鉄道

2021年05月10日

2020年06月 まだ寒かった札幌 2/4

北海道というか千歳地方は雨
有視界ぎりぎりの判断で着陸しました

さっさと地下に降りてJR千歳線に乗ります
ドアオープンの時には感じませんでしたが
ターミナルビルの地下に下りて
「あれ?寒い」と感じたことは覚えています

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この快速エアポートは見送りました
なぜなら
前回の上陸時に習ったこれに乗るためです

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旧型車ですね
ドアのスペースに風よけドアがついてるタイプです

この時のアジトはすすきのでした
前回泊まりました新札幌のシェラトンは
この8年間の間に
想像通りシェラトンの冠がはがされました
シェラトンでなくなったのであれば
私は無理をして泊まる必要はありません
コストの割に広い部屋を提供してくれるリッチモンドにしたのです

これも前回の上陸時の時に勉強したことですが
すすきのには
JRを新札幌で降りて地下鉄東西線に乗るほうが安い・・・
乗り換えもそんなに不便でもなく
躊躇なくそうしました

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新さっぽろ駅からアジト最寄りの大通駅まで10駅
20分ちょっとの距離です
私の毎朝の通勤の御堂筋線の乗車時間と同じくらいでした

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ガラガラです
緊急事態宣言ではなかったのですが
この次期全国的になぜか北海道だけ
感染者数が減らない状況だったんです

札幌の地下鉄で気づいたことなのですが
通勤列車には全国的にはもう普通になっている
「優先座席」ってありますよね
お年寄りや妊婦・体の不自由な人には席を譲ってくださいって・・・
私常々この制度に疑問を持っていたのです
私車にひかれて足を一時的に悪くした時期がありまして
車いす・杖を使って通勤をした時期がありました
この時はっきりと気づいたんです

「世の中にあるユニバーサルなものは使用者目線で作られていない」

そういうものを作ることを目的にしていて
作って利用してもらうことが目的ではないということです

駅で車いすに乗ってますと駅員が
「乗車板を用意しましょうか?」と聞いてきます
これに即座に
「お願いします」と言える強心臓の人がどれくらいいるでしょう
「降車駅に連絡しておきましょうか?」
そんなことを聞かずともやってくれ!

優先座席も「該当者に譲る」という前提の前に
該当者に気づけるのかということが解決されていない
下を向いて本を読んでいたり
今ならゲームやラインに夢中になってる人が
どうして目の前の人に気づけるのであろうか
勇気を出して
たとえ替わってくれと声をかけても
音楽をイヤホンで聞いてる人に聞こえるのであろうか

用意するだけで目的を果たしたような設備などいらない・・・って
その時に感じてしまったのです

その1つの対処策として「あっ」と思ったのがこれです

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専用席
これにしましょう
みんな
そして閑散時には座ってもよいよって書いておけば良いと思います

大通駅からアジトまでは地下道を少し南下して上がってすぐでした
天気が悪かったのと上を歩くと寒いので地下道を通ったんです
なのでチェックイン後に外に出る気もあまりなし・・・・
前回には乗らなかった市電だけ少し乗りました

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古いのを選んだつもりですが
そんなに古くもなさそうですね

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阪堺電車の緑の奴のほうが古そうです



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2021年04月12日

2001年02月 マチュピチュ・インカへの旅7/8

さてあまり長居もできません
と言っても
前日より早い時間に遺跡に上がってますので
前日よりかはかなり長時間遺跡にいました
でもこの日はホテルに帰って寝るのではなく
午後3時ごろの列車に乗ってクスコに戻らなければならないからです
遺跡入り口のカフェ前に戻って
バス券を買ってバスを待ちました

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この民族衣装を着た子供は「グッバイボーイ」と言います
もう現在ではこの少年たちのような子供は
マチュピチュにはいないそうです

彼らはバスが降りる九十九折の道を
山肌を縦に通る最短のけもの道を使って駆け下り
カーブごとにそのバスに手を振って
「ぐ〜ば〜い」と叫んでくれたのでした

無題

赤の線を駆け下りて
最後のカーブでバスに乗り込んできて
乗客からチップをもらうという商売です
バスには50人ほど乗ってますから
ひとり1$くれたとして50$
きっと子持ちの女性はもっと出していたと思います
命を張った危険なバイトですから
私の行った数年後には禁止となりました

