第17回 自主ゼミ 「朝米首脳会談」

シンガポール取材報告 資料 2018626

浅野健 一・同志社大学大学院教授 (教授地位確認訴訟中)

アカデミックジャーナリスト

 

朝米が「戦争ゲーム」終焉を誓約した「世紀の会談」

偏見と無恥の日本のキシャクラブメディアの報道

 

 2018612日午前94分(シンガポール時間)に始まった二人の13秒にわたる握手は、まさに「世紀の首脳会談」の始まりだった。

 

金正恩朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)国務委員会委員長(朝鮮労働党委員長)とドナルド・トランプ米合州国大統領の首脳会談(DPRK-USA SUMMIT SINGAPORE)はシンガポールの南部セントーサ島のカペラホテルで開かれた。(本多勝一氏にならい米合衆国ではなく米合州国と表記する)

 

1948年に建国した朝鮮と米国の首脳会談は史上初めて。両首脳は朝鮮と米国の国旗が交互に6本ずつ掲げられたホールで握手。その後、会談場に移り、通訳だけを入れた一対一で、38分の会談。その後、両国の随行高官を交えた拡大会合、実務者も入ったワーキングランチを行った。午後には、共同声明(Joint Statement of President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the Democratic People’s Republic of Korea at the Singapore Summit)の署名のシーンを報道陣の前で行った。世界中のテレビが生中継した。

 

共同声明での「北朝鮮」表記は悪質な誤訳

 

共同声明(英文)の最初は次のように書いている。

 

[ President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea (DPRK) held a first, historic summit in Singapore on June 12, 2018. ]

 

最後はこうだ。

 

[ President Donald J. Trump of the United States of America and Chairman Kim Jong Un of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea have committed to cooperate for the development of new U.S.-DPRK relations and for the promotion of peace, prosperity, and security of the Korean Peninsula and of the world.

DONALD J. TRUMP

President of the United States of America

KIM JONG UN

Chairman of the State Affairs Commission of the Democratic People’s Republic of Korea

June 12, 2018

Sentosa Island

Singapore ]

 

共同通信の日本語訳では;

 

 〔 ドナルド・トランプ米合州国大統領と北朝鮮の金正恩国務委員長は2018年6月12日、初めての歴史的な首脳会談をシンガポールで行った。 〕

 

〔 トランプ大統領と金委員長は新たな米朝関係の発展と、朝鮮半島と世界の平和と繁栄、安全のために協力すると約束する。

 ドナルド・トランプ米大統領

 金正恩・北朝鮮国務委員長

 2018年6月12

 セントーサ島

 シンガポール 〕

 

 キシャクラブメディアの訳は共同通信とほぼ同じ。大学入試の和訳では誤訳になる。

 

「しんぶん赤旗」の訳では:

 

〔 アメリカ合衆国のドナルド・J・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の金正恩国務委員長は2018年6月12日、シンガポールで、初めてとなる歴史的首脳会談を開催した。 〕

〔 アメリカ合衆国のドナルド・J・トランプ大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正恩国務委員長は、新しい米朝関係の発展のため、また、朝鮮半島ならびに世界の平和、繁栄、安全の促進のために協力することを約束した。

2018年6月12日

 セントーサ島

アメリカ合衆国大統領 ドナルド・J・トランプ

朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長 金正恩 〕

 

赤旗は紙面では北朝鮮と表記しているが、共同声明の訳は正確だった。ロイターの日本語版も北朝鮮と表記している。キシャクラブメディアに汚染された日本人のロイター社員が誤訳しているのだろう。

 

正恩氏という表記は異常

 

13日夜に帰国し、日本の新聞を読んだ。日本のキシャクラブメディア(1930年代に設置された日本にしかない「記者クラブ」は英語でkisha clubと呼ばれている)の報道は世界の非常識だ。韓国を上回る取材陣を派遣したキシャクラブメディアは首脳会談を冷ややかに報じた。どうして素直になれないのか。ひねくれている。テレビ各局は朝鮮を敵視するか何も分からない専門家、ジャーナリストを出演させ、「CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄)」が確約されなかったとか、ショーに終わったと解説させた。

 

