社員が社長を育てるブログ

意外に情報が偏りがちになる社長に、みんながお題を出すことで
それに興味を持ちそのことを考えるブログ。お願いします…。
※現在はお題とかじゃなくて単なる社長ブログになってます

Bit Beansは2003年7月23日が生誕日。
だから今年は15周年の年にあたる。

あと一ヶ月で、とうとう15周年。
先日ぼんやりと検索窓に「15周年」と打って、六本木ヒルズが同じように今年15周年であることを知った。
そうか、六本木ヒルズと同じ年齢か。
あの場所ができて、六本木の街のランドマークとして15年間。
六本木ヒルズができる前の六本木と、できた後の六本木が違うように、きっとBit Beansができたことで世の中は少し前とは違うんだろう。
Bit Beans は誰かの人生に関与したし、そしてまだ在り続けることで、影響は広がる。

10周年のときの心情は、とにかく「ありがとう」の一言だった。
突き上げてくるこらえきれない嗚咽のような「ありがとう」。
自分がいままで仕事でかかわったいろんな人に、すれ違っただけの人にも、神様にも。
あんなに感謝の気持ちがわき上がると思っていなくて、夜空を見上げて震えた。
あんなふうに自分が人に、すべてに感謝していたなんて知らなかった。
いつも誰かに支えられていたことを、全身で理解した。

15回目の、7月23日。
その日になるまで、私は何かをこらえているような気分です。
なんだか恐れ多くて声にできなくて、そっと、そっとカウントダウンをしている。
それに今年に入ってからやけに、過去Bit Beansにいた人のことを思い出すのだ。
どうしているかな。
あの時あんなこと言わなきゃ良かったかもしれないな。
ーあの言葉、覚えていてくれてるだろうか。
絶望感ではなく、Bit Beansにいたことを少しは懐かしんでもらえるだろうか。
それだけのことを、この場所は提供できただろうか。
今どうしているか知らないみなさん。
勝手ながらわたしは、15年目のその日に、過去いたみなさんをもう一度思い出したい。
みんながいなければ、ここまでこれなかった。

そして、
7月23日は今いるBit Beansのみんなと一緒に祝って、
今この場に一緒に居れることを、
いろいろな人に支えられて私たちが在ることを心から感謝したい。

15年は一歩一歩歩んできた結果でしかなく、15周年も通過点だから。
これからも私たちは、おなじように歩んで行く。
もうすぐその、点、の日だ。

点の日に想うことは、またその日に。

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15周年を迎えるBit Beansへ、曲を2つほど。

Bad Day / Daniel Powter


カラオケでよく最後にみんなで歌ったな。
日曜日よりの使者

今回は人と会話をする中で気づいた人の気持ちをよくする魔法の言葉をいくつか。
自分でも使いこなせてるわけではないですが、使われてみてなるほど感満載だったのでこっそり(?)お伝えしておきます。


「先日キミ(◯◯さんが)が話してた…」

会話の中でさりげなく出てくるとハッとします。
先日話してたことなんてものすごくたくさんある。、それは先日の私の発見のことかもしれないし、もしかしたら先日の天気の話かもしれないし、先日の世話話かもしれないけれど、「先日キミが話していた…」ってつくだけで、その人を信頼したくなるものなんですね。自分の話を聞いてくれていたんだ、しかも自分でも忘れかけていたような些細なことを、ちゃんと覚えていてくれていたんだって、そんな気持ちにさせてくれる魔法の言葉。
もちろん、先日◯◯さんが言った言葉を覚えておかなくちゃいけないんだけども。


「それはいい質問です」


会話の中でちょっと疑問が生まれた時に、聞いてみようかなーでも聞くほどでもないかな…なんて、無意識レベルかもしれませんが会話の中に質問を挟むのって気がひけたりします。でも聞いてみた時に間髪入れずに「うん、それはいい質問です!」って言われたら悪い気はしません。なんとなく褒められた感があって、「え、そうかしら・・(笑顔)」みたいな自尊心くすぐられると言うか(笑)言われてみて、うわこれ魔法の言葉だな、と思ったことがあります。
でもね、5分くらいの会話の中で2回も使われた時にはちょっとやりすぎ感というか、単なる営業トークじゃないかとがっかりしてしまったので、言い過ぎにはご注意を!


