朝日屋だより

八女福島のことなど…

今週に入り、急に朝晩冷え込んできました。ついこの前まで、季節外れの暑さで、会う人毎に暑いですねと挨拶代わりに言葉を交わしていたのが嘘のようです。
前回紹介した荒壁塗りのあとも、旧八女郡役所の建物のなかでは、日曜日度に片付けをしたり、コンクリートを打つ土間の穴を掘ったりとコツコツと作業は続いています。スコップで穴を掘るのも少しは慣れてきました。

朝日屋店内では昨日から宮崎県国富町で作陶されている松形恭知さんの個展が始まりました。
例によって、展示はあまねや工藝店の川口さんの手によるものです。
今回はとにかく点数が多く、開封しながらどうなることかと心配していましたが、2年前とはまた違った作品の様子に嬉しくなり、ひとつずつ手に取って箱から出す作業が楽しい時間でした。
前回ご覧になった方も、初めての方も、是非ご覧になって手に取ってみてください。


松形恭知 作陶展

会期 2016年11月3日(木・祝)- 12日(土)


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あまねやさんのブログでも紹介して下さっています。
リチャード・ゴーマン作品の前の記事です。


追記 また後日紹介するつもりですが(忘れるといけないので、念のためここで紹介)、民映研をみる会の第10回上映会を11月13日(日)午後5時30分から開催します。
作品は「イヨマンテ -熊おくり- 」です。

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先日紹介した竹小舞。
写真では分かりにくいのですが、光が差し込むとあまりにきれいで、荒壁にするのが惜しいほどです。

今回は荒壁塗り。
荒壁用の土が入った槽(フネ・この字でいいのかどうかは不明。酒造り、紙漉き、こういう形のものは何でもフネですね)に藁と水を足し、足で何度も踏み混ぜます。これを何回か繰り返すと適度に藁が混じった荒壁の土が出来るのです。意外にこれが大変でした。左官さんが休まず混ぜるので、休みますとも言えず、頑張って踏んでるうちに何だかハイになってきて変なテンションで踏み終えました。
その土をコテ板に載せ、コテで小舞に塗ってきます、と書くと簡単そうですが、素人はなかなか巧く土を扱えません。涼しい顔でさっさと塗り進める左官さんの横で、僕らは土の重さと扱いづらさのため塗るというより押し付けるといった具合。汗だくになりながら、これまたハイになりつつ塗り付けました。そして翌日は何故か太ももが筋肉痛に。
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この日は、途中で土が足りなくなり、翌週山の畑に置いていた土を取りに行くところから再開し(ヌルヌルする土をトラックの荷台に移す作業は結構大変)、同じ作業を繰り返して何とか終了。
貫の厚み、竹の幅や感覚、藁の塩梅、塗る順序。作業の合間に左官さんが壁塗りの理屈を丁寧に教えてくれました。荒壁を塗るまでの仕事ひとつひとつに意味がある、当たり前のことを僕らは全く知らず、今回はそれを身体を通して学ぶことが出来ました。
大した作業は出来ませんが、時間さえかければ、これからの郡役所の作業で荒壁までは自分たちでやれそうな気がしてきました(いい気になりすぎでしょうか・・・)。
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先日紹介した旧八女郡役所の修理は地元の大工さんに協力してもらいながら進んでいるので、普段の仕事の手が空いた時にこちらの現場をしてもらっています。それで、少しくらいは前に進めようと思い、穴を掘ったりゴミを片付けたりしているのです。
今度は荒壁塗り。まずは小舞から。
いつもはワークショップでやっていますが、そうすると肝心の僕たちが覚えられないので、今回はNPO事務局のN君と二人、左官さんに教わりながらの仕事です。地元の竹材屋で買った真竹を割り、長さを揃え、藁縄で小舞を仕上げていきます。
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コマイ、ヌキ、マワタシ、ノミ、ツラ、ウラヅラ、ナタ、エツリカキ、古くからある仕事は、道具や作業を表す言葉がとても心地よく響きます。
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素人仕事でのんびりしたものですが、なんとか予定の仕事を終えました。

久しぶりの更新です。
もともと町の情報発信のつもりで「八女福島のことなど」というタイトルで始めたブログでしたが、きちんと店のこともお伝えしないといけないと思い「朝日屋だより」に変えたものの、なかなか自分の店のことを書くのが気恥ずかしいというか単なる無精というか更新がままならず月日が過ぎています。
今日はそんな言い訳を書こうと思ったわけではなく、遠くの友人への近況報告のつもりでいくつか最近の出来事を紹介するのも大事かなと思いパソコンを開いたのでした。
このところ、毎週日曜の店休日には、いろいろと作業をしています。
そのひとつが改修中の旧八女郡役所という建物での穴掘り作業です。(旧八女郡役所についてのはまた後日。また、詳しい調査報告についてはこちらを)日曜大工ならぬ日曜土木と称してスコップで土を掘り、一輪車で運ぶという作業を淡々と繰り返すのです。ただ、普段の運動不足のせいで実際には淡々というわけにはいかず、一時間もすると息が上がり、しばらく休憩して再開ということの繰り返しなので、なかなか先に進みません。
写真は建物南側の道路に面した部分です。後から出来た道路が土間よりも40cmほど高いために湿気が多く、なるべく現状のまま修理をしようとしているこの建物ですが、ここだけはコンクリートの土間にすることにしました。
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小型の重機を借りてきて、さっさと作業を終わらせたらとも言われますが、身体を使った作業も悪くないものです。最終的には時間切れで重機が入るのでしょうが、それまでは出来るだけ淡々とやりたいと思います。



