My Last Fight

言葉で、最後まで、たたかい続けるのだ!

ウォール街占拠2011 / Occupy Wall Street 2011



ぼくの考えでは、日本の「年越し派遣村」の試みが、アメリカの「ウォール街占拠(OWS)」運動につながったのだし、日本の左翼が、(ニューヨークの左翼と違って)この運動を応援しているということを忘れてはいけないと思う。

同時に、OWSで工夫されている「マイクチェック」の方法は、かつて、弱小政党に追いやられていたブラジル労働者党の党首ル・ラ・シルバの声を、演説を、仲間たちの生声(なまごえ)によって広げていく(追いつめられた末の)起死回生の一手だったということも関連づけておくべきだ……、

そう、そうだよ。
大球場(スタジアム)に集まった数万人のブラジル労働者たちは、国家権力によって「拡声器」を使うことを禁止されたため、その場で「拡声器」を捨て去ると、まるでハチドリの囁(ささや)きのように、党首シルバの口ばしから隣の労働者の耳へ、その労働者の口ばしから、そのまた隣の労働者の耳へと、言葉は、伝播(でんぱ)していったのだ……。

わたしが、ようやく気づいたことなのだが、
実は、あの、夢と希望に満ちていたアメリカには、長い間、働くもの・働けないもの・働きたくないものの言葉がなかったのだ!

追い詰められ、分断させられ、いがみ合いを演出させられて……、いま、ようやく「99%」という言葉を生み出すところまで来たのか?
なるほどアメリカには、「反貧困」というスローガンも、「生きさせろ!」という叫びも、「ロスジェネ」というレッテルもなかった……、あるようでなかった(笑)。そして日本のソレには、ある意味でヒューモアがある。わたしたちの「ロスジェネ」は、朝日新聞のキャンペーンのパクリだったし、「朝日」は、アメリカの文学者たちの言葉「ロストジェネレーション」に新しい意味を付与したものだ……(笑)。

あるアメリカの知識人が、わたしに「アメリカでは、貧困という言葉が、民族差別という言葉に取って代わられる、すり替えられてしまう」「日本の反貧困運動が、羨(うらやま)ましい」と語ったことがある。

わたしが「poverty(貧困)という言葉があるじゃないですか」と反論すると、彼女は「うーん。ニュアンスが違うんだ……、difference(相違・格差)でもない……、divide(分ける、分裂させる)という感じがしっくりくるかもしれない」「あなたは、アメリカにおける人種差別の凄(すさ)まじさを知らないでしょう」と答えられた。

わたしは、3年前、ある雑誌で、「一億総ロスジェネ時代の到来」という見出しがつけられるような内容を語らせてもらったが、いま振り返るなら、より大切だったことは、内容よりも、誰とでも連帯する意志と努力を維持し、更新し続けることだった。
それが、わたしの反省である。

他方、わたしたちが、絶対にやってはいけないことは、思想差別であった。
このたび致命的な大事故を起こした原子力産業を貫いてきた「思想」は、「反共」という名の「脅し」であり、電力会社の「実践」は、労働者がクリスチャンであろうと仏教徒であろうと共産党員であろうと、自律的な活動(例えば企業内文芸サークル)を始めた労働者たちを、職場から隔離し、労働条件において差別するという行為だった。

「チクリ」は、子どもの習性などではなく、おとなたちの習慣(ハビット)だった。

だから、東電や中電などで、大規模な思想差別是正の裁判が起こり、最高裁までもつれ込んだ。
あの、し烈極まる反共差別の労務管理さえなければ、実は、あの日のフクシマの、全電源喪失というシビア事故(アクシデント)は起こらなかったのではないか? と自問すのは、飛躍のし過ぎだろうか。

5年前、あるいは2年前の国会で、日本共産党の、吉井英勝衆院議員が「全電源喪失の事態に陥る危険性がある」という(調査に裏付けられた)指摘を、経産官僚が「論理的な世界」(形而上学的な世界)という表現で、いとも容易(たやす)くいなした基礎は、どのようにして固められたというのか?

わたしには、もはや「お金」はないが、絶対にしないと言い切れる「自信」がある。
それは単純なことだが、難しいことである。

「いじめ」や「悪口」「告げ口」「盗み見」「盗聴」、そして「うそをつくこと」である。
そういうことをやられても、わたしは、絶対にしない。

わたしたちは、(新しい段階に入っている)日本の生存/労働運動に自信をもつべきだ。
民主党政権に騙(だま)されたと言うべきではない(わたしは、言わない)。彼らは、一所懸命にやろうとしたが、夢も希望もないアメリカに立ち向かう勇気がなかった。立ち向かう勇気が持てるほど日本国民の力を信じていなかった。だが、政権選択の選挙で大勝した直後の鳩山党首の記者会見は、真剣そのものだった。左翼の人間であるわたしは、政権交代のための民主党マニフェスト(の実現)に賭(か)けた日本国民(わたし)の信とダイナミズムを否定したくない。

