反日はどこからくるの

反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

カテゴリ : 西早稲田2-3-18

徳留絹枝ラッセル・ロウ2
市議会で発言するラッセル・ロウ


自分が追っていたダイアン・ファインスタインの正体が明るみに出たわけだが
中国スパイだった米上院議員ダイアン・ファインスタインの補佐官
 

映画『アンブロークン』で追うことになった徳留絹枝氏の記事から
参考
【過去記事】吉松育美さん騒動8 ナンシー・ペロシと慰安婦問題 
【過去記事】日本を貶めようとする悪意3 アンジェリーナ・ジョリー『 #unbroken 』


サンフランシスコの慰安婦記念碑が設立された理由
設立に尽力した元市議会議員に話を聞く
徳留絹枝 ブログ「ユダヤ人と日本:理解と友情の架け橋のために」管理者

徳留絹枝SF慰安婦記念碑


「慰安婦:力の柱」
 高層ビルが立ち並ぶアメリカ・サンフランシスコの金融街からチャイナタウンに向けて緩やかな坂を歩いていくと、19世紀半ばに建てられたという美しい聖堂が右側に見えて来る。通りを挟んだビルの屋上にあるセント・メリーズ公園で9月22日、「慰安婦:力の柱」と名づけられた記念碑の除幕式が行われた。「性奴隷」とされた朝鮮・中国・フィリピン出身の少女が背中合わせに手を繋ぎ合った群像の下で、1991年に初めて慰安婦として名乗り出た金学順さんの像が、彼女たちを見上げている。碑文には、設立の目的が英語・韓国語・中国語・日本語・タガログ語で説明されている。

「私たちにとってもっとも恐ろしいことは、第二次世界大戦中の私たちの痛ましい歴史が忘れられてしまうことです。」 元「慰安婦」
 この記念碑は、一九三一年から一九四五年まで日本軍によって性奴隷にされ、「慰安婦」と呼ばれたアジア太平洋地域十三ヵ国にわたった何十万人の女性と少女の苦しみを表しています。その女性たちの大多数は、戦時中囚われの身のまま命を落としました。この暗い歴史は、生存者が勇敢に沈黙を破った一九九〇年代まで、何十年も隠されていました。生存者たちの証言が世界を動かした結果、戦争手段としての性暴力が人道に対する罪であり、加害国の政府が責任を負わなければならないと国際社会が宣言することとなりました。
 この記念碑は、これらの女性たちの記憶のために捧げられており、世界中での性暴力や性的人身売買を根絶するために建てられたものです。


 長年筆者が取り組んだ旧日本軍捕虜米兵の問題で支援してもらったマイク・ホンダ元下院議員も挨拶すると聞き、筆者も除幕式に参加することにした。当日は澄み渡った青空の下に数百人の人々が集まり、喜びと熱気があふれる会となった。

 ホンダ氏は、安倍首相が国際社会のリーダーになりたいのであれば、慰安婦問題を誠実に解決すべきであると訴えた。その他に元慰安婦の李容洙さん、記念碑建設を推し進めた「Comfort Women Justice Coalition (「慰安婦」正義連盟) 所属の諸団体の代表、支援したサンフランシスコ市・郡、そしてカリフォルニア州の関係者、記念碑を製作した彫刻家なども、次々に挨拶した。

徳留絹枝マイクホンダイヨンス


建設を決定した市議会決議案
 この記念碑の建設は2015年9月、それを許可する決議案をサンフランシスコ市・郡監督委員会(以下市議会)が全会一致で採択して決定された。決議案には、日本軍によって性奴隷とされた少女・女性たちの歴史ばかりでなく、日系人収容の歴史や現代における人身売買の問題も言及され、市の関連部署と地域団体が協力して記念碑を建設すること、市議会がそれを支持することが盛り込まれていた。

 決議案を提出したのは中国系アメリカ人のエリック・マー議員で、2015年9月17日、自分が議長を務める委員会で、一般市民に賛成・反対双方の意見を述べる機会を与えた。その様子は市議会のビデオアーカイブで今でも見ることができ、記念碑建設の理解に貴重な情報を提供している。

 冒頭でマー議長は、記念碑建設が、歴史的不正義への沈黙を破り日系人収容に対して謝罪や補償を求めたリドレス運動と同様に、正義と平和を取り戻し、融和と癒しをもたらすことを望むと発言した。次に元慰安婦の李容洙さんが、支援者に感謝し「私たちは犯罪を憎みますが、人間は憎みません」と語り始めた。そして彼女が強調したのは、将来の世代に歴史の教訓を伝えることの大切さだった。

 その後は、「慰安婦」正義連盟の中国系・韓国系・日系・フィリピン系アメリカ人メンバー、人権活動家、宗教関係者、日系人社会のリーダー、退役軍人などが賛成意見を、新1世と見られる多くの日本人と何人かの日系人が反対意見を述べた。

 賛成派の多くは、記念碑の必要性を説くと共に、慰安婦問題に関する日本政府の不誠実な対応を批判した。またファインスタイン上院議員の地元選挙区事務所長を20年以上務めたラス・ロー氏は、東京にある「女たちの戦争と平和資料館」を何度か訪問したことに触れ、日本側活動家との連帯を語った。彼は現在、慰安婦の歴史を若者に伝えるためにサンフランシスコ教育委員会と共に活動する団体 Education for Social Justice Foundation の役員を務めている。現代における女性の搾取とも関連づけ、慰安婦の歴史がサンフランシスコの全ての高校で教えられることが目標だという。日系人収容の違法性を法廷で争ったフレッド・コレマツ氏の娘からの賛成のメッセージも、読みあげられた。

 反対派のグループは、大きく二つに分かれていた。
(続きはログインが必要)
WEBRONZA2017.12.24
http://webronza.asahi.com/politics/articles/2017121400006.html

わざわざ貼ってあった市議会の動画4時間弱の中から見つけましたよ(約一時間くらいのところ)
http://sanfrancisco.granicus.com/MediaPlayer.php?view_id=178&clip_id=23681

徳留絹枝ラッセル・ロウ2

「韓国ソウルの日本大使館前の水曜デモに参加して慰安婦の方々に直接会う機会を得た」
「日本に行って、女たちの戦争と平和資料館の渡辺美奈と会った」

西早稲田ときれいに繋がりましたとさ。

参考
【過去記事】諸悪の根源「女たちの戦争と平和資料館」

徳留絹枝GAイグナディウスデン
一人はさんでその後の
世界抗日連合のイグナシアス・ディン氏

徳留絹枝GAイグナディウスデン性奴隷
ディン氏の出してきた資料
相変わらずの「性奴隷」表現
(どこかの新聞社はこの責任を負わねばならないのでは・・)

参考
【過去記事】世界抗日戦争史実維護連合会(Global Alliance)
【wiki】世界抗日戦争史実維護連合会

とどめ
徳留絹枝ラッセル・ロウデビットカンポス

ちなみに左のデビット・カンポス市議は
李容洙の証言がおかしいと指摘した人に「shame on you」と暴言吐いた人です


【コメント下さってる皆さまへ】 
今余裕がなくて返信できません。本当にすいませんm(__)m 
頂いたコメントには目を通しております。 

【歴史戦 第2部 慰安婦問題の原点(5)後半】
火付け、たきつけた日本人たち


 平成4年8月にソウルで開かれた「挺身隊問題アジア連帯会議」で、日本だけをたたく韓国とは違う視点を示した台湾やタイの女性に対し、「余計なことを言うな!」と怒鳴った相手が誰かを、ジャーナリストの舘雅子は記憶している。

 声の主は、日本キリスト教婦人矯風会メンバーで「売買春問題ととりくむ会」事務局長を務める高橋喜久江。明治19年に発足した矯風会の初期の主な活動の一つに公娼制度の廃止運動(廃娼運動)がある。

 高橋によると、矯風会が慰安婦問題に関わるようになったのは昭和63年のことだ。高橋が、のちに韓国の挺身隊問題対策協議会(挺対協)共同代表になる梨花女子大教授の尹(ユン)貞(ジョン)玉(オク)に出会ったことがきっかけだった。

 この年の春、高橋は韓国・済州島で尹の講演を聞き、「講演で挙げた資料に(日本の作家の)千田夏光の本がないのはなぜか」と尹に話しかけた。帰国後、「従軍慰安婦」という造語を広めた千田の著書を尹に送り、連携を強めていった。高橋は日本国内での慰安婦問題の拡大、過熱について「挺対協がのろしをあげてくれた」と評価した上で、こう自負する。

 「私も火付け役をした」

 高橋は平成2年6月6日の参院予算委員会での議事録を尹に送った。それは、社会党参院議員の本岡昭次の質問に、労働省職業安定局長が「(慰安婦の)実態について調査して結果を出すことはできかねる」と答えた部分だった。

 この答弁について、現在、挺対協常任代表を務める尹(ユン)美(ミ)香(ヒャン)は今月20日、日本人記者団にこう評価した。

 「韓国世論が(慰安婦問題に)関心もなく、被害者自体も(名乗り)出ていなかった中で、世論(の共感)が盛り上がる大きなきっかけは、本岡の国会質問に対する日本政府の答弁だった」

 日教組傘下の兵庫県教組委員長出身の本岡は、元年から兵庫県における「朝鮮人強制連行」の実態調査を開始した。その過程で慰安婦問題にも着目し、3年12月に神戸市内で韓国人元慰安婦の金学順と面会した。その時のことを、本岡はこう振り返る。

 「『国会議員でしょ。本来ならあなた方が解決しなきゃいかんことじゃないですか』とやられた。『そこまで言われたら、国会議員としてやれるだけのことはやってみせます』とたんかをきったんですよ」

 本岡は以後、慰安婦問題に本格的に取り組む。13年8月に参院副議長に就任するまでの間、慰安婦と日本政府の法的責任をめぐる国会質問は20回以上にのぼった。

 「日本で問題にならないなら、ジュネーブの国連委員会に議論を持ち込もう」

 こう考えた本岡が白羽の矢を立てたのが、英語に堪能で、国連に人脈を持つ弁護士、戸塚悦朗だった。

 戸塚は4年2月、ジュネーブの国連人権委員会に対し、慰安婦問題を取り上げるよう求め、初めて慰安婦は「性の奴隷」だと主張した。「龍谷法学第45巻第2号」の中で、戸塚は「この問題を国連に報告すべき時期が到来したと判断した」と説明している。

 別の雑誌では「性奴隷」という言葉を用いた理由について、こう記している。

 「『従軍慰安婦』問題に関する国際法上の検討がなされていなかったため、これを法的にどのように評価するか新たに検討せざるをえなかった。結局、日本帝国軍の『性奴隷』(sex slaves)と規定した。直感的な評価だった」

 戸塚は、7年までに少なくとも15回以上欧米などに渡航し、国連などで活発なロビー活動を展開した。その結果、8(1996)年2月、国連人権委は、慰安婦を性奴隷と認定した「クマラスワミ報告」を採択するに至る。それが2007年7月の米下院慰安婦決議などにもつながった。

 戸塚を運動に巻き込んだ本岡だが、慰安婦を性奴隷と規定することには違和感を抱き、「戸塚と言い争った」と語る。

 本岡は「国の責任で法律をつくって『慰安婦』問題を解決すべきだ」との立場だ。とはいえ、「20万人強制連行説」や「性奴隷説」が慰安婦像や碑文とともに世界で流布されている現状に対しては不満がある。

 「納得がいかない。そういうことが独り歩きするのは嫌だし、問題の解決に役立つとは思わない」
 産経新聞は戸塚に複数回にわたって取材を申し込んだが、「(私の)論文を読んでいただきたい」として応じなかった。
(敬称略、第2部おわり)
     ◇
 この企画は有元隆志、阿比留瑠比、大竹直樹、是永桂一、櫻井紀雄、田北真樹子、田中靖人、原川貴郎、ソウル・加藤達也が担当しました。
産経ニュース2014.5.25
http://www.sankei.com/politics/news/140525/plt1405250012-n1.html


表現規制問題を追ってる人にはおなじみであろう
日本キリスト教婦人矯風会が
慰安婦問題に関わってきたという記事
たまたま見かけたので保存。

参考
クリスチャン・トゥデイ
『矯風会元会長の高橋喜久江さん、北星学園大学の決定を評価』2015.1.7
http://www.christiantoday.co.jp/articles/14997/20150107/takahashi-kikue-hokusei-gakuen-university.htm

【過去記事】キリスト矯風会とECPATと従軍慰安婦 
【過去記事】生協と日本ユニセフ協会


【コメント下さってる皆さまへ】
今余裕がなくて返信できません。本当にすいませんm(__)m
頂いたコメントには目を通しております。

詳しく書いてるヒマがないので簡単に述べる。

伊藤詩織さんの著書『Black Box』
山口敬之氏の反論・月刊Hanada記事『私を訴えた伊藤詩織さんへ』
双方を読んだ。

伊藤詩織さんの主張は「デートレイプドラッグ」を盛られて強姦された。
しかし薬物使用の証拠は示せなかった。
被害の筋書きの根本が崩れた。
日本の司法は疑わしきは罰せず。


伊藤詩織さんの著書の中で
「人一人を罪に問うのはそれほど重いことなのですよ」と言われて伊藤氏が憮然とする場面がある。
自分の主張は通って当然とでも思っているかのようだ。
これが自分には不思議でならない。
ジャーナリスト志望で実際に仕事もしているのに、
伝わらない悔しさ、伝えることの難しさを感じたことがないのだろうか。


また、伊藤氏当人がどう思っているのかは知らないが、
ある目的を持って伊藤氏を担ぎ出している人達がいるので一層胡散臭い。
これでは政治的に色がついていると見なされても仕方ない。



山口敬之氏の反論の中には有田芳生議員、井出庸生議員、柚木道義議員の名前も挙げられていた。
旧民主党議員には津田弥太郎元議員のことを頬かむりしといて女性問題に言及する資格なんかないんだよ。

伊藤詩織FCCJ安倍
ここから安倍首相につなげるのは高難易度アクロバットだぜ。


追記2017.10.31
いやいや分かりやすすぎるでしょコレ。


追記2017.11.5
【wiki】シェラトン都ホテル東京
伊藤詩織シェラトン都ホテル
意識のない女性を引きずって部屋まで行ったという件のホテルだけど
・・まぁあえてコメントするまい。




【コメント下さってる皆さまへ】
今余裕がなくて返信できません。本当にすいませんm(__)m
頂いたコメントには目を通しております。

このようなツイートをしたところ

なぜ日本ユニセフ協会と生協が同じ住所なのか?と聞かれてそういえばなぜだろう
と思って調べてみたらあっさり分かりました

ちなみに同じ住所なのを知ったのは小野寺まさる氏のツイートから
→ 小野寺まさる北海道議日本ユニセフ協会に関するツイート 

追記2017.2.12
これで「日本ユニセフ協会は東日本大震災時、物資は殆ど生協から買い、また仕入単価も異常に高い」ことの説明もつく

生協の日本ユニセフ支援活動30年の取り組み
(抜粋)

生協日本ユニセフ協会1

生協が初めてユニセフ支援に取り組んだのが「バケツ一杯の水を送ろう」の運動でした。 あれから 30 年が経ちました。きっかけとなったのは 1979 年の国際児童年、ユニセフから協 同組合の国際機関である ICA(国際協同組合同盟)へのアピールでした。
生協日本ユニセフ協会2

子どもの権利条約と賀川豊彦
ユニセフの活動の基盤となる「子どもの権利条約」(児童の権利に関する条約)が採択され てから、今年の 11 月 20 日で 20 年目を迎えました。日本で「子どもの基本的人権」という考 えを早くから明らかにしたのが日本生協連初代会長・賀川豊彦(1888ー1960)です。

http://jccu.coop/activity/future/pdf/announce_100325_01_01.pdf

(´・ω・`)え、賀川豊彦ですか・・

賀川豊彦物語
生協日本ユニセフ協会賀川豊彦
(抜粋)

19歳のとき、伝道中の愛知県で発熱、喀血して結核に倒れてしまいました。何日も高熱が続き生死の境をさまよいながらも、豊橋教会の長尾牧師の献身的な看護で命をとりとめました。このことは、その後の人生に影響を与える大きなできごとでした。

1941年(昭和16年)、日本基督教団の「キリスト教平和使節団」の一員として渡米。しかしアメリカ人の対日感情は、戦争の影響を受け、極めて悪化の途をたどっていました。帰国し、戦争防止のために祈とう会を行いましたが、願いは届かず日本は真珠湾を攻撃。ついに太平洋戦争に突入してしまいました。

