反日はどこからくるの

反日を追っています。そして守るべき日本とは何か考えています。

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難民というと

アンジェリーナ・ジョリーが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の特使だったり
国連難民アンジェリーナジョリー
KONY2012・アンジェリーナ・ジョリー・国連 資料 

宮本エリアナ難民支援協会
http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000007.000011254.html

宮本エリアナ氏がイベントに出るとか
侵略者の手先 宮本エリアナ その目的は民族浄化 

伊藤和子難民
https://twitter.com/KazukoIto_Law/status/665200953893621760
話題の伊藤和子先生
はすみリストRTしてることから差別ガーと言って
一方的な話を吹聴するのであろう。。。そしてもれなく侮日も忘れないのであろう。。。
ナチュラルな差別主義者ってのは自覚がないんで始末に負えませんね

そんな中週刊新潮が実に良い記事を
さすが新潮さんやで!╭( ・ㅂ・)و ̑̑ 

「ラーメンの味を守りたい」「“同性愛者で難民申請”も日本人妻と結婚」 
トンデモ難民続出の認定現場(1)〈週刊新潮〉


「朝日新聞」を中心に、「日本は冷たい国だ」なる声が喧しい。曰く、毎年の難民認定数が少ない、シリア難民受け入れに消極的だ――。しかし現実を無視して語るなかれ。日本の「難民認定」の現場は「ニセ申請」の山や「不法就労者」の行列との格闘で手いっぱいなのだ。

 ***

 包丁が日々の暮らしを便利にする一方、人を殺す道具にもなるように、また、言葉が人を救う一方、時に奈落の底にも突き落すように、物や事象は、その使い方によって、結果に大きな違いを生み出すものだ。

「数字」についても同様である。曖昧な事柄を、万人共通の指標の下に可視化できる一方、背景や経緯についての洞察を欠けば、独り歩きし、実態とかけ離れた姿を描き出す――。

〈5000分の11〉

〈63分の3〉

 昨今、日本の難民認定について、この2つの「数字」を基に、大々的な批判が繰り広げられている。

 入国管理局を所管する、法務省の関係者によれば、

「前者は昨年、日本政府に難民申請をした外国人が5000人ちょうどだったのに対し、実際に認定されたのが11人だったということ。これは0・2%に過ぎず、“宝くじに当たるようなものだ”と批判が上がっています。また、後者は、日本政府に難民申請を出した『シリア難民』が63人であるのに対し、認定されたのは3人しかいないということ。80万人を受け入れる見通しのドイツなどを引き合いに出し、“世界基準から遅れている”などといった批判が出ているのです」

■「朝日」「毎日」
 難民受け入れと言えば、醸し出されるのは「人権」の匂い。想像が付くように、そうした論調をリードするのは、「朝日新聞」である。

 例えば、〈難民 世界と私たち〉なる連載記事では、

〈昨年の認定数は11人。米国や欧州と比べ極めて少ない〉(8月3日付)

〈認定3人 厳格な要件解釈〉(9月28日付)

 などと2つの数字を持ち出し、社説でも、

〈国際貢献というにはあまりに規模が小さすぎる。日本政府は大胆な受け入れ策を打ち出すべきだ〉(9月27日付)

〈日本の厳しすぎる難民認定基準は見直す必要がある〉(10月1日付)

 と、政府に難民受け入れの拡大を迫っている。

「毎日新聞」の場合は、よりその傾向が顕著で、

〈「難民鎖国」と呼ばれる日本の閉鎖性を改め、紛争地からの難民を積極的に受け入れることも検討すべきだ〉(9月8日付社説)

〈金だけ支援 入国はNO「鎖国日本」に厳しい視線〉(10月6日付記事)

 等々、厳しい批判を浴びせているのだ。

 こうした“大新聞”に加えて、アムネスティなどの「人権団体」や辛坊治郎、田原総一朗両氏などさまざまな「識者」も先の数字を振りかざして議論に参戦。難民を受け入れない日本は「冷たい国」だ、と言わんばかりの大合唱が起こっているのである。