ならば、別の道は、あるのか。

民主党政権が挫折(ざせつ)した課題を、わたしたちの連帯の力で、もう一度、もう一度、もう何度でも、実現させるために、これまでの生存/労働運動を推し進めるだけである。
そのために、どこでも誰とでも連帯していくことだ。
昨年来からの国会の(くだらない)議論を見れば、だいたいの正解は、見えている。

ただし、
わたし自身の課題は、そんな世界において、わたしの、革命のための文学を見いだすことだ。
苦しくて、苦しくて、仕方がないけれど、書くしかない。書き抜くしかない。



付記
超左翼マガジン「ロスジェネ」は、確かに売れたし、「別冊」を2冊も出版することが出来たし、最終号にいたるまで「黒字」のままで、それゆえ出版社や書店の意向に左右されなかったし(ただ「エロスジェネ」の表紙については、いろいろあったけれど……笑)、広告料にも頼らなかったし、わたしたちは、自由に編集・発行することが出来た。
……が、毎号毎号出すたび、それなりの原稿料と印刷代と出版社・取次・書店に支払うお金を差し引いていくため、手弁当でかかわった編集委員に、每日コミュニケーションズの派遣社員の方に、最後の最後の「賃金」として……、ご苦労様的な、わずかな編集作業の謝礼代・作品代が、「黒字」として残ったに過ぎない。

わたしは、「ロスジェネ」という言葉を、金儲けのために利用したわけでも、文学として弄(もてあそ)んだわけでもない。真剣に、真面目にやったからこそ、あの、恐るべき「批判」と「攻撃」が寄せられたのだ(本来なら無視してしかるべき類のものだった)。しかし残念ながら、そのほとんどは、批判の的をはずしていた。
「ロスジェネ」全6冊を通して読んでいただくならば、いまも、刊行当時のくだらない政治やメディア、言論人の「言葉」を乗り越えようと試みた各編集委員・書き手・語り手のpathos(パトス)とリアルの底力を感じていただけると確信している。

稚拙(ちせつ)さは、時に、精錬(せいれん)されたコピーやパッケージより面白い。

「ロスジェネ」の人々と時代は、おそらくゾンビのように撃ち殺される運命にあるのだが、その「生」や「価値」が、短くも、儚(はかな)くとも、必ず、いずれ、若い才能のある、健康な革命家たちによって、繰り返し、さらに豊かな形象となって創造される。
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湯浅誠さんの発言「自殺で、15分に1人亡くなる日本」

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カテゴリ: 生存/労働運動 

映画「ミツバチの羽音と地球の回転」予告編HD

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カテゴリ: Review  生存/労働運動 

ネット動画は、団体交渉の有力なツール(大阪毎日放送)。

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カテゴリ: 生存/労働運動  Review 

さようなら、私のブログよ!

 かつて、尊敬する文芸批評家の江藤淳さんは、「この世でフィクションでないものは、あるのか?」と問いましたが、わたしは「ある」と答えたいです(泣)。
 それは、地味で、目立たなくて、ほとんど見えないもの。

【原発事故 吉井英勝衆院議員の質問】
 

 で、最後の最後……。

 ブログ読者のみなさん、本当にありがとうございました!
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カテゴリ: ぜんそく日誌  Review 

西へ、西へ。

 国は、もう、どうしようもないな……。
 枝野は、さいしょっから、東電の言いなりになって、でたらめな、メチャクチャな「避難指示」を出したから、いまさらながら、たいへんなことが、災害現場で「玉突き」的に起きているんだ。

 他方、飯舘村の村長や職員は、自分の頭で考えて、行動していて、泣けてくる……。
 子どもたちや妊婦さんが、まだ、悩みながら、被災地で、残っていたんです。
 これで、温泉場で、ゆっくりと休んでくださいね。
 
 国が、村民を見捨てたのだ。

 なにが、復興だ! なにが再生だ!
 まだ、何も、始まっちゃいないよ。

 やい、菅、枝野!
 お前ら、作業着を着続けろよ、すべての人々が、すべてにわたって幸せになるまで、2年、3年、4年5年……、作業着を着続けて、お前らが「命をかけるって」いう、政治ってもん、やってみろよ!


 逃げろ、逃げろ、できるだけ、西へ、西へ逃げろ。
(PetShopBoysの歌が、なぜか、聞こえてくる……)


 さて、ブログ読者のみなさん、唐突ですが、

 だいたい、これで、わたしは、すべての状況について、言い尽くしたので、ブログを中止いたします。これまでの数年間、汚い言葉遣いや、お気に召さない言葉、表現、内容、いろいろとあったと思いますが、ながらくお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
 
 ではでは!


