反日はどこからくるの

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タグ: よど号ハイジャック事件

(´・ω・`)これは要保存

「市民の党」に脱法献金か 5議員ら2団体に分散 北側と密接関係
市民の党献金地方議員

 北朝鮮側と密接な関係があるとみられる政治団体「市民の党」(東京)に平成21~24年に献金していた5人の地方議員らが、同団体と所在地、代表者、会計責任者が同じ別の団体にも献金し、合計額が政治資金規正法が定める個人の年間上限額を超えていることが6日、政治資金収支報告書から分かった。違反を免れるための脱法的献金の可能性がある。市民の党は代表が北朝鮮に渡航、よど号ハイジャック犯と面会し、その寄稿を機関紙に掲載するなどしていた。

 市民の党が所在地とするマンションの一室は東京都三鷹市の女性市議の事務所で、女性市議は「はっきりしたことは言えない」と取材に応じなかった。政治資金規正法は、個人が同一団体へ献金できる年間上限額を150万円と規定。両団体が一体であれば献金を受けた団体側が同法に抵触する可能性がある。

 市民の党代表の酒井剛氏(63)は今年5月、静岡市長選に絡み、公職選挙法違反(事前運動など)容疑で逮捕され、その後に起訴されている。

 問題の団体は、市民の党と「MPD・平和と民主運動」。25年の報告書によると、両団体とも事務所は三鷹市内のマンションで代表者、会計責任者、事務担当者はいずれも酒井被告。21~24年分も年によって項目に違いがあるが、両団体で共通だった。

 各年の報告書によると、現職横浜市議の女性は21年に両団体へ計270万円、22年に計284万円を献金。現職相模原市議の女性は22年に計約211万円を献金していた。元東京都小金井市議の男性と、元東京都立川市議の男性は21~24年に毎年計200万円以上を献金。元神奈川県議の男性は21年に計239万円だった。5人とも寄付当時は現職議員だった。

 産経新聞の取材に対し、横浜市議の女性は「両団体は理念は同じだが、市民の党は地方を活動の場としており別々の団体」と説明。相模原市議の女性は「寄付したかもしれないが、よく覚えていない」、元神奈川県議の男性は「当時、別団体だと思って寄付したと思う」とそれぞれ話した。

 元小金井市議の男性は期限までに回答がなく、元立川市議の男性とは連絡が取れなかった。
産経ニュース2015.7.7 
http://www.sankei.com/affairs/news/150707/afr1507070002-n1.html


疑惑「日歯連と同じ構図」 過去には民主から資金 「市民の党」に脱法献金

 脱法的献金の可能性が明らかになった「市民の党」。代表の酒井剛被告は、よど号ハイジャック事件の実行犯らと密接な関係があることが民主党政権下で問題視されたほか、民主党側からの多額の献金が発覚した経緯がある。市民の党への献金については、当時から規制逃れの疑いが指摘されていたが、これが脈々と続いていたことになる。

 市民の党をめぐっては、当時首相だった民主党の菅直人氏の資金管理団体が平成19~21年に、市民の党の派生団体「政権交代をめざす市民の会(めざす会)」に計6250万円を献金。元首相の鳩山由紀夫氏の団体や「民主党東京都総支部連合会(都連)」なども市民の党に献金しており、民主党側からの献金総額は計約1億5千万円に上った。都連には政党交付金が渡っており、税金を原資とする資金が流れたことになる。

 当時の取材に対し、酒井被告は13年ごろに北朝鮮に渡航、よど号グループと面会したことを明かしていた。また、市民の党が23年の東京都三鷹市議選で支援した男性候補(落選)の父親は、よど号ハイジャック犯の田宮高麿元リーダー=7年死去=で、母親は昭和55年に石岡享さん(58)=拉致当時(22)=と松木薫さん(62)=同(26)=を北朝鮮へ拉致したとして、捜査当局が結婚目的誘拐容疑で国際手配している森順子容疑者(62)。市民の党の機関紙には田宮元リーダーの寄稿が掲載されたこともあった。

■「選挙運動員の報酬か」
 一方、市民の党への献金は当時から国会でも取り沙汰されていた。平成23年8月の衆院予算委員会で古屋圭司議員(自民)は、特定の地方議員が市民の党など複数団体に年間合計150万円以上を献金していることを指摘。だが、脱法的な献金はそれ以降も維持されていた。

 なぜ、市民の党はこうした手法を使ってまで資金を必要とするのか。23年にはめざす会が19年に「人件費」5515万円を計上していたことについて「選挙運動員への報酬ではないか」との疑惑も浮上。今回問題となった「MPD・平和と民主運動」でも21年に2690万円、22年に1200万円を人件費として計上したが、問題が指摘された23年以降は0円だった。

 市民の党に関する一連の疑惑を追及した古屋氏は「政権が代わっても彼らは何も変わっていないということだろう。資金の大半の使途はよく分からないが、酒井被告は『選挙のプロ』として知られており、運動員への報酬など表にできない何らかの選挙関係費なのではないか」と推測する。

■「上限超え避けるため」
 政治資金問題では、歯科業界の政治団体「日本歯科医師連盟(日歯連)」が25年、別団体を経由するなどして国会議員の後援会に、団体間の年間上限額5千万円を超える計9500万円を寄付したとして、東京地検特捜部が政治資金規正法違反容疑で捜査している。

 政治資金問題に詳しい日大法学部の岩井奉信(ともあき)教授(政治学)は「形式上別団体であれば違法性はないが、上限超えを避けるための『分散献金』と考えるのが妥当」と指摘。「量的規制を免れるために別団体を経由した構図は日歯連と同じ」とした上で、「趣旨として同一団体への献金であれば違法との司法判断が下る可能性もある。仮に日歯連が違法と判断されれば、市民の党も違法である可能性が高い」と話している。 
産経ニュース2015.7.7
http://www.sankei.com/affairs/news/150707/afr1507070001-n1.html
 
補足
公選法違反容疑:無党派選挙の神様…選挙プランナーら逮捕
1山本太郎斎藤まさし
山本太郎真っ黒・・・もとい真っ赤

 4月12日投開票の静岡市長選を巡る公職選挙法違反事件で、静岡県警は26日、選挙プランナー、 斎藤まさし(本名・酒井剛)容疑者(63)=東京都練馬区=ら3人を同法違反(利害誘導、事前運動)容疑 で逮捕した。斎藤容疑者は秋葉忠利・広島市長(当時)や2013年に初当選した俳優の山本太郎参院議員らの選挙に関わり、「無党派選挙の神様」と呼ばれている。 

他に逮捕されたのは、落選した高田都子(ともこ)氏(62)の兄で無職、高田隆右(りゅうすけ)容疑者(66) =同市葵区=と、陣営の会計担当者だった会社員、田村幸洋容疑者(66)=同区。既に逮捕されていた市議の 宮沢圭輔容疑者(36)も同法違反(利害誘導など)で再逮捕された。県警は、4人の認否を明らかにしていない。 

 斎藤、高田、田村の3容疑者の容疑は共謀して告示前の3月、選挙ビラを配布しながら投票を呼びかけるなどの 事前運動を、市内の広告代理業の男(既に同法違反で起訴)に依頼。報酬として現金五百数十万円を支払うと提示 したなどとしている。【井上知大】 
毎日新聞2015.5.26
http://mainichi.jp/select/news/20150527k0000m040072000c.html
記事期限切れのため引用はこちらから
http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1432646850/ 

参考
「東アジア共同体」と斎藤まさし 
しばき隊→横川圭希→山本太郎→斎藤まさし 
吉松育美さん騒動10 change.orgハリス鈴木絵美と菅元秘書中谷一馬

【衝撃事件の核心】
日本に帰ってくる元日本赤軍「城崎勉」 
かつての同志、追った捜査官から噴出する“複雑な思い”


 約40年の時を経て、故国に帰る“闘士”は何を思うのか。1977年のダッカ日航機乗っ取り事件をめぐる「超法規的措置」で出国し、別の事件で米国で収監中の元日本赤軍メンバー、城崎勉受刑者(67)が年明けに釈放され、強制送還される見通しとなった。警視庁公安部は86年の在インドネシア日本大使館襲撃事件の国際手配容疑で逮捕する方針だ。戦後の事件史に深い爪痕を残した赤軍派。関係者たちも帰国を前に複雑な思いを抱く。

「超法規的措置」で釈放、日本赤軍に合流
 ハイジャック、乱射、爆破、同志の粛正…。昭和44年、過激派・共産主義者同盟(共産同)の極左として結成された赤軍派は、日本赤軍や連合赤軍などの母体となった。その後、各地で凄惨(せいさん)な闘争を繰り広げることになる。

 城崎受刑者は富山県出身で、徳島大学を中退後、共産同赤軍派に参加。軍事革命を目指し、金融機関を襲い資金を調達する「M(マフィア)作戦」に関与。46年に逮捕され、懲役10年が確定して服役した。

 一方、政府転覆を画策した赤軍派は44年、山梨県の大菩薩峠での軍事訓練を察知され、幹部を含め多くのメンバーが逮捕されて弱体化。京浜安保共闘(日共革命左派)と合流して連合赤軍となり、「総括」と称した仲間のリンチ殺人や「あさま山荘」事件に突き進み瓦解(がかい)していく。

 府中刑務所に服役していた城崎受刑者に転機が訪れたのは52年だ。中東に渡り、国内の赤軍派と決別した日本赤軍のメンバーがパリ発東京行きの日航機をハイジャック、バングラデシュのダッカ空港に強制着陸させたうえ、身代金600万ドルや仲間の釈放を要求した。

 「人ひとりの命は地球より重い」。福田赳夫首相(当時)の最終決断で、日本政府はグループの求めに応じる「超法規的措置」に踏み切り、獄中の城崎受刑者も釈放され、日本赤軍に合流した。

元捜査官「なんとしても“結末”見たい」
 「一人の元捜査官としてなんとしても“結末”を見たい」。初代内閣安全保障室長の佐々(さっさ)淳行(あつゆき)氏(84)は思いを絞り出した。29年、国家地方警察本部(現・警察庁)に入庁、警備や公安畑の一線に立った。キャリアと並行して学生運動や過激派が隆盛。命をやりとりする修羅場を目の当たりにしてきた。

 45年、赤軍派のメンバーが北朝鮮に渡った日航機「よど号」ハイジャック事件、連合赤軍が人質を取って立てこもり、警察官の殉職者も出た47年の「あさま山荘」事件、そしてダッカ事件をめぐる超法規的措置。赤軍派と対峙(たいじ)してきた佐々氏にとって、怒りと無念が交錯する記憶だという。

 日本赤軍は各国でテロに及び、身代金や獄中メンバーの釈放を要求、組織の活路を見いだした。「捜査員は血のにじむ努力で行方を追っていた」。だが、各国に散ったメンバーはさらにテロの恐怖を拡散させた。

 「生きているうちに(城崎受刑者の)姿を見られるとは思わなかった」と佐々氏は感慨深げに話す。さらに「今回はひとつのきっかけ。日本のありようが問われている」とも語る。

 北朝鮮に亡命したよど号グループや、テルアビブ空港で100人を殺傷するテロに関与し、レバノンに亡命中の岡本公三容疑者(67)は、所在が判明しながら身柄の引き渡しは宙に浮いたままだ。

 「指名手配すれば終わりではない。独立主権国家として、毅然(きぜん)と引き渡しを要求すべきだ。そうしないと『赤軍』は決算されない」

かつての同志は「最後まで希望を失わないで」
 行方の知れなかった城崎受刑者は1996年9月、ネパールで身柄拘束され、米国に移送された。86年5月、インドネシアの首都・ジャカルタで米大使館に迫撃弾が撃ち込まれた事件に関与したなどとして、禁錮30年の判決を受けた。

 関係者によると、捜査段階から法廷にいたるまで、黙秘を貫いたという城崎受刑者。模範囚として大幅に刑期が短縮され、年明けの1月16日に釈放されることとなった。

 ジャカルタ事件では日本大使館も襲撃されたが、犯人が潜伏して迫撃弾を発射したホテルの部屋から城崎受刑者の指紋を発見。襲撃直後に部屋は放火されており、警視庁は92(平成4)年、国外犯規定に基づき、現住建造物等放火未遂容疑で国際手配していた。

 「今の情勢でコメントはできない」「誤解を招く。産経新聞は信用できない」…。城崎受刑者の強制送還について、かつての同志たちの口は一様に重い。

 よど号グループのメンバー、若林盛亮容疑者(67)=国外移送目的略取などの容疑で国際手配=は、産経新聞の国際電話取材に次のように語った。「ジャカルタ事件は赤軍の暴力事件でひとつに絡めようとした冤罪(えんざい)の臭いを感じる。城崎さんとは、広く言えばかつての仲間。最後まで希望を失わないでほしい」

 赤軍派とは何だったのか-。「世界を変えるといい気になっていた。大義のためなら何をしても良いという感覚に陥っていた」。日本赤軍のリーダーだった重信房子受刑者(69)はかつて産経新聞のインタビューに語っていた。

 「確かに、何だったのか…。虚無主義で破壊から革命を起こそうとした。犯罪史に残る事件は起こしたが結局、傍流で終わった」。佐々氏は厳しく突き放す。

 城崎受刑者は故国に戻り、何を語るのだろうか。
産経ニュース2015.2.14
http://www.sankei.com/premium/news/141220/prm1412200015-n1.html
 
(´・ω・`)ラジオでこのニュースを報じていた時に
三井物産マニラ支店長誘拐事件にも日本赤軍が関与していたと初めて知った

【wiki】三井物産マニラ支店長誘拐事件

三井物産マニラ支店長誘拐事件(みついぶっさんマニラしてんちょうゆうかいじけん)は、1986年にフィリピンで起こった日本人誘拐事件である。

概要
事件発生1986年11月15日午後3時ごろ、当時の三井物産マニラ支店長であった若王子信行さんが、マニラ郊外のゴルフ場からの帰りにフィリピン共産党の軍事組織、新人民軍(NPA)のメンバー5人に誘拐された。その後事件が公になると、当時の日本では各種マスコミの報道を通じセンセーショナルな話題となる。

脅迫その後の1987年1月16日に、三井物産本社や通信社各社に右手中指(結局は若王子さん本人のものではなかった)、脅迫状や写真、テープが届いた。写真は、誘拐された支店長が虐待を受けているように見え、テープには弱々しい声が吹き込まれていた。この写真はその後すぐにマスコミによって報道され、若王子さんの解放を求める世論が沸騰することになる。

解放
その後、数回脅迫状が届き、フィリピン政府やカトリック教会などが交渉に動いたと報道された後の、同年3月31日の夜にケソン市内の教会脇で解放された。解放された被害者に怪我はなく、写真やテープは犯人の偽装であることが解った。このことから、この事件は政治的な背景はなく、身代金目的の誘拐事件と見られている(NPA中央の声明によると、末端のメンバーが勝手に行ったことで、人質と引き換えに1000万ドルの身代金が支払われたとのこと)。

なおこの際、アメリカの誘拐事件専門のコンサルティング会社を通じて交渉が行われたことと、人質と引き換えに身代金が払われたことを三井物産が発表したために、同様の事件を誘発することになるとして大きな非難を受けた。

日本赤軍の関与
その後1991年に逮捕された犯人達は、「日本赤軍の協力があった」旨の供述をしている。主にフィリピン国外で行われたとみられる身代金の受け取りに協力したと考えられているが詳細は不明である。

読売新聞が「三井物産マニラ支店長誘拐事件の際に犯人側に渡された身代金と日本赤軍幹部の丸岡修の所持していた紙幣の番号が一致した」などと報じられた際に、丸岡は読売新聞に名誉毀損で民事訴訟に起こす。第一審の東京地裁では証拠不十分として読売新聞社に賠償支払いを命じる判決が出たが、控訴審の東京高裁では新聞記事が真実として丸岡の名誉毀損による請求を退け、最高裁は上告を退けて、丸岡の敗訴が確定した。

その後事件後、若王子さんは三井物産によってチャーターされた日本航空のダグラスDC-8型機で直ちに日本に帰国し、その後は同社札幌支店長として勤務していたが、1989年2月9日に膵臓癌のため急逝した。享年55歳だった。 同年年末のTBS特番で流されるレクイエム(その年に亡くなった有名人を音楽と共に流すコーナー)にも名を連ねた。

憶測なんですけどね
「東アジア共同体」と斎藤まさし
具体的にいうと1980年から86年の間、僕は1年の半分以上はフィリピンにいて、地下のCPP・NPA(フィリピン共産党・新人民軍)勢力と合法野党勢力、それからその他の反マルコス勢力をどうやって繋ぐかと、奔走していました

1986年にフィリピンで起こった日本人誘拐事件
1980年から86年の間、僕は1年の半分以上はフィリピンにいた

フィリピン共産党と西早稲田はどうも繋がってるらしい
復興庁暴言ツイート騒動と子ども被災者支援法 

日本赤軍の闇が少しでも解明されて欲しい
重信房子さんを支える会

ミトラmemo25 よど号偽札犯を炙りだした知られざる「オウムXファイル」① 続き

「諸君!」96年6月号
よど号偽札犯を炙りだした知られざる「オウムXファイル」②
 謎に包まれた偽ドル事件。犯人逮捕の裏で囁かれた「オウムの北朝鮮コネクション」とは?
 麻生幾 ジャーナリスト

p192~195
 また、よど号ハイジャック犯たちは、かって北朝鮮工作員と接触していたことなどで旅券返納命令を受けた5人の女性(最近になって、さらに2人の日本人女性がいることが判明)と結婚。それぞれ子供までいることが明らかになっている。

 ところが10年ほど前から、よど号グループのうち三人の姿が確認されていない。

 一人は、安部公博である。実は安倍は、1990年代、ノルウェー、デンマークjなど欧州の複数の情報機関によって、その行動が確認されている。在ザグレブ(旧ユーゴ)北朝鮮総領事館の副領事という肩書を持つ(実態は北朝鮮の非合法工作機関である連絡部幹部)キム・ユーチョルと、コペンハーゲンのホテルで密かに接触した場面を写真に撮られているのだ。同時に、旅券返納命令を受けた5人の女性たちとも頻繁に接触していたことが確認されている。

 当時、女性たちは、欧州で日本人をリクルートして、北朝鮮に連行するという役目を負っていた。警察庁外事課スタッフによれば、
「安倍も北朝鮮から、日本人をリクルートして平壌に連行するという任務を与えられていたようです。そのために日本人女性を手足として使っていた。

 北朝鮮の狙いは、日本の真正パスポートを入手して変造旅券を大量に製造することと、そして対韓国テロ用に、日本人になり済ました工作員の語学教育に使おうという意図があったと考えられます」

