同志社大学 浅野健一教授の労働裁判を支援する会 ブログ

2014年4月、同志社大学から追放された、浅野健一教授。 元・共同通信の記者であり、生粋のジャーナリストとして輝かしい経歴を持つ浅野教授は、同志社大学と闘うために立ち上がっています。 これは、闘う浅野教授を支援し、情報発信するためのブログです。

2018519

蓮池透さん講演会のお知らせ

 

529日(火)夜、たんぽぽ舎主催で行われる蓮池透さんの講演会の案内文が18日に「日刊メルマガ」で届きました。以下に貼り付けます。

参加費800円です。浅野健一氏も15分間発言します。ぜひ参加ください。

 

-----Original Message-----

たんぽぽ舎です。【TMM:No3366

2018518()地震と原発事故情報-

               4つの情報をお知らせします

                       転送歓迎

━━━━━━━ 

★1.原子力の技術は未確立 古くても新しくても危険

    現代技術には限界がある 事故は起き、取り返しがつかない

    元GE技術者 菊地洋一氏が実体験に基づく恐ろしい原発の真実語る ()

                     渡辺寿子 (原発いらない!ちば)

★2.529()蓮池 透さん講演会のご案内

   朝鮮半島情勢と拉致被害者

     拉致問題、核・ミサイル問題は対話と交渉によって解決可能

     元「家族会」事務局長 蓮池 透さんに聞く

                 渡辺マリ (たんぽぽ舎ボランティア)

★3.原発「30キロ圏外」の安全は…福島県飯舘村の現状…ほか

     メルマガ読者からの原発等情報3つ(抜粋)

                 黒木和也 (宮崎県在住)

★4.新聞より2つ

 

(略)

┏┓ 

┗■2.529()蓮池 透さん講演会のご案内

 |  朝鮮半島情勢と拉致被害者

 |    拉致問題、核・ミサイル問題は対話と交渉によって解決可能

 |    元「家族会」事務局長 蓮池 透さんに聞く

 └──── 渡辺マリ (たんぽぽ舎ボランティア)

 

  蓮池 透さんが「週刊金曜日」に書いた文章を紹介します。

 

「拉致問題」で無能をさらけ出した安倍首相-南北の平和と日本-

   蓮池 (「週刊金曜日」2018.5.111183号より抜粋・要約)

 

〇安倍晋三首相は「拉致問題でのし上がった」とされるが、問題解決の実績はゼロ。この問題を利用することしか考えていない。しかも北朝鮮を「脅威」と煽るだけで対話を拒否してきたのは、政権維持にも利用しようとしているからだ。

 

 (前略)朝鮮半島の南北融和が、一挙に進んでいます。そのなかで日本が蚊帳の外に置かれたまま、安倍晋三首相は「拉致問題の解決」を唱えています。(中略)

 

 今回ようやく南北間の関係が動き出したら、やったことは4月17日に訪米し、トランプ大統領に米朝会談で拉致問題を取り上げるよう「直接要請」することでした。

 しかし、拉致は日本と北朝鮮の間の固有の問題です。(中略)

 

 第一、「対話のための対話はダメ」と言っていたのは安倍首相です。なのに「大統領がこれからは対話だ」と宣言すると、突然「支持する」と急変する。ならば、北朝鮮側との交渉を早くやって解決すべきでした。米国に頼むしかなかったのは、自身の無策の結果でしかありません。

 

〇「今になって『司令塔』?冗談でしょう」

 これまでやってきたことと言えば、ただ北朝鮮に対する「圧力と制裁」だけ。(中略)

 

 その結果が、現在の拉致問題で何の前進もない状態ではないでしょうか。それを認めたくないから(中略) 平気でありもしない大ウソをつき、挙げ句に自分が拉致問題解決の「司令塔」だなどと言い出す。もう、厚顔無恥を通り越していて絶句するしかありません。

 

〇「ミサイルが落ちればいい」

 昨年の総選挙であれだけ「北朝鮮の脅威」を「国難」だなどと煽って勝利したように、朝鮮半島は南北分断のまま、北朝鮮は「脅威」のままである方がよほどいい。

 

 実際、安倍首相の周辺から直接聞いたのですが、首相は米政府の高官に対し「北朝鮮のミサイルが、日本の人口の少ない場所に着弾してくれればありがたい」と発言しています。それも、一度や二度ではないらしい。

 

 これが本音であって拉致問題を利用してのし上がったように「北朝鮮の脅威」も自分の権力を維持するためには、欠かせないと考えている。

 

 そうこうしている間に4月29日、安倍首相は韓国の文大統領を通じ、「日本といつでも直接対話の用意がある」との金委員長のメッセージが伝えられました。

 

 驚くべきことに首相はそれに対処するどころか、事実を国民に公表しないまま、何の緊急性もない中東訪問に出かけてしまったのです。それで韓国側が発表して初めて明らかになったのですが、この期に及んでも対話路線は嫌なのでしょうか。

 

 しかし、これは安倍首相だけの問題ではありません。朝鮮半島の分断は、歴史的に日本が植民地支配を強いたことが原因の一端を担っています。その分断を南北が克服しようとした板門店の首脳会談に対し、日本のメディアが他人事のように足を引っ張るような報道姿勢に終始したのには、とても違和感を覚えました。

 

(中略)

 現地の拉致被害者にとって、残された時間はもう多くありません。

 

 今こそ対北朝鮮政策の転換なくして拉致問題の解決もないことを、ぜひ理解していただきたいと思います。

 

 5月29()蓮池 透さん講演会にご参加を!

 

 お 話:蓮池 透さん (拉致被害者・蓮池 薫さんの兄)

     ※浅野健一さん(人権と報道・連絡会)のコメントもあります

 日 時:529()19時より21(1830分開場)

 会 場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)

 参加費:800

 

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大阪高裁地位確認訴訟・控訴人 浅野健一

 

4年半前、浅野研究室から消えた矢内氏が専任教員に

 同志社大学(同大)の定年延長は博論の指導ができる大学院教員の確保のために導入された制度だ。私が2013年度に指導していた博士後期課程の院生は、同志社側が高裁の和解協議で言及したナジ・イムティハニさん(当時3年生)の他に、当時後期2年生だった矢内真理子氏がいた。矢内氏は6年間も後期課程に在籍していたが、今年3月末に満期退学した。矢内氏はまだ博士論文を完成しておらず、3年以内に博論を専攻に提出し、研究科委員会などでの博論審査に合格すれば課程博士学位(メディア学、同志社)を取得できる。

 

同大から毎月送られてくる大学広報誌で、矢内氏が41日に同大専任教員の助教(昔の専任講師に近い、任期二年)に採用されたことを知った。矢内氏は同志社の社員となり、高額の所得(賞与含む)を得ることになる。私は地位裁判の陳述書で、矢内氏が満期退学と同時に同大の教壇に立つと予言してきた。しかし、まさか専任教員に採用されるとは思わなかった。同大メディア学科は何でもありになった。

 

同大のHPで矢内真理子氏を「サイト内検索」すると、矢内氏が寄稿している『憲法から考える実名犯罪報道』の論稿が紹介されている。矢内氏は同書で佃治彦さんの冤罪事件を取り上げているが、佃氏の了解なしに佃さんの通称名を記述したため、佃さんが損害賠償請求訴訟を起こしており、東京高裁で審理中だ。矢内氏はこの論稿で、同書の13頁の「1 記者クラブ通報メモ」の第3段落から,同14頁の「3 自白を引き出すために使われた新聞報道」の前まで、私が執筆した「週刊金曜日」2010514日号を複写している。このサイト検索では、矢内氏が浅野ゼミ関係で活躍した記録のURLも見ることができる。

 

渡辺グループによる反浅野活動を評価しての任用

同大を運営している学校法人同志社(八田英二理事長)は420日の大阪高裁での和解協議で、私に関しては「非常勤講師も含め教員での任用はしない」と断言し、和解協議をぶち壊した。20年も大学院教授を務めた私を講師での任用もせず、教職経験ゼロの30歳の元学生を専任教員に抜擢したのだ。矢内氏は、私が解雇される4カ月も前に、「浅野は不要」と宣言して、渡辺武達教授グループに投降した。

 

私の復職を拒否する同大は、渡辺グループ(「週刊文春」確定判決で2004年に発足と認定)の飴と鞭の工作で、私から早々と離反し、同大側についた矢内氏を社員として雇用したのだ。博士論文が提出もされず、博士号のない30歳前後の元学生をいきなり専任で採用するのは極めて異例だ。矢内氏の所属は学習支援・教育開発センター。学内で学生に助言するアカデミック・インストラクターを務めている。

 

偶然だが、学習支援・教育開発センターの事務長は村田学長時代に学長室庶務課長をしていた中村伸也氏だ。広報課長を経て現職。中村氏は、私の支援学生らが2014717日と88日、私の教壇復帰を求める学長への要望書を出した際、学生を狭い部屋に入れて“聴取”を行い、「これを受け取ったからといって、何も変わらんよ」と言い放っている。また、同年95日にこの学生が電子メールで中村氏に「内部で何か動きはありましたか」と問い合わせをしたが、返信がなかった。171123日付で善本博司・文部科学省高等教育局長へ提出した私の休講問題を訴えた要望書の中で、彼らは「署名者の学生を侮辱、愚弄した一連の言動に対して、私たちは中村課長に厳重に抗議し、発言の撤回と謝罪を要求しまたが、中村課長は無視したままです」と指摘している。

 

大阪高裁で審理中の地位訴訟で、同志社が今年319日に提出した書面によると、矢内氏は「博論提出予備審査」には合格しているが、博士論文を完成していないことが明らかになっている。矢内氏と同期に博士課程に入学した中国からの留学生、丁偉偉さんは179月、博士論文を完成させ、今年3月に博士学位を取得している。

 

矢内氏はメディア学科で2年ゼミも担当

同志社大学社会学部の2018年度の「履修要項」(甲第35号証)によると、矢内氏は社会学部メディア学科の「メディア学基礎演習I⑥」(今、春2)と「メディア学基礎演習II⑥」(今、秋2)を担当している。科目名にある「今」は今出川キャンパス、「春」「秋」はそれぞれ春期、秋期の意味で、「2」は単位数だ。

 

同大では科目の担当者は学科会議、学部教授会、学部長会議、大学評議会、理事会で審議され決定する。矢内氏の場合、20177月ごろから審議されたと思われる。矢内氏は専任の助教に採用される人事案件で、採用予定者本人が履歴書、業績書を提出する。矢内氏の業績書の中にどういう著作が入っているか知りたいところだ。

