2007年10月

2007年10月30日

いじめ

前回、姉との思い出を
書いたのですが
その続き。
姉が亡くなり
甥を見て
愕然とした。
常にぶつぶつ
独り言。
自分の世界に
入り込んでいる。
時々奇声を発し
姉がどんな思いを
していたのか
と、思うと
胸が痛んだ。
姉からうすうす
聞いていたが
これほどとは
思ってもいなかった。
正しくいじめの後だ。
相当いじめを
受けたのだろうと
察しがついた。
義兄も姉も
障害者だ。
いじめの原因は
そのことに思う。
甥はもちろん
親に言えなかったのでしょう。
昔も今も
心無い人間は
絶えないものだ。
姉は10歳で
障害に気付いた。
それから病院通い。
学校も満足に
行けなかった。
その分、子供の
教育は熱心だった。
PTA役員も
進んで引き受けていた。
それらも裏目に
でたのだろう。
学校事情にも
疎かった姉。
自分の子供を
育てて、私も
学んだ事は多い。
姉に伝えられなかった
数々が恨めしい。
子供が受けた
いじめが姉の
寿命を縮めた
一因があったことは
否定できないと思う。
今、
私は悲しい。
いつまでも
無くならないいじめ。
誰かを責めるより、
いじめが
どれほど多くの人の
心と命を縮めるのか
解って欲しい。
姉が亡くなり
7回忌を終えた今、
甥も義兄の
愛情で少しずつ
落ち着いてきている。
いつまでも
力ない自分が
情けなく思う。




asanoha1130 at 14:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*日記* 

障害

先日28日は、友人の息子さんの通う、障害者施設の文化祭があり、訪問した。私の亡くなった姉も、足に障害をもっていた。
私が幼い頃、姉と二人で出かけた。
途中
「びっこ、びっこ」
と、姉に向かって、はやしたてる子たちがいた。
悔しかった。怒りが込み上げてきた。
「あんたの心が、かたわなんだよ。」
と、いいたかった。姉の前で、言うのが憚れた。恥ずかしいのでなく、かえって姉を傷つけるような気がした。
そっと、姉を見たら、胸を張って歩いていた。
姉が、とても大きく見えたのは、その時からのような気がする。
姉を亡くなした今も、あの時の事は、考えさせられている。言えば良かったのだろうか?
単に、私が勇気が無かっただけだったのか?
今、言い返すことをしなかった、自分を恥ずかしく思う。
弱虫だっただけなんだ。と、思うと
今は、情けなく思う。
いまなお、あの時の事は、私の心に燻っている。

asanoha1130 at 12:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*思い出* 

豆知識 ハロウィン

10月31日はハロウィンです。
万聖節の前夜をさし、秋の収穫を祝って、悪霊を追い出す祭りのこと。
ヨーロッパでは万聖節の前夜に、妖精や魔女たちが、空を飛び回ると信じられて、それらを追い払うため、あかりを燈したといわれる。
移民と共にアメリカに伝わり、かぼちゃをくり抜いて、目や、鼻、口をつけた提灯を飾り、夜には、仮装した子供たちが、近所をまわって、お菓子をもらう行事となった。
アメリカでのハロウィンの過ごし方
子供たちは魔女やゴーストなどの、お気に入りのキャラクターに扮装し、近所をまわる。
trick or treat(お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ)と声をかけ、家の人はhappy halloween!と、いってお菓子を渡す。
ジャック、オー、ランタンとは
かぼちゃのお化けのランタンのこと。種をとったかぼちゃに、目鼻口をくり抜き、中にキャンドルを燈す。亡くなった人の霊が、このあかりを頼りに戻ってくるといわれ、火は不可欠となった。

asanoha1130 at 10:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*豆知識* 

2007年10月27日

人の優しさ

勤めを辞めて、4か月過ぎた。
有り難いことに、何度も、何度も辞める要望に、引き留めてくださった。
しかし、さすが若い娘のマイペースぶりに、ついていけない。
正式に辞めることが決まったあと、課長さんが一言
「大好きな人が、叉、一人いなくなっちゃうんだね。本当に寂しいよ。」
なんて、嬉しい言葉なんでしょう。
その日が近づいたある日、課長さんが高価な贈り物を、くださった。
また、別の日に主任さんが、素敵なバックをくださった。
派遣会社を通して、働かせて頂いたのに、身にあまる事でした。
会社の辞める日、何度も、何度も顔を見せて下さった主任さん。
その後も、メールを下さって、さりげなく気遣いをみせてくださる。
いろいろな方に、温かく接していただいて、本当に幸せ者だと思う。
人にいただいた、優しさを財産に、これからも頑張っていこうと思う。
そろそろ、また仕事始めなくちゃ。

