反日はどこからくるの

反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

タグ: ジョン・ダワー



p303~306
太平洋戦争の人種的視点ー日独の比較

 第二次世界大戦では日独ともに敗戦の惨劇を演じさせられたが、連合国が日独で異なった対応を示したのが日本人に対する人種的偏見であった。米国軍人の日独に対する人種的差別意識を第二次世界大戦中にプリンストン大学が行った「戦場における兵士の意識調査」で比べてみよう。この調査によれば「日本兵(ドイツ兵)を殺すことを好むか」との調査で「日本兵を殺すことを好む」のは44%であったが、「ドイツ兵を殺すことを好む」は6%に過ぎなかった。この人種的偏見に基づく象徴的な事件は第二次世界大戦中の日系人の強制移住隔離政策であろう。日本海軍がハワイを奇襲すると、その日から日系米人の指導者の逮捕が始まり、日系米人の銀行預金が封鎖され多くの人が職場から追放された。真珠湾攻撃2カ月後の1942年2月19日には、大統領令により指定地域に住む全日系人に速やかに立ち退くことが勧奨された。大統領令には収容すべきものを「米国の国防に危害を及ぼすと認められる者」と書かれ、日系人という言葉はなかった。しかし、適用されたのは日系人だけであった。そして移動勧奨は強制に代わり軍の監督下に集団的強制立ちのきが開始され、11万人以上の日系米人がトラックや列車に乗せられて、有刺鉄線で囲まれたバラック建ての収容所に戦争が終わるまで収容された。

 ジョン・ダワー『人種偏見』によれば、白色人種のドイツ人やイタリア人は「まだしも人間だった」が、日本人は人間より下等な動物、爬虫類、虫けら、猿、ゴリラ、犬、ネズ、蛇、ゴキブリ、害虫などと書かれ、人種的な蔑視吾が報道機関や公式文書の中で、ごく普通に使われていた。日系人は「強制収容所の最終的な宿舎に移住させられるまで、何週間も何カ月も、馬小屋に詰め込まれ麻袋の上で寝なければならなかった」。特にサンタアニタでは馬の引っ越しと日系米人の到着の間に4日しかなく、馬糞の匂いのする中に押し込められ入浴設備は、馬用のシャワーであったという。

 このように日本人を猿、毒蛇、ゴキブリなどと動物視した結果、兵士が日本人を殺すことが動物を殺す狩りと変わらない心境になっていた。グレン・グレー『戦士たち』には、日本兵を一人放ち、その兵士が身の安全を求めて狂ったように逃げ回るのを標的として射撃を楽しんだという話が紹介されている。兵士たちは逃げ回る日本兵の様子の滑稽さに、あまり笑いすぎて日本兵に的を絞ることができなかった。しかし、ついに弾が命中すると正体全体の雰囲気は大いに盛り上がり、数日間はそれを肴にした話題や冗談が続いたと書かれている。このような日本人の動物化に、さらに日本軍が破竹の勢いで欧米諸国のアジアの植民地を占領すると、ジンギスカンのように西欧社会に進撃してくるとの黄禍の悪夢が重なった。日本人を絶滅しなければ白色人種が絶滅されるという恐怖心が高まり、日本人殲滅へとエスカレーとしていった(原文ママ:筆者)。

 43年3月にラバウルからニューギニアのラエに向かった輸送船8隻と、駆逐艦4隻を撃沈すると、米豪軍はいかだや救命ボートに乗っていた3000人近くの遭難者を機銃掃射した。そして『TIME』(43年3月15日号)は「低空飛行の戦闘機が生き残りのジャップでいっぱいの救命ボートを血の海に変えた。ジャップに浴びせられたこの残忍さは、かつて彼らがしばしば示したものであう。今回の攻撃の結果、岸にたどり着くことができたジャップはほとんどゼロに近かった」 と報じた。

 1943年の米軍の調査によれば米軍兵士の意識も半数が捕虜にするのではなく、日本兵は1人残さず殺すべきだと考え、また、彼らは日本人は他の敵とは近い殺すか殺されるかの2つに1つしか選択の余地はないと教えられていた。この結果、終戦の年になると4人に1人が戦闘の目的が陣地を占領することではなく、日本兵をできるだけ多く殺すことに変わった。

 43年5月以後数カ月にわたって、米国政府内で戦後の日本をどう扱うべきかに関する会議が開かれたが、海軍代表はハルゼー提督のモットー「ジャップを殺せ、殺せ、もっと殺せ」の信奉者であり、日本民族のほぼ完全なる根絶を要求した。その理由はいずれの民族が生き残るかの問題であり、白色人種の文明が危機にされされているというkとであった。チャーチルも43年5月のワシントン訪問時の議会演説で、日本の大都市や軍需工場を灰燼にするために爆撃を続け、住民の半数を殺害すべきであると演説していた。

 さらに、広島に原爆を投下する数日前には、アーサー・ニフドフォード海軍中将が「侵略を始めたのはジャップだ。だから日本は都市なき国家となり、あとに残るのは流浪の民だけだろう」 と言ったと言われている。しかも、世論は終始10から13%の米国人が日本人の「絶滅」を支持し、終戦の年には33%が国家としての日本の崩壊を支持していた。それは原爆投下20日後の8月26日に実施したギャラップの世論調査で、日本の都市への原爆投下を肯定する者が85%、さらに『FORTUNE』(45年12月号)誌が11月30日に行った世論調査でも、党かを肯定する者が53・5%、「もっと原爆を使う機会があれば良かった」が22.7%、投下すべきではなかったというのはわずか4.5%に過ぎなかった。また、チャールズ・A・プラムリー下院議員はジェイムズ・バーンズ国務長官に原爆投下を祝う電報を送ったが、その電文には「米国の民衆は貴殿と大統領を最大限支持しながら、今こそ、黄禍を永遠に絶滅する時であると決意しました。・・・・ねずみはキイキイ鳴かせればよい」と書かれていた。

あのジョン・ダワー氏が以前はこういうことを書いていて
今「日本のアジア加虐史観」と言ってるのがちょっと理解できない
(日米離反工作???)
ジョン・ダワーとハーバート・ノーマンと「アジアへの加害責任」 

参考
 
【youtube】 【6月15日配信】チャンネルくらら座談会 「コミンテルン研究の第一人者平間洋一先生をお迎えして」 第1回 宮脇淳子・倉山満 【チャンネルくらら】

歴史通 2015.7月号

ジョン・ダワーのノーマン再評価で
「日本悪玉論」拡散

産経新聞編集委員 岡部伸

(一部抜粋)

p60~62
 評論家の江崎道朗氏によると、ノーマン復権を唱えたダワー教授の理論の下敷きになったのがベトナム反戦運動を展開したニュー・レフト(新左翼)だった。彼らは、ソ連の支援を受けた北ベトナムが勝利し、共産政権ができれば、東南アジアにも共産主義政権が誕生し、世界共産化が進むと考えた。ところが1965年のインドネシア共産クーデターが阻止され、反共を掲げる東南アジア諸国連合(ASEAN)が創設された。そこでニュー・レフトの理論的指導者、カリフォルニア大学のヘルベルト・マルクーゼ教授が1969年、『解放論の試み』を出版し、アジア・アフリカの解放には、共産勢力の強化より、資本主義国の弱体化が必要と訴えた。

皇室解体と加害責任追及
 このマルクーゼ理論を基にダワー教授は、ベトナム、ひいてはアジアの民主化を阻害する米国の帝国主義者たちがアジアで影響力を保持するのは、日米同盟と日本の経済力があるからだとして、日米同盟を解体し日本を弱体化することが、アジアの民主化につながると考えた。そしてダワー教授らは次のように訴えた。

「占領政策で日本の民主化は進んだものの、日本の官僚制を活用する間接統治と『逆コース』で占領政策が骨抜きとなり、『天皇制』など戦前の専制体制が温存された。さらに昭和天皇の戦争責任を不問にするなど東京裁判が不徹底に終わったため、日本は『過去の侵略を反省できない、アジアから信頼されない国家』になった。そこでもう一度、徹底した民主化(憲法の国民主権に基づく皇室解体)と東京裁判のやり直し、アジア諸国への加害責任の追及を行うべきだ。そのため民主化と加害責任の追及を行う日本の民主勢力(例えば、家永三郎氏のような『勇気』ある歴史家たち)を支援するべきだ(ダワー教授は1999年、後述する『抗日連合会』土井たか子元社民党党首らと連携して、家永三郎氏にノーベル平和賞を受賞させる運動を展開している」

「暗黒史観」であるノーマン理論を引き継いで「未完の占領改革」を徹底せよというのである。こうして日本の加害責任を改めて追及して日本を弱体化させ、アジアの民主化を促すという世界戦略が米国のニュー・レフトの間で確立されたのである。

ノーマン理論復権
 米国でのダワー教授のノーマン再評価を受けて日本でもノーマン理論が復権する。没後20年を期して77年に全集が刊行され、87年には全集の増補が刊行される。さらに左派リベラル勢力が「一般国民もアジア侵略の加害者である」と戦争責任を問い始めた。

 その理論を支えた一人となった一橋大学の油井大三郎名誉教授は1989年にノーマンを再評価する『未完の占領革命ー米国知識人と捨てられた日本民主化構想』を上梓し、「武装解除されても、天皇制が残るならば、日本は他の世界にとって未解決な危険な問題であり続ける」とのノーマンの発言を引用して、アジアから信頼を得るには、日本人自身が天皇制解体や加害責任追及を完遂するべきだと唱えた。言い換えれば東京裁判をやり直し、日本の加害責任を徹底追及しなければ、「占領革命」が完了しない、と訴えかけた。

 こうしてノーマンが説いた「アジアへの加害者責任」の自虐史観は日本に浸透し、日本で謝罪外交の必要性が理論化された。日本国内で運動の中心的役割を果たすのが家永教科書検定訴訟支援運動だった。この結果、1980年代後半ごろから日本を始め世界各地に日本に謝罪と補償をさせる「反日」組織が誕生する。

 東南アジアなどの戦争の被害地を訪問して加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動が83年に辻元清美衆院議員が発起人となって始まる。84年には家永教科書訴訟を支援する形で「南京事件調査研究会」が発足され、84、87年に中国を訪問し、中国側の主張に沿って『侵華日軍南京大屠殺資料専輯』を翻訳して出版するなど「南京大虐殺」キャンペーンを始めている。また86年には、中国、韓国などの反日活動家を訪日させ、日本の加害責任を追及する国際ネットワーク構築が始まった。

 韓国で親北系のハンギョレ新聞で「『挺身隊』怨念の足跡取材記」の慰安婦キャンペーンが始まるのは90年1月だった。翌2月17日、戸塚悦朗弁護士が国連人権委員会で「従軍慰安婦・強制連行」を取り上げている。

 在米中国人が日本の戦争責任を蒸し返して米国や国連を舞台に日本に謝罪と補償を求めて反日宣伝を行う「対日索賠中華同胞会」が出来るのは87年だ。狙いを「南京大虐殺」に絞った「紀念南京大虐殺受難同胞連合会」を結成、翌92年にはカリフォルニアで「抗日戦争史実維護会」が組織される。