 

矢内氏の担当科目はメディア学科の設置科目で、メディア学科の2年生の必修科目。私が在籍した1994年から2014年までは、14年ゼミは専任教員しか持てない基幹科目だった。まともな大学では、専門ゼミは学科の専任教員が担当する。

 

今年3月まで学生で、教職経験が一度もなく、博士論文を書き上げてもいない元院生が専任教員のポストを得て、学部メディア学科の重要な科目である「基礎演習」ゼミを担当するのは大抜擢だ。近畿だけでなく全国各地に、メディア学関係の博士学位を取得していながら、専任教員のポストを得ていない教育研究者は多数いるのに、矢内氏を満期退学後すぐに教員スタッフにするのはアンフェアだと強く思う。また、学生たちの教育を受ける権利のことを考えるとあり得ない人事だと思う。

 

学振特別研究員採用で虚偽文書を提出

矢内氏は、私が同志社大学から定年延長拒否=解雇される2カ月も前の131218日に「(浅野の雇用継続の闘いを)支援しない」と宣言し、ゼミのティーチング・アシスタント業務などを「体調不良」を理由に休んだ。

 

矢内氏は、私に何の相談もなく144月から竹内長武教授(漫画論)を指導教授に変更している。矢内氏の博論のテーマは「東電福島原発事件と報道」だった。

 

矢内氏は、1442日、日本学術振興会(学振)「DC2」特別研究員の件で、「受入研究者変更届け出」で、「旧受入研究者」欄を空白にし、村田晃嗣学長が書くべき部分を矢内氏が記入した。「浅野教授が変更の話し合いを拒否している」との冨田安信研究科長の文書を虚偽記述と知りながら、「受入研究者変更理由」として添付して提出した。私は学振、文科省、同大社会学研究科事務長らと、受入研究者の変更について142月から417日まで奔走した。学振と文科省の課長たちは1447日、私の地位確認裁判が決着するまで、受入研究者を便宜的に村田学長が冨田研究科長にして、実際は私が指導するという折衷案を同大と私に提示した。受入研究者が重篤な病気になった場合にそうしているということだった。しかし、冨田氏とメディア学専攻の小黒純教授たちはこの提案を拒否した。私は妥当な仲裁案だと考え同意した。学振の課長と大学のやりとりは、松隈佳之事務長(現在も同職)がよく知っている。

 

学校法人同志社は、私が起こした地位保全の仮処分申立の審尋の段階から、「矢内氏を含め浅野がいなくなっても、学生たちは誰一人困っていない。学生たちは全員、新しい教員の下で勉学にいそしんでいる」と主張している。

 

同志社大学メディア学科は学内でも最難関の学科で、学生は非常に優秀だ。学生たちが縁故主義、依怙贔屓人事を見抜いてほしいと思う。

 

同大側は地位裁判で「帰国している留学生を除き、すべての学生が新しい指導教授のところに移り、(解雇に)抗議しているメディア学専攻・学科の学生は一人もいない」と主張してきた。渡辺教授グループへ転向した矢内氏に専任ポストまで用意し、ナジさんの指導は放棄しているのが同大だ。

 

ハラスメント捏造の三井愛子氏は6科目を担当

同大メディア学科の2年ゼミの担当者は矢内氏の他に、私からアカデミック・ハラスメントを受けたと2003年に大学のハラスメント委員会に虚偽申告し、「週刊文春」などに垂れ込んだ渡辺グループの三井愛子、中谷聡両氏(渡辺氏が指導教授、博士号なし)も担当している。

 

私は三井愛子氏が文春裁判の後に私が渡辺氏を相手取って起こした損害賠償裁判の東京高裁での結審の直前、渡辺氏に頼まれ、私からセクハラ被害を受けたという陳述書を高裁へ提出し、同大での授業の中でも、私をセクハラ加害者として非難していることから、大阪地裁へ損害賠償を提訴した。対三井氏裁判は420日、大阪高裁で結審し、622日に判決が言い渡される。高裁は和解を双方に勧告した。受命裁判官は「今後、お互いに非難しない」という文書を交わすなどの勧告案を示したが、三井氏側が拒否して、和解は成立しなかった。

 

私が提訴した時、三井愛子氏は大阪経済法科大学国際学部准教授だったが、昨年の証人尋問の際、同大学を離れていることが分かった。どういう事情があったのか分からない。

 

三井氏は長く、学校法人同志社によって嘱託講師(他大学では非常勤講師と呼ばれる)に任用され、大阪経法大で専任教員だった時期も含め、同志社大学社会学部産業関係学科で英語の科目を担当しているが、今年41日から、同志社大学社会学部の教員スタッフの一員となり、計4科目を担当している。

 

「社会学部履修要項 2018年」によると、三井氏の担当講義は、メディア学科の「メディア学基礎演習I①」(今、春2)と「メディア学基礎演習II①」(今、秋2)、「外国書購読(英語)I[メ]①」(今、春2)、「外国書購読(英語)II[メ]①」(今、秋2)を今年度から初めて担当している。

 

三井氏は20043月末、大学院文学研究科新聞学専攻(現在のメディア学専攻)の博士後期課程を満期退学した後、博士論文を提出しておらず修士学位(新聞学)しか持っていない。満期退学の後、2年間メディア学科で「外国書購読(英語)」を担当したことがある。

 

三井氏は他に、今年も社会学部産業関係学科の講義の選択科目IIIで、「Industrial Relations in English I①」(今、春2)と、「Industrial Relations in English II①」(今、秋2)を担当している。

 

三井氏が、メディア学科と産業関係学科の両方で嘱託講師となり、両学科で併せて6科目も担当するのは初めてのことだ。

 

産業関係学科の中心的な教員は、渡辺氏と共謀して私を解雇に追い込んだ冨田安信社会学研究科長兼社会学部長(現在教授、労働経済学)だ。

 

三井氏と共に捏造情報を流した中谷聡氏もゼミを担当

また、三井氏と一緒に私からアカデミック・ハラスメントを受けたと大学の委員会へ虚偽申告し、渡辺氏の指図で報道機関を回った渡辺グループの中谷聡氏も嘱託講師として「メディア学基礎演習Ⅰ」「メディア学基礎演習Ⅱ」を担当している。中谷氏はメディア学科の「情報法制論」も担当している。同科目は私の研究領域の一つで、中谷氏の担当は適材適所とは言えない。

 

矢内氏と渡辺グループの三井・中谷両氏がメディア学科の2年ゼミを同時に担当することになったのは、渡辺グループによる大学の私物化の結果だ。

 

三井氏は15年前から、渡辺教授の言うとおりに行動し、現在も私が“セクハラ”加害者であると言いふらしている。その三井氏が伝統ある同志社大学メディア学科と冨田教授のいる産業関係学科で授業を担当している。

 

矢内、三井、中谷各氏の登用は、小黒教授らの渡辺グループ、冨田教授らのよる露骨な論功行賞であることは間違いない。西日本でトップの私立大学がcronyism(えこひいき、縁故主義)人事を強行したのだ。この人事が「適材適所」かどうか、歴史が証明するであろう。

 

三井、中谷両氏は、博士後期課程を満期退学後の20044月から2年間メディア学科で「外国書購読(英語)」を担当した。専攻・学科内で事実上審査なしでの嘱託講師任用だった。両氏は博士学位を取得していない。渡辺氏が「メディア学専攻博士後期課程を満期退学した学生全員を自動的に嘱託講師にする」という内規を作り、強行したのだ。三井氏らが私に対する“セクハラ”捏造に加担したことへのご褒美だった。

 

4年前に渡辺グループらによる排除で解雇された私の科目「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」は今年も休講になっている。5年連続の休講だ。私が1998年から担当してきた大学院メディア学専攻博士後期課程(2018年度生、2017年度以前生)の「メディア学特殊研究IA」も5年間連続で「本年度休講」になっている。

 

私を教壇から排除し、三井・中谷両氏、矢内氏を2年ゼミの担当教員に“抜擢”するという恐ろしい人事が強行されたのは、渡辺グループの学科支配の結果である。

 

渡辺氏は153月に70歳定年退職し、同年4月から名誉教授になっているが、私を排除するために龍谷大学から引っ張った小黒純教授を操り、今もメディア学科を陰で支配している。

 

対米隷従の村田晃嗣教授をNHK経営委員にした安倍官邸

新聞ではベタ記事扱いだったので、気づかなかった人も多いと思うが、私を解雇した時の学長だった村田晃嗣教授・同大法学部教授2013年から16年まで学長)31日、NHK経営委員会委員に就任した。安倍官邸の縁故主義(cronyism)による国政私物化を象徴する政府人事の一つだ。

 

政府は123日、をNHK経営委員会委員に選任し、214日までに衆参両院の国会の承認を得て、NHKが辞令を交付した。

 

NHK経営委員は3年前には同大出身の百田尚樹氏(最近南北首脳会談で朝鮮を代表した指導者は替え玉と主張している)が就任したポストだ。村田教授はNHKのネットのホームページ(HP)で「良質な報道を確保できる環境の整備に努めたい。また、地域の多様な視点や関心を経営に反映したい」と抱負を語っている。

 

村田氏は157月、衆院平和安全法制特別委員会が開いた侵略戦争法案(安全保障関連法案)の中央公聴会に公明党推薦で出席、「憲法学者は反対しているが、国際政治学者の多くは賛成している」などと賛成意見を述べた。村田氏は否定しているが、「同志社大学学長」としての国会公述としてマスメディアに大きく報道された。

 

これに対し、松岡敬理工学部教授(16年から学長)を含む同志社大教職員有志91人(私も含む)が村田氏を批判する声明を出すなど学内で反発が強まり、同年11月の学長選挙で大敗し、一期だけで学長を退任した。

 

157月の同大教職員の村田氏批判の動きは次のHPで読める。

https://blogs.yahoo.co.jp/doshisha_antiwar/13749753.html

http://doshishaantiwar.wixsite.com/anpan

 

学長選で惨敗したので、同大を去ったと思っている人も多いが、現在も法学部教授で、近畿のテレビで相変わらず対米隷従の発言を続けている。

 