朝日新聞は一貫して、金正恩委員長のことを<正恩氏>と書いている。儒教の影響を受ける朝鮮の人たちには絶対容認できない表現だ。安倍晋三首相のことを晋三氏と呼ぶとどう思うか。

 

シンガポール開催を安倍首相が助言という捏造

 

日刊ゲンダイの報道で知ったのだが、安倍氏の広報官、NHK政治部の岩田明子解説委員が「(安倍首相が)トランプ大統領との電話会談で会談場所を板門店か、シンガポールにしようかと迷ってる場面があって『シンゾーはどう思うか?』と問われた時に、シンガポールを推薦した」というのだ。

 

〈初の米朝首脳会談の開催地シンガポール なぜ選ばれた?〉と題したニューズウィーク誌(5月15日付)によると、米朝会談の場がシンガポールとなったのは〈米国と北朝鮮、両方の大使館がある〉〈安全保障面で米国寄りで、会談中、米軍が最大限の警戒態勢を敷くことが可能〉――との理由だったようだ。

 

私が2013年に朝鮮戦争勝利60周年記念行事に参加した際、シンガポールから平壌に30数名の訪朝団が来ていた。日本からは21人。中国から30人だった。シンガポール人の73%が中国系。シンガポールは朝鮮と貿易、投資が盛んだ。ASEAN各国には戦後すぐに朝鮮の大使館ができている。安倍氏がシンガポールを推薦したら、朝鮮は断っただろう。

 

安倍政権に批判的な朝日、毎日、東京も朝鮮敵視は同一

 

NHKワシントン支局長は「共同声明の中身はない」と批判。拉致問題の進展がないと日本メディアは強調するが、国際メディアセンターで日本人拉致問題に関心を持つ記者は日本メディア以外にいない。

 

NHKはトランプ氏が記者会見で日本人記者の質問に「拉致問題を提起した」と発言したことを速報したが、「私の友だちである安倍首相が重要視しているのをよく知っているから、提起した」「共同声明には書いていない」と答えただけで、金委員長の反応などは言明しなかった。大統領は「朝鮮は、朝鮮戦争で正義のために命を落とした米兵の遺骨の回収と返還を約束した」と詳しく話した。

 

メディアセンターで会った、冤罪甲山事件の関係でよく知っている春川正明・読売テレビ解説委員に、「龍谷大学の李相哲教授の発言は、あまりに無責任ではないか」と言うと、「そんなに問題ですか」と言った。李氏は328日のフジテレビ「とくダネ!」で金委員長の訪中に関し、「米国からの核放棄要求を恐れて中国へ泣きついた」「朝鮮半島が非核化すると、米軍が韓国から撤退する。そうなると北の思うつぼだから阻止しなければならない」と見当違いの解説をしていた。李教授は228日の同番組で「包囲網の分断を狙う北朝鮮の思惑で、汚れなきスポーツの舞台が北に乗っ取られた」と発言。李氏は北南、米朝会談はうまくいくはずがないと各局で発言してきた。朝米会談が一時中止になった時、喜びを隠さなかったが、再び会談開催が決まると「北のペースになってはならない」と強調した。自分の見通しが外れたことの釈明もない。テレビは記録に残らないので、ウソ、デマの言い放題。元共同通信平壌支局長、元ソウル支局長らも同じ。青木理氏も「北朝鮮への過去の賠償で何兆円も払わされる」と発言した。平壌宣言で朝鮮は賠償請求を放棄している。

 

歓迎する在日朝鮮人

 

私はメディアセンターで両首脳の握手、二人がお互いの背中に手を添えるのを見て感動した。「朝鮮の人たちと朝鮮の海外の同胞たちが待ち望んできた日がついに来た」と感慨深かった。私は1998年から14回訪朝し、朝鮮の人たちが1953年に休戦になったままの朝鮮戦争を終結させ、停戦協定を平和協定(条約)に変え、朝米国交正常化を望んでおり、そのために米国まで届く「核とミサイル」を開発してきたことをよく知っている。世界中のコリアンも非戦・平和の朝鮮半島を望んでいる。

 