 米国での中国系反日活動に連動して88年に香港で「香港紀念抗日受難同胞聯會」が結成されたのを皮切りにカナダなど世界各地で同趣旨の組織が結成され、94年12月、30を超える中国系反日組織を結集させる連合体として「世界抗日戦争史実維護聯合会」(抗日連合会)が結成される。中国政府と連携した中国系米人たちが「日本に戦争での残虐行為を謝罪させ、賠償させる」 ことを主目的に設立した「抗日連合会」が、「歴史戦」の主役として北米で日本の戦争責任を追及する苛烈な反日プロパガンダを20年にわたって繰り返している。南京事件のほかに捕虜虐待、731部隊、慰安婦を挙げてきた。戦犯裁判や対日講和条約での日本の責任受け入れを一切、認めない点で明白な反日組織だ。昨年、カリフォルニア州グレンデール市やニュージャージー州で慰安婦像を設置したのは記憶に新しい。「南京大虐殺」を目撃したとするドイツ人のジョン・ラーベの日記を発掘し、ドイツを「南京大虐殺」キャンペーンに捲き込んだり、反日集会に参加したアイリス・チャンに『ザ・レイプ・オブ・南京』を執筆させたりしたのも「抗日連合会」だった。

 21世紀になると、ノーマンの再評価が広がる。ライシャワーの駐日大使時代の特別補佐官で、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院の学院長を務めたジョージ・パッカード氏も2001年に東京・六本木の国際文化会館で、「ライシャワーの日本近代史観は楽観主義が強すぎて軽視される一方、ダワーの『敗北を抱きしめて』やハーバート・ビックスの『昭和天皇』などの著作にみられるように、ライシャワーと対照的なノーマンの史観に評価が高まっている」とライシャワーを批判し、ノーマンを持ち上げた。

 こうしたノーマン再評価を背景に中国、韓国はじめ、米国やカナダ、香港でも「日本の加害者責任」と人権を結びつけ、日本を弱体化させる反日国際ネットワークが次々と構築され、反日プロパガンダは現在も世界で広がっている。中国が仕掛ける「歴史戦」の活断層はこのあたりにあるともいえる。

ジョージ・パッカード氏@国際文化会館
国際文化会館ライシャワーハーバートノーマン
http://www.i-house.or.jp/programs/publicprogram2002/

国際文化会館といえば

イタリアで実刑を受けたにも関わらずアントニオ・ネグリ氏を招聘したところ
テロリストもNO PROBLEM!国境なんてないさ 

そして・・
歴史国際文化会館
侮日新聞ジャパンタイムズ ニフコ会長10億円申告漏れ 海外転々

追記2015.9.12
加害者としての日本の歴史を確認する「ピース・ボート」運動
ピースボート歴史と和解
1983年にピースボートがアジアへ船を出すきっかけにもなった歴史教科書問題。アジアでは、日本が引き起こし、アジア諸国に多大な犠牲をもたらしたアジア・太平洋戦争の捉え方をめぐって、さまざまな議論が起きてきました。ピースボートでは、過去の戦争を見つめ、未来の平和を築くために、戦場となった現場をめぐり、市民レベルでの国際交流と対話を続けています。日本とアジア諸国との関係がぎくしゃくしている今だからこそ、こうした取り組みが必要とされています。
http://peaceboat.org/projects/history?pj=about

参考
反日ネットワークの正体 
羽仁五郎とハーバート・ノーマン  
左翼はなぜ嘘をつくのか 
中指立てて仲良くしようゼと言う187人の歴史学者 
吉松育美さん騒動12 ベトナム反戦運動とピースボート 

関連記事はこちらから→【アンブロークン the unbelievable BROKEN story】


【youtube】『アメリカは今どうなっているのか①』佐藤和夫 AJER2015.4.1(3)
11:45~
江崎道朗氏「戦後70年のときに侵略戦争だの何だのと言い出したので、(佐藤和男氏は:筆者)ふざけるなと。少なくとも自分が所属している国際法の世界、国際法学会の中では日本は侵略戦争だって言うのはおかしいというのが国際法学者みんなの認識なのに、何で日本の政治家たちやマスコミはそういう頓珍漢な、国際社会から見たら頓珍漢な議論をやるんだと。いうことでもうこれは黙ってられないと」

( ̄д ̄)なぬ
これは是非読まねば



たまたま「マッカーサーはカリスマ」ジョン・ダワー氏が出て来たのでご紹介
→ 「敗北を抱きしめて」などいられない① 
 「敗北を抱きしめて」などいられない②

p143
 連合軍が捕虜を一人もとらずに虐殺した例は枚挙に暇がない。

 カリフォルニア大学のダワー教授はその著『人種偏見』において、連合軍側の虐殺行為を詳しく紹介している。例えば、すでに米軍の支配下にあった島に、仲間とはぐれた日本兵を一人放ち、その兵士が実の安全を求めて狂ったように駆け出すところを銃の標的として楽しんだ。ペリリュー島や沖縄の激戦地で、米軍兵士は日本兵の死体から手を切り取って戦果のトロフィーとする。金歯を漁る。死体のあいた口めがけて小便をする、恐れおののく沖縄の老女を撃ち殺し、「みじめな生活から逃れさせてやっただけだ」と気にもとめない、といった具合である。太平洋地域担当の従軍記者エドガー・L・ジョーンズは、1946年(昭和21年)の『アトランティック・マンスリー』誌に、「われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、傷ついた敵兵を殺し、まだ息のあるものを他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで置き物を作るとか、または他の骨でペーパーナイフを作るとかしてきたのだ」と書いた。これらの陰湿な虐殺行為は政府によって公認されたこともあった。ジョン・ダワー教授はいう。

<ブーゲンビルで投降しようとして殺された負傷兵の場合のように、日本兵殺害の中には上官の命令下に行われたもの、あるいは少なくとも上官が事後承認を与えたものがあった。たとえば日本の輸送船を沈め、その後一時間以上もかけて何百、何千という生き残り日本兵を銃で撃ち殺したアメリカの潜水艦艦長は、この虐殺をその公式報告書に記録し、しかも上官から公の賛辞を与えられている。>(『人種偏見』p84)

 ところで、ダワー教授は、日本側にもこうした虐殺行為はあったとも指摘し、日米は同罪だとしているが、彼は二つ忘れていることがある。

 第一に、日本側は相応の罰を受けた。戦後、東京裁判とは別に、日本を含むアジア各地49カ所で開かれたB・C級戦争犯罪裁判法廷では、俘虜虐待の罪や住民虐殺などで、約25000人の日本人が容疑者として逮捕・高速され、5700人が起訴、そのうち約1000余名が死刑の判決を受けた(冤罪も多かった)。しかし、連合国側の虐殺行為は何ら罪を問われず、免責されたままだ。

 第二に、俘虜虐待について言えば、それでなくとも物資不足に喘ぎ、俘虜を受け入れるだけの設備も食糧も不足していた日本側がそれでも交戦法規を忠実に守って、大量に投降してくる敵兵を捕虜にしたからこそ様々な問題が生じたのである。

 防衛大学校教授の足立純夫著『現代戦争法規論』によれば、我が国は開戦と同時に捕虜収容所の開設に着手し、昭和18年(1943年)末には日本地域及び占領地域に合計15カ所の収容所が設置され、約30万人を収容していた。また、その待遇が決して悪くはなかったことを赤十字国際委員会や連合国の一部も認めていた。

 例えば、1942年11月24日付の英紙デイリー・メールは「日本軍は捕虜を優遇」の大見出しの下にイギリス捕虜の生活を伝え、イギリス陸軍省は1943年1月6日に捕虜に関する詳細な発表を行い、「その生活状態は満足すべきものである」と述べた。更に1943年10月10日、ロンドンで開催された被抑留者親族会議において、万国赤十字社極東捕虜局のキング委員は、「日本の捕虜収容所では未だ曾て虐待行為は見られず、捕虜は十分に待遇されている」と報告している。これらの事実は、日本軍に捕虜虐待の組織的企図があったわけではないことを示している。

 しかし、アメリカは物資も潤沢で捕虜を受け入れるだけの設備もあったにもかかわらず、時には米軍司令官公認のもと、「日本軍の捕虜や投稿者を射殺」し、日本人は「一人も捕虜にされなかった」のである。日本軍にも多くの落ち度はあっただろうが、捕虜や投降を一切認めず、全員殺してしまうアメリカのやり方と、果たしてどちらが残虐だというのだろうか。

 前述のリンドバーグ大佐は、日記の全編を継ぎのような印象的な言葉で締め括っている。

«1945年6月11日 ・・・・ドイツ人がヨーロッパでユダヤ人になしたと同じようなことを、われわれは太平洋で日本人に行って来たのである。・・・・地球の片側で行われた蛮行はその反対側で行われても、蛮行であることには変わりがあない。『汝ら人を裁くな、裁かれざらん為なり』。この戦争はドイツ人や日本人ばかりではない、あらゆる諸国民に恥辱と後輩とをもたらしたのだ。»
(『リンドバーグ第二次大戦日記(下)』p625)

 こうしたリンドバーグ大佐の反省に耳を傾けることなく、米ソを中心とする連合国は「文明」の名を騙って一方的に日本を裁くことで、自らがあたかも道徳的に優越しているかのごとく錯覚し、戦後もまた、ベトナムで、ニカラグアで、そしてアフガニスタンで虐殺行為者を生み出したのである。

東京裁判で裁かれ条約を締結したにも関わらず
日本だけが悪いと言い続けると・・

①戦時国際法は無視。そんなものに構って負けてはいけない
②死人に口なし。捕虜はとらず処刑するべき
③相手の過失は針小棒大に。自分の過失は矮小化

過去に真摯に向き合い反省して連合国を見習うとこういうこういう結論になります

それが映画『アンブロークン』 の教えてくれることなんでしょう

「敗北を抱きしめて」などいられない① 続き

反日ではないらしいジョン・ダワー氏について高山正之氏の記事
報道特集ジョンダワー「戦争の美化」
187人の歴史学者(冷笑)


マッカーサー2

 マッカーサーもそれで聖人になった。彼はそのころ米共和党の大統領候補になったことがある。朝日は彼の「高潔で気高い人柄」を褒め、彼の偉大さは米大統領の椅子が似合うと書き続けた。日本人は彼が大統領になると信じていた。だってそういう記事しかマッカーサーは許さなかったからだ。

 しかし米国人は彼がフィリピンから敵前逃亡したことも、そのときに米傀儡政権のケソン大統領を脅して「五十万ドルもニューヨークケミカル銀行の自分の口座に振り込ませた」(マイケル・シャラー『マッカーサーの時代』)ことも知っていた。彼が大統領から最も遠い男だと知っていた。

 実際、共和党大会で一千五百余人の代議員のうち彼は11票を取っただけだった。いかに情報から隔絶されていたにせよ、彼がこんな泡沫だったとは日本人は本当に驚いたと思う。