■「よくぞ5000人から11人を発掘したものだ」
 ところが、だ。

「現場で認定に携わる身としてみれば、よくぞ5000人から11人を発掘したものだ、と思います」

 と、前者の数字の“本当の意味”を説くのは、難民などの支援団体『さぽうと21』理事長の吹浦忠正氏である。

 吹浦氏の話に耳を傾ける前に、そもそも「難民」とは何か、を説明しておこう。

「難民条約」はその定義を、大要こう記している。

〈人種、宗教、国籍、政治的意見などを理由として迫害の恐れがあり、国の保護を受けることが出来ない、もしくは望まない者〉

 日本は1981年、これに加入し、難民を受け入れる義務を負うことになった。

 現在の認定制度では、ある外国人が「難民申請」をした場合、まず、入国管理局の難民調査官の審査を受ける。そこで不認定になったとしても、異議申し立てが可能で、その場合、難民審査参与員の審査を受けることになる。ここでまた不認定となったとしても、さらに、行政訴訟を起こすことが出来るのだ。

 吹浦氏は支援団体で約40年間、また、3年前からはこの「参与員」としても、難民問題に取り組んできた。

 しかし、

「“日本の難民受け入れ数を増やしたい”“難民に冷たい法務大臣の鼻を明かしてやろう”と思って参与員を引き受けました。が、実際は、申し立てをする“難民”の主張は矛盾だらけか、そうでなくとも、難民の定義には当てはまらないものばかりだったのです」

 と言う。

■ラーメンの味を守るため…
 その事例を見ていこう。

「例えば、イランからの男性の申請者は“私はイスラム教からキリスト教へ改宗し、2年半毎週教会へ通っています。国へ帰れば殺されます”という主張でした。しかし、“クリスマスとはどういう日ですか?”と聞いても、“キリストの母は誰ですか?”と聞いても“わかりません”を繰り返す。酒を覚えただけゆえに“改宗”した人でした」

 続いて、アフリカ・ウガンダ出身の不法滞在者(男性)のケースはこんな具合だ。

「ウガンダでは、同性愛が禁じられ、見つかると最悪の場合、死刑に処されます。このウガンダ出身の“難民”は、“私は同性愛者です。国に帰れば殺されます”と主張していた。しかし、よく調べてみると、この人は日本人女性と結婚して、子どもまでもうけていたことがわかったのです」

 変わったところでは、ミャンマー人の男性不法滞在者の例がある。

「“私は十数年、行列の出来るラーメン屋で働いてきました。でも、去年、店のオヤジさんが倒れてしまい、私以外、ラーメンを作る者がいない。オヤジさんのラーメンの味を守りたいので、日本で働かせてください”と言うのです。確かに泣かせる話ですが、それが事実かどうかもわかりませんし、事実だとしても、難民申請の理由にはまったく当てはまらない。残念ですが、却下しました」

 こんな具合で、吹浦氏は3年間で100件以上の面接をしたが、認定者は未だ「ゼロ」だという。

 さらなる怪しい申請理由を「トンデモ難民続出の認定現場事情(2)」で紹介しよう。

「特集 実態は『ニセ申請』の山と『不法就労者』の行列! 『朝日新聞』が宣伝する『難民を受け入れない日本は冷たい国』への反論」
※「週刊新潮」2015年11月12日号
デイリー新潮 2015.11.12 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151112-00010005-shincho-soci

“難民に冷たい法務大臣の鼻を明かしてやろう”と思って参与員を引き受けました。が、実際は、申し立てをする“難民”の主張は矛盾だらけか、そうでなくとも、難民の定義には当てはまらないものばかりだったのです

3年間で100件以上の面接をしたが、認定者は未だ「ゼロ」

( ̄д ̄)偽装難民が多いっていうのは聞いていたけどまさかそこまでとは 
例)→なりすましシリア難民


(´・ω・`)朝日新聞からこんな記事が

EU難民受け入れ、実際は130人「来世紀までかかる」

 欧州連合(EU)の行政機関にあたる欧州委員会のユンケル委員長は12日、加盟国で分担することが決まった計16万人の難民受け入れについて、実際に受け入れられたのは130人にとどまることを明らかにした。受け入れは2年間で実行されることになっているが、ユンケル氏は「このペースでは2101年までかかる」と苦言を呈した。

 ユンケル氏は難民、移民問題をめぐるアフリカ諸国との合同首脳会議が開かれたマルタの首都バレッタで語った。

 EUでは従来、難民審査は最初に入国した国が責任を持つことになっていたが、難民上陸が集中するギリシャやイタリアが対応できずに混乱。7月に4万人、9月に12万人の受け入れを各加盟国に割り当てることを決めた。EUの難民危機対応の根幹で、受け入れの遅れにユンケル氏は「全く満足できない」といら立ちを隠さなかった。

