2021年11月26日

2005年07月 経由地だらけでKLへ5/8

台北で1泊とバンコクで2泊した翌日
最終目的地へと出発しました
ドンムアン空港からクアラルンプール空港です
ここからは特典航空券利用による単純往復です

このころはまだ欧州に行くことはしていませんでした
あくまでエジプトに行く経由として
ドイツとオーストリアに寄っただけです
たまったマイルはこうしてインドネシアに行った時のように
バンコクからのショートトリップに使っていました

ドンムアン空港のタイ航空のラウンジのはずです

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ビジネスクラス用のラウンジは
この時は今のようなミールはありませんでした
餌さんが好きだった揚げパイとか
こんなタイスイーツがありました

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このタイスイーツなんですが
いろんな色と形で出来上がっていますが
味はすべてココナツ味です
ココナッツミルクに何かを混ぜて砂糖で甘みをつけたものです
食感はあんこですが
色は着色ですので関係ありません
タイの人にはそれぞれの違いが判るのかもしれませんが
異文化人の私には同じ味にしか感じません
MK様の奥様ならお分かりになるのでしょうか
長年の疑問もあります
味はココナッツミルク味なのですが
基材は何なのでしょう
日本の生和菓子と同じ豆のペーストなのでしょうか
それともココナッツそのもの
ヤシの実の内側についてる白いものなのでしょうか
決して日本人には合わない・・・ものではありません

ここで和菓子についてですが
和菓子と思われているもの・・・
それほとんどが中国伝来の中国菓子です
安土桃山以降に出来た菓子については
ポルトガル由来の洋菓子の進化版がありますが
それ以前のあんこ主体のものは中国由来のものです
あんこ自体が中国のものですからね
ただ
そのまま伝わっているのではなく
日本の特に江戸時代に進化して
日本独特の和菓子になったと言われています

ドンムアン空港のつくりは
アルファベットのEが縦に2つくっついたような形です
南北に長いですので入るラウンジを間違えますと
搭乗時に延々と歩くことになります

ゲートまで
日本では見られない飛行機なんかも見ました

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エチオピア航空のB767−300です
首都アジスアベバからバンコク経由香港行きです

エジプト航空のB777−200です

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エジプト航空は日本に来ていましたね
実はエチオピア航空もその後日本には来ています
両社とも現在はスターアライアンスメンバーですが
このころはまだ加入してなかったと思います

私が乗るのはこれです

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ルフトハンザドイツ航空のA340ー600
実は当時はー300だと思ってたのですが
この写真を改めて見ますと
片側にドアが5つあります
これはー300ではありません

ルフトハンザのビジネスクラスは
シェルバックのライフラットシートでした
この飛行機はミュンヘンからから
バンコク経由クアラルンプール行きだったと思います
当時ルフトハンザはシンガポールとクアラルンプール行きは
直行便ではなくバンコク経由で飛ばしていました

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この航空会社は1度セッティングしますとあまり改装をしません
数年前までこのシートを使い続けていたと思います
ライフラットと言っても
ANAのライフラットが第1世代だとしますと
これは第3世代位になりますので
格段に寝やすくなっています

クアラルンプールまでの評定所要時間は2時間15分
実質1時間半ほどの飛行ですから
欧州航空会社としては短距離扱いです
機内食もビジネスクラスとしては簡略系のワンプレートです

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パッタイですね
タイ風焼きそばです

業務でシンガポールなどに郵く時にこの路線では
シンガポール航空やタイ航空に乗っていましたが
アジアのこの航空会社ではセミコースサービスをしていました
その後この2社も
機内食簡略化の波にのまれてワンプレートサービスになったようです

クアラルンプールでのアジトは
確かウェスティンクアラルンプールだったと思います

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スターウッド系のホテルで
とある所からそんなに離れてないところを探した結果です