知り合いの在日朝鮮人は「将来、612は歴史の教科書に載る出来事だ。ソ連の崩壊、ベルリンの壁の崩壊と並ぶニュースだ」と述べた。

 

朝鮮戦争の停戦合意では、米国は3カ月以内に平和協定を結ぶはずだったが、65年間反故にしてきた。なぜ欧米人が呼ぶ「極東」・北東アジアの韓国と日本に米軍基地と米兵が存在するのかを考えるべきだ。

 

私は、朝米会談を見ていて、1972年の中米国交正常化を想起した。国際社会は中華人民共和国を国と認めず、台湾の中華民国が中国だったが、ニクソン米大統領の電撃的訪中で台湾は国でなくなり、中国が「一つの中国」となった。「中共」が中国に変わった。国連や国際社会で、台湾は国ではなくなり、CHINESE TAIPEIとういう地域になった。

 

日本政府とメディアがいつ「北」とか「北朝鮮」と呼ぶのをやめるかがカウントダウンになってきた。日本メディアも20029月に拉致問題が出る前は、「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国の金正日総書記」(NHK)、「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と冒頭で表記し、二回目から「北朝鮮」と報じていた。消えた正式国名がいつ復活するかだ。

 

朝鮮半島の非核化であって朝鮮の非核化ではない

 

日本メディアは朝鮮に対し、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を求めているとだけ報じるが、朝米が今回の会談で合意したのは朝鮮半島の完全な非核化である。朝鮮の格の放棄だけでなく、韓国にある米軍の核兵器も撤去するということだ。北南朝鮮に隣接する日本にある米軍の核兵器も撤去されなければならない。

 

内外のマスメディアは 急激な変化と報じてきた、そうではない。不勉強な日本の政治家と記者・専門家は、朝鮮の党、政府、人民がこの間、米国を交渉の場に引き出すために、「核とミサイル」を開発したことを伝えなかった。軍事開発は米国との対等の地位を得るためだった。昨年74日のICBM試射の成功で、米国に到達することが証明され、朝鮮は昨年末、核強国になったと宣言した。米国は安倍首相が願う先制攻撃をあきらめた。

 

「北朝鮮は国際社会を欺いてきた」「何度もだまされてきた」という日本の安倍政権とキシャクラブメディアの罪は大きい。日本の人民をだましてきたのは安倍政権と御用メディアである。

 

フリー記者として取材パスを獲得

 

私は朝米会談開催されることが決まってすぐに、シンガポールで取材すると決め、航空券を確保した。

 

69日の深夜に羽田を発ち、10日早朝にシンガポール着。13日午後、シンガポール発で同日夜、関西空港に戻った。

 

トランプ大統領が524日に朝米会談の中止を発表、安倍晋三政権だけが「中止の判断の支持」を表明し、朝鮮に憎悪を持つ日本のキシャクラブメディアとテレビに登場する「専門家」たちは、会談中止を喜んでいた。しかし、文在寅韓国大統領の仲介努力もあり、62日に予定どおりに開催されることが決まった。

 

実は、米国側から会談中止の発表があった524日にシンガポール政府の通信情報省(MCI)メディア部は内外のメディアに対し、「米国・朝鮮首脳会談のためのメディア広報」(Media Advisory for US-DPRK Summit)を送り、米朝首脳会談の取材記者登録(registration for media accreditation)を開始していました。29日午後12時(シンガポール時間)が締め切りだった。同省は「取材登録」に関する報道を禁止していたため、記者登録手続きが進められていたことは報道されなかった。

 

私は514日、共同通信外信部時代の後輩記者から、現地の記者を紹介してもらい、524日にMCIの登録手続きについて教えてもらった。

 

528日、MCIメディア部へ取材申請を行い、同部から取材依頼書を受理したというメールをもらった。MCIから69日午前2時に、取材許可が下り、首脳会談のために開設された国際メディアセンターで仕事ができた。日本以外の国には「記者クラブ制度」(英語でkisha club system)がないので、フリージャーナリストも手続きを踏めば取材できる。

 

