11月26日付
山陽新聞記事から
11月26日付の地元山陽新聞で、倉敷市議会議員の県外視察の報告書の「意見・感想」の文面が複数の会派で全く同じだったと報じられました。
視察に参加したメンバーのうちだれか一人が文章のひな型を作ったといいます。
報告書の使い回しを示すものといえます。他にも同一内容の報告書が散見されるため、「議員のモラルと議会の体質の問題」と紙面(倉敷・総社圏面解説記事)で批判されております。
(紙面イメージ)
要約版はネットでも見ることができます。
https://www.sanyonews.jp/article/1075187
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記事には、「民間企業であれば...」というくだりが何度か出てくるため、民間企業出身の私も思うところを書きたいと思います。
問題の報告書はこちらから
問題の報告書は倉敷市議会ホームページから見ることができます。(倉敷市議会は意志をもって積極的に公開しておりますので協力します)
「政務活動費報告書等」https://www.city.kurashiki.okayama.jp/module/58170.htm#moduleid58170
倉敷市議会は、政務活動費の領収書コピーを公開しておりますが、そこに活動費を使った視察のバウチャーとして報告書も添付してあります。
公開は会派ごとに行われております。同じだと言われるのは「意見・感想」欄です。
(記事になった報告書があるページ番号も添えます。)
未来クラブ:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/secure/131613/H31mirai_01.pdf
(210ページ/400ページ中
くらしき創生クラブ:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/secure/131613/H31sousei_01.pdf
(78ページ/300ページ中)
無所属クラブ:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/secure/131613/H31musyozoku_01.pdf
(96ページ/300ページ中)
公明党倉敷市議団:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/secure/131613/H31koumei_01.pdf
(165ページ/400 ページ中)
新政クラブ:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/secure/131613/H31sinsei_01.pdf
(109ページ/300ページ中)
日本共産党倉敷市議会議員団:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/secure/131613/H31kyousan_01.pdf
(68ページ/300 ページ中)
くらしき希望の会:https://www.city.kurashiki.okayama.jp/secure/131613/H31kibou_01.pdf
(93ページ/350 ページ中)
何が問題とされているのか
報告書内容の「使い回し」という行為が問題とされておりますが、報道内容からさらに次の2つの問題があるといえそうです。
1.複数の議員で同じ報告書をシェアすることがありなのか
2. 会派を跨いで、報告書の内容を使い回すことが許されるのか
まず1から
本来視察報告書(さながら出張レポートか)は、視察参加者が一人ひとり作成すべきものであり、複数人が共同して提出するものではない、と紙面では語られます。
上のリンクを見ると、報道された以外のレポートでも、会派の全員に近いメンバーが連名で視察報告書を出しているものが散見されます。
私の以前勤めていた民間企業でも、レポートを連名(あるいは複数の押印で)作成することはありました。たたき台を誰かが作り、皆で中身を精査して提出するものです。出張者の数だけレポートがあるとは限りません。
ただし決定的に違う点があります。民間企業なら組織で仕事をするため、部署全員もしくはそれに近い数の人が、同じ目的の出張に行くことはあり得ないことです。組織で仕事をするため、だれかが代表して出かけ、成果を部署内で共有すれば目的を達することができます。
議会でこれが許されるとしたら、それは議員は仕事をする単位はあくまで個人であり、各人の知見の蓄積と議員活動への展開が期待されているからでしょう。市議会議員選挙は個人を選ぶもので、国会の比例代表制選挙のように会派を選んでいるわけではないので、当然とも言えます。
であれば、個人単位の報告を出すのが普通と思えます。
会派単位に出す「政務活動費報告書」の一部なので、体裁も揃えているのかもしれませんが、その場合でも自分を選んでくれた方向けに独自の報告書を作り、個人のホームページや活動報告などで公表した方がいいのではないでしょうか(やっておられる方がいればすみません)。
新聞の取材に対し、議会の責任ある立場の方が「集約された意見がだされており許容範囲」とコメントされておりますが、「感想」まで集約されているのか、また集約しなければいけないのか、意味がつかみにくいところ。
会派をまたいで報告書を使い回すことが許されるのか
これが今回の記事の直接のきっかけになった出来事です。各会派1人ずつ参加した札幌市への視察で半数以上の会派が同一文書を提出していたといいます。
これはおかしいでしょう。
会派の分立は必ずしも、主義・主張や意見の違いだけでなく、議員個々人の好き嫌いを強く反映しているといいます。
それにしても、わざわざ会派ごと別々に事務員を雇い、勘定を分けて税金である政務調査費を使っている以上、視察の成果物にはもっと真面目であるべきだとおもいます。7会派中4会派(所属議員の数は43議席中を27人を占める)の同内容の報告書が出されていた事実からは、緊張感のなさ、言葉にすれば「やっつけ仕事」とか「出しとけばいい」的なものが浮かびます。
感覚の違いとはいえ
もっと暗鬱な気持ちになったのが、市議への取材の中で、「何が悪いのか」
「実績を出していれば問題ないのでは」
と主張する人がいたということ。
特に後者のは、普通の人との感覚の開きを感じざるを得ません。本来無関係なものを並べることに、いかに視察とその報告が軽くみられているかわかるというものです。
外部の血を入れる必要性
記事はその日のうちに確認できただけでも、産経や毎日の2紙と、共同通信のオンラインサイトで全国配信されました。なぜニュースバリューがあったのか当事者は理解する必要があり、また倉敷市議会の事例として全国に配信されたことを残念に感じてもらいたい。
長く固定的な同じメンバーが居座ることの問題はこういうところに現れます。
外部の血を常に入れていることが重要であるとあらためて感じます。













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