傲慢だ、よく怒鳴る――
そうした評は、この人のごく表層にすぎません。
この方の本質は、人間味でした。
説明以上にこちらの意を汲み、即座に行動指針を立て、現実的な助言を返してくる。
その鮮やかな頭脳は、秘書に限らず、陳情に訪れた人、支持者として接した人、その誰の記憶にも強く刻まれているはずです。
「人間、勘の悪い奴はだめだ」――それが口癖でした。
地方分権による国のつくり直し。
それは国会議員として、見かけや方便ではない、先生の本心からの信念でした。
三位一体改革。
政令指定都市の基準緩和。
地方に厚く配分された e-Japan 構想。
これらはすべて、先生が先頭に立って進めた仕事です。
「なぜ市議会議員なのか」
約10年前、初めて市議選に挑む際、日本維新の会の公認面接で問われました。
日本は地方分権を進め、国のかたちを変えなければならない、
そのためには、基礎的自治体に人材が必要だ――そう答えたときの、先生のニンヤリとした表情を忘れません。
後日、先生は私の集会でこのエピソードを紹介してくれ、
「我が意を得たり。我が同志だ」
「人は、自分が思うよりずっとお前のことを思ってくれている。それを絶対に忘れてはならない。」
「新しく支持してくれた人より、昔から大事にしてくれた人を先に大切にしなさい。まずは家族だ。」
「いいか。自分が変わるのが一番簡単なんだ。だって自分が変わればいいんだから。」
漁師町の小さな商家に育ち、地元高校から、試験を受けて県を代表する名門岡山朝日高校へ編入。東京大学法学部、自治省を経て、自民党参議院幹事長、初代総務大臣、日本消防協会最高顧問、日本維新の会共同代表などを歴任されました。
自民党と日本維新の会による連立政権、最初の国会閉会を見届けて旅立った――
喪主の片山大介参議院議員は、そう挨拶しました。
闘病は4年に及びました。
まだ、やりたかったことはあったはずです。
その千分の一、万分の一でも引き継ぐことができたなら――
そう思いながら、これからの歩みを考えています。
ゆっくりとお休みください。
芦田泰宏















