「思う」から「工夫」へ

心の官(かん)は即(すなわ)ち思うなり。
思うの字は只(た)だ是(こ)れ工夫の字のみ。
思えば即ち愈(いよいよ)精明(せいめい)に、
愈(いよいよ)篤実(とくじつ)なり。
その篤実なるよりして之(これ)を行(こう)と謂(い)い、
其の精明なるよりして之を知と謂う。
知行(ちこう)は一の思うの字に帰す。

(心の役目とは思うということである。
思うということは、道の実行について工夫を重ねることである。
思えばそのことについてますますくわしく明らかになり、
いよいよまじめに取り組むようになる。
その真面目に取り組む方面からみて「行」といい、
その精通する方面からみて「知」という。したがって、
「知」も「行」も結局は「思」の一字に帰着する。)

私たちは普段、「思う」という言葉をよく使っていますが、この文を読むと、いかにきちんと「思う」ということをしていないか反省させられます。この文で佐藤一斎は、思うとは、何かをやろうというときに工夫を重ねることだと語っていますから、彼の言う「思う」とは、我々にとっては「考える」、さらに「考えて、それを実行に移す」ことに近いのかもしれません。
そもそも、最近は「考える」ということが出来なくなっている人が増えてきているように感じます。というのも、少し考えてみろと学生に言っても、考えるという作業がうまくできない学生が多いのです。彼らからすれば考えているつもりなのかもしれませんが、私から見ると、ただ何となく「思って」いるだけで、フィーリングと変わりません。

そこで最近は、考えるときは紙に書くようにアドバイスしています。紙に書いてステップを踏むと、「思う」が「考える」に変わるからです。同じ理由で、文章にするようにと指示をすると、思うから考えるに変わります。そして、これらの方法より効果が高いのが、単に考えろと言うのではなく、「工夫を言ってみなさい」ということなのです。何かの問題を提示して、「どう思う?」と聞くと、返ってくる答えは「よくないですね」という程度のものにしかなりません。これでは思うことすらしていない。単なるフィーリングです。よくないのなら、ではどうすればいいのか。自分ならどのようにするのか。そこを具体的に示さなければ、考えているうちには入りません。それを考えさせるためには、「工夫」という言葉から始めてみてはどうでしょうか。そこでもう一歩突っ込み、「それについてどういう工夫をすればよくなると思う?」と聞くのです。すると、やっと具体的な方法を考えるようになります。

ですから、きちんと考えるために、これからはもっといろいろな場所で「工夫」という言葉を使っていくべきです。
ただ、佐藤一斎の言葉に照らすと、私の言う「思う」から「考える」のステップすらも、「思うに過ぎないことになります。工夫はただ頭の中で考えるだけのものではなく、実行へつながらなければならないものだからです。日頃から簡単に「思う」という言葉を使うことで、それだけ言葉の持つ意味が軽くなってきているということなのかもしれません。

最強の人生指南書 -佐藤一斎「言志四録」を読む 
斎藤 孝 著より

☆ミ★☆ミ☆☆彡★★☆ミ★☆ミ☆☆彡★★☆ミ★☆ミ☆☆彡★★

皆さん、明けましておめでとうございます。プロ野球もキャンプインし2014年の新たなシーズンが始まりました。それと同時に少年野球界でも対外試合解禁となり、今シーズンが開幕致しました。今年は雨や雪に祟られておりますが、気分一新顔晴って行きましょう。
さて、本題に入りますが、今回の題材は「思う」から「工夫」へという事です。上記文章内にも、斎藤教授が仰る通り、まるで考えない子供達が増えております。私が思うに、我々の古き良き昭和の子供時代と比べて何が違うかと言いますと、モノが溢れ情報も溢れていて、判らないこともPCやスマホのネット検索で、簡単に知りたい情報が入ってきます。それこそ昭和の子供たちはどうしていましたか?まずは自分自身で考えてみて、人に訊いたり辞書で調べてみたり、それも図書室や図書館へ行くなんてこともあったのではないかと思います。頭も使うが足も使う(笑)といった、少なくとも現代よりは苦労して調べたのではないでしょうか?遊びに関しても、TVゲームなど無かった時代は、自分たちで色々考え、工夫して遊んだものでした。要は、自然に考える環境が減ってきているのではないかと思っております。

