汗風呂

jacta est alea.

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これに反対する反日はもう出てけ

 政府は国産で中長距離巡航ミサイルを開発すると決めたようです。シンプルに言うと、こういうトマホーク型のミサイルです。これをF-35などのステルス戦闘爆撃機に搭載してピンポイントで敵の重要拠点を爆撃するわけです。

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 2004年くらいにも自衛隊は導入を目指していたんですが、公明党がこれに反対して潰されてしまいました。その理由としては「中国や北朝鮮を刺激する」とか、「憲法に違反する」といった意味不明の理由で潰されたのです。


 ただ、2004年頃はまだ中共の海洋侵略や北朝鮮の核実験も今ほど深刻ではなかったの大目に見てやったとしても、これだけ中共が軍拡に突き進み、東亜の周辺国家を併呑するリアルな事実を積み重ねている以上、我が祖国と同胞、さらには子や孫を含めた将来の日本を護るために、敵重要拠点をピンポイントで精密爆撃出来る巡航ミサイルは必須です。


 それを国産でやろうというのですからこれはとても喜ばしいことです。これに反対する連中は、日本が中共や北朝鮮に攻撃されてもいいし、その攻撃によって我々や我々の子供たちが死んでも良いと思っているに等しいのです。


 おそらく公明党はまた猛反対をするでしょうし、極左政党の立憲民主党や社民党などのアベノセイダーズはこの方針を潰しに来るでしょう。さらには2Fなどの親中派の自民党議員も潰しに来るでしょう。しかし、世論が政権を下支えしておけば今の政権ならなんとか出来るはず。なんとかなんとか頑張って欲しい。


 この方針はリトマス試験紙になります。これに反対する連中はさっさと支那や北朝鮮に亡命した方が良い。そういうレベルの極めて大事なニュースです。注視であります。
 


 国産の中長距離巡航ミサイル開発へ 中国に対抗 防衛相

 岩屋防衛大臣は、南西諸島の防衛を強化するため、新たに国産の中長距離巡航ミサイルを開発し、2030年代に退役が始まる航空自衛隊F2戦闘機の後継戦闘機に搭載することを視野に入れて計画を進める方針を明らかにしました。

政府は、海洋進出を強める中国を念頭に、南西諸島の防衛や日本周辺の太平洋海域での防衛力を強化するため、戦闘機に搭載できる外国製の長距離巡航ミサイルの導入を進める方針を決めていて、今後、国産のミサイルも射程の延伸を図ることにしています。

これについて岩屋防衛大臣は記者会見で「近年、諸外国の艦艇に射程が長い対空火器の導入が進んでいる。自衛隊員の安全確保のため、戦闘機搭載のミサイル装備の射程延伸を図っていきたい。それを巡航ミサイルと言うのであれば、その保有について研究開発を行っている」と述べ、新たに国産の中長距離巡航ミサイルの開発を進める方針を明らかにしました。

そのうえで、新たな国産の巡航ミサイルについて、2030年代に退役が始まる航空自衛隊のF2戦闘機の後継戦闘機に搭載することを視野に入れて計画を進める考えを示しました。

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190319/k10011853201000.html



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安倍「やれ」、イチロー「はい」

 もはや反日左翼の連中にとって安倍総理は全知全能の神……いやゼウスといってもいいのでしょう。おそらくイチロー選手の引退も安倍のせいと思っているのでしょうw
 反日左翼(アベノセイダーズ)が過去に安倍総理の『力』と認定したものはざっとこんな感じ。

 ・各種災害系
  特に台風系は安倍総理の得意技
 ・田中聖など著名人の逮捕
  とにかく有名人が逮捕されたら安倍のせい
 ・スポーツ選手の引退
  もちろんイチロー選手引退も安倍のせい
 ・日本陸軍のインパール作戦
  昭和19年の作戦で安倍総理は昭和29年生w
 ・北鮮のミサイル発射
 ・有名人の交通事故
 ・パンダのシンシンが出産
 ・小出恵介の未成年淫行事件
 ・株価が2万円台に上昇
 ・イタリアの地震
  海外の大地震は高確率で安倍のせいにされますw
 ・SMAP解散
  もちろん安倍のせいですw
 岐阜県でシマウマが脱走
  コピペして吹き出しちゃったよww
 ・小田急線和泉多摩川駅の人身事故
  人身事故もしっかり総理は極めていきますよ
 ・相模原市障害者施設殺傷事件
  この辺りになるともういみふ
 ・バングラデシュの人質事件
 ・ベルギーテロ事件
 ・イギリスのEU離脱の国民投票
  これも安倍のせいだったのかーw
 ・スコットランド独立の住民投票
  おいおいマジかよ(棒
 ・東日本大水害、地震続発、桜島噴火、阿蘇山噴火
  なんかもう飽きてきたw
 ・体がだるい
  病院逝ってこい
 ・鬼怒川の氾濫
  はぁ……
 ・シャルリー・エブド襲撃事件