同部への取材申請はすべてネットで、15分以内に打ち込み、顔写真、パスポートのコピーは指定された電子データで送信するというやり方で苦労した。取材申請では、記事・映像を伝える報道機関(媒体)を伝え、媒体の責任者からの取材依頼書(assignment letter)が必要。朝鮮総連の機関紙、朝鮮新報の崔寛益・報道局長が依頼書(526日付)を書いてくれた。20055月にバンコクで行われたサッカーW杯最終予選、日本対朝鮮の「無観客試合」の取材をアジアサッカー連盟に申請した際も崔局長にレターを書いてもらった。また、65日に追加で、人民新聞に記事を書くことをMCIに伝えた。山田洋一編集長がアサインメント文書を書いてくれた。

 

私は1998年に朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)を初めて訪問して以降、14回訪朝。朝鮮に行くようになったきっかけは、1998年に同志社大学経済学部学生だった「かりの会」(「よど号」事件)メンバー、若林盛亮さんの実姉の訪朝に同行したことだ。政治亡命したメンバーの子どもたちを日本に帰国させることに協力した。その後、京都で故・野中広務さんらと日朝友好運動、朝鮮学校支援などを行ってきた。

 

1611月にベルリンで開かれた「第2回平和・繁栄の朝鮮半島に関する国際シンポジウム」(The 2nd International Symposium on Peace and Prosperity of Korean Peninsula)にも参加し、朝鮮戦争の終結と米朝平和条約締結を求める運動にもかかわっている。その報告が朝鮮新報HPにある。

http://chosonsinbo.com/jp/2015/12/sk123-10/

 

今年になってからは、「安倍官邸の広報になった平昌五輪報道」

http://chosonsinbo.com/jp/2018/03/0305ib-4/

 

「平和・統一への願いを冷笑し戦争を煽る大罪」

http://chosonsinbo.com/jp/2017/11/1115ib/

朝鮮新報には訪朝記事、メディア時評(20041月から0512月まで連載)などが多数アップされている。

 

1905年から45年までの日本による侵略・強制占領の歴史、45年から今日までの日本と朝鮮の関係を踏まえて、日朝関係の改善、国交正常化を目指すべきだとずっと思ってきた。私は2回の南北首脳会談に続く、史上初の米朝首脳会談を現地で取材し、今後の東アジアの平和・繁栄を構想したいと考えた。

 

私は19892月から927月まで共同通信のジャカルタ支局長を務めていたので、シンガポールは何度も行っている。

 

ホテルは両首脳が泊まった二つのホテルから地下鉄で一駅のところにとった。

 

金正恩委員長を見ようと2時間待ったフランス人家族

 

歴史的な会談の朝、午前7時、金委員長らが宿泊するセントレジスホテルに向かった。ホテルの周辺には報道陣のほか、地元市民、観光客が湿度が高く35度を超える暑さの中、委員長の出発を待った。望遠カメラで金委員長の姿をカメラが捉えた日本のテレビのレポーターが「金正恩委員長は眼鏡を掛け、少し緊張しているように見えました」と中継で伝えた。

 

両首脳は10日シンガポール入りした。金委員長がチャンギ空港に到着したことは分からず、午後3時過ぎに、地元のテレビが宿泊先のセントレジスホテルの周辺に金委員長が乗っている車両を映して分かった。すぐにホテルに向かった。午後7時過ぎ、金委員長がシンガポール首相府でリー・シェンロン首相と会談するというので、ホテル付近で待機した。世界中のメディア、観光客、地元市民が見守った。フランス人の青年は「数カ月前は戦争の危機があったが、こうして平和への動きが生まれたのはとてもいいことだ」と話した。一緒にいた小学校3年生は祖母と一緒に約2時間、金委員長の姿を見ようと待った。

 

ホテルの前は歩行でき、警備も穏当だった。午後7時過ぎに、白バイ約20台、パトカー、警備車両に先導されて朝鮮とシンガポールの国旗を掲げた黒い車両がホテルを出た。警備の男性十数人が車両に並走。

 

その後、トランプ大統領が宿泊するシャングリラホテルに向かった。大統領はカナダから午後8時、パヤ・レバー空軍基地に到着した。

 

二人のホテルは超高級ホテル。オーチャード通りの西にあり、歩いて78分の距離。正恩氏の宿泊先から約600メートルほど離れた高級ホテル「シャングリラ」に入った。トランプ氏は11日昼にリー・シェンロン首相と会談した。

