同志社大学 浅野健一教授の労働裁判を支援する会 ブログ

2014年4月、同志社大学から追放された、浅野健一教授。 元・共同通信の記者であり、生粋のジャーナリストとして輝かしい経歴を持つ浅野教授は、同志社大学と闘うために立ち上がっています。 これは、闘う浅野教授を支援し、情報発信するためのブログです。

◎大阪高裁・ヒラメ判事の藤下健裁判長の614不当判決を嗤う

 浅野健一

 

シンガポールでの「世紀の会談」朝米首脳会談を取材し613日に関西空港に戻り、14日(木)午後110分から地位確認裁判の大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長、右陪席・黒野功久裁判官、左陪席・桑原直子裁判官)の判決言い渡しに臨みました。控訴人の私から判決の報告をします。

 

藤下裁判長は大阪高裁の別館81号法廷で「控訴を棄却する。弁護士費用は控訴人を負担とする」という主文を読み上げました。裁判官3人はすぐに退廷しようとしましたが、傍聴席から「不当判決だ」「おかしいぞ」などと抗議の声が上がったのを見て、しばらく立ち往生しました。「税金泥棒」という怒りの声もありました。藤下裁判長は体を斜めにして傍聴席の人たちを睨みつけ、すごすごと退廷しました。法廷内で怒号を浴びた経験があまりないのでしょう。

 

藤下裁判長ら3人の判事は、一審の堀内照美判決を「争点整理もせずに双方が言いたいだけ言った審理に終わっている」などと厳しく批判、13カ月もの時間を使って審理した上で、堀内判決よりも悪質な判決を言い渡したのです。

 

藤下氏は、「労働者に冷たい裁判長だ」という評判でした。1983年に東京地裁の判事補となり、11年間検事を務め、2008年に東京地裁判事、東京高裁、和歌山地家裁所長などを渡り歩き1612月に大阪高裁部総括判事になったエリート裁判官です。米国の健康食品会社への課税処分に関する報道を巡り、読売新聞の記者が民事裁判の証人尋問で取材源の証言を拒絶したことについて、東京地裁の藤下裁判官は2006 3 14 日「取材源が公務員などで、守秘義務違反で刑罰に問われることが強く疑われる場合は証言拒絶を認めない」とする決定を出しています。藤下裁判官は決定理由で「(守秘義務違反という)法令違反が疑われる取材源について証言拒絶を適法と認めることは、間接的に犯罪行為の隠ぺいに加担する行為」と指摘しました。

 

藤下氏は、関西のトップ私大の不当解雇を指弾する勇気がなかったのでしょう。藤下氏の顔つきは渡辺武達、冨田安信、小黒純、竹内長武各氏と似ています。

 

判決は極めて不当であり、私の代理人弁護士4人は627日、大阪高裁へ最高裁への上告状兼上告受理申立書を提出しました。「一審判決よりひどい内容の判決なので、最高裁へ出す上告理由書で全面的に争う」と弁護団事務局長の山下幸夫弁護士は言っています。最高裁に望みを託します。

 

612日の判決期日には、木村真豊中市議、モリカケ告発プロジェクトの田中正道共同代表、今治市で加計問題を追及している黒川敦彦さん、藤井幸之助同志社大学嘱託講師、同志社大学大学院生、元浅野ゼミ学生の父親、同志社大学嘱託講師、出版社社員、人民新聞記者、元大阪府立高校教員ら多くの支援者が傍聴してくれました。司法記者クラブの記者も数名取材に来ていました。

 

逆転勝訴の場合、大阪司法記者クラブで会見の予定でしたが、敗訴したため会見は取りやめました。

 

藤下裁判長は判決で、65歳を超える労働者の権利が法的に保障されていないと述べ、大学における指導教授と学生は徒弟関係にはなく、大学全体で指導するべきだとまで踏み込んで、学校法人同志社の闇討ち解雇を正当化しました。私が職場にいるせいで帯状疱疹と突発性難聴を患った教員がいるなどと非科学的なことまで書いた「審議資料」という名の怪文書(小黒純教授ら4人が渡辺武達教授の指示を受けて作成)も正当とし、飲酒運転を起こし逃亡した法学部教授や産廃法違反で150万円の罰金刑を受けた学校法人同志社の前理事長、水谷誠教授らが定年延長されていることは私の解雇と関係ないという認定をしています。一審の堀内照美裁判長の判決より悪質なヘイト判決です。

 

判決言い渡しの後、大阪弁護士会館1004会議室で判決報告集会が開かれ、山下幸夫、高田良爾、斉藤麻耶各弁護士が判決の内容を説明し、参加者との質疑応答を行いました。

今年3月末、65歳定年で退職した前同志社大学人文科学研究所の庄司俊作名誉教授も集会に駆け付けてくれました。庄司先生は、大学院教授だけに認められている定年延長制度は差別だとして学校法人を提訴しています。IWJの市民記者も来てくれました。

 

午後5時から、大阪駅近くで懇親会が開かれました。

 

私の地位確認控訴審は自分の出世しか頭にない悪い裁判官にあたってしまい、一審に続いて敗訴しました。裁判官の経験のある弁護士によりますと、日本の裁判官も減点主義で、弱者に有利な判決を言い渡すと昇進にマイナスになるという、事なかれ主義、ヒラメ裁判官です。元高裁部長判事の弁護士も「藤下健裁判長は労働者、弱者には冷たい判事。右陪席の黒野功久裁判官は信用できるので、彼がどこまで頑張ってくれるかだ」と判決前に言っていました。左陪席の桑原直子裁判官が藤下裁判長に隷従したので、こういう判決になったのでしょう。

 

同志社大学は西日本の私学のトップで、文科省が認可した権威、権力です。同大がやったことを不当と認定するには勇気がいるようです。私の弁護団は、同大では大学院教授は100%定年延長を認められてきたこと、65歳の大学院教授には次年度も教授を続ける期待権があることを完全に証明しましたが、藤下裁判長らは同大側を勝たせることを決めて、ウソと詭弁で当方の主張をことごとく否定しています。判決文が嫌がらせ、ヘイト文書です。

 

大阪高裁での棄却判決で、144月から誰も指導していない博士後期課程満期退学生のインドネシア人留学生のナジ・イムティハニさんは博士論文提出を断念せざるを得ない状況になりました。同大当局と藤下裁判長は、ナジさんの教育を受ける権利を蹂躙したのです。万死に値します。ナジさんはインドネシア教育文化省の国費留学生で、国際問題に発展するのは必至です。同大側は本年3~4月の和解協議で、私の博論審査への関りを認めています。藤下裁判長はそれを百も承知で私の教授としての地位を剥奪しました。絶対に許せません。

 

弁護団・支援者からのメールからいくつか引用します(浅野が一部編集)。

 

〔 裁判長には勇気がなかった。最高裁では何とかしたいものです。〕(高田良爾弁護士)

 

〔 誤った事実認定をもとに判断がされている。裁量論を採用している時点で、結論ありきの判決と言わざるを得ません。 〕(山縣敦彦弁護士)

 

〔 結局、「大学の自治」論の壁に跳ね返されました。専攻会議、研究科委員会において実質的な審議が行われ、決定されているとの認定(誤認)でもって、すべて蹴散らされています。

いちじるしく決定的な事実認定の誤りを最高裁で審議してほしいと願います。

上告審で実質的審理が行われるかわれわれ素人には分かりませんが一点だけ、どうしてもお伝えしたいことがあります。

本件は結局、「大学の自治」の問題になることから勝利はむずかしい。研究科委員会でvote(投票)され否決されたことが決定的である。大学教職員の間では最初からこうした受け止め方がありました。私もそういう認識を持っていましたし、実際、2回の裁判ともほぼそうした枠組みで判断が示されました。

しかしながら、実際は定年延長の可否の「審議、決定」など行われておりません。

2審の判決でも、「不都合な事実」は無視をして不当な判断が下されました。

「不都合な事実」とは何か。それは、本件以前には本件のように対象者が研究科委員会において定年延長を否決された前例は皆無であることです。これは、1審で被告の学校法人同志社自身が言明しています。

浅野先生のようなケースがないということは、本人が希望すれば全員定年延長が認められてきたということです。そして、対象者が全員1年ごと5回も定年延長されたということは、各研究科委員会において自動的に定年延長が行われてきた実態を示すものにほかなりません。これを「審議、決定」がなされてきたとするのは単なるこじつけです。

研究においても、「不都合な事実」が明らかになっているのに、それを隠したり故意に無視して立論することは不適切な行為です。そのような研究は不正とまではいえなくても社会的に評価されることはありません。

本件に関しては、1審、2審とも「大学の自治」に気づかいするあまり、こうした逸脱を行ったと思われて仕方ありません。

上告審では不当な「審議、決定」論に集中し、その突破を図るべきです。それ以外に活路はないと考えます。ご参考までに。 〕(同大名誉教授)

 

〔 検察庁も裁判所も悪魔に食われろ、と言いたい。同志社が自浄能力を失ったようにこの国の民主主義も、地に堕ちました。多くの国民が気付き始めています。原発の後始末がフレコンバックの行くえ一つとっても何一つまともに対応できなくなっている事実を唖然とした思いで国民は見ています。日大も揺れています。京大も少しだけ。この国の民主主義のタガが大きく緩み始めてきたことに、人々が気付き始めています。明日の為に共に頑張りましょう。 〕(水戸喜世子さん)

