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反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

カテゴリ : 台湾・Taiwan

孫文がクソミソに書かれててちょっとびっくりしたんで本を読んでみた
→ 近代中国の争乱の元凶は孫文 黄文雄 




p188~194
③孫文の「満州売却計画」

■孫文の歴史的評価は不当に高すぎる
 辛亥革命と中華民国建国については、中国人だけでなく、日本人の学者にも誤解と曲かいがしばしば見られる。たとえば、維新派よりも革命派に対する評価が高く、革命派の中でも孫文一派がいっそう高く持ち上げられている。反対に、北洋軍閥はあたかも中華民国騒乱の元凶のように扱われている。

 しかし、こうした見方は、ほとんど北伐後の蒋介石一派の宣伝によるものである。これも中国近現代史の大きな歴史歪曲といえよう。

 清朝末期の維新派は、たいていが科挙に合格したエリート、どちらかというと伝統的知識人のグループであった。また、北洋軍閥の首領たちは、たとえば曹錕(そうこん)大統領のような無学である者もいたが、士官学校出身のエリートたちも多かった。

 一方、革命派は、ほとんどが科挙の落第生や社会の落ちこぼれであり、王朝の主流から遠い存在である。

 革命派は、黄埔軍官学校が設立される前は、どちらかというと南方の幇会(パンフェイ)組織(秘密結社)匪賊集団出身者からなる烏合の衆であった。こういう人々を指導していたのが孫文である。

 だから革命をめざして十回も蜂起したのであるが、すべてに失敗した。孫文の関知しなかった辛亥革命だけが成功をおさめたのだ。孫文は、また広州で政府を三回樹立したのであるが、いくら全中国を代表すると主張しても、毎回内部抗争によって崩壊した。政府を作る能力が足りなかったとしか思えない。
(袁世凱≒北洋軍閥との対立は南北対立っていうのはこういうことだったのね)

■空手形を乱発して革命資金を集めた孫文
 孫文革命の最大の特色の一つは、中国の鉱山や鉄路建設の利権を、列強諸国に抵当や譲与という空手形で約束し、革命資金を集めたところにある。しかも、こうした鉱山や鉄路は、たいていまだ革命派が手に入れていない地域のものだった。

 孫文は、この手段で辛亥革命前に第四代台湾総督児玉源太郎に対して軍隊と軍資金支援の工作をしている。さらにロシア革命後にはソ連へ、自分たち南方革命派への資金援助を乞い、自らの革命に賭けた。

 そして孫文は日本に満州譲渡の交渉も展開している。「満州を買ってくれませんか?」というわけだ。この事実を日本人はもっと重視すべきである。

 日本からの袁世凱初代中華民国大統領に向けて出された「対華二十一カ条要求」は、日中対立を決定的にした要員であるとされている。しかし、その「二十一カ条」の原案は、孫文が1913年に半袁世凱の第二次革命失敗後、日本に亡命して、革命支援を得るために日本政府と秘密協定を結んださいの利権譲渡の条件であった。もとはといえば孫文が作ったようなものなのだ。

 孫文と日本政府との秘密協定については、NHKテレビ番組『現代史スクープ/孫文亡命933日の記録ー発見された孫文の日中盟約』(平成3年4月20日放送)でも明らかにされた。専門家以外にもよく知られるようになったのは、このときが最初であろう。

 孫文は、革命団体・興中会をつくった当初、すでに「韃虜(満州人)を駆逐し、中華を回復する」という政治綱領を揚げていた。辛亥革命の当初にも、孫文ら中国革命同盟会の大勢は、種族革命を揚げ、満州人を「東胡の賤種」「満奴」「韃虜」だと罵倒、”神州中国の地を簒奪し、炎黄の子孫である漢民族を専制淫威の下に抑圧、蹂躙した”と非難していた。

 この言い方でよくわかるように、そもそも孫文は、満州を中国の一部とは考えていなかったのである。
(考えてもいなかったし、事実そうではなかったわけだし
少数民族「絶滅」を企む中国の漢化政策


■”満州売却”の秘密文書があった
 孫文は満州を売却するべく日本と秘密交渉を持ったが、実力者の山形有朋からはきっぱりと拒否された。北一輝の『支那革命外史』は、孫文を「売国奴」とまで批判しているが、それは、このように中国の利権を日・米・ソに次々と切り売りしていたからである。

 孫文は第二次革命失敗後、日本に亡命して玄洋社の頭山満や黒龍会の内田良平らに保護を求めた。そして再起をはかり、当時北京政権を握っていた北洋軍閥に対抗するには、巨額の革命資金がなければ次の武力対決が行えないと考えた。そこで孫文一派は、日本政府から革命資金と兵器支援を引き出すために、政権奪取後の見返りとして、日本政府に数多くの利権提供を約束しなければならなかった。

 孫文は1914年3月14日、日本の加藤高明外相(当時)の代理、外務省の小池張造政務局長と秘密交渉に及んだ。

 孫文らは満州、満鉄に関する日本権益の拡張、ドイツから得た青島を含む山東半島の権益の継承など十一カ条に及ぶ権益供与という条件を提案した。

 孫文と陳其美は、この秘密文書の末尾に署名と捺印をした。日本側の署名は、犬塚信太郎(満鉄理事)と山田純三郎(満鉄上海駐在員)であった。

 この「日中盟約(秘密文書)」調印は、1915年2月5日、孫文の隠れ家であった頭山満邸の孫文居室で行われた。孫文以外のメンバーは陳其美、王統一(革命党海軍総司令)と山田純三郎らで、彼らが討論して署名したのであった。その筆跡は、第三次革命の熱心な支援者の一人であった日露戦争当時の名将、秋山真之海軍提督と推定されている。

 台湾の国民党政府関係者は、いまでも孫文と日本との「日中盟約」を否定している。日本が中国侵略のために孫文を利用した陰謀であるとして、その存在さえ認めない。

 しかし、山中峯太郎の回想録によれば、孫文は彼の紹介で、王統一の私邸において上原勇作元帥と秘密会談をしたとき、日本の予備将兵と平気三個師団分の支援と引き換えに、満州の特殊権益を譲渡するという交換条件を提示している(『夢いまだ成らずー評伝山中峯太郎』尾崎秀樹著、中央公論社、167~178ページ)。

 日本政府は北京実権派を支援するか、広州革命派を支援すべきかを考慮した。日本政府としてはまだ政権を譲っていない孫文の空手形を選ばず、孫文が提示した条件に修正を加え、袁世凱総統に「二十一カ条の要求」を通告したわけだ。

孫文と山田純三郎
【wiki】山田純三郎


■米人ジャーナリストの辛辣な孫文評
 孫文が死去するまで交際していたアメリカ人ジャーナリスト、ジョージ・ブロンソン・レーはかつて孫文の顧問を務めたこともある。彼は、自著『満州国出現の合理性』で、革命利権空売りの常習犯である孫文についてこう書いている。

「辛亥革命当時、南京に於ける孫逸仙(孫文のこと)は外債を起こして袁世凱に対抗せんと死力を尽くしたものである。孫は彼の政府に対し直接に援助を与て呉れるもののないことを知り、間接の方法に依って資金を得んと試みたのである。中部及南部支那に於いて重要なる公益事業及彼の共和国をして危機を乗り切らしめんとしたのである。即ち江蘇及浙江の両鉄道会社、支那招商局汽船会社、漢陽鉄鋼会社並に付属の大冶の鉄山及萍郷の湛山は何れもその財産を借款の担保に提供したのである。・・・・」(72ページ)

「米国国務省が之を否認するや支那人は欧羅巴(ヨーロッパ)に於いて其の金を調達せんと試みたのである。夫れにも亦失敗するや今度は日本に赴き漢冶萍の財産を担保に250万円の借款を得たのである。而(しか)して其の契約条件たるや支那に於ける商業借款中恐らくもっとも好条件のものであったのである」(72ページ)

 孫文は、まだ孫文自らの手に入っていなかった中国の利権を、あちらこちらに切り売り、空売りした。そのことがよくわかる一文であろう。最終的には欧米に拒否されたものまで日本人に空売りしたのだ。

 レーは、孫文の人物像について、こう述べている。

「孫逸仙はどちらかというと空想家の一種であって行政上の実際には疎く実行上の才能には乏しく社会主義的傾向の強い人であって、就中(なかんずく)正直で愛国者たることは其の特色であったけれど支那統一の大偉業を遂ぐるには全く不適当の人物であった」(95ページ)

革命に金を出せ
でも干渉するな侵略だ!って変な話だなぁと内心思っていたんだが
空手形で金を引っ張っていたというのでようやく腑に落ちた
そもそも勢力圏でもない満州を買いませんかってとんでもねぇw

宮脇淳子中華民国1912
黄色いとこの人がピンクのとこ買いませんかって何言っとん!?

参考
日中盟約についてググると
富山国際大学の藤井昇三教授が資料を発掘したらしい
http://politics.ntu.edu.tw/RAEC/comm2/10InterviewJ.pdf
国父孫文がそんなことをするわけがないと特に台湾国民党から強い反発があったと
まぁそうでしょうね

もっと知られてもいいことのような気がするけど

中国、ロシア、韓国で、【反日統一共同戦線】を作ろうと画策しているという記事
日中和解はホンモノか?~豪で進む驚愕の反日プロジェクト 
なんだけど、既に2005年にこんなことが

【噴水台】国共合作

「私は誰とでも手を組む」。

  中国の国父・孫文が1924年、第1次国共合作に取り組みながら述べた言葉だ。 国民党と共産党の合作スローガンは「打倒帝国主義、討伐軍閥」だった。 第1次合作は3年で終わった。 共産党の勢力拡張を憂慮した蒋介石が、27年、共産党に白色テロを加えたのだ。 しかし9年後、蒋介石は寝巻姿で捕まえられ、第2次国共合作を強要された。 西安へ共産党討伐を督励しに行ったが、部下の張学良に逮捕されたのだ。 「西安事件」である。 張学良は共産党よりも日帝と戦うのが先だと考えた。 第2次合作は、45年の日帝の敗亡とともに、翌年に国共内乱が起こり、幕を閉じた。 

 今日は第3次国共合作の門を開く日だ。 国民党主席の連戦が、共産党総書記の胡錦濤と会談するのだ。両党の指導者が向い合って座るのは、1945年、毛沢東と蒋介石の重慶会談以来60年ぶりとなる。 もちろん第1・2次合作時とは状況が大きく変わった。 衰落した国民党の立場が最も大きな変化だ。 一時は大陸の覇権を争った国民党が、いまや追われた台湾ですら押されている。 民進党に政権を奪われてから5年が経った。 しかし共産党は、26日から始まった連戦の大陸行きを輝かせようと必死だ。 孫文の墓である中山陵を参拝、西安事件が起きた年に西安で生まれた連戦の故郷訪問周旋など。 胡錦濤との今日の会談はそのハイライトだ。 

 第1・2・3次国共合作の闘争対象に指される外勢がある。 日本だ。 第1・2次合作当時、「打倒」と「戦争」の相手だった。 第3次合作の背景にも日本がある。 日本と米国はさる2月、外務・国防閣僚の「2+2会談」を行い、「台湾問題を平和的に解決する」という内容の声明を発表した。 台湾問題への介入を示唆したのだ。 統一を至上課題と考える共産党は大きな衝撃を受けた。 怒った。 そして友軍を増やそうという伝統的な統戦術の一つに、国共合作というカードをまた取り出した。 第3次合作の本当の理由だ。 このように国共合作による克日はいまだ進行形である。 「革命はまだ成功していない。続けて努力しなければならない」という孫文の遺言は、今でも有効であるようだ。
中央日報2005.4.28
http://japanese.joins.com/article/016/63016.html?servcode=100&sectcode=100

あちらは「克日」と言っててそれが韓国メディアの目にも明らかだというのに
日中友好一辺倒な日本のメディアにあらためて多大な疑問が

胡錦濤総書記と連戦主席の会談、世界で報道相次ぐ
胡錦濤・中国共産党中央委員会総書記は29日、中国国民党の連戦主席と北京の人民大会堂で会見した。両氏は、両党党首60年振りの歴史的な握手を交わした。 

世界3大通信社(ロイター通信、AFP通信、AP通信)は30日、胡総書記と連主席の会談について報道し、「台湾海峡両岸の歴史的会談だ」と伝えた。米紙「ニューヨークタイムズ」などマスコミは、3大通信社の情報を引用して次々に報道を行った。 

▽AP通信 

現場から中継された会見では、大陸部と台湾の両党首の握手が、数十年にわたる対峙の終了への希望を表していた。これはかつて大陸部を統治した国民党が数十年ぶりに中国共産党と行う最高レベルの会談だ。 

▽ロイター通信 

胡総書記と連主席の会談は、双方の敵対状態の正式な終結をもたらす可能性がある。 

▽AFP通信 

台湾の野党である国民党の指導者と、大陸部で執政する中国共産党が60年間で初の会談を行った。海峡両岸(中国大陸部と台湾)の緊張緩和のために努力している。 

(編集SN) 

「人民網日本語版」2005年4月30日 
http://j.people.com.cn/2005/04/30/jp20050430_49738.html


共産党と国民党、「92年の共通の認識」と「台湾独立」反対で一致

胡錦濤・連戦会談1

 中国共産党の胡錦涛総書記と中国国民党の連戦主席は29日北京で、60年来初めての両党のトップ会談を行い、双方は、一つの中国の原則を表す「92年の共通の認識」【wiki】九二共識)を堅持し、「台湾独立」に反対することで一致に達した。

 両党のトップ会談後発表発表された『共同コミュニケ』は、「『92年の共通の認識』を堅持し、『台湾独立』に反対し、台湾海峡情勢の平和と安定を求め、海峡両岸関係の発展を促し、両岸同胞の利益を維持することは両党の主張である。両党は、両岸が『92年の共通の認識」を踏まえ、平等な協商をいち早く回復し、双方が共に関心を寄せる問題とそれぞれが関心を持つ問題について討議を行うこと、両岸はこれまでの敵対状態を正式に終わらせ、平和協議に達すること、両岸の経済分野の全面的交流を促し、両岸の経済協力メカニズムを構築すること、台湾民衆が関心を持つ台湾のWHO・世界保健機関活動への参加問題を含む国際活動への参与問題についての協議を促していく。また両党は双方の定期的疎通に必要なメカニズム確立を決めた」としている。
「CRI」より2005年4月30日 
http://japanese.china.org.cn/japanese/213850.htm

