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反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

カテゴリ : 拉致・North Korean abductions

北朝鮮の元工作員が来日して記者会見「日本人をなぜ拉致し、どう利用したのか」(全文)
The Huffington Post | 執筆者: 吉野太一郎

北朝鮮工作員@FCCJ

北朝鮮の強制収容所に収容され、脱北したとする人権活動家の姜哲煥(カン・チョルファン)氏(46)と、元北朝鮮の工作員で、韓国に潜入してスパイ活動をしていたとする金東植(キム・ドンシク)氏(50)が来日し、4月15日に東京の日本外国特派員協会で記者会見した。2人は「一時的に北朝鮮を訪問した多くの在日朝鮮人が北朝鮮で抑留され、強制収容や処刑などの目にあっている。日本人の拉致問題同様、日本政府が関心を持って欲しい」などと訴えた。

姜氏の祖父母は在日朝鮮人で、1961年に帰国事業で北朝鮮に移住した。姜氏は平壌出身。9歳だった1977年、祖父が「民族反逆罪」に問われ、姜氏も家族とともに、北朝鮮東北部の耀徳(ヨドク)にある政治犯の強制収容所に収容され、10年にわたって飢餓や拷問などに苦しんだ。脱北し、1992年に韓国に入国。韓国大手紙「朝鮮日報」記者のほか、北朝鮮の人権状況を訴える「北朝鮮戦略センター」の代表を務める。

金氏本人によると、金氏は18歳で工作員に選抜され、1980年から95年までで労働党対外連絡部で工作員として活動していた。1990年と1995年の2回、韓国に派遣されて工作任務を遂行したが、2回目の任務中に韓国で拘束された。現在は韓国政府傘下の研究機関で研究員として活動している。日本の北朝鮮人権団体「NO FENCE」関係者によると、2013年11月に日本人の拉致被害者を「救う会」の招きで来日し、拉致被害者家族らに情報提供している。

2人の主な発言と質疑応答のやりとりは以下の通り。


■「10万人の在日朝鮮人が北朝鮮に抑留されている」
姜 国連人権理事会の報告書では、日本人の拉致問題にも多くの記述が割かれているが、10万人の在日朝鮮人が収容所に入れられたり処刑されたりするなどしている問題はぞんざいに扱われている。在日朝鮮人が一時的に北朝鮮を訪問し、一方的に抑留されるケースが多い。日本政府が真相を明らかにして問題化すべきだと考えている。

私が収容所にいるとき、イ・セボンという友人がいた。その友人は日本から一時訪問団で来て抑留された。父親がすでに収容所に入れられていたので、連座制で捕らえられたのだ。他の事件でも、多くの在日朝鮮人が一時的な親戚訪問などで北朝鮮に行き、北朝鮮当局に一方的に抑留されるケースが多い。かつて在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の金炳植(キム・ビョンシク)副議長も、権力闘争の末に北朝鮮を訪問したまま日本に戻れなくなったことがあったが、日本政府は出入国記録を詳細に見れば、北朝鮮に永住帰国したわけでもないのに戻ってこない在日朝鮮人が多いことがわかるはずだ。日本人の拉致被害者だけでなく、在日朝鮮人の抑留問題も国際社会が関心を持って欲しい。
(国籍国の責任。日本にはない)


■「張成沢の部下は高射銃で処刑された」

金正恩政権になってから人権状況の変化についても申し上げたい。就任初期、父と違う人権政策をやろうとした。北朝鮮の保衛部が人民を収監、処刑するのを制止しようとして、公文書をあげると「再考せよ」「検討せよ」と、父よりは慎重にやろうとした。そのために多くの幹部が、金正恩時代は変わるのではないかと期待した。国際社会がもっとも関心を持つ政治犯収容所についても、どの国にもある刑務所と同じように運営しよう、刑務所と合併して国際社会の批判を避けようと、実際に北朝鮮で最大規模の会寧(フェリョン)収容所を解体した。

私が収容されていたヨドクが国際社会に知られ、象徴的な場所になったので、ここも解体しようと準備した。しかし突然、2013年末に張成沢(チャン・ソンテク)が粛清された。いろいろ理由はあるが、張成沢が北朝鮮の改革開放を通じて体制変化を試みたと言われる。これによって金正恩の本性があらわになった。部下だった労働党の張秀吉(チャン・スギル)、リ・リョンファは公開処刑されたが、金正恩の指示で「死体をなくせ」と言われた。北朝鮮の処刑方式は普通、頭、胸、足に3発ずつ撃ち込むが、2人は初めて、飛行機を撃ち落とすのに使う高射銃で240発を撃ち込んだ。死体は完全にぐちゃぐちゃになった。北朝鮮の高官たちは皆、これを目撃した。張成沢の最側近だった人民保安省の局長級幹部も火炎放射器で火をつけた。こんな処刑方式は金正日時代にはなかった。それから金正恩の狂気が始まり、粛清を通して5000人の政治犯が新たに生まれた。収監するところがないので、解体するはずだったヨドクはむしろ拡張した。

そして昨年末、労働党組織部の副局長だった8人が処刑された。張成沢粛清より大きな事件だ。なぜなら金正恩体制の核心幹部だった人々が、中国と内通し、勢力下に入ったからだ。この8人も同じ方法で高射銃で処刑された。今は北朝鮮の高官は「金正恩は気が違ったのではないか」と疑っている。処刑を目撃した人にすれば、無残きわまりないからだ。

労働党の統一戦線部の対南部署では、国際社会の人権問題の指摘に反論することに集中している。一部の脱北者の証言に間違いを見つけて集中的に攻撃し、国際的にアピールする専門部署ができた。脱北者の証言の信用を墜落させ、人権問題への指摘を防ごうと北朝鮮は努力している。代表的にシン・ドンヒョク氏の問題がある。自身が収容されていた収容所について、「18号収容所」だったのを「14号」と言っていたのを北朝鮮が見つけ、攻撃したのだ。北朝鮮内部では大きな功績と評価されている。しかし政治犯収容所の存在は、1人や2人の証言が間違っていたからといって覆る状況ではない。2300万の北朝鮮人民はみんな見聞きしていることだから、北朝鮮は無駄な努力をしている。

そして、国際社会は今、北朝鮮の人権問題をやり玉に挙げている。国際社会が核や他の軍事問題で批判しても、北朝鮮は「核はアメリカにもフランスにもあるのになぜ我々は持てないのか」と人民に説明できるが、人権問題は金正恩を除くほとんどの幹部や人民に関わってくるので、人権問題で攻撃されるのはかなわないと思っている。

北朝鮮は国連でどれだけ追及しても知らん顔だ。影響がないことはないが、体制を圧迫はしない。一方で日本政府がやっている、民間支援を含めた支援中断は非常に効果を上げている。しかしアメリカやヨーロッパは、民間団体が多くの支援をしており、政府も制止しない。日本式の対北制裁を国連中心にやって、国連を中心に北朝鮮の人権改善を目標に制裁をすれば、北朝鮮も圧迫を感じるだろう。


■「拉致被害者は工作員に日本語を教えている」

金 日本の拉致被害者をなぜ拉致し、どう利用したのか、知っていることを知らせたい。

ご存知の通り北朝鮮は5人の拉致被害者を返し、残りは「死亡した」とした。私は、死んでいないと考える。北朝鮮が戻せないから、戻さないという意味で「死亡通知書」を送ったのだ。返せない理由は、彼らを工作員として利用しているからだ。北朝鮮は日本人も韓国人も拉致したが、もっとも根本的な目的はスパイとして利用するためだ。

実際にスパイとして活動している日本人もいる。1992年、韓国でスパイ活動して北朝鮮に逃げた夫婦スパイもいる。2人は中国系マレーシア人として、韓国国籍を取得し、マレーシア食堂を営んでいた。しかし仲間のスパイが捕まり、香港経由で北朝鮮に脱出した。その妻は実は日本人だった。日本人はその当時、韓国にいる当時、チョン・オクチョンという中国名を使っていた。今も北朝鮮で生活している。

そして工作員として活用できない拉致日本人は、日本に派遣する工作員に日本語を教える教師をしている。私がいた連絡部でも、正確に何人かは知らないが、2-3、数人いた。もちろん亀井だろうが、田中という名前を使った日本人教師がいた。彼らは工作員たちが生活する平壌の招待所のある区域で、日本語を教えていた。工作員の名前や顔を知っているから、日本に返したら莫大な国家機密が露出することを恐れて返せないのだ。今後も日本政府がどれだけ努力してもスパイを返すことはないというのが私の考えだ。

北朝鮮は日本人だけでなく、在日朝鮮人も拉致した。一つの例として、イ・ソンシルという大物工作員が1980年に永住帰国として韓国に入国したが、そのとき使った名前がシン・スンニョといったが、これは日本に住んでいた在日朝鮮人だ。北朝鮮が工作船でシン・スンニョを拉致し、その戸籍を利用して韓国に入国するのに成功した。結局、拉致問題を解決しようと思えば、人権問題を包括的に解決しなければならない。私は18歳から南派工作員をしていたが、任務の途中で捕まったことを理由に家族はみんな粛清された。両親にまったく罪はないのに父母や家族を処刑するなど、あってはならないことだ。国際社会が力を合わせなければいけない。

北朝鮮は幼い工作員もいる。日本に住んでいた12、13歳を工作船で拉致して、北朝鮮の同い年の工作員を日本に送り込もうとしたが、失敗した。目的のためなら我々の想像もつかない行動もするということだ。日本に住む在日朝鮮人の家族、北朝鮮に帰国した人の家族もスパイとして最大限活用している。私が工作活動をしていたときも、大阪に住む在日朝鮮人を通信拠点に使ったことがある。みなさんが関心を持ってくれることを期待したい。


【質疑応答】

Q なぜ工作員に選ばれ、韓国で具体的にどのような任務をしていたのか。

金 北朝鮮では毎年、中等学校を卒業する生徒を対象に、エリート層の中から工作員を選抜している。体力検査、身体検査、書類審査、面接などを通じ、選抜だけで1年かかる。選ばれると、卒業の6ヶ月前に労働党に通知される。勉強もできなければならず、身体能力も抜きん出ていなければならない。私のときは5人が選ばれた。おそらく毎年10人前後だろう。その5人に工作員教育をする。私の韓国での任務は1992年5月から約6ヶ月、2つの任務を帯びていた。10年間、韓国でスパイをしているイ・ソンシルという工作員に接触して、北朝鮮に安全に連れてくること。2つめは韓国の反体制的な人物を取り込んでスパイのネットワークを構築することだった。最初は完璧に遂行して、1995年10月、イ・ソンシルと韓国で取り込んだスパイ1人を連れて平壌に帰った。1995年9月から10月まで、工作員として2回目の韓国入国をした。すでに韓国に潜入していたスパイを北朝鮮に連れて帰ることと、また反体制的な人物を取り込んでスパイネットワークを構築する仕事だった。しかし完全に遂行できなかった。僧侶に偽装したスパイに接触しようとして、現場で銃撃戦となり、私は捕まった。


Q 子供を工作員にしていたという証言について、もう少し具体的に。

金 日本に工作船で送って日本語と文化を学ばせようとした。しかし帰国後に「北朝鮮では『日本の暮らしは苦しい』と教わったのに、実際は日本の暮らしはいいじゃないか。なぜ嘘をついたのか」と異議を唱えたので、中断した。

Q マレーシア人を装った女性が日本人だとどうしてわかったのか。

金 私が北朝鮮にいるとき、幹部から伝え聞いた。もっと詳細にいうと、1980年代末にこの夫婦が韓国に入国した。ソウルの江南でマレーシア食堂をしながら、反体制的な人物を取り込んでスパイのネットワークを作っていた。1992年に「中部地域党スパイ事件」という大型スパイ事件が韓国で発覚した。マレーシア人が関わるスパイのネットワークが捕まったので、自分たちに捜査が及ぶことを恐れて香港を通じて北朝鮮に脱出した。北朝鮮で金日成総合大学に行き、夫は1998年に再び韓国に渡ったが、帰任する途中で工作船が撃沈されて死亡した。韓国の政府機関で分析した結果、1998年の死んだのは韓国でチン・ウンバンという名前を使っていたスパイだと確認した。そこで夫婦の名前と人定も確認した。

Q 北朝鮮はなぜ日本人や在日朝鮮人の拉致について知らないというのか。

金 北朝鮮が知らないはずはない。彼らにとって調査する必要もないことだ。拉致日本人と韓国人は労働党で徹底的に管理している。

姜 在日朝鮮人はたくさん抑留されているが、日本政府が日本人拉致にしか関心を持たないから、北朝鮮はやりたい放題だ。日本政府が出入国記録をもとに調査しなければいけない。同様に、中朝国境で1990年代後半に、韓国人協力者や脱北者を助ける中国の朝鮮族を拉致した。これも中国が関心を持たないからやりたい放題だったのだ。

Q シン・ドンヒョク氏が証言の一部を虚偽と認めたという報道について、韓国メディアの責任をどう思うか。

姜 かつて同様のケースがあった。イ・スンオクという人物は、价川(ケチョン)の女性第1収容所に入れられていたが、シン・ドンヒョク氏と同様「14号収容所にいた」と言った。一般収容所ではなく、政治犯収容所にいたと言えば政治犯となって、国際社会から認められて価値が上がると思ってそんな嘘を言ったのだろう。ただ、彼女の本は韓国で出版されたが、外国語に翻訳されなかった。シン・ドンヒョク氏の本は翻訳されて有名になった。記者が本を書くとき、他の脱北者に何人か集中的に取材すれば確認できることだったが、本人から一方的なことばかり聞いて書いたから、北朝鮮が把握して、格好の攻撃材料となった。韓国に住む脱北者は2万8000人に上るから、誰か嘘を言ってもすぐにばれる。シン・ドンヒョク氏は脱北者社会と折り合えず海外に渡ったので検証する機会がなかった。しかし収容所出身の一部の脱北者が、シン・ドンヒョク氏に対して疑問を提起していた。私自身、「14号収容所から脱出してきた人は未だ一人もいない。そんなの不可能だ」と思っていた。しかし「出てきた」と言うので驚いた。私の疑念が的中したのだ。
(→嫌な予感的中!脱北者の経歴が嘘だった?

Q 日本の赤十字などがしている北朝鮮への人道支援についてどう思うか。

姜 家族がいるので人道支援を支持しなければいけないが、私が人道支援に賛成できないのは、北朝鮮に人道主義など不可能だからだ。支援しても(支援が現場に行き渡っているか確認する)モニタリングができない。反人道国家なので人道主義が通じない。1995年からずっと人道支援をやっている。ずっと災害があったということだ。これは体制の問題だ。しかし「人道支援」にしてしまうと、体制の問題だということを北朝鮮の人民も認められないのだ。
The Huffington Post2015.4.15
http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/15/north-korean-former-spy-conference_n_7068298.html
 
北朝鮮への帰還事業が日本政府による集団拉致だった!とかいう運動が進行中らしいが
北朝鮮帰還事業の責任まで押し付ける在日朝鮮人 

それをうかがわせる言葉がありますね

人権屋がよってたかって補償問題に発展させようとするだろうが
日本国民の拉致問題と混同することだけはやめて欲しい

例えばこの人ですね
北朝鮮強制収容所に生まれてヒューマンライツウォッチ
【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定 
ヒューマン・ライツ・ウォッチ 土井香苗氏
しばき隊弁護士神原元氏の妻 

え、何で東京新聞が?

北朝鮮拉致 国主導示す 工作員養成の内部文書入手
東京新聞工作員養成機関文書

 【北京=城内康伸】本紙は北朝鮮の工作員を養成する「金正日(キムジョンイル)政治軍事大学」(平壌)でスパイ活動の目的や方法を教育する際に使用する内部文書を入手した。拉致工作の重要性を指摘し、その方法などを詳細に記述している。朝鮮労働党関係者によると、金正日体制下の一九九〇年代後半に作成されたとみられる。拉致について教える文書の存在が確認されたのは初めて。最高指導部の方針に従った国家挙げての工作活動の一環だったことを裏付ける一級の資料となる。

 内部文書は、金正日政治軍事大学が発行した「金正日主義対外情報学」という題名の対外秘密に指定された文書。入手したのは、その上巻で、三百五十六ページという膨大な量に上る。労働党関係者によると、金正日氏が総書記に就任した九七年以降に作成され、少なくとも総書記が死去した二〇一一年まで、海外で活動する工作員を養成する過程で使われていたという。

 金総書記は〇二年九月に行った小泉純一郎首相との会談で、「八〇年代初めまで特殊機関の一部が妄動主義に走って」拉致を行ったと釈明した。しかし、今回の文書で、北朝鮮がその後も、少なくとも拉致に備えた準備を周到に行っていたことも併せて判明した。

 文書は冒頭で「首領(金日成(キムイルソン)主席)が創始した対外情報理論を、金正日同志は深化発展させ、党が対外情報事業(活動)で指針とするべき理論的武器を準備した」と強調。文書に盛り込まれた工作活動が、金総書記の指導に基づくことを明記している。「工作員を情報核心として養成すると同時に、派遣組織(の運営)事業をしっかりと行わなければならない」との金総書記の言葉を紹介する。

 拉致については「情報資料の収集や敵瓦解(がかい)をはじめとし、さまざまな工作で適用される」と説明。「拉致対象の把握では、住所や頻繁に出入りする所、日常的な通行ルート、利用する交通手段、時間などを具体的に把握しなければならない」などと列挙し、拉致における重要事項を挙げた。

 また「拉致した人物が抵抗する場合、処断することもできる。その場合には痕跡を残さぬようにしなければならない」と、拉致対象者の殺害にまで、内容は及んでいる。

 「拉致」など工作にかかわるいくつかの言葉は、北朝鮮の発音ではなく、韓国の発音に基づいて表記されるなど、工作員の主要な活動領域である韓国の実情に合わせて訓練されていたこともうかがわれる。

 <金正日政治軍事大学> 朝鮮労働党、軍、政府機関などの幹部となり得る人材の育成と工作員を養成する教育機関。別名で「労働党130連絡所」「人民軍695部隊」とも呼ぶ。1946年に設立された金剛学院が前身で数度の名称変更後、92年に現在の名称に。教育期間は4年とも6年ともいわれる。海外で活動する工作員の養成過程では、射撃や格闘、水泳、語学などを徹底的に教育。87年に起きた大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元死刑囚は前身の金星政治軍事大で、1年間の短期集中教育を受けたとされる。
東京新聞215.11.11
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201511/CK2015111102000134.html

(´・ω・`).oO(東京新聞っつったらおから新聞)
(´・ω・`).oO(朝鮮総連ビル売却の企業は焼き討ちイオン関連)
(´・ω・`).oO(まぁ憶測なんだけどね) 

 参考
ミトラmemo14 陸軍中野学校と金正日政治軍事大学 
北朝鮮の覚醒剤2 元工作員の証言 
亡命工作員の語る対南工作1

国連が北朝鮮非難決議を出したわけですが
【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定
脱北者の経歴が嘘だった
嫌な予感的中!脱北者の経歴が嘘だった?