 村田氏は国会での公述の半年後の16126日、安倍首相と公邸で2時間19分会食している。会食には、近畿大学前理事長の世耕弘成官房副長官(現在、経済産業相)も同席。会食直前に、「首相官邸のアイヒマン」と言われる北村滋・内閣情報官(元兵庫県警本部長・警察庁長官官房総括審議官)が首相と会っている。当時、同志社大学は産業廃棄物処理法違反容疑で大学関係者9人(うち6人が職員)が逮捕されて捜査中だった。京都市からの警告を無視して4年間も学内のごみを不法投棄していたのに、略式起訴、罰金刑(学校法人同志社に150万円、同大施設部長に100万円)で終わっている。

 

安倍首相は学長選に大敗した村田氏を慰労し、北村内閣情報官と杉田和博官房副長官(元神奈川県警本部長)ら警察官僚が京都の司法当局に手心を加えるよう指示したと思われる。

 

村田氏は前回総選挙での野党共闘つぶしの元凶、前原誠司氏の盟友でもあり、公共放送の経営委員に最もふさわしくない人物だ。

 

 村田氏は学長として、143月末の私の定年延長拒否=解雇を学内の渡辺武達教授(現名誉教授)グループと共謀して強行した。村田氏がフェアで正確な報道の在り方について理解しているとは到底思えない。

 

準キー局の朝日放送の社長は村田氏が自局の番組に出演していたのを見て、「これはだめだ。論理的でなく、あまりにひどすぎて、一線を超えている」として、「今後、村田氏を使わないように」という指示を出したという。

 

前川喜平・前文科省事務次官に昨年1115日に取材した際、村田学長の同大に解雇されたと伝えると、「村田さんですか、あの人はだめだ」「絶対だめです」と言っていた。

 

村田氏のNHK経営委員就任について、知り合いの市民運動活動家、政党関係者に知らせたが、ほとんど反応はなかった。

 

安倍政治はこういうお友だち人事を日々繰り返しているのだろう。同志社の創立者、新島襄夫妻を取り上げたNHK大河ドラマ「八重の桜」(13年)で、女優の綾瀬はるかが演じた新島八重は「ならぬことはならぬものです」(故郷・会津の教え)と同志社の同志や友人に語っていたという。村田氏のNHK経営委員は「ならぬこと」だと私は確信する。すべての同志社人、NHKを監視している市民団体、侵略戦争法に反対する市民・団体は、村田氏の辞任を求めるべきだ。

 

矢内氏の採用、矢内氏ら3人の基幹科目担当も、また「ならぬもの」だと確信する。

 

安倍官邸の縁故主義(cronyism)による国政私物化を象徴する政府人事と同大における「反浅野」元学生3人のえいこひいき人事は政治と教育の腐敗の象徴だと思う。日本と同大の民主化が求められている。

 

                                    (了)

「(浅野は)非常勤も含め教員任用はない」と和解を拒否した同志社

新島精神無視、ナジさんの博論指導を放棄

 

地位確認訴訟二審・控訴人 浅野健一

 

同大の宝である新聞学専攻の同僚による闇討ち解雇

 

 私が同志社大学(同大)から定年不延長という形で解雇・追放されて4年が経った。同大の教職員の定年は65歳だが、大学院教授は70歳まで自動的に定年延長される。この制度は、官学から招いた大学院博士後期課程で博士論文の指導ができる教員(主に京都大学から招聘)の確保のため、1951年に「当面の間」の措置として導入され、今日に至っている。60数年の歴史で、本人が希望しているのに第1回目の定年延長を拒否されたのは私が初めてだった。

 

 私は22年間勤めた共同通信記者を辞めて、1994年に同大社会学研究科新聞学(現メディア学)専攻教授となり、論文指導・審査副査として、博士号を4人、修士号を18人に与えてきた。学部ゼミでは20期、約250人に学士号を与え、報道界、学会などで活躍している元ゼミ生も多い。近畿のあるメディア幹部は「同大浅野閥があるみたいだ」と言っていた。

 

 同大の新聞学専攻は、日本にジャーナリズム教育が必要だという米占領軍の意向で、1948年に設置された。非戦平和、リベラルな和田洋一、城戸又一、鶴見俊輔各教授がいた歴史ある専攻である。私は同大で教育研究できることを誇りに思って仕事をしてきた。

 

同大メディア学科の沿革は同大社会学部のHPに掲載されている。

 http://ss.doshisha.ac.jp/med/outline.html

 

ところが、私の同僚である小黒純、竹内長武、佐伯順子、池田謙一各教授は20131016日から25日に行われた5回の密室談合で、私の定年延長に反対する議決を行い、専攻会議にもかけず、研究科委員会(教授会、35人)に「専攻会議で定年不延長を決定した」とウソをつき、冨田安信研究科長は、私を敵視する村田晃嗣学長(一五年の学長選で惨敗し、現在法学部教授)と共謀し、大阪俵法律事務所の小國隆輔弁護士(同大法科大学院嘱託講師)の助言を仰ぎながら、教授会で前代未聞の投票による採決で定年不延長を議決した。既に次年度の私の大学院と学部の科目担当が決まっていた後の、闇討ち解雇攻撃だった。

 

小黒教授らは、私が学生に対し、「御用組合」「御用記者」という用語を使ったこと、期末試験中に訪朝したことなどを非難し、私がいることで突発性難聴、帯状疱疹に罹った教員がいると書いた「検討事項」と題した怪文書を教授会で審議資料として配った。20年間真面目に教授職を務めた私を“不良教授”と断じたのだ。

 

怪文書を作成した4人のうち、小黒教授は20124月に龍谷大学から移籍してきた教授で、134月から大学院前期課程(修士)の教授に初めて任用されたばかりで、後期課程教授には任用されていなかった。博士論文を一度も指導した経験のない教員が、1998年から博士後期課程の教授を務めてきた私を「論文指導ができない不良教授」と批判したのである。小黒氏を同大に招いたのは渡辺武達教授(20153月に70歳定年退職、現在名誉教授)だ。小黒氏は20165月、渡辺氏が長く務めた京都新聞・報道審議委員に就任している。

 

高裁の和解協議で最後の良心が試された

 

私は1423日、同大を運営する学校法人同志社(当時の理事長は水谷誠氏=現神学部教授、定年延長3年目)に対し、地位確認訴訟を起こした。一審の京都地裁は同志社の虚偽主張を認定し、不当な棄却判決を言い渡した。

 

控訴審の大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長)は地裁判決を全面的に見直すと表明し、審理は本年322日の第5回弁論で結審し、614日午後110分に大阪高裁別館81号法廷で判決が言い渡されることになった。

 

藤下裁判長は結審後、双方に和解を勧告。黒野功久・右陪席裁判官が受命裁判官となり、「労働事件であるので和解に適さないわけではない。その上で、判決でどういう結論になったとしても、最高裁までいく問題を含んでいること、提訴から既に四年が経過している」と述べた。双方は和解協議に応じると答え420日に再協議することになった。

 

私は黒野裁判官に「私は昨年7月、既に69歳になっており、193月に『70歳定年』になる。私の名誉回復のためにも、最後の年になる4月からの18年度に、教壇に復帰し、四年間休講になっている担当科目『新聞学原論』の授業を集中講義などの形で行いたい。簡単な手続きで、特任教授・客員教授などの形で任用してくれれば、和解の行方にかかわらず、すぐに授業を開講できる」と訴えた。

 

私は131113日の教授会で解雇通告された後、大学執行部、大学教職員組合に対し、「同僚教授たちが学校法人との労働契約について決定するのは不当で、専攻会議、教授会の手続きにも重大な瑕疵がある」と訴え、調停を要請した。当時、私が指導していた学部1年ゼミから大学院博士後期課程の学生、講義履修生の計300人以上も私の定年延長を要請する文書を提出した。しかし、大学、組合とも「社会学研究科の自治」に介入できないとして、調停作業を拒んだ。あれから4年半、裁判所が調停の努力をしてくれていると思った。同大は「良心教育」を掲げている。現在の同志社、同大の執行部の人たちの「良心」が和解協議の場で試された。

 

地位裁判和解協議に関する支援者の声

 

 高裁での和解協議に関し、支援者から助言、コメントがメールで届いた。

 

〔 *鄭朝夕さん(修士学位取得、322日の弁論を傍聴、324日)

大阪高裁の訴訟お疲れ様でした。

和解案は、先生の名誉回復と経済賠償を同志社大学側がしっかり対応してくれることを期待します。

 【浅野:鄭さんは大阪高裁へ、私の修士論文指導が適切だった主張する陳述書(18318日付)を提出してくれた。】

 

*中嶋啓明さん(3月26日)

ついに「和解」提案ですか。いい方向に進み、大きな勝利的前進に結びつけたいですね。

労働争議の「和解」提案ですので実質的なものを勝ちとってもらえればと思います。

 

*井上清志さん(同志社大学OB326日)

小生も長い間(30代)、朝日新聞社と労働争議(刑事裁判の被告身分をどうするかも争点)をやり「和解」にこぎつけ、「就労」しました。

「和解」には批判もありましたが、労働者(生活者)という視点からすれば実質的なものを勝ち取ることが重要かと思います。

「和解協定書」に、こちらの言い分をどこまで入れ込むか、ですね。

 

*顔本呟さん(慶應義塾大学経済学部の後輩、326日)

・浅野先生は一刻も早く相応の地位で大学に戻りたい。万一の場合でも、相応の対価は払ってもらう。

 ・裁判官は判決を出す前に和解が成立できるなら成立させたい。

・被告・小国さんは(浅野先生が大学に戻ったり、過度の慰謝料を支払って)メンツを失いたくない。

 というところでしょうか?

人が集まると、それぞれの利害と意見も違うのが鮮明になると思いました。

 

*庄司俊作さん(同志社大学人文科学研究所教授=3月末に65歳定年退職、46日)

高裁の和解勧告が状況を変えました。

どういう提案かわかりませんが、ゼロ回答等やそれに近いものであれば、裁判の状況に照らして相手方が勧告を蹴ったということです。その時の裁判官の対応も注目ですが、下手な妥協は必要ないと思います。

きちっとした判決と名誉回復と相当の慰謝料が問題です。粛々と判決をもらうべきではないでしょうか。僕の見るところ、負ける要素はありません。先生の他の裁判への影響も考えて、ぜひ賢明な行動を。

 

47日)

私の裁判に必要があって、高裁の書面を改めて全部熟読しました。

やりとりでは完全に圧倒している、これで負けることはあり得ないと改めて強く確信しました。

ゼロ回答やそれに近い回答が提案されれば、即刻和解を拒否すべきだと思います。

先生の他の裁判、岡林洋氏(同大文学研究科美術芸術学専攻教授、183月末に1回目の定年延長を拒否され解雇)の裁判、私の裁判、大学の改革への影響を考えれば、本件で判決をもらうメリットははるかに大きいと考えます。

 

*霍見芳浩さん(ニューヨーク市立大学名誉教授=慶應義塾大学経済学部・英字新聞会の先輩、49日)

Dear Mr. Asano:  I am hoping that your "Negotiation with Doshisha over Your Final Settlement" will yield some satisfaction for you.  If and when you feel justified to release my court statement to the public, please feel do so. Yoshi Tsurumi.