 もう飽きましたw
 しかし、全知全能の神じゃないですか。どんだけ安倍総理凄いんですか。天災人災も自由に引き起こし、芸能人や著名人の引退すらコントロール。場末の底辺左翼の体がだるいことまで安倍総理が制御しているなんて。ってことで、より詳しくまとめているのがこっちですのでどうぞ。アベノセイダーズパート2はこちら


 たぶん、このブログとかも反日左翼の下郎どもが読むと、あれなんでしょうな。

 安倍「やれ」
 天戸「はい」

 wwww
 いやー、まずいだろう、それww
 大草原ww

 頭膿んでんじゃねえのかw
 
  
 sade

きれいごと


 どこで読んだか忘れたんですけども、どっかの日本の宗教者のお偉いさんが「日本の宗教が非武装で互いに戦わないのは平和を愛するがゆえ……」なんてことを書いていた記事がありました。浅い……浅すぎる。なんだよ、それ……って感じです。

 あんたは天文法華の乱をご存知ないのかと。加賀の一向一揆や石山合戦をご存知ない?

 歴史を丸無視したこの手のふわふわのうわっ滑りした平和論にはヘドが出ますな。何を言うておるのやら。日本の宗教が非武装な理由はただひとつ。


 織田信長が延暦寺と死力を尽くして戦って彼らの牙を完全に抜いたからです。

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 これに尽きるのです。この政策を徳川幕府も受け継いだだけです。戦国時代の一向宗なんて巨大な利権集団そのもの。潤沢な資金、死ねば極楽に行けると信じる無数の兵士、全国各地の荘園や関所、生活必需品の生産・販売・流通システムの管理、一向宗に気脈を通じる戦国武将の数々。


 この巨大な利権集団と真っ向勝負したのが信長です。一向宗との長期に渡る戦いの中で実弟織田信與(のぶおき)をはじめて多くの織田一門も戦死しています。つまり、圧倒的な武力を持つ宗教集団に対して圧倒的な武力で制したのです。相当の犠牲を払って……。


 で、彼らを壊滅せしめたかというとそんなことはありません。武装しなければ信仰は許すとやったのです。政治も軍事も、現実は血脂や手脂がつくようなリアルの積み重ねが重要です。平和が大事とか安倍ガーとかジュゴンが死んだとか辺野古反対とか……笑止。平和を作り上げるのはリアルなスキームの実行&積み重ねです。


 だいたい共産主義はマルクス主義を実現するために血飛沫が必要であると訴えているわけですから、当然にこのことは知悉しているわけです。暴力革命を志向していることは堅持しているわけで、こればかりは隠せません。


 ダブスタがデフォの共産主義者は何をやってもぐだぐだ。安倍総理四選について意見を求められたオロナミン志位ときたら、よせばいいのに「なにをたわけたことを言っているのか」と想定通りの回答。そうなれば、待ってましたと「あんたのところの独裁政党であんたは何年間委員長やってんだよと。20年もやってんじゃないかと」なるのがオチ。


 ともあれ、現実を無視した机上の空論をしゃあしゃあと述べて悦に入る香具師にはヘドが出ますな。
 

 

男衾三郎絵詞

 昨日、男衾三郎絵詞を紹介したところ、あまりの鬼畜ぶりにもっと現代語訳で読みたいということでしたのでなんとか意訳でやってみましょう。ただ、私、プロではないので間違っていても「あまと、間違ってるやんけ、m9(^Д^)プギャー!」とかなしでお願いww