 いま振り返ってみるとマッカーサーのやったことはジョージ・オーウェルの『1984年』の世界とほとんど相似と言っていい。歴史学者ダワーもそれに気づいているはずだが、彼は逆に賛歌を歌い続けた。

 イラク戦争後、戦後処理をどうするかという時期、彼はニューヨークタイムズに「日本とイラクの違い」を寄稿した。その中で日本での成功は「マッカーサーのカリスマ性と米軍将兵の紳士的な振る舞いが日本統治を成功させた」と書いている。

 調達庁の数字によれば、占領期、米兵によって10万人の女性が強姦され、2536人が殺された。沖縄では6歳の幼女が強姦の果て殺され、小倉市は朝鮮戦争時、一個中隊の黒人兵に占領され3日間、略奪と強姦に蹂躙された。今のイスラム国と似た状況だった。そのすべてが報道規制で闇に葬られた。そんな連中をダワーは紳士だったという。

 マッカーサーはもっと悪質だった。終戦間際に米潜水艦が灯火(ともしび)をつけて航行中の阿波丸を緑十字船と知りつつ魚雷で沈めた。1人生き残った。

 賠償を払う段になってカネを惜しんだマッカーサーは無償供与だったガリオアエロア援助を有償に切り替えてそのカネで阿波丸賠償を日本政府に出させた。

 彼は自分の滞在費も含め駐留米軍の費用もすべて日本政府に出させた。あの東京裁判の費用も、キーナン検事の宿泊から遊興費まですべて日本に出させた。

 ダワーの著作を通して感じるのは、ここまであくどいマッカーサーの戦後統治を何としてでも栄光のまま存続させたいという思いが滲み出ていることだ。

「カルタゴの平和」
 ダワーは歴史学者でなく、むしろ政治屋という印象が強いが、もう一つ、彼が歴史学者でない証拠がある。

 日本大手術に当たって彼が「歴史的にも前例がない」と言ったことについて「それも嘘だ」と書いた。

 ちゃんと前例がある。紀元前3世紀、世にポエニ戦役と呼ばれるローマとカルタゴの戦いがあった。

 カルタゴのハンニバルは日本と同じに正々堂々、戦場で戦った。ローマのスキピオはその点、米国に似ていた。インディアンとの戦いでは戦場に戦士を誘い出し、その隙に銃後の集落を襲って戦士の妻と子を殺した。日本との戦いでもそう。戦場を飛び越して銃後の広島長崎に原爆を落とし、日本軍兵士の妻子を殺した。

 スキピオはハンニバルがローマの南ブルティに布陣している間に今のリビアにあったカルタゴを攻めた。ハンニバルは急ぎ駆けつけたが、スキピオに敗れた。

 勝ったローマはカルタゴに対し、
・膨大な賠償金の支払い
・カルタヘナなど植民地の没収
・軍の解除と軍艦の焼却
・交戦権の放棄

 を要求した。

 さらにその調印が行われるまで
・ローマ軍の略奪、強姦を放置し
・丸裸になった海の民カルタゴの交易船も燃やし、農業国化を強いた

 ローマはこの条件を呑んだカルタゴをその後もいびり続けた。

 マルクス・ポルキウス・カトーこと大カトーは演説の最後に必ず「カルタゴを滅ぼさねばならない」と語り続けたのは知られる。

 そして隣国ヌミビアが攻め込んだのに対してカルタゴが自衛の戦争を始めると交戦権放棄の違反としてローマが攻め込んで今度こそ攻め滅ぼした。王侯貴族はみな殺しにし、住民は奴隷に叩き売り、最後は塩を撒いて草木が生えることも認めなかった。世に言う「カルタゴの平和」だ。

 蒋介石の顧問だったオーエン・ラティモアは日本の戦後処理についてこの「カルタゴの平和」を何度も口にしている。

 マッカーサーのGHQの仕事を見ると、まず日本からその統治地域・台湾、朝鮮、南洋諸島を没収し、永世中立国のスイスまで膨大な賠償金を支払わせ、戦力不保持と交戦権放棄を明記したマッカーサー憲法を呑ませた。

 カルタゴの交易船に相当する日本の工業力については鍋釜しかつくれないレベルまで落とし、農業国化することがエドウィン・ポーレーの賠償使節団によって計画された。

 第1次で昭和初期まで工業力を落とし、重工業は解体され機械類は支那朝鮮などに運び出された。

 第2次で明治時代まで落とす予定だったが、朝鮮戦争で中断された。

 しかし農業国化はそのまま進められ、NHKは今も「農業の時間」とかあほな番組を作り続けている。

 笑えるのはローマに略奪の自由を認めた項目までGHQは実施した。日本中の駅前一等地を不法占拠した在日朝鮮人支那人の跋扈がそれに当たる。

 マッカーサー統治がカルタゴのモノマネだということは日本の戦後処理を研究する者にとっては常識だが、ダワーはそれも知らないで「歴史上初めて」と書いて憚らない。

 かくも無知と偏見に満ちた『敗北を抱きしめて』はしかし世に出てすぐピューリッツァー賞を受賞し、さらに米国史に貢献した研究に出されるバンクロフト賞も取った。

 歴史書の資質も品格もないのになぜ受賞したか。

 それは彼が書いたように「日本が理由もなしに発狂し、残忍になり、アジアを血に染めたこと」にしておけば米国の残忍なフィリピン支配も東京大空襲も広島、長崎の原爆投下もすべて正当化される

 そして米国はダワーが書くマッカーサーのように「慈愛深く知的な白人キリスト教徒」でいられるからだ。それで彼に賞を出した。

 授賞理由は米国の望む「戦後史観」の総カタログ集という位置づけだ。ここに書いてあることをこれからも真実として語り継ごうというわけだ。おかげで嘘つきダワーもまた形だけは「真実を語る歴史学者」になれた。

 ただピューリッツァー賞だって万能じゃない。スターリンを褒め称え続けたニューヨークタイムズ紙のウォルター・デュランティ記者について、ウクライナ系米市民が「彼はウクライナの大虐殺もなかったとばかり書いてきた」と訴えた。今から十余年前のことだ。「こんな嘘つきにピューリッツァー賞は似合わない」と。

 コロンビア大のフォン・ハーゲン教授が調査し、「ウクライナの惨劇まで否定して米国に誤ったスターリン像を植え付けた。記者の道を踏み外したことは明らか。賞の撤回がふさわしい」と断じられた。

 人の道を踏み外したダワーが第二のデュランティになる日もそう遠くはないと思う。
http://ironna.jp/article/873
 
占領を美化したジョン・ダワー氏NYTの記事はおそらくこちら
"Lessons From Japan About War's Aftermath" NYT 2002.10.27
When war ended in 1945, the United States-dominated occupation of Japan had enormous moral as well as legal legitimacy in the eyes of the rest of the world.

The exercise of this authority, moreover, was vested in an unusually charismatic supreme commander, Gen. Douglas MacArthur, who, in effect, was authorized to rule by fiat.
http://www.nytimes.com/2002/10/27/opinion/lessons-from-japan-about-war-s-aftermath.htm

大失敗男マッカーサー
捜神
がカリスマって何の冗談(爆)としか思えないわけだが
つかマジでカリスマって書いてあったわ~(´・ω・`)面の皮が厚いんやね

釈放されてGHQ本部までデモしてマッカーサーに万歳三唱した人達がいたっけ・・
徳田球一とか志賀義雄とか
日本共産党 幾多の粛清を経て、生き残る公明なる秘密結社 

「敗北を抱きしめて」などいられない
いい加減悪い夢から目を覚まそう 

参考
週刊新潮・辻元清美に目を掛けるケネディ大使

報道特集ジョンダワー「戦争の美化」
187人の歴史学者(冷笑) 

ジョン・ダワー氏が何を言ってきたのか高山正之氏が書いていた

「敗北を抱きしめて」などいられない
『歴史通』 2015年1月号

高山正之(ジャーナリスト)
 1942年生まれ。65年、東京都立大学卒業後、産経新聞社入社。社会部デスクを経て、テヘラン、ロサンゼルス各支局長を歴任。98年より3年間、産経新聞夕刊の辛口時事コラム「異見自在」担当。著書に『「モンスター新聞」が日本を滅ぼす』(PHP研究所)、『変見自在 オバマ大統領は黒人か』(新潮社)、『白い人が仕掛けた黒い罠』(ワック)などがある。

 敗戦から10年経った昭和31年、「もはや戦後ではない」と誰かが言い、日本人もおしなべて頷いた。1年もすればもうみんな水に流してしまう日本人が10年も敗戦を引きずっていられるわけもない。実際、そのころ世界一高い東京タワーが立ち上がり、テレビでは悪い白人シャープ兄弟を力道山が空手チョップでやっつけていた。のちに力道山が朝鮮人と聞いて少し残念に思ったけれど。

 いずれにせよ、日本人はそのころあの戦争とは切れたつもりになっていたのに半世紀たった今も習近平は南京大虐殺がどうの、朴槿惠は慰安婦がこうの、駐日米大使まで靖國神社は建設的でないのと、まるでまだ終戦直後みたいな発言が繰り返される。先の戦争の日本を描いてピューリッツァー賞を取ったジョン・ダワーの著作になぞらえれば、日本は今も「敗北を抱かされたまま」に見える。おまけに支那人や朝鮮人の言う対日発言の貧しい文脈がまたダワーの著作に依拠している。今や日本を敗戦に縛りつける支柱となったダワー理論とは何か。戦後70年の節目に彼の意図を検証する必要がある。

「発狂した日本」
 マサチューセッツ工科大教授、日本史研究家の肩書を持つダワーは、その昔、金沢辺りで英語教師をやったりしていた。

 白人であることしか取り柄のないアメリカ人の定番コースを歩み、秘かに森鴎外を研究したというが、彼の著作にはそうした知性は感じられない。早い話、彼の近代日本史観は次の数行ですべて言い尽くしている。

日本が近代国家として興隆していった姿は目撃者を驚かせるものだった。それは誰が予測したよりも急速で、果敢で、順調であり、しかも最後には誰も予想しなかったような狂気に駆られ、残忍となり、自ら破滅していったのである
(『敗北を抱きしめて』の序)

 日本が急ぎ近代化する姿はエドワード・モースとかキプリングとか多くの白人目撃者が語っている。いずれも温和で礼儀正しく、その死生観に感動する者もいた。
黄禍論

 そんな日本がある日突然、発狂した。まるで「八つ墓村」の多治見要蔵のように斧を振り回し、そろって残忍になり「アジア各地で殺戮を重ねて」自滅したという。

 突拍子もない話だ。本当にそうなら集団発狂した理由を是非とも知りたい。しかしダワーの『人種偏見』は発狂最中の日本を描いている。『敗北を抱きしめて』では発狂の果て、自滅したあとの戦後から書き出している。この信じられない「国家発狂」の理由を彼はどこにも書いていない。