【浅野:霍見さんは155月と1610月、一審の京都地裁へ、私の業績に関し陳述書を2回提出してくれた。】

 

*添田早俊さん(人権と報道・連絡会会員、 44日)

大学側の和解案は期待できそうにありませんが、裁判所には良い判断をしてもらいたいと思います。次回の和解協議で良いご報告が聞けること願っています。

 

*白井厚さん(慶應義塾大学名誉教授、大学のゼミの指導教授、328日)

ちょっと遠くへ行って、帰ってきたら浅野君からのメールを拝見しました。“名誉回復の闘いは最終局面を迎えました”、裁判長から“和解を勧告する”などの文字を見て、この戦いの前途に光明が見えてきたように感じ、また貴君の筆に新しいアカデミックな力のようなものを感じ、嬉しく思います。

ただ闘いは最後の段階で逆転することはよくあるので、この先一層の注意が必要です。何よりも健康で、今後も社会に十分貢献するための体力を持たないと闘いの成果が生きません。以上十分注意して下さい。

 

47日)

最終段階ですが、前に言ったことを思い出して下さい。すなわち、“慶応義塾の目的は、我が日本国中における気品の泉源知徳の模範たらんことを期す。” 〕

 

同志社側との和解が成立するかどうかは、同志社の執行部の一人一人に、私との紛争を解決する意志、姿勢を持っているかどうかにかかっていると思った。現在の法人、同大の執行部のメンバーは、私を解雇した142月の理事会の時の執行部メンバーと違う。村田派は完全崩壊し、八田英二・元学長が総長・理事長を兼任している。

 

期限の413日に届かなかった同志社側の和解案

 

高裁での和解協議で、同志社側は第一回和解協議があった322日から3週間後に和解案を高裁と当方に提出すると約束していた。前回協議の3週間後は412日(木)だった。

 

山下幸夫弁護士は13日午後4時過ぎ、大阪高裁第5民事部の担当書記官に電話で聞いたところ、書記官は「元々、『3週間程度』ということとで、裁判所としては『今日まで』と認識していた。裁判所から(俵法律事務所の)多田真央弁護士に電話をしたところ、『代理人の方で和解案を作成し、同志社に送って返事を待っている状態で、今日返事がくれば提出できるが・・・』ということ返事だった。連絡があり次第、連絡をする」と答えた。

 

 高裁書記官の説明で、同志社側が、和解に応じないということではなく、何らかの和解案が出てくることは分かった。

 

 小國弁護士は今年1月初め、俵法律事務所から独立している。このため、同志社側の弁護団の連絡先が多田弁護士になっているようだ。

 

 弁護団が和解案を作るというのは本当かと思った。

 

 私の弁護団は「代理人が案を作成して大学に送付しているといのは理解しがたい。代理人が案を作成する前に大学担当とやり取りをすると思う」「定年延長を認めるような内容にすると、今後他の教員にまで波及してしまうので、大学はどうするか困っているのでは」と言っていた。

 

3日遅れで届いた和解案は非情な決裂通告だった

 

同志社側代理人の小國隆輔弁護士(同大法科大学院嘱託講師)は413日付で「和解の方針について」と題した文書を高裁へ提出した。416日(月)午後132分に山下幸夫弁護士が受信した。送信者は同志社訴訟代理人の俵正市、小國隆輔、多田真央各弁護士。和解案の提出は13日(金)が期限だったので、3日遅れで当方に届いた。小國弁護士は14日(土)に高裁へファクス送信したと言っているようだが、裁判所は土、日は執務していない。小國弁護士は仮処分の審尋以来、裁判所が指定していた期限を順守しており、今回の遅延は異例のことだった。学校法人同志社、同大執行部、同大社会学部、社会学部メディア学科、弁護団の間で調整が難航したのだと思う。

 

 同文書の全文を以下に引用する。

 

〔 和解の方針について

平成30年4月13日

 

1 被控訴人は,次の枠組みであれば,和解の検討が可能であると考えている。

2 控訴人による講義担当は受け入れられないが,ナジ・イムティハニ氏が同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻に再入学し,博士論文を提出した場合には,控訴人に,論文審査(副査)を依頼することを検討する。

3 論文審査(副査)を依頼する前提として,和解成立前に,次の点が履行されることが必要と思料する。最低限の信頼関係がなければ,他の教員と協同して指導に当たることはできないためである。

(1)大阪高裁平成29年(ネ)第2043号及び神戸地裁平成28年(ワ)第338号について上訴の取下げ,京都地裁平成29年(ワ)第932号について請求放棄を行うこと。

(2)在職中の事象及び定年退職・定年延長をめぐる事象について,被控訴人及び被控訴人の教職員に対し,新たな訴えを提起しないこと。

(3)支援団体によるものを含め,本件に関するウェブ上の記載を全て削除し,媒体を問わず,本件に関する新たな記事を掲載しないこと。

(4)ナジ氏の博士論文の審査に必要な事務連絡を除き,被控訴人及び被控訴人の教職員に対し,電話,メール等の手段を問わず,連絡しないこと。

4 上記「2」及び「3」のほか,口外禁止条項,その余の請求を放棄する旨の条項,精算条項,訴訟費用は各自負担とする旨の条項が必要と思料する。 〕

 

この文書では、私に相談なく、146月に教授会で「143月末に遡って満期退学」とされた博士後期課程のナジ・イムティハニさん(インドネシア国立ガジャマダ大学文学部日本学科助教)の「博論審査(副査)」を私に依頼することを検討すると書いてあった。その条件として、私が起こしている対同僚5教授(怪文書作成の4教授と渡辺武達教授=現名誉教授)、対冨田氏、対同大・村田氏の損害賠償訴訟のすべてを取り下げ、私の支援会のHPの削除などが挙げられていた。最初から、和解の意志などない冷酷で非人間的な文章だった。

 

松岡敬学長は171月に再入学(復学)を許可するとナジさんへ通知したが、入学後に指導教授、副指導教授は誰になるのかとナジさんの問いに、無回答のままで、この4年間、ナジさんの指導を放棄している。

 

ただ、同大側の和解案で、インドネシア政府奨学生のナジさんの博論を指導する教員が私以外にいないことを認めたのは大きな前進だと思った。それまで、同志社側は私が解雇された後、困っている学生は一人もないと呪文のように繰り返していた。

 

当方はナジさんの博論指導教授問題がポイントと指摘

 

私の代理人は418日に、和解協議に臨む方針を示す次のような上申書を高裁に出した。

 

〔 被控訴人の413日付「和解の方針について」(以下「和解案」という)を受けて、下記の通り控訴人の意向を述べる。

控訴人が最も重要視しているのは、博士後期課程の大学院生に対する指導である。

被控訴人も和解案第2項においてその必要性を認めているとおり、平成25年度において社会学研究科メディア学専攻博士後期課程3年生であったナジ・イムティハニ氏(以下「ナジ氏」という)は、控訴人の指導を受けなければ、同課程に再入学した上で、博士論文を提出する資格となる博士学位論文提出予備審査に合格し、博士論文を完成させ、博士学位(メディア学、同志社大学)を取得することができない状況にある。

 したがって、控訴人としては、博士論文の指導を行う後期課程の「研究指導科目」である「メディア学特殊研究ⅠA」(甲189参照。なお、控訴人の定年不延長のため、同科目は5年連続で「本年度休講」となっている。)を担当し、ナジ氏の博士論文の指導教授(「博士論文(副査)」は論文提出後の任務であり、指導教授ではない)となることが和解の必要条件である。

そのためには、控訴人は専任教員としての地位が不可欠であり、定年延長を認めるか、特別任用教授(同志社大学では平成22年に定年延長制度と併用で導入、被控訴人が運営する同志社女子大学では平成11年から定年延長制度を完全廃止してすべて特任教授制度に変更)として雇用すべきである。

ナジ氏は、浅野教授の指導を受けなければ、後期課程に再入学した上で、博論を完成させることができない。ナジさんの博論の指導教授(「論文審査(副査)」は論文提出後の任務であり、指導教授ではない)となることが和解の必要条件である。そのためには、控訴人は専任教員としての地位が不可欠で、定年延長、あるいは特別任用教授として雇用すべきである。 〕

 

教員にはさせないと和解協議を破壊した同志社

 

大阪高裁での第2回和解協議は420日午前11時から、大阪高裁・別館12階の第5民事部の会議室で開かれた。当方は山下幸夫・山縣敦彦・斉藤麻耶各弁護士と私、被控訴人側は小國隆輔・多田真央両弁護士がそれぞれ出廷した。龍谷大学で学生の教育権を守る活動をしている李洙任・経営学部教授が廊下で和解協議の成り行きを見守ってくれた。

 

高裁の廊下に、二審審理に姿を見せなかった冨田氏がいた。何のために来ていたのか、不明だ。

 

被控訴人側は和解協議で「非常勤も含め教員としての復帰は認めない。副査というのも、あくまで『有識者』として依頼するだけだ。個人的に、控訴人がナジ氏の論文指導を行うことについては止めない」と言い放った。このため、裁判所が設けた和解協議の場は破壊された。

 

以下は山縣弁護士が送ってくれた第2回和解協議の期日報告である。

 

〔 1 控訴人側が裁判所と個別に協議

(裁判所)

・前回の和解協議で控訴人から「授業をやりたい」という発言があったが、その話と今回出された上申書(論文指導が必要)とはどういう関係に立つのか。

(控訴人)

・博士後期課程には「授業」というものがない。「メディア学特殊研究Ⅰ」というのが博士論文指導に該当する。ナジさんについてこのコマを担当できればよい。

(裁判所)

・専任教員ではない特別な立場で論文指導はできないのか。

(控訴人)

・それは文科省との関係でできないはずである。闇の形で、名義上他の教員を立ててやるしかないが、そのような方法を裁判所が認める訳にはいかないだろう。

・「客員教授」という方法は大学の判断で可能だと思う。給料はとても低いこともあるので、あまり好ましくはない。

・ナジさんは2014年6月に「3月31日に遡って」強制的に満期退学扱いとなり、再入学しなくてはいけなくなった。予備審査を通っていないので、1年間(2セメスター)いないといけない。

・副査というのは予備審査の後の話。博士論文を完成させるまでの指導を誰がするのかというのが一番の問題である。

 

2 被控訴人側が裁判所と個別に協議

 

3 控訴人側が裁判所と個別に協議

(裁判所)

・被控訴人としては、非常勤も含め、「教員」という立場での復帰には応じられないとのことであった。

・副査というのも、あくまで「有識者」としてということにとどまるようだ。

・個人的に、控訴人がナジさんの論文指導を行うことについて止めるつもりはないとのことである。

(控訴人)

・再入学から論文審査まで1年もある。その間の指導教授を誰がやるのかについては、何か言っていたか?