もし今行く人がいらっしゃいましたら
バス乗り場周辺で絵ハガキや土産物を売ってる
30〜40歳くらいの人に聞いてみてはいかがでしょう
「あなたはグッバイボーイをしてましたか?」
廃止になった時にグッバイボーイをしていた子供たちの一部は
ここでの土産物販売の権利を得たそうです

アグアスカリエンテスに戻ってホテルで荷物を受け取って
プラプラと駅に向かいました

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改札は始まっているようでした
観光急行ですから席は決まってます

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行きと同じ車両ですね
飲み物と軽食のサービスがついています
それを配ってくれたアテンダントは
そのあと土産物売りになります
そのオネイさんがかなりかわいらしかったので
私としては珍しく
恥ずかしながら少し買い物をしてしまったのです
ベビーアルパカのセーター
3か月以下の子供のアルパカの毛糸で編んだセーターです

実はこの旅行に関してはスポンサーがいたのです
母の妹・・叔母ですが
5万円の餞別をくれていたのです
なのでそれに見合った土産を買わねばならなかったんです
このことがあとでとても幸運なことを呼んだのでした

列車は行きと同じく4時間かけてクスコに戻・・・・・らなかったのです
3つ前の記事に
>列車はクスコをでてしばらくは上っていました
こう書いています
クスコ駅からしばらく標高は上がっていったわけです
そしてその上がったところとクスコの間で
前日土砂崩れが起きていたんです

前日
マチュピチュでは標高の高い所は雲の中で霧雨が降っていましたよね
標高がもっと高いクスコではもっと雨が降っていたようです
当然列車は土砂崩れの手前の場所までの運行です
駅前に何もない駅で夕刻一人放り出されました
道はもちろん
今どこにいるのかさえも分かりません
観光特急ですので
多くの乗客はツアー客
迎えに来たバスに乗ってクスコに戻ってゆきます
何人かはうろうろしていましたが
とにかく現地旅行会社に電話しようと
駅で電話を借りようと駅舎に引き返した時でした

「は〜〜い!はぽねす!」

呼ぶ声がしたので振り向きますと
あの列車のアテンダントのオネイさんが手を振っていて
車に乗れと言ってくれたんです
車はアテンダントの会社のワゴンでした

セーターを買う時にいろいろしゃべったので
顔を覚えていてくれたのでしょう
そして一人で来てることも当然話しましたから
困ってるところを助けてもらえました
ホテルまで送ると言ってくれましたが
当然私は道を知りませんので
アルマス広場まで送ってもらい
そこからはうろ覚えの道を歩いて帰りました



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2021年04月07日

2001年02月 マチュピチュ・インカへの旅5/8

段々畑を上っていきましたが
雲の中であることは変わりなく視界が開きません

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何というか微妙なんですね
この場所の通常の高さのところに雲の下のエッジがあって
足元は案外クリアなんです
しかし
全体を見るのには少し高さをもってカメラを持ちます
そうすると雲の中・・・・・・・・・

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結局この日はこれ以降晴れることなく
再び霧雨が続いていましたので
下に降りることにしました
ここで1泊することにしていて本当に良かったです
この下山の時に少し面白いことがあるのですが
それはまた後日に説明しますね

これが最初に到着した駅です

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クスコに帰る列車の改札が始まるのでしょう
ホテルのボーイさんなんかも宿泊客の荷物を持ってきていました

このアグアスカリエンテス駅はタイのメーンクローン駅のように
線路の両側が商店になっています

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タイと違うところは
多少は出てきますが原則線路上にはみ出さない点と
生活物資の商店ではなく
完全に観光客向けのお土産屋さんであることです

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山の上のカフェから眺めましたウルバンバ川は
御覧のような激流で
堕ちたらもう命はない川でした

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こんな激流は生まれて初めて見ました
堕ちたら一巻の終わりでしょう
こういう川が無数にアンデスの山をくねっていて
東に流れ落ちて集まり
世界最大のアマゾンとなって大西洋に流れ落ちるのですね

さて
今はマチュピチュ村と言われていますアグアスカリエンテスは
スペイン語で熱い水という意味を持ちます
熱い水+山ん中➡温泉と想像するのは日本人の常ですね
はい
ここは温泉がわくところなのです

