橋下徹氏による対岩上安身氏裁判で大阪府N参事自殺事件が焦点に
維新府政批判の元職員らが証言
浅野健一(ジャーナリスト、元同志社大学大学院メディア学専攻教授)

 日本維新の会創設者、元大阪府知事・大阪市長の橋下徹弁護士が岩上安身・インディペンデント・ウェブ・ジャーナル(IWJ)代表を被告として起こした名誉毀損・損害賠償請求訴訟(リツイート裁判、岩上氏も反訴)の第6回口頭弁論が2019年3月27日午前10時15分から午後5時まで、大阪地方裁判所第13民事部(末永雅之裁判長、重高啓右陪席裁判官、青木崇史左陪席裁判官)第202号法廷で開かれた。

 午前中の弁論では、橋下知事時代の大阪府庁における過酷な職場環境を、身をもって体験した元府職員の大石晃子氏が被告(反訴原告)の岩上氏側の証人として、また、原告(反訴被告)の橋下氏側の証人として、小河保之元大阪府副知事が出廷した。午後は、岩上、橋下両氏が証言台に立った。

 筆者はこの裁判については、4月13日、<元大阪府知事がジャーナリストを名誉毀損で提訴。しかし、法廷で証言の矛盾を追及される>というタイトルで、ハーバービジネスオンラインに寄稿している。記事閲覧者はかなり多く、4月20日まで記事ランキングでベスト5に入っていました。
https://hbol.jp/190077

 また、「週刊金曜日」に、2018年4月19日に行われた第1回口頭弁論について記事を書いている。金曜日のHPに記事が載っている。
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2018/05/17/antena-236/

ハーバービジネスオンラインで触れなかった大石氏の証言などについて報告する。

*キシャクラブが「記者席」を独占するのは憲法違反
法廷に向かう岩上さん支援者

 大阪地裁は午前8時10分ごろから30分まで傍聴券を配布したが、傍聴希望者は64人で、法廷の傍聴席は90席(記者クラブが13席占有)あり、全員が傍聴できた。「大阪司法記者クラブ」が独占する「記者席」には3~6席の空席があった。この日は全員が入れたので実害はないが、抽選に外れて傍聴券を得られない時には大問題になると思う。日本新聞協会加盟の企業メディアだけに「記者席」を独占させるのは、「取材・報道の自由」を保証する日本国憲法違反だ。

 傍聴席はほぼ満席で、ほとんどが岩上氏の支援者だった。最前列左に橋下氏のファンらしき男性がいた。

*「橋下氏の部下叱責が府職員を自殺に追い込んだ」のは真実か

 この日の証人尋問で、岩上氏側は、橋下氏が裁判所に提出した陳述書での主張の根幹部分が嘘だったことをIWJの調査をもとに明らかにした。

 橋下氏は、岩上氏が「橋下徹が大阪府の職員を自殺に追い込んだ、という虚偽情報」の元ツイートをリツイートしたことによって社会的信用を低下させられたとして、2017年12月15日に100万円を請求する訴訟を起こした。

 訴状が岩上氏に届いたのは暮れも押しせまった12月27日だった。これでは普通の人は応訴する準備もできない。

 訴状では、社会的評価が下がったと指摘しただけで、ツイート情報の虚偽性に関する言及はなかった。名誉毀損訴訟で事実誤認を主張しないことはあまりない。そもそも橋下氏は訴状で訂正文や謝罪文の公表を求めていない。これでは社会的信用の回復を求めていることにならない。

 2017年10月の衆院選後、丸山穂高衆院議員(日本維新の会)がツイッターに「議席減となった衆院選総括と代表選なしに前に進めない」などと松井一郎代表を批判する投稿を行った。これに対し、自分が創設した日本維新の会の役職を離れ、法律顧問であった橋下徹氏は「口のきき方も知らない若造が勘違いしてきた」「代表選を求めるにも言い方があるやろ。ボケ!」などと口汚く罵倒するツイートを繰り返した。政界における公開パワハラだった。

 橋下氏の丸山議員に対する言動を批判する声が相次ぐ中、一般市民の元投稿者が2017年10月28日仮名で次のようなツイートを発信した。

 「橋下徹が30代で大阪府知事になったとき、20歳以上年上の大阪府の幹部たちに随分と生意気な口をきき、自殺にまで追い込んだことを忘れたのか!恥を知れ!」

 知事時代における橋下氏が年上の府幹部たちに生意気な口をきき、そのあげくに府職員の自殺事件が起きてしまったことについて、「恥を知れ!」などと、橋下氏に直接呼びかけて、目前の丸山議員に対する「公開パワハラ」を諌めるツイートだった。