(裁判所)

・然るべく指導教授を決めることになるだろうとのことであった。

(控訴人)

・それでは困る。小黒ら2名はサバティカルで指導に当たることができないので、自分以外に人材がいないのは明らか。

・学長は20171月、ナジさんの「再入学」を許可すると決定しているが、復学後に指導教授をするのは誰かというナジさんの問い合わせに答えていない。再入学許可の時点で指導教授が決まっておらず、この段階でも決めていないことがおかしい。

・同志社では大学院教授も学部での教育がメイン。「新聞学原論Ⅰ・Ⅱ」は有名授業であるが、5年間も休講になっている。この点は文科省も調査している。

・原審からずっとナジさんの問題を主張し続けてきたが、被控訴人は控訴人による指導の必要性を否定してきた。結審後にいきなり副査をやれなどと言い出すのはいかがなものか。

(裁判所)

・控訴人がナジさんのことを気にかけていたので、というのが被控訴人の言い分であるようだ。

・ナジさんの問題が本件で一番重要であることは理解している。

(控訴人)

・被控訴人は裁判対策であえてナジさんを満期退学させ、控訴人の指導が必要ないという体裁を整えようとしたのであり、怒りを感じている。

 

4 双方同席

(裁判所)

・重要部分で双方の意向の食い違いがあるので、和解協議は打ち切りとして、予定通り6月14日13時10分に判決を言い渡す。 〕

 

以上のような経緯で、高裁による和解協議は同大の頑なな姿勢によって決裂し、判決が下ることになった。

 

和解協議の過程で、同志社側が、ナジさんの博士学位のことで、私の関与に言及したことで、大阪高裁の裁判官たちが、私が143月末に同大から追放された後、4年間、同大がナジさんの博論指導の手当をせず、今日に至っていることを知ってくれたのは大きな意味がある。

 

東京にあるインドネシア大使館のアリンダ参事官(インドネシア教育文化省から出向、東京大学農学部で博士学位取得)は1610月、同大を訪れ、ナジさんが博士号をとれるように適切な指導を行うよう強く要請している。

 

ナジさんは同大大学院文学研究科英文科学士前期課程において言語学で修士学位を取得した後、ガジャマダ大学がメディア学の博士課程を設置するため、ナジさんにメディア学で博士号を取得するように命じ、博士後期から私のところに入学してきたという経緯がある。ガジャマダ大学はインドネシアで国立インドネシア大学と並ぶトップ校である。ナジさんが博士学位を取得できなくなると国際問題になるのは必至だ。

 

614逆転勝訴を願う弁護団、支援者

 

420日に同志社側が裁判官の和解提案を一蹴したことについて、当日、別件で法廷に参加できなかった高田良爾弁護士は「判決が楽しみです。私は逆転判決で勝訴するのではないかと思います。裁判官たちにとっても記念すべき判決になると思います」と話した。

 

同大で差別的な定年延長制度の廃止を求めてきた庄司俊作教授は420日夜、次のようなメールを送ってくれた。

 

〔 被控訴人の和解提案を見て、これは判決をもらうしかないと思っていました。結果的によかったと思っています。

被控訴人側にすれば、負けても浅野教授復帰はないのですから和解に応じる動機、理由は微塵もありません。今回強気一辺倒に出た所以です。 〕

423日もメールをもらった。

〔 被控訴人側は実質的に裁判官の和解勧告を拒否したと認識しています。

専攻等の会議の対応をきちっと裁判所に判断してもらえば、復帰は無理でも負けることはないと確信しています。裁判官にそんな判決文は書けません。 〕

 

6月14日午後110分の大阪高裁判決にはぜひ多くの方々に傍聴に来てほしい。逆転勝訴の場合、裁判所にある司法記者クラブで記者会見する。また、午後2時から4時まで、大阪弁護士会館で報告集会を開く予定で、準備に入った。

 

大阪高裁の裁判官たちが正義の判決を書いてくれるように願っている。                   

                                   (了)

                      2018年3月22日
同志社大学長 松岡敬様
学校法人同志社理事長・総長 八田英二様   

わたしたちは、1994年4月から2014年3月まで 20年間、大学院社会学研究科メディア学専攻博士後期課程と社会学部メディア学科で教授を務めていた浅野健一先生=大阪高裁・地位確認訴訟の控訴人=の教壇復帰を求めている学生、元学生でつくる「浅野先生の教壇復帰を求める会」(代表幹事・大内健史)のメンバーです。本年1月12日にも同様の要望書を提出しています。  

元共同通信記者の浅野先生は、66歳からも教授を続けたいという先生の意に反して、それまですべての大学院教授に認められていた「大学院教授の70歳までの定年延長」を、2013年11月13日の研究科委員会での無記名投票(前例がない)による定年不延長議決によって「65歳定年退職」扱いとされました。浅野先生の請求が棄却された一審・京都地裁判決でも、浅野先生は就業規則に沿って「65 歳で定年退職」したと認定されています。学校法人同志社も「就業規則に沿って65歳で退職した」と裁判で主張していると聞いています。  

現在、浅野先生が起こした地位確認訴訟は大阪高裁(藤下健裁判長)で審理がされていますが、本日22日午前に第5回口頭弁論が開かれ、6月14に控訴審判決が言い渡されることになりました。その上で、裁判所から和解勧告が出され、同志社側と浅野先生の双方が持ち帰って4月20日午前11時から次回の和解協議をすることになりました。裁判所による和解が順調に進み、大学側と浅野先生の間で歩み寄りがあるよう期待します。私たちは学生のためにベストの解決を求めます。  

今回、再度、2017年11月から集めた、浅野先生の2018年度からの教壇復帰を求める要望書(署名名簿付き)を提出させていただくことにいたしました。    

先生が1994年から担当していた大学院と学部の授業のほとんどが 2014 年から3、4 年間も休講(14年度では院の科目は「(担当者)未定」扱い)」という状態に陥っていることを再度お知らせし、善処を求めます。また、わたしたちの先輩方が2014年から幾度も大学長と法人理事長に提出した要望書に対し、大学側からのリアクションがまったくないことも非常に残念に思っています。  

浅野先生が20年間開講してきた「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」と1998年から担当してきた大学院博士後期課程の「メディア学特殊研究A」は4年連続の休講です。大学設置法に基づいて設置され国庫補助金を支給されている大学として、極めて異常なことです。文部科学省高等教育局は大学に浅野先生の科目の休講問題についてヒアリングをしていると聞いています。2017年3 月 25 日、学生たちに配布された 2017年度講義要項によりますと、浅野先生が担当してきた大学院の 6 科目(14~16 年度休講)がすべて抹消されています。社会学研究科メディア学専攻から「新聞学」を掲げた講義科目が消えてしまいました。地位確認裁判の最終決着前に、浅野先生の担当科目を抹消したことに、わたしたちは、強い抗議を表明します。まだ一審で審理中の段階で講義科目をすべて抹消したのは、裁判を受ける権利に対する明確な妨害行為であり、良識にかける判断です。良心教育を掲げる同志社にふさわしくないはずです。  

また、浅野先生が定年延長を拒否された 14 年 4 月以降、現役学生たちが浅野先生の担当科目の開講および教壇復帰を望んできたことにも留意ください。14年6月に社会学研究科委員会で、指導教授の浅野先生との相談なしに、「13年3月末に遡って満期退学とする」とされた13年度博士後期課程3年生のナジ・イムティハニさん(インドネシア政府派遣留学生)の博士論文指導をしている教員がいません。加えて、特別聴講生の市民の方々も授業の開講を望んでいます。わたしたちが切望するのは、浅野先生のジャーナリズム・新聞学分野の授業を受けられる適切な措置を学校法人同志社と同志社大学が迅速にとることです。  

大阪高裁の控訴審判決の結果が6月14日にどうなろうと、浅野先生を14 年 4 月以降、70 歳になる 18 年度まで、特別任用教授、客員教授、嘱託講師などの役職で任用すれば、休講になったままの授業ができるのではないでしょうか。先述したように、浅野先生は、定年退職というかたちになっているはずですし、65歳で退職した教員は70歳まで授業ができるはずです。  

しかも、地位裁判が審理中であることを理由に、「大学相手に裁判を起こしている退職教授には一切授業をさせない」(メディア学科の現在の教員)とすれば、浅野先生の裁判を受ける権利などの人権と、学生の教育を受ける権利を侵害していることにならないでしょうか。学長、理事長の英断で授業の再開は可能であると思いますし、今すぐ対応をお願いします。    

メディア専攻と学科の基幹科目である重要な科目を受講することを望んでいる学生、市民が多数いることを聞き届けていただきたいです。2018年1月以降、わたしたちが集めた署名を添えて要望書を提出します。どうか私たちの声を聞いてください。どうぞよろしくお願いします。
 
「浅野先生の教壇復帰を求める会」幹事:大内健史

※要望書及び署名は、その後2018年4月2日にも提出しています。

201844

労働裁判支援のみなさんへ

 

 ◎大阪高裁判決は614日に決定、同時に和解を勧告

       同志社側が事前に和解案を提示、420日に協議

 

判決は614日午後

 

 私が201423日に提訴した地位確認請求訴訟の控訴審・第5回口頭弁論は322日午前10時半から大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長、81号法廷)で開かれました。控訴審はこの日の弁論で結審し、判決言渡しは614日(木)午後110分、高裁82号法廷と決まりました。藤下裁判長は判決期日を述べた後、双方に和解するよう勧め、双方とも和解協議に入ることに同意しました。不当解雇からまる4年、私の名誉回復の闘いは最終局面を迎えました。