asanoha1130 at 14:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*思い出* 

豆知識 紅葉狩り

野山に出かけ、紅葉を
楽しむこと。
日本では
万葉の時代から
春は桜の花見
秋は紅葉を
楽しむ習慣がある。
「狩り」は
もともと鳥や
動物を捕らえること。
しかし
狩猟をしない
貴族の時代になって
草花を眺め
自然を楽しむことを
狩りにたとえるように
なったといわれる。
木により
紅葉の色が違うのは
葉は光合成により
糖を作っており
蓄積された糖は
酸素の働きで
赤や黄の色素に
変化する。
紅葉の色の違いは
糖が変化する
色素の量に
よるといわれる。
「紅葉」
ヤマモミジなど
モミジという名のものは
すべてカエデ科の
植物で
学術的に
「モミジ」という
植物はない。
「モミジ」は
赤く染まるという意味
「揉出」もみずに由来。
「カエデ」の名は
蛙の手に似ているので
「カエルデ」と呼ばれ
「カエデ」になった。
紅葉の条件は
夏は暑く
充分な日照りと
雨量があること。
秋は
昼夜の気温差が大きく
晴天が続き
地中の水分が
少なくなること。
低地より
山間部の方が
これらの条件が
揃いやすく
紅葉が綺麗。

今年はいつまでも
暑さが続いているので
紅葉はどうなのかな
と、思っている。
ちなみに私は
11月28日友達と
紅葉を楽しむ
予定をたてている。

asanoha1130 at 14:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*豆知識* 

2007年10月26日

豆知識 仏教から生まれた言葉

仏教由来語の特徴は
漢字音に多く
呉音が使われることです。
呉音とは
中国の南方系の発音で
仏教とともに
日本に伝えられました。
平安時代に
呉音を正音に改めるよう
命令が出されましたが
坊さん達は
これを聞き入れず
その結果
仏教言葉に
呉音がたくさん
残ったようです。
仏教における
もとの意味を解説します。
会釈は
仏典を理解し解釈すること。
外道は
仏教の教えから外れた思想、宗教、その信者。
邪魔は
修行を妨害する悪魔。
殺生は
生き物を殺すことで
仏教では十悪の一つとして
戒められています。
行脚は
修行のために
諸国を巡り歩くこと。
葛藤は
葛や藤のような蔓草に
まとわりつかれ自滅することで
禅宗では語句の
表面上の意味に
思考が囚われることをいいます。
挨拶の
「挨」は押す
「拶」は迫るの意で
禅宗では門下僧との
問答を通じて
悟りの程度を量ること。
娑婆は
梵語「サンスクリット語」
「サハー」の音訳で
堪え忍ぶべき世界「これが堪忍」。
苦しみに満ちた現実」の世のこと。
刹那は
最も短い時間をあらわす
梵語「クシャナ」の音訳で
教典に基づく計算では
一秒の七十五分の一
とのことだそうです。
雪隠は
禅寺の便所をいう
「西浄」が変化した語。
阿吽は
梵語の最初のア「開口音」と
最後のン「閉口の鼻音」で
はじまりと終わり。
密教では、宇宙の原初と
究極をいいます。
ちなみに「阿吽の呼吸」というのは
開口閉口時の
微妙な出し入れが
互いにうまく合致すること。
また、寺の山門で
にらみをきかせる
二体の仁王像や
神社に鎮座する
二匹の狛犬は
片方が口を開き
もう一方が閉じていますが
これも「阿吽」を
造形したものです。
利益は
仏の力によって授かるしあわせ。
冥利は
知らず知らずに受けた
そのご利益のこと。
金輪際は
我々が住んでいる世界「金輪」の
最下層で
その下にある世界「水輪」との際。
かつては「とことん、徹底的に」の 
意味でつかわれていましたが
現在では「金輪際、
もうけっしてーーーしない。
絶対にーーーはごめんだ。」
というふうにつかいます。
醍醐味は
乳製品の五つの味のうち
最高のものをいい
それを仏の最上の教えに
たとえた語です。
言語道断は
悟りの境地や真理は
言葉ではとてもあらわせないこと。
「只管」は訓で
「ひたすら」と読み
只管打坐は
悟りを求めて
ひたすら坐禅すること。

仏教から生まれた言葉は
やはり、難しいですね。

asanoha1130 at 15:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*豆知識* 

2007年10月25日

豆知識 白い喪服?

