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2011年08月17日

どうしたものでしょう。5

きっと本当は相手の気持ちを探ったりする必要はないんですよね。
私がその人を好きだと思う、そこだけがあればいい。

理屈先行で、なんでも頭で考えて割り切ろうとする私が、割り切れない気持ちを抱えたり、
演劇の舞台の上に感情を乗せるため日頃の感情を押さえ込む癖がついているのに、こんなにあからさまに感情を揺らしているのだから、それだけでも充分に面白い。

強がり半分に、そう考えることにしました。

探ったり計ったりしないで、確かなことだけしっかり見ていようと。

あんなことしてくれた、こんなことしてくれた。
あんなふうに言っていた、こんなことも言っていた。

その意味を探ったり、その言動から気持ちを計ったりするのをやめて、そこのところだけを反芻する。
そして、ああ、やっぱり私はあの人が好きだなあと、確かめる。

それだけでいいんです。

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2011年08月16日

どうしたものでしょう。4

だって、人のこころは不安定に揺れて動いて変化するでしょ。
いつだってモヤモヤしているだけの形のないものですよね。

そのことを思い出して、ぐるぐる考えるのをやっと止められる。

私を好きになってくださいと、どんなに願ったところで、人のこころは動かせない。

何もしなくても、季節になればぱっとほころぶ草木の花みたいに。
言葉や真意が通じなくても、タイミングが合わなくても、計れるものがなくても、
本当にそれぞれにとって必要なときがあれば、必ずそれに相応しい何かがある。

曖昧だし、どう信じられることでもないのだけど、そんなふうに考えたいなあと思って。



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2011年08月15日

どうしたものでしょう。3

都合が見えたら連絡します、とは言ってくれたのだけど。

連絡がないのは忙しいからかなあ、とか。
仕事のつながりがあるから仕方なくそう答えたのかなあ、とか。
とりあえずそうは言ったけど面倒臭くなって放っておかれてるのかなあ、とか。

ぐるぐるとまたマイナス思考が始まってしまったりして、それを止めようと、なんだか全部の記憶を引っ張り出してきて、

でも、忙しいのに都合をつけようとしてくれているんだから、とか。
でも、いくらどんなつながりがあっても無理なものは無理って言うだろう、とか。
でも、ほんとに面倒だったらあんなことやこんなことはしないし言わないんじゃないか、とか。

マイナス思考を打ち消すための極端なプラス思考が始まって、
何が本当かわからなくなってしまう。

「だいじょうぶ、いつでもいいよー」と鷹揚に構えて、しっかり自分の日常をやっていけるよう心がけているのですが。

日常の隙間で、つらつらと好きな人のことを考えたりしてしまうでしょ。

どうしてるかな、体調崩してないかな、日々を楽しんでいるかな。

そこでまた日常に戻れれば大丈夫なんです。
でも、時々、そこから更に考えてしまう。

どうして連絡くれないんだろうなあ、うっとうしがられてるのかなあ、私には関心ないのかなあ。

そうなるともう、自分の強い思いそのものが大切に思うその人に害を与える猛毒のような気がしてしまって、なんだか素直に好きでいられなくなってくる。
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2011年08月14日

どうしたものでしょう。2

実は、本当にどうしたものか、私、急にシャイになってしまったのです。
すぐに気持ちを伝えてしまうのは相変わらずなのですが、なんだかもう、何やってんだって自分をどつきたくなるくらい、伝え方がシャイ。

まあ、伝えられた相手は、どこがシャイだよと思っているかもしれないけれど。

どこがどうシャイかというと。

少しずつ近づいて、仲良くなって、気持ちを探って、確信して、伝える。
伝えて、返事を待つ。

いつの間にか、そういう恋心の王道をゆく手順が、何一つできなくなっているのです。

もうね、いきなり「結婚してください」と。

「好きです」も「付き合ってください」もすっ飛ばして、二人きりで会ったことすらないのに!
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2011年08月13日

どうしたものでしょう。1

また半年も放置してしまいました。
まあ、その間はつまり、恋愛沙汰でモヤモヤすることもなく過ごしていたわけで。

今日、久々に書きたくなったのは、まさしくたった今、モヤモヤしているからです。

それで、まずはこの数年の、ぽつぽつ書いてきたモヤモヤ打ち明け記事を読み返しました。
うわ、なんだ、ちゃんと恋してたんじゃんと、少し自分を見直しました。

それでも、新しい恋心は、何より強く正しいように思ってしまうのですね。
しっかり振り返れば、あの恋心もその恋心も、強く正しいはずなのに、どうしてか、今のそれが一番のように感じてしまう。

もちろん、それでいいんだと思います。
思うけど、俗にいう「上書き保存」とか、そういうのじゃないってことは自分にだけは、わかってる。

あのときに、あの人を好きになって、振られたりして、ごりごり噛み砕いて消化して吐き出して、ちょっとはなんかの栄養になって、少しだけ体重を増やした私だから、
今、このときにこの人を好きになったんだなあと、思いたいじゃありませんか。


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2011年02月09日

かっこ悪くていい。5

わたしにとって、自分の気持ちを伝えることは相手との関わりの中でのフェアの一つだけど、
相手にはそうじゃないかもしれません。

形を求めること、欲しがることは、わたしの中ではフェアなことじゃないけれど、
相手にはそうじゃないかもしれない。

そうとわかったら、またちょっと考えて、うまく折り合いがつくように探る。
そのことの繰り返しが、向き合う、関わり合うということではないでしょうか。


たとえば。

「好きです」と伝えられて、「ありがとう、でもわたしは好きじゃない」と答えて、
それでも相手との関係は、友達なら友達のまま、変わらない。

諦めがつかなくなるって状況もきっとあり得るでしょう。
こんなに仲良くしているのに「好きじゃない」のはどうして、と思うかもしれない。
そのことで相手が息苦しい気持ちになるとしたら、
それはちゃんとそう伝えて欲しい。

