同志社大学 浅野健一教授の労働裁判を支援する会 ブログ

2014年4月、同志社大学から追放された、浅野健一教授。 元・共同通信の記者であり、生粋のジャーナリストとして輝かしい経歴を持つ浅野教授は、同志社大学と闘うために立ち上がっています。 これは、闘う浅野教授を支援し、情報発信するためのブログです。

2018年11月7日
入学してはいけない同大メディア学科(その2)
同大の闇年金は犯罪

小黒純教授らに5年間の雇用を強奪された

同志社大学(同大)には、大学院教授だけ70歳まで定年を延長できるという制度があります。大学院教授ではない教職員の定年は65歳です。1994年の採用時から大学院教授だった私は70歳まで同大で教授を続けるつもりでいましたが、2013年10月29日午前10時ごろ、小黒純教授が前日朝、私の研究室棟の郵便受けに投函した「通知文書」で、小黒教授らメディア学専攻・学科の教員たちが共謀して、定年延長拒否=解雇を画策していることを初めて知り、専攻会議、研究科委員会、組合の団交などで抵抗しましたが、14年3月31日に不当解雇されました。私に「敵意を持つ渡辺武達教授グループ」(「週刊文春」裁判で2014年結成、渡辺氏は2015年に70歳で退職し名誉教授就任)が村田晃嗣学長執行部と共謀した闇討ち、魔女狩りでした。役職は当時。
現在、安倍晋三政権は労働者の70歳までの雇用を言い出しています。70歳まで大学院教授を続けようと思っていた私を、大学院社会学研究科メディア学専攻の同僚教授の4人(小黒・竹内長武・佐伯順子・池田謙一各氏)が「定年延長に値しない不良教授」と断定した怪文書を研究科委員会(教授会)で配り、同大の歴史上はじめて、教授会で定年延長可否を投票で決めたのです。小黒教授は2012年同大に赴任、最初は学部教授で、13年4月から博士前期課程(修士課程)教授になったばかりでした。小黒氏の大学院教授任用の際、私が教授会で推薦説明をしました。
労働者が労働者の解雇を決めるというあり得ない事態です。
不意打ち解雇で、私は66歳から70歳までの5年間の雇用を奪われ、所得約1億円を失いました。私が指導していた大学院生、学部ゼミ生の計約70人は2014年度から指導教授を失いました。私が20年間担当していた大学院と学部の科目のほとんどは、5年連続で休講になっています。同大の無責任ぶりは、呆れるばかりです。
 
大学院教授だけの70歳定年は差別

私は1997年に1年間、同志社大学教職員組合委員長を務めました。その時に、非常勤講師など非正規雇用の教員(同大では嘱託講師と呼びます)のあまりにひどい待遇を知りました。組合は「本工」(正規労働者)の利益を守るためにしか機能せず、ほとんど何もできませんでした。また、当時、多数存在した「一般教養」担当教員、語学教員、保健体育教員は65歳が定年で、大学院教授だけが70歳定年というのは差別ではないかという声がありました。大学にある研究所の教授も65歳定年です。大学院で科目を担当していても、「身分」が大学院教授でない教員は定年延長の対象になりません。一部の研究科・学部では、嫌がらせのために大学院教授に任用されず、65歳で退職する教員もいました。
大学院教授だけの70歳定年延長制度は特権で、職場の風通しを悪くし、非大学院教授にとっては差別です。
 65歳で定年退職する教職員は定年制度の改革を求めて闘ってきました。
そこで同大当局が導入したのが「永年勤続者への退職後の特別補給金」という名の闇年金、口止めボーナスです。教職員組合も共犯になった不労所得です。「大学院教授だけの70歳定年制度」を維持するため、65歳で退職となる「非大学院教授」の教職員を対象とした「経済的慰撫策」として導入されています。
特別補給金は、25年以上勤続の定年退職者(全教職員対象)に対し、退職後、満70歳まで毎月、特別補給金として「退職時本俸×0.6-諸年金受給額」を支給する仕組みです。大学の人事厚生課が所管しています。大学院教授を特別任用教授として70歳まで定年延長している同志社女子大学でも同じ特別補給金制度があります。
今年3月末に65歳で退職した複数の教授によりますと、毎月約19万円が大学から受給されています。「結構おいしい制度だ」と多くの人が言っているそうです。これがなければ、「大学院教授の70歳定年制」など持ちません。
同大は私の地位確認裁判で、大学院教授の定年延長は教授の法的権利ではなく、70歳定年という慣行もないと主張していますが、同大当局は大学院教授の70歳を定年とする労使慣行が事実たる慣習として確立しており、労働契約の内容となっているからこそ、そして学校法人同志社がそのことを認識していたからこそ、こういう特別補給金の制度がつくられたと言えます。同志社の経営陣が、70歳定年は労働慣行になっていると認識しなければ、特別補給金の制度などできるはずありません。
同大の闇年金は、学生の授業料、国庫補助金(私学助成金)を財源とする大学の一般予算から出費されています。学生が納入している入学金・授業料と血税から違法不当なお金が出ているのです。
同大の大学院教授の定年延長(66歳から70歳まで)の年間平均賃金は諸手当を含めると約1700万円。院教授対象の「定年延長」しない教職員には、闇年金を毎月約20万円・年間240万円前後を支給しているのです。同大の大学院教授は66歳から70歳の教員が多く、同大の財政を悪化させています。同志社女子大学では、特別任用教授として定年延長されますので、年間所得は約400万円(66歳から年金を受給します)です。

私は2015年11月、同志社大学総務部人事企画課の渡辺係長に、定年退職後の教職員で65歳・定年退職になった者に、70歳までの5年間、特別の上乗せ年金(「最後の基本給×0.6-私学共済年金受給額」)が毎月支給されているという情報について、事実確認を求めましたが、「答えられない」と回答を拒否しました。渡辺課長は「浅野先生から電話などで問い合わせがあった場合は、すべて社会学部の松隈佳之事務長へ回すようにという指示が(上司から)出ている」と言っていました。松隈事務長は「回答できない」と回答しました。
植村巧・広報課長(当時)に文書で取材を申し入れたところ、「人企画課の谷本課長に聞いてほしい」と言われました。谷本課長も回答を拒否しました。
15年12月にも、同志社大学学長・村田晃嗣氏、学長室庶務課長・中村伸也氏へ質問書を送りましたが回答を拒否しました。
 15年11月の組合ニュースにこの闇手当てについての言及があるようですが、組合の佐藤純一書記らは「(浅野は)組合を脱退はしていないが、組合員かどうかは不明で、ニュースの提供はできない」と回答しました。
 「こういう不当なお金はもらえない」と受給を拒否している「良心」の元教職員がいるようです。特別補給金の「物証」が私にはなかったのですが、今年になって、大学が受給資格者に送っている文書のコピーを提供してくれました。
そこで、私は2018年9月14日、上京税務署に告発状を提出しました。違法なことが行われている時には、通報する義務があります。また、同日夕、京都大学内にある「京都大学記者クラブ」(幹事社・中日新聞)と京都民放クラブへ、以下のような通知をしました。両クラブの幹事社が加盟の報道機関(新聞・通信社、放送局)へ通知をしてくれました。

〔 私が起こした地位確認等請求訴訟は最高裁に上告中です。9月10日、最高裁への上告申立理由書を提出しました。
同志社大学の「定年延長」制度を悪用して、私は解雇されました。
定年延長制度は差別的な制度で、世界中で同志社大学にしかない固有の制度です。定年延長制度を調べているうちに、同志社大学には今どきあり得ない“闇年金”制度が1986年から続いていることが分かりました。このほど、闇年金の制度の物証を入手し、本日午後、上京税務署法人課税第一部門に告発状を提出しました。
告発状と資料を添付します。
1 同志社大学が65歳で退職した25年以上勤続の者に送っている文書
2 1の裏面にある<参考>
3 1に付けられた振込依頼書
4 同志社大学教職員組合連合発行の2017年「組合員手帳」 
5 庄司俊作名誉教授が同志社大学広報に書いた贈る言葉(p46)
 
65歳で退職した後、一秒も働かないのに5年間、毎月約20万円が送金される特別補給金を受給している元教職員には所得税法違反をしています。特別補給給を一般予算で大学の人件費として支給している学校法人同志社は、学校設置法に基づく法令に違反しているのではないでしょうか。また、不労所得を毎月受け取っている退職者は所得税法違反をしています。
大学院教授の定年延長制度は、差別であり、差別制度を維持するために、全く働いていない元教職員へ5年間も月額20万円前後の「補給金」が渡されていることは、違法であり、税務署において調査し、必要な措置をとってくれるよう期待します。
大学記者クラブのみなさんには、学生、保護者、納税者の視点から、この不労所得月額約20万円について取材し、社会に知らせていただきたいと願います。
この件につき、質問のある方は、浅野まで連絡ください。どうぞよろしくお願いします。 〕(一部略)

 上京税務署法人課税第一部門の福井龍介連絡調整官は9月14日午後3時半ごろ、「告発を受け付けたが、今後どういうふうに進むかなどは、告発人の方にはお知らせしない。記者への広報もしない」と私に述べています。
 税務署は報道機関の取材に応じないと断言しましたが、故・野村沙知代さんの脱税被疑事件では、膨大な情報が国税当局から流れました。
 大学記者クラブの報道機関からは全く連絡がありません。京都のある記者は「大学記者クラブに同大浅野ゼミ出身の全国紙記者がいる。先生に取材するかもしれないですね」と言っていますが、私に何の連絡もありません。
 またの機会に詳しく書きますが、同大今出川キャンパスの弘風館1階の広報課の隣に、大学記者クラブしか使えない「記者室」があります。同大にも違法な記者クラブがあるのです。
 新聞社が大学の批判を控えるのは、大学は広告収入源だからです。
 大学設置法で設置が認可され、国庫補助金(人民の税金)が年30億円弱も投入されている大学で、差別的な定年延長制度を維持するために年間約240万円の闇年金を5年間も支払うという犯罪が行われているのに、教職員、学生、保護者、報道機関の記者の誰もが動かないというのは異常です。
 受験生のみなさん、こんな大学を志望してはいけません。                  
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【以下は、私が9月14日に提出した告発状のp1です。】
告 発 状
2018年9月14日
上京税務署長
告発人  浅   野   健  一
告発人
住  所  (略)
氏  名  浅 野 健 一

被告発人
学校法人同志社(同志社大大学)
住  所  京都市上京区今出川通烏丸東入
氏  名  理事長 八田英二

第1 告発の趣旨
  被告発人の下記所為は、法人税関係の法令、所得税法、大学設置法に違反する行為に該当するので、被告発人の厳重な処罰を求めるため告発する。

第2 告発事実
1 被告発人・学校法人同志社(八田英二理事長)が運営する同志社大学(松岡敬学長)において、差別的な「大学院教授70歳定年」制度の維持するために、1986年から「同志社大学 永年勤続者への退職後の特別補給金」が設置されている。25年以上勤続した教職員に対し、退職後、70歳の誕生月まで、一人当たり月額約20万円が支払われる特別補給金は大学の一般予算から支出されている。現役学生、保護者、税納税者を裏切る闇年金、不労所得である。
特別補給金制度は同志社大学総務部人事企画課が所管している。特別補給金は人件費として計上されている。これは不正な支出、経理である。
特別補給金は、25年以上勤続の定年退職者(全教職員対象)に対し、退職後、満70歳まで毎月、特別補給金として「退職時本俸×0.6-諸年金受給額」を支給するという制度である。同志社大学・同志社女子大学(大学院教授の特任教授)の大学院教授70歳定年制に対応するものとして、つまり65歳定年組に対する経済的慰撫策として導入された。庄司名誉教授(人文科学研究所教授の場合、65歳定年)の場合だと65歳で退職し、年金のほかに毎月約19万円が大学から受給されている。「結構おいしい制度だ」と大学の多くの人が言っている。これがなければ、大学院教授の70歳定年制など持たない。
大学院教授の定年延長(65歳から70歳まで)の年間平均賃金は1700万円前後。院教授対象の「定年延長」しない教職員には、闇年金を毎月約20万円・年間240万円弱を支給しているのだ。65歳から69歳の人口が多く、同大職員でも他の年代に比べてかなり多くなっているから、同大の財政を悪化させている。同大はかなりの赤字のようだ。
告発人は最近、65歳で退職になったある複数の元同志社大学教授から、この特別補給金の受給申込文書(表裏)を入手した。この闇手当は同志社大学教職員組合連合が発行する「組合員手帳」にも載っている特別補給金のことは同志社大学教職員組合の組合員手帳にも詳しく載っている。2015年11月の組合ニュースにこの闇手当てについての言及がある。

庄司俊作名誉教授(前・同志社大学人文科学研究所教授、現在名誉教授)が2018年3月31日の同志社大学広報の「贈ることば」の中でも言及している。
この特別補給金は組合も共犯になっている。一般の教職員の定年は65歳で、大学院教授だけに特権として、「70歳定年」制度が認められているため、65歳で定年となる非大学院教授の教職員を黙らせるためだけのバラマキである。大学の一般予算(授業料と血税)から違法不当なお金が出ている。
65歳で退職した後、一秒も働かないのに5年間、毎月約20万円が送金される特別補給金を受給している元教職員には所得税法違反をしている。特別補給給を一般予算で大学の人件費として支給している学校法人同志社は、学校設置法に基づく法令に違反している。また、不労所得を毎月受け取っている退職者は所得税法違反をしている。

第3 告発に至る事情
告発人は22年間共同通信記者を務めた後、同志社大学大学院教授(1994年4月から)であり、2013年度の定年延長審議で、定年延長を教授会で拒否され、2014年2月3日に、学校法人同志社を被告とする地位確認等請求訴訟を提起している。告発人は、現在、フリーランスのジャーナリストをしている者である。大阪高等裁判所は、本年6月14日、告発人の控訴を棄却する判決をしており、最高裁判所に上告並びに上告受理申立てしている。
告発人は65歳で退職を強制させられたが、20年間の勤務だったため特別補給金は出ていない。
同志社大学の定年延長は、再雇用ではなく、労働契約の延長で、1回目の定年延長を拒否されたのは告発人が初めてである。
大学院教授の定年延長制度は、差別であり、差別制度を維持するために、全く働いていない元教職員へ5年間も月額20万円前後の「補給金」が渡されていることは、違法であり、税務署において調査し、必要な措置をとっていただきたい。

第4 疎明資料
1 同志社大学が65歳で退職した25年以上勤続の者に送っている文書
2 1の裏面にある<参考>
3 1に付けられた振込依頼書
4 同志社大学教職員組合連合発行の2017年「組合員手帳」 
5 庄司俊作名誉教授が同志社大学広報に書いた贈る言葉(p46)
以上
上京税務署へ告発状 特別補給金 p1  18年9月14日

同志社教職員組合連合 組合員手帳 2017 表紙と最初の頁

同志社組合員手帳 2017 p14

特別補給金について(お知らせとお願い) 18年3月31日

裏面記載の規定 18年3月31日

銀行口座振込依頼書

同大広報表紙

庄司俊作人文科学研究所「贈る言葉」 p46

2018年10月29日
ブログ記事「入学してはいけない同志社大学メディア学科」への質問と回答

コメントその1
初めまして。私は同志社系列の高校に通っているものです。慶応大学の経済を受験するか、そのまま同志社大学へ推薦で上がるか迷っています。親は、わざわざ同志社を蹴る必要は無いというのですが、経済も似たような内情なのでしょうか?

浅野健一からの回答:
 私は1972年に慶應義塾大学経済学を卒業しました。本ゼミの指導教授は白井厚名誉教授(社会思想史)です。経済学を学ぶなら慶應経済はベストだと思います。私の場合、早稲田大学政経学部政治学科、上智大学外国語学部ドイツ学科にも合格しましたが、迷わず慶應経済を選びました。当時から、国際ジャーナリストを目指しており、慶應で経済学を学ぼうと思いました。歴史のある総合大学ですから、他学部の講義もとれます。新聞研究所(現在のメディア・コミュニケーション研究所)で2年間学ぶこともできました。

私の時代は、学生運動が激しく学問を究める雰囲気ではなかったのですが、日吉と三田のキャンパスで、友人たちと一緒に、古典を読み、社会科学を学んだことが今に生きています。教員は右から左まで多様でした。三田の旧図書館で勉強できたのはいい思い出です。

 中学、高校から同志社に行かせたご両親の気持ちも分かりますが、同志社大学経済学部と慶應義塾大学経済学には大きな差があると思います。同大経済学部の教授の中には優秀な教員もいますが、論文をほとんど書いていない教員も70歳まで教授をしています。そのデータは、私が書証で裁判所に出しています。ほとんど学問をしない教授を咎める仕組みがないのです。

 私が在籍したころの慶應経済は、教員のほぼ全員が慶應出身者でした。私が卒業した後、慶應経済出身でハーバード大学で博士号を取った若手教授が東京大学経済学部に引き抜かれ、慶應も教員をすべて公募にして、世界中から優秀な教員を採用するようになりました。学歴より、担当科目を任せるに最適な教育研究者を採用するようになったのです。

いま、経済学が必要な時代だと思います。ぜひ、チャレンジしてください。

 系列校から慶應大学への推薦入学制度がありませんか。私のAFS米留学の同期生は同志社高校から慶應経済へ来ました。日銀で活躍しました。

 同志社系列の高校では、他大学を受験する場合、同大への推薦枠には入れないのでしょうか。10年前に同志社香里高校の生徒が、社会学部の学科に推薦で合格が決まっていたのに、宝塚音楽学校に合格したため推薦入学を辞退して大騒ぎになったことがあります。当該学科はペナルティとして2年間、推薦枠をゼロにしたことがあります。教授会でその生徒を非難する発言がいっぱい出たので、私は「生徒が選んだ道なのだから、将来スターになるよう応援してあげるべきだ」と発言したら猛反発を受けました。「推薦をもらっておきながら、蹴るのはけしからん」という声が圧倒的でした。いまだに、「ルールを守れ」という教授たちの意見は納得できません。

 某学科は人気がなく、系列校からの入学枠の5人が埋まらず、ついに系列校からの推薦枠を大幅に減らせ、指定校推薦に切り替えました。面接で、「行くとこがないから、この学科にされた。この学問分野に関心がない」と言い放つ生徒が何人もいたので、学科の教員が激怒したのです。

 別の学科では、系列校から推薦を得ていた生徒を面接で不合格にしたため、その高校とけんかになりました。「絶対に落とせない」のが系列校からの推薦入学試験です。この教員は「落とせない」ことを知らなかったのです。どんなにひどいと思っても不合格にできない入試こそ「ルール違反」でしょう。

 浅野ゼミは系列高校で有名でした。系列高校から来た学生は、浅野ゼミで活躍し、メディアへも就職した学生が多くいます。私の模擬授業、公開ゼミには多くの生徒さんが来てくれました。解雇された2013年度も7月の系列高校向けの説明会で模擬授業をしました。その時、国際高校の生徒から「浅野先生のように正義を主張していると、怖いこと、反発はありませんか」と聞かれました。彼女の予測は当たって、13年11月の教授会で解雇が決まりました。

この質問をして下さった方、ぜひチャレンジしてください。


コメントその2
メディア科じゃないけど同志社文系の教員、職員、学生の不真面目さにはうんざりする。こんなだから寄付金ランキングで40何位とかなんだよ(立命館は7位)。

浅野健一からの回答:
 大学は、ICU、上智大学のようにマンモス化しないで、運営するのがいいと思います。同大は京田辺キャンパスを、機動隊を導入してまで強行し、新しい学部をいっぱい作ったのが間違いです。教員の質が落ちるのは当然です。学部に所属していない語学、保健体育などの教員を集めて、学部をつくり、入学金・授業料を徴収する方法です。長い名前の学部があるのが、それです。

 近畿地方では、同志社の名前が今も有効です。特に男子学生は、よほどひどくない限り、大学の名前で採用されます。入学したことで、大学の学問は終わっているのです。他の大学も似たようなものですが、同大は年々劣化しています。

 文科省が2014年、スーパー・グローバル大学を選びましたが、同大は落選。立命館大学、立命館アジア太平洋大学は入っています。立命館大学は「同志社に追いつけ追い越せ」と頑張っています。教員採用もフェアです。同志社大学で修士をとりながら関東の大学院博士課程に進み博士号を取った人が立命館大学教授になっています。「立命館とは何のかかわりもないのに」と本人が驚いています。彼は同大の公募でも応募しており、私は推薦したのですが、だめでした。情実人事で決まっていたからです。

 同大では、その学部・学科でも半数以上は同大出身者にして、京大など特定の大学出身者を半数以上にはしないという決まりがあると聞いたことがあります。 こういう大学は壊れていきます。学生たちが声を上げてほしいと思います。25年以上務めた教職員に65歳定年の後、5年間、毎月20万円前後の特別補給金が支払われています。学生のみなさんの授業料と国民の税金からこの闇年金、不労所得が出ています。学生、保護者の一人が法的措置を取ったら終わりです。大学と癒着している報道機関は、税法にも違反する不正を報道しません。学生、保護者が問題にしてください。

 世界中の主要な大学で、学生自治会がないのも同大だけです。学生自治会を再建するのも大事です。そこから同大の改革が始まると期待します。

2018年10月27日
「入学してはいけない同志社大メディア学科」

 大学、大学院の受験生が志望校、志望学部・学科を絞る時期ですが、全国、世界各地の受験生に、同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻と社会学部メディア学科は「入ってはいけない専攻・学科」だと断言したいと思います。

 「浅野先生がいなくなってから、ジャーナリズムをきちんと教える専任の教員がいなくなった」。今年3月にメディア学科を卒業して、大手報道機関の記者になった元学生は私に嘆いていた。私もそう思う。大学でメディア学、ジャーナリズム学を学びたい人は、私を追放した教授4人が中心になっている同大メディア学科は行かない方がいいと思う。また、同志社大学全体も、昔のブランドだけで存在している傾向が強く、20年間教授を務めた私としては、推薦できません。

 本ブログで、その理由をシリーズで書いていこうと思います。「週刊金曜日」を発行している株式会社金曜日が昔、『買ってはいけない』という本を出版し、300万部を超えるベストセラーになりました。山中登志子さんという秀逸の編集者が雑誌の連載をもとに単行本にした書籍でした。そのタイトルにちなんで、『入学してはいけない同志社大メディア学科』というタイトルで書きます。

 私は今から約5年前の2013年11月13日、同志社大学大学院社会学研究科委員会(教授会、35人)で無記名投票によって「定年延長拒否」の議決をされ、翌14年3月末に「65歳定年退職」という巧妙な形で不当解雇されました。この教授会では、「御用組合」「御用記者」という用語を学生向けのシラバスに使ったとか、私が職場にいることのストレスで「突発性難聴、帯状疱疹に罹った同僚教員がいる」という「審議資料」(作成者不明)が配布されました。本ブログで明らかにしているように、この闇討ち、魔女狩り、クーデターのような不当解雇は、渡辺武達教授(15年3月に70歳定年退職、名誉教授)グループと村田晃嗣学長・尾嶋史章副学長(いずれも当時)が小國隆輔弁護士(同大法科大学院嘱託講師、民法担当)と共謀して、13年8月頃から周到に準備して強行されました。

 私は13年12月末に地位保全の仮処分申立(14年5月却下)を起こし、14年2月5日に地位確認請求訴訟を提起しました。いま、最高裁で闘っています。

 同志社大学はかつて学校法人同志社の総長と理事長が十数年、不良債権の購入などをめぐってお互いに訴訟を起こして、裁判をしていました。性善説で成り立っている民主的な大学ですから、一部の悪徳教授が権力を握ると「大学の自治」の名で縁故主義の採用人事、不正会計などやりたい放題になります。

