の力を互いに均衡させることによってしか平和は保てない。しかしこの認識が戦後日本では極端に希薄なのであり、その根底に2つ目の理由、すなわち「歴史認識の誤り」がある。

 つまり、かつてのあの「邪悪な侵略戦争」をしたこの日本の軍隊(自衛隊のこと)は、他のどの国の軍隊よりも「悪い存在」「特に警戒すべき存在」と日本人自身がとらえてしまうのである。

≪終わっていない東アジアの冷戦≫
 そうすると、たとえ外界にどれほど深刻な変化があっても、それに対して日本が軍事的な抑止力を高めようとすると、むしろそれこそが平和を壊す「異次元の悪」として忌避すべきものとなる。ここに、いつまでも自虐史観に囚(とら)われることの恐ろしさがあるのである。 

 あの日、天安門の上に並んで軍事パレードを閲兵していたのは、クリミアの侵略者となったロシアのプーチン大統領と、南シナ海と東シナ海で現に侵略を進める中国の習近平主席の両首脳であり、この巨頭たちの姿は、かつて多くの衛星国の首脳を従えクレムリンの台上に並んでいたスターリンと毛沢東の姿にまさに二重写しであった。

 それゆえ9月3日付の本欄で西岡力氏は、今こそ「冷戦は終わっていなかった」という認識の大切さを強調しておられた。

 氏はそこで私も委員の一人として関係した安倍晋三首相の戦後70年談話のための「21世紀構想懇談会」の報告書を取り上げ、「安倍談話とは違って(同報告書には)納得できない部分が多い」と指摘している。(実は私も同意見だが)その理由の一つとして、同報告書がこの東アジアの冷戦も含め、過去100年間の共産主義による大規模な虐殺や主権・人権侵害をまったく捨象している点を挙げ、報告書を厳しく批判する。

≪問題多い有識者懇談会の報告書≫
 正鵠(せいこく)を射た意見と思うが、関係者の一人として(すでに多くの委員が私の名前も含め懇談会での議論の内容を明らかにしておられるので)信義則に反しない範囲で言及すれば、実は私は西岡氏の指摘する諸点についても懇談会で繰り返し提起したが、中国共産党への迎合からか、報告書では取り上げられることはなかった。

 これ以外にも、同報告書の当初案には中国との和解に必要な具体策の提言として、靖国神社のいわゆる「A級戦犯」分祀(ぶんし)の推進ないし「代替施設」建設の必要性を謳(うた)った個所があり、さらに慰安婦に対する日本政府の一層の謝罪と補償ないし賠償のための新たな基金を日本政府が設けるよう求める趣旨の提言もあった。

≪問題多い有識者懇談会の報告書≫
 正鵠(せいこく)を射た意見と思うが、関係者の一人として(すでに多くの委員が私の名前も含め懇談会での議論の内容を明らかにしておられるので)信義則に反しない範囲で言及すれば、実は私は西岡氏の指摘する諸点についても懇談会で繰り返し提起したが、中国共産党への迎合からか、報告書では取り上げられることはなかった。

 これ以外にも、同報告書の当初案には中国との和解に必要な具体策の提言として、靖国神社のいわゆる「A級戦犯」分祀(ぶんし)の推進ないし「代替施設」建設の必要性を謳(うた)った個所があり、さらに慰安婦に対する日本政府の一層の謝罪と補償ないし賠償のための新たな基金を日本政府が設けるよう求める趣旨の提言もあった。

 これらは私を含む複数の委員の反対によってかろうじて最終的には削除されたが、もはや表面上、痕跡をとどめていなくとも、こういった際どい個所が他にも多数あったのである。これ以上詳しいことは時が来るまで語れないが、歴史問題での無原則な譲歩がやがて国の安全保障を根底から危うくすることを知るべきだ。

 外国製の歴史観に則(のっと)って過去の日本を一方的に断罪し、それを誤って“歴史の教訓”とすることと、強大なミサイル戦力を見せつけられても、なお「非武装」の理想にしがみつこうとするのは、国家観の喪失という点で同根の危うさを宿しているのである。(なかにし てるまさ) 
産経ニュース2015.9.15
http://www.sankei.com/column/news/150915/clm1509150001-n2.html

習近平プーチン
 http://mainichi.jp/select/news/20150904k0000m030087000c.html

歴史通 2015.7月号

ジョン・ダワーのノーマン再評価で
「日本悪玉論」拡散

産経新聞編集委員 岡部伸

(一部抜粋)

p60~62
 評論家の江崎道朗氏によると、ノーマン復権を唱えたダワー教授の理論の下敷きになったのがベトナム反戦運動を展開したニュー・レフト(新左翼)だった。彼らは、ソ連の支援を受けた北ベトナムが勝利し、共産政権ができれば、東南アジアにも共産主義政権が誕生し、世界共産化が進むと考えた。ところが1965年のインドネシア共産クーデターが阻止され、反共を掲げる東南アジア諸国連合(ASEAN)が創設された。そこでニュー・レフトの理論的指導者、カリフォルニア大学のヘルベルト・マルクーゼ教授が1969年、『解放論の試み』を出版し、アジア・アフリカの解放には、共産勢力の強化より、資本主義国の弱体化が必要と訴えた。