 

〔 先生の権利が回復されるのではと期待しておりましたが、非常に残念な結果になりました。裁判所はやはり弱者を救済する機関ではなく強者を助ける機関なのでしょうか。メールの最後で「私は元気いっぱいです」と書かれていたので少しほっといたしました。最近、先生のもとで修業した時のことを思い出します。不当判決、本当に腹立たしいですね。最高裁で争われるとのこと、良い結果になることをお祈りします。 〕(元ゼミ生)

 

〔 浅野さんは、「同大は自壊へ」と書かれていますが、これは全くその通りだと思います。

佐藤優氏と松岡学長が少し前に『世界』で対談していましたが、

http://www.doshisha-tokyo-alumni.jp/tokyo_alumni_association_news/10360

6月には、佐藤氏は同志社大学特別顧問に就任したそうですね。

https://mainichi.jp/articles/20180605/ddl/k26/100/449000c

内部で、こうした動きがおかしい、という声が非常に弱いのでしょう。

これが同志社の社会的信頼性を掘り崩しているということが、全く分かっていないようです。

米朝会談とその後の軍事演習中止(これは在韓米軍の撤退にまで行くでしょう)など、

浅野さんが年来主張されていた(そして佐藤氏の主張していた方向とは逆の)流れになりつつあると思います。

浅野さんの今後の更なるご活躍を楽しみにしております。ただ、お体をお大事にお過ごしください。 〕(出版社労働者)

 

〔  裁判はひどい判決でしたね。私も期待していたのですが。残念です。 〕(人報連会員・中嶋啓明さん)

 

〔 敗訴は大変に残念です。浅野さんご自身、また多くの方がご指摘のように、大学における人事の実態を見ずに既存の権威を守ろうとする度し難い裁判官の愚かで許しがたい判決です。このうえは最高裁でぜひとも勝訴していただきたいと願っています。 〕(近畿の大学教授)

 

フェイスブック上でのコメントは次のとおりです。

 

〔 ほんと、お疲れさまでした。司法はどこも反動の嵐。正義が通らず、不義がまかり通る。粘り強くいきましょう! 〕(同志社大学嘱託講師、藤井 幸之助さん)

 

〔 反動不当判決に怒りと悲しみがおさまりません。上告審及び関連裁判での勝訴を心より祈念します。 〕(同志社大学卒業生、鶴見太郎さん)

 

 

〔 浅野先生の闘いが、社会の理不尽で苦しんでいる人たちに勇気を与えてくれます。 〕(元千葉県議、吉川ひろしさん)

 

同大の現状はアメフト問題の日大以下です。司法が同大の不当解雇を追認したため、同大は無反省のまま、内部崩壊していくと思います。自分たちが腐っていることの自覚がありません。自浄能力もなしです。私が負けたことで、学内で風通しがさらに悪くなり、壊れていくと思います。

 

同大メディア学科・渡辺グループとの闘いは続きます。

 

この闘いは犯罪報道の実名犯人視報道、キシャクラブ制度をなくす闘いの一環でもあります。渡辺グループが小國隆輔弁護士を使って、私を追放しても裁判で負けない、負けても70歳まで追放できるという策謀を行ったのは、同大に浅野研究室があると困る連中の大連合でした。

 

私の解雇を「大学の自治」「研究科の自治」とみなし私の裁判を受ける権利を妨害した同志社大学教職員組合と佐藤純一書記、「ない」はずの研究科委員会の記録を偽造した松隈佳之事務長、私の「週刊金曜日」記事を盗作し日本学術振興会へ虚偽の指導教授変更届文書を出した矢内真理子助教らの法的責任(民事・刑事)を追及していきます。

 

判決のあった翌日(615日)に東京駅八重洲中央口近くで同大の広告を見ました。前からありますが、同志社の校祖、新島襄の遺訓が描かれています。私が撮った写真を見てください。私がいた新町キャンパスの廊下の外壁にも「諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ 新島 襄」という創立者の言葉がありました。私を排除した人たちはこの言葉をどう学生に教えるのでしょうか。私は創立者の言う「人」でないということでしょうか。

 

「ならぬことはならぬ」です。同大メディア学科の正常化のための闘いを続けます。

 

高裁で逆転はなりませんでしたが、私は元気いっぱいです。今度は最高裁で闘い、他の三つの裁判でも頑張ります。アカデミックジャーナリストの活動も続けます。

 

安倍政権を打倒し、日本の民主化のために共に前進しましょう。
同大広告 東京駅 人一人は大切なり jpg


第17回 自主ゼミ 「朝米首脳会談」

シンガポール取材報告 資料 2018626

浅野健 一・同志社大学大学院教授 (教授地位確認訴訟中)

アカデミックジャーナリスト

 

朝米が「戦争ゲーム」終焉を誓約した「世紀の会談」

偏見と無恥の日本のキシャクラブメディアの報道

 

 2018612日午前94分(シンガポール時間)に始まった二人の13秒にわたる握手は、まさに「世紀の首脳会談」の始まりだった。

 

金正恩朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)国務委員会委員長(朝鮮労働党委員長)とドナルド・トランプ米合州国大統領の首脳会談(DPRK-USA SUMMIT SINGAPORE)はシンガポールの南部セントーサ島のカペラホテルで開かれた。(本多勝一氏にならい米合衆国ではなく米合州国と表記する)

 

1948年に建国した朝鮮と米国の首脳会談は史上初めて。両首脳は朝鮮と米国の国旗が交互に6本ずつ掲げられたホールで握手。その後、会談場に移り、通訳だけを入れた一対一で、38分の会談。その後、両国の随行高官を交えた拡大会合、実務者も入ったワーキングランチを行った。午後には、共同声明(Joint Statement of President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the Democratic People’s Republic of Korea at the Singapore Summit)の署名のシーンを報道陣の前で行った。世界中のテレビが生中継した。

 

共同声明での「北朝鮮」表記は悪質な誤訳

 

共同声明(英文)の最初は次のように書いている。

 

[ President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea (DPRK) held a first, historic summit in Singapore on June 12, 2018. ]

 

最後はこうだ。

 

[ President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea have committed to cooperate for the development of new U.S.-DPRK relations and for the promotion of peace, prosperity, and security of the Korean Peninsula and of the world.

DONALD J. TRUMP

President of the United States of America

KIM JONG UN

Chairman of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea

June 12, 2018

Sentosa Island

Singapore ]

 

共同通信の日本語訳では;

 

 〔 ドナルド・トランプ米合州国大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長は2018年6月12日、初めての歴史的な首脳会談をシンガポールで行った。 〕

 

〔 トランプ大統領と金委員長は新たな米朝関係の発展と、朝鮮半島と世界の平和と繁栄、安全のために協力すると約束する。

 ドナルド・トランプ米大統領

 金正恩・北朝鮮国務委員長

 2018年6月12

 セントーサ島

 シンガポール 〕

 

 キシャクラブメディアの訳は共同通信とほぼ同じ。大学入試の和訳では誤訳になる。

 

「しんぶん赤旗」の訳では:

 

〔 アメリカ合衆国のドナルド・J・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の金正恩国務委員長は2018年6月12日、シンガポールで、初めてとなる歴史的首脳会談を開催した。 〕

〔 アメリカ合衆国のドナルド・J・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩国務委員長は、新しい米朝関係の発展のため、また、朝鮮半島ならびに世界の平和、繁栄、安全の促進のために協力することを約束した。

2018年6月12日

 セントーサ島

アメリカ合衆国大統領 ドナルド・J・トランプ

朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長 金正恩 〕

 

赤旗は紙面では北朝鮮と表記しているが、共同声明の訳は正確だった。ロイターの日本語版も北朝鮮と表記している。キシャクラブメディアに汚染された日本人のロイター社員が誤訳しているのだろう。

 

正恩氏という表記は異常

 

13日夜に帰国し、日本の新聞を読んだ。日本のキシャクラブメディア(1930年代に設置された日本にしかない「記者クラブ」は英語でkisha clubと呼ばれている)の報道は世界の非常識だ。韓国を上回る取材陣を派遣したキシャクラブメディアは首脳会談を冷ややかに報じた。どうして素直になれないのか。ひねくれている。テレビ各局は朝鮮を敵視するか何も分からない専門家、ジャーナリストを出演させ、「CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄)」が確約されなかったとか、ショーに終わったと解説させた。

 

朝日新聞は一貫して、金正恩委員長のことを<正恩氏>と書いている。儒教の影響を受ける朝鮮の人たちには絶対容認できない表現だ。安倍晋三首相のことを晋三氏と呼ぶとどう思うか。

 

シンガポール開催を安倍首相が助言という捏造

 

日刊ゲンダイの報道で知ったのだが、安倍氏の広報官、NHK政治部の岩田明子解説委員が「(安倍首相が)トランプ大統領との電話会談で会談場所を板門店か、シンガポールにしようかと迷ってる場面があって『シンゾーはどう思うか?』と問われた時に、シンガポールを推薦した」というのだ。