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この写真の左の建物のあたりに何やら靄が見えますでしょうか
これは山の上の霧の一部ではなく温泉の湯気です
もちろん
私は水着を持ってきてませんので入ることはしませんでしたが
入浴施設というか温泉プールがあって
滞在客は利用することができます
この村の初代村長は日系移民だった名残でしょうね

この町の中心地あまりん広場から少し上ります

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町のメインストリートになっていまして
土産物屋やカフェやマッサージ屋さん
そして私の今夜のアジトもありました



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2021年04月05日

2001年02月 マチュピチュ・インカへの旅4/8

翌日は1泊2日でこの時の旅のメインの観光に出かけました



その前に私に大変なことが起こりました
前の記事で標高のことをいくつも書いたと思います
クスコで3400m・・・・・
そして3800mまで上がったと

はい
翌日目を覚ましましたら
殴りつけられたような猛烈な頭痛と
何も出ないのに押し上げてくる間断ない吐き気が襲い掛かりました

いわゆる高山病です

前日
海に面した平野部リマ市から1時間半かけて3400mに上りました
この急激な標高差
言い換えますと気圧差に
体の内圧が順応しきれなくなった結果起こる症状
腹圧が外気圧より高くて吐き気が起き
頭蓋内圧が外気圧より高くて脳や周辺機関が頭蓋骨に近づき
神経や血管を圧迫して激しい頭痛が起きる
ひどくなれば呼吸器循環器系まで行くと死に至る

ホテルは朝食付きだったのですが
とても食べられる状態ではなく
部屋の中で冬眠中のヤマネのように丸まっていました
しかしこの時
この旅のほとんどの行程を
個人手配旅行として申し込んでたのが幸いしたのです
はい
現地旅行会社からお迎えが来たのです
部屋から出てこない私を
フロントの人と協力して連れ出し
中庭でコカ茶を大量に飲まされ
「向こうに行くと直るから」とわけのわからないことを言われて
無理やり車に放り込まれました

なので私はこの朝のことはあまり覚えていません
車で市内の駅まで連れて行かれ
切符とホテルバウチャーを渡され
列車に放り込まれたのです
駅がどこにあったかとか
列車がどんな風にいたのかなんてわかりませんし
写真も1枚も撮っていません

クスコの旅行会社の人はこういう旅行者に慣れていたのでしょうね

「向こうに行くと直るから」

このわけのわからない励ましとも責任放棄ともとれる言葉の意味は
列車が動き出して1時間ほどで分かりました
列車はクスコをでてしばらくは上っていましたが
すぐに下がり始めたのです

徐々に徐々に頭痛は取れて行き
吐き気も消えて行きました
まるで魔法にかかったようでした
実は今日の目的地はまずは標高2000m
最終目標は2400m
3400mのクスコから1000m以上も下ってゆくのです
そうなんです
急激な気圧減に耐えられなくなって症状が出ている体は
それでも体内圧を下げようとはしているみたいで
この標高が3000mを下回った時点で
うまく調節出来た感じになったのです

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やっと写真のことを思い出しました
このころはもう列車の行程の半分弱は来たところだと思います
高原に牛が飼われて
向こうの山肌にはインカ道という古代の道が続いていました

列車の中は

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天井にもガラスが張ってある
いわゆる観光特急ですね
先頭の左側がコックピット
右側はトイレです

列車で4時間弱ほど
着いた所は標高2000mのアグアスカリエンテスという村でした
標高差1400mを下りましたので
高山病の症状はすっかりなくなっていました
今はマチュピチュ村と呼んでるそうです

通常のパック観光客は
早朝クスコを列車で出てここに着き
観光後夕方の列車に乗ってクスコに戻るのですが
私はここで1泊することになっていました
この日のアジトのホテルに荷物を預け
町はずれのバス乗り場からバスで標高差400mを登りました
いろは坂がしっぽを巻いて逃げ出してしまいそうな道でした

無題

地図の右上の川のある所がバス乗り場
左下のピンクのホテル・・とか書いてあるのが終点です
ただこの道はいろは坂のようにきれいな道ではありませんので
振り落とされないように回りにつかまっていないとだめですので
私でさえ酔ってる暇なんてない感じでした

バスで30分登りますと
ホテルとそのエントランスの前のカフェが現れます

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実はこの時
下のアグアスカリエンテスでは曇りだったのですが
400m上空では雲の中
雲の中ということは深い霧と霧雨が降っていたのです
そこでカフェで霧雨がやむのを待ちました