今現在はどうなってるのかは
10年以上も行ってませんのでよくまかりませんが
当時のクアラルンプールは都市面積は大きいのですが
いろんな有名?な場所が点在しているという感じです
バンコクなどのアジアの大都市と違って
都市の継続した広がりがなく
要所要所の間には森(ジャングル的)があったり
その間を各種の交通機関がつなげているという感じでした



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2021年11月24日

2005年07月 経由地だらけでKLへ4/8

香港からバンコクへのフライトは
タイ国際航空TG601便だったと思います
この当時よく乗っていましたが
朝8時にバンコクを出るTG600便です
それが11:45に香港に着きます
そして折り返し12:45発のTG601便になってたはずです

タイ航空の香港便は1日5〜6便あったのですが
うち2便がB747ー400の運航でした
なのでファーストクラスがあります

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このシートは初期型のフルフラットシートです
747に菜前方Aコンパートメントに
2−2で2列
3列目は2−2−2というアブレストです

この時代バンコク発券で買いますと
ファーストクラスに日本往復でも20万円ちょっとでした
ビジネスクラスですと14〜5万円
これを日本発で買いますと
ビジネスクラスで26万円くらいしましたので
いかに安かったかお分かりいただけると思います

ファーストクラスの機内食は・・・・・
前菜の写真がありませんが
多分この区間でしたら
スモークサーモンかフォアグラテリーヌだと思います
スープは無しです

メインに選びましたのは中華で

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チキンの炒め物青梗菜添えだと思います
タイ航空のファーストクラスでのご飯の盛り付けは
今でもこの形が続いています
きっとタイではこの形はきちんとした形なのでしょうね

離陸後1時間半ほどで
ベトナム中部からインドシナ半島に上陸します

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この時はまだバンコクの到着はドンムアン空港でした
確か毎回市内ホテルまではタクシーで行ってたと思います
メーターで約B150に
2つの高速を合わせてB250位だったと思います

バンコクでのホテルは多分ですが
スコータイバンコク

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バンヤントゥリーとスコータイにこのころは泊っていました
このころでB5000ほどの高級ホテルですが
業務で行く時にはある程度まで宿泊代が出ますし
タイバーツも今よりずっと安かったので
私でも追加分を払えるお値段でした

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スコータイホテルはどこの系列にも属していませんでしたが
10年来の使用ホテルですので
いつもアップグレードしてくれていました

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このホテルは静かで
夜ともなりますとカエルが泣き
不気味な照明とともにスコータイ時代の王宮の雰囲気が味わえます
ここで2泊して少し業務をこなしました




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2021年11月22日

2005年07月 経由地だらけでKLへ3/8

台北で1泊した後
翌日の行程は

台北桃園⇒香港⇒バンコク

全てタイ国際航空での移動です

桃園機場はもうこの時は第2ターミナルが出来上がっていました
ANAなどスタアラ系航空会社の多くは・・・
といっても
台湾に国交を持たない国が多いので
大したキャリア数ではありませんが2タミに移りました
このころはJALはまだ1タミだったと思います

そんなスタアラ航空会社の中で
タイ航空は1タミのままでした
当時1タミは中華航空とキャセイのハブ
2タミはエバー航空のハブでした
タイ航空は中華かキャセイにハンドリング委託していて
その契約が終わってなかったのかもしれません

タイ航空のラウンジは1タミのイミグレの前
中2階の事務所の並びにありました

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1社だけのラウンジですので
大したものは置いてませんでした
明らかに他の航空会社のラウンジのほうが上でしたが
奇をてらった調度や造りなどが一切ない
真面目なラウンジでした

台北〜香港は500マイルちょっと
評定所要時間は1時間45分
約1時間10分ほどのフライトです
これは羽田から福岡位だと思います

機内食はどの時間帯も軽食です

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ビジネスクラスと言えどこれですべてです
覚えていませんが豚肉ソテーでしょうか
中華を選んでいたはずです

香港では一旦入国しました
と言いますのは
私はこの時からeーchannelを使い始めましたので
イミグレーションが極端に早くなったからです
eーchannelと言いますのは
はじめに指紋登録しておけば
パスポートの裏にバーコードステッカーを貼ってくれ
イミグレでは並ばずに機械でそれをかざして
指紋をスキャンさせるだけのシステムです