その過程で今更だけどこんなことがあったんですね

国連、北朝鮮パネルで騒動 外交官が脱北者の証言妨害

 【ニューヨーク=松浦肇】国連本部では4月30日、北朝鮮による人権侵害をテーマにしたパネル討論会で北朝鮮の外交官が突然発言し、議場が騒然となる一幕があった。北朝鮮の外交官は米国に対する批判を試みたが、主催者のパワー米国連大使に制止されたうえ、警備員投入を警告されると退場した。

 パネル討論会は米韓の国連代表部が共催し、脱北者が飢餓や収容所での過酷な体験を証言した。対して、北朝鮮の外交官は討論会の開始に先立ち、「米国の策略だ」とする非難声明文を参加者に配布した。

 騒動が起きたのは、ある脱北者男性が12歳の時に父親が餓死し、母親が収容所に送られて孤児になった体験を証言した場面。参加していた北朝鮮の外交官が唐突に声明を読み上げ、「米国では人種差別や女性への性的虐待など人権侵害が多発している」と米国を批判し始めた。

 会場からは「動物だって順番を守る」といった怒号が飛んだが、北朝鮮の外交官がマイクを切られても5分ほど発言した。
産経ニュース2015.5.1
http://www.sankei.com/world/news/150501/wor1505010031-n1.html


【北朝鮮情勢】
金正恩氏が特別指示 「敵の人権攻勢に逆攻勢を仕掛けよ!」 脱北者を狙い撃ち 経歴“詐称”糾弾を「快挙だ」と称賛

 北朝鮮の人権侵害を追及する国際社会に対抗するため、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記名で同国幹部らに「人権問題で逆攻勢を仕掛けよ」という特別指示が出ていたことが5日、複数の消息筋の話で分かった。著名脱北者の経歴詐称を糾弾するキャンペーンを展開して訂正に追い込むと、金第1書記が「非凡な戦略で形勢を逆転させた」と喧伝(けんでん)。北朝鮮は国連でも日米韓の人権状況の一方的非難を繰り返し、対決姿勢を鮮明にしている。(桜井紀雄)

 「敵の人権攻勢に対し、脱北者の宣伝が嘘で、米韓日が反人権国家だと逆攻勢を仕掛けよ」

 中朝関係者らによると、海外工作を担う秘密警察、国家安全保衛部幹部らに昨年後半、金第1書記名のこんな「特別指示」が出されたという。人権蹂躙(じゅうりん)で金第1書記の刑事責任を問う動きに対抗したものとみられる。

 昨秋以降、北朝鮮の外相らが国連で「人権問題の悪用に反対する」との主張を展開。先月末の国連の討論会では、外交官が脱北者の証言に割り込み、「米国こそ人種差別で人権侵害している」とまくし立てた。

 北朝鮮が狙い撃ちしたのは、収容所で生まれたとされる脱北者の申東赫(シン・ドンヒョク)氏(32)だ。インターネット上や国連で「証言は嘘だ」と強調するキャンペーンを進め、申氏は1月、経歴の一部を訂正した。人権問題の象徴的存在だっただけに、北朝鮮の人権問題に取り組む非政府組織(NGO)の一部にも「脱北者の証言は信用できない」との見方が出た

 これに対し、金第1書記は「快挙だ」とたたえ、政権内では「金第1書記は戦略の天才だ」と流布されたという。

 国際社会で同調者を増やすため、北朝鮮視察の便宜を図るなどし、NGO関係者を積極的に取り込むようにも指示されているという。

 一方で、人権侵害の一つとされるロシアの森林伐採現場などへの労働者派遣をめぐり、過酷な環境を取材にきた外国人に対し「撮影機材を奪うといった実力行使も辞すな」と現場に命じ、現場映像が公開された場合、責任者を処罰すると通達されているともいう。

  ◇

 【用語解説】申東赫氏の経歴訂正問題
 申東赫氏は、完全統制区域の政治犯収容所から2005年に唯一脱出したとして国連などで証言。著書は、日本語を含め世界中で翻訳された。北朝鮮は、父親とされる人物に会見させるなどし、「証言は嘘だ」と主張。申氏は脱出当時、別の収容所にいたことなど一部誤りを認めた。北朝鮮は、申氏の証言も反映した国連の報告書や人権非難決議は「無効」だと主張している。
産経ニュース2015.5.7
http://www.sankei.com/world/news/150507/wor1505070008-n1.html
 

自分は申東赫氏の横にいたのが誰だか忘れてませんからね
北朝鮮強制収容所に生まれてヒューマンライツウォッチ
 ヒューマン・ライツ・ウォッチ 土井香苗

申東赫氏の映画に関わった団体も
映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」トレイラー 

【元CIA要員の極秘証言(上)】
北工作員ら450人超を聴取したスペシャリストが語る金正恩政権の闇 「北が拉致被害者の生存を隠す理由は…」
マイク・リーCIA

 北朝鮮から亡命した元高官や拘束された工作員ら450人以上を聴取した北朝鮮スペシャリスト中のスペシャリストがいる。米中央情報局(CIA)元要員のマイケル・リー氏(81)だ。拉致された著名韓国人夫妻の脱出を裏で支援するなど、北朝鮮による拉致の手口にも精通する。金正恩(キム・ジョンウン)政権は、日本人拉致被害者らの再調査開始から1年以上過ぎたが、一向に拉致被害者の調査結果を出そうとしない。正恩政権の真意はどこにあるのか-。リー氏に聞いた。(桜井紀雄)

大韓航空機爆破犯から直接知らされた日本人拉致
 「私は、生きていると信じている。心証がある」

 リー氏が米国から来日した際行ったインタビューで、北朝鮮による日本人拉致被害者についてこう話した。

 韓国西部の忠清南道(チュンチョンナムド)扶余(プヨ)に生まれたリー氏は、在韓米軍の情報部隊に勤務。1970年代には、米国に移住し、CIAの情報要員として、2000年まで対北情報戦の前線に身を置き続けた。

 在韓米軍とCIAを合わせて通算約40年間に北朝鮮から亡命した元高官や拘束された工作員ら450人を超える北朝鮮関係者から聴取した希有な経験を持つ。

 70年代に北朝鮮に拉致された韓国人女優の崔銀姫(チェ・ウニ)さんと映画監督の申相玉(シン・サンオク)氏夫妻が、欧州経由で脱出するのを裏で支援もした。

 87年に起きた大韓航空機爆破事件の実行犯で韓国の情報機関に逮捕された金賢姫(ヒョンヒ)元工作員も聴取対象だった。その中で、日本語教師役だった拉致被害者、田口八重子さん(60)=拉致当時(22)=について知らされた。早い段階から日本人拉致の存在を把握していた一人だ。

 「北朝鮮は必要なら(日本人拉致を)やるだろう」とリー氏は当時、感じたという。

 北朝鮮は、田口さんについて「死亡した」と主張しているが、死亡したとする時期以降も目撃情報があるなど、矛盾点が少なくない。リー氏は最近も、金元工作員から直接、田口さんは「生きている」と聞かされたという。

拉致被害者は「死亡した」と主張するわけ
 北朝鮮が重ねてきた外国人拉致について、リー氏は「日本人だけでなく、他の国からも、たくさんの人々を拉致してきた。なかには、中東の女性もいる」と説明しながら、多くの日本人拉致の特異点にも触れた。

 「日本人拉致は、犯罪行為、すなわち、対南(韓国)工作に関係のある犯罪行為であり、拉致問題を解決するためには、自分たちの秘密と犯罪行為を全て明らかにしなければならない」と、北朝鮮が多くの拉致被害者について「死亡した」と主張し続ける理由を説明した。

 では、なぜ金正日(ジョンイル)総書記は、2002年に拉致を認めて謝罪し、被害者5人を帰国させたのか。

 リー氏は「犯罪性が問題だ」とした上で、「日本に戻って、いろいろなことを話しても、自分たちには、被害が及ばない人は帰した。犯罪性を立証できたり、暴露できたりする人は帰していない」と指摘する。

 「対南工作に関わる秘密工作に利用した人や、犯罪性のある仕事に携わった人については、隠すしかない」と強調した。

 「これらの人々に関しては、いろいろ説明するのも煩わしく、『死んだ』と言っている」

 リー氏はこうも断じる。

 「犯罪性を隠蔽するため、絶対に真相を公開しないだろうし、できない。やるフリはするが、しない」

日本を足止めする「巧妙な時間稼ぎ」
 それではどうして、金正恩政権は昨年、拉致被害者の再調査を約束したのか。いまのところ、北朝鮮側に目に見える形で得たものはない。

 リー氏は「北朝鮮がやっているのは、時間稼ぎのための一つの巧妙な方法にすぎない」と断言する。

 正恩政権は、日朝合意が履行されている間は少なくとも、日本が米国などと組んで対北強硬策に出ることはないとみており、日本が米国との連携を強めるのを足止めさせる一定の効果があるというのだ。

 その上で、「日朝がいくら時間をかけて協議し、合意に達したとしても、完全な解決はあり得ない」と北朝鮮側の拉致調査の行方に悲観的な見方を示した。

 「正恩政権が崩壊するまで、真実を明らかにしないだろう」とも言う。「北朝鮮が真実を語るというのは、自分で自分の犯罪を暴露することを意味するからだ」

 拉致問題は、解決の見通しはないのか。現在の北朝鮮内外の情勢から、逆に解決の「チャンスだ」とも強調する。

 正恩政権は「非常に不安定な状態」を見せており、日米韓の出方次第では、遠くない将来、政権が崩壊し、南北統一する可能性があるという。

 「正恩政権が崩壊し、南北統一すれば、全ての真相が明らかになる。日本人(拉致被害者)は、全員帰国できる」

 一方で、正恩政権の崩壊シナリオに向け、日米韓が結束して当たれない状況もあるという。最大の阻害要因は「韓国政府の弱腰姿勢」にあると訴える。それはなぜか-。
=【元CIA要員の極秘証言(中)】に続く
産経ニュース2015.9.16
http://www.sankei.com/premium/news/150916/prm1509160002-n1.html

(´・ω・`)長いので続く

社民党系組織、街頭活動中の家族会に「拉致より憲法」発言

 秋田市で4日に行われた北朝鮮による拉致被害者家族会の街頭活動中、隣で活動していた安全保障関連法案に反対する社民党系組織のメンバーが「拉致より憲法だ」と発言し、家族会が反発する一幕があった。増元るみ子さん(61)=拉致当時(24)=の弟で、家族会元事務局長の照明さん(59)は「拉致被害者や家族の実情を考えてほしい」と話している。

 家族会の街頭活動は、秋田竿燈(かんとう)まつりに訪れた観光客らに被害者救出を訴えるため、照明さんのほか、田口八重子さん(59)=拉致当時(22)=の兄で家族会代表の飯塚繁雄さん(77)、松本京子さん(66)=同(29)=の兄の孟(はじめ)さん(68)や県内の特定失踪者家族が参加してJR秋田駅前で行われた。

 すぐ隣で、社民党支持者が中心の「秋田・戦争をさせない1000人委員会」(代表・山縣稔県教組委員長)が街頭活動を始めたため、救う会秋田メンバーの男性が1000人委員会メンバーの男性に署名を求めたところ、「拉致より憲法だ」と拒否されたという。

 話を聞いた照明さんは「旧社会党、社民党は拉致問題解決の障害になり、被害者家族の思いを踏みにじってきた」と演説。1000人委員会側に抗議する救う会秋田幹部もいた。

 照明さんはその後の県庁での記者会見で「被害者家族の多くは安保法案の議論に違和感を覚えている。約40年前に日本人が北朝鮮に拉致された時点で戦争が始まっている。戦っている被害者を放置している状況が平和なのか」と訴えた。

 飯塚さんは「国民にとって重要な問題なのに、署名活動をしても、横目でちらっと見て通り過ぎる人がいるのが気になる。だが、政府と北朝鮮に対するメッセージとして活動を続けていきたい」と述べた。

 家族会の反発について、1000人委員会の山縣代表は「拉致問題について、会としての見解はない。それぞれのメンバーの考えで対応している」と話している。 
産経ニュース2015.8.5
http://www.sankei.com/region/news/150805/rgn1508050009-n1.html


戦争をさせない1000人委員会とは
安倍政権は、昨年12月、多くの人々の大きな反対の声をねじ伏せ、憲法の三原則である「国民主権」や「基本的人権」を侵害する「特定秘密保護法」を強行採決・成立させました。さらに、今度はもうひとつの原則「平和主義」を規定した憲法9条を空文化する「解釈改憲による集団的自衛権行使容認」「国家安全保障基本法強行」へと踏み込もうとしています。このままでは、日本は、「地球の裏側」まで、場所を問わず戦争に参加できる国となります。
私たちは、戦争への道を突き進む政府の暴走を阻止し、一人ひとりの平和に生きる権利を守りぬくための運動として、「戦争をさせない1000人委員会」を全国的に立ち上げることにしました。
ここに連帯のアピールを発するとともに、すべてのみなさんに「戦争をさせない1000人委員会」運動への参加を呼びかけます。どうか私たちの思いに賛同いただき、この運動の発展のためにお知恵とお力をお貸しいただけますよう、心よりお願い申し上げます。
2014年2月
「戦争をさせない1000人委員会」発起人
雨宮 処凜
内橋 克人
大江 健三郎
大田 昌秀
奥平 康弘
小山内美江子
落合 恵子
鎌田 慧
香山 リカ
倉本 聰
佐高 信
瀬戸内 寂聴
高橋 哲哉
高良 鉄美
田中 優子
山口 二郎
http://www.anti-war.info/about/


「国民主権」や「基本的人権」を侵害する「特定秘密保護法」を強行採決・成立させました
と書いてるんですけどね
特定秘密保護法が基本的人権を侵害した例を出して下さいよ
国民主権に至っては何を指してるのかも分からない
特定秘密保護法はそんな法律ではないはず
【カテゴリ】特定秘密保護法

一方
拉致被害者の基本的人権は侵害されてるじゃないですか
それを見て見ぬふりして「護憲」とは何事
国民を守れない憲法を守ることに何の意味があるの?