 月花に心をすまして、哥をよみ、管絃を習ては、何のせんかあらん。軍の陣に向て、箏をひき、笛をふくべきか。


 月や花を愛でて歌を詠み、管弦を習ってどうすんだよ。戦の時にお箏を持っていくのかって話。陣中で笛を吹くのかって話でしょ。


 この家の中にあらんものどもは、女・めらべにいたるまで、ならふべくは、このみたしなめ、荒馬したがへ、馳引して、大矢・つよ弓このむべし。


 うちの家中の者達は、女や子供に至るまで身を嗜めて、気性の荒い悍馬を手なづけて乗りこなし、強弓と大きな矢を好むようでないとダメだから。


 
惣じては、兵のみめよき妻もちたるは、命もろき相ぞ。


 そうそう、武士たるものが美人の妻を持つのはまずい。だいたいそんな奴に限って死ぬ。


 八ケ国の内ニ、すぐれたらんみめわるがな」とねがひて、久目田の四郎の女を迎て、夫妻とぞたのまれける。


 関八州の中でも抜群に優れたブスがいい……と願って久目田四郎の不細工な娘を嫁に迎えて夫婦となったわけなんだよね。


 たけは七尺ばかり、かみはちゞみあがりて、もとゐのきはにわだかまる。顔カニハ鼻よりほか、又見ゆるものなし。へ文字ロなるくちつきより、いひいだすことぱ、ことにはかばかしき事はなかりけり。男子三人、女子二人いでき給へり。


 その迎えた嫁というのが、身長は210センチほどで髪は縮れて螺髪状態の上に、髪留めのところでトグロを巻いている。肝心の顔といえば、鼻だけが人並みであとは絶望的。口はへの字口だし、そのへの字口のままで話すもんだから、滑舌が悪くて何を言っているのかまったくイミフ。


 
男子三人、女子二人出でき給へり。


 そんな感じだったんだけど、男子を三人、女子を二人も生みなさったよ。


 続いて、第七段も意訳しておきましょう。この前段で男衾三郎は女房と示し合わせて、実兄である吉見二郎の娘であった「桔梗」という美しい娘を端女として使うことになります。男衾三郎は鬼畜なので、鬼畜前提で読むと理解しやすいですw

 そうこうするうちに国司が異動になり新任の国司が赴任してきます。そこで、男衾三郎夫妻はこの新人の国司を自邸に招いておもてなしするわけですが、そこで美人の「桔梗」を新任国司が見つけて一目惚れしちゃうのです。


 かくて、男衾の女房、三郎に申し合わせて、国司の方へ案内まうさせける。心は、御目にかゝりし女見せ奉りて、「仰せニ従ふべし」と申したりけれぱ、急ぎ又入り給へり。


 新任国司が見初めてしまった娘は、本当は「桔梗」なんだけれども、桔梗を嫁にやるなどとんでもない。うちの娘をなんとか新任国司の嫁にしたい……と男衾夫妻は計略を巡らせます。

 男衾夫妻は、新任国司に「あなたがうちの娘を見初めれたのであればの仰せのままに……」ということで嫁として差し上げますと案内をします。しかし、それは男衾夫妻の娘で桔梗とは別人なのです。とにかく嫁に入れてしまえばこっちのものとばかりに二人は急ぎ準備を始めます。


 
男衾の娘十九になるを、なのめならず取り繕ひて、出し奉る。


 桔梗と別人とはいえ男衾三郎の娘も19歳という年頃。なんとか取り繕って見初めた娘に見えるようして新任国司の前に出したわけなのです。
 

 母に似給ひたる容なれば、顔は横ざまにて、しかも中広なり。目には、金椀を彫り据ゑたる様にて、眉は抜き繕ろひたるうへ、なを描き眉なり。目伏高くて、差肩なり。額の髪縮みあがりて、品もなし。ひとへに鬼にぞ似たりける。


 ところが、この娘ときたら母に似た醜女だったので、顔は横に大きくてしかもでかい。目ん玉は金の椀を彫り込んだようにギョロリとしていて、眉は抜き繕った上にゲジゲジ眉。さらにその上になんか描いているのがキモい。眼窩は窪んでいてゴリラのように彫りが深い。あと肩幅が異様にいかついのもちょっと。さらに額の髪が螺髪状態でぐるんぐるん縮みあがっているもんだからもうダメ。品なんか当然ない。ま、一言で言うならば、鬼?