戦後間もない1945年(昭和20年)9月、豊彦が中心となり国際平和協会を設立。この運動は、世界連邦運動にまで進展し、1952年(昭和27年)には広島市で世界連邦アジア会議が開催され、豊彦は議長を務めました。その後も「神の望むすばらしい世界」を願って活動を続けていた1955年(昭和30年)、ノーベル平和賞の候補に。さらに、1958年(昭和33年)の第1回ICAアジア大会に、灘生協の田中組合長とともに日本代表として参加。生協活動への情熱は、晩年まで衰えることがありませんでした。

http://www.kobe.coop.or.jp/about/toyohiko/extent.php

西早稲田世界連邦運動ときたもんだ
(´・ω・`)以前からこの人の名前は世界連邦運動で知ってたけども他にはこんなことも

日本ユニセフ協会賀川豊彦奥田知志
https://twitter.com/tomoshiokuda/status/820273998164439043

【wiki】賀川ハル
(抜粋)

賀川 ハル(かがわ はる、1888年3月16日 - 1982年5月5日)は日本の社会運動家。キリスト教の社会事業家賀川豊彦の妻である。

戦後は1956年(昭和31年)から日本基督教婦人矯風会の理事を務め。1960年(昭和35年)の夫豊彦の死後は、イエス団の理事長に就任し、夫の事業を引き継いだ。

(´・ω・`)でた。日本基督教婦人矯風会

【wiki】日本キリスト教婦人矯風会 

(抜粋)

概要
現在は従軍慰安婦問題靖国神社問題戦後補償問題天皇制問題外国人住民基本法案制定運動ジェンダーフリーポルノグラフィ規制運動などに取り組んでいる。運営施設として女性向けシェルターの女性の家HELPと矯風会ステップハウスがある。機関誌は「婦人新報」(隔月発行)。関連団体として、ECPAT/ストップ子ども買春の会「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センターなどがある。

あぁ~~~~~~~~
日本ユニセフ協会が映画『闇の子供たち』支援してるのってそういうことだったか
日本ユニセフ協会『闇の子供たち』の背後

(´・ω・`) 色々繋がった

参考
生協というとこんなこともありましたね
探偵ファイルさん
『「しばき隊」個人情報リストの作成者?生協の職員に騒動が波及で大炎上!』
http://tanteiwatch.com/29175

子どもの権利条約と朝鮮学校無償化
子宮頸がんワクチンと世界連邦運動 
キリスト矯風会とECPATと従軍慰安婦



【コメント下さってる皆さまへ】
余裕がなくて返信しておりません。本当にすいませんm(__)m
頂いたコメントには目を通しております。 

「私は在日」半生を本に 指紋押なつ拒否の崔さん

 指紋押なつ拒否運動で在日コリアンの人権を訴えてきた女性ピアニスト崔善愛(チェソンエ)さん(55)=東京=が半生を振り返った「十字架のある風景」(いのちのことば社)を出版した。日本人でも韓国人でもない自分は何者か-。探し続けるうちに、70年前の戦争と無関係ではいられない自分を受け入れていく。「私は在日」。答えにたどり着くまでの旅路がつづられている。

 関西で生まれ、北九州市で育った在日3世。1986年に米国へ音楽留学する際、外国人登録法で定められた指紋押なつを拒否して再入国許可を受けられず、特別永住者の資格を奪われた経験を持つ。裁判や市民運動などの末、2000年に地位回復を果たした。

 日本で生まれ、友人の多くも日本人。指紋押なつへの疑問を訴えれば、国が動くと信じていた。期待は裏切られる。裁判では「言葉を尽くしても伝わらない」ことを経験。外国人として扱われる現実に、先の大戦で朝鮮半島が植民地支配された歴史を実感した。

 それでも生まれ育ったのは日本だ。本当は何者か。好きな音楽の道を歩むためにも「自分」を見つけたいと、留学を決意した。

 帰国できない不安の中、亡命者でもあるショパンの音楽に心を揺さぶられた。居場所を追われた悲しみ、怒り…。米国の恩師もまた亡命者で、離日して学ぶうちに「日本人でも韓国人でもなく、在日としか言いようがない」と気付いた。

 数年前、かつて実家があった北九州市小倉北区を訪ねたときだった。それまで何げなく見ていた近くの「メモリアルクロス」の説明板が目に留まり、朝鮮戦争で犠牲になった米兵の慰霊碑だと知った。北九州と朝鮮半島。二つの“古里”もまた、戦争とは切り離せないのだと思い知った。

 ただ、戦後70年の今、戦争を振り返る報道は多くても、植民地支配に関する検証は少ないと感じる。日本のどの町とも切り離せない歴史なのに。朝鮮戦争の特需が戦後復興を支えた側面も忘れてほしくない。

 裁判中には「日韓の歴史を問い続ける多くの日本人と共に歩み、人間の大いなる良心を知った」。今年の安全保障関連法案に反対するデモでは、先の大戦で父親を亡くした知人が平和を願って参加する姿を目にし「演奏する音にその人たちの声を刻もう」と誓った。在日のピアニストとして歩み続ける。
=2015/11/23付 西日本新聞朝刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/208749
 
調べてみたらこの人の父親が以前記事に書いた人だった
赤い十字架 
クマラスワミ報告書に関係している

【wiki】崔昌華
崔昌華(さい・しょうか、チェ・チャンファ、チォエ・チャンホァ、1930年9月24日 - 1995年2月8日)は在日韓国人の牧師、人権活動家。朝鮮平安北道出身。

略歴
ソウル新興大学卒業後、1954年朝鮮動乱時に来日、北九州市に居住。1960年在日大韓基督教会小倉教会を開設し牧師になる。牧師としての活動の傍ら、日本の法律を学ぶ為八幡大学に入学、1966年に法律学科を卒業。後年、八幡大学では韓国語の講師も務めた。早くから外国人参政権問題について言及し、1975年に北九州市に公開質問状を送った。同年NHKを相手取り"韓国人名を日本語読みにて放送するのは人権侵害である"と訴訟を起こした。これは1988年の最高裁の最終判決で敗訴となる(しかし最高裁は外国母国語で発音するのが正しいとの認識も示した)。また外国人指紋押捺に於いても拒否を貫きその運動を展開した。また1968年の金嬉老事件では現地に飛び金の説得にもあたった。在日韓国人として多くの人権に関わる問題に言及し、それぞれにおいて賛否の論議を呼ぶなど一時マスコミで話題になった。娘はピアニストの崔善愛


【wiki】崔善愛
崔 善愛(チェ ソンエ、1960年- )は、在日韓国人のピアニスト。父は牧師で人権活動家の崔昌華

略歴
1960年 - 兵庫県に生まれる。
1979年 - 愛知県立芸術大学音楽部器楽科(ピアノ)入学1985年 - 同大学院器楽科修士課程修了
1986年 - 米国インディアナ大学大学院に3年間留学出国準備中、指紋押捺を拒否したため、再入国許可の発行が不許可となった。成田空港のイミグレーションで不許可のまま出国すると永住資格を失うと説明を受け出国、そのまま協定永住資格を失った。
1988年に一時帰国、法務大臣から180日の在留特別許可を受けたのを皮切りに延長を続け、日本政府を相手に再入国不許可取り消し訴訟を戦うが、1998年に最高裁判所で敗訴が確定した。その後、日本政府は1999年に救済措置として外国人登録法を一部改正(平成11年法律第134号)、翌年から施行され、崔善愛は2000年に永住資格を取り戻した。

現在は、ピアニストとして音楽芸術家協会に所属し、ピアニストとしての演奏活動の傍ら、コンサートの収益を多田謡子反権力人権基金に寄付したり、全国各地で「平和と人権」、「日の丸・君が代」問題、「新しい歴史教科書をつくる会」不採択運動や「反原発」をテーマにした講演や演奏会など、積極的に啓蒙活動をおこなっている。

活動
2010年 韓国強制併合100年共同行動の呼びかけ人となる。
2011年 新しい歴史教科書をつくる会が作成した歴史教科書を採択させない運動で、在日韓国人の立場から「自分を愛する、自分の国を愛するということはわざわざ教えることではない。よその国を愛しなさいというところからが教育でないでしょうか」と発言し、採択しないように訴えた。

(´・ω・`)今後は外国人の政治活動は厳しく取り締まらんといかんやろうね
そもそも違憲だし有害でしかなかったわけだから

先日書いた記事
「難癖とも思われる理由から訴訟を起こす者が後を絶たない。こういった、差別を「利用」し己の立場を守る外国人たちの抵抗には、もはや我慢がならぬとするオランダ人たちが、さらに声高に外国人排斥を叫ぶようになり、まさに「差別合戦」といった様を呈しているのが現状だ。」
移民大国オランダが“差別合戦”の地に…なぜ人々は荒んでしまったのか?

正にこれですな。

お知らせ
国連広報センター、外務省に電凸して下さった方のレポート!
そよ風さん
『国連の仕事は日本叩きなのか? 歪められる日本の実相』
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51859462.html 
(のらりくらりと責任逃れ・・こんなとこに税金投入する価値があるのか?!)

援助交際13%の元ネタが分かったみたい
『国連報告者「援助交際13%デマ」の経路特定』
http://togetter.com/li/899167

国連にせっせと告げ口するNGOを断たないといくら火消ししても追いつかない

コメントで教えてもらった

仁藤夢乃氏の恩師である故阿蘇敏文氏
仁藤夢乃コスモマガジン9
http://www.magazine9.jp/article/realpeace/15299/
「河合塾コスモ」の農園ゼミで出会ったと

宗教語らず農業教える牧師 模索する予備校生を支援

 人生につまずき、心の奥から救いを求める人たちがいる。しかし、宗教は「小さくされた者」(聖書のことば)の受け皿になれずにいるのが実情だ。そこで一人の牧師の姿を通して、宗教の枠組みを超えた実践について考えてみたい。

 大手予備校の河合塾には高校卒業程度認定試験(旧・大検)に備えるコース「コスモ」がある。学科の勉強よりもまず、人と交わることや視野を広げることが重視される。引きこもり状態だった生徒が少なくないためで、学ぶ動機づけとなるようなユニークな講座が用意されている。

 その一つ、東京校の「コスモ農園」ゼミを担当しているのは新宿区・百人町教会の牧師、阿蘇敏文さん(67)。発足した88年から2年間は座学で世界の食糧問題を教えていたが、自身が土に触れることに目覚め、校舎から田畑に出た。16~22歳のゼミ生が十数人、参加している。

 茨城県龍ケ崎市の田で9月、稲刈りが行われた。ほとんどが鎌を持つのは初めて。干すために稲穂をわらで束ねても、すぐゆるむ。「なんだ、そのユルフンは」と阿蘇さん。「今はパンツだけど、昔はふんどしといって……」。脱線気味の話に笑いが絶えない。ただ、一本の茎に何粒の米が実っているかを数えさせたときは真剣だった。

 「一つの生命から、たくさんのいのちが生まれます。みんなも同じように、たくさんの実を結ぶのです。何に人生を賭けるか、ゆっくり考えてください」

 ある男子(19)は悩んでいる。「高校は3日でやめた。バイトもこわい。将来を考える時間がほしい」。阿蘇さんはそんな若者たちに心を痛める。「いい学校や出世……。いろんな枠にとらわれてしまっているが、深いところでは自己解放を求めているはずです。人間を解放していくのが宗教の役割。教義を吹き込むのでなく、よけいなものをひっぺがしてあげたい」

 開かれた農園はそのためにある。仲間と雑談するのも自由だ。「土や風はみんなを受け入れ、互いを結びつけてくれます。そこには人間の力を超えたものがある。ぼくはそれをキリストと思うけど、宗教用語を使う必要はありません。ただ『自然』と呼んでもいい」

 連帯感をもたらす農作業と同じくらい大事にするのが食事を囲むこと。信仰の共同体に対して、阿蘇さんは「食卓共同体」と呼ぶ。結婚式や葬式が象徴するように、食事は人のつながりを確かめる場となる。家族が崩れつつある今、その意味を回復させたいという。

 稲刈りの3週間後、新米を炊き、肉じゃがなどをつくった。「みんなでつくった食事です。感謝していただきましょう」と阿蘇さん。ひとときの静けさのあと、一人が茶わんを手に「うまい」とつぶやいた。

 「先生」ではなく、だれもが「阿蘇さん」と呼ぶ。卒業生もやってくる。今春、東京農業大学に入学した阿部花映さん(18)は言う。「ここで出会ったのはかけがえのない人たち。心の底の底のほうでつながっている感じがします」

 ことばを超えたメッセージを受け止め、新しい自分を見つけようとする生徒たち。一人の男子は「弁護士になる」と宣言した。「教えているつもりはありません。反対に、えらそうなことを言うお前は何者だ、と常に問われているようです。子どもたちは私を導く天使だなと思っています」と阿蘇さんは語る。
asahi.com 2007.11.3
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200711030084.html

色々な事情でドロップアウトしてしまう、しかかってしまう学生はいるので
こういう施設も必要なのだろうと思っていたところ

河合文化教育研究所
河合文化教育研究所(通称 文教研)は、1984年に学校法人河合塾の付属研究機関として設立されました。
http://bunkyoken.kawai-juku.ac.jp/about/index.html

河合塾文化教育研究所小田実牧野剛
http://bunkyoken.kawai-juku.ac.jp/researcher/index.html

うわぁ小田実・・・(辻元清美議員をスカウトした人ですね→【wiki】小田実 河合塾だったのか)

他もなんだか赤い感じが・・

【wiki】牧野剛 
河合塾コスモ牧野剛憲法

画像→http://www.tokyo-np.co.jp/hold/2007/consti/news/CK2007051002115057.html

牧野 剛(まきの つよし、1945年9月24日 - )は、日本の評論家、市民運動家。河合塾・文理学院(旧河合塾文理、現・河合塾仙台校)国語科講師(現代文・小論文)。元養護学校教諭、元高等学校教諭。

人物
岐阜県恵那市生まれ。岐阜県立恵那高等学校、名古屋大学文学部国史科卒業。

1984年の大学共通一次試験国語現代文問題と同じ出典の文章(藤田省三 『精神史的考察』)を事前に全統模試で出題、「問題を的中させた」として一躍大学受験界の寵児となった。『30年後の「大学解体」』では、全共闘「原人」と評されている。予備校業界で、最も長い間働いている講師の一人。60歳を過ぎた現在でも、講義のために毎週名古屋と仙台を往復する生活を送っている。

名大では中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)同盟員として活動。中核派離脱後も一貫して新左翼思想家としての道を歩んでいるが、新右翼「一水会」の鈴木邦男は講師仲間で、「左右討論」などの塾内企画を共同で行うほどの仲であり、選挙では応援演説も受けるなど柔軟な姿勢も見せている。

参議院愛知県選挙区再選挙、愛知県知事選挙、名古屋市長選挙などに立候補する際は、本人の講義内で述べるところによると、所属先の河合塾に対して最初から立候補者に議論を持ちかけることが目的であって落選を前提とすることを示唆した上で行い、河合塾も落選することが自明であるので辞職や退職の話題もなく静観するのだという。結果は、やはり全て落選している。1988年に予定されていた名古屋オリンピックへの招致反対運動にも参加するなど、政治家への野心は無いが、政治の誤りを正す運動や政治を行う者への直接的な議論を求めるなど、政治的な興味を持った活動をすることで知られている。

国会議員の辻元清美は教え子であり、さまざまな影響を与えている。

2003年、石川県金沢市に大学受験予備校『翔学舎』を設立。校長を務める。テレビ東京『ガイアの夜明け』で取り上げられる。

現在も河合塾名駅校等で教鞭を執る。1980年代には、牧野の授業に定員の6倍を超す生徒が集まったこともある。アイデアマンとしても知られ、講師の研究費制度や受験生用の貸切新幹線など、河合塾の黎明期を支えたシステムの多くが牧野の提案から生まれた。

河合塾COSMOコースの創設者の一人。パーソナルゼミの一つを受け持っていたが、体調の悪化のため2012年度より名古屋コスモから外れている。

定年退職後はこれまでの講師経験を活かし、「予備校文化」についての研究を発表したいと語っている。

(((( ;゚д゚))))アワワワワ
それで鈴木邦男氏のブログに仁藤夢乃氏とのツーショットがあったのかぁ・・リンクは貼らないけども

河合塾って何なん!?一部だけなの?
何気に予備校行ってこんな真っ赤な偏向思想植え付けられたらたまらんよね

それでですね
ドロップアウトとか引きこもりとかいう問題を引き起こしてるのは真っ赤な偏向思想教育が一因と言われている
個人的な感想としても少なからぬ影響があると思っている
他国の女性を強制連行して性奴隷にするような民族
30%(→13%)が援助交際するような民族
と始終ヘイトを受けて
まっすぐ子供が育つはずがない

それをやってるのは誰?