 岩上安身氏がこの元投稿者のツイートをコメントなしに単独リツイートしたところ、橋下氏はこの府職員の自殺に関する週刊誌、単行本などの先行報道に対しても、元ツイート主に対しても、抗議も削除要請も、まして提訴などもしていないのに、岩上氏のリツイートだけを問題視して、いきなり提訴した。

 自殺した職員は大阪府商工労働部経済交流促進課のN参事だ。府では参事は課長級の職階で、N参事は国際ビジネスグループ長を務めていた。府では橋下府政の前から、「係」制を廃止し、「グループ」制にしている。法廷ではN参事の名字を使って尋問が行われた。

 大阪府では、橋下府政下の2010年に7人が自殺している。それまでの府庁では自殺者は年間1人前後だった。元ツイートは、N参事氏の自殺に橋下氏のパワハラが絡んでいると述べていた。

 元ツイートが問題にした、橋下氏による府幹部叱責は2010年9月14日の府部長会議での発言だ。部長会議の議事録は大阪府のHPの「部長会議の審議・報告の概要」に掲載されている。
http://www.pref.osaka.lg.jp/seisakukikaku/buchokaigi/100914.html

 岩上氏側は「橋下氏から事前の通告は一切なく、抗議や謝罪の要求もなく、2017年12月末に訴状が届くいきなりの提訴だった。岩上氏や市民の橋下氏に対する批判を封じることが目的の典型的なスラップ(恫喝)訴訟であり、訴権の濫用に当たる」として、請求の却下を求めた。

 岩上氏は2018年4月19日の第1回口頭弁論後の記者会見で、「リツイートは転載とも違い、ツイートと同一とみなすのはおかしい。元の発信者と見解が違ってもリツートすることもある」と述べた。
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/418646

 また、「万人が言論の担い手になり、それを拡散もすることも可能なリツイート、シェアが問題にされ、片っ端からスラップ訴訟を起こされる可能性があるソーシャルネットワークサービス(SNS)上での言論活動が抑圧される。橋下氏の模倣が横行すれば、裁判所もパンクする。表現の自由を守るために闘い抜く」と訴えた。

 さらに、記者会見に同席した坂仁根弁護士は、「仮に濫用でないとしても、他人のツイートをリツイートしたに過ぎない行為が名誉毀損にはならない。岩上氏のリツイートには公益性、公共性、真実性がある。橋下氏は自分の言論で反論でき、精神的苦痛は発生しない」と強調した。

 末永裁判長は府に対し、元ツイートで言及された橋下氏と府職員の紛争を調査した府報告書の文書送付嘱託を行なったが、大阪府は提出を拒んだ。岩上氏側は地裁に提出命令を出すよう請求したが、裁判長は請求を棄却していた。

*緊張した表情の橋下氏は原告と弁護士の二役こなす

 この日の証人尋問で、傍聴人は3月27日午前10時前、法廷に入ったが、橋下氏は既に原告席に、橋下氏の訴訟代理人である松隈貴史弁護士(橋下綜合法律事務所)と着席していた。橋下氏は弁護士バッチを付けて、濃紺のスーツ、白いシャツにノーネクタイ。原告席に座って、岩上氏らの入廷を待った。

 被告席の岩上氏らには視線を合わさず、うつむいて書類に目を通したり、天井を見上げたりしていた。緊張気味で、精気が感じられない。この日、廊下も含め、約5時間、橋下氏を見たが、テレビで見る時の、周囲を威圧するような雰囲気はなく、ごく普通の中年サラリーパーソンのようだった。

 橋下氏は証言台に立ったほか、原告本人として主尋問、反対尋問で、頻繁に質問もした。一人二役は制度上、許されてはいるが、代理人弁護士に任せるのが普通だ。代理人の松隈弁護士にまかせていられない、という焦燥感が随所に現れていた。

*元職員の大石氏が「知事のパワハラ」を証言

 午前10時15分に裁判官3人が入廷し、末永裁判長が開廷を宣言。原告、被告双方の書面の証拠調べを行い、午前中の証人である大石、小河両氏が「偽りを述べない」などとする宣誓書を読み上げた。

 大石氏は岩上氏代理人の大前治弁護士の主尋問で、「2008年に橋下氏は『公務員はシロアリだ』『公務員は特権階級』『公務員のケツを蹴る』などと言って府知事に当選し、メディアの注目を集めていた」と述べた。

 また、マスコミに強い影響力を持つ橋下氏がトップダウンで恐怖体制を敷き、「知事の方針が嫌なら、辞めればいい」「給料を減らすぞ」「責任をとれ」と繰り返し言われたと話した。さらに、「民間では当たり前のことだ」「公務員は無駄だ」となどのパワハラを繰り返したと具体例を挙げて証言した。