 下記、読売新聞の記事です。

(ここから)

 妊婦と乳幼児、村外避難へ…飯舘村が独自方針
 読売新聞 4月6日(水)11時1分配信

 福島第一原発事故で村内の一部が屋内退避区域(福島第一原発から20〜30キロ圏内)となっている福島県飯舘村は、近く村内の妊婦と乳幼児を一時、村外に避難させる方針を決めた。

 妊婦と3歳以下の乳幼児(付き添いは保護者1人まで)が対象。50人程度を見込み、滞在費を負担する方向で県と調整している。避難先は、福島市内の温泉宿泊施設などが候補にあがっており、準備ができ次第希望者を募る。

 同村は、大部分が屋内退避圏外だが、村内の小中学校などの敷地内で3月28日、大気中の放射線量が1時間あたり13・2〜17・7マイクロ・シーベルト観測されており、村民に安心感を与えるため、村独自の措置として行うことにした。

(ここまで)

 なぜ、ブログの最後が、Pet Shop Boysの「Go West」なのか……(笑)。
 しかし、こんなふうな、よい年のとり方、してみたかったなぁ。



 さ、さよなら!
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カテゴリ: ぜんそく日誌  Review 

資本主義のルールが、邪魔(じゃま)でしょうがない。

 この、民法のルールが、非常事態の、各人各様の、自由な行動を縛っていると思うんだけれど、間違っているかな。

 もう、〈贈与〉〈無貨幣〉〈不等価交換〉で、いいんじゃないのか。
 国は、へんなことを考えず、文字通り、国民の生命だけを守ることを考えてほしい。いましばらくは、財産は、とりあえず、守らなくていいから。

 これが、さきの大戦の、占領下の、夭折(ようせつ)の思想家シモーヌ・ヴェイユが直感していた、いちばんスピードのある「ルール」だったと……。
 「資本」が、「光」に追いつこうとして、「電力」を求めたというのなら、「光」より早いスピードを発揮するには、もはや「けむり詰め」戦法しかないんじゃないか

 

 でも、みんな、死んじゃだめだよ! 逃げるんだよ。

 で、

 まず、

 タンカー会社の社長さん、国と東京電力に、どうか、巨大タンカーを差し上げてください。

 お願いします。
(民主党も自民党も、実力あると言われていた政治家は、もうダメです。「決断」できませんので、よろしくお願いします)

 国と民間保険会社の社長さん、地震保険(火災保険とセット)に加入していない被災者にも、すでに積み立ててきた2兆円ぜんぶを吐き出して、平等に補償してください。
 どうか、お願いします。
続きを読む
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カテゴリ: Review  ぜんそく日誌 

【訂正?】誰も書かないので、

書いちゃいますけれど、

原発事故への対応が遅れたのは、もしかしたら、国と東京電力は、この事故のあとも、この原発本体を使いまわせるようにしたいと……、つまり、ぜったいに「廃炉」にすることだけは避けたいという、「資本の論理」(生産のための「生産」という論理)があったのではないだろうか。

ソフトバンクの松本徹三さんのブログから、安富歩さんのブログにリンクして飛んで、さらに小出裕章・京大助教のラジオインタビューを聞いたりして、ますます「確信」を深めました。

この未曽有の事態を、「無常」だとか「そもそも私たち、国民が悪い(一億総懺悔)」とかとらえると、人間として終わりだと思います。

ぽつり。


いま帰宅した妻は、「小池さん、勝ってほしいなぁ」と言って、春カツオとビールを飲んでおります。

【訂正?】
読者からのメールで、くだんの「アエラ」の、放射能やってくる特集で、東電が「廃炉」嫌がった背景が報道されている模様です。わたしは、読んでいませんが。
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カテゴリ: ぜんそく日誌  Review 

あの優しい母の笑顔どこに(佐藤慧さん・ジャーナリスト)

 ブログ読者のみなさん、おはようございます。

 今朝(5日付)の「しんぶん赤旗」文化面(10面)に、ジャーナリストの佐藤慧(けい)さんの長い原稿「あの優しい母の笑顔どこに」「がれきの中の『希望の松』岩手・陸前高田市から」が掲載されており、妻とふたり、泣きながら読みました。

 佐藤さんの全文を書き写したいところですが、著作権の問題があると思うので、どうか、編集局のみなさん、原稿料のほかネット掲載料をお支払いして、世界のみんなが読めるようにしてほしいところです(リンクはれたら、下記の書き抜きは、削除します)。

(冒頭、部分ここから)

 あの優しい母の笑顔どこに
 佐藤慧

 数百の遺体の間を歩き、あの優しい母の笑顔を探すことは拷問に近かった。3月11日、突如として起こった大地震に、東北の海はその頭をもたげ、大津波は三陸の町々をのみ込んだ。一つひとつの棺の中の顔をのぞき込み、そこに母の面影がないことを確認する。どの顔も苦痛にゆがんでいる。素朴な生活が一瞬にして波にさらわれ、がれきと泥土の下敷きとなったのだ。
 僕の両親の住んでいた町・陸前高田市は、市街地が確認不能なほどにたたきつぶされていた。目の前にうずたかく積まれたがれきの、その一つひとつが、人間の営みをバラバラにしたものだと思うとめまいがした。