 わずかに『敗北を……』の中で発狂の原因として「日本は一等国になることばかりを考え、それが拒絶されたから西側に戦争を吹きかけた」(同書)というのだ。

 一等国とは白人キリスト教国家のことを指すようだが、日本人はそれほど白人にもキリスト教にも憧れてはいなかった。

 どころか、むしろ軽蔑していたことを歴史は示している。16世紀、日本は初めてキリスト教を知るが、すぐ胡散臭さを感じた。秀吉はコエリヨら宣教師がよさそうな福音を説きながら日本人女を奴隷に売っているのを知って、売った女たちを連れ戻せ、さもなければ布教をやめろと迫った。世にバテレン追放令として知られる。

 ローマを訪ねた少年使節団は、異国で裸にされ、売られる日本人女性の話を綴っている。だから家康も布教を禁じた。

 切支丹禁令は明治政府にも引き継がれ、五榜(ごぼう)の高札に明記された。明治6年、これに米政府が邪宗扱い廃止を迫ったが、結局、明治憲法発布まで邪宗門の禁令は残った。

 「白人」も日本人は嫌った。長崎の出島のオランダ人が黒人奴隷を酷使するのを見た日本人は「心から白人を嫌悪した」とスウェーデン人植物学者ツュンベリーが記録している。

 江戸に参府する出島のオランダ人を詠んだ戯れ句がある。

   登城する紅毛に蠅のついてきて
  
 風呂に入らない不潔な彼らに日本人が辟易していたことをよく示している。

「戦時の嘘」とまったく同じ
 19世紀初め、オランダと戦争中の英国の船フェートン号が長崎に来て暴れて行った。日本は英国人の危険さを察知し、対処するためにすぐ英国研究を始めた。日本初の英語辞書「諳厄利亜語林大成」はフェートン号事件の6年後の1814年に作られた。

 当然、日本は阿片戦争の末も知っている。英国はそれを「貿易戦争」と呼ばせるが、日本人は明治このかたずっと阿片戦争と呼んできた。

 長州藩は英仏と馬関で戦った。このとき軍艦がなかった米国は商船に小口径の砲をくくりつけて参加し、他国と同じに巨額の賠償金を取った。そういう狡く、さもしい白人国家の性格も知っていた。

 白人たちの品格は、国を開いてからも例えばハワイ王国乗っ取りとか三国干渉とかでよく知っている。

 日露戦争では大勝しながら賠償金ゼロという差別も受けた。そんな連中のクラブに入れないから日本は発狂したとダワーは言う。非白人の劣等民族ならきっとこう思った、それで発狂したに違いないと。

 歴史家の思索というより「日本女の髪を掴み股間に押し付ければイチコロさ」という白人ナンパ師ジュリアン・ブランクの発想に近い。

 彼は「日本人は残忍になった」という。なぜ日本人の性格がそろって残忍になったのかの病理解明もしていないが、いかに残忍だったかは『人種偏見』にやまと書いている。

 いわく「日本が敵国に撒き散らしたのは死と憎悪の種だった。例えば日本の新聞が大きく報じた、どちらが先に日本刀で百五十人の支那人を叩き斬るかを賭けた二人の将校の腕比べだ」「マレーでは拷問した英国人の口に切り取った性器を咥えさせたとか、宣教師を水責めにしたとか。一体日本軍の残虐行為の犠牲になったものがどのくらいか、わからない」。

 のっけは毎日新聞の浅海一男が書いた「百人斬り」の嘘だ。ダワーがきちんと取材していれば戦後の浅海一男の消息も知ることができただろう。彼は支那に招かれ、廖承志(りょうしょうし)に一家を面倒見るから北京に来いと誘われる。文化大革命の少し前のことだ。
(廖承志→抗日記念館・名誉議長のいとこ=日中友好協会会長

 廖は娘真理を北京大に入れて、今は北京市内に店1軒を与えている。その間、浅海は「日本軍は残虐だった」「向井、野田両少尉の百人斬り競争は事実だ」と北京政府のための発言を続けた。

 一方の毎日新聞社は『昭和史全記録』の中で「百人斬りは事実無根」と否定している。ダワーは両者とも取材できたはずだが、それもしていない。

 マレーでの英国人の話は知らない。だいたい日本軍はコタバルに上陸してシンガポールまで55日間の戦闘を続けたが、この間に戦ったのはインド兵とグルカ兵だった。

 日本軍は彼らを蹴散らしてジョホール水道に迫る。英軍はそれでも自分は戦わず、インドから第12インド人旅団を送らせた。

 彼らはスリムの丘に布陣し、その支援に初めて白人部隊がシンガポールから派遣されたが、着いたころにはもうインド旅団は粉砕されていた。白人たちは逃げ帰った。

 つまり日本軍はマレーでは英人に遭遇もしなかった。ダワーはそんな戦争経緯も調べていない。

 それに性器を切り取って口に咥えさせるのは支那人の十八番(おはこ)だ。本当の歴史学者ならそれくらいの知識は持っているだろうに。つまりこれも嘘だ。
アメリカ軍によるフィリピン人水責め

 「日本軍は水責めをした」とダワーは言う。彼の言う水責めは魔女狩りの審問から生まれた拷問だ。米軍がフィリピンを植民地にする戦いで抵抗するフィリピン人にそれをやった。

 米上院公聴会の記録では板に大の字に縛りつけ、5ガロンの海水や汚水をじょうごで呑ませる。自白しないと「膨れた腹の上に巨漢の米兵が飛び降り、土人は口から六フィートも水を噴き上げて死んだ」とある。

 日本人にそんな拷問方法の知識もそれを実行するほどの野蛮さも持ち合わせない。

 ダワーはさらに「非戦闘員の大規模な虐殺は南京が契機だった」という。「南京陥落以降、六週間にわたって処刑強姦、男女を問わない無差別殺人を繰り広げ……その死者数は二十万と見られる」「日本兵が赤ん坊を投げあげ、落ちてくるところを銃剣で刺した」「この銃剣はシンガポールでは医師、看護婦、入院患者に向けられた」と続く。

 のっけはお馴染みの南京大虐殺だ。彼の言が正しいとすれば日本軍は42日間、毎日休みなく5000人ずつ処刑したことになる。仮に10人一度に銃殺して、その遺体を運びだし……を1日に500回繰り返さねばならない。

 それを42日間、休みなく続けたという。師団規模の人員でも大忙しだろうが、南京の留守部隊は輜重兵(しちょうへい)など2、300人もいなかった。

 何より20万の死体はどこにあるのか。北京原人の骨だって出た。春秋時代の越王勾践の銅剣も湖北省で発掘されてニュースになった。しかし南京からは一体の遺骨も出ていないではないか。

 それに「大虐殺があった」というのはマギーやベイツやフィッチらすべて米人宣教師だ。それを報じたのもニューヨークタイムズにシカゴトリビューン。日本を敵視する米国の連中ばかりだ。

 彼らが「死屍累々の南京大路」と報じた同じ日付の日に日本軍が入城する写真があるが、そのどこにも死体は写っていない。それをダワーはどう説明するのか。

 それに続く「日本軍の赤ん坊殺し」と「病院での狼藉」は注目すべきだ。実は第一次大戦さなか、英米紙がドイツ軍の残虐行為として報じた中に「ドイツ兵は赤ん坊を放り上げて……」とか「病院を襲って看護婦を犯し、医師や入院患者を殺した」というくだりがある。そっくり同じ。

 米国はそれを口実に参戦した。大戦後、ドイツの批判材料として検証が行われた。その結果がアーサー・ポンソンビーの「戦時の嘘」にまとめられたが、すべてでっち上げの嘘だった。

 それと寸分違わない話が出て来たら、まともな歴史学者だったら検証するだろう。

 しかしダワーは検証もせずにこう続ける。

 「実際に起きた一連の日本軍によるショッキングな事件はほとんど疑う余地はない。第一次大戦中に反ドイツ感情をあおるために流布された残虐行為の噂を想起した懐疑派でさえ、日本軍の残虐行為についてなされた戦時中の報道は事実通りと認めている」

 誰が何を根拠に事実だとしたかを彼はここでも示していない。それで日本軍に関しての今度の「戦時の嘘」は「本当だ」という。

 かくて「日本はあるとき突然発狂し、残忍になった」ことの証明はできたとして『敗戦を抱きしめて』は書き出される。

転んだ朝日新聞
 彼は終戦直後の日本に立つ。彼は自分の祖父の代までインディアンを無慈悲に殺しまくり、奴隷を酷使し、黒人女を慰み物にしてきたことも、歯の悪いジョージ・ワシントンが健康な黒人奴隷の歯を抜いて入れ歯をつくってきたこともきれいに忘れ、慈悲の心をもち、民主主義の何かを弁える知的な白人キリスト教徒になりきって日本人を観察する。

 そこでまず「日本人は特別だ、ユニークだと言われるが、それは嘘だ」と断じる。

 例えば3・11のおりに世界は略奪もない、助け合う日本人に感動した。

 シアトルでWTO総会があったとき、デモった米国人は警備が手薄と見るとすぐ街中で略奪に走った。バグダードを攻略した米兵は博物館を荒らしシュメールの文化財を盗んだ。英軍が逃げた九龍は略奪する支那人で溢れ返った。

 そんな略奪行為が日本にはなかった。ないどころか阪神淡路大震災ではヤクザが炊き出しをしたとロサンゼルスタイムズ紙のサム・ジェムスンが書いている。

 それでもダワーは「日本人にユニークさはない」と断じ、その中に昭和天皇も入れる。「敗戦の詔勅は自分の戦争責任を免れるためだった。『五内為(ごないため)に裂く』と叫んで、国民の同情を買ったのは成功だった」と書く。

 米国の植民地戦争時代、仏軍に捕まったジョージ・ワシントンは仏軍捕虜を殺した罪を部下に擦りつけて生き延びた。そのレベルでしか人の行動を測れないダワーの下品さにちょっとたじろがされる。

 彼は天皇を軽んじた上で日本人も見下す。『敗北を……』では日本側が接待用に設けたRAA慰安婦施設の話や性病対策にペニシリンが持ち込まれた話やらを特筆する。

 「除隊した兵士が手ぶらで郷里に帰ったと責められた」と皇軍の落ちぶれた様も描かれる。どこが高潔でユニークだと。

 台湾の蔡焜燦(さいこんさん)『日本精神』に朝鮮人が軍の管理品を盗み出す描写がある。さもありなんとは思ったが、それを日本人の除隊兵がやった、そういう盗品を期待する郷里の家族がいたなどという話はあの時代を生きた者としてはっきり嘘だと言い切れる。

 彼は敗戦の日、皇居前に額ずいた「そんなに多くはいなかった」人たちを論ずる。電車も満足に通わない焼け野原の東京で、確かにメーデーほどの人波はなかった。

 それがどうしたと思うが、彼はこう続ける。「彼らがそこで流した涙は日本や天皇を想ってではない。不幸と死。騙されたという思いだった」「それは軍国主義者を憎み、戦争を嫌悪し、破壊された国土に呆然とたたずむ民衆の姿なのだ」とまた勝手に決めつける。