 大学院のある研究科の大学院教授だけに認められている「70歳までの定年延長制度」は、65歳で退職になる教職員にとっては差別です。全国の大学の中で同大にしかないこの「大学院教授70歳定年制度」を維持するために、65歳でやめた永年勤続の教職員に5年間、月額約20万円の「特別補給金」と称する闇年金を払っています。烏丸キャンパスの敷地の中に京都府警の交番があります。「学友会」という伝統ある学生自治会が2003年に「解散大会」を開き、それ以降、学生自治会がありません。リーマンショック後もスライド制で授業料を上げし、比較的安かった授業料は、早慶などと同じ高いレベルに達しています。

 安倍晋三首相や公明党の御用学者、村田晃嗣氏が2013年から16年まで学長を務めました。神学部の牧師兼任の教授たちが村田執行部体制支えました。神学部は佐藤優氏を客員教授にしています。

 16年1~2月、大学で出る書類などのゴミを4年間にわたって無認可の業者に処分させていたことが発覚し、学校法人同志社法人事務部長ら同大関係者9人が逮捕され、京都簡裁から学校法人同志社と同大施設部長が計250万円の罰金刑を受けています。京都市から何度も警告を受けていたのに違法行為をやめなかったのです。当時の理事長は水谷誠理事長でしたが、法人が有罪になった後も1年2カ月、理事長職に留まり、今、神学研究科教授として定年延長中です。誰も処分されていません。文科省がこれに怒り、16年度の国庫補助の9億円をカットするペナルティを科しています。

 浅野教授の文春裁判を支援する会HPを見れば、渡辺教授グループがハラスメントを捏造したことも分かります。
http://www.support-asano.net/index.html 

 同大メディア学科の現在の専任教員のほとんどは、渡辺グループの情実人事、偽装公募などアンフェアな方法で採用され、「同大新聞学専攻出身」だけという理由で採用された教員もいます。私が卒業した慶應義塾大学は1970年代に、塾出身者の優遇を全廃し、公正な公募で教員を採用しています。

 今年4月には、博士号のない30歳過ぎの女性が専任教員の助教となり、2年生ゼミを担当しています。あり得ないことです。「ゼミはサークルやバイトで疲れたみなさんの癒しの場」(小黒純教授)「ゼミでメディア学の本は読まない。ゼミに出席すれば単位をあげる」(河﨑吉紀教授)という教授や、「来週のゼミは風邪で休みます」と言って、ゼミのあった日に東京で開かれた大和ハウス主催の講演会で講演した佐伯順子教授がいます。竹内長武教授のゼミは、前期、後期に一回ずつ回ってくる「発表」さえすれば単位がもらえます。就職活動のことでチャットして、ビデオを見て感想を語り合ってゼミは終わりという教員が少なくありません。卒論は字数などがOKなら、提出すれば合格という教員がいます。2013年春期の授業中に、教壇から硬式テニスボール、フリスビーを受講生に投擲し、けがをさせたのは小黒教授です。学生たちが社会学部のクレームコミッティへ告発しましたが、冨田安信学部長らによって却下されました。

 入学試験では文系で最難関なのがメディア学科。マスメディアへの就職は入学後半年で半分はあきらめるのがメディア学科。私は、「浅野ゼミだけは、国際標準の大学教育を」と厳格な指導をして20年間頑張ってきました。私を追放した教員4人が、学科をダメにしています。

 「入ってはならない同大メディア学科」の連載を始めます。

 同志社の学内高校が4校あります。4校の高校生のみなさん、メディア学科はやめたほうが賢明です。保護者の方もよく調べてください。もっと詳しく知りたい人は、浅野まで問い合わせください。
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陳 述 書
平成30年 9月 5日
最高裁判所 御中
         住所    
         氏名   浅野 健一
目次
Ⅰ はじめに 4
Ⅱ 判決の評価の前提について 5
1 京都市の警告を無視して違法にゴミ処理した同志社 5
2 大学院教授の定年延長制度を維持するための闇年金 6
3 同志社大学の定年延長制度の矛盾 7
4 闇討ち解雇の道具にされた定年延長制度 8
5 大学に自浄能力がなく裁判所に訴えるしかなかった 8
6 大学経営者側に立つ弁護士が指南した「手続き」 9
7 私をウイルス扱いした配付文書を真実と認定 10
8 定年延長を機に解雇したと現職理事が公言 11
9 理事会が定年延長の可否を審議・決定すべき 12
Ⅲ 前提事実にかかわる重大な事実誤認 13
1 院教授定年延長は1951年の就業規則で開始 13
2 研究科長らは「人事案件に対象者は加わらない」ルールに違反 14
3 私は採用と同時に大学院教授に就任している 15
4 小黒教授は専攻会議で議長にはなれない 16
5 渡辺教授の定年延長への異議は議題にならず審議もなかった 18
Ⅳ 「当裁判所の判断」の誤り 18
1 研究科申し合わせに審議の手順の記載はない 18
2 渡辺教授定年延長への異議は審議拒否 19
3 専攻と研究科で審議・決定がなされている誤認 20
4 時間割送付で労働契約、定年不延長が本人の意向との証明なしとする暴論 21
5 私が担当科目に触れなかったと問題にしたという誤解 24
6 4人の結論を専攻決定とした説明は虚偽 24
7 新任教員採用の可決要件を適用するのは不当 26
8 怪文書の本件配付文書を真実と断定した高裁 27
9 徒弟制ではないが教授は取り換え可能ではない 28
10 私を問題教授のように認定したのは深刻な事実誤認 30
11 70歳まで働けるという期待権をなぜ否定するのか 30
Ⅴ 高裁判決後の新たな動きについて 31
1 和解勧試で同志社側が認めた私のナジさんの博論関与はどうなるのか 31
2 4年半休講の浅野科目の開講を求め学生らが学長へ要望書 34
3 委員会記録は無印私文書偽造(被疑者不詳)と地検に告発 35
4 現理事長が定年延長中の経済学研究科の定年延長の実態 37
5 地位裁判の棄却判決で続発する定年延長拒否事件 39
6 不可侵の地位としての大学教授 40
Ⅵ おわりに 42

 添付資料一覧  45

頭書事件について、上告人としての最終の意見を陳述します。本陳述書で述べる人たちの役職はすべて当時のものです。

Ⅰ はじめに
本件裁判の2018年6月14日の大阪高等裁判所第5民事部(藤下健裁判長、右陪席・黒野功久裁判官、左陪席・桑原直子裁判官)の判決言い渡しは、提訴から4年4カ月(控訴審では1年3カ月)をかけての審理の結果としては、わが耳を疑う信じられない不当判決でした。
藤下裁判長ら3人の高裁判事は二審の審理の前半では、一審の堀内照美裁判長の判決を「争点整理もせずに双方が言いたいだけ言った審理に終わっている」などと厳しく批判し、数回にわたって双方に文書で課題を課して、回答を求めるなど意欲的な訴訟指揮でした。また、高齢者の労働を支える社会の動きを反映して、65歳を超える労働者の権利について判決を書く意欲も見せていました。
結審と同時に、双方に和解を勧試し、黒野主任裁判官を和解交渉担当の裁判官に指名し、黒野裁判官は的確な方針を示し、熱心に和解の道を探りました。和解交渉の過程で、同志社側は、2014年6月に「14年3月末に遡っての退学」と決定された大学院メディア学専攻博士後期課程のインドネシア政府留学生、ナジ・イムティハニさん(インドネシア国立ガジャマダ大学文学部日本学科助教)の博論審査で私を副査としたいという意向を示しました。しかし、同志社側が私の教員としての復職は認めないという姿勢を崩さず、和解は不成立となり、予定どおり判決が言い渡されることになったのです。
私の請求が認められない場合、ナジさんは路頭に迷うことは必至であり、黒野裁判官らが請求を棄却することは想定できませんでした。
しかし、藤下裁判長らは1年3カ月もの時間を使って審理した上で、一審の堀内裁判長判決よりも、悪質な判決を言い渡したと思っています。同志社側が主張しなかったことまで、空想の世界で認定した判決でした。
高裁判決が言い渡された2018年6月14日の約1カ月半後、私は70歳を迎え、地位確認裁判で勝利しても、2019年3月31日までしか働けないところまで、追い詰められました。
同志社大学における大学院の定年は70歳というのは、大学の教職員、学生の共通認識です。ところが、高裁判決では、大学院教授の65歳定年が原則であり、大学院教授の定年延長が自動的に決まってきたという慣行はないと決めつけました。70歳までの定年延長制度のある日本大学の二学部で、定年延長を拒否された教授たちが起こした裁判では、裁判所が70歳までの定年延長が慣行として成立していると認定し、期待権も認める判決が出ています。
同志社大学は西日本の私学のトップで、文科省が認可した権威ある大学です。ある種の権力と言えるでしょう。裁判所が同志社大学による教授ポスト剥奪と退職の強要を不当と認定するには勇気がいったようです。私の弁護団は、同志社大学において、1951年から2013年まで、大学院教授は特段の事由がない限り、全員が定年延長を認められてきたこと、65歳の大学院教授には次年度も教授を続ける期待権があることを完全に証明していましたが、藤下裁判長らは同志社側を勝たせることを先に決めて、同志社側の弁護士と冨田安信研究科長、小黒純教授らのウソと詭弁を信用し、当方の主張をことごとく否定しています。判決文自体が、私への嫌がらせであり、ヘイト文書と言ってもいいと思います。
 最高裁において、一審からの全証拠を調べ直し、高裁判決の見直しをしてほしいと願っています。

Ⅱ 判決の評価の前提について
1 京都市の警告を無視して違法にゴミ処理した同志社
 今年に入って、日本大学アメリカンフットボール部の危険タックル、東京医科大学の文科省幹部の子息の不正入学・入学試験の女性差別など大学をめぐる不正が社会的関心を集めています。女子レスリング、ボクシング、体操などスポーツ界でも、権力を持ったボスによる不正が明らかになっています。
 私は22年間の通信社記者勤務の後、大学院教授を20年間務めた同志社大学も例外ではありません。同志社大学においても、一部幹部、学内政治で徒党を組んで権力を握る教授(牧師を含む)たちが、大学の主人公である学生の利益を無視した大学運営を行っています。本件大学は「自治・自立・品格」「良心教育」を掲げる一方で、学生自治会を解散させ、バイク通学を禁止、経済不況下での授業料のスライド制による値上げ、奨学金カットなどを強行し、2013年には学内敷地に交番を設置しています。
被上告人の学校法人同志社は、大学を運営する学校法人として、戦後初めて刑事罰を受けています。同志社は2016年3月15日、京都簡裁から産業廃棄物法違反(一般廃棄物無許可収集運搬)で罰金100万円の略式命令を受け、山下利彦・元同志社大学施設部長も個人として罰金50万円の略式命令を受けました。同志社と山下部長は同志社の出資会社などが京都市の許可を得ずに大学施設などのごみを収集運搬したとされる事件で京都区検から略式起訴されていました。この事件では2016年1月と2月に、学校法人同志社の法人事務部長で、子会社の施設管理会社「同志社エンタープライズ」(以下、エンター社)の北幸史社長ら9人の同志社関係者が逮捕されています。命令によると、山下部長は2015年11月27日、市の許可を受けず、同大今出川キャンパスなど8カ所から排出された紙くずなど約900キロを収集し、伏見区の市南部クリーンセンターへ運搬した、としています。
驚くべきことですが、京都市は2012年10月以降、同志社に無許可収集を改善するよう計7回、指導していましたが、同志社は違法行為を繰り返していたのです。私が解雇された時の学校法人同志社の法人事務部長が北幸史氏で、理事長は水谷誠氏でした。私を解雇した法人の幹部の体質がここで明らかだと思います。
同志社が運営する同志社大学と同志社女子大学は、文科省の外郭団体である日本私立学校振興・共済事業団から年間約30億円の私学助成金を受け取っていますが、同事業団は産廃事件で「管理運営が不適正」として2016年度の補助金を25%減額するペナルティを科しました。この25%カットで、両大学で約9億円の減収となりました。学生にとって大きなダメージですが、産廃事件で、学内で処分を受けた人は一人もいません。

2 大学院教授の定年延長制度を維持するための闇年金
当時の水谷誠理事長(大学院神学研究科教授、牧師)は処分もされず、2017年4月下旬まで理事長職に留まり、同年から定年延長されています。
同志社大学には、「大学院教授70歳定年」制度を維持するために設けられた「永年勤続者(25年以上勤続)への退職後の特別補給金」制度があります。特別補給金として「退職時本俸×0.6-諸年金受給額」という計算方式で決められます。65歳で退職した後、一秒も働かないのに5年間、毎月約20万円が送金されます。
私は最近、65歳で退職になったある教員から、この特別補給金の受給申込文書を入手しました。特別補給金のことは同志社大学教職員組合の組合員手帳にも詳しく載っています。【資料1】
この特別補給金は1986年に導入された、大学教職員組合も共犯になった闇手当て、不労所得です。大学院教授だけに特権として、「70歳定年」制度が認められているため、65歳で定年となる非大学院教授の教職員を黙らせるためのバラマキで、大学の一般予算(授業料と血税)から違法不当なお金が出ています。国税庁の担当者は、法人の経理上の問題があると言っています。学生、保護者が税務署に通報すれば、事件になる可能性があります。
大学院教授の定年延長(66歳から70歳まで)の年間平均賃金は1700万円前後。院教授対象の「定年延長」しない教職員には、闇年金を毎月約20万円・年間240万円弱を支給しているのです。66歳から70歳の労働者が多く、同志社大学の財政を悪化させています。
私は20年間の勤務でしたから、闇年金は出ません。そんなものはほしくもありませんが、65歳から70歳までの大学院教授としての仕事を失ったのは悔しいことでした。

3 同志社大学の定年延長制度の矛盾
このように、大学は一般社会にはない非正常な点が少なくないと思います。近代社会においては、学問の自由、大学の自治が尊重されており、大学における順法精神、自治自律がおろそかになると無法地帯と化すこともあり得ます。外部からの批判を受ける機会が少なく、「象牙の塔」と言われる独善的な体質が今も残り、自浄能力に欠ける場合、それを質すのも容易ではありません。
 被上告人の学校法人同志社が運営する同志社大学は慶應義塾大学に次いで日本で二番目に古い私立大学であり、日本最大のキリスト教系の学園です。日本人で初めて海外で学位を取得した新島襄が創立した大学でもあります。大学間の生き残り競争が激しい中、同志社大学は今も西日本のトップ私大として評価されていると思います。
 しかし、同志社大学で1951年から導入されている「大学院教授の70歳までの定年延長」の制度は、日本の他大学にはない非常に差別的な制度だと思います。歴史のある大規模の私大では、70歳まで教授を務めることができますが、同志社大学以外では、65歳でいったん退職し、退職金を受給され、年金を受給されながら、再雇用で賃金が半額以下になるのが普通です。同志社大学では、大学院教授に限っては、65歳で退職せず、1年ずつ定年延長し、70歳まで65歳までの賃金が維持されます。66歳から70歳までの5年間で個人研究費などを含めて1億円が支払われます。同志社大学における大学院教授の定年延長は、新たな雇用契約の締結ではなく、定年の延長なのです。採用人件と同じ枠組みで手続きがは行われません。65歳になった大学院教授は退職せず、退職金をもらわず、そのまま雇用が継続され、賃金などの労働条件もそのまま維持されます。立命館大学の教授らは「我々には考えられない夢のような制度」と言っています。大学院教授ではない教員と職員は65歳が定年です。
 一方、同じ被上告人が運営する同志社女子大学では、1999年に大学院教授の定年延長制度を完全に廃止し、「65歳で退職し、特別任用教授として再雇用」する特任教授制度に変更しています。これは賢明な決定だと思います。

4 闇討ち解雇の道具にされた定年延長制度
 このいびつな定年延長制度は、大学院で博士論文を指導できる博士後期課程教員を確保するために導入されましたが、修士論文を指導する博士前期課程教員にも適用されています。大学院教授の定年延長は1年ごとに決定されることになっていますが、2014年まで、決定の手続きに関する規定はほとんどなく、定年延長を希望する大学院教授は特段の事由がない限り、全員が自動的に延長されてきました。2012年秋に、初めて大学院ビジネス研究科の山口薫教授(金融論)が2回目の定年延長を拒否され、地位確認裁判が起こされました。ビジネス研究科の浜矩子研究科長が山口教授の二度目の定年延長を提案せず、66歳で退職に追い込まれたのです。
私は2013年7月に65歳となり、2014年度から定年延長に入る予定でしたが、2013年10月30日と11月13日に開かれた同志社大学大学院社会学研究科の2回の研究科委員会(以下、高裁判決にならい、第10回委員会と第11回委員会)で、定年延長を拒否する議決が強行され、本来、2019年3月31日まで続けるはずだった教授の職を奪われました。第9回委員会のあった2013年10月16日に、2014年度の大学院と学部の担当科目が決定し、私の下で学位を取得したいという学生が多数入学する予定の中で、闇討ち的に定年延長を拒否され、2014年4月から、特別任用教授・客員教授・嘱託講師などでの任用も拒まれ同志社大学から永久追放のように扱われています。15年以上勤務した教授に与えられる名誉教授の称号も、何の審議もなく付与されていません。
 私が解雇された2014年3月、大学院メディア学専攻博士後期課程に、インドネシア人留学生のナジ・イムティハニさんと矢内真理子さんの二人がいました。ナジさんは同課程3年生、矢内さんは2年生でした。博士前期課程には荻野友美さん、中国(台湾を含む)の留学生4人の計5人がいました。また、前期課程に入学予定の学生が数人(ロシアからの日本政府国費留学生を含む)、社会学部メディア学科の1~3年生で次年度浅野ゼミの履修を希望している学生が30数名いました。特に本ゼミと呼ばれる3・4年ゼミは2年間連続履修が義務付けられ、卒論指導も私が担当するので、2013年度3年生・浅野ゼミの13人は、私が追放されたために全く分野の違う他の教員のゼミに分散収容されるという事態になりました。
 ナジさんは2014年6月、「同年3月末に遡って退学とする」という決定が研究科委員会でなされ、その後は、誰もナジさんを指導していません。

5 大学に自浄能力がなく裁判所に訴えるしかなかった
 私は、定年年長が同僚教授4人(竹内長武・佐伯順子・池田謙一後期課程教授、小黒純前期課程教授)によって妨害されることが分かった2013年10月29日から、教職員組合に支援を求めるなどして、指導継続が必要な学生のためにも、定年延長は無理としても、教壇に残る方策はないかを懸命に模索しましたが、定年延長が審議される理事会(2014年2月21日)の2カ月前の2013年12月中旬、私は2014年3月31日に完全追放されることが決定的になりました。
私が教授としての地位を維持するためには、裁判所に助けを借りるしかないと考え、弁護士らと相談して、2013年12月27日に地位保全の仮処分申立、2014年2月3日に地位確認訴訟を提起しました。京都地裁、大阪高裁は共に、私の請求を却下しましたが、このまま二審判決が確定することは、正義に反し、同志社大学の教員、学生の今後に悪い影響を与えることになります。ひいては、同志社大学のみならず日本の高等教育研究機関全体にもマイナスになると考え、最高裁判所の裁判官の皆さんに、大学教授の地位がこんなに簡単に、適正手続に反して、強奪されていいのか、客観的証拠と法に基づいて判断していただきたいと切に願っています。

6 大学経営者側に立つ弁護士が指南した「手続き」
 大学の中のことは、裁判官のみなさんだけでなく、一般的に非常に分かりにくいと思います。本件裁判において、残念ながら、地裁、高裁の裁判官たちは、私を解雇に追い込んだ冨田安信社会学研究科長、小黒教授、小國隆輔弁護士(同志社代理人・同志社大学法科大学院嘱託講師、俵法律事務所から2018年1月独立)らの膨大な量のウソと虚偽情報、立証責任の放棄を見抜けず、彼らの主張を真実と誤信し、誤った認定を重ねています。その一方で、原告、控訴人側が提出した客観的証拠のほとんどを無視し、私が問題のある教授であるかのような認定までしています。私に偏見を持ち、最初から、学校法人同志社側を勝たせるという結論があっての判決としか考えようがありません。
 高裁判決は、同志社大学において1951年から定年延長の可否の決定が、専攻と研究科委員会で「審議、決定」されてきたと誤信し、私の定年延長人事案件では、本件を2回目に審議した第11回委員会で投票によって否決されたことで、適切な審議があったと判断されています。しかしながら、実際は定年延長の可否の実質的な審議など行われておりません。毎年、研究科委員会での定年延長の決定は、議長を務める研究科長が定年延長対象者の役職、氏名、次年度担当科目だけを書いた審議資料(A4判・1枚)を配布して、「3秒ルール」(議長の提案後、3秒待って、「承認されました」と可決)で一括承認していました。採用人件の際に配布される対象者が事前に提出した履歴書・業績書のコピー配布と主要業績3点以上の回覧もありません。
地裁、高裁の判決では、「不都合な事実」を無視して誤った判断を下しています。「不都合な事実」とは、私の事案以前には、定年延長対象者が研究科委員会において定年延長を否決された前例は皆無であることです。これは、地裁の審理で被上告人が「研究科委員会で否決したのは、2015年度の文化情報学研究科の1件」のみであると言明している(一審における平成28年2月1日付準備書面(5)3頁)ことで明らかです。
 2014年3月の私のケースまで、研究科委員会で定年延長を希望する教授の定年延長を否決したことがないということは、本人が希望すれば全員定年延長が認められてきたということです。大学院教授の70歳定年は慣行としてあったのです。そして、対象者が全員1年ごと5回も定年延長されたということは、各研究科委員会において自動的に定年延長が行われてきた実態を示すものにほかなりません。これを、定年延長の可否が個々に「審議、決定」されてきたとするのは単なるこじつけです。
高裁は「不都合な事実」が明らかになっているのに、それを隠し、故意に無視して立論しています。

7 私をウイルス扱いした配付文書を真実と認定
高裁が、小黒教授らが研究科委員会で配布した本件配布資料(私から見ると、作成日・作成者の記述もない怪文書)を私の人事案件の唯一の審議資料として正当化し、小黒教授らが展開した「不良教授」論を肯定したのは信じられないことでした。配布資料には、私が職場にいることのストレスで、突発性難聴、帯状疱疹を罹患した教員がいるという記述があります。私はこの字句を読んだ時に衝撃を受け、たまたまその時に、ゼミのゲスト講義で研究室に来ていた野田正彰関西学院大学教授(精神医学、ノンフィクション作家)が「この文書は、浅野さんのことをウイルスだと言っている。大学の人間がこんな非科学的なことを書いてはならない。絶対に許してはいけない。裁判で闘うべきだ」と強く言われ、本件裁判を起こす契機の一つとなっています。
人事案件の審議資料は、対象者本人が大学の指定した様式に従って書く履歴書・業績書のコピーと論文などの現物の回覧です。私に隠れて4人で作成し、私の悪口を書き並べたヘイト文書を配布することは許されないことです。この文書を普通に読めば、大学人が書く文章とは思えない、品性下劣な内容です。
ところが、高裁判決はこの文書の「事実の重要な部分が真実であると認められる」とまで言い切っています。高裁は、私が専攻にいることで、同僚教員が帯状疱疹などに罹ったという記述を「真実」としたのです。全く理解に苦しむ、判決自体が名誉毀損だと思います。