(略)

 なんとか車を手配し、岩手県までたどり着いた僕は、奇跡的に一命を取り留めた父のいる病院を目指していた。県立高田病院に勤務していた父は、4階にいながら首まで海水につかり、それでも患者の心肺蘇生に尽力した。その後屋上に避難、凍える夜を過ごした。翌日には自衛隊のヘリコプターで救出され、すぐに避難所の仮設診療所で働き始めた。数日後体調を崩し、盛岡市内の病院に入院した父と、僕はやっと再会することができた。
 いつも気丈な父は、この時ばかりは力なくうなだれていた。依然として母の安否が不明なのだ。近隣の人の目撃情報によると、母は11日の3時10分前後、自宅の前で2匹の犬を連れているところを目撃されている。地震発生から20分以上もたっている。おそらく母は飼っている2匹の犬を迎えに戻ったのだろう。そこから先の消息は不明。母はボランティアで手話通訳に携わっていた。放っておけない人たちのところに向かったのかもしれない。
 父と一緒に陸前高田に戻り、復興支援のための調査をしながら母の消息を追った。「きっと母はどこかの避難所で生きている」、そう思っていた僕は、被災地の惨状を直接見るにつけ、そのかすかな希望を粉々に打ち砕かれた。その日から何度も遺体安置所に通うことになった。時間がたつにつれ黒く変色し、生前の姿を失いつつある遺体を凝視するのはつらい作業だった。僕はここに母の姿を見つけたいのか、いないことに安堵したのか、自分が何をしたのかわからないまま、黙々と遺体をのぞき続ける。死者数は日々更新され、その数字は大きくなっていくが、その数字一つひとつにひとりの人間の死と、愛する人を失った悲しみが含まれていることを忘れてはいけない。

(略)

 陸前高田の松原には、ただ一本、津波を耐え抜いた松が残っている。その松は、大切な仲間を失いながらも堂々とそびえていた。その不屈の精神、真っすぐに立つ姿を見て、人々は「希望の松」と呼ぶ。

(のち、すべて略)
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夏目漱石『明暗』について

「根本的の治療と云うと」
「切開です。切開して穴と腸と一所にしてしまうんです。すると天然自然割(さ)かれた面の両側が癒着(ゆちゃく)して来ますから、まあ本式に癒るようになるんです」
                   『明暗』(一) 

 夏目漱石『明暗』を読み進めているけれど、やはり、すぐれた文学ならではの、二読三読によく耐えており、まったく飽きさせることなく、新たな「発見」を、わたしに、もたらしてくれている。

 読者である、わたしが、ほとほと迂闊(うかつ)で、不注意で、しばしば急(せ)くあまり、何度も致命的な読み飛ばしをおかしてしまう、そんな人間だから、かもしれない。
 が、もしかしたら、今回の読み直しが、未曽有の大震災のもと、東京の職場で働いている者に対して「避難しよう」「逃げよう」と呼びかけている、小説家のひとりだから、かもしれない。

 不意を突かれたのは、もちろん冒頭からだ。
 続く(二)において、登場人物「津田」の、観念上には「去年の疼痛(とうつう)」が「ありありと記憶の舞台に上った」と記されるのだが、これは、漱石自身の「痔(じ)の治療」が反映されている、と言われている(『漱石日記』明治44年12月4日)。

 わたしは、「痔(の治療)」の痛みと苦しみについて、知る由もないのだが、漱石の書き振りでは、それは壮絶で、凄まじいもので、事実、「津田」は、ふたたびの診察からの帰り道、電車の吊革にぶら下がりながら、あの「劇(はげ)しい苦痛」を思い出しただけで、不愉快になり、なんと、ふだんの暮らしを営む他人と現在の自分との距離を冷静になって測って比べてしまうほどの、わたしの言葉で例えるなら、「運命的な孤立」を抱えてしまうような「記憶」としてある。

 そして、こんなことを漏らしている。

「どうしてあんな苦しい目に会ったんだろう」

 「津田」は、「何等の予告なしに突発した当時の疼痛」の「原因はあらゆる想像の外(ほか)にあった」と考え、「不思議というよりも寧(むし)ろ恐ろしかった」と思う。
 「津田」は、大卒フリーターでも、学者や教師でもない。事務職の勤め人である。この位置から、「運命的な孤立」について、思考を突き詰めていく。いきなり急襲した、予期せぬ肉体の「変」は、「精神界も全く同じ事だ」という結論へと導いて、「そうしてその変る所を己(おれ)は見たのだ」という。
 電車は、走る。
 彼は、二三日(にさんち)前、友人が言ったことを思い出した。

「だから君、普通世間で偶然だ偶然だという、所謂偶然の出来事というのは、ポアンカレーの説によると、原因があまりに複雑過ぎて一寸検討が付かない時に云うのだね。ナポレオンが生れるためには或(ある)特別の卵と或特別な精虫の配合が必要で、その必要な配合が出来得(う)るためには、又どんな条件が必要であったかと考えてみると、殆(ほと)んど想像が付かないだろう」
 