 

〈初の米朝首脳会談の開催地シンガポール なぜ選ばれた?〉と題したニューズウィーク誌(5月15日付)によると、米朝会談の場がシンガポールとなったのは〈米国と北朝鮮、両方の大使館がある〉〈安全保障面で米国寄りで、会談中、米軍が最大限の警戒態勢を敷くことが可能〉――との理由だったようだ。

 

私が2013年に朝鮮戦争勝利60周年記念行事に参加した際、シンガポールから平壌に30数名の訪朝団が来ていた。日本からは21人。中国から30人だった。シンガポール人の73%が中国系。シンガポールは朝鮮と貿易、投資が盛んだ。ASEAN各国には戦後すぐに朝鮮の大使館ができている。安倍氏がシンガポールを推薦したら、朝鮮は断っただろう。

 

安倍政権に批判的な朝日、毎日、東京も朝鮮敵視は同一

 

NHKワシントン支局長は「共同声明の中身はない」と批判。拉致問題の進展がないと日本メディアは強調するが、国際メディアセンターで日本人拉致問題に関心を持つ記者は日本メディア以外にいない。

 

NHKはトランプ氏が記者会見で日本人記者の質問に「拉致問題を提起した」と発言したことを速報したが、「私の友だちである安倍首相が重要視しているのをよく知っているから、提起した」「共同声明には書いていない」と答えただけで、金委員長の反応などは言明しなかった。大統領は「朝鮮は、朝鮮戦争で正義のために命を落とした米兵の遺骨の回収と返還を約束した」と詳しく話した。

 

メディアセンターで会った、冤罪甲山事件の関係でよく知っている春川正明・読売テレビ解説委員に、「龍谷大学の李相哲教授の発言は、あまりに無責任ではないか」と言うと、「そんなに問題ですか」と言った。李氏は328日のフジテレビ「とくダネ!」で金委員長の訪中に関し、「米国からの核放棄要求を恐れて中国へ泣きついた」「朝鮮半島が非核化すると、米軍が韓国から撤退する。そうなると北の思うつぼだから阻止しなければならない」と見当違いの解説をしていた。李教授は228日の同番組で「包囲網の分断を狙う北朝鮮の思惑で、汚れなきスポーツの舞台が北に乗っ取られた」と発言。李氏は北南、米朝会談はうまくいくはずがないと各局で発言してきた。朝米会談が一時中止になった時、喜びを隠さなかったが、再び会談開催が決まると「北のペースになってはならない」と強調した。自分の見通しが外れたことの釈明もない。テレビは記録に残らないので、ウソ、デマの言い放題。元共同通信平壌支局長、元ソウル支局長らも同じ。青木理氏も「北朝鮮への過去の賠償で何兆円も払わされる」と発言した。平壌宣言で朝鮮は賠償請求を放棄している。

 

歓迎する在日朝鮮人

 

私はメディアセンターで両首脳の握手、二人がお互いの背中に手を添えるのを見て感動した。「朝鮮の人たちと朝鮮の海外の同胞たちが待ち望んできた日がついに来た」と感慨深かった。私は1998年から14回訪朝し、朝鮮の人たちが1953年に休戦になったままの朝鮮戦争を終結させ、停戦協定を平和協定(条約)に変え、朝米国交正常化を望んでおり、そのために米国まで届く「核とミサイル」を開発してきたことをよく知っている。世界中のコリアンも非戦・平和の朝鮮半島を望んでいる。

 

知り合いの在日朝鮮人は「将来、612は歴史の教科書に載る出来事だ。ソ連の崩壊、ベルリンの壁の崩壊と並ぶニュースだ」と述べた。

 

朝鮮戦争の停戦合意では、米国は3カ月以内に平和協定を結ぶはずだったが、65年間反故にしてきた。なぜ欧米人が呼ぶ「極東」・北東アジアの韓国と日本に米軍基地と米兵が存在するのかを考えるべきだ。

 

私は、朝米会談を見ていて、1972年の中米国交正常化を想起した。国際社会は中華人民共和国を国と認めず、台湾の中華民国が中国だったが、ニクソン米大統領の電撃的訪中で台湾は国でなくなり、中国が「一つの中国」となった。「中共」が中国に変わった。国連や国際社会で、台湾は国ではなくなり、CHINESE TAIPEIとういう地域になった。

 

日本政府とメディアがいつ「北」とか「北朝鮮」と呼ぶのをやめるかがカウントダウンになってきた。日本メディアも20029月に拉致問題が出る前は、「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国の金正日総書記」(NHK)、「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と冒頭で表記し、二回目から「北朝鮮」と報じていた。消えた正式国名がいつ復活するかだ。

 

朝鮮半島の非核化であって朝鮮の非核化ではない

 

日本メディアは朝鮮に対し、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を求めているとだけ報じるが、朝米が今回の会談で合意したのは朝鮮半島の完全な非核化である。朝鮮の格の放棄だけでなく、韓国にある米軍の核兵器も撤去するということだ。北南朝鮮に隣接する日本にある米軍の核兵器も撤去されなければならない。

 

内外のマスメディアは 急激な変化と報じてきた、そうではない。不勉強な日本の政治家と記者・専門家は、朝鮮の党、政府、人民がこの間、米国を交渉の場に引き出すために、「核とミサイル」を開発したことを伝えなかった。軍事開発は米国との対等の地位を得るためだった。昨年74日のICBM試射の成功で、米国に到達することが証明され、朝鮮は昨年末、核強国になったと宣言した。米国は安倍首相が願う先制攻撃をあきらめた。

 

「北朝鮮は国際社会を欺いてきた」「何度もだまされてきた」という日本の安倍政権とキシャクラブメディアの罪は大きい。日本の人民をだましてきたのは安倍政権と御用メディアである。

 

フリー記者として取材パスを獲得

 

私は朝米会談開催されることが決まってすぐに、シンガポールで取材すると決め、航空券を確保した。

 

69日の深夜に羽田を発ち、10日早朝にシンガポール着。13日午後、シンガポール発で同日夜、関西空港に戻った。

 

トランプ大統領が524日に朝米会談の中止を発表、安倍晋三政権だけが「中止の判断の支持」を表明し、朝鮮に憎悪を持つ日本のキシャクラブメディアとテレビに登場する「専門家」たちは、会談中止を喜んでいた。しかし、文在寅韓国大統領の仲介努力もあり、62日に予定どおりに開催されることが決まった。

 

実は、米国側から会談中止の発表があった524日にシンガポール政府の通信情報省(MCI)メディア部は内外のメディアに対し、「米国・朝鮮首脳会談のためのメディア広報」(Media Advisory for US-DPRK Summit)を送り、米朝首脳会談の取材記者登録(registration for media accreditation)を開始していました。29日午後12時(シンガポール時間)が締め切りだった。同省は「取材登録」に関する報道を禁止していたため、記者登録手続きが進められていたことは報道されなかった。

 

私は514日、共同通信外信部時代の後輩記者から、現地の記者を紹介してもらい、524日にMCIの登録手続きについて教えてもらった。

 

528日、MCIメディア部へ取材申請を行い、同部から取材依頼書を受理したというメールをもらった。MCIから69日午前2時に、取材許可が下り、首脳会談のために開設された国際メディアセンターで仕事ができた。日本以外の国には「記者クラブ制度」(英語でkisha club system)がないので、フリージャーナリストも手続きを踏めば取材できる。

 

同部への取材申請はすべてネットで、15分以内に打ち込み、顔写真、パスポートのコピーは指定された電子データで送信するというやり方で苦労した。取材申請では、記事・映像を伝える報道機関(媒体)を伝え、媒体の責任者からの取材依頼書(assignment letter)が必要。朝鮮総連の機関紙、朝鮮新報の崔寛益・報道局長が依頼書(526日付)を書いてくれた。20055月にバンコクで行われたサッカーW杯最終予選、日本対朝鮮の「無観客試合」の取材をアジアサッカー連盟に申請した際も崔局長にレターを書いてもらった。また、65日に追加で、人民新聞に記事を書くことをMCIに伝えた。山田洋一編集長がアサインメント文書を書いてくれた。

 

私は1998年に朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)を初めて訪問して以降、14回訪朝。朝鮮に行くようになったきっかけは、1998年に同志社大学経済学部学生だった「かりの会」(「よど号」事件)メンバー、若林盛亮さんの実姉の訪朝に同行したことだ。政治亡命したメンバーの子どもたちを日本に帰国させることに協力した。その後、京都で故・野中広務さんらと日朝友好運動、朝鮮学校支援などを行ってきた。

 

1611月にベルリンで開かれた「第2回平和・繁栄の朝鮮半島に関する国際シンポジウム」(The 2nd International Symposium on Peace and Prosperity of Korean Peninsula)にも参加し、朝鮮戦争の終結と米朝平和条約締結を求める運動にもかかわっている。その報告が朝鮮新報HPにある。

http://chosonsinbo.com/jp/2015/12/sk123-10/

 

今年になってからは、「安倍官邸の広報になった平昌五輪報道」

http://chosonsinbo.com/jp/2018/03/0305ib-4/

 