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このカフェからは400m下のアグアスカリエンテスのはずれが見えます

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下の川がウルバンバ川と言って
アグアスカリエンテスを流れている川で
実はアマゾン川の源流の一つです

歩けるほどの霧雨になりましたので先に進みます
このホテルがある場所がマチュピチュの遺跡入り口になっていまして
入場料などを払って入りました
私が訪れた後
こういう自由な観光はできなくなり
入場にも制限がかかり
WEBでの予約制になったそうです

リャマ小屋なんかがある道を少し上ります

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途中道は2手に分かれます
右に行くのが通常のコースですが
左に行くと「あの光景」になるので左に行きました

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段々畑の横の石積みの階段を上ります
このころは私はまだ40歳ちょっとくらいの年齢ですので
足も悪くなってませんし
ボーイスカウト時代に培ったトレッキングコンディションも
かすかに残っていましたので
このくらいは全く平気でした



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2021年03月10日

2020年03月 コロナ渦最後の遠出 03/05

名古屋から金山に行き
用事を済ませた後はこの日のアジトに泊まります
かなり安い値段で出ていました
クラウンプラザに泊まる値段より3千円くらい安い値段でした

金山からは名鉄常滑線に乗ります

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ミュースキャーはWEBで予約していましたので
少し早く着いても窓口では変更してもらえません

ミュースキャーを待ってる間
名鉄の独特の列車を見てみましょう

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これは最近よく使われている5000系ステンレスタイプです
このタイプはテツでなければ
どの会社の電車も同じに見えてしまいます

名鉄独特のスカーレットカラーの電車ですね3500系?

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私にとってはこれが名鉄の電車の代表イメージです

愛知県出身の「スキマスイッチ」というグループの歌に
「スカーレット」というのがあります
その歌詞に

♬スカーレットの電車はホームに着き♬
♬いくつもの人生を乗せて運ぶ♬・・・・・

というのがあります
この電車は名鉄のことを言ってるようです

これは顔がグレーというか鼠色になってます6500系

DSC01946

こういう色を採用するのも名鉄らしいですが
不細工ですね

そして特急用車両です

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何という名前でしょう
パノラマスーパー?
名鉄はパノラマカーが何種かあったのですが
現在はこれだけが残ってるようです

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そして中部国際空港ができた時に
ミュースキャーとともにできた車両が2200系

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編成の半分が特別車両(ファーストクラス)
半分が一般車両です

そして私が乗ります2000系ミュースキャーが入ってきました

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ただの全席指定席特急なのですが
日本語の放送では全車特別車
英語ではファーストクラスと放送される電車です
決してJRのグリーン車や
近鉄のプレミアムシートのような座席ではありません



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2021年03月08日

2020年03月 コロナ渦最後の遠出 02/05

さて私が乗りましたのは
プレミアム車両の名古屋寄りの1号車です

ひのとりは名古屋寄りが1号車の6両編成
もちろん現在は編成も増えて8両編成のもありますが
このころはまだ6両編成だけで
1号車と6号車がハイデッカー仕様のプレミアム車両です

なので私が乗ってます1号車は

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こういうコックピットビューになっています
今現在
ひのとりはデビューして半年以上たっていますので
プレミアム車両と言えど全車満席になることはありませんが
この時は瞬時に売り切れが続出していました

さて1号車から後ろに探検に行きます
1号車はハイデッカーですから
客室を出ると階段を下りますがその片側はロッカーになっています

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鍵が見えますが
鍵式と暗証番号式2種類あります
どちらも無料で使用できますが

その反対側にありますのが物販スペースです

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右がソイジョイなどの販売機

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左がコーヒー抽出器です

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赤いカップを取って抽出器の抽出口に入れ
100円玉2枚を投入してボタンを押せば
抽出口がロックされコーヒーが出来上がります
紙幣しかない場合は左の両替機で100円玉にします
砂糖やミルクなどはカップ入れの下に無造作に用意してあります
これは日本独特でしょうね
これを華圏や半島ですれば
コーヒーを購入する人が来る頃には
砂糖もミルクもなくなっていることでしょう


1号車のこのデッキ部には洗面所があります

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観光特急しまかぜと違う点は
パウダールームがない点です
反対側は「普通の」トイレになっています

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これは新幹線でもこのひのとりにもありますが
いわゆる多目的トイレ(バリアーフリー)ではありません