(´・ω・`)つい最近連戦の名前を聞いたなぁ


【youtube】【河添恵子】 翁長雄志の中国人的 エ◯さ 2016年1月29日 【マット安川のずばり勝負】 

4:31~
(台湾総統選の結果について)
河添恵子氏「中国共産党はそんなにバカではないですからこの結果予測してシミュレーションしてると思うんです。馬英九さんは去年の11月かな、習会談をしたわけですけど、彼はこれから前総統の肩書になるわけです。前総統になって俺に中台関係をもっと密接にすることをもっとやらせてくれっていうプレゼンをしたんであろうって言われてるんですね。今までそれを誰がやっていたかというと、連戦という方です。連戦のファミリーがやってたんですが、連戦はもうおじいちゃんです。連戦の息子は台北の市長選に出たけどもうダメでした。で、もうやはりそいつは無理だということで馬英九さんが手足をするんではないかと。早速南シナ海の島に行ったりとか、はじめてるわけですよ。あと日本の戦前はホロコーストみたいなことやったと。南京のこと言ったり。要するに中国共産党の手足をやってるわけですね。ある意味去年の会談は就職活動です(笑)
 
(賢明にもNOと言う台湾)
台湾人冷ややか中国「抗日共闘の誘い」


【youtube】3/3【討論!】台湾W選挙の結果とアジアの未来[桜H28/1/23]

17:22~
謝恵芝氏「70年前に台湾は日本だったんですね。私の父親も日本人として生まれて、死ぬまで日本人でいました。その後に国民党が乗り込んできて、台湾という表札を無理やり中華民国に替えさせられて、私達も無理やり、自分の言葉あったのにそれもしゃべっちゃいけない、として中国語を国の言葉として使っていきました。

この長い70年間、台湾人が台湾に対する思い、それはきっと日本人は分からないと思うんですね。私の父が私を日本に留学に送り出した時に、日本が世界で一番血統が優秀な民族で素晴らしい国で、是非行って、いい人がいたら結婚して帰って来なくていいからとまで言ってくれました。

それ位ね、父の一生見ると中国人は嫌、中華民国人ではなく日本人として一生を全うしましたね。その父の思いを背負って今の日本を見るとちょっと悲しいっていうか、悔しいっていうか、残念に思っています。

中国っていう国は、中国人も、中華民国人もそうですが、一歩私達が引くと、向こうは遠慮するんじゃなくて一歩踏み込んで来るんですね。だから日本が弱く見えると、これは攻めていいんだと思って無理やり押してくるんですね。私達の家を盗るように来るんですね。沖縄の問題もそうですが。

だから日本がこれから台湾とどういう関係築いていくか、台湾人が一番信頼している国は近くにあって、日本ですよ。50年間も歴史共有して台湾人気質の中にも日本精神も混ざり合っているので、日本が台湾に力を下さったら台湾も立ち直っていけると思っています。特に今の時期はベストの時期だと思います。

中国も韓国も日本が一生懸命支援していても向こうは足で蹴ってくるだけ。だけど、台湾は、変な言い方ですが、日本に片思いしてきたんですよ。是非ここで少しでも応えてくれると台湾人は満足すると思います。うちの父の片思いも、もういないですが、是非叶えてあげたいと思います。」

黄文雄さんは戦前の中国情勢を「日中共同防共戦略vs東アジア赤化戦略」と分析したけども
近代中国の争乱の元凶は孫文 黄文雄
結局今もそれが続いているのね

このまま東アジアが赤化、というか華夷秩序に組み込まれるのが平和に繋がる わけがないよね? 

日本は何かとんでもない目くらましをされて敵が何かすらも分からない錯乱状態じゃないかって思う

動画を見て本を読んでどうにも釈然としなかったところから孫文を軸に手繰っているところであるが
騙され続ける日本人 お先真っ暗

ironna(産経のサイト)に何か書いてあるかなと思ったところ孫文がクソミソに書かれていて
一体誰がここまで書いたんかと思ったら黄文雄氏だった

台湾の人にはクソミソに書く権利があるだろう

国共合作・内戦の背後で蠢いた「赤色謀略」 
『月刊正論』 2006年8月号

日中共同防共戦略vs東アジア赤化戦略
(前段省略)

 もともと開国維新以前から、日本にとっての最大の脅威の一つは、東アジアへ南下しようとするロシアだった。だから維新後の大日本帝国の歴史は恐露から出発し、日露戦争で一度はクライマックスを迎えた。その後ロシア革命が起こり、再びロシア(ソ連)は南下の勢いを見せた。これが東アジア赤化の脅威である。かくして日本では軍事とイデオロギーが一体となった脅威論が醸成され、「防共」と言うソ連との軍事的対立が国防上の至上の課題となった。

 日露戦争以降の日本の国家戦略は、主に対ソ戦を想定しており、陸軍は主力を関東軍に投入してソ連軍の侵攻に備えた。そして日独防共協定、日独伊三国同盟も締結したものの、そのために米英との対立が深まり、日本は突如、北守から南進へと戦略転換し、支那事変から大東亜戦争へと戦火は拡大した。アメリカが対日戦争を決意した背景には、スターリン指導のコミンテルンによる策謀があった。また日本の側でも共産主義者の開戦誘導の謀略があったことは、三田村武氏の『大東亜戦争とスターリンの謀略』に詳しい。

 さてその間、日本が立てた目標は中国との「共同防共」だった。満州事変、支那事変が始まっても、日本によるこの日中連帯の呼びかけは続けられた。つまり「共同防共」の実現が日本の最も望むところであって、ソ連の脅威を前に、中国などと戦っている余裕などなかったと言うのが実情だった。

 つまり「日中戦争」なるものの実態は、日本が中国の挑発に振り回され続けていたと言うものだ。だからこそ日本の政府も軍部もあれほど、いかに戦争を回避するか、いかに戦争を終結させるか(和平を結ぶか)で悩み続けていたのである。

 もちろん日本だけでなく、それと近いような悩みは蒋介石も汪兆銘も抱いていた。ことに汪兆銘は日中全面戦争の最中、最も憂慮したのは戦争に乗じて共産党が勢力を拡大することだった。だから彼は重慶政府と袂を分かち、南京政府を樹立して日本と和平を結び、「共同防共」に乗り出したのだった。実際汪兆銘の憂慮は的中し、蒋介石は日本には勝利したものの、それですっかり戦力を消耗し、他方「全力の七分を党の発展に、二分を国民党との対抗に、一部を抗日に」との毛沢東戦略でやってきた共産党は、それとは逆に勢力を広げたのだった。もちろんこの共産党とは、東アジア赤化のためのソ連の傀儡である。

コミンテルンの陰謀に対処できなかった日本
 中国人は偽書「田中上奏文」を日本の中国侵略の証拠とし、日本の「野心」「陰謀」だけに日中戦争の原因を求めようとする。こうした日本侵略史観は日本でも横行したが、いまでは教科書に名残をとどめている以外には、ほとんど退潮しているようだ。

 支那事変にまで至る民国以降の日中間の齟齬の背景に、日中を離間させようとした米英の国家戦略、世界戦略があり、日本がそれに乗せられたとする説は、とくに保守派学者の間でよく見られるが、日中戦争の原因については、少なくとも次の三つを挙げなければ何も語れないだろう。

 時間的順序に従って言えば、(1)民国の内戦、(2)コミンテルンの陰謀、(3)日本の対応の不得手だ。

 (1)については、辛亥革命(1911から12年)で中華民国が樹立されて清帝国は崩壊したものの、孫文の南京臨時政府も、それに次ぐ袁世凱の北京政府も国家統治に失敗し、そのため南北対立、各省、各地の対立が深まって多政府状態となり、中国史上空前のカオス状態に陥った。それらの対立は北京政権を巡る北洋軍閥の内戦、南方の広州政権を巡る革命派、軍閥の内戦、湖南・湖北間での連省自治派と統一派との内戦、広西・広東間での内戦、北方軍閥と南方革命派との間の北伐と南征、さらには国民党内での軍の実力者同士の抗争、戦争があり、そして西安事件まで続いた熾烈きわまりない第一次国共内戦もあった。

 各派武装集団の抗争は、省レベル、県レベル、村レベルにまで及び、たとえば辛亥革命以降の約20年間で、四川の一省だけで軍閥内戦は五百回も発生した。そのほか匪賊が跋扈し、その数は2000万人にも達していたと推定されている。国民党の内部諸勢力間の内戦である中原大戦では、百五十万人もの兵力が動員され、30万人もの死者を出している。

 たしかに蒋介石は1928年、北京政府を打倒して北伐を完了し、国家権力を掌握しつつあったが、なお蒋介石系以外の各武装勢力に号令するまでの力はなかった。

 このような中華民国内の混乱こそ、日中戦争を醸成した温床と言うことができるだろう。

 (2)のコミンテルンの工作については、戦後の日本ではあまり語られていない部分だが、1921年のコミンテルン指導下における中国共産党の創立から、国共合作、国共内戦、そしてコミンテルンの解散に至るまで、中国の排日、侮日の運動、事件の背後には、コミンテルン=スターリンの謀略が見え隠れしていた。もちろんコミンテルンは中国だけに限らず、日本、アメリカ等各国の政界で暗躍をしていた。

 (3)については、たとえば盧溝橋事件から終戦に至るまで、日本はあらゆる手を使って和平交渉を試みたものの、すべてに失敗している。

近代中国の争乱の元凶は孫文
 近代中国の争乱と悲劇の元凶のすべては「中華民国建国の父」「中国近代革命の父」などと讃えられている孫文だと指摘する人は実に少ない。しかしこうした認識がない限り、近代の中国史、日中関係史は正しく語れない。

 もともと日本人の支持、支援、援助、指導あってこその孫文の革命運動だったが、辛亥革命後は自分中心の政権を樹立するまではと、延々と革命闘争を続け、そのおかげでこの国の争乱は拡大し、挙句の果てには日本を裏切ってコミンテルン幕下に入り、その指導の下で国共合作を行い、やがてそれが元で国共内戦が発生したと同時に、排日、侮日の嵐が巻き起こったのだ。
(→「コミンテルン」という厄災を招き入れた孫文の誤謬

 孫文が革命を指導して中華民国を樹立したと言うのは国民党のデッチ上げである。孫文が指導したと言う華興会、光復会、興中会三派の連合体である革命同盟会は、宮崎滔天、内田良平ら日本のアジア主義者の斡旋、支援の下、東京で発足したものだったが、発足後は孫文の革命路線、革命資金濫用の問題で空中分解した。(資金濫用ってなんだろう!?)

 そして辛亥革命は反孫文系の人々により偶発的に始まった。当時孫文は追放の身としてアメリカで隠居生活を送っており、まったく関与していなかった。ただ革命後の臨時政府の発足にあたり、臨時大総統には国際的に知られていた孫文以外に適任者がいなかったため、帰国した彼が一時的にその地位には就いた。だが財政資金は集まらず、各省の革命基地も維持できず、そして列強からの政府承認もえられないので、それから3ケ月未満で孫文は、周囲からの反対を押し切り、革命の敵である北京政府最大実力者、袁世凱を「中国のワシントン」と讃え、政権を譲渡し、自らは袁世凱初代大総統の下の鉄道部長となり、美女を連れて西太后の特別列車に乗り、全国周遊の旅に出ている。

 やがて袁世凱による国民党党首の宋教仁の暗殺や帝制復活を受けての反袁気運が高まると、孫文はそれに乗じて第二革命(1913年)に参加したものの、敗れて東京へ亡命。第三革命(1915年)の雲南蜂起ではまったく蚊帳の外。第三革命は袁世凱の死去で終焉したが、孫文はまったく自分の出番がないため、南方の地方軍閥を誘っては内戦を引き起こし、三度にもわたって広州軍政府を作り、北京政府に対抗した。かくして中国は五代十国以上に混乱した多政府状態となった。

 孫文は軍事力もなければ政治資金もない一介の「革命浪人」だから、日本など外国以外には、いつも軍閥頼みだった。たとえば広東で3度目の軍政府を作るにあたっては、「客軍」と言われた全国各地の軍閥、匪賊などの武装集団を誘い込んでいる。そのため現地の政府各機関は軍閥に占領され、住民は略奪を受け、理不尽な重税を課せられた。孫文は抵抗した広州の商団の武装組織との抗争で、住民大虐殺も行っている。

 私は魯迅の『阿Q正伝』の愚かな主人公阿Qは、孫文がモデルではないかと考えている。それについては拙著『中国が葬った歴史の新・真実』(青春出版社)で詳述している。

国共合作が行われた裏の理由
 中華帝国建国の父である始皇帝と、中華人民共和国の父である毛沢東は、いずれも実力で天下を統一し、国造りに成功した。しかし孫文はそれらとまったく逆だ。彼が中華民国の「国父」と呼ばれるのはなぜか。それは日中戦争中に汪兆銘が、もう一つの中華民国政府を南京に作る政略に危機感を抱いた蒋介石が、自らの正統性を裏付けるため、勝手にそのような祭り上げをしたからだ。

 孫文は辛亥革命以前、十回蜂起を行ってすべてに失敗し、その後の第二革命も三度の革命軍政府もみな失敗している。そのため「失敗の英雄」と呼ばれ、彼自身も遺言の中で「革命未だ成功せず」と言い残して死んでいる。彼が参加しなかった辛亥革命や第三革命だけが成功したことから見ても、結局は疫病神のような存在だったのだ。