 さあ哀れな民をどう救うか。これは尋常な手段では民主化は望めない。「病気の木を直すには根も枝も切り落とさねばならない」つまり日本人を枯死させる大手術が必要になる。

 「戦争の勝者がそんな大胆な企てに乗りだすことは法的にも歴史的にも前例がなかった」が、マッカーサーは日本改造に乗りだしていく。

 この文言には明らかな嘘があるが、まず彼の「大胆な企て」を追う。

 彼はまずそれを言論の自由の封殺、検閲から始めた。民主主義がなぜ民主主義と一番遠い方法で行われたか、ダワーの説明はない。

 最初の標的は朝日新聞だった。今では信じられないが、この新聞は当時、進駐軍の目に余る略奪や強姦を厳しく非難し、さらに原爆の非人道性を告発する一文(昭和20年9月15日)を鳩山一郎に書かせた。

 GHQがバターン死の行進とか、無辜の民を焼き殺したとか、「赤ん坊を放り上げて銃剣で刺した」とか、フィリピンでの日本軍の残虐行為を新聞に書かせたときは「かかる暴虐は信じられぬ」「求めたい日本軍の釈明」(9月19日)とGHQにきちんとした検証を求めている。

 マッカーサーはすぐ朝日を発禁にし、GHQの批判も米兵や朝鮮人の犯罪報道も禁じるプレスコードを出した。

 朝日はこれを受けてすぐ転んだ。

 検閲は手紙や電話まで広げられた。北朝鮮だってそこまでやるかというGHQの横暴をダワーは積極的に評価し、逆に「検閲で言論を封じた日本の軍事政権」の暗黒から日本人を救ったと強調する。

 確かに戦前、検閲はあった。支那事変が続く中、軍の行動が分かる表記は墨が入った。当たり前だ。

 石川達三の『蒼氓(そうぼう)』にも筆が入ったが、その気になれば消された部分は「乙種合格」とか理解はできた。

 しかしGHQのそれは検閲の跡も残さなかった。だれも検閲されていることを知らなかった。

 彼らは情報を完全に絶ったうえで日本人に勝手な情報をインプットした。その道具にされたのが「転んだ朝日新聞」だった。

 朝日はGHQが望むまま、そしてダワーが書いたように「国民は軍事独裁主義者の犠牲にされ、無謀な戦争に投入された」という日本の中の対立構造を描き続けた。

 同時にGHQは「悪い日本」に対する「民主主義でいい国の米国」を朝日に書かせた。発禁を受けた2カ月後の11月11日付紙面には「京都、奈良、無傷の裏」と題して京都や奈良が空襲の標的から外され「人類の宝」が守られたのは「ハーバード大のラングドン・ウォーナーの献身的な努力があった」という記事が載った。

 ウォーナーのリストに載った文化財はおかげで守られたと。

 真っ赤な嘘だ。京都は原爆投下候補地の筆頭で、原爆の正確な被害を測るため、通常爆弾による空襲を禁じてきた。米公文書には投下地点は京都駅近くの梅小路操車場で、その上空500メートルで原爆は炸裂する予定だった。それで京都市民50万が死に、八坂神社も二条城も西山の金閣寺も消滅していたはずだった。

 広島、長崎に先に投下したのは、さすがに一瞬で古都を燃やし尽くし、50万も殺すのに躊躇(ためら)いがあったと想像できる。それが黄色い劣等人種だとしてでも、だ。

 そんな恥ずべき大虐殺計画を美談に変える。しかも根拠のウォーナーリストには明治神宮も名古屋城も、原爆で消滅させた広島の太田城も入っている。みな爆撃で燃やした。

 もっとましな嘘をつけと思うが、それでも日本人はころっと騙され、奈良には今もウォーナーに感謝する顕彰碑まで立った。徹底した検閲と忠臣、朝日新聞のおかげだ。 
http://ironna.jp/article/873

長いので続く
「敗北を抱きしめて」などいられない②

【wiki】ラングドン・ウォーナー
ラングドン・ウォーナー(Langdon Warner、1881年8月1日 - 1955年6月9日)は、アメリカの美術史家。ランドン・ウォーナーとも表記される。太平洋戦争中に日本の文化財を空襲の対象から外すよう進言した人物とされるが異論も多い。

略歴
マサチューセッツ州エセックス生まれ。1903年ハーバード大学卒業。卒業後日本を訪れる。帰国後東洋美術史を講義、ハーバード大学付属フォッグ美術館東洋部長を務めるなど、東洋美術の研究をした。1946年、米軍司令部の古美術管理の顧問として来日。朝河貫一とは親交が深く、数々の書簡を交わしたりウォーナーの著書に朝河が序文を寄せたりした。

ウォーナーリスト
太平洋戦争時、日本の多くの都市・地域に空爆があったが、京都は爆撃されなかった。この事実の理由として、ウォーナーが、空爆すべきでない地名のリスト(ウォーナーリスト)を作成して米政府に進言したから、という説がある。ウォーナーと親交があった美術研究家の矢代幸雄が、1945年11月の朝日新聞に談話を発表したことから広まり、以来広く一般に知れ渡っている。ウォーナーの知己である牧野伸顕の『回顧録』、近藤啓太郎の『日本画誕生』や岡倉覚三著村岡博訳の『茶の本』の解説(福原麟太郎)などにも、その旨の記述がある。
京都を救ったのはウォーナーであるという話に基づいて、1958年6月、法隆寺西円堂の近くに、供養塔、顕彰碑 ウォーナー塔(Warner Monument)が建立された。また、鎌倉にも同趣旨のプレートがある。さらに、ウォーナーへの感謝の胸像が作られ、米国の大学へ寄贈されたこともある。
「朝日新聞に談話を発表したことから広まり」

(´・ω・`)朝日が書いたならほぼデマ確定だろうな


参考
戦後占領政策に追従した売国的言論人たち 
米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘

187人の歴史学者(冷笑) 続き

日米歴史家、韓国メディアの"変化球"に困惑
なぜ「5月5日の日米声明」をネジ曲げるのか
福田 恵介 :東洋経済 編集局記者

 日本に対し「歴史の歪曲」を叫ぶ韓国メディア。そんな彼ら自らが、資料もきちんと読み込まず、「我田引水」としかいいようがない歪曲をしでかし、日米の研究者らがたいへん困惑している。

 5月5日、日本学や歴史学など、米国を中心に世界でも著名な研究者187人が「日本の歴史家を支持する声明」(原題:Open Letter in Support of Historians in Japan、米国のアジア研究者の交流サイト「H-ASIA」で読むことが可能)を発表した。これには、米マサチューセッツ工科大学のジョン・ダワー教授ハーバード大学のエズラ・ボーゲル教授入江昭名誉教授など、日本でも著名な研究者らが署名したものだ。
(→https://networks.h-net.org/node/22055/discussions/69206/open-letter-support-historians-japan)

 この声明は、「日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第二次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心からの賛意を表明するもの」であり、「日本と東アジアの歴史をいかに研究し、いかに記憶していくべきなのかについて」研究者らが共有する関心が発せられたもの、としている。声明は、英文と日本文の両方で発表され、発表前には在米日本大使館を通じて日本の首相官邸にも送られている。

■ 安倍批判ではないのに「安倍批判」と断定
 この内容は、日本に向けられてはいるものの、東アジアの歴史に対し、安倍晋三首相はじめ日本政府を狙って批判・糾弾しているものではないことは全文を読めばわかる。

 「正しい歴史への簡単な道はない」「日本の研究者・同僚と同じように、私たち(声明を発表した研究者)も過去のすべての痕跡を慎重に天秤に掛けて、歴史的文脈の中でそれに評価を下すことのみが、公正な歴史を生むと信じています」と呼びかけている。そして、「私たちは歴史研究の自由を守ります。そして、すべての国の政府がそれを尊重するよう呼びかけます」としている。

 さらに、「今年は、日本政府が言葉と行動において、過去の植民地支配と戦時における侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です」と位置づけ、「4月のアメリカ議会演説において、安倍首相は、人権という普遍的な価値、人間の安全保障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ちを賞賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません」としており、安倍首相の演説内容を批判しているわけではない。

 ところが、聯合ニュースの報道の中身は、日本たたきで終始する、いつもの韓国メディアの論調から外れていない。英文も日本文もどちらも十分に理解できない(と思われる)特派員が、都合のよい論調で、しかも原文の意味を歪曲して伝えているとしか言えないような内容だ。

 まず、「学者187人が安倍首相に対し旧日本軍慰安婦問題とこれに関連した歴史的な事実をねじ曲げることなく、そのまま認めるよう求める声明を共同で発表した」としているが、そんな内容はどこにも書かれていない。

 また、声明では「最も先鋭的な歴史問題の一つに慰安婦問題を挙げ」とし、「慰安婦にされた女性らの苦しみを被害国で民族主義的な目的に悪用することは国際的な問題解決を難しくし、被害女性の尊厳を冒涜することだ」と声明に記されていると記述している。

 だが、実際には、「元慰安婦の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、それは問題の国際的な解決をより難しくするのみならず、被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなる」と書かれている。民族主義的な目的というのは、まさに韓国がしていることを指している。これは英文を読んでもわかる。

■ 「恐ろしい暴力」が「むごい野蛮行為のいけにえ」に

 しかも、慰安婦制度の問題についてこの声明のなかでは、「この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました」と明記されている。この部分を、聯合ニュースは都合よく外して報道しているのは間違いない。

 聯合ニュースの歪曲はさらに続く。報道では「大勢の女性たちが自らの意志に反してとらえられ、むごい野蛮行為のいけにえにされた証拠は明らかだ」としている。だが、声明では「大勢の女性が自己の意志に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、すでに資料と証言が明らかにしている通りです」とのみ記されており、どこにも「むごい野蛮行為」「いけにえ」といった言葉はない。

 この声明は、タイトルに「日本の歴史家を支持する声明」とされているが、必ずしも日本だけに向けられたものではない。

 東アジアの歴史を考えるうえで、混乱をまねている問題を取り上げ、当事者・当事国が冷静な姿勢で、互いに敬意を払いながら誠実に話し合っているという事実にも触れ、「過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そうではないか」と結んでいるなど、非常に傾聴すべき点が多い声明だ。

 この声明作成を手伝い、英文で作られた声明を日本語に翻訳する作業を行った早稲田大学政治経済学術院の浅野豊美教授は「この声明は、英文も日本文もともに正文であり、署名したすべての研究者に回付され検討されたもの。東アジアの歴史について、さまざまな多様性を許容しながら真摯に研究していこうという呼びかけであり、米国人研究者の常識に絞って作成された」と説明する。

 実際には、米ジョージタウン大学で日本史を教えるジョルダン・サンド教授が中心となってとりまとめ、英文・日本文で内容を熟考し、文面も日英で整合性がとれるように正確で慎重な作業が繰り返されたという。