人権ガー少女に支援ヲーて言う前に日本人ヘイトをやめろ!
支援が必要な子供を増やすだけ・・・・あ、その方が都合がいいんですね
よーーーく分かりました。

追記2015.11.14
仁藤夢乃成人式自信を持って節目を過ごす
https://twitter.com/colabo_yumeno/status/664742685274542080

ねぇ
その自信を失わせているのは誰だと思うの?

参考
仁藤夢乃「日本は児童買春の国」←やっぱり西早稲田 
キリスト矯風会とECPATと従軍慰安婦 
「平和教育」という名の虐待

お知らせ

国連広報センター、外務省に電凸して下さった方のレポート!
そよ風さん
『国連の仕事は日本叩きなのか? 歪められる日本の実相』
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51859462.html 
(のらりくらりと責任逃れ・・こんなとこに税金投入する価値があるの?!)

13%の元ネタが分かったみたい
『【秋葉原児童ポルノ問題】デマの情報源はなんと中国メディア?『女性国際戦犯法廷』の当事者団体も登場』
http://togetter.com/li/896837
(色々繋がって軽くパニック( ̄д ̄)あぅぅ) 

今日は②について

13%の元ネタ
中国系英字新聞の風俗ライターによるヨタ記事→ECPATのレポート→ブキッキオ氏が引用?
という流れだったらしい
非常に驚いた

今まで表現規制問題には首突っ込んでなかったので最近ようやく「ECPATストップ子ども買春の会」を知った
既に色々資料がある

『「ポルノ・買春問題研究会」と「ECPATストップ子ども買春の会」についての参考資料集』
http://appecpat.web.fc2.com/index.html

この中に
◆なんとECPATストップ子ども買春の会、日本軍「慰安婦」問題行動ネットワーク、売買春問題ととりくむ会の事務局は全て同一の住所!
◆「女性国際戦犯法廷」を開催したVAWW-NETジャパンの元代表であり、日本キリスト教婦人矯風会「性・人権部」の東海林路得子氏について
とある

ECPAT住所

ECPAT VAWWーNET東海林路得子
http://appecpat.web.fc2.com/ecpat2.html

これらの団体の住所は矯風会館、矯風会第2会館に固まってるんですね

それで思い出すのが
日本キリスト教団百人町教会阿蘇敏文
 
仁藤夢乃「日本は児童買春の国」←やっぱり西早稲田 

日本キリスト教団 百人町教会
教会の主な歩み
1970/11/1 矯風会第2会館で第1回礼拝
1975/4 阿蘇敏文氏牧師就任
1982/4 日本基督教団加入と百人町教会設立式

仁藤夢乃氏の恩師である阿蘇敏文氏の百人町教会がそもそも矯風会館繋がり

それらを考えると
仁藤夢乃国連ミーティング
この時のミーティングに13%という数字は出なかったかもしれないが
結局繋がってるっていう

そして更に書いておきたいのが
城田すず子さん(故人)という元慰安婦の人
初めて知ったのはこの本で最近別件で調べたらこれが矯風会界隈がべったり関わっていた

教科書が教えかねない自虐
小林 よしのり
ぶんか社
1997-07

(慰安婦問題発生頃の事情を知るのに参考になります)

【wiki】城田すず子
(ちょ、仮名だったのか。今はじめて知った)

更生施設へ
借金返済後も堅気の仕事は見つからず、御殿場の駅で購入した『サンデー毎日』で赤線出身者や家出少女の為の更生施設の存在を知り、大久保の矯風会慈善寮に入寮。入寮中にキリスト教徒となる。二度の手術も経験する。洗髪中に背骨を骨折して以来寝たきりの生活になり、晩年は社会復帰困難な女性たちの為の長期収容施設「かにた婦人の村」で過ごす。

著書
『マリヤの賛歌』日本基督教団出版局(1971)
(赤線出身者や家出少女の為の厚生施設・・仁藤氏のやってることの元ネタはこれなのね)


かにた婦人の村
日本唯一の長期婦人保護施設「かにた婦人の村」 深津文雄牧師の「底点志向」実践し、今年創立50年
(部分抜粋)

自然豊かな千葉県館山市。青々とした緑に囲まれ、眼下には真っ青な海が一望できる小高い丘の上に長期婦人保護施設「かにた婦人の村」がある。日本基督教団深津文雄牧師(1909〜2000)によって、1965年に創設された。
クリスチャントゥデイ2015.8.29
http://www.christiantoday.co.jp/articles/16914/20150829/kanita-fujin-no-mura.htm


「噫(ああ) 従軍慰安婦」石碑
 1965(昭和40)年、深津文雄牧師は、社会から見捨てられた女性たちが一生安心して暮らせる婦人保護施設「かにた婦人の村」(かにた村)を設立した。

 1984(昭和59)年、一人の寮生が自ら従軍慰安婦体験を牧師に告白する。この告白「石のさけび」を受けて、施設内にある小高い丘に1本のヒノキの柱を建てたのは「戦後40年」のことだった。翌年そこには、「噫従軍慰安婦」と刻まれた石碑が痕隆された。

 「韓国挺身隊問題対策協議会」の代表ユン・ジョンオクさんは、1980(昭和55)年より、北海道・沖縄・タイ・ラバウルの朝鮮人慰安婦の足跡を訪ね、1988(昭和63)年8月の来日の際にこの石碑を訪れた。

 これが、韓国KBSテレビによるドキュメンタリー番組『太平洋戦争の魂~従軍慰安婦』の制作を生み、韓国内はもちろん諸外国にも大きな世論を巻き起こしていった。

 戦争責任があいまいなまま半世紀以上が過ぎ、現在もなお、従軍慰安婦問題はアジア各国を巻き込む論争となっている。この石碑を通じて、地域から世界を見ることができる。
NPO法人 安房文化遺産フォーラム 2009.2.3
http://bunka-isan.awa.jp/About/item.htm?iid=62

従軍慰安婦問題はアジア各国を巻き込む論争となっている
従軍慰安婦問題はアジア各国を巻き込む論争となっている
従軍慰安婦問題はアジア各国を巻き込む論争となっている
従軍慰安婦問題はアジア各国を巻き込む論争となっている

違うね
嘘ついちゃいかんよ

従軍慰安婦問題をアジア各国を巻き込む論争にした

ってことですね

まずお知らせ2つ
国連広報センター、外務省に電凸して下さった方のレポート!
そよ風さん
『国連の仕事は日本叩きなのか? 歪められる日本の実相』
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51859462.html 
(のらりくらりと責任逃れ・・こんなとこに税金投入する価値があるのか?!)

13%の元ネタが分かったみたい
『【秋葉原児童ポルノ問題】デマの情報源はなんと中国メディア?『女性国際戦犯法廷』の当事者団体も登場』
http://togetter.com/li/896837
(色々繋がって軽くパニック( ̄д ̄)あぅぅ)

それとは別にコメントで教えてもらった
これも結局中国メディアなので、元は同じところかもしれないが
数字の根拠が書かれてないので何とも判断できない

日本、援助交際の経済規模は1年で1億円
援助交際30%中国網

日本経済が急成長を遂げていた1970年代から、「援交(援助交際)」をする少女の数は絶えず増え続けている。日本の高校2年生のうち、「援交」の経験がある生徒は32.3%高校3年生では44.7%に上る。日本の専門家の多くが「援助交際の経済規模はすでに1年あたり1千億元に上る」と予測している。

援助交際30%中国網案内所

援助交際30%中国網フィギュア
中国網日本語版(チャイナネット) 2014.2.15
http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2014-02/15/content_31483242.htm
(日本の専門家って誰)

日本人の自分が見れば、これらの画像が援助交際とは何の関係もないことはすぐわかるが
いかにも誤解を生みそうな
こういう記事が海外に向けて発信されているんですよね

そういえばこんな記事が

【爆買い大陸中国】
「デリヘル」普段の5倍以上 スワップ要求も 風俗でも席捲中…

★(3)

 春節期間(18~24日)を中心に日本に押し寄せている中国人観光客。昼間は家電製品などを大人買いし、夜になると風俗街へ。殿方たちのお楽しみは万国共通のようだが、中国人男性がいつになく興奮するのは、母国での厳しい風俗規制が影響しているという。ジャーナリスト、奥窪優木氏の爆買いルポ最終回-。

 「泡沫王国」という言葉がある。中国で最近登場した新語で、バブル崩壊の足音が響く中国のことではない。日本のソープランドの中国語名である。

 最近、訪日する中国人男性に、ひそかな人気スポットとなっているのが、この泡沫王国を始めとする各種性風俗店だ。急激に進んだ円安により、日本の風俗に割安感が広がっていることも要因だが、中国国内のある政策とも関係があるという。

 広東省広州市に住む自営業の男性(37)が話す。

 「昨年からの習近平(国家主席)の風俗摘発により、売春はおろかキャバクラも消滅した。生き残っているところもありますが、質はいいとはいえず、さらに逮捕されるリスクもあるので普通の男はまず行かない。こうしたなか、中国の男たちはエロに関して未消化の予算がかなりたまっている。日本のようにサービスが良く、安全に遊べるところなら財布のひもが緩むでしょうね」

 春節直前の2月17日、東京・吉原にあるソープランドを訪れた男性(35)は、そこで複数の中国人客に出くわした。

 「待合室に入ると3人組の男がいて、おそらく中国語で会話していました。1人はガイドか通訳で、店員から聞いたシステムを彼らに説明しているようだった。ソープ嬢の話だと、ここ最近は、毎日1人は中国人の客がついているそうです。『トラブルはないか?』と聞いたんですが、『キスとかフェラとか、普通のプレイですごい感激してくれて楽。お小遣いくれる人もいるし』とも話していました」

 春節時期の繁忙ぶりについて、渋谷にあるデリヘル店の送迎ドライバーの男性もこう話す。

 「中国人客は、普段の5倍以上になっている。日によっては日本人客より多いくらいで、ここ1週間で、池袋や新宿の中国人がよく使うホテルに何回行ったか分からない。多い時だと、同じホテルに5往復しましたから」

 ただ、多少の文化摩擦に悩まされることもあるという。

 「2人の男性客が、それぞれ女の子を呼んだ場合、『プレイ時間が余ったら、交換してもいいか』と決まって聞かれるんです。中国の風俗では、スワッピングは結構普通らしいんですよ」(ドライバーの男性)

 ともあれ、中国人男性は日本の風俗産業にとって得意客であることは間違いない。最近では、英語や中国語に対応したウェブサイトを設ける風俗店も少なくない。さらに、中国語の風俗情報サイトも登場。訪日前に予約をネット上で行うことができるようになった。中国人観光客へのおもてなしは、ある意味、風俗業界を見習ってもいいのかもしれない。 =おわり

 ■奥窪優木(おくくぼ・ゆうき) 1980年、愛媛県生まれ。上智大経済学部卒。2004年に渡米、出版社・新聞社勤務を経てフリーに。07年から中国・広州で取材活動を開始。08年に帰国し、中国の社会問題を週刊誌などで執筆中。著書に『中国「猛毒食品」に殺される』(扶桑社)、『中華バカ事件簿』(同)など。
zakzak2015.2.27
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20150227/frn1502271550001-n1.htm

この記事自体は他愛もない記事だけど
トラブった時は怖そうだなぁ・・・ 

観光客も多く訪れる状況下で援助交際30%(13%でも)という情報が発信されるのは
とんでもない事件を誘発しかねないんじゃ?
で、例えば外国人売春婦が被害にあったとしても、ブローカーが外国人であったとしても、
日本の問題として発信するんだろうなぁ・・・
前科があるんでそう思わざるを得ないんですよ
え?それは日本のせいなの?(゚ロ゚ノ)ノ 

降りかかる火の粉は払わないと。


参考
『児童の性的搾取の状況 国連の人権専門家が訪日調査を実施しました』
http://www.unic.or.jp/news_press/info/16416/ 

ポラリスプロジェクトを立ち上げたのは韓国系女性  

ライトハウス(旧・ポラリスプロジェクト日本)

日本で人身売買が横行していいて主な被害者は韓国人女性とアナウンスした団体 
でも加害者は 韓国人ブローカー
え?それは日本のせいなの?(゚ロ゚ノ)ノ 

変な団体だなと思っていたら吉松育美ストーカーZERO騒動で
ジェイク・エーデルスタイン氏が役員と知る
吉松育美さん騒動 

児童ポルノ規制で日本ユニセフ協会、移住連などとも連携 
在日米国商工会議所(ACCJ)から資金援助を受けている
吉松育美さん騒動4 シナリオを描いたのは誰

映画『闇の子供たち』でも繋がりが
日本ユニセフ協会『闇の子供たち』の背後 

仁藤夢乃氏の対談を企画したり
仁藤夢乃「日本は児童買春の国」←やっぱり西早稲田

そして国連特別報告者ブーア=ブッキオ氏の「日本では援助交際13%」発言で
13%の根拠はどこ?と色々探りが入ってるわけだが

まとめから気になるツイート
『【秋葉原児童ポルノ問題】伊藤和子弁護士と宮本潤子という『市民活動家』』
http://togetter.com/li/894333

モーリー・ロバートソンライトハウス児ポ
https://twitter.com/gjmorley/status/659775856961720320
        
(リンクの記事)
『After long wait, Japan moves to ban possession of child pornography』
http://edition.cnn.com/2014/06/06/world/asia/japan-child-pornography/index.html
ライトハウス(旧ポラリスプロジェクト日本) 藤原志帆子氏がインタビューに答えてますね

コメントに
 ポラリスプロジェクト キャサリン・チョン ツイート2
ライトハウスの設立者はキャサリン・チョンという名前から察するに韓国系アメリカ人??

キャサリン・チョンは韓国系アメリカ人ですね http://www.afpbb.com/articles/-/2709633?pid=5493622
        
ダイアン創設「DVF賞」、女性の地位向上に貢献するリーダーを表彰
ポラリスプロジェクト キャサリン・チョン
【3月18日 AFP】米ニューヨーク市内にある国連本部で13日、デザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグ(Diane von Furstenberg)が創設し、女性の地位や生活向上のために活躍する女性リーダーを表彰する「DVF賞(DVF Awards)」が開催された。

 受賞者は、コロンビア人政治家のイングリッド・ベタンクール(Ingrid Betancourt)、人身売買など人権問題に取り組む「ポラリスプロジェクト(Polaris Project)」キャサリン・チョン(Katherine Chon)代表、アフガニスタンの女性教育に取り組む「Oruj Learning Center」のSadiqa Basiri Saleem、ハイチの女性地位向上に取り組む「Femmes en Democratie」のDanielle Saint-Lotの4名。

 会場には、プレセンターを務めた女優のメリル・ストリープ(Meryl Streep)をはじめ、デザイナーのヴィヴィアン・タム(Vivienne Tam)やトリー・バーチ(Tory Burch)らも出席した。(c)AFP/Getty Image
AFPBBNews2010.3.18
http://www.afpbb.com/articles/-/2709633?pid=5493622
 

ポラリスプロジェクト キャサリン・チョン 韓国
 http://womenforhire.com/magazine/katherine_chon/
現在も韓国籍かちょっとわからん。韓国生まれなのは確か。

【wiki】Katherine Chon

あらためてライトハウスのHPを見たら
ポラリスについて
ライトハウスの前身「ポラリスプロジェクトジャパン」は、人身取引撲滅の活動をする米国NPO「Polaris Project(現・Polaris)」の日本支部として、2004年に藤原が設立。2013年まで、被害者支援を中心に活動を展開。2014年1月、日本国内の問題によりフォーカスするべく、Polarisより独立し、ライトハウスに名称を変更。

その後も、Polarisとライトハウスは、人的交流や情報の共有などを継続しています。
http://lhj.jp/about
 
なるほど
ポラリスプロジェクト日本→【独立】 →ライトハウス になったと

その割にキャサリン・チョン氏と藤原志帆子氏の接点らしきものが見つからない・・まぁ続けて探すけども

以下小ネタ
ASHOKA UNITED STATES
アショカUSポラリス

THE PERSON

Throughout his life Derek Ellerman has consistently pursued the underlying connections between human abuses and the incongruity of human relationships. He has internalized messages of the inherent ethical responsibilities of citizenship from thought leaders such as Thoreau, Martin Luther King Jr., Gandhi and Noam Chomsky. This theme has led him to fundamentally commit to pursuing social justice by involving common citizens in nonviolent direct intervention that includes law-enforcement and policymakers as stakeholders and allies.

In college, Derek formed the Center for Police And Community (CPAC) to improve the relationship between police and members of his community. Using a nonviolent methodology he created police reform and reconciled the relationship between the police and the community. He was also the primary policy architect and lobbyist for the first Civilian Review Board in Rhode Island. He ran this community-building organization for four years before founding the Polaris Project.