皇室解体と加害責任追及
 このマルクーゼ理論を基にダワー教授は、ベトナム、ひいてはアジアの民主化を阻害する米国の帝国主義者たちがアジアで影響力を保持するのは、日米同盟と日本の経済力があるからだとして、日米同盟を解体し日本を弱体化することが、アジアの民主化につながると考えた。そしてダワー教授らは次のように訴えた。

「占領政策で日本の民主化は進んだものの、日本の官僚制を活用する間接統治と『逆コース』で占領政策が骨抜きとなり、『天皇制』など戦前の専制体制が温存された。さらに昭和天皇の戦争責任を不問にするなど東京裁判が不徹底に終わったため、日本は『過去の侵略を反省できない、アジアから信頼されない国家』になった。そこでもう一度、徹底した民主化(憲法の国民主権に基づく皇室解体)と東京裁判のやり直し、アジア諸国への加害責任の追及を行うべきだ。そのため民主化と加害責任の追及を行う日本の民主勢力(例えば、家永三郎氏のような『勇気』ある歴史家たち)を支援するべきだ(ダワー教授は1999年、後述する『抗日連合会』土井たか子元社民党党首らと連携して、家永三郎氏にノーベル平和賞を受賞させる運動を展開している」

「暗黒史観」であるノーマン理論を引き継いで「未完の占領改革」を徹底せよというのである。こうして日本の加害責任を改めて追及して日本を弱体化させ、アジアの民主化を促すという世界戦略が米国のニュー・レフトの間で確立されたのである。

ノーマン理論復権
 米国でのダワー教授のノーマン再評価を受けて日本でもノーマン理論が復権する。没後20年を期して77年に全集が刊行され、87年には全集の増補が刊行される。さらに左派リベラル勢力が「一般国民もアジア侵略の加害者である」と戦争責任を問い始めた。

 その理論を支えた一人となった一橋大学の油井大三郎名誉教授は1989年にノーマンを再評価する『未完の占領革命ー米国知識人と捨てられた日本民主化構想』を上梓し、「武装解除されても、天皇制が残るならば、日本は他の世界にとって未解決な危険な問題であり続ける」とのノーマンの発言を引用して、アジアから信頼を得るには、日本人自身が天皇制解体や加害責任追及を完遂するべきだと唱えた。言い換えれば東京裁判をやり直し、日本の加害責任を徹底追及しなければ、「占領革命」が完了しない、と訴えかけた。

 こうしてノーマンが説いた「アジアへの加害者責任」の自虐史観は日本に浸透し、日本で謝罪外交の必要性が理論化された。日本国内で運動の中心的役割を果たすのが家永教科書検定訴訟支援運動だった。この結果、1980年代後半ごろから日本を始め世界各地に日本に謝罪と補償をさせる「反日」組織が誕生する。

 東南アジアなどの戦争の被害地を訪問して加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動が83年に辻元清美衆院議員が発起人となって始まる。84年には家永教科書訴訟を支援する形で「南京事件調査研究会」が発足され、84、87年に中国を訪問し、中国側の主張に沿って『侵華日軍南京大屠殺資料専輯』を翻訳して出版するなど「南京大虐殺」キャンペーンを始めている。また86年には、中国、韓国などの反日活動家を訪日させ、日本の加害責任を追及する国際ネットワーク構築が始まった。

 韓国で親北系のハンギョレ新聞で「『挺身隊』怨念の足跡取材記」の慰安婦キャンペーンが始まるのは90年1月だった。翌2月17日、戸塚悦朗弁護士が国連人権委員会で「従軍慰安婦・強制連行」を取り上げている。

 在米中国人が日本の戦争責任を蒸し返して米国や国連を舞台に日本に謝罪と補償を求めて反日宣伝を行う「対日索賠中華同胞会」が出来るのは87年だ。狙いを「南京大虐殺」に絞った「紀念南京大虐殺受難同胞連合会」を結成、翌92年にはカリフォルニアで「抗日戦争史実維護会」が組織される。

 米国での中国系反日活動に連動して88年に香港で「香港紀念抗日受難同胞聯會」が結成されたのを皮切りにカナダなど世界各地で同趣旨の組織が結成され、94年12月、30を超える中国系反日組織を結集させる連合体として「世界抗日戦争史実維護聯合会」(抗日連合会)が結成される。中国政府と連携した中国系米人たちが「日本に戦争での残虐行為を謝罪させ、賠償させる」 ことを主目的に設立した「抗日連合会」が、「歴史戦」の主役として北米で日本の戦争責任を追及する苛烈な反日プロパガンダを20年にわたって繰り返している。南京事件のほかに捕虜虐待、731部隊、慰安婦を挙げてきた。戦犯裁判や対日講和条約での日本の責任受け入れを一切、認めない点で明白な反日組織だ。昨年、カリフォルニア州グレンデール市やニュージャージー州で慰安婦像を設置したのは記憶に新しい。「南京大虐殺」を目撃したとするドイツ人のジョン・ラーベの日記を発掘し、ドイツを「南京大虐殺」キャンペーンに捲き込んだり、反日集会に参加したアイリス・チャンに『ザ・レイプ・オブ・南京』を執筆させたりしたのも「抗日連合会」だった。