■ 事実と異なる「我田引水のコメント」まで紹介
 実際に読めば、韓国メディアがよく使う「残虐Atrocity」「性奴隷Sex slaves」といった言葉はどこにも使われていない。また、「サンド教授はメディアの報道でゆがめられることは覚悟していた様子で、礼儀を失わないためにも、発表前に首相官邸にお送りした」(浅野教授)という。

 聯合ニュースの歪曲報道は、最後にも大々的に行われている。「声明発表を主導した米コネティカット大のアレクシス・ダデン教授が聯合ニュースとのインタビューに答えた」とし、「安倍政権がかつての河野談話の時のように過去の過ちに対する責任を認め、歴史歪曲や政争に用いることをやめるよう訴えかけるもの」と趣旨を説明したと報じている。

 ところが、「ダデン教授は署名者の一人であるが、内容を主導してはいない」(浅野教授)。聯合ニュースが報道したダデン教授のコメントはあくまでも個人的見解であって、「このようなコメントは今回の声明に盛られた研究者の総意とはまったく違う。声明は韓国の民族主義的言辞をも戒めながら、安倍首相の良心に誠実に訴え、平和や人権・民主主義という価値を追求してきた日本がこの問題の解決を主導すべきであり、また今年は絶好の機会と訴えている。このことは原文を読めばわかるはずだ」と浅野教授は指摘する。

 韓国メディアは長期間にわたって日本や米国に特派員を置いている。歴代の特派員は、一部を除き決して短くない特派員生活を経験しているはずだ。

 だが、韓国内の「反日有理」という雰囲気に押されてか、冷静な発信という記者の基本がまったくできていないようだ。また、日本語であれ英語であれ、外国語を上手に話す特派員も多いものの、日本に対してはその実力がとたんに発揮できないように身についているようだ。特に聯合ニュースは、韓国内のメディアを通じてそのまま報道されるケースが多い。このようなメディアが影響力を持ち、韓国国民の対日世論に多大な悪影響を与えていることを日本でも理解したほうがいいだろう。
東洋経済オンライン2015.5.7
http://toyokeizai.net/articles/-/68890

この記事に対する反論文
『世界の日本研究者ら187名による「日本の歴史家を支持する声明」の背景と狙い - 小山エミ / 社会哲学』

『東洋経済』が引用するのは、声明に署名すらしていない浅野氏ただ一人。それだけを根拠として、韓国メディアの報道に「日米歴史家」が「困惑」しているというのは、それこそあきらかな捏造だ。「なぜネジ曲げるのか」と、こちらこそ聞きたい。

2015.5.9
全文→http://blogos.com/article/111771/

コメント欄で教えてもらったので転載
以前から勝手に応援している江崎道朗氏のFBから
参考→反日ネットワークの正体
アメリカのニュー・レフトに騙されるな

ニューヨーク州立大のハーバート・ビックス名誉教授とマサチューセッツ工科大のジョン・ダワー名誉教授ら日本研究者や歴史学者187人が、「日本の歴史家を支持する声明」と題する文書を5日公表、戦後70年の今年を「過去の植民地支配と侵略の問題に立ち向かう絶好の機会」「可能な限り、偏見のない清算を共に残そう」と呼びかけた。

この問題の背景については、既に拙著『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾』で書いたが、要は、ジョン・ダワーらは、反日宣伝を行っている中国系・韓国系ロビーと連携している、ニュー・レフトと呼ばれる知識人たちであり、アメリカの一般的な対日認識とは相当なズレがあることを留意しておくべきだ。

このニュー・レフトの学者たちが、日本の戦争犯罪について追及するのはなぜなのか、以下、説明した部分を紹介する。

彼らニュー・レフトの主張を、アメリカの対日世論だと勘違いして「アメリカけしからん」と、反米感情を募らせることは、敵の思うつぼなので、十分に気をつけたいものである。

なお、歴史学者187人の中には、良識的な学者も多く、名前を連ねた学者すべてがニュー・レフトであるわけではないことも付言しておきたい。

●中国ロビーを支える左翼ネットワーク
厄介なのは、こうした反日活動が中国系・韓国系だけではない、ということだ。その背後には、ニュー・レフトと呼ばれる米国の知識人たちがいるのである。

 きっかけは、ベトナム反戦運動であった。米ソ冷戦下で南北に分断されていたベトナムに対して、米国は1962年に軍事介入を開始し、1965年2月に開始された米軍による北ベトナムへの、いわゆる「北爆」で一般市民の犠牲者が増えたことが報道されるや、左派勢力が全世界でベトナム反戦運動を起こした。

 当時、ベトナム反戦運動を繰り広げていた活動家たちは、ソ連の支援を受けた北ベトナムが勝利し、共産主義政権ができれば、東南アジア諸国にも次々に共産主義政権が誕生し、世界共産化が進むと考えていた。

 しかし1965年10月に起こったインドネシア共産クーデターは、スハルト将軍率いる陸軍によって阻止され、1967年には反共を掲げるアセアン(東南アジア諸国連合)が創設された。1968年には、北ベトナム側が大規模な南ベトナム侵攻作戦を実施し、米国に大打撃を与えたものの、直ちに共産ベトナムの誕生というわけにはいかなかった。

 ニュー・レフトの指導者たちは、この事態を深刻に受け止めた。理論的指導者のひとり、ヘルベルト・マルクーゼ(カリフォルニア大学教授)は1969年、『解放論の試み』という新著の中で、アジア・アフリカ諸国での解放、つまり共産革命が進まないのは、現地での革命闘争を先進資本主義国(つまり欧米諸国)が豊富な資金と武器援助によって抑圧してしまうからだと分析し、アジア・アフリカの解放を実現するためには、現地での共産勢力を強化するよりも、先進資本主義国の弱体化が必要なのだと訴えた。

 このマルクーゼ理論を更に進めたのが、ピューリッツァー賞を受賞した『敗北を抱きしめて』などで有名なジョン・ダワー・マサツューセッツ工科大学教授らであった。彼らは、ベトナムの“民主化”、ひいてはアジアの“民主化”を阻む米国の“帝国主義者たち”がアジアで影響力を保持しているのは、日米同盟と日本の経済力があるからであり、日米同盟を解体し日本を弱体化することが、アジアの“民主化”を早めることになると考えた。

 では、どうしたらいいのか。

日本の敗戦後、米国政府は当初、二度と米国に逆らうことができないよう大日本帝国を徹底的に解体するつもりであった。ところが、共産中国の誕生と朝鮮戦争の勃発という事態を受けて米国は日本を東アジアの“反共の防波堤”とすべく占領政策を転換し、懲罰的な占領政策は取りやめる一方で、日米安保条約を結んで同盟国に格上げし、日本の経済発展を支援するようにした。

こうした日本の戦後史を分析したダワー教授らは、「逆コース」が起らず、あのまま徹底した民主化政策が実行されていれば、天皇制が廃止されて大混乱に陥った日本で共産革命が起こり、(アジアの民主化を妨害した)その後の日米同盟も、日本の経済発展もなかったかもしれない――こう考えたのだ。

 そしてダワー教授らは1975年、以下のように主張した。

①占領政策のおかげで日本の民主化は進んだが、日本の官僚制を活用する間接統治と、「逆コース」によって占領政策が骨抜きとなった結果、「天皇制」に代表される戦前の専制体制は温存されてしまった。

②昭和天皇の戦争責任を不問に付すなど東京裁判が不徹底なものとなった上、日本自身もアジア諸国への加害責任を問わなかったため、現在の日本は「過去の侵略を反省できない、アジアから信頼されない国家」になってしまった。

③日本がアジア諸国から信頼される民主国家となるためには、もう一度、徹底した民主化(現行憲法の国民主権に基づく皇室の解体)と、東京裁判のやり直し、つまりアジア諸国への加害責任の追及を行うべきである。

④そのためにも、民主化と加害責任の追及を行う日本の民主勢力(例えば、家永三郎氏のような「勇気」ある歴史家たち)を支援しようではないか(ダワー教授やピックス教授は1999年、世界抗日連合カナダ支部や土井たか子元社民党党首らと連携して、家永三郎氏にノーベル平和賞を授賞させる運動を展開している)。

かくして、日本の加害責任を改めて追及することで日本を弱体化させ、アジアの民主化を促進するという世界戦略が米国のニュー・レフトの間で確立されていったのである。》
https://www.facebook.com/michio.ezaki/posts/788942777888888

 小山エミ氏によると
「そもそも日本研究者たちの多くは、日本に好意を抱いているからこそ日本研究を専門に選んだのであり、「私たちの多くにとって、日本は研究の対象であるのみならず、第二の故郷でもあります」と声明に盛り込んでいるのは嘘ではない。もしこれが反日学者による反日のための声明であったなら、これほど広範な支持を得ることはなかっただろう。」
ということだが、「天皇制廃止」を目論んでおいて反日ではないとか、笑止千万

中指立てながら「仲良くしようぜ」と言ってるのと同じですね

参考
『全く評価できない日本研究者187名の「日本の歴史家を支持する声明」~初めに「より広い文脈」ありきでトップダウン的に議論をブレークさせる愚』
「残念ながらこの声明は、韓国や中国に政治的に利用される(すでに利用されています)以外に、影響力を発揮することはできないでしょう。」
木走正水(きばしりまさみず)2015.5.10
http://blogos.com/article/111814/

それぞれの違いをお楽しみください
続き→中指立てて仲良くしようゼと言う187人の歴史学者

「慰安婦を否定するな」…世界歴史学者187人が安倍首相に警告状
慰安婦問題声明187人
世界の歴史学者187人が発表した声明書

 世界の歴史学者187人が6日(現地時間)、安倍晋三首相に対し旧日本軍の慰安婦など過去の歴史を歪曲せず直視することを促す集団声明を発表した。声明にはエズラ・ヴォーゲル・ハーバード大教授、アンドルー・ゴードン・ハーバード大教授、ブルース・カミングス・シカゴ大教授など権威ある東アジア・日本専門家が多数参加した。旧日本軍の慰安婦被害者に対する謝罪を避けてきた安倍首相と慰安婦の強制動員を否定してきた日本の右翼に対し、国際歴史学界が警告状を出したという評価が出ている。 

 声明を主導したアレクシス・ダデン・コネチカット大教授は「日本国内の史学者を支持する声明」と題した英語・日本語声明書を日本首相室に伝えたと明らかにした。学者は声明で、「戦後日本で実現した民主主義、軍に対する文民統制、警察権の制限、政治的寛容などの歴史は、日本の科学の発展に対する寄与と他国に対する厚い支援とともに祝うべきものだ」としながらも「しかし歴史解釈の問題はこうした成果を祝ううえで障害になっている」と始めた。 

 学者は具体的に「最も意見が割れている歴史イシューが慰安婦問題」と指摘した後、「被害にあった国で慰安婦被害者の苦痛を民族主義的な目的のために悪用するのは国際的な解決を難しくし、被害女性の尊厳をさらに冒とくするものだが、被害者にあったことを否定したり無視することも同じく被害者を冒とくすることだ」と明らかにした。これは被害国の韓国・中国などと加害国の日本を同時に取り上げたものだ。 