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 とまあ、こんな感じっすかね。その後、この男衾夫婦の計略がどうなったのか……。実はこれ以後は失われていてどうなったのかは不明なのです。しかし、上の絵を見てみると、見ようによってはソバージュの肩パッド。まるで80年代後半のバブル期の女子みたいではありますな。

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 学校で古典を習うとどうしても枝葉末節に囚われてしまって面白くないことも多いんですが、こうして読んでいくと古典もまた活き活きしてきますなww
 

 

生首は常に絶やさぬように

 しかしアレですな。今の日本人が反日左翼の仕掛けた教育によって小さくまとまっているのも考えものですな。本来の日本人は鎌倉や室町をたくましく生き抜いたしぶとい民族でもあったんですが、どうも平準化された陳腐な規矩を持って生存を制限することに頭を傾げざるを得ません。


 戦国時代は修羅の時代だと一般的には思われていますが、実のところ戦国期には戦国なりのルールがありました。戦に負ければ大将が切腹して許しを請えば家臣達は助命されるとか(備中高松城の清水宗治etc)、剃髪して恭順を示せば助命されるとか(九州征伐の島津義久etc)、兜をかぶった敵の首級は丁重に扱い首実検後は国元に送り届けるとか…そういうルールがあったんですな。


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 しかし、鎌倉時代から室町時代にかけてはまだこういうルールが決まっていないため武士に限らず、舐められたら殺すというのが唯一のルールといえばルールですし、一寸先は闇。毎日が死と隣り合わせです。


 こうなれば、庶民もなんとかサバイブするために、殺しの技術を磨く、より強い武器を手に入れる、仲間達と徒党(一揆)を組んで敵勢力に対抗する、あるいはより強い領主に臣従するなどして生き残りを図るわけです。


 モノを取られたら取り返す。仲間が殺されたら殺し返す。こういう行為は自救行為と呼ばれて法治国家では基本的には許されていません。取り返すのは国家がやるぞと。悪い奴を殺すのは国家がやるぞというのが建前なので個人の自救行為を認めていないのです。もちろん、自救行為を完全に認めろというつもりはないですが、少なくともそういう気概は必要でしょう。


 弱い個体は生き残れず、優しすぎる個体も生き残れない。心を病んだ個体も生き残れない。もちろん、引きこもりなども生き残れない。信じすぎても生き残れない。信じすぎなくても生き残れない。約束を守れば死ぬ。約束を守らなくても死ぬ。先のことは全く分からない…。人の命などは鴻毛よりも軽い。もう細かく挽いた胡椒レベル。そういう時代が鎌倉時代や室町時代です。


 福富草紙絵巻


 でも、ちょっと考えてみると、現代も一寸先は闇の時代に突入していますしね。終身雇用などはなくなりましたし、年金も80歳以上の高齢者がたくさんもらっているので今の我々世代以下はたぶん雀の涙です。上場企業ですら簡単に倒産しますし、AIの登場により税理士や弁護士などの士業ですら安泰ではなくなってきました。


 じゃあ、ここで「安部ガー」と言うのかって話です。安部が悪いからこうなったんだと。政府は俺たちの面倒をみろと泣き言を言うのかと。しかし、これではまるで反日左翼ですわ。勝手に言ってろって時代に入っていきます。


 なぜなら、益々室町化が進みますので先行き不透明な時代が進んで行くからです。五里霧中の暗中模索、手探りで生存をしていく時代になっていくわけです。


 そこで、いかにして人より早くムロマチに立ち返っておくかが肝要です。自分のことは自分でやる。自分の手に余るなら一揆を組んで集団でやる。敵認定したならば徹底的に戦う。手に余れば牛馬の腐乱死体を投げ込むくらいのレベルで嫌がらせをする。まあ、こういう気概を持っておくくらいでちょうどいいのです。今の日本人は自己規制が強く効きすぎている上に馬鹿真面目になっちゃってますからね。


 そして、こういうムロマチだからこそ、茶の湯や華道などの芸事も活きて来るのです。一寸先は闇だからこそ、一碗の茶や一輪の花に心を込められるのです。今の日本文化の礎が室町時代に生まれたのも頷けます。今日も明日も明後日も同じ毎日がずっと続くのさ…へっと思っているから軸がぶれるわけです。