「平和・統一への願いを冷笑し戦争を煽る大罪」

http://chosonsinbo.com/jp/2017/11/1115ib/

朝鮮新報には訪朝記事、メディア時評(20041月から0512月まで連載)などが多数アップされている。

 

1905年から45年までの日本による侵略・強制占領の歴史、45年から今日までの日本と朝鮮の関係を踏まえて、日朝関係の改善、国交正常化を目指すべきだとずっと思ってきた。私は2回の南北首脳会談に続く、史上初の米朝首脳会談を現地で取材し、今後の東アジアの平和・繁栄を構想したいと考えた。

 

私は19892月から927月まで共同通信のジャカルタ支局長を務めていたので、シンガポールは何度も行っている。

 

ホテルは両首脳が泊まった二つのホテルから地下鉄で一駅のところにとった。

 

金正恩委員長を見ようと2時間待ったフランス人家族

 

歴史的な会談の朝、午前7時、金委員長らが宿泊するセントレジスホテルに向かった。ホテルの周辺には報道陣のほか、地元市民、観光客が湿度が高く35度を超える暑さの中、委員長の出発を待った。望遠カメラで金委員長の姿をカメラが捉えた日本のテレビのレポーターが「金正恩委員長は眼鏡を掛け、少し緊張しているように見えました」と中継で伝えた。

 

両首脳は10日シンガポール入りした。金委員長がチャンギ空港に到着したことは分からず、午後3時過ぎに、地元のテレビが宿泊先のセントレジスホテルの周辺に金委員長が乗っている車両を映して分かった。すぐにホテルに向かった。午後7時過ぎ、金委員長がシンガポール首相府でリー・シェンロン首相と会談するというので、ホテル付近で待機した。世界中のメディア、観光客、地元市民が見守った。フランス人の青年は「数カ月前は戦争の危機があったが、こうして平和への動きが生まれたのはとてもいいことだ」と話した。一緒にいた小学校3年生は祖母と一緒に約2時間、金委員長の姿を見ようと待った。

 

ホテルの前は歩行でき、警備も穏当だった。午後7時過ぎに、白バイ約20台、パトカー、警備車両に先導されて朝鮮とシンガポールの国旗を掲げた黒い車両がホテルを出た。警備の男性十数人が車両に並走。

 

その後、トランプ大統領が宿泊するシャングリラホテルに向かった。大統領はカナダから午後8時、パヤ・レバー空軍基地に到着した。

 

二人のホテルは超高級ホテル。オーチャード通りの西にあり、歩いて78分の距離。正恩氏の宿泊先から約600メートルほど離れた高級ホテル「シャングリラ」に入った。トランプ氏は11日昼にリー・シェンロン首相と会談した。

 

 会談があったセントーサには、日本のシンガポール侵略の歴史を展示した戦争記念館がある。シンガポール日本人学校は1990年代にこの記念館から学ぶという副読本を使っていた。セントーサには日本軍慰安所があったことを「リテラ」とロイターが報じている。

http://lite-ra.com/i/2018/06/post-4061-entry.html

https://jp.mobile.reuters.com/article/amp/idJPKCN1J30CF?__twitter_impression=true

 

 日本の企業メディアは絶対にこれを報じない。「拉致」を報じる一方で、朝鮮の人民が日本帝国主義の侵略の被害に遭っていたのと同じ時期に、シンガポールは「昭南島」と名前を変えられ、「大検証」と呼ばれる虐殺の被害に遭っているのだ。詳しくは拙著『天皇の記者たち 大新聞のアジア侵略』(スリーエーネットワーク、絶版)を読んでほしい。

 

 今回の取材で、ハンギョレ新聞、聯合通信、MBCなど韓国の記者たちと再会した。

 

メディアセンターの2階には共同作業ルームがある。イタリアのANSA通信記者が前にいる。3階には主要報道機関のブースがある。共同通信のブースを訪問した。

 

歴史的な13分の握手

 

2018612日午前9時過ぎに始まった2人の13秒にわたる握手はまさに「世紀の首脳会談」の始まりだった。金正恩朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)労働党委員長とドナルド・トランプ米合州国大統領の首脳会談(DPRK-USA SUMMIT)はシンガポールの南部にあるセントーサ島のカペラホテルで開かれた。

 

歴史的な会談の朝、午前7時、金いよいよ委員長らが宿泊するセントレジスホテルに向かった。ホテルの周辺には報道陣のほか、地元市民、観光客たちは湿度が高く35度を超える暑さの中、じっと金委員長の出発の時を待った。8時半ごろ、望遠カメラで金委員長の姿を捉えたテレビカメラパーソンが「少し緊張しているようだったが、決意をにじませていた」と話した。

 

「朝鮮の人たちと朝鮮の海外の同胞たちが待ち望んできた日がついに来た」と思い感慨深かった。私は1998年から14回訪朝し、朝鮮の人たちが1953年に休戦になったままの朝鮮戦争を終結させ、停戦協定を平和協定(条約)に変え、朝米国交正常化を望んでおり、そのために米国まで届く「核とミサイル」を開発してきたことをよく知っている。世界中のコリアンも非戦・平和の朝鮮半島を望んでいる。

 

朝鮮戦争の停戦合意では、米国は3カ月以内に平和協定を結ぶはずだったが、65年間反故にしてきた。なぜ欧米人が呼ぶ「極東」・北東アジアの韓国と日本に米軍基地と米兵が存在するのかを考えるべきだ。

 

日本のメディアは朝鮮に対し、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を求めているが、朝米が今回の会談で合意したのは朝鮮半島の完全な非核化である。とは、朝鮮の格の放棄だけでなく、韓国にある米軍の核兵器も撤去するということだ。北南朝鮮に隣接する日本にある米軍の核兵器も撤去されなければならない。トランプ大統領は朝鮮との今後の関係改善のために、米韓合同演習についてprovocativeだったと形容した上で、中止を明言した。「莫大な軍事費の削減になる」とまで言った。 

 

知り合いの在日朝鮮人は「将来、612は歴史の教科書に載る出来事だ。ソ連の崩壊、ベルリンの壁の崩壊と並ぶニュースだ」と言っている。

 

私は、朝米会談を見ていて、1972年の中米国交正常化を想起した。国際社会は中華人民共和国を国と認めず、台湾の中華民国が中国だったが、ニクソン米大統領の電撃的訪中で台湾は国でなくなり、中国が「一つの中国」となった。「中共」が中国に変わった。「北」が朝鮮に変わる日が近い。

 

内外のマスメディアは、急激な変化と報じてきた、そうではない。不勉強な日本の政治家と記者、専門家は偏見と無知で世界が見えない。朝鮮の党、政府、人民がこの間、米国を交渉の場に引き出すために努力してきた。朝鮮が「核とミサイル」を開発したのも、米国との対等の地位を得るためだった。

 

「北朝鮮は国際社会を欺いてきた」「何度もだまされてきた」という日本の安倍晋三政権とキシャクラブメディア(1930年代に設置された日本にしかない「記者クラブ」は英語でkisha clubと呼ばれている)の罪は大きい。日本の人民をだましてきたのは安倍政権と御用メディアである。

 

私は朝米会談がシンガポールで開催されることが決まってすぐに、現地で取材すると決め、航空券を確保した。取材を終えて13日夜関西空港に戻った。

 

帰国翌日、地位確認裁判高裁で敗訴

 

私の地位確認控訴審は自分の出世しか頭にない悪い裁判官にあたり敗訴した。大阪高裁第5民事部の藤下健裁判長は14日午後、控訴を棄却した。同志社大学は西日本の私学のトップで、文科省が認可した権威、権力だ。同大がやったことを不当と認定するには勇気がいったようだ。信頼できる弁護士によると、日本の裁判官も減点主義で、弱者に有利な判決を言い渡すと昇進にマイナスになるという、ことながれ主義、ヒラメ裁判官だ。元高裁部長判事の弁護士も「藤下健裁判長は超エリートで労働者には冷たい。右陪席の黒野功久裁判官がどこまで頑張ってくれるかだ」と判決前に言っていた。左陪席の桑原直子裁判官が藤下裁判長に隷従したので、こういう判決になったのだろう。

 

同大の現状は日大以下。自分たちが腐っていることの自覚もない。自浄能力もない。私が負けたことで、学内で風通しがさらに悪くなり、壊れていくと思う。他に解雇関係で3つの裁判がある。

 

参考に

 

韓国のMBCのカメラは10年間、朝鮮に入れず、最近の映像がないということで、329日、わざわざ私の家までソウルから2人が取材に来た。番組はユーチューブで見ることができる。私が177月に平壌で撮影した映像が使われている。スタートから8分のところから。韓国語だが、私の日本語はそのままで、朝鮮語の字幕が出ている。https://youtu.be/89myZqHoF2k

 

田中協子さんがこの番組を見て、MLで次のように報告している。

 