さて
1号車と2号車の連結部分を通りますと
2号車のデッキ部分です
ここにも片側にロッカーがあります
そしてその片側は

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フリーラウンジです
なぜ作ったのか不明です
作成側の意図として使われているのでしょうか
この後ひのとりには数回乗っていますが
このスペースはいつも
速く席を立った次の駅の下車客が座っています

デッキを超えますと2号車の客室です

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2〜5号車は普通席ですが
他の特急よりピッチも広くなっていますし
何よりこの普通席のシートもシェルバックになっています
普通席でも十分に快適にゆったりとした乗り心地が味わえます




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2021年03月05日

2020年03月 コロナ渦最後の遠出 01/05

前回の記事の最後は2020年3月2日
この日はコロナ渦の影響が始まって
私の最後のフライトとなりました

ANA1702便福岡発関西行き

台湾からの帰りの福岡経由の帰阪便です
その後予約していた国内線も国際線も
次々と特例でキャンセルせざるを得なくなったことは
皆様も同様だと思いますし
私もブログでも書きました

3月末くらいからでしょうか
私の会社でも
出張禁止
遠出の禁止
などなどいろんなことが出てきました
そしてとうとう4月7日
緊急事態宣言が発令されたのですが
それから2か月弱で解除されるまで
会社も休業となり
私もスーパーに買い物に行く以外1歩も家を出ることはなくなりました
この辺りは真面目なのですよ私(笑)

さて宣言が出る2週間前
会社からは遠出の禁止が言われ始めたころなのですが
親戚の法事関係での遠出はしなければなりません
名古屋に行ってきました
これは普通の法事ですので
1か月以上前から決まっていました

旅の始まりは近鉄の大阪難波駅です

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その1週間前
まさかコロナで減便になるとは予想もしなかったでしょうが
近鉄の肝いり名阪特急「ひのとり」がデビューしました
それに乗ることも名古屋行きの主たる目的でありました

ひのとりは
今までの名阪特急用のアーバンライナーを
格段にグレードアップして
客単価を上げようとする目的の車両です
なのでプレミアム車両もレギュラー車両もグレードアップしています
肝心の所要時間などは大幅に早くなったわけではありません
ほとんど変わりません
最速の列車の本数が増えたくらいでしょうか

ひのとりが入線してきました

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今までの近鉄特急とは全く違う色と形です
私は炊飯器に似てるなと思いました

その時ちょうど向かい側の線には
アーバンライナーnextが名古屋から到着したようでした

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私は先頭車両のプレミアム車両をとったのですが
列車に入るところを動画撮影しましたが
テツな乗客であふれてうまく撮影もできず
テツの顔もたくさん入ってしまいましたので
ブログでは使いません
ゆーつべで保管しています

ひのとり6両編成の1号車と6号車はプレミアムカーです
伊勢特急「しまかぜ」同様
大窓ハイデッカーの2−1アブレストシートです

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シートは総皮張りで床はカーペットです
しまかぜのプレミアム席と違う点は
バックシェル型シート
背もたれを後ろに倒すのではなく
座面が前に出ていってリクライニングする形式になったことです

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これでレッグレストも上がりますし
後ろの人に気兼ねすることもありません

しまかぜのシートがスーパーグリーン車であるなら
ひのとりのシートは飛行機のビジネスクラスシートだといえます

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シート操作のスイッチ類もまるで飛行機のビジネスクラスですね

飛行機のシートと違う点は
やはりシート回りに電車会社の長年のノウハウが出ています

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もちろん普通のテーブルは飛行機同様
片方のアームレストから取り出すのですが
こういうカクテルテーブルは
前にスライドさせるとカップホルダーが現れたりします

窓は座った時の腰の位置から天井近くまで

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このスイッチは日除けカーテンの上下スイッチです

反対のホームには
新しい塗装のニューエースがいますね



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2020年03月25日

2019年GW 新機種に乗って欧州へ 18/22

食事の後は
ベッドメイクをしてもらって寝ました
この時はよく眠れました

ドイツと中国とは案外近いのです
フランクフルトと北京との間は10時間を切りますし
上海へも10時間ほどです
数年前フランクフルトから北京に飛んだとき
食後ゆっくりして眠ってしまって
目が覚めるとあと30分で着陸でした
なので今回はその経験をいかして
食後のお酒をやめにして
食べ終わると直ぐに寝たのです
私が目を覚めた頃は
まだ他の皆さんは眠ってらっしゃいました