 21世紀になると、ノーマンの再評価が広がる。ライシャワーの駐日大使時代の特別補佐官で、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院の学院長を務めたジョージ・パッカード氏も2001年に東京・六本木の国際文化会館で、「ライシャワーの日本近代史観は楽観主義が強すぎて軽視される一方、ダワーの『敗北を抱きしめて』やハーバート・ビックスの『昭和天皇』などの著作にみられるように、ライシャワーと対照的なノーマンの史観に評価が高まっている」とライシャワーを批判し、ノーマンを持ち上げた。

 こうしたノーマン再評価を背景に中国、韓国はじめ、米国やカナダ、香港でも「日本の加害者責任」と人権を結びつけ、日本を弱体化させる反日国際ネットワークが次々と構築され、反日プロパガンダは現在も世界で広がっている。中国が仕掛ける「歴史戦」の活断層はこのあたりにあるともいえる。

ジョージ・パッカード氏@国際文化会館
国際文化会館ライシャワーハーバートノーマン
http://www.i-house.or.jp/programs/publicprogram2002/

国際文化会館といえば

イタリアで実刑を受けたにも関わらずアントニオ・ネグリ氏を招聘したところ
テロリストもNO PROBLEM!国境なんてないさ 

そして・・
歴史国際文化会館
侮日新聞ジャパンタイムズ ニフコ会長10億円申告漏れ 海外転々

追記2015.9.12
加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動
ピースボート歴史と和解
1983年にピースボートがアジアへ船を出すきっかけにもなった歴史教科書問題。アジアでは、日本が引き起こし、アジア諸国に多大な犠牲をもたらしたアジア・太平洋戦争の捉え方をめぐって、さまざまな議論が起きてきました。ピースボートでは、過去の戦争を見つめ、未来の平和を築くために、戦場となった現場をめぐり、市民レベルでの国際交流と対話を続けています。日本とアジア諸国との関係がぎくしゃくしている今だからこそ、こうした取り組みが必要とされています。
http://peaceboat.org/projects/history?pj=about

参考
反日ネットワークの正体 
羽仁五郎とハーバート・ノーマン  
左翼はなぜ嘘をつくのか 
中指立てて仲良くしようゼと言う187人の歴史学者 
吉松育美さん騒動12 ベトナム反戦運動とピースボート 

ニュースステーション70年談話http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1439567043/

はぁ・・・・コラかと思ったんだけど・・・・

開戦時の高村光太郎 詩人の率直で純真な感動書き記していた

 多くの文学者たちが戦意高揚や戦争礼賛の文章を発表したが戦後、彼らの言葉は一転して批判され、タブー視された。だが、彼らの当時の言葉にこそ、「戦争」の真実があるのではないか。文芸評論家の富岡幸一郎氏が読み解く。

 * * *

「十二月八日午前六時発表、帝国陸海軍は、今八日未明、西太平洋において米英軍と戦争状態に入れり」

 日本海軍の真珠湾奇襲の報が国民にこのように伝えられたとき、日本人はどのような思いに駆られたのか。驚きは不安をもたらしたのか、それとも何か別の感情であったのか。

『智恵子抄』で親しまれてきた詩人の高村光太郎は、宣戦の詔勅を聞いたときの感動を次のように書き記している。

《聴き行くうちにおのずから身うちがしまり、いつのまにか眼鏡がくもって来た。私はそのままでいた。奉読が終ると、みな目がさめたようにして急に歩きはじめた。…頭の中が透きとおるような気がした。世界は一新せられた。時代はたった今大きく区切られた。昨日は遠い昔のようである。

 現在そのものは高められ確然たる軌道に乗り、純一深遠な意味を帯び、光を発し、いくらでもゆけるものとなった。…ハワイ真珠湾襲撃の戦果が報ぜられていた。戦艦二隻轟沈というような思いもかけぬ捷報(しょうほう、注・勝利の知らせ)が、息をはずませたアナウンサーの声によって響きわたると、思わずなみ居る人達から拍手が起る。私は不覚にも落涙した》(「十二月八日の記」)

 アメリカによる経済的な抑圧政策(いわゆる米・英・中・蘭のA・B・C・D包囲網)は、戦後の東京裁判でパール判事が指摘したようにすでに日本に対する“先制攻撃”であり、日本人はそのことを日々の生活のうちにすでに痛覚していた。開戦時に際しての高村光太郎の言葉は、したがって当時の国民の声を代弁したものであったろう。そこには詩人の率直で純心な肉声が漲っている。

 満州事変以後の対中国戦争が泥沼化するなか、苛立ちと後ろめたさを感じ始めていた日本人が、アジア諸国を蹂躙(じゅうりん)してきた白人、その西洋列強の代表たる米英との真っ正面からの戦争に、「世界は一新せられた」と歓喜したのも当然である。
※SAPIO2015年4月号
NEWSポストセブン2015.3.28
http://www.news-postseven.com/archives/20150328_307659.html?PAGE=1

BSフジプライムニュースで反町キャスターが
「でも歴史というのは戦勝国が作るもんだっていう見方もあるじゃないですか」
と言ってたのだが

戦争に負けた国には一分の理もないのか?
未来永劫謝罪を続けねばならないとしたら
いっそ一億玉砕して死んでお詫びすりゃ良かったんじゃない?
お詫びお詫び言う人はなぜ今平然と他人事のような顔で生きてられるの?