 そして、もう一人の”行方不明者”が田中だった。日本からの支援者が、平壌の「日朝親善の家」を訪れて「田中君はどうしたのか」と聞くと、必ず返ってくる答えがあった。
「田中君は、特別な任務に就いている」
「時どき帰ってくるだけ」

 国際テロ対策室では、田中の「特別任務」とは、CIAの分析の通り、北朝鮮の偽100ドル札計画の一環であり、特に偽100ドル札計画の一環であり、特に偽100ドル札をマネーロンダリングするための実行部隊だったと判断している。

 田中が逮捕された直後、在カンボジアの北朝鮮大使館は、カンボジア政府に執拗に抗議した。その内容がふるっている。
「我が共和国の外交官をすぐに釈放せよ」

 北朝鮮が偽100ドル札事件に関与していることを、自ら証明したも同然だった。

 ちなみに、残る一人は岡本武。警視庁筋によれば、岡本は北朝鮮から脱出を試みて失敗し、現在は収容所にいるという。

横顔の写真
 ところで、林泰男のタイへの「海外逃亡説」はまったく消えたのだろうか。
<オウムXファイル>には、意外な情報が記されている。
<田中と、パタヤで『HAYASHI』と名乗った人物とは、別人の可能性がある。『HAYASHI』と名乗ったのはオウムの林泰男の可能性がある>

 CIAがパタヤで撮影した「HAYASHI」の写真は横顔だけだった。しかも「HAYASHI」はパタヤでは五人のグループの一人であり、他の四人の身元は不明。さらに田中が取り調べて「パタヤではキムという名を使って両替した。『HAYASHI』は私ではない」と驚いたように供述しているという事実がある。

 今でも警察庁国際テロ対策室スタッフは「複数の情報から、林泰男がタイに潜伏しているという疑いは消え去らない」と断言するのだ。

 そもそもCIAが、林泰男に強い関心を寄せたのは、ASEMでのテロを警戒したからだけではなかった。
<オウムXファイル>には、日米韓の情報機関の間で極秘オペレーションが展開されていたことを示す情報がある。オウムの北朝鮮コネクションについて、CIA、韓国kっか安全企画部(NSP)、警察庁外事課の三者が、水面下で「オウムの北朝鮮コネクション」について頻繁に情報交換を行っていたのである。

國松長官狙撃事件の新情報
 そして驚くべきことに、「オウムの北朝鮮コネクション」についての情報は、<オウムXファイル>の中の「國松長官狙撃事件」の一部として保管されていた。

 國松長官狙撃事件は、本稿を書いている4月22日の時点でも解決していない。逮捕された信者からは、犯人を特定するような供述はまったくなく、地取捜査(現場での聞き込み捜査)でも有力な目撃証言は現れていないのだ。

 発射された弾丸からの捜査も芳しくない。弾丸は、米国フェデラル社製ナイクロッド(ビニール弾頭がコーティングされたフォローポイント)の38口径であり、施条痕は6本の左回転だった。複数の目撃証言によれば、長い銃身とのことであり、これに該当する一般的な銃としては、コルト社パイソン、トルーパー、コブラの3種類が特捜本部では挙げられている。
「警察庁の科学警察研究所に照会したところ、これまで、日本の暴力団がこの銃でこの弾丸を発射した例はないという」(特捜本部幹部)

 当初は、オウムの建設大臣だった早川紀代秀が実行犯グループを統率していたのではないか、と南千住署特別捜査本部も関心を寄せていた。その根拠は、Nシステム(自動ナンバー検知装置)の情報だった。犯行があった95年3月30日の前日の深夜に、早川が不審な行動をしていたのを、Nシステムがヒットさせていたのだ。

 早川は自分名義のトヨタセンチュリーを運転し、犯行の8時間ほど前の30日午前零時10分に、東京・駒形1丁目を通過し、日光街道を北上した。その後、八王子方面に向かい、午前6時13分に中央高速八王子インターチェンジの上りでNヒットされている。一部で報道されている「上九一色村まで帰り、実行犯を乗せて現場に向かった」という推論は、時間的に無理である。

 ただ、この工程を辿ると、犯行現場の南千住付近を通過している。長官狙撃を指揮した可能性は十分にあるのだ。警視庁捜査第一課は、早川を徹底的に追及した。
「しかし早川は、坂本堤弁護士一家殺害事件については認めたが、長官狙撃については『それだけは私は関与していません』と否定し続けているのです。長官狙撃事件の前後に現場付近をウロウロしていたことについても、『浅草付近でアジトを捜していた』と、具体的に不動産屋の名前を口にした。捜査員が裏を取りに行ったところ、確かに台東区内の不動産屋を訪れ、貸家の契約を行っていたのです。」

 しかも『長官狙撃事件は、ニュースで初めて知りました。そこで、大急ぎで上九一色村に帰り、麻原に聞いたのです。”まさか(長官事件は)ウチ(オウム)の犯行ではないでしょうね”と。しかし麻原はただ黙っていただけでした』と、早川は供述しています」(捜査第一課幹部)

 現在、警視庁刑事部では、早川の長官狙撃事件への関与については否定するムードが強い。

 南千住署特別捜査本部で開かれる刑事・公安合同捜査会議でも、当初から「外国人などによる外部犯行説」と「オウム信者犯行説」とに、意見は真っ二つに分かれていた。最近では、警察庁首脳部の間からも
「これだけ捜査して何も出てこない以上、外部犯行と思わざるを得ない」という声さえ挙がっているほどだ。
<オウムXファイル>によれば、長官狙撃事件が発生した直後、CIAが密かに動いている。犯行現場に北朝鮮人民軍のバッヂが落ちていたことから、「北朝鮮犯行説」を追跡するため、過去のデータを検索する作業を始めたのだ。そのデータは、警察庁外事課、NSP、CIAという三者の情報交換の場に提供され、点と点を結び付けるような緻密な作業が行われた。

 その過程で、林泰男に関する興味深い情報が次々と見つかったのである。再び<オウムXファイル>に戻る。

 まず公安調査庁から、「林泰男の祖父母は能登半島に住んでいましたが、北朝鮮の『  白い快速艇(北朝鮮から工作員を日本に潜入させる船)』の補助者容疑がありました」との情報が寄せられた。

 さらに警視庁から、「林泰男が、1980年代末、ニューヨークに十か月滞在していた」(警察庁捜査第一課幹部)という情報が寄せられた。それをNSPのデータと照合したところ、「林泰男が滞在していた期間中、ニューヨークに住む北朝鮮工作員が、アジア系の男と接触していたのを確認しています。その時の接触場面を撮影しているのですが、林泰男とよく似ているのです。ただ、横顔しか取れていなかったことから、林泰男とは100パーセント断定はできません」 (NSP筋)。<オウムXファイル>には、これらの情報が総合した形で資料化されているという。

 また、NSPから「長官狙撃の日を挟んで、在ニューヨークの北朝鮮国連代表部の警備員として登録されてはいるが、実態は朝鮮人民軍の偵察旅団(ゲリラ部隊)から派遣されたと思われる男が、偽名で日本に向かった」との情報も提供された。

 さらにFBIからは「北朝鮮国連代表部のスタッフが、ニューヨークで起きる麻薬絡みの暗殺に関与している疑いがあり、現在、調査中」という報告もあった。

 これらの情報はCIAも共有し、独自の分析を加えた結果、林泰男を最も危険な人物と判断。特に、オウムと北朝鮮コネクションのカギを握る人物だとしたのである。そこに発生したのがタイの偽100ドル札事件。「HAYASHI」という名前にCIA^が強い関心を寄せたのも当然だった。

「オレが撃った」
 林泰男の行方については、<オウムXファイル>にも、その後付け加えられた情報はない。それどころか警視庁内では、林泰男の「海外逃亡説」は禁句となっている。
「海外へ逃亡したという推測は、捜査員の士気を低下させるので禁句となっています。すでに逮捕された信者からも、海外逃亡を匂わせる供述は一切ない。警視庁幹部の間では『考えたくもない』という思いがあるのです」(警視庁公安部幹部)

 ただ、<オウムXファイル>には、長官狙撃事件に関して、オウムの別の信者に関するデータがある。平田信(特別手配中)である。高校時代にインターハイにも出場した射撃選手であったことから、長官事件との関連が報じられていたが、「平田に結びつく証拠はなんら浮かんでいない」(特別捜査本部幹部)というのが実態だった。

 ところが、最近になって<オウムXファイル>に新しい情報が加えられたのだ。
「長官狙撃事件後、平田が在家信者に電話している中で、ズバリ『実はオレが(長官を)撃った』と語っているとの有力な証言を得たのです。
 また、逮捕された信者の供述から『平田だけは1千万を持って逃げている』ことが判明しました。ほとんどの幹部の逃走資金は数百万円であるのと比べ、破格の待遇なのです」(警察庁最高幹部)

村井刺殺事件と謎の人物
 オウム関連の事件で最も不可解なのは、オウム科学技術省トップの村井秀夫刺殺事件であろう。実行犯である徐裕行が「支持された」と名指しした暴力団幹部が無罪を主張するなど、事件の全容解明にはほど遠いという印象を誰もが持つはずだ。

 この事件では、暴力団犯行説が根強く囁かれていた。坂本堤弁護士一家殺害事件は、暴力団とはまったく関係がないことが判明したが、オウムと暴力団の関連は以前から噂されていたにもかかわらず、ほどんど明らかにされていない。まさにオウムのグレーゾーンである。
「オウムと暴力団との関連を明らかにすることが出来る唯一のキーは、村井刺殺事件にあると言っていいだろう」(警視庁ソ往査第一課幹部)

 警視庁捜査第四課(暴力団担当)幹部は、村井刺殺事件の全容解明のために、いまも専従捜査員を投入していると証言した。<オウムXファイル>にも、オウムと暴力団を結びつける情報が確かに存在する。警視庁捜査第四課幹部が証言した。
「多くの暴力団からの聞き込みの中で、村井刺殺事件に関する特異な情報が一つあったのです。それは、麻原影晃の支持により、腹心の大臣で現在も逮捕されていないA幹部が使者となって、オウムにお布施をしているBに村井刺殺を依頼したのではないか、という情報です。Bは、あるオウム支部を提供した人物でもあります。
 このBは麻原との関係が深く、妻の松本知子も逮捕される直前、三女アーチャリーを連れてBの自宅を訪問しています。松本知子は『逮捕される可能性が高いので、親権代理人として、アーチャリーを預かって頂けないか』と相談しているのです。この時、同行したのがA幹部です。
 Bには不可解な点が多い。例えば、Bの銀行口座の出入金の動きです。村井刺殺事件直後、オウムから数百万円単位の不可解な入金があったことが確認されています」
<オウムXファイル>には、他にも様々な情報が含まれている。例えば、オウムと政治家との関係について興味深い資料がある。内閣情報調査室と公安調査庁がそれぞれ独自に作成した、「オウム人脈チャート」がそれだ。

 チャートでは、麻原や村井などが、数人の自民党幹部や新進党幹部の名前と結びつけられている。山口組傘下の有力な直系組長の名前もある。しかし、いずれも未確認情報によるチャートだから、ここで具体的に列挙することはできない。

 ただ、<オウムXファイル>には、麻原が、政界に太いパイプをもつ親しい不動産業者のところに自ら足を運び、元副総理への紹介を依頼したことがあるなどと記載されている。
<オウムXファイル>は決して公開されることはない。しかし、特別指名手配中の信者たちが逮捕されて新事実が明らかになれば、そのファイルの量が減っていくことだけは間違いない・・・・。 

p192・193
「諸君!」96年6月号麻生幾192193
p194・195
「諸君!」96年6月号麻生幾194195
http://ozcircle.net/_uploader/174920968
http://ozcircle.net/_uploader/174930887  

「諸君!」96年6月号
よど号偽札犯を炙りだした知られざる「オウムXファイル」①
 謎に包まれた偽ドル事件。犯人逮捕の裏で囁かれた「オウムの北朝鮮コネクション」とは?
 麻生幾 ジャーナリスト

p188~191
 東京・霞が関の人事院ビル5階。ここには警察庁警備局の公安第一課、公安第二課、外事課など、公安警察の心臓部が集中している。
 三月末、監視カメラだけが不気味に睨みをきかせ、普段は静かな5階の廊下を、ダンボール箱や書類ケースを手にした職員が足早に行き来していた。1999年度に完成予定の新庁舎建設のために、同じフロアの別の部屋への引っ越し作業が行われていたのだ。各部屋から重要書類が運び出される中で、人目を避けるように、ある書類の束が”新しい部屋”に運び込まれたことに、ほとんどの警備局スタッフは気づかなかった。

 運び込まれたのは警備局の資料だけではない。人事院ビル3階にある刑事警察の中枢、刑事局操作第一課からの資料も含まれていた。警察組織の常識では、刑事局の資料がライバル関係にある警備局に持ち込まれることなど、「天地がひっくり返ってもないこと」(刑事局幹部)である。

 新しい部屋ーそこには、5月に予算が通れば警備局内に正式に新設される「特別チーム」が陣取っている。特別チームには、警察庁首脳部から極秘任務が与えられた。
<オウム真理教に関して、未解決及び不可解な事件を捜査せよ>

 警察庁刑事局幹部が証言する。
 
「オウムに関する特異な情報、分析のうち、信憑性はあるが真偽の確認ができず、そのままになっているデータばかりを集めてファイルしたのです」
 つまり、オウムに関する「闇」の部分を、警察の総力を結集して追及するために専従班を新設し、警備局と刑事局が収集した膨大なデータが集められたのである。
「オウムの闇」については、これまで多くのマスコが報道してきた。だが、警察庁が真剣に「闇」に取り組み始めるまでには、実はこの特別チームの登場を待たなければならなかったのである。

 警察庁のごく限られた幹部の間では、このファイルを暗号名でこう呼んでいる。
<オウムXファイル>

 いま、「Xファイル」というテレビ番組が人気を呼んでいる。舞台はFBI(アメリカ連邦捜査局)。UFO、超自然現象など不可解な事象や未解決事件ばかりを集めた捜査資料「Xファイル」をもとに、ストーリーが展開する。

 警察庁警備局の特別チームが保管する膨大なデータも、<オウムXファイル>と名付けられた。<オウムXファイル>は、グレーの目立たないスチール製の重いキャビネットに収められている。ファイルの冒頭には、「指定区分 極秘」、「極秘 無制限」などという文字が記されているものもある。これは警察庁でも最高ランクの極秘事項であることを物語っている。

 この<オウムXファイル>の一部と、最新の関係幹部の証言から、書かれざるオウムの「闇の部分」が次第に姿を現し始めたのである。 

 3月25日、よど号ハイジャック犯グループの一人、田中義三が、偽ドル札事件でタイの捜査当局に逮捕された。この事件については、いまだ不可解な部分が多い。田中は他のメンバーとともに北朝鮮に亡命したはずなのに、なぜタイにいたのか。

 また、田中は「林」という偽名を使っていたと伝えられるが、逮捕の直前、タイにオウムの「林泰男」(警察庁特別手配)がいるとの情報が流れたことと関係あるのかどうかー。

 すべては謎のままだ。しかし、<オウムXファイル>には、事件の深層が記されていた。

オウムの林を追え!
 田中の偽ドル札事件については、アメリカ財務省のSS(シークレット・サービス)が捜査を仕切ったかのように報道されているが、事実は違う。

 実際はCIA(米国中央情報局)が、すべてのオペレーションを組み立てていた。しかも、CIAが乗り出したそもそもの発端は、実は、日本の国松孝次警察庁長官の狙撃事件にあったのである。長官狙撃との関連は後で詳しく述べるが、まず<オウムXファイル>から、偽100ドル札事件の真相を見てみよう。

 1996年1月、タイのリゾート地、パタヤのホテルで、アジア系の男が両替をした。男は100ドル札90枚(日本円で約90万円)を、タイの通貨であるタイ・バーツに交換した。100ドル札は、世界各国のホテルで、常にニセ札の疑いをもたれているほど、要注意の紙幣である。パタヤのホテル側は、交換された偽ドル札の印刷面を不審に思い、バンコクのアメリカ大使館に照会した。

 通報を受けたアメリカ大使館の財務省SSのアタッシェが、すぐさま本国の照合センターに連絡を取ったところ、偽ドル札と判明。しかし、この時、財務省側は、この事件をそれほど重大視しなかった。
「財務省が重要視しているのは、西欧で流通している偽100ドル札なのです。SSの調査では、東南アジアで流通している偽100ドル札は、東南アジア圏内だけで使い回しされていることが明らかになっている。つまりアメリカの国家利益に直接的な損害を与えるものではない、という判断があったのです」(バンコクの日本大使館スタッフ)

 この事件に異常な関心を寄せたのが、CIAだった。CIAが注目したのは、偽100ドル札を使ったアジア系の男が両替書に「HAYASHI」とサインしていた事実だった。CIAは、この男がオウム幹部の林泰男ではないかと、強い疑いを持ったのである。

 バンコク市内は、約2か月後のASEM(アジア欧州首脳会議)を控えて、市場空前の厳戒態勢に入っていた。ところが、タイ警察当局は思ってもみなかった事態に直面する。タイのマスコミに連日、オウムの逃亡犯がASEMをターゲットにテロを敢行する、という恐るべき記事が載り始めたのだ。中には、会議に出席するクリントン米大統領が狙われている、といった憶測記事もあった。

 現地駐在のCIAスタッフにすれば、単なる憶測記事と一笑に付すわけにはいかない。情報機関としては、常に最悪の事態を想定しなければならないからだ。

 CIAスタッフは、警察庁から出向してタイの日本大使館に駐在する一等書記官を通じて、日本の警察庁外事課から特別手配犯の顔写真などの資料提供を受けたり、緊密な情報交換を行っていた。

 CIAはオウムにひどく敏感になっていた。そんな折りも折り、前述の「HAYASHI」の情報が飛び込んだのである。
 
 財務省SSから情報を得たアメリカ大使館のCIAスタッフは、すぐさまパタヤに向かった。「HAYASHI」と名乗る男は、まだホテルに在泊していた。CIAはたいの治安当局の協力を得て、男の部屋に盗聴器を仕掛け、撮影機材を整えるなど、監視下に置いたのである。さらにCIAは、男を密かに撮影、警察庁外事課から提供されていた写真と照合した結果、「林泰男に酷似している」と判断した。
「オウムの林を追え!」

 米国ニュージャージー州ラングレーのCIA本部にも緊張が走る。
「CIAは、オウムの林泰男が北朝鮮の支援を受けて海外逃亡を図り、その見返りとして偽ドル札の運び屋をしているのではないかと推測したようです」(警察庁外事課スタッフ)