今現在違憲状態におかれている人を無視して安保法制が違憲だとか
拉致被害者には人権はないとお考えなのか 

(´・ω・`)あんまり話題になってないんだけども・・・

「収容所生まれ」の脱北者が経歴訂正し謝罪「統制緩い施設で大半過ごす」

 米紙ニューヨーク・タイムズ電子版は18日、北朝鮮の人権侵害の実態について証言してきた著名な脱北者の申東赫氏(32)が、自身の経歴の一部を訂正し、謝罪したと報じた。

 申氏はこれまで、完全に統制された政治犯収容所「14号管理所」で生まれ育ち、20代前半で脱出したと証言。体験を描いたドキュメンタリー映画も製作され、注目を集めた。だが最近、北朝鮮で暮らした時期の大半は、比較的統制の緩い別の施設に収容されていたことを明らかにしたという。

 申氏は、北朝鮮による人権侵害を認定した国連調査委員会にも証言している。政治犯収容所の存在を否定する北朝鮮側は、証言は全面的に偽りだと反論している。

 申氏は同紙の電話取材に「告白すれば北朝鮮の人権(侵害を追及する)運動に打撃を与えると知人たちが恐れたため、ためらってきた」と述べ、謝罪した。(共同)
産経ニュース2015.1.20
http://www.sankei.com/world/news/150120/wor1501200005-n1.html
 

NYT
"Prominent North Korean Defector Recants Parts of His Story of Captivity" 2015.1.18
脱北者申
http://www.nytimes.com/2015/01/19/world/asia/prominent-north-korean-defector-shin-dong-hyuk-recants-parts-of-his-story.html 

北朝鮮メディア:人権問題について脱北者の「うそ」を暴く動画を公開

北朝鮮の人権問題に対する西側の相次ぐ非難を受けて、北朝鮮サイト「我が民族間で」は5日、「脱北者のうそを暴く」という動画を公開して反撃した。

記者が西側メディアに北朝鮮人権非難の証拠を提供した申東赫(シン・ドンヒョク)氏の家族、隣人、同僚などを取材し、国連会議での陳述を突き合せるという動画だ。

動画では、家族が申東赫氏の幼い頃の写真を公開し、その学校生活の一部分を思い返した。申東赫氏の父親は、「父が死んだと思い、申東赫は自分が家族の中で唯一、生き残ったとしている。まさか私がまだ生きているとは思っていないだろう。」と語った。また申東赫氏は一部公聴会で虐待を受け体に残った傷跡を見せている。父親は足の傷跡は、採鉱車を押していたときできたもので、当時長い治療を受けていたと証言した。家族と一緒に暮らしていた時は「指一本、傷つかなかった」という。母親と兄が脱獄容疑で処刑されたという申東赫氏の指摘について、父親は、元妻と長男が殺人し、刑法に違反して懲罰を受けたと反論した。

動画では、申東赫氏の隣人や同僚なども取材を受け、国連会議での陳述は「虚言である」と証言した。
(翻訳 金慧) 
新華ニュース2014.11.6
http://blogos.com/article/98162/


収容所にいたことや脱北者であること自体は嘘ではないのだろうが
自分はこの画像を見た時に嫌な予感しかしなかった
北朝鮮強制収容所に生まれてヒューマンライツウォッチ
【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定 
ヒューマン・ライツ・ウォッチ 土井香苗氏
しばき隊弁護士神原元氏の妻

そしてこの映画というのが
映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」トレイラー
映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』劇場予告編
後援
在日本大韓民国民団
公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
ヒューマン・ライツ・ウォッチ
【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定2 補足資料

アムネスティ日本といえば人質事件の湯川遥菜氏のFBをわざわざISISに教えた石田城孝氏とか
逆に人権屋さんの人権意識を問いたいくらいで
ネトウヨなんて殺されちまえby人権派


せっかく一歩進んだと思ったのに
たちまち押し戻される・・・

害悪にしかならない人権NPOやらの法人認定を取り消すべきではないか 


【youtube】2/3【討論!】2014 年末スペシャル ― 安倍政権の行方[桜H26/12/31]
52:00頃~

西岡力氏「あと数年しか我々勝負できるところがない。韓国で三年後に大統領選になって従北勢力の政権が出来れば我々のチャンスはなくなりますから。来年、2015年の戦が勝敗を決める、すごい重大な戦いだと思っています。」

そうなのか・・・
まぁ考えてみれば当たり前のことだ

朴槿恵政権も十分従北だと思うのだが実はそうでもないところもあって
昨年末遂に従北政党が解散させられることになった

親北政党の解散宣告 国会議員職も全員剥奪=韓国憲法裁

【ソウル聯合ニュース】韓国政府が請求した左派少数野党・統合進歩党の政党解散審判で、憲法裁判所は19日、同党の解散を宣告した。党所属の国会議員5人全員の議員職も剥奪した。

 韓国憲政史上、憲法裁の決定で政党が解散されるのは初めて。

 朴漢徹(パク・ハンチョル)憲法裁判所長は同日午前10時からの審判で、「被請求人の統合進歩党を解党する」とする主文を読み上げた。北朝鮮と対峙(たいじ)している朝鮮半島の状況を踏まえると、脅威がないとは言えないと指摘した上で、「実質的な害悪を及ぼす具体的な危険性があった」と述べた。

 同党の解散に反対した裁判官は1人で、残る8人全員が賛成した。

 韓国政府は統合進歩党の李石基(イ・ソクキ)国会議員が北朝鮮の革命路線に追従し、非常時の韓国の体制転覆を謀議したとして内乱陰謀罪などに問われたことなどを受け、昨年11月に同党の解散審判を請求した。
 統合進歩党解散憲法裁判所
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2014/12/19/0200000000AJP20141219001600882.HTML

西岡力氏が
拉致問題と慰安婦問題
両方に取り組んでいる理由

それは 
慰安婦問題で日韓関係がこじれたら
拉致問題解決の道が閉ざされるから

 日韓関係が心配でならない。
 今回の従軍慰安婦問題は日韓双方に相当深刻な影響を及ぼしてしまった。私の友人の中にはあの金大中事件の時に匹敵する厳しさだと頭を抱える者もいる。特に危惧されるのは、日本人の中に広がっている厭韓、嫌韓感情だ。日本側からすれば、1965年の日韓条約締結時に提供した5億ドルで、韓国人に対する戦後補償は解決したはずだという思いがある。それを今になってなぜ韓国側は蒸し返してくるのか。韓国人はしつこい、つき合いづらいというイメージが急速に広がっている。
週刊新潮・庭で週刊新潮を読んでいた植村隆元記者を直撃!

なのに

慰安所軍関与示す資料asahi

朝日新聞はじめ左翼メディア、学者、弁護士etc.
絶対に許せない

参考
朴槿恵vs従北勢力

金丸訪朝団(産経) 産経との比較



p6~9
日朝関係の雪解けを歓迎する(1990.9.29)

 日本と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が、国交正常化をめざし政府間交渉にはいることになった。「近くて遠い」という表現があまりに長く続きすぎた日朝関係に、やっと雪解けが近づいたことを歓迎したい。

 わが国は朝鮮半島を植民地として支配したが、韓国とのあいだでは国交を正常化したものの、北朝鮮とは戦後処理すらできていない。金丸元副総理が率い自民党が初めて正式に派遣した訪朝団と、社会党代表団、朝鮮労働党との共同宣言で、日本側が植民地支配にたいする「謝罪と反省」を表明したのは、おそまきながら、当然のことである。

 日本政府発行の旅券から「北朝鮮除外」条項を削除▽通信衛星の利用▽両国間に直行航空路開設など、実務面での一歩前進にも、双方が合意した。

謝罪と「償い」は当然
 第18富士丸の抑留船員の釈放も約束された。われわれの立場からは「やっと」というのが正直な気持ちだが、本人や留守家族のことを思えば、とにかく喜ばしい。

 植民地支配の「償い」をするのは、国交が正常化すれば不可欠のことだ。韓国との請求権交渉の前例もあり、北朝鮮とのあいだでも合理的な結論に達したいものである。

 われわれは、植民地支配の謝罪と償いはわが国が進んで果たすべき責務だと、政府に早くけじめをつけるよう要請してきた。韓国の反対があったとはいえ、これほど時間がかかったことは、反省の必要がある。

 だからといって、国交正常化が確定しないうちに請求権資金の前渡しをするというようなことはむりがある。筋の通った姿勢を今後も貫いてもらいたい。

 国交正常化の話は、金丸氏と金日成主席の会談を通じて、双方の理解が深まったところで、北朝鮮側から提案された。こんどの会談で、北朝鮮がここまで踏み込むとは日本側は予想していなかった。

 北朝鮮はこれまで「二つの朝鮮」反対の姿勢をとり、ソ連や中国が韓国と外交関係を結ぶことに反対してきた。つい先日、ソ連との外相会談で、韓ソ国交をめぐり激論になり「ソ連が南朝鮮と『外交関係』を設定すれば、朝鮮の分裂した『現実』をそのまま認めるものとして分裂状態自体を固定化させることになり、『二つの朝鮮』の存在を国際的に合法化するものとなる」との激しい備忘録をつきつけたと、北朝鮮自ら公表したばかりである。

 このソ連を日本に、南朝鮮を北朝鮮に置き換えてみると、北朝鮮の対日国交正常化提案は唐突の感を否めない。しかし、韓国とソ連の正常化への動きにブレーキをかけることができないと見切って、外交的孤立を避ける狙いで、決断したのかもしれない。

 ソ連に突き付けた備忘録のなかで、北朝鮮は韓ソが正常化すれば「南朝鮮当局者は、さらに得意になり、傲慢になって、共和国(北朝鮮)をドイツ式に吸収統合しようとするであろう」と述べている。せっぱ詰まった危機意識がうかがえる。

 経済的にも、ソ連が従来のバーター取引でなく、外貨支払いを要求するなど、北朝鮮の状況は一段ときびしくなってきた。経済立て直しのてこ入れを、西側諸国に期待し始めたとの観測も有力だ。

周辺国にも気配りを
 日朝改善は未来志向でなければならない。過去の償いは日朝二国問題だけでなく、朝鮮半島の緊張緩和につながるものにしたい、という意味である。わが国としても、北朝鮮に国際社会の一員として理解しやすい行動をとるよう働きかけることが必要だ。

 韓国には、北朝鮮の急速な日本接近の思惑をめぐり、懸念する声が出ている。これまでに起きた不幸な事件や、北朝鮮の独特な社会体制に対して、不安を抱いているのだろう。韓国や米中ソなど周辺国と十分連絡をとりつつ、北朝鮮と話し合いを進めるべきだ。

 欧州で始まった冷戦脱却の風が、とうとう朝鮮半島にも吹き始めた感が深い。民族統一をどう実現するかは、南北両当事者が知恵をしぼることだが、わが国としては、緊張緩和と、南北対話が実りを生むことを祈って、環境づくりの面で、時代の潮流に竿さして進みたいものである。

ポイント
①植民地支配への謝罪と賠償を当然としている
(日本側は交戦もしていない国の戦後賠償には応じられないと突っぱねた)
②拉致問題について一言もなし 

【ニッポンの分岐点】
日朝関係(1)金丸訪朝団 正常化目前「償い」で禍根

 日朝間の最大の懸案である拉致問題。日本にとっては、拉致問題の解決がない限り北朝鮮との国交正常化もあり得ないが、20年以上前、日朝国交正常化が目前に迫ったときがあった。

◆予期せぬ金日成発言
 平成2(1990)年9月26日。北朝鮮有数の景勝地、妙香山の招待所で自民党の元副総理・金丸信、社会党副委員長の田辺誠、北朝鮮主席の金日成(キム・イルソン)が顔を合わせた。

 金丸、田辺の2人が日朝の友好を進めるため、双方に「連絡事務所」の設置を持ちかけると、金はこう返して2人を驚かせた。

 「いや、そんなのをつくる必要ないでしょう。(日朝の)外交関係をつくればいいんですから。日本と仲良くしたい」

 予期せぬ発言に動揺を隠せない金丸。田辺に「どうする」と目をやった。田辺も「いいんじゃないですか」と即答した。金丸は金に向かって「社会党もいいと言っている。私たち自民党も責任を持つ」と応じた。

 この瞬間、北朝鮮に拘束されていた第18富士山丸の船長、紅粉勇ら日本人2人の釈放と、日朝友好親善が主目的だった訪朝が、政府間の国交正常化を前提とした外交交渉に転換した。

 55年体制以降、対北朝鮮外交は「万年野党」の社会党を中心に展開されてきた。だが、昭和58年に党書記長に就任した田辺は「野党外交では限界がある」と主張し、「万年与党」である自民党を引き込むことを画策する。

 北朝鮮も、社会党との関係を維持するだけでは展望を開けないと考えていた。韓国は、平成2年9月末にソ連との国交を樹立。東アジアで孤立することを懸念した北朝鮮が、日本との国交正常化に活路を見いだそうとしている-。田辺は北朝鮮側の変化を感じていた。

 田辺は、同じ国対族で親交の深かった金丸に声をかけた。北朝鮮が政権与党と接点を持ちたがっていることを紹介し、金丸にも注目していることを伝えた。

 だが、金丸は田辺の依頼をいったん断る。東側陣営に冷淡で、外交にあまり縁がなかったことが理由だった。それでも、田辺は半年間にわたって金丸の説得を続け、金丸も最終的に訪朝を決断する。第18富士山丸問題が、訪朝によって解決できる可能性が高まっていた事情も後押しした。

◆5時間続いた密室会談
 「俺が、風穴を開けたんだ!」。平成2年9月28日夜。金丸は帰国の途に就いた日本航空の特別機内で興奮気味に語ると、大きな拍手がわき起こった。

 笹川平和財団会長の羽生次郎(68)は、その光景を今も鮮明に覚えている。羽生は当時、運輸省(現国土交通省)国際航空課長として訪朝団に加わり、日朝間の航空路開設交渉にあたった経験を持つ。羽生によると、世論やマスコミは訪朝団の功績を軒並みたたえ、国交正常化を支持する声が多かったという。

 しかし、訪朝団は後に大きな批判にさらされることになる。9月28日に調印された自民党、社会党、朝鮮労働党の3党共同宣言の中に記された「戦後45年間の謝罪、十分な償い」が、北朝鮮への戦後賠償の表明とみなされたからだ。

 共同宣言は、金丸訪朝団事務総長の石井一(79)、同団事務局長の武村正義、社会党訪朝団副団長の久保亘らが中心となった起草委員会で議論された。

 武村ら日本側は「交戦もしていない国の戦後賠償には応じられない」と突っぱねたが、北朝鮮はなかなか折れない。16時間にわたる協議の末、最後は金丸の鶴の一声で「償い」の文言を入れることが決まったのだった。

 金丸は滞在中、金日成と2人だけで5時間近くも密室で会談している。ただ、日本側の通訳や外務省の随員が入っておらず、記録を残していないため、大きな問題となった。この密談の中で、金丸は数十億ドルの「戦後賠償」を約束したともいわれているが、「誤解だ。『償い』までは是認していない」と否定している。

 石井は「金・金会談」の直後、金丸が「国交正常化の調印式を富士山のふもとで行う。金日成に山梨県まで来てもらうんだ」と言っていたことを記憶している。そして「金日成と接してファンになってしまったんだな…」と回想する。金丸の「人の良さ」があだとなった面は否定できない。

 実際、訪朝団に対する金日成の歓待ぶりはすさまじかった。2万人が動員されたマスゲームは代表例で「金丸信先生と田辺誠先生の引率する日本使節を熱烈に歓迎する!」という人文字に金丸は感動した。

 産経新聞政治部記者として訪朝団に同行取材した北村経夫(59)=現自民党参院議員=は金丸の様子について「北朝鮮の術中にはまっていた」と振り返る。そのうえで「最終的な北の狙いは戦後賠償だ。『償い』は今も尾を引いており、拉致問題にもつながっている。日本外交にとってマイナスだった」と断じる。

◆拉致は議題とならず
 7月30日、前橋市で自身が運営する老人ホーム「恵風園」に、92歳になった田辺が姿を見せた。つえをついているが、滑舌は往事のまま。田辺は「金丸訪朝団で国交正常化に限りなく近づいたが、政府や外務省を巻き込めなかった。成功と失敗、相半ばだ」と総括した。

 当時、拉致問題はまだ大きくクローズアップされていなかった。国家公安委員長の梶山静六は、昭和63年3月の参院予算委員会で、53年夏に日本海側で連続して発生したアベック行方不明事件について「拉致の疑いが濃厚」と初めて答弁していたが、金丸訪朝団では拉致が議題に上った形跡はない

 平成2年10月、船長の紅粉らが釈放され、国交正常化の機運はさらに高まっていく。国交正常化交渉は3年1月から始まり、4年11月まで計8回行われた。

 だが、大韓航空機爆破事件の犯人、金賢姫(キム・ヒョンヒ)元工作員の教育係、李恩恵(リ・ウネ)(後に田口八重子さんと判明)に関する日本側の調査要求に北朝鮮が反発し、4年11月に交渉は一方的に中断された。その後、日朝の国交正常化交渉は動かないまま、12年4月まで途絶えることになる。=敬称略(山本雄史)

【用語解説】金丸訪朝団 平成2年9月、自民党の金丸信元副総理、社会党の田辺誠副委員長らが第18富士山丸事件解決などのために訪朝した。自社両党と朝鮮労働党の3党は、戦後45年間、朝鮮人民が受けた損失について公式的に謝罪を行い十分に償うべきだと認める▽国交正常化のための政府間交渉を同年11月に開始する-などを盛り込んだ共同宣言で合意した。
産経ニュース2014.8.2
http://www.sankei.com/politics/news/140802/plt1408020026-n1.html

南京虐殺記念館を作った田辺誠、まだ生きていたか・・・

参考
南北統一は日本のカネで 
金容淳書記のこと




p203~206
北朝鮮工作員・辛光洙に対するソウル地裁の判決文

 判決文によると、北朝鮮の「指導員」から「日本人を拉致して本人になりすまし、日本で対南(韓国)工作を続けよ」との指令を受け、1973年7月に日本に密入国した辛光洙は、当時の在日朝鮮人大阪商工会幹部らと日本人拉致を画策し、この幹部が経営する中華料理店で働いていた独身で身寄りの少ない原さんに目をつけた

 1980年(昭和55年)6月中旬、辛光洙は、朝鮮総聯大阪商工会幹部のAに電話し、「大阪・新御堂筋の高級料亭に集まり、原敕晁(はらただあき)を宮崎に連れていって拉致する作戦を開始する」と連絡した。

 辛と朝鮮総聯関係者から紹介された金吉旭(キムキルウク)、A、朝鮮総聯大阪商工会幹部のB、そして何も知らずに誘われるまま来た原さんの全員が料亭二階の部屋にそろった。

 貿易会社社長になりすましたAが、カバンから100万円の札束を取り出して辛に渡し、
「私は時間がないので、君たちだけでこの金で旅行でもして、数日後に海岸の私の別荘でまた会おう」と言って中座した。

 辛は「社長もいなくなったので、私たちだけで心ゆくまで飲みましょう」と、原さんに酒をたくさん飲ませた。

 午後8時半ごろ、Bが酒に酔った原さんを連れて先に外に出た。辛と金がその後について、原さんを後から監視しながら大阪駅から同じ夜行列車で出発し、翌日の午前5時ごろ、別府駅に着いた。辛と金は、Bらが別府駅付近のホテルにチェックインしたのを確認してから、別のホテルにチェックインした。

 辛はその夜11時ごろ、ホテルの部屋で平壌放送に周波数を合わせた。そして「29627」(辛の生年月日、1929年6月27日)の暗号で指令を受信し、予定どおり計画を実行することを確認した。

 翌日午前11時ごろ、別府駅から列車で宮崎駅へ。辛と金は、Bと原さんから離れて市内観光し、午前4時ごろ、バスで青島へ向かった。遊園地などで時間をつぶし、午前8時半ごろ、約束の場所である橘ホテルのロビーで、先に着いていたBと原さんに会った。