長距離路線の2食目は
私はほとんど食べられません
この時も
無理矢理フルーツだけいただきました

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やはり想像通り
他のファーストクラス搭乗者は
着陸30分前くらいに起き出しました
CAさんも慣れたもので
私の時と違い
さっさと朝食セットを勝手に見繕って
他に何か?
みたいな配りかたをしていました

上海へは北から飛んで来るのですが
一旦東シナ海に出て南下し
180度右旋回して浦東機場に南から入って行きました

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外灘地区の摩天楼が見えてますね

ゲートから離れた方の滑走路でしたので
この写真を撮った後10分以上走ったり止まったりしましたが

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イミグレや荷物受け取りやカスタムは
拍子抜けするほどスムースに通過できて
ドアオープンから30分以内で
磁浮の駅にたどり着けました

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駅では切符売場で
磁浮1回+地鉄24時間パスを買いました
有人窓口ではクレカも使えます
上海を出る時はこの時は浦東ではなく
虹橋機場からでしたので
磁浮の乗車は1回で良いのですが
帰りも浦東の人は他の選択肢もあります

DSC00311

これを買っておいたせいで
その後ずいぶん助かりました
それはこの記事の最後の写真と文章に関係します

さて
実はこの旅に出る前
私の狭い知識の中では
もう今現在中国都会部では現金が使えなく
殆どかキャッシュレス決済になっている
そう言うことになっていたのです
テレビなどの盛った報道しか知らなかったんです
中国通の皆様に少しお聞きして
そんなことはないと言うことはわかったのですが
なるだけ
クレカが使える時は使って
手持ちの人民元を減らさぬよう努めました

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相変わらず安っぽそうなシートですね

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これ
もしかするとシートにすっぽり被せるタイプの
カバーなのでしょうか
洗濯しやすいように……

磁浮……
磁気浮上式高速鉄道リニアモーターカーですが
私は今回で3回目5乗車目の乗車です
1回目より2回目
そしてそれより今回の3回目と
だんだん揺れが大きくなっています

現在
最高速度430キロを出す列車は
大変少なくなっています
この時もその最高速度で走る午前中の最後の列車でした

DSC00260

ご存じの方もいらっしゃいますが
中国の磁浮は最高速度を越えてから加速をやめます
この表示も431までいって
その後少しづつ下がっていきました

磁浮は数分で終点の龍陽路駅に着きました
ここで地鉄2号線に乗り換えて
アジト近くの南京東路に行くのですが
ここで10時間以上煙草を吸ってない事に気付きました

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駅の横の交番の前で煙草を吸ってますと
空が非常に青い事に気付きました

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珍しいこともあるものだ……と
その時はそれだけ思っていたのですが
これが理由があったんです
その理由が上海滞在中
マイナスに働くことになったんです



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2020年03月09日

2019年GW 新機種に乗って欧州へ 11/22

アジトはアーリーチェックインしてくれましたので
お部屋でコーヒーを飲んだあと観光に出かけました
1泊ですので
この日と翌朝に観光する予定です

アジトのフロントで
市内中心部への交通機関を聞きますと
鉄道はあることはあるが
バスと交互交互運転
それも1時間に1本どちらかがあると言う
まあ長閑なダイヤです

ホテルでのやり取りは
英語が通じますのでポケトークは必要有りません
たまたま15分後に鉄道の方がある時間でしたので
駅に向かいました

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アジトからは
横の駐車場のビルを越えて徒歩3分
ホームがむき出しの車止めがある駅でした

DSC00176

駅舎も切符売場も何もありません
ホームも1本だけです
ホームの中程に切符の自動販売機がありましたが
慣れない操作で買っていると
横の兄ちゃんが
今から乗るなら車内で買った方が時間がある
と教えてくれました

そう言えば東欧ではローカル線では
車掌ではなく切符おばさんが
乗ってる場合が多いことを思い出しました
なので飛び乗ってみますと
なんと車内にも小さいですが
切符の機械がありました

DSC00177

駅の販売機はマルチタイプで
切符の種類やら何から何まで出来るため
ややこしい選択がいくつも必要でしたが
車内の機械はとてもシンプルで
乗る駅と降りる駅を選択して
シングルジャーニーかリターンか位しか種類はなかったです
小さい機械ですがクレカも使えました
この辺りは列車がそうですから
やはりドイツの技術が入っているのでしょうね