Dr様などはご存じなのですが
これがあるなしでは香港イミグレでは天と地の開きがあります
乗り継ぎ時刻は2時間以上ありましたので
使ってみることにしたのです

もちろん他の意味もありました
台北で香港行きに乗ったのはビジネスクラスですから
荷物にはその優先タグが付くわけですが
私はその飛行機でそのままバンコクに行くのではなく
1本後のタイ航空でバンコクに乗り継ぎます
なぜそんなことをしたのかと言いますと
1本後のフライトが3クラス制の747だったからです
ファーストクラスのチケットを使ってますので
これを香港でチェックインしなおしますと
ファーストクラスのタグが付きます

出境するにも時間がかかりませんので
チェラコック空港の外に出て飛行機ウォッチしました
何枚も撮りましたが今では珍しい飛行機だけを乗せますね
この日は東から進入するアプローチでした

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中国東方航空のエアバスA340−300です
続いては

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キャセイのエアバスA340−200だと思います
ー300より機体が短く長距離向け機材です
2機種とも関空ができたころ運航が始まった美しい飛行機です
最後に

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中国東方航空のダグラスMD90です
写真をオリジナルサイズで見ますと
おしりの形が縦長ですので90です
日本では今は亡きJASが黒沢ジェットとして運航していましたね



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2021年11月19日

2005年07月 経由地だらけでKLへ2/8

りんくうタウンで1泊した翌日の行程は
関西空港⇒ソウル・インチョン空港⇒台北桃園空港
そして台北で1泊です

乗りましたのはアシアナ航空のインチョン行きです

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このころのビジネスクラスは
ライフラットベッドシートが最先端でした
ANAではまっすぐなライフラット
アシアナではこのような少し弧を描いたライフラット
どっちが快適でどっちが新しいかはお分かりだと思います

機内食はワンプレートサービスですが
ホットミールが出されました

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前菜は海老サラダ
メインは牛テール
デザートはフルーツです
同じ路線をJALで数度乗っていますが
JALのこの路線は
ビジネスクラスと言えどもコールドミールでした

左に写ってるコチュジャンのチューブが
韓国の航空会社である証でしょうね
私は使いませんでしたが
この機内食の何にコチュジャンを使うのでしょうか

さて
この時のインチョン空港の利用が
私の韓国とのかかわりの最後になりました

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最後のかかわりは空港内だけです
なので私は一度もKTXに乗ったことはありませんし
インチョンからソウル市内への移動もしたことがありません
ソウルに遊びに行ってた頃はすべて金浦空港の利用でした

インチョン空港のセキュリティ内のレストランは
定食主体のものが多かったです

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器の中のお料理はもちろん韓国のお料理ですが
出し方と言い
見せ方と言い
まるで日本そのもののように感じます
こういうことをしてるのに
反日やらすべての文化は我々が日本へとか言うのが常らしいです
千年以上前は確かにそういう歴史はありましたよね
それは日本も認めていることで私もそう思います
しかしそれは李氏朝鮮時代になって終わっているそうです

上のことも日本が韓国をまねているという見方もあるのですが
戦後の両国の状況を見れば
ベクトルがどちらかが明らかだと思いませんか
かの政府は不都合な李氏朝鮮時代から1970年くらいまでの史実を
なきもの・捻じ曲げ・捏造して国民に伝達しているのかもしれません
(以上全て断定文では書いてませんので反論されても答えられません)

インチョンから台北桃園まではタイ国際航空の
インチョン発台北経由バンコク行きで行きました
別にアシアナ航空でもよかったのですが
このころはまだタイ国際航空に
良い航空会社だと甘い好感?を持っていたのです

この区間は1000マイルを切るくらいの距離で
評定所要時間は2時間半
実質2時間のフライトです
短距離区間ですがビジネスクラスの機内食は
タイ航空ではコースサービスされます