 なぜ「ナポレオン」が生まれたのかについては、マルクスなんかにに相談してみたい。
 ただ「津田」自身はというと、「ついぞ今まで自分の行動に就(つ)いて他(ひと)から牽制(けんせい)を受けた覚(おぼえ)がなかった」人間で、すなわち、誰の命令も受けることなく、これまで自律自制して生きてきたという自信を所有する男なのだが、こともあろうに「痔(の治療)」が、偶然と必然のからみあいという観念をもたらして、いま彼の「精神界」は、前後左右に揺れている、ということなのだろう。

 ところで「パッション」という言葉の両義性(「情熱」/「受難」)について、その語源「被ること」へと集約していく、精神科医の生田孝は、ギリシャ神話や旧約聖書のヨブ記をひきあいに出すまでもなく、太古より「災難や事故に見舞われること、戦没すること、天変地異に遭遇したり病気に罹患する場合でさえも、神々が人間に下した神意と受け取られていた」ことの証だとのべている。さらに、「『患者patient』とはまさに『病を被る人』ということ」だと教えてくれる。
 そして生田は、精神医学における臨床の、その深いところにある意義について「時間的にも空間的にも世界に一つしかないこの『私』や『この私が癌を発病して抑うつ状態に陥ったこと』の意味を、科学的に研究しても必ずしつくせない残余がある」とまで、書いているのだった。
 
 それらは、唯一一回性の独自性を持った主体としての主観的在り方に属するものであり(ちなみに、主体も客体もともにsubject/Subjekt)それらに対して客観的記述はできず/なしえず、できるのは固有記述Ideographpieでしかないからである。まさにこの生命それ自体の固有的記述的ideographisch側面こそが、パトス的なものなのであり、パトス的範疇なのである。
         生田孝『語り・妄想・スキゾフレニア』(2011)

 生田にあっては、「パトス的範疇」とは、「科学」と呼ぶよりは、もっと広く、深く、すなわち「学問の対象」なのである。そう、「病の主体にとっての根源的な意味」を問うことである。

 パトス的範疇が問題となるのは、とりわけ危機Kriseにおいてである。真の危機においては決断自体が決断するのであり、決断が端緒であり始原となる。そしてまさに主体/生命が、事態を、世界を「被ること」において、自由と必然の間において「したい」、「ねばならぬ」「しうる」「すべきである」「してもよい」の範疇が展開されるに伴ってパトス的なるものがはっきり輪郭づけられてくる。
           同上の著収録「パッションについて」

 ならば文学、とりわけ小説とは、どういうものか。
 生田は、すでに、次のような、作家・山田詠美の言葉を捕捉(ほそく)している。「物語」「語り」が、ときに苦痛をともない、語ることが出来ないものであることを、日々の臨床から、知悉(ちしつ)しているようだ。

 私の強みは記憶力である。事件に対する記憶力ではない。感じたことに対する記憶力である。あの時、あんなふうに感じた、と覚えている。それを表現するために、事件というディテイルを付ける。感覚の記憶はいつも私の中に冷凍して保存されている。それを解凍する時、私はお話を作り始める。
             山田詠美『AMY SAYS』(1999)

 さて、ここで、登場人物「津田」だ。
 彼が「何だか解(わか)らない」と思い直して(笑)、電車を降りたとき、その対象は、二組の結婚(カップル)の、奇妙な成立に向かっている。肉体の苦痛は精神の変化をもたらし、なぜ、あの人は(好きでもないのに)、あの人と結婚したのだろう、と考え始めるのだ。その問いは、ある意味での「患者」なら、よく筋のわかる問いかもしれない。

 (三)は、「角を曲がって細い小路(こうじ)へ這入った時、」という文章から始まるが、「津田」は、降りた停留所から「角を曲が」るまで、はたして、いったい、どんなことを考え、誰に対しての思いを巡らせていたのだろうか。
 角を曲がったときに出くわしたのは、「津田」の「細君(お延)」の「嬌態(きょうたい)」である。すなわち、彼が「偶然? ポアンカレーの所謂複雑の極致? 何だか解らない」と思った、二組の結婚のうちのひとつ、自分が選んだ相手が、雀の姿を追っている仕草だった。
 ところが、「津田」には、細君の見つめた方向の、その肝心なもの「雀」が見えない。

 『明暗』において、漱石は、ちょくちょくと、このような、思わせぶりな態度や風景を描いたり、いきなり、それも直球で、深く深く考えることを強いる「余白」をつくったりしている。「伏線」なんていうレベルじゃない。