「HAYASHI」を視察下に
<オウムXファイル>によれば、北朝鮮が偽造もしくは購入していると思われる精巧な偽100ドル札は、各国の情報機関の間では「スーパー・ノート」という極秘のコードネームで呼ばれている。これまでに、公表はされていないが、リビア、マカオ、スイスなどで数回、合計200万ドル(日本円で約2億円)の規模で発見されていつ。

 北朝鮮の狙いについては、「偽100ドル札を氾濫させることで、米ドルの信用性を失墜させ、アメリカ経済に打撃を与えるという通貨テロリズム」という観測もあるが、各国の情報機関のあいだでは「単に外貨が極端に少ない北朝鮮の経済事情」という見方が有力だ。

 ところで、CIAが撮影した「HAYASHI」と名乗る男の写真は、もう一人のアジア系の男とのツーショットだった。後になって、この男は、中国系カンボジア人で日本に帰化した「児玉章吾」だと判明するのだが、この段階では名前までは判らなかった。

 CIAは二人の男を24時間態勢で視察下に置いていたが、数日後、二人は陸路カンボジアに入る。そこで、プノンペンのアメリカ大使館のCIAチームが、すぐさま追跡を引き継いだ。

 2月9日、児玉はプノンペン発の航空機でバンコクのドンムアン空港に降り立った。その直後、CIAの通報を受けたタイの警察当局が身柄を確保するが、偽ドル札を所持していなかったため、証拠不十分で釈放されてしまう。

 だが、CIAは、児玉と「HAYASHI」を継続刺殺した。この時点でもCIAは、「HAYASHI」をオウムの林泰男と信じて疑わなかったのだ。

 3月25日、「HAYASHI」は、在カンボジア北朝鮮大使館の外交官三人と共に、大使館所有の車に同乗し、カンボジアからベトナムに出ようと国境に近づいていた。

 追跡していたのはCIAチームだけではなかった。この直前、CIAは米財務省に応援を求めていたのである。国境ゲートに入る寸前、本国から急派された20名ものSSとCIAチームが、北朝鮮大使館の車を包囲した。

 ところが車の中の男たちは、窓を閉め切ったまま立てこもった。男の一人が必死で携帯電話を使う。一時間後、北朝鮮外交官ナンバーをつけたもう一台の車が近づいてきた。

 その直後のことだ。二台の車が並ぶや、閉ざされていた車の窓が突然開き、大きな包みが、もう一台の車の中に投げ込まれたのである。男たちは抵抗をやめ、SSとCIAの合同チームの指示に素直に従った。

 車内にいた四人のうち三人は外交官旅券を所持していたため、身柄を拘束することはできなかった。だが、「HAYASHI」だけは外交官身分証明票を持っておらず、偽ドル札事件の容疑者としてタイに移送されることになったのである。

 車両からは、100ドル札で3万6千ドルが発見されたが、すべて本物だった。
「すでに偽100ドル札をマネーロンダリング(資金洗浄した後だったようです。事実、CIAの調査では、窓越しに手渡した大きな包みの中に、数十万ドルの偽ドル札があったとみています」(バンコクの日本大使館関係者)

 CIAは、移送した男は林泰男だと確信していた。

 在バンコクの日本大使館経由で、「HAYASHI」の諮問を警察庁の指紋照合センターに緊急送付。しかし、センターのコンピュータは、「林泰男」の名前は弾き出さない。コンピュータが「一致する」と画面に打ち出したのは、よど号ハイジャック犯の田中義三だった。

 3月28日の夜、警察庁と警視庁の主だった幹部のポケベルと携帯電話が一斉に鳴った。「よど号ハイジャック犯の田中の指紋を確認」という緊急連絡だった。

田中義三の「特別な任務」 
 田中はなぜ、偽100ドル札を持っていたのか。そしてなぜ、北朝鮮外交官が同行していたのか。警察庁外事課筋によれば、よど号ハイジャック犯たちは、それぞれが異なる役割を分担し、北朝鮮政府の支援のもとで活動していたと分析されている。

 例えば、先ごろ死亡した田宮高麿は、日本から訪朝した貿易関係者にしばしば目撃されていた。目撃されるどころか、よど号ハイジャック犯による「自主の会」事務所があった平壌のポトンガン・ホテルでは、日本からの貿易関係者がロビーにいると、田宮の方から近づいてきたという。
「彼らは、『中古車の商売をしている。日本から中古車を持ってくれば、いくら古くても高い値段で売れる。一緒にビジネスをしませんか』と言い、人懐っこく近寄ってくるのです。テロリストという雰囲気はなくて、単なる商売人という感じでした」(日朝貿易会関係者)

②に続く ミトラmemo25 よど号偽札犯を炙りだした知られざる「オウムXファイル」②
p188・189
「諸君!」96年6月号麻生幾188189
p190・191
 「諸君!」96年6月号麻生幾190191
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個人的な疑念です


【youtube】【戦後日本】19年目の地下鉄サリン事件に思うこと[桜H26/3/20] 
冒頭
オウム真理教には朝鮮系の人が多かった
一説には、化学兵器の実験ではなかったのか
と指摘されています
 
それですごく気になっていることがあります
聖路加病院院長の日野原重明氏です

『地下鉄サリン事件救急医療チーム最後の決断』 
http://www5a.biglobe.ne.jp/~t-senoo/Ningen/tikatetu_sarin/tikatetu_sarin.htm
「原因が特定できない中で患者に投与すれば、患者の命を危うくする恐れがあった。」
 「松本サリン事件の経験から、危険な解毒剤「パム」を使用する決断に至った」

日野原重明氏は
①よど号に乗っていた
②日本ユニセフ協会親善大使(アグネスチャン氏も)
③聖路加病院は聖公会 ご本人は日本基督教団=西早稲田2-3-18

あの日サリン事件被害者が聖路加病院に運ばれたのは偶然だったのでしょうか?


つい最近もこういう記事がありました
産経新聞オウム早川ロシアで武器買い付
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140321/crm14032111140004-n1.htm 



『地下鉄サリン事件救急医療チーム最後の決断』魚拓
http://megalodon.jp/2014-0322-0521-18/www5a.biglobe.ne.jp/~t-senoo/Ningen/tikatetu_sarin/tikatetu_sarin.htm 

参考
毎日プロパガンダ新聞 
よど号ハイジャック事件という闇 



この本はよど号犯とその妻のうち6人の手記を集めたもので、彼らは逮捕状、国際指名手配の取り消しを求める国家賠償訴訟を起こした。

そのうちの森順子氏の手記
第三章 田宮を祖国へ帰したい
より引用

p156~160
1 田宮を帰したい

父の遺骨を抱いて
 私が生まれ育ったのは、神奈川県の川崎という街です。父は、母の実家が大衆食堂をやっているとき、ここに下宿していました。父に関しては、朝鮮の黄海南道(ファンヘナムド)が故郷であること以外は、母でさえもなにも知りませんでした。自分のことを一切語らずに、父は死んでしまったからです。
 父の遺骨を抱いて田宮とともに1992年、黄海南道の父の実家を訪ね伯父さんと会ったとき、初めて、父が15歳のとき北海道の炭坑で働く兄を頼り、平安南道の南浦(ナムポ)という港から日本に渡ったことを知りました。1938年(昭和13年)①だったそうです。朝鮮が解放されるまで、まだ7年もあります。この年、すなわち朝鮮人民に対する日本の侵略策動が最高潮に達していた時期、父は15歳にして自分の祖国、そして家族と生き別れなければなりませんでした。父の悲しみと不幸、それは、まさに日本によって国を奪われた朝鮮民族の悲しみ、苦痛なのだと思います。

映画『チョンリマ』に感動
 私が初めて、自分の中の朝鮮人を意識したのは、小学生のとき『チョンリマ』という映画を観たときです。たしか近所の共産党のおばさんに連れていってもらいました。小さいときだったけど、この映画を観てひどく感動したことを憶えています。人々が生き生きとしていて力強く悲しみがない国というのが、朝鮮に対する私の印象でした。また、高校生のときに在日の人々に接して、彼らが自分の国を愛し朝鮮民族としての自信を誇りにし、祖国のために貢献することを生き方としていることにとても衝撃を受けました。
 このとき私は、自分も朝鮮人であることを大切にして生きていきたいと思いました。その後、朝鮮侵略の歴史や強制連行②の歴史などを勉強し始めました。関東大震災で多くの朝鮮人が殺された③ということも初めて知りました。家からそんなに遠くない横浜の小さな橋で何千人という朝鮮人が殺され捨てられたとありました。私にとって他人事ではありません。その場所に行かなくてはという衝動にかられました。その小さな橋の前に立ったときのショックは今でも忘れられません。私と同じ血を持った何の罪もない人が、こんな小さな橋で殺され捨てられたかと思うと、もう、怒りで自分の身体が裂けて、その血がこの橋に流れていくように感じました。橋を渡れば駅に近かったけれど、渡る気にはなれませんでした。この橋は靴を履いては渡れない橋だと思ったからです。
 このような体験をした私は、父を見る目も変わっていきました。その後、朝鮮語を習い父に教えてあげたり、同胞たちとも接するように強く言ったり、また、朝鮮への帰国船が出たとき、なぜ帰らなかったのかと迫ったりと、ずいぶん父にはきつく当たりました。でも父は何を言っても聞こうとせず自分の殻にとじこもっているだけでした。
 1975年、私が22歳の年に父が亡くなり、私はいっそう朝鮮というもう一つの自分の国に触れなければ、それまで悶々と悩んでいた自分の生き方、目的がしっかりと定まらないと考えていました。今こうしてあの頃のことを振り返ってみても、朝鮮に行くことや田宮たちのことを知ることは、私が生きていくうえで、どうしても通過しなければならないことだったと思っています。当時、それはむろん直観的なものであったけれども、それまでの自分内部のわだかまりが、そのことによってなにか「解ける」ような気がしたのも事実です。

もう一つの祖国の地を踏んだ
 父が亡くなり分骨しました。私も母もできれば、お骨を祖国の父の家族の元に帰したいと思っていましたが、その方法もなかったし、また同胞が眠っているお墓にでも入れば、父も安心するだろうとも考えたのです。しかし私たち家族が父の過去をいっさい知らないことに加え、自分の国に背を向けて生きてきた父を受け入れて欲しいというのも無視がよすぎる話でした。それで一時はあきらめたのですが、やはり、せめて祖国の地に眠らせて上げることでもしなければ、父はずっと泣き続けるだろう。そう思い、それから3年あまり、いろいろなつてを訪ねまわり、やっとの思いで父の遺骨とともに、もう一つの祖国の地を踏むことができました。1977年になっていました。
 黄海南道にいる父の家族のことは、私が幼いときから母が手紙でいろいろと手を尽くして探していたので知っていましたが、一度も便りが来たことがないので、朝鮮に来たからといって、父の家族の消息が分からなくても当然と言えば当然のことです。父が祖国の土に還るだけでも、私は十分だと思っていました。なので朝鮮の案内の人に、「調べてみましょう」と言われたときは、本当に有り難く思いました。
 それからまた、十数年経って、私は、田宮ととともに父の遺骨を抱いて、黄海南道にある父の実家を訪ねることができ、そしてあくる年には母も父の故郷へ連れて行ってやれました。

田宮との出会いと結婚生活
 私と田宮は、朝鮮という国がなかったら、出会うこともありませんでした。
 私が田宮の存在を初めて知ったのは、言うまでもなく、1970年3月31日「よど号」のハイジャックのときです。その頃、神奈川県の普通高校の一年だった私は、春休みの何日間、胸をドキドキさせながらテレビの前に座っていたことを憶えています。たぶん、田宮たちが朝鮮という国を選んだことへの衝撃と不安のようなものがあったのでしょう。
 赤軍派を知っている人なら、田宮たちが朝鮮でどうするのだろうということは、誰でも興味のあることだったと思います。しかし、過激派という言葉もろくに知らなかった私には、田宮たちがどういう学生運動をやり、どこの党派であるかなどということには、興味も関心もありませんでした。ただ、なぜ、ハイジャックの目的地を朝鮮にしたのか、彼らが社会主義朝鮮に渡り、日本人として何を見、何を学び、何を得、何を支えに生きていくのかということに最も関心があり、知りたいと思いました。
 小学生のころから私が一番行ってみたい国は朝鮮でした。社会主義と資本主義の違いがどこにあるのかなどを高校生の頃から漠然と考えていたこともありましたが、それよりも、朝鮮が私の父の国、父の祖国だったからです。
 私には行きたくても行けない、私のもう一つの祖国ともいえる朝鮮に、日本人である田宮らはいとも簡単に行ってしまいました。
 後で男性から聞き知ったことですが、「朝鮮が悪宣伝されているが、それは、実は我々にとって良い国だということではないか。敵にとって悪いものは、我々にとって良いはずだ」というのが、行き先に朝鮮を選んだ理由でした。単純といえば単純な理由なので笑ってしまいましたが、でも私はこの理由を知って、最も単純で率直なところにこそ、物事の核心があるように感じて、田宮たちが朝鮮に渡ったことは正解だったんじゃないかと思いました。
 

①来日が1938年
朝鮮半島で徴用のはじまる前なので自由意思で来日したのは間違いない
前掲書p164
 父は自分の国の言葉も話せず朝鮮人としての名前もなかったけれど、どういうわけか日本への帰化だけはしませんでした。帰化しないことがいいとか、よくないとかいうことではなく、結局人としての生き方の問題であると思います。私の父の場合は、帰化しないことによってかろうじて朝鮮人である自分を支え、朝鮮民族としての魂を守っていたのだろうと思います。これが父にとっては、せめてもの「譲れないもの」だったのでしょう。

とあるが自分には帰化出来ない理由、故郷を捨てざるを得ない理由があったとしか思えない
盆・正月には里帰りする朝鮮人で港がいっぱいになったというのだから渡航は自由だった
【wiki】君が代丸
 
②強制連行 (今時これを言うと失笑を買うということは知らないのだろう)
③関東大震災時の朝鮮人虐殺
関東大震災で日本人10万人を虐殺した朝鮮人の黒幕 
 当時朝鮮人テロリストが国家転覆を狙って活動していたのは事実なんですよ

嘘という土壌に育ったでたらめの草 

森順子氏の息子、森大志氏は市民の党の支持を受け三鷹市議に立候補している
未だ帰れない拉致被害者、特定失踪者が数百人いるというにも関わらず

参考
テロリストの遺伝子 
よど号犯と拉致 
日本の中の北朝鮮 チュチェ思想研究会 
よど号ハイジャック事件という闇 

【再び、拉致を追う】
北の欺瞞(中) 膠着 実行犯の引き渡しなく 信憑性ない「処罰済み」

 2008(平成20)年9月、北朝鮮の建国60周年記念の閲兵式を報じる朝鮮中央放送のニュース映像に、その男は映っていた。

 辛光洙(シン・グァンス)容疑者(83)。拉致被害者、原敕晁(ただあき)さん=拉致当時(43)=や、帰国した被害者の地村保志さん(57)、富貴恵さん(57)夫妻を拉致したとして、日本の警察当局が国際手配している工作員だ。

 昭和60年に原さん名義の旅券で韓国に入国し、国家保安法違反容疑で逮捕されながら、北朝鮮支持を貫いた「非転向長期囚」。平成12年に北朝鮮に身柄を送還された。北朝鮮は辛容疑者を“英雄”として扱った。

 14年9月17日の日朝首脳会談で、金正日総書記は「関係者はすべて処分した。おわびしたい」と説明した。だが、その後明かされた処罰者は2人で、辛容疑者とは別人だった。当時から辛容疑者が原さんを拉致していることは韓国の裁判記録から明らかだった。

 首脳会談以降、警察当局の捜査で日本人拉致事件の容疑者が次々と特定され、現在国際手配されている容疑者は辛容疑者を含め10人。北朝鮮がこうした容疑者らを処罰したという情報は一切ない。

直前の証拠写真
 国際手配されている10人の中には日本人3人も含まれている。日航機「よど号」乗っ取り犯の魚本(旧姓・安部)公博容疑者(64)と、いずれもよど号犯の妻の森順子(よりこ)容疑者(59)、若林(旧姓・黒田)佐喜子容疑者(57)だ。

 よど号犯グループによる拉致事件には、各国がマークしていた工作員が司令塔として関わっていた。キム・ユーチョル工作員(74)。欧州を中心に活動し、西側情報機関からは、頭文字から「KYC」と呼ばれた。来日経験もある。

 1983(昭和58)年7月、西側情報機関はコペンハーゲンの空港で1枚の写真を撮影した。キム工作員とともにベンチに座る拉致被害者の有本恵子さん=同(23)=が写っている。拉致される直前の“証拠”だ。キム工作員は魚本容疑者と共謀し有本さんを拉致した疑いがもたれている。

 キム工作員とよど号犯グループの拉致への関与は、よど号犯の元妻(56)の証言で明らかになった。よど号犯グループは今も拉致を否定する一方で、日本への帰国を希望する。森、若林両容疑者に拉致された松木薫さん=同(26)=の姉、斉藤文代さん(67)は「帰ってきたいのであれば、命がけで(拉致被害者を)捜し出して連れ帰ってほしい」と憤る。

信憑性ない「処罰」
 北朝鮮側の説明では、処罰されたとされる2人は拉致事件の「責任者」。1人が死刑、もう1人が15年の長期教化刑となったという。ところが、複数の脱北者は2人について、「処罰されたのは確かだが、別の不祥事が理由だと聞いている」と証言している。

 日本側に提供された北朝鮮の裁判記録の写しにも拉致に関する記述は少ない。日本政府は「責任者が処罰されたと認めることはできない」との立場だ。

 「工作員を現地人化させるために、現地から教官を連れてこい」。そもそも北朝鮮が、日本人をはじめ、世界各地から人々を拉致したのは、76(昭和51)年の金総書記の指令があったからだ。原さん拉致事件で、辛容疑者に「日本人を拉致して、その人物になりすまし、対南(韓国)工作を遂行せよ」と指令したのも金総書記だった。

 被害者の帰国が実現していないばかりか、拉致の実行犯らの身柄が引き渡されていない状態で、「拉致問題は解決済み」という北朝鮮側の主張を受け入れることは、到底できない。msn産経ニュース2012.9.18 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120918/kor12091801010000-n1.htm 