「柴田雅章 作陶展」

4月23日(土)- 5月5日(木)
AM 10:00 - PM 8:00 (日曜休)
朝日屋酒店
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先日の地震で大揺れに揺れた手製の棚に筋交いなどで補強し準備万端。いつものように、あまねや工藝店ご夫婦に展示と花入れをしてもらい、写真のような感じに。
今日も来られた方が、たしか酒屋でしたよね?と尋ねられる位にガラリと雰囲気が変わった。

多くの方に柴田さんの器を手に取ってもらえると嬉しい。

2月21日(日)に7度目の上映会を行います。

今回は鹿児島で初期の頃に撮影された2作品です。


八女民映研をみる会 第7回上映会

日 時 2月21日(日) 17:30〜
会 場 朝日屋酒店
参加費 1,500円
作 品 諸鈍シバヤ   (1978年、40分)
    甑島のトシドン (1979年、30分)

    いずれも製作は民族文化映像研究所
    終了後に簡単な懇親会をします(希望者のみ)。

鑑賞希望の方はご一報下さると助かります。
民映研のFacebookページからの動画を紹介します。

諸鈍シバヤ

【民族文化映像研究所フィルム作品紹介】No.9諸鈍シバヤ1978年/40分/鹿児島県大島郡瀬戸内町諸鈍瀬戸内町教育委員会委嘱(作品解説) 奄美大島の南に接して浮かぶ加計呂間島の東南端部、諸鈍(しょどん)は、帆船時代、日本本...

Posted by 民映研 on 2015年8月8日


甑島のトシドン

【民族文化映像研究所フィルム作品紹介】No.14甑島のトシドン 1979年/30分/鹿児島県薩摩郡下甑村日本映画ペンクラブ推薦甑島のトシドン保存会 委嘱(作品解説)  日本の南部には、訪れる神(訪問神)の具体的な形象...

Posted by 民映研 on 2015年8月16日

最近、民映研をみる会の発信だけになりつつあるこのブログです。

さて、鯖江の中野さんの催事があまねや工藝店さんで開催中。そして、21日からは当朝日屋酒店で開催されるのですが、今日もやはり表題の映画のご案内。
今回は民映研が製作したアイヌの作品のなかから子どもの遊びにまつわるものを2作品上映します。
なお、当日は店休日のため、お問い合わせは前日までにお願いします。


八女 民映研をみる会 第6回上映会

日時 平成27年11月22日(日) 17:30上映開始

作品 「沙流川アイヌ・子どもの遊び」 (51分 1978年)
   「沙流川アイヌ・子どもの遊び〜冬から春へ〜」 (44分 1984年)
製作 民族文化映像研究所


以下民映研のFacebookページより

【民族文化映像研究所フィルム作品紹介】No.10沙流川アイヌ・子どもの遊び1978 年/51 分/アイヌ無形文化伝承保存会 委嘱北海道沙流郡平取町二風谷1979 年度第 35 回東京都教育映画コンクール銀賞/日本映画ペンクラブ...

Posted by 民映研 on 2015年8月10日


近頃、ここ数年ではこの時期としては珍しく涼しくて気持ちよい風が吹くようになり、ツクツクホウシやコオロギの鳴き声など、秋の始まりを五感で楽しんでいる。
近所の田んぼでは稲が色づいていて、向こう側には民家の生け垣や楠の古木、そのまた奥に八幡宮の境内があって、目にすることは出来ないが燈籠人形の屋台が出来上がっているはずだ。
僕はこの田んぼからの何気ない風景が季節を問わず昔から好きで、歩いていると自然に足がゆっくりになる。

さて、民映研をみる会のご案内。
5度目の上映になる今回の作品は「豊松歳時記」。
中国山地にある、中世の社会組織「名」を今に伝える村の祭事と生業を七年にわたり記録した作品である。

日 時 平成27年9月20日(日)
    18:30上映開始
参加費 1,500円
作 品 「豊松歳時記」 (94分/1977年/製作・民族文化映像研究所)
会 場 高橋宏家南棟
    八女市本町103(福島八幡宮入り口角)
    19日(土)からあまねや工藝店「十八番の会」開催中
問合せ 朝日屋酒店(日曜休)