「おっしゃるとおりです」


これは単なる丁寧語。実際ビジネスシーンでよく聞く言葉でもあるし特に特別な魔法トークでもないと思うけれど、普段の会話の中で「あ、そうです」ってだけのことを「おっしゃるとおりです」に変更すると、なんだかちょっと丁寧に扱われている気分。全面的に肯定された感じがして、悪い気しない。気持ちが良い。普通の言葉に織り交ぜながら使うのがいいのかもしれないね。


ほかにもきっとあるのかもしれない。
また貯まったらお伝えします〜

愚痴に関して。
結論から先に書くと、
「愚痴」は言っていい、でも愚痴を聞く側にスキルが必要。
そういうことを書きたいと思っています。

まず前提として
問題や疑問点、おかしいと思う部分に関して、仕事であれば
改善提案や、あるいは相談、または対象者へ直接批判という形でアクションを起こすのが前提です。
問題は改善へ向けて、常に当事者意識で動くのが本来あるべき姿ですよね。

けれど、
そこまでするほどじゃないとか、
別に何かが間違ってはいないんだけど、とか
解決が難しくて単純な話じゃないとか、
相談でもないし・・・・そんな時には

もうさーちょっと聞いて、おかしくない、これ。
なんでこうなっちゃうのよっ!

って言いたくなる。それが愚痴です。
改善を前提としないのでたいていは前向きな話にはならず、その場の仲間意識は盛り上がっても、
愚痴はネガティブなエネルギーになりがちです。

でも、言っていいんです、愚痴。

人は誰しも、そういうことってあるし、
なにより言うだけで「明日もがんばろっか」って気持ちにもなれたりします。
言い切ったらカラッとしてしまうような些細な問題は日々どこにでも転がっていて
酒飲んで愚痴言って晴らす、なんていつの時代にもあった定番な方法。

ただし
聞く人を選ぶ必要があって、愚痴スキルの高い人、つまり「その愚痴を育てない人」かどうか。
の視点は持っておいたほうがいい。
愚痴スキルの高い人ってたとえばこういうことができる人のこと。

・盛り上がってもいいけどその場だけで聞く。それ以上引きずらない。
・その人の気持ちと自分の気持ちはちゃんと分けておく。
・相手は解決を求めていないなら、単に聞く
・この人スッキリできたかな?って視点を忘れない。

改善する気のない単なる愚痴を「愚痴スキルの低い人」が取り扱うと、
親切心から「解決しよう」として動いてしまって、
するとその愚痴は誰かに「◯◯さんが言ってたんだけど」という話として曲がりながら伝播を続け、
いつしか問題が大きくなっていたりする。

愚痴のお作法は、愚痴を聞く人のお作法だと思う。

そういうことってあるよね、って思いながら愚痴言う相手の気持ちも尊重する視点。
単に今日この場の話、として、大人に受け止める姿勢。

愚痴言って、カラッとする。
愚痴聞いて、サラッと流す。

それは昔からあるコミュニケーションスキルで、
そういうのが健全にできるようになることが、ある意味人の成長って言えたりもするんじゃないかな。違うかな。

もちろん仕事として、問題は解決する方向に
一人でなんともできないことは相談するのが正しいことは前提として。

誰に向かって、何を言えばいいだろう。
大きな声で、街を歩く人つかまえてみんなに「Bit Beasnは引っ越したよ」と言いたい。
だって私たちはこれからここで、存在感を増していかなければならない。