参考
よど号犯と拉致 

北朝鮮の覚醒剤2 元工作員の証言 続き

北朝鮮 拉致工作員
安 明進
徳間書店
1998-03


p213~220
18 巨大な偽造紙幣製作所「414連絡所」

 私が知るかぎりでも現在、日本国内には北朝鮮の三号庁舎と取引している秘密の違法団体が少なからず存在している。
 なぜなら北朝鮮当局は、偽ドル紙幣も製造しているからである。
 北朝鮮で最初に偽造紙幣を作って、海外で密売した部署は中央党三党庁舎である。三号庁舎ではすでに1970年代中頃から、この偽造紙幣を製造しはじめたと聞いている。彼らはヨーロッパのある国から、高度の精密機械と薬品を数十回にわたって持ち込んできて、数百回、数千回の実験を繰り返しながら偽造ドル紙幣を作りだした。
 偽造紙幣を製造している場所は他にもあるのだろうが、中央党三号庁舎の隣にある414連絡所をあず取り上げねばならない。行政区域としては平壌市牡丹峰(モランボン)区域戦勝(チョンスン)洞に位置している中央党三号庁舎の作戦部所属414連絡所は、北朝鮮で最も精密な偽造紙幣を製造しているからだ。
 この414連絡所は平壌市内だけでなく、平安南道平城(ピョンアンナムドピョンソン)市、開城(ケソン)市、江原道法洞(カンウォンドポプトン)郡 、黄海南道長淵(ファンヘナムドチョンヤン)郡、平安南道文徳(ムンドク)郡など北朝鮮全域に分所を置いている。こうした分所では、韓国や日本など世界各地域から発信されてくる電波を分析したり、北朝鮮スパイと交信連絡をしたりしている。
 414連絡所は北朝鮮で最も規模の大きい連絡所であるが、スパイを待機させて送りだすところではなく、多くのスパイ装備の製作及び交信連絡、偽造紙幣製造などを担当しているのだ。形式上では中央党三号庁舎通信連絡所となっているが、そこでは北朝鮮で一番優秀な人材を別途に募集し、彼らを偽造紙幣生産に従事させているのである。
 414連絡所には北朝鮮の最高レベルの学者はもちろん、海外で教育を受けた600名以上の技術者が勤務している。彼らは徹底した保安体制のもとに置かれており、中央党三号庁舎の隣にある414連絡所のアパートに集団で生活している。もちろん、彼らに自由行動などは許されていない。
 私たちが韓国人化教育会館で訓練を受けた時、100ドル紙幣を偽造しているところを見せられたことがあるが、当時、教官は私たちにこの紙幣がどんなに精密に偽造されているかをこの目で確認させようと、ヨーロッパと東南アジアから持ち込んだ偽造紙幣鑑別機にかけてみせたことがある。当局は偽造紙幣の精巧さを増すため、海外から偽造紙幣鑑別機を数十台も持ち込んでいたのだ。
 教官は本物の死ヘイト偽造紙幣、そして偽造紙幣の中でも最も成功に造られた紙幣など三枚を鑑別機に入れてみたが一枚も引っかからず、そのままきれいに通貨したのであった。それを目の当たりにした私たちは、開いた口がふさがらなかった。教官は、これさえあれば外貨の心配などしなくてすむと豪語していた。
 教官はさらに、この偽造紙幣を東南アジアや他の資本主義諸国に売って、本物の紙幣を手に入れていること、各地域の貨幣とも両替していること、またココム製品(対共産圏輸出統制品)もひそかに持ち込んでいることなどを語った。そして
「いろいろな国には、北朝鮮の偽造紙幣を専門的に取り引している団体があるが、私たちはその組織を保護しながらよく利用している」
 と付け加えたのである。
「私たちはすでに数十億ドルを他国の非合法団体と売買した」
「これからは数百億ドルを取引するよう計画されている」
 とも教官は話していた。
「そんな組織からは偽造紙幣だけでなく、麻薬、武器までも要求されている」
「私たちは何種類かの武器も、アメリカや他の国の製品と偽って密売している」
 と続け、偽造紙幣は勿論のこと、偽造紙幣を製造する装備(紙幣原版)までも日本や香港、東南アジアの国々に密売する計画があると言ったのだった。
 私は偽ドルに関する説明を受けながら、北朝鮮当局の思惑がどのような段階にまで進んでしまっているのかがわかるような気がした。

 以前、私は日本人ジャーナリストから、あるビデオテープを見せてもらったことがある。そのビデオは日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮へ渡った赤軍派メンバーの一人、田中義三(よしみ)①という男が、東南アジアで偽札取引の疑いで逮捕された事件を追ったものだった(編集部駐・田中義三は偽米ドルをタイで使った疑いで逮捕、タイへ連行された)。私はかつて金正日政治軍事大学で田中義三と思われる男を数回目撃したことがあったが、その時彼はいつも対外情報調査部員と一緒だったし、彼の乗ってきたベンツも対外情報調査部の車両だった。しかし、ビデオではなぜか作戦部要員と一緒に行動していた。
 ビデオに出ていた田中義三と一緒だった二人の北朝鮮男性は金正日政治軍事大学の第23期生で、私の二年先輩だった。
 彼ら二人は通信を特技として教育を受けたが、一人は李(仮名)であり、もう一人の名前はよく思いだせない。李は一方で武術が得意だったが、おそらく田中のボディガードか業務の助手として同行したのではないかと思われる。
 金正日政治軍事大学では武術だけでなく、いろいろな射撃術も教わるが、射撃の腕前はどこにも負けないくらいに磨かれる。銃というものは射撃経験が豊富な者ほど上手になるのは当たり前で、大学では各種戦闘射撃、テロ射撃などの射撃訓練ですさまじい量の銃弾を使って実習したから、学生の腕前は上がる一方だった。
 李は、卒業後は作戦部所属の対南侵入機関である南浦連絡所に配置されたが、なぜか田中義三とカンボジアで行動をともにしていた。おそらく北朝鮮に亡命した「よど号」の田中義三は北朝鮮当局の指令で東南アジアに出かけて謀略行為を実行したのだろうと私は思っている。

 最近になって、国際社会において北朝鮮船籍の船舶からの麻薬類の摘発や、偽造紙幣問題が騒がれているが、これはそれなりに原因があった。
 1992年当時、金正日は中央党各部署の責任者を集めて、三号庁舎を特別に褒め上げた。そして三号庁舎では偽造紙幣、麻薬、武器輸出などで多くの党資金を稼いでいるが、他の部署は与えられた外資集めの目標も達成できないでいる。何をしているのか、とひどく叱りつけたというのである。
 そのため北朝鮮の人民武力部、国家保衛部、社会安全部等が遅れを取り戻そうと、偽造紙幣、麻薬、武器密売などに改めて着手したが、急いだあまりやり方がずさんで、結果、海外での摘発につながったという。
 結局、三号庁舎は人民武力部や社会安全部、国家保衛部のような他の機関のせいで、海外への警戒心が強められ、打撃を受けた結果となってしまった。金正日のいらぬ言葉によって、三号庁舎の資金集めのルートが遮断されてしまったのである。といっても、三号庁舎は今後も決してあきらめることはないだろう。彼らはもっと知能的かつ巧妙な方法を使い、今まで通りの工作活動を続けるはずだ。
 北朝鮮は長い間、申告な外貨不足に苦しんでおり、可能な限りの手段を使って外貨稼ぎに血眼になっているのだ。
 北朝鮮が日本から中古自動車や中古の電気製品を輸入しているのは、おそらく多くの日本の人々もご存知だろう。これを担当しているのは中央党38号室で、彼らは日本との公式ルートを使ってこれら中古製品を輸出している。これはすべて金正日個人の外貨資金集めー蓄財ーのためであり、中央党38号室では日本から中古製品を輸入してきては、中国やほかの東南アジア諸国に再び輸出して利益を上げているのである。
 また中央党39号室も、北朝鮮全域から強制的に集められた金や松茸、北朝鮮の特産物あんどを日本に輸出して外貨を稼ぎ、金正日に献金している。
 彼らの外貨稼ぎはこれにとどまらない。中央党38号室と39号室、そして三号庁舎の統一戦線部では、在日同胞に金正日へ献金するよう強要しているのだ。金正日は多く献金した人に勲章まで与えているという。
 1991年頃だったと思う画、金正日は外貨集めに必死なあまり、中央党幹部の前でこのように宣言したという。
「50万ドル以上献金した人には、無条件で英雄称号を与えなさい。そうすれば彼らはもっと頑張るだろうし、私も彼らに面目が立つから」
 それだけでなく、砂金を集めようと、北朝鮮全域の河川をさらっている。洪水の被害が拡大した背景には、こうした行為もあるのではないだろうか。
 党は多くの山々を削り畑を作ろうとして森林を破壊したが、その被害は決して小さくはない。北朝鮮国民を直撃した洪水などの災害は、体制が意図的に自然を破壊してみずから招いた人災と同じだと私は思う。
 北朝鮮は三号庁舎と中央党38号室、39号室だけでなく、世界各地に派遣されている外交官をフルに利用して外貨稼ぎに躍気となっているが、その外交官が犯罪事件で摘発された例もある。偽造ドル紙幣を大量に海外に持ち出して、現地の銀行で両替しようとしたり、換金しようとして発覚したケースは数多い。
 それだけではない。ロシアで国際保護動物をやたらに捕獲して、ロシアの警察に捉えられたり、酒類の持ち込みが禁止されている中東アラブ諸国で酒を密売しようとしたことが発覚したりしている。北朝鮮の2300万の国民に困難な生活を強いているのもかえりみず、金正日体制は一体、どこへ進もうとしているのだろうか。


【wiki】田中義三
田中の3人の娘は、2001年5月に長女が、2004年1月に次女と三女が日本に帰国している。
田中の妻は2004年10月に帰国時に旅券法違反で逮捕され、2005年5月に懲役1年6ヶ月執行猶予4年が確定した。柴田泰弘の妻だった八尾恵の証言によると、田中の妻は北朝鮮に拉致された有本恵子の教育係であった。

参考
謎の住所 新橋2-8-16石田ビル ←よど号犯帰国事業に関わっている

今話題になっているこの動画
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請願法レク
山本太郎請願レク
http://twitcasting.tv/yamamototaro0/movie/24678809


【youtube】6.9 中山成彬議員の国会答弁を周知するデモ【シバキ隊突入編】 
中山成彬デモしばき隊横川圭希
斎藤まさし横川圭希
【ニコニコ動画】山本太郎議員 道交法違反(←沖縄らしい

山本太郎斎藤まさし
画像はこちらから
http://www.hoshusokuhou.com/archives/33819092.html
 

1山本太郎斎藤まさし
山本太郎真っ黒・・・もとい真っ赤

三宅洋平斎藤まさし
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/95785

つまり
しばき隊→横川圭希氏→山本太郎議員→斎藤まさし氏

市民の党・民主党・北朝鮮
ワタクシの邪推ですけど
しばき隊が暴れてもなかなか逮捕されなかったり、全然報道されなかったりするのはこの辺の繋がりがおありだからでしょうか

よど号ハイジャック犯の妻たちの多数が主体(チュチェ)思想研究会
日本の中の北朝鮮 チュチェ思想研究会
オウム真理教・村井秀夫刺殺犯の徐裕行氏も主体(チュチェ)思想研究会
徐は主体思想研究会員

しばき隊にリツイート
https://twitter.com/whokilledxxxxx/status/381400898984898561
しばき隊の人にリツイートしてますね

偶然
でしょうけど

19
有田芳生の広げる波紋
終わらないオウム対談4
ミトラmemo4 『終わらないオウム』 
上祐→宮内→しばき隊
上祐史浩→宮内春樹→しばき隊

31有田鈴木邦男

有田芳生ツイッター武者小路公秀
武者小路公秀氏 →エセ人権活動家 武者小路公秀 
キムイルソン主義研究HP
【沖縄の真実】③沖縄の「属国化」を見据える中国 琉球独立運動を後押しする報道も 

この人達全部繋がってるようにしか見えないんですけど

【まとめ】
▼山本太郎議員の請願法レクにまで出席する横川圭希氏はしばき隊のベンツ助手席に乗っていた
▼山本太郎議員の選挙アドバイザーは斎藤まさしこと酒井剛(市民の党)
▼市民の党はよど号犯の息子を三鷹市議に擁立・よど号犯の妻の多数が主体(チュチェ)思想研
▼オウム真理教村井秀夫刺殺犯・徐裕行氏も主体(チュチェ)思想研
▼オウム真理教上祐史浩氏・一水会顧問鈴木邦男氏・徐裕行氏・有田芳生議員で対談
▼有田芳生議員がHPに掲載したヘイトスピーチに関するアンケートは武者小路公秀氏=主体(チュチェ)思想国際研究所理事 

田宮インタビュー
テロリストの遺伝子
「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」 

参考
『OPKオペレーションコドモタチの実態調査』
http://togetter.com/li/285853 (胡散臭い....
「東アジア共同体」と斎藤まさし 



帰国五人ー金正日謀略の構図(『文藝春秋』2002年12月号)
後半より引用

p65~66
「日本革命テーゼ」の闇
  北朝鮮が関係するテロリズムは大韓航空機爆破事件だけではない。80年代から90年代にかけて、北朝鮮はよど号グループと日本赤軍を巧みに操り、もうひとつの国際テロ組織網を作り上げていた。よど号グループによってヨーロッパで拉致された石岡さん、有本さん、そして、松木さんはその犠牲者だ。

 よど号グループと日本赤軍は、金正日が70年代前半によど号グループの主犯格、田宮高麿を通じて重信房子を平壌に呼び出して会談していることなどから、かなり強力な連携を持ったテロ組織を作り上げていたと考えられる。その後、日本赤軍のメンバーが使っていたパスポートが実は石岡亨さんのものを元に偽造したものであることも明らかになった。ソウル・オリンピックの前年、よど号犯の妻たちが日本赤軍メンバーとユーゴスラビアや香港、チューリッヒなどで行動を共にしていた可能性が高いことも各国の情報機関が集めた渡航記録によって確認されている。金正日がよど号グループと日本赤軍を使って何を企んでいたのかはいまだに明らかにされていないが、よど号グループに拉致された石岡さん、有本さん、松本さんら三人の拉致被害者はそのネットワークの一部を知っているために、「死亡」とされた可能性が高い。

 よど号グループと日本赤軍が絡んだテロ工作の舞台は海外だけではない。この日本でもテロを実行しようとしていた証拠がある。驚くべきことに、彼らは金正日本人から「主体思想で日本革命せよ」という指令を受け取り、日本でも工作員をリクルートするオルグ活動を展開したのだ。金正日のこの指令は「日本革命テーゼ」として知られている。よど号犯の妻の一人である八尾恵は「日本革命テーゼ」に従って、横須賀でスナックを開き、何人かの防大生や自衛隊員と親しく付き合っていたことがわかっている。数か月で八尾が逮捕されたが、もし店が続いていたら、いまごろ自衛隊幹部にも金正日シンパがいた可能性は否定できない。

 2000年4月、その八尾恵が突然、「拉致の運動に協力したい」といって「現代コリア」を訪ねてきたことがあった。私たちは「自分のやったことすべて告白しなければダメだ」と断ったが、「日本革命テーゼ」の在り処について尋ねると「紙には書いていないが、全部、頭の中に入っている」と答えた。彼女は2002年に入って、有本さん拉致に関わったことについては告白したが、「日本革命テーゼ」については一言も公にしていない。八尾が出した著書『謝罪します』の中でもこの点には一切触れていない。 

p67~68
金正日の新たな謀略
 帰されない八人は北朝鮮がテロ国家であることの生きた証拠だからこそ、「死亡」とされたのだ。横田めぐみさん、市川修一さんはテロ工作員養成学校である金正日政治軍事大学で教師として働いているのを安明進に目撃されている。増元るみ子さんは市川さんの妻だった。田口八重子さんは大韓航空機爆破犯、金賢姫の日本人化教師。石岡亨さん、有本恵子さん、松木薫さんの三人はよど号グループによって拉致され、彼らの非合法活動に旅券などが利用されている。また原敕晁(はらただあき)さんは北朝鮮の工作員、辛光洙(シンガンス)によって拉致された。辛光洙は原さんのパスポートを使って、様々な特殊工作に携わった上、今も北朝鮮で健在で勲章まで得ている。

 2002年始め、ブッシュ政権は北朝鮮を「悪の枢軸」のひとつとして名指しした。イラクが国家存亡の危機にあるのを横目に見ている 北朝鮮の心中が穏やかなはずはない。「アメリカだけは敵に回したくない」というのが北朝鮮の本音だろう。八人の存在を表に出せば、金正日のテロリズムが表沙汰になり、「悪の枢軸」の一員であることが立証される。金正日は「八人は死んだ」とするしかないのだ。

 ようやく帰国が叶った五人のニュースは誠に喜ばしいことだ。しかし八人死亡も五人帰国も、金正日が日本に新たに仕掛けて来た謀略の一環である。帰国した被害者たちは、「特殊機関」に務めていた時代については口を閉ざしている。報道等でわかるように、彼らが語る北朝鮮の生活はそれ以降のことがほとんどである。北朝鮮に置いてきた夫や子供らを日本に取り戻した後、彼らがすべてを自由に話せるようになれば、それは完全解決への大きな一歩となるだろう。
☆☆☆☆☆☆☆☆

よど号犯の妻たちは拉致工作に関与しているが、主体思想研究会に属していた人が多い
日本の中の北朝鮮 チュチェ思想研究会
武者小路公秀
人権擁護法案という名の人権侵害法案を作ろうとしている
エセ人権活動家 武者小路公秀 

「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」
「主体思想で日本革命せよ」

反原発と極左テロリスト1 ←重信房子の娘・重信メイ
テロリストの遺伝子
反原発・日本赤軍・従軍慰安婦・北朝鮮
(結局西早稲田2-3-18と繋がっているわけです)

あなたの隣にいるかもしれない朝鮮人工作員 ←原敕晁さん拉致の経緯
韓国民主化運動という赤化運動 ←辛光洙釈放嘆願運動の背景

人道的支援
それは立派なことなんですけどね
被害者は無視して加害者のみを支援する「人道」というのはありえない
そんなものを人道と呼んでいいわけがない

救援連絡センター山中幸男・よど号家族帰国
謎の住所 新橋2-8-16石田ビル 




p152・153
妻たちのバックグラウンド
 海外だけでなく、日本にも潜入帰国して水面下の活動を続けてきた、よど号グループの妻たち。その妻たちが、そもそもなぜ北朝鮮に向かうようになったのだろうか。警察庁が作成した秘密文書は、妻たちが、いずれも日本を出国する以前に、北朝鮮に関する社会運動などに関わっていたと指摘している。思想的な共通点があるというのである。
 文書は妻たちのいわゆる「活動歴」を次のように記していた。

