ぼくの考えでは、日本の「年越し派遣村」の試みが、アメリカの「ウォール街占拠(OWS)」運動につながったのだし、日本の左翼が、(ニューヨークの左翼と違って)この運動を応援しているということを忘れてはいけないと思う。
同時に、OWSで工夫されている「マイクチェック」の方法は、かつて、弱小政党に追いやられていたブラジル労働者党の党首ル・ラ・シルバの声を、演説を、仲間たちの生声(なまごえ)によって広げていく(追いつめられた末の)起死回生の一手だったということも関連づけておくべきだ……、
そう、そうだよ。
大球場(スタジアム)に集まった数万人のブラジル労働者たちは、国家権力によって「拡声器」を使うことを禁止されたため、その場で「拡声器」を捨て去ると、まるでハチドリの囁(ささや)きのように、党首シルバの口ばしから隣の労働者の耳へ、その労働者の口ばしから、そのまた隣の労働者の耳へと、言葉は、伝播(でんぱ)していったのだ……。
わたしが、ようやく気づいたことなのだが、
実は、あの、夢と希望に満ちていたアメリカには、長い間、働くもの・働けないもの・働きたくないものの言葉がなかったのだ!
追い詰められ、分断させられ、いがみ合いを演出させられて……、いま、ようやく「99%」という言葉を生み出すところまで来たのか?
なるほどアメリカには、「反貧困」というスローガンも、「生きさせろ!」という叫びも、「ロスジェネ」というレッテルもなかった……、あるようでなかった(笑)。そして日本のソレには、ある意味でヒューモアがある。わたしたちの「ロスジェネ」は、朝日新聞のキャンペーンのパクリだったし、「朝日」は、アメリカの文学者たちの言葉「ロストジェネレーション」に新しい意味を付与したものだ……(笑)。
あるアメリカの知識人が、わたしに「アメリカでは、貧困という言葉が、民族差別という言葉に取って代わられる、すり替えられてしまう」「日本の反貧困運動が、羨(うらやま)ましい」と語ったことがある。
わたしが「poverty(貧困)という言葉があるじゃないですか」と反論すると、彼女は「うーん。ニュアンスが違うんだ……、difference(相違・格差)でもない……、divide(分ける、分裂させる)という感じがしっくりくるかもしれない」「あなたは、アメリカにおける人種差別の凄(すさ)まじさを知らないでしょう」と答えられた。
わたしは、3年前、ある雑誌で、「一億総ロスジェネ時代の到来」という見出しがつけられるような内容を語らせてもらったが、いま振り返るなら、より大切だったことは、内容よりも、誰とでも連帯する意志と努力を維持し、更新し続けることだった。
それが、わたしの反省である。
他方、わたしたちが、絶対にやってはいけないことは、思想差別であった。
このたび致命的な大事故を起こした原子力産業を貫いてきた「思想」は、「反共」という名の「脅し」であり、電力会社の「実践」は、労働者がクリスチャンであろうと仏教徒であろうと共産党員であろうと、自律的な活動(例えば企業内文芸サークル)を始めた労働者たちを、職場から隔離し、労働条件において差別するという行為だった。
「チクリ」は、子どもの習性などではなく、おとなたちの習慣(ハビット)だった。
だから、東電や中電などで、大規模な思想差別是正の裁判が起こり、最高裁までもつれ込んだ。
あの、し烈極まる反共差別の労務管理さえなければ、実は、あの日のフクシマの、全電源喪失というシビア事故(アクシデント)は起こらなかったのではないか? と自問すのは、飛躍のし過ぎだろうか。
5年前、あるいは2年前の国会で、日本共産党の、吉井英勝衆院議員が「全電源喪失の事態に陥る危険性がある」という(調査に裏付けられた)指摘を、経産官僚が「論理的な世界」(形而上学的な世界)という表現で、いとも容易(たやす)くいなした基礎は、どのようにして固められたというのか?
わたしには、もはや「お金」はないが、絶対にしないと言い切れる「自信」がある。
それは単純なことだが、難しいことである。
「いじめ」や「悪口」「告げ口」「盗み見」「盗聴」、そして「うそをつくこと」である。
そういうことをやられても、わたしは、絶対にしない。
わたしたちは、(新しい段階に入っている)日本の生存/労働運動に自信をもつべきだ。
民主党政権に騙(だま)されたと言うべきではない(わたしは、言わない)。彼らは、一所懸命にやろうとしたが、夢も希望もないアメリカに立ち向かう勇気がなかった。立ち向かう勇気が持てるほど日本国民の力を信じていなかった。だが、政権選択の選挙で大勝した直後の鳩山党首の記者会見は、真剣そのものだった。左翼の人間であるわたしは、政権交代のための民主党マニフェスト(の実現)に賭(か)けた日本国民(わたし)の信とダイナミズムを否定したくない。
ならば、別の道は、あるのか。
民主党政権が挫折(ざせつ)した課題を、わたしたちの連帯の力で、もう一度、もう一度、もう何度でも、実現させるために、これまでの生存/労働運動を推し進めるだけである。
そのために、どこでも誰とでも連帯していくことだ。
昨年来からの国会の(くだらない)議論を見れば、だいたいの正解は、見えている。
ただし、
わたし自身の課題は、そんな世界において、わたしの、革命のための文学を見いだすことだ。
苦しくて、苦しくて、仕方がないけれど、書くしかない。書き抜くしかない。
付記
超左翼マガジン「ロスジェネ」は、確かに売れたし、「別冊」を2冊も出版することが出来たし、最終号にいたるまで「黒字」のままで、それゆえ出版社や書店の意向に左右されなかったし(ただ「エロスジェネ」の表紙については、いろいろあったけれど……笑)、広告料にも頼らなかったし、わたしたちは、自由に編集・発行することが出来た。
……が、毎号毎号出すたび、それなりの原稿料と印刷代と出版社・取次・書店に支払うお金を差し引いていくため、手弁当でかかわった編集委員に、每日コミュニケーションズの派遣社員の方に、最後の最後の「賃金」として……、ご苦労様的な、わずかな編集作業の謝礼代・作品代が、「黒字」として残ったに過ぎない。
わたしは、「ロスジェネ」という言葉を、金儲けのために利用したわけでも、文学として弄(もてあそ)んだわけでもない。真剣に、真面目にやったからこそ、あの、恐るべき「批判」と「攻撃」が寄せられたのだ(本来なら無視してしかるべき類のものだった)。しかし残念ながら、そのほとんどは、批判の的をはずしていた。
「ロスジェネ」全6冊を通して読んでいただくならば、いまも、刊行当時のくだらない政治やメディア、言論人の「言葉」を乗り越えようと試みた各編集委員・書き手・語り手のpathos(パトス)とリアルの底力を感じていただけると確信している。
稚拙(ちせつ)さは、時に、精錬(せいれん)されたコピーやパッケージより面白い。
「ロスジェネ」の人々と時代は、おそらくゾンビのように撃ち殺される運命にあるのだが、その「生」や「価値」が、短くも、儚(はかな)くとも、必ず、いずれ、若い才能のある、健康な革命家たちによって、繰り返し、さらに豊かな形象となって創造される。