8 定年延長を機に解雇したと現職理事が公言
私の定年不延長は、私に「敵意に近い感情を抱く」(週刊文春確定判決)渡辺武達教授(私の専攻の同僚で、第10回委員会で5回目の定年延長が3秒ルールで決定)が「2004年に設立」(同)した渡辺グループに属する小黒教授らが2013年春から周到に謀議を重ねて、クーデター的に遂行した私の追放策動だったのです。単に私の研究教育のやり方、生き方が嫌いという理由で定年延長を妨害したのです。4人の謀議、研究科委員会の審議・決定は、集団的な人権侵害、名誉毀損であり、「集団的ハラスメント」「嫌がらせ」いじめだったのです。
私の教壇復帰を支援してくれている大学院学生の指導教授で、現在理事会のメンバーあるA教授は「浅野先生は専攻・学科、研究科でとにかく嫌われていた。普通の時は簡単に解雇できないので、承認の手続きが曖昧な定年延長の機に専攻の同僚たちが排除した」と学生に説明したということです。A教授は松岡敬学長に信頼されているようです。私を嫌う人は、渡辺グループ以外にはおらず、専攻・研究科の多数の人たちに嫌われているとは思いませんが、教授会などで自分の意見を表明する私をうっとうしく思う教員はいたと思います。A教授の説明の「同僚」を「渡辺グループに属する同僚」とすれば、正しいと思います。
私には仕事上の何の懈怠もなく、何かの問題で懲戒委員会にかかったこともありません。専攻の同僚9人、研究科の35人の中で、私が特に目立って「不良」ということはないと思います。むしろ、同志社大学の中で、学生を大切にして教育研究に貢献し、学外でも学会、社会で一定の評価を受けているジャーナリズム研究者だという誇りを持っています。
私の定年延長を審議した二つの研究科委員会の間の、2013年11月5日、矢内真理子さんが研究室棟のパソコンで、たまたま目にした小黒教授から佐伯教授への電子メール(甲131の添付資料の下部のメール)に「この3連休の間にも、弁護士さんに忙しく動いてもらって・・・」と書いています。この弁護士は本件被上告人代理人の小國隆輔弁護士であることは確実です。
私が解雇される1年前の2013年3月末、専門職大学院であるビジネス研究科の山口薫教授が2回目の定年延長を拒否され、京都地裁で地位確認裁判を提起しました。私の定年延長拒否の動きが表面化した同年10月末は、地裁審理が大詰めの時期でした。山口教授事件の被告・学校法人同志社の代理人は小國弁護士でした。定年延長問題が裁判になったのは同大の歴史で初めてのことでした。小國氏は中学校から同志社で学び、同大法科大学院を修了しています。現在は法科大学院で嘱託講師(非常勤)を務め、民法を教えています。小國氏は当時、大阪の俵法律事務所所属で、俵事務所の所長は元文部省官僚で大学絡みの労働事件で常に大学側の代理人を務める俵正市弁護士です。
2004年から私の追放・排除を画策していた渡辺グループと冨田研究科長らは村田晃嗣学長と学長の側近である尾嶋史章副学長(社会学研究科社会学専攻教授、冨田氏の前任の研究科長)を巻き込み、私の解雇を強行するに際し、山口教授裁判で定年延長問題に詳しい小国弁護士と綿密に協議し、助言を受けていたことが明らかになっています。被控訴人と村田学長を相手取った損害賠償請求裁判で、同志社側が2018年6月14日に提出した証拠説明書【資料2】で、村田学長と冨田・尾嶋両氏の三者会談が第10回委員会の翌日)に行われていることが判明しています。この場に、小國弁護士が同席していた可能性もあります。
「専攻で拒否されたのに、研究科委員会で研究科長が提案して、投票で否決する」という前代未聞の独断的な手続きを踏んだのは、すべて大学雇用者側の法律専門家である小國弁護士の指南によるものなのです。
本件通知文書、本件配付文書、冨田研究科長の可決要件の独断決定なども、すべて小國弁護士らの指示、指南によるものです。ここに大学の自治、学問の自由は存在しません。

9 理事会が定年延長の可否を審議・決定すべき
最高裁裁判官のみなさんには、同志社大学の一部教員が「大学の自治」を隠れ蓑にして、自分たちの気に入らない教員を排除する手段として、定年延長の「審議・決定」を悪用したことを見抜いていただきたいと願います。大学経営者を擁護し、大学で働く労働者の権利を擁護しない御用弁護士が介在する人事案件審議などはあってはならないからです。
もし、裁判官の世界に、裁判官の定年は65歳で、「最高裁が必要とする高裁以上の裁判官だけは「70歳定年」(1年ごとに更新)という制度があったとして、裁判官が配属された裁判所の裁判官(自分より年下)の毎年の投票で、定年延長の可否が決定するというような制度があればどうでしょうか。
教育研究の仲間(同志)は私の労働契約について実質的な決定権を持つことは絶対に許されません。私は学校法人同志社に採用されました。ところが、私の定年不延長=解雇は、学校法人同志社(理事会)で一秒も審議されていません。学校法人同志社の就業規則では、法人が必要とする大学院教授の定年延長を認めているのであり、同僚たちが研究科委員会で「必要ない」と意見表明したことをもって、定年不延長を決定することがあってはなりません。教員を採用する時のルールで、20年間も大学院教授を務めてきた教授の定年延長の可否を決めても問題はないという高裁の判断は、いじめ、嫌がらせによる同僚4人と35人の会議の「決定」で解雇することを正当化する全く違法、不当な判示です。
定年延長の可否を、研究科委員会の無記名投票で、可決要件を「3分の2以上の賛成」として議決したのは1951年に導入された大学院教授の定年延長制度下で初めてのことでした。投票による採決、可決要件の手続きは、冨田研究科長が独断で決め、私はその場にいませんでした。これは、山口数宏学事課長(定年延長を所管)が「議決方法の決定には、浅野先生の参加が不可欠」(甲145)という見解に違犯しています。また、私は冨田研究科長に2回目の委員会の前日に要請した文書でも、決定方法は私も参加する委員会で決めてほしいと要望していました。私の定年延長に関する審議・議決は適正手続に著しく違反しています。
新人教員を採用するには精緻な検討が必要です。しかし、65歳で退職する教員を嘱託講師、客員教授などに任用する人事案件は、氏名、役職、担当科目を示した資料だけで審議・決定されます。他大学の専任教員(退職後3年以内を含む)を嘱託講師などで任用する場合も、履歴書・業績書の配付だけで非常に簡易な方法で決定されます。既に、教育研究者としての実績があり、審査はほとんど必要がないからです。
以上、総論的に述べてきましたが、これからは、高裁判決の事実誤認を逐次的に指摘し、高裁判決の見直しが必要だと考える理由を述べさせていただきたいと思います。

Ⅲ 前提事実にかかわる重大な事実誤認
大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長、右陪席・黒野功久裁判官、左陪席・桑原直子裁判官)の判決には、いくつかの看過できない事実誤認、勘違いがあります。順次、判決書から問題の部分を引用し、私の反論を述べていきます。

1 院教授定年延長は1951年の就業規則で開始
 判決の「第2 事案の概要等」「1 事案の概要」で<①被控訴人就業規則附則1及び昭和48年6月30日の理事会決定により,又は,②控訴人と被控訴人の間の労働契約の内容として>(p2)などとあります。この記述が定年延長の根拠とされてその後も繰り返されていますが、被控訴人就業規則附則1が1951年から規定されていることか書かれていません。同志社大学の大学院教授の定年延長制度は1973年(昭和48年)ではなく、1951年に「当面の間」導入されたことが重要です。つまり、博論指導教員の確保のため導入された制度が、65年も存続しているのです。1973年の理事会決定は「1年ごとに定年延長する」と決定しただけです。

2 研究科長らは「人事案件に対象者は加わらない」ルールに違反
<2 前提事実(当事者間に争いのない事実,各末尾に掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)>(p2)として、p8中段まで前提事実が書かれていますが、ここには事実誤認がたくさんあります。
「(1)被控訴人の組織等」に<カ 研究委員会及び専攻会議における人事案件の審議・決定には,慣行として,利害関係人である当該人事の対象者は加わらない。>(p3)とあります。定年延長の対象者が「加わらない」のは、研究委員会及び専攻会議における審議の時間の間だけです。1994年以降、私が見聞した新聞学専攻・文学研究科とメディア学専攻・社会学研究科の定年延長の審議は数秒で終わっています。その数秒間の審議の時間、一時退席するだけで、審議の前と後には専攻会議と研究委員会の議場にいます。
私の定年延長の際は、第10回委員会(2013年10月30日)、第11回委員会(2013年11月13日)の2回とも、私の定年延長の人事案件の審議の前半の約20分、私が発言しています。2013年10月30日の研究科委員会では、冨田研究科長が私の定年延長を提案して、私が定年延長を希望する理由を述べたのですが、その際、社会学専攻の板垣竜太准教授が「これは誰の提案か。既に浅野先生の定年延長の審議に入っているのか」と質問し、冨田研究科長は「私が提案している。審議に入っている」と答えています。従って、私の人事案件では、私は審議に参加しています。
また、2013年10月30日の研究科委員会の約1時間前に開かれたメディア学専攻会議では、小黒教授がまとめ役になって渡辺武達教授と私の定年延長についての小黒教授ら4人の検討の結果(渡辺教授の定年延長を認め、浅野は認めない)を報告した上で、私が「次年度の専攻の教育研究の環境を整えるためには二人の定年延長が必要と判断し、冨田研究科長にそのように報告する」と報告しています。小黒教授ら4人は、「すべて研究科委員会で話す」と述べて、4人の決定について審議を拒否しました。私の定年延長を拒否する理由を一言も述べていないのです。
渡辺教授の定年延長を提案するという理由の説明もありませんでした。社会学研究科の申し合わせにある、次年度の担当科目のことも触れていません。渡辺教授の次年度の担当科目は、小黒教授が「臨時専攻会議議長」を詐称して、教務主任の私宛に提出した「審議結果通知書」にも記載がありませんでした。2013年10月30日の研究科委員会で配布された定年延長審議資料(A4判・1枚)に渡辺教授の次年度担当科目の記載がありましたが、これは、冨田研究科長が私の提出した渡辺教授と私の定年延長を提案するという通知文書(甲???)から勝手に抜き出して、松隈佳之社会学研究科事務長が転載したものです。
2013年10月16日の専攻会議で、次年度の担当科目が決まっていることから、私を定年延長しない場合、私の担当科目、学生の論文指導をどうするかなどの検討が必要でしたが、4人は審議をボイコットしたまま今日に至っています。
判決は、2013年10月16日の次年度担当科目の決定が便宜的で・・・などと指摘していますが、専攻会議で、定年延長対象者の担当科目を組み入れているのは、対象者の定年延長を前提にしていることに他なりません。専攻会議の決定は「便宜的」というなら、定年延長を含む人事案件で、専攻会議決定もまた便宜的で、いつでも変更可能ということになります。

3 私は採用と同時に大学院教授に就任している
判決の「(2)控訴人の勤務歴等」に、<平成6年4月1日,被控訴人との間で,期間を定めない労働契約を締結して被控訴人が設置する同志社大学の教員となり,その後,被控訴人大学院の社会学研究科メディア学専攻の教授及び同志社大学の社会学部メディア学科の教授として勤務していた。>(p4)とあります。
判決の記述では、私が1994年に教員として採用され、何年か経ってから、大学院教授になったという風に読めますが、これは重大な事実誤認です。高裁の裁判官には信じられないことでしょうが、私は通信社記者を辞めて、同志社に採用された1994年4月、文学部(社会学科新聞学専攻)に配属され、大学院教授(文学研究科新聞学専攻)として任用されています。私より4歳年上で私の4年前に赴任した渡辺教授が大学院教授になったのは1996年でした。
2005年に学部再編があり、社会学部メディア学科、社会学研究科メディア学専攻に名称変更しました。メディア現場で働き、アカデミックな経験が少ない記者が、いきなり大学院教授として採用されたのは極めて異例のことでした。
小黒教授ら4人は審議資料で、私について学問上の業績がないとか非難していますが、実学の経験を生かして博士相当の業績があるとして、1993年10月の文学研究科委員会で圧倒的な賛成で大学院(修士)教授としての任用が審議・決定されたのです。

4 小黒教授は専攻会議で議長にはなれない
「(5) 控訴人が平成26年3月31日をもって退職扱いとなった経緯」の「イ」に、<小黒教授が議長となり,控訴人と渡辺教授を除く4名(以下,メディア学専攻の専任教員のうち,控訴人及び渡辺教授を除く4名を併せて「小黒教授ら」という。)の間で行うこととなった。(甲96,乙26)>(p6)とあります。
 また、「ウ」に次のような記述があります。
<小黒教授らは,平成25年10月16日以降,複数回にわたって会議を開催して協議を行い,メディア学専攻として,渡辺教授の定年延長を提案し,控訴人の定年延長を提案しない旨決定した(以下,この決定を「本件決定」といい,上記の一連の会議を「本件会議」という。)。>(p6)
<控訴人は,同月29日,本件連絡文書を確認し本件決定を知り,メディア学専攻教務主任として,控訴人自身と渡辺教授の両名の定年延長を提案する旨の冨田科長及び社会学研究科事務長宛ての文書を事務室に提出した。>(p6)
<第10回委員会において,メディア学専攻からの定年延長の提案は渡辺教授のみとして扱われ,議長である富田科長が,別途,控訴人の定年延長を研究科委員会に提案した。そして,控訴人が,自らの定年を延長すべき理由を十数分間説明した後,人事案件についての審議対象者は審議に関与しないという慣行により退席し,その後,小黒教授らが作成した,控訴人について「研究者としての能力,論文・著書の内容の学問的質に問題がある。」などという内容が記載された「浅野教授 定年延長の件 検討事項」と題する書面(甲5)が出席した教員に配布され(以下,この書面を「本件配布書面」という。),小黒教授が,メディア学専攻が控訴人の定年延長をしないこととした理由を約20分間説明した。>(p7)
 「キ」として、<控訴人の定年延長は理事会で審議されず,控訴人は平成26年3月31日をもって定年退職扱いとなった(以下,「本件定年退職扱い」という。)> (p8)との記述があります。
「イ」で、メディア学専攻における2014年度からの定年延長についての審議は、2013年10月16日の専攻会議で、小黒教授が議長となり、私と渡辺教授を除く4名で行われることになったと記述していますが、本件の一・二審の審理で私が詳しく説明しているとおり、これは明確に事実に反しています。同志社大学社会学研究科では、専攻会議の議長は学長任命の専攻教務主任が務め、議題の提案権も教務主任が独占しています。研究科委員会の議長も研究科長が務め、研究科委員会の議案提案権も研究科長が独占しています。また、小黒氏は4人の中で唯一、後期課程任用教授ではなく、2013年4月1日に前期課程教授に任用されたばかりでした。大学院教授の定年延長は博士学位の取得のための論文指導教員の確保のために1951年に導入されており、博士論文の指導の経験のない前期課程教授が私の定年延長に口を挟むこと自体が越権行為とも言えるのです。2013年10月16日の専攻会議(甲174)の記録を見れば明らかですが、教務主任の私が定年延長対象者であったため、私と渡辺教授の定年延長をどうするかの検討を4人に要請し、専攻会議の終了後に、4人がそれを検討したのです。小黒教授は4人の検討会議のまとめ役に過ぎません。普通はすぐに、定年延長了承の返事が来るのですが、小黒教授は学内の内線電話で私に「継続して話し合うことになった」と連絡してきたのです。それから12日間小黒教授から何の連絡もなく、28日午前8時ごろ、電子メールで「定年延長に関する審議結果」(「本件連絡文書」)を私の郵便受けに入れたという連絡があったのです。そこでは、審議結果を研究科長に報告するように書いてありました。
 本件連絡文書の宛先は冨田研究科長ではなく、教務主任の私でした。小黒教授は同文書で、「臨時専攻会議議長」という前代未聞の役職を詐称しています。高裁判決は「臨時」を省いて、専攻会議議長にしてしまっています。これが争いのない前提事実であるはずがありません。
 2013年10月16日の専攻会議では、私の次年度の大学院と学部の14科目の開講が決まり、冨田研究科長に報告しています。4人の「審議結果」は私に報告されたのですから、私は改めて専攻会議で4人の決定を専攻決定とするかどうか審議する必要があると判断しました。渡辺教授と私の定年延長を可とするという決定なら、専攻会議での再審議は不要ですが、私の突然の解雇につながる決定の理由、私を解雇する場合、2014年4月1日以降のメディア学専攻の開講科目、論文指導教授をどうするかを審議・決定しなければならないのです。
 私は同年10月30日、第10回委員会の直前に開かれた専攻会議で、4人と渡辺教授の計5人に議論を求めましたが、小黒教授は「研究科委員会でお話しする」と審議を拒否しました。そこで私は、既に冨田研究科長と松隈事務長へ通知していた「教務主任として、渡辺教授と私の2名の定年延長を提案する」と告げました。5人は無言でした。
 つまり、私は教務主任として、10月16日の専攻会議で、小黒教授ら4人に渡辺教授と私の定年延長について検討を委嘱し、4人は検討結果を教務主任(議長兼任)の私に戻し、再び、私が専攻会議で4人の決定を承認するかどうかの審議をしたのです。定年延長を認める場合は、こうした手続きを省略することも可能ですが、対象者の不利益につながる決定があった場合、慎重な手続きが求められます。社会学研究科、専攻に、定年延長を拒否する時の手続きがなかったのです。研究科委員会でも、定年延長を拒否したのは、私のケース以外では、私の定年延長拒否の次年度の2014年度の文化情報研究科の狩野博幸教授(美学)の一件しかないのです。

5 渡辺教授の定年延長への異議は議題にならず審議もなかった
 判決は「ウ」で、小黒教授らが複数回にわたって会議を開催して協議を行い,メディア学専攻として,渡辺教授の定年延長を提案し,控訴人の定年延長を提案しない旨決定したと書いていますが、この4回の会議のうち3回は小黒研究室で行われ、そのうちの一階は佐伯教授が欠席しています。
判決は、10月29日,私が本件決定を知り、専攻教務主任として、私自身と渡辺教授の両名の定年延長を提案するとの文書を冨田研究科長と事務室に提出したと書いています。
第10回委員会において、冨田研究科長が4人の「決定」だけを採用し、メディア学専攻からの定年延長の提案は渡辺教授のみとして扱い、別途、私の定年延長を研究科委員会に提案したと書いています。私が退席した後、小黒教授らが作成した、「浅野教授 定年延長の件 検討事項」と題する書面(甲5)が出席した教員に配布されたという経緯も述べています。さらに、「キ」として、私の定年延長は理事会で審議されず、定年退職扱いとなったと書いています。これらの経緯は事実に即しています。
 問題は、冨田研究科長がなぜ、教務主任の私の「2名定年延長」を採用せず、小黒教授らの「渡辺教授はOK、浅野はNO」という決定を専攻会議決定とみなしたかです。

Ⅳ 「当裁判所の判断」の誤り
「第3 当裁判所の判断」(p38~57)には、一・二審における当方が提出した書証、主張を無視した箇所が多数あります。

1 研究科申し合わせに審議の手順の記載はない
判決はまず、「争点アについて」の「(1)認定事実」の「ア」で、<大学院教授に係る定年延長は,研究科委員会又は研究科教授会の審議を経て,最終的には,被控訴人の理事会で決定される。>(p38)<社会学研究科の各専攻は,定年延長の対象者がいる場合,本件申合せに基づき,毎年10月頃,定年延長について,対象者を除いて,専攻会議において審議し,対象者の定年延長を提案するか否かを決定する。その際,対象者の研究業績,教育実績及び学内の運営面での貢献度等,プラス面のみならずマイナス面を含めて総合的に考慮して決定することとされており,決定後は,各専攻の教務主任等から,研究科長に対し,定年延長の必要がある教員を報告する。>(p39)と書いています。
判決の言う「本件申合せ」は、定年延長者の担当科目の決定の重要性を指摘しているだけです。担当科目を正式に決めるのは、定年延長を研究科委員会で決定してからで、各専攻で科目の決定と共に、定年延長を決めるよう促しているだけのことです。
「本件申合せ」に基づいて、専攻会議において定年延長対象者の研究業績、教育実績及び学内の運営面での貢献度等、プラス面のみならずマイナス面を含めて総合的に考慮して決定するなどという実態は全く存在しません。これは、メディア学専攻に属さず、「新聞を読まない」と公言する冨田研究科長らの虚偽証言を妄信した認定です。
判決が、決定後に各専攻の教務主任等から、研究科長に対し、定年延長の必要がある教員を報告するというのは間違っていません。小黒教授の本件通知文書を専攻決定としたのが誤っています。

2 渡辺教授定年延長への異議は審議拒否
判決の次の認定が最も重大な事実誤認です。
判決は「ウ」で<控訴人は,平成22年3月末及び平成23年3月末の渡辺教授の定年延長を提案するか否かを議題とする専攻会議及び研究科委員会において,同教授は定年延長の条件である「余人をもって代えがたい」大学院教授ではないと主張して,同教授の定年延長の提案に異議を述べた。>(p40)
判決は、1951年の大学院教授の定年延長は、これまでも必ず「実質的な審議」を経て定年延長が決定されてきたことを、渡辺教授の定年延長(1・2回目)の際に、私が専攻会議と研究科委員会で異議を述べたことだけを根拠としています。
私が渡辺教授の定年延長に関し、審議を求めたのは、渡辺教授が週刊文春に捏造情報を垂れ込み、週刊文春裁判と対渡辺裁判の二つの裁判で、渡辺教授の証拠文書の改ざんの痕跡が指摘され、人権侵害雑誌への情報提供によって、私の社会的抹殺だけでなく、「同志社大学の信用を失墜させた」と指弾されたことから、定年延長を拒否する「特段の事情」に当たると考えたからでした。渡辺教授は自分の大学院学生を操作してのハラスメントの捏造、週刊誌への垂れ込みについて、反省せず、私に謝罪もしないことから、渡辺教授の定年延長が議題になった会議で、渡辺氏の非行を知らせたいという思いもありました。
小國弁護士は、早くから、この事実をもって、私が定年延長を自動的に認めてはならないと認識していたのだから、自分の定年延長で、その可否を精査されても文句を言えないという論理を持ち出したのです。一・二審の裁判官たちも、小國弁護士の詭弁に乗っかってしまったのです。
私は、今でも、渡辺教授の定年延長はその必要性を審議すべきだったと思っています。司法が彼のしたことを糾弾したのですから、大学としても定年延長に値する大学院教授かを調査すべきだったと思っています。まさに、渡辺氏の「研究業績,教育実績及び学内の運営面での貢献度等、プラス面のみならずマイナス面を含めて総合的に考慮して決定」すべきだと主張したのです。
重要なことは、2009年と2010年の専攻会議、研究科委員会で、私の異議は「野次」として扱われ、私が配布した資料を開く教員もほとんどおらず、審議されていません。その時の専攻の教員たちの理由は、「定年延長を拒否すると65歳で解雇される。専攻の同僚が研究業績、教育実績、学内の運営面での貢献などを判断できない。渡辺教授に問題があるなら、大学のしかるべき機関が調査して定年延長がふさわしいかを決めるべきだ。教員の我々がそんな怖いことはできない」(柴内康文准教授)「よほどの懈怠がない限り、定年延長は認めるべきだ」(竹内教授ら)ということでした。社会学研究科委員会では沖田行司研究科長が「浅野先生のご意見として伺いました」と言っただけで、審議に入らず、3秒ルールで渡辺教授らの定年延長を可決しました。
私の異議表明は、研究科事務室の記録にも残っていないと思います。