野球を教えていても、case by caseで考えて動けという状況判断で動くことが苦手な子供の多いこと。これには驚きます。一から十まで教えないと全く動けないのです。「お前はロボットか!」と言われ叱られる子供が、どこの団にも沢山います。これが現実です。先日もリモコン付けて動かしたいと盟友LG監督と話していたところです。では、どうすれば自分自身で考え行動できる様になるかと言いますと、指導者だけが野球の時だけ言い聞かしても変わりません。常日頃からお父さんお母さんが考える状況を子供に作って頂きたいのです。全てに於いて答えを用意しないで欲しいのです。例えば、朝学校へ出かける際に、「今日は雨が降りそうだから」「天気予報が雨だから」、「学校に傘を持っていきなさい」というお母さん多くないですか!?こういう会話が子供を考えない人間に増長させていくのです。こういう場合は、「今日は雨が降りそうだね」と問いかけるまでにして下さい。傘を忘れて濡れて帰ってくれば、次から考えます。1回で判る子供、2回でも理解出来ない子供それぞれです。ですが、自分で考えて行動するまで、答えを言わないで下さい。親に「あーしなさい、こーしなさい」と言われて育った子供は、自分で考える事を自然と放棄してしまいます。考えられずに頭がパニックになってしまいます。特に野球に来ている時は、なるべく手出しせずに自分自身で考えて行動させて下さい。親が手を出すと、子供たちにはそれが当たり前になり、何もしなくなります。

もっともっと自分自身で考えさせ行動に移せる様に変えていきましょう。先日の試合後に、ホークスの子供たちには言いました。試合に臨む準備が出来ていない。試合に勝つために必要だと思うことを自分で考えて、ノートに書いて持って来いと!自分で考える。ノートに書き出す。ただ、こういう風に思います。でなく、「思う」から「工夫」を考えられる様になった時、子供たちは一歩成長することになります。今年も一年よろしくお願い致します。

最後に、本日で二十歳を迎える長男に、「思う」から「工夫」を贈ります。
「知行合一」知識と行動は同じでなければ意味がない。知っていても判っていても、行動が伴なわなければ知らないのと同じで全く意味がないという事を、肝に銘じてこれからも顔晴って下さい。

「楽天優勝で終わった日本シリーズ」感想!

阿部「力のなさ痛感」日本シリーズ打率1割届かず

 ◆コナミ日本シリーズ2013第7戦 楽天3―0巨人(3日・Kスタ宮城) 巨人が楽天に敗れ、V9以来となる40年ぶりの連続日本一を逃した。先発の杉内は2回途中2失点でマウンドを降り、2番手の沢村も4回に牧田にソロを浴びた。打線は美馬、則本、田中の3投手の前に5安打に抑えられ、完封リレーを許した。

 最後まで、実力を発揮できなかった。阿部は「力のなさを痛感しました。この悔しさをバネにしないといけない」と悔しさをかみしめた。3点を追う8回2死一塁で、力のない投ゴロ。これが今季最後の打席となった。今シリーズ通算22打数2安打。打率1割にすら到達せず、下を向くナインを励ますことが、せめてもの役割だった。

 「僕が打てば勝てるし、打てなければ負ける」―。日本シリーズ開幕前、そう意気込んだ。責任を背負い、自らを追い込んだ。だが、この言葉がいずれ、間違いだったことを知る。

 2勝2敗で迎えた第5戦(東京D)の練習前だった。阿部は監督室に呼ばれた。扉を開けると、険しい表情の指揮官がいた。「何をそんなに1人で背負っているんだ?」

 「僕が打てなければ〜」の発言が、原監督は気に入らなかった。「戦いを前にして『負ける』とかいう言葉を出してはいけない。言葉に出したら、そこに魂がこもってしまうんだ」。4戦を終え、11打数1安打と苦しんでいた阿部は「確かにそうだと思った。野球はチームでやっている。ありがたかった」。

 原監督は「これで、なしにしよう」と、慎之助に“おまじない”を促した。「『俺が打てなければ負けるは、なし』と大きな声で叫ぶんだ。そして両肩に息を吹きかけろ」。慎之助は叫んだ。そして、両肩についた“言霊(ことだま)”を吹き払った。嫌な過去を消去したいとき、指揮官は必ず、この“おまじない”を実行する。主将は「何かスッキリした。全て『なし』だから」と再出発を誓った。