Derek was raised in a middle class family and attended Brown University. In college he developed a strong interest in Buddhism and became friends with Katherine Chon, who is a Polaris co-founder. As a bi-racial Asian American Buddhist interested in social justice, he had many insightful conversations with this Korean-born Asian Christian who was also interested in social justice.
http://usa.ashoka.org/fellow/derek-ellerman
ASHOKA から支援受けている人がポラリスプロジェクトの共同設立者だったと

ASHOKA
アショカ

といえば 菅原彩加 青木大和
「震デレラ」に魔法をかけたのは誰? 不思議なベンチャー 

アショカについて

アショカは、世界最大のソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)のネットワークです。

ソーシャル・アントレプレナーとは、既存の枠組みを超えたユニークな発想で、深刻かつ差し迫った社会問題の新たな解決方法を提示し、それを実行している人々です。アショカは1981年より、世界80カ国以上で活躍する約2,800人のソーシャル・アントレプレナーを「アショカ・フェロー」として認定し、生活費の援助、法律・マーケティング等々の専門的サービスの提供、他のアショカ・フェローとの連携などの支援を行ってきました。アショカ・フェローたちのアイデアは、世界中で政府の政策などに採用されており、様々な社会の変革を実現しています。アショカ・ジャパンは、アショカの東アジア最初の拠点として、2011年に発足しました。

アショカの歴史
アショカは、ソーシャル・アントレプレナーシップ(社会起業)の概念を生んだビル・ドレイトンが、1980年に、米国ワシントンで創設した市民組織です。「Everyone-A-Changemaker(=誰もがチェンジメーカー) 」という標語が示すように、ソーシャル・アントレプレナーが活動しやすい環境をつくり、ひとりひとりが社会の矛盾を目の前にしたときに「自分が変えられる」という自信と自由を持てる世界がアショカの目標です。
http://ashoka-japan.org/youth/?page_id=2

大雑把に言うと、メリケンが仕掛けてるってことですかね?
 ACCJライトハウス
https://www.accjcharityball.org/accj-community-service.html

産経が記事にしてくれた

「日本の女子中高生の13%が援助交際」…国連特別報告者の発言に憤りの声続々

「根拠ない」政府批判
 国連の「子どもの売買、児童売春、児童ポルノ」に関する特別報告者が、このほど来日した際の記者会見で「日本の女子生徒のおよそ13%が援助交際に関わっている」と発言し、物議を醸している。日本の女子中学生・高校生の多くが援助交際をやっているような印象を内外に与える発言に、日本政府内からも「根拠のない、ひどい話だ」と批判の声があがっている。

 発言は児童の性的搾取問題の専門家、マオド・ド・ブーア=ブキッキオ氏が10月26日に東京・内幸町の日本記者クラブで行った会見で飛び出した。同氏は「日本には多くの性的搾取の形態がある」として、違法とされていないものの深刻な性的搾取につながる危険性の高いものとして援助交際を挙げ「女子生徒の間で流行(はや)っており、およそ13%が関わっている」と述べた。

 産経新聞がジュネーブの国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に問い合わせたところ、「13%」を「概算」と表現した上で「残念ながらこの収益の大きいビジネスに関わっている未成年者数の公式な概算はない」と回答した。また、特別報告者が「概算」に着目したのは援助交際が「憂慮すべき現象」であるからで、関係機関による実態調査の必要性が強調されるべきだと説明した。

 ブーア=ブキッキオ氏の発言を問題視する山田太郎参院議員(日本を元気にする会政調会長)は外務省、警察庁、厚生労働省、文部科学省にも確認したが、根拠となるようなデータはないとの回答を得たという。

 しかし、国連特別報告者による会見での発言であるだけに、山田氏は「多くの人が事実だと思う」と懸念しており、外務省を通じて国連に発言の訂正と謝罪を求める申し入れを行うという。

 ブーア=ブキッキオ氏は10月19~26日の日程で東京と大阪のほか、兵庫県川西市那覇市を視察した。視察報告は来年3月の国連人権理事会で日本政府への勧告と一緒に発表される。(田北真樹子)
産経ニュース2015.11.2
http://www.sankei.com/politics/news/151102/plt1511020014-n1.html 
 

【youtube】 マオド・ド・ブーア=ブキッキオ 国連 児童の性的搾取に関する特別報告者 会見 2015.10.26 

5:23頃にブキッキオ氏が13%と言ってる→通訳の人が30%と訳す
ブキッキオ@日本記者クラブ
訂正テロップ

犯人探しはネット上で進行してるので、自分はもうちょっと本質的なところを書こうかと思う
大体もうツイッターに書いたけども

国連「子どもの売買、児童売春、児童ポルノ」特別報告者の発言に関する誤解について
伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長

(一部抜粋)

 国連特別報告者の調査に関しては、特に人権侵害の被害者なども含む弱い立場の方から話を聞き取る機会が多いので、ジャーナリストの取材源秘匿と同様に、いつだれとどのようにあって誰がどういった、ということが公開されることはありません。

 NGOは情報提供をすることができますし、政府からも意見を述べますが、特別報告者は国連が選任した独立した専門家ですので、政府やNGOから独立しており、私たちから情報提供はできても、私たちの見解に従わせたり、報告内容に介入したりすることはできません

 ただ、誰からでも情報提供はできますので、皆さんの知っている情報をいつでも情報提供されればよいと思います。
YAHOO!ニュース2015.11.1
http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20151101-00051024/
(長いけど内容は「ウリは悪くないニダ」だけ→朝鮮論法とは

参議院 山田太郎 オフィシャルWebサイト
『ブーア・ブキッキオさんの記者会見について【第64回山田太郎ボイス】』

(一部抜粋)

国連の責任者が何を根拠に言っているのか、本当なのかと疑いたくなります。今後、厚労省や外務省にもこの発言の裏を取りたいと思いますが、もし、明らかなエビデンスが無ければ、この発言は国際問題だと思います。まさに、日本が国連にその様な報告がされ、偏見にとんだ事柄が国際的に発表させるのです。今後、日本の女学生は、多くが援交してるんだと国際的に見られるのです。この発言から世界中から日本はその様な姿勢で見られ、かえって子供の性的搾取や強姦は増えるのではないでしょうか?

また、性的搾取の犯罪は罰金刑だけでかるすぎるとも指摘されていました。なんと言う誤解。これでは、日本の子供達は国連から守れません。断固、追及していきたいと思います。
http://taroyamada.jp/?p=8155

国会議員すら知らない根拠で国連から非難され、それが世界に発信されるってどういうこと?
伊藤和子氏の記事によると
根拠すら分からないまま勧告が出されてしまうようだ

NGOの声が国連経由で「国際社会からの批判」に化けるだけでしょ

ブキッキオ氏の口から「エンジョコウサイ」「着エロ」「JKオサンポ」なんて言葉が出てくるのに非常に情けなくなりましたよアタシは
NGOがせっせと日本は児童の性搾取、児童ポルノ大国だって告げ口したんかと思うとね・・・

秋葉原の問題(ホントに?)ならまず地元で解決策を考えるべきでしょ
そこすっ飛ばして何でいきなり国連なの?

国連>>>国家主権 なんですか?
主権侵害に黙ってちゃダメだ!

参考
『【秋葉原児童ポルノ問題】伊藤和子弁護士と宮本潤子という『市民活動家』』
http://togetter.com/li/894333

フェミ活動家終了のお知らせ 
国連「日本は敵」 

国連ブキッキオ日本ユニセフ協会2
http://www.unicef.or.jp/news/2015/0318.html
 

ワールドビジョン広告
これですね

また記事を消されるかもしれないですが
ワールドビジョンが記事を削除しろと 
wikiのコピペとリンクの記事と公式HPのキャプで消されたら言論弾圧ですね。

【wiki】峯野龍弘
峯野 龍弘(みねの たつひろ、1939年8月10日-)は、日本のホーリネス系福音派の牧師。日本福音同盟理事長を務めた。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国韓国トーチ・トリニティー神学大学)。日本基督教団桜ヶ丘教会牧師を務めた後、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会主管牧師に就任して現職。

生い立ち
1939年8月10日、横浜に生まれる。高校二年の頃聖書を初めて購入し、独学で聖書に対する興味と関心を深めた。日本大学法学部在学中の1960年、日本基督教団清水ヶ丘教会で受洗。同年から翌1961年にかけて八丈島伝道を単独で複数回敢行した後、1961年秋、伝道者としての召命を受けた。1965年、東京聖書学校卒業。

ミニストリー1965年~1968年、日本基督教団桜ヶ丘教会を牧会した。

働きの拡大
1994年ビリー・グラハム国際大会実行委員長、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁、ウェスレアン・ホーリネス教団理事長兼委員長、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟理事長、日本福音連盟理事長、日本プロテスタント宣教150周年記念実行委員会実行委員長等を歴任。 クリスチャントゥデイ会長

現在
1968年より現在まで41年間、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会の牧会にあたると共に、仙台、埼玉、横浜、長野、和歌山、大阪、神戸、福岡などの各地のブランチ教会を司る。

国内、海外のキリスト教界のみならず一般社会で広く講演活動に従事する。キリスト教テレビ、ラジオ番組でもレギュラー出演している。

特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン名誉会長
財団法人国際開発救援財団副理事長
社会福祉法人こころの家族理事
社会福祉法人キングス・ガーデン東京理事
ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会主管牧師
日本ケズィック・コンベンション中央委員長
日本CGNTV番組編制・推進審議会会長
アガペー・ファミリー・ケア・センター代表
駒ヶ根パノラマ愛の家園長
光林国際ミッション・センター館長
アパ・ルーム日本委員会会長
日本クリストファー・サン国際大会会長
クリスチャントゥデイ会長
在日韓国人の故郷の家を後援する集いの発起人懇談会 発起人
など。

在日韓国人の故郷の家を後援する集いの発起人懇談会
在日韓国人の高齢者が、韓国伝統のオンドル部屋でキムチを思う存分食べ、伝統の音楽アリランを聞きながら余生を送れる施設を、日本各地に建設している。この構想は、峯野が日本教会の牧師として、かつて日本が韓国に行った多くの誤りを謝罪するという気持ちに基づいている。


来年は東京に…「在日韓国人老人ホーム建設運動」

 およそ70~80年前にさまざまな事情から止むを得ず日本へ渡った在日韓国人1世たち。いつの間にか他郷の地で寂しく人生を終えることになった人たちに、故郷のように安らげる場所を提供するための「故郷の家の建設運動」が国内でも本格的にスタートした。これまでは日本のキリスト教界を中心に後援運動を展開してきた。 

 「日本教会の牧師として、かつて日本が韓国に行った多くの誤りを謝罪する気持ちから、数人の日本人とともに“故郷の家”を建設しはじめた。厳しい状況がやってくる度、神様が導く中、堺・大阪・神戸に続き、今年は日本の古都・京都に“故郷の家”を完工した。東京にも“故郷の家”を建設できるよう支援してほしい」。 

 23日午後6時、ソウル・韓国プレスセンターの19階にあるメファ(梅)ホール。「在日韓国人の故郷の家を後援する集いの発起人懇談会」で、大韓海峡を渡ってきた峯野龍弘(日本福音主義同盟の前理事長)牧師は出席者にこのように訴えた。 

 このイベントは社会福祉法人・崇実(スンシル)共生福祉財団が国内に公式の後援会を作るため、ひとまずキリスト教界の人々を招いたものだった。教会の長老でタレントのハン・インス氏が司会を務めた。 

 韓国福音主義協議会(KEF)の会長で江辺(カンビョン)教会元老牧師のキム・ミョンヒョク氏、崇実大キリスト教大学院の初代院長である金英漢(キム・ヨンハン)教授、崇実共生福祉財団や崇実大の理事長で忠賢(チュンシン)教会担任牧師の朴鍾淳(パク・ジョンスン)氏、韓国世界布教協議会事務総長のカン・スンサム牧師ら教会のリーダーはもちろん、李潤求(イ・ユング)人間性回復推進協議会総裁と金泳鎮(キム・ヨンジン、韓日キリスト議員連盟代表会長)議員、鈴木浩駐韓日本国大使館公使、(株)ハンメク都市開発の柳時文(リュ・シムン)会長らも出席した。 

 これらは同運動を各界に広がせるため積極的に協力することで一致した。「故郷の家」建設運動は、崇実共生福祉財団の名誉会長であり日本の社会福祉法人「心の家族」の尹基(ユン・ギ、67)会長が、新聞で、死去から13日後に発見された在日韓国人高齢者に関する記事を読んだ後、1984年にスタートした。長い歳月にわたり日本人からは差別を受け、故国からは忘れられた悲しみの中「朝鮮人」として生きてきたはずの在日韓国人が、最期まで寂しく迎えたという事実に背を向けることができなったのだ。 

 日本人が大半の福祉施設は食べ物や環境が異なるものの、今になって故郷に戻ることもできない人々だった。在日韓国人の高齢者が韓国伝統のオンドル部屋でキムチを思う存分食べ、伝統の音楽アリランを聞きながら余生を送れる場所として構想したのが「故郷の家」だった。 

 日本人だった尹理事長の母親も長い歳月にわたり木浦(モクポ)で孤児の世話をし、韓国人も同然の生き方をしたが、いざ最期には日本語で梅干しを求めたという。尹理事長が朝日新聞に寄稿したことから始まった同運動は、それ以降、教会を中心に、日本の各界の人物や在日本大韓民国民団関係者らの後援を受け、日本全域に広がった。 

 89年にはいよいよ堺に初の「故郷の家」がオープンした。今年4月、4件目として竣工した京都の施設は、短期の入所者まで含め計160人まで受け入れられる。尹理事長は「こうした老人ホームが、日本に少なくとも10カ所は必要だ」とした後「来年には東京・新宿地域に5番目の着工を目指す」と話した。 

 現実的な問題はやはり資金だ。京都施設も26億円にのぼる建立費が、日本で集めた寄付金や低利融資などがあるものの、十分でない状況だ。尹理事長は「日本人の良心にばかり訴えるには限界がある」とし「韓国からもより関心を示し、助けてほしい」と注文した。財団側はこのため、ハンピョン(一坪)会員(1口座当たり300万ウォン)、レンガ会員(10万、50万、100一万ウォン)、約定寄付金、定期後援(月1万、2万、5万ウォン)などを募集している。 
中央日報2009.11.2
http://japanese.joins.com/article/258/122258.html?sectcode=&servcode=A00
 
不二家峯野龍弘

不二家峯野龍弘2
https://www.fujiya-peko.co.jp/company/ir/policy/member.html
 

小林叶氏@SEALDs渋谷街宣
SEALDs小林叶臓器売買
https://www.youtube.com/watch?v=obtfyyx463M&feature=youtu.be&t=3m50s
「この国には子供の学費のために裏で臓器を売り生活をくいつなぐ母親がいます。」

『SEALDsは臓器売買のデマを流しただけではなく、自衛隊を侮辱していた!』
http://togetter.com/li/889348

元ネタ候補① 映画『闇の子供たち』 (原作:梁石日)

日本ユニセフ協会推奨映画『闇の子供たち』でも見たんか(あるいは原作本)っていうコメントがちらほら
自分も真っ先にそれを思い出した

映画取材協力者の斎藤百合子氏が明治学院大学の准教授

闇の子供たち斎藤百合子プロフィール
http://fis.meijigakuin.ac.jp/gts/jp/about_mgu/faculty/saito
日本ユニセフ協会『闇の子供たち』の背後 

SEALDs奥田愛基氏は明治学院大学だし...
仁藤夢乃氏も
仁藤夢乃「日本は児童買春の国」←やっぱり西早稲田

斎藤百合子仁藤夢乃

 http://yokohama.localgood.jp/news/1908/

仁藤夢乃レインボープライドLGBT奥田愛基乙武
https://twitter.com/colabo_yumeno/status/592173129134252032

元ネタ候補②反貧困ネットワークシンポジウム
SEALDs貧困問題臓器売買謝罪
https://twitter.com/SEALDs_jpn/status/656476057021771776 

「日本の貧困問題に関連して臓器売買等に言及」
「あるシンポジウムで出た話を勘違い」

反貧困ネットーワーク副代表 雨宮処凛氏
雨宮処凛反貧困大集会SEALDs小林叶
https://twitter.com/karin_amamiya/status/654594518340141056

反貧困全国集会2015経済徴兵
http://antipoverty-network.org/archives/2450

「戦争は、大量の貧者を必要とする。貧困で、そして戦争で死ぬのはイヤだ。」
経済的徴兵制のことを言いたいらしいですね
(何で安保法制反対に貧困が関係あるんかと思ったら)