3 専攻と研究科で審議・決定がなされている誤認
判決は、「(2)」の「ウ」で、<定年延長の審議についての具体的な申合せが存在し,社会学研究科でも,定年延長は必ず全て本件申合せに基づき行われる専攻会議による審議,決定,研究科委員会における審議,議決を経て決定されていた上,審議の過程において異論が出ることはあり得る>(p41)<控訴人の指摘する控訴人以前に研究科委員会で定年延長が否決された例がないことや飲酒運転等で逮捕された教授等が定年延長されたことを踏まえても,前記(1)ウのとおり,専攻会議及び研究科委員会において実質的な審議,検討が行われていると認められるから,控訴人の主張は採用できない。> (p42)と書いています。
前にも述べていますが、同志社大学では定年延長の審議についての具体的な申合せが存在していません。山口薫教授と私が地位確認訴訟を起こしたことがきっかけで、村田学長が2014年から15年にかけて、各研究科で定年延長の決定にかかわる明文規定を作るよう要請し、2016年ごろ、やっと手続きに関する規定が設けられています。
私が解雇される2014年3月の時点では、文系研究科においては、専攻会議、研究科委員会において実質的な審議、検討が行われたことは一度もありません。
また、判決は、研究科委員会の審議の前までに、専攻会議の構成員や研究科長から定年延長対象者に意思確認を行っている(弁論の全趣旨)(p44)とか、本件は定年延長の手続に沿ったものであった、専攻会議が定年延長の審議・決定を行う権限を有することは明らか(48〜49頁)と述べています。
これもまた、事実誤認です。私は研究科長からも専攻のメンバーの誰からも、定年延長の意志があるかどうか聞かれたことがありません。渡辺教授も別の損害賠償請求訴訟の証人尋問で、定年延長のことで意思表示をしたことは一度もない、と断言しています。
 判決は、私の解雇が、定年延長の手続きに従って行われたと言い切っていますが、私の事案の審議の前に、定年延長の手続に関する規定は「申し合わせ」以外に存在しないのです。どうして、「手続きに沿って」いると言えるのでしょうか。
判決が同志社大学で実施されていると繰り返す「定年延長の手続き」は、定年延長を認めるための手続きであり、専攻や研究科において、定年延長を拒否するための事態は想定していません。大学のキャンパスハラスメント防止に関する委員会でハラスメント加害が認定されたり、重大な懈怠があったと認定されて懲戒処分を受けたりした定年延長対象者は、自ら定年延長を辞退することが一般的です。専攻や研究科で、本人が強く希望している定年延長を妨害するための手続きは想定していないのです。 
教員の研究教育環境を守るためにある専攻会議や研究科委員会で、個々の教員の解雇など不利益決定につながることはできない、労働契約に関わる判断は大学執行部と法人理事会に判断をゆだねるべきだという前提があるのです。特に定年延長のように、長く大学院教授を務めた高齢の教授の「大学院教授としての適格性」を同僚が審査し決定するという恐ろしい事態は想定していないのです。
私の追放を共謀した冨田、小黒両教授らは、こうした定年延長審議の実態を知った上で、私の解雇を強行したのです。

4 時間割送付で労働契約、定年不延長が本人の意向との証明なしとする暴論
判決の<3 争点(1)ウ(被控訴人大学院教授は,原則として定年が延長されるとの事実たる慣習が存在するか)について>(p43)で、以下のように、定年延長が「新たな労働契約」によって行われているという以下の認定は、小國弁護士らが一審の途中から持ち出した詭弁の丸写しです。
<定年延長がなされなかった者について定年延長がなされなかった事情が全て対象者側の意向であることをうかがわせる客観的な証拠は何ら存在しない>(p42)
<定年延長が理事会で決定された者に対しては,「新年度授業時間割ご通知」,「個人別時間割」及び「出講案内」が送付され,特に「個人別時間割」には,個々の教授の次年度における担当科目,担当クラス,時間割及び教室等が具体的に記載されているのであるから(乙51,52,乙53の1ないし5,乙54),これらの書類を送付することは定年を延長することを前提とした行為であるといえる。これらの書類を送付することをもって,被控訴人から,定年が延長される予定の被控訴人大学院教授に対し,1年間の定年延長を内容とする新たな労働契約の申込みの意思表示がなされたと解することは不自然とはいえず,また,被控訴人大学院教授がこれに対して異議を述べず,その結果,労働契約の締結があったものとみなされるのが定年が延長される3月31日ないしはその直前であったとしても,そのことをもって契約の不存在をうかがわれるということはできない。
(3)以上によれば,被控訴人大学院教授は,原則として定年が延長されるとの事実たる慣習が存在することは認めることができない。> (p44~45)
大学が「個人別時間割」と「出講案内」を送付し、大学院教授がこれに対して異議を述べないことが、「1年間の定年延長を内容とする新たな労働契約」になっており、それが次年度が始まる前日であっても問題はないというのは、常識的にあり得ません。判決はここでは、「不自然とはいえず」「契約の不存在をうかがわれるということはできない」と自信のない言い回しになっています。
同志社大学における大学院教授の定年延長は、「1年ごと5年間」で、対象者は退職手続をとらず、賃金なども変わりません。雇用者の同志社と対象教授のいずれにも、65歳以降、新たな労働契約を交わすという意識はありません。
判決が言うような「1年間の定年延長を内容とする新たな労働契約」が必要ということであれば、65歳以降の毎年、5回「新たな労働契約書」を取り交わすことが法的に必要です。この判決では、契約書を取り交わしていないことを認定しており、個人別時間割などの送付と暗黙の同意をもって、契約があったという無理筋の解釈をしているのです。
同志社大学には「定年延長の枠」、つまり全大学院教授の定年延長は制度として確立しているという認識があったことは明らかです。
判決が言及する個人別時間割は、毎年3月20日ごろ、嘱託講師を含む2000人近い教員スタッフに一斉に郵送されます。個人別時間割などの書類は、法科大学院講師の小國弁護士にも届いているはずです(甲69)。
上記書類の送付が新労働契約の申し込みで、沈黙は暗黙の同意であり、労働契約が成立するというのは、被上告人側の詭弁を採用したもので、看過できません。
同志社大学では、有期の契約職員は、「1年更新(契約)、最大3年まで更新可能」が雇用契約内容です。アルバイト職員にいたっては、3カ月、6カ月ごと雇用契約書を取り交わしています。翻って、専任の大学院教授は、「1年更新、最大5回、70歳まで定年延長可能」となっているのに、口頭も含め、1回も契約更新の手続きを行っていないのです。大学当局自身が、大学院教授の70歳までの定年延長は慣例と認識していた何よりの証拠ではないでしょうか。

判決の中で、読んで愕然としたのが次の「エ」の判示です。
<定年延長がなされなかった者について定年延長がなされなかった事情が全て対象者側の意向であることをうかがわせる客観的な証拠は何ら存在しない>(p42)<定年延長がなされなかった者について定年延長がなされなかった事情が全て対象者側の意向であることをうかがわせる客観的な証拠は何ら存在しない>(p44)
判決はここで、同志社大学におけるこれまでの定年不延長の例がすべて対象者側の意向であることを示す客観的な証拠がない、審議の結果として定年延長が多数なされてきたにすぎないと言い切っています。
 私は弁護団、学内の支援者の協力を得て、一審で被告側が提出した原資料をもとに、大学院教員の70歳定年制が明確な慣例となっていることを証明しました。定年延長をしなかった教員の個々の事情まで踏み込んで証拠としています。本来、被告・被控訴人側は、定年不延長の教授の審議・決定経過を容易に調べることができます。定年延長は慣行ではないと言うなら、その立証責任は同志社側になるのではないでしょうか。高裁裁判官は、定年不延長の教員の個々の理由を明らかにするよう命じるべきではなかったでしょうか。
同志社側は研究科委員会、教授会の記録は存在しないと断言してきましたが、高裁結審の直前に、第10・11委員会の「記録」(乙111、112)を書証として提出しました。なぜ、私の件の記録だけがあったのか、それ以前の定年不延長の大学院教授の研究科委員会記録はないのでしょうか。
 定年延長に関し、理工学研究科など理系学研究科では2009年ごろから、必要な論文・学会発表数など一定の基準が設けられて、実施的な審議が行われています。現在は廃止された理工研究所の教授の中に理工学研究科の大学院前期課程教授を兼任した人もいましたが、採用時に一般教養の担当教員だったことから、定年延長の対象にならないと研究科長に言われ、諦めた教授もいると聞いています。
2018年3月31日に「65歳定年退職」した同志社大学人文科学研究所の教授(同年4月から名誉教授)が同年5月14日、定年延長制度は差別だなどと被上告人を相手取り地位確認等請求訴訟を京都地裁第6民事部に起こしています。名誉教授側は9月初めに提出した準備書面(1)に「大学院教員の定年延長(2008~12年)」のリストを付けています。【資料3】
このリストによると、各年3月31日現在満65~69 歳に達した定年延長対象者268人のうち、満65~69歳の間に退職した人文社会系の教授は2人で、理工学研究科は5人となっています。人文社会系の2人のうち2009年の経済学研究科の1人は、2回目の定年延長のとき、自己都合で自主的に退職しています。もう一人は2012年のビジネス(BS)研究科の山口薫教授です。
リストによりますと、名誉教授は、70歳までの定年延長は97%以上、人文社会系では99%以上になっています。理工学研究科の大学院教員の定年延長率が少し低いのは、その大学院の特殊事情を反映しています。理工学研究科のような自然系の大学院では、研究の進展は日進月歩であり、教員も加齢により研究が遅れたり怠ったりすると大学院生の研究指導において支障があるためのようです。業績などが少ない教授は自ら65歳で退職していくようです。
データはすべて大学にあるはずで、こうした調査は被上告人が実施すべきです。

5 私が担当科目に触れなかったと問題にしたという誤解
判決は「イ」の「(イ)」で、<議長として控訴人の定年延長を提案し,しかも,定年延長の提案に必要な控訴人の次年度の担当予定科目について全く触れず、(略)慣行に反して控訴人に反論させた>(p49)と書いています。
判決を書いた裁判官たちは、全くの勘違いをしています。私が「定年延長の提案に必要な控訴人の次年度の担当予定科目」を主に問題にしたのは、渡辺教授の定年延長の提案の際、小黒教授らが担当科目の検討を全く怠り、渡辺教授の定年延長を可とする決定をし、冨田研究科長がこの重大な瑕疵を不問として、自分で勝手に私が提出した二人の定年延長の書面から科目名を抜き出して審議資料に記入したことです。小黒教授らは、渡辺教授の研究業績、教育実績、学内の運営面での貢献などの審議資料を作成せず、何の検討、討議もせずに結論を急いだことが分かります。小黒教授らは、研究科の申し合わせに違反して、担当科目のことを忘却して「決定」したのであり、重大な懈怠に当たります。

6 4人の結論を専攻決定とした説明は虚偽
判決はまた同「(イ)」で、<控訴人の定年延長がメディア学専攻において認められなかった旨の説明は虚偽の説明ではない。>(p50)<控訴人が審議に加わったとはいえない。>(p50)と認定しています。
小黒教授が第10回委員会において本件配付文書に基づく説明をしたこと自体に手続上問題にすべき点はないという認定も誤っています。
人事案件で、私にはアカデミックな業績がないとか、私を学者ではなく社会運動家だと断じ、学生向けの授業案内に「御用学者」「御用組合」と書いたのが不適切だという、おぞましい名誉棄損文書を配布することは許されません。小黒教授らはこの文書を回収せず、私が抗議したため、慌てて数日後に回収したのです。
高裁の裁判官たちは、文書の全文を本当に読んだのでしょうか。
これまで述べてきたとおり、小黒教授らの本件会議の決定は、専攻会議での決定ではありません。私が、渡辺教授と私の2名の定年延長を提案したのが、専攻教務主任の専攻会議での報告を基にした決定です。冨田研究科長が、4人からの提案と、教務主任からの提案が二つ存在するのに、その調整作業を放棄して、独断で小黒教授らの本件連絡文書を真実として、第10回委員会で、専攻で私の定年延長が認められなかったとだけ説明したのは、全くの虚偽です。判決のこの認定は絶対に認められません。冨田研究科長は、「専攻では教務主任と4人から全く異なる提案がある」と説明すべきでした。「専攻」で私の定年延長反対が決まったと聞かされた研究科委員会の31人は、専攻会議での結論が二つあることを知らされずに、投票してしまったのです。
同志社大学は、人事案件、論文審査、入試、奨学金受給学生などの審議で、学内の最小単位である専攻・学科が実質的な決定権を持っています。理事会(経営者)、大学執行部が力を持っている筑波大学や一部私大とは正反対で、草の根の民主主義を大切にする学風の反映だと思います。同志社は性善説に立って運営されているとも言えるでしょう。
この伝統的な民主主義制度は、もし一部の悪人が結託すれば、「専攻・学科、研究科の自治」を悪用して、特定の教員を排除することを可能としています。
私のケースでは専攻の4人が結託して、私を追放すると決めれば、理事会まで、その決定が通ってしまうのです。私を採用する時にも、専攻・学科の5人で採用を決めています。
 社会学研究科には5つの専攻があり、学問分野もそれぞれ異なります。専攻で決まったということに、異議を唱えることはほとんどありません。採用人事、昇任人事、博論審査などで、専攻が提案したことには95%以上の賛成があります。過去20数年の私の経験でも、研究科委員会の35人前後の投票で、「否」「白票」とする票は1~2票ある程度で、「可」が満票の時もあります。私の定年延長の投票で、31人のうち、専攻決定どおりに「否」としたのが24票で、「賛成」と「白票」が合わせて7票あったのは、実は異例のことなのです。つまり、専攻の決定では定年延長が認められなかったという虚偽の説明を聞いた上で、定年延長反対に投票しなかった教員が約22%いたのです。
 社会学専攻の板垣竜太准教授は第10回研究科委員会の直前に、「専攻の決定が二通りあるのでは困る。研究科長は審議に入る前に、専攻での結論を一つにするようにすべきだ」「専攻で定年延長反対が決まったとされた場合は、投票になれば浅野先生が勝てるはずがない」と私に言っていました。
 冨田研究科長が私の提案を黙殺して、小黒教授から私宛の文書である本件通知文書を根拠にして、「専攻で反対と決まった」と説明したのは、万死に値する虚偽説明です。

7 新任教員採用の可決要件を適用するのは不当
判決は「イ」の「(エ)」で、<本件申合せ上定年延長の提案権を有する専攻会議の提案なしに定年延長の是非について審議・決定するという異例の決定をする際の議決要件として,新任の教員採用の際の議決要件と同一の要件を課することが不適切であるとは認められない。>(p51)と認定しています。
民主主義社会においては、適正な手続きを踏むことが必要です。大学は大学設置法などの法令に基づいており、一種の準行政機関と言ってもいいでしょう。裁判所(司法)は行政が適正手続を踏んでいるかを監視すべきだと思います。
私の場合、定年延長は「学校法人同志社が必要とする」院教授か否かで決定されるべきなのに、同僚のたった4人(過半数の賛成とすれば2人が反対すれば否決)での「決定」と、4人の決定を追認する研究科委員会で審議されるだけで、大学全体、学校法人全体での審議はゼロなのです。同志社大学における大学院教授の定年延長制度の最大の欠陥と言えるでしょう。
定年延長人事を所管する教務部学事課の山口数宏学事課長が2013年11月18日、私に、「社会学研究科で定年延長に関しても手続きなどでルールがほとんどないのは問題」(甲第145号証)などと、次のように説明しました。
〔 研究科における人件のルール作りと、当該者の個別人件とは別のものだ。どう議決するかは違う。白票をどう扱うかは、一般の選挙では無効になるが、本学では否に数えられる。「〇」「×」で投票するところもある。各研究科に任せてある。社会学研究科に、重要な人事に関するルールがないのがおかしい。定年延長の審議の時に浅野先生が席を外すのはそのとおりだが、決定の方法、採決のルールを作るときは、浅野先生も参加すべきだ。(10月30日と11月13日の審議での採決方法に関して)それぞれの研究科で行うことだが、研究科に規定・ルールがないまま新任人件と同じ投票による3分の2で行われたのは適切だろうか。人件審議にルールがないのはおかしい。私が事務長を務めた理工学部・情報文化学部には学科で審議し、研究科全体で審査して決めるというルールがある。人件にルールがないのはとにかく問題だ。〕(太字は浅野)
高裁は山口課長の指摘を知りながら、冨田研究科長が私を退席させた研究科委員会で、私の労働契約に関わる案件の採決方法を決定したことを正当化しました。司法によるチェックがここでは全く機能していません。
社会学研究科では、「専攻から提案する」という以外に何の規定もないまま、私に関してだけ、厳しい条件を付けて、私のいないところで、採決方法を決めて、採決を強行したのは不当です。第10回委員会で私以外の対象者5人(渡辺教授を含む)に適用したルールと、私に関する案件と決定方法が異なるのは二重基準です。本来、手続きについて助言すべき研究科事務長が、冨田研究科長の暴走を黙認したのも残念なことです。
また、社会学研究科では、議案の提案権は研究科長(学部長)が独占しています。
第11回委員会において、冨田研究科長は「否」と投票していることが、他の裁判で分かりました。自分の提案なのに、「否」と書いたのは自己矛盾で、辞職すべきでした。

8 怪文書の本件配付文書を真実と断定した高裁
判決は「(2)本件定年退職扱いの相当性について」の「イ」で次のように述べています。
<メディア学専攻及び社会学研究科委員会における控訴人の定年延長の是非についての審議は,基本的に本件配布書面に基づいて行われたものと認められる。>(p52)
<これらの事項は控訴人の定年延長の是非を検討するに際して考慮することが不適切な事項であるとは認められない。>(p52)
「『学位授与の前日まで論文内容を修正できる』と誤った指導を行っている。」,②「複数のゼミ生がゼミの変更を申し出ている。」を除く記載については,摘示された事実及び表明された意見の前提としている事実の重要な部分が真実であると認められ>(p52)
<控訴人が学位授与直前まで論文の数字の間違い等の修正が許されると指導したこと,過去に控訴人のゼミ生が変更を申し出たことがあったことが認められ,全く根拠を欠くものとも認められない。>(p52~53)

 本件配付文書はいつ作成されたか明らかになっていません。少なくとも専攻の4人が行った密室の会議で、審議資料とされたという証明はなされていません。
本件配付文書は私に対する偏見に基づく落書き、ヘイトスピーチに類する名誉棄損文書です。
ゼミ移動に関する期日は、テンス(時制)が不明で、具体的な指摘もありません。私が陳述書の中で、過去にゼミ生が他ゼミへの移動を希望していたことがあると書いたことを、悪用して、本件文書の真実性を論じているのは、きわめて悪質なやり方です。本ゼミの移動は原則として許されませんが、学生の利益を最優先させるために、学科でゼミ移動の手続きを明文化して、私以外のゼミでも移動の事例がいくつかあります。
博士・修士論文で、数字、固有名詞の訂正がある場合は、例外として訂正が許されています。博論は国立国会図書館と同志社大学図書館に保存されるため、2012年に70歳で退職した山口功二教授(メディア史)らが、博論審査の直前でも、数字や字句の修正は可能と決めています。私は二審で、渡辺、竹内両教授らが博論の審査中の大幅書き換えを認めていたことを批判しています。
 
9 徒弟制ではないが教授は取り換え可能ではない
判決は「ウ」で、次のように書いています。
<早期に定年延長対象者を含め次年度の開講科目及び担当教員が決定されたからといって,そのことは,単に便宜上の予定にすぎないものである。そして,大学院生は被控訴人と就学契約を締結している者であって,徒弟制のように個々の教員に個人的に弟子入りするものではないことは明らかであるところ,証拠(原審証人冨田安信,原審控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,本来,被控訴人大学院においては,大学院生の学位論文指導は,複数の教員が協同して組織的に指導するものとされており,また,定年の他にも他大学への移籍,傷病等によって指導教授等の退職も十分に想定されるところであり,控訴人の定年退職によって大学院生に対する指導に支障が生じるとしても,本来,被控訴人が組織的に対応して解決すべき事柄であり,控訴人の定年延長の必要性を決定づけるものとはいえない。したがって,控訴人の主張する点は,全く無関係な事項とはいえないものの,控訴人の定年延長についての判断を左右すべき程の事項とは認められない。>(p53~54)と述べ、私の退職で、大学院生への指導に支障障が生じるとしても、本来、大学が組織的に対応して解決すべき事項であり、私の定年延長の必要性を決定づけるものとはいえないと書いています。
おそらく、大学の名前(ブランド)、偏差値で大学を選ぶ人たちや、「ゼミは部活やサークル活動、バイトで疲れた皆さんの癒しの場」とゼミ説明会で学生を勧誘する小黒教授らにとっては、指導教授の変更は容易にできるものでしょうが、専門性をもった指導教授の変更はできるだけ避けなくてはなりません。高裁は、学生の利益を無視してまで、定年延長を拒否する特段の事由があったかの検討をすべきでした。
判決は冨田研究科長や小黒教授らの無責任な主張を鵜呑みにしていますが、この判示では、小黒教授が2012年4月、龍谷大学教授から同志社大学に移ってきた後、1年間、龍谷大学の大学院と学部4年ゼミの担当を非常勤講師として強制させられたことや、2012年と2013年に東京の私大へ移籍した柴内康文、青木貞茂両教授が1年間嘱託講師として、新幹線の往復交通費まで支給されて、4年ゼミと卒業論文を担当したことの説明がつきません。
 私は他大学への移籍、傷病等によって退職したのではありません。死亡などで指導教授がいなくなることはあります。しかし、これまで希望する大学院教授にすべて認められた定年延長を拒んで、学生に支障が出るような解雇を強行する理由があったかどうかが問題なのではないでしょうか。私が定年延長の拒否での退職だけでなく、特任教授、客員教授、嘱託講師としての採用も拒まれ、教壇に立たせなかった異常性を裁判官のみなさんに知ってほしいと願います。判決は完全追放ではないと認定していますが、まさにいじめのような排除でした。
 大学の学問体系は、“蛸壺”と揶揄されるように、狭い研究分野がたくさんあります。特に、社会学系の学問は、講座、研究室で専門分野が大きく違っています。歴史の浅いマス・コミュニケーション学、メディア学では、研究対象がかなり広くなっています。硬派のジャーナリズムから広告、映画までがあります。私が20年間勤務したメディ学専攻(新聞学専攻)に在籍した専任教員の専門分野は、明治時代の新聞記者、ナチズムの広報政策、博報堂・サントリーに勤務経験を持つ教授の広告論、手塚治虫研究、遊女の研究、政治とメディアを扱う社会心理学、ロボット製作者を扱う文化人類学者など多様です。
 メディア学専攻の学位論文や学部生の卒論のテーマを見れば、メディア学の幅の広さが分かります。
 社会学研究科では、博士後期課程の指導教授、副指導教授は毎年5月の研究科委員会で審議・決定します。指導教授の変更は、研究科委員会で議決しなければなりません。
 教員と学生の関係は徒弟関係ではありませんが、どんな社会でも同じですが、先達が後輩を指導する時に、お互いを一人の人間として尊重し、学び合うことが必要です。特に、大学院博士後期課程を選ぶときには、その大学院で誰が指導教授かは非常に重要です。「学位論文指導は,複数の教員が協同して組織的に指導するもの」だから、変更しても問題はないと公言するような大学は三流、四流大学になっていくでしょう。