 

 会談があったセントーサには、日本のシンガポール侵略の歴史を展示した戦争記念館がある。シンガポール日本人学校は1990年代にこの記念館から学ぶという副読本を使っていた。セントーサには日本軍慰安所があったことを「リテラ」とロイターが報じている。

http://lite-ra.com/i/2018/06/post-4061-entry.html

https://jp.mobile.reuters.com/article/amp/idJPKCN1J30CF?__twitter_impression=true

 

 日本の企業メディアは絶対にこれを報じない。「拉致」を報じる一方で、朝鮮の人民が日本帝国主義の侵略の被害に遭っていたのと同じ時期に、シンガポールは「昭南島」と名前を変えられ、「大検証」と呼ばれる虐殺の被害に遭っているのだ。詳しくは拙著『天皇の記者たち 大新聞のアジア侵略』(スリーエーネットワーク、絶版)を読んでほしい。

 

 今回の取材で、ハンギョレ新聞、聯合通信、MBCなど韓国の記者たちと再会した。

 

メディアセンターの2階には共同作業ルームがある。イタリアのANSA通信記者が前にいる。3階には主要報道機関のブースがある。共同通信のブースを訪問した。

 

歴史的な13分の握手

 

2018612日午前9時過ぎに始まった2人の13秒にわたる握手はまさに「世紀の首脳会談」の始まりだった。金正恩朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)労働党委員長とドナルド・トランプ米合州国大統領の首脳会談(DPRK-USA SUMMIT)はシンガポールの南部にあるセントーサ島のカペラホテルで開かれた。

 

歴史的な会談の朝、午前7時、金いよいよ委員長らが宿泊するセントレジスホテルに向かった。ホテルの周辺には報道陣のほか、地元市民、観光客たちは湿度が高く35度を超える暑さの中、じっと金委員長の出発の時を待った。8時半ごろ、望遠カメラで金委員長の姿を捉えたテレビカメラパーソンが「少し緊張しているようだったが、決意をにじませていた」と話した。

 

「朝鮮の人たちと朝鮮の海外の同胞たちが待ち望んできた日がついに来た」と思い感慨深かった。私は1998年から14回訪朝し、朝鮮の人たちが1953年に休戦になったままの朝鮮戦争を終結させ、停戦協定を平和協定(条約)に変え、朝米国交正常化を望んでおり、そのために米国まで届く「核とミサイル」を開発してきたことをよく知っている。世界中のコリアンも非戦・平和の朝鮮半島を望んでいる。

 

朝鮮戦争の停戦合意では、米国は3カ月以内に平和協定を結ぶはずだったが、65年間反故にしてきた。なぜ欧米人が呼ぶ「極東」・北東アジアの韓国と日本に米軍基地と米兵が存在するのかを考えるべきだ。

 

日本のメディアは朝鮮に対し、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を求めているが、朝米が今回の会談で合意したのは朝鮮半島の完全な非核化である。とは、朝鮮の格の放棄だけでなく、韓国にある米軍の核兵器も撤去するということだ。北南朝鮮に隣接する日本にある米軍の核兵器も撤去されなければならない。トランプ大統領は朝鮮との今後の関係改善のために、米韓合同演習についてprovocativeだったと形容した上で、中止を明言した。「莫大な軍事費の削減になる」とまで言った。 

 

知り合いの在日朝鮮人は「将来、612は歴史の教科書に載る出来事だ。ソ連の崩壊、ベルリンの壁の崩壊と並ぶニュースだ」と言っている。

 

私は、朝米会談を見ていて、1972年の中米国交正常化を想起した。国際社会は中華人民共和国を国と認めず、台湾の中華民国が中国だったが、ニクソン米大統領の電撃的訪中で台湾は国でなくなり、中国が「一つの中国」となった。「中共」が中国に変わった。「北」が朝鮮に変わる日が近い。

 

内外のマスメディアは、急激な変化と報じてきた、そうではない。不勉強な日本の政治家と記者、専門家は偏見と無知で世界が見えない。朝鮮の党、政府、人民がこの間、米国を交渉の場に引き出すために努力してきた。朝鮮が「核とミサイル」を開発したのも、米国との対等の地位を得るためだった。