 この孫文が晩年、いかにしてソ連に接近したのだろうか。孫文は北京政府を不満として広東政府を作り、「こちらが正統な中華民国政府だ」と主張したものの、辛亥革命前のように日本の官民や欧米からの支援も受けられず、孤立無援の状態に陥った。レーニンに抱きついたのはそのためだ。

 当時孫文は、「仏、米の共和国は旧式であり、ただロシアだけが新しい。吾人は本日より最新の共和国を作る」とまで表明している。

 もちろんこのソ連への接近には、ロシア革命からの影響もあった。1917年にその革命が成功すると、「新しい共和国は中国のよき隣人となった」「ロシアは専制から共和国に代わったのは、中国の影響だ」と勝手に思い込んでいる。

 中国に反帝国主義の親ソ政府を築きたかったソ連にとっても、北方の最大実力者である呉佩孚、あるいは軍の実力者である馮玉祥よりも、孫文が一番手懐けやすかった。かくして工作対象は孫文に絞られた。

 1921年、レーニンの秘書マリーンの指導の下、上海で中国共産党が発足した。同党の当時の二大指導者は陳独秀と李大ショウだった。この年12月、マリーンは広西省桂林で孫文と会って工作を行った。これを受け孫文は「中国革命はソ連を鏡にするべきだ」と主張し始めた。22年8月にはマリーンから国共合作を提案され、孫文はソ連からの武器援助を交換条件に、それを受け入れた。12月、孫文とソ連の代表ヨッフェとの間で、ソ連と国民党の提携が決まり、その結果出されたのが23年1月の「孫文・ヨッフェ宣言」である。

 中国共産党が強調する孫文の「連ソ・容共・扶助工農」への路線転換が行われたのはこのときだ。

 23年12月、国民党政治顧問として派遣されたボロディンから孫文は、「国民党は組織と規律が不完全で、大衆組織を持たず、官僚、投機主義者だらけだ」と指摘された上で、「全革命勢力を国民党に参加させよ」と勧告された。そこで孫文は国民党を改組し、反帝国主義、反軍閥の主張をより明確化させた。

 もともと国民党の組織はきわめて杜撰で、党首の孫文ですら党員数を把握していなかった。党費もなく、架空に近いマフィア組織だったが、このようにして革命政党として再生したのである。

国民党に寄生して拡大した共産党

 1923年1月、孫文とヨッフェの間で取り決められた「連ソ・容共」という国共合作の党策に対し、国民党内では大勢の幹部が反対し、党首の独断が非難された。しかし孫文は「党を解散しても、一人でも共産党に入る」と怪気炎を上げ、恫喝した。

 発足したばかりだった共産党にしても、国共合作には反対だった。総書記の陳独秀などは、「共産党を創設したのは、孫文の旧式革命を否定するためだ」とし、「コミンテルンの指導は受けない」とまで言って激怒した。反対意見はその後の党全国代表大会でも続出、孫文が北方軍閥の張作霖、段祺瑞らと軍事同盟を結び、日本帝国主義の援助を求めたことに激しい非難が集まった。だが最終的には国共合作を受忍した。党の経費はすべてコミンテルンから提供されていたから、その指示には従わざるを得なかったのだ。

 国民党が国共合作によって得たものは少くない。その一つは従来の伝統的チャイナ・マフィア組織から、ソ連式の近代的革命政党にのし上がることができたこと。もう一つは武力と言えば地方軍閥、匪賊、マフィアを頼みにするばかりだったのが、ソ連の赤軍制度が導入されて黄埔軍官学校が作られ、自前の軍隊が持てるようになったことだ。

 蒋介石は軍官学校校長を経て武装集団のボスとなり、孫文死後は党内の群雄との抗争を勝ち抜き、実力者として擡頭している。

 一方、共産党も大きな利益を得た。なぜなら国民党に寄生しながら革命勢力として発展することができたからだ。共産党は国民党に寄生しながらも国民党と抗争し、国民党が二つに分裂すれば、それらと三つ巴の戦いを演じた。混迷した情勢の中で、国民党左派の廖仲凱の暗殺、汪兆銘を首班とする武漢政府と蒋介石を主席とする南京政府の対立など、さまざまな事件が起こっている。

(この先孫文は出てこないので略)

黄文雄
昭和13年(1938年)、台湾高雄県生まれ。早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院修士課程修了。同61年に台湾で地下出版された『中国之没落』(新台政論社)は大反響を呼び、反体制運動家の必読書に。中国を批判し日本を激励する言論を展開。著書は『中国・韓国が死んでも教えない近現代史』(徳間書店)『大日本帝国の真実』(扶桑社)『満州国は日本の植民地ではなかった』(ワック)『日本人なら知っておきたい中国の侵略の歴史』(宝島社)『終韓論』(ベストセラーズ)など多数。
ironna
http://ironna.jp/article/1064 

(´・ω・`)あぁもう何て言っていいか
悪いところはぜーんぶ見えなかったことにした本と動画にものすごい疑問が出て来てしまう

余談
個人的に気になってしょうがない黄埔軍官学校であるが
関東大震災で日本人10万人を虐殺した朝鮮人の黒幕

【wiki】黄埔軍官学校 

(一部抜粋)
広州が1928年に軍閥の攻撃を受けたため、南京に移り、1938年日本軍の南京占領後は成都に移転した。第二次世界大戦後、国共内戦により、共産党が勝利し、国民党は台湾に逃れた。1950年黄埔軍官学校は台湾高雄県鳳山市で陸軍軍官学校として再建された。黄埔軍官学校の跡地 (zh:黄埔军校旧址) は1988年に中華人民共和国の全国重点文物保護単位に指定された。 

何と台湾に再建されたんですね(´・ω・`)

それでこんな記事が
台湾「黄埔軍官学校」で90周年式典

 【高雄=田中靖人】中国の革命家・孫文が1924年に設立した士官学校「黄埔軍官学校」の開校式から90周年となる16日、同校に由来する台湾の「陸軍軍官学校」で記念式典が行われた。馬英九総統は「国軍は死を恐れず国家と民衆を愛する(設立当時の)黄埔精神を発揮することによってこそ平和と安定を築くことができる」と訓示した。

 黄埔軍官学校は中国広東省広州市郊外に設立され、蒋介石が初代校長、周恩来が校長を補佐する政治部主任に就任。抗日戦争や国共内戦の影響で四川省成都市への移転を経て50年、台湾の高雄市で再建された。

 この日は馬総統や退役軍人らが見守る中、航空機の展示飛行や陸海空軍の士官候補生の観閲行進などが行われた。

 一方、広州にある同校の旧跡でも12日、記念式典が行われ、蒋介石のひ孫らが出席。台湾の電子メディアは「両岸(中台)が歴史の正当性を奪い合っている」と報じている。
産経ニュース2014.6.16
http://www.sankei.com/world/news/140616/wor1406160010-n1.html
 

【歴史戦 第8部 南京「30万人」の虚妄(2)後半】
台湾人冷ややか中国「抗日共闘の誘い」…「日本より、中国の外省人支配の方がずっと厳しかった」

台湾引き込み 共闘アピール
 北京市の中心部から南西へ約20キロ離れた場所にある盧溝橋は、1937年に日中戦争が勃発した場所として知られる。すぐ近くには敷地面積2万6千平方メートルの巨大な「中国人民抗日戦争記念館」がある。中国政府による国家プロジェクトとして建設され、戦争勃発50周年記念日の87年7月7日に開館した「愛国主義教育基地」の一つである。

 北京では近年、朝の散歩で公園に入るのにも5元(約90円)ほどのチケットを買うのが一般的になっている。ところが、大金を投じて建設された記念館は、全国各地の抗日記念館と同様、無料で見学できる。

 館内には「日本軍暴行ホール」「抗日烈士ホール」など複数の展示室があり、大きなパネルや復元された現場模型が飾られている。中には直視できないほどの悲惨な写真や、日本の歴史学者から「修整されたもの」と指摘された写真も「日本軍の蛮行の証拠」として飾られている。

 12月中旬、極寒の中、河北省から来たという小学生を乗せたバス数台が記念館にやってきた。入館する子供たちに女性教師は「中に入ったら笑ってはいけない。日本軍が中国で何をしたのかをしっかりとみるように」と指示した。

親日感情が強く
 記念館の東側では、昨年末から工事が急ピッチで進められている。関係者によれば、建設されているのは「台湾館」。中央政府から直接指示された計画で、来年9月3日の「抗日戦争勝利記念日」までに完成しなければならないという。

 同年9月3日には同館で大規模な記念行事が開催される予定。その際、台湾の指導者を招待し、中台の“対日共闘”の場面を国内外にアピールすることが中国政府の思惑とみられる。

 同館関係者は「国民党の副主席クラスには来てもらいたい。抗日戦争の勝利に台湾同胞も大きく貢献したことを国民に広く知ってもらいたい」と話す。

 「中華民族の偉大なる復興」など民族主義をあおるスローガンを掲げる習近平政権は、国内に向けて、台湾が50年間(1895~1945年)も日本に植民地支配を受けた歴史を「民族的な屈辱」と喧伝(けんでん)している。

敷地確保できず
 中国の対台湾関係者によると、中国当局は当初、台湾の親中的な政治家や企業家に、台北などで抗日記念館の建設を呼びかけた。資金支援も示唆したが、敷地が確保できないなどの理由で、進展しなかったという。

 そこで、中国当局は台湾の人たちが日本の植民地支配に抵抗したとされる写真や記念品、当時の日本政府が台湾で発行した旅券なども「皇民化の証拠」として大量に買い集めた。抗日戦争記念館の副館長、李宗遠は中国メディアの取材に、これまでに同館のスタッフを計3回台湾に派遣し、約700点の展示物を集めたことを明らかにした。

 李は「台湾同胞が日本の植民地支配に抵抗した努力を反映しており、両岸の歴史交流に大いに役に立つ」と強調する。

 中国当局のやり方に多くの台湾人は冷ややかな反応を示している。ある北京在住の台湾ビジネスマンは「日本の後に中国からやってきた外省人政権の支配のほうがずっと厳しかったと思っている。台湾人が抗日戦争の勝利に大きく貢献したというのは嘘だと思うし、台湾館ができても行く気にならない」と話す。(敬称略)
産経ニュース2014.12.25
http://www.sankei.com/world/news/141225/wor1412250018-n1.html

かと言って日本が黙って見ていたんでは取り返しのつかないことになるんですがそれは・・ 

「中国人民抗日戦争記念館」
【歴史戦】
日本国旗“踏みつけ”「勝利の象徴だ」中国が抗日勝利70年展を公開、最後は習主席賛美

 【北京=川越一】日中戦争の発端となった1937年の盧溝橋事件が起きた、北京市郊外にある盧溝橋近くの中国人民抗日戦争記念館で15日、「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70年」を記念する展示が、各国の駐中国大使や外国メディアらに公開された。日中外交筋によると、在北京の日本大使館関係者は参加しなかった。

 館内には南京事件や慰安婦問題、「強制労働」に関する史料などが展示され、「日本軍の残虐行為」と「偉大な勝利」が強調されていた。ガラス張りの床の下に日本国旗を並べ、その上を参観者が歩く仕掛けもあった。参観者からは「反ファシスト戦争勝利の象徴だ」との声が聞かれた。

北京抗日記念館1

 昨年11月の日中首脳会談で握手する両首脳の写真の傍らには、村山富市元首相による「歴史を直視し日中友好 永久の平和を祈る」との書も飾られていた。

 1時間強の参観ルートは、子供たちに囲まれて笑顔を見せる習近平国家主席の写真で締めくくられていた。一連の展示からは、「戦勝国」の立場をアピールして日本を牽制(けんせい)すると同時に、習氏を賛美して国内の求心力を高める狙いがうかがえる。
北京抗日記念館3
(歴代ファシストの面々・・・)

北京抗日記念館2
(何だこりゃww怖いわwwww)

産経ニュース2015.7.15
http://www.sankei.com/world/news/150715/wor1507150035-n1.html
 
参考
変容する「抗日」 

台湾総統選を受け中国が「観光客激減」の報復措置、倒産ラッシュは不可避か―台湾

2016年1月23日、光華網によると、台湾を訪れる中国人観光客が3月から激減するとみられ、小売店の倒産ラッシュが起きる可能性がある。

台湾を訪問する中国人観光客のツアーが3月から激減するとのうわさが飛び交っている。台湾総統選で民進党の蔡英文(ツァイ・インウェン)主席が勝利したことを受け、中国政府は警告の意味を込めて1日5000人のツアー枠を3750人にまで減らすという。実数では3分の1にまで落ち込むとも予測され、台湾経済にとっては深刻な打撃となる。 

中国人観光客の減少は航空産業、ホテル、バス業界、小売店、レストランなど多くの業界に衝撃を与える。中国人観光客専門のショップ、レストランにとっては死活問題で、倒産ラッシュが起きる可能性もあると懸念されている。(翻訳・編集/増田聡太郎)
RecordChina2016.1.25
http://www.recordchina.co.jp/a127690.html
 
うーわ最低( ̄д ̄)
とはいえ、実はこんな事情も

中国人“爆買い”にブレーキ? 大人気のカードに引き出し制限、幹部の資金流出を牽制か

 【上海=河崎真澄】中国国家外貨管理局は1日までに、約6億人に普及しているという中国の「銀聯カード」を使って海外で外貨を引き出す際の上限額を、来年1月1日から1枚当たり1年間で最高10万元(約190万円)までとする規制を設けることを決めた。現在は1日1万元(約19万円)まで引き出しや決済が可能だが、これに年間の上限を追加する。海外を訪れる中国人観光客の“爆買い”を支えてきたカードだけに、影響がじわりと広がりそうだ。

 外貨管理局はまた、1日から始まった国慶節(建国記念日)の7連休を含め、12月31日までの期間も5万元(約95万円)の上限を追加した。

 外貨管理局では今回の規制の理由を「マネーロンダリング(資金洗浄)問題への対策」と説明している。銀聯カードの機能を悪用し、政府幹部らが汚職で得た人民元の資金を海外で外貨に換えたり、資産家らが人民元安の進行を見込んで海外に資金を流出させたりする動きを阻止する狙いがある。