氏名 よど号事件時年齢 当時の身分 初回出国時までの活動状況
K・T       22歳 看護婦 確認されていない
魚本民子   17歳 高校二年 朝鮮国籍書き換え事務に抗議(高校時代)
森順子    16歳 高校一年 朝鮮問題等で活動(高校以降)
黒田佐喜子 15歳 中学三年 チュチェ思想に傾倒して活動(短大以降)
A・E      14歳 中学二年 チュチェ思想に傾倒して活動(短大以降)
八尾恵    14歳 中学二年 チュチェ研兵庫県グループ(高校以降)
水谷協子   13歳 中学一年 朝文研会員として活動(大学以降)

p153~156 
チュチェ思想研究会
 それでは、妻たちの多くが出国前に活動していたチュチェ思想研究会とは、どのような団体なのだろうか。 中嶋は「日本キムイルソン主義研究会」会員がチュチェ思想研究会の成り立ちを記した資料を見つけてきた。「キムイルソン主義研究」という冊子に掲載された「チュチェ研活動は歴史を前進させる誇りある活動」と題する論文である。
(略)
 その資料によると、日本国内でチュチェ思想研究会の活動が始まったのは、よど号ハイジャック事件の翌年、71年のことだったという。発祥の地は群馬県だった。
「1971年12月、群馬朝鮮問題研究会が結成されました。群馬朝鮮問題研究会の結成は今日のチュチェ思想研究会活動の貴重な出発点となりました」
 群馬朝鮮問題研究会を発足させたのは、現在も日本のチュチェ思想関連団体の頂点に位置する「チュチェ思想国際研究所」の事務局長を務めている人物である①。その後、チュチェ思想研究会の活動は、学者や労組幹部、教員、青年などによって担われ、東京や各地に広がっていった。
 「群馬で灯ったチュチェの炎は、東京をはじめとする各地に広がり、1974年、青年チュチェ思想研究会連絡協議会が結成されました。
 青年たちは苦労をものともしないで、チュチェ思想を普及する活動に喜びを感じながら全国各地に飛び立っていきました」
 かなりの行動力と組織性を持った運動体として、チュチェ思想研究会が動き始めたことがわかる。さらに記述は続く。
「・・・・1974年には東京の千代田公会堂で朝鮮映画『血の海』の上映会がおこなわれ、600余名の人々が参加しました。この上映会は、10万枚の案内ビラをつくって準備がおこなわれました。また1976年には、伊豆に合宿所が建設されました。その他、活動の必要から、出版所や保育所などが建設されました」
 それぞれの履歴と照合すると、よど号グループの妻たちがチュチェ思想研究会と出会ったのは、ちょうど研究会そのものの活動が拡大していくこの時期と重なっていることがわかる。そして、チュチェ思想研究会は、全国に拠点を持つようになる。
 「1977年3月、日本のすべての都道府県でチュチェ思想研究グループが組織されました。同年3月13日には、日本の全都道府県で朝鮮映画会がいっせいにおこなわれました」

  チュチェ思想研究会はさらに新たな組織を発足させていく。1980年には「日本キムイルソン主義研究会」が結成され、その意義がこう記されている。
 「・・・・キムイルソン主義研究会はキムイルソン主義の旗を日本の全土に根づかせ、キムイルソン主義者を育成することを事故の歴史的使命として掲げ、これまでのチュチェ思想研究会活動を高い段階に引き上げるうえで画期となりました」
 そして、キム・イルソン主席が死去する前の93年には「キムジョンイル著作研究会」も結成され、論文は「キムジョンイル総書記が現時代の指導者であり、キムジョンイル総書記に学ばなくてはならないことを宣言するものとなりました」と記している。
 チュチェ思想関連団体は今も日本国内で活動を続けているが、その組織基盤が出来あがったのは、70年代から80年頃と言ってもよいようだ。その頃、韓国はパク・チョンヒ(朴正煕)大統領による「独裁政権」の時代であり、73年には、当時、韓国の民主化運動の旗手だったキム・デジュン(金大中)氏が日本で駐日韓国大使館員らによって拉致される事件が起きた。74年にはパク大統領夫人が狙撃されて死亡(文世光事件)、79年にパク大統領暗殺事件があり、80年には民主化を求めるデモが鎮圧され、参加した学生たちに多くの死傷者を出した「光州事件」が起こっている。

 資料を見つけ出してきた中嶋は、学生運動ほど大きな潮流にならなかったとはいえ、この頃、日本で北朝鮮のチュチェ思想研究会の活動が広がったのは、何となく納得できるような気がした。つまり、この頃は、韓国の「影」の部分があまりにも日本国内で広く認知されていた。その反動で、一部の人には北朝鮮の「影」の部分は見えにくく、月並みな言葉で言えば、やはり「地上の楽園」としか映っていなかったのではないか②。また、学生運動自体は、72年に起きた連合赤軍による「あさま山荘事件」などによって大衆から確実に遊離していったが、このようなこくない運動の閉塞感が、社会主義や革命への思いを残した若者の一部を、「社会主義が成功した国(と信じられていた)」、北朝鮮に向かわせたのではないか。
 よど号グループの「支援者」の元学生運動家への取材を重ねてきた中嶋は、そう感じざるを得なかった。

p156・157
誰が北朝鮮に向かわせたのか
(略)
 妻たちの出国の事情については、八尾元店主が裁判や自著の中で、在日朝鮮人などが関与し、よど号グループの妻となるために必然的に北朝鮮に送り込まれた、という経緯を語っている。(略)
 その疑問を解消するために、チュチェ思想研究会に所属する研究者等の連絡先を何人かリストアップし、実際に裏付け取材に走ったが、「(よど号グループの妻たちと)チュチェ思想研究会は無関係だ」という否定的な回答しか返ってこなかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【wiki】チュチェ思想研究会

チュチェ思想研究会(チュチェしそうけんきゅうかい)とは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)及び朝鮮労働党の公式政治思想であるチュチェ(主体)思想を信奉する北朝鮮国外の団体。略称は「チュチェ研」。

ここでは、特に断りがない限り、日本国内の組織について述べる。 現在のチュチェ思想研究会全国連絡会の会長は、佐久川政一沖縄大学名誉教授。

概要
チュチェ思想国際研究所事務局編『チュチェ思想国際研究所』によると、1969年4月にアフリカのマリ共和国で組織的に学ばれたのが、チュチェ思想海外進出の嚆矢とされている。

日本においては、1971年に尾上健一①が設立した「群馬朝鮮問題研究会」が起源である。その後、日本各地に「チュチェ思想研究会」が多く設立された。1974年には、全国組織としてチュチェ思想研究会全国連絡会が設立されている。大小さまざまな「チュチェ研」があるが、その中でも最大規模の団体が日本教職員チュチェ思想研究会全国連絡協議会である。

地域単位、職場単位でチュチェ研が組織された。特に影響を受けたのは、日本社会党(現社会民主党)と社会党の支援団体であり、社会党の朝鮮半島政策にも大きな影響を与えることになった。なお日本共産党はチュチェ研を「金日成盲従集団」と定義づけ批判していたため、共産党に対する影響力はない。

関連組織に「自主の会」(機関誌:「自主の旗」「自主の道」、指導者:尾上健一など)を持つ「日本キムイルソン主義研究会」とは別組織。

背景

1970年代の日本の新左翼運動は、山岳ベース事件や連続企業爆破事件などの不祥事を立て続けに起こしたことにより、次第に行き詰まりつつあった。そんな中、「千里馬運動で躍進中の朝鮮民主主義人民共和国」が大きくクローズアップされ、北朝鮮政府の情報統制と相まって「共和国(北朝鮮)の素晴らしさ」が盛んに喧伝されることになり、急速な組織化が進むことになった。

参考
エセ人権活動家 武者小路公秀 
徐は主体思想研究会員
韓国民主化運動という赤化運動 ←②マスコミ総出での韓国の「影」喧伝

チュチェ思想研究会を後押ししてるのは
日本を敗戦国のままにしておく装置 

保守速報さんから
【緊急!】居候の韓国人にボコられて軟禁されてる奴が助けを求めてるぞ【音声有り】
http://www.hoshusokuhou.com/archives/29968691.html 
大変なことが起きているかもしれない
今現在進行中の事案であるので今後の展開を待ちたい

この事件は新潟県新発田で起きているのだが
新発田はあの市民の党献金の黒岩宇洋が住んでいる
田宮高麿の実家があるなど色々香ばしい土地とコメントにあった

黒岩宇洋事務所 新発田事務所 村上事務所
黒岩宇洋事務所
http://www.t-kuroiwa.jp/information/index.html

【wiki】黒岩宇洋 
黒岩 宇洋(くろいわ たかひろ、1966年10月13日 - )は、日本の政治家。民主党所属の元衆議院議員(1期)。元参議院議員(1期)。法務大臣政務官(菅改造内閣)。母親は元参議院議員の黒岩秩子。
来歴新潟県南魚沼郡大和町(現・南魚沼市)出身。4男3女の長男。姉の萌実とともに男の子と女の子の双子として生まれた。母方は旧男爵の北大路家。父親は学生運動に参加していた

黒岩宇洋プロフィール
http://www.t-kuroiwa.jp/profile/index.html
北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 筆頭理事 って何の冗談....
黒岩宇洋務政務官
<法務大臣政務官に就任>
平成22年9月21日衆議院1期生でありながら菅総理より「政務官」を拝命。国会に送って頂いた有権者の皆様に感謝し、法務省での「公務」と議員としての「政務」を両立し、民主党内閣の一員として責任を果たす決意をする。菅内閣のみならず鳩山政権時代を含め、民主党政権下では衆院1期生での政務官就任は私1人。責任の重さを痛感いたします。
 菊田真紀子、鷲尾英一郎、黒岩宇洋
橋下発言の波紋
新潟と言えば森ゆうこ議員、田中夫妻とろくな政治家が浮かばない

そういえば中国書記官スパイ疑惑事件の筒井信隆元議員も新潟6区
この事件の田中公男氏は池口恵観氏とも繋がりがある
【youtube】【西田昌司】朝鮮総連本部ビルを落札した池口恵観とは?[桜H25/3/28]

更に篠田昭新潟市長も市民の党と関係があるようだ
NAVARまとめ『新潟市長・篠田昭さん来歴一端』
http://matome.naver.jp/odai/2135484547115284401

【wiki】田宮高麿
田宮 高麿(たみや たかまろ、1943年1月29日 - 1995年11月30日)は日本の新左翼活動家。赤軍派軍事委員会議長。よど号グループのリーダー。通称「まろ」。

人物
岩手県出身。大阪府立四條畷高等学校卒業。大阪市立大学第二部(夜間部)で学生運動に参加。
1970年3月31日に仲間8人とともに日本航空機のよど号をハイジャックした(よど号ハイジャック事件)。このハイジャック事件では実行の首謀者であった。よど号は当初は平壌と誤認させてソウルの金浦国際空港に降りさせる偽装工作を行っていたが、田宮は当初これに気がつかず、他のメンバーに指摘されて偽装工作に気づいた[1]。田宮は乗客に対しメンバーの中でただ一人苗字を明かした人物である。金浦国際空港での政府との交渉の末、乗客を解放をする際に、田宮は別れを主題にした詩吟を謡った。
4月3日に北朝鮮に渡り、その後は現地に在住しながらよど号グループのリーダーとして活動を続けた。後年知人でジャーナリストである高沢皓司から日本人拉致問題について追及を受けている。これに対し田宮は「難しい問題だが(解決に)努力したい」と語っている。
田宮は1995年11月30日に平壌で死亡したとされ、当局は死因を心臓麻痺と発表している。しかし、前日の29日に赤軍派議長だった塩見孝也が田宮に平壌駅で見送られており、死亡日前日まで田宮が元気であったことが確認されていることから、高沢をはじめ拉致事案を追っているジャーナリストの多くが田宮の死に疑問を呈している。特に親交の深かった高沢は、田宮の死でよど号グループとの交渉のパイプ役を失ったと語っている。

その他
妻である森順子は欧州における日本人拉致事案に関与しているとして、警察庁により国際指名手配されている。
田宮の3人の子供は、2001年5月に長女が、2004年1月に長男が、2004年9月に次男が日本に帰国している。
長男である森大志は1983年北朝鮮生まれ。ピョンヤン郊外三石区域元新里の「日本革命村」で育てられたのち、2004年に日本に帰国。2011年4月に三鷹市議会議員選挙に市民の党から立候補したが、37人中33位(定数28)で落選した。
連合赤軍最高幹部として山岳ベース事件を起こす森恒夫は田宮と同じ大阪市立大学に在学しており、学生運動において田宮の忠臣であった。大菩薩峠事件で赤軍派が壊滅状態になった際の政治局員の補充に森が挙がった際に、田宮は「森は度胸のないからだめだ。ゲバ棒一本持てんやつに戦争ができるか」 と反対したように、森の力量に疑問を持っていた(最終的に森は赤軍派政治局員になった)。
遺骨は田宮の兄が北朝鮮から持ち帰り、生前の願いであった、田宮家の菩提寺である新潟県新発田市の瑞雲寺の墓に埋葬された

脚注
1.人質だった日野原重明の証言による。 


え....日野原重明?(日本基督教団=西早稲田2-3-18)
→ 毎日プロパガンダ新聞 
  異教徒との戦い4 赤い学者の培養所 

まさかの「よど号事件」遭遇で得た、人生後半戦への決意 -聖路加国際病院理事長 日野原重明氏
「人生の最悪期」を支えてくれた金言

PRESIDENT 2011年12月5日号

 私は11年10月で100歳を迎えました。これだけ長生きしていますと、人生には予期しない事件も起きます。1970年3月31日、日航機「よど号」のハイジャック事件に巻き込まれました。

 あの日は、学会に出席するため羽田から福岡に向かっていました。飛行機が富士山頂に差しかかる頃、9人の若者が突然立ち上がり、日本刀を抜いたリーダーらしき人物が「我々日本赤軍は、この機をハイジャックした。これから北朝鮮の平壌に行く!」と叫んだのです。

 彼らは手分けして、乗客とスチュワーデス120人あまりの手を麻縄で縛りました。「大変なことになった」と思った私は、自分の気持ちを確かめるため、そっと脈を測ると平常より幾分速い。やはり動揺していたのでしょう。

 そのとき脳裏に浮かんだのが、子どもの頃から習い親しんでいた聖書の一節でした。「マタイによる福音書」8章26節の「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ」という言葉です。イエスがガリラヤ湖に弟子たちと釣りに行ったとき、にわかに暴風に襲われ、舟は波にのまれそうになりました。恐れおののく弟子たちをイエスがこう叱咤し、風と湖をなだめると嵐は静まったのでした。

 と同時に、尊敬していたウィリアム・オスラー医師の言葉を思い出しました。先生は「医師はどんなときでも平静の心を持つべきだ」と説いていたのです。私も「とにかく落ち着こう」と自分に言い聞かせました。

 朝鮮海峡上を飛んでいるとき、「機内に持ち込んでいる赤軍機関誌と、その他の本の名を放送するから、何を読みたいか、手を挙げよ」と言って金日成や親鸞の伝記、伊東静雄の詩集、次いでドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』などを挙げたところ、乗客の誰も手を挙げませんでした。私1人だけが、『カラマーゾフの兄弟』を借りたいと手を挙げたら、文庫本5冊を膝に置いてくれました。

 本を開くと、冒頭の言葉が目に飛び込んできました。「1粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ1つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」(ヨハネによる福音書12章24節)。

 機内へ強行突入があれば、私は死ぬかもしれないが、その死は何かの意味を持つのではないか……。先の2つの言葉と、文庫本を膝の上にして、私の気持ちは少し楽になったのです。

 幸い、私は無事に帰還できました。解放されて韓国の金浦空港の土を靴底で踏んだとき、感謝の念とともに「これからの人生は与えられたものだ。誰かのために使うべきだ」と感じました。還暦を目前にして、そう思えたことが私の人生の後半を決めてくれたのです。

聖路加国際病院理事長 日野原重明
1911年生まれ。父は牧師をしていた。京都大学医学部卒。同大学院修了。41年より内科医として聖路加国際病院に赴任。2005年、文化勲章受章。現在も診察を続ける一方、全国の小学校で「いのちの授業」を行う。『子どもを育てる聖書のことば』など著書多数。PRESIDENT ONLINE2013.5.10
http://president.jp/articles/-/9320 


よど号メンバー 事件遭遇の日野原重明さんに謝罪の手紙


 1970年3月に発生した日航機「よど号」ハイジャック事件で、北朝鮮在住の元赤軍派メンバー4人=国外移送目的略取容疑などで国際手配=が、乗客として人質になった聖路加国際病院理事長の日野原重明さん(100)に事件を謝罪する手紙を親族を介して手渡していたことが26日、分かった。

 共同通信の電話取材に応じたメンバーの若林盛亮容疑者(64)は「日野原先生が100歳の誕生日を迎えられたことを機に、おわびとお祝いを兼ねて何かするべきだろうという話になった」と手紙を出した経緯を説明した。

 手紙の文章は小西隆裕容疑者(67)が執筆し、4人の連名を付記した。
う先月、訪朝した際に手紙を託された小西容疑者の母親(90)が25日に日野原さんの元を訪れて手渡したという。sponichi annex2011.11.26 
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/10/26/kiji/K20111026001896690.html 

共同通信→韓流と北朝鮮2 

小西隆裕池口恵観若林盛亮
左から:小西隆弘・池口恵観法主・若林盛亮
朝鮮総連本部競売2 池口恵観法主 

鈴木邦男よど号犯3
左から:若林盛亮・鈴木邦男・小西隆弘
遺骨利権の代理人有田芳生

きじま正之鈴木邦男
http://kunyon.com/shucho/101220.html 

大杉栄の故郷、新潟県新発田市で市長選挙が行われた。私の応援していた鬼嶋正之さん(63才)は残念ながら敗れた。新市長には二階堂馨さん(58才)が当選した。鬼嶋さんが当選したら、かなり面白いことが出来る。と大いに期待していたのに、残念だ。結果が決まった翌日、鬼嶋さんから電話があった。「お世話になったのに申し訳ありません。激励の言葉も頂いたのに。出遅れたのが響きました」
僕なんか何もしていない。激励の言葉を色紙に書いて送っただけだ。それに、鬼嶋さんとは一度しか会ってない。それなのに、わざわざ電話をくれた。律儀な人だ。誠実な人だと思った。
電話では、鬼嶋さんの伯父さんの木島力也さんの話になった。かつて学生運動が盛んだった頃、一世を風靡した月刊誌『現代の眼』があった。これが当時の運動を作ったとも言える。左翼も右翼も、運動をしている人は皆、読んでいた。その上、アカデミズムにも権威のある雑誌だった。 

(親戚でどうして二通りの苗字表記になるのか)

きじま正之鈴木邦男連載漫画YMCA
『現代の眼』に掲載されていたという漫画
右上のコマ「神田美土代町YMCAにて社会主義同盟第二回講演会」
反日ネットワークの正体 