この引越しに込めた想いは、案外説明しにくいもので、
「なんで引っ越すの?」と問われた時に、しっくりくる言葉を選ぶのに苦労をした。
ちょっと手狭になったから?
事業の拡大のために?
いや、まあそれはそうなんだけど、間違っちゃいないんだけど
「風が吹いたから」ってそんなあやふやなことじゃ、ダメだろうか。

今、動く時だ。

私も森さんもそう思った。でもどこに、どっちに動くのかなんだかつかみきれなくて
自分の心の内を探るみたいにしてたくさんのオフィスを見て歩いた。
どこを見ても、今とは違う新しい絵は見える。
でも、決め手にかけるところばかりだった。
ここだったら小伝馬町から動く必要はない。そんなオフィスばかりがたくさんあった。

そんな中ある日、一つの心動かされるオフィスに出会った。
神保町の通りから1本入った、静かな環境に重厚感のある建物。目の前が学校で子供の声が聞こえる。
「ここは、いいね」「うん、いい」穏やかでいい風が流れていた。
そのあとのBit Beansが自然にのびのびとしている様子が目に浮かんだ。
静かに、わたしたちらしく、ひとつひとつの制作物を大切にする会社だ。
でも、なんだろう、もう少しいろんなところを見てみたい、そんな心持ちでいたら
タッチの差で先約が入ってしまった。縁がなかったのだなと思った。

そして、
クロサワビルにたどりついた。
甘い香りのするエレベーターをのぼり、扉が開いた瞬間、大きな窓から空が見えて
無骨な天井に、だだっ広い空間があって思わず「わあ」と声が出た。
強烈な風を感じて胸が高鳴るのだけれど、不思議に頭がぼんやりしていくような感覚を覚えた。
挑戦状を叩きつけられたような。
どうなの?Bit Beansはチャレンジする気はあるの?
そしてどこかぼんやりしたままビルを出て、そのあと見たオフィスは全部上の空。
夕方近くに「もう一回見てみよう」とクロサワビルまで戻ってきて、
うなづきながら、言葉少なに神保町を後にした。

わたしたち、ここなら動く意味がある。

その先に見えたBit Beansは今とは少し違う会社だった。
いやもう以前とは違う会社なのかもしれない。自分たちが変わったのだと、認識した瞬間だった。
今いるスタッフひとりひとりがここにはまった時に、勢いが加速できる場所。
私たちが真剣勝負して、向き合う必要のある場所。
そしてそれを受け止めるだけの度量のある場所だと、感じた。
ここにしよう。それは心地よい前向きな決意だった。

さあ、Bit Beansは、動いた。

ここからだ。今からなのだ。
私たちはここからここで、存在感を増して行くのだ。
ある意味、初心。Bit Beans が立ち上がった地で、もう一度Bit Beansを始める。

2018年、5月1日
Bit Beans16期のスタートです。

新しいオフィスの様子はこちらから


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この地は高浜 虚子の「ホトトギス」が発行された地なんだそうだ。
そして窓からは、靖国神社の鳥居がわずかに見える。
神保町は、カレーもラーメンも美味しいけれど、歴史に裏付けされた重厚感があります。

このブログで実は一番アクセスがあるのが「仕事における甘えとは何か」という記事。
いろんな人が、仕事の甘えについて考えている、らしい。そして検索しているようです。

けれど申し訳ないことに2011年の記事に書かれている「仕事における甘えとは何か」の内容は、部分的に今あまり自分で共感できなくて(汗)、当時考えていたことなのだから別にいいんだけど、それだけ見て離脱されるケースが非常に多いので、SEO的に対抗すべくこちらを書いてみたいと思う(笑)。こっちに集まれ。
今の私が考える「仕事における甘え」とは?