 中国当局は、元安に加え米国の年内利上げの可能性をにらんだ資金の海外流出に神経をとがらせている

 銀聯カードは、中国や香港などの銀行が発行する預金口座とオンラインで結ぶ即時決済型のカード。取引の際に代金が口座から引き落とされるしくみで、原則として口座残高を超えない範囲で使用できる。海外では外貨の現金をそのまま引き出すこともでき、日本国内にも利用できるATM(現金自動預払機)がある。

 日本国内でも中国人観光客の利用を見込んで、大手小売店などで銀聯カードが利用できるケースが増えている。一部の店舗では銀聯カードを使うと代金を割り引くサービスで中国人観光客を呼び込んでいる。
産経ニュース2015.10.1
http://www.sankei.com/world/news/151001/wor1510010029-n1.html
 
( `ハ´ )ふところも寒いし、ついでに制裁ってことにしちゃうアル

さてここで震災後台湾が何をしてくれたのか、見てみましょう
台北駐日経済文化代表処 HPより

王金平・立法院長が北海道訪問を終え、台湾に帰国
 
台湾観光団王金平
http://www.tomamin.co.jp/2011c/c11051304.html

 5月12日から北海道を訪問している王金平・立法院長を団長とする「台湾北海道観光振興訪問団」一行は5月14日夜、札幌で答礼レセプションを開いた。日本側からは小川勝也・防衛副大臣、高橋はるみ・北海道知事、坂本真一・北海道観光振興機構会長らが出席し、約200名がつめかける盛大な会となった。

 王院長は、あいさつのなかで「この3日間の訪日で、大津波の威力を知るとともに、北海道の人々が効率よく災害復興に向けて取り組んでいるのを見ることができた。今回、北海道の海産物等が安全であることを確認した。自信を持って台湾および他の外国の人々に、北海道を安心して旅行できると言える」と強調し、北海道の観光業者らを励ました。

 さらに王院長は、5月24日から台湾と北海道の函館を結ぶチャーター便が再開されるほか、今年6月中旬よる週4便の台北―札幌線が毎日運航となり、大型のボーイング777型機が導入されることを明らかにした。

 小川・防衛副大臣は、台湾が東日本大震災発生後ただちに救援隊を派遣し、救援物資を提供してくれたことに対し感謝の意を示したほか、台湾からの来日観光客が震災前の水準に回復することが、復興に向けて頑張っている被災地に寄与することになるとの考えを示し、台湾からの観光客の来道を歓迎する姿勢を示した。

 高橋知事は、王院長が来道して北海道旅行の安全のお墨付きを与えてくれたことに感謝の意を示し、札幌でいま桜が満開であるほか、まもなく釧路の桜が咲き、6月から7月にかけてはラベンダー、秋には紅葉、冬には白銀の世界が広がると、北海道の魅力をPRした。

 王院長一行は翌15日に、小樽を訪問し、小樽運河で中松義治・小樽市長らの歓迎を受けた。そのあと同日午後に王院長一行は、新千歳国際空港から台湾へ帰国した。空港では、高原陽二・北海道副知事が王院長一行を見送り、王院長らによる北海道訪問に感謝の意を示した。
《2011年5月16日》http://www.taiwanembassy.org/JP/ct.asp?xItem=199092&ctNode=3522&mp=202

参考
【wiki】 王金平 

ひまわり学生運動からはじまって民進党大勝利で一応の帰結をみた台湾総選挙だが
蔡英文政権 ここからが本当のスタート

ひまわり学生運動を今まで取り上げず静観していたのは自分的に理由があって

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小4詐称青木大和のおかげでサヨク人脈が芋づる

10香港デモお前らのデモイケテないhttps://twitter.com/yamato3994/status/520479394570047491

組織力、戦略性、語学力・・
これを見て全米民主主義基金が関わってるんじゃないかなぁと思ったわけですが
やっぱりそうかも

中国から見た香港デモ――背後にアメリカと台湾独立派

遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士

 香港デモに関して中国政府は背後に全米民主主義基金や台湾独立派があると見ている。たしかに11月29日に台湾で行われた統一地方選挙には多大な影響を与えた。香港デモが消えそうな今、中国は勝利者なのか? 

 12月2日、北京政府寄りの台湾国民党の馬英九が惨敗により党主席の座を辞任する意向を示し、中台統一は遠のくばかりだ。

◆全米民主主義基金とは
 少なからぬ読者の方は、すでに全米民主主義基金のことをご存じだとは思うが、念のため簡単にご説明しよう。この基金はレーガン政権時代(1981年~89年)の83年に他国の民主化を支援するために設立されたもので、英語ではNational Endowment for Democracy(NED)と称する。中国では米国国家民主基金会と訳されているが、ここでは日本流に全米民主主義基金あるいはNEDと称することにする。

 NEDの資金源は主としてアメリカの国家予算、特に国務省のアメリカ国際開発局から受けている。もともと対外諜報活動を行うCIA(Central Intelligence Agency、中央情報局)が秘密裏に行ってきた業務の一部を公然と行うために設立されたものだ。「思想と価値観」を「輸出」するため、同時に資金援助をしてきた。

 中国はNEDが他国の内政に干渉し、民主化運動を支援しているとして、早くからNEDの活動を警戒してきた。それだけ中国が「民主的ではない」からだろう。

 今般の香港デモの「占領中環」(オキュパイ・セントラル)(香港の中心地を占領する)方針を提唱したのは、香港大学法律学系の戴耀廷(たい・ようてい)副教授、香港中文大学社会学系の陳健民副教授およびキリスト教牧師・朱耀明などである。

 このうち、香港中文大学の「香港米国センター」は香港にある8大学を横につなぐ大学連盟機構を形成している。今年3月15日と16日、このセンターは人材特訓を行い、「占領中環」の中心となる若者を養成したという。

 1989年6月4日の天安門事件以来、NEDは共産圏の労働者階級ではなく若者にターゲットを絞って養成するようになり、大学などにあるアメリカ研究センターに資金を援助し、もっぱら若者の養成に主眼を置いているようだ。

 香港デモのリーダーとして若者を牽引したのが18歳になったばかりの黄之鋒。彼は頻繁に香港のアメリカ領事館に出入りしていただけでなく、「カトリック教平和委員会」を通して、活動資金として予め10万米ドルを2012年11月にNEDから受け取ったと、9月26日付の「環球時報」などが書いている。環球時報は中国共産党の機関紙「人民日報」系列の新聞である。

 環球時報は、NEDは今年3月になると黄之鋒にさらに160万米ドルを渡しており、もし占領中環デモにより当局から監視されるようなことになれば、必ずアメリカに留学させ、その資金の全額をNEDが負担すると黄之鋒に約束しているのだと、報道している。

 また、5月8日にはアメリカのダニエル・ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が香港に行き、これら「占領中環」派たちと接触したという。

 つまり今般の香港デモの背後にはNEDがあり、そのNEDのバックにあるのはアメリカ国務省なので、「アメリカの二面性」を中国は強く非難している。NEDから香港の「占領中環」派に送られた支援金額は、中国メディアによれば4億香港ドル(約61億2千万円)親中系香港メディアによれば3400万香港ドル(約5億2千万円)だと報道されている。

◆デモの背後には台湾独立派と連携する黎智英が――中国メディア
 人民日報も、また中国政府の通信社である新華社通信も、デモの背後には、NED以外に、「台傳媒」(台湾メディア)の総裁である黎智英(れい・ちえい)がいたと報道している。

 1948年に中国大陸の広東省で生まれた黎智英は、1960年、12歳のときに香港へ渡った。現在の中国(中華人民共和国)が1949年に誕生すると、父親は香港に逃げてしまい、母親は思想が悪いとして労働改造所にぶちこまれたので、まだ幼かった黎智英は、姉妹の生活の面倒を見るため、港で荷物を運搬する苦力(クーリー)(肉体労働者)の仕事をした。そのとき香港から来た旅客が賃金の代わりにチョコレートをくれた。そのあまりの美味に驚き、香港はきっと夢のような世界にちがいないと思い、澳門(マカオ)から泳いで香港に辿り着いた。

 やがて定職に就いたが、会社の厳しい過失処分に懲りて自分でファッション店を創業し、1989年に天安門事件が起きると、胸に抗議の言葉を書いたTシャツ20万枚を、天安門事件抗議デモに参加する香港の若者たちに配った。このことから政治家と接触するようになり、民主党の元老、李柱銘らと知り合う。

 1990年に『台週刊』という台湾情報を伝える週刊誌を創刊し、95年には「リンゴ日報」(Apple Daily)を創刊。2003年になると台湾でも「台湾リンゴ日報」を創刊するなどして、2010年には「中華民国」の国籍を取得した。

 人民日報や新華社は、黎智英が台湾民進党の前主席である施明徳と陰謀して、「占領中環」を推し進めたと断罪している。

 香港が乱れれば、先月末(11月29日)に台湾で行われた統一地方選挙に影響を及ぼし、国民党のように中国大陸と仲良くして「一国二制度」などを遂行されたら悲劇だと台湾国民に印象付ける。それによって国民党が大敗するように持って行くというのが、黎智英と民進党の狙いだというのである。

 それは一理あるかもしれない。

 事実、前回のコラムに書いたように北京寄りの国民党が惨敗し、台湾独立を唱える民進党が圧勝した。

 しかし、12月1日、黎智英は学生たちが主導権を握るべきだとしてデモから抜けることを宣言した。また、香港大学の戴耀廷副教授ら「占領中環」を呼び掛けた理論派団体も、12月2日には離脱を宣言し、学生たちにも撤退を呼び掛けている。

 いま現在、残っているのは大学生団体「香港専上学生聯会(学聯)」と高校生団体「学民思潮」だけだ。

 NEDが背後にいたのかどうかは別としても、筆者の目から見れば「占領中環」という戦術が良くない。

 もっと別の意思表示の方法があったはずだ。市民の共感を得られるような方法であったならば、中国中央の圧力があったとしても、反デモ署名を今ほどまで集めることは困難だっただろう。

 もし背後にNEDがいて、アメリカが手を引いたのだとすれば、それはアメリカ国内における警察と黒人差別に関するデモがアメリカ全土に広がっており、香港どころではなくなってきたという事情があるからかもしれない。

 そしてもし、黎智英の背後に台湾の民進党があったのだとすれば、その目的は十分に果たされたと言えるのだろう。

 いずれにしても、こうなったら当局の思う壺だ。

 警察が強硬措置を取っても、もはや市民からの抗議はないと、当局は読んでいるにちがいない。

 だからといって、これを中国中央の勝利と言っていいだろうか?

 2日に、台湾の国民党党首である馬英九が、統一地方選挙惨敗の責任を取って党主席の座を辞任する意向を表明した。これにより、中国共産党と台湾の国民党の党首同士としての会談の可能性はなくなり、中国が改革開放以来描いてきた中台統一へのロードマップは断ち切れてしまった。
(結局会談は実現したが任期終了間近での会談に意味があったのかどうか)

 香港への高圧的な姿勢と民主への弾圧は、思いもかけない形で中国中央に跳ね返ってきている。

 チャイナ・マネーがどんなに強くとも、最後に生き残るのは「金」ではなく、「人間の尊厳」と「自由と民主」でなければならない。
YAHOO!ニュース2014.12.3
http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20141203-00041165/


環球時報がソースってどこまで信じていいかわからないながらも
それをにおわせる動きではあったんですね
民進党が左派であること
アムネスティ台湾代表がいることなど考えてもどうもそれくさいと自分も思う

全米民主主義基金の関与があったとしても、台湾が一つの民主国家であることは台湾にとってもいいことだと思うので支持するが
アメリカが手突っ込んで関与するのが良い結果をもたらすとは限らないし

現にアラブの春は良い結果をもたらしたとは言えないと思うし

日本においては・・・
→ 陰謀論じゃない。ウクライナで起こったこと。 
非常に警戒すべきことじゃないかと思える

おめでとう!良かったね!と思う一方
冷たい予感で我にかえってしまう・・ 

それでも

民進党副総裁陳健仁東日本大震災支援
民進党副総裁陳健仁東日本大震災支援2
【youtube】【台湾CH Vol.116】総統選挙―民進党勝利の意義と今後の日台関係[桜H28/1/22]

日本頼むよ!とサイン送られたからにはそれに応えたいよね

追記2016.1.27
 
【youtube】【宮崎正弘】台湾総統選レポート[桜H28/1/18] 

6:32~
渡邊哲也氏「民進党のプロモーションって従来のプロモーションと全く違うんですよね。あの、日本の政権交代選挙でもありましたけど、明らかに欧米型のコンサルティング会社、PR会社が入ってるんじゃないかと思われるフシが様々見えたということですね。」

7:30~
宮崎正弘氏「各社号外出しましたけどね、一番突飛なのは、ほら見て下さい。リンゴ日報。この大きさでカラーですよ」
台湾総選挙リンゴ日報蔡英文 

うん。やっぱり話は一致してるように思えるね。 

台湾総選挙の際中国が何かやらかすのではないかと思っていたが
尖閣周辺で「武装」中国船が領海侵犯
大変静かだった理由その2を発見
(理由その1→「台湾独立」とは言えない台湾


【youtube】1/3【討論!】台湾W選挙の結果とアジアの未来[桜H28/1/23]

21:05~
福島香織氏「蔡英文さんの勝利演説、素晴らしかったですね。で、私まぁここまで言うかと思ったのは、一番ハイライトのフレーズっていうのが、今日の選挙結果は台湾の民意のあらわれであり、中華民国は一つの民主国家であり2300万の台湾人が共に堅持すべきものであります。私達の民主制度、国家のアイデンティティ、国際環境は必ずや十分に尊重されるべきものであり、これに対するいかなる攻撃も両岸関係の安定を破壊するものと認識します。ここまで言い切ったんですね。これ見出しに取りますよね、普通なら。中華民国は一つの民主国家です。これ完全に92コンセンサス(→【wiki】九二共識を否定してるんですよね。