 大石氏は自殺したN参事について、声を詰まらせながら「性格が穏やかな方で、朗らかで、部下や後輩にもとても優しく、部下や後輩が気持ちよく仕事をしているかを、とても気にかけ、そしてとても勤勉な方だった」と述べた。

 N参事の自殺の理由について、「極端なトップダウンと、無理難題で職員を苦しめること。職員や働いている人は弱い立場であるのに、行革だと、自分の正義を労働者に押し付けて、現場の気持ちを踏みにじっていく。そして直接にメールなどを通じて、職員に脅しをかけていく。マスコミも使って、『失敗は許されない』状況に追い込んでゆくという、そのような橋下知事の敷いた体制によって、いろんなことが生まれたと考えている」と証言した。

 また、大石氏が十年前、府庁で行われた朝礼の場で、橋下知事の府政運営について抗議した後、バッシングを受け、過激派などとレッテル貼りをされたことを述べ、思想信条の自由が脅かされていたと述べた。

 「橋下府政で、多くの人がパワハラで亡くなっている。精神疾患を病んだ職員も増えた」「パワハラ被害者はなかなか声を上げられない」とも強調した。

 橋下氏代理人の松隈弁護士は反対尋問で、「岩上さんと初めて会ったのはいつか」などと質問。「ネットで集めた情報」をもとに新左翼党派の具体的な名前を挙げて、過去の政治活動や、デモで「ハシモト辞めろ」と声を上げたかなどを聞いた。

 大石氏は「私の言動を政治的として、レッテル貼りをする質問には答えない」「デモでどういうコールをしたかは覚えていない」と応じた。松隈弁護士は大石氏が4月の統一地方選に出馬するのかとも聞いたが、大石氏は「本裁判とどういう関係があるのか」と述べて、回答しなかった。

 橋下氏は反対尋問で、知事時代の自分の実績を自画自賛し、「府庁幹部の間で、あなたが朝礼の場で政治的発言をしたと問題になったが、あなたを処分しないようにと指示したのは自分だ」と大石氏に恩を着せるような発言をして、裁判長に「ここは議論の場ではない」とたしなめられた。

 反対尋問は予定より30分も延長された。

*橋下氏側の小河元副知事は曖昧な証言

 その後、橋下氏側の証人として、小河保之元副知事(2007~2015年)が出廷した。小河氏は土木技術系出身で、橋下知事以外の知事の下でも副知事を務め、橋下氏が「この人に聞いてくれたら全てわかる」と証人申請した人物だ。

 小河氏は松隈弁護士による主尋問で、「メディアに出る橋下知事と、我々少人数で接する時の橋下さんは大きく違い、真面目で勉強している。激高し、激しく叱責するということはなかった。『独裁者』と批判されるが、覚悟を持って既得権益に立ち向かうという姿勢だった」と橋下氏を絶賛した。

 岩上氏の代理人、西晃弁護士は反対尋問で、橋下知事に強く叱責された府職員が救急車で搬送されたという朝日新聞記事を示して、「こういう事実を知っているか」と聞いたのに対し、小河氏は「知らない」と答えた。

 「2010年9月の台湾訪問の方針決定はどの会議で行われたのか」という問いに、「主な所管は商工労働部、府民文化部」「所管外なので詳細はわからない」とはぐらかした。日中関係にも影響するデリケートな訪台に関する会議について副知事という、知事につぐ大幹部でありながら、「覚えていない」などということは通常はありえない。

 筆者もメモをとりながら首をかしげたが、なぜ知事訪台という大イベントの方針決定を行ったはずの「戦略本部会議」について小河氏が記憶をはぐらかしたのか、その理由は法廷での尋問が進行してゆくにつれて明らかになってきた。

※橋下徹・元大阪府知事がジャーナリストを名誉毀損で提訴。しかし、法廷で証言の矛盾を追及される(ハーバービジネスオンライン、2019年4月13日)
https://hbol.jp/190077

 橋下知事が帰国後の部長会議で、担当部局の商工労働部長らを叱責したことについても、「会議には出ていたと思うが、記憶にない」と曖昧な証言を繰り返した。

 自殺したN参事は、現場サイドが府の方針に従わなかったと叱責された。府の方針を現場で拒否したと罵られた部署の中心に座っていたのがN氏だった。N氏はグループ長で、上からと下からの圧力に挟み撃ちにされたのがN参事だった。