 この小説もまた、もしかしたら、漱石が、わざと書かなかった、いや書こうとして書けなかった「苦痛」を、読者であるわたしたちが、いま、それぞれに埋め合わせて読んでいく、読んでいけるのかもしれない、そう思わせてくれるテキストかもしれない。その「読解」のさきには、「運命的な孤立」をひっくり返すような結末が待っているかもしれない。
 ……となると、『道草』のあとに書かれた偶然と必然とのからみあいもまた、少しだけ、わかるかもしれない。
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カテゴリ: Review  ぜんそく日誌 

追悼・佐藤忠良さん【彫刻家・98歳】、ありがとう、そしてさようなら。

 ブログ読者のみなさん、おはようございます。
 今朝の「しんぶん赤旗」のコラム欄「潮流」を書き写します。

(ここから)

 2月末、佐藤忠良さんの名を新聞でみかけました。画家の安野光雅さんが、「日経」の「私の履歴書」に書いていました▼20年ほど前の話です。2人で、佐藤さんが戦後抑留されていたシベリアのバイカル湖畔へ旅したとき。取材に来たロシアのテレビ局が、佐藤さんに聞きました。「抑留生活は大変だったでしょう」▼佐藤さんは、笑いながらいってのけたそうです。「彫刻家になるための苦労を思えば、あんなものは何でもありません」。その日本を代表する彫刻家、佐藤忠良さんが98歳の大往生を遂げました▼腹をすかせデッサンに明け暮れ、彫刻というものを体で覚えこもうと自分にむち打って土や道具と格闘した若いころ。“死んではならない”と心に決め、“日本に帰れなければ歩いてパリに行こう”とさえ思った戦場の日々。そしてシベリア抑留。佐藤さんには、すべて「彫刻家になるための」一章だったのでしょう▼帰国後の名作「群馬の人」や「常磐の大工」。底光りする庶民の顔は、シベリアの収容所で生地のままの日本人の素顔を見てきた影響だといいます。「帽子・夏」の座る女性や王貞治選手の顔の像、子どもたちの立像をみても思います。佐藤さんの温かいまなざし。が、視線は相手の深くに達し、その奥から立ち現れる人間の心と体の美点を逃さず彫り込んでいるようだ、と▼宮城県生まれ。作品は、震災の被災地にも多い。無事でしょうか。日本共産党を支援された佐藤さん、ありがとう、そしてさようなら。
                  
(ここまで)

 わたしも、佐藤さんの立像が、本当に好きでした。
 いつだったか、NHKの早朝の番組で、佐藤さんの、おしゃべり好きな創作風景が放送されていて、少し、いやな気持ちになったりしました。が、作品は、佐藤さんの思想と人生とが、見事に、集約的な一点として表現されていることは確かなことで、この域値(いきち)にまで到達することは、わたしには、無理なことだと感じました。
 
 同時に、古いとか新しいとかいう「基準」は、芸術においては、あまり意味のないことで、本当に大切なことは、忘れてはならないことがあるということ(忘れてしまっていること)、いまだ見つけられてないこと(埋もれたままになっていること)を見つけること、それらをきちんと、誠実に、描き出すことだと教えられたように思います。
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カテゴリ: Review  ぜんそく日誌 

【速報】秋葉原無差別殺傷事件、加藤被告側が控訴 死刑判決不服

 あ痛たたッ……。
 
 わたしが、新年5日、「(死刑が確実視されている)彼は、控訴しないだろう。」と書いた「予想」(東京新聞夕刊)は、見事にはずれてしまいました。

 しかし、わたしは、第一審の判決が下された24日夕方の出来事を忘れないでおこうと思います。
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カテゴリ: 仕事  Review 

最近の食事(「疎開」生活から、いままで)。

自分用の弁当です

玉子焼き、いちご

カマスと大根おろし

目玉焼きと味噌汁

味噌汁とおにぎり

天然ぶりの刺身

アジ干物と野菜オヒタシ

シラスとカブの菜

妻へのいたわり弁当

納豆、味噌汁、梅

カレイのフライとほうれん草

ほとんど定番の朝定食

ウインナーとチンゲン菜炒め

煮豆とアジのみりん干し



 頭のなかがパニックになっても、これだけ食べて、しかし、痩(や)せていくんだから、
そうとう体が悪いのかもしれない……、おれ、いやいや、こんな、馬鹿言うな。
 原稿のせいだ、原稿が書けないせいだ、きっと。
 がんばる、ふんばる、全力を尽くせ。
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カテゴリ: ご飯とお弁当大全  ぜんそく日誌 

福島県産の無農薬玄米(新米)、届く。

福島のふるさと米


BlogPaint

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カテゴリ: ぜんそく日誌  Review 

福島第一原発廃炉に30年、1兆円以上!