で、これははっきり言って民意です。誰も中国と台湾が一つの国だなんて思ってる人はいません。今の台湾人は。国民党もそうです。国民党は国民党の党是に入っちゃってるから言ってるだけだけども、全然状況が違うことも、政治システムが違うことも、分かってるわけで、国民党内であってもちょっとおかしいのはみんな分かってて、特に台湾の新世代、ひまわり学生運動起した人達ってのはこれを一番よく分かってるんですね。

だから私もリンフェイフォン(→【wiki】林飛帆)って台湾リーダーも取材しましたし、今度時代力量ってひまわり運動から出ている政党ですけども、そこですーごい若者に人気のあるフレディ・リムさん(→【wiki】フレディ・リム)にも取材しました。デスメタルのね。日本でもすごい大好きな人いっぱいいて、私の友達もね、フレディに会って来てってみんな言うんで、分かった会って来るよ~みたいな感じで会って来たんですけども、彼らの言葉を聞くと、独立とか統一とか古い。なぜなら、今台湾は民主国家だから、っていう認識なんですよ。僕は生まれてからずっと、つまり2008年くらいが小学校低学年くらいで、ものを考えられる頃からずっと台湾は民主国家だったのに、いきなり何か民主国家じゃないみたいな雰囲気になって、どうしたことか、っていう戸惑いがひまわり学生運動になったんですよね。その運動を通して勝利して、我是台湾人(=私は台湾人:筆者)とか言ってスローガン出てましたけど、普通語で出てましたけど、要するに私達は台湾人だっていうところに今辿り着いて、それを察知した民進党の運動が勝利した。

実は国民党の人もそう思ってるんです。国民党員も。青の人もほとんど。ただ馬英九が違うと。だからこの選挙の後で国民党がどうなるか。分裂しちゃうのか、あるいは、フェニックスみたいに一端滅亡してから甦るのか分からないですけども、急におかしいよと。だけど勝利宣言でここまで言ったんだけど、中国はあんまり怒ってないというか、激しい反応はしてないんですよね。で、中国は何を考えてるのかというと、とりあえず蔡英文のことは様子見。さっき経済の話出ましたけども、実際経済運営してたら米とか柴・・燃料とか高いってことが分かるはずだって環球時報が書いてましたけれども、要するに実際国の運営してみたら口で言うようにね、中国のこと突っぱねることは出来ないと。絶対蔡英文は妥協するって思ってるんですよ。だからギリギリギリギリ4年間絶対いじめられると思うんですよね。で、実際妥協するかどうか我々はドキドキしながら見ている。

この勝利宣言で、みんなの民意だと。中華民国は一つの民主国家です、と蔡英文言い切ったけれども、これが4年の間に、次の選挙の前にひょっとするとね、妥協しちゃって一つの中国って言い出すことがあるんじゃないかと。私民進党支持者にそんなことあったらどうしますって中国の圧力に屈してと、そんなことになったら有権者への裏切りだから民進党政権は壊れるというようなことは言ってましたけど、結局中国はものすごく自信を持ってます。環球時報ってのは人民日報のタブロイド判でね、民衆にアピールするような新聞なんですけどそこでね、要するにアメリカの軍隊は台湾を守り切れるほど強くないと。で、経済は台湾は中国の経済から離れたら窒息すると。中国の経済にすり寄れば繁栄すると。はっきり言って我々が外交的経済的手段をこうじたら台湾なんか一たまりもないって。こう言ってるんですよね。だから必ず4年の間に蔡英文は屈すると。妥協すると。ここまで挑戦状突き付けられたら本当にいばらの道だなぁと。客家のお金持ちのお嬢さんで何不自由なく暮らせる身分なのにこんな辛い仕事を選んで大変だなぁって思いますけども、なので私は、日本の国がどういう風に台湾に接するかってのはすごく大きなポイントだと思います。

日本にとっても台湾が一つの民主国家であるという国家アイデンティティを持つっていうのはすごく重要なことなんですね。これがこれからの10年20年の東アジア情勢の一番のポイントになると思います。要になると思います。そういう意味では2016年が歴史的選挙だとおっしゃった意味がよく分かると思います。だから私は2014年のひまわり学運が起こったのがはじまりだったと思っているので2016年のこの選挙が一つの到達点だけど、実はこっからが真のはじまりで、蔡英文政権を4年間もたせるか、もたせないか、あるいは台湾の民主国家アイデンティティを維持させるかさせないか、っていうことがこの東アジア情勢の、日本の尖閣問題とかも含めて大きく左右されるということですね。

蔡英文さんね、記者会見の時に英語の通訳がつくんですね。国際記者の前で。通訳の英語の部分だけ、国際社会、って言ってる時に、日本とアメリカ、その他の国々を含む国際社会って英語では言ってるんですよね。これは中国語では言えないんだけど、頼むよ!っていうサインなので受け止めて欲しいですよね。」


中国が存外に静かだったのは
わざわざ砲艦持ち出さなくても取り込み済みだよっていうことでは・・余計悪いやんけ・・
と自分も思っていた
中共には強気一択しか選択肢がないからそう言わざるを得ないんだろうが

(力によってとって代わられるシステムって嫌よね。ひたすら強気一択。虚勢張って常に等身大よりいかに大きく見せるかっていう。謙遜は美徳ではなくて弱い。優しいは弱い。付け込まれるスキ)

蔡英文さんはLGBT推進派
→http://blogos.com/article/155888/
フレディ・リムさんはアムネスティ・インターナショナル台湾代表
民進党はリベラル政党なんですよね

音楽は素晴らしいし自分も好きなんだけど
政治となるとどうなんだろう・・と不安にはなるよね
日本の自称リベラルは見習わないで(失礼)、地に足つけて頑張って欲しい・・


【youtube】CHTHONIC - Broken Jade Official Video | 閃靈 [ 玉碎 ] MV (英語版) |

台湾総選挙で中国が何かしでかすか?と思っていたのが随分静かだったので
尖閣周辺で「武装」中国船が領海侵犯
どこかに何か書いてないかなと思ってウロウロ記事見て回ったけどよく分からない。

ぼんやり動画見てたらようやくそれらしいことに触れている個所発見

【youtube】【台湾CH Vol.116】総統選挙―民進党勝利の意義と今後の日台関係[桜H28/1/22]

31:51~
永山英樹氏「実際中国はですね、蔡英文さんに怒れないですね。なぜならば蔡英文さんは今回圧倒的な勝利をおさめました。台湾の民衆は台湾独立を支持してるんだ、ということが中国に伝わってしまうと、習近平さんのこれまでの対台湾工作が失敗したということになって、政敵からですね、競争相手から足引っ張られかねないことになってしまう。今回中国側の御用メディアの論評見ても分かるんですが、今回の民進党の勝利は中国の問題じゃなくて台湾国内の問題、馬英九がね、政治失敗したから、有権者民進党に票入れちゃったんだと。不景気だから、経済不振だから向こうに入れちゃっただけなんだと。そういったことで中国の台湾工作が失敗したんじゃありませんというようなことを強調してるわけなんですね。

国務院の台湾事務弁公室のコメント見ても分かるように一言も蔡英文とも書いてない、民進党とも書いてないわけですね。書いちゃったら敵に回すことになって、これから仲良くできなくなる。中国共産党は実は民進党とも仲良くしたいんです。仲良くしなかったら平和統一出来ないでしょ。台湾人と仲良くして交流を通じてどんどん篭絡していくのが、中国の戦わずして勝つ戦法ですから。だから民進党敵にしたくない、というのもあるわけですね。

(日中友好協会会長が「友好」と言いつつ色々工作していたのも同じですね
抗日記念館・名誉議長のいとこ=日中友好協会会長 )

確かにね、我々の立場は一貫していると言うけれども、こういう分析があるんですね。これは中国国内向け、中国の強硬派、タカ派向けのメッセージだということですね。それから、中共は一つの中国を認める政党と交流しながら、中華民族の偉大な復興を遂げていきたい。こう言ってます。どういうことかと言うと、中華民族の偉大な復興というのはですね、台湾を併呑するという意味なんです。そうやって中華民族の偉大な復興は遂げられるんですよと。台湾を回収することで大清帝国の偉大な版図は回復できるし、あるいは、台湾という戦略的な要所を取ってアジアに覇権を打ち立てるということでですね、これは台湾統一を意味してるんですね。

ところが今一つの中国を支持する政党は30何議席しかなくなっちゃってるわけなんで、そういう意味で今回の民進党の勝利というのはですね、中国統一、中国拡張の夢をとりあえず挫折させたという意味で、アジアの安全保障からみればとても意義のあることだったというわけですね。」

36:45~
永山英樹氏「アメリカ政府はですね、前の民進党政権、陳水扁さんの時はですね、色々と、国連加盟の動きを見せたりして、中国を怒らせ、緊張を高め、アメリカから嫌われてしまったわけですね。ところが今回蔡英文さんはそういった経験を踏まえてですね、今回自重しますよと。中国を刺激しないようにやりますよと。そういったメッセージを何度も何度も送り、先程の当選後のコメント見てもですね、中華民国の憲法体制守りますって言ってるでしょ。昔のね、陳水扁さんの時代だったら台湾と中国は別々の国ってはっきり言ってるんだけども、そういうことも言えなくなっている。このように自重したわけなんですね。だからアメリカも安心して陳水扁政権と交流していきましょうっていう動きになっている。日本政府もおそらく同じだと思うんですけども。ただ、これで良かった良かったというのは間違いだと思うんですね。

日本のメディアも今回中国に刺激を与えないようにしたと。そういった蔡英文さんを評価してますけども、ただ、それで、評価するのは結構なんですけどね、忘れてはならないのは、今回台湾は自重することで、抑えることによってですね、自らの自決権、台湾の将来どうするかっていう権利を自ら規制を加えてるんです。例えばですよ、台湾は国連加盟した方がいいんですよ。国際社会の一員になりたいんですから。ところが、国連加盟と言うと中国怒る。怒るからアメリカは言うなって言う。蔡さんはアメリカの支持が必要だから言わないわけですよ。こういった不条理があるのか、っていうわけですね。例えば台湾独立、台湾独立、って蔡さんのことみんな言うわけですけれど、実際台湾独立って中国からの独立じゃなくて中華民国体制からの脱却という意味なんです。中華民国憲法やめて新しい憲法作ろう。CHINAやめよう、というわけですね。そしたら中国は怒る。だからアメリカそれを許さない。蔡さんもそれを言えないわけなんですね。

つまり、アメリカの、あるいは中国の圧力を受けてこのように台湾は、小さな国台湾は自分達の自決権を放棄するとは言わないけども、規制を加えちゃってるわけなんです。こういったことを国際社会は忘れていいのか。ただ台湾は中国と仲良くやってくれればいいんだ、そういって無責任な考え方目立ちますけども、一体どこがですね、台湾の自由を守れと言ってくれてるのかということですね。まぁそういった言論はないわけじゃないんですけどね。ただ多くは忘れてますよね。

台湾は中国の植民地でもアメリカの植民地でもないわけなんですからね、ま、日本はね、台湾を国と認めてなくても国は国ですしね。少なくとも中国の一部じゃないんですから。本当に台湾の人達と同じ気持ちで応援していきたいですね。」
(夜郎自大国二つの間で汲々とする日本に驚くほどソックリ)


「台湾独立」活動、断固として反対…中国が談話

【北京=中川孝之】中国国営新華社通信によると、中国の国務院台湾事務弁公室は16日深夜、台湾総統選の結果を受けて談話を発表。

 「我々の対台湾政策は一貫して明確で、選挙結果で変化はしない。これからも『1992年合意』を堅持し、いかなる形式の『台湾独立』分裂活動にも断固として反対する」と、名指しは避けながらも、当選した蔡英文(ツァイインウェン)氏をけん制した。
読売ONLINE2016.1.17
http://www.yomiuri.co.jp/world/20160117-OYT1T50013.html 


余談
「俺の主席がこんなに萌えるわけがない!」台湾次期総統候補・蔡英文氏が艦これのあのキャラに激似!
http://togetter.com/li/909990 
 
【youtube】 3D小英幕後製作花絮 
とってもかわいい蔡英文たんw


【youtube】亮點(萌版)台灣總統大選候選人蔡英文選舉歌 [輝き(萌えver)台湾総統選立候補蔡英文(英ちゃん)選 
いい曲ですね

そしてどっかの国が秋葉原を目の敵にするのも分かるような気がしたのであった 

【台北から見る中国軍事情勢】
両岸「安定」の背後で 中国人民解放軍、台湾の総統府など模した施設造営 軍事訓練の目標に
台湾総督府
(朝鮮総督府は取り壊されたが台湾総督府はこうして残っていると)

 中国の人民解放軍が7月、台湾の総統府やその周辺を“再現”した建物を使用して演習を行っていたことが判明し、台湾内部に波紋が広がった。最も中国は武力による台湾統一の可能性を放棄しておらず、特殊部隊による台湾の主要部制圧の選択肢は以前から指摘されていた。今回の演習はその一端を示したに過ぎない。中国軍は総統府にとどまらず、空軍基地など台湾の重要施設を再現し、着々と侵攻準備を進めている。(台北 田中靖人)

 今回、問題となったのは北部、内モンゴル自治区の「朱日和戦術訓練基地」。台湾メディアによると、総統府だけでなく、総統府前広場や目の前の大通り、近くにある外交部(外務省に相当)の建物など、周辺1ブロックほどの区画が再現されていることが、グーグルマップで確認できる。

 実際の総統府周辺には中央行政機構が集中しており、上空の飛行が禁止されるなど「博愛警備管制区(博愛特区)」と呼ばれる軍事管制区域に指定。対テロ任務も持つ憲兵隊が警備を担当している。博愛特区は、台湾海峡に流れ込む淡水河に近い。台湾の国防部(国防省)は、淡水河の河口を想定した上陸作戦は、中国軍の年度訓練の科目の一つになっていると説明している。また、台北市北部には、中台直行便が離着陸する松山空港もある。特殊部隊による総統府周辺への侵攻は、台湾の国防部にとっても恐らく「想定内」の事態だろう。

