週刊朝倉歯科医院

歯科の治療のこと、医院のこと、
私たちの歯科医院からのお知らせや、私たちに寄せられた質問、その他いろいろと発信します。
Writer : Ishitobi/Akita


2012年09月

秋の勉強会/BBQパーティ

院長の自宅にて、恒例となった「勉強会」と「BBQ」。
新しい機器やや治療法の情報などを毎回研修しています。

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研修が終われば秋の味覚を存分に楽しみます。

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「いい歯の日」11月10日(土)、イベントします!

朝倉クリニック歯科で、イベントが企画されています。
昨年から始まり、好評をいただいている「家族いっしょに歯の健康」イベントが今年も11月10日(土)=いい歯の日に行われることになりました。

詳細はまた、このブログでも紹介していきますので、お楽しみに!

沖縄旅行 〜琉球の歴史に思いを馳せる〜

百名伽藍


沖縄に行ってきました。
久しぶりの爽快な気分の旅行で疲れをいやし、リフレッシュしてきました。
沖縄を歩いてみると、古くから独特の文化を育んできたことに感銘を受けます。歴史をみると日本とは薩摩・島津藩との交流がありましたが、、明王朝との関係を重視した中国を中心に国際関係を築いてきたことがよくわかります。
17世紀初頭豊臣秀吉の朝鮮半島侵攻から琉球王朝を取り巻く状況は急変します。また、明から清へと移る中国の歴史にも翻弄されていきます。薩摩藩のの支配を受け王国は間接的に幕藩体制の下におかれ、中国からは清による冊封が行われ、清に属することになります。これをみると、琉球王朝は日本と清の両方に属していた歴史があるわけです。その中で、外交手腕を振い、独自の文化・主体性を保ってきたのですね。

歯科の分野でも驚くことがありました。
琉球大学医学部のキャンパスに高嶺徳明の碑があります。
日本で最初の全身麻酔と手術いえば華岡青洲です。
が、それに先んじること百十五年前、高嶺徳明(1653-1738)が口唇裂の治療のときに麻酔を施し、無事手術を終えたと記録されています。
当時、後の国王となった世嗣・尚益は幼少期口唇裂だったのです。
口唇裂は先天的に唇が縦にさけている状態のことを言います。「欠口(いぐち)」とも呼ばれています。
国王の口唇裂を治療することが大きな問題になっていたのです。

徳明は医師の心得はありませんでした。中国語が堪能で、11歳の若さで清に渡り3年間学び、唐名「魏士哲」を清より拝命した人物です。
帰国後は琉球の中国・アジア貿易の統括する職務に17歳の若さで抜擢されている才人です。
「中国の秘伝であった手術を持ち帰る」のにはうってつけの人物として国王に任命されたわけです。
医術の心得のない中、国王になろうという人物の手術。徳明には相当の重圧がかかっていたと思います。それを見事にやってのけたのですから、先人の紫明館には脱帽です。



今日まで、そして明日から

朝倉歯科医院を開設してから30年を記念したパーティが8月5日行われました。
皆さんお忙しいところを参加してくださいました。

ほんとうにありがとうございました。

皆さんに支えられてきた30年。
そしてまた、新しい歩みを重ねていくことことになります。

今後ともよろしくお願いいたします。

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