 しかし声明は実際の内容では、安倍政権の一部が主張してきた日本軍慰安婦否定論理に正面から反論した。学者は日本軍慰安婦動員に強制性がなかったという主張に対し、「数多くの女性が自分の意思に反して連れて行かれ、ぞっとするような野蛮な行為を体験したという証拠は明らかだ」とし「歴史学者は日本軍が女性の移送と慰安所管理に関与したことを証明する数多くの資料を発掘した」と一蹴した。続いて「重要な証拠は被害者の証言にある」とし「たとえ被害者の話が多様で一貫性がない記憶に依存していても、被害者が提供する総体的な記録は説得力があり、兵士または他の人たちの証言とともに公式文書によっても裏付けられる」と強調した。

 学者は慰安婦被害者の数が誇張されたという主張に対しても、「数字が数万人であれ数十万人であれ、日本帝国と日帝の戦場で搾取があったという事実は変わらない」と断言した。 

 学者は「4月に安倍首相は米議会演説で普遍的価値である人権と人間安保の重要性および日本が他国に与えた苦痛に直面する問題に言及したが、このような情緒に称賛を送り、安倍首相がこれらすべてで果敢に行動することを促す」と明らかにした。 

 今回の声名には米国・英国・ドイツ・豪州・オーストリア・カナダ・シンガポール・日本など世界の権威ある研究者が含まれた。日本関連著書でピューリッツァ賞を受賞したハーバート・ビックス米ニューヨーク州立大教授ジョン・ダワー・マサチューセッツ工大教授などとともに、日本学研究を発展させた功労で日本政府とジャパンファウンデーションなどから賞を受けたピーター・ドウス・スタンフォード大教授入江昭ハーバード大学教授も参加した。 

 集団声明は、8月15日の第2次大戦終戦70周年を迎えて談話を準備中の安倍首相が米議会演説のように日本軍慰安婦など過去の歴史に対する明白な謝罪なく未来を述べる場合、世界の歴史学界と戦争をしなければいけないという予告だ、という指摘が出ている。
中央日報2015.5.7
http://japanese.joins.com/article/987/199987.html?servcode=A00&sectcode=A00

さらりと書かれているが
ジャパンファウンデーションとは悪名高き国際交流基金のこと
あの徳留絹枝氏も
国際交流基金・徳留絹枝 産経新聞の記事から 

アレクシス・ダデン コネチカット大教授
米公文書が暴いたベトナムの「韓国軍慰安所」

コメント欄に原文とは違うと書かれていたので探したら朝日新聞に訳文があった

日本の歴史家を支持する声明(全文)

 米国の歴史研究者らが公表した声明の全文は次の通り。(原文のまま)
     ◇

日本の歴史家を支持する声明

 下記に署名した日本研究者は、日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第2次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心からの賛意を表明するものであります。私たちの多くにとって、日本は研究の対象であるのみならず、第二の故郷でもあります。この声明は、日本と東アジアの歴史をいかに研究し、いかに記憶していくべきなのかについて、われわれが共有する関心から発せられたものです。

 また、この声明は戦後70年という重要な記念の年にあたり、日本とその隣国のあいだに70年間守られてきた平和を祝うためのものでもあります。戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察権の節度ある運用と、政治的な寛容さは、日本が科学に貢献し他国に寛大な援助を行ってきたことと合わせ、全てが世界の祝福に値するものです。

 しかし、これらの成果が世界から祝福を受けるにあたっては、障害となるものがあることを認めざるをえません。それは歴史解釈の問題であります。その中でも、争いごとの原因となっている最も深刻な問題のひとつに、いわゆる「慰安婦」制度の問題があります。この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。そのために、政治家やジャーナリストのみならず、多くの研究者もまた、歴史学的な考察の究極の目的であるべき、人間と社会を支える基本的な条件を理解し、その向上にたえず努めるということを見失ってしまっているかのようです。

 元「慰安婦」の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、それは問題の国際的解決をより難しくするのみならず、被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなります。しかし、同時に、彼女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりすることも、また受け入れることはできません。20世紀に繰り広げられた数々の戦時における性的暴力と軍隊にまつわる売春のなかでも、「慰安婦」制度はその規模の大きさと、軍隊による組織的な管理が行われたという点において、そして日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取したという点において、特筆すべきものであります。

 「正しい歴史」への簡単な道はありません。日本帝国の軍関係資料のかなりの部分は破棄されましたし、各地から女性を調達した業者の行動はそもそも記録されていなかったかもしれません。しかし、女性の移送と「慰安所」の管理に対する日本軍の関与を明らかにする資料は歴史家によって相当発掘されていますし、被害者の証言にも重要な証拠が含まれています。確かに彼女たちの証言はさまざまで、記憶もそれ自体は一貫性をもっていません。しかしその証言は全体として心に訴えるものであり、また元兵士その他の証言だけでなく、公的資料によっても裏付けられています。

 「慰安婦」の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、恐らく、永久に正確な数字が確定されることはないでしょう。確かに、信用できる被害者数を見積もることも重要です。しかし、最終的に何万人であろうと何十万人であろうと、いかなる数にその判断が落ち着こうとも、日本帝国とその戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われたという歴史の事実を変えることはできません。

 歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が「強制的」に「慰安婦」になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいます。しかし、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、既に資料と証言が明らかにしている通りです。特定の用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや、被害者の証言に反論するためにきわめて限定された資料にこだわることは、被害者が被った残忍な行為から目を背け、彼女たちを搾取した非人道的制度を取り巻く、より広い文脈を無視することにほかなりません。

 日本の研究者・同僚と同じように、私たちも過去のすべての痕跡を慎重に天秤に掛けて、歴史的文脈の中でそれに評価を下すことのみが、公正な歴史を生むと信じています。この種の作業は、民族やジェンダーによる偏見に染められてはならず、政府による操作や検閲、そして個人的脅迫からも自由でなければなりません。私たちは歴史研究の自由を守ります。そして、すべての国の政府がそれを尊重するよう呼びかけます。

 多くの国にとって、過去の不正義を認めるのは、いまだに難しいことです。第2次世界大戦中に抑留されたアメリカの日系人に対して、アメリカ合衆国政府が賠償を実行するまでに40年以上がかかりました。アフリカ系アメリカ人への平等が奴隷制廃止によって約束されたにもかかわらず、それが実際の法律に反映されるまでには、さらに1世紀を待たねばなりませんでした。人種差別の問題は今もアメリカ社会に深く巣くっています。米国、ヨーロッパ諸国、日本を含めた、19・20世紀の帝国列強の中で、帝国にまつわる人種差別、植民地主義と戦争、そしてそれらが世界中の無数の市民に与えた苦しみに対して、十分に取り組んだといえる国は、まだどこにもありません。

 今日の日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あるものとして認めています。今の日本政府にとって、海外であれ国内であれ、第2次世界大戦中の「慰安所」のように、制度として女性を搾取するようなことは、許容されるはずがないでしょう。その当時においてさえ、政府の役人の中には、倫理的な理由からこれに抗議した人がいたことも事実です。しかし、戦時体制のもとにあって、個人は国のために絶対的な犠牲を捧げることが要求され、他のアジア諸国民のみならず日本人自身も多大な苦しみを被りました。だれも二度とそのような状況を経験するべきではありません。

 今年は、日本政府が言葉と行動において、過去の植民地支配と戦時における侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です。4月のアメリカ議会演説において、安倍首相は、人権という普遍的価値、人間の安全保障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ちを賞賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません。

 過去の過ちを認めるプロセスは民主主義社会を強化し、国と国のあいだの協力関係を養います。「慰安婦」問題の中核には女性の権利と尊厳があり、その解決は日本、東アジア、そして世界における男女同権に向けた歴史的な一歩となることでしょう。

 私たちの教室では、日本、韓国、中国他の国からの学生が、この難しい問題について、互いに敬意を払いながら誠実に話し合っています。彼らの世代は、私たちが残す過去の記録と歩むほかないよう運命づけられています。性暴力と人身売買のない世界を彼らが築き上げるために、そしてアジアにおける平和と友好を進めるために、過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そうではありませんか。