 

 私の弁護団は、私の指導で博士学位、修士学位を取得した大学院メディア学専攻の元学生6人(海外在住の元留学生を含む)が書いてくれた陳述書を提出しました。また、現役の商学部1年生の陳述書も提出しました。昨年末にも、他大学教授、元学生、現役学生らが陳述書を書いてくれています。みなさん、ありがとうございました。私を「不良教授」と決め付け、論文指導もできない教授と誹謗中傷した学校法人同志社の主張を完全に覆せたと思っています。

 

 同志社側は冨田安信、小黒純両教授の陳述書の原本を提出し、私を「大学院教授として不適格」と決め付けた誹謗中傷・名誉棄損書面を提出しました。

 

 22日の裁判には、支援者の市民2人と元修士課程学生が傍聴してくれました。

 

裁判長が和解を勧告、420日に和解協議

 

 藤下裁判長は証拠調べを終結した後、「事案の性質上和解を勧告する」として、続けて高裁の別室で受命裁判官(黒野功久右陪席)による和解協議を行うと表明しました。その後、双方は第5民事部会議室で、黒野裁判官が「本件事案に鑑みて和解協議を行うことにする」と述べた上で、「本件は論点を多く含んでいる事件であるが、労働事件であるので和解に適さないわけではない。その上で、判決でどういう結論になったとしても、最高裁までいく問題を含んでいること、提訴から既に4年が経過している」と述べ双方に和解の意志があるかを、別々に確認しました。

 

 当方は和解協議に応じると答え、法人側も和解協議に応じると答えました。黒野裁判官は「約3週間後に和解協議の場を持ちたい」と表明。双方が持ち帰り、和解による解決が可能か否か、可能な場合どのような条件で可能かを検討してくることになりました。控訴人(私)としては、「まず被控訴人(大学)の意向を聞いた上で検討したいので、前もって被控訴人の検討結果を、裁判所を通じて知らせてほしい」と要望したところ、被控訴人の小國隆輔弁護士からは「そのようにする。3週間程度で裁判所に連絡する」と回答。黒野裁判官が山下幸夫弁護士に被控訴人の回答を通知することになりました。412日ごろに同志社側の和解提示があると思われます。

 

 次回の和解協議期日は、420日(金)11時です。和解協議の傍聴はできません。

 

和解協議期日決まる

 

 以下は、弁護団の期日報告書です。私が少し加筆しています。

 

〔 ① 原告訴訟代理人として当職、山縣敦彦弁護士、高田良爾弁護士と斉藤麻耶弁護士と浅野さんが出頭し、被告訴訟代理人の小國隆輔弁護士と多田真央弁護士が出席しました。大阪高等裁判所第5民事部の3人の裁判官(藤下健裁判長)と書記官で口頭弁論が行われました。

 

 ② 当方(控訴人)は、平成30年2月28日付控訴人準備書面(4)を陳述し(一部訂正があったので、同日3月2日受付のものを陳述)、証拠説明書(11)~(14)に基づき、甲第205号証~甲第226号証を提出しました。

 

 ③ 相手方(被控訴人)は、平成30年2月28日付控訴審準備書面(4)と同年3月19日付控訴審準備書面(5)を陳述し、証拠説明書に基づいて、乙第107号証と乙第108号証を提出しました(小黒と冨田の陳述書の原本を提示しました)。

 

 当方(控訴人)は、控訴人準備書面(5)について、「直前に提出されたもので反論の準備ができなかったが、その内容は争う」と述べました。これを受けて、藤下裁判長が、「控訴人は、被控訴人の控訴審準備書面(5)について、従前の控訴人の主張に反する部分は否認ないし争うと主張したと調書に記載することにします」と述べました。

 

 ④ その後、控訴人が請求していた3人(小黒、冨田、庄司の各氏)と控訴人本人の人証申請について取り上げ、被控訴人の意見を聞くと、小國弁護士は「不必要と思料します」と述べ、裁判官3名は、別室で評議の上、「必要性なし」を理由に却下しました。

 

 ⑤ 藤下裁判長は、審理を終結し、判決言渡日を6月14日(木)13時10分と指定しました。

 

 その後、藤下裁判長は、「本件の事案の性質に鑑みて、和解を勧告します。」と述べ、受命裁判官を黒野功久右陪席裁判官に指定しました。

 

 ⑥ その後、大阪高裁第5民事部の書記官室にある会議室に移動して、黒野裁判官から当方の意見を聞かれました。

 

 ここでは、基本的に、被控訴人側の出方を見て検討すると述べましたが、浅  野さん本人は「もともと、20131113日に研究科委員会で『定年延長なし』になった後、大学執行部に対し、話し合いの場を求め、学長らによる調停で解決するよう強く求めた。同志社大学教職員組合も大学との団交で取り上げた。同志社女子大で10数年前に導入され、同志社大学にも制度としてある特別任用教授での任用などを求めて大学内部での解決を求めていたが、村田晃嗣学長が13129日、『定年延長は研究科で審議する事項』として全く話し合いに応じなかったことで、裁判を起こすしかなかったという経緯があり、裁判所が和解の話を進めてもらえるのはありがたいことだと思っている」と述べました。

 

 裁判所から「これまで一審では和解の話がなかったのか」と質問されたので弁護団は「それはなかった。仮処分の時から和解の話は一度もなかった」と回答しました。

 

 また、浅野さんは「既に69歳になっており、2018年度末に「70歳定年」になる。当方の希望としては、名誉回復のためにも、最後の年になる4月からの2018年度に、教壇に復帰し、4年間休講になっている担当科目の授業を集中講義などの形で行いたい。『65歳で定年退職した』と被控訴人は言っているので、ごく簡単な手続きで、特任教授などの形で任用してくれれば、和解の行方にかかわらず、4月から4年間休講になっている授業を開講できる」と伝えました。

 

 その後、被控訴人代理人と交代して、裁判官と話をした後、再度、当方が裁判官と面接したところ、「被控訴人側は、持ち帰って、和解を受けるかどうか、受けるとしたらどういう条件かについて検討したいと述べている」ということで、次回の和解期日が4月20日(金)午前11時からと決まりました。

 

 当方からの希望で、被控訴人は3週間程度で、和解を受けるかどうかと和解を受ける場合にはどういう条件かを裁判所に伝え、黒野裁判官からそれを山下幸夫弁護士宛に連絡してもらうことなりました。

 

 3 次回和解期日は,平成30年4月20日(金)午前11時から、大阪高等裁判所第5民事部の書記官室にある会議室で開かれることが決まりました。 〕

 

 結審後の裁判所による和解勧告はまったく想定していない事態で、かなり戸惑いましたが、裁判所は和解の道を真剣に探っていると思いました。201312月末の地位保全仮処分の審尋以降、「大学院教授の70歳までの定年延長は権利でも慣行でもない」と強弁し、私の解雇を「大学の自治」「裁量の範囲内」などとして正当化してきた被控訴人側の小國隆輔弁護士(同大法科大学院嘱託講師)は、一審判決を踏まえ和解を拒否すると思っていましたので、「持ち帰って協議する」という姿勢を示したのも意外な展開でした。

 

 藤下裁判長は、一審・京都地裁の審理のやり方を厳しく批判してきました。私たちは控訴審での審理で、同志社大学の大学院教授の定年は70歳である実態を示し、私の定年延長を拒否したのは、同僚教員による私に対するいじめ、パワハラであることを証明してきました。また、私を解雇した時の法人理事長、学長が退任していることもあり、和解に応じるという姿勢に転換したのだと思います。

 

 201511月の学長選挙で村田晃嗣学長が二期目の選挙で完敗、163月に法人(被控訴人)と大学施設部長が産廃法違反で有罪(罰金刑)判決を受けて、174月に水谷誠理事長が辞任に追い込まれました。

 

 20164月から、松岡敬学長・八田英二理事長兼総長体制になっています。八田氏は私が尊敬する故・松山義則総長の後継者で、1998年から2013年まで学長を5期務めました。私はずっと学長選で八田氏を支持してきました。

 

学長、理事長に教壇復帰を要望

 

 22日の裁判の後、自主ゼミの前の午後4時半、今出川キャンパスにある同志社大学学長室庶務課を訪れ、松岡敬学長と八田英二・学校法人同志社理事長(総長兼任)宛の「今年4月からの教壇復帰を求める要望書」を提出しました。学生代表の大内健史さん、自主ゼミ・ゲストスピーカーの山田洋一人民新聞編集長も同行してくれました。大内さんは1月中旬以降に集めた学生、市民の署名を提出しました。私と大内さんの学長宛の要望書を参照ください。

 

大学教職員組合の犯罪

 

 私の労働闘争を振り返りますと、同志社大学教職員組合が、村田学長が13129日に、私との面談を拒否した後、私のケースを、「研究科の自治」に介入できない(私を解雇に追い込んだ研究科委員会メンバー=組合社会学部支部メンバー)として、私に敵対してきた責任が重大だと思います。

 

 私は1997年度の組合委員長で、20年間の在職中に総計199万余円の組合費を支払っています。組合が解雇されたメンバーを守らず、「研究科の自治に介入できない」というのは、世界中の労働組合でもないでしょう。同僚の教員が解雇の決定をすることが、大学の自治だと言うなら、組合の存在意義はありません。佐藤純一書記(66歳、組合で65歳定年後に再雇用され定年延長中)は、2014年1月ごろから、「裁判になったから組合は関わらない」と言い切り、最近も「(浅野が)研究科委員会での議決を求めたことが最大の問題」というデマを飛ばしています。131113日の研究科委員会で投票で定年不延長を決めたのは村田晃嗣学長、冨田安信研究科長、渡辺グループ、小國弁護士の共謀です。私は、彼らの闇討ち・クーデターに遭ったのです。佐藤書記の言動は手続をみない悪質な捏造です。

 

 組合社会学部支部は14420日ごろ全員一致で①組合は浅野の裁判を支援するな②浅野を除名せよと―と決議しています。

 

 組合は、20144月以降、私が組合員であるかどうかも「脱退はしていない」としか言わず、定年延長問題が載った組合ニュースの提供も拒否し、私のニュースへの寄稿も受け付けていません。

 

 同志社大学教職員組合、同組合社会学部支部長・執行委員、佐藤書記を提訴する予定です。既に払った組合費の返還を求めます。

 