 

「北朝鮮は国際社会を欺いてきた」「何度もだまされてきた」という日本の安倍晋三政権とキシャクラブメディア(1930年代に設置された日本にしかない「記者クラブ」は英語でkisha clubと呼ばれている)の罪は大きい。日本の人民をだましてきたのは安倍政権と御用メディアである。

 

私は朝米会談がシンガポールで開催されることが決まってすぐに、現地で取材すると決め、航空券を確保した。取材を終えて13日夜関西空港に戻った。

 

帰国翌日、地位確認裁判高裁で敗訴

 

私の地位確認控訴審は自分の出世しか頭にない悪い裁判官にあたり敗訴した。大阪高裁第5民事部の藤下健裁判長は14日午後、控訴を棄却した。同志社大学は西日本の私学のトップで、文科省が認可した権威、権力だ。同大がやったことを不当と認定するには勇気がいったようだ。信頼できる弁護士によると、日本の裁判官も減点主義で、弱者に有利な判決を言い渡すと昇進にマイナスになるという、ことながれ主義、ヒラメ裁判官だ。元高裁部長判事の弁護士も「藤下健裁判長は超エリートで労働者には冷たい。右陪席の黒野功久裁判官がどこまで頑張ってくれるかだ」と判決前に言っていた。左陪席の桑原直子裁判官が藤下裁判長に隷従したので、こういう判決になったのだろう。

 

同大の現状は日大以下。自分たちが腐っていることの自覚もない。自浄能力もない。私が負けたことで、学内で風通しがさらに悪くなり、壊れていくと思う。他に解雇関係で3つの裁判がある。

 

参考に

 

韓国のMBCのカメラは10年間、朝鮮に入れず、最近の映像がないということで、329日、わざわざ私の家までソウルから2人が取材に来た。番組はユーチューブで見ることができる。私が177月に平壌で撮影した映像が使われている。スタートから8分のところから。韓国語だが、私の日本語はそのままで、朝鮮語の字幕が出ている。https://youtu.be/89myZqHoF2k

 

田中協子さんがこの番組を見て、MLで次のように報告している。

 

〔「失われた11年間」と言われる朝鮮半島の南北。その間、北南はどうであったかを検証する韓国MBCテレビの番組「朝鮮半島、大転換の瞬間[Full] - Inter-Korean summit -18 / 04/10-MBC PD手帳1150回」https://www.youtube.com/watch?v=89myZqHoF2k&feature=youtu.beは見応えがあった。これを紹介してくれたのは北朝鮮訪問14回にのぼる浅野健一さん。MBCの取材を受け訪朝時の映像を提供しながらその間のピョンヤンの街や人々の変化を述べている。番組では2012415日の閲兵式で金正恩最高指導者が述べた人民生活向上への固い決心、その間制裁の中でどのように経済を発展させてきたか、さらに南北の共同事業、開成工業団地の高い成長率と朴槿恵政権による突然の閉鎖の実態が韓国企業入居者の生々しい声などで明らかにされている。2018年の「戦争から平和への大転換」を今の韓国ではどのように見ているかが分かる。韓国の視聴者が「北朝鮮を理解するのに役立ちます。限られた情報でいつも針の穴から北朝鮮を覗いていた私の窮屈さを解消してくれました。ここ10年ぶりのまともな時事番組でした」とコメントを書いている。(略)番組を見て思ったのは激動する朝鮮半島と現在の日のマスコミ報道との乖離だ。〕

 

シンガポールでの朝米首脳会談の取材報告を朝鮮総連の機関紙、朝鮮新報に書いた。ネットの朝鮮新報HPで読める。会員登録すれば全文を読める。これまでに朝鮮新報に書いた記事もサイト内で検索すれば読める。

 

http://chosonsinbo.com/jp/

http://chosonsinbo.com/jp/2018/06/il-1424/

 

朝鮮新報の紙の新聞は25日付で載る。「紙の爆弾」「進歩と改革」8月号と今週の人民新聞に記事が載る。