 EUは、今月中にギリシャやイタリアで登録センターを本格稼働させることになっている。経済目的の不法移民に帰国を促すと同時に、登録された難民の受け入れを加盟国間で分担することで、多くの難民がドイツやスウェーデンなど支援策が厚い特定の国を目指して移動し混乱が続く現状に歯止めをかける狙いもあった。受け入れに対する加盟国の鈍い動きは、この構想にも影響を与えそうだ。(ウィーン=喜田尚)
朝日新聞DIGITAL2015.11.13
http://www.asahi.com/articles/ASHCF22BWHCFUHBI008.html
 
 ( ゚∀゚)アヒャヒャヒャヒャヒャ 
欧米をミナラエーwwwww

(偽装難民が山ほどいるせいで本当に助けるべき人が助けられない、という問題もあるよな・・・)

②に続く。 

関連記事はこちらから→【アンブロークン the unbelievable BROKEN story】
KONY2012・アンジェリーナ・ジョリー・国連 そして・・・
 資料

アンジェリーナ・ジョリー、戦争の性暴力根絶へのスピーチ全文「現在なお苦しんでいる問題」
国連大学アンジェリーナジョリースピーチ

 ハリウッド女優であり、さまざまな慈善活動でも知られるアンジェリーナ・ジョリーが29日、東京の国連大学を訪れ、UNHCR(国連難民高等弁務官)特使として戦争における女性への性暴力の根絶についてのスピーチを行った。アンジーは、同問題について被害者に取材した事実を、自ら脚本、監督を務めた映画『最愛の大地』(8月10日公開)で描き、そのメッセージを広く世界中へ発信している。

 アンジーのスピーチは以下の通り。

 私たちの世界は、貧困から不公正、戦争まで、さまざまな大きな問題によって傷つけられています。でも、若い皆さん方の可能性は無限です。これまでの世代を打ち負かしてきた問題を、皆さんは克服するチャンスがあります。それは私たちを本当に勇気づけてくれます。

 ボスニアでの戦争が始まったのは、私が17歳のときです。包囲攻撃や虐殺で、何十万もの人たちが亡くなりました。それもヨーロッパの中心部で。性暴力が、民族浄化の手段として大規模に用いられました。そして、NATOの介入により殺戮が終結するまでに、3年半という長い苦難の時間が必要でした。

 私がこの映画(『最愛の大地』)を作ったのは、ボスニアでの戦争について、私が当時理解していなかったことがたくさんあったからです。それは、私たちの多くが現在なお苦しんでいる問題でもあります。

 友人や隣人として平和に暮らしてきた人たちが、いったいどうして互いを攻撃するようになるのか――。戦争がいかに人間を変え、言葉にできないほどの残虐な行為をさせるようになるのか――。そして、すべてを失うとはどういうことなのか。ありとあらゆるトラウマや暴力を経験し、そのうえ国際社会に見捨てられる――助けが必要なときに、世界から背中を向けられたと感じる。それはいったいどういうことなのか――。

 私はこうした問題を、映画という方法を通じて見きわめようと思いました。でも、それはアートであり、ドキュメンタリーではありません。ここでの目的は、非難や中傷ではなく、理解しようとすることです。人間のありように対する考察です。アートですから、人によって見方はさまざまでしょう。どんな判断を下すかは、ご覧になる方、一人ひとりの自由です。でも、判断の中身がどうあれ、皆さんがこうした問題についてもっともっと考えるようになってほしい――それが私の願いです。

 とてもありがたいことに、ウィリアム・ヘイグ英外相は『最愛の大地』を観て連絡をくださり、そのテーマに関してできることがあれば手伝いたいとおっしゃってくださいました。14ヶ月前にロンドンで、私たちは、戦争における性暴力根絶のために地球規模の行動を起こすことをめざし、新たな取り組みをスタートさせました。

 以来、私たちはコンゴ民主共和国を訪れ、G8会合、国連安全保障理事会で話す機会を得ることができました。被害者の公正を確保し、政府の責任を問うために努力する優れた人々や組織と出会いました。紛争下の性暴力に関する国連特別代表として活躍されるザイナブ・バングーラさんとも協力しています。ここまで目覚ましい進歩がありました。

 今年の4月、G8は戦地での性暴力をなくすために一致協力するという歴史的な約束を交わしました。この画期的な合意において、日本はとても重要な役割を果たしてくださいました。またつい先月には、安全保障理事会が、実際的・集中的なリーダーシップを発揮するという新たな決議を採択しました。