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前菜はゆで海老とポテサラ
フルコースサービスと違う点は
このスタータートレイにチーズが乗ってる点です

ホットアントレは魚料理を選択しました

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何という料理だったのかは
記憶にもありませんし写真を見てもわかりません
多分タイ・韓・洋の3択のうちのを選んだと思います

デザートは配られましたが
ご存じのようにこのころはブログをしていませんので
食べたくないものは「いらない」と言っていました



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2021年11月17日

2005年07月 経由地だらけでKLへ1/8

2005年

この年は航空業界では大きな変化がありました
燃油サーチャージが旅客便に導入され始めたのです
貨物船や貨物便にはすでに導入されていたのですが
湾岸戦争後の原油高で
こういう制度ができたのです

このころ私は
バンコク発券の日本往復という航空券を使っていたのは
今と変わりありませんが
今と大きく違うのは「普通運賃」で発券していたのです
いわゆるノーマルフェアというやつです

このノーマルフェアというのはIATA承認の
その出発国の経済水準に見合った計算式で成り立った
いわゆる「定価」なのです
そのため1年間有効+出発後1年間有効という縛り以外
殆ど縛りがない航空券です

当時私は
バンコク発東京往復のビジネスクラスノーマルフェアを使ってました
まだそのころは東南アジアの物価水準が低かったわけです
確か15万円くらいだったと思います

このノーマルフェアは該当地域によって違いますが
最終到着地まで総距離が25%を超えない範囲で
何回も乗り換えができるという規定があります
なのでこの時の旅行も往復の復路利用ですが
羽田⇒関西⇒インチョン⇒台北⇒香港⇒バンコクと
5フライトに分けて使い
バンコク〜クアラルンプルは特典航空券で発券しました

7月というのはこのころの私の業務では
決算前の経理・システム合同会議が本社で開催され
それに経理課の課長と一緒に参加することになっていました
そしてその会議終了後本社から羽田に行って
そこから国際線航空券を使って関空に飛びました

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このラウンジはもう今はありません
北ピアのsignetラウンジです
当時ANAのラウンジはsignetという名前でした
スイートラウンジなんてものもありませんでした

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ANAおかきも前のものですね
このころのおかきはブルーダイヤモンドという
アーモンドが専門の会社製のものでした
ええ 一応高級品でしたよ

あまり良く覚えていませんが
当時の国内線上級クラスはスーパーシートプレミアムと言ってました
今のような機内食の時間制の決まりではなく
夜遅い便ではスナックの配布だったと思います

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でもこんなものをたくさんもらっても
フライト中で食べきることも難しいですし
お菓子なんてこのクラスに乗るおっさんには不評でした
数年後にはすべて機内食に変わりましたね

今でもそうですが
羽田から大阪へのフライトは
伊丹の門限がありますので20時以降はすべて関空行きです
関空に着いた後はこの時は家に帰らず
関空の最寄り都市の泉佐野市に宿泊しました
ホテルのピックアップバスからのスカイゲートブリッジです

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当時のこの橋の照明はLEDではありませんので
今よりもネオン感が強く
とても色っぽい色合いでした
今はもう少し白い色合いですね

泊まりましたホテルは多分当時はANAホテルだった
りんくうゲートタワーホテルです
このホテルはあまり人気がなく
設備の割に料金が安かったと記憶しています
ホテルの部屋からの東側の景色です

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この明るい道路は関空道といいまして
阪和自動車道まで続いています
並行してJR線の線路と南海電鉄の線路がありますが
南海線の線路は途中で左にそれていってるのがわかりますね

さて翌日は関空からの国際線出発でした
まだこのころは国際線の出発を関空にすることも多かったです
この後どんどん東京の空港との設備の差が開いて
私自身もダイヤモンド会員になり
東京出発にするほうが
何かと良い待遇が受けられるようになったからです
加えて
アジア線のプレミアムポイントが
自社便に限り1.5倍付に変わったというのも
ANA便が多い東京にシフトした原因の1つです



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