例えばこの人
伊丹和弘ツイート加害した側が言うのではなく
https://twitter.com/itami_k/status/632122755178082304
(おまゆう)


これは精神論などではない
東京裁判を受け条約を締結し多額の賠償金を支払ってなお「敵性国家」としてしか存在し得ないとするなら
戦争とは
いかなる国際法違反をしようとも勝たなければいけない
平気で原爆を落とす国が相手なのだから
核兵器、生物兵器、化学兵器、勝つためには手段を選んではいけない

日本を横目で見ていた人々は国際法などただのタテマエ
勝ちさえすれば正義だと理解することだろう
それがより悲惨な戦争を生むことになるが
それが「平和」か?

国際法上解決していることを蒸し返すのは
法の支配を望んでいないということ
それが「平和」?


記憶せよ、12月8日。
この日世界の歴史改まる。

アングロサクソンの主権、
この日東亜の陸と海とに否定さる。
否定するものは彼らのジャパン、
眇(びょう)たる東海の国にして
また神の国たる日本なり。

そを治(しろ)しめたまふ明津御神(あきつみかみ)なり。
世界の富を壟断(ろうだん)するもの、強豪米英一族の力、我らの国に於いて否定さる。
我らの否定は義による。

東亜を東亜にかへせといふのみ。

彼らの搾取に隣邦ことごとく痩せたり。
われらまさにその爪牙(そうが)を砕かんとす。
われら自ら力を養ひてひとたび起つ。
老若男女みな兵なり。

大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。

世界の歴史を両断する。

12月8日を記憶せよ。
(http://sekihi.net/stones/10596)


米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書
http://www.geocities.jp/taizoota/Essay/gyokuon/kaisenn.htm
これに全てが書かれている

国対政治のドン田辺誠死去 語られざる金丸訪朝団の謎
田辺誠

 7月2日、旧社会党の委員長を務めた田辺誠氏が93歳で死去した。自民党の金丸信元副総裁と太いパイプを持つ「国対政治のドン」として知られ、一時代を築いた。

 田辺氏は、群馬県出身。組合活動を経て、国会議員となり、右派のリーダーとして書記長、委員長を歴任する。

 いまだに謎が多い「金丸訪朝団」に関しては、田辺氏しか知り得ない秘密もあった。

 1990年9月、金丸氏と田辺氏が両党の国会議員らを引き連れて北朝鮮を訪問。当時は北朝鮮による日本人の拉致事件の認知度は低く、世論は北朝鮮との国交回復に期待し、両氏は喝采を浴びた。

 実は、訪朝団は田辺氏の「お膳立て」で実現した自社両党の一大プロジェクトだった。田辺氏は1983年の党書記長就任後、党のお家芸である対北外交に力を注ぐが、北朝鮮側が万年野党の社会党よりも自民党との関係を重視し始めた。そこで、野党の限界を知る田辺氏は、国対政治のパートナーの金丸氏に訪朝を打診したのだ。金丸氏は当初、国交のない北朝鮮行きを渋るが、田辺氏が懸命に説得したという。

 だが、訪朝中に、金丸氏と金日成北朝鮮主席が2人きりで極秘会談。日本側から通訳が入らず、メモ類や外交記録も一切存在しておらず、金丸氏が会談の中で多額の「経済援助」を約束してしまったとの説が根強い。抜け駆けされた田辺氏にとっても大きな衝撃で、同行記者団に怒りをぶちまけた。

「ただ、後に田辺氏は金丸氏から5時間近くにわたる会談内容を詳細に聞いて、納得したようです」(社会党関係者)

 田辺氏は訪朝団に関する文章をいくつか残しているが、金丸・金会談については詳細に触れていない。

 金丸・田辺ラインはその後も機能した。半ば伝説となっているのが、1992年のPKO国会だ。PKO協力法案を巡り、与野党の対立が激化。自民党にスキャンダルも噴出し、予算成立が見通せない混乱状況に陥った。

 当時の宮沢喜一首相の懇請により副総裁に就任した金丸氏は、子飼いの梶山静六氏を国対委員長に指名する。梶山国対となると、予算は無事に成立。PKO協力法も修正を経て、成立したのだ。

 1996年に政界を引退し、地元の群馬県前橋市内で老人福祉施設の運営に専念した。昨年夏に面会した関係者によると、杖を使って自力で階段を上るほど元気だったという。
週刊文春WEB2015.7.9
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5253


田辺誠さん死去 元社会党委員長、93歳

旧社会党委員長を務めた元衆院議員の田辺誠(たなべ・まこと)さんが7月2日夜、前立腺がんのため前橋市内の病院で死去した。93歳だった。前橋市出身。47NEWSなどが伝えた。

旧社会党右派のリーダー的存在で、安保・自衛隊容認の改革案をまとめるなど現実路線を推進。故金丸信元副総理をはじめ自民党にも幅広い人脈を持ち、1990年には金丸氏と北朝鮮を訪問した。