10 私を問題教授のように認定したのは深刻な事実誤認
判決は(2)の最後に近い「オ」で、<そしてこれらの検討事項殊に本件配布書面を前提とした場合,控訴人には,論文・著書の学問的な質,院生・学生に対する指導,学内業務面の貢献度,職場環境への影響などの諸点において,様々な問題があることがうかがわれるのであるから,控訴人について定年延長を行わないという被控訴人の決定が明らかに不整合ないし不合理であるとは認められない。>(p54)と述べています。
本件配付文書を前提とした場合、私には大学院教授として、様々な問題があることがうかがわれるから、定年不延長の決定が明らかに不整合ないし不合理であるとはいえないとまで認定したのに、私は衝撃を受けました。
高裁の裁判官が私の記者時代からの人権と犯罪報道、日本のアジア太平洋地域への侵略・占領の時代の報道統制、記者クラブ制度などに関するに関する調査研究を検証してくれれば、このような認定はあり得ません。また、20年に及ぶ同志社大学における私の教育研究活動を調べてくれれば、本件配付文書がいかに荒唐無稽な名誉棄損文書であるかが分かったと思います。
専攻の同僚の4人と、研究科の同僚31人による「決定」で、一人の大学院教授を解雇に追い込み、研究室を強奪し、指導学生との接触を禁止する措置が妥当だとしたのは、私の想定をはるかに超えた判断でした。

11 70歳まで働けるという期待権をなぜ否定するのか
判決は「(3)控訴人の定年延長に対する期待の合理性について」の「エ」で、<(控訴人が70歳まで勤務できると説明を受けたという主張を)裏付ける客観的証拠はない>(p56)<定年延長の決定に当たり実質的な審議が行われてきたものであり,上記事実をもって,仮に控訴人が定年延長に対して期待を抱いたとしても,その期待性が合理性を有するとはいえない>(p56)と断言しています。
これもまた、事実に反する認定です。同志社大学だけでなく、歴史の古い大規模私大では、慶應義塾大学、上智大学などを除き、70歳まで教授職を続けられる大学がほとんどです。同志社大学の労働環境、教育研究環境は全国のトップクラスです。私は下級審で書証を多数提出していますが、同志社大学では本ゼミ(2年間履修)の募集を70歳になる前年まで続けます。大学院前期課程の指導教授も同じです。大学の教職員、学生のほとんどが、大学院教授は70歳定年と理解しています。「仮に控訴人が定年延長の期待を抱いていたとしても」というフレーズは、私を含め、すべての大学院教授を愚弄する言い方です。
大学院教授の定年は70歳であることの客観的な証拠は山ほどあり、そうでないという証拠はありません。証拠があるのなら、被上告人が開示すべきです。

Ⅴ 高裁判決後の新たな動きについて
1 和解勧試で同志社側が認めた私のナジさんの博論関与はどうなるのか
大阪高裁での棄却判決で、2014年4月から、同志社大学において、誰も指導していない博士後期課程満期退学生のインドネシア国費留学生のナジ・イムティハニさんは博士論文提出を断念せざるを得ない状況になっています。高裁の藤下裁判長らは、和解交渉の中で、私のどんな形での復職も拒否するという同志社大学の姿勢を容認したことで、結果的に、ナジさんの教育を受ける権利を蹂躙したのです。これは国際問題に発展しかねない暴挙です。
ナジさんはインドネシア教育文化省が派遣した国費留学生で、国際問題に発展するのは必至です。同志社大学は本年3~4月の和解協議で、私の博論審査への関りの必要性を認めています。藤下裁判長らはそれを百も承知で、65歳定年退職に問題はないとして、私の教授としての地位剥奪を追認したのです。
同志社側代理人の小國隆輔弁護士は2018年4月13日付で「和解の方針について」と題した次のような文書を高裁へ提出しました。
〔 和解の方針について
平成30年4月13日
1 被控訴人は,次の枠組みであれば,和解の検討が可能であると考えている。
2 控訴人による講義担当は受け入れられないが,ナジ・イムティハニ氏が同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻に再入学し,博士論文を提出した場合には,控訴人に,論文審査(副査)を依頼することを検討する。
3 論文審査(副査)を依頼する前提として,和解成立前に,次の点が履行されることが必要と思料する。最低限の信頼関係がなければ,他の教員と協同して指導に当たることはできないためである。
(1)大阪高裁平成29年(ネ)第2043号及び神戸地裁平成28年(ワ)第338号について上訴の取下げ,京都地裁平成29年(ワ)第932号について請求放棄を行うこと。
(2)在職中の事象及び定年退職・定年延長をめぐる事象について,被控訴人及び被控訴人の教職員に対し,新たな訴えを提起しないこと。
(3)支援団体によるものを含め,本件に関するウェブ上の記載を全て削除し,媒体を問わず,本件に関する新たな記事を掲載しないこと。
(4)ナジ氏の博士論文の審査に必要な事務連絡を除き,被控訴人及び被控訴人の教職員に対し,電話,メール等の手段を問わず,連絡しないこと。
4 上記「2」及び「3」のほか,口外禁止条項,その余の請求を放棄する旨の条項,精算条項,訴訟費用は各自負担とする旨の条項が必要と思料する。 〕(太字は浅野)

この文書では、私に相談なく、14年6月に教授会で「14年3月末に遡って満期退学」とされた博士後期課程のナジさんの「博論審査(副査)」を私に依頼することを検討すると書いてありました。その条件として、私が起こしている対同僚5教授(怪文書作成の4教授と渡辺武達教授=現名誉教授)、対冨田氏、対同大・村田氏の損害賠償訴訟のすべてを取り下げ、私の支援会のHPの削除などが挙げられていました。最初から、和解の意志などない冷酷で非人間的な文章でした。
松岡敬学長は17年1月に再入学(復学)を許可するとナジさんへ通知しましたが(甲第50号証)、入学後に指導教授、副指導教授は誰になるのかとのナジさんの問いに、無回答のままで、この4年5カ月の間、ナジさんの指導を放棄しています。
私は、同大側の和解案で、インドネシア政府奨学生のナジさんの博論を指導する教員が私以外にいないことを認めたのは大きな前進だと感じました。それまで、同志社側は私が解雇された後、困っている学生は一人もないと呪文のように繰り返していたからです。
私の代理人は4月18日に、和解協議に臨む方針を示す次のような上申書を高裁に出しました。
〔 控訴人が最も重要視しているのは、博士後期課程の大学院生に対する指導である。
被控訴人も和解案第2項においてその必要性を認めているとおり、平成25年度において社会学研究科メディア学専攻博士後期課程3年生であったナジ・イムティハニ氏(以下「ナジ氏」という)は、控訴人の指導を受けなければ、同課程に再入学した上で、博士論文を提出する資格となる博士学位論文提出予備審査に合格し、博士論文を完成させ、博士学位(メディア学、同志社大学)を取得することができない状況にある。
 したがって、控訴人としては、博士論文の指導を行う後期課程の「研究指導科目」である「メディア学特殊研究ⅠA」(甲189参照。なお、控訴人の定年不延長のため、同科目は5年連続で「本年度休講」となっている。)を担当し、ナジ氏の博士論文の指導教授(「博士論文(副査)」は論文提出後の任務であり、指導教授ではない)となることが和解の必要条件である。
そのためには、控訴人は専任教員としての地位が不可欠であり、定年延長を認めるか、特別任用教授(同志社大学では平成22年に定年延長制度と併用で導入、被控訴人が運営する同志社女子大学では平成11年から定年延長制度を完全廃止してすべて特任教授制度に変更)として雇用すべきである。
ナジ氏は、浅野教授の指導を受けなければ、後期課程に再入学した上で、博論を完成させることができない。ナジさんの博論の指導教授(「論文審査(副査)」は論文提出後の任務であり、指導教授ではない)となることが和解の必要条件である。そのためには、控訴人は専任教員としての地位が不可欠で、定年延長、あるいは特別任用教授として雇用すべきである。 〕

大阪高裁での第2回和解協議は4月20日午前、大阪高裁の第5民事部の会議室で開かれました。高裁の廊下に、控訴審の審理に姿を見せなかった冨田安信氏がいました。
同志社側は第二回和解協議で、<非常勤も含め、「教員」という立場での復帰には応じられない。副査というのも、あくまで「有識者」としてということにとどまる。個人的に、控訴人がナジさんの論文指導を行うことについて止めるつもりはない。再入学から論文審査までの指導教授については、然るべく指導教授を決めることになるだろう。ナジさんの問題が本件で一番重要であることは理解している>と表明しています。
被控訴人側は和解協議で「非常勤も含め教員としての復帰は認めない。個人的に、控訴人がナジ氏の論文指導を行うことについては止めない」と言い放ったのです。このため、裁判所が設けた和解協議の場は破壊され、判決が言い渡されることになりました。
和解協議の過程で、同志社側が、ナジさんの博士学位のことで、私の関与に言及したことで、大阪高裁の裁判官たちが、私が14年3月末に同大から追放された後、4年間、同大がナジさんの博論指導の手当をせず、今日に至っていることを知ってくれたのは大きな意味があります。
東京にあるインドネシア大使館のアリンダ参事官(インドネシア教育文化省から出向、東京大学農学研究科で博士学位取得)は16年10月31日、わざわざ同志社大学を訪れ、松隈事務長らに会い、ナジさんが博士号をとれるように適切な指導を行うよう強く要請していました。
ナジさんは同大大学院文学研究科英文科学士前期課程において言語学で修士学位を取得した後、ガジャマダ大学がメディア学の博士課程を設置するため、ナジさんにメディア学で博士号を取得するように命じ、博士後期から私のところに入学してきたという経緯があります。ガジャマダ大学はインドネシアで国立インドネシア大学と並ぶトップ校です。ナジさんが博士学位を取得できなくなると大きな問題になるのは必至です。
ナジさんの再入学は、退学から5年以内と決まっており、2019年3月までに再入学しないと、復学はできません。再入学後の3年以内、つまり2022年3月までに博士論文審査に合格すれば博士学位を取得できるのです。
ナジさんは、私の地位裁判の二審敗訴を受けて、9月?日に、松岡学長と八田理事長宛に、再入学後の指導教授は誰になるのかなどを尋ねた要請書を郵送しています。【資料4】
また、ナジさんを知る元学生たちが9月5日、学長と理事長宛に、大学がナジさんの博論指導について責任をもつよう求める要請書を送りました。【資料5】

2 4年半休講の浅野科目の開講を求め学生らが学長へ要望書
私を追放した社会学研究科とメディア学専攻の小黒教授らは私が1994年から担当してきた大学院と学部の科目のほとんどを4年半、休講のままにしています。大学の開講科目は、大学と学生の契約に基づいており、4年以上も休講にして放置しているのは極めて異常です。
同志社大学の現役学生・卒業生で作る「浅野先生の教壇復帰を求める会」は2014年9月以降、何度も、私の教壇復帰と休講科目の開講を求める要望書を学長、理事長に提出してきました。要望書に賛同署名してくれた学生、市民は約1500人に達しています。
高裁での棄却判決の後の6月22日から、学生、市民は新たな要望書の署名を集めています。「教壇復帰を求める会」の幹事、大内健史さん(大学院文学研究科博士前期課程1年)は8月8日に、3月下旬から集めた計200人の署名を添えて、要望書を松岡敬学長と八田英二理事長(総長兼任)に提出しました。【資料6】
 大内さんが要望書を提出する際に添付した手紙では、次のように、私の担当科目が休講になっていることの改善を求めています。
〔 浅野先生が1994年から20年間担当していた大学院と学部の授業のほとんどが 2014 年から3、4 年間も休講(14年度では院の科目は「(担当者)未定」扱い)」という状態に陥っていることを再度お知らせし、善処を求めます。
浅野先生のメインの講義科目の「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」と1998年から担当してきた大学院博士後期課程の「メディア学特殊研究A」は4年連続の休講です。大学設置法に基づいて設置され国庫補助金を支給されている大学として、極めて異常なことです。文部科学省高等教育局は大学に浅野先生の科目の休講問題についてヒアリングをしたと聞いています。2017年3月 25 日、学生たちに配布された 2017年度講義要項によりますと、浅野先生が担当してきた大学院の 6 科目(14~16 年度休講)がすべて抹消されています。社会学研究科メディア学専攻から「新聞学」を掲げた講義科目が消えてしまいました。地位確認裁判の最終決着前に、浅野先生の担当科目を抹消したことに、わたしたちは、強い抗議を表明します。
まだ地位裁判の一審で審理中の段階で講義科目をすべて抹消したのは、裁判を受ける権利に対する明確な妨害行為であり、良識にかける判断です。良心教育を掲げる同志社にふさわしくないはずです。
また、浅野先生が定年延長を拒否された 14 年 4 月以降、現役学生たちが浅野先生の担当科目の開講および教壇復帰を望んできたことにも留意ください。14年6月に社会学研究科委員会で、指導教授の浅野先生との相談なしに、「満期退学とする」とされたナジさんの博士論文指導をしている教員がいません。加えて、特別聴講生の市民の方々も授業の開講を望んでいます。わたしたちが切望するのは、浅野先生のジャーナリズム・新聞学分野の授業を受けられる適切な措置を学校法人同志社と同志社大学が迅速にとることです。 〕
 この要望書では、地位確認裁判の最終決着がどうなろうと、私を特任教授、客員教授、嘱託講師などで任用して、休講になっている科目を開講すべきだとして、こう訴えています。
〔 学長、理事長の英断で、本年10月からの秋期で授業の再開は可能であると思います。今すぐ対応をお願いします。
メディア専攻と学科の基幹科目である重要な科目を受講することを望んでいる学生、市民が多数いることを聞き届けていただきたいです。2018年3月末以降、わたしたちが集めた署名を添えて要望書を提出します。どうか私たちの声を聞いてください。 〕
米国の大学では1回の授業の休講も許されません。私を解雇しておいて、私が担当していたメディア学専攻・学科の基幹科目のずっと休講にしている同志社大学はあまりに無責任です。

3 委員会記録は無印私文書偽造(被疑者不詳)と地検に告発
私は本裁判の代理人である山下幸夫・高田良爾両弁護士の助言を受けて、2018年6月26日、京都地検特別刑事部の島崎事務官に告発状を提出ました。【資料7】「社会学研究科事務室」が私の定年延長人件を審議した第10回委員会と第11回委員会の両日に作成し、2018年2月28日に大阪高裁第5民事部に提出した「社会学研究科委員会記録・抜粋(写し)」(計5ページ)は無印私文書偽造・同行使罪に当たるとして、被疑者不詳で告発しました。告発状と共に、事件報告書、学校法人同志社の代理人、小國隆輔・多田真央両弁護士が作成した証拠説明書、委員会記録(乙111・112号証)のコピーを提出しました。
この偽造文書は、2014年3月末の「定年延長」拒否をめぐり、同年2月3日、京都地裁に学校法人同志社を被告に、教授職の地位の確認を求めて起こした労働裁判の結審間際に提出されました。この記録文書が捏造、虚偽であることが証明されれば、大学が裁判所をだましていたことになります。
18年2月28日付の「証拠説明書」(小國・多田真央両弁護士)によりますと、作成者は「社会学研究科事務室」で、作成日は委員会の私の定年延長(1回目)の審議が行われた両日と記述されています。両日の各記録の1枚目は、研究科委員会で配布される議案項目です。それぞれの2枚目に、委員会の記録がメモで書かれています。私の定年延長に関わる事項以外は白紙になっています。
委員会記録は、地位裁判を有利に進めるために、小國弁護士が松隈事務長に作成させたことは間違いないでしょう。記録は、冨田安信研究科長、小黒純教授らの主張に沿って記述され、ウソばかりです。解雇した側に不都合な真実は全く記載されていません。
松隈、横田両氏は、2回の研究科委員会終了後、すぐに大学から家に帰っています。両日の委員会後に作成した「記録」なら、大学のパソコンに残っているはずです。
4年間続いている裁判で、最後の最後に記録が出てきたのです。
委員会記録に書かれていることの中に、事実に反する誤った記述が何カ所もあります。また、最も重要な板垣竜太准教授の発言などが書かれていません。10月30日の委員会の本件審議の冒頭で上野谷教授が私を非難した発言の記述もありません。
本件記録について、当時、松隈事務長の補佐役だった横田秀哉係長(2014年4月に異動)は2018年6月6日、私に電話で「自分は記録作成に関わっていない」「記録があるという話は聞いていない」と明言しました。当時の大学院担当職員の鈴木梨加さんは同日、広報課職員を通じて、「すべて松隈事務長に聞いてほしい」と表明しました。当時の大学院社会学研究科事務室のスタッフは事務長、横田さん、鈴木さんの3人です。事務長と横田さんが委員会に陪席しています。
本件文書で最も悪質なのは、冨田研究科長が、冒頭、①「小黒教授と浅野専攻教務主任それぞれから提案があり、小黒提案がメディア学専攻からの提案であると判断した」という記述と、②小黒純教授から渡辺武達教授の定年延長の発議があり、小黒教授が「提案延長理由について報告」したという箇所です。
 冨田氏が、小黒教授と教務主任の私からと二つの提案があったが、小黒教授提案を「メディア学専攻からの提案」と判断して審議が始まったと説明したというのは全くの虚偽です。最初に渡辺教授ら5人の提案延長をリスト1枚だけの資料で承認して、「メディア学専攻では提案しないと決定しているが、浅野先生が希望しているので・・・」という説明で、私の人件に移ったのです。
また、渡辺氏の人件に関し、誰も提案理由を述べていません。冨田氏から専攻教務主任の私に説明の要請はなかったためです。
これらは、冨田氏の法廷証言などに合わせての委員会記録作成です。
同志社側は、2013年12月27日の仮処分申立の審尋、地位裁判、対冨田氏裁判、対同僚5人裁判での各審理において、同志社大学には「研究科委員会、教授会の議事録・記録はない」と断言してきました。私は、研究科・学部事務長に、文学研究科時代も含め、定年延長に関する委員会記録を開示するように求めましたが、「議事録はない」という答えでした。
このように「ない」と断言してきた研究科委員会の会議記録(議事録)が、地位裁判の控訴審において最後に出てきたのです。
地検が捏造、偽造の文書であることを証明してくれることを期待しています。
この告発状について、2018年7月12日、京都地検の武藤雅勝検事から、「告発状は7月2日に正式に受理した。捜査を始める。追加の証拠などがあれば提出してほしい」という電話連絡がありました。
私は7月17日、京都地検へ出向き、被疑者不詳で告発した無印私文書偽造・同行使に関する追加の証拠5通(同志社大学・横田秀哉氏らへの電話記録など)を提出しました。
検察庁において適正な捜査が進み、司法の場で正義が実現するように願っています。

4 現理事長が定年延長中の経済学研究科の定年延長の実態
 私は判決書を読んで、現在の訴訟の相手側の責任者が八田英二理事長(同志社総長兼任)であることを改めて確認しました。八田学長は私と同年齢で、199?年から5期15年、同志社大学学長を務めました。2012年度に行われた学長選挙で、八田氏が推した候補が村田氏に僅差で敗れ、八田氏は総長選挙で村田派が推した大谷實総長に僅差で敗れ、八田氏の役職は大学院経済研究科教授だけになりました。
 八田氏は同志社のリベラルな学風を継承する学者で、私は八田氏にずっと投票してきました。新自由主義者でイラク戦争への自衛隊派遣を無条件で支持した村田氏と八田氏が推薦した教授との学長選挙では、その教授を支援しました。
 2013年4月に八田派の教授が学長になり、八田氏が総長に就任していれば、私の定年延長は妨害されなかった可能性があると思っています。ですから、八田氏が訴訟の相手側の代表者であることに、複雑な思いがあります。
 八田氏は大学の要職を辞した後、全国高校野球連盟会長に就任しました。最高裁の裁判官のみなさんで夏の甲子園をテレビなどで観戦した方は、大会の閉会式で「講評」をする八田氏を見たことがあると思います。八田氏は2018年8月の大会終了後に、野球の「U18」世界大会へ出場する高校野球選手の会見の場で、金足農高の吉田輝星投手ら5選手に囲まれて記者会見した八田氏を見た人もいると思います。
八田氏は私と同年齢です。八田氏は今も大学院経済学研究科教授で、5回目の定年延長中です。八田氏は学長を5期務めています。八田氏は学長時代も、学部で本ゼミを担当していましたが、大学院での指導はしていないようです。
高裁の裁判官たちは、同志社大学での定年延長は、研究教育業績などを検討して、個々に審議・決定していると断定していますが、八田氏の定年延長はそうした厳密な手続きを踏んでいるとは思えません。経済学研究科の和田喜彦教授(環境経済学)は私に「経済学部、経済学研究科ではほとんど定年延長の審議はない。いつの間にか決まっている」と話しています。
前述した人文科学研究所の元教授(名誉教授)は地位確認裁判の証拠として、研究者データベース(2016年4月現在)と学術情報データベースCiNii(2018年8月現在)をもとに大学院経済学研究科の教授の研究業績をリストアップした表を作成しました。【資料8】
名誉教授は、表によって以下のことが分かると主張しています。
〔 経済学研究科では28名の大学院教員がおり、これまでと変わらなければ彼らは65歳になれば自己都合で退職しなければ全員70歳まで定年延長される。28名のうち、半数の14名は単著の「専門書(学術書)」がない。同じく専門書(単著)1冊か、一般的に研究業績の評価対象にならない「一般書」だけの者は、8名にのぼる。同じく日本の学位(博士)を持っているのは13名で、半数に足りない。なお、アメリカの学位(Ph.D.)は日本の修士号並みというのが一般的評価である。
専門書の著作がなく、論文等が25本以下の者は12名を数える。
学長を務め現在被告の総長・理事長を兼任するH教授(第2表の⑤番教員)は単著としては206頁の著作1冊のみ、明らかに論文と見られるものは15本である。 〕
〔 大学院教員の役割は大学院生の研究指導である。そのためには何よりも高い研究能力と優れた研究業績が必要である。現行の制度の下、ほぼ半数が「普通」の研究者の基準とされる単著の専門書もなく、また日本の学位ももたない大学院教員から構成される原告と同じ専門分野の研究科(大学院)が存在する一方、少なくとも客観的に「一流」とされる研究業績をもつ原告が単なる配置によって大学院教員に任用されない事態が生み出されている。これを見ただけでも、現行の定年制度は合理的理由がなく、あからさまな差別であることは明らかである。 〕
八田理事長は、高裁判決を読んでいるのでしょうか。八田氏が読めば、藤下裁判長らの「研究業績、教育業績などを総合的に判断して定年延長の可否が審議決定されてきた」という認定が、八田氏自身を含め経済学研究科における定年延長対象者の「審議・決定」の実態とかけ離れていると驚くことでしょう。八田氏はスタンフォード大学でPh.D.を取得しています。社会科学者として、また大学の経営責任者として、同志社大学の定年延長の決定手続きについての真実を述べるべきではないでしょうか。