 原さんは夕食時に酒を飲まされて、すでに泥酔状態になっていたが、辛は「寝るにはまだ早すぎるので、海岸へ散歩に行こう」と誘った。辛と金は原さんを連れて海岸の松林を通って、北朝鮮からの工作員との接触場所である青島海水浴場北端にある小さな小川が流れる地点に着いた。

 すでに上陸して潜伏していた(北朝鮮からの)工作員4人が現れた。原さんを安心させるために、辛は原さんに「うちの会社の船を持ってきた人たちだから、心配しなくていい。私と原さんが先に社長の別荘に行って、このボートを戻すから、常務(金吉旭)とBはあとから来てください」と言った。

 そうして、原さんをゴムボートに載せて出発した辛は、原さんとともに工作子船を経て工作母船に乗り移り、4日後の午前7時ごろ、北朝鮮の南浦(ナムポ)港に着いた。出迎えた三人の指導員に原さんを引き渡した辛は、平壌市の龍城(ヨンソン)一号招待所に向かった。

 辛は6月中旬から11月下旬まで、平壌市の東北里三号招待所で、政治思想学習、外国語学習、日本化学習などの教育を受ける一方、日本に浸透して日本人「原敕晁」になりすますための準備として、原さんの学歴、経歴、家族関係といった身元事項を暗記した。

 また、原さんの経歴に符号するように料理人の職業訓練を受けたり、日本で身分証明書の代わりに通用している運転免許証を取得するために運転の教育を受けるなど、対南工作活動をするための工作員学習を受けた。

 11月初旬、指導員から真に指令が下った。
「基本任務として、日本に浸透し合法身分獲得のため法的手続きをすませて社会的信任を得よ。徹底的に日本人『原敕晁』になりすまし、合法身分を取って協力者を探し、南朝鮮(韓国)に情報網を作り、各種情報を収集報告せよ」

 同月下旬、日本に三度目の密航をするために、辛は南浦港から工作母船に乗船して出港した。子船とゴムボートに乗り換え、夜陰に紛れて宮崎市青島海水浴場北端の海岸から上陸した。

 夜行列車で翌日早朝に大阪駅に到着すると、阿倍野区の簡易宿泊所にチェックイン。昼ごろ、北区の「明月館」でAと会い、住民登録地を東大阪市小阪に移した「原敕晁」の住民票を受け取った。

 12月初旬、辛は横浜市内の簡易宿泊所に入居。東京・新宿の紀伊国屋書店で暗号文解読用の書物である日本語翻訳の文庫本『ドンキホーテ』を購入し、新宿郵便局から金に小包で発送した。

 翌81年5月下旬、辛は「坂本」と名乗り、新宿区高田馬場駅付近の喫茶店で、日本での対南工作に抱き込む対象としていた元朝鮮総聯活動家のCと接触。6月下旬にはCの家を訪れて、彼から「今度、妻が短期訪問団で祖国(北朝鮮)に行くことになりました」と聞くと、自分の正体を明かして、Cを組織に抱き込む目的でこう話した。
「実は、私は『坂本』ではなく、共和国(北朝鮮)から来た洪万植(ホンマンシク:辛の仮名の一つ」です。Cさんと婦人は過去に朝鮮総聯の活動をしてきたので、信用して話しましょう。このたび、婦人が共和国に行かれるそうで、結構なことです。祖国に行かれたら、私の家族が平壌に住んでいますので、会ってみて下さい。何かと手助けするでしょう。私が長男に手紙を書きますので、持っていってください。」

 7月中旬、辛は祖国訪問から戻ったCの家を訪れ、彼から「妻は、洪先生の家をたずね、手紙を渡したそうです。息子さんと奥さんに平壌外貨商店で購入したセイコーの腕時計一個と洋傘一個をそれぞれ贈り物にしましたが、家族の皆さんは涙を流して先生の安否を心配していたそうです」との報告を受けた。

 辛はその際、Cから「妻が自分の家族たちに会ってみたところ、兄弟がスパイ罪で捕らえられ収容所生活をしているために会うことができなかったそうです。韓国の放送を聴いたために連行されたとのことです」という話を聞き、こう促した。
「あなたの義弟については、調査したうえで、よいとりはからいができるよう努力してみましょう。今後、無理なことは頼みませんから、すこし協力してもらいたいのです。まず安い部屋をひとつ手に入れてください」

 Cは承諾した。9月初旬、彼の家の近くの東京都豊島区要町にあるアパートの一室を、「原敕晁」名義で契約。補償金20万円、一カ月4万5000円の家賃で入居し、新しいアジトにした。

 辛は郵便局から、「原敕晁」の本籍地である島根県松江市役所戸籍課長あてに「海外旅行に必要なので戸籍抄本を速達で送付願います」という申請書を発送して、「原敕晁」名義の戸籍抄本を入手。大阪府東大阪市役所で、「原敕晁」の住民登録地を同市下小阪から東京都豊島区要町へ移す転出の申告をし、豊島区役所で転入申告をすませた。同時に「原敕晁」名義で印鑑登録証、国民年金手帳、国民健康保険証などの発給を受けた。

 10月初旬、さらに「原敕晁」名義の運転免許証を取得。その後、Cが経営していた廃業状態にある個人金融業「泉物産」に在職しているという内容の社員在職証明書を作成してもらい、東京都旅券課に旅券を申請した。そして11月2日、「原敕晁」名義の日本国旅券の発給を受けた。これで、辛は完全に日本人「原敕晁」になったのだった。

 11月中旬、辛は「対南工作活動に加わってほしい」とCを誘い、協力者として抱き込んだ。Cは「韓国へ自由往来するために、民団(在日本大韓民国民団)に偽装加入しようと思いますが、戸籍上の名前ではない偽名を使ってきたために、すぐに加入することができません。秋季墓参団で韓国へ行き、戸籍を取ってきます。(日本に)密航した事実を告白し、特別在留許可を取って、戸籍上の名前であるCとして、民団に加入しようと思います」とい辛に話した。

 辛は「韓国に入ったら、まず捜査機関に疑われるような行動はいっさいしないで、韓国で見聞したことのなかで情報資料になるものだけを記憶して、帰ってきたら私に話してください」と指令を与えた。

 12月中旬、辛はCから訪韓の報告と工作活動に抱き込むことが可能な候補者についての報告を受けた。

(『産経新聞』1997年10月9日)


拉致
といえば船から工作員が来て人をさらって行くような漠然としたイメージしかないが、国内に協力者がなければ成立しないことがよく分かる
その協力者たちは未だ日本でのうのうと暮らしている

参考

【youtube】【荒木和博】北朝鮮工作員侵入・拉致シミュレーションで見えたこと [桜H21/10/6]

あなたの隣にいるかもしれない朝鮮人工作員
「学習組」の正体

【北朝鮮拉致】
立命館大生やOB、昭和から平成にかけ8人が謎の失踪 ある「共通点」も浮上

 関西の名門、立命館大学(京都市)の現役学生や卒業生8人が、昭和の時代から平成にかけて次々と“謎”の失踪を遂げている。自ら姿をくらませる事情はなく、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない行方不明者を調べる「特定失踪者問題調査会」が特定失踪者としてリストアップしている。調査会は今月17日、京都市で立命館大周辺を調査した。その結果、見えてきた失踪の背景は何なのか。

■100人中8人が立命館大
 調査会は立命館大在学中または卒業後に失踪した行方不明者として、8人をリストアップしている。最も失踪時期が古いのは昭和27年10月、在学中に失踪した渡邊晃佐さん(82)=失踪当時(20)=で、最も時期が新しいのは、平成22年に行方不明になった卒業生の男性(氏名非公表)となっている。

 調査会に届け出があった失踪者約470人のうち、4年制大学の卒業生や在学生は約100人に上るが、そのうち立命館大が8人を占めている。特定失踪者を大学別に見ると、立命館大に次ぐ明治大学が4人で、残りの大学はそれぞれ1、2人程度しかいない。調査会の荒木和博代表は「圧倒的に多い数であることは間違いない」と立命館大に特定失踪者が集中している状況を説明する。

 立命館大の在学中や卒業後に謎の失踪を遂げた8人の中で、調査会は特に昭和40~50年代に行方不明になった失踪者4人に注目している。

 昭和49年1月に在学中に失踪した酒井秀俊さん(62)=同(22)=を皮切りに、54年2月にも在学中の尾方晃さん(58)=同(23)=が失踪、59年には卒業生の広田公一さん(60)=同(30)=と在学中の男性(氏名非公表)が行方不明に。なぜか5年間隔で失踪している。

 特定失踪者に立命館大の現役学生や卒業生が多いことについて、荒木代表は「学内や周辺に拉致に関係のある組織が存在していた可能性がある」と指摘。その上で、「5年たてば大半の学生が入れ替わり、(拉致の)痕跡が残りづらいと考えたのではないか」と推察している。

 立命館大もすでに学内調査を行った。平成20年1月、学内に失踪者に関する調査委員会を発足。特定失踪者の友人や教員に聞き取り調査を行い、8人全員と連絡が取れないことを確認したという。産経新聞の取材に対し、立命館大は「個別に確認作業を行ったため、8人の関係性などについては調査をしていない」としている。

■浮上した「共通点」
 今月17日、調査会が京都市内で実施した調査では、新たな事実が判明した。昭和49年に失踪した酒井さんと54年に失踪した尾方さんが、京都市内の同じ下宿を利用していたのだ。

 2人は同じ時期に在学しておらず、下宿に住んでいた期間も異なる。だが、調査会の杉野正治常務理事は「職業や居住地域など、大まかな共通点が見つかることはあるが、共通の知人や同じ居住場所が見つかることは極めて珍しい」と明かす。

 調査に参加した2人の家族が下宿のおおまかな住所や経営者の名前を証言したことで、同じ下宿で暮らしていたことが判明した。今回の調査では、下宿の詳しい場所や当時の暮らしぶりを把握することはできなかったが、失踪者の多くが通っていた衣笠キャンパス(京都市北区)に近いことが明らかになった。ほかの立命館大に関係する特定失踪者も居住していた可能性があるとして、調査会は今後、失踪者の家族に照会する方針だ。

■ささいなことでも…
 調査会の現地調査には今回、尾形さんと酒井さんの家族が同行した。

 尾方さんの妹(57)によると、尾形さんの失踪後、家族は実家のある岐阜県高山市から京都市へ何度も足を運び、行方を探したという。妹は「まさか、北朝鮮に渡っている可能性があるとは思いもしなかった」と当時の状況を振り返る。

 尾方さんの父は57歳で亡くなり、母(79)が息子の帰りを待ち続けているという。「母が確実な手がかりがないかと心待ちにしている。ささいなことでもいいから、連絡がほしい」。調査会が運営する北朝鮮向け短波ラジオ放送「しおかぜ」のメッセージを収録した妹は兄に向かって、そう呼びかけた。

 酒井さんの家族では、姉の市川ちづみさん(66)が現地調査に参加。酒井さんの両親は失踪の理由が見当たらないため、自分たちが関係しているかもしれないと自らを責めながら亡くなったという。市川さんは「2人きりのきょうだい。元気なうちに再会したい」と思いを語った。

■看護関係、アベック… 特定失踪者の共通点
 立命館大というキーワード以外にも、特定失踪者では職業などが共通しているケースがある。調査会は職業や年齢をもとに失踪者をグループ分けする「マッピングリスト」を作成し、関連を調べている。

 マッピングリストには、政府が認定する拉致被害者との共通している項目もある。特定失踪者の職業で多い看護関係のケースでは、平成14年に帰国した曽我ひとみさん(55)も拉致された当時、准看護師として働いていた。蓮池薫さん(57)夫妻らと同様にアベックで失踪した特定失踪者も多い。

 今回の現地調査の対象となった大阪市の会社寮から失踪した賀上大助さん(36)=同(23)=についても、ほかの失踪者との共通点がある。賀上さんは13年に行方不明となっているが、同時期に若い男性会社員の失踪が複数確認されており、荒木代表は「他県の事例との関係を調べることも必要だ」と話している。 
zakzak2014.10.6
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20141006/dms1410061140003-n1.htm

立命館にはあの徐勝氏がいる
  韓国民主化運動という赤化運動

北朝鮮拉致問題と背乗り(ハイノリ) 第3回
公安警察vs.北朝鮮工作員「ナミが出た!」竹内明(TBS『Nスタ』キャスター)

「日本への潜入は簡単だった」
拉致問題の教訓として、もう一度考えるべきは、インテリジェンスとカウンターインテリジェンス(防諜)の体制強化だ。なぜなら、拉致は北朝鮮の一部組織による犯罪ではなく、国家ぐるみの諜報活動の一環でおこなわれたからだ。

前出の北朝鮮対外連絡部に所属した元工作員は語る。
「拉致の目的は、連れてきた日本人に工作員教育をして、再び日本に送り返すためでした。もし工作員に適していなければ、対日工作員に日本語を教える教師や日本語の資料整理などに従事させました。拉致した日本人たちの身分は、北朝鮮工作員が日本に浸透するときに使う計画だったはずです」

身分の利用。これは「背乗り」と呼ばれる手口だ。背乗りとは、北朝鮮とロシアSVR(対外諜報庁)が得意とする工作手法で、諜報対象国に潜入したスパイが身寄りのない人物になりすまし、市民生活を送りながらスパイ活動を行うことだ。

北朝鮮の工作員たちは、工作母船で日本海沿岸部や九州南部沿岸に接近、沖合で陸上の補助工作員と連絡を取り合い、半潜水艇、偽装小型漁船、水中スクーターなどで上陸した。元工作員によると、太陰暦の月末と月始め、つまり新月の夜前後に暗闇にまぎれて、「潜入」・「脱出」は行なわれていたという。

「共和国を出るときに、おおよその脱出の日を決めていた。10月に脱出する予定だったとしたら、前の月の夜、現場を下見して場所を決め、脱出する仲間と集まってリハーサルをする。現地の警戒態勢、目印になるポイント、軍事施設の動向を確認して暗号通信で報告する。本国は詳細な『接線』(合流)の場所・時間を指示してくる。当日はモールスで連絡を取り合った」

日本への潜入の難易度は低かったと、この元工作員は話す。

「韓国への潜入は警戒が厳しく、命がけだった。しかし日本は在日朝鮮人の手助けもあるから簡単だった

当時を知る在日朝鮮人の一人は、「工作員たちは『新潟に煙草を買いに来た』と言って気楽に出入りしていた」と、日本の無警戒ぶりを指摘する。

こうして潜入した工作員と本国との連絡手段は古典的なものだった。

「本国からはラジオ電波で暗号が飛んできた。読み上げられた5ケタの数字はメモすることを禁じられ、頭の中に叩き込んで、乱数表で言葉に変換し、解読した。この数字は女性のアナウンサーが読み上げるのだが、1と7を聞き間違えることが多く、より確実なモールスのほうが、私は好きだった」

南派され、ソウルで工作活動に従事した経験を持つ元工作員はこう語り、「トン、ツーツーツーツーが1……」と、かつて頭に叩き込んだというモールスを諳んじてみせた。ちなみに工作員から本国への連絡には、北朝鮮が開発した「文字伝送専用のトランシーバー」を使い、3ケタの暗号を打ち込んでいたという。

「トランシーバーの部品には日本と韓国の製品が使われていた。私はこれをビニル袋に包んで、墓地の地面に埋めておいて、必要なときに、掘り起こして暗闇で交信した。交信時刻も予め決められていて、毎月15日に本国から問い合わせなどがあると、その2日後の夜に返事をしていた」

対北の最前線・日本警察「通信所」の存在
公安警察も、北朝鮮工作員の上陸を座視していたわけではない。

沿岸部の漁師や住民を「密航監視哨員」に任命、全国の沿岸部で不審行動をとる人物に関する通報を求めた。

さらに、2000年12月まで、警察庁警備局は3つの電波情報を24時間体制で傍受していた。「A1」はモールス信号、「A2」が中波のラジオで傍受するモールス信号、「A3」が暗号の数字を読み上げるラジオ放送だ。

傍受していたのは警察庁警備局外事課「八係」の指揮下にある全国の「通信所」だ。東京日野市の丘の上にある「ヤマ」が一部メディアで報じられたことから知られるところとなったが、実はこのほかにも北海道北広島、宮城県仙台市、秋田、千葉県館山市、愛知県小牧市、大阪府信太山、鳥取県赤碕、福岡、鹿児島県出水市、沖縄など日本列島の10ヵ所以上に通信所は存在する。

実際の傍受作業に携わるのは警察庁情報通信局で採用された技官たちだ。

彼らは工作員の潜入・脱出を指揮する工作母船と陸上の補助工作員の交信をキャッチする。電波の強さや方角から、工作母船のおおよその位置が特定されると、「レーダー車」と呼ばれる電波の送受信車を付近の海岸に出す。この2台のレーダー車は「A車」・「B車」というコードネームで呼ばれ、無線通信所との「三角測量」によって、母船の位置を特定した。

「ナミが出た。配置しろ」

都道府県警の警備部には、こんな指示が出される。「ナミ」とは北朝鮮の電波を指す隠語だ。捜査員らは沖合に工作母船が停泊している付近の海岸の松林に潜んだという。

「船の大きさによって電波の高さが違う。大型母船でないとナミはキャッチできない。半潜水艇やゴムボートだと波より低いので、電波傍受は難しかった」(公安捜査員)

捜索で乱数表を入手しない限り、暗号の内容まで突き止めることはできない。しかしナミによる位置特定の錬度は徐々に高くなった。

1999年に能登半島沖での工作船が出没し、追跡に当たった海上自衛隊に海上警備行動が発令された事案があったが、工作船の位置を特定したのは大阪府和泉市の信太山の通信所だった。

