2014年07月14日

小名浜の路地

小名浜1s いま小名浜では「竹町通り」が話題になっている。港の近くにイオンモール進出が決まり、港と町をつなぐために、この通りが整備されることになったのだ。イオンモールからタウンモールリスポまでの全長370m。数字にすればわずかな距離だが、地区民の意識は遠い。港と町はずっと別だった。 

 港と町の間には歓楽街が川のように横たわっている。スナック、バー、ソープランド…。そのあたりにはかつて、洋画専門の映画館が2軒あった。漁業が盛んだったころ、北洋サケマス漁などで長い航海に出た船乗りたちは、懐に札束を持って、気っぷよく金を落とした。夜は人があふれ、いまでは考えられないほどのにぎわいを見せていた。しかし200海里問題で遠洋漁業がだめになり、不景気が町を襲った。時代の流れとともに企業の接待も減り、町は活気を失っていく。そして震災が起こった。

 10日の早朝、思い立って小名浜の町を歩いた。町を流れている小名川から西へ向かって、路地をぐるぐると巡った。地震や津波の影響もあるのだろう。街並みが崩れ、空き地や駐車場が増えている。仲間たちと通った「北京亭」もなくなっていた。寂れた町でたたずんでいたら、女子高校生がひとり、ソープ街をすり抜けるようにバス停留所に向かって歩いていった。町はただ静かだった。

 「竹町通り」は幅員が4〜6mの狭い道路だが、それを6m幅に統一してカラー舗装にする。道路を整備して新たなにぎわいが生まれれば、というのが行政の狙いで、住民たちの期待も大きい。はたしてうまくいくのだろうか。心配ではある。

 「竹町通り」を歩いてみる。いまはほとんど何もない。せいぜいラーメンが評判の「味世屋」があるぐらいで、ひっそりとしている。かつては、この通り沿いの2階に「珈琲屋」というドリップコーヒー専門のジャズ喫茶があり、若者がたむろしていた。この店こそが小名浜文化の象徴だった。いまはその建物が壊され、空き地になっている。

  港と小名浜のメーンストリート・本町通りが表の顔なら、その間にある歓楽街は裏の顔。そこには静脈のように路地が張り巡らされていて、さまざまな人間模様がある。だから味わいがある。
  変に仰々しくないしっとりとした「竹町通り」になることを切に願う。




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