クラクフグローリー
意味はクラクフ主たる駅です
中央駅とは少し意味が違いますが
ここが観光の拠点です

DSC00178

駅の横には大きなショッピングモール
駅裏にはバスターミナルがある大変便利な駅です

さてここでクラクフの簡単な説明です

ポーランドの首都は
ご存じのようにワルシャワですね
ワルシャワは
歴史のある街並みをヒビの1つまで復元して
世界遺産に認定された都市ですが
ワルシャワが東京なら
このクラクフは京都や奈良といった立ち位置の都市です
歴史はワルシャワより古く
しかも復元した訳ではない世界遺産の町です

町の歴史地区が世界遺産になっているのを始め
郊外には岩塩鉱跡
さらには正式にはビルケナウ
通称アウシュビッツが世界遺産として控えている
まさにポーランド観光の中心地です

岩塩鉱跡なんかは私の興味範疇外ですし
ビルケナウは……
ご存じのように私はもって帰りやすい体質なので
行くことはしません

駅前からひとつ通りを入ると
観光の大通りです

DSC00179

建物はきれいに保存され
通りは整備されています

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世界遺産として登録されてから
色々整備されたのでしょうね

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こう言う銅像は
比較的新しいものだと思います
台座も綺麗ですし
世界遺産制定記念なのかもしれません

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世界遺産はクラクフ旧市街です
多くの欧州の都市がそうであるように
この中世都市も城壁で囲まれていました
その城壁内が旧市街です
今では城壁はありませんが
公園がその代わりに旧市街を囲っています

通りの突き当たりには
バルバカンという城塞が建っています
ここから南が城壁内の旧市街
世界遺産になります

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このバルバカンはポーランド最大で
ワルシャワが復元物ならこちらは本物です
砦の役目を終えたあとは
倉庫や牢として使われていたのは
どこも一緒のようです

このバルバカンのすぐ先に
城壁の北の入口であった
フロリアンスカ門があります

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この門がワープポイント
ここをくぐりますと
タイムスリップしたようになります



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2020年01月24日

2019年3月 受動喫煙法直後のバンコク 09/10

台南の歴史小路をうねうねと進んでいきます

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そして赤崁楼前に出ました
この赤崁楼真向かいにありますお店は
私のお勧めのお店です

食べ物に関しては
人それぞれの好き嫌いがありますので
あまりお勧めとかをいうことは少ないのですが
ここは数少ないお勧めと言ってるお店です
皆様と阿里山に行った時には
残念ながら定休日でしたので
寄ることが出来ませんでした

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以前にも紹介していますが
このメニューです

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白腹魚羹というスープです

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鰹出汁の効いたすまし汁の中に
白身のお魚と葱を浮かべて
黒酢を少し垂らしたものです
上品なお味は日本人のほとんどが好きなはずです
なによりこの器です

ここ
黒い器を使ってますでしょう
このスープは実は透明ではありません
かつおだしと醤油で少し色がついています
そして具材は真っ白な魚です
これを黒い器で出すことによって
スープは透明に見え
具材はより白く見えるのです
これは私たち日本人にとっては当たり前のことで
和食の盛り付けの基本の第2歩ぐらいだと思います
しかし
偏見かもしれませんが
華圏での食器ってあまり気を使われることがないのです
なので
これはやはり日本の影響なのでしょうか

そして
台南の定番です

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担仔麺の老舗の度小月ですね
ちなみにここは本店ではありません
本店は孔子廟の近くにあります

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大きさはお茶碗大ですから
女性でも余裕で食べられます
この中では煮玉子が別料金になります

さて
何だかんだで
台南から帰る頃は夜になってしまいました

高鐵の台南站で
新幹線の中で食べようと
寿司を買いました

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小さめのお寿司です

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お味は不味くはない
でも決して美味しくはない……です
千葉のI氏は系列のお店で
食べたことがあるはずです

海老とサーモン
サーモンの炙りと鮪
これで日本円700円ほどします

帰りも予め買っていた商務座……
ではなく
一本早い列車に変更して帰りました

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茶菓子は行きと違う方を選択しました
う〜ん
甘さ控えめ過ぎのお菓子
奈良の鹿煎餅とは言いませんが
マミーのようなクッキーでした



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