*「橋下氏の主張の矛盾を追及」―報告集会で決意表明

 証人尋問が終わった後、大阪弁護士会館904会議室で裁判報告集会が開かれた。司会はIWJ中継市民(京都)の北野ゆりさんが務めた。
証人尋問後の報告集会

 大石氏は「反対尋問で、議論はいらないと裁判長に何度も言われた。十年前に橋下知事に朝礼で抗議した後、バッシングを受け、過激派だとか言われ、思想信条を問題にされ、レッテルを貼られた。パワハラ被害者はなかなか声を上げられない。今日は証言台で、自分の正直な思いをちゃんと言えた。弁護士さんに感謝したい。多くの人がパワハラで亡くなっているので、今後も問題にしていきたい」と話した。

 梓澤和幸弁護士は「名誉毀損は人格権と表現の自由の二つの利益の調整の結果で判断する。言葉のことだけでなく、一般読者の読み方が重要だ。元ツイートの『忘れたのか、恥を知れ』などの表現は、橋下氏の過去の言動を諫めている。訪台の方針は府の会議で決めていないことが判明した。戦略本部会議、部長会議で訪台について討議していない」と語った。

 橋下氏は証言で、「私に対する名誉毀損、侮辱はいっぱいあったが政治家だから問題にしなかった。出自のこと、人格攻撃は法的対応をした」と述べ、メディア名を挙げなかったが、「週刊朝日」事件について触れた。しかし、「新潮45」(新潮社)が2011年11月号で、ノンフィクション作家の野田正彰氏(前関西学院大学教授、精神医学)が執筆した「大阪府知事は病気である」と題した記事を載せ、橋下氏が新潮社と野田氏に1100万円の損害賠償を求めた裁判を起こした民事事件についてはまったく触れなかった。この事件では2016年2月18日に橋下氏の請求を棄却する判決があり、2017年2月1日に橋下氏の敗訴が最高裁で勝訴している。

 この件は本件と一切関係がない。岩上氏は本件だけでなく、過去に橋下氏の出自について差別するどころか触れたこともない。岩上氏と関係のない差別表現の問題を法廷で話し続け、それを裁判長が制止しないのは異様である。

 原告の橋下氏はこの日の証人尋問で、「東京と大阪の事務所で常時、メディアチェックをやっていて、本件のリツイートの報告が上がってきた」と述べた。

 橋下氏が運営する大阪と東京の事務所はメディアを監視し、内容証明郵便などを送って、事前交渉で謝ってきたら訴えないということを日常的にやっていると思われる。

 どういう交渉をして、“解決”しているのか不明だが、法律関係者の中には「一種の名誉毀損ビジネスになっているのではないか」と疑う向きもある。こうした水面下の交渉は一切表に現れない。

 橋下氏が岩上氏に送ってきた訴状に、名誉毀損の訴状なのに社会的信用の回復のための訂正・謝罪文等の公表の要請がなかったことを思い返すと、こうした「訴状」がテンプレート化し、使い回されていた可能性も考えられる。と同時にこれは、原告橋下氏が社会的信用の回復を求めていた提訴なのではなく、被告岩上氏が主張するスラップ訴訟、すなわち訴権の濫用である可能性を示す傍証となる重要な証言ではないだろうか。

 岩上氏は支援者を前に、「IWJの記者たちは愚直に調べ、橋下氏が言う『訪台方針を決定した会議』が存在しないことを突き止めた。スクープ爆弾で、橋下氏の本裁判でのこれまでの主張がウソと分かった。マスメディアとは交渉し、謝ってきたら訴えないのに、私に対しては、『話しても無駄』と判断したというのだが、いったい何をしたかったのかと思う」と話した。

 橋下氏は「大手メディアの場合は、自分から訂正・謝罪に応じてくる」と繰り返し強調したのだが、「大手メディア」がどういう交渉を経て「解決」に至ったか不明だ。記者席にいた10人前後の「大手メディア」記者は、企業メディアが橋下事務所と水面下で交渉をしてきた経過を取材すべきだろう。

 N参事の自殺の原因が、当時の大阪府知事の部下への叱責に関係しているかどうかが裁判の焦点になってきた。また、橋下氏の「中国との政治問題があるので、府の会議で何度も台湾訪問の方針を決めていた」という主張の真実性が大きく揺らいだ。「大手メディア」はこの日の証人尋問を一字も一秒も報道しなかった。橋下氏と彼の事務所の問題は「タブー」になっているのだろうか。

 次回の口頭弁論は2019年7月4日(木)午前10時半、大阪地裁1010号法廷で開かれる。裁判長は双方に6月29日までに最終準備書面を提出するように求めた。裁判は次回の弁論で結審し、8月か9月に判決が言い渡される見通しだ。