〔「失われた11年間」と言われる朝鮮半島の南北。その間、北南はどうであったかを検証する韓国MBCテレビの番組「朝鮮半島、大転換の瞬間[Full] - Inter-Korean summit -18 / 04/10-MBC PD手帳1150回」https://www.youtube.com/watch?v=89myZqHoF2k&feature=youtu.beは見応えがあった。これを紹介してくれたのは北朝鮮訪問14回にのぼる浅野健一さん。MBCの取材を受け訪朝時の映像を提供しながらその間のピョンヤンの街や人々の変化を述べている。番組では2012415日の閲兵式で金正恩最高指導者が述べた人民生活向上への固い決心、その間制裁の中でどのように経済を発展させてきたか、さらに南北の共同事業、開成工業団地の高い成長率と朴槿恵政権による突然の閉鎖の実態が韓国企業入居者の生々しい声などで明らかにされている。2018年の「戦争から平和への大転換」を今の韓国ではどのように見ているかが分かる。韓国の視聴者が「北朝鮮を理解するのに役立ちます。限られた情報でいつも針の穴から北朝鮮を覗いていた私の窮屈さを解消してくれました。ここ10年ぶりのまともな時事番組でした」とコメントを書いている。(略)番組を見て思ったのは激動する朝鮮半島と現在の日のマスコミ報道との乖離だ。〕

 

シンガポールでの朝米首脳会談の取材報告を朝鮮総連の機関紙、朝鮮新報に書いた。ネットの朝鮮新報HPで読める。会員登録すれば全文を読める。これまでに朝鮮新報に書いた記事もサイト内で検索すれば読める。

 

http://chosonsinbo.com/jp/

http://chosonsinbo.com/jp/2018/06/il-1424/

 

朝鮮新報の紙の新聞は25日付で載る。「紙の爆弾」「進歩と改革」8月号と今週の人民新聞に記事が載る。

                         

浅野健一同志社大学大学院社会学研究科教授が学校法人同志社を被告として地位確認請求訴訟を起こしたのが201423日。浅野教授は1731日、一審で敗訴。提訴から4年半以上もかかって614日に大阪高裁判決が出ます。判決言い渡しの傍聴と、判決報告集会への参加お願いします。

 
地位裁判控訴審の判決言い渡し

2018614日(木) 

午後110分から

大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長)

大阪高等裁判所・別館81号法廷 (8階) 

大阪府大阪市北区西天満2-1-10

*傍聴券の配布はありません。 誰でも傍聴できます。

判決報告集会

午後1時半~5時   

場所:大阪弁護士会館1004号室(高裁別館の隣) 

大阪市北区西天満1-12-5 京阪中之島線「なにわ橋駅」下車出口1徒歩約5分

高裁判決に関し、控訴人の浅野教授と弁護団から報告します。

 

報告集会では、同志社大学の大学院教授だけに認められている定年延長制度問題も取り上げます。浅野教授が逆転勝訴し、教授としての地位が認められた場合、浅野教授と弁護団は大阪・司法記者クラブ(裁判所内)での記者会見を予定しています。

 

午後6時から大阪駅近くで懇親会も開催します。参加をご希望の方は下記のタカタ法律事務所(高田良爾弁護士)まで直接ご連絡ください。      

 

614判決・集会の連絡先:タカタ法律事務所(電話:0752555757FAX0752550045

 

浅野教授の労働裁判は以下の4団体が支援しています。

 

・「浅野教授の裁判を支援する会」

・浅野健一同大教授の労働裁判を支援する会

・自主ゼミ「浅野健一ジャーナリズム講座」

・「浅野先生を守る会」

2018529

 

地位確認・大阪高裁判決は614日に

 

私の対同志社・地位確認裁判の判決についてお知らせします。

 

地位裁判の控訴審の判決言い渡しは614日(木)午後110分から大阪高裁第5民事部(藤下健裁判長)で言い渡されます。法廷は大阪高裁の別館81号法廷(8階)です。

 

判決言い渡しの後、午後1時半から5時まで、大阪弁護士会館1004号室(定員28名)で判決報告集会を開きます。報告集会では、同志社大学(同大)の大学院教授だけに認められている定年延長制度の問題も取り上げます。午後6時から大阪駅近くで懇親会も開催します。参加希望者は浅野まで連絡ください。

 

私が逆転勝訴し、教授としての地位が認められた場合、司法記者クラブで記者会見を予定しています。

 

4年半もかっかた裁判で私は70歳に

 

私が同志社大学を運営する学校法人同志社(当時の理事長は水谷誠・神学部教授=定年延長3年目、日本基督教団牧師)を被告として地位確認訴訟を起こしたのが201423日。提訴から4年半以上もかかって高裁判決が出ます。

 

同大の大学院教授の定年延長は5回で、70歳の時に退職となります。私は今年7月に70歳になります。渡辺グループが仕掛けて大学執行部が追認した私の解雇は、裁判の結果に関わらず、私の65歳から70歳までの「教授する権利」を奪いました。何という理不尽なことでしょうか。

 

この裁判は、京都地裁で敗訴し、高裁へ控訴していました。藤下裁判長ら高裁の裁判官たちは一審の堀内照美裁判長の判決について、「争点整理もせず、双方の言いたい放題で終わっている」などと激しく批判し、1年間、審理を行いました。65歳以上の労働者の地位に関する法令はなく、藤下裁判長が新たな判例を示してほしいと思っています。

 

藤下裁判長は322日に結審を宣言した後、黒野功久・右陪席裁判官が受命裁判官として、双方に和解を勧試(勧告)し、同日と420日に和解協議が行われました。学校法人同志社側はインドネシアで博士論文を書いているナジ・イムティハニさん(同大は小國隆輔弁護士の指示で、146月に「143月末に遡って退学」と決定)の指導の必要性を認めましたが、私を教員として任用することは、「嘱託講師(非常勤)でも絶対にできない」と断言したため、和解協議は打ち切りとなり、予定どおり、614日判決が言い渡されることになりました。

 

大阪高裁の裁判官たちが正義の判決を書いてくれるように願っています。

 

シンガポールで朝米会談を取材し、判決の法廷へ

 

私は610日から13日までシンガポールで朝米首脳会談を取材します。私は、1953727日に停戦協定が結ばれたままの朝鮮戦争を終結させ、停戦協定を朝米平和条約に切り替え、朝米国交正常化が実現することを願ってきましたので、今回の歴史的瞬間を取材したいと思い、決意しました。トランプ大統領が524日に会談中止を発表して、がっかりしましたが、朝米が612会談の成功に努力を傾けているので、おそらく実現するでしょう。軍事的緊張が不可欠な米軍需産業と安倍官邸は東アジアの平和への動きを何とか妨害しようちしていますが、「今までにない朝鮮半島の北南の和解・融和の動き」(友人の在日朝鮮人)が妨害の動きを食い止めるでしょう。日本のテレビで、朝鮮民主主義人民共和国を非難することしかしない共同通信関係者ら「専門家」は大恥をかくでしょう。

 

 私は13日にシンガポールから関西空港に戻り、14日午後の大阪高裁判決に臨みます。

 

学生たちを離反させた同大と小國弁護士の大罪

 

 私の裁判闘争が非常に困難だったのは、ナジさんと共に2013年度に博士後期課程に在籍し、14年度から2年間、日本学術振興会の「DC2」特別研究員に内定していた矢内真理子氏(184月から同大助教採用)が、私が解雇される4カ月前に渡辺武達教授グループに転向し、私を「不要」と宣言して漫画論の竹内長武教授の研究室に逃げ込んだこと、矢内氏の工作により13年度の浅野ゼミ3年生(20期、13人)も全員が私から離反したことです。また、学内の左翼・リベラル教授(しんぶん赤旗などに登場)は私の裁判を支援しないばかりか、私を支援する学生に、「大学相手に裁判を起こしている浅野氏の支援はやめたほうがいい」などと威嚇しました。私が1997年度に委員長を務めた同志社大学教職員組合(佐藤純一書記、16年に退職後再雇用)は「社会学研究科の自治に介入できない」として、私の裁判闘争を支援しないと公言、社会学部支部は144月に私の除名を組合執行部に求める決議をしています。私の組合員としての地位は、「組合を脱退していない」(佐藤書記)状態だそうです。組合は私の組合ニュースへの投稿を拒否し、組合ニュースを渡しません。

 同大は今年41日、矢内氏を専任教員に採用し、渡辺グループの三井愛子、中谷聡両氏(同大の委員会にハラスメント被害を虚偽申告)と一緒に2年ゼミの担当教員をさせています。最も大事な2年ゼミの担当を、博士号のない教員に担当させるのは、まともな大学ではあり得ないことです。他の教授や嘱託講師たちも、犯罪報道の実名報道主義に賛同し、記者クラブを肯定する研究者がほとんどです。

 

 同大は144月から5年連続、私が担当していた「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」などの科目を休講にしています。

 

65歳で円満退職」した私を非常勤講師(70歳までOK)もさせないと言い放つ同大メディア学科は死滅したと言えるでしょう。

 

日大の危険タックルと小黒教授の闇討ち

 

日大アメフト選手による関学大選手への危険タックルの映像を見て、私が20131029日に同僚・小黒純教授から茶封筒に入った文書で受け取った「定年延長を研究科委員会へ提案しない」という通知を思い出ました。

 