当たり前だと思っている目の前の平凡な世界が
朝鮮人が絡むと当たり前が当たり前でなくなりたちまち闇にのまれる

朝鮮総連本部競売1 民主党の密約 続き

東京の朝鮮総連中央本部を宗教法人が落札

 東京都心の一等地にある在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の建物(写真)と土地が競売にかけられ、鹿児島県の宗教法人・最福寺が落札した。最福寺の池口恵観法主は北朝鮮と緊密な交流のある人物として知られており、朝鮮総連は今後もこの建物を使用するとみられる。日本の整理回収機構は26日、東京地裁で行われた競売で、東京都千代田区の朝鮮総連中央本部の建物と土地を、宗教法人・最福寺が45億1900万円で落札したことを発表した。

 朝鮮総連中央本部の建物は延べ面積1万1740平方メートルで地上10階、地下2階だ。一時は200億円の価値があるとされたが、現在は景気不振などの影響で価値は暴落。競売前の鑑定額は26億6830万円だった。朝鮮総連は今年2月までに627億円の負債を返済できず、競売にかけられるに至った。

 落札した最福寺は鹿児島市内にある真言宗系列の寺だ。池口恵観法主は医学博士で、安倍首相など複数の政治家とも親しく、「永田町の怪僧」というあだ名もある。永田町とは国会議事堂、首相官邸、政党本部などが密集する地域のことで、日本の政界を意味する。池口法主は昨年4月、平壌で開催された「金日成(キム・イルソン)主席生誕100周年」の記念行事にも参加するなど、何度も北朝鮮を訪問したことがあり、北朝鮮からは「親善勲章第1級」を授与されている。2011年4月には「金日成主席観世音菩薩(ぼさつ)像」を作り、北朝鮮に寄贈した。

 今回の競売には4者が参加し、入札の最低額は21億3460万円だった。競売後、池口法主は「アジア平和の場として(建物を)使用したい」と述べた。これは毎日新聞が報じた。

 東京地裁は落札者の資格を慎重に調査する方針だ。朝鮮総連が宗教法人側に資金を提供したことが明らかになれば、売却は認められないからだ。落札資格に問題がなければ、29日に落札が正式決定する。

李漢洙(イ・ハンス)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版2013.3.28
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/03/27/2013032700353.html  

どの記事でも良かったのだが朝鮮日報はすぐ見れなくなるのでコピペしておいた

謎多き池口恵観氏の素顔 総連本部落札の最福寺法主 5度の訪朝で要人とも接触…
 「96年に、よど号グループの1人、田宮高麿氏の葬儀を取り持ったことが縁でグループとの交流を深めた。その後、信者でもある地方議員の仲立ちで総連と急接近し、2009年秋に初めて北朝鮮を訪問した」(同)
 池口氏はこれまでに5度、北に渡り、訪朝時には北の政府要人とも接触したとされ、「そのなかで総連本部の競売問題が持ち上がった」と先の関係者は説明する。zakzak2013.3.27(一部抜粋)
池口恵観
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20130327/dms1303271145008-n1.htm 

「日朝関係の好転は難しい」…先月訪朝した池口恵観大僧正
「北朝鮮の当局者は金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の健康と三男(キム・ジョンウン)の後継者説について、誰もが『今は非常に健康であり、後継者の話については全く知らない』と話している」
先月6-11日に北朝鮮を訪問した真言宗の池口恵観大僧正(73)は4日、中央日報とのインタビューでこのように述べた。

また「北朝鮮当局者は『日本とは違って私たちには米国のように守ってくれる国がないため、自ら強い国を作ることにまい進してきた。私たちは故金日成(キム・イルソン)主席誕生100周年になる2012年に強盛大国を作るため努力を続けているが、外国を侵略する考えは全くない』と強調した」と伝えた。

池口大僧正は「日朝友好文化宗教交流団」として北朝鮮を訪問した。 訪朝期間中、洪善玉(ホン・ソンオク)最高人民会議副議長、イ・ビョンドク外務省日本担当研究員ら政府関係者のほか、1970年の「よど号ハイジャック事件」後に北朝鮮に亡命した小西隆裕容疑者(65)、若林盛亮容疑者(61)に会った

--今回の北朝鮮訪問の目的は。
「日本が歴史的に韓国と北朝鮮に対して大きな犠牲を抱かせ、韓半島の多くの国民が日本に恨みを持って亡くなったことに対し、素直に謝罪し慰霊したかった。 訪朝期間中は北朝鮮側にこうしたことを伝えた。 略式ではあるが、平壌(ピョンヤン)近隣の妙香山(ミョヒャンサン)の普賢寺(ポヒョンサ)を訪れ、戦没者に対して慰霊祭と平和祈願祭をした。 できれば韓国と北朝鮮を毎年定期的に訪問して慰霊祭と平和祈願祭を開こうと思う。 それが日本の責任ある宗教人としてすべきことだと考えた。 真の懺悔と謝罪があってこそ相互友好関係が生じる」

--最近の朝日関係に対する北朝鮮側の反応は。
「北朝鮮当局者の主張は3つに要約される。 一つ目は、植民地時代の強制連行と日本軍の慰安婦問題に対する謝罪と賠償が行われていないこと。 二つ目は、朝鮮人被爆者7万人のうち北朝鮮に帰還した7000人に対して謝罪と賠償を要求すること。 三つ目は拉致問題だ。 北朝鮮は『日本は横田めぐみさんの遺骨鑑定を操作し、すでに約束した人道的支援も実行していない』と強硬な立場だった。 北朝鮮は『いつでも横田めぐみさんの親が北朝鮮を訪問して孫のキム・ウンギョンさんに会えるようにする』と話した。 私もそうすることが遺骨の真偽を判断し、拉致問題を解決するきっかけになると信じる。 必要ならば私が同行してもよい」

--朝日関係が好転する雰囲気はあるのか。
「現状況では難しいと感じた。 02年に小泉純一郎首相が訪朝した際に金正日(キム・ジョンイル)委員長の通訳として同席した人(北朝鮮対外文化協力委員会ファン・ホナム局長)は私たちに『靖国神社の英霊の背後には侵略主義がある』『日本は米国の核の傘の中で保護されているため、核を保有しているのと同じ』と述べるなど強硬な立場だった。 別の当局者も『私たちは日本に石一つ投げたことがない。 自分の国を自ら守るために努力することがどうして悪いのか』と日本政府に強い不満を表した」

--金正日委員長との接触はなかったのか。
「金委員長に書いた手紙を北朝鮮側の当局者に伝えたが、翌日、『将軍様に伝えることはできない』と言われて返された。 北朝鮮での慰霊祭開催の意思と朝日関係改善の必要性に関する内容だった。 実は訪朝前にその手紙を谷内正太郎元外務省事務次官(9月初めまで首相外交補佐官を歴任)に監修してもらっていた。 しかし日本政府の公式メッセージや親書ではなかった。 また『金委員長の健康が完全でなければ、私にできることがあれば協力する』と伝えたが、実現しなかった」(池口大僧正は気による治療の大家としても知られている)

◇池口恵観=真言宗18派閥のうち最も規模が大きい「高野山真言宗」の大僧正で、日本の政界・財界と深い縁を持つ。 森喜朗・安倍晋三元首相と親しく、安倍元首相の場合、首相在職中にも池口大僧正から気の治療を受けていたという。 中央日報2009.10.15 
小西隆裕池口恵観若林盛亮
左から:小西隆弘容疑者・池口恵観法主・若林盛亮
http://japanese.joins.com/article/608/121608.html 

塩見孝也君生前葬のご案内
 かつて散々社会をお騒がせしました塩見孝也が、久方ぶりにそして恐らくは最後のお騒がせをすることになりました。塩見が過去の己に一つの区切りをつけ、「地上に足を着けた人」になります。
 通常ならば、地上の人が天上に向かうために葬儀がなされます。
しかし塩見は学生運動時代から今日まで地に足がついたためしがありませんでした。そのため此度の生前葬は、天上から地上に降りるための儀式とさせていただきます。塩見は今、駐車場の管理人として、生まれて初めて労働者になった喜びを感じております。4月24日は、故人になった「天上人元赤軍派議長塩見孝也」が、「地上人駐車場管理人塩見孝也」への再生を宣言する日です。
 生前葬にあたり、故人になったはずの本人から一つの条件がつけられました。それは、地上人に生まれ変わるに当たり、沖縄普天間闘争に天上人塩見の身柄を捧げたいということです。「9条改憲阻止の会」①という塩見が所属している運動グループでは、普天間闘争に勝つため「沖縄県人1000人上京・鳩山首相直訴」運動を進めています。その1000人の上京費用を集めるため苦労していますが、塩見は生前葬の香典をこの運動にカンパしてほしいと希望しています。
葬儀委員会はその希望を受けることにしました。従って塩見生前葬は、新たな塩見孝也の発見と沖縄闘争支援という、一見とってつけたような二つの意義の結合で行われます。
 この際、二つの意義に脈絡があるかないか、などを論じないようにします。

   天上人が故人となったことを悼み、あるいは喜びましょう
   地上人に生まれ変わることを心から歓迎しましょう
   そして沖縄闘争勝利のため思い切って支援しましょう

 以上により、多くの皆様が塩見孝也生前葬においでくださいますようご案内申し上げます。
 そして、本来ならば辞退すべきであるご厚志を絶対に辞退することなく、沖縄闘争に使わせていただく所存であることを申し添えます。

1、日時 4月24日(土)午後6時15分
2、会場 総評会館② (JR御茶ノ水駅5分、東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅0分)
3、会費 無料(ご厚志を歓迎します)
この催事は、しめやかなることを望みません。参加者各位のユーモアあるひらめきが輝くことを望みます
「弔辞」を募集します(締め切り4月5日)。
希望する内容は「塩見・沖縄・笑い」の3点セットです。

葬儀委員
池口恵観、岡留安則、喜納昌吉、新開純也、知花昌一、平野悠、宮台真司、若松孝二、雨宮処凛、生田あい、池辺幸恵、石橋行受、小田原紀雄、松本健一、鈴木邦男、木村三浩、早見慶子、富田杏二、塩川喜信、小川登、江田忠雄、平井吉夫、川上徹、正清太一、三上治、斉藤政信、成島忠夫、藤山顕一郎
http://moralkai.xrea.jp/materials/siomi-san/siomi-san-pre-need-planning.pdf(pdf注意)

①9条改憲阻止の会
九条阻止の会・経産省前テント
経産省前で不法占拠している反原発テントである
元々がテロリストの上に犯罪者ということだ
在特会に「ヘイトスピーチ反対」とか言ってるが自分が全く見えてないとしか
早く占拠料金払って下さいね
在特会に抗議する人達2 

②総評会館
住所は東京都千代田区神田駿河台3-2-11
反日団体ばかりが集まっている謎の住所
謎の住所キタ━(゚∀゚)━!! 

池口恵観法主は極めて怪しい人物
このまま落札になって世論が納得するはずもない
在日朝鮮人は更に軋轢を感じることになるだろう
日の丸君が代法制化反対by朝鮮総連  

昨日色々調べていたらサヨク系のブログに迷い込んだ
そこには
「ネット右翼」って言うけどあいつら右翼でも何でもねえよ
と書かれてあった

当たり前だ!(笑)
民団が勝手につけた呼称に突っ込み入れて痛い人だ...
→ ネトウヨ連呼厨=民団工作員 

大体サヨクが何やって来たか棚に上げて何を言っているのか
三里塚闘争1
三里塚闘争2
三里塚闘争
空港建設に反対した人は素知らぬ顔で空港使用してないだろうな(怒)
「平和とか 言ってるくせに 火炎瓶」の実例でございます

塩見孝也氏の本(『赤軍派始末記』)も読んだが唖然とした
犯罪を犯したことについて微塵の反省も後悔もないらしい
昔の武勇伝を延々得意げに語ってる
塩見孝也氏について
反原発と極左テロリスト1 
日本赤軍と菅直人 
 

〈義の人〉泉水博さんの決起と誠
①日本赤軍の4人に面会した
5月から6月にかけて、半月の間に4人の日本赤軍の人たちと面会している。 
5月12日(火)和光晴生さん(東京拘置所)無期懲役  
5月21日(木)泉水博さん(岐阜刑務所)無期懲役  
5月26日(火)重信房子さん(東京拘置所)懲役20年  
6月1日(月)丸岡修さん(宮城刑務所)無期懲役

 4人とも偉大な革命家だ。 こうした人たちと同時代に生きられたことは幸せであり、誇りだ。凄い人たちだと思う。革命の為にアラブに飛び、世界を舞台に闘った。アラブ人民と共に闘い、銃を持って戦闘に参加し、ハイジャックもやった。日本の獄中にいる同志も奪還した。歴史を作った人たちだ。

 4人とも、日本赤軍の戦士たちだ。ハイジャックなど、激しい闘いはやっているが、全て、「人民のための闘い」だ。日本の法律には違反してるだろう。だが、誰も人を殺していない。政治犯だ。それなのにこの重罰だ。重信さんは懲役20年。他の3人は皆、無期懲役だ。酷い。酷すぎる。

 先日、西ドイツ赤軍の闘いを描いた映画「バーダー・マインホフ」を試写会で見た。この夏、日本で公開だ。日本の赤軍よりも徹底している。銀行強盗、要人誘拐、殺害…と、凄まじい。イタリアでも、赤軍が生まれ、こちらも同じように要人誘拐、殺害を実行している。60年代末から70年代にかけて、超過激な〈赤軍〉が生まれたのは、日本・ドイツ・イタリアの旧「枢軸国」だけだ。旧「連合国」には生まれていない。戦争に負けたこと。それもある。それ以上に戦争犯罪の問題を徹底的に考え抜いたからではないか。「贖罪」と「反省」が、より過激な闘いに走らせたのかもしれない。

 先日、イタリアのジャーナリストに会った。イタリア・ドイツでは、「赤軍問題はクリアーした」と言っていた。皆、出獄したという。でも、銀行強盗、要人誘拐、殺害…と、日本以上に激しい、残忍なことをしている。「それでも全て釈放されました」という。日本には「赤軍罪」があるらしい。何もしていない塩見孝也さんは、「赤軍派議長だった」というだけで20年も獄中に入っていた。又、人を殺したわけでもない日本赤軍の重信さんは懲役20年で、これから刑務所に送られる。和光、丸岡、泉水氏は、無期懲役だ。特に泉水さんなんて、通算で38年も刑務所に入っている。昔なら無期懲役でも20年未満で出た。つまり、無期を2人分、つとめているのだ。

  無期懲役は終身刑とは違う。昔なら20年で出られた。今は、どんどん厳罰化が進み、30年でも出れない人がいる。特に政治犯はそうだ。政治犯はすでに「終身刑」になっている。酷い話だ。それに、これだけ有為な優秀な人材を、ただ刑務所に入れておくのは「国家の損失」だ。ドイツ、イタリアにならって釈放したらいい。そして経験と才能を生かして、国家のために働いてもらったらいい。前にも言ったが、重信さんは外務大臣か、駐アラブ大使になってもらったらいい。アラブ外交は全て、うまくいく。アラブでは日本赤軍の人気もあるし、信頼もあるのだし。又、和光、丸岡、泉水さんも、外務省や文科省で働いてもらえばいい。明治の元勲たちならば、必ずそうやったはずだ。少々、国家に逆らった人間でも、国のために使った。明治国家に最後まで逆らった榎本武揚、大鳥圭介だって、ちょっと獄に入れた後に、国家の要職につけ、力を発揮してもらった。その位の英断を持てよ。二世議員ばかりの日本じゃ、どうしようもないだろう。
2009.6.1鈴木邦男ブログ『鈴木邦男をぶっとばせ!』より前半を引用
http://kunyon.com/shucho/090601.html 
文中イタリアのジャーナリストはピオ・デミリア氏のことであろう
ピオ・デミリア氏について
反原発と極左テロリスト2 映画『the Cove』の裏にいる人達 
自由報道協会と極左テロリスト 
反原発・日本赤軍・従軍慰安婦・北朝鮮

14日に参議院会館で排外主義・レイシズム反対集会開催
 ジャーナリストで参議院議員の有田芳生氏が、2月9日に東京・新大久保で行われた「不逞鮮人追放!韓流撲滅デモin新大久保」を「異常なデモ」「国会でも問題にしたい」とツイートしたところ、デモ関連の情報が続々と有田氏に寄せられた。

 デモ主催者についてのドキュメンタリー映像のYouTubeのURLや、ほかにも大阪・鶴橋で行われた同様のデモがどのような様子だったか、といったことも含め、有田氏の元に情報が集まった。

 有田氏は「国会で問題にしたい」と言ったが、3月14日の16時から、参議院会館で排外主義・レイシズム反対集会が行われることを明らかにした。そこで話されるであろう内容は以下の通り。“「韓国・朝鮮人を殺せ」などとデモをしている集団がいます。排外主義やレイシズム(人種差別)は社会の歪みを大きくするだけで国際主義をも破壊します。私たちはいかに対処すればいいのか” 参加者には新右翼「一水会」顧問の鈴木邦男氏と会長の木村三浩氏も含まれている。新大久保のデモについてとあるツイッターユーザーが新大久保のデモについて「街宣車で活動する右翼と同じ気がしますが…」と有田氏にツイートしたところ有田氏は「真性右翼はこんな異常な発言はしません」と返答をし、その後すぐに木村氏に連絡を取ったのだという。

 3月14日の集会は一般にも公開される。アメーバニュース2013.2.27 
http://yukan-news.ameba.jp/20130227-295/  

デモやってるのに「ネット」右翼??
でも右翼ではないと?????
まずその民団が使う呼称を恥ずかしげもなく使ってる時点で思考停止だと思うが
有田芳生氏自身が民団のために働いているのだから仕方あるまい
有田芳生民団外国人参政権
これが国際主義ですか( ´_ゝ`)プッ
国会議員が有権者の人権をさしおいて選挙権のない者のために働くのは有権者への裏切りである
「レイシスト」と言う者がレイシスト 

空港で日本のパスポートを持っているだけで荷物検査も入国審査もすごく簡単に済む
それは日本人が今まで犯罪を犯さず築いてきた信用のおかげだと思う
なのに....
よど号ハイジャック事件
これは一体何だ
無関係な人を大勢巻き添えにして
これこそ日本の恥ではないのか
せめて沈黙を守ればいいのにそれをサヨク弁護士を使って不当判決だの何だのと命乞い
体制にたてついて失敗したら体制にすがるとは見苦しいにも程がある
だからここまでサヨクが落ちぶれたのだろう

よど号ハイジャック事件での日本の対応が甘かったことが拉致問題を誘発したという見方もある
南北統一は日本のカネで 
しかし軍事力のない日本が毅然とした対応が出来たかどうか
ここでもまた再軍備に反対するサヨクが足を引っ張ったわけだ
「戦争絶対反対!9条改憲徹底阻止!」でテロ容認ってどういうダブスタだ