 解雇から4年後に、組合がやるべきだったことを裁判所がやろうとしています。同志社大学教職員組合が大学と私の間に立って和解の道を探るべきでした。

 

 メディア学科の同僚教員でも、柴内康文准教授(2012年東京経済大学へ移籍)ら若手の教員は、「組合に入ってもメリットはない」と言って、非加入でした。確かに、解雇されても守ってくれない組合なら、1カ月1万円の組合費を納入する意味はないと言わざるを得ません。

 

自主ゼミに山田洋一さん

 

 大阪高裁での裁判の後、22日午後6時から同志社大学今出川校地今出川キャンパス・良心館409教室で、山田洋一・人民新聞編集局長を招いて自主ゼミ浅野健一ジャーナリズム講座(第16回)を行いました。「安倍官邸・公安による弾圧に抗いオールタナティブ・メディア創成を」がテーマ。私も後半の討論に参加しました。放送記者、学生、市民が参加してくれました。

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 山田さんは昨年1121日に事実無根の「詐欺」容疑で逮捕され、1211日に起訴されて「刑事被告人」にされています。88日間も投獄されました。人民新聞は弾圧をはねのけ、新聞発行を続けています。

 インディペンデント・ウェブ・ジャーナル IWJ)で動画を見ることができます。

 https://iwj.co.jp/wj/open/archives/tag/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%B4%8B%E4%B8%80

 

順調に進む対村田晃嗣・前学長裁判

 

 私は地位確認裁判とは別に村田晃嗣学長(現在法学部教授)と学校法人同志社を被告として不当解雇による損害賠償を請求する裁判を起こしています。  京都地裁第1民事部で319日、第3回弁論準備手続期日があり、井上一成裁判長は、被告側が「村田学長には定年延長に関する権限はないし関与してはならない立場だった」と主張している点について、原告側に反論を求めました。

 

 裁判所は、同志社大学において、専攻会議と研究科委員会で雇用契約である定年延長を審議し決定するという異様な制度に問題にあることに理解を示しているようです。この裁判の次回弁論準備手続期日は514日(月)午前1030分から、京都地裁で開かれます。

 

 村田晃嗣教授は31日、NHK経営委員に就任しました。3年前には同大出身の百田尚樹氏が就任したポストです。村田教授は「NHKHPで「良質な報道を確保できる環境の整備に努めたい。また、地域の多様な視点や関心を経営に反映したい」と言っています。みなさんは、村田氏が20157月、公明党の推薦で国会に公述人として招かれ、「同志社大学学長」の肩書で、侵略戦争法案について「憲法学者の多くは反対しているが、国際政治学者は賛成している」などと法案を全面的に支持したことを覚えていると思います。村田氏は前原誠司氏の盟友です。彼は公共放送の経営委員に最もふさわしくない人物です。学長選に大敗した村田氏を選んだのは、もちろん安倍官邸です。これもまた、権力を私物化する「お友だち人事」(cronyism)です。村田氏は162月、安倍首相と2時間半、会食しています。世耕・経産相が同席しています。学長選挙に敗北してから3カ月後でした。

 

 前川喜平・前文科省事務次官に昨年1115日に取材した時、村田晃嗣学長の同志社に解雇されたと伝えると、「村田さん、あの人はだめだ」「絶対だめです」と言っていました。

 

 村田教授はNHK経営委員を辞めるべきです。NHKを監視している市民団体、戦争法に反対のみなさん、声を上げてください。

 

(以上)

 

同志社大学 学長 松岡敬様

学校法人同志社 総長・理事長 八田英二様

 

浅野健一先生の教壇復帰実現への再度のお願い

 

  わたしたち学生は次のことを大変遺憾に思っております。2013年度末まで20年間、大学院社会学研究科メディア学専攻博士後期課程と社会学部メディア学科で教授を務めていた元共同通信記者の浅野健一先生=大阪高裁第5民事部・地位確認訴訟の原告=が先生の意に反して、定年不延長によって「65歳退職」扱いとされてから、先生の授業のほとんど(「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」、大学院科目の「新聞学」「メディア制度責任論」「国際報道論」など)が2014年から4年間も休講という状態に陥っていることです。しかも、17325日、学生たちに配布された2017年度講義要項によれば、学部の「新聞学原論Ⅰ」(春期)「新聞学原論Ⅱ」(秋期)を除き、浅野先生が担当してきた大学院の8科目のうち6科目(14年は担当者未定、1516年度は休講)が抹消されています。社会学研究科メディア学専攻から「新聞学」を掲げた講義科目が消えてしまいました。

 

 わたしたちの先輩方も含め多くの学生たちが2014年度から幾度も大学長と理事長に提出した要望書に対し、大学側からのリアクションが全くないことも残念に思っています。

 

 2018322日に大阪高裁で浅野先生の地位確認訴訟の結審があり、初夏に判決が出ることもあり、再度、浅野先生の教壇復帰を求める要望書(署名名簿付き)を提出させていただきます。

 

 一審判決では、浅野先生は就業規則に沿って、「65歳で定年退職」したと認定されています。大阪高裁で行われている地位確認裁判の決着がどうなろうと、18年度に浅野先生を特任・客員教授、嘱託講師などの役職で任用すれば、授業ができるのではないでしょうか。

 

 また、浅野先生が定年延長を拒否された20144月以降、現役学生を含む同志社関係者が浅野先生の担当科目の開講および教壇復帰を望んでいることにも留意ください。加えて、特別聴講生の市民の方々も授業の開講を望んでいます。15年6月から、現役学生が自主ゼミ「浅野健一ジャーナリズム講座」を大学内で開催しています。わたしたちが切望するのは、浅野先生のジャーナリズム・新聞学分野の授業を受けられる適切な措置を学校法人同志社と同志社大学が迅速にとることです。

 

 1948年生まれの浅野先生は今年7月で70歳になります。

 

 浅野先生を次年度20184月から始まる秋期から、何らかの形で教員として任用し、4年にわたり休講になっている先生の担当科目をどうか開講してください。なにとぞよろしくお願いいたします。多くの学生・卒業生・教職員の声をお聞き入れください。

 

 浅野先生のもとでメディア学専攻博士後期課程の学生であった、インドネシア政府国費留学生であるナジ・イムティハニさん(国立ガジャマダ大学文学部日本学科助教)は20146月に「143月末に遡って退学とする」とされましたが、松岡学長によって本年125日に同課程への再入学が認められ、浅野教授の博士論文指導の再開を望んでいます。本学の教員の中で、他にだれがナジさんを指導することができるかも考慮すべき問題であり、このことは国際的な問題でもあると考えています。

 

 最後に、わたくしたちは、大阪高裁で審理されている地位裁判において、浅野先生の大学院教授としての地位が認められることを願っていることを表明しておきます。

 

 浅野先生の教壇復帰を求める会幹事

  同志社大学大学院文学研究科哲学専攻前期課程1年 大内健史

  mr.ootake@gmail.com

 郵送先; 〒1680064 東京都杉並区永福432 山際永三(「浅野教授の労働裁判を支援する会」代表、電話 0333287609、携帯09046143750eizoyama@asahi.email.ne.jp

 この要望書署名運動は、「浅野ゼミOBG会」(馬場尚子会長)、「浅野先生を守る会」(吉川幸祐会長、木平良史事務局長)、「自主ゼミ浅野健一ジャーナリズム講座」(幹事・大内)も協賛しています。

 浅野教授の労働裁判については、以下のHPを参照ください。

 ・浅野教授の文春裁判を支援する会  http://www.support-asano.net/index.html

 ・浅野健一同志社大学教授の労働裁判を支援する会

   http://blog.livedoor.jp/asano_kenichi-support/

 

以上の要望書にご賛同し署名していただける方は、下記の情報を大内:mr.ootake@gmail.comまでメールで送ってください。メールでいただいた情報での署名が可能になりました。

お名前(ふりがな)

所属学部・学年(既卒の方は卒業年)

 

その際には、この署名についてブログなどでのお名前の公表の可否をお知らせください。

こちらの要望書の拡散(転送、転載)を歓迎いたします。ぜひ周囲の方に広めてください。

締切は3月31日ですので、早めのご連絡をお待ちしています。

201838

同志社大学 学長 松岡敬様

学校法人同志社 理事長 八田英二様

 

浅野健一教授の教壇復帰へのお願い

 

 私たちは、貴学の浅野健一・大学院社会学研究科メディア学専攻博士後期課程・社会学部メディア学科教授(大阪高裁第5民事部・地位確認訴訟の原告)の地位確認裁判を支援する市民の有志です。19944月から20143月までの20年間、教鞭をとってきた元共同通信記者の浅野教授の教壇復帰と授業の再開を検討するようお願いします。

 

 浅野教授が担当してきた新聞学・ジャーナリズム論に関する院・学部の講義・演習科目のほとんどが、201420152016年度で「休講」という異常な状態が続きました。浅野教授が担当していた科目(計10科目)のうち8科目(「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」、大学院科目の「新聞学」「メディア制度責任論」「国際報道論」など)が休講扱いになっていました。その上、17325日に貴学の学生へ配布された17年度の講義要項によりますと、学部の「新聞学原論Ⅰ」(春期)「新聞学原論Ⅱ」(秋期)を除き、大学院の6科目がすべて抹消されたと聞いています。そのうえこの事態に、文部科学省高等教育局大学振興課法規係から大学へ休講問題で調査が入っていると聞いています。これらの科目は他大学、市民も受講していましたので、いますぐ抹消された科目を元に戻し、これらの科目の開講を決断してほしいと思います。

 

 私たちも聴講生として、もしくは将来的に貴学の学生となることで、これらの講義を受講して学ぶことが可能なはずです。大学コンソーシアム京都の単位互換制度を利用して単位認定を受けることもできます。現在の状態では、学生、市民はこの権利を行使することはできません。こうした講義で扱うテーマは、現場での経験を基にした新聞・ジャーナリズム論を持つ浅野教授からしか学ぶことができないと私たちは考えます。また、浅野教授はこれまで、講義のほかにも、貴学の教員として、市民に公開されたシンポジウムや講演会を開いていました。このような機会が制限されている現状を遺憾に思います。また、同志社大学の現役学生は159月から、学内で自主ゼミ「浅野健一ジャーナリズム講座」を開催しています。こういう形でしか同志社大学の社会的貢献は実現しないと思います。

 