逓信官吏練習所本科卒。41年から逓信省勤務。全逓群馬地区委員長、群馬地評議長、群馬県議などを経て、60年の衆院選で旧群馬1区から初当選、以来11回当選。

(旧社会党委員長、田辺誠氏が死去 現実路線で自民にも人脈 - 47NEWS 2015/07/03 10:28)
http://www.47news.jp/CN/201507/CN2015070301001311.html 

保革伯仲時代に党国対委員長を長く務め、当時の自民党国対委員長だった故金丸信氏とパイプを築いた。故飛鳥田一雄委員長の執行部で副委員長となり、1983年、石橋政嗣委員長時代に書記長に就任した。

金丸訪朝団田辺誠


1991年、土井たか子氏の後を受けて委員長に選出された。1992年には国連平和維持活動(PKO)協力法の成立を阻止するため国会で当時の宮沢内閣と対峙して牛歩戦術や党所属議員の総辞職作戦を取ったが、失敗した。さらに、党内から、金丸氏との親交について批判が高まり、1993年に辞任した。

1996年の衆院選に出馬せず、政界を引退。同年、勲一等旭日大綬章を受章した。
ハフィントンポスト 執筆者: 中野渉 2015.7.3
http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/02/obituary-makoto-tanabe_n_7718960.html


参考
金丸訪朝団(産経) 
金丸訪朝団(朝日)  

 
【youtube】南京大虐殺記念館は社会党田辺誠が造った H19.1.29 

米ボストン美術館の和服体験イベント、「帝国主義」批判で中止―中国紙

2015年7月8日、環球時報(電子版)によると、米ボストン美術館に展示されている印象派の巨匠、クロード・モネの油彩画「ラ・ジャポネーズ(着物をまとうカミーユ・モネ)」をテーマに、来場者が和服を着て絵と一緒に写真を撮るイベントが一部の批判を受けて中止された。 

「ラ・ジャポネーズ」は白人女性が赤い和服をまとい、微笑んでいる構図。米紙ボストン・グローブによると、美術館側は絵と鑑賞者の「相互体験」を狙って写真撮影イベントを開催した。実際に和服を着て、生地に触って感触を確かめ、刺繍の細かさなどを知ってもらうことが目的だった。 

しかし、一部から「民族蔑視だ」、「帝国主義を連想させる」などの批判が噴出。美術館側はイベント自体を中止した。(翻訳・編集/大宮)
record china 2015.7.9
http://www.recordchina.co.jp/a113544.html

環球時報が最初に取り上げたのかな
(中華帝国が帝国主義批判って何ぞw)

ハフィントンポスト 2015.7.11
『ボストン美術館の「キモノ試着イベント」が中止に 理由は人種差別、白人至上主義?』 
ボストン美術館モネ着物

ボストン美術館モネ着物抗議する人
http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/11/museums-kimono-wednesdays-cancelled-after-claims-of-racism_n_7774766.html
(この着物を再現した人にそんな意識などあろうはずがないと思うんだけど・・) 

帝国主義というなら
美術館博物館そのものが帝国主義の産物ですがそれはどうなの

もっと言えば上流階級の私物を一般に公開するようになったのが美術館博物館なわけで
一般公開されるようになったのは一面では進歩といえる
どこからどこまでを「帝国主義」として断罪するのかという話になる

モネのオリエンタリズムだけを殊更標的にするのはおかしい

彼らの発想というのは
白人至上主義=オリエンタリズム=帝国主義=植民地支配=悪
植民地=善
という二元論なのだろう

被害者であるワタシは絶対正義よっていう


【ニコニコ動画】《7/12公開》【超拡散希望】やまと新聞 水間政憲の「国益最前線レポート」#19 「社会党議員が国会で問題にした韓国人の密入国問題 他」

48:05~
ピカソの絵っていったら、具象的なものは分かりますよね。ところがキュービズムの絵になると急に、ピカソ、抽象画、分からない、分からない=ピカソみたいにされちゃってる。ピカソの絵っていったら何か分からない絵の代名詞にされてるでしょ。そうじゃなくて、要するに、写真の技術が発達してきたでしょ。写真が出て来て写実派がどんどんどんどん印象派だとかマチスだとか変わっていってる中で、ピカソが出て来た。ピカソっていったら基本的には具象に基づく抽象画なんです。何が具象かと言うと、みなさんね、絵っていうと一点透視、レンズ一個で見る。写真だとか、今画像で写ってるの一点透視ですよね。視点が一つですよね。

ところが、今立体画像だとか、色々出て来てますでしょ。画像の方が立体化してきてやっとキュービズムで理論的にピカソ達が考えてた、それが現在画像として生かされるようになってきてるんです。
水間政憲ピカソ
どういうことかと言うと、ピカソの絵は一枚の平面の中に、自分が一番強調したいことを、その右の目は左側から、左の目は右から見た、色んな視点から見ている。

例えばこれもキュービズムの流れの作品だけど、おしりを強調して、胸は正面から見て、で、これ(顔?:筆者)は左側から見てる感じ。部分部分で見た、女性の、人間の一番強調したい美しいところ、それを部分的に再構成してるわけです。一つの面に、視点の違う部分部分が、自分が一番美しいと思ったとか、強調したい部分を再構成するから何かもうバラバラに感じる。