「まだ好きだから、友達でいるのは辛い」と言われたら、
わたしはとても淋しく感じるけれど、友達としての関わり方をもう少し変えられるよう探ってみると思う。

相手が望むことにわたしは答えられないし、わたしが望むことを相手は飲み込めない。

そんなこと、とても当たり前のことだと思います。

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2011年02月08日

かっこ悪くていい。4

そもそも、自分のことを好きと思ってくれていない人に選ばれても、歓びにはならないでしょ。

いくら私がその人を好きでも、だからといって、好きと思われないまま特別な何かを与えられて、舞い上がったりはしない。

嬉しいな、とは思うだろうけど。
それは、誰かがわたしを必要としてくれているという嬉しさで、それ以上にはならない。

誰かを好きになることはとても楽しい。

けれど、誰かに好きになられることも、きっと楽しい。

自分ではない誰かのこころを思いやるのはとても難しいことだから、
せめて、自分の考えと気持ちだけを中心にしてでも、フェアでありたいのです。


好きなものはしょうがないし、好きじゃないものもしょうがない。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

知りたいことは訊く。
答えはありのままに飲み込む。

こころの動きには逆らわない。
こころを無理にねじ曲げない。

ありのままをみせる。
ありのままをみる。


そういられたらいいなあと思います。
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2011年02月07日

かっこ悪くていい。3

雰囲気ってやつ。

その人に何かがあって、なんだか淋しくなって、誰でもいいからちょっとだけ手を繋ぎたいなんて思うことがもしあったら、
そのとき一緒にいる人には、そういう気持ちが、なんとなく通じると思う。

そのときその人と一緒にいるのがわたしだったら、わたしは喜んでその人の力になりたいと思うでしょう。

でも、きっとその人は、そんな気持ちになったときにも、わたしを選ばないだろうと思う。

手が繋ぎたいときがあっても、その手はわたしの手じゃないってことが、その人の答えだったのだから。


だけど、人のこころは変わるものです。
いつも不安定に揺れ動いて、形を変えて定まらないから、こころなのですね。


いつかその人が私の手を選ぶこともあるかもしれないし、ないかもしれない。

実はわたしは、「あるかもしれないし、ないかもしれない」という考え方が、大好きです。

その人が淋しいときにもし私しか近くにいなかったら。

その人は淋しい気持ちをぐっと堪えるかもしれない。
それは、わたしがささやかな何かを堪えるのと同じこと。
「淋しいねえ、できることなら好きな人と寄り添いたいものだねえ」と笑い合いたい。

淋しさを堪えることすらしんどければ、恋愛感情のないままに、わたしの手を取るかもしれない。
そのときにも、「淋しいねえ、できることなら好きな人の手を取りたいものだねえ」と笑い合いたい。続きを読む

2011年02月06日

かっこ悪くていい。2

それと同じように、
好きになれない気持ちも、意思でどうこうはできることじゃない。

そう思うから、自分勝手でも好きと思ったら伝えるし、相手が返してくれる気持ちや言葉もきちんと飲み込みたい。

わたしの場合、「恋愛感情が持てない」と言って振られるのが定番になりつつあるのですが、
それって、どういう意味?とか、じゃあ何が恋愛感情なの?とか、どうすれば恋愛感情を持ってもらえるの?とか、
そりゃ色々問いただしたくなるような、個人的な感覚での言葉だなあと思う。

でも「好き」って気持ちだって、個人的な感覚だからなあ。


恋は、お互いの個人的な感覚のすり合せだなあと思います。
ぴったり重なり合うことが奇跡で、合わないことを悲劇とは思わない。

だから、好きということを告げて、相手の気持ちを報せてもらえたことで、一つすり合せができたように感じました。

今はもう、その人は私の気持ちを知っているし、私もその人の私に対する気持ちを知っている。
片想いでいるより、ずっとフェアな関係に前進したような気がします。続きを読む

2011年02月05日

かっこ悪くていい。1

何かの区切りがあったわけではないのに、いつの間にか、あたらしい恋をしていて。

といっても、片想いです。

1年以上ずっと消せなかった片想いが、きっとまだどこかに残っているんだって、自分でも判っていたから、
あたらしく芽吹いたその気持ちに気づくのが遅れたのかもしれない。

もっと話したいとか、たまにはしっかり顔を視てみたいとか(わたしあまり人の顔が視られない性質なので)、手に振れてみたいとか。

そんなふうに思っている自分に気づかない振りをしていたんだと思います。

振られて1年も経っているし、義理立てしようと思っていたわけじゃないのだけど。
それどころか、早く次の恋を見つけたくて、いろんな男の子とデートしてみたりもしていたのに。

こころって、案外と不自由で、自分のそれすら思うようには動かせなかったりする。

それが、ふいっと動いたのは、単純に、その人と接する時間が少しだけ増えたからだったのだと思います。

わたし、この人のこと好きだって、気づいてしまった。

どうにもならない恋心を抱え続けるときのもやもやとは、また違うもやもやが湧き上がって、苦しい。

自分勝手なことだなあとは思うのだけど、すぐに伝えてしまった。

誠実な人は、お返事も早い!

気持ちを伝えたことに後悔をする間もなく、振られました。

そりゃもちろんがっかりだし淋しいし恋しいのだけれど、やっぱり伝えて良かったなあと思えた。続きを読む

Profile

ASAKO MAEKAWA

まえかわ あさこ
1967年東京・渋谷生まれ。俳優、小説家。

小説ブルーハーツseason4

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