紅白まんじゅう、紅白の水引き…
日本では祝い事を紅白で表します。
だけど中国では、結婚式こそ「紅事」ですが、葬式は「白事」。喪服の色も白です。実は日本でも、奈良時代は、白の喪服を着ていました。
平安時代に、喪服は白から薄墨色、さらには黒になり、
室町時代にいったん白に戻ったものの、明治時代に、西洋式葬儀の影響で、現在の黒になったそうです。
白はもともとけがれをはらう色でした。イザナミの死が[古事記]に黄泉の国の物語りとして出てきますが、日本では死は最大のけがれであり、これを「黒不浄」といいます。
黒を浄める色が白。喪服は黒でも、死者には今でも白衣を着せるのはこのためです。
何年か前に、どなたか歌舞伎役者さんが亡くなられ、テレビで葬儀の模様が放映された時、お身内の方、皆さん白い喪服になられていて、びっくりした事が、あった気がします。
関西の方だったので、関西ではそうなのかな。と、思った記憶がありますが、そうではなかったんですね。

asanoha1130 at 18:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*豆知識* 

2007年10月22日

豆知識 十三夜

十五夜の月見から、一ヶ月を経た「十三夜」。
十五夜に月見をしたのなら、約一ヶ月後の十三夜にも、月見をしようという、日本独自の風習。
この十三夜の月見を 「後の月見」といいます。秋の夜空は空気も澄んで、十三夜の月はひときわ美しい輝きを放ちます。
十五夜はもともと中国の風習から来たといわれているが、十三夜の月見は日本固有のもの。
宇多法皇が、九月十三夜の月を「無双(すぐれているの意)」と賞したことが、始まりという説や、醍醐天皇の時代に開かれた「観月の宴」が風習になったという説がある。
十五夜と十三夜のどちらか一方だけの、月見をすることを、 「片月見」といい、縁起があまり良くないと言われている。
十五夜の月を「芋名月」というのに対し、十三夜の月を「豆名月」、あるいは「栗名月」と呼ぶ。枝豆や栗などが供えられていたことに由来。
ちなみに、今年の十三夜は、10月23日明日にあたります。ここ2〜3日、夜空が澄んでいて、お月さまが綺麗に見えています。
明日が楽しみである。

asanoha1130 at 09:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*豆知識* 

2007年10月21日

判断は誰?

豆知識で、村八分ということを、紹介しましたが、はずされた二分である火事は、個人の家にとどまらない事態に、発展する恐れがある。と、いう理由。
葬儀は人の死に関する厳粛な事柄なのだ。と、いうことで、この二つだけは、手助けするということになっていたのだそうだ。
しかし、村八分にあった家族は、違反しただけでなく、氏、素姓で差別されたケースも、判断を下す人の器量によった事も、多かったと思う。
中には、確かにそんな目にあっても、仕方ないという、対象者もいたのかもしれない。
その判断は、慎重に下されていたと、思いにくい気がします。いやな言葉です。交際十種があったなんて、知らなかった。
今も昔も、人は少しでも毛色が違うと、それだけで、違和感を表し、攻撃対象にしたがる。
それでは、制服のように、同じ恰好にすれば良いのかと、思えば今度は、個性が育たないと、文句がでる。
所詮人間皆、自分の物差しでしか、物を見ないのだから、人への干渉は、自制すればよいのに、それも叉、納得できない。
人間社会いつも、むずかしい。

asanoha1130 at 02:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*日記* 

豆知識 村八分

「村八分」とは、絶交したり、仲間はずれにするという意味で、現代でもよく使われる言葉です。
この言葉は、日本の古い共同体のしきたりに由来し、「村十分」ではなく「村八分」であることに、大きな意味があります。
かつて、村という共同体は、相互扶助と、団結によって、成り立っていました。農作業そのものが、村人たちの共同作業という色彩が濃く、また日常生活全般においても、助け合いながら、暮らしていました。
厳しい封建制度のもとで、村人たちが生活していくためには、お互いに助け合っていくしかなかったのです。
このような相互扶助 の共同体を維持していくには、決まり事や、制約が必要です。
その決まり事を守れない者は、秩序を乱す存在として、制裁が加えられました。 違反した事項によって、制裁の重さは違いますが、最も重い制裁は、村人からの絶縁でした。
しかし、それでも十分ではなく、八分にとどめたのです。
一般に共同体内には、冠、婚、葬、追善、出産、建築、旅行、火事、水害、病気、の交際十種がある。と、いわれていますが、このうち、葬儀と火事は、はずして、残り八つに関して、仲間はずれにするので、村八分といわれます。
そうなんだぁ。知らなかった。

asanoha1130 at 01:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!*豆知識*