先の記事にも書かれていたこと
甘えとは、相手に対して、自分が期待する言動を、独善的に期待すること。
コレは今でも本当にそう思う。

世の中的には、いつまでも甘ったれてて仕事をしない人、みたいなのを「甘え」としている部分もあるけれど、それは私は「甘え」ではないと思ってる。「そこまでしかしません」は甘えではなく確信犯。「わかった、じゃあ給与調整させて」と言えばいいだけの話。その人がそういう人材でしかない、それだけの話。
あるいは「これやってくれないかなあ・・・てか手伝ってよ」って自分の仕事を人に頼むのも、へんな軋轢も生まずに受け入れられるのであれば、何も問題ない。頼み上手は仕事上手だ。
もし頼まれた方ができないならば、断ればいいだけの話なのだ。
甘えはもっと深刻で、目に見えにくく批判しにくい表れ方をする。


◯SOSを意図して出さないケース

えっと、ここどうするんだろ。わかんないから…ちょっと放っておこ。誰かが気づいてやってくれるでしょ。わざわざお願いしても迷惑かけちゃうかもしれないし黙っておく方が良さそう。こんなこともわからないのか!って叱られるのも嫌だし・・

甘えてます。わかりやすい甘えのケース。
誰かがやってくれる、と期待するなら「誰かやってくれませんか」と言うのが筋。そして「誰かやってくれませんか」と言うのは甘えではなく信用のある態度でもあるのです。
それを周囲が「みんな忙しかったから声かけにくかったのかな、ごめんね」なんて言い始めると物事が複雑化。いやいや、SOSを意図して出さないなんて失格です。


◯言わないでもわかってほしいケース

いろいろ仕事のやり方やこの状況に不満があるしそれオカシイでしょ、って思うんだけど、言う勇気はない。てか自分で気づけって感じ。不満があるなら言ってくださいって言うけどさ、不満を言いやすい環境を作ってくれないのが悪いんじゃん。

甘えでしょう。でもわりと「下が上にモノを言えないのは上のせい」という考え方がまかり通るケースがあって怖いのだけど、人は立場も違えば考えてることも違うんだから、人に勝手に期待せずに不満があるならちゃんと言おう(言い方は研究)
言わないならわかってもらえないもの、と理解する。
そしてわかってもらいたかったら、自分で言うこと。空気読みが常習化してる環境は、生きて行きにくいですよ。
言ってもわかってもらえないのは、また別のお話。


◯「オレの(わたしの)プライド」問題

プライドがあって非を認められない。謝ることがどうしてもできない現象。
わかってるよ、自分が悪いのはわかるから正論で攻めないでくれ。どうしてもかっこわるい自分は耐えられないし、逃げ出したいし、うるせーこのやろ、それ以上言うな。

プライドを尊重しろっていうのも、やっぱり甘え。
カチンとくることがあっても、それを「わかるだろ!」って言うのはおかしいですよね。あなたのプライドはあなたが管理する、そのトレーニングが必要。


◯なんか不機嫌な人問題

朝は苦手なんて話しかけないでください。and「・・・(返事しない)」話しかけるなオーラを放つ

不機嫌になる理由はあるんでしょう。何で不機嫌になってるのか、自分でもわからない場合もあるでしょう。
でも不機嫌になる人って今不機嫌になっても相手は許してくれるって担保があって不機嫌になってる場合が多い。だって大口クライアントの前で「朝は苦手だから」という理由で不機嫌になることはないでしょう。
つまり、甘えです。


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甘えがみられる場合、その人に語るべきことはひとつです。
「それ、信用失うよ。その甘えには付き合ってられないよ。」ということ。
正しい環境においては、
自信が無い人よりも、コミュニケーションが苦手な人よりも、仕事が遅い人よりも
甘えている人って信用を失いやすいものなのです。
でも、辛そうにしてたり不機嫌だったりすると、忖度しなくちゃいけなく思ったり、手をかさなくちゃ的なムードが生まれたりもするので、甘えている人って見逃されやすい。
でもそれを見逃してしまうと、チームや組織を腐らせていきやすい。
逆に甘えを変に見逃さない組織になれれば、その組織の空気はキレイであることができると感じる。
人に何かを「独善的に」期待せずに、自分でちゃんと解決しようとすること。
「仕事の甘え」は、早期発見が大切です。

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