警視庁公安部外事二課(ソトニ)で北朝鮮を担当したのは、三担管理官が率いる五係と六係(現在は六係と七係)だった。

六係(事件班)のスパイハンターたちは所轄から「奇妙なアンテナがある」という連絡を受けると、現場に通信所の技官とともに臨場し、パチンコ屋やマンション屋上に「展張」されたラジオ受信アンテナを遠くから検証したという。高さ3メートルほどのポールが2本、その間7メートルから15メートルほどのアンテナを展張した粗末なものだった。

技官の検証でアンテナが「生きている」と判断されれば、その建物には現役工作員が居住していると判断し、徹底した「行確」が開始された。

こんな極秘捜査まで行われていたのになぜ、日本は自国民を北朝鮮の諜報活動から守ることができなかったのだろうか。

「国民に知らせなかった」反省が求められる
警察庁警備局の誰もが口を揃えるのが「宇出津事件」の遺恨だ。

1977年9月、東京三鷹市の警備員・久米裕さんが、石川県の宇出津海岸で拉致されたときにも、数日前から通信所が電波を傍受し、石川県警は旅館などに不審者通報を依頼した。

その結果、拉致に関与したとみられる在日朝鮮人の男を外国人登録法違反で逮捕、自宅から乱数表が見つかった。男は久米さんを工作員に引き渡したことを認めたが、検察は国外移送罪の適用に反対したばかりか、外国人登録法まで不起訴にした。久米さんが自らすすんで行ったのか、拉致されたのか、被害者がいない以上確認できなかったからだ。

検察は一般刑事事件としてこれを扱い、防諜活動であるという認識で判断しなかったのだろう。

当時、警察庁警備局外事課に在籍した警察庁キャリアはこう憤る。

「検察による不起訴処分が北朝鮮の諜報機関を増長させた」

一方で、「警察も国民に警告できなかった」と告白する。

「富山県高岡市で起きたアベック拉致未遂(1978年)では、遺留品の手錠や猿ぐつわは朝鮮半島のものであることがわかった。しかし、これだけで消えていく人が北朝鮮に拉致されていると断定できる証拠もなかった。さらに電波傍受はあったが極秘事項で、検察に対してすら証拠として開示できるものではなかった。その結果、国民に警鐘を鳴らすことができなかった」

公安警察も秘密主義を貫き、通信所の存在や電波傍受という手の内を隠すことを重視したのだ。

さらにある警察庁警備局OBは「北朝鮮工作員の潜入に立ち向かう警察側の体制も甘かった」と唇をかむ。

いくらナミを傍受しても、実際に、捜査員が工作員の上陸や接線の瞬間を捕捉した例はほとんどない。日本海側の県警本部では、外事課を置いているところは少なく、警備課に5~6人体制の『外事右翼係』がある程度。所轄に極秘動員をかけても、秘匿性が高いオペレーションだったため、誰でも集めるわけにはいかない。だから沿岸部を広くカバーすることは不可能だった」

北朝鮮工作員の日本上陸の目的については、公安警察内部でも「韓国革命を企図して、ソウル潜入のために日本を経由しているのではないか」という分析が根強かったという。

北朝鮮工作員が次々と上陸し、日本人を連れ去る中、一部の政治家たちは「南は軍事独裁、北は社会主義の模範の国」であるかのように喧伝し、北朝鮮詣でを続けた。こうした政治の対応に、公安警察側も不信感を抱き、「北朝鮮に情報が漏れることを警戒し、官邸にすら危機意識を伝達できなかった」という。

日本側の危機意識の欠如やちぐはぐな対応が拉致被害を拡大したのは間違いない。

いま日本政府は北朝鮮に拉致被害者などの再調査を求めている。北朝鮮には誠意ある対応を粘り強く求め、一人でも多くの日本人の帰国を実現すべきだろう。

同時に、日本政府もなぜ自国民を守ることができなかったのか検証すべきだと思う。同時多発テロに見舞われた米国は独立検証委員会が問題点を洗い出し、政府機関の改編を行った。だが日本には北朝鮮が拉致を認めて10年以上が経過しても、検証が始まる気配すらない。

いつ、どこで、どのような過ちがあり、今後どうすれば国民を他国の諜報活動から守ることができるのか。徹底的に検証して、国民を守ることができる体制を作るべきである。 


背乗り著者竹内明

現代ビジネス2014.9.28
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40542


「拉致は北朝鮮を敵視するための韓国の謀略」「拉致はなかった」とか言うよりは
拉致問題を書いてくれた方がいい
土井たか子福島みずほ@秘書給与釈明
http://www.huffingtonpost.jp/2014/09/28/doi-takako-passed-away_n_5894892.html
(あ、つい手がすべって画像を貼ってしまった)

書いてくれた方がいいとは思うものの
拉致問題がなぜ解決しないのか、と考えると
「憲法9条改憲」と「スパイ防止法制定」が必要という結論以外あり得ないと思うのだが
TBSといえば・・・・

TBSに限ったことではないが「国民に知らせなかった」反省を最もすべきは報道じゃないの・・・?
そう思うなら解決を阻む報道をやめるべきじゃないの・・・・?
一体どの面下げてこんな記事書いてるの・・・・?

そしてこの2つに強硬に反対しているのがどこかというと
まあ今更な話だが
ケリーケネディ吉松育美ベアテシロタゴードン


憲法9条にノーベル賞
内政干渉ツールとしてのchange.org

「特定秘密保護法」に強硬に反対キャンペーンを張った外国特派員協会
世界に「反日の毒」をまき散らす 外国特派員協会 
ジェイクエーデルスタイン@山谷えり子会見
拉致問題そっちのけで「在特会」に火病る記者たち@山谷えり子大臣会見
拉致問題よりヘイトスピーチって何なの? 反日外国特派員協会 

結局立ちはだかる最大の壁は「戦後レジーム」だと思うわけです


参考
文中の北朝鮮対外連絡部に所属した元工作員はその内容から安明進氏のことではないかと思うが
会ってインタビュー取って来たのかなあ・・
亡命工作員の語る対南工作1 

TBS竹内明氏は色々アレな方のようだ
j-castニュース『TBS記者のプーチン大統領への質問 ネットでは批判する声が大半だが…』 2013.4.30
http://www.j-cast.com/2013/04/30174227.html?p=all 

追記2016.7.13

【youtube】安倍総理に論破されてムッとするTBS竹内明アナ(参議院選挙 2016年7月10日) 

TBS竹内明
イライラして鉛筆を振り回す竹内明氏
失笑する安倍首相
ねぇ竹内さん
本当に拉致被害者を取り戻そうと思ってる?背乗りはどうやって防ぐのか考えてる?
考えていたら改憲=悪なんて発想にはならないでしょ?

yahoo知恵袋『TBS竹内明は、移民受け入れ等を声高に叫ぶが、「日本を朝鮮人達のパラダイスにする...』2013.5.26
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14107832259 

msn産経ニュース『対面は「奇跡的な日」「ひ孫は生後10カ月ぐらい」』2014.3.17
横田夫妻孫と面会
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140317/crm14031717080008-n1.htm

横田さんが晴れ晴れとした表情を見せているので良かった
とはいうものの

msn産経ニュース『横田さん孫面会 家族会メンバーや支援者に驚きと戸惑い』2014.3.16
横田夫妻孫と面会家族会戸惑い
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140316/plc14031614060005-n1.htm

 増元照明事務局長(58)は「家族会は訪朝での面会はしないと決めたが、第三国で会うなとは言っていない。今回モンゴルで良かったし、滋さんの年齢を考えると仕方ない。ただ、その場にめぐみさんがいなかったことは重く受け止めないといけない」と複雑な表情を見せた。飯塚さんと増元さんはこの後、スイス・ジュネーブの国連人権理事会に出席するため成田空港を飛び立った。

何か進展したのかというと微妙なところ....

これについて日本以上に拉致被害者の沢山いる韓国が何と言っているかと思って朝鮮日報を見てびっくり

横田夫妻、めぐみさんの娘とモンゴルで面会
2002年に孫娘から平壌訪問の要請
横田夫妻は「北朝鮮に利用される」として拒否
安倍首相は首相就任直後から密使を派遣、最終的に「第三国での面会」を実現

 13歳のときに北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親である横田茂さん(81)と早紀江さん(77)が、10日から14日にモンゴルのウランバートルで孫娘のキム・ヘギョン(本名:キム・ウンギョン)さん(26)と初めて面会した。北朝鮮は2002年、1977年にめぐみさんを拉致した事実を認め、その娘であるヘギョンさんの存在を公表した。ヘギョンさんは当時、日本のテレビ局とのインタビューで「父が北朝鮮人なので、日本に行くことはできない。おじいさんとおばあさん、私に会いに平壌に来てください」と涙を流しながら訴えた。しかし横田夫妻は平壌訪問を拒否した。平壌を訪問すれば娘の死を認め、北朝鮮の宣伝に利用されると考えたからだ。北朝鮮はめぐみさんについて「1986年に平壌でキム・ヨンナム氏(韓国からの拉致被害者)と結婚し、94年に自殺した」と主張している。

 横田夫妻は「北朝鮮は生きているめぐみを隠している」と今も信じている。北朝鮮は2004年、めぐみさんが死亡した証拠として日本に遺骨を送ったが、DNA鑑定の結果、これが別人のものだったことが確認されたからだ。

 北朝鮮が平壌以外の第三国で面会を認めたのは、日本の安倍首相が拉致問題に対して「執拗(しつよう)」とも言えるほど、解決に執念を燃やしているからに他ならない。安倍首相は2012年、第2次安倍内閣発足から2日後に横田夫妻と面会し「再び首相となったのは、拉致問題を何としても解決しなければならないという使命感があったからだ。任期中に拉致問題を必ず解決する」と豪語した。拉致問題の突破口を切り開くため安倍首相が使った手段は、密使を使った秘密外交だった。安倍首相は昨年5月、飯島勲・内閣官房参与を平壌に密使として送った。当時は韓国と米国に事前の連絡がなかったため「対北朝鮮政策の協力関係を壊した」との批判もあった。その後、飯島氏は昨年10月にも中国で再び北朝鮮の政府関係者と極秘に接触した。今回の面会はその結果であるとの見方もある。

 また伊原純一・外務省アジア大洋州局長も今年1月、極秘にハノイを訪問して北朝鮮の政府関係者と面会した。これも拉致問題と関連があるものとみられている。

 安倍首相が拉致問題解決に力を入れる理由は何か。それまで普通の国会議員だった安倍氏を首相にまで引き上げた政治的なきっかけが拉致問題だった。安倍首相は官房長官を務めていた2002年、当時の小泉首相が平壌を訪問した際、強硬な立場を取るよう主張した。安倍首相はこの当時も拉致問題に対する北朝鮮からの謝罪、被害者全員の帰国を最後まで押し通した。04年には当初一時帰国の予定だった5人の拉致被害者を完全帰国させ、北朝鮮に対する経済制裁でも自ら先頭に立った。これをきっかけにそれまでの「普通の世襲政治家」から「信念の政治家」へのイメージチェンジにも成功した。安倍首相は2006年の第1次安倍内閣では自らが本部長を務め、全閣僚がメンバーとなる「拉致問題対策本部」を新たに設置した。このように安倍首相が拉致問題に執着するのは、戦争を引き起こした「加害国・日本」から「国民が拉致される被害国・日本」へと国のイメージを変えるため、との見方もある

東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版2014.3.17
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/03/17/2014031700763.html 

何この悪意ありまくりな記事は( ゜Д゜)

横田めぐみさん両親、北朝鮮の孫娘と対面…孤立の突破口探す日本
 日本と北朝鮮の両国の接触が新しい局面に突入している。日本の外務省は16日「1977年11月に北朝鮮に拉致された横田めぐみさん(当時13歳)の両親である横田滋さん(81)と早紀江さん(78)が、孫娘のキム・ウンギョンさんと10~14日の間にモンゴルの首都ウランバートルで面談した」と発表した。 

 キムさんは87年9月、めぐみさんと、北朝鮮に拉致された韓国人キム・ヨンナムさんの間に生まれ、キム・ヘギョンという仮名で呼ばれてきた。キムさんは2002年、日本の当時の小泉純一郎首相の北朝鮮訪問以後、その存在が外部に知らされた。 

 横田滋夫妻とキムさんの面会は、日朝間で意見が鋭く対立して12年間延ばされてきた。今回の面談を機に拉致問題の解決に向けた両国間の交渉が急速に進展する可能性が高くなった。今回の対面には、キムさんの家族が同席したと見られると日本のメディアは伝えた。「めぐみさん問題」はこれまで日本人拉致問題の象徴的な存在であると同時に、拉致問題の妥結の障害となってきた。北朝鮮は2002年の小泉首相の北朝鮮訪問当時、めぐみさんは94年に入院先の病院で自殺して97年に火葬した」と主張した。2004年11月にはめぐみさんのものだと主張する遺骨まで日本側に渡した。だが日本は「遺伝子鑑定の結果、別人のもの」としながら、めぐみさんの生存の可能性を提起した。以後、北朝鮮は「平壌(ピョンヤン)で横田夫妻とウンギョンさんが会うことにしよう」という提案をしたが、日本政府と拉致被害者家族会は「めぐみさんの死亡を既定事実化して拉致問題に幕を下ろそうとする意図」として拒否してきた。 

 今回、双方の主張に妥協した形で第3国であるモンゴルで彼らが対面したことは、3日に中国の瀋陽で開かれた日朝外交部の課長級協議を通じて合意したと伝えられた。ある高位外交消息筋は「日本はすでに公開された瀋陽での接触のほかにも、ベトナムのハノイや香港などで非公式接触をして今後の交渉手順に大枠での合意を見たようだ」と伝えた。韓国のある外交当局者は「今回のことに関した事前説明を日本政府から全く受けられなかった」と話した。韓日米外交の互いの行き違いの中で北朝鮮との単独交渉で突破口をつくろうとする日本の動きに韓国政府の警戒心も大きくなりつつある。中央日報2014.3.17
http://japanese.joins.com/article/989/182989.html?servcode=A00&sectcode=A00 

ああ、そういえば....嘘つきエリさんが何か言ってましたね 
拉致を政治利用する民主党 徳永エリ
平成25年(2013)04月24日183 - 参 - 予算委員会 - 11号
〇徳永エリ君 参拝したことが公務に支障を来しているということになっているようでございます。
 古屋大臣は、四月十一日の政府・与党拉致問題対策機関連絡協議会に出席なさいましたか。

〇国務大臣(古屋圭司君) 今御指摘のことは、拉致問題の政府・与野党連絡協議会ですね。私、座長を務めておりますから、私が事実上の主宰でございますから、当然出席をいたしております。

〇徳永エリ君 そこで北朝鮮自由週間への参加が議題になっていました。目的は、拉致問題を含む北朝鮮人の人権問題解決のための会議の開幕式に出ることになっていました。これが四月の二十八日、二十九日の日程でした。
 訪韓はなさるんでしょうか。

〇国務大臣(古屋圭司君) 結論から申し上げると、訪韓はできません。なぜか。それは、実は私と防衛大臣とが海外出張がぶつかっていました。実は、我々は安全保障委員会のメンバーでございます、安保会議のメンバーでありまして、どちらかがやはり最低限日本にいる、これはもう常識でありまして、上手に調整をしてもやはり、防衛大臣と私は調整をして、私は前半に日本にとどまっているということになりましたので、この訪韓を予定しておりましたけど、それを延期したのはもう二週間以上前のことであります。
 以上です。

〇徳永エリ君 古屋大臣は一月十七日の産経新聞でインタビューに答えておられます。アジア諸国で北朝鮮と国交がある国はある、積極的に連携をして拉致問題について認識を新たにしてもらいたい、解決のために働きかけていくとおっしゃっております。
 この韓国で行われる予定だった北朝鮮自由週間への参加というのは、拉致担当大臣としては非常に大事な訪韓になるんではないかと思うんですけれども、政府としてこの大事なものに対して調整がそもそもできていないというのはおかしいのではないでしょうか。

〇国務大臣(古屋圭司君) 誤解のないように申し上げますけれども、やはり我々は内閣の一員として安全保障会議というものは常に対応しておかなきゃいけないんです。そういうときに、やはり防衛大臣あるいは国家公安委員長が日本にいないということは許されないんですよ。ですから、私たちはもう既に、しっかりそれで、我々同士で、メンバー同士で調整をしたという、それはもう二週間ほど前のことなんですよ。ですから、今回の事件とは全く、今回の案件とは全く関係ない話なんです。それは是非誤解をしないでいただきたいと思いますね。
 もう一点、あえて申し上げれば、実は、私はあと、後半にアメリカに訪問させていただきます。これは日本政府が主催をする初めての拉致問題のシンポジウムをニューヨークとワシントンで開きます。これは私が主宰者なんです。ですから、どうしてもこれは欠にするわけにいかないんですね。だからそっちを優先せざるを得ない。そういうことになれば、防衛大臣と調整の中で、やはり防衛大臣もできるだけ調整していただいたんですから、当然、私は前半については日本にとどまっているという結論になるのはごく自然のことじゃないでしょうか。

〇徳永エリ君 韓国となぜそこは調整ができなかったのかなと。訪韓をするというのは私は非常に重要なのではないかと思いますし、韓国と連携していくということがこの拉致問題の解決には非常に大事なんじゃないかと思います。
 それから、先ほどおっしゃったように、一月十七日の産経新聞でのインタビューでおっしゃったように、アジア諸国で北朝鮮と国交がある国があるとおっしゃっておりますけれども、この国交がある国というのは中国ですよね。この中国からも靖国参拝に関しては不快感があらわにされているわけでございます。この点に関してはどうお考えになりますか。

〇国務大臣(古屋圭司君) まず前段のことについてお答えしますけど、実は韓国は私たちが主催している会ではありません。あれは北朝鮮人権週間という、そういう民間の団体がありまして、そこが主催している会に、今まで大体、大臣とか副大臣とか政務官とか、あるいは政府の代表が行ってゲストスピーカーとして挨拶をしているということがありました。ですから、これは我々が主催している会ではないということですね。それが一点。
 それからもう一点は、やはり国交がある国というのは、日本は国交ありませんけれども、中国以外にも北朝鮮と国交のある国、ヨーロッパを始め東南アジア諸国でたくさんあるんですよ。やはりそういう国とは私たち積極的に連携していますよ。ですから、中国だけのことをおっしゃいましたけれども、それはちょっと違うんじゃないでしょうかね。私の言っているのは、やっぱりそういう世界各国と連携をしている、していくべきだということをその産経新聞の記者も申し上げたんです。


しきりに徳永エリ議員が北朝鮮自由週間に参加しないのかと靖国参拝と併せて批判していたのが不自然だったわけだが
安倍首相が韓国政府とは別ルートで拉致問題にあたっていることが気にいらないということが朝鮮日報、中央日報の記事でなんとなく分かった

そして徳永エリ議員、徳永エリ議員の質疑とそっくり同じ内容のツイートをしている有田芳生議員がどこの代弁者なのかということも
はっきり分かってしまったわけです(笑) 

有田芳生ツイッター靖国参拝
(まあ、今更ですが)

参考
拉致被害家族が政治利用されていないか...?