その13日前の131016日に開かれたメディア学専攻会議とメディア学科会議で、次年度(14年度)の大学院と学部の10コマの担当科目が満場一致で決まりました。私の講義・ゼミを履修している学生は大学院と学部で300人以上いました。他大学、社会人もいました。小黒教授らは、私に「定年延長がある」と思い込ませておいて、当時、13年末に二度目の定年延長を拒否され解雇された山口薫・ビジネス研究科教授の地位確認裁判で同志社の代理人を務めていた小國隆輔弁護士(同大法科大学院講師)と綿密に相談して、クーデター・闇討ちで私を不当解雇したのです。

 

ボールを離して次のプレーを準備しようとしていた関西学院大学の選手が後方から不意打ち攻撃を受けたのと同じです。犯罪にも当たる不意打ち攻撃を仕掛けたのが小黒教授で、「やってこい」と指示を出したのが、私に「敵意に近い感情を持つ」(文春裁判確定判決)渡辺武達教授です。コーチが竹内長武・佐伯順子・池田謙一各教授です。

 

小黒・渡辺両氏らの違法タックルを見て、冨田安信研究科長(当時)と組んで、しめしめと私を追放したのが村田晃嗣学長(当時、現在は法学部教授)。矢内真理子氏(4月から同大助教)ら当時の大学院生、3年ゼミ13人が真実を知っていますが、1312月から132月までに、全員が渡辺グループに転向して私の不当解雇を追認しました。

 

同大は日大と似ているところがあります。日大も国際関係学部と法学部の教授の定年延長を拒否して裁判で負けています。ガバナンス、コンプライアンスがない無責任体制です。

違うのは組合です。日大教職員組合は立派です。

 

違法な闇年金が支える同大の定年延長制の差別制度

 

同大には「大学院教授70歳定年」制度の維持するために設けられた同志社大学「25年以上勤務した永年勤続者への退職後の特別補給金」があります。一分も働かないのに5年間、毎月約20万円の闇年金を払っているのです。所得税法違反の疑いもあります。現役学生、保護者が大学(八田英二・学校法人同志社理事長、松岡敬・同志社大学学長)へ質問書を出してほしいと思います。

 

この闇手当は同志社大学教職員組合の「組合手帳」に載っています。1511月の組合ニュースにこの闇手当てについての言及があるそうです。今年4月に65歳で定年退職した大学の研究所教授(大学院教授でないので定年延長の対象外)は、331日の同志社大学広報の「贈ることば」の中で、この闇年金などについて書いています。

 

私はこの不労所得について、次のようにまとめています。

 

〔 同志社大学の「永年勤続者への退職後の特別補給金」は組合も共犯になった闇手当て、不労所得。大学院教授だけに特権として、「70歳定年」制度が認められているため、65歳で定年となる非大学院教授の教職員を黙らせるためのバラマキ。大学の一般予算(授業料と血税)から違法不当なお金が出ている。

 

特別補給金は、25年以上勤続の定年退職者(全教職員対象)に対し、退職後、満70歳まで毎月、特別補給金として「退職時本俸×0.6-諸年金受給額」を支給するというもの。大学・女子大(特任教授)の大学院教授70歳定年制に対応するものとして、つまり65歳定年組に対する経済的慰撫策として導入された。かなりの金額で、20183月末に退職した研究所教授の場合、65歳定年)の場合、年金のほかに毎月約19万円が大学から受給されている。「結構おいしい制度だ」と多くの人が言っている。これがなければ、大学院教授の70歳定年制など持たない。

 

大学院教授の定年延長(65歳から70歳まで)の年間平均賃金は1700万円前後。院教授対象の「定年延長」しない教職員には、闇年金を毎月約20万円・年間240万円弱を支給しているのだ。65歳から69歳の人口が多く、同大職員でも他の年代に比べてかなり多くなっているから、同大の財政を悪化させている。同大はかなりの赤字のようだ。

この制度は同志社大学総務部人事企画課が所管。 〕

 

同大で、定年延長を希望したのに、同僚たちの会議で定年延長を妨害した前例はありません。闇討ち、クーデターでした。これは、危険タックルの日大アメフト部と同じように悪質な行為でした。これが「大学の自治」として認められれば、同大は自壊するでしょう。

 

6月14日の判決にはぜひ傍聴に来てください。大阪弁護士会館での報告集会も参加ください。                            (了)

2018519

蓮池透さん講演会のお知らせ

 

529日(火)夜、たんぽぽ舎主催で行われる蓮池透さんの講演会の案内文が18日に「日刊メルマガ」で届きました。以下に貼り付けます。

参加費800円です。浅野健一氏も15分間発言します。ぜひ参加ください。

 

-----Original Message-----

たんぽぽ舎です。【TMM:No3366

2018518()地震と原発事故情報-

               4つの情報をお知らせします

                       転送歓迎

━━━━━━━ 

★1.原子力の技術は未確立 古くても新しくても危険

    現代技術には限界がある 事故は起き、取り返しがつかない

    元GE技術者 菊地洋一氏が実体験に基づく恐ろしい原発の真実語る ()

                     渡辺寿子 (原発いらない!ちば)

★2.529()蓮池 透さん講演会のご案内

   朝鮮半島情勢と拉致被害者

     拉致問題、核・ミサイル問題は対話と交渉によって解決可能

     元「家族会」事務局長 蓮池 透さんに聞く

                 渡辺マリ (たんぽぽ舎ボランティア)

★3.原発「30キロ圏外」の安全は…福島県飯舘村の現状…ほか

     メルマガ読者からの原発等情報3つ(抜粋)

                 黒木和也 (宮崎県在住)

★4.新聞より2つ

 

(略)

┏┓ 

┗■2.529()蓮池 透さん講演会のご案内

 |  朝鮮半島情勢と拉致被害者

 |    拉致問題、核・ミサイル問題は対話と交渉によって解決可能

 |    元「家族会」事務局長 蓮池 透さんに聞く

 └──── 渡辺マリ (たんぽぽ舎ボランティア)

 

  蓮池 透さんが「週刊金曜日」に書いた文章を紹介します。

 

「拉致問題」で無能をさらけ出した安倍首相-南北の平和と日本-

   蓮池 (「週刊金曜日」2018.5.111183号より抜粋・要約)

 

〇安倍晋三首相は「拉致問題でのし上がった」とされるが、問題解決の実績はゼロ。この問題を利用することしか考えていない。しかも北朝鮮を「脅威」と煽るだけで対話を拒否してきたのは、政権維持にも利用しようとしているからだ。

 

 (前略)朝鮮半島の南北融和が、一挙に進んでいます。そのなかで日本が蚊帳の外に置かれたまま、安倍晋三首相は「拉致問題の解決」を唱えています。(中略)

 

 今回ようやく南北間の関係が動き出したら、やったことは4月17日に訪米し、トランプ大統領に米朝会談で拉致問題を取り上げるよう「直接要請」することでした。

 しかし、拉致は日本と北朝鮮の間の固有の問題です。(中略)

 

 第一、「対話のための対話はダメ」と言っていたのは安倍首相です。なのに「大統領がこれからは対話だ」と宣言すると、突然「支持する」と急変する。ならば、北朝鮮側との交渉を早くやって解決すべきでした。米国に頼むしかなかったのは、自身の無策の結果でしかありません。

 

〇「今になって『司令塔』?冗談でしょう」

 これまでやってきたことと言えば、ただ北朝鮮に対する「圧力と制裁」だけ。(中略)

 

 その結果が、現在の拉致問題で何の前進もない状態ではないでしょうか。それを認めたくないから(中略) 平気でありもしない大ウソをつき、挙げ句に自分が拉致問題解決の「司令塔」だなどと言い出す。もう、厚顔無恥を通り越していて絶句するしかありません。

 

〇「ミサイルが落ちればいい」

 昨年の総選挙であれだけ「北朝鮮の脅威」を「国難」だなどと煽って勝利したように、朝鮮半島は南北分断のまま、北朝鮮は「脅威」のままである方がよほどいい。

 

 実際、安倍首相の周辺から直接聞いたのですが、首相は米政府の高官に対し「北朝鮮のミサイルが、日本の人口の少ない場所に着弾してくれればありがたい」と発言しています。それも、一度や二度ではないらしい。

 

 これが本音であって拉致問題を利用してのし上がったように「北朝鮮の脅威」も自分の権力を維持するためには、欠かせないと考えている。

 

 そうこうしている間に4月29日、安倍首相は韓国の文大統領を通じ、「日本といつでも直接対話の用意がある」との金委員長のメッセージが伝えられました。

 

 驚くべきことに首相はそれに対処するどころか、事実を国民に公表しないまま、何の緊急性もない中東訪問に出かけてしまったのです。それで韓国側が発表して初めて明らかになったのですが、この期に及んでも対話路線は嫌なのでしょうか。

 

 しかし、これは安倍首相だけの問題ではありません。朝鮮半島の分断は、歴史的に日本が植民地支配を強いたことが原因の一端を担っています。その分断を南北が克服しようとした板門店の首脳会談に対し、日本のメディアが他人事のように足を引っ張るような報道姿勢に終始したのには、とても違和感を覚えました。

 

(中略)

 現地の拉致被害者にとって、残された時間はもう多くありません。

 

 今こそ対北朝鮮政策の転換なくして拉致問題の解決もないことを、ぜひ理解していただきたいと思います。

 

 5月29()蓮池 透さん講演会にご参加を!