韓国水曜デモ1000回アクション
韓国水曜デモ1000回アクションの呼びかけ 
1992年1月8日に始まった、日本軍「慰安婦」問題の解決を求める韓国水曜デモは、2011年12月14日で1000回目。雨の日も、雪の日も、そして炎天下でも、日本軍「慰安婦」ハルモニたちは、毎週水曜日、ソウルの日本大使館前に。「世界最長デモ」としてギネスブックにも掲載されたこのデモを、「これ以上、80代、90代の高齢のハルモニたちに続けさせることはできない!」という切実な思いから、日本政府の謝罪と賠償を勝ち取る決意を込め、「韓国水曜デモ1000回アクション」への賛同と参加を呼びかけます。
*ハルモニ:韓国語で「おばあさん」の意。被害女性たちに敬意を込めて、私たちは「ハルモニ」と呼びます。

韓国水曜デモ1000回アクション呼びかけ団体
日本軍「慰安婦」問題解決全国行動2010共同代表 梁澄子 花房俊雄連絡先 事務局長 渡辺美奈アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam) 気付
〒169-0051東京都新宿区西早稲田2-3-18 AVACOビル2F

賛同団体(2011年12月14日現在 273団体)
コピペしたら字数オーバーになってしまったのでリンク先を↓
http://restoringhonor1000.info/contents02.html 
国を思う気持ちがカケラでもあるなら
事実に基づかないこれらの人権侵害団体を先にどうにかするのが筋だろう
この中には反天皇制連絡会もあるが
「真性右翼」がなぜだんまりなんだ(大笑い)

ヘイトを植え付け戦争を誘発するのが本当の目的ではないのか

「ネトウヨ」「レイシスト」連呼厨とは・・・偽りの歴史観でヘイトを植え付け対立を煽り、拉致問題を隠蔽し、テロを擁護し、人権擁護法案で日本人の人権を侵害しようとする侵略者とその手先

2013.3.9追記
書き忘れた
慰安婦1000人台湾
上記「韓国水曜デモ1000回アクション」HPにあったリンク
http://www.womandpeace.org.tw/www_jp/education_01_1.asp 
「台湾人元慰安婦の対日賠償請求訴訟への協力を開始」
彼らは日台離反工作まで仕掛けている

2013.3.14追記
つじもと清美HP応援メッセージ鈴木邦男
鈴木邦男氏 一水会顧問
応援メッセージ
私は40年間右翼をやってました。辻元さんと出会ったのはピースボートを始めるころか、その前からだからずいぶん昔ですね。
彼女はこの国の政治に絶対に必要。特に、いろいろと苦難を経てから人間が急に大きくなった気がします。包容力もできたし、あのバイタリティはすごい。とてもじゃないけど僕らなんかできないですよ。おそらく日本で初めての女性の首相になれるでしょう。そのときは、他の議員から「総理!総理!」と攻められる立場になりますよ。がんばってください。
つじもと清美オフィシャルサイトより引用 
http://www.kiyomi.gr.jp/supporters/person/suzuki.html 
鈴木邦男氏はただの北朝鮮シンパではないのか?
自分の「右翼」の定義が根本から間違っているのか? 


【youtube】国民が知らない反日の実態 

白船平和義士団団長・塩見孝也
塩見孝也....

反原発と極左テロリスト1 
塩見孝也氏のことは反原発運動を調べていて知った

かつてのよど号メンバーの同志を救援するため40回も北朝鮮を訪問
「北朝鮮がどういう国かということを考えるより先にまず仲間の救援と思っていた。だけど昨年拉致問題が露呈した中で田宮と小西が関わっていたと。真実を明らかにして取るべき責任があるなら取るべき。」
「国家のメンツにこだわって硬直化している拉致問題解決のためには民間が風穴をあけなきゃならん。それぞれの事情をそれぞれの家族が抱えているんだから、それぞれで解決するのが基本。そのために往来の自由を保証するということが国家と国家の基本。」


金正日国防委員長と朝鮮労働党中央委員会に当てた片岡と塩見の申入書

訪朝平和義士団募集のお知らせ

本ホームページを見られている皆さんへ
 これは文面の通り、金正日国防委員長と朝鮮労働党中央委員会に当てた片岡と塩見の申入書です。
 22日「熱烈に歓迎する」という返事が届きました。
 この確認が出来ましたので、本日より、塩見と片岡は早急に実行委員会とその事務局を発足させ、この申し込みの趣意にそって、段取りの大綱を策定し、平和義士団を募って行く過程に入ろうと思っています。
 団の事務所、連絡会議の場所、要領などは追って連絡します。
 団参加の申し込みの要領なども追って然るべき形で連絡するようにします。 今の段階では、訪朝平和義士団へ、ご連絡をお願いします。
 さし当たって本ホームページに注目しておいて下さい。7月22日 塩見孝也

※  ※  ※  以  下、 申  入  書  ※  ※   ※

 キム・ジョンイル国防委員長殿、朝鮮労働党中央委員会様

 初めまして、私達は片岡都美、塩見孝也と申します。
このたび、私達の共通の友人、康成輝さんに手紙を託し、我々の思いを伝え、以下の申し出をしたく思います。
 私達は現在の日朝関係と我が国に蔓延している排外的な貴国への悪感情を憂いています。あの画期的とも言える9/17の「ピョンヤン宣言」が発せられて以降、一転しての、更には不当なイラク侵略戦後のこの日本の状態を憂いています。

 しかし、対米追随勢力やメディアらで作りだ出されている、あの馬鹿騒ぎに日本の民衆はいい加減食傷気味となり、ようやく冷静さが取り戻されつつあります。
 殆どの日本国民は、根底において、戦争を望まず、平和を望み、日朝間に横たわっていた日本側に原因する近代の不幸に終止符を打ち、国交正常化を実現せんとして、発せられた「ピョンヤン宣言」を歓迎しています。
 1周年を2ヶ月後とする現在、私達は今こそ、日朝不戦の決意を新たにし、投げ捨てられかかっているこの「ピョンヤン宣言」を蘇らせ、この原点を踏みしめ、ここから日朝正常化の更なる歩を踏み出すべきと痛感しております。
 ある面でどん底状態にある日朝関係を打開する時期が到来しつつあると思っております。

 その為には先ず民間から、各界の人々を始めとする思想、意見の異なる多数の老若男女の人々が「日朝不戦」「“ピョンヤン宣言”実行」で一致し、貴国を訪問し、胸襟を開き、貴国、貴国国民の方々とフランクに話し合い、閉塞された日朝関係に風穴を開ける必要があります。

 当然にもこの中には貴国に批判的な方も居ます。否、そう言う人が大半かも知れません。
しかしそのような人々も、先の2点を承認し、貴国と話し合い、貴国を知り、平和を望んでいることに何の変わりもありませんし、否、このような人々こそが、平和の思いは強く、日本を本当に愛し、日本人と朝鮮人の一衣帯水の友好を望む普通の日本人の気持ち、意見を代表していると考えます。

 時代は大きく変化して行っています。旧い友人を大切にすることも大切ですが、このような時代の中で生まれた、新しい何千、何百、何千万の日朝とアジアの平和、連帯を考える日本人をある面では代表するような人々と貴国が接され、その人々の意見に耳を傾けられ、又貴国も信ずるところの意見を述べられ、我々に理解を得させ、忌憚無く話し合われ、新しい友人を作られ、そこから国家100年の大計を考えられることも必要かと思れます。

 私達は左右、反戦・非戦・戦争肯定、非暴力・暴力、環境派・非環境派等等を問わず、社会運動、経済、文化・芸術、政治、農業、医学、教育等々各界の人々に広く呼びかけ、9/17を前後して、10日間ぐらい、ほぼ300人位をめどに貴国を訪問したく思っております。
 往来の便は“真っ白”の船、平和の船です。
 このような船が出航し、日朝の新しい質の交流が実現されれば、日本の世論も大きく変わって行くものと確信しております。

 どうか国防委員長殿や中央委員会の皆さんが、大局観、大度量を発揮され、私たちの思いを受け止めて下さり、英断を持ってこの 提案を受け入れて下さればと思います。
 詳細の程は康さんからお聞き下さい。お手数ででしょうが、よろしくお願いします 二千三年七月五日 片岡都美 塩見孝也
http://homepage2.nifty.com/patri/event/hei.html 

【wiki】新宿百人町事件 
新宿百人町事件(しんじゅくひゃくにんちょうじけん)は、日本を舞台にして起きた北朝鮮のスパイ事件。

工作員
北朝鮮の大物工作員である康成輝(カン・ソンヒ)は朝鮮総連の元幹部の在日朝鮮人であり、1979年頃に北朝鮮工作員として採用され、工作員として訓練を受けた。およそ20年間に北朝鮮へ数十回渡航し、また万景峰号で北朝鮮からの指令文書などを受領していた。
さらに日本において巨額の工作資金集金と北朝鮮への送金、日本国内および韓国内の工作員に地下革命組織の建設指示を出す司令塔の役割を果たした。また、韓国や日本の軍事、政界、財界関係者や在日韓国人、韓国人留学生に対する工作員獲得活動をおこなった。
康は1989年ごろ、キリスト教の牧師としても活動した。宗教活動として韓国に赴き、韓国内に拘置されていた辛光洙などの非転向長期囚の北朝鮮への送還活動を行い成功した。送還活動において盧泰愚大統領へ向けた韓国人政治犯釈放の要望書には、日本の国会議員多数が署名した。なお、辛光洙は日本人拉致事件に関与していたとされる(詳細は辛光洙を参照)。
1997年、康はJR大久保駅近くの新宿区百人町にキリスト教系の団体『国際キリストセンター』を設立し、また、北朝鮮にある『朝鮮宗教人協議会』との間で、朝鮮半島平和を目指す合意書を作成した。

逮捕
2000年11月21日に康とパチンコ店従業員、もう一人の牧師など12人は、交通事故の保険金詐欺容疑、公正証書原本不実記載容疑、有印私文書偽造の罪容疑等で逮捕された。
家宅捜査の結果、朝鮮労働党の統一戦線部、対外情報調査部の幹部と康が頻繁に会った旨の記述がある手帳、北朝鮮からの指示を乱数放送(A-3放送)で受信するための短波受信機が発見された。康は2004年4月に死亡した。

キリスト教会を通じて北朝鮮が工作していると書いた
韓国の反日の裏にいる統一協会、キリスト教会 
土肥隆一所属の日本基督教団もそうだしNCCキリスト教協議会もそうだ

菅元首相が急に「反原発」を言いだしたのにはイタリア人ジャーナリストピオ・デミリア氏の影響ではないかと見られている
塩見孝也氏のイベントにピオ・デミリア氏が参加している
ピオ・デミリア氏が副理事を務める自由報道協会理事には日本赤軍重信房子の娘重信メイ氏がいる
菅元首相が献金していた「政権回復をめざす市民の党」からはよど号ハイジャック犯田宮高麿の息子森大志氏を三鷹市議に擁立した
菅元首相は辛光洙釈放請願に署名した

全部繋がっている

ロフトプラスワン平野悠「訪朝平和義士団」
http://www.loft-prj.co.jp/OJISAN/ojisaneyes/0311/ojisan.html 

ぱとりイベント2007
http://homepage2.nifty.com/patri/event/index.html 

ここに関わっている人達
阿佐ヶ谷Loftプラスワン 平野悠氏
月刊「創」 篠田博之氏
一水会 鈴木邦男氏
自由報道協会
映画「the Cove」の時と顔ぶれが一致している
反原発と極左テロリスト2 映画『the Cove』の裏にいる人達 

白船平和義士団壮行会
「白船」平和義士団壮行会
http://www.mkimpo.com/diary/2003/white_ship_03-10-26.html 
反原発で有名な(というか自分が反原発で知っただけだが)雨宮処凛氏もいる

金日成はよど号犯メンバーに
「結婚し、代を継いで日本革命を達しなければならない」と言った
テロリストの遺伝子  


村田春樹氏「私ね、よく分かったんですけど、やつらの最後の最後の最後の敵はね皇室ですよ。 」
夷敵を呼び寄せ禍を招く人達  

塩見孝也氏と池口恵観法主
朝鮮総連本部競売2 池口恵観法主

自由報道協会HPキャプチャ
自由報道協会HP
副代表のピオ・デミリア氏が赤い旅団メンバーの弁護をしたことがあるところから以前記事を書いたが
理事の重信メイ氏は日本赤軍重信房子の娘であると分かったのでまた少し書いてみようと思う
(赤軍なので赤文字にしました)

重信房子さんを支える会
 http://www.geocities.co.jp/setfreemarian/index.html 
のっけから出ました西早稲田2-3-18(西早稲田2-3-18については沢山書いているので良かったらタグから読んでみて下さい)

 重信さんたち日本赤軍(註:日本赤軍は1974年末に組織発足しましたが、以下、発足前も含めて日本赤軍と概括的に称します)は、パレスチナ解放闘争に現地で共同していました。「パレスチナ解放」とは第二次大戦後、ユダヤ人国家建設のためにパレスチナが占領され、「イスラエル」がシオニストによって作られた事に始まります。
 以来、イスラエルは相次ぐ国連決議を無視して軍事的に領土を拡張してきました。そして、その都度、占領下住民が周辺国に追い出され、難民と化したのです。

 建国は迫害されたユダヤ人の悲願"という論理が欧米を支配していました。ところがユダヤ人追い出しを狙うドイツ・ナチスと他地域での建国を求めるシオニストはそこで利害が一致し、共同していた事が近年、明らかにされています。
 南米から拉致されてイスラエルで死刑にされたアイヒマンは、ナチス側のこの交渉担当者だったと言われています。

 しかも、ナチスに迫害されたヨーロッパ・ユダヤ人のルーツは中央アジアのハザール人です。ユダヤ教を国教としていたハザール国が滅び、ハザール人は各地に四散します。その子孫が縁もゆかりもないパレスチナの地を「本来の地」と宣言し、占領を正当化しているのです。先住民を迫害して「自由の国!」を作った米国と、心情面で近いものを感じさせます。

 パレスチナ問題はローカルな「民族紛争」ではありません。ヨーロッパ諸国が抱えた民族問題、植民地問題、宗教問題などの不完全な処理が、パレスチナに投げ込まれたのです。

 シオニスト(ユダヤ選民主義者)のオルブライトが、かつて米国の国務長官になったりした事など、米国とイスラエルの濃密な関係は、世界の覇者による一元支配の道が掃き清められているようにも見えます。それに抵抗しているがために「パレスチナ解放」に「テロ」のレッテルが貼られているのです。

 その米国による「グローバリズム」の流れは日本にも覆い被さって来ています。私たちも、自身の事として「パレスチナ問題」を考える時が来るかも知れません。

 スペイン内戦に、国際義勇軍として参戦したヘミングウェイやジョージ・オーウェルを「犯罪者」として 扱おうとしたのは、対抗していたファシスト軍やナチスではなかったのでしょうか。重信裁判の成り行きにアラブ世界は日本政府の本音を見るでしょう。
 歴史の流れが戦火の記憶を遠ざけています。日本は何処に向かうのでしょうか。重信裁判に注目し、共に考えてみませんか。

イスラエル建国については概ねこの文章に賛同するが....

【wiki】重信房子  
学生運動 
この時、学費値上げに絡んで学生運動に参加した。この際、後に連合赤軍山岳ベース事件でリンチ殺人の犠牲となった遠山美枝子(二部法学部、麒麟麦酒勤務)と知り合う。第二次ブント(共産主義者同盟)に加入し、その後分裂した共産主義者同盟赤軍派に創立メンバーとして加わる。塩見孝也ら幹部が逮捕され弱体化する中で主導権を握った森恒夫と対立した。

反原発と極左テロリスト1 
あらためて引用
ピオデミリアさんは、イタリア「赤い旅団」の弁護士をやられた方で、現在、出獄したその幹部諸氏やネグリとも親交が深く、若松孝二「実録・連合赤軍」ら若松映画をイタリアに紹介し、若松さんをイタリアで超有名人にした人でもあります。氏は、現在、日本にジャーナリストとして滞在し、日本-イタリアの民衆の情報交換のパイプ役の要に位置するバイタリティ-あふれた行動人です 
 
全部連なっているわけですね
日本赤軍wiki関連項目
【wiki】日本赤軍 

もり大志
(この画像撮った人、本当にGJ。感謝感謝(ー人ー))

森順子(もり大志・母)は在日朝鮮人の父と日本人の母の間に生まれている。
よど号犯妻 森順子の手記

参考  シーシェパードの裏にいるのは 

田宮インタビュー
【youtube】田宮インタビュー 
「結婚し、代を継いで日本革命を達しなければならない」

私が今気になっていることがある
27首都圏反原発連合記者会見misaoredwolf
首都圏反原発連合Misao Redwolf氏

三菱重工爆破事件wiki犯行声明
【wiki】三菱重工爆破事件 
東アジア武装戦線メンバー
【wiki】東アジア反日武装戦線 

Redwolf .... 赤いオオカミ

虹作戦wiki
【wiki】虹作戦 

排外主義を討つ(虹とモンスーン)
http://monsoon.doorblog.jp/archives/cat_50051961.html 
このブログは『虹とモンスーン』というタイトル
なぜ虹なのだろうと思っていた

Misao Redwolf氏、ブログ『虹とモンスーン』については勝手な憶測に過ぎないが

反原発を養分にして闇が賦活している....
三菱重工ビル爆破事件(youtube)

自由報道協会HPキャプチャ
自由報道協会 副代表ピオデミリア

えええええええええええええええええええええ
ここにこの名前が出るとは

 首相「脱原発」にイタリア人の影 ちらつく極左テロ組織 

 菅直人首相の外国人人脈がクローズアップされている。3月11日の東日本大震災直前に発覚した在日韓国人からの違法献金疑惑に続き、首相の資金管理団体が拉致事件容疑者の親族関連団体に 多額の政治献金を行っていたことも発覚。さらに、閣内での調整もないまま思いつきで打ち出した 「脱原発」宣言にも、あるイタリア人の影がちらつく。

 6月29日夜、首相はすし店、焼き肉店をはしごし、3軒目にイタリア料理店へと向かった。

 そこで首相や伸子夫人とテーブルを囲んだのは、長年「反原発」を唱えてきた弁護士で、ジャーナ リストの肩書も持つイタリア人、ピオ・デミリア氏だ。

 デミリア氏によると、首相とは20年来の家族ぐるみの付き合いだという。首相は、デミリア氏が 東日本大震災の被災地を回り書いた著書「放射能という津波」の母国での出版を祝おうと、わざわざ 駆けつけたのだ。

 「首相には『日本も脱原発を決めたイタリアと同じく、原発の是非を国民投票でやりなさい』と 言った」

 デミリア氏は首相との会合についてこう証言する。「その場では政治的な会話は何もなかった」と も語るが、首相はこの日以降、「脱原発」へとアクセルを踏み込んだ。

 デミリア氏とは、どんな人物か。かつて日本に住む外国人に義務付けられていた指紋の押捺を 外国人記者として初めて拒否し、何度も日本への再入国の許可を取り消されたのは有名だ。 

 さらに、イタリアの極左テロ組織「赤い旅団」との関係も指摘されている。過激派「赤軍派」の 元議長、塩見孝也氏によると、「本人から、『赤い旅団』メンバーの弁護をしたという趣旨の話を 聞いた」という。これに関し、デミリア氏本人は真っ向から否定している

 首相の人脈には北朝鮮につながる「闇」も見え隠れする。首相や民主党側から、拉致事件で 国際手配されている森順子容疑者と、よど号ハイジャック犯の故・田宮高麿元リーダーを両親に 持つ長男が所属する政治団体の派生団体に、総額で2億円以上の献金が行われてきたことが判明した。

 「首相が多額の寄付をした団体の代表者は、マルクス・レーニン主義者であることを隠しては いない。思想的には極左だ。極左と民主党が切っても切れない関係にある」。自民党の礒崎陽輔氏は 7月7日の参院予算委員会でこう迫っている。

 さらに首相には平成元年、北朝鮮の元工作員で拉致実行犯、辛(シン)光洙(グァンス)容疑者の 助命・釈放嘆願書に署名した過去もある。在日韓国系金融機関の元男性理事から計104万円の献金を 受けていた問題では、東京地検に立件の可否を問われる事態になっている。

 公安関係者は「首相をはじめ反権力を掲げる市民運動家出身の政治家は極左関係者につけ入られ やすい。思想的に偏った人物とばかり会っているのも疑問だ」と警鐘を鳴らす。

 首相と外国との不透明な関係は今後、さらに追及されそうだ。産経新聞2011.7.31
記事期限切れのためこちらから引用
【fugafugaプラス】【民主党】首相「脱原発」にイタリア人の影 ちらつく極左テロ組織
 
菅元首相は唐突に脱原発を持ち出した→ 脱原発デモのゴールはどこ?