SEALDs小林叶氏の街宣
「そして政府は、そっとあなたに囁くでしょうきます。食事も住居も用意してくれる、学費も肩代わりしてくれる、そんな仕事があるよ、と。そうして、その仕事についたあなたは、他国の脅威から「日本を守るため」、遠く離れた大地へと送り込まれることとなるでしょう」

これとぴったり符丁している

反貧困ネットワーク事務局長は湯浅誠氏なわけだが
【wiki】湯浅誠 

奥田知志湯浅誠推薦
https://twitter.com/tomoshiokuda/status/457139631285219328

色々繋がってますねぇ

雨宮処凛が行く
『14歳からわかる生命倫理』の巻
雨宮処凛マガジン9貧困臓器
 http://www.magazine9.jp/article/amamiya/12632/

「私は20代前半のホームレス男性から信じられない話を聞いていた。失業から住む場所を失った児童擁護施設出身の男性が都内の公園にいたところ、「スーツ姿の2人組の男」に、「臓器売買」の話を持ちかけられたというのだ。 「とれるだけとって、一千万はカタい」。そんな台詞で男2人は彼を「口説いた」という。」

(´・ω・`)①②両方とも芋蔓でどっちかわからんね。あるいは他にもあるか。

追記
反貧困ネットワークシンポジウムでの発言が元という説が
ご本人も参加しているし、こっちの可能性の方が高いかな。

『貧困で、そして戦争で死ぬのはイヤだ!生きぬくためにつながろう!(10/17反貧困全国集会2015シンポ連ツイまとめ)』
http://togetter.com/li/888020
 キャバユニ反貧困全国集会2015
https://twitter.com/Satoko_Tokutake/status/655272342952607744

うーん
反貧困言うんだったら、難民受け入れろって主張は出てこないはずなんだなぁ・・
ちょっとは辻褄の合う主張をしてくれや

追記2015.12.12
正論2016.1月号
『臓器狩り』の闇  ジャーナリスト 野村旗守
p133
中央政界で、唯一この問題に取り組んだのは、元衆議院議員で民主党の与党時代に技致問題特別委員会委員長を務めたこともある中津川博郷氏。金子さん救出運動に関わったことがきっかけで中国の「臓器狩り」問題を知った中津川氏は2012年10月、議員会館に来日中のデービッド・マタス氏を招いて報告会を開いたが、周囲の反応は極めて鈍く、国会議員の参加はゼロだった。


【youtube】「臓器のための殺人」 暗闇の中国の臓器移植ビジネス

臓器移植ビジネスって言ったら中国じゃないかな・・・ 

(´・ω・`)後々のためにとっておこう・・

【朝日新聞慰安婦誤報取り消しから1年】
元朝日記者・植村隆氏にインタビュー 「テープ聞いたの一度だけで記事書いた」
植村隆産経インタビュー

 朝日新聞が自社の慰安婦報道に関する記事の一部の誤報を認め、関連記事を取り消してから5日で1年となる。初期の朝日の慰安婦報道に関わった植村隆元記者(北星学園大非常勤講師)が、初めて産経新聞のインタビューに応じた。

 朝日新聞は昨年8月5日付の特集記事で、「韓国女性を強制連行して慰安婦にした」と証言した唯一の日本側証人、自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の証言を虚偽だと判断し、関連記事16本を取り消した(後に2本追加)。国家総動員法に基づき工場などで働いた「女子挺身隊」と「慰安婦」を混同した報道を繰り返したことも認めた。だが、謝罪はしなかった。

 特集記事は、元韓国人慰安婦の女性について「女子挺身隊の名で戦場に連行」と事実と異なる報道をした元朝日新聞記者、植村隆氏の記事については、「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と結論付けた。 

 こうした姿勢に、朝日が設置した第三者委員会(中込秀樹委員長)も、昨年12月公表の報告書で朝日の検証記事について「自己弁護の姿勢が目立ち、謙虚な反省の態度も示されず、何を言わんとするのか分かりにくい」と厳しく批判した。

 この朝日新聞の第三者委による報告書も、批判の対象となった。

 朝日の慰安婦報道を独自検証した「独立検証委員会」(中西輝政委員長)は今年2月、朝日の第三者委報告書についてこう問題点を突いた。

 「国際社会に与えた影響を分析する部分では見解をまとめられず不十分」

 その上で独立検証委は、平成3~4年の吉田虚偽証言、女子挺身隊の誤用、あやふやな元慰安婦証言、20万人強制連行説を広めた軍関与を示す文書発見と続く一連の朝日報道を次のように結論づけた。

 「数々の虚偽報道を行い、結果として、『日本軍が女子挺身隊の名で朝鮮人女性を慰安婦にするために強制連行した』という事実無根のプロパガンダを内外に拡散した」 

 朝日が、宮沢喜一首相(当時)の訪韓直前の4年1月11日、朝刊1面トップで「慰安所 軍関与示す資料」の見出しで掲載した記事は、朝日の第三者委も「慰安婦問題が政治課題となるよう企図して記事としたことは明らか」と分析。独立検証委は、「韓国紙が慰安婦問題を集中的に取り上げるのは、4年1月からだ」と指摘した。

 独立検証委の副委員長を務めた西岡力・東京基督教大教授はこう断言する。

 「虚偽の加害者(吉田氏)証言に加えて、虚偽の被害者証言も書き立てた。それによって『女子挺身隊として強制連行』という虚構が作り上げられ、国際社会に広まった。その責任を朝日が認め、検証しない限り、反省したとは到底言えない」

 7月30日に産経新聞のインタビューに応じた元朝日記者、植村隆氏は3年8月11日付朝日朝刊社会面(大阪本社版)で、元韓国人慰安婦だと初めて名乗り出た金学順氏(記事では匿名)の証言を署名入りで韓国メディアに先んじて報じた。昨年春に退社し、札幌市の北星学園大学の非常勤講師を務めるが、記事をめぐって、大学や家族らへの脅迫が続いたため今年1月、過去に記事を批判してきた西岡氏らを名誉毀損で訴えた。

 「事実は本人が女子挺身隊の名で連行されたのではないのに、『女子挺身隊』と『連行』という言葉の持つ一般的なイメージから、強制的に連行されたという印象を与える」「安易かつ不用意な記載であり、読者の誤解を招く」

 3年8月11日の植村氏の記事について、朝日の第三者委報告書はこう断じた。

 植村氏は記事で「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』」のうちの一人だと金氏を紹介した。

 産経新聞の取材に対し、植村氏はこの記事は韓国挺身隊問題対策協議会で一度だけ聞かせてもらったテープをもとに同会から背景説明などを受けて書いたと説明。テープについて「僕は持っていない」と語った。テープを聞いた時点では、女性の名前は知らされなかったという。「女子挺身隊」という言葉が出てきたかどうかに関しては「定かじゃない」と答えた。

 だが、記事が出た直後、金氏の経歴をめぐる異なる事実関係が明らかになる。

 金氏は3日後の14日に実名を明かしてソウルで記者会見を開いた。翌15日、韓国紙ハンギョレは「母親によって14歳の時に平壌のキーセン(妓生)の検番に売られ、検番の養父に連れられていった」と報じた。

 金氏らが12月に東京地裁に起こした賠償訴訟の訴状も、金氏の経歴に関し「養父に連れられて中国へ渡った」とあり、「挺身隊の名で連行された」と記載していない。

 朝日新聞は昨年8月の検証記事で、金氏が挺身隊の名で連行されたかどうかについては見解を示さなかった。その後、「この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません」との「おことわり」をデータベース上に追記。事実上、誤報を認めた。

 植村氏は第三者委の指摘について「強制的に連行されたような印象を与えるということだが、印象ではなく『強制連行』(という表現)で伝えているメディアがあることにも触れてほしかった」と語った。「植村が捏造記者じゃないことが報告書からも分かる。そこを強調したい」とした。

 朝日の第三者委報告書は同じ3年中、植村氏が金氏について書いたもう一つの署名記事も取り上げた。12月25日付朝日新聞大阪本社版の「日本政府を提訴した元従軍慰安婦・金学順さん」の記事だ。

 この記事は1カ月前の11月25日、植村氏が高木健一弁護士らによる金氏へのヒアリングに同行した際に録音したテープを基に書いたものだが、金氏が12月6日に起こした賠償訴訟の訴状にも記載されたキーセン歴が書かれていなかった。

 独立検証委は「金さんが、吉田清治が主張していた女子挺身隊の名で強制連行された被害者であるかのような錯覚を作り出すのに、大きな役割を果たした」との見解を示す。

 また、植村氏の韓国人の義母は当時、金氏らを原告とする賠償訴訟を支援した太平洋戦争犠牲者遺族会の幹部だった。植村氏は「結婚する前からずっと、この問題を取材してきた。別に家族のために書いたわけじゃない」と述べた。 
産経ニュース2015.8.3
http://www.sankei.com/politics/news/150803/plt1508030036-n1.html
 
参考
【西早稲田ウリスト教】北星学園大学と従軍慰安婦 
北星学園大学で行われる洗脳教育 
週刊新潮・庭で週刊新潮を読んでいた植村隆元記者を直撃! 
太平洋戦争犠牲者遺族会 

民団オリンピック招致応援の思惑 続き
コメントで教えてもらったので書いておきます

おもてなし東京 by 東京観光財団

おもてなし東京東京観光財団ユニフォーム
http://www.gotokyo.org/jp/volunteer/volunteer1.html

公益財団法人 東京観光財団
出捐企業・団体
http://www.tcvb.or.jp/jp/organization.html#t5
役員名簿
http://www.tcvb.or.jp/jp/documents/270629yakuin.pdf
色々気になる企業(含電通・博報堂)も混じっているが、、その中の 東京商工会議所

東京商工会議所 新宿支部 平成25年新春賀詞交歓会

2013年1月21日(月)、東京商工会議所新宿支部(髙野吉太郎会長)主催の「平成25年 新春賀詞交歓会」が京王プラザホテル(新宿区)で開かれた。会場には約350名以上が参加しおり、当会議所からは金光一会長、崔聖植専務理事、呉永錫副会長が出席した。
東京商工会議所新宿支部は昨年創立50周年を迎え、その記念式典には当会議所役員も多数参加した。
東京商工会議所新宿支部平成25年
2東京商工会議所新宿支部平成25年
https://www.tokansho.org/2013/241-2013-01-21-06-06-34.html

垂れ幕に「2020オリンピック・パラリンピックの力を新宿の力に!」とありますね
この呉永錫氏(右)を辿っていくと

▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長
民団韓食ネット会長呉
http://www.tokansho.org/2013/271-2013-04-25-01-33-37.html

東京五輪招致支持の催し開催=在日飲食店経営者ら

【東京聯合ニュース】東京・新大久保で飲食店を営む韓国人たちが、2020年の東京オリンピック招致を支持するイベントを開催する。

 日本国内の約400店の韓国料理店経営者らでつくる「民団韓食ネット協議会」は、来月9~11日に韓国料理店が多く集まる新大久保の通称「職安通り」で、東日本大震災被災者支援および東京オリンピック招致支持の催しを開く。同協議会が7日に明らかにした。

 新大久保地域の通りに五輪招致を支持するプラカードを掲げたり、新聞に紙面広告を出すことを検討している。中国人など、同地域のほかの国の経営者たちにも参加を呼び掛ける計画だ。

 今回の五輪招致支持の動きは最近日本で相次いでいる反韓デモ対策を議論する過程で生まれた。日本の一部の若者らが狭小なナショナリズムを露骨に主張する反韓デモに正面から対応するより、民族と人種の違いを超え平和を望む五輪精神を強調する必要があるという意見が出た。

 2020年の夏季五輪開催地は、9月7日にアルゼンチンで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京とスペイン・マドリード、トルコ・イスタンブールの三つの候補地から決定する。
聯合ニュース2013.7.8
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2013/07/08/0200000000AJP20130708001000882.HTML


▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長
 民団韓食ネット会長呉妻家房
http://www.sportsseoul.jp/article/read.php?sa_idx=8982

在日大韓基督教会 の機関紙 福音新聞に広告を出している
在日大韓基督協会妻家房広告
http://kccj.jp/wp-content/uploads/2014/05/6562cdb769f56067da28e72bb1a52080.pdf

呉永錫(東京希望キリスト教会 長老) とありますね 

▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教

東京聖市化運動本部3周年記念聖会

 東京聖市化運動本部(会長呉永鍚長老)の創立3周年を記念する記念式・記念聖会が19日、東京韓国YMCA文化館で開催された。日本宣教をになう韓国人教職者や信徒を中心に230人以上もの人々が会場を埋め尽くした。日本からは、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会の主管牧師峯野龍弘と、クリスチャン議員土肥隆一衆議院議員が来賓として出席した。
(→【wiki】峯野龍弘

 同会長の呉永鍚(オ・ヨンソク)長老(東京多摩キリスト教会)は歓迎辞で、東京聖市化運動のこれまでの歩みを話しながら、「聖市化運動はほかでもなく、祈りによって神様からの祝福を頂き、それを通して他の人々にも祝福が与えられるように働きかけることだ」と話し、「恵みを与えてくださる主に似て、いつも与える姿勢を持つ聖市化運動本部になりましょう」と、主への感謝とこれからの意気込みを語った。

 激励の挨拶を述べたソウル聖市化運動本部代表梁仁平(ヤン・インピョン)長老は、「日本は必ず福音化されるはずであるし、東京聖市化運動を通して日本のすべての教会が一つとなり、多くの市民に福音を伝えて日本の宣教の扉がもっと大きく開かれる」と期待の言葉を述べた。また、韓国聖市化運動本部事務総長の鄭鐘元(ジョン・ジョンウォン)牧師は、「日本の福音化は、ここに集まったみなさんの責任であり、東京聖市化運動本部が日本の聖市化のために大きく用いられることを願う」と激励した。

 来賓祝辞で土肥隆一議員は、韓国での聖市化運動の働きを賞賛しながら、「世俗思考的にはできないと思われることを、私たちクリスチャンが霊的な思いからする」「他では手が届かないこと、すべきことはたくさんある」と関係者の士気を高めた。大韓民国国家朝餐祈祷会事務総長の張憲一(ジャン・ホォンイル)長老は、「世界各国にある聖市化運動本部からその国の霊的復興を起こした指導者が生まれた」「東京聖市化運動本部でも日本を目覚めさせる霊的指導者が輩出されるよう祈り、日本の韓国人社会と各都市を聖化する東京聖市化運動本部になってほしい」と祝辞を述べた。

 また同じく来賓祝辞で峯野龍弘師は、これまでの東京聖市化運動の働きに感謝の意を述べながら、「日本教会の牧師、信徒がこの運動にいち早く合流して、まさに日本の聖市化運動という形にもっていきたい」と更なる同運動の発展を確信する思いで関係者を激励した。「清くなることこそ主の御心」であり、「すべてのキリスト者のになうべき使命であることを思う」と語り、東京聖市化運動が日本全体の祝福の源となるようにとの願いを伝えた。峯野師は、「日本を聖地と変えていただきたい」「日本は宣教師の墓場ではなく、宣教師によって聖化させていく、世界でもっとも可能性のあるところ」であると、これまで日本宣教で多くの犠牲を払ってきた宣教師たちを慰め励ました。

 ソウル・ワンソン教会主任牧師の吉自延(キル・ジャヨン)牧師は、「知らないうちに受けた恵み」という題目でヨハネの福音書5章1~15節を本文に説教し、「サウロがパウロとなったように、恵みを受ければ誰でも新しい人となる」「恵みの中に祝福、愛、私たちの未来がある」と伝えた。本文に登場する、38年間も病で苦しみ、絶望の中にいた病人が一瞬にして癒されたように、「恵みを受けるとき、すべての問題は解決される」「先に私たちが恵みを受けて、日本の教会が恵みを与えることのできる教会となれば、東京、日本、そして世界が変わる」と主の約束を伝えた。

 またこの記念式では東京聖市化運動本部から、同関連教会に所属する大学生、大学院生18人に奨学金が授与された。
クリスチャン・トゥデイ2006.2.23
http://www.christiantoday.co.jp/articles/8323/20060223/news.htm
(大韓民国国家朝餐祈祷会事務総長が参加=韓国政府の意向=宗教活動は偽装)

よりによって「竹島は韓国領」の元民主党・土肥隆一ですか
胡散臭いワンコリアフェスティバル  

▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生
新宿支部・「私たちの街は私たちが…」浄化運動実施(2009.10.13) 
民団新大久保ゴミ