 一方、演習が行われた北京軍区の朱日和の演習場は、7大軍区ごとにある師団規模の実動演習が可能な合同戦術訓練基地の一つ。面積1000平方キロ以上で「アジア最大の軍事訓練基地」(蘋果日報)とされる。山地・平地から、小さな村や住宅街、鉄道の駅、パリのエッフェル塔に似た鉄塔までさまざまな建築物があり、都市戦を含む各種演習に用いられているという。

 朱日和以外にも、台湾の基地などを模倣した施設の存在は知られている。中国北西部・甘粛省の鼎新県には、台湾中部・台中市にある台湾最大の空軍基地、清泉崗空軍基地とほぼ同じ形の施設があることが1990年代から知られている。衛星写真で直径20メートルの複数の穴が確認されており、精密誘導兵器による滑走路の破壊訓練が行われているとみられている。中国軍が滑走路の破壊能力を高めることは、有事に使用可能な滑走路が少ない日本の南西方面の防衛にとっても大きな脅威になり得る。

 このほか、中国軍は、台湾空軍が先制攻撃から戦闘機を守るため、中央山脈の岩盤をくり抜いて200機以上の格納スペースを作った東部・花蓮県の佳山空軍基地に似た施設や、戦時に総統が陸海空軍を指揮するための台北市北部の地下司令部、衝山指揮所に似た施設などを福建省に建設。中国東南部の沿岸地域では毎年、台湾を想定した水陸両用部隊による上陸演習を行っているとされる。

 朱日和での演習が台湾で問題になった7月22日、中国国防部の新聞事務局は、台湾メディアに対し、「毎年定例の軍事演習であり、いかなる特定の目標に対するものでもない」と回答した。しかし、演習施設の存在を見るだけでも、こうした弁明が「白々しい嘘」(自由時報)であることは明らかだろう。

    ◇

 2008年の馬英九政権成立以降、中台関係は安定し、軍事的な緊張は大きく低下した。中国軍の近代化の目標は今や、台湾の武力統一ではなく、南シナ海や西太平洋で米軍に対抗することだとも指摘される。だが、国共内戦は正式には終了しておらず、中国軍は、台湾にとり「最大の軍事的脅威」(国防白書)であり続けている。台湾は質・量ともに急速に拡大する中国軍にどう対峙(たいじ)しているのか。日本の安全保障上、参考にすべき点はないのか。そんな視点で、中国や台湾の軍事情勢を台北から伝える。
産経ニュース2015.8.12 
http://www.sankei.com/premium/news/150808/prm1508080036-n1.html
(韓国の街並みをそっくり再現した北朝鮮の対南工作を思い出す・・
亡命工作員の語る対南工作2

馬英九政権成立後、軍事的な緊張が低下したなら
馬英九政権が終わったら緊張するってことですかね

(|| `ハ´ )・・・  (・ω・`)あれシナーくんどうしたん?

(||`ハ´ )新年あけまして終了アル (・ω・`)え?

上海 株価急落 新制度発動で取り引き打ち切り

ことし最初の取り引きとなった4日の中国・上海の株式市場は、株価が大きく下落し、新たに導入された株価の急な変動を抑制するための制度が早くも初日に発動され、本来の取り引き終了時間を待たずに取り引きを打ち切る展開となりました。

ことし最初の取り引きとなった4日の中国・上海の株式市場は、4日に発表された中国の製造業に関する経済指標が市場の予想よりも大幅に悪化したことなどから売り注文が相次ぎ、午後に入って株価は大きく値下がりしました。
4

これを受け、4日から新たに導入された株価の急な変動を抑制する「サーキットブレーカー」と呼ばれる制度が発動され、15分間取り引きを停止しました。ところが取り引き再開後も株価は下落を続けたため、本来の取り引き終了時間の1時間半ほど前に4日の取り引きを打ち切りました。

4

この制度は、去年上海の株式市場で株価が乱高下したことから導入され、基準となる株価指数が、前日の終値と比べて1日で5%以上変動した場合には15分間、7%以上変動した場合にはその日の取り引きを停止するというものです。

4日は、この株価指数が去年の年末に比べて5%と7%をそれぞれ超えて下落し、新制度が早くも初日に発動される展開となりました。この結果、上海市場の代表的な株価指数である「総合指数」の終値は3296.26ポイントと、去年の年末より6.86%下落しました。

市場関係者は「製造業に関する経済指標の悪化などから中国経済の減速が改めて強く意識され、売り注文が相次いだ」と話しています。
NHKNewsWeb2016.1.4
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160104/k10010360591000.html
これは危険をはらんでるということでもあるわけ


【iRONNA発】
中国株暴落 経済の掟よりもメンツにこだわる習政権 上念司氏
(部分抜粋)

一党独裁のためなら…
 今回起きている暴落は、借金をして行った信用取引の解消に伴うバブル崩壊である。信用取引の残高が、ある程度減るまでは株価の下落は続くだろう。中国人民のうち、株式投資をしている人口は9千万人とも2億人とも言われている。彼らは共産党政権に対して強烈な不満を持つことはまず間違いない。

 そんなとき、共産党は何をするだろう。国民の不満をそらすために反日カードを切る可能性はないだろうか。尖閣諸島周辺でもめ事を起こして、それによって愛国心を喚起したり、「株価暴落の真犯人は日本の機関投資家だ!」といった陰謀論を吹聴したりする可能性はないだろうか。共産党の歴史をひもとけば、彼らが一党独裁を続けるためなら、殺人、拷問など朝飯前であることを忘れてはいけない。

産経ニュース2015.8.2
http://www.sankei.com/premium/news/150802/prm1508020015-n1.html

( 一一)んーきなくさい

AIIBでバスに乗り遅れたぁ~~とか言った人達は今どんな顔を・・
(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい

シナーマリオ
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1451893593/
 ( ̄д ̄)アワワワワワワ

追記2015.1.8
サーキットブレーカー制停止=株急落で「マイナス大きい」―中国

 【上海時事】上海証券取引所などは7日夜、相場が急変動した際、取引を止める「サーキットブレーカー」制度を8日から暫定的に停止すると発表した。
  昨夏の株式急落を教訓に、相場の安定を目指して今月4日から導入された同制度はかえって投資家のパニック売りを引き起こし、4日と7日の2回にわたって、取引が通常の終了時間前に打ち切られた。急落の原因の一つとみられ、見直しを求める声が高まっていた。

 中国証券監督管理委員会も7日声明を出し、同制度は「現在、マイナスの効果の方がプラスよりも大きい」と暫定停止の理由を説明した。
時事通信2016.1.8
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160108-00000002-jij-cn
(´・ω・`)ありゃ~gdgdですな 

      おでん2016
正月
みなさまあけましておめでとうございます
ぼーっとして進歩のない主ですが本年度もよろしくお願いしますm(__)m

あまりおめでたくない話題です(◞‸◟)
朝生・・は見ずにch桜の討論を見ていたところ・・・

【youtube】2/3【大晦日討論】本当のことを言おう!中国情勢[桜H27/12/31]

33:26~
石平氏「あんまり日本のメディア報道してなかったんだけど、尖閣諸島周辺、ずっとウロウロ巡視船来るでしょ。それで、12月に機関砲搭載されてる船が・・あの、僕はね、習近平政権は踏み越えてはいけない一線を越えてしまったんですわな。今までは巡視船領海侵犯は日常茶飯事。しかし機関砲堂々と搭載した巡視船来たということはある意味、解釈によっては日本は既に武力によって侵略された、と言ってもいいでしょ?」

宮崎正弘氏「クリスマスの日なんだよね。日本の新聞ほとんど書いてない。サウスチャイナ・モーニングポストなんか一面トップですよ。世界中騒いでんですよこの問題。」

southchina-morningpost 尖閣機関砲
http://www.scmp.com/news/asia/east-asia/article/1893925/japan-spots-cannon-equipment-chinese-ship-near-disputed-isles

石平氏「あのね、日本のマスメディアそれほど鈍感か!?日本の領海に機関砲が、入ったんですよ!?ということは、日本の漁船も海上保安庁も武力的脅威にさらされてるんですわな。今こそあの日本の平和主義者たちね、抗議の声上げて欲しいわ。あれほど反戦、戦争起こすな言うでしょ。機関砲日本の領海に入ったところで日本中の左翼誰か声上げたか。」

楊海英氏「平和憲法を習近平さんにプレゼントしておけば、いいんじゃないですか(笑)新年のおみやげとして平和憲法習近平にあげて、機関砲搭載の巡視船派遣しないでって、土下座すれば聞いてくれると思いますよ。」

石平氏「ここで突然中国が機関砲搭載した船出したこと、みなさんどう思いますか?僕大きいと思いますよ?」

楊海英氏「12月27日の読売新聞でしたらベタ記事扱いなんです。」

水島社長「産経はちょっと写真出したんですよね。一面トップじゃないですよ。」

楊海英氏
「他国の領域に重火器を持って入るというのは、、非常に重く受け止めるべき、なんですけど。特にこの暮れの時期なんですけど。」

38:21~
石平氏「もう既にそういう現実。機関砲搭載して日本の領海入ったとしても今の日本の政府何も反応しない。そのまま容認してしまえば後大変なことになりますよ。次は軍艦が入って来るんですよ。私ね、さっき日本のマスメディア何も反応しない、日本政府も同じですよ。この一件に関して。はっきり言って僕も安倍政権支持です。今安倍政権この件に関して鈍感です。あのぅ・・強く反応しないと、どれほど効果あるか分かりませんが、日本の主権は・・あの、機関砲に脅かされてるんですよ?」

(´・ω・`)何だって?

 中国海警局の公船、機関砲搭載か…尖閣沖
中国公船機関砲


 第11管区海上保安本部(那覇市)によると、22日午後3時現在、沖縄県石垣市の尖閣諸島・南小島沖の接続水域(領海の外側約22キロ)内を、中国海警局の公船4隻が航行している。

 うち1隻は機関砲のようなものを四つ搭載しているのが確認された。

 この船は同日午前8時20分頃に接続水域内に入った。機関砲のようなものを搭載した中国公船が接続水域で確認されたのは初めて。海上保安庁の巡視船が領海に近づかないよう呼び掛けているが、応答はないという。
YOMIURIOnline2015.12.22
http://www.yomiuri.co.jp/national/20151222-OYT1T50089.html


1隻は機関砲搭載か…中国船3隻が一時領海侵入

 第11管区海上保安本部(那覇市)によると、26日午前9時30分頃、中国海警局の公船3隻が、沖縄県石垣市の尖閣諸島・久場島沖の領海に相次いで侵入した。

 このうち1隻は、船体の前方と後方の左右計4か所に、機関砲のようなものを搭載していた。武装した可能性のある中国公船が、領海内で確認されたのは初めて。

 3隻は約1時間10分後に領海を出て、その約1時間後には接続水域(領海の外側約22キロ)からも出た。
YOMIURIOnline2015.12.26
http://www.yomiuri.co.jp/national/20151226-OYT1T50063.html


「武装」中国船が領海侵犯 尖閣周辺、ほか2隻も

 26日午前9時半すぎ、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の領海に中国海警局の船3隻が相次いで侵入した。1隻は機関砲のようなものを搭載しており、領海外側の接続水域を航行しているのが22日から確認されていた。第11管区海上保安本部(那覇)によると、武器のようなものを装備した中国船が領海に侵入するのは初めて。

 この船は海警31239で、他の2隻は海警2307と2308。中国当局の船が領海侵入するのは20日以来で、今年に入って35日目尖閣周辺での航行が確認されたのは7日連続

 海上保安庁の巡視船が領海から出るよう警告したのに対し「貴船はわが国の領海に侵入した。ただちに退去してください」と応答があった。
産経ニュース2015.12.26
http://www.sankei.com/affairs/news/151226/afr1512260010-n1.html
 
朝日 http://www.asahi.com/articles/ASHDV3JP2HDVUTIL00R.html

毎日 http://mainichi.jp/articles/20151223/k00/00m/010/017000c

各紙記事にはしてますね。

それでですね、もう一つ気になったこと

【youtube】3/3【大晦日討論】本当のことを言おう!中国情勢[桜H27/12/31]

26:24~
台湾総選挙2016

宮崎正弘氏「タイミング的にはあと2週間くらいで台湾総選挙なんですよ。今の段階で野党(民進党:筆者)が勝つことが明らかなんですけど。そうすると必ず前日に暗殺が起きるんだよね。この前もね、連戦の息子撃たれたでしょ。今回も絶対ある。あるんだけどもね、その時には非常事態宣言をして、選挙無効にすると。いうような手立てがあるんですよ。だからこれも習近平がどれほどの重圧を感じて軍事的な冒険に出るかどうかっていう見極めが必要ではありますけどね。そういうシナリオも否定できない。」
(親中派馬英九政権は終わるということですね)

この話、対談の中では他と結び付けられることはなかったんだけど

尖閣周辺に武装中国船
台湾総選挙

思っているより事態が切迫している
急に慰安婦問題合意になったことと連動してるんじゃないかな・・ 

参考
宗主国様はご不快の様子 

李登輝元総統が来日した
李登輝来日外国特派員協会
「台湾の主体性を確立する道」〜李登輝・元台湾総統が会見(講演編)
BLOGOS2015.7.23
http://blogos.com/article/124234/

自分は日中平和友好条約に伴い台湾と国交断絶したことを大変な間違いではないかと思って
(国交正常化なんて間違った言葉は使わないというプロテスト)
青嵐会のことを書こうとしていたのであるが
青嵐会

数年が経過(゚∀゚)アハハハ

・・・気を取り直していってみよう


(筆者=河内孝氏 自分が補足した部分は緑文字
(引用は抜粋)

中国ブームとインフレ
p31~33
 1971年7月15日、突然、しかも日本の頭越しにニクソン米大統領の訪中が発表された。元駐米大使の牛場信彦は、これを「日米関係、最悪の悪夢」と嘆いたが、国民感情にもまた大きな衝撃を与えた。