 しかし、これはまだ始まりにすぎません。私たちの目標は、かつてのボスニア、そして現在のコンゴやシリアのように、性暴力を戦闘の手段として使い、処罰をのがれるという状況が世界で起きることを、これ以上絶対に許さないことです。これは壮大なタスクであり、各国政府や国連から地域社会、家庭、さらには皆さん方一人ひとりまで、あらゆるレベルのあらゆる努力を必要とします。

 でも、実現は可能です。これは私たちが生涯かけてめざすことのできる目標です。この映画を撮りはじめたとき、私は物語を語り、被害者に発言の機会を与えることだけを考えました。今日、私は監督としてだけではなく、活動家としてここにいます。日々大きくなるグローバルな活動の一員として。この映画が描く苦しみは計り知れません。そしてそれは、世界的な状況のほんの一部でしかないのです。

 しかし、問題は大きくても、私たちが手にしているチャンス、国際社会としての私たちにそなわった強さは、それよりもはるかに大きなものです。力を合わせれば、こうした悲劇を二度とくり返させないことができます。過去を変えることはできませんが、未来はそう、私たちの自由になるのです。そして、あなたはその未来のカギを握るひとりなのです。
国連大学アンジェリーナジョリー緒方貞子

ORICON STYLE2013.7.30
http://www.oricon.co.jp/news/2027103/full/
 

国連難民アンジェリーナジョリー
アンジェリーナ・ジョリー
UNHCR特使

アンジェリーナ・ジョリー氏の人道問題への関心が高まったのは2000年、主演映画「トゥームレイダー」撮影のためカンボジアに行ったことがきっかけだった。撮影終了後、ジョリー氏はUNHCRの職員と人道支援の現場へ足を運ぶようになった。それ以来、ジョリー氏の人道問題への関心の高さと強い思いは揺らぐことはなく、避難を余儀なくされた人々の現状を伝え、国際的支援を訴えるという活動を精力的に行ってきた。2001年UNHCR親善大使に任命されたジョリー氏は、アクセスしにくい40ヶ所以上の人道支援の現場へ赴き、難民、避難民となった何百万人もの人々の苦しみを伝え、保護を訴えて来た。

2012年アントニオ・グテーレス国連難民高等弁務官は、ジョリー氏の献身的な活動を高く評価し、UNHCR特使に任命した。特使に任命された2012年4月にはエクアドルを視察するなど、より大規模な人道危機と向き合うことになった。

ジョリー氏はUNHCRが行なう人道支援活動の現場を視察するだけでなく、国際的な外交の場でUNHCRや高等弁務官の代表として難民や避難民の声を伝えるという活動を行ってきた。ジョリー氏の活動は、紛争によって避難を余儀なくされた人々にいかに最善の解決策を提供できるかについての議論を高める上で大きく寄与した。

ジョリー氏は、UNHCRへの寄付という形でも貢献してきた。2001年からこれまでに総額500万米ドルもの寄付を行なってきた。寄付金は主にケニアやアフガニスタンでの学校建設や生活改善のために使われた。

2003年にはカンボジアで「マドックス・ジョリー・ピット基金プロジェクト(Maddox Jolie-Pitt Foundation project)」を立ち上げ、カンボジアの農業、教育、医療、職業訓練、インフラ整備、農村開発やマイクロクレジットプログラムと多岐にわたる分野で貢献してきた。

2005年には「難民と移民の子どもたちのためのセンター(National Centre for Refugee and Immigrant Children)」を立ち上げ、若い難民申請者が無料で法的支援をうけられるようにした。2008年にはマイクロソフト社と協働で「弁護を必要とする子どもたちのための組織(Kids in Need of Defence)」という法律事務所によるプロボノ組織を立ち上げ、法的機関、NGO、ボランティアが一緒になって、米国在住で保護者のいない移民の子どもたちに法的支援を提供してきた。

さらに紛争の被害を受けた子どもたちへ教育プログラムを提供する「紛争の影響を受けた子どもたちへの教育パートナーシップ(the Education Partnership for Children of Conflict)」の共同代表も務めている。

2007年、ジョリー氏は外交評議会(Council on Foreign Relations - CFR)のメンバーとなった。それ以降、「大量残虐行為と大量虐殺廃止の介入」を含む多くのCFRの特別報告に対し、資金提供をしている。2010年にはハイチを数回訪問し、政府の法的統治能力を強化するための「ジョリー・リーガルフェロープログラム」を設立。これはハイチに若い弁護士を派遣し、政府の児童保護の支援強化を目的にしている。