参加される方は0943-23-0924(朝日屋)へお申し込み下さい。
最近、民映研がFacebookで作品を紹介する短い映像を少しずつ掲載していて、そのアドレスを紹介しておきます。

「豊松歳時記」
https://www.facebook.com/1589550734592252/videos/1650933618453963/

久々の更新。
余りにも久し振りだったので、ブログへのパスワードを忘れてしまって、ここに辿り着くまで随分と時間が掛かってしまった。

さて、民映研をみる会もこれで4回目。
前回、奥会津の木地師を観たとき、電気や水道といった線や管に繋がれた社会で生きている僕たちにとって、厳しい自然の中で簡単な道具と身体全体を使い力強く生きている画面に映し出されたひと昔前の日本人の力強さに、ただ凄いと言う言葉しか出てこないという感想があった。
それは、自然との付き合いの中から生まれてきた山や川、火など様々な神々への素朴な祈りの様子、そうした見えないものへの畏敬の念、ただ生きるために生きるということの美しさなどと同様、他の作品にも共通している。

今回はフランスとスペインの山岳地帯に住むバスクの人達の暮らしの記録。
興味のある方は是非お越し下さい。

なお、会場準備の都合がありますので、事前に連絡を下さると助かります。


民映研をみる会 第4回上映会

「アマルール ー大地の人 バスクー」


日時:2015年 7月26日(日) 17:30上映
会場:朝日屋酒店
入場料:2,000円


ピレネー山脈の西部に位置するバスク地方。バスク人は西ヨーロッパで、最も古い民族。その歴史、羊の遊牧作業、信仰、バスク語の教育などを追う。
製作/民族文化映像研究所、共同企画/コレジュ・ド・フランス形質人類学研究所、1981年/95分/スペイン・バスク地方
キネマ旬報ベストテン9位

アマルール

ラオスHPEの仕事展では多くの方にお越し下さって本当にありがとうございました。
また、何かと支えて下さった方々にも感謝申し上げます。
どうもありがとうございました。


今週は催事の片付けや来月の催事、月末の仕事など、色んなことが集中してきていて、頭が混乱しないように冷静に整理しながら進めようと努力しているところ。これがなかなか難しいのだけども。


さて、そんななか民映研をみる会の上映会が今度の日曜日に迫ってきている。
今回はラオスの手仕事にも通じるところがある「奥会津の木地師」と「うつわ -食器の文化- 」の2作品の上映。
以前、日本の姿シリーズの「奥会津の木地師」を観た時に、そこに映し出された木地を作る人たちの身体能力の高さに驚き、是非本編を観たいと思っていたので、それと合わせて「うつわ」も観ることにしたのだ。
興味のある方はどうぞお越し下さい。


民映研をみる会 第3回上映会

「奥会津の木地師」

昭和初期に途絶えた手引きろくろによる木地椀作り。その経験者による、木地屋敷作りから椀作りまでの技術の再現記録。
文部省特薦/日本映画ペンクラブ推薦/キネマ旬報ベストテン第3位
1976年製作/55分

「うつわ -食器の文化- 」

日本のうつわ。それを成り立たせた、木、土、水、そして人々の知恵。私たちが日常使用している食器の源流とその展開を求めて北海道から沖縄まで日本各地を訪ねた映像による「食器文化」探訪記。近畿日本ツーリスト・日本観光文化研究所
1975年製作/41分


日時/2015年4月5日(日) 17:30 上映
会場/朝日屋酒店
入場料/2,000円


※会場の都合上、事前に連絡してもらえると助かります。


参考までに、民族文化映像研究所の日本の姿・第4巻「奥会津の木地師」紹介文をHPより転載させてもらった。

(以下転載)
自然から生まれた人間の技術

 日本列島には、近年まで移動性の生活をする人々が活躍していた。山から山へ移動して椀などの木地物を作る木地師も、そのなかにあった。
 これは、昭和初期まで福島県南部の山間地で盛んに移動性の活動をしていた木地師の家族による、当時の生活と技術の再現記録である。
木地師たちは、ブナを材料とした椀を作っていた。
 まず木地屋敷を作る。屋根も壁も笹で葺く、掘立て造りである。谷から水も引いてきた。
 椀作りが始まる。男たちは、山へ入りブナを倒し、そして、その場で椀の荒型を作る。女たちが荒型を木地屋敷に運び、椀の外側を削って整形するカタブチ作業、中を刳るナカグリ作業と続ける。男たちが、手引きロクロで椀に仕上げていく。できあがった椀は馬の背で町へ運ばれていく。
 今では、奈良時代に大陸から導入された手引きロクロは使用されなくなっているが、今回それが再現された。木地師たちの身体には、千年を越す技術の伝統が見事に息づいていたのであった。

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