5 地位裁判の棄却判決で続発する定年延長拒否事件
本件裁判は同志社大学の教職員に間で強い関心を持たれています。矛盾だらけの、基準なしの大学院教授だけの定年延長がいつまでもつのかと思っている人たちがすくなくないはずです。
同志社女子大のように、すべての教授の特任教授制度を導入すべきだという意見も強まっています。
2014年3月にあった私の解雇の後、2015年3月に文化情報学研究科の狩野博幸教授、2018年3月には文学研究科美術芸術学専攻の岡林洋教授が私とほぼ同じ方法で定年延長拒否=解雇されました。
私の事案の1年前2013年3月には専門大学院のビジネス研究科・山口薫教授(2回目の定年延長拒否)の解雇もありました。
山口薫教授と岡林洋教授は仮処分申立・地位確認裁判を提起しています。山口教授の地位確認裁判は請求棄却で確定していますが、山口教授は被上告人を被告として、学問の自由が侵害されたとして損害賠償訴訟を京都地裁へ起こしています。私も被上告人と村田前学長を被告として損害賠償請求訴訟を京都地裁へ提起しています。
また、既に述べましたように、大学院教授でないため「65歳定年退職」となった人文科学研究所教授が、教授としての地位確認と現行の定年延長制度を無効と訴えた労働裁判を起こしています。
私の別訴・対冨田裁判(2018年9月26日、大阪高裁で判決)も加えると、同志社大学の定年延長をめぐる裁判が五件進行しているのです。
山口教授の裁判と私の裁判で棄却判決が相次いでいることで、同志社大学側は専攻の数人での「否決」決定をほぼ最終決定と見なして、法人としての調査を怠ったまま、定年延長を拒否する事態が続いて起きているのです。司法が機能していないと思います。
主要なマスメディアも、私の裁判を全く報道しません。大学内外の革新的とされる労働・市民運動団体も、大学の自治に干渉できないという理由で、関心を示しません。
 同じ専攻・学科のスタッフ(年下)に嫌われては、定年延長が危なくなります。後輩の学者と論争もできません。「風通しがよくない職場になる」のは必至です。 
本件裁判が高裁判決で確定してしまうと、同志社大学は自壊していくと思います。大学が排除の論理を肯定しては、最も重要な学問の自由が奪われます。

6 不可侵の地位としての大学教授
私の恩師である白井厚慶應義塾大学名誉教授(社会思想史)は2014年1月6日(月)、同大今出川校地にある寒梅館・ハーディーホールで開催した講演会で次のように話しています。
〔 高齢化社会を乗り切るためにはどうすればいいか。日本の場合には特に急速で、よく出される例としましては、今は働く人4人で1人の高齢者を支えているが、そのうち3人で支えることになる。これを騎馬戦型というのですけれども、そのうち1人が1人を支える、これは肩車型。これは大変なことになってしまう訳ですね。
たとえば、高齢者というのはいろいろお金がかかりますから、それを若い人たちのかせぎによって支えるということが、もう計算上出来なくなってしまうことが起こる。それをどう防ぐかどいうと、いろいろとありますが、簡単に言えば労働力をどんどん増やすことです。
これからは少子高齢化社会ですから、人口はどんどん減りますね。そして労働力が減る、つまり働いて税金を払って高齢化社会の福祉を支えるような人間が減る。
働く人を減らさないためには、ひとつは女性を多用するということですね。出来るだけ多くの女性に働いてもらう。それから、もうひとつは高齢者で、元気な人はいつまでも働けるようにすることです。さしあたりは、そのためにはみなさんよくご承知の様に、これまでは60歳が普通だったのですが、それではとてもダメだ。65歳まで、さらには70歳までも元気な人は働いてもらったらいいじゃないかということです。
アメリカでは定年制というのは憲法違反です。定年は解雇と同じ労働権の切断で、年齢による格差を生みます。それじゃなくて、働ける人は出来るだけ働いてもらうのが当然ではないか。もちろん、その場合には、若い人に比べると多少能力が落ちれば給料が多少下がるかもしれない。そのかわり仕事量は少なくてもよいというようなことを工夫する必要があるでしょう。
その面からすると、我々教員は65歳で定年というのが普通になってきました。つまり若い頃は経験不足であまり良い仕事ができなかったけれども、年を取ってからは、まだ元気で若いものに負けない良い仕事が出来るという人が多いわけです。まあ浅野君なんかはそういう人の典型なのだろうと思っておりまして、そういう人が少しでも長く働いて社会に貢献し、多少給料が減っても、生産者として税金を払い続けて、高齢化社会を支えてもらうのがいいだろうというのが、私が言いたい一つです。
ドイツ古典哲学の教えるところによると、大学の教授というのは全面的な自由を持ってなければならない。それから教授の身分というのは、普通の勤労者のように簡単に首を切ってはいけないということです。それは自由な発言をすることによって、優れた教授の優れた研究が生まれるからです。そのために教授の雇用については万全の配慮をして、出来るだけその教授が自由な発言をするのを認めながら、さらにいっそう真理を発見して社会のために貢献していって欲しい、ということだと思う。
今回の事件には、そんな二つの面、高齢化社会の維持という面と、教授の人権、学問の自由確保という面との、両面で考えて判断されるといいかな、という風に思っております。 」
白井名誉教授は2014年2月24日には、大学院教授の地位について私に次のようなメールを送ってくれました。
〔 *先ず大学院教授の適格について。
1.研究能力…学位取得、専門の著書の数、それに対する学界の高い評価。
  2.研究者に対する教育能力。
  3.学界における活動能力。
  4.国際的な活動能力。
  5.社会的な活動能力。 外の社会に対する情報発信力と、外の社会からの情報吸収力。
 もちろんこのすべてに優れた人はいませんから、専門分野においてこのいくつかに特に優れた人が教授として望ましい。
浅野君は学位を持たないと思うが、それを補って余りある能力をいくつもの著書や活動において示し、日本のジャーナリズムを変革してきた。
 近年の大学においては、純粋の研究者だけでなく、或る職業において特に顕著な功績を示した人を、一定の基準によって教授として大学院に迎える例がある。 その場合は、その人が大学院に移ったのちに、教授としての能力も発展させることが望ましい。
浅野君の場合は特に上記の4、5において優れている。

 *教授の身分保障と定年制について。
1.人類社会の進歩において、学問の自由は最も基本的な価値であり、従って教授の身分保障は一般の勤労者よりも高い。もちろん教授はそれだけに大きな責任がある。
教授の地位は社会的に承認された特権なので、私情をもって人事を左右してはならない。
2.定年制は労働権の侵害であって、これを認めない国もある。日本の現状ではやむを得ないが、定年延長が慣習法となっている場合は、みだりにこれを改廃するべきではなく、必要な場合は、事前に十分に審議し、客観的な内規を作ってから実行するべきである。採用の時にはどのような説明があったかも問題となる。
3.定年延長が不可能な客観的事情がもしあるなら、早い段階から該当者を説得し、円満に退職できるような準備を整え、履修学生にも迷惑が及ばないような対策を講じるべきである。何十年も研究・教育に献身し、大学の名を高からしめるような活動を行ってきた教授を、闇討ち的な印象を与えるような方法で学問の殿堂から去らせるのは非礼ではないと思う。 〕

 大学教授の地位は、欧州の市民革命の中で確立されてきました。学問の自由、思想信条の自由も同様です。大学教授の地位、研究室は、簡単に奪われてはなりません。
 私の大学教授のポストが、たった4人の同僚の「決定」で実質的に奪われたのは、容認できません。

Ⅵ おわりに
本陳述書の最初で取り上げた日大アメフト部員による悪質タックル事件では、日大の選手が関西学院大学の無防備な選手を後ろから倒す映像はショッキングでしたが、なぜあのような事件が起きたかについての日大幹部の対応ぶりもまた批判の的となりました。日大の守備選手が関西学院大学の攻撃の起点となる選手を押し倒したのは、ボールを投げ終えた約2秒後のことでした。日大の選手はコーチから「つぶしてこい」と言われたと証言しました。
日大選手による関学大選手への危険タックルを見て、私が2013年10月29日午前10時ごろに小黒教授から学内の郵便受けに投函された文書で「定年延長を研究科委員会へ提案しない」と通知された時のことを思い出しました。専攻・学科内での連絡なのに、5枚の文書の何カ所かに捺印があり、市販の茶封筒に入っていました。後頭部を思い切り殴られたという感じでした。
次年度(14年度)の大学院と学部の10数コマの担当科目を2016年10月16日の専攻・学科会議において満場一致で決めて、定年延長が問題なく承認されると私に思い込ませておいての、闇討ち攻撃でした。翌日には第10回委員会が迫っていました。しかも、4人が定年延長反対を決めたのは同年10月25日で、2日も通知を送らせたのです。
小黒教授からの通知は、不意打ちの背後からの攻撃でした。小黒氏に指示を出したのがコーチ役の渡辺教授。そして、小黒教授らの違法タックルを「問題なし」としたのが冨田研究科長です。小黒、渡辺、冨田各氏の違法タックルと謀議を、「定年延長は各研究科の審議事項」であり、大学執行部は関与しないとして追認したのが村田光嗣学長(2015年11月の学長選挙に大敗し、2016年3月に学長を一期で退任し、現在法学部教授)でした。
私のケースの1年前の山口薫教授と私の解雇問題が、学内で不問にされ、司法の場でも大学側が勝訴してきたため、同志社大学では、私の後に2人が、私たちと同じ手口で不当解雇されています。
同志社大学では今年4月1日から定年延長に入るはずだった文学研究科美術芸術学専攻の岡林教授(美学博士)が専攻会議と研究科委員会で定年延長を拒まれ、定年延長がなされず、解雇され、地位確認請求裁判を起こしました。岡林教授は、私と同じように、既に定年延長に入っていた同じ専攻の最年長の教授が裏で動き、専攻会議で「3対2」で定年延長反対が議決され、文学研究科委員会でも「3分の2」を取れずに定年延長を否決されました。岡林教授は退職金の受け取りを拒否し、税法違反の疑いの強い特別補給金の受給も拒んで裁判で闘っています。岡林教授は指導中の大学院生(前期・後期)が多数おり、今も論文指導をしているそうです。
一方、私を解雇した4人のうちの竹内教授は2018年4月から定年延長に入ったと思われます。竹内教授が定年延長に値する教授かどうかの審査は、専攻と研究科でどのように行われたのでしょうか。本件配布資料のような審議資料は作成されたのか知りたいところです。おそらく、渡辺教授のケースと同じで、何の審査もなく、専攻会議でも研究会委員会でも「3秒ルール」で「審議・決定」されたのだと思います。
同志社大学は、私を嫌う一部教員が弁護士を使って、定年延長の「審議・決定」の機会を悪用して、いじめ、嫌がらせによる排除、追放を謀議したことを知りながら、それを無責任に放置し、裁判の場ではその弁護士が加害者の言いなりの主張を理論化して展開しているのです。これは大学の自治とは無縁で違法な労働者の首切り、パワハラの正当化です。
小國弁護士らは、高裁の審理の最終段階で、「司法は大学内で起きたことに干渉するな」「定年延長の可否に踏み込むべきではない」という趣旨の主張をしました。高裁の裁判官はこの主張を一蹴しましたが、結局、私を「問題教授」と認定し、定年不延長決定を正当化してしまいました。悪質タックルと酷似した判決でした。
1985年に同志社を創立した新島襄は「我が校の門をくぐりたるものは、政治家になるもよし、宗教家になるもよし、実業家になるもよし、教育家になるもよし、文学家になるもよし、且つ少々角あるも可、気骨あるも可。ただかの優柔不断にして安逸を貪り、苟も姑息の計を為すが如き軟骨漢には決してならぬこと、これ予の切に望み、ひとえに希うところである」と強調しています。また、新島は遺言で「同志社においては倜儻不羈なる書生を圧束せず務めて其の本性に従ひ之を順導する可し」と述べています。新島は「倜儻不羈(てきとうふき)」なる書生、すなわち、才気がすぐれ、独立心が旺盛で、条規では律しがたい生徒、学生を型にはめずに、その時性を生かして育てることを重視したのです。新島の「倜儻不羈」の書が私の研究室のあった渓水館一階のラウンジに掲げられています。
被上告人の同志社(理事会)は、私への聴取もせずに、私が大学院教授の資質に欠け、同僚教員と協調性がないなどという「性格」「姿勢」まで問題にして、「必要な大学院教授ではない」と決め付けた「研究科委員会決定」について調査もしていません。同志社は日大などのような外部弁護士による調査委員会を設けるべきでした。同志社の姿勢は、新島精神に反していると思います。
大学教授の地位は、同僚(後輩)教員の好き嫌いで左右されてはなりません。労働契約は、法令に基づいて、適正な手続きを経て決定されなければなりません。大学の自治、雇用者の裁量権は絶対、無制限ではなく、社会通念上認められる範囲を超えてはなりません。被上告人が2013年10月29日から今日まで進めたプロセスは、「裁量権」の範囲を大きく逸脱しています。「大学の自治」として違法不当なことが起きています。司法の力を借りるしかありません。
高裁判決が確定してしまえば、専攻や研究科で同僚に嫌われた教員は65歳で解雇に追い込まれるという事案が今後も出るでしょう。私に対する解雇が合法ということになれば、同志社大学だけでなく、日本のアカデミズム全体に悪影響が出ると思います。
同志社大学に自浄能力も改革の意思もない現状から、最高裁判所に高裁判決を見直す決定を下していただきたいと望みます。
最高裁判所は日本における最高の知性、哲学、識見を持つ法律家集団だと信じています。最高裁判所における正義の決定を期待します。
以上
添付資料一覧
【資料1】同志社大学が65歳定年退職者に5年間支給している特別補給金という名の闇年金に関する大学から対象者への「お知らせとお願い」(①~③)と同志社教職員組合連合発行の2017年「組合員手帳」末尾の資料15ページ「退職金」の項目「②永年勤続者への特別補給金」。同大の大学院教授を対象にした「定年延長」制度が不公平で差別的であることを示している。
【資料2】浅野健一が原告になった学校法人同志社・村田晃嗣前学長を被告とする損害賠償請求事件(京都地裁第1民事部)の被告代理人の証拠説明書(①)と乙17号証(②)。第10回研究科委員会の翌日の2013年10月31日に、村田晃嗣学長が尾嶋史章副学長(冨田安信研究科長の前任者、社会学専攻教授)と冨田研究科長の2人と学長室で面談していることを示す記録。浅野の解雇が当初から大学執行部との共謀で計画されたことを示している。
【資料3】学校法人同志社を相手取って地位確認等請求訴訟(京都地裁第6民事部)を起こした同志社大学名誉教授(2018年3月末、65歳定年退職した元人文科学研究所教授)が2018年9月に提出した準備書面(1)に付けた「第1表 大学院教員の定年延長(2008~12年)」。最近5年間の定年延長対象者で、浅野健一とビジネス研究科の山口薫教授以外に定年延長を拒否された教授はいないこと示している。
【資料4】同志社大学社会学研究科によって博士後期課程を満期退学とされ、2014年4月1日以降、博士論文の指導を同志社大学大学院教員から全く受けていないインドネシア政府留学生のナジ・イムティハニさんが、再入学期限の2019年3月を控え、2018年8月29日付で松岡敬学長と八田英二理事長へ送った「再入学後の指導教授は誰になるのか」などを質問した手紙(2枚)。
【資料5】前記ナジさんの件で、ナジさんを知る同志社大学政策学部卒業生の吉川幸佑さんらが2018年9月5日付で松岡敬学長と八田英二理事長へ、ナジさんが博士学位を取得できるよう大学は早急に対応すべきだと求めた要望書(3枚)。
【資料6】「浅野先生の教壇復帰を求める会」の大内健史会長(大学院文学研究科博士前期課程2年)が2018年8月8日、4年半にわたり休講になったままの浅野担当の大学院と学部の科目の開講を求め、松岡敬学長と八田英二理事長へ要望書(学生・市民200人の署名付)を提出した際に添付した手紙(①~③)。要望書(2018年3月22日以降の署名付)の中から抜粋した1枚のコピー(④)。学生・市民は学長らに対し、ナジさんの博論指導を行うよう要求している。
【資料7】学校法人同志社が2018年2月、大阪高裁へ提出した社会学研究科事務室作成とされる第10回委員会と第11回委員会の記録が刑法に違反する無印文書偽造・同行使に当たるとして、同年6月28日、浅野健一が京都地検検事正に対し、被疑者不詳で告発した告発状(①~⑤)。告発状は同年7月2日に受理され、京都地検特別刑事部において捜査中。
【資料8】前記の同志社大学名誉教授が2018年9月に京都地裁第6民事部へ提出した準備書面(1)に付けた「第2表 大学院教員の研究業績(経済学研究科)。八田英二理事長(経済学研究科教授、5回目の定年延長中)を含め、経済学研究科で定年延長されている教授の約半数に、最近ほとんど業績がないことが分かる。
地位裁判上告理由書

 判決文全体が司法ヘイトとも言うべき2018年6月14日の大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長、右陪席・黒野功久裁判官、左陪席・桑原直子裁判官)の判決を全面的に不服として、弁護団(訴訟代理人4人)は6月27日、大阪高裁へ最高裁への上告状兼上告受理申立書を提出しました。また、9月10日、上告受理申立理由書、上告理由書と最高裁への陳述書(9月5日付)を大阪高裁へ提出しました。最高裁で審理が始まります。

上告理由書と陳述書をブログにアップします。

平成30年(ネ受)第213号 地位確認等請求上告受理申立事件  
申立人  浅野健一         
相手方  学校法人同志社         
上告受理申立て理由書                 
平成30年9月10日
最 高 裁 判 所  御 中
    申立人訴訟代理人
弁護士  山下幸夫              
弁護士  高田良爾              
弁護士  山縣敦彦              
弁護士  斉藤麻耶              
 申立人の上告受理申立て理由は,次のとおりである。
第1 原判決の判断と上告受理申立て理由の要旨
   原判決は,申立人の主張を全て退け,控訴を棄却している。
   しかしながら,以下に述べるとおり,原判決は法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められるので,上告審として事件を受理すべきであり,その上で相当な判決をすべきである。

第2 原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件であること
1 原判決の判断
  原判決は,「本件定年退職扱いについて解雇権濫用法理は適用されない」(原判決45頁)と判断し,最高裁判所平成24年11月29日第一小法廷判決(津田電気計器事件)の「事案は,労働者の65才までの安定した雇用確保措置の実施を義務付けて高年法9条に基づいて導入された継続雇用制度に関するものであり,65才の定年年齢に達した後の定年延長が問題となっている本件とは事案を異にしているから,同判決を根拠として,本件に関し労契法19条2号を類推適用することが肯定されることにはならない。」と判断している(原判決65頁)。
2 原判決は最高裁判例と相反すること
(1) 最高裁判決
  津田電気計器事件最高裁判決(最高裁平成24年11月29日第一小法廷判決・裁判集民事242号51頁,労働判例1064号13頁)は,「…他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない。したがって,本件の前記事実関係等の下においては,前記の法の趣旨等に鑑み,上告人と被上告人との間に,嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であ」ると判断している。
(2) 津田電気計器事件と本件との相違点について
  津田電気計器事件は,会社と従業員の過半数を代表する者との書面による協定に基づいて高年齢者継続雇用規程を策定し,これに基づき再雇用の対象者について在職中の勤務実態や業務能力につき作成された査定帳票の内容等を所定の方法で点数化し,これにより再雇用するか否かを判断してきた事案であったのに対して,本件においては,相手方は,定年延長対象者について,相手方にとって必要な教員であるかどうか,すなわち,定年延長を認めるか否かを判断する具体的な判断基準を明示した要件は何ら定めていない。
  すなわち,昭和26年(1951年)の就業規則(甲1)の第10条に「社員は満65歳をもって定年退職するものとする」と規定され,その附則の1において「当分の間,大学院に関係する教授にして,本法人が必要と認めたものに限り,これ(65歳定年のこと)を適用しない」との文言があり,昭和48年(1973年)の理事会決定に「大学院教授については1年度ごとに定年を延長することができるものとし,満70歳の年度末を限度とする」と記載されているだけである。
  上記の「本法人が必要と定めたもの」といった抽象的な文言のみでは,何が必要なのかの意味が不明であり,何ら判断基準を定めていないに等しいというべきであり,本件では定年延長の希望者全員が定年延長を認めるについて明らかな欠格事由があるとの特段の事情がない限り,定年延長措置の適用を受けられるものと信ずるにつき合理的理由があると解するのが妥当である。
  なお,厚生労働省作成の「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」においても,「『会社が必要と認める者』…というだけでは基準を定めていないに等しく,高齢者雇用安定法の趣旨を没却してしまう…」との指摘がされている(甲167・Q4-2に対するA4-2参照)。
(3)  本件の具体的事実関係からは再雇用とは評価できない事案であること
ア 津田電気計器事件は,いったん60歳で定年退職し,その後1年間の嘱託雇用を終えた者が更に64歳まで再雇用されるという事案であったのに対して,本件においては以下のような事実があることから,再度の雇用契約に基づく再雇用と評価すべきでなく,従前の雇用契約が70歳まで1年ごとの定年延長で継続すると理解するのが相当であると解するのが相当な事案であった。
イ 申立人の大学院教授の定年延長については,以下に述べるような事実関係がある。
① 本件以外には,希望者の定年延長が否定された例は一件もない。
② 対象者が体調不良や他大学への移籍等の理由で相手方における定年延長を希望しない場合には,所属する専攻における次年度の開講科目・科目担当者を検討・決定する7月初旬から10月中旬までの間に,その旨を事実上申告することになるが,そのような申告がない限り,専攻会議において,次年度の担当科目の決定がなされ,その後,専攻会議の決定に基づき専攻教務主任から社会学研究科委員会に対して定年延長を提案することを決める手続を経て,定年延長に向けて自動的に手続が進むことになる。
③ 相手方から定年延長希望者に対し,定年延長に関係する書面は一切発行されず,定年延長にあたり,新たな雇用契約書が作成されていない。
④ 定年延長については,「1年更新,最大5回で70歳まで定年延長可能」との契約内容になっているはずなのに,その間,1回も契約更新の手続を行っていない。
⑤ 定年延長後の労働条件(給与等)について相手方と対象者との間で新たに合意をすることはなく,従前の労働条件がそのまま5年間にわたり適用される。65歳の時点で支給されていた給与よりも減額されることはない。
⑤ 65歳の時点では退職金は支給されず,いったん相手方を退職するとの扱いもされない。かえって,70歳の退職の時点で更に5年間の勤続年数を参入した上で決定された退職金が支給される。
(4) 本件に適用されるべき判断枠組みについて
ア 上記のとおり,津田電気計器事件の事案と本件の間では事実関係において多少の相違はあるものの,被雇用者において雇用継続に対する合理的な期待が形成されていたことや当該対象者において雇用継続が否定されるべき合理的な理由が何ら存在しないこと(先に述べたとおり,本件においては,被控訴人の就業規則において,雇用継続の是非を判断するための具体的な判断基準すら設けられていない。)といった重要な点においては共通している。
イ 上記(3)イにおいて述べた事実関係からすれば,本件は再雇用ではなく,従前の雇用契約が継続し,雇用期間が単に延長されていると評価すべき事案であるから,本件定年延長拒否は,相手方が申立人との雇用契約継続中に,申立人の意に反して一方的に同契約を終了させたものといわざるを得ないのであって,その判断枠組みとしては,解雇権濫用法理が類推適用されるべき案件であるというべきである。
ウ この点については,下級審の判断ではあるが,大学教授の定年延長拒否について争われた東京地判平成18年1月13日判タ1219号259頁(日本大学事件。甲106。その評釈として甲142)も,「労働契約の当事者間で一定の労働条件について就業規則,労働協約,労働契約などの成文の規範に基づかない労使慣行が成立しているかどうかについては,一定の取扱いないし処理の仕方が長い間反復・継続して行われ,それが使用者と労働者の双方に対し事実上の行為基準として機能しているかどうかによるべきである。」とした上で,「日本大学学部においては,教員の定年制度の運用において,65歳に達した後にも通常は定年が延長されて当初は2年,その後さらに2年,最後に1年という形で70歳になるまで勤務できる事実たる慣習が存在し,それが大学と教員間の労働条件として契約の内容になっていたものと解するのが相当である」と判示し,「上記慣行に照らすと,原告と被告間の雇用契約の内容となっている定年延長による労働契約関係継続の利益を不当に断ち切るもので,権利の濫用に当たるものとして無効となる。換言すれば,被告の原告に対する平成16年3月31日付の退職の発令は,解雇の意思表示に相当・匹敵するものであり,しかも,本件訴訟では被告から解雇事由に当たるところの原告の定年延長が不適格であるとする具体的な理由が主張・立証されていないことからすると,解雇権濫用の法理に照らして,評価障害事実について主張・立証がなされていないものと同視できる。」と判断しているところ,この判断の在り方が日本大学事件とほぼ同じ事案である本件では参考にされるべきである。
(5) 本件定年延長拒否には解雇権濫用法理が類推適用されるべきこと
ア 相手方大学院教授は,65歳を過ぎても70歳までは雇用が継続するとの合理的な期待を有している。
  申立人においても,平成6年4月の大学院教授としての採用時において,相手方においては70歳まで大学院教授としての雇用が確保されているとの認識のもとで,他大学における勤務条件と比較検討した結果,相手方における勤務を決めたものであり,採用時に渡された就業規則附則などに大学院教授の定年延長のことが明記されており,その後も,相手方においては定年延長が拒否される例もなかったことから,申立人としては,当然に70歳まで大学院教授としての仕事を続けられると期待していた(第1審における申立人の本人調書6,7頁。なお,申立人の前職〔昭和47年から平成6年まで〕の一般社団法人共同通信社の定年は60歳であった。)。
イ 相手方においては,65歳を迎える大学院教授から相手方に対して,定年延長を希望する旨の意思表示を書面又は口頭で行うとの慣例もなかつたのであって,逆に体調不良や他大学への移籍等の理由により定年延長を希望しない場合には,その旨を専攻会議などで事実上申告するのみであり,その手続も明文化されたものは一切存在しない。
  もっとも,かような申告がなされる例はきわめて例外的であり,通常は専攻会議の場で次年度の担当科目が決定され,その後,自動的に定年延長するための形式的な手続がとられていた。
  他方,相手方から定年延長対象者に対し,書面や電子メール等で定年延長を認める旨の通知がなされるということもなかった。
  以上の事実関係からすれば,相手方と申立人を含む大学院教員らの間においては,対象者から定年延長を希望しない旨の特段の意思表示がない限り,70歳まで従前と同一の労働条件で雇用契約が更新される旨の黙示の合意が形成されていたと解すべきである。
  したがって,相手方の申立人に対する本件定年延長拒否は,解雇権濫用法理の類推適用が認められるべきであり,無効であると解すべきである。
ウ なお,雇用対策法施行規則1条2項の規定に基づく「雇用政策基本方針」(平成26年4月1日厚生労働省告示第201号。これは平成20年厚生労働省告示第40号を全部改正したものである。甲169)の第二の二の(三)の②のロの「シニアの社会参加モデル」の中で,「少子高齢化に伴い労働人口が減少する中で,我が国が成長し続けるためには,高齢者のますますの活躍が必要不可欠である。特に,団塊の世代が六十五歳を超えていくことを踏まえると,この世代を中心として『シニアの社会参加モデル』を構築できるかどうかは,その後に続く世代への影響も含めて,我が国の経済社会に非常に大きなインパクトを与える。これまで,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和四十六年法律第六十八号)に基づき,高齢者の雇用確保措置を充実させる等の取組を行ってきた。今後は,人生百年時代を見据え,働く意欲のある高齢者の様々なニーズも踏まえ,高齢者が培った能力や経験を活かし,生涯現役で活躍し続けられる社会を実現すべく,様々な働き方や活躍の場を創造することが重要である。」と述べている(同22頁)。
  旧「雇用政策基本方針」第二の三の(一)の③の「いくつになっても働ける社会の実現」の項においても,「意欲と能力があれば65歳までに限らず,65歳を超えても働ける社会の実現に向けた取組を進めていくことが必要であり,年齢にかかわりなく働き続けることができる社会を目指す取組の一環として,『70歳まで働ける企業』の普及・促進を図るなど,60歳代半ば以降の高齢者が働ける職場を増やしていく」と記載されていたが(甲170の7枚目),上記改正はそれをさらに一歩進める内容というべきであり,政府としても,70歳まで,そしてさらにそれ以上の高齢者の雇用の確保を要請していると考えられる。
  したがって,高年齢者等の雇用の安定等に関する法律が65歳以上の者の継続雇用について規定していないことを根拠に,65歳以上の者にそのことを不利益に取り扱うべきではなく,65歳以上の者についても同様に,継続雇用の要請はあると考えるべきであり,この点が本件定年延長の障害になると解すべきではない。
(6) まとめ
  以上から,原判決の上記判断は,津田電気計器事件最高裁判決の判断と相反する判断であり,原判決には最高裁判例違反がある。
  本件は,65歳の定年年齢に達した後の定年延長が問題となっている事案であるところ,最高裁判所においてはその先例は存在しないことから,今後起こる同種事案に対する判断基準を示すことが必要であり,最高裁判所は,本件において,踏み込んだ判断を示すべきである。