同年3月にはコリン・パウエル氏とともに米国UNHCR協会とクウェート・アメリカ基金の晩餐会に特別ゲストとして出席し、イラクの難民女性や子どもを支援するために100万ドルを集めた。その席で、ジョリー親善大使は、難民と移民の子どもたちのためのセンター(National Center for Refugee and Immigrant Children)の開設を発表した。

2005年6月、ジョリー親善大使はワシントンにおいて、コンドリーザ・ライス国務長官と1994年のルワンダ大虐殺から逃れた人々を保護した元ホテル支配人のポール・ルセサバギナ氏とともに「世界難民の日」に合わせた数々のイベントを主催した。

2007年、ジョリー親善大使は外交評議会(CFR)のメンバーとなった。ジョリー親善大使は「大量残虐行為と大量虐殺廃止の介入」を含む多くのCFRの特別報告に資金提供している。2010年にはハイチを数回訪問し、政府の法的統治能力を強固なものとするために「ジョリーリーガルフェロープログラム」を設立。このプログラムはハイチに若い弁護士を派遣し、政府の児童保護を支援強化を目的としている。

一方「ジョリー・ピット基金」からはナミビアのナンクス野生動物サンクチュアリーの傷ついた動物の保護、人と動物との争いを最小限にするための支援金が提供されている。さらに、カンボジアとエチオピアにエイズと結核の子どものための治療施設を設立した。 

このようにジョリー氏の人道支援への献身はとどまることを知らない。2003年には国連特派員協会の第一回「国連特派員協会賞」を受賞した。2005年には難民支援活動が認められ、アメリカ国際連合協会と国連経済評議会の「グローバル人道賞」を受賞。2007年には国際救援委員会から「フリーダム賞」をグテーレス高等弁務官とともに受賞した。2011年10月、UNHCRはジョリー氏の親善大使、特使としての10年にわたる人道支援への貢献を表彰した。

2012年4月より、UNHCR親善大使からUNHCR特使に任命された。
http://www.unhcr.or.jp/ref_unhcr/angelina/ 

ルイ・ヴィトン、新広告にアンジェリーナ・ジョリー起用
ルイ・ヴィトンアンジェリーナジョリー

 「LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)」が、コア・ヴァリュー広告キャンペーンに女優アンジェリーナ・ジョリーを起用することを発表した。専用公式サイトではアンジェリーナ・ジョリーのストーリーを公開。ティーザー版を2011年6月15日からアップし、フルバージョンを続く7月1日に配信する予定だ。

 今回のコア・ヴァリュー広告キャンペーンは、アンジェリーナ・ジョリーにとってゆかり深い国カンボジアでシューティングされた。アンジェリーナ・ジョリーは、2000年に映画「トゥームレイダー」の撮影で初めてカンボジアを訪れ、美しい風景と温かく寛容な人々に深い感銘を受けUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の親善大使として地雷の危険性を伝えるためにカンボジアを再訪。カンボジアの孤児院からマドックス君を長男として養子に迎えるなど公私の区別なく同地を支援。2003年には自らが設立した「ジョリー・ピット財団」を通じた人道支援および環境保護の活動が賞賛を浴びたほか、2005年にはカンボジアのノドロム・シハモニ国王からカンボジア市民権を授与されている。

 広告では、カンボジア・シェムリアップ州の緑生い茂る水辺で木製ボートに素足で腰掛けるアンジェリーナ・ジョリーを撮影。傍らには自身が長年愛用しているモノグラム・キャンバスのバッグ「カバ・アルト」が置かれており、「たったひとつの旅が、ある人の生きる道を変える。カンボジア、2011年5月。」というコピーが添えられている。人生における転機となったカンボジアとの最初の出会いを描くため、同地での撮影を快く引き受けたというアンジェリーナ・ジョリー。「ルイ・ヴィトン」のマーケティング&コミュニケーション部門 エグゼクティブ ヴァイス プレジデント ピエトロ・ベッカーリは「心身ともに自分自身を見つめなおす"旅"に焦点をあてたコア・ヴァリュー広告キャンペーンにアンジェリーナ・ジョリーが被写体として登場してくれたことをとても光栄に思います。女優としてのキャリアだけではなく、継続して国際的に人道支援へ携わっているという意味でも、彼女はまさに世界的なスターなのです」とコメントしている。なお、アンジェリーナ・ジョリーの同キャンペーンにおける出演料は慈善事業に寄付される。

■専用公式サイト
http://www.louisvuittonjourneys.com/cambodia 
http://www.fashionsnap.com/news/2011-06-15/lv-angelinajolie/
 

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