【北朝鮮人権報告書 詳報(上)】 「この国は国民の飢餓を統治手段に利用してきた」 
【北朝鮮人権報告書 詳報(中)】 「拉致は金日成氏と金正日氏の明確な指示で行われた攻撃だ」 続き

【北朝鮮 人権報告書】 (下)
現代世界に比類ない侵害

◆「人道に対する罪」への責任
 国連北朝鮮人権調査委員会は証言や情報で「人道に対する罪」を犯し、命じ、幇助(ほうじょ)し、教唆した個人の名前が示された場合、それらを記録した。関連情報は秘匿のデータベースで保護され、責任追及や真相究明などの調査を実施する所管当局には、国連人権高等弁務官が情報を提供できるようにする。

 委員会は2013年12月、中国に対し、北朝鮮市民の強制送還への懸念をまとめた書簡を送った。特に北朝鮮当局に市民らの情報を提供する中国当局者への懸念を表明した。中国政府には、そうした行為が人道に対する罪の幇助・教唆に相当すると関係当局者に警告するよう促した。

 委員会は14年1月、北朝鮮最高指導者の金正恩氏に書簡を送り、国際刑事法における指揮官・上官責任の原則を伝えた。軍の指揮官と文民の幹部は、事実上の監督下の人物が犯した人道に対する罪に関し、防止・抑止しなかった刑事責任を問われうる。金氏には、国家安全保衛部や人民保安部、朝鮮人民軍、朝鮮労働党が究極的には最高指導者の事実上の監督下で行動し、人道に対する罪を犯していると意識させ、さらなる犯罪の防止・抑止のため、必要かつ合理的なあらゆる手段を講じるよう促した。

◆結論
 組織的かつ広範で重大な人権侵害が北朝鮮とその機関や当局者により行われ、今も続いている。多くの事例は人道に対する罪をなしている。これは国家による行き過ぎた行為ではなく、政治体制を構成する本質的要素となっている。侵害行為の重大さと規模、性質は現代世界において比類ない国家の姿を暴いている。

 政治体制の要は、いかなる異議の表出も阻止するため、監視、抑圧、恐怖、処罰を戦略的に用いる巨大な政治・治安組織だ。外国人の強制失踪はその激しさと規模、性質において無二のものだ。加害者は責任を問われず、その行為が国家政策と合致するため、北朝鮮は加害者を裁く義務を履行する意思がない。国連加盟国の北朝鮮が人の良心に衝撃を与える犯罪を含む政策を続けてきた事実は、国際社会の対応が不十分との問題を提起している。

 国際社会は北朝鮮国民を保護する責任を引き受けねばならない。国連は人道に対する罪の最大の責任者に責任を取らせるよう努める必要がある。選択肢には安全保障理事会による国際刑事裁判所(ICC)への付託、または特別法廷設置がある。

◆勧告
 ■北朝鮮
 北朝鮮は徹底した政治、制度改革に取り組む。政治犯収容所を含む人権侵害の存在を認め、国際的な人道組織、人権監視員に収容所と、そこに生存する被害者への迅速な接触を認める。

 拉致されてきた全員の家族や出身国に対し、その行方、所在に関する完全な情報を提供する。生存者とその子孫には迅速に出身国への帰還を認める。死亡者に関しては遺骨を返還する。

 ■中国
 中国は北朝鮮での(逃亡者らに対する)取り扱いが著しく改善するまで強制送還を自制する。北朝鮮から逃亡し、保護を必要とする者には亡命や永続的な保護のための手段を拡大する。

 ■国連
 安全保障理事会は北朝鮮の事態をICCに付託する。国連人権高等弁務官は北朝鮮の人権侵害、特に人道に対する罪の責任追及を支援する体制を築き、調査委の証拠文書を基礎に情報の集積を拡充する。体制は被害者、証言者と継続的に接触できる地域に十分な要員が配置された「現場ベース」のものとすべきだ。

  ◇

 詳報はベルリン支局 宮下日出男が担当しました。msn産経ニュース2014.2.23
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140223/kor14022309340000-n1.htm 


この報告書372ページもあるのでざっと斜め読みした
http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx
日本人の拉致問題のところはわりとちゃんと読んだが
北朝鮮を「地上の楽園」と美化して帰還事業を進めたこと
よど号犯、よど号犯の妻が拉致に関わっていること
など客観的に書かれている印象

それにしても韓国人をあんなに大量に拉致しているとは....

拉致や対南工作などについて特定失踪者問題調査会の荒木和博氏は著書『日本が拉致問題を解決できない本当の理由』でこう書いている
「そんなに苦労するぐらいなら真面目に努力すればいいのに、と思うのだが、北朝鮮にとって「必要なものは、よそから持ってくる」ことは一種の国体の発露であり、皮肉な言い方をすれば、「楽をして暮らすためには、どんな苦労も厭わない」のが北朝鮮という国なのである。」

北朝鮮とは常に労働力を穴埋めするために拉致を繰り返して成り立っている国家
といえるだろう

北朝鮮人権調査委員会報告書北朝鮮帰還事業
切手の裏に「地上の楽園」からメッセージが 

【北朝鮮人権報告書 詳報(上)】 「この国は国民の飢餓を統治手段に利用してきた」 続き

【北朝鮮人権報告書 詳報(中)】
「拉致は金日成氏と金正日氏の明確な指示で行われた攻撃だ」

政治犯収容所

 重大な政治的犯罪の責任を課された者は、公式には存在しない政治犯収容所へ強制的に送られ、姿を消す。収容所は政治・イデオロギー的に現政治体制と指導部に反抗する可能性のある集団、個人を社会から除去する役目を果たす。

 現在、4つの大規模な収容所の存在が知られ、うち3つは国家安全保衛部が運営する。残る1つも同部の管理下にあるかは定かでない。北朝鮮は1950年代に政治犯収容所の制度を始めた。スターリン支配下のソ連の強制収容所に着想を得たが、北朝鮮の収容所はより厳しい。

 囚人は北朝鮮市民の権利を失ったと見なされる。脱獄は実質的に不可能だ。衛兵は脱獄を図る囚人を射殺する指令を受けている。衛兵は囚人が敵であると教えられている。

 囚人は子供を産んだりすることを許されない。この政策は敵対階層の種を根絶やしにするという公的目標と合致する。許可なく妊娠した女性は強制的に中絶させられ、処刑されるか拷問にかけられる。

 囚人は飢餓や奴隷的な労働で徐々に絶滅に追いやられる。それだけでは早期に餓死するほど質、量とも不十分な食料しか与えられず、より長く生きるには昆虫やネズミ、野草をとるか、衛兵や家畜の食料を入手する方法を見つけるしかない。

 過去50年超の間に収容所で数十万人が死亡したと見積もられ、現在も4収容所に8万~12万人が拘束されている。

外国人拉致
 朝鮮戦争(1950~53年)当時、北朝鮮部隊は韓国人数千人を北朝鮮に連れてきた。一般市民の拉致である。広範かつ組織的で、国家政策に沿って計画された。労働力と技能の補充と同時に、韓国の国力低下が目的だったとみられる。

 韓国からの拉致は休戦協定の署名後も続いた。元諜報当局者の証言によると、金(キム)正日(ジョンイル)氏の事実上の指揮下にあった朝鮮労働党35号室が関与していた。韓国の一流映画監督が78年、香港で拉致された。北朝鮮に到着したこの監督に金氏は、「私があなたを連れてくる計画の実行を指示した」と述べた。

 2002年9月、小泉純一郎首相が平壌を訪問し、金正日氏は日本人13人の拉致を「北朝鮮の関係者が行った」と認めた。

 35号室の元当局者は同室が「拉致」を担当していると述べた。同室の一部署が専門的に日本からの拉致を扱っていた。元当局者が同室に配属された1990年当時、指令は金氏が出していた。指令は外国人を説得して連れてくることだが、無理なら誘拐することになっていた。 

 朝鮮人民軍偵察局に勤務した別の元当局者は海からの日本人拉致に関与した。拉致実行は金日成(イルソン)氏か金正日氏の署名を必要とした。金正日氏は頻繁に偵察局を訪れていた。35号室、偵察局などは2009年、人民軍傘下の偵察総局に統合された。

 小泉氏は02年、「金正日氏は軍部の一部が行ったものと思われると発言した」と述べた。拉致は軍の反乱分子の行為でなく、金日成氏と金正日氏の明確な指令で行われた攻撃だ。金正日氏は拉致を認めたが、すべての真実を認めたわけではない。

 20万人以上が他国から北朝鮮に連れてこられ、強制失踪の被害者になった可能性がある。1960~80年代には韓国、日本、その他の国から数百人が拉致された。当局は連行してきた人、本国への帰還が阻まれている人に「人道に対する罪」を犯した。それは現在も続いており、国家の最高レベルで承認されてきたに違いない。msn産経ニュース2014.2.22
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140222/kor14022215250005-n1.htm  

参考
【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定  

続き
【北朝鮮 人権報告書】 (下)現代世界に比類ない侵害  

【北朝鮮人権報告書 詳報(上)】
「この国は国民の飢餓を統治手段に利用してきた」

思想、表現、信教の自由の侵害
 北朝鮮では表現や結社の自由などと並び思想、良心、信教の自由がほぼ完全に否定されている。最高指導者への絶対服従のため幼児期から洗脳が行われ、独自の思考は排除される。

 あらゆる市民の社会活動は事実上、朝鮮労働党の監視下にある。国営メディアが唯一許された情報源であり、市民は独立した情報源の情報に接する権利を阻まれている。

 キリスト教の普及は公式の個人崇拝思想にたてつくことになるとして、重大な脅威とみなされている。国家管理された一部の教会以外、キリスト教徒は宗教活動の実践を禁じられている①

移動と居住の自由の侵害
 「市民的及び政治的権利に関する国際規約」は移動の自由、居住地を選ぶ自由、母国を含む出国の自由をうたう。北朝鮮では国内の移動の自由が制限されている。外国旅行は事実上、禁止され、市民らには違法に中国との国境を越える以外の選択肢はない。

 飢餓の深刻化で、1990年代に中国への不法越境が大規模になった。食糧・仕事探しや物品取引などが目的だった。当局は中国から強制送還された者や逃亡の途中で捕まえた者を拷問したり投獄したりし、処罰を組織化させた。

 国家安全保衛部と人民保安部の尋問では、被害者が真実を述べ、過ちを告白したと尋問者が確信するまで殴打などの拷問が用いられている。ある証言者は2週間の尋問で、答えが遅かったり、気に入らなかったりすると棒で殴られた。

 中国は違法に越境した北朝鮮市民が、深刻な人権侵害を受けるのを承知で強制送還を続けている。このような市民は難民と認められるべきだ。中国は難民や人権に関する国際法の原則を尊重する義務に反している。

食糧への権利の侵害
 「食糧への権利」は世界人権宣言などでうたわれている。北朝鮮憲法は「国家が衣食住に必要な全ての条件を勤労者に提供する」としており、国家には十分な食糧を全国民に提供する義務がある。

 北朝鮮の配給制度は1990年代半ばに破綻した。飢餓は1980年代末が始まりと考えられ、食糧事情は90年代に悪化し続けた。国民の大半はなお飢餓と栄養失調に直面している。

 他の人権同様、人々が食糧を受け取る権利は差別なく果たされねばならない。だが、食糧が欠乏すると、政治体制の維持に重要でない人々が犠牲になった。当局は食糧を党や重要産業、軍・治安当局の役人に回すことを決めた。

 「われわれには飢饉(ききん)の影響はなく、それまで通りあらゆるものを手に入れた」(元役人の証言)

 国民は生きる糧を奪われてきた。農民は収穫物を、市民は食糧と国際援助を奪われた。援助は軍部により流用された。

 北朝鮮は食糧を統治手段に利用してきた。飢饉のときも軍事支出を優先した。

 国家と指導者の決定や行為、怠慢が最低でも数十万の死をもたらし、生存者にも恒常的な肉体的、精神的被害を与えている。

 人口の一部の破滅を生むと予測される食糧へのアクセスの剥奪は絶滅行為に等しい。飢餓が政策目的でなくとも、「人道に対する罪」は市民への危害目的を要件としない。

   ◇

 国連北朝鮮人権調査委員会の報告書を3回に分けて詳報する。

   ◇

【用語解説】人道に対する罪
 国際刑事裁判所(ICC)を設置した「ローマ規程」によると、「文民たる住民に対する広範または組織的な攻撃の一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行われる行為」。殺人や絶滅、奴隷化、拘禁、拷問、強姦、強制失踪などが含まれる。msn産経ニュース2014.2.21
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140221/kor14022115020002-n1.htm  

 国家管理された一部の教会以外、キリスト教徒は宗教活動の実践を禁じられている
つまり、北朝鮮のキリスト教団体は北朝鮮国家組織
言及がないが、仏教についても同様ということで

北朝鮮宗教団体と親交のある団体は疑ってかかるべきということになる

例え無知から単に親交を持ったつもりでも
一体何に加担したのか省みる程度のことはして欲しいと思う


参考
朝鮮人+キリスト教= 
韓国の反日の裏にいる仏教団体・曹渓宗 

続き
【北朝鮮人権報告書 詳報(中)】 「拉致は金日成氏と金正日氏の明確な指示で行われた攻撃だ」 
【北朝鮮 人権報告書】 (下)現代世界に比類ない侵害 

【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定 補足資料

北の「非人道性」周知 国連調査委報告書 拉致解決後押し
 【ベルリン=宮下日出男】国連調査委員会が17日に公表した北朝鮮の人権状況に関する報告書は、その残虐行為を「人道に対する罪」と明確に断罪した。関係者の責任追及の実現可能性は低いとされるが、独裁体制の「非人道性」を世界に周知し、国際社会に行動を迫った意味は重い。北朝鮮の友好国の中国への圧力ともなり、拉致問題解決を目指す日本の取り組みには大きな後押しとなる。

 報告書は拉致被害者家族や脱北者ら関係者の証言も盛り込み、372ページに及んだ。マイケル・カービー委員長は公聴会で来日した昨夏、北朝鮮の人権侵害が世界的に周知されていないとして「より大きな光を当てる」と強調した。その決意が報告書で示された形だ。

 報告書は国際司法を通じた責任追及の必要性を指摘した。国際刑事裁判所(ICC)の非締約国である北朝鮮が訴追に必要な同意を与えるはずはなく、国連安全保障理事会によるICCへの付託も中国が「壁」となるのは必至だ。

 それでも独立・中立の委員会が下した結論は「客観的」(外交筋)なものとして大きな意義を持つ。拉致問題などを訴えてきた日本の主張の正当性を一段と強化することになり、国際世論の喚起につなげられる。

 日本は国際社会による北朝鮮への調査・監視体制の継続を強く要望している。国連総会には北朝鮮の人権問題に関する特別報告者が置かれているが、それだけでは十分とはいえない。今回の報告書を土台に、問題解決に近づくための体制作りを模索する方針だ。産経新聞2014.2.17 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140217/kor14021723150004-n1.htm


UPDATE 1-北朝鮮の人権侵害批判、国際刑事裁付託を勧告=国連報告書

[ジュネーブ 17日 ロイター] - 国連調査委員会は17日、拉致や拷問など、北朝鮮における人権侵害に関する報告書を公表し、北朝鮮の最高指導部が関与する人権侵害を非難した。人道に対する罪への責任を追及するため、国際刑事裁判所(ICC)への付託や国連特別法廷の設置を国連安全保障理事会に勧告した。

調査委のカービー委員長が金正恩(キム・ジョンウン)第1書記に1月20日付で送った書簡も公表。金氏本人が人道に対する罪で責任を追及される可能性もあると指摘した。

報告書は、日本や韓国、英国、米国で脱北者らに行った公聴会などを通じ1年にわたる調査の末まとめられ、372ページに及ぶ。

北朝鮮における殺人や拷問、性的暴行、誘拐・拉致、公開処刑など、残虐行為を列挙し、「これほどまでに甚大で、大規模な侵害が行われいる国は現代世界で比類がない」と非難した。