第3 原判決に法令解釈に関する重要な事項を含む判断をしていること
1 「実質的な審議」に関する審理不尽及び理由不備
(1)  原判決の判断
  原判決は,相手方が運営する同志社大学大学院における定年延長の是非について,メディア学専攻における専攻会議及び社会学研究科における研究科委員会において「実質的な審議」が行われていた事実を認めた上で(原判決41,42頁),それを前提として,相手方大学院教授は,原則として定年が延長されることになっていたと認めることはできないと判断している(原判決42頁)。
(2)  原判決における法令の解釈適用の誤り
  しかしながら,上記の「実質的な審議」の存在を前提にするのであれば,「実質的な審議」があったか否かについては,とりわけ慎重に審理を行わなければならないはずである。
  実際には,申立人は,第一審から一貫して,メディア学専攻会議及び社会学研究科委員会においては,本件申立人の案件以前には,定年延長の可否に関する実質的な「審議」が一切行われたことがないと主張・立証してきた。
  具体的には,研究科委員会の場において,定年長対象者全員の履歴書・業績書の配付や業績の現物の回覧もなく,役職(専攻名,教授などの職名),氏名,大学院における次年度担当科目の一覧表が審議資料として配布され,氏名が読み上げられるのみで,健康上の理由や他大学への移籍等の理由で,定年延長を希望しない者を除き,研究科委員会に対し,形式的・機械的に定年延長が提案され,同委員会及び理事会において承認されてきた事実を主張・立証してきたのである。
  この点につき,原判決は,相手方大学院における多数の研究科委員会,研究科教授会において定年延長の審議に関する「具体的な申合せ」(乙6ないし12)が存在していたことのほかは,「実際に,控訴人自身,渡辺教授の定年延長の審議に際して,『余人をもって代えがたい』との条件を満たしていないと主張して議論していた」との事実を認定して(原判決40頁),「専攻会議及び研究科委員会において実質的な審議,検討が行われている」と認められる」と断じている(原判決41,42頁)。
  しかしながら,そもそも,上記「社会学研究科の人件に関する申合せ」(乙12)における「定年延長」の項(第3項)は,「定年延長がある場合,次年度の科目担当を決定する前に,研究科委員会の承認を要する。当該専攻からその旨を科長に,11月の研究科委員会までに報告し,研究科委員会では,大学院担当予定科目を記載した一覧表によって審議する。」とあるのみで,定年延長の可否を決めるための審査方法などの手続きは何ら「具体的」ではない。
  また,上記の渡辺教授にかかる定年延長提案に際して,専攻会議と研究科委員会で申立人が異と唱えた事実はあるものの,専攻会議と研究科委員会においてかかる意見は全く聞き入れられず,当時の専攻教務主任と研究科長は議題にもせず,「議論」どころか,その場で却下されて取り上げられていないのである。
  以上のとおり,本件において,「実質的な審議」の存在については,原審では何ら審理が尽くされていないのである。
(3) まとめ
  したがって,この点に関する原判決の判断は,経験則に反する著しく不合理な事実認定であり,自由心証主義(民事訴訟法第247条)に反しているから,法令の適用を誤るものである。
2 「実質的な審議」の存在及び定年延長の実績に関する証明責任に関する民事訴訟法の解釈の誤り(審理不尽)
(1)  前記1に関連して,専攻会議や研究科委員会において,上記のような「実質的な審議」が行われた事実があるかについては,少なくとも申立人が在任中において,申立人自身が体験したり,他の教員等からそのような審議が行われた事実を聞いたことは一度もない。申立人が相手方に雇用される以前の状況については,申立人において知る由もない。
    そもそも,過去の専攻会議や研究科委員会において何が行われてきたかについては,相手方が過去の議事録等を作成・保管しているはずであるので,相手方においてこれを明らかにするのが合理的である。現に,相手方は,本件申立人の定年延長にかかる社会学研究科委員会の議事録を作成・保有しているとのことである。
(2) また,定年延長の実績に関する証拠について,原判決は,「定年延長がなされなかった者について定年延長がなされなかった事情が全て対象者側の意向であることをうかがわせる客観的な証拠は何ら存在しない」と判示している(原判決42頁)。
  この点,申立人としては,自らの調査の結果,一審において提出した申立人第10準備書面別表及び甲103(申立人の陳述書)の5〜9頁のとおり,過去の定年退職となった教員における退職理由を可能な限り明らかにした。
  これに対し,相手方は乙59(定年退職した教員のリスト)を提出するのみで,退職理由について何ら明らかにしていない。
(3)  上記の2点については,当事者間の公平の観点から,相手方に証明責任を負わせるべきものであり,これらの点について,相手方が何ら証明責任を果たしていないにもかかわらず,あたかも申立人が証明責任を負っているかのような判断を前提にしている原判決には審理不尽の違法及び民事訴訟法における証明責任の解釈の誤りがある。
  したがって,原判決には,法令の解釈適用の誤りがあり,原判決は法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められるべきである。
3 定年延長の例が全て審議の結果であるとする根拠が示されていない法令の解釈適用の誤り
  原判決は,「仮に控訴人の主張するような事実があったとしても,それは審議の結果として定年延長となった者が多数となっていたというにすぎ」ないと判示した(原判決42頁)。
  ここでいう「控訴人の主張するような事実」というのは,①昭和51年3月末から平成25年3月末までの間に相手方大学院を退職した相手方大学院教授のうち,1年以上定年延長された者が93.1%であること,②健康上の理由や自ら相手方大学院教授以外の道を選択したなどの特段の事情がないにもかかわらず,定年延長がされなかった教授はないことを指している(原判決42頁)。
  経験則からすれば,これだけの事情があれば,定年延長対象者の定年延長が原則であると理解すべきところ,原判決は,「審議の結果として定年延長となった者が多数となっていたというにすぎ」ないと述べるだけで,「審議の結果として定年延長となった者が多数となっていた」とする根拠について,原判決は何ら説明をしておらず,その理由の説明が不十分であると言わなければならない。
  かかる判示は,結局のところ,上記「実質的な審議」の存在を前提にしているのであり,この点でも,原判決の問題点は,「実質的な審議」の存在について,十分な審理を尽くすことなく,安易に認めてしまった点にあるといえるのであり,経験則に反する著しく不合理な事実認定であり,自由心証主義(民事訴訟法第247条)に反しているから,法令の適用を誤るものであり,法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められるべきである。
4 研究科委員会の審議が本件配布資料(甲5)に基づいて行われたことを認めた原判決の法令の解釈適用の誤り
(1) 原判決の判断
     原判決は,「本件配布資料(甲5)は,メディア学専攻において控訴人の定年延長について審議した本件会議の構成員である小黒教授が作成し,社会学研究科委員会において控訴人の定年延長を提案しない理由を説明する際に配布された文書であるから,メディア学専攻及び社会学研究科委員会における控訴人の定年延長の是非についての審議は,基本的に本件配布資料に基づいて行われたものと認められる。」と認定した上で,その内容について,「全く根拠を欠くものとは認められない」として,「メディア学専攻及び社会学研究科委員会における控訴人の定年延長についての決定の基礎とされた事項が事実に基づかないものであるとは認められない。」と判断している(原判決52,53頁)。
(2) 原判決の判断が経験則に反し,著しく不合理であること
    しかしながら,本件配布資料(甲5)は,申立人の論文・著書の学問的な質,院生・学生に対する指導,学内業務の貢献度,職場環境への影響など,その項目だけ見れば,申立人の定年延長の是非を検討する事項のような体裁をとっているものの,その内容は申立人に対する事実に反するものがほとんどの誹謗中傷・人格攻撃に終始するものであり,大学院教授としての定年延長の必要性に関する事柄については何ら触れられず,申立人に対して何の資料提供も求めないまま(通常,人事案件では本人の業績は本人に提出させるのが慣例である。),極めて恣意的かつ一方的に作成された内容であり,申立人にとって不利益な内容しか記載されていないものである。
    そもそも,相手方における大学院教授の定年延長制度は,教員が定年退職することにより,当該教員が指導していた学生に対する教育に影響が出ないように,その雇用を継続する制度である。したがって,定年延長を認めない場合というのは,当該教員に対する制裁(秩序罰)を与える趣旨ではなく,当該教員が指導していた学生に対する教育に影響が出ないと判断される場合に限られるはずである。
   そして,過去において,社会学研究科委員会において定年延長について審議される際には,対象者の業績書すらも配布されず,ただ次年度担当科目が記載された候補者リストだけが配布され一括して承認されていたのであり,本件配布資料(甲5)のような文書が配布されて審議された例はない。
    当時,申立人は,大学院において博士前期課程の2人と博士前期課程5人の指導教授であった他,学部において次年度もゼミと卒論を指導教員となることが決まっていた3年生ゼミの13人,次年度の2~3年ゼミの履修を希望していた30数名の学生がいた上,大学院博士前期課程に入学予定のロシア人の日本政府留学生ら,申立人の指導を希望していた入学予定者が10人近くいたのであるから,本来であれば,博士課程の2人をはじめとする指導が続く予定の学生に対する影響がもっとも知らされるべきであったにもかかわらず,本件配布資料(甲5)にはその点に関する記述は全くない。社会学研究科の規定では,大学院博士後期課程の学生の指導教授と副指導教授は,学生の入学の時点で指導教授が研究科委員会で審議・決定され,指導教授のの変更は研究会委員会の議決を必要とする。
本件配付資料(甲5)に記述されているような事柄,すなわち,査読付き論文かがあるかどうかとか,院生に過剰な労務を強いているとか,シラバスの表現が不適切であるとか,期末試験に立ち会わなかったとか,専攻科の教員にメールを送って精神的圧力をかけストレスを与えた,等々をいくら積み上げたとしても,5人の学生に対する指導・教育を行う上で,当該教員について今しばらく職にとどまってもらうことの必要性というテーマと結びつくとは考えられない。
    すなわち,本件配布資料(甲5)に記載されている内容は,そもそも,専攻会議が,定年延長対象者については調査したり審査する範囲から全く逸脱していたというべきであり,また,定年延長の審議には全く必要性のないことであり,単に,社会学研究科委員会の出席者に対して申立人の悪印象を与えるためだけに作成された資料というべきものであった。
そもそも,専攻会議や社会学研究科委員会において審議すべきは,当該教授の定年延長を認めなかった場合に,次年度以降,予定の講義・演習などの授業がきちんと行えるのか,また,担当していたゼミ生の指導をきちんと継続できるのかということであったが,本件配布資料(甲5)ではその点について全く触れられていない。
    本来,申立人の定年延長の是非について審議するためには,申立人が指導教授を担当していた多数の学生の不利益について言及している資料が配布されなければならなかったのである。
    したがって,そもそも,本件配布資料(甲5)は,申立人の定年延長の是非を審議するための資料としては不適切であったというべきであるし,その配布を認めた冨田研究科長の判断も誤っていたというべきであり,申立人がいることで同僚が帯状疱疹や突発性難聴に罹患したとして「ウイルス」扱いするなどで,申立人を誹謗中傷するような不適切な資料を配付して審議した上でなされた申立人の定年延長を認めない決議には瑕疵があると判断されるべきであり,明らかに不合理な決定であるから,裁量権行使を逸脱又は濫用したと判断されなければならなかったというべきである。
(3) 本件配布資料の真実性に関する判断も経験則に反する不合理な判断であること
ア 原判決の判断
原判決は,本件配布資料(甲5)について,重要な部分に おいて真実と認め,そうとは認めなかった①,②についても前提を欠くものではないと判断して,「メディア学専攻及び社会学研究科委員会における申立人の定年延長についての決定の基礎とされた事項が事実に基づかないものであるとは認められない。」と判断している(原判決52,53頁)
     しかしながら,以下に述べるとおり,原判決が重要な部分において真実と認めなかった2点を除く他の記述についても,以下に述べるとおり,重要な部分において真実であるとは認められないものであり,これを真実と認めた原判決には,いずれも経験則に反して著しく不合理な認定をするものである。
   イ 本件配布資料(甲5)の「研究面」について(原判決36頁の①)
① 判断基準について
「大学院の教授の水準を満たす研究はない」との記述があるが,この「大学院の教授の水準」について,小黒教授は明確な基準はない旨を供述している(甲138〔小黒調書〕28頁)。
すなわち,小黒教授らは,特に基準を設定することなく,ただ漫然と資料集めをし,それを自分らなりに都合の良いように評価しただけであり,何の客観性もないことが明らかとなっている。
② 査読論文について
査読論文が評価の対象になりうる場面は,新規採用に当たり当該教員が「教授」職に値するか否か,准教授から教授への昇任,又は大学院博士前期・後期課程を担当する教授にそれぞれ任用するか否かの判断においてである。
申立人のように,公募で採用された平成6年(1994年)4月当初から,博士学位に相当する学問的業績があると判断され,大学院教授として採用され,また新設当時から大学院後期博士後期課程の教授(平成10年〔1998年〕と平成17年〔2005年〕に文部科学省の「○合教授」=博論を主査として指導できる資格を有する=と認定されている。)となっていた者について,過去の査読論文の数をもって定年延長の可否を判断することなど考えられないことである。
また,申立人は,国際コミュニケーション学会(ICA)など,査読委員(レフェリー)が掲載を決める単行本,雑誌において論文を掲載した実績がある(甲6の3頁,別件原告調書〔甲137〕3頁)。
 CiNii Articlesには査読の有無についての検索機能がなく,また,海外論文についても検索することができない(甲139〔CiNii Articles利用者アンケート〕)。この点,小黒教授(博士後期課程教授には任用されていない前期課程教授)は,海外論文の有無について海外のデータベースを使用して検索したと供述したが,そのデータベースの名称すら記憶していないばかりか,実際に当該データベースを使用して検索した者が誰であったかすら「覚えてないです」と曖昧な供述をしている(甲138〔小黒調書〕25頁)。
 早野慎吾・都留文科大学教授に,小黒教授が別訴に提出した陳述書(甲140。甲5とほぼ同様の内容である。)の内容を確認したところ,CiNii Articles(論文検索)で著者名浅野健一,出版期間を2009年~2013年を入力して検索すると検索結果は63件ヒットし,浅野氏と同姓同名の業績が6件含まれているので,57件が控訴人の業績であることが判明するのであり,「単著の論文1本,大学院生との共著の論文2本」などとする小黒教授の陳述・供述が全く事実に反していることが明らかとなっている(甲141・3頁)。
③ 「評論・社会科学」78号について
申立人が執筆した論文が掲載された同志社大学社会学会の紀要「評論・社会科学」78号の回収要請がされた理由は,「『研究成果の発表』という本誌の目的にそぐわない論稿」であったからとされており(甲8),少なくとも「内容に不適切な部分があった」からではない。
ウ 本件配布資料(甲5)の「教育面」について(原判決36頁の②)
①  院生に対する指導について
申立人が「学位授与の前日まで論文内容を修正できる」などという指導を院生にした事実はない。申立人は,記述の順番などの形式を修正することは許容したとしても,論文の内容(コンテクスト)を変えてもいいなどという指導をしたことはないのであり(別件原告調書〔甲136〕6,7頁),小黒教授らの報告は事実とは認められないし,前提を欠くものではないとの原判決の判断は経験則に反する著しく不合理な認定である。
① 院生に課したとされる労務について
申立人が院生に労務を課したことはない(別件原告調書〔甲136〕7頁)。
この点につき,小黒教授は「特定のゼミ生」というのは具体的に誰であるかについて供述しなかったものであり(甲138〔小黒調書〕29頁),控訴人において反証不可能であり,この点を控訴人の不利益に取り扱うべきではない。
② シラバスについて
申立人のシラバスの内容について,これまで専攻会議で議論がされたことはなかった(甲138〔小黒調書〕29頁)。そもそも,会議の場で教員のシラバスの内容が問題にされたことはこれまでにない(別件原告調書〔甲136〕7頁)。
③ ゼミ論集「DECENCY」について
申立人がゼミ論集の中で他の教授の誹謗中傷をしたことはないと供述しており(別件原告調書〔甲136〕7頁),小黒教授らの報告は事実とは認められない。
④ ゼミの変更申出について
過去に申立人が指導していたゼミ生がゼミの変更を申し出た事実はあるが,それは十数年前のことであり,当該学生において海外留学の後,将来の志望が変わったことが理由であって,学科の内規に従って,あくまで学生の利益のために例外的に取った措置にすぎない。少なくとも小黒教授らが摘示したいような控訴人の指導に問題があったからではない(別件原告調書〔甲137〕8頁)。
したがって,この点につき,前提を欠くものではないとの原判決の判断は,経験則に反する著しく不合理な判断である。
エ 本件配布資料(甲5)の「学内業務面」について(原判決36頁の③)
申立人が公務出張(大学支給の個人研究費を使用)のため期末試験に立ち会わなかった事実はあるが,あくまで事前に事務室と相談した上で試験監督代行者を選定し,研究科長の了解を得た上で行ったであって(別件原告調書〔甲137〕9頁),非難される筋合いのものでは全くない。
少なくとも,小黒教授らが摘示したような控訴人が合理的な理由なく期末試験に立ち会わなかったなどということではない。
オ 本件配布資料(甲5)の「職場環境面」について(原判決37頁の④)
申立人は,自身がかけられた事実無根のセクハラ疑惑を報じた週刊文春の報道に関する名誉毀損訴訟や渡辺教授に対する損害賠償請求訴訟及び渡辺教授が大教室の講義においてアダルトビデオを音声付きで上映したことを報じた週刊新潮の報道に関する訴訟に関し,渡辺教授ほか教員にメールや文書を送付したことはあるが(別件原告調書〔甲136〕10,29〜30頁),「人格を批判し精神的圧力を加える」メールや文書を繰り返し送付などしたことは証拠上認められない。
   また,突発性難聴や帯状疱疹を発症したことについて,そもそもそ の事実すら立証されていない。さらに,小黒教授は,医師から,「さまざまな原因が考えられるけれども,ストレスが大きいのですかね」と言われたのみとのことであり(甲138〔小黒調書〕29頁),これらの症状が申立人の行為によるものであることにつき何らの立証もなされていないしない。何らの根拠もなく申立人の言動が原因で疾病を発症したなどと摘示するのは,大学教員の書く文章として低劣であるだけでなく,非科学的な記述であり(甲70),およそ重要な部分において真実であると認められない。
 オ まとめ
      以上から,原判決が,本件配布資料(甲5)について,重要な部分に おいて真実と認め,そうとは認めなかった①,②についても前提を欠くものではないと判断して,「メディア学専攻及び社会学研究科委員会における申立人の定年延長についての決定の基礎とされた事項が事実に基づかないものであるとは認められない。」と判断したのは,経験則に反して著しく不合理な認定をするものあり,自由心証主義(民訴法第247条)に反しているから,法令の適用を誤っている。
      よって,原判決は法令の解釈に関する重要な事項を含むものであるから,上告審として受理されるべきである。

第4 結 語
  以上のとおり,原判決は,最高裁判例違反のほか,審理不尽を含む及び理由不備を含むものであり,法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められるべきであるから,上告審として受理した上で,相当な判決をなすべきである。
以上