ピカソの絵を売ってた有名なボラールという画商さんがいたんですけど、ある時展覧会に子供が来てて、キュービズムの絵ですよ、それを見た子供が、「あ、この中にボラールさんがいる」と。ところが大人達は何を言ってるのか分からない。子供はボラールさんの特徴的なところが強調されててはっきり分かった、ということなんですよ。

だから、キュービズムってどういうことかと言ったら、物事の真髄を見るためには、一カ所から見てたら分からない。それは、歴史も一緒なんですね。

サヨクは、反日サヨクは韓国の慰安婦のお婆ちゃんそればっかり、その意見を聞いてそれが全てだみたいな感じになってるでしょ。朝日新聞は吉田清治の証言は正しい、それが全てだ、ってそういう風になってるわけでしょ。それを裏付ける多角的に多面的に、色んな資料に基づいて客観的に裏付ける。だから、ジャーナリズムにおけるキュービズムっていうことは、多目的にその時の用途に応じて色んな資料をもって客観性をもって真実を明らかにする。そういうことに繋がるんですよ。

その人物の真実を明らかにするためには、真正面から一カ所見てたってその人物のその真実の姿を描き切ることは出来ない。左の頬にホクロがある。右から見たら左の頬のホクロは分からない。ところがその人物をきちっと強調するためには、左の頬のホクロがトレードマークになってるなら、左のホクロを大きくだとか、傷を大きくだとか、シワを大きくだとか、そういう風にするということが人物の真実を明らかにする。そういう美術思想、根本概念に基づいてるのがピカソ達のキュービズム運動ということなんですよ。

物事、形、人物、それは一点から見てても真実を描き切ることは出来ない。それはジャーナリズムの世界とか歴史の検証の世界にも通じることでしょ。そういうことなんですよ。


今時、子供向け特撮ですら単純な善悪二元論なんてストーリーはやらない
一方、それでも根強く勧善懲悪ものが愛される理由
それは
現実はそのように単純にはいかない不条理の沢山ある世界だから
その前提の上で楽しむものであって
あくまでそれは虚構の世界なわけです

二元論の切り取る世界が芝居の書き割りのようにペラペラと薄っぺらいのはそういう理由だからですね


追記2015.7.15
以前一神教と多神教について書いた時にもらったコメントを思い出した
「一つの光源は暗い影をつくる。複数の光源ならばより対象が見える」というような内容で、
もしかしたら美術関係に明るい人のコメントだったのかな・・?

産経に意外な人の書評が載っていた

【この本と出会った】
ジャーナリスト・安田浩一さん 『あんぽん~孫正義伝』 「一流のひとたらし」の本領
あんぽん孫正義伝

 15年前。週刊誌記者の仕事を辞めて、収入が途絶えた。ものを書くことへの情熱が薄れかけてきたとき、声をかけてくれたのが佐野眞一さんだった。

 「取材を手伝ってくれないか」

 実際は「手伝う」ことよりも、教えてもらうことのほうが多かった。佐野さんは一流のひとたらしだった。ずうずうしいくらいに取材相手の懐へ飛び込み、気がつけば多くの言葉を引き出していた。大物政治家であろうと、チンピラであろうと変わりなかった。

 巨体を揺らしながら人懐こい笑顔で近づき、まるで世間話をするためだけにそこへ来たのだという感じで接し、相手を丸裸にした。

 死にかけた人間でも起き上がらせてしまうかのようなそれは、押しの強さとは違う、何でも引き寄せてしまう「引きの強さ」だった。言葉を無理やり奪い取るような取材ばかりを繰り返していた私は、ただただあぜんとするほかなかった。同時に仕事としてノンフィクションの世界に関わることの楽しさを知った。

 本書でも、私は取材スタッフとして名を連ねている。間近で佐野さんのひとたらしぶりを見ることができた。

 佐野さんは孫正義という希代の実業家をとことん追いかけた。

 孫が生まれた鳥栖(佐賀県)のバラック小屋の跡地を起点に過去と現在を行き来しながら、孫一族の系譜をたどった。韓国で、孫が生まれ育った九州各地で、そしてソフトバンクの社長室で、佐野さんは次々と奇跡を起こした。取材に行き詰まって途方に暮れていると、どこからともなく「関係者」が現れて、核心へと続く道を示してくれた。それまで口を開くことの少なかった孫の親族が、佐野さんの前では幼少時の特異な思い出を語ってくれた。孫は佐野さんの韓国取材の報告を聞いて、目にうっすらと涙をためた。

 足音を響かせ、地をはうようにかき集めたひとつひとつのファクトが、ひとつの結晶をつくりあげる。佐野さんの取材力は知られることの少ない孫の人生を浮かび上がらせた。

 そこから垣間見えるのは、激しくも切ない在日コリアンとしての生きざまである。

 だが佐野さんは、それを単なる“貧苦から立ち上がった男の物語”とはしなかった。歴史と政治に翻弄され、差別に苦しめられ、いくつもの修羅を乗り越えざるを得なかった在日コリアンの心情に寄り添いながら、しかし、ITの寵児(ちょうじ)ともてはやされた孫に感じた「いかがわしさ」も隠そうとはしていない。温かい触感と冷徹なまなざしが同居する、まさに佐野ノンフィクションの傑作だ。