 時事通信の配信記事です。


 東電:福島第一原発廃炉に30年、1兆円以上−専門家らが試算(1)

 3月30日(ブルームバーグ):東日本大震災で被災し放射能漏れを起こしている東京電力福島第一原子力発電所の原子炉を廃炉にするには30年かかり、費用は1兆円以上に上ると専門家やアナリストはみている。

 地震後の大津波で冷却システムが崩壊したことから、6基ある原子炉のうち4基には冷却するために海水を入れたため、復旧は不可能になった。菅直人首相は29日、廃炉になる可能性が高いと述べた。
 日本エネルギー経済研究所原子力グループの村上朋子グループリーダーは、福島第一原発1−4号機について、冷却し放射能物質を除去し保管した後に廃炉にする必要があると指摘した。

 京都大学原子炉実験所の宇根崎博信教授は、福島第一原発の廃炉には米ペンシルベニア州のスリーマイル島原発の汚染除去を中心とする廃炉にかかった12年よりも長くかかるとの見通しを示した。

 菅首相は津波に対する防災が不十分だったとし、東電の安全基準が低すぎたと批判した。1−4号機の燃料棒冷却も高い放射線量を含む水管理区域外でも検出されるなど障害に阻まれ作業が進んでいない。
 
            6基の可能性も

 米パーデュー大学のダニエル・アルドリッチ教授(政治学)は、「国民の支持がない中だと6基すべての廃炉を余儀なくされる可能性もある。残りの2基を救おうと思えば、国民の支持を得なければならないが、それは難しいだろう」と語った。
 東電の広報担当、松本直之氏は29日、福島第一原発の事故対応に専念しており、同原発の将来についてはコメントできないと述べた。

 日本の原子力当局は福島第一原発の事故を国際原子力エネルギー機関(IAEA)の原発事故基準で7段階のうち5に位置付けている。1段階上がるごとに事故の深刻度は10倍になる。

 1979年に起きたスリーマイル島事故では、原子炉1基が一部溶融し米原子力史上最悪となり、5に位置付けられた。世界原子力協会のウェブサイトに掲載されているリポートによると、修理と洗浄に12年、9億7300万ドル(約800億円)かかった。洗浄作業には1000人以上の作業員が携わった。
 
             廃炉に30年
 
 日本エネルギー経済研の村上氏は、日本の力だけで行うとすれば、福島第一原発の廃炉には約30年かかるとの見通しを示した。
 日本原子力発電は98年に32年の運転を終了した茨城県東海村の原子炉を廃炉にする作業を開始した。作業完了予定は2021年で、費用は885億円。01年6月まで3年かけて原子炉を安定させ核燃料を炉心から除去した。
 日本原子力発電に13年間勤務し東海村の原子炉廃炉にも携わった村上氏は「東電が4基の原子炉を廃炉にするのは議論の余地がないことだろう。費用はおそらく1兆円を超えるだろう。損傷した燃料棒を原子炉から除去するのにも2年以上かかる。作業がずれ込めば費用も増加する」と予想した。
 
           チェルノブイリの影

 世界の原発事故史上最悪だったチェルノブイリでは、14年までに原子炉を覆っているコンクリート建屋を建て替えなければならないが、ウクライナだけでは資金を賄うことができない。高さ110メートルのアーチ型建屋を建設するには15億5000万ユーロ(約1800億円)かかっているが、欧州復興開発銀行(EBRD)が資金の65%を出している。

 記事についての記者への問い合わせ先:Shigeru Sato in Tokyo at ssato10@bloomberg.net東京 岡田雄至 Yuji Okada yokada6@bloomberg.netTsuyoshi Inajima in Tokyo at tinajima@bloomberg.net
更新日時: 2011/03/30 11:59 JST
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4分の3の土地が、液状化した浦安市、がんばれ。

 いま千葉県選挙管理委員会は、ほとんど液状化してしまった浦安市に対して「規定通り、選挙をしろ」と圧力をかけています。

 そんな県当局の脅しに負けずに、浦安市のみなさん、選挙なんかせず、放り出して、いま地震災害で困っている市民のみなさんのサポートに全力をあげてください。

 ただ、あそこのマンションを30年ローンで買ったぼくの友人が、「暮らせねーッ」「もう一回、地震が来たら、倒壊するよ」と泣いていることが、もう、悲しくて……。
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毎日放送「なぜ警告を続けるのか〜京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち〜」

 友人から、教えてもらったので、ブログ読者のみなさんに、紹介しますね。
 約1時間の動画ですが、ぜひ、最後まで見てください。

 

(毎日放送の動画)
 なぜ警告を続けるのか〜京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち〜

 大阪府熊取町にある京都大学原子炉実験所。
 ここに脱原発の立場から活動を続けている”異端”の研究者たちがいる。原子力はわが国の総発電電力量の3割を供給するまでになったが、反面、去年の中越沖地震で柏崎刈羽原発が「想定」を上回る激しい揺れで被災するなど、技術的な課題を完全には克服出来ていない。
 番組では、国策である原子力推進に異を唱え、原子力の抱えるリスクについて長年、警告を発し続けてきた彼らの姿を追う。その言葉はエネルギーの大量消費を享受する私たち国民一人ひとりへの問いかけでもある。