2018年9月23日の朝日新聞の一面下に、<監督 山際永三、大いに語る 山際永三・内藤誠・内藤/著 2000円>などという彩流社の広告が載っていました。山際さんは人権と報道・連絡会(1985年設立)の世話人兼事務局長。「浅野教授の労働裁判を支援する会」の代表を務めてくれています。

労働裁判の支援会彩流社のHPによりますと、本のサブタイトルは<映画『狂熱の果て』から「オウム事件」まで>です。
http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2525-6.html

山際さんに電話で聞いたところ、内藤誠さんは山際さんの4歳下の東映の映画監督。内藤 研さんは内藤誠さんの息子さんで、映画研究者・脚本家だそうです。「内藤さんからの質問にこたえる形で本をつくった。若い時に書いた文章も挟み込んでいる」ということでした。

HPでは、山際さんの初監督作『狂熱の果て』、テレビの『泣いてたまるか』、 『男!あばれはっちゃく』、『コメットさん』、『帰ってきたウルトラマン』、 『シルバー仮面』のドラマ演出等々、そして更には、ロス疑惑事件、オウム事件の支援活動までを聞き取ることで、山際監督の核心に迫る鼎談本だとしています。

みなさんもぜひ読んでください。

朝日新聞18年9月23日

2018年9月9日

ナジさんを知るみなさんへお願い

 酷暑も終わりのようです。台風と地震。自然災害の恐ろしさを見せつける事態が西日本、北海道などで起きました。朝鮮や中国などを「敵」と一方的に見なし、米国の「核の傘」の下で米軍需産業から言い値でイージスアショア、オスプレイなどの武器、軍備装備品などを購入するより、自衛隊をサンダーバード的な緊急支援組織に改編し、原発をすべて廃炉にし、災害などから人民の生命と安全を守るため税金を使うことがいま最も必要です。「北海道で原発再稼働を」とネットで言い放つホリエモン、橋下徹などの妄動を糾弾しましょう。3・11を機に、日本は革命が必要でした。今からでも遅くありません。人民が統治する社会をつくりましょう。

 いま、この国に必要なのは、フェアネス、適正手続の順守、公文書への自由アクセス権などの確率です。権力者に法の順守、倫理を求めることです。

 同志社が5年前に私にしたことはアンフェアも極みでした。地位裁判・最高裁への私の陳述書を明日、山下弁護士が大阪高裁へ、弁護団の上告理由書と共に提出します。私の陳述書では、大阪高裁の藤下判決の不当性を指摘し、もし二審判決が確定したら、同志社大学は四流大学になると主張しました。資料も8項目付けています。

 同志社と村田晃嗣学長(当時、現在法学部教授、NHK経営委員)を被告とする損害賠償(慰謝料)請求訴訟の第5回弁輪準備期日は9月13日(木)午前10時半から、京都地裁第1民事部であります。

みなさんへ、お願いがあります。特に、浅野研究室に4年間いたナジ・イムティハニさんを知っている元ゼミ生(特にインドネシアへ旅行した12人のみなさん)に、協力をお願いします。

自主ゼミを運営してくれている「守る会」の吉川幸佑さんが、学長と理事長へ要望書を出しました。この要望書に賛同してくれる学生・元学生、市民の賛同人を集めています。私からもお願いします。私が高裁で敗訴したため、ナジさんの指導教授が、彼の復学の期限である2019年3月までに、全くいない状態が続きます。このままでは、インドネシア国費留学生のナジさは、同大で博士学位をとれません。これは同志社の犯罪です。声をあげてください。

吉川さんからの呼び掛け文を添付します。
また、個人としてナジさんへ激励の手紙をAIR MAILで送ってください。
ナジさんの大学の住所は;
Mr. Najih Imtihani 
Department of Japanese Studies Faculty of Cultural Sciences
Gadjah Mada University Yogyakarta, Indonesia
ナジさんは同志社大学に失望しています。みなさんからの便りがあれば喜び、励まされると思います。
どうぞよろしくお願いします。

以下は、吉川さんからの呼び掛け文です。

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ナジ・イムティハニさんを知るみなさんへ

私は「浅野先生を守る会」会長・吉川幸祐です。大学院社会学研究科メディア学専攻博士後期課程教授の浅野健一先生が定年不延長で解雇された2015年3月、政策学部を卒業しました。先生の「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」を受講しました。先生が解雇された後、自主ゼミの発足にもかかわりました。

私は大学院メディア学専攻博士後期課程の博士学位候補者、ナジ・イムティハニさんの処遇に関することで、9月6日に同志社大学・学長と学校法人同志社・理事長あてに要望書(下に貼り付けます)を提出しました。

学校法人同志社、同志社大学が、浅野先生によるナジさんへの博士論文指導(ナジさん自身も希望)を認めないこととナジさんに対して再入学前に指導教員について伝えようとしない二点について、学生を極めて軽視した行為であると言わざるを得ません。ナジさんの再入学の期限は2019年3月です。このままでは、ナジさんの過程博士学位の取得は不可能になります。時間も残されていません。

このような状況を容認するわけにはいかず、上記の通りナジさん本人が納得する適切な処置をとるよう、要望書を提出するに至りました。

現在、この要望書に賛同していただける方を探しています。ナジさんを直接知っている方、ナジさんの現在の境遇を知っている方に賛同をお願いします。

賛同していただける方は、吉川幸祐(astrophysik928@gmail.com)までメールを送信していただきますよう、お願い致します。その際、メールの件名に「ナジさん博論指導に関する要望書への賛同」と記載して、肩書(同大卒業生の方は学部学科、卒業年)、氏名、連絡先(メールアドレスなど)を書いていただきますよう、お願い致します。匿名を希望する方はその旨を明記ください。ナジさん、あるいはナジさんのことで「守る会」へのメッセージがあればお書きください。

ご連絡は電子メールで astrophysik928@gmail.comまでにお願いします。

第一次集約として、9月17日までに、賛同の連絡をお願いします。みなさんの氏名を添えて、学長・理事長へ送ろうと思っています。

************************************************************〔                 2018年9月5日
同志社大学長 松岡敬様
学校法人同志社理事長・総長 八田英二様 

 私たちは、1994年4月から2014年3月まで20年間、大学院社会学研究科メディア学専攻博士後期課程と大学社会学部メディア学科で教授を務めていた浅野健一先生=最高裁判所・地位確認訴訟の上告人=の教壇復帰を支援している学生、元学生でつくる「浅野先生を守る会」(会長・吉川幸祐)のメンバーです。

今回は2014年6月に「2014年3月末に遡って博士後期課程を満期退学」とされたインドネシア政府奨学金留学生であったナジ・イムティハニさん(インドネシア国立ガジャ・マダ大学文学部日本学科で日本語・日本文化担当専任講師)の処遇に関することで要望書を提出しました。

 私たちは、学校法人同志社によるナジさんへの処遇について非常に深く失望しています。学校法人同志社が、浅野先生によるナジさんへの博士論文指導(ナジさん自身も希望)を認めないこととナジさんに対して再入学前に指導教員について伝えようとしない二点について、学生を極めて軽視した行為であるといわざるを得ません。

浅野先生の地位裁判において、大阪高裁(藤下健裁判長)の結審後に、裁判所から和解勧告があり、学校法人同志社側は、ナジさんの博論審査に浅野先生が関与する必要性を認めました。しかし、ナジさん本人が浅野先生の指導を必要と主張しているにもかかわらず、同志社側は浅野先生を教員として任用することはできないとして、和解を拒否しています。
 
 ナジさんは浅野先生の追放後、2014年に一端退学を余儀なくされ、それによって博士号を取得できなかったことで「2017年2月から8月まで、日本留学前から専任講師(助教)として勤務するガジャ・マダ大学文学部日本学科での教員資格を半年間失う」というペナルティを受けました。

 インドネシア大使館の教育文化部アリンダ・F・M・ザイン参事官(東京大学で博士学位取得)が2016年10月31日に、同志社大学を訪問し、ナジさんへの適切な処置を要請しました。またアリンダ参事官は同志社大学を訪問前、ナジさんにメールで「同志社大学で博士号を取る意思はあるか」と最終確認を行い、ナジさんも「取りたい」と明確に回答していました。

 2017年1月25日の日付で、同志社大学学長から「再入学許可通知書」が出たものの、指導教員についての言及はありませんでした。ナジさんから見れば、指導教員も分からないまま、高額な再入学金や学費を負担して、再度日本へ渡航し、大学院に再入学するのは、リスクが大きすぎます。

もともと、ナジさんが浅野先生の指導を受けられなくなりインドネシアに帰国せざる得なくなったのは、渡辺武達、冨田安信、小黒純、竹内長武各氏らによる、不当な定年延長拒否によるものです。そのような大学内部での許されざる出来事によってナジさんが受けた損害は、博士課程の途中放棄とペナルティ(本国での一時教員資格停止)という極めて大きなものです。助教授・教授に昇進するためには不可欠な博士学位が取得できず、ナジさんの人生設計にも大きな支障が出ています。それに対する同志社大学の対処は極めてお粗末です。

 一方、浅野先生の元支援者で一時は「浅野先生を守る会」の会長でありながら、裏切って冨田氏の側に着いた矢内真理子氏(同大学習支援・教育開発センター助教)の現状はナジさんとは対照的です。矢内氏は、まだ博士論文を完成させておらず、博士学位を取得していないにもかかわらず専任教員に就任しています。異常です。矢内氏の所属は学習支援・教育開発センターで、同大のHPに「アカデミック・インストラクター」として顔も出しています。矢内氏はまた、今年4月から社会学部メディア学科の「メディア学基礎演習Ⅰ」(春期)、「メディア学基礎演習Ⅱ」(秋期)を担当しています。同学科の必修科目である2年生ゼミです。

 矢内氏には重大な瑕疵があります。矢内氏は博士後期課程2年生だった2013年5月に刊行された、飯島滋明編著『憲法から考える実名犯罪報道』(現代人文社、以下同書とする)の中で、「第1部 いまも続く実名犯罪報道の現状」の第2章「名古屋偽造文書事件」というタイトルの論文(同書12~17ページ)を発表しています。

矢内氏の論文のうち,同書13頁の「1 記者クラブ通報メモ」の第3段落から,同14頁の「3 自白を引き出すために使われた新聞報道」の前までが、浅野先生が執筆した「週刊金曜日」(金曜日)2010年5月14日号(58ページ)の連載コラム「人権とメディア」の「警察発表だけで逮捕記事を書く罪 名古屋『契約偽造』捏造」と同文になっています。見出しを除くと54行になります。

矢内氏の同書の論文では、浅野先生の記事を複写して、記事では伏せられていたにも関わらず男性の通称名を記述したのです。矢内氏は浅野先生と「週刊金曜日」編集部の了解なしに、記事を丸写し(コピペ)しています。このような不正行為について、矢内氏から未だに浅野先生への謝罪はありません。一方的に浅野先生の支援を放棄、攻撃する側についた上にさらに盗作まで行っている矢内氏は研究者・指導教員として大きな問題を持っています。

 私たちは、再入学前のナジさんに指導教員についての情報が通達され、適切な指導を受け、博士号を取得できるよう、強く望みます。

 最後になりますが先の大戦において、日本はインドネシア人に対して「独立を約束する」と言いつつ、敗戦後、政府としてそれを一方的に反故にしました。「国体護持」のためです。さらには個人の意思で日本軍を離脱し、「約束を守るため」インドネシアの独立を支援した残留日本兵に対して長きにわたり冷酷な態度をとってきました。日本の敗戦から73年後の今、その日本の同志社大学はインドネシア人の留学生に対して「博士号取得を約束する」と言いつつ、それを反故にした形です。まさに今の同志社大学は、独立の約束を反故にした上に独立を支援した残留日本兵を冷遇した日本政府と同等です。

これでは建学の精神である「良心教育」と「国際主義」の完全放棄というものです。こんなようではいくら駅ビルの電子看板やパンフレットの中で「良心教育」「国際主義」などと宣伝しようとチープな謳い文句に過ぎません。その「張りぼて」様は多くの学生や受験生にやがて見抜かれることでしょう。

 私たちは同志社大学の「良心」を信じたいと思っています。ナジさんが同志社大学で博士号を取れるように迅速かつ適切な処置がなされることを強く望みます。

 以上、宜しくお願い致します。


「浅野先生を守る会」会長:吉川幸祐=2015年同志社大学政策学部卒
Mail: astrophysik928@gmail.com
(以上)]

以上が、吉川さんからの呼び掛け文でした。

ナジさんの博論指導について八田理事長、松岡学長、メディ学専攻教員スタッフ(ナジさんの2年後輩、矢内真理子氏=同大助教=を含む)が何もしないなら、同志社大学は消滅すべきです。

ナジさんが博士号をとれなくなったら、その責任は同志社大学にあります。その時は、すべての大学受験生に、同志社大学には受験しないように訴えます。なぜなら、同志社大学は授業料をとって、税金の補助を受け、教員を解雇し、基幹科目を休講にし、大学院生の博論指導を怠る大学だからです。こういうことは、「関関立」など普通の大学では絶対に起きません。

ナジさんを助けることが、同志社大学の民主化につながります。

ナジさんを助けてあげてください。私が解雇された結果、ナジさんの博士学位が幻になっては、インドネシア人民の税金から出ていたナジさんの奨学金が無駄になります。

どうか、ナジさんを助けてあげてください。

8月24日と31日の会合についてお知らせします。

 

*オウム死刑執行を考える集会

824日(金)夜、東京文京区で開かれる「死刑執行に抗議し、オウム事件についてもう一度考える」集会に河野義行さんと一緒に浅野健一さんが登壇します。主催者がネットで告知しています。

http://www.aum-shinsokyumei.com/

 

集会の会場は文京区民センターです。

東京都文京区本郷41514 電話:03-3814-6731

地図は下記です。

http://www.city.bunkyo.lg.jp/gmap/detail.php?id=1754

 

集会のタイムスケジュールなどは下記です。主催者からの案内です。

**********************************

「死刑執行に抗議し、オウム事件についてもう一度考える」集会 

824日(金) 18時開場 1830分開会/文京区民センター3A

 

24日のタイムスケジュール;

 第1部 18時半~ 

   森達也さん(作家・映画監督・明治大学特任教授) ~真相究明の会の活動と死刑執行について~ 1830分~40分 

   野田正彰さん(松本元死刑囚に面会した精神科医)×二木啓孝さん(ジャーナリスト)1840分~1910

  河野義行さん(松本サリン事件被害者)×浅野健一さん(ジャーナリスト)1910分~40分 

   休憩10分間

第2部 1950分~2110分 死刑執行とオウム事件について

  下村健一さん(地下鉄サリン被害者医療支援NPORSC」理事)   雨宮処凛さん(作家)    有田芳生さん(参議院議員)   落合恵子さん(作家)   茂木健一郎さん(脳科学者) -ビデオ出演   金平茂紀さん(TVジャーナリスト)

-ビデオ出演  堀潤さん(ジャーナリスト)ビデオ出演  PANTAさん(ロックミュージシャン)ビデオ出演   鈴木邦男さん(一水会元顧問)   山本直樹さん(マンガ家)   坂上香さん(ドキュメンタリー映画監督)   坂手洋二さん(劇作家「燐光群」主宰)   安岡卓治さん(映画プロデューサー)

 2110分 終了

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831人報連の8月定例会

人権と報道・連絡会の定例会が8月31日(金)6時半、東京・水道橋の「スペースたんぽぽ」で開かれます。

テーマは<「今市事件」控訴審判決と報道検証>です。以下は山際永三事務局からの案内文です。

 

 <可視化ビデオが裁判員裁判で、弁護側の解釈とは真逆の印象を与えて有罪(無期)となった「今市事件」控訴審判決は、そのビデオそのものを証拠にしてはいけないと真逆の解釈を示しながら、状況証拠を大幅に採用して有罪を維持するという、わけのわからない独自判決だった。事件発生から8年半もたってから、容疑者とされたKさんは典型的な別件逮捕で長期間の取調べにさらされ、ついに「自白」をもぎ取られたと言う。DNA鑑定はどうなったのか? 

 人権と報道・連絡会では2014年9月定例会で「今市事件」をとりあげ、別件逮捕―「自白」で地元下野新聞をはじめ一斉に実名報道に走り、「足利事件」の報道検証・反省が完全に吹き飛ばされた実態が明らかにされた。

 控訴審から弁護団に参加された今村核弁護士(『冤罪と裁判』など著書多数)が、今日の刑事司法の行方を示す意味で重要なポイントとなる今回の判決について、貴重な報告をいただくことになった。多くの方の参加を期待する。

 「スペースたんぽぽ」

  東京都千代田区神田三崎町262 ダイナミックビル4

 電話033238-9035  FAX 03-3238-0797

地図 http://vpress.la.coocan.jp/tanpopotizu.html >

 

929「チュチェを知る千葉の会」で浅野健一さんが講演

 

日時 9月29日(土)14:00~(13:30~受付)

場所 千葉市中央コミュニティセンター5階 講習室2

            https://www.city.chiba.jp/shisetsu/community/0005.html

 


東京地方裁判所民事第31部合議A係 御 中

陳述書

         

山際永三

 

1. 私と日本マス・コミュニケーション学会の関係について

 

 私は1960年代から映画監督の仕事をしてきました。1960年代は、マスメディアとしてのテレビが勃興してきた時代で、私自身テレビの子ども番組(テレビ映画)を多数監督し、テレビ局の裏側を見てきました。

 私が監督した作品は、『コメットさん』『ウルトラマン・シリーズ』『俺はあばれはっちゃく』などです。

 1980年代には、経済的にも影響力の面でもテレビが新聞を凌駕し、全国のテレビ局が新聞との系列化を遂げました。これにより新聞・テレビの画一化傾向が強まり、〝発表ジャーナリズム〟と揶揄されるような傾向が強まり、マスメディアは〝第4の権力〟とも呼ばれることとなりました。この現象は、民主主義社会に決していい影響をもたらすことはありませんでした。

 私は、浅野健一氏らとともに市民運動体「人権と報道・連絡会」を1985年に立ち上げ、新聞・テレビに様々な提言を行なってきました。例えば、犯罪・事件報道においてそれまでは警察に逮捕された人は、実名〝呼び捨て〟となるのが当然とされてきましたが、1989年からは、「○○容疑者」とか「○○社長」とかいう表記が基準とされるようになりました。これなどは、私たちの運動の成果であると考えています。

 人権と報道・連絡会の33年にわたる活動の一覧が掲載されている昨年のシンポジウムのチラシを本書末尾に添付します。

 私は日本マス・コミュニケーション学会の会員となり、1999年春期研究発表会のワークショップ(以下WSと記載)において、浅野健一氏と私が討論者として「人権と犯罪報道の現在―和歌山カレー事件報道を検証する」というWSを開催し、その要約は学会の学会誌(紀要)に公表されました。2001年は、同じく私と浅野氏により、「新聞各社の苦情対応組織とメディア責任制度」、2008年は、「裁判員制度とメディア責任制度」、2011年は、「冤罪をなくすために報道はどう変わるべきか」を行ない、それぞれの結果はその年の学会誌に掲載・公表されました。

 

2.2015年のワークショップ原稿の紀要への掲載について

 

 2015年は、「警察リークと犯人断定報道」を行ないましたが、予期しなかった事態が起こり、本訴訟に至るトラブルとなりました。

 私と浅野氏は、WSで話題となり、浅野氏が発言し、参加者とのあいだで討論にもなった事項(浅野氏の肩書き等の問題)を要約し原稿としました。ところが、私たちのWSに参加もしていなかった学会役員が、自分たちの気に入らないことを原稿に書いたということで、それを修正しろと言ってきて、その交渉中に学会誌の印刷を強行し、私たちにその結果を押しつけ、WSで話し合われたこと全体を抹殺しようとする行為は、全くもって私たちの言論を検閲し、抹殺しようとする暴挙であり、表現の自由への重大な侵害行為です。

 その後2016年に、WS「安倍晋三政権の言論統制と『新聞に軽減税率』」、2017年には「警察取材記者の過重労働と市民の知る権利」を行ない、2015年に学会役員から修正を要求された事項と同様の記事部分を含む原稿を編集関係者に提出し、浅野氏の肩書き問題などで再び修正要求があるかどうかを観察していたところ、全く問題なく原稿どおりに掲載・発行されました。

 そこで私は、2015年の際の学会役員が、とくに私と浅野氏を邪魔もの扱いし

て、白紙発行という非常識なことをやったのであることを確信し、怒りをもった次第です。

 本訴訟において被告側は、責任の有無について、編集委員とか、担当理事とか理事会とかの名を出して、学会誌の白紙発行は正当であったと言い訳しています。だが問題を、あれこれの手続きに矮小化するべきではありません。検閲と言論・表現の自由に対する抹殺の責任こそ問われているのです。

 

3.2015年ワークショップの内容と被告らの責任

 

 問題のWSのテーマは「警察リークと犯人断定報道」でした。私が報告を行ない、主として1966年に静岡県で起きた「袴田事件」の事件発生時点の新聞報道を精査し、同事件の証拠上の問題点は多数あったことを前提として冷静な捜査、報道がなされるべきであったことを、研究の結論として述べました。

 最も重要な証拠問題として、火災となった事件現場の焼け跡から発見されたという「くり小刀」の刃体部分(刃わたり約13㎝)が、犯人1人によって使用され、被害者4人を殺害することができるかどうか、犯人は複数なのではないか、凶器はその「くり小刀」の刃体部分ではないのではないかということが当初からあったはずだと、私は指摘しました。

 そのうえで、従業員であった袴田巌氏が消火活動の際に怪我をして包帯を巻いていたのを、殺害行為の際の怪我ではないかとの完全な憶測から、「従業員『H』浮かぶ」と書いたのが毎日新聞静岡版であることに注目すべきだと強調しました。

 当時の新聞記事全体の統計をとってみても、他紙と比べて毎日新聞の記事数・記事の大きさが目立ち、警察捜査と癒着していくつかの憶測記事を掲載し、なかには後で完全な誤報であったことが明らかとなる記事もあったこと、さらに袴田氏が起訴される段階で静岡支局長の署名記事を出し、「科学捜査の勝ちどき」とか「ガンとして二十日間も口を割らなかったしぶとさ、がん強さと反社会性は犯罪者に共通した性格だが、袴田の場合は極端である」とまで書いて袴田氏を罵倒しています。

 さらに後年、この毎日静岡支局長は本社社会部長にまで出世して、1980年には自慢話の書籍『事件記者』を出版し、袴田事件当時、捜査員が支局長の自宅まで来て情報を提供してくれたことなどを書いています。その記載部分コピーを本書末尾に添付します。

 私はWSにおいて、資料(本訴訟甲第10号証)を配布したうえで論証し、事件報道におけるマスメディアの影響力、責任の大きさを提起しました。

 

4.本訴訟に及んだ私の思い

 

 そのWSには、袴田巌氏の姉である袴田秀子さんや長年の支援者平野君子さんも参加してくれました。

 私は、私の研究がWSで発表されたにもかかわらず、それが学会誌では白紙のままで研究の内容が抹殺されたことを、悲しく思い、怒りも感じています。それは、せっかく参加してくれた袴田秀子さんたち袴田事件当事者の方々の努力についてバックアップすることができず、期待を裏切ってしまったことを、本当に残念に思い、申し訳ない気持ちを持っていることに繋がります。

 日本マス・コミュニケーション学会が、以上のように言論・表現の自由を踏みにじっておきながら、一片の反省も示さない実態に対して、悲しく、そして怒りをもって抗議し、本訴訟に及んだ次第です。

                                以上


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