 東京新宿支部(呉永錫支団長)は10月13日午後、新宿の職安通り一帯において、韓人会と合同で浄化運動を行った。

 同浄化運動は「我々町は私たちが…」というスローガンで地域社会発展に貢献しながら新宿区をはじめ内外に民団新宿・民団の結束力などをアピールする。また、民団組織内でのモデル的な活動をし、団員の信頼およびプライドを高めることで支部の活性化にもつながる。これは民団新宿支部の次の事業展開の足場としての活動にしたい目的で民団新宿婦人会の主催で行われ、毎月1・3週火曜日に定期的に行う予定だ。

 韓国料理店・大使館の駐車場に新宿支部団員および韓人会、ホーリークラブ(基督教牧師団体)約120名が集まり、4組で分かれ職安通りを中心に各路地などのゴミやたばこの吸い殻などを約2時間の間、拾い集めた。

 呉永錫支団長は「新宿区は『多文化共生』という共存共生を大事にする行政を行っている。新宿支部は韓国を代表する民間団体としてその責任は大きい。今後、地域発展のため、先頭に立ち活動を展開し、地方参政権獲得無年金問題の解決につながるよう頑張る」と語った。

 新宿区には3万を超える外国人が住んでいる中、韓国(朝鮮籍を含む)籍の区民が約1万5千近く住んでいる。
民団東京地方支部
http://mindan-tokyo.org/bbs/board.php?board=board04&command=body&no=75

率先して掃除はいいことでは・・・と騙されてはいけません
こんなホウキとチリトリでキレイになる新大久保じゃないんで
フレンドシップ(失笑) 
(あらためて調べると駐日大使閣下が参加した時にも呉氏がいたわけでつね http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=18707)

▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生=ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチ規制を…視察の公明党PTに窮状訴える
民団新大久保公明党遠山清彦新大久保

新大久保「コリアンタウン」商店主ら
 東京・新宿の通称「コリアンタウン」、新大久保地域で続いた嫌韓・排外主義的なヘイトスピーチ(差別扇動)は13年9月以降、見られない。しかし、デモは近隣の靖国通りなどで続いており、後遺症は深く広がっている。被害の実態調査のため6日、現地を訪れた公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチーム(座長遠山清彦衆院議員を迎えた民団関係者や韓国料理店の経営者たちは、口々に「差別規制法」の必要性を訴えた。

子どもたちの心にも深い傷
 新宿韓国商人連合会の呉永錫会長(民団東京本部副団長)によれば、「コリアンタウン」への訪問者は12年のピーク時、1日平均1万5000人だったのが現在は4000人に。約450を数えた店舗のうち、50店は閉店したという。

 なかでも、02年サッカー・ワールドカップ開催時に赤いTシャツ姿のサポーターたちが駐車場を埋め尽くし、「韓流の象徴」ともいわれた高級飲食店「大使館」の撤退は象徴的といえよう。

 公認会計士の車龍和さん(民団東京本部監察委員)は12年5月、自らの顧客の集中する新大久保で事務所を開業しようとしたが、当時はバブル相場で家賃が急騰。そもそも、物件そのものが少なかったという。

 車さんの担当する顧客は、それまで年間売上3000~4000万円で推移していたのが、ピーク時に9000万円にはねあがった。その後、デモ騒ぎのために4000万円に急減。同じく化粧品を扱う店も、2億円から一時は1億円へと減るなどその影響は「すさまじいものがある」。車さんは「デモ自体が死活問題。地域に打撃を与えたことはまちがいない」と指摘した。

 新大久保で17年前から「韓国伝統民俗食堂」を営む金徳浩さんも「ヘイトスピーチが激しくなって以来、お客さんが『怖い』といって寄りつかなくなった。売り上げは6割以上減少した。マスクで顔を隠したデモ隊が悪口を浴びせ、乱暴に振る舞う様子を子どもたちが見て怖がり、外に出られなくなった。このまちで子どもたちが安心して暮らせるようにしてほしい」と訴えた。

 学校現場への影響も甚大だ。20年前に留学生として日本に来てからそのまま定住している李承珉さんは、「日本で生まれ育った子どもたちが学校で『朝鮮人は韓国に帰れ』と後ろ指をさされた。インターネットでは口に出すのもはばかられる罵詈雑言を目の当たりにして、大変なショックを受けている」と明かした。

 そればかりか、先生が日本国籍を取得したことを知っている子どもが、「朝鮮人の先生だから、ろくでもない」と、見下す事態まで起こっているという。

 これも「韓流の街」が「デモと罵声の街」になったことから起きたこと。最後に民団側参加者は、「みんなで魅力ある街にしようと努力してきた。これからも知恵を絞っていく。国会でヘイトスピーチを禁じる法律を早くつくってほしい。区でも条例や議会決議など、やろうと思えばなんでもできるはずだ。法律的にきちんとしないと、この雰囲気を変えることはできない」といらだちをぶつけた。

 遠山座長によれば、ヘイトスピーチを取り締まり、処罰する法律の制定には、「証拠の収集や違法性の立証方法、『表現の自由』の侵害をめぐる論議など、多くの障害があり、実際のところ容易ではない」のだという。

 「法律ができたからといって、ヘイトスピーチがなくなるわけではない。大事なのは、韓国と日本の間で友好が広がっていくこと。法律だけでなく、いますぐにでもできることをまとめ、3月には法務大臣に具体案を提案したい」と話した。

 公明党ヘイトスピーチ問題対策プロジェクトチームは昨年9月30日に初会合を開いた。
(2015.2.25 民団新聞)
http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=20063

公明党・遠山清彦議員ですか
サイモン・ウィーゼンタール・センターとずぶずぶな
【拡散希望】サイモン・ウィーゼンタール・センターと創価学会と中国共産党 

▼呉永錫氏=民団韓食ネット協議会会長=妻家房(韓国料理)社長=ウリスト教=多文化共生=ヘイトスピーチ
・民団がオリンピックに首を突っ込みたがっている
・呉永錫氏は民団と在日大韓基督教会を繋ぐ人物

これらを踏まえてもう一度佐野研二郎氏のオリンピックエンブレムを見てみましょう

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会
エンブレムが決定しました

 五輪エンブレム(佐野
 エンブレムは、すべての色が集まることで生まれる黒はダイバーシティ(多様性)を、すべてを包む大きな円はひとつになったインクルーシブ(包括的)な世界を、そしてその原動力となる一人一人の赤いハートの鼓動を、表現しています。オリンピックとパラリンピックのエンブレムは、同じ理念で構成されています。
 オリンピックエンブレムは、TOKYO、TEAM、TOMORROWの「T」をイメージし、パラリンピックエンブレムは、普遍的な平等の記号「=(イコール)」をイメージしたデザインとなっています。
http://www.koho.metro.tokyo.jp/koho/2015/09/2020.htm

あの禍々しい黒い線は、多文化強制でごちゃ混ぜになった挙句のカオスの色
そして脇に追いやられる日の丸

そういうことだったんじゃないでしょうか

参考
多文化強制 
多文化強制した結果→川崎汚鮮

5日、桜本で
ハルモニも怒 安保反対デモ企画
「戦争は差別を生む」
戦争反対トラジの会青丘社

 在日コリアンの高齢者クラブ「トラヂの会」のハルモニ(おばあちゃん)たちが、安倍政権が成立を目指す安全保障関連法案に反対する抗議のデモ行進を5日、桜本で企画する。「戦争は差別を生んでいる」と訴える。

 関連法案反対のデモが国会議事堂前をはじめ、全国各地で開かれている。そんな様子がテレビや新聞で報じられるたびに「いてもたってもいられなくなった」と会員の一人は語った。本来なら、市民団体が開くデモや集会に駆けつけたいというが、体力的にきつい。ならば、地元桜本で声を上げようと、デモ行進を企画した。

 別の会員は「朝鮮人は戦前、徴用で渡日し鉄道やダム建設、炭鉱現場で働かされた。創氏改名までしたが、戦争が終わってしまった。今度は日本で暮らすようになるとひどい差別を受けた」と語り、「二度とこんな思いはしたくない」と力を込めた。入管法が厳しくなるなど外国人が居づらくなるような昨今の状況にも恐ろしさを感じるという。

 デモはトラヂの会の約40人とその支援者計100人規模で企画。午後2時30分から桜本保育園でリレートークを行い、3時30分から桜本商店街をデモ行進する。「せんそうをとめよう」「こどもをまもろう」「せんそうはんたい」と書いたうちわを手にして練り歩く。同会では賛同者も広く募っており、参加希望者は、当日現地集合。 
タウンニュース神奈川区版2015.9.4
http://www.townnews.co.jp/0206/2015/09/04/298060.html
(戦争が差別を生んだっていう理屈がよく分からんのだが)

ハルモニも「戦争反対」 在日1世、安保法案撤回求めデモ参加
トラジの会青丘社デモ

 在日コリアンも戦争反対-。安全保障関連法案の撤回を求めるデモ行進が5日、川崎市川崎区で行われた。先頭に立ったのは、この地域に住む在日1世のハルモニ(おばあさん)たち。日本による植民地支配、戦争、差別に苦しんだ人生が、その背を押した。

 民族衣装のチマ・チョゴリに身を包んだり、車いすに乗ったりした40人のハルモニがデモの先頭を歩いた。近隣住民をはじめ、在日への差別に抗議する活動に取り組む人や安保法案に反対する学生団体「SEALDs」のメンバーなど、世代を超えた人々が列に続き、計200人が民族楽器チャンゴのリズムに合わせ「平和が一番、平和を守れ」「戦争反対、絶対反対」とコールを響かせた。

 日本の植民地支配に始まる苦難の日々を送ってきたハルモニたちは、平和の尊さを身をもって知る。「日本が戦争する国になろうとしているのを知り、痛い脚、曲がった腰を忘れて立ち上がった。若者を戦争に送ってはならない」と沿道に呼び掛けた。

 デモを企画したのは、在日高齢者の交流グループ「トラヂの会」。国会前で抗議集会を展開する学生に触発され、「国会前にはいけないので、地元から発信しよう」と一念発起した。

 デモに先立ち戦争体験を語るリレートークも行われ、川崎で在日への差別をあおるヘイトスピーチに反対する活動を行っている女性(47)は「1世の人たちが苦労してきた話を聞き、差別と戦争がつながっていることがよく分かった。これからも平和のために差別反対の声を上げていきたい」と思いを新たにしていた。
カナロコby神奈川新聞2015.9.6
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150906-00003604-kana-l14
 

神奈川だからきっとそうだろうと思って検索したらやっぱりそうだった
トラジの会青丘社
http://www.seikyu-sha.com/fureai/?cat=18
社会福祉法人 青丘社

つい最近書いたばかりの李仁夏氏(故人)のところですね 
坂中英徳と多文化強制センター


 青丘社李仁夏

(一部抜粋)
 地域に根ざした活動をする一方で、李さんたちは法律上での民族差別撤廃に向けての運動も進めていく。1974年、在日外国人には支給されていなかった児童手当を要求することから始まり、就学案内の要求、要保護世帯の奨学金制度問題などに取り組んだ。

 これに対して川崎市は国に先駆けて国民健康保険制度の国籍要件を外し、1975年には外国籍をもつ人の市営住宅入居を認め市の財源から児童手当の支給に踏み切るなど、数々の先進的な施策を打ち出し、全国の自治体に大きな影響を与えたのである。

 こうした一連の動きのなかで、外国人の地方参政権を要求する声が高まってきたのは自然な流れだったといえるだろう。李さんたちは「要求から参加へ」を合言葉に働きかけを続け、その結果1994年に国に向けた定住外国人の地方参政権の意見書が川崎市議会で採択され、さらに1996年、全国に先駆けて「川崎市外国人市民代表者会議」が発足した。外国籍をもつ住民が市長任命の諮問機関のメンバーとしてさまざまな提言をし、市条例によって独自性・独立性(調査権)を保障されるという、それまで事実上は一市民でありながら行政にはまったく関わることができなかった在日外国人にとって、そして行政側にとっても画期的なことである。
http://www.jinken.ne.jp/kyousei/lee/index_b.html

どうですか
これが坂中英徳氏の言うところの
「国籍、民族を問わず、すべての人に機会均等を保障し、「外国人が将来に希望を持てる社会」」の中身ですよ
しかもまだ足りないと言ってるわけで

ところがですね

カナロコトラジの会

幼いころに父を亡くし、14歳のころ、先に日本で働いていた兄を頼って母とともに海を渡った。

終戦の年の秋、家族と朝鮮半島に戻ったが、母と夫を相次いで亡くした。そして1950年、朝鮮戦争が勃発。幼い長女をおんぶし、砲火の下を逃げ回った。

仕事を求めて再び日本へ渡った。
画像→http://hosyusokuhou.jp/archives/45327906.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015090602000119.html 

(´・ω・`)この人達に日本が公的に配慮しなきゃいけない理由が一つでもあるんですかね?
そりゃご苦労はなさったんでしょうけどさ

主張は嘘ばっかり
多文化といいつつ自文化だけ
こんなの共生って言わねぇよ

日本人の「外国人」観は悪くなる一方だ。そうなると、外国人の受け入れで人口減少問題を解決しようとする道を閉ざすことになりかねない。

と坂中氏は書いてるが、坂中氏らのやらかしたことが原因ですでに外国人観は最悪です
移民反対!怒りで #ふるえる

産経に意外な人の書評が載っていた

【この本と出会った】
ジャーナリスト・安田浩一さん 『あんぽん~孫正義伝』 「一流のひとたらし」の本領
あんぽん孫正義伝

 15年前。週刊誌記者の仕事を辞めて、収入が途絶えた。ものを書くことへの情熱が薄れかけてきたとき、声をかけてくれたのが佐野眞一さんだった。

 「取材を手伝ってくれないか」

 実際は「手伝う」ことよりも、教えてもらうことのほうが多かった。佐野さんは一流のひとたらしだった。ずうずうしいくらいに取材相手の懐へ飛び込み、気がつけば多くの言葉を引き出していた。大物政治家であろうと、チンピラであろうと変わりなかった。

 巨体を揺らしながら人懐こい笑顔で近づき、まるで世間話をするためだけにそこへ来たのだという感じで接し、相手を丸裸にした。

 死にかけた人間でも起き上がらせてしまうかのようなそれは、押しの強さとは違う、何でも引き寄せてしまう「引きの強さ」だった。言葉を無理やり奪い取るような取材ばかりを繰り返していた私は、ただただあぜんとするほかなかった。同時に仕事としてノンフィクションの世界に関わることの楽しさを知った。

 本書でも、私は取材スタッフとして名を連ねている。間近で佐野さんのひとたらしぶりを見ることができた。

 佐野さんは孫正義という希代の実業家をとことん追いかけた。

 孫が生まれた鳥栖(佐賀県)のバラック小屋の跡地を起点に過去と現在を行き来しながら、孫一族の系譜をたどった。韓国で、孫が生まれ育った九州各地で、そしてソフトバンクの社長室で、佐野さんは次々と奇跡を起こした。取材に行き詰まって途方に暮れていると、どこからともなく「関係者」が現れて、核心へと続く道を示してくれた。それまで口を開くことの少なかった孫の親族が、佐野さんの前では幼少時の特異な思い出を語ってくれた。孫は佐野さんの韓国取材の報告を聞いて、目にうっすらと涙をためた。

 足音を響かせ、地をはうようにかき集めたひとつひとつのファクトが、ひとつの結晶をつくりあげる。佐野さんの取材力は知られることの少ない孫の人生を浮かび上がらせた。

 そこから垣間見えるのは、激しくも切ない在日コリアンとしての生きざまである。

 だが佐野さんは、それを単なる“貧苦から立ち上がった男の物語”とはしなかった。歴史と政治に翻弄され、差別に苦しめられ、いくつもの修羅を乗り越えざるを得なかった在日コリアンの心情に寄り添いながら、しかし、ITの寵児(ちょうじ)ともてはやされた孫に感じた「いかがわしさ」も隠そうとはしていない。温かい触感と冷徹なまなざしが同居する、まさに佐野ノンフィクションの傑作だ。

 後に佐野さんは「週刊朝日問題」などで世間の批判を浴び、一線から退いてしまったようにも見える。私も同問題では佐野さんを強く批判した。だが、それでも、佐野さんへの信頼が変わらないのは、一人の人間を通して日本をも照射するといった「力技」は、やはり佐野さんだからこそ可能であったと信じているからだ。

 本書はまさにその典型である。(佐野眞一著/小学館文庫、750円+税)



【プロフィル】安田浩一
 やすだ・こういち 昭和39年、静岡県生まれ。週刊誌記者などをへて、フリーに。平成24年『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)で講談社ノンフィクション賞、今年「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2」17号)で大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞。最新刊は『ネット私刑(リンチ)』(扶桑社新書)。