塩見孝也 Produce
「資本論-現代グロ-バリズム資本主義-現代過渡期世界の変革の方向性をめぐって」

●皆さん、いよいよ23日、阿佐ヶ谷ロフトでの「改憲反対!安保破棄!生活危機突破!」「過渡期世界の攻勢の段階、世界変革の方向性を問う」の、2009年、民衆総決起を呼びかける「塩見塾」、ト-クイベントの日が、明後日と近づいて来ました。的場昭弘教授、市田良彦教授、そしてイタリア人、「赤い旅団」ロイヤ-にして、現ジャ-ナリスト、ピオデミリアさんをメインゲストに招き、塩見と平野が司会をさせていただき、この二人も、論議に参加し、核心を突きつけ続ける、白熱のトークをやりたいと思います。このトークは、今日この頃、皆さんが、判断に苦しみ、留保しているような、諸問題、諸論点について、皆さんが正しい判断を得るような貴重な素材を、若干は提供するものと確信しております。どうか、皆さん、23日、阿佐ヶ谷ロフトに、万障お繰り合わせの上、ご参集してくだされば、大変嬉しいです。どうか、よろしくお願いいたします。

●トークのテーマ、構成、進行順序。
 トークは次のようなテーマ・順序で展開してゆくでしょう。
1、一方では、現在、世界と日本で展開して行っている2009年情勢を、マルクス『資本論』に立脚し、根底から、原理的に措定しつつ、
 2、資本主義の第3段階目であるグローバリズム資本主義のネオ・リベラリズム路線がいかに破綻してきたか、そして、今、国際資本主義はどのような延命策を講じ、あがいているかを、『経済学批判』、「資本主義批判」として、論究してゆきます。
 3、この際、オバマ政権、ヨーロッパの諸政権、中国、中南米の諸政権の動向の解析は不可欠です。 とりわけ、オバマ政権に対する幻想はまったく不要である方向での議論は目玉となるでしょう。
 4、そして、ト-クは、最終的に、日本と世界のプロレタリア-トが、展開して行きつつある破局に対して、いかなる基本理念、基本方向、戦略-戦術で対峙しうる、世界・各国陣形を創出してゆくことで、民衆はこの破局を突破してゆけるか、を、徹底的にラジカルに追及してゆくものとなるでしょう。

●ゲスト、パネラ-のプロフィールの改めての最新情報を含んだ紹介。
▼的場さんは、このところ、フランス留学中、「超訳『資本論』」をものにされ、売れ行きは上々で、きわめて意気軒高です。 今週、16日の「朝日」新聞、朝刊の「オピニオン」欄では「破綻か、労働者主体の変革か」と題し、鮮やかに、現状を解析され、「世界革命」の必要性を説かれています。大手新聞に請われ、かつ、そこで堂々と展開されているのですから、注目に値し、立派なものです。氏は学究の徒でもありますが、きわめてマルクス思想に忠実な実際分析をやられる方で、広い意味で見れば、実践の徒と言えます。氏が説いている、「世界革命」は言うまでも無くマルクスが主張した「世界同時革命」論であります。

 ▼市田良彦教授もまた、アントニオ・ネグリらポストモダンら現代社会思想史の研究家として著名ですが、氏もまた、マルクス思想を模範とする実践家でもあり、関西-東京で活躍されています。氏は学生時代、京都大学の同学会委員長として、活躍された方でもあります。 氏は、この日のために兵庫・芦屋から駆けつけられます。しかも、氏は以下のようなアッピール、檄を発されるほど、このイベントに情熱を感じられれているようです。ありがたいことです。「グローバル資本主義の危機はまさにグローバルです。サブプライム問題からはじまった金融恐慌の波は、世界中で実体経済の危機へと発展しはじめています。そして世界中の人々の間に、人類は資本主義のもとで生きていけるのか?という根本的な疑問を広めています。根本的な資本主義批判と、現在可能な「戦略」を探ることを結合させる共同の思索と実践が強く求められているのではないでしょうか。そんな大きな話をざっくばらんに皆さんとできれば幸いです。」(市田)このお二人は、現代世界を犀利に裁断され、今後、この世界をリードされるであろう革命的学究人と僕は考えています。

ピオデミリアさんは、イタリア「赤い旅団」の弁護士をやられた方で、現在、出獄したその幹部諸氏やネグリとも親交が深く、若松孝二「実録・連合赤軍」ら若松映画をイタリアに紹介し、若松さんをイタリアで超有名人にした人でもあります。氏は、現在、日本にジャーナリストとして滞在し、日本-イタリアの民衆の情報交換のパイプ役の要に位置するバイタリティ-あふれた行動人です。 氏はこの日のために、最近、行われたイタリア労働者のストライキ・200万人の街頭デモの最新DVDをもって参加されます。このDVDは、きっと、イタリア-ヨーロッパの労働者ら民衆の情況を一望のうちに、僕らに見渡せてくれるものと思います。氏のイタリア革命的左翼の総括、日本のそれへの評価、現状分析は、的場、市田、僕、平野のトークを経て、民衆運動のプロレタリア国際主義に基づく国際連帯の情況を活写させてくれるのではないでしょうか。ピオさんは国際連帯の要に位置されている方です。皆さん、氏に注目してください。

▼平野悠さんは言うまでもなく、「ロフト席亭」である人です。この、ひげ男が、僕をけしかけて、このような企画がひねり出されてゆくこととなりました。彼は「ロフトをフランス革命のサロン」に匹敵する「革命的サロン」にしたい、という“野望”を持っており、思いもよらないような、しかも現実的な突拍子も無い発言をされるものと思われます。僕は、平野さんに言いたい。そうであれば、ロフトの文化革命を行いつつ、先ず、ロフトを生産協同組合にしてはどうかと。これによって、このひげ男は、晩節を汚さず、立派に全うできるのでは、と。 ともあれ、平野さんよ。半年の「ピースボート」による世界漫遊後の初仕事として、この企画を成功させようではないですか。

●僕の言いたいこととは?
▼「戦争絶対反対!9条改憲徹底阻止!9条と憲法をこれまで空洞化させ、反故にしてき、憲法より上位に座っていた日米安保条約を破棄し、憲法を正規の座につけてゆく。」 一年ごとに、安保条約は70年以降、更新されてゆくことになっていますが、これが、自動的に更新され続けて来ました。 日本民衆は、憲法を尊重し、活憲してゆく立場から、安保破棄を通告してゆくことを準備しよう。

★オバマのアフガニスタン増派徹底批判、日本のその侵略加担に徹底的に反対する! 自衛隊アフガニスタン派兵反対!日本政府の一切の協力、加担を批判する。 ソマリア沖、海上自衛隊の派兵を許さない。田母神論文反対!自衛隊否定、解散、消失の9条理念としての戦略的目標を忘れまい。

★オバマ氏に一切の幻想を持つまい。オバマはアメリカ国際独占体が、自らが撒いた政治・経済危機からの資本主義的延命のために、「黒人」を目玉にすることで、アメリカ民衆を体制に繋ぎ止めるためにキャストとして選択した、窮余にして、最後ともいえるような一策と言えます。アメリカ資本の輿望を担う「アメリカの救済者」を演じる俳優、政治バッタ-こそがオバマ氏であったわけです。 かって、ケネディ-(兄弟)を、アメリカ資本の異端者、アイリッシュ系資本家を売り物にして、国際独占資本が登用したように。 そして、ケネディが反抗した際、すぐにお払い箱にしたように、彼をそうする可能性も十分にあります。 しかし、今のアメリカにおいては、古い皮袋に新しい酒を入れても何の解決策も出てこない、と思います。「上からの革命」は、あまりに矛盾と欺瞞に満ち満ちており、オバマ構想は幻想と思います。 ルーズベルトのニュディール政策は、アメリカ資本主義経済を浮揚させなかったし、38年には、もっときつい恐慌が勃発しています。農業恐慌が、それにスパイラルしつつ続発しています。アメリカ経済を浮揚させたのは、ヨーロッパの戦争特需とそれに続くアメリカの参戦でした。しかし、ルーズベルトの時代と違って、今のオバマ・アメリカ資本主義は、衰退期であり、今の時代のアメリカ資本主義の遭遇している矛盾は、もっと、もっとグローバルで、規模も質も、格段に大きく、かつ、底が深く、それが、かもし出す危機、矛盾の質、規模は桁違いに大きいと思います。であるが故に、資本主義の手直しでしかないオバマ構想は欺瞞と矛盾に満ち満ちているといえるわけです。僕らは、オバマの背後で胎動しつつある、第3極のアメリカ・プロレタリアら人民大衆と国際主義の友誼を深めてゆくべきでしょう。オバマは全世界に展開している米軍を撤退させよ!基地を配備する、あらゆる国での米軍基地を閉鎖せよ!

★一切の軍事費をゼロとし、それをアメリカ民衆の生活救済、福祉に回せ! 税金を持てるもの達へ累進処遇で課税し、持たざるものから収奪するな!

▼日本労働者階級は憲法25条の名において、自主生産を資本家が無責任な経営を行う場合、生産-分配-消費らの経済部面を自主管理し、プロらタリアート(※原文ママ)が、基本的な事柄が最低限にして満たされ、飯が食えて行く計画を立て、それを計画的に準備をしてゆこう。

★資本主義とはまったく違う、命と自主性を最高尊貴する、民衆中心・人間中心の新しい内容の、世界的規模でのみ成立する真の民主主義の発展に基づく社会主義に向けての過渡、生産-分配面での協同組合を研究し、準備してゆこう。資本家、経営者に、経営のノ-ハウを開陳せしめ、この経済の自主管理運動に協力させるようにしてゆく。労働者は、経営者のヘゲモニ-での「経営協議会」を拒否し、労働者による経済、経営の自主管理の体制へ、逆に、資本家、経営者を参画させ、経営者を「雇われマダム」化させよう。

★大企業は、これまで溜め込んできた内部留保金を放出し、労働者の首を切らず、その権利を保障せよ!

★政府は全都、全国に存在する空家、空き地を解放し、民衆の生活、生産の再生産の居住空間を保障せよ!この空間での、文化的、政治的営為を保証せよ!
★小選挙区制を廃止しよう。
★軍事費をゼロにし、それを民衆の生活再建と福祉に回せ!
★税金を持てるものたちへ累進課税原則に沿って課し、持たざる民衆から収奪するな!

「9条改憲阻止の会」発起(未だ、未スタートで近い内に発表されます)の、有権者7千万人の過半数、3500万人をめざし、「国民投票」の際は、反対票を投ずる人々をバンクしてゆく、「9条バンク」運動を、あらゆる個人、団体、政派、政党が主体となり、日本、全国津々浦々で、草の根から実現して行く「9条バンク構想」を支持してゆく。

【出演】塩見孝也(元赤軍派議長)的場昭弘(神奈川大学教授、社会思想史、『ネオ共産主義論』、超訳『資本論』)市田良彦(神戸大学教授、社会思想史、ルイ・アルチュセール、アントニオ・ネグリ等のポストモダンが主な専門分野)ピオデミリア/Pio d'Emilia(イタリア人、「赤い旅団」弁護士、現日本在住、ジャーナリスト)平野悠(ロフト席亭)OPEN18:30 / START19:30¥1,500(飲食代別) 2月4日よりWEB予約&電話予約受付開始。
tel:03-5929-3445
 http://www.loft-prj.co.jp/lofta/schedule/lofta.cgi?year=2009&month=2 

【wiki】塩見孝也 
塩見 孝也(しおみ たかや、1941年5月22日 - )は、日本の新左翼活動家。元赤軍派議長、最高指導者。「日本のレーニン」と呼ばれた。

活動 
京大在学中から「ブント」の活動家となり、京都府学連書記長、社学同書記長と幹部となる。

しかし1969年、それまでのブントの活動に飽きたらず、「これまでの闘争方針では70年闘争を闘いきれない。受動的な階級闘争論では展望が開けず、能動的な攻撃型の階級闘争こそが必要である」と武装闘争を主張する。 さらぎ徳二らの関東派と対立の結果、決別し、いわゆる関西ブントを中心に「共産主義者同盟赤軍派」を結成し、その議長に就任した。

メンバーは京大、同志社大、立命館大を中心に400人で、軍事委員長は大阪市大の田宮高麿である。

同年秋には具体的な実行として、大阪、東京で交番・パトカーなどを襲撃した大阪戦争、東京戦争等を指揮する。

しかし11月に「大菩薩峠事件」の失敗で主要幹部を含む53人が逮捕され、大きな打撃を受ける。

その後、「一国内の闘争には限界がある。労働者国家(キューバ)を根拠地とし、そこで軍事訓練を行った革命軍を各地に送って、武装蜂起を図り「世界共産主義革命」を実現すべき」という「国際根拠地理論」を提唱した。

1970年、「フェニックス作戦」と名づけたハイジャックを計画。下見を重ね具体的な計画を作成。実行部隊のメンバーを決定し同年3月後半の実施を決定したが、寸前の3月15日警察に逮捕された。しかし塩見の逮捕を知った実行部隊は、善後策を協議し既定方針どおりハイジャックを決行。3月31日、田宮高麿をリーダーとする9名が、羽田空港で日本航空機・よど号をハイジャックし北朝鮮に亡命した(よど号ハイジャック事件)

塩見は爆発物取締法、よど号事件の共謀共同正犯、破防法などで起訴される。法廷闘争の中、1972年の連合赤軍事件以来分裂状態にあった赤軍派に対し1974年に赤軍派(プロレタリア革命派)を結成。その後プロ革派は分裂し、塩見派は1979年に日本社会科学研究所(マルクス・レーニン主義、毛沢東思想)を結成。1980年、懲役18年の判決が出され、1982年刑が確定。府中刑務所に収監され、結局19年9ヶ月の獄中生活を送り、1989年12月出所。

現在
ぱとり・自主日本の会を主宰し、定期的に都内で集会を開くなどの活動を行っている。出所後は何度も渡朝し田宮(1995年死亡)らと再会。また近年、民族主義を唱え一水会らと共に「国の日集会」(毎年9月2日開催)を開いたり、よど号事件実行犯が日本人拉致に関与しているかのような発言を行い、物議を醸している。

だが先に挙げた民族主義に関しては彼なりの過去の内ゲバに対する反省点と愛郷心から来ており同じ革命を目指す者同士なら左右問う事無く解決すべきであるという理念が伺える。

ちなみに塩見自身は、新宿騒擾事件については刑事責任を問われうる範囲内であるも、ハイジャックについては無罪であるとの主張を、現在においても唱えている。

赤軍派や日本赤軍については、反省すべき点はあるとしつつも基本的に肯定的に評価している。一方で連合赤軍(特に山岳ベース事件)については全否定しており、自身や赤軍派とは何の関係も無いと主張している。一方で、山岳ベースでの同志殺害をもたらした連合赤軍の暴力的体質や「共産主義化」の理論は赤軍派や塩見のものに他ならない、との批判が関係者からなされることもある。 

経産省前テント、経産相が立ち退き要請 強制排除はせず

 「脱原発」を求める市民団体らが東京・霞が関にある経済産業省の玄関脇の国有地にテントを張り、4カ月以上にわたって署名集めなどをしている。ぼや騒ぎなどもあり、枝野幸男経産相は24日の記者会見で自主的な立ち退きを求めた。

 団体は「経産省前テントひろば」で、昨年9月11日にテントを設置した。メンバーが交代で寝泊まりしながら脱原発や福島県民への補償を訴え、約1万5千人の署名を集めたという。

 経産省は口頭で退去を求めてきたが、強制的な排除には踏み切っていない。しかし、昨年末にガソリン式発電機でぼや騒ぎが起きたのを受け、枝野氏は24日の会見で「主張や活動内容はともかく、火気の使用など危険な行為は放置できない」と話し、経産省は初めて文書で退去を求めた。

 一方で、枝野氏は「原発については国民の様々な意見がある」とも言い、「(退去要請は)苦渋の判断だ」と述べた。18日に経産省であった原発再稼働の意見聴取会では、脱原発を訴える市民らが会議室を占拠した。この時も枝野氏は「心情的には原発の再稼働は限りなく慎重にという主張にかなり近い」と語っていた。(福山崇)朝日新聞デジタル2012.1.24
http://www.asahi.com/politics/update/0124/TKY201201240518.html  

九条阻止の会・経産省前テント
http://tabisya.bbs.fc2.com/ 

在特会が経産省前テントに抗議してるのに対してレイシストとか言ってる人がいましたが
(差別ニダは魔法の言葉)
テロリスト擁護の人が言うことかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

資料が多いためまだまだ続く 
反原発と極左テロリスト2 映画『the Cove』の裏にいる人達 
反原発と極左テロリスト3 

2012.8.27追記
自由報道協会理事に名を連ねている重信メイ氏は日本赤軍の重信房子の娘
【wiki】重信房子 
犯罪親和性の高すぎるこの人脈は普通ではない 

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