 徳川250年の間に日本人は牙を抜かれたかと思いきや、幕末の動乱期には見事にサイヤ人のDNAが復活しています。250年振りだと言うのに新選組は不逞浪士をバサバサと斬る、浪士達も人斬りを育てて幕吏や敵対勢力を暗殺しまくる、戊辰戦争でも徹底的に戦いまくる、西南戦争では空中で弾丸が衝突してくっつく有様。日清日露、大東亜戦争としっかりとサイヤ人が復活しているのです。日本人が平和な農耕民族だなんて幻想です。


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 なので、本来の日本人に立ち戻ることで、今の日本の国難などは忽ち解決です。極悪人に死刑が宣告されればさっさと殺せば良し。不法に我が領土を占拠している不逞の輩は武力で制すれば良し。韓国などには経済的にガンガン嫌がらせをして腐乱牛馬の刑に処せば良いのです。わざわざお利口さんの皮などを被る必要はないのです。だって、もともとムロマチの子孫なのですから我々もw


 着慣れぬお利口さんの着ぐるみなどを着て滅ぶ必要はないでしょう。明日も生きていればお天道様に感謝ってな気持ちで毎日に集中して生きていくんだと。そういうことです。


 


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 あと、おまけですが、2ちゃんまとめでこんなのも見つけましたんで晒しておきます。鎌倉時代の武士の様子を描いた男衾三郎絵詞(おぶすまさぶろうえことば)にこんなのがあります。ほんと戦時ではなくて普段から鬼畜ですが、だからこそ数十万の元軍がこいつらと戦うのを嫌がったのでしょうw


 弓矢とるものの家、よく作りては、何かはせん。庭草引くな。俄事のあらん時、乗飼にせんずるぞ。馬庭の末に生首絶やすな、切り懸けよ。


 家督を継いだからには心掛けねばならんぞ。庭の草取りなどはしてはならん。戦の時には馬の餌にするのだから庭は常に草ぼうぼうにしておけ。それから、馬場の端には生首を常に引っ掛けておけよ。だから常に生首を補充するために人殺しを忘れてはならんぞ。

 
此の門外通らん乞食・修行者めらは、益ある物ぞ、蟇目鏑にて、駆け立て/\追物射にせよ。


 うちの門前を横切る乞食や僧侶、修験者はとても有益なものだぞ。連中は機敏に逃げるから鏑矢を番えて射かけて弓の標的として活用せよ。

 
若者共、政澄、武勇の家に生まれたれば、其の道を嗜むべし。


 諸君達、武士の家に生まれたからには武士として殺しまくりなさい。
 

 こんな鎌倉時代の武士に対して出された北条泰時の御成敗式目がこれ。ただ、ネタも含まれるようなので鵜呑みは自重ww

・みだりに通行人や旅人を殺してはいけません
・勝手に人妻と密通してはいけません
・他人の領地の田畑から勝手に作物をとってはいけません
・他人のものを自分のものにしてはいけません
・行商を殺して品物を奪うことはいい加減にやめましょう
・売春婦でも無理矢理犯してはいけません
・人の悪口を言ってはいけません
・路上で女性を拉致してはいけません
・朝廷の土地を勝手にとってはいけません



 徳川250年の太平を築いた家康公の場合ww

 神君家康公の御性癖

・部下の女房寝取るのは上司の特権
・色黒筋肉女最高
・力士見てるとビンビンになっちゃうよね
・イイ女がいたから屋敷に呼んでハメて、次の日母親も呼んでハメた
・女は子供産んでからが本番
・14歳(数え年)の女とやってたら時間経つの忘れちゃった
・太った女を抱いてるとでっかい餅みたいでいいよね
・美青年を脇に置いとかないと仕事する気にならなくない?
・尼とやったらダメなの?本当に?1回でもダメなの?