 アメリカにはアメリカの国益があり、それにしたがって行動する。日本とアメリカの国益がすべて合致することはあり得ない。あたりまえの理屈なのだが、このとき日本人の多くが感じたのは、ショックというより、名情しがたい怒りだった。

「(日本人の)ペリー来航以来存在し、内にこもった西洋への憤りはまことに強いものがあった。それが主としてアメリカに向けられたのは一見奇妙なことだが、理由がある」(高坂正堯『世界史の中から考える』、新潮社)。それに火がついたのだ。

 戦後史には何回か、日米安保体制化で抑圧されたナショナリズムが噴出する瞬間がある。『アメリカに裏切られた』 というニクソン・ショックへの反動は、国を挙げての日中友好へと振れた。

 田中首相の行動も素早かった。1972年7月に新首相に選出された直後、ハワイでの日米首脳会談で米側に通告すると、9月には訪中して一気に国交樹立に突き進んだ。

 この年2月にニクソンが訪中したとき、米国は両国の基本的立場を両論併記した「上海コミュニケ」の調印にとどめ、正式の国交回復までには以後7年間を費やした。相互防衛条約をむすんでいた台湾のとの関係処理に、それだけの時間が必要だったのだ。

 宮城大蔵上智大准教授は、「これをみても日本の対中接近が、いかに急激なものであったかがうかがいしれよう」(『「海洋国家」日本の戦後史』、筑摩書房)という。同時に、田中の急激なアジア政策の変更が、東南アジア、特にインドネシアの警戒感を招き、これが2年後、田中訪問の際の反日暴動につながったとの見方を示している。(→【wiki】マラリ事件

 無論、日本の対中接近は田中の個人プレーではない。「それはもちろん、長らくアメリカによって抑えられてきた対中接近の欲求が一挙に表面化したものであったが、同時に、『対中国交樹立ではアメリカを抜き返して見返してやろう』という心理があった(同前)」というのだ。

 それにしても、手のひらを反すような田中外交を憂慮する人もいた。

 財界の御意見番であり、後に日経連会長をつとめる桜田武はこの頃、外相大平正芳の側近、伊藤昌哉に「日華条約破棄は前代未聞のことだ。敗戦国民が戦勝国民との条約を一方的に破棄することなど聞いたことがない。溝に落ちた人に石を投げるな、と台湾の人々は私に話している」(伊藤昌哉 『自民党戦国史』、朝日ソノラマ)と語った。


国交断絶一周年記念の台湾訪問団
p99~101
 9月29日、青嵐会は日中国交回復の日に合わせて「中華民国国交断絶一周年大訪問団」を台北に送り込む。

 日華議員懇談会(灘尾弘吉会長)、日韓議員連盟(宇野宗佑幹事長)も参加した一行は衆参議員80人を超え、秘書や関係者を入れると百数十人にもなり、日本航空のチャーター機が仕立てられた。

 その幹事を務めた宮崎正弘は、「このときが、その勢いにおいて国内の北京派を凌駕したピークだったかもしれない」(前出、『三島由紀夫「以後」』」と記している。

 この頃、日華懇は日韓議連、そして青嵐会の助けを必要としていた。国交断絶後の日台関係で唯一残された航空路を、何としても現状に近い形で守ることが最大の目標だった。そのためには、あらゆる政治勢力を結集する必要があったからだ。

 こうして親台と親韓のベクトルが合致した。衆参80人を超える議員を背景にしたエネルギーが、この年暮れの「青嵐会を励ます会」を成功させ、翌年1月の国民集会を盛り上げ、日中航空協定の締結に反対する運動を支えていくことになる。

 訪問団(灘尾弘吉団長)を、台湾側は精一杯もてなした。10月1日には蒋経国首相が歓迎の宴を開き、翌日には蒋介石総統が一行と接見した。主要紙はどこも同行記者をつけなかったため詳報はないが、AP通信によると、蒋経国首相は歓迎晩餐会で「台湾との国交断絶は日中戦争、真珠湾攻撃と並ぶ日本の三大ミステイクだ」と述べたという。

 一行が帰国した10月4日、日華懇は総会を開いて「日台空路の現状を維持する。伝えられる中国の要求は、わが国への内政干渉であり反対する」と決議した。「伝えられる中国の要求」とは、「中華航空機の(機体に描かれた)青天白日旗は認められない、中国民航との同一の空港利用は認めない」などの主張を指している。


全国紙への意見広告
p103・104
 首相が訪ねた アジアの国で
 日本の心 日の丸が
 焼かれた その日を忘れない
 道義をなくし 思想なき
 日本をかれらは 許さない
 自由の台湾切り捨て
 共産主義の中国に
 おもねる日本を許さない
 エコノミックなアニマルと
 怒る心が 日の丸焼いた
 青嵐会こそ 日の丸を
 力の限り 守り抜く
 風のまにまに 目先をかえる
 魂忘れた 政治なら
 青嵐会は許さない

 (青嵐会意見広告より、「産経新聞」1974年1月26日)

(日中航空協定は協議が難行)

殺された警官の遺族に
p125
 激論の最中、千葉県選出の浜田(幸一)が出席者に語りかけた。
「もし、私が成田で殉職した警察官(1971年9月16日成田空港建設現場付近で起きた「三警官殺害事件」を指す=筆者注)の遺族にこう聞かれたらどうするか。--私の父、私の兄を殺した人たちを表彰までした中国が、今度はうってかわって新空港を自分だけが使うという。その一方では、日本と同じ自由主義を標榜する台湾には使わせないといい、政府がそれをそのまま認めたのはなぜなのかーーそう問われたとき、私は与党自民党の議員として、なんと説明したらいいのか? どうか教えていただきたい」

 はじめはいつになくしんみりと、だが語るうちに激した浜田の握りしめたグラスが音を立てて砕け、掌から鮮血がしたたり落ちた。

 浜田の発言を著書にとどめた石原は、「上席に並んだ幹部たちはみんな下を向いて満場寂として声がなかった」(前掲書:『国家なる幻影』)と記している。


最後の抵抗、公電漏えい事件
p128・129
 経済交渉としての日中航空協定は、まちがいなく不平等だった。中国は東京経由で念願の北米航路、アメリカ経由の中南米航路を得(た。これに対して「日本側が強く主張した北京ーイスラマバード(パキスタン)-欧州路線を北京が認めなかった」(「朝日新聞」同年4月27日)。

 官民挙げての日中友好ムードの中で、こうした冷静な分析記事はごく限られていた。

 27日の記者会見で大平外相は、「(中華航空の)青天白日旗は国旗とはみなさない。日本側当局者が『中華航空』に言及する場合は、『中華航空(台湾)』とする」と述べた。

 5月7日の衆議院本会議、15日の参議院本会議をへて、青嵐会と日華懇の抵抗で遅れに遅れた日中航空協定はようやく承認された。

 4年後、福田内閣がまとめた日中平和友好条約の国会批准で衆議院本会議に出席して反対したのは、やはり浜田(幸一)と中山(正暉)、林(大幹)、参議院で反対したのは源田実と玉置和郎の二人に過ぎなかった。


田中退陣への三段跳び
p130
 今日の日台関係はじつに順調である。日台航路は毎日、ビジネスマンと観光客でにぎわっている。30数年前に、青嵐会や日華議員懇談会が「台湾を切り捨てるな!」と絶叫して、机を蹴倒さなかったとしても、経済的利害が合致すれば良好な関係が維持できたという見方もあるだろう。

 しかし、「日台関係のために汗をかいた、苦しいとき水に落ちた犬を打たなかった」日本の議員たち、日本人がいたことを台湾の人たちは何らかの形で心に刻んでいるようだ。すくなくとも筆者の知る何人かはそう言っている。

最後にちょっとだけ救い・・


【youtube】【河内孝】検証「青嵐会」~今の政治家が失ったもの[桜H21/9/15]  

話題になっている台湾映画『KANO』
kano予告編
公式サイト→http://kano1931.com/

脚本/プロデューサー魏徳聖氏インタビュー字幕書き起こし
kano魏徳聖
【youtube】【台湾チャンネル】第76回、「KANO」の魏徳聖プロデュ―サーが語る台湾の心・台湾のAIIB参加問題・他[桜H27/4/11]
(なぜか動画埋め込みが出来ない)

22:28~
今日は本当に嬉しいです
「KANO」の日本上映は
公開期間が長く反響も良かった
そして今日もここに招かれた訳ですから
作品が評価されたということでしょう
そこで今日はもっと深い話ができるかも知れません
台湾人の内面的な話などです

ーー「海角七号」に次いで「KANO」も日本人を感動させました
ーー台湾や日本での反響をどう受け取りますか?
もともと期待はしていました
日本公開がうまく行けば
大きな注目を集められるかと
日本の皆さんに台湾史を伝え日本と台湾の間には
共通の思い出があるのが理解されると期待していました
現在 台湾と日本はそれぞれ危機に直面していますが
今後もお互い色々な形で励まし合うことができるでしょう

ーー日本時代をどう評価しますか?
好いか悪いかは断定しにくいですね
あの時代は台湾人が中心ではありませんでした
つまり二等国民だった訳です
ただ 台湾の近代化建設の過程で
日本は大きなものを与えてくれました
特に衛生やインフラ建設の面においてです
そうした事もまたこれらの映画を作った理由なのです
もう一度 歴史の好い面と悪い面を考えてみたいと思ったのです
そうしたことが理解できてはじめて
自分自身と和解できるのです
大切なのは他人とではなく
自分自身と和解すること

少しわかりにくいですが
たとえば私があなたの土地に侵入しながら
あなたに一番好い物を与えたとします
それが好い事か悪い事かは判断が難しい
ただ少なくとも現在の台湾から言えば
それもかつての歴史の一部なのです
あの時代の歴史には悲しい面があると同時に
美しい面もあったはずです

ーーたくさんの日本人が「KANO」に涙しました
ーー台日間に横たわる情感を直視することになった訳ですが、これは予想されましたか

それは予想外でした
しかし誰でも一つの物語から
得る物がそれぞれあるものです
スポーツの好きな人はスポーツの精神を吸収し
ビジネス志向の人はチームワークを学ぼうとしたかも知れません
政治 民主や歴史に関心がある人は
更に歴史や文化的な情感の融合を感じ取ったのではないでしょうか
同じ物語から角度次第で色々な思考を得られるのです
これが映画の魅力でしょう
我々はただ一つの物語を組み立てるだけで
作品の色々な効果はその後の自然な発酵を待つのです

ーー次回作が期待されていますがまた台日関連のテーマを扱いますか
次は台日とは直接関係ありません
少しは触れますが直接とは言えません
舞台は400年前のオランダ時代の台湾で
オランダと台湾へ来始めた漢人と
沿海部の原住民平埔族(へいほぞく)との物語です
当時は日本人も台湾に渡航していたので
物語に関係はしますがしかしその程度になりそうです

ーー台湾に対する思いをお聞かせ下さい
台湾は私の家です
私が育った場所であり守って行くべき場所です

ーー台湾人としての誇りは?
辛いですね
誇りはありますが 辛い 本当に辛い
自分ではわかっていてもはっきり物を言えない事が多い
はっきりと言う力に欠けているのです
多くの台湾人は独立自主の思考を持てずにいる
何のせいかと言えば・・・・
とにかくとてもやるせない
自分自身が何者であるかはっきりしないまま
他人から支持を得られますか?
自分自身を助けられない人を誰が助けてくれるのか
”天は自ら助くる者を助く”です
先ず自分を助けないと
しかし私たちはそうした面がとても弱く
いつも他人の支援を待ってしまう
または他人にすり寄ろうとしたがる
相手にすり寄れば他の人を敵に回すことになるのに
これはとてもおかしなことです
そこでいつも言うのです
「孤児も大人になれば孤児ではない」と
大きくなっても孤児のままではみじめ過ぎます
孤児も大きくなれば家庭を築かなくてはいけない
そして自分の子を孤児にしてはいけない
そうすることが今の私達の使命です
すっかり大人なのにまだ孤児と自称して
周りに援助を求めることが使命ではない

ーー自分自身で立ち上がれということですね
そうです
先ず自分が立ち上がること
他人に養ってもらおうと考えていてはだめなのです

ーー「KANO」は広い支持と同時に圧力も受けました
今後も理想を貫き圧力には屈しませんね
屈する屈しないではなく
ただやりたい事を続けるだけです
圧力などは感じません
あちら(政府)も映画を撮るなとは言っていません

ーー今後もあなたの表現方法で撮るのですね
私がやりたい事は幾つもありません
それらさえ成し遂げればそれで完了です
それ以上語るべき物語もありません
つまり自分が構想している物語を撮り終えたら
それで満足だということ
映画作りの目的は自分が語りたい話を語ること
他人に語れと言われて語ることではありません
そんなことをさせられるなら今の仕事は止めます
もっと儲かる仕事はいくらでもあるのですから

ーーあなたの台湾への貢献にはとても大きいものがあります
そのような事まで考えていません
好い題材があればそれを書いて撮る
それだけの単純な話です
映画を学んだ者としては
好い題材があれば撮らないと後悔しますから

ーーファンの皆さんに最も伝えたいメッセージは?
「海角七号」「セデックバレ」「KANO」の三作品が
伝えたいのはただ一つ
それは台湾のつまり私たち自身の
歴史や文化とは何かを
根本から正しく理解しようということ
そしてその上で それらを受け容れ 自分の体の一部にしようということです
そこでぜひ これらの作品を見てほしいのです
悲しい話もエキサイティングな話もありますが
台湾人には誇りある過去が
あったということをお分かりいただけるでしょう
過去を誇りにして未来へ向かいましょう

ーーあなたや台湾を応援する日本の皆さんにも一言
皆さんのご支持に感謝しています
私達の作品からもお分かりのように
私達はただの友人ではなく親友なのです
今後台湾を巡り何が起こるかわかりませんが
どんな時でも強く支持して下さい



とても穏やかに語る魏徳聖氏
本土の人の話す中国語と同じとは思えない(失礼)
台湾の誇りは、と問われて
「很辛苦」(とても辛い)と答えた

偶然にもこの中に「和解」という言葉があった
「歴史和解」「対話」「記憶」「謝罪と賠償」
どこかの国のお得意の言葉だが
災厄をもたらした「歴史の和解」
魏氏はそのような文脈ではなく「自分自身との和解」と言った

歴史の和解と声高に言う人達に問いたい
これほど差しのべられた手を見て見ぬふりする理由は?