 私たちは学外者の立場ではありますが、潜在的な貴学の学生として、浅野教授の教壇復帰を求めます。浅野教授と学校法人同志社との裁判の最終結果にかかわらず、貴学の英断で、雇用形態はどういうものであれすぐに教壇に復帰させることは可能であるはずです。

 

 1948年生まれの浅野先生は今年7月に70歳になります。浅野先生を20184月から客員教授など何らかの形で教員として任用し、144月以降、4年にもわたり休講になっている科目を開講してください。私たちは、142年もの伝統のある貴学が多くの市民の声をお聞き入れくださり、八田理事長(総長兼任)と松岡学長の英断によって浅野教授の教壇復帰を実現するよう、貴学の現役学生・卒業生らと同様、切に願います。

 

 浅野先生の教壇復帰を求める会・郵送先;〒1680064 東京都杉並区永福432 山際永三(浅野教授の労働裁判を支援する会代表、電話 0333287609、携帯09046143750eizoyama@asahi.email.ne.jp

 この署名運動は、浅野先生を守る会(吉川幸祐会長 、木平良史事務局)も協賛しています。

 浅野教授の労働裁判については、以下のHPを参照ください。

 ・浅野教授の文春裁判を支援する会  http://www.support-asano.net/index.html

  ・浅野健一同志社大学教授の労働裁判を支援する会

     http://blog.livedoor.jp/asano_kenichi-support/

 

以上の要望書にご賛同し署名していただける方は、下記の情報を大内:mr.ootake@gmail.comまでメールで送ってください。メールでいただいた情報での署名が可能になりました。

お名前(ふりがな)

所属(又は肩書き)

 

その際には、この署名について、ブログなどでのお名前の公表の可否をお知らせください。

こちらの要望書の拡散(転送、転載)を歓迎いたします。ぜひ周囲の方に広めてください。

締切は3月31日ですので、早めのご連絡をお待ちしています。

2018年3月21日
浅野労働裁判支援のみなさんへ

 千葉県は桜の季節になったと思ったら、昨日から冬に戻ったような寒さです。いつも私の対同志社の労働裁判を支援してくださり、心より感謝します。
 3月22日(木)午後6時から同志社大学今出川校地・良心館409教室で、公安警察に弾圧されている山田洋一・人民新聞編集長をお招きして自主ゼミ「浅野健一ジャーナリズム講座」を行います。16回目の自主ゼミです。
 山田さんは安倍官邸の警察官僚の指示で昨年11月21日に事実無根の「詐欺」容疑で逮捕され、12月11日に起訴されて「刑事被告人」にされています。88日間も投獄されました。人民新聞は弾圧をはねのけ、新聞発行を続けました。
 私が2014年2月3日に学校法人同志社を被告として訴えた地位確認裁判で、同志社側は最終書面で、「控訴人の研究・教育についても,被控訴人を定年退職した後,被控訴人以外の場で行うことに何ら支障はない。現に,控訴人は,退職後も自主ゼミやシンポジウムを開催している(乙101~乙102)。〕として、本ブログを証拠として添付して主張しています。私を追放しておいて、よく言うよと思います。
 22日夜の自主ゼミにぜひ参加ください。

*3・22口頭弁論―4年経った地位裁判は控訴審で結審へ
 自主ゼミのある22日午前、私の労働裁判があります。
 私が同志社大学から定年不延長・「65歳定年」退職という形で闇討ち的に解雇・完全追放されてから今月末で4年になります。大学院教授としての地位保全の仮処分を京都地裁に申し立ててから4年3カ月、本裁判の提訴から4年1カ月になりました。大学の同僚たちから、「大学院教授の資質なし」「教授として不適格」という烙印を押され、「65歳退職」後の5年間に可能な特別任用教授、客員教授、嘱託講師での再雇用もなく、学部3年ゼミ(13人)を強制解体され、今出川校地を去らざるを得なかったことは痛恨の極みでした。私は他の大学院教授と同じように70歳まで教授としての仕事を続けたいと思い、私の名誉を回復するために司法の場に救済を求めました。それ以外に方法がなかったからです。
 私が2014年2月3日に提訴した地位確認裁判の控訴審は、3月22日(木)午前10時半から大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長)・81号法廷で開かれる第5回口頭弁論で結審の予定です。5、6月頃に判決言い渡しの見込みです。
 藤下裁判長は京都地裁の判決を全面的に見直すとし、65歳以上の高齢者の雇用にかかわる判例などを検討し、学校法人同志社が私を「法人にとって必要でない大学院教授」と判断したことが正当だったか化を審理しています。「これは同大において、大学院教授は70歳まで働くことの期待権を認めているから行っている検討で、一審判決が見直されることは間違いない」(定年延長に詳しい同大教授)という見方があります。私たちは、同大では、教職員、学生はみんな、大学院教授の定年は70歳と認識しているのが実態であり、特段の事由がない限り、定年延長は全員に認められてきたことを論証し、私には定年延長を拒否される特段の事由はないことも証明できたと思っています。
 双方は2月28日に最終準備書面を提出し、冨田安信・社会学研究科長(当時)と小黒純教授が陳述書を出しました。
 同志社の代理人である小國隆輔弁護士らは、「論文指導がまともに行われていない。審査のプロセスやルールを把握しておらず、スケジュール管理さえできていない。『学位授与の前日まで論文内容を修正できる』と誤った指導を行っている」という小黒純教授らの怪文書での記載を正当化し、私が教授としての職務を適切に行わない不良教授であるため定年延長の必要性がなかったと主張しています。
 今回、私が指導教授で博士学位を取得した2人(1人は韓国からの元留学生)、修士学位を取得した6人(ベルギー、韓国、中国、台湾からの元留学生を含む)と同大卒業生、現役学生(商学部1年)が陳述書を提出してくれました。私も最終の陳述書(全52ページ)を提出しました。この陳述書には、①小黒純教授が2013年1月の社会学研究科委員会で大学院博士前期課程教授に任用された際のプロセス(私が提案理由を説明)を示すメールなど②業績評価裁判についての判例③佐伯教授が2014年1~2月に主査で博論を審査した学生2人の博論の審査手続きに関する私への感謝の意を表するメール④佐伯教授が体調不良で講義を休講にしている期間に東京の企業主催のイベントで講演を行っていたことを示す資料―を付けています。
 3月22日(木)午前10時30分、大阪高裁(別館)81号法廷に来てください。

*不当判決の続く別訴訴訟
 他の裁判の報告です。地位裁判が第一審・京都地裁(堀内照美裁判長)で不当判決を受けましたので、個人を被告とした裁判はうまくいっていません。裁判官たちは、法人同志社側の主張をウソだと分かっていながら、京都地裁判決に沿って、メディア学専攻会議で定年不延長が決まったなどという誤った認定をしています。
 
*5人裁判は最高裁へ
 「怪文書5人裁判」(被告は渡辺武達、小黒純、竹内武長、佐伯順子、池田謙一各氏)の控訴審の判決言い渡しが2月8日(木)午後にあり、不当な棄却判決でした。最高裁に上告し、受理されました。
 
*対三井氏裁判は大阪高裁へ
 渡辺武達教授の指示で、2003年9月に私を“セクハラ”加害者にでっち上げた三井愛子(前・大阪経済法科大学准教授、渡辺武達氏の指導学生)を被告とする損害賠償事件の判決は、1月11日(木)午後に大阪地裁で言い渡されました。三井氏の言動の不当性を指摘しながら、請求棄却の不当判決でした。大阪高裁に控訴しました。

*対冨田安信教授裁判も大阪高裁へ
 私が2015年2月に冨田安信・同志社大学大学院社会学研究科長(当時、現在、産業関係学専攻教授)を被告として神戸地裁第4民事部に起こした損害賠償請求事件の判決言い渡しが2月19日午後1時15分から地裁227号法廷でありました。石原和孝裁判官は「請求のいずれも棄却する」との主文を読み上げました。
 私は大阪高裁へ控訴しました。
 判決の日、出廷したのは原告の私一人でした。神戸司法記者クラブの記者が5人傍聴席で取材してくれました。
 公判が終わり閉廷後に、私は石原裁判官に「Shame on you.」「不当判決を絶対に許さない」と告げました。石原裁判官は退席せず、座ったまま無言で聞いていました。今まで法廷でプロテストされたことがないのでしょう。
 石原裁判官は、小黒純教授らが「臨時専攻会議」と称する会議体で私の定年延長を研究科委員会へ提案しないと決め、冨田氏が議長を務める研究科委員会(教授会)で投票によって定年延長反対の議決を行った手続きに関して、詳しい審理をしてきましたので、全面棄却はあり得ない結論のはずです。石原裁判官が法と証拠で判断する法律家であれば、自分の判決が良心に基づくものではないことを知っているはずです。
 この裁判では、原告の私と被告の冨田氏の他、小黒純教授への証人尋問を行いました。小黒氏と冨田氏の法廷証言は、私を誹謗中傷、侮辱する名誉毀損行為でした。

*対村田晃嗣氏・同志社裁判
 京都地裁第1民事部(三木昌之裁判長)の学校法人同志社・村田晃嗣氏(前同大学長・現在法学部教授)の損害賠償請求訴訟の弁論準備手続は2月9日午前、京都地裁第1民事部の書記官室にある会議室で開かれました。

 次回弁論準備手続期日は、

*佃さん対矢内真理子氏裁判は東京高裁へ
 報道被害を受けた元経営コンサルタントの佃治彦さんが同志社大学大学院メディア専攻学生の矢内真理子氏を相手取って起こした損害賠償請求訴訟裁判の判決は1月26日(金)午後、東京地方裁判所530号法廷で言い渡されました。請求棄却の不当判決でした。不法行為があったと認定しながら、責任を免除している不当な判断です。佃さんは東京高裁へ控訴しました。

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 以下の4団体が私の労働権を守る雇用闘争を支援してくれています。
・「浅野先生の教壇復帰を求める会」(大内健史・代表幹事、同志社大学文学部16年卒、mr.ootake@gmail.com)
・「浅野先生を守る会」(吉川幸祐会長=同大政策学部15年卒、木平良史事務局長=同大法学部卒)
・「浅野健一ゼミ・OBG会」(馬場尚子会長、bbnaoko@gmail.com)
・「浅野教授の労働裁判を支援する会」(山際永三代表・〒168-0064 東京都杉並区永福4-3-2、電話 03-3328-7609、eizoyama@asahi.email.ne.jp)

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