元寇つづき

 だいたい昔の学校で習った元寇のイメージというと、日本の武士は集団戦闘には慣れていなくて「やーやー、我こそは!」と名乗りをあげて単騎駆けして元軍の毒矢にやられたとか。元軍の新兵器『てつはう』にやられたとか。集団戦闘で押してくる元軍に手も足も出なかったところ神風が吹いて運良く助かった。とまあ、戦後の反日史観から日本下げの教育を行ってきました。以下のURLもやはりその日本下げ史観に囚われたままで抜け出せていない典型であります。少しはマシですがw

 http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/genkou/index.html


 しかし、最近は少しこの反日史観が薄まってきておりまして事実に基づく検証も行われているようであります。いいことですな。以下の絵図なんてどうみても集団戦闘ですしね。なんでしょうか、自虐史観連中の根強い一騎駆け信仰はw


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 もともと元に日本侵略を唆したのは高麗の忠烈王。「さっさとやっチャイナ!」と文永の役と弘安の役を引き起こしたのです。ちな、忠烈という名前は『はげしく元の皇帝に忠誠を尽くす王』という意味ですので、なんかどっかの大統領みたいっすね。


 前回の記事で書いた通り、外寇はちょいちょい発生していたので、朝廷や幕府に危機意識がないということは全くなく、博多辺りは唐人も朝鮮人もうじゃうじゃいたわけですから諜報活動もしっかりしていたでしょう。フビライからの国書に返書をしなかったのは単純な理由です。


 ダメなら我が軍を派兵することになるが、それは我々の好むところではない。日本国王はこの気持ちを良く良く考えて返事をしてほしい。



 こんな傲慢無礼な国書を送りつけてきたからです。腰抜け反日左翼なんて当時は居ませんしね。武士そのものが戦闘民族サイヤ人ですから「この無礼者めが!返り討ちにしてやるわ!」くらいの気概があったんでしょうよ。だから、無礼者には返書なぞ無用……となったんでしょう。
 

 北部九州の武士団は即応部隊として博多に集結しております。

 少弐 経資(しょうに つねすけ)
  緊急即応部隊の指揮官的存在で敵軍と激しく交戦してこれを撃退。

 少弐 資時(しょうに すけとき)
  12歳で文永の役で奮戦。弘安の役では敵軍の激しく交戦して19歳で戦死

 少弐 景資(しょうに かげすけ)
  文永弘安共に実兄である経資と共に日本軍を指揮して奮戦。

 大友 頼泰(おおとも よりやす)
  鎌倉から馳せ参じ鳥飼の戦いで敵軍を撃破。以後、豊後に大友家は土着。
  ちな、先祖は我輩の母方のかつての主筋ゆえおそらく戦闘に参加。

 菊池 武房(きくち たけふさ)
  肥後から駆けつけて敵軍を赤坂の戦いで撃破。
  上陸していた元軍の主力部隊を沿岸部まで押し下げることに成功。
  ちな、先祖は我輩の父方のかつての主筋ゆえおそらく戦闘に参加。

 赤星 有隆(あかほし ありたか)
  実兄菊池武房とともに肥後から博多に駆けつけ元軍と奮戦。

 原田 種照(はらだ たねてる)
  文永弘安ともに元軍と奮戦して戦死。

 原田 種之(はらだ たねゆき)
  文永弘安ともに元軍と奮戦して戦死。

 松浦答(まつうら こたう)
  水軍松浦党の武将。玄界灘で水軍を指揮して元軍と奮戦。
  その間に本拠地を元軍に叩かれてしまう。

 島津 久経(しまづ ひさつね)
  島津一族を率いて敵軍と奮戦。

 相良 頼俊(さがら よりとし)
  高齢を押して蒙古軍と奮戦。

 それ以外にも、豊後の臼杵家、戸次家(戦国末期にはあの立花宗茂を輩出)なども馳せ参じたと八幡愚童訓に書かれています。しかし、これは主だったところなので、実際には筑前、筑後、肥前、肥後、豊前、豊後、薩摩、大隅、日向といった九州中の武士やその一族郎党、分家、陪臣に至るまでの総懸りだったことでしょう。

 
 そういえば、こういうのもあるようです。まとめで見つけたんですけどね。

 元寇時の鎌倉武士打線(最新の研究)

1(遊)モンゴル襲来の6年前に大陸にヤベーのがいるのを察知して情報収集してた
2(三)壱岐・対馬は見殺しにしたのは敵情を研究したのではなく単に対馬守護少弐氏への嫌がらせ
3(一)最初の蒙古襲来で人質を盾にしてたモンゴル軍に人質無視して射殺してた
4(指)博多を略奪したのではなく物資と人員と銅銭を徴発してただけ(太宰府天満宮に「徴発やめてよー」という願文と請願が残ってる)
5(右)蒙古襲来4年前に非御家人の動員の権限を幕府が接収、北九州に西国の武士を集中させてた
6(左)使者をぶっ殺した時に書状を見ずに殺したために三度目の使者の書状が和睦(休戦)の使者なのを知らなかった
7(中)二度目の南路軍来るのを半年前に察知して海賊が襲いまくって南路軍が博多に来たときはボッロボロだった
8(二)鷹島掃討戦で高麗人、モンゴル人は皆殺しにしたけど女と宋人は助命してそのまんま戦利品として6千人ほど御家人で山分けしてた
9(捕)実は元寇の後に来た高麗と元の和平の使者を話を聞かず6回ほど博多で殺してる