国連調査委員会が国家元首を今回のような公に非難は極めて異例。ただ、国連安保理で中国が拒否権を発動することが見込まれる中、ICCへの付託が実現する公算は小さい。

また、カービー委員長による金第1書記に対する警告は、北朝鮮をさらに孤立化させ、非核化に向けた韓国や西側諸国の取り組みを困難にする可能性がある。

報告者はさらに、中国が脱北者を本国に強制送還し、脱北者は拷問や抑留、即決処刑、妊娠中絶の強制や性的暴力を受けていると指摘。人道に対する罪を手助けしている恐れがあるとして、関係者に注意を促すよう在ジュネーブの中国大使に求めた。

報告書では、最高指導部が人権侵害に関与している実態についても指摘し、収容所などでは多数の受刑者が「意図的な飢え」によって罰せられているとした。

カービー委員長は、金第1書記に宛てた書簡で、北朝鮮の当局者が金氏の個人的な意志に基づき行動していると推定することも可能だと述べた。

報告書は人権侵害に関わったとみられる者の名前は公表していないものの、証拠や証言に基づき容疑者のデータベースをまとめたことを明らかにした。

北朝鮮は報告書について、米国や欧州連合(EU)、日本に支援されている抵抗勢力がでっち上げた資料に基づいていると批判し、「全く受け入れられない」との立場を示した。

北朝鮮はジュネーブ代表部を通じてロイターに送った声明で、同報告書が「社会主義体制の妨害を狙った政治的策略の手段」だと非難。報告書で指摘されている人権侵害は「存在しない」とした。

そのうえで、「われわれは『人権保護』の名の下での体制転換へのいかなる試みにも圧力にも引き続き断固とした対応を取る」と表明した。
http://jp.reuters.com/article/wtInvesting/idJPL3N0LM39020140217


北朝鮮の強制収容所に生まれた男性 「人間には自由というDNAがある」

 北朝鮮の政治犯収容所で収容者の間に生まれ、生まれながらにして政治犯として過ごし、脱走した経験を持つシン・ドンヒョク氏(31)が来日した。2014年3月に日本で公開される自身のドキュメンタリー映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」で、母と兄の脱走計画を密告し、2人の公開処刑を目の前で目撃するなどの壮絶な体験を語っている。

 韓国統一研究院は、北朝鮮には5カ所の政治犯収容所があり、8万~12万人が収容されていると推定している。シン氏は北朝鮮の人権状況の改善を訴えながら、「自由主義国家」に生きる私たちにも「当たり前のようにある自由がどれほど貴く、守り抜くのが難しいか。ぜひ大事にしてほしい」とも問いかけた。

■母と兄を密告、公開処刑を目撃
 シン氏が生まれたのは北朝鮮・平壌の北東部にある強制収容所「第14号管理所」。両親も収容者で、強制労働などの報奨として結婚を許された。生まれた子はやはり政治犯としての扱いを受け、6歳の小学校入学と同時に農場や炭坑での労働にかり出される。

 そこから出ることは基本的に生涯許されない区域だ。脱走や男女の私的な接触は一切禁止され、小学生は「破ったら即銃殺」という収容所の掟をたたき込まれる。食事はトウモロコシのかゆなどが最低限しか与えられず、空腹をしのぐためネズミを捕まえてあぶって食べたという。

 映画はシン氏の証言のほか、人権団体などが入手した収容所や取り調べなどの映像、強制収容所の元看守や所長らのインタビュー、それらを再現したアニメーションで構成される。「生まれて最初の記憶は公開処刑だった。銃声に驚いたのを覚えている」「同級生が先生に殴られて死んだ。当然だと思った。自分たちは罪を犯した人の子どもなのだから」といった証言が流れる。

 最も衝撃的な場面は14歳のとき、母と兄の脱走計画を盗み聞きしたシン氏が看守に密告するところだろう。自身も捕らえられて拷問を受けたあと、縄を解かれた場所では、大勢の前で母が絞首台に立たされ、兄が木の棒に縛られていた。

 「2人が処刑される場面を見て、何も感じなかった。家族の愛を知らなかったから。むしろ母のせいで投獄されたと思い、憎しみしか感じなかった。家族を密告しろとは教育されていたが、母が処刑されたら泣けとは教育されていなかったから」

 やがて外から来た収容者と職場で懇意になったシン氏は、収容所の外に平壌という都市があり、金正日総書記ら支配階層が住んでいることを知る。話に聞いた外の食べ物はどれも美味そうだった。「チキン、白米、バーベキュー。死ぬ前に一度食べてみたかった」。2005年1月、2人で鉄条網を越えようとしたが、1人は感電死し、その背中を踏んで鉄条網を乗り越えた。

 「翌日見た北朝鮮ほどの衝撃はなかった。人々は思い思いの服を着て、自由に行き来して笑っていた。まるで天国のようだった」。世界から統制国家、監視国家と言われる北朝鮮も、シン氏にとっては自由が広がる別世界だった。

 空き巣や盗みで食糧を確保しながら約1カ月かけて中朝国境までたどり着き、国境の河を越えた。現在は「LiNK」など北朝鮮の人権状況改善を訴える団体に所属し、世界各国で体験を話している。2014年3月にもジュネーブでの国連人権理事会で証言する予定だ。

 「北朝鮮強制収容所に生まれて」は、2014年3月1日から東京のユーロスペース15日から名古屋のシネマスコーレ、29日から大阪のシネ・ヌーヴォで順次上映される。

■土下座して謝りたい、しかしできない
 シン氏は1月26日に東京・明治大学であった特別上映での会見と、27日のハフィントンポストと朝日新聞との共同インタビューで心境を語った。主なやりとりは以下の通り。

――母と兄が処刑されたときに何も感じなかったと言うが、今もそうなのか
 その当時は家族という重要な意味、概念を知らなかった。収容所の中にいれば公開処刑されなくても拷問や事故で普通に死ぬ。だからその涙を流すような感情を持てなかった。しかし。脱出して多くの国をめぐり、多くの人々が家族と助け合い、愛し合って暮らすのを見て、母は自分を生んでくれた存在であり、兄は血を分けた兄弟だと分かった。

 生きていたら2人の前で土下座して謝りたい。しかしできない。そのことが毎日、トラウマとして襲ってくる。今でも当時のことを思い出すと涙が出てくることがある。収容所の看守は私の感情をなくそうと教育し、懲罰を加えたが、人間には自由というDNAがある。私もそれを取り戻したということだ。

――どのような教育を受けていたのか
 収容所で守らなければならない規則、最低限の読み書きと数の数え方、労働のやり方を叩き込まれる。金日成(主席)、金正日(総書記)の写真やスローガンはまったくなかった。人間としての扱いを受けていないということだ。

――やはり、にわかには信じられない話ばかりだ
 何度も言われた。ウソをついているのではないかとも。でも、ナチスのホロコーストもカンボジアの大虐殺も、当時は誰も信じなかった。スーダンの大虐殺やコソボなど、虐殺は今でも起きている。ナチスの強制収容所は期間としては3年だが、北朝鮮は国家成立後50年以上も続いている。

 一つ言えることは、北朝鮮の独裁体制は10〜20年前にはなくなっていなければならず、国民は自由を手にしなければならなかったのに、国際社会や韓国政府はそのチャンスを失ったということだ。現在も日本の拉致被害者やその家族は苦痛を受けており、力を合わせて国際社会に訴えて同時に解決できないかと思っている。

■生まれなければこんなことは味わわなかった
――人生を恨むことはないか
 脱出して8年もたったのに、未だに思い出したくない辛い記憶を人前で語らなければならない。生まれなければこんなことは味わわなかっただろうとも思う。平凡な国に生まれ変わるなら、野球選手になれればいいと思う。

――夢は何か
 政治犯収容所、独裁者をなくし、自由を与えることだが、人前で話して注目を浴びることは本来は性に合わない。本当の夢は生まれ故郷に帰って、静かな山の中で自給自足で暮らすことだ。

 独裁体制が恋しいわけではないし、また苦しみを味わいたいわけではない。ただ、私が育った土地は空気もよく、景色も美しい所だった。脱出したが、ルーツはそこ(収容所内の故郷)にある。収容所がなくなったら帰りたい。金がすべて、金がないと何も出来ない資本主義社会の韓国に暮らすようになり、病んでいる部分を切実に感じる。あまりに自殺のニュースが連日報じられると、強制収容所よりも自殺が多いのではないかと感じる。

――そこまで辛い思いをして、なぜ語るのか
 生き残ったのは運が良かったとしか言えない。北朝鮮にはまだ生きているか分からないが、父も親戚もいる。仲の良かった友人もいるし、今も誰かが収容所の中で生まれている。何もせずにいるより、一言でも実態を話すほうが、彼らの助けになるのではないか。早く彼らの助けになりたい。

――シンさんにとって「自由」とは
 収容所で24年暮らして「自由」という言葉自体を知らなかった。しかし脱出後、多くの国を回って感じたことは、人間は生まれたときから自由という言葉をDNAとして持っている。そして普段何げなく使っている「自由」を守ることがどれほど大変なことか、ということだった。皆さんがあまりに当然のこととして使う「自由」という言葉がどれほど大きな意味を持っているか、そして北朝鮮で自由を与えられず、自由を感じられない人のために、少しでも何かできないかと考えてもらえれば幸いだ。

 この社会は、人間から自由を奪ったらだめだ。自由が人間に与えるものは大きい。みなさんも自由を大事にしてほしい。
吉野太一郎 The Huffington Post
http://www.huffingtonpost.jp/2014/01/27/north-korea-human-rights_n_4672906.html  

確かに収容所の人達は気の毒ではあるけれど
映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」トレイラー
映画『北朝鮮強制収容所に生まれて』劇場予告編
後援
在日本大韓民国民団
在日同胞母国研修2
民団による竹島不法上陸
民団の工作活動と韓流 

公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
明石書店「世界の人権」アムネスティ日本武者小路公秀
エセ人権活動家 武者小路公秀 

ヒューマン・ライツ・ウォッチ
北朝鮮強制収容所に生まれてヒューマンライツウォッチ
しばき隊弁護士神原元の妻 土井香苗氏
非リア銃弁護士 種田和敏 

こんな団体信用出来ますか?
歴史捏造によって日本人への人種差別を作り出し人権侵害を推進してきた日本人弾圧組織じゃないですか

北朝鮮に関すること
拉致問題に関することは頑張って活動して頂いていると思う

その代償として日本国民に何を押しつけようとしているか監視していかなければいけない 

Human Rights Watch
のHumanに日本人は入ってないようなのでね。。。 

国連人権委員会における攻防 続き

【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定 金正恩氏訴追の可能性を示唆する書簡も


 国連の北朝鮮人権調査委員会は、北朝鮮政府による拉致問題をはじめとする人権侵害を「人道に対する罪」と認定する最終報告書①を2月17日に発表した。

 深刻な人権侵害を行っている責任者を訴追するために国際刑事裁判所(ICC)への付託を提案するとともに、金正恩第1書記を訴追する可能性を示唆するなど、これまでにない厳しい姿勢を見せた。この報告書が今後北朝鮮にどのような影響を及ぼすか、注目されている。

■「20世紀の強制収容所を彷彿とさせる」
 発表された報告書は372ページにおよび、300人を超える被害者や目撃者への聞き取り調査などによって編纂された。

 北朝鮮による拉致・誘拐、殺人、奴隷化、拷問、性的暴行、公開処刑、人種や宗教による差別などの人権侵害行為を列挙し、「現代社会において、これほどまでに甚大で大規模な人権侵害が行われている国は他とない」と北朝鮮を非難した。

 また、報告書には政治犯を収監する強制収容所における非人道的な行為についても詳細に記されており、「家族が処刑されるのを見させられた」「(飢餓のために)ネズミやヘビを捕まえては、栄養失調の赤子に食べさせた」など、過酷な環境を描写している。これらの証言に対して、報告書を発表した北朝鮮人権調査委員会は「20世紀の強制収容所を彷彿とさせる」と述べた。

 さらに、北朝鮮におけるこうした深刻な事態は「国際社会のこれまでの対応に疑問を投げかける」とし、「北朝鮮政府が人権侵害を続ける限り、国際社会が北朝鮮の市民を人道に対する犯罪から守る責任を負わなければならない」と警鐘を鳴らした。

■金正恩氏に書簡「あなたも訴追される可能性がある」
 報告書の末尾には、カービー委員長から北朝鮮の金正恩第1書記に直接送られたという書簡も収められている。
17

 書簡の中でカービー氏は、人権侵害を行っている責任者を訴追する必要性があると指摘し、ICCに判断を委ねるよう提案した。その際、金正恩第1総書記が「個人的な刑事責任」を負う可能性があることも示唆した。

 しかし、北朝鮮は国際刑事裁判所に締約していないため、訴追には国連安全保障理事会による付託が必要となる。その場合、中国が拒否権を行使して訴追を阻止すると見られており、これに対してカービー氏は次のように発言した。

「国際社会は(訴追へ)行動を起こすべきだ。隣に人間の根本的尊厳を踏みにじる国があり、そのままにしておくことは中国の国益にとって良くないと中国が判断することを願う」
(朝日新聞デジタル「国連、北朝鮮の「人道に対する罪」認定 処刑・拉致など」より 2014年2月18日 2:15)

■日本の主張強化か 北朝鮮の孤立進行か
 北朝鮮の人権侵害を強く非難するこの報告書の発表が今後の北朝鮮の動向にどのような影響を与えるかについては、現在意見が分かれている。

 MSN産経ニュースは、「拉致問題などを訴えてきた日本の主張の正当性を一段と強化することになる」と述べ、報告書が拉致問題の解決につながると報じた。

 独立・中立の委員会が下した結論は「客観的」(外交筋)なものとして大きな意義を持つ。拉致問題などを訴えてきた日本の主張の正当性を一段と強化することになり、国際世論の喚起につなげられる。

 日本は国際社会による北朝鮮への調査・監視体制の継続を強く要望している。国連総会には北朝鮮の人権問題に関する特別報告者が置かれているが、それだけでは十分とはいえない。今回の報告書を土台に、問題解決に近づくための体制作りを模索する方針だ。
(MSN産経ニュース「北の『非人道性』周知 国連調査委報告書 拉致解決後押し」より 2014年2月17日 23:13)

 これに対してロイターは、北朝鮮政府からロイターのジュネーブ代表部を通じて送られてきた声明を引用し、 北朝鮮の強い反発を報じた。

 北朝鮮は報告書について、米国や欧州連合(EU)、日本に支援されている抵抗勢力がでっち上げた資料に基づいていると批判し、「全く受け入れられない」との立場を示した。

 北朝鮮はジュネーブ代表部を通じてロイターに送った声明で、同報告書が「社会主義体制の妨害を狙った政治的策略の手段」だと非難。報告書で指摘されている人権侵害は「存在しない」とした。

 そのうえで、「われわれは『人権保護』の名の下での体制転換へのいかなる試みにも圧力にも引き続き断固とした対応を取る」と表明した。
(ロイター「UPDATE 1-北朝鮮の人権侵害批判、国際刑事裁付託を勧告=国連報告書」2014年2月18日 4:18)

 ロイターは、北朝鮮のこうした反応がさらなる孤立化につながり、「非核化に向けた韓国や西側諸国の取り組みを困難にする可能性がある」と懸念を示した。the Huffington Post 2014.2.18
http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/18/un-report-on-northkorea-human-rights-abuse_n_4806740.html?utm_hp_ref=japan

①最終報告書
http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/CoIDPRK/Pages/ReportoftheCommissionofInquiryDPRK.aspx

ついに報告書が出た
「人道に対する罪」という言葉を引き出したのは大きな成果だと思う


「北朝鮮収容所」を伝えるイラストが恐ろしい

 国連は2月17日(現地時間)、北朝鮮で行われている人権侵害についてまとめた報告書を発表した(日本語版記事)。

 ロイター通信の報道によると、この報告書には、北朝鮮の強制収容所で6カ月間過ごした体験があるキム・カンジル氏による、恐ろしいイラストも含まれている。

 カンジル氏によるイラストは、北朝鮮当局が行っている強制収容所での拷問等を説明したものだ。国連は、組織的な暴力が行われている点でナチスの収容所に似ていると述べている。
北朝鮮収容所1
上のイラストは「ハトの刑」と呼ばれるものだ。カンジル氏は次のように説明している。「胸が張った体勢になるよう、両手を後ろに縛られ、この姿勢が強制される」「看守が十分苦痛を与えられたと判断するまで同じ姿勢を強いられる。つまり、看守が満足するまで拷問は続けられる。これがハトの刑だ」
北朝鮮収容所2
「イラストの左の人物が受けている拷問では、バイクが目の前にあることを想像させられ、そのバイクを運転する姿勢を続けることを強いられる。中央の人物の場合、自分が飛行機であることを想像し、飛行姿勢を維持しなければならない。だが、このような姿勢を長い時間安定させるのは不可能であり、必ず前方に倒れてしまう。収容されている人々は皆、このような拷問を受けている」
北朝鮮収容所3
「国家および指導部による意思決定や行動、怠慢によって、何十万人もの人々が死亡している。収容所での拷問を生き抜いたとしても、一生残る身体的・精神的な外傷によって苦しめられている」と、国連報告書は述べている。
北朝鮮収容所4
国連報告書によると、強制収容所へ送られる人々は、動物用の輸送車で運ばれるという。
北朝鮮収容所5
カンジル氏の説明によると、同氏が収容された監房には、同氏のほかに40人が収容されていたという。部屋の入り口は80センチメートル程の高さしかなかったため、床に両手と両膝をついて這って入らなければならなかった。
看守は同氏に向かって、次のように述べたという。「おまえは収容所に着いた時から、もはや人間ではなくなる。動物同然の存在だ。収容所に着いた瞬間から、おまえは動物のように地面を這って進まなければならない」
北朝鮮収容所6
「これまで北朝鮮は、国民を支配するために食料を利用してきた。(中略)さらに同国は、強制収容所の人々を支配し、罰を与える手段として、これまで繰り返し意図的に飢餓状態を引き起こしてきた。この結果、多数の政治犯や一般の被収容者が死亡している」と、国連報告書は述べている。
北朝鮮収容所7
北朝鮮収容所8
[日本語版:丸山佳伸/ガリレオ]the Huffington Post 2014.2.20
http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/19/north-korea-torture-drawings_n_4820535.html

 何てこと...と思って記事の下にあったこの画像を見て一気に冷めた
北朝鮮強制収容所に生まれてヒューマンライツウォッチ
『北朝鮮強制収容所に生まれて』という映画が公開されるようだが
右にいるのはヒューマン・ライツ・ウォッチ 土井香苗氏
人によってはしばき隊弁護士神原元氏の妻と言った方が分かりやすいかも
非リア銃弁護士 種田和敏

この人はたまたま見ていた朝まで生テレビで
「(保守系の人は)北朝鮮や中国の人権侵害は訴えるのに、韓国の女性の人権侵害(いわゆる従軍慰安婦問題のこと)はどうでもいいんですか」
と言い放った
(日本人への人権侵害はどうでもいいんですか土井さん)

以前書いたように
「地上の楽園」と「凍土の地獄」
北朝鮮は「地上の楽園」でも「凍土の地獄」でもなく、ただ併合前の朝鮮の延長線上にあるだけ
彼らは南北共に日帝36年を否定しているので
日本は手を差し伸べるべきではないしその必要もない

支援という名目で税金が投入され有象無象のNPO、NGOが寄生し反日活動資金とするのが目に見えている

更に
この収容所の様子
どこかで見たような....
そう、韓国反日記念館(西大門刑務所歴史館)である
朝鮮人+キリスト教= 
西台門刑務所博物館拷問室
http://www.visitseoul.net/jp/article/article.do?_method=view&art_id=11582&lang=jp&m=0004003002005&p=03

彼らは自分達がこういう拷問をやるので日本人もやるに違いないニダと思っているわけですね(毎度のことながら)

拉致問題解決以外のことには関わるべきではない
とは思うものの

youtube「北朝鮮復興資金は日本に出させる」キャプチャ
南北統一は日本のカネで 

半島統一の資金を日本に押し付けようとする圧力を跳ね返すことが出来るのかどうか....