署名者一覧(名字アルファベット順)
ダニエル・オードリッジ(パデュー大学教授)
ジェフリー・アレクサンダー(ウィスコンシン大学パークサイド校准教授)
アン・アリソン(デューク大学教授)
マーニー・アンダーソン(スミス大学准教授)
E・テイラー・アトキンズ(北イリノイ大学教授)
ポール・バークレー(ラファエット大学准教授)
ジャン・バーズレイ(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)
ジェームズ・R・バーソロミュー(オハイオ州立大学教授)
ブレット・ド・バリー(コーネル大学教授)
マイケル・バスケット(カンザス大学准教授)
アラン・バウムラー(ペンシルバニア・インディアナ大学教授)
アレキサンダー・ベイ(チャップマン大学准教授)
テオドル・ベスター(ハーバード大学教授)
ビクトリア・ベスター(北米日本研究資料調整協議会専務理事)
ダビンダー・ボーミック(ワシントン大学准教授)
ハーバート・ビックス(ニューヨーク州立大学ビンガムトン校名誉教授)
ダニエル・ボツマン(イェール大学教授)
マイケル・ボーダッシュ(シカゴ大学教授)
トマス・バークマン(ニューヨーク州立大学バッファロー校名誉教授)
スーザン・L・バーンズ(シカゴ大学准教授)
エリック・カズディン(トロント大学教授)
パークス・コブル(ネブラスカ大学リンカーン校教授)
ハルコ・タヤ・クック(ウイリアム・パターソン大学講師)
セオドア・クック(ウイリアム・パターソン大学教授)
ブルース・カミングス(シカゴ大学教授)
カタルジナ・シュエルトカ(ライデン大学教授)
チャロ・ディエチェベリー(ウィスコンシン大学マディソン校准教授)
エリック・ディンモア(ハンプデン・シドニー大学准教授)
ルシア・ドルセ(ロンドン大学准教授)
ロナルド・P・ドーア(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス名誉フェロー)
ジョン・W・ダワー(マサチューセッツ工科大学名誉教授)
マーク・ドリスコル(ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授)
プラセンジット・ドアラ(シンガポール国立大学教授)
アレクシス・ダデン(コネチカット大学教授)
マーティン・デューゼンベリ(チューリッヒ大学教授)
ピーター・ドウス(スタンフォード大学名誉教授)
スティーブ・エリクソン(ダートマス大学准教授)
エリサ・フェイソン(オクラホマ大学准教授)
ノーマ・フィールド(シカゴ大学名誉教授)
マイルズ・フレッチャー(ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授)
ペトリス・フラワーズ(ハワイ大学准教授)
ジョシュア・A・フォーゲル(ヨーク大学教授)
セーラ・フレドリック(ボストン大学准教授)
デニス・フロスト(カラマズー大学准教授)
サビーネ・フリューシュトゥック(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
ジェームス・フジイ(カリフォルニア大学アーバイン校准教授)
タカシ・フジタニ(トロント大学教授)
シェルドン・M・ガロン(プリンストン大学教授)
ティモシー・S・ジョージ(ロードアイランド大学教授)
クリストファー・ガータイス(ロンドン大学准教授)
キャロル・グラック(コロンビア大学教授)
アンドルー・ゴードン(ハーバード大学教授)
ヘレン・ハーデーカー(ハーバード大学教授)
ハリー・ハルトゥニアン(ニューヨーク大学名誉教授)
長谷川毅(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
橋本明子(ピッツバーグ大学教授)
サリー・ヘイスティングズ(パデュー大学准教授)
トム・ヘイブンズ(ノースイースタン大学教授)
早尾健二(ボストンカレッジ准教授)
ローラ・ハイン(ノースウェスタン大学教授)
ロバート・ヘリヤー(ウェイクフォレスト大学准教授)
マンフレッド・ヘニングソン(ハワイ大学マノア校教授)
クリストファー・ヒル(ミシガン大学助教授)
平野克弥(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)
デビッド・ハウエル(ハーバード大学教授)
ダグラス・ハウランド(ウィスコンシン大学ミルウォーキー校教授)
ジェムス・ハフマン(ウイッテンバーグ大学名誉教授)
ジャネット・ハンター(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス教授)
入江昭(ハーバード大学名誉教授)
レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授)
ウィリアム・ジョンストン(ウェズリアン大学教授)
ジャン・ユンカーマン(ドキュメンタリー映画監督)
イクミ・カミニシ(タフツ大学准教授)
ケン・カワシマ(トロント大学准教授)
ウィリアム・W・ケリー(イェール大学教授)
ジェームス・ケテラー(シカゴ大学教授)
ケラー・キンブロー(コロラド大学ボルダー校准教授)
ミリアム・キングスバーグ(コロラド大学助教授)
ジェフ・キングストン(テンプル大学ジャパン教授)
ヴィキター・コシュマン(コーネル大学教授)
エミ・コヤマ(独立研究者)
エリス・クラウス(カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授)
ヨーゼフ・クライナー(ボン大学名誉教授)
栗山茂久(ハーバード大学教授)
ピーター・カズニック(アメリカン大学教授)
トーマス・ラマール(マギル大学教授)
アンドルー・レビディス(ハーバード大学研究員)
イルセ・レンツ(ルール大学ボーフム名誉教授)
マーク・リンシカム(ホーリークロス大学准教授)
セップ・リンハルト(ウィーン大学名誉教授)
ユキオ・リピット(ハーバード大学教授)
アンガス・ロッキャー(ロンドン大学准教授)
スーザン・オルペット・ロング(ジョンキャロル大学教授)
ディビッド・ルーリー(コロンビア大学准教授)
ヴェラ・マッキー(ウーロンゴン大学教授)
ウォルフラム・マンツェンライター(ウィーン大学教授)
ウィリアム・マロッティ(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)
松阪慶久(ウェルズリー大学教授)
トレント・マクシー(アマースト大学准教授)
ジェームス・L・マクレーン(ブラウン大学教授)
ガビン・マコーマック(オーストラリア国立大学名誉教授)
メリッサ・マコーミック(ハーバード大学教授)
デイビッド・マクニール(上智大学講師、ジャーナリスト)
マーク・メッツラー(テキサス大学オースティン校教授)
イアン・J・ミラー(ハーバード大学教授)
ローラ・ミラー(ミズーリ大学セントルイス校教授)
ジャニス・ミムラ(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校准教授)
リチャード・マイニア(マサチューセッツ州立大学名誉教授)
中村美理(ウェズリアン大学准教授)
ユキ・ミヤモト(デポール大学准教授)
バーバラ・モロニー(サンタクララ大学教授)
文有美(スタンフォード大学准教授)
アーロン・ムーア(マンチェスター大学准教授)
テッサ・モーリス=スズキ(オーストラリア国立大学教授)
オーレリア・ジョージ・マルガン(ニューサウスウェールズ大学教授)
リチャード・タガート・マーフィー(筑波大学教授)
テツオ・ナジタ(シカゴ大学名誉教授)
ジョン・ネイスン(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
クリストファー・ネルソン(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)
サトコ・オカ・ノリマツ(『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』エディター)
マーク・ノーネス(ミシガン大学教授)
デビッド・桃原・オバミラー(グスタフ・アドルフ大学准教授)
尾竹永子(ウエズリアン大学特別講師、アーティスト)
サイモン・パートナー(デューク大学教授)
T・J・ペンペル(カリフォルニア大学バークレー校教授)
マシュー・ペニー(コンコルディア大学准教授)
サミュエル・ペリー(ブラウン大学准教授)
キャサリン・フィップス(メンフィス大学准教授)
レスリー・ピンカス(ミシガン大学准教授)
モーガン・ピテルカ(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)
ジャネット・プール(トロント大学准教授)
ロジャー・パルバース(作家・翻訳家)
スティーブ・ラブソン(ブラウン大学名誉教授)
ファビオ・ランベッリ(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
マーク・ラビナ(エモリー大学教授)
シュテフィ・リヒター(ライプチヒ大学教授)
ルーク・ロバーツ(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)
ジェニファー・ロバートソン(ミシガン大学教授)
ジェイ・ルービン(ハーバード大学名誉教授)
ケネス・ルオフ(ポートランド州立大学教授)
ジョルダン・サンド(ジョージタウン大学教授)
ウエスリー・佐々木・植村(ユタ州立大学准教授)
エレン・シャッツナイダー(ブランダイス大学准教授)
アンドレ・シュミット(トロント大学准教授)
アマンダ・C・シーマン(マサチューセッツ州立大学アマースト校准教授)
イーサン・セーガル(ミシガン州立大学准教授)
ブォルフガング・ザイフェルト(ハイデルベルク大学名誉教授)
マーク・セルデン(コーネル大学上級研究員)
フランツイスカ・セラフイン(ボストンカレッジ准教授)
さゆり・ガスリー・清水(ライス大学教授)
英子・丸子・シナワ(ウィリアムス大学准教授)
パトリシア・スイッペル(東洋英和女学院大学教授)
リチャード・スミスハースト(ピッツバーグ大学名誉教授)
ケリー・スミス(ブラウン大学准教授)
ダニエル・スナイダー(スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所長)
M・ウイリアム・スティール(国際基督教大学教授)
ブリギッテ・シテーガ(ケンブリッジ大学准教授)
ステファン・タナカ(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)
アラン・タンスマン(カリフォルニア大学バークレー校教授)
セーラ・タール(ウィスコンシン大学マディソン校准教授)
マイケル・ティース(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)
マーク・ティルトン(パデュー大学准教授)
ジュリア・トマス(ノートルダム大学准教授)
ジョン・W・トリート(イェール大学名誉教授)
ヒトミ・トノムラ(ミシガン大学教授)
内田じゅん(スタンフォード大学准教授)
J・キース・ヴィンセント(ボストン大学准教授)
スティーブン・ブラストス(アイオワ大学教授)
エズラ・ヴォーゲル(ハーバード大学名誉教授)
クラウス・フォルマー(ミュンヘン大学教授)
アン・ウォルソール(カリフォルニア大学アーバイン校名誉教授)
マックス・ウォード(ミドルベリー大学助教授)
ローリー・ワット(ワシントン大学(セントルイス)準教授)
ジェニファー・ワイゼンフェルド(デューク大学教授)
マイケル・ワート(マルケット大学准教授)
カレン・ウイゲン(スタンフォード大学教授)
山口智美(モンタナ州立大学准教授)
山下サムエル秀雄(ポモナ大学教授)
ダーチン・ヤン(ジョージ・ワシントン大学准教授)
クリスティン・ヤノ(ハワイ州立大学マノア校教授)
マーシャ・ヨネモト(コロラド大学ボルダー校准教授)
米山リサ(トロント大学教授)
セオドア・ジュン・ユウ(ハワイ大学准教授)
吉田俊(西ミシガン大学教授)
ルイーズ・ヤング(ウィスコンシン大学マディソン校教授)
イヴ・ジマーマン(ウェルズリー大学准教授)
ラインハルト・ツェルナー(ボン大学教授)

この声明は、2015年3月、シカゴで開催されたアジア研究協会(AAS)定期年次大会のなかの公開フォーラムと、その後にメール会議の形で行われた日本研究者コミュニティ内の広範な議論によって生まれたものです。ここに表明されている意見は、いかなる組織や機関を代表したものではなく、署名した個々の研究者の総意にすぎません。
朝日新聞2015.5.7
http://www.asahi.com/articles/ASH575KGGH57UHBI01Y.html

英文
http://ajw.asahi.com/article/behind_news/politics/AJ201505070028

このごに及んでよく声明なんか出せるなぁ・・・・
日韓関係はもう修復しようがないんですが
ARE YOU GUYS ALL HAPPY NOW ?

慰安婦「20万人以上」明示せず 欧米研究者ら187人が声明 「中韓にも民族主義」と指摘

 【ロサンゼルス=中村将】欧米を中心とした日本研究者ら187人が、「偏見のない(過去の)清算を残そう」とする慰安婦問題などに関する声明を発表したことが分かった。声明は安倍晋三首相宛てに送付されたという。日本政府に過去の過ちを認めるよう促す一方、韓国側の主張を後退させた点でも注目される。

 声明には、ハーバード大のエズラ・ボーゲル名誉教授やマサチューセッツ工科大のジョン・ダワー名誉教授ら著名な学者が名を連ねる。一方で経歴から、日本研究者とはいえない人物の名前も含まれている。

 声明は「戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、政治的寛容さなどは祝福に値する」としながらも、「慰安婦問題などの歴史解釈が障害となっている」と指摘した。

 また、これまで責任の所在はすべて日本側にあるとしていた韓国側などの主張に対し、声明は「日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言にもゆがめられてきた」としている。

 慰安婦らが「女性としての尊厳を奪われた事実を変えることはできない」ともしているが、韓国側が「20万人以上」などと主張する慰安婦の数については、「恐らく、永久に正確な数字が確定されることはない」として明示を避けた

 また、元慰安婦の証言は多様で、記憶に一貫性がないものもあると認めた上で、「証言は心に訴え、それ以外にも公的資料によって裏付けられている」としているが、資料の詳細などに具体的に触れていない
産経ニュース2015.5.7
http://www.sankei.com/world/news/150507/wor1505070046-n1.html
学者の名に値しない声明ですね(知ってた

マサチューセッツ工科大のジョン・ダワー名誉教授
報道特集2015.5.2OA
 報道特集ジョンダワー敗北を抱きしめて
報道特集ジョンダワー「戦争の美化」
「戦争の美化」←アメリカに言え

名前は知っていたが本人を引っ張り出すあたりTBSは強力なツテでもおありなんですかねぇ
以前油井大三郎氏を出して来た時はびっくりしたわけだが

この人の名前をどこで知ったかというと
バンクーバー9条の会乗松聡子氏のサイトでございます
→ カナダの反日拠点 バンクーバー9条の会乗松聡子 

今また沖縄に災厄をもたらそうとしているようですが
この方々が平和を騙ると吐き気が致します 

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