 後に佐野さんは「週刊朝日問題」などで世間の批判を浴び、一線から退いてしまったようにも見える。私も同問題では佐野さんを強く批判した。だが、それでも、佐野さんへの信頼が変わらないのは、一人の人間を通して日本をも照射するといった「力技」は、やはり佐野さんだからこそ可能であったと信じているからだ。

 本書はまさにその典型である。(佐野眞一著/小学館文庫、750円+税)



【プロフィル】安田浩一
 やすだ・こういち 昭和39年、静岡県生まれ。週刊誌記者などをへて、フリーに。平成24年『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)で講談社ノンフィクション賞、今年「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2」17号)で大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞。最新刊は『ネット私刑(リンチ)』(扶桑社新書)。



 『あんぽん~孫正義伝』は、ノンフィクション作家の佐野眞一さんが手がけたソフトバンクグループ創業者、孫正義さんの評伝。週刊誌の連載に加筆し、平成24年に刊行された。在日3世として生まれ、極貧から身を立てた成功者のルーツを探ったベストセラー。
産経ニュース 2015.7.5
http://www.sankei.com/life/news/150705/lif1507050019-n1.html


安田浩一氏が佐野眞一氏のアシスタントをしているという書き込みは見かけたことがあったが
ソースがはっきりしていなかった
(もしかしたらご本人がツイートなどしていたかもしれない)

忘れもしない小学館SAPIOが突然『ネトウヨ亡国論』とでかでかと特集を組み
ネトウヨ界に衝撃が走ったわけだが
その時に大々的に小学館が売りに出していたのがこの『孫正義伝』
ネトウヨを叩くお仕事2
安田浩一氏は取材スタッフだったわけですね

こういうのは憶測に過ぎず確証は出てこないのだが・・

これが2012年の話
そして2015年の今

日の丸街宣在特会

正義の見方さん
『元在特会会長・桜井誠氏、マンガ『日之丸街宣女子』のワンシーンをデモで再現www 桜井氏「コロッケ2つで300円!」⇒ しばき隊「差別だ」「帰れ」「レイシスト」』
http://www.honmotakeshi.com/archives/45462855.html
(ちょ、コロッケ値上がりしてる)

在特会に色々批判もあるでしょうが
おかげで有象無象があぶり出されましたね(´・ω・`)
ワタクシもしばき隊とやらの動画や画像をはじめて見た時には仰天致しました
乖離 

参考
ネトウヨを叩くお仕事4 反日左翼活動家安田浩一
『ネットとサヨク-反日ジャーナリストの闇を追いかけて-』

政治問題に首を突っ込んで以来の謎がこの動画で氷解した


【youtube】藤井厳喜『「連合国戦争史観の徹底批判」なぜ左翼は平気で嘘をつくのか?①』AJER2015.6.18

ヘンリー・ストークス氏の著書について共同通信が全くの嘘を報道した件に触れつつ

→GOHOO
『南京大虐殺否定「翻訳者が無断加筆」 著者ら否定』
http://archive.gohoo.org/alerts/140512/

アメリカの悪意が動かす女性達

7:29~
なぜ左翼は、まぁいわゆるリベラルと呼ばれている人達なんですが、平気で嘘をつくのかということなんですね。左翼イコールリベラルということじゃなくてマルクス・レーニン主義者ということもあるんですけども、マルクス・レーニン主義者の場合ははっきりしている。彼らの場合は現状で言えば日本を潰すこと。これは正しいことですから、そのためにはあらゆる非道徳手段というもの、これが正当化されるわけですね。嘘をついて革命を起せばいい訳で、レーニンなんて人はもちろんそういうことを肯定していますけれども、銀行強盗でも何でもやっていいんだと。それによって革命が起きればいいんだと。全て革命という大きな正義が小さな非道徳的な行為というものを合法化すると、正当化するという議論でございます。

どうもリベラルという人達、マルクス主義者から言えばですね、現体制というのは全部資本主義体制が生み出したものですからその体制下における法律を破るのは当然許される。こんなのはブルジョア資本家階級が生み出したものだと。

それから嘘をつく。道徳的に恥ずべきことをするというのは許されるんですね。なぜなら今の道徳というのは資本家階級が作った階級道徳なんだと。こんなものを破壊するのが正しいことなんですから、嘘をつこうがですね、何をしようがですね、犯罪行為をしようが、法律的に違反するだけじゃなくて、道徳的にも、実は人間にとって悪の行為というのも肯定されちゃうわけですね。現体制の道徳が間違ってるんだという考えですから。一般にマルクス・レーニン主義者というのはそういう確信がある。ですから平気で嘘をつきますし、むしろ嘘をつくべきなんですね。

それから、リベラルの人達、これは何となくリベラル、何となくサヨク、片仮名サヨクという感じでありますけど、その人達もですね、保守は悪である。要するに日本国は悪であるということ。昭和20年までの日本国は全部悪なんですね。ですから、そういった悪を否定するためには若干嘘をついてもですね、プロパガンダをしても捏造しても構わないというあたりが彼らの本音なんじゃないかという風に私は思います。