在日台湾同郷会会長 岡山文章氏
kano在日台湾同郷会会長2
今後台湾人は孤立感を味わなくていいでしょう

kano在日台湾同郷会会長3
すでに友人の存在を知ったのですから

我々にはまだ友人たる資格があるだろうか・・・・



李登輝氏「尖閣は日本の領土」…中国で改めて非難の声


 中国大陸では、「尖閣諸島は日本の領土」との持論をしばしば表明する台湾の李登輝元総統に対する批判・非難が高まった。台湾当局(中華民国政府)も尖閣諸島の領有権を主張しているが、李元総統は特に中国大陸を「中華帝国覇権主義の領土観」、「美人を見れば他人の妻でも自分の妻と主張するようなもの」などと批判している。石原慎太郎都知事が都による尖閣諸島購入を表明したことで、中国では同諸島に対する関心が改めて高まった。 インターネットサービスで中国大手の騰訊(テンセント)は、自社ポータルサイト内に「李登輝はなぜ、釣魚島(尖閣諸島の中国側通称)は日本のものと言うのか」という特集ページを設け、李登輝元総統を批判・非難した。

 同ページは、李元総統を「媚日売国」と決めつけた。「釣魚島を日本に売り渡す思想的根源」と題した文章は、植民地時代の台湾に生まれ育ち、京都大学に学ぶなど、李元総統は思想形成の上で日本の影響を強く受けており、「(日本の境域を受けなかったら)今の私はおそらく、自分の命と魂の基本的な考えを救うことができなかっただろう」とも述べていると紹介した。

 李元総統が、「日本は、植民地統治した台湾の発展に貢献した」との考えを持つことを紹介。農地開発に献身した日本人や現代化のプランを策定して実行した後藤新平などを李元総統が大いに尊敬していると論じた。

 「日本の植民地になってから台湾が近代化の道を歩みはじめたのは、ある程度の事実」、「同じ植民地といっても朝鮮や中国内地とは異なり、掠奪や圧迫ではなかった」との考えを紹介し「李登輝のように台湾生まれの者にとって、植民地支配者を恨む意識が比較的薄かったりなかったりすることは不思議ではない」と論評した。

 李元総統が「釣魚島を日本に売りたいと考えている」背景には、台湾を中国から分離したいとの思いがあると主張。「釣魚島は台湾のに属し、中国のものではない」との考えが込められていると推測した。 尖閣諸島にまつわる李元総統の考えは台湾でも主流ではないと論じた上で、「90歳になる李登輝は、一部台湾人の精神的指導者だ」、「売国的言論と影響力をみくびってはならない」などと、李元総統に対する警戒を示した。 結論として、李元総統の「“釣魚島売却”は“植民地主義の洗脳”によるもの、あるいは“媚日売国”と言うことができる」と論じた。(編集担当:如月隼人)サーチナ2012.2.25
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120425-00000027-scn-cn 


「善意あれば解決できる」=尖閣問題で日本に注文-中国副主席

 【北京時事】中国の習近平国家副主席は24日、日本国際貿易促進協会会長として代表団を率いて訪中した河野洋平前衆院議長と北京の人民大会堂で会談した。代表団によると、習副主席は日中関係について「相手にとって核心的な問題は適切に処理すべきだ。善意と友好の気持ちがあれば、問題を解決できる」と述べた。

 石原慎太郎東京都知事が尖閣諸島を都で買い取る方針を示したことを念頭に置いた発言とみられる。習氏は「コントロールできないようになってはならない。双方が努力すべきだ」と述べ、問題をエスカレートさせないよう注文を付けた。

 河野氏は「野田佳彦首相が昨年末の訪中で、東シナ海を平和、協力、友好の海にすることで合意した。日本政府はこの方針を守り、努力していくだろう」と応じた。

 河野氏はまた、習氏が秋の共産党大会で総書記を引き継ぐことや、重慶市トップだった薄熙来氏の失脚を念頭に「今年は世界の主要国のリーダーが交代する。こういう時期は政治の安定が求められる。そのことが経済・社会の発展につながってほしい」と言及したが、返答はなかったという。時事ドットコム2012.4.24
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012042400911 


「尖閣購入」構想を批判=自民・加藤氏

 自民党の加藤紘一元幹事長は25日、都内で開かれた会合であいさつし、石原慎太郎東京都知事が沖縄県の尖閣諸島を都で買い取る意向を表明していることについて、「石原氏は一国の首相をビジョンに入れた大政治家だ。その方が面白い、おかしいということでやっていいテーマではない」と批判、日中関係への影響を考慮すべきだとの認識を示した。時事ドットコム2012.4.25
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012042501042  


ヘリテージ財団でのスピーチでは
占領憲法破棄、核武装を視野に入れた日本再軍備を語っている
石原氏は現在都知事という立場だから当然日本政府の意向とはならないが
これは石原ドクトリンと言ってもいいのではないだろうか
もっとも以前からずっと繰り返し語ってきたことなのだが

スピーチ終了後に司会者が「(石原都知事が尖閣に灯台を建てたことを受け)あなたが灯台なんですよ」と言っていたのが印象深かった

そして44:26あたりからが例の購入発言だがその後に
本当は国が買うべきだけど何か外務省はビクビクしてる
と言っている
マスコミはそこはなかったことにしたいらしい
尖閣購入についてbyフジ
国が買うべきだがという言葉をカットしこういう声を流している
税金云々なら中国へのODAやADBは問題ないのか(ADB:【wiki】アジア開発銀行 なぜかODAほど騒がれないが多額の資金がここから中国に渡っている)

 自らの国土を自ら守ろうとしない者のために、一体他の誰が手を添えようとするであろうか。くり返しいってきたことだが、天は自ら助くる者をのみ助くという歴史の原理を、本気で悟りなおすいい機会ではなかろうか。
石原都知事と尖閣諸島2 

日本にはその覚悟のない人々がいるようだ


 

台湾新幹線を貶めたい人々

 2006年に台湾の台北と高雄の間を結ぶ日本製の新幹線のお披露目が行われた。台湾新幹線は、もともとはフランスTGVが採用される予定だった。それで軌道敷設も列車制御や通信施設もすべてフランス人が入って進められていた。

 台湾には産経新聞の支局があるだけでその他新聞社は北京に遠慮して支局を持っていなかったが、中国が産経新聞北京支局を出すことを認めたため1999年各社はそれならと台北に支局を開いた。そしてその年に台湾大地震が起きた。

 開設したばかりの日本のマスコミが一斉にそれを報じた。そして日本政府も国民もすぐに反応して救援隊や医師団を送り民間救助物資も後を追った。「一つの中国」を言う北京より早かった。中国系外省人のくびきにひしがれた台湾の人々は久しぶりの「日本」に感激した、と李登輝氏が後に語っていた。

 日本も台湾に対する理解が進み、同時に中国の性悪さを知った。北京政府は最も悪いタイミングで産経新聞北京支局開設を認めてしまったことになる。

 その3ヶ月後、台湾政府は高速鉄道を日本の新幹線にするという逆転決定をした。これに腹を立てたのがフランスだった。契約上、フランスが運転業務と列車制御を行うことになっていたが、2006年に保線用車両が脱線事故を起こし、さらにフランス人が運転する新幹線の試験車両が脱線事故を起こした。そのため台湾新幹線の営業運転は3度の延期をする羽目になった。

 地元ではフランス人の嫌がらせの事故と語られている。過去にもそうしたサボタージュをやっているからだ。

 フランスと並んで日本と台湾との絆を不快に思っているのが中国で、その中国にかしずいているのが朝日新聞だ。だから時速300キロでの走行を報じる他紙と朝日新聞の報道内容は大きく違っていた。

 見出しは「いつ開業?台湾新幹線延期3回目、迷走続く」となり主題の300キロ走行お披露目にはほとんど触れていない。ひたすら危険であるように書く。なんとしてでも新幹線は失敗して欲しいという朝日新聞の願いがにじんでいる。日本を貶めることだけを考え、ここまで悪意をむき出しにした記事も珍しい。執筆した永持裕紀特派員はこう書くと胡錦濤に褒めてもらえるとでも思っているようだ。
『モンスター新聞が日本を滅ぼす』高山正之p64~66要約


台湾高速鉄道に 初めての黒字


 (台北 1日 中央社)日本の新幹線の車両と技術を導入し、2007年1月から運営している台湾高速鉄道は今年上半期の営業高が約20億台湾ドル(約53億2千万円)の純益を計上したことを発表し、四年あまりの運営に初めての黒字を記録した。

 高鉄の発表によると、上半期の営業高が157億9000万台湾ドルで、前年同期より約28億台湾ドルの増加、支出などを引いた後純益が19億8000万台湾ドルとなっている。

 今年1月から6月の乗客総数は延べ2002万8000人、前年同期より10.39パーセントの上昇、一日あたりの乗客数は延べ11万人を超えている。

 台北と高雄を結ぶ高鉄は、台北市の台北駅から高雄市の左営までの345キロメートルを最高時速度300キロメートルで運行し、ノンストップ便では所要時間約1時間30分である。フォーカス台湾2011.9.1
http://japan.cna.com.tw/Detail.aspx?Type=Classify&NewsID=201109010005  


台湾新幹線、日本から車輌を新規購入の予定


 (台北 20日 中央社)日本の新幹線の車両・技術を導入した台湾高速鉄道(高鉄)の取締役会が19日、日本から車輛を新規購入する案を採択した。

 高鉄は総経費66億2112万台湾ドル(約183億円)を使って従来と同様の700T型を12両編成4本(48輌)購入する予定だ。

 第1弾は来年導入され、2014年初頭に営業運転開始する見通し。車輛の引き渡し終了は遅くとも2016年までにと見込まれている。

 高鉄の利用者数はこの2年間、増えつつあり、1日平均では平日の場合は延べ12万人、休日には14万人に達している。休日ラッシュ時の運行計画が立てにくいのに加え、2015年には南港、苗栗、彰化、雲林の四駅が新設され、それに伴う深刻な車輛不足が予想されることから新車両を購入する運びとなった。フォーカス台湾2012.4.20
http://japan.cna.com.tw/Detail.aspx?Type=Classify&NewsID=201204200007 


雑音をよそに台湾は自らの道を自力で歩んでいるようだ
台湾新幹線
台湾高速鉄道2

戦後戦闘機を作れなくなった日本の技術者が意地で作りだしたのが新幹線
と石原さんは書いていた

<調査>「自分は中国人」は台湾市民のわずか4%、改定教科書が“中国離れ”加速―中国紙

 2012年2月28日、中国共産党中央委員会の機関紙・人民日報によれば、近年、中国本土と台湾の間で緊張が解け、官民での往来が活発となっている中、台湾の一般市民が「自分は中国人だ」と考えている人の割合が下降していることが意識調査で判明した。

 2011年に行われた意識調査では、自分は中国人だと考えている台湾市民はわずか4.1%。一方、自分は台湾人だと考えている人は54.2%に達し、過去最も高い割合となった。台湾大学政治学部の張亜中(ジャン・ヤージョン)教授は、様々な要因が考えられるが、教育が大きく影響しているのではないかと指摘している。

 李登輝(リー・デンフイ)、陳水扁(チェン・シュイビエン)時代に教科書の“去中国化”(中国離れ)がすすめられ、「抗戦勝利」は「終戦」、「日本が占領した」は「日本が統治した」と改められ、南京大虐殺も教科書から姿を消すなど、5000項目の語句が不適当として修正された。

 世新大学の王暁波(ワン・シャオボー)教授によれば、台湾の教科書では「中国で最大の島は海南島」、「我が国(台湾)で最も高い山は玉山(旧称:新高山)」などと記載されており、中国本土と台湾はまったく異なる国のように扱われている。また、台湾佛光大学文学部の謝大寧(シエ・ダーニン)教授は「台湾では現在、30歳以下の人は中国と台湾は別々の国だと認識している」と指摘している。(翻訳・編集/岡田)レコードチャイナ2012.2.29 


【netosoku】「たかじんのそこまで言って委員会」の南京事件検証動画が秀逸すぎる。
(追記2015.2.5 このサイト自体がなくなっていた(゚∀゚)) 
金美麗さん
「中国人と日本人は全然生命に対する考え方が違うんですよ。台湾は日本に50年も統治されたんです。日本軍が入ってきたときに戦闘があって一万人くらいの人が命を失ってるんです。ただしその後政治犯として処刑された人は一人もいない」
「日本の統治後、中国国民党軍の蒋介石が入ってきました。反政府運動が起こって2~3万人も殺したんです。たった2年足らずで。それも実際の運動に関わった人だけではなく今後台湾人のリーダーになり得るだろうインテリはみんな捕まって殺された。そういうことを中国人はやるんですよ。」 
日本人には虐殺をするような習慣も伝統もメンタリティーもないんです。そこを総合的に考えなくてはならない。」 


【youtube】4/5【台湾取材レポート】龍山寺前広場でのインタビュー・後半 
「日本のみなさんね、日本にお帰りになったら宣伝して下さい。台湾の独立に協力して下さい。」
「我々はね、日本のために戦ったんですよ。命をかけてね。」

 【wiki】高砂義勇隊 
高砂義勇隊(たかさごぎゆうたい)は太平洋戦争末期、台湾原住民により編成された日本軍の部隊。フィリピン、ニューギニアなど密林地帯の戦場に投入するために創設された。隊員は軍属であり軍人ではないが戦闘に参加し、戦死者の割合が作戦を共にした軍人よりも多かったといわれている。高砂義勇軍とも。
第三回高砂義勇隊訓練時の記念写真と思われる

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