敬愛する川本三郎さんが『「男はつらいよ」を旅する』(新潮選書)を出した。待望の一冊と言える。
「男はつらいよ」ファンにはうんちくを語る人が多いが、寅さんの世界を純粋に愛して楽しみ、実際にロケ地に足を運んでいる川本さんは別格だ。この本には随所に川本流の眼差し、こだわりがあふれている。
雑誌連載の打ち上げで編集者に「男がつらいよ」が好きでロケ地の大半を旅した、という話をしたら「ロケ地めぐりの旅をしたらどうですか」と勧められ、新たな連載に発展したという。川本さんは「願ってもないこと」と引き受け、新たな視点で「寅さんの旅」を追体験することになる。その連載が終わり、本としてまとまった。
川本さんは寅さんを「寅」と呼び捨てにする。それは初代おいちゃん役の森川信の「ばかだねぇ」と同じで、そこには、そこはかとなく愛情がこもっている。寅さんの人格をきちんと認め、「あんな風に生きたい」という嫉妬も含めた「寅」なので、他人行儀の「寅さん」よりも親身で、身内的な感覚だ。
目次を眺めて、好きな作品や行ってみたい場所の項目があるかどうかを確認する。そこから川本さんの旅の追体験が始まる。「夕焼け小焼け」の播州龍野、「寅次郎恋歌」「口笛を吹く寅次郎」の備中高梁、「あじさいの恋」の丹後伊根、「寅次郎と殿様」の愛媛県・大洲…。どの作品も好きで、町もしっとりとしている。いつか時間をつくって訪ねたいと思っている。そして、時を隔て、映画の世界とどのくらい変わっているのかほとんどそのままなのか、それを確かめるのも、楽しみの一つになる。
川本さんの興味はただ一点、寅の旅にあるのだという。 「寅がどんな町を歩き、どんな鉄道に乗り、どんな風景を見たか」を丹念に確かめる。とはいっても、単に「男はつらいよのロケ地を訪ねて」というだけではなく、そこに映画、鉄道、文学、音楽などをクロスさせる。当然、自分の人生も含まれている。ロケ地と永井荷風がつながったり、「週刊朝日」の記者時代の思い出やエピソードが出てきたり…。読み手は大きくて深い川本ワールドの湖でボートを漕いでいる気分に浸れる。
個人的な思い出で恐縮だが、高校時代に映画同好会に所属していて「男はつらいよ フーテンの寅」を上映したことがある。「男はつらいよ」には山田洋次以外の監督が撮っているものが二本だけあって、そのなかの一本。森崎東がメガホンを執った。マドンナは新珠三千代だった。川本さんにとっても縁がある作品らしく、「週刊朝日」の記者時代に森崎監督をインタビューしたことを思い出すという。
講釈も解説もなく、「男はつらいよ」と自分をクロスさせ、その世界を愛し続けている川本さん。その純なところが、読む側に真っ直ぐ迫ってきて。なんだかいい。