 

 お 話:蓮池 透さん (拉致被害者・蓮池 薫さんの兄)

     ※浅野健一さん(人権と報道・連絡会)のコメントもあります

 日 時:529()19時より21(1830分開場)

 会 場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F)

 参加費:800

 

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大阪高裁地位確認訴訟・控訴人 浅野健一

 

4年半前、浅野研究室から消えた矢内氏が専任教員に

 同志社大学(同大)の定年延長は博論の指導ができる大学院教員の確保のために導入された制度だ。私が2013年度に指導していた博士後期課程の院生は、同志社側が高裁の和解協議で言及したナジ・イムティハニさん(当時3年生)の他に、当時後期2年生だった矢内真理子氏がいた。矢内氏は6年間も後期課程に在籍していたが、今年3月末に満期退学した。矢内氏はまだ博士論文を完成しておらず、3年以内に博論を専攻に提出し、研究科委員会などでの博論審査に合格すれば課程博士学位(メディア学、同志社)を取得できる。

 

同大から毎月送られてくる大学広報誌で、矢内氏が41日に同大専任教員の助教(昔の専任講師に近い、任期二年)に採用されたことを知った。矢内氏は同志社の社員となり、高額の所得(賞与含む)を得ることになる。私は地位裁判の陳述書で、矢内氏が満期退学と同時に同大の教壇に立つと予言してきた。しかし、まさか専任教員に採用されるとは思わなかった。同大メディア学科は何でもありになった。

 

同大のHPで矢内真理子氏を「サイト内検索」すると、矢内氏が寄稿している『憲法から考える実名犯罪報道』の論稿が紹介されている。矢内氏は同書で佃治彦さんの冤罪事件を取り上げているが、佃氏の了解なしに佃さんの通称名を記述したため、佃さんが損害賠償請求訴訟を起こしており、東京高裁で審理中だ。矢内氏はこの論稿で、同書の13頁の「1 記者クラブ通報メモ」の第3段落から,同14頁の「3 自白を引き出すために使われた新聞報道」の前まで、私が執筆した「週刊金曜日」2010514日号を複写している。このサイト検索では、矢内氏が浅野ゼミ関係で活躍した記録のURLも見ることができる。

 

渡辺グループによる反浅野活動を評価しての任用

同大を運営している学校法人同志社(八田英二理事長)は420日の大阪高裁での和解協議で、私に関しては「非常勤講師も含め教員での任用はしない」と断言し、和解協議をぶち壊した。20年も大学院教授を務めた私を講師での任用もせず、教職経験ゼロの30歳の元学生を専任教員に抜擢したのだ。矢内氏は、私が解雇される4カ月も前に、「浅野は不要」と宣言して、渡辺武達教授グループに投降した。

 

私の復職を拒否する同大は、渡辺グループ(「週刊文春」確定判決で2004年に発足と認定)の飴と鞭の工作で、私から早々と離反し、同大側についた矢内氏を社員として雇用したのだ。博士論文が提出もされず、博士号のない30歳前後の元学生をいきなり専任で採用するのは極めて異例だ。矢内氏の所属は学習支援・教育開発センター。学内で学生に助言するアカデミック・インストラクターを務めている。

 

偶然だが、学習支援・教育開発センターの事務長は村田学長時代に学長室庶務課長をしていた中村伸也氏だ。広報課長を経て現職。中村氏は、私の支援学生らが2014717日と88日、私の教壇復帰を求める学長への要望書を出した際、学生を狭い部屋に入れて“聴取”を行い、「これを受け取ったからといって、何も変わらんよ」と言い放っている。また、同年95日にこの学生が電子メールで中村氏に「内部で何か動きはありましたか」と問い合わせをしたが、返信がなかった。171123日付で善本博司・文部科学省高等教育局長へ提出した私の休講問題を訴えた要望書の中で、彼らは「署名者の学生を侮辱、愚弄した一連の言動に対して、私たちは中村課長に厳重に抗議し、発言の撤回と謝罪を要求しまたが、中村課長は無視したままです」と指摘している。

 

大阪高裁で審理中の地位訴訟で、同志社が今年319日に提出した書面によると、矢内氏は「博論提出予備審査」には合格しているが、博士論文を完成していないことが明らかになっている。矢内氏と同期に博士課程に入学した中国からの留学生、丁偉偉さんは179月、博士論文を完成させ、今年3月に博士学位を取得している。

 

矢内氏はメディア学科で2年ゼミも担当

同志社大学社会学部の2018年度の「履修要項」(甲第35号証)によると、矢内氏は社会学部メディア学科の「メディア学基礎演習I⑥」(今、春2)と「メディア学基礎演習II⑥」(今、秋2)を担当している。科目名にある「今」は今出川キャンパス、「春」「秋」はそれぞれ春期、秋期の意味で、「2」は単位数だ。

 

同大では科目の担当者は学科会議、学部教授会、学部長会議、大学評議会、理事会で審議され決定する。矢内氏の場合、20177月ごろから審議されたと思われる。矢内氏は専任の助教に採用される人事案件で、採用予定者本人が履歴書、業績書を提出する。矢内氏の業績書の中にどういう著作が入っているか知りたいところだ。

 

矢内氏の担当科目はメディア学科の設置科目で、メディア学科の2年生の必修科目。私が在籍した1994年から2014年までは、14年ゼミは専任教員しか持てない基幹科目だった。まともな大学では、専門ゼミは学科の専任教員が担当する。

 

今年3月まで学生で、教職経験が一度もなく、博士論文を書き上げてもいない元院生が専任教員のポストを得て、学部メディア学科の重要な科目である「基礎演習」ゼミを担当するのは大抜擢だ。近畿だけでなく全国各地に、メディア学関係の博士学位を取得していながら、専任教員のポストを得ていない教育研究者は多数いるのに、矢内氏を満期退学後すぐに教員スタッフにするのはアンフェアだと強く思う。また、学生たちの教育を受ける権利のことを考えるとあり得ない人事だと思う。

 

学振特別研究員採用で虚偽文書を提出

矢内氏は、私が同志社大学から定年延長拒否=解雇される2カ月も前の131218日に「(浅野の雇用継続の闘いを)支援しない」と宣言し、ゼミのティーチング・アシスタント業務などを「体調不良」を理由に休んだ。

 

矢内氏は、私に何の相談もなく144月から竹内長武教授(漫画論)を指導教授に変更している。矢内氏の博論のテーマは「東電福島原発事件と報道」だった。

 

矢内氏は、1442日、日本学術振興会(学振)「DC2」特別研究員の件で、「受入研究者変更届け出」で、「旧受入研究者」欄を空白にし、村田晃嗣学長が書くべき部分を矢内氏が記入した。「浅野教授が変更の話し合いを拒否している」との冨田安信研究科長の文書を虚偽記述と知りながら、「受入研究者変更理由」として添付して提出した。私は学振、文科省、同大社会学研究科事務長らと、受入研究者の変更について142月から417日まで奔走した。学振と文科省の課長たちは1447日、私の地位確認裁判が決着するまで、受入研究者を便宜的に村田学長が冨田研究科長にして、実際は私が指導するという折衷案を同大と私に提示した。受入研究者が重篤な病気になった場合にそうしているということだった。しかし、冨田氏とメディア学専攻の小黒純教授たちはこの提案を拒否した。私は妥当な仲裁案だと考え同意した。学振の課長と大学のやりとりは、松隈佳之事務長(現在も同職)がよく知っている。

 

学校法人同志社は、私が起こした地位保全の仮処分申立の審尋の段階から、「矢内氏を含め浅野がいなくなっても、学生たちは誰一人困っていない。学生たちは全員、新しい教員の下で勉学にいそしんでいる」と主張している。

 

同志社大学メディア学科は学内でも最難関の学科で、学生は非常に優秀だ。学生たちが縁故主義、依怙贔屓人事を見抜いてほしいと思う。

 

同大側は地位裁判で「帰国している留学生を除き、すべての学生が新しい指導教授のところに移り、(解雇に)抗議しているメディア学専攻・学科の学生は一人もいない」と主張してきた。渡辺教授グループへ転向した矢内氏に専任ポストまで用意し、ナジさんの指導は放棄しているのが同大だ。

 

ハラスメント捏造の三井愛子氏は6科目を担当

同大メディア学科の2年ゼミの担当者は矢内氏の他に、私からアカデミック・ハラスメントを受けたと2003年に大学のハラスメント委員会に虚偽申告し、「週刊文春」などに垂れ込んだ渡辺グループの三井愛子、中谷聡両氏(渡辺氏が指導教授、博士号なし)も担当している。

 

私は三井愛子氏が文春裁判の後に私が渡辺氏を相手取って起こした損害賠償裁判の東京高裁での結審の直前、渡辺氏に頼まれ、私からセクハラ被害を受けたという陳述書を高裁へ提出し、同大での授業の中でも、私をセクハラ加害者として非難していることから、大阪地裁へ損害賠償を提訴した。対三井氏裁判は420日、大阪高裁で結審し、622日に判決が言い渡される。高裁は和解を双方に勧告した。受命裁判官は「今後、お互いに非難しない」という文書を交わすなどの勧告案を示したが、三井氏側が拒否して、和解は成立しなかった。