 わたし、われを忘れて、見入ってしまいました。
 差別されても、差別されても、最後まで、生命をかけて(体をはって)真実を守り、広げていくことの意味を教えてくれます。
 今回の大震災と原発事故は、マスメディアだけでなく、いわゆる「知識人」のあり方をも変えていくでしょう。

 菊川さん「拡散させたからって危険性がへるわけじゃなく、累積して地球のなかに溜まっていくんです。それを1年ごとにないことにしていくカラクリが……、すごく腹が立ちますねぇ」

 わたしなりに、突き詰めて考えると、いよいよ、生き方と世界観の問題になるのかもしれない。国の原子力予算(電源特会)5000億×40年間という莫大(ばくだい)な利権構造は、誰が何のために使ってきたのか、と(絶対に、自民党・公明党の古い政治に後戻りしてはいけないと思います)。

 小出「わたし、最終的には、誰がにらんでいるのか知らないけれど、日本国が、核武装していくための能力を、いつも備えておくと、ということは、どこかにあると思いますよ」

 今中「私たちは、パンドラの箱を開けしてまったわけですね。何が起きるか本当にわからないという状態で、ずーと、きてしまっているわけです。原子力を選ぶか選ばないかということは、科学者だけの問題ではなくて、一人ひとりの人たちがどういう生き方、どういう地球を作りたいという、そういう問題ですから、みなさん、お一人おひとりが考えていただくしかないのですけれど、わたしは科学という立場に携わっていますので、その特殊な立場の人間として、その責任を果たしたいと思っているわけです」
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金沢市内にもヨウ素が降ってきていました。

 そういえば、金沢市内のホテルで読んだ朝日新聞に、同市内でも微量のヨウ素が検出されたという、小さな記事が出ていました。
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「乳児の飲用控えて」なのに八王子市に一時送水(「読売」)

 おいおい、いま東大の、なんとか教授(原子力工学)が「過去の爆発が、実は、深刻だったということで、いま深刻になったということではない」とか発言しているゾ!

 しかし、ひどいなァ。
(もう、ずーと、やばい状態なのに、なんで国と政府は「みなさん、早く避難してください」と言えなかったのでしょうか。まだ2万人以上の被災者が、危険地域にとどまっているのです)

 


 読売新聞から、下記を貼りつけておきます。

 「乳児の飲用控えて」なのに八王子市に一時送水

 東京都内に水を供給する金町浄水場(東京都葛飾区)で乳児が飲む暫定規制値を超える放射性ヨウ素131が検出された問題で、都は29日、乳児の飲用を控えるよう求めた地域以外に、八王子市の一部約4000世帯にも同浄水場から一時送水していたと発表した。

 都では今後対象地域を回り、謝罪するという。

 都水道局によると、22日午前9時に採取した水から、1キロ・グラム当たり210ベクレルの放射性ヨウ素を検出。乳児の飲用の規制値100ベクレルを超えたため、同局は23日午後2時過ぎに記者会見し、東京23区と武蔵野など5市の住民を対象に、乳児の飲用を控えるよう求めた。

 ところが、担当者が送水管の配置を見誤り、八王子市の松が谷、鹿島、東中野の一部、大塚の一部も対象地域に含まれていたのに、飲用を控えるよう呼びかけなかった。

 同局は5市への送水を止めるため、23日午後11時に送水系統を切り替えた。このため、八王子の一部地域への送水も止まり、規制値を超える水が同地域に流れたのは24日深夜くらいまでだという。

 また、同浄水場からの送水は同地域の水道水の約1割にとどまっており、大部分は、放射性ヨウ素を検出しなかった荒川からの取水だった。このため同局では、「仮に乳児が飲んだとしても健康への影響はない」としている。

(ここまで)

 いま、わたしたちに問われているのは、国・政府、そして大企業と、個(私)との関係性のような気がして……。わたしたちが、本当に、忠実かつ誠実になるべき心の、暗闇の底は、どこにあるのかということ……。
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しんぶん赤旗女性記者が、東電副社長に食い下がる!「まだ答えてないでしょう、最悪の場合」。

 この、すさまじい東電記者会見のレポート、友人から教えられました。
 後半のくだり、しんぶん赤旗の女性記者、他紙の記者と連帯して、ふんばる、ふんばる。

(抄)
 広報部の吉田部長が「申し訳ありませんが、あと、おひとかたのみ、というようなことでお願いします」と会場に呼びかけると、しんぶん赤旗の記者が「まだ答えてないでしょう、最悪の場合」と声を上げる。吉田部長がそれを無視して「申し訳ありませんが、あと、おひとかた」と言いかけると、別の男性記者が声を上げる。「答えてないじゃないですか、ちゃんと答えてください。私も聞きたいです。その回答を」。さらに別の男性記者が声を上げる。「最悪の場合というのはどういうことを想定されているのか」


 本当に。
 記者クラブはなくすべきです。

 大手紙の記者もフリーランスも、雑誌記者も政党機関紙の記者も、どうどうと、フェアに、権力監視と真実追求のため、ふんばってください。
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