2021年01月 元日の日帰り旅6/6最終章2005年11月 嫌いだった高雄の業務2/6
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2022年01月24日

2005年11月 嫌いだった高雄の業務1/6

ブログ開始以前の過去旅シリーズです
コロナで海外渡航が2年程出来てませんので
昨年の国内旅行と過去旅を
1回づつ交替でアップしています

我が社は台湾に数店支店があります
それは2代目の社長(創業時の専務)が
戦時中台湾駐留していたことからなのですが
台北・台中・高雄という三大都市にあります

私の台湾業務の最初の頃は手作業業務が多かったせいで
各支店へ私やほかのシステム担当が出向く形をとっていましたが
新幹線ができて以降は
台北に集めての講習という形になってゆきました
この記事はまだそんな各店訪問があった時期のことで
私があまりよく思っていなかった・・・というか
良く思われていなかった高雄にも行った時の記事です

この時はどうやらいつものように業務の後に休みを取ったのではなく
休みを消化してから業務にあたったようです
ようするに好きなことをしてから
高雄業務にあたろうとしていたようです
出国の前日と出国日と2日目が休みですね

当時はまだANAはというかANKエアーニッポンは
羽田から台湾へのフライトはありませんでしたので
成田からの出発でした
このころは本当に我が社もいろんな面で手作業部分がありましたので
一度本社に寄って必要なものをもって東京出発となっていました
出国の前日伊丹から羽田に飛びました

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スーパーシートプレミアムのお弁当はこんな感じでした
今と比べますと
内容に大きな差は実はないのですが
盛り付けというか詰め方に工夫が見られますね
安全のしおりが写ってますが
この時はまだ伊丹〜羽田線にB747が飛んでいたんですね

本社での用事を終えて夕刻成田に向かいました
前泊です

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このころはまだIHGグループに身売りしていませんでしたので
ANAホテル成田という名前です

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このホテルの正面に向かって右の奥にはこんな建物があります

DSC00236

これはANA系列のケータリングですね
ここで調整された機内食がANA便の国際線に積まれていました
このくらいの規模で大丈夫だったのでしょう
コロナ直前はこの設備と搬入口の数では足りなかったと思います

なのでこのホテルのお料理の大方が
このケータリングで作られていました
ホテル内の厨房で作っていたのはごくわずかだったんです
現在でも多くのホテルのブッフェ料理が
ケータリング委託になっているところが多いですね
朝食ブッフェなどはほとんどすべて業務用パック品です

翌日乗りましたのはANKの台北中正国際機場行き

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使用機材はB767−300ERです
桃園国際機場と名前を変えたのは次の年ですから
この時はまだ中正国際機場で正解です

DSC00240

この機材はビジネスクラスのシートとしては
CLUB ANA ASIAという名前のシートを乗せていました
JALのSEASONSに対抗してのシートで
シートピッチは50インチ
当時としてはかなり広かったのです

B767−300ERANAの国際線の中短距離線のメイン機材です

DSC00241

メイン機材というより
他にはあまりなかった・・・が正解かもしれません
747や777は多需要線(当時は香港)と
長距離線(欧米線)に使われていました
あとはA320とか小さなものばかりでした



asato8686 at 05:00│Comments(6)mixiチェック 海外旅行 | 台湾
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この記事へのコメント

6. Posted by あさと   2022年01月26日 18:49
5 Drさんありがとうございます

それまでのビジネスクラスは
42〜44インチが主流でしたので
一気に50インチに拡大されたのですが
JALのシーズンズと違う点はアブレスト
767では2−1−2を採用しました
JALは2−2−2のままでしたね

今はこの機材はもうないです
全てゆりかご式のシートになっています
ピッチも少し広がっています

5. Posted by 鉄路迷   2022年01月26日 08:33
2005年のビジネスクラスですか。
当時は斬新な座席だったのでしょうなあ。
私がビジネスクラスに乗れるようになった時、連続してこれでしたしね。
中国線ばかりですけど。
私が乗れるようになった時には、随分と古ぼけた座席だなあ、と思っていました。
今でも、これが来たらイヤです。
4. Posted by あさと   2022年01月25日 16:26
5 ま〜くさんありがとうございます

ま〜くさんが東京〜大阪を往復していたころは
すでに777の時代になっていましたか
777も実は最初は3−3−3のアブレストだったのが
いつのまにか3−4−3に変えられましたね
私が羽田〜伊丹を往復していたころは
747−400が投入されだしたころですので
大半は747ー200Dに乗っていました
いわゆるスーパージャンボと呼ばれていた機材です
当時はたくさん乗れる飛行機が
すばらしいなんておかしな風潮がありましたね

基本的にはJALのSEASONSと同じですが
色合いが全く違いますね
このころはおたがいを出し抜くのではなく
相手がちょっと変われば合わせる・・・・感じだったのでしょう

3. Posted by ま〜く   2022年01月25日 10:11
747が伊丹に乗り入れていた時代は、まだ
ほとんど飛行機に乗る機会がない時期ですので
伊丹で747を見たいという経験はありません

15年前ですと、ANAのビジネスクラスでも
シートはこんな感じだったんですね。
現在と比べると大きく違いますね

2. Posted by あさと   2022年01月25日 07:37
5 いはちさんありがとうございます

一度作ったものをどんどん削減してゆくのは
企業として当然かもしれません
実は今
羽田幹線だけでサービスされていたシャンパンが
いつの間にかスパークリングワインにダウンしています
この会社の狡いところは
ダウンの際に何もアナウンスしないことです
必要があるのかないのかというと
ないのかもしれません
しかし一度ダウンさせたものをもとに戻す時
さも新しいサービスを追加したようなアナウンスをするので
共感をしにくいのです
穴の経営陣は前年比アップに直接影響する新たな客の獲得に目が行って
顧客に対する目が行ってないようです
顧客はサービスダウンには
何も言われなくても気づくものです
ここをきちんと抑えないと
新しい客を増やしても
顧客が逃げて基礎となる客層が減ります

1. Posted by いはち   2022年01月24日 15:50
この頃の国内線プレミアムクラスのお弁当は
立派なものでしたね。
私も乗るのが楽しみでした。
成田のANAホテル・・懐かしいです。
2005年と言えば私がこのホテルに良く泊まっていた
時代ですね。
最上階のバーに入り浸っていましたよ。
ケータリングの建物のところまで行って写真を
撮られたのでしょうか?
お疲れ様です。
clubANA・懐かしいですね。

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