 『あんぽん~孫正義伝』は、ノンフィクション作家の佐野眞一さんが手がけたソフトバンクグループ創業者、孫正義さんの評伝。週刊誌の連載に加筆し、平成24年に刊行された。在日3世として生まれ、極貧から身を立てた成功者のルーツを探ったベストセラー。
産経ニュース 2015.7.5
http://www.sankei.com/life/news/150705/lif1507050019-n1.html


安田浩一氏が佐野眞一氏のアシスタントをしているという書き込みは見かけたことがあったが
ソースがはっきりしていなかった
(もしかしたらご本人がツイートなどしていたかもしれない)

忘れもしない小学館SAPIOが突然『ネトウヨ亡国論』とでかでかと特集を組み
ネトウヨ界に衝撃が走ったわけだが
その時に大々的に小学館が売りに出していたのがこの『孫正義伝』
ネトウヨを叩くお仕事2
安田浩一氏は取材スタッフだったわけですね

こういうのは憶測に過ぎず確証は出てこないのだが・・

これが2012年の話
そして2015年の今

日の丸街宣在特会

正義の見方さん
『元在特会会長・桜井誠氏、マンガ『日之丸街宣女子』のワンシーンをデモで再現www 桜井氏「コロッケ2つで300円!」⇒ しばき隊「差別だ」「帰れ」「レイシスト」』
http://www.honmotakeshi.com/archives/45462855.html
(ちょ、コロッケ値上がりしてる)

在特会に色々批判もあるでしょうが
おかげで有象無象があぶり出されましたね(´・ω・`)
ワタクシもしばき隊とやらの動画や画像をはじめて見た時には仰天致しました
乖離 

参考
ネトウヨを叩くお仕事4 反日左翼活動家安田浩一
『ネットとサヨク-反日ジャーナリストの闇を追いかけて-』

仁藤夢乃プロフィール
http://lineblog.me/nitoyumeno/archives/30117405.html

「日本は児童買春の国」・・・秋葉原でJKの服装をしただけの女性を写した写真を根拠に、外国特派員協会で記者会見が開催
(冒頭引用)

いわゆるJKビジネスをはじめとする児童の性的労働問題に詳しく、自分も高校を中退して浮浪生活を送り、危険な体験にもあってきてから大学へ進んだという経歴を持つ仁藤夢乃氏(25)が5月21日、外国特派員協会で会見した。

その中では、児童買春の買い手である男性が処罰されていない、日本では児童ポルノが野放しになっているとか、あと子供の人権を守る意識が弱い売る側の女性が悪いと言うことになっていて、社会の責任が問われていない、という発表が行われた。また、『萌えナビ』というJKビジネスなどの斡旋をするサイトが堂々と営業していることなども、児童を守る上で問題などと主張した。
エコーニュースR 2015.5.21
http://echo-news.red/Foreign/the-real-scum-denounces-the-scum-business-i-as-a-shame

「人身売買や児童買春につながるという認識を」~Colabo代表・仁藤夢乃氏がJKビジネスの実態を訴え

アメリカの国務省が2014年に発表した「人身取引報告書」でも指摘されています。日本では家出した少女が買春の被害に遭っていることや、「JKお散歩」が児童買春の温床になっていることが指摘されていますが、日本政府はこれに対する取り組みをほとんど行っていない

BLOGOS2015.5.22
http://blogos.com/article/112650/


【youtube】Yumeno Nito: "Helping high school girls escape Tokyo's sex industry" 

仁藤夢乃外国特派員協会マクニール
デビット・マクニール氏ですね
正体がバレてきた外国特派員協会

外国特派員協会、児童ポルノ、児童買春、人身取引
これらのワードから旧ポラリスプロジェクト・現ライトハウスが絡んでることは予想がついた
吉松育美さん騒動4 シナリオを描いたのは誰

仁藤夢乃ライトハウス

http://lhj.jp/report/2014/04/28/1241

馬鹿馬鹿しい
と思ってこの話は自分の中では終了だったわけだが

ふと思いついて別のワードで検索したら出て来た
仁藤夢乃ブログ阿蘇敏文
http://ameblo.jp/colabo-yumeno/entry-11844215009.html

「恩師、故・阿蘇敏文さん。」

日本キリスト教団百人町教会阿蘇敏文
http://www3.ocn.ne.jp/~roba/hyakusp/inforsp.html

日本キリスト教団 百人町教会
教会の主な歩み
1970/11/1 矯風会第2会館で第1回礼拝
1975/4   阿蘇敏文氏牧師就任
1982/4   日本基督教団加入と百人町教会設立式
1997/1   賈晶淳氏牧師就任
1999/10  姉妹教会20周年記念行事(於韓国)

(´・ω・`)あまりよそ様の教会について言いたくないが
非・国民の牧師の下でこういう活動は内政干渉というか
外患誘致につながると思うのね

2014百人町教会共同文書

1、原発の即時廃炉を求めます
2、憲法改正ではなく、平和の実質化を求めます
3、集団的自衛権を容認しません
4、特定秘密保護法の破棄を求めます
5、首相の靖国神社参拝に反対します
6、沖縄の基地問題の根本的な解決を求めます
7、格差社会の克服を求めます
http://hyakunincho-church.com/5archives/archives2.html

出来事Ⅱ 阿蘇敏文牧師の時代(1975年4月~1996年12月)

 その頃韓国は民主化闘争の時代、それを支援しなければ、と韓国教会との連帯を模索した。信徒の一人が農村伝道神学校の事務長をしていた。そこへ来ていた韓国の蚕室中央教会 を開拓した朴聖慈(パク・ソンジャ)先生との出会いがあった。韓国や日本への自由な渡航が許されていない時代、それだからこそか、人的・金銭的支援に乗り出す為、姉妹教会となる事を両教会で決定、その後30年にわたる交流を続ける(『東アジアの平和とキリスト教』に詳しい)。その当時蚕室中央教会に、後に百人町教会の牧師となる賈先生がいた。
http://www3.ocn.ne.jp/~roba/5archives/syosasi/hncc06-24.html

韓国民主化運動は辛光洙釈放嘆願署名に絡んだ話
韓国民主化運動という赤化運動 

やっぱり西早稲田関連だった

日本キリスト教婦人矯風会でも講演があるみたい
慰安婦問題にも絡んでるところですね
【wiki】日本キリスト教婦人矯風会
仁藤夢乃キリスト矯風会
http://kyofukai.jp/archives/2069

寄付も募ってますね
ジャストギビングジャパンギビングシェルター仁藤夢乃

 http://japangiving.jp/p/2148
いつの間にかジャストギビングがジャパンギビングに名称変更になっていた
これは佐藤大吾氏のところ
2014衆院選インタビューにTOKYO-ZEROのお二人が雁首揃える

ツイッターのフォロー見ると辻元清美、池内沙織、細野豪志、乙武洋匡、駒崎弘樹・・・etc.

仁藤夢乃=突っ込みどころ満載の暗黒物件 でした(想定内

追記2015.8.9
エコーニュースRさん
『仁藤夢乃氏 フィリピンで講演。秋葉原メイドカフェの写真を根拠に「日本の女子は貧困に苦しみ、売春を余儀なくされている」と強調』 2015.8.4
http://echo-news.red/Studies/Yumeno-Nito-took-a-flight-to-Philipin-for-preaching-on-unique-evils-of-Japanese-men
こちらの記事を参考に・・

仁藤夢乃JFCフィリピン
http://ameblo.jp/colabo-yumeno/entry-12057149742.html

仁藤夢乃氏@フィリピン

このJFCという団体だけど
仁藤夢乃JFC設立松井やより
http://www.jfcnet.org/about/history/
1994年5月NGOとして「JFCを支えるネットワーク」設立。(初代代表:亡松井やより

松井やより Σ(゚ロ゚ノ)ノ

特定非営利活動法人 JFC ネットワーク 2008 年度活動報告書
仁藤夢乃JFC2008理事
http://www.jfcnet.org/wp/wp-content/themes/jfcnet/images/pdf/2008report.pdf

理事長は阿蘇敏文氏ですね
この中の張学錬氏
   
民団新聞仁藤夢乃JFC張学錬
http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=1&newsid=7510

追記2015.9.25
仁藤夢乃おときた
http://otokitashun.com/blog/daily/7887/

参考
アメリカの悪意が動かす女性達 

こちらのツイートで全てなんですが、補足資料などつけつつ
https://twitter.com/_FX_Kuririn/status/574549388850151424


駐韓米大使襲撃犯キム・ギジョン「行事招待を受けて10日前から犯行計画」
WoW!Korea
金基宗民和協

リッパート駐韓米大使が5日午前7時42分ごろ、ソウル・鍾路区(チョンノグ)・世宗路(セジョンノ)世宗文化会館1階世宗ホール内で、凶器を持ったキム・ギジョン(金基宗)容疑者(55)に襲われた。

 リッパート駐韓米大使を襲撃した文化運動団体「ウリマダン独島(竹島)守り」代表キム・ギジョンが、予め犯行を計画していたことがわかった。

 5日午後12時30分ごろ、ソウル・鍾路区(チョンノグ)赤十字病院で治療を終え出てきたキム・ギジョンは「いつから犯行を計画していたのか」という記者の質問に、「10日前から計画していた。民族和解協力汎国民協議会の招待を受けた」と明かした。

 キム・ギジョンは同日午前7時30分からの民族和解協力汎国民協議会主催の朝食講演会に出席していたリッパート駐韓米大使を襲撃し、右側の顔、左手首などに傷を負わせた。

 犯行動機について「戦争に反対」と答えた。彼は「戦争より大きな暴力がどこにある。南北対話を実現させなければならない」と主張した。

 この日キム・ギジョンは、逮捕過程で足首を骨折し、一次調査後に鍾路警察署近くの赤十字病院で治療を受けた。その後、再び警察署に移送された。

 病院関係者は「キム氏に簡単な応急処置を施した」とし、「折れたのか挫いたのかは確かではない」と伝えた。
Copyrights(C) News1 wowkorea.jp 2015.3.5
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150305-00000064-wow-int

民族和解協力汎国民協議会
        

駐韓米大使襲撃 講演会開催団体の代表が辞意表明

【ソウル聯合ニュース】韓国の団体、民族和解協力汎国民協議会(民和協)洪思徳(ホン・サドク)代表常任議長は5日、同団体が主催した講演会でリッパート駐韓米国大使が襲撃を受けた事件の責任を取り辞意を表明した。  民和協は、民族和解と統一に向け1998年に発足した政党や宗教、市民社会団体の協議体。

 リッパート大使は同日午前7時40分ごろ、ソウル市内の文化施設「世宗文化会館」で開かれた同団体主催の朝食講演会の会場で襲われ顔や腕を負傷した。

 民和協は同日午後、国民に対する謝罪文を発表し、洪氏が辞意を表明したと明らかにした。民和協の非常対策委員会は事態収拾後に辞意を受け入れる方針を決めた。

 また、民和協は、リッパート大使を襲った革新系市民団体代表の金基宗(キム・ギジョン)容疑者が代表を務め、1998年に会員団体として登録したソウル市民文化団体連席会議の懲戒・除名処分を下す予定だ。
hjc@yna.co.kr し
聯合ニュース2015.3.5
http://japanese.yonhapnews.co.kr/pgm/9810000000.html?cid=AJP20150305003500882

民族和解協力汎国民協議会(民和協)洪思徳代表
           

洪思徳氏(右)
洪思徳
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2003110576178

【解説】統一連帯とは

「6.15共同宣言実現と韓半島平和のための統一連帯」(統一連帯)は経済正義実践市民連合(経実連)、緑色連合、韓国労働組合総連盟(韓国労総)、全国民主労働組合総連盟(民主労総)、民主労働党など、全国17の労働・社会団体が今年3月、民間統一運動の一本化を名目に発足した。 

 設立目的は①自主・平和・民族大団結の実現②統一勢力の結集③大衆的統一運動の推進。 

 民族和解協力汎国民協議会(民和協)や7大宗団などとともに「6・15共同宣言実践のための民族共同行事推進本部」に属している。 

 日本の歴史教科書歪曲と小泉首相の神社参拝と関連した各種の反日デモも主導した。 

 今回の「8・15訪朝」を控え、内部では北朝鮮への訪問を留保すべきだとの声も少なくなかったという。
中央日報2001.8.19
http://japanese.joins.com/article/389/18389.html?servcode=400&sectcode=400

6.15共同宣言
異教徒との戦い7 ちょっと待てその牧師って・・・

この共同宣言実行委員会の中に
三千里鐵道
在日大韓基督教会
の人がいるわけだが

三千里鐵道HP
三千里鉄道民和協
http://www.sanzenri.gr.jp/naegi/naegi-03.html
民和協=民族和解協力汎国民協議会

結局 在日大韓基督教会 - 日本基督教団 にたどり着いてしまった(´・ω・`)

参考
韓国の従北が日本国内のどこと繋がってるかもっと注目した方がいいんじゃないか
3.1独立運動も文世光事件も阪神教育事件も日本国内のある勢力と連動している

韓国の保守派は日本が日米韓同盟を裏切ったと思っている 
反日思想の源泉はコリア系左翼
形状記憶合金の如く属国に戻る韓国 

関連記事はこちらから→【アンブロークン the unbelievable BROKEN story】

週刊文春 2015.2.12号
(記事画キャプは下)

p26・27
緒方貞子元JICA理事長秘書だった
後藤夫人の気丈


「私の名前はリンコ。私はケンジ・ゴトウの妻です」
 流ちょうな英語で、英国のフリージャーナリスト支援機関「ローリーペックトラスト(RPT)」を通じ、後藤さんの夫人が初めて声明を発信したのは、1月29日夜のこと。後藤さんの実母が記者会見などを開く一方、婦人がそこまで沈黙を守っていたのは幼い子供たちを思ってのことだった。 

「メディアの注目から自分の子どもたちや家族を守るため、今まで対外的にしゃべることはありませんでした」

 声明ではまずこう語り、2歳と生後3か月の女児がいることを説明した。

 そのうえで、イスラム国から届いた次のようなメールの明かした。

「リンコ、このメッセージを今すぐ公表して世界のメディアに伝えろ!さもないと次はケンジの番だ!」

 RPTのティナ・カー理事が語る。

「声明は彼女の周囲で手助けしている人たちの手によって持ち込まれた。我々はケンジのことも2010年から知っている。彼は私たちが主催するRPT賞(紛争地域などを題材にした映像ジャーナリズムの賞)に投稿する常連でした」

 後藤夫人は冒頭の声明のなかで「子どもの頃、私の家族はヨルダンに在住しており、私は12歳までアンマンの学校に通っていた」と明かしている。父親は途上国での通信インフラ整備に携わる会社に勤めていた。彼女は東京大学の大学院で都市工学を専攻後、JICA(国際協力機構)に就職した。所属した東大のゼミ関係者が語る。
「パリの都市工学が専門で2年間パリに留学し、4年かけて修士課程を修了しているはず。JICAではパリのOECD本部にも出向しています。就職してまもなく、JICAの理事長で国連難民高等弁務官だった緒方貞子さんの秘書に見出され、あまりに優秀だったためになかなか異動ができなかったと聞いています」

 緒方氏本人が語る。
「彼女は非常に立派な職員です。(秘書として仕えたのは)若い時ですから、古いでしょうねえ。(彼女の異動を引き止めたことがあるのかについて、否定せずに)もう少し残っていてほしいと思うことはあります」

 彼女は緒方氏は訪ねる先に陪席し、対外的な窓口の役割をはたしていた。

 一方、後藤さんも02年ころに緒方氏のドキュメンタリー番組制作に携わっている。その後も06年に緒方氏のフィリピン訪問の際の広報ビデオをJICAから随意契約で受注している。こうした関わりが2人の接点となったようだ。

 その後、2人は結婚。

 後藤さん一家と食事をしたことがある知人がいう。
「奥さんは子どもの世話をしながら料理を作ってもてなしてくれました。常にニコニコして知的な印象です。後藤さんの仕事については、『細かいことは話してくれないんです。あまり気にはしていませんけどね』と答えていました」

 そんな中で突然降りかかってきた、夫の拘束だった。

 妻がイスラム国からの最初の脅迫メールに気付いたのは12月2日。だがそれ以前に、帰国予定日を過ぎても夫が帰らないため、夫人はすでに行動を起こしていた。
「奥さんは11月には外務省に相談に行っています。一方、後藤さんはシリアに出発する前に付き合いのあるテレビや通信社などにはその旨を伝えていたため、『失踪したのではないか』ということは、この頃から噂となっていました」(外信部記者)

 第二子の出産直後であることに加え、杳として知れない夫の行方。噂を聞きつけた様々なメディアから取材依頼が相次いだが、全て断っていた。

 12月上旬には夫の同業仲間に対して、こう語っていたという。
「シリアで行方不明になるのはそんなに珍しいことではないでしょう。何があっても表にはでませんから」

 だがその後、最悪の結末を迎える。2月1日、妻はRPTを通じこのように発信した。
「大きな喪失感の中で、紛争地域の人々の窮状をリポートした夫に今でも大変な誇りを持ち続けています」

 気丈な夫人と子どもたちの人生が少しでも明るいものになることを祈りたい。

ローリー・ペック財団
後藤健二さんの妻とコンサルタント会社

緒方貞子氏とアンジェリーナ・ジョリー
国連大学アンジェリーナジョリー緒方貞子
KONY2012・アンジェリーナ・ジョリー・国連 資料

そもそも後藤健二氏救出署名とPOW研究会が繋がっていた
ISIL人質署名 西早稲田からアンブロークンまで 

これはどういう偶然なんだろう?