以前馬渕睦夫氏がカウンターカルチャー LGBTとか そういうムーブメント
これらを仕掛けている人達というのは全部根っこは同じ という話をしていたが

そういうことだったのか・・・

 
【youtube】1/2【馬渕睦夫】グローバリズムの罠 国難の正体 前半 

56:52~
グローバリズムと共産主義の根は同じだと先ほど申し上げました。これを理解することが国難を理解することなんです。世界の矛盾を理解することなんですね。それはもう歴史的にもそうなんです。

これはご存じの方も多いと思いますが、カール・マルクスを育てたのはロスチャイルド家なんですね。ロスチャイルドが金出して勉強させた。それから、今みなさん大学時代に・・どうですかねぇ、若い方は知りませんか、マルクーゼなんて流行りましたね。カウンター・カルチャーなんて、かっこいいこと(笑)カウンター・カルチャーなんて要するに既存の文化を破壊しろということですね。彼はドイツ系のユダヤ人でアメリカに移民した人ですがね、マルクーゼを大切に育てたのはロックフェラーなんですね。それでアメリカの社会を分断化しちゃったわけですよ。アメリカ人がアメリカを解体してるんですよ。逆に言えば、ウォールストリートの人っていうのは国家観がないわけです。国家観というか、自分たちがアメリカ人だっていう発想がない。それは嘘でも何でもない。さっき申し上げましたね、ロックフェラーは「私は国際主義者だ」と言ってる。私はアメリカ人だとは一度も言ってないんです。そういうことなんです。だから、マルクーゼという外国人を使ってアメリカの既存秩序を壊したのはウォールストリートのこういう金持ち達なんです。

ビートルズが流行ったのもそうですよ。このへんは詳しい方いらっしゃるかもしれませんが、アメリカで麻薬が流行ったのもそうです。そういうことなんですよ。だから、誰が犠牲者か分かりましたね。だから、全く共産主義の逆なんです。私は今でこそ、正しい意味で、万国のプロレタリアートは団結しなきゃならないですよ。グローバリズムに対してね。グローバリズムに対して世界の、正に草莽崛起ですわな。人々を団結しろってことですよ。現に起こってる。アメリカの中でもウォールストリートに占拠運動なんか、占拠ってelectionじゃなくてoccupy運動起こりましたね。間違った意味なんかでティーパーティーなんて、世界各国でやっぱりグローバリズムっておかしいんじゃないの。一握りの金持ちと膨大な貧困層が出来る体制っておかしいんじゃないの、いうことになってきてるわけですね。

だから、マルクーゼのカウンタ・カルチャーがなぜ日本にとって問題なのか、後半に述べたいと思いますが、実は国難には外憂と内患を分けました。元は一つなんですが、表向きは、表向きって言うか外憂、グローバリズム。TPPも含めて。日本の経済をグローバルに組み込もうっていう勢力ですね。それから内患の方は、要するに日本文化を破壊するってことですよ。つまりカウンターカルチャー。マルクーゼがまだ日本で生きているんです。だからマルクスもマルクーゼも形を変えて日本でまだ生きてるんです。マルクーゼはどんな生き方してますか?ジェンダーフリー。フリーセックス。すごいことですね。そういうことが堂々と行われているんですよ。学校教育にまで取り入れられているじゃないですか。性教育なんて一時自民党も取り上げて問題になりましたが、自民党が取り上げたって直らない。教育の現場にそういう人がいるわけですね。

フリーセックスとかジェンダーフリーとかいうのは、最近ではホモセクシュアルというか、同性結婚を認めるとか認めないとかアメリカで大問題なってるでしょ。そのうち日本でもそうなりますよ。なぜそれを差別だとか言って法律上認めるのが正しい方向だって言われてるのは、それは一つのイデオロギーに沿って言われていることなんです。マルクーゼのカウンターカルチャーのイデオロギー、つまり、既存の秩序を破壊しろってことなんです。既存の秩序が破壊されれば、皆さんの判断基準がなくなってしまうわけです。そしたら、独裁政権になるわけですよ。現にソ連が出来た時には子供は国家が育てるなんてやったわけですね。それは失敗しましたけどね。それから、日本ではあまり知られてませんが、ハンガリーでも共産革命が起こって、短い間でしたが、ベラクーンという共産主義者が一時期政権を握ったんです。それで何をやったか。フリーセックスを奨励したんですよ。さすがに受け入れられなくて軍部が立ち上がって潰しましたけどね。

だから、共産主義とカウンター・カルチャーは結びついている。表裏一体なんです。皆さん今もうテレビなんかを通じて同性なんてのは市民権得ましたね。あれもその一環ですよ。その行きつく先は、独裁政権が待ってるんですよ。独裁政権が。


男女共同参画と慰安婦問題が結びついている理由がこれで分かった
男女共同参画に関わる人々


余談
LGBT権利闘争に限って言うと
キリスト教圏なら神の教えに背くことはカウンターになると思うけど
日本ではあんまりカウンターにならない気がする

制度としての差別があるなら制度を変えることで権利獲得もあり得るけど
制度としての差別がないところに制度を変えろと言われましてもねぇ

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