 3の人質無視して射殺とか……いかにも当時の武士ならやりそうです。今と価値観が違いますからね。人質が人質にならんという。4なんて事前に情報活動を行っていたからこそ可能だったのでしょう。この辺りは自虐史観のセンセー達は絶対に認めたくないでしょうけどね。

 7なんて海賊にボッコボコだったとかクソワロタですな。メシウマ案件です。9の和睦の使者を博多で何度も斬首とか鬼畜杉内w このまとめは細川重男の「北条氏と鎌倉幕府」からの引用のようです。よかったらどぞ。


 元軍の戦闘記録にも「日本の武士は勇敢で死ぬのをなんとも思っていない」とか、「日本軍の戦意を削ごうと大将首をかざしたところ、その首を取り返そうと更に激しく武士達が攻めかかってきた」とか書かれているそうです。

 ま、2回戦目の弘安の役の頃には日本も防塁を延々と沿岸部に構築しておりましたんで、初回に比べればだいぶ違ったでしょう。この防塁跡はまだ少しですが各所に残ってます。だいぶ小さくなったようですけどね。

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 以下にも防塁が描かれています。武者達が座って休息しているのでしょうか。中央の立派な武者が赤地に金泥の日の丸を持っています。これが菊池武房です。ということは周辺の武者達は菊池家の幕僚かもしれませんね。


 その防塁前を騎馬にて移動しているのが肥後の竹崎季長です。前方を歩く徒武者は鉤爪のついた長い棒を持っていますが、これは敵の船舷に引っ掛けて手繰り寄せる武器ですね。薙刀は女性の武器というイメージがありますが、当時は徒武者も使ってました。

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 夜になると我軍はこっそりと小舟で敵船に近づき腐った牛馬の死体を投げ入れるというウォーキング・デッドばりの荒業で元軍を悩まします。そういう記述があるということは、おそらく一艘や二艘ではなかったはず。夥しい数の腐乱した牛馬の死体が毎晩投げ込まれるとか死ぬ。


 ま、長々と書きましたが、西国は何度も外敵からの侵略を受けてきた土地ゆえに国防の意識もひとしおです。なんせ元や高麗の兵ときたら女は拉致して手に穴を開けて数珠繋ぎにするは、赤ん坊は八つ裂きにするは……。壱岐や対馬では「ムクリ(蒙古)コクリ(高麗)」という言葉が残っているレベル。元寇に関してはwikipediaよりもこちらの方が詳しいのでどうぞ。


 外敵は情け容赦なく殲滅せねば自国が守られぬという気概が必要なのです。だからこそ、敵国降伏という神社が聳え立っているのでありましょう。(ちな、我輩はこの神社でお宮参りしました)


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 日章旗を挟んでZ旗と旭日旗が堂々と掲げられたこの山門は名将小早川隆景の寄進によるもの。どうぞご来県くださいませ。ちな、この筥崎宮では9月に放生会(ほうじょうやと呼ぶ)という祭礼があるんです。生き物を大切にしましょう的な祭りですけど、参道のテキ屋では紫色やピンク色にスプレーされたヒヨコが販売されておりましたw
 

 ということで、元寇の歌を紹介しようと思いましたが、これは何度もこちらでは紹介しているので、敢えて変化球を投げておきましょう。それでは歌っていただきましょう。数十万を超える元と高麗の大軍を相手に死力を尽くして戦った武士達を思い浮かべながらお聞きくださいww

 


 参考:https://blogs.yahoo.co.jp/sa341gazelle/5209517.html続きを読む

あまとつべ 3月 3回目&4回目


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迷う前に読む本w


 とにかく「へうげもの(ひょうげもの)」は読んで損はしないからw

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安保法制賛否芸能人一覧表
目指せ、廃刊

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