追記2015.2.25
アンジェリーナ・ジョリー湯川遥菜哀悼シネマトゥデイ
http://www.cinematoday.jp/page/N0070085

何でこんなに繋がってるんだろう・・・

追記2015.3.3
アンジェリーナ・ジョリーCFR
http://www.cfr.org/world/symposium-international-law-justice-session-three-darfur-case/p17515
(なぜか人食い日本兵デマのニコラス・クリストフが・・)
アンジェリーナ・ジョリー@CFR
アンジェリーナ・ジョリーは外交問題評議会(CFR)のメンバー
KONY2012・アンジェリーナ・ジョリー・国連 資料

緒方貞子CFR
http://www.unocha.org/humansecurity/chs/newsandevents/index.html
緒方貞子氏@CFR

【wiki】外交問題評議会
会員・関係者日本における会員・関係者としては、佐藤栄作首相の「密使」として知られる若泉敬や、長島昭久(上席研究員を経験)、International Advisory Board(IAB、国際諮問委員会)のメンバーには行天豊雄(元財務官)、小林陽太郎(三極委員会太平洋アジアグループ委員長)、緒方貞子(元国連難民高等弁務官)らがいる。また、橋本龍太郎は1996年9月24日、外交問題評議会(ニューヨーク)において講演を行った。

今更だけどCFR繋がりでもあるわけですね

追記2015.3.8
アグネス友人の後藤さん拉致にショック
アグネスチャン後藤健二

 歌手のアグネス・チャンが、イスラム国に拉致された後藤健二さんがユニセフの活動を通じた友人であることと、ショックを受けたことから更新を休むことを21日のブログで明らかにした。

 日本ユニセフ協会大使を務めるアグネスは報道を知った20日夜、「後藤さんはユニセフの活動を応援してくれる大切な仲間なので、胸が痛くなるほど心配です」と記した。

 そして「涙、涙。早く無事に解放される事を願っています。ちょっと何も考えられない状態になりました」と、混乱した内心を明かした。

 そして21日には、「友達がイスラム国に拉致された事で 気持ちが落ち着きません。気持ちが整理できるまで、しばらくブログを休みます」と平静ではいられないようだった。

 後藤さんは昨年4月、日本ユニセフ協会が主催したシリア緊急募金をアピールするための現地報告会で「激戦地アレッポは今」を講演するなど、ユニセフの活動に協力してきた
デイリースポーツ2015.1.21
http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2015/01/21/0007677199.shtml
 
そういえばアグネス・チャン氏ってイギリス籍だったな・・・ 

追記2015.10.12


p171
『ロックフェラー回顧録』の中で、アメリカの外交政策を決めているのはロックフェラーとその仲間が主宰する民間シンクタンク「Council on Foreign Relations」(外交問題評議会、CFR)であるとロックフェラーは明言しています。この点は、国際政治の専門家の間では広く知られている事実ですが、なかなか公言されません。歴代のアメリカ大統領や主要閣僚はまず例外なくCFRのメンバーから選ばれ、彼らはCFRの政策提言に従った政策を実行しています。現在の国際情勢に関するアメリカの政策を巡り、オバマ大統領の指導力低下といった話がよく出ていますが、必ずしもオバマ大統領の責任ではありません。私たちはアメリカの外交政策を指導しているCFRの意向を正確に読み取って、対応する必要があります。


15後藤健二妻26
15後藤健二妻27

「イスラム国」:交換目前で交渉決裂か 後藤さんと死刑囚
後藤健二さんの足取り

 イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)による人質事件で、フリージャーナリストの後藤健二さん(47)救出に向けた動きの一端が関係者への取材で明らかになり始めた。ISが釈放を要求していた前身組織のメンバーでヨルダンに収監中だったサジダ・リシャウィ死刑囚との交換交渉が1月28日ごろに成立目前だった可能性が浮上。後藤さんの妻に対する身代金要求メールを受けたIS側との交渉には、英国の危機管理コンサルタント会社が関与していた。秘匿されている事件のプロセスが判明した。

 「日本人の人質がトルコとの境界付近に連れて行かれたが、その後(シリア北部の)ラッカの拘束場所に戻されたと聞いた」

 ISの支配地域に通じるトルコ南部アクチャカレ検問所近くで、ISの動向に詳しいラッカ在住の貿易商がそう打ち明けた。検問所の東方約5キロにはイラク系有力部族ドレイミ族の支配するシャッダーダ村がある。ドレイミ族はISのバグダディ指導者の妻の出身部族でISと関係が深い。後藤さんはいったん、この村に連れてこられた可能性があるという。

 検問所を挟んだIS支配地域側で28日、この情報を裏付けるような異様な動きがあった。「正午ごろにIS側に入った時、知り合いの(ISの)警備担当幹部に『通るなら早くしろ、忙しくなる』と言われた」「(午後には)いつも通るラッカへの道が一時的に(ISにより)封鎖されていた」。この検問所付近で密貿易に携わり、日常的にIS側との間を往復する複数のシリア人が明かした。

 ヨルダン国内でも交渉進展の動きがあった。治安関係者にパイプを持つヨルダンのアモン通信のアルファイズ記者は「交換の可能性は本当にあったようだ」と話す。リシャウィ死刑囚は28日にアンマン南部のジュワイデン刑務所から情報機関が運営する刑務所に移送されたという。しかし最終的にはIS内部の意見対立が影響し、交換は頓挫したとみられる。

 前日の27日、ISは昨年12月に身柄を拘束したヨルダン軍のパイロット、カサスベ中尉の名前を出し、リシャウィ死刑囚を釈放すれば後藤さんを解放し、中尉は殺害しないとの条件を提示。29日の声明では同日日没までに死刑囚をトルコ境界まで連れてくるよう要求していた。

◇英コンサルも関与
 複数の関係者によれば、後藤さんの妻は昨年12月、ISとみられるグループから届いた1500万ユーロ(約20億円)の身代金要求メールを開封後、英国に本部を置く危機管理コンサルタント会社に依頼し、救出に向けた交渉が始まっていた

 後藤さんを巡っては、国連がテロ目的の渡航者に対する各国の処罰義務付けなどの決議を採択した昨年9月以降、中東を活動領域としていた仕事からIS支配地域に入る可能性があるとみて公安当局が動静を追っていた。身代金要求メールについて、政府は「返信していない」と説明しているが、妻やコンサルはメールなどでやり取りをしていたとみられ、その内容や経過は外務省も把握していた。

     ◇

 昨年8月に湯川遥菜(はるな)さん(42)が、同10月下旬に後藤さんがISに拘束されて以降、日本政府は解放交渉を模索してきた。しかし、2人を殺害したとみられる映像が相次いで公開される最悪の結果となった。
毎日新聞2015.2.8
http://mainichi.jp/select/news/20150208k0000e030124000c.html
 

「後藤さん殺害」:英支援団体「活動できる環境整備必要」
後藤健二妻英コンサルローリー・ペック財団

【ロンドン坂井隆之】イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)に殺害された後藤健二さん(47)の妻を支援してきた英国のジャーナリスト支援団体「ローリー・ペック財団」(本部・ロンドン)のティナ・カー代表は毎日新聞の取材に応じ「独立したフリージャーナリストの存在は、民主主義社会の基礎だ。彼らが安心して活動できる環境の整備が必要だ」と述べ、支援の必要性を訴えた。

 同財団はフリージャーナリストを対象に紛争地取材の研修や情報提供などを行っており、後藤さんも事務所をたびたび訪れていた。昨年10月下旬に後藤さんが消息を絶った後は、後藤さんの妻に電話やインターネットを通じて精神的な支援を行ってきたほか、妻の声明公表も仲介した。

 カー代表は「ケンジは経験豊富でよく訓練された記者だった。常に『世界を今より良くしたい』という思いで仕事をしていた」と評価。政府の警告を振り切って危険地域に入ったとされる点については「伝えたい事を自らの責任で報道するのがフリージャーナリスト。向こう見ずと批判するのではなく、彼の仕事に敬意を払うべきだ」と語った。

 また、ジャーナリストを取り巻く環境について「ネットの発達で誰でも情報発信が可能になり、ISのような組織にとってジャーナリストの価値が無くなった。身代金も払えないフリージャーナリストは一段と危険な状況にある」と指摘。テレビ局など派遣する側が、家族を含めたフリージャーナリストの保護を徹底することや保険の充実などを求めた。
毎日新聞2015.2.10
http://mainichi.jp/select/news/20150211k0000m030008000c.html


後藤さんを支援、「ローリー・ペック」とは?
紛争地を取材するフリーランスの一大拠点

小林 恭子 :ジャーナリスト
ローリーペックHP後藤健二

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が2月1日、拘束中のジャーナリスト後藤健二さんを殺害したとする動画をネット公開した。同日、後藤さんの妻は、夫が設立した「インデペンデント・プレス」社のウェブサイトと、英国の「ローリー・ペック・トラスト」のウェブサイトに声明文を発表している。1月29日にも、トラストのウェブサイトにメッセージを寄せ、健二さんと同様にイスラム国に拘束されているヨルダン人の飛行士の解放を求めた。
https://rorypecktrust.org/rpt-live/January-2015/Urgent-plea-from-wife-of-Kenji-Goto 

 一般にはあまり知られていない団体であり、日本の各種報道でも、ローリー・ペック・トラストについての詳細な解説はほとんど行われていない。いったい、どのような活動を行っているのだろうか。また、どのような経緯でできたのだろうか。

 1995年設立の慈善団体 ローリー・ペック・トラスト(以下、「トラスト」)は1995年に設置された慈善団体で、フリーランスで報道に携わる人々(ジャーナリスト、カメラマン、ビデオジャーナリストなど)とその家族を支援することを目的としている。

 ウェブサイトによると、トラストはフリーランサーたちを「どこの組織にも属さず、独立の立場から現場で取材し、紙メディア、オンライン、放送メディアを通じてニュースを発信する人たち」と定義する。世界の紛争地や独裁政治の国などで「しばしば圧力を受けながらも」犯罪、汚職、人権じゅうりんなどをレポートする人たちだ。

 組織に所属しているジャーナリストやカメラマンでさえも、紛争地での取材は危険度が高い。フリーランスの場合、さらにその危険性は増す。頼るような組織や保険など「守ってくれる存在がないか、ほとんどない状態で」取材するのが実態だからだ。

 そこで、頼りにできる存在として創設されたのがこのトラストだ。
 
 活動の柱の1つは、「フリーランス支援プログラム」。危険な状況下で報道を続けるジャーナリストたちに財政支援を提供する。取材中にジャーナリストが命を落とした場合、遺族へのさまざまな支援を行う。

 危険な場所に向かう前に、現地情報や取材のアドバイスを受ける研修も行っている。

 ウェブサイトにはフリーランスで働く人に役に立つような資料が掲載されており、例えば現地での費用計算表、予算表、請求書のひな形などが無料でダウンロードできるようになっている。

 取材前の保険加入についてのページもある。紛争地での報道を支援するワークショップ、募金集めのためのイベントも定期的に行っている。

 アワードのスポンサーは英国ソニーもう1つの柱が年に一度、優れたニュース報道を行ったカメラマン、カメラウーマンに贈る「ローリー・ペック・トラスト・アワード」の運営だ。英国ソニーが賞のスポンサーとなっている。

 2014年のアワード(11月19日発表)では、中央アフリカ共和国の政情を扱った番組を撮影したパコム・パバンジ氏がニュース部門の最優秀賞を受賞している。

 トラストは世界中のジャーナリズム関連組織40余りとパートナー関係を結ぶ。活動資金はメディア組織や企業、個人からの募金が大きな位置を占める。主な募金者の名前を見ると、英テレビ局BBC,BスカイB,チャンネル4、米CNN,NBC、AP、ロイター、ソニー、国連民主基金など。年間収入は2013年12月31日時点で約65万1000ポンド(約1億1400万円)である。

 トラストの名称はジャーナリスト、ローリー・ペック氏に由来する。ペック氏は1956年12月、米国で生まれた。アイルランド共和国の首都ダブリンで育ち、米国や父方の出身地である英スコットランドを行き来しながら複数の仕事をした後で、ジャーナリズムを職として選ぶようになった。

 カメラを担ぎ、第1次湾岸戦争(1990~91年)を取材した後、ボスニアやアフガニスタンなど次々と紛争地で取材を行った。その映像はBBCやARD(ドイツ公共放送連盟)を含む世界中のテレビ局の番組で放送された。

 2度目の結婚で妻となったジュリエットさんと子供たちとで一緒にモスクワに住むようになったペック氏は、ソ連が崩壊する様子をカメラで記録した。1993年10月、「モスクワ騒乱」が発生した。ソ連崩壊後、エリツィン大統領と反エリツィン派との対立が深まり、反勢力が最高会議ビルに立て籠もった事件である。

 オスタンキノ・タワー(テレビ塔)の外で行われていた戦闘の模様を撮影していたペック氏は、砲火を浴びて命を落とした。享年36。エリツィン大統領はペック氏の死後に個人の勇気を称える勲章を授けている。

 トラストのウェブサイトに掲載されている、ペック氏の妻ジュリエットさんの説明によると、ペック氏とジュリエットさんの一家は家族で紛争地を転転とする生活を過ごした。ペック氏のジャーナリズムを家族全員で支えていた。このため、1993年にペック氏が亡くなると、家族は一切の収入の道を閉ざされた格好となった。

 ペック氏の業績に敬意を表したBBCは、モスクワに住んでいた一家が英国に引き上げる費用や手間の面倒は見てくれたという。しかし、「その後、財政的支援をする法的な理由がなかった」ため、フォローアップは途絶えた。ドイツのARDもペック氏が亡くなった日の午後に現場を撮影してくれたが、それ以上の支援をするようにはなっていなかった。

 BBCやARDは一家に保険を提供しておらず、ペック氏が紛争地で働いていたために自分たちで保険の手配をし、支払いを行うことは「不可能だった」。

 ペック氏が亡くなってまもなく、ジュリエットさんはガンにかかっていることを知る。働くことができず、手持ちの資金も減少する一方の中で、ジュリエットさんは心機一転。友人、知人に声をかけ、フリーランスのカメラマンたちを支援する組織立ち上げのための財政サポートを呼びかけた。何とか資金を集め、トラストが形となったのが1995年だった。その後、ジュリエットさんは2007年に亡くなったが、トラストはフリーランスたちとその家族を助けるための組織として生き続けている。

 ロンドンにある、ジャーナリストのクラブ「フロントライン・クラブ」は、もともとはペック氏などの数人がフリーのカメラマンの集団として結成した「フロントライン・テレビジョン・ニュース」であった。フロントライン・クラブはネットを使った告発サイト「ウィキリークス」のジュリアン・アサンジ代表が一時宿泊していた場所としても知られている。

 「ケンジ・ゴトウを思い出す」トラストのウェブサイトには、後藤さんの妻のメッセージとともに、同じく1日付でトラストのディレクター、ティナ・カー氏のメッセージも掲載されている。

 「ケンジ・ゴトウを思い出す」と題された、このメッセージの後半にこんな文章がある。「ケンジはトラストではよく知られていました。友人であり、私たちの仕事の支援者であり、ローリー・ペック・アワードの常連の候補者でした。彼の死は、彼を知るすべての人にとって大きな損失です。ご家族が今経験していることは想像ができないほど大変なことでしょう。すべての方がご家族のプライバシーを尊重することを望んでいます」 
東洋経済ONLINE2015.2.3
http://toyokeizai.net/articles/-/59672

(´・ω・`) イギリスの団体なのね

参考
ISIS人質署名 西早稲田からアンブロークンまで
週刊文春・「10分300万円」に命を賭けた 後藤健二さん書かれざる数奇な人生 

このページのトップヘ