参考
【北朝鮮】拉致は「人道に対する罪」国連が認定2 補足資料
 

北の脱北者強制送還作戦…日本人拉致被害者を隠すため?
 28日に北朝鮮に送還された脱北青少年9人の中に日本人拉致被害者の息子ムン・チョルさん(23)が含まれていた可能性が提起された。 

 東亜日報は30日、「韓国政府がこうした情報を入手し、真偽を確認している」と報じた。日本の共同通信、テレビ朝日などは東亜日報の報道と関連し、「1977年に拉致された日本人女性、松本京子さんの息子の可能性がある」と伝えた。 

 77年当時29歳だった松本さんは、鳥取県米子市の自宅から編み物教室に行く途中に拉致されたことが把握された。日本が「北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律」で拉致被害者として公式認定した17人の一人だ。 

 ムンさんが松本さんの息子である可能性が提起される理由は、北朝鮮の異例の動きのためだ。北朝鮮は脱北青少年9人がラオスに拘束されている間、要員を派遣し、親北要人をラオス移民局の審査に参加させ、関連情報まで入手していったという。20-24日にはラオス人民革命党中央委員会の秘書らラオス代表団を平壌(ピョンヤン)に招待し、脱北青少年の帰還に対する協力を要請した。 

 脱北者を送還するルートや手段も違った。これまでは陸路の利用が一般的だったが、今回、ラオス・ビエンチャン-中国・昆明-中国・北京-北朝鮮・平壌と飛行機を3回も乗り換えながら、24時間以内に送還作戦を終えた。脱北青少年9人に官用旅券所持者など多くの人をつけて徹底的に監視しながらだ。速かに事件を処理しなければならない「避けられない理由」があったという分析が出てくる背景だ。その避けられない理由が、日本人拉致被害者問題が国際社会に飛び火するのを防ぐためではないかというのが、一部の日本メディアの主張だ。 

 しかし韓国外交部はまだ事実関係さえ確認できていない。北朝鮮の異例の動きは多いが、ムンさんと松本さんの関連性を立証する証拠はない。趙泰永(チョ・テヨン)外交部報道官は定例記者会見で、「北に送還された脱北孤児の中に日本人拉致被害者の息子が含まれていたのか」という質問に対し、「政府が把握していることはない」と明らかにした。別の当局者も「そのような噂は聞いたが、正確な情報はない」と述べた。 

 ムンさんが日本人拉致被害者の息子である可能性は低いという主張もある。脱北青少年9人を脱出させた宣教師チュさんと緊密に連絡をとってきたチョン・ペドロ北韓人権団体連合会事務総長は「チュ宣教師が1年以上もムンさんを連れていたのに、日本人拉致被害者の子どもがいるという話はしなかった」とし「日本人拉致被害者の子どもがいたとすれば、日本側を通した脱出方法も考えたはずだが、そういうことは全くなかった」と伝えた。日本と関連があったとすれば当然、中国瀋陽の日本大使館または日本側外交官との接触で問題を解決しようとしたはずいうことだ。ラオス政府が調査過程でこうした情報を把握したとすれば、これを無視するのは難しいという観測もある。

 日本人拉致は在日同胞の北朝鮮帰還事業中に浮上した。59年に始まった帰還事業で、約20年間に9万3000人が北朝鮮に行った。この中に日本人妻が約1800人含まれたという。日本人妻は97年から3回にわたり故郷の日本を訪問したが、2002年以降、日本人拉致問題が日朝間の葛藤要素に浮上して中断された。 

 匿名を求めた韓国政府関係者は「今回の脱北者は6カ月から数年間、国境付近で食べるものもなくさまよっていた青年で、北朝鮮当局が特別管理する拉致被害者である可能性は低い」とし「ムンさんが日本人の子どもだとしても、松本さんの子どもではなく、他の北送日本人の子どもである可能性が高い」と述べた。この関係者は「日本人拉致被害者と北送日本人妻は全く違う」とし「脱北青少年がラオスまで行ったことを考えれば、統制が厳しい日本人拉致被害者の息子である可能性があるだろうか」と反問した。 

 日本は関連報道に敏感な反応を見せている。テレビ朝日をはじめとする日本メディアは関連報道が事実である可能性に注目した。菅義偉官房長官は午前の記者会見で、「関係国と連結を取るなど外交ルートを通じて事実関係を確認中。それ以上の詳細な答えは控えたい」とし「政府としてすべての拉致被害者の生存を前提に情報収集、分析している」と述べた。 中央日報2013.5.31 
http://japanese.joins.com/article/226/172226.html  


【拉致被害者の息子が脱北】
ラオスで拘束、「強制送還は異例の早さ」と韓国外務省
 【ソウル=加藤達也】韓国紙の東亜日報は30日、中国を経て入国したラオスで身柄を拘束され、北朝鮮に送還された脱北者の男女9人の中に、1970年代に失踪して2006年、日本政府が拉致被害者と認定した女性の息子がいると報じた。韓国情報機関が情報を入手し、韓国外交筋が同紙に明らかにしたという。

 同紙は拉致被害者名を挙げていないが、被害当時29歳の女性としている。このことから、1977年に自宅を出たまま消息を絶った鳥取県米子市の松本京子さん=拉致当時(29)=を指しているとみられる。

 同紙が韓国外交筋の話として伝えたところでは、松本さんには20代半ばの息子がいるとの情報があり、9人のうち23歳の男性が松本さんの息子の可能性があるという。韓国政府も情報の確認を急いでいる。

 また、韓国外務省関係者は、脱北者9人の北朝鮮への送還について「過去に例がないほど素早い送還だ」と指摘。その理由について、「日本人を拉致した事実を否定してきた北朝鮮が問題を隠すため、航空機まで使って電撃的に強制送還した可能性が大きい」との見解を示したという。

 同省は東亜日報に「脱北者9人は28日、北朝鮮の高麗航空で北朝鮮に送還された」と明らかにした。

 一方、脱北関係者は同紙に、「ラオス警察に拘束された当日から韓国大使館に協力を要請したが、大使館は一度も面会に来なかった」と証言。韓国政府の安易な対応を批判している。

【松本京子さん拉致事件】 1977年10月21日夜、松本京子さん=失跡当時(29)=が「編み物教室に行く」と言って鳥取県米子市の自宅を出たまま失跡。直後に近所で、男2人に連れられ海岸方向に向かう松本さんらしい女性が目撃された。北朝鮮を脱出した男性が2003年「94~97年に北朝鮮で『キョウコ』と呼ばれるよく似た日本人女性を見た」と証言。家族は04年、国外移送目的略取容疑で鳥取県警に告発し、政府は06年に拉致被害者と正式認定した。(共同)msn産経ニュース2013.5.30
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130530/kor13053012000001-n1.htm 
(この人一体どうなったんだろう....)


ちょっと話がそれるが、国会質疑で気になった部分

183 - 衆 - 決算行政監視委員会第一分科会-1号
平成25年06月21日(2013年)
〇三宅分科員 これは、前に予算委員会でもお示ししました特定失踪者問題調査会が作成しましたポスターですね。ここに今の寺越さんの三名の方々であるとか、あるいは高敬美、高剛、このお二人の写真等も掲示されているんですね。

 それとあと、これは、一九八三年、昭和五十八年に、京都の舞鶴でいなくなったといいますか、海上で、漁の中でいなくなった松本重行さんですね。それから、同じように、一九八八年の八月に、これは鳥取の方だったと思うんですけれども、矢倉富康さんも漁の最中にいなくなったんですね。

 ここでちょっと注意をして、続いてこの関連をお尋ねしたいんです。

 それは、今申しましたように、照和丸の松本重行さん、これは沖合数百メートルで海岸から見える、見えていたんですね、何かほかの船が近づいたというふうなことなんです。あるいは一九八八年の矢倉さん、一世丸事件ですね。この矢倉さんは、精密機械マシニングセンターといいますが、金属加工、これの高度技能保有者であった、非常に熟練した技術者であったんです。これらにかいま見る北朝鮮の拉致事件における計画性をどのように考えていらっしゃるか、お答えをいただきたいんですね。

 それは、松本さんの場合は漁師であって、海岸沿いの地形であるとか、あるいはどこに暗礁があるとか、そういったことに非常にたけている。北朝鮮からしますと、日本に対する潜入ポイント、どこからどういうふうなルートで入れば非常にいいか、安全か、入りやすいかということを漁師から聞くというのは一番合理的ですよね。矢倉さんは金属加工の非常に高度な技術を保有しておった。北朝鮮にとっては喉から手が出るほど欲しい技術者なんですね。

 ここに出ております多くの特定失踪者、これは公開の分の二百七十名ほどなんですけれども、ここで特徴的なのは、ある一定の職業であるとかこういった方々がグループとして分けられるんですね。

 では、その職業はどういったものかといいますと、一つは、男性の場合ですと、印刷関係、印刷工ですね、非常に高度な技術を持った印刷工。これは北朝鮮にとってはどのような活用方法といいますか利用方法があったのかといいますと、やはりスーパーK、にせ百ドル札の作製、印刷、これにかかわる北朝鮮にとっては非常に必要な人材をどうも計画的に拉致したのではないかなというふうにうかがわれるんですね。

 それから、女性の場合は看護師さんですね。これは佐渡の曽我ひとみさんもそうなんですけれども、あと何名か看護師さんの方もいらっしゃる。あるいは、女性でいいますと、編み物関係が非常に、何か編み物教室に通っていたとか、こういった方もいるんです。

 そこに北朝鮮の拉致における計画性というものがあるみたいに思うんですけれども、そのあたりはどのように考えていらっしゃるのか、これもお聞かせいただきたいと思います。
(注:三宅分科員=三宅博議員)

編み物というのがどうも河村織物(前原議員を北朝鮮視察につれて行った)とかぶる
薄気味悪い前原誠司
もちろんただの憶測なんですが

追記2014.2.22

【youtube】となりの国にある虐待収容所 北朝鮮の人権弾圧in町屋H25.5.30 
1:24:15頃
三浦小太郎氏によると、本当に日本人拉致被害者の息子であるなら日本政府に何らかの形で連絡をするはずなのにしていないことから不自然な話であり、真実である可能性は低い、とのこと。

参考
北朝鮮の偽札 元工作員の証言 


【youtube】【新春特別対談】古屋圭司大臣に聞く[桜H26/1/1]
3:00頃から
古屋圭司大臣「一年間で相当色んな取組みしましたね。みなさんからも色んな反響ありました。ただ、拉致被害者はまだ戻ってないんですよ。まあ、プロセスがどんなに多くても結果が出せないと、全く評価されないのがこの拉致問題担当大臣の仕事ですから。我々はやれることは全てやっています。例えば海外と連携するとか、今までやったことないようなことまで山ほどやってますよ。総理も今まで首脳会談で150人くらいとやってますが、そのほとんどはこの拉致問題言及してますしね。」

水島社長「ああ、そうですか、、、知らない、、、そういうの報道されてないですからね」

古屋大臣「報道されてないんですけど例えばG8の合間をぬってV4、ヴィシェグラード4という旧東欧諸国とV4プラスジャパンという会談①をあえてやっていて、何やってるのかなと思ったらあそこはみんな北朝鮮と国交があるんですよ。だからやった。そこの共同宣言の中に拉致問題解決の協力を得ると。例えばASEANの会議、私も行って拉致問題ってはじめてドンと入れたりとか。あと国連の中にですね、COI、Question of Inquiryを設置して、国連の人権調査会を立ち上げて拉致問題をテーマとしてやるっていうのを、去年の3月に決定して8月の末には全部委員長が来て、総理にも一時間近く会ってもらったんですよ。総理からカービーさんという委員長②に対して、もうこんこんと拉致問題に対して言ったら、後で私会いに行って色々打ち合わせした時、総理があそこまで詳しいとは知らなかったと言ってましたよ。今年近々に報告書出ますから、こっからが勝負。報告書出して終わりじゃだめで、その中身、かなり具体的にこういうことやるべしやるべしって、それは日本が主体的にお金出してでもしっかり、例えばアジアのどこかにリエゾンオフィス作ったりして、どんどん北朝鮮に圧力かけていく取り組みをしていくのが大切ですよね。もうありとあらゆることをやっています。」

水島社長「この間NO.2が粛清とかあったじゃないですか。大変ですよね。相手がまだ政権基盤も何だか定まらない状態で付き合わなきゃいけないのは。」

古屋大臣「張成沢が粛清されたことは確かにニュースでしたけども、我々は冷静に分析する必要があります。じゃ、日本に対してどういうスタンスか。去年一年間見ても5月までは非常に挑発的な言動が多かったですよ。だからよく朝鮮の国営放送が日本を非難する時、4つの言い方があるんですね。1つはまあ一般呼称で言うんですよ。 2つ目は名指しは避けるもののかなり揶揄する。例えば軍国主義の主導者とか。3つ目は名指しをして批判する。右翼の安倍首相とか。4番目は安倍一味とくるわけです。5月くらいまでは3番目4番目が結構多かったですね。だけどそれ以降1番目なんです。ほとんどは。厳しいのはなくなった。やっぱりそれ日本にメッセージ送ってるんですよ。だからそういうのは冷静に分析して対応していくべきなんです。張成沢の報道はどうなったか。張一味ですから。そのへんは一喜一憂しないでしっかり正しい情報入れて戦略を考えていく。実際いろいろやってます。TVで言えなくてごめんなさい。」

①V4+日本
外務省HPより
V4+日本首脳会合
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/page23_000038.html 

3.安全保障
(1)安倍総理とV4各国首相は,東アジアと欧州の安全保障の相互連関を再確認の上,国連海洋法条約などの国際法に基づく海洋の秩序の維持という基本的な考え方を確認しました。また,東アジアの安全保障環境に照らし,この地域に対する武器・汎用品・技術の輸出管理を効果的に行っていく重要性を確認しました。
(2)V4各国首相は,日本がグローバルな外交を展開する一環として,日本とNATOの協力関係の進展を歓迎しました。
(3)安倍総理とV4各国首相は,北朝鮮に関して,核・ミサイル分野で関連決議等の完全実施を求めることで一致しました。安倍総理からは,拉致問題の早期解決の意欲を述べ,V4側からこれを支持する旨の発言がありました
(4)安倍総理とV4各国首相は,安全保障分野での協力をさらに進めるべきであるとの認識で一致し,近く安全保障セミナーを開催することで合意しました。 

余談
ヴィシェグラード4カ国(V4)とは
ヴィシェグラード4カ国(V4)は,1991年2月,ハンガリー北部のヴィシェグラード(Visegrád)において形成された,チェコスロバキア(当時),ポーランド,ハンガリーの大統領による,3カ国の友好と協力を進めることを目的とした協力の枠組みです。1993年1月のチェコスロバキア分離に伴い,4カ国で構成されることになりました。年1回の公式首脳会合の他,議長国が策定する行動計画の下,大統領,首相,外相,専門家レベルで各種会合が開催されています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/europe/v4+1/index.html 

②カービーさん
国連人権委員会における攻防
国連人権委員会マイケル・カービー委員長
自分は国連を通じて北朝鮮に圧力をかけるのだから首相の靖国参拝はないだろうと見ていた
なので大変驚いた
(でも、靖国参拝は結果良いことになる。と思う。やはり政治とはまつりごとだから。)

人権活動家の方々、多分に誇張された過去の日本の戦争犯罪を云々している陰で進行している現在の人権侵害にどうか目を向けて下さい

石原慎太郎議員が「あなた(安倍首相)はそういう星回りなんでしょう。頑張って下さい。」と言っていた
日本という国も同様にそういう星回りを持っているようにも思える

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