 

私が提訴した時、三井愛子氏は大阪経済法科大学国際学部准教授だったが、昨年の証人尋問の際、同大学を離れていることが分かった。どういう事情があったのか分からない。

 

三井氏は長く、学校法人同志社によって嘱託講師(他大学では非常勤講師と呼ばれる)に任用され、大阪経法大で専任教員だった時期も含め、同志社大学社会学部産業関係学科で英語の科目を担当しているが、今年41日から、同志社大学社会学部の教員スタッフの一員となり、計4科目を担当している。

 

「社会学部履修要項 2018年」によると、三井氏の担当講義は、メディア学科の「メディア学基礎演習I①」(今、春2)と「メディア学基礎演習II①」(今、秋2)、「外国書購読(英語)I[メ]①」(今、春2)、「外国書購読(英語)II[メ]①」(今、秋2)を今年度から初めて担当している。

 

三井氏は20043月末、大学院文学研究科新聞学専攻(現在のメディア学専攻)の博士後期課程を満期退学した後、博士論文を提出しておらず修士学位(新聞学)しか持っていない。満期退学の後、2年間メディア学科で「外国書購読(英語)」を担当したことがある。

 

三井氏は他に、今年も社会学部産業関係学科の講義の選択科目IIIで、「Industrial Relations in English I①」(今、春2)と、「Industrial Relations in English II①」(今、秋2)を担当している。

 

三井氏が、メディア学科と産業関係学科の両方で嘱託講師となり、両学科で併せて6科目も担当するのは初めてのことだ。

 

産業関係学科の中心的な教員は、渡辺氏と共謀して私を解雇に追い込んだ冨田安信社会学研究科長兼社会学部長(現在教授、労働経済学)だ。

 

三井氏と共に捏造情報を流した中谷聡氏もゼミを担当

また、三井氏と一緒に私からアカデミック・ハラスメントを受けたと大学の委員会へ虚偽申告し、渡辺氏の指図で報道機関を回った渡辺グループの中谷聡氏も嘱託講師として「メディア学基礎演習Ⅰ」「メディア学基礎演習Ⅱ」を担当している。中谷氏はメディア学科の「情報法制論」も担当している。同科目は私の研究領域の一つで、中谷氏の担当は適材適所とは言えない。

 

矢内氏と渡辺グループの三井・中谷両氏がメディア学科の2年ゼミを同時に担当することになったのは、渡辺グループによる大学の私物化の結果だ。

 

三井氏は15年前から、渡辺教授の言うとおりに行動し、現在も私が“セクハラ”加害者であると言いふらしている。その三井氏が伝統ある同志社大学メディア学科と冨田教授のいる産業関係学科で授業を担当している。

 

矢内、三井、中谷各氏の登用は、小黒教授らの渡辺グループ、冨田教授らのよる露骨な論功行賞であることは間違いない。西日本でトップの私立大学がcronyism(えこひいき、縁故主義)人事を強行したのだ。この人事が「適材適所」かどうか、歴史が証明するであろう。

 

三井、中谷両氏は、博士後期課程を満期退学後の20044月から2年間メディア学科で「外国書購読(英語)」を担当した。専攻・学科内で事実上審査なしでの嘱託講師任用だった。両氏は博士学位を取得していない。渡辺氏が「メディア学専攻博士後期課程を満期退学した学生全員を自動的に嘱託講師にする」という内規を作り、強行したのだ。三井氏らが私に対する“セクハラ”捏造に加担したことへのご褒美だった。

 

4年前に渡辺グループらによる排除で解雇された私の科目「新聞学原論Ⅰ」「新聞学原論Ⅱ」は今年も休講になっている。5年連続の休講だ。私が1998年から担当してきた大学院メディア学専攻博士後期課程(2018年度生、2017年度以前生)の「メディア学特殊研究IA」も5年間連続で「本年度休講」になっている。

 

私を教壇から排除し、三井・中谷両氏、矢内氏を2年ゼミの担当教員に“抜擢”するという恐ろしい人事が強行されたのは、渡辺グループの学科支配の結果である。

 

渡辺氏は153月に70歳定年退職し、同年4月から名誉教授になっているが、私を排除するために龍谷大学から引っ張った小黒純教授を操り、今もメディア学科を陰で支配している。

 

対米隷従の村田晃嗣教授をNHK経営委員にした安倍官邸

新聞ではベタ記事扱いだったので、気づかなかった人も多いと思うが、私を解雇した時の学長だった村田晃嗣教授・同大法学部教授2013年から16年まで学長)31日、NHK経営委員会委員に就任した。安倍官邸の縁故主義(cronyism)による国政私物化を象徴する政府人事の一つだ。

 

政府は123日、をNHK経営委員会委員に選任し、214日までに衆参両院の国会の承認を得て、NHKが辞令を交付した。

 

NHK経営委員は3年前には同大出身の百田尚樹氏(最近南北首脳会談で朝鮮を代表した指導者は替え玉と主張している)が就任したポストだ。村田教授はNHKのネットのホームページ(HP)で「良質な報道を確保できる環境の整備に努めたい。また、地域の多様な視点や関心を経営に反映したい」と抱負を語っている。

 

村田氏は157月、衆院平和安全法制特別委員会が開いた侵略戦争法案(安全保障関連法案)の中央公聴会に公明党推薦で出席、「憲法学者は反対しているが、国際政治学者の多くは賛成している」などと賛成意見を述べた。村田氏は否定しているが、「同志社大学学長」としての国会公述としてマスメディアに大きく報道された。

 

これに対し、松岡敬理工学部教授(16年から学長)を含む同志社大教職員有志91人(私も含む)が村田氏を批判する声明を出すなど学内で反発が強まり、同年11月の学長選挙で大敗し、一期だけで学長を退任した。

 

157月の同大教職員の村田氏批判の動きは次のHPで読める。

https://blogs.yahoo.co.jp/doshisha_antiwar/13749753.html

http://doshishaantiwar.wixsite.com/anpan

 

学長選で惨敗したので、同大を去ったと思っている人も多いが、現在も法学部教授で、近畿のテレビで相変わらず対米隷従の発言を続けている。

 

 村田氏は国会での公述の半年後の16126日、安倍首相と公邸で2時間19分会食している。会食には、近畿大学前理事長の世耕弘成官房副長官(現在、経済産業相)も同席。会食直前に、「首相官邸のアイヒマン」と言われる北村滋・内閣情報官(元兵庫県警本部長・警察庁長官官房総括審議官)が首相と会っている。当時、同志社大学は産業廃棄物処理法違反容疑で大学関係者9人(うち6人が職員)が逮捕されて捜査中だった。京都市からの警告を無視して4年間も学内のごみを不法投棄していたのに、略式起訴、罰金刑(学校法人同志社に150万円、同大施設部長に100万円)で終わっている。

 

安倍首相は学長選に大敗した村田氏を慰労し、北村内閣情報官と杉田和博官房副長官(元神奈川県警本部長)ら警察官僚が京都の司法当局に手心を加えるよう指示したと思われる。

 

村田氏は前回総選挙での野党共闘つぶしの元凶、前原誠司氏の盟友でもあり、公共放送の経営委員に最もふさわしくない人物だ。

 

 村田氏は学長として、143月末の私の定年延長拒否=解雇を学内の渡辺武達教授(現名誉教授)グループと共謀して強行した。村田氏がフェアで正確な報道の在り方について理解しているとは到底思えない。

 

準キー局の朝日放送の社長は村田氏が自局の番組に出演していたのを見て、「これはだめだ。論理的でなく、あまりにひどすぎて、一線を超えている」として、「今後、村田氏を使わないように」という指示を出したという。

 

前川喜平・前文科省事務次官に昨年1115日に取材した際、村田学長の同大に解雇されたと伝えると、「村田さんですか、あの人はだめだ」「絶対だめです」と言っていた。

 

村田氏のNHK経営委員就任について、知り合いの市民運動活動家、政党関係者に知らせたが、ほとんど反応はなかった。

 

安倍政治はこういうお友だち人事を日々繰り返しているのだろう。同志社の創立者、新島襄夫妻を取り上げたNHK大河ドラマ「八重の桜」(13年)で、女優の綾瀬はるかが演じた新島八重は「ならぬことはならぬものです」(故郷・会津の教え)と同志社の同志や友人に語っていたという。村田氏のNHK経営委員は「ならぬこと」だと私は確信する。すべての同志社人、NHKを監視している市民団体、侵略戦争法に反対する市民・団体は、村田氏の辞任を求めるべきだ。

 

矢内氏の採用、矢内氏ら3人の基幹科目担当も、また「ならぬもの」だと確信する。

 

安倍官邸の縁故主義(cronyism)による国政私物化を象徴する政府人事と同大における「反浅野」元学生3人のえいこひいき人事は政治と教育の腐敗の象徴だと思う。日本と同大の民主化が求められている。

 

                                    (了)

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