 それ以来、後ろ向きな言葉を一切、吐かなくなった。連覇を逸しても、前を向いた。「短期の難しさがあった。焦りや力みのコントロールをみんなができるように対策が必要。来年につなげないとね」。野球人として、またひとつ成長できた頂上決戦だった。

スポーツ報知


日本一の恋女房、嶋基宏の明るい未来。
〜田中将大と楽天を支えるリード〜

開幕から16連勝の日本新記録を達成した楽天・田中将大に「良い女房が2人もいると良い結果が出るよね」と話しかけると、ニヤリと笑い返してきた。

 1人目は、昨年3月に入籍した(旧姓・里田)まい夫人。スポーツ選手の食事をサポートする「ジュニア・アスリートフードマイスター」の資格を持ち、田中の体調管理に一役買っている。

 もう1人は捕手、嶋基宏である。田中は今季、嶋のサインにほとんど首を振ることなく投げ続けている。'11年にも田中−嶋のコンビは18勝2敗、防御率0.998でパ・リーグの最優秀バッテリー賞を受賞しており、嶋の内角主体のリードは、メジャー帰りで今季3勝を挙げている斎藤隆や、育成上がりの宮川将といった若手にも全幅の信頼を寄せられている。

 もっとも昨年までは、入団時の監督だった野村克也の教えもあり、「外角主体、安全第一」のリードが中心だった。現監督の星野仙一はそれが物足りず、「もっと強気に内角を攻めて欲しい」とコーチ会議で嶋をやり玉に上げることもしばしばだった。

 嶋は葛藤したが、仲のいいベテランの中継ぎ投手、小山伸一郎の「全部自分一人で背負うから苦しくなるんだよ」とのひと言で気が楽になったという。これまでは打たれた後を考えるから思い切って攻めきれなかったが、内角主体のリードが苦にならなくなった。

連勝記録が途切れる危機をサヨナラ打で救うなど、打撃でも貢献。

 田中はそんな嶋の意図通りに、ストライクゾーン周辺でのボールの出し入れができるから、嶋も気持ちよく打席に立てる。田中登板時の嶋の成績は8月12日現在、67打数24安打、打率3割5分8厘(今季の打率は2割6分9厘)であり、決勝打を5度も放っている。7月26日のロッテ戦、田中の連勝が途切れる危機をサヨナラ打で救ったのも嶋だった。

 '11年4月29日、東日本大震災以来、初めてのKスタ宮城での試合後だった。選手会長として、「この時を乗り越えた向こう側には、強くなった自分と明るい未来が待っているはずです。絶対に見せましょう、東北の底力を!」と観客の前で語りかけた。「あれだけ大きなことを言っておきながら、口ばかりだと思われるのが嫌だった」と自身で当時を振り返る。

 これほど信頼のおける名脇役が支えるチームには、嶋の言葉ではないが、「明るい未来が待っている」だろう。

筆者、永谷脩

☆彡☆彡☆彡★☆★☆ミ☆ミ☆ミ★☆★☆☆彡☆彡☆彡


最高に盛り上がった日本シリーズは、東北楽天ゴールデンイーグルスの優勝で幕を下ろした。元巨人ファンの私でさえ、楽天を応援していた。そこには、東日本大震災以来の楽天の選手たちの地道な活動があったからに他ならない。東日本大震災という大きなダメージを受けた東北に、いや東北だけでなく日本中に、野球の底力を見せてくれた楽天の選手たちに敬意を表したい。本当に感動的な日本シリーズだった。

勝敗の差がどこにあったのかと言えば、背負うものが違い過ぎた様に思う。楽天の選手は、この3年の間に70回を超える数の被災地を訪問し、被災した方々と接し励まし勇気と希望を与え、自分たちが勝つ事で東北復興に役立とうという2011年4月29日の嶋基宏選手会長のスピーチから、球団全体で日本一になろうと魂が込められていた。
この日本シリーズを見ていて感じたのは、絶対に日本一になってやると本気で相手に向かっていった選手が、圧倒的に楽天の方が多かったと思う。前評判も実力的にも、王者ジャイアンツの絶対的有利と言われながらも、投手陣の差、田中将大投手だけでなく、則本、美馬両投手の気迫溢れる投球、辛島投手に斎藤投手も良かった。それを活かす嶋捕手の好リード。絶対に点をやらないという守備陣、特に目を引くのがセカンド藤田選手の守備の良さ。外野陣も聖沢選手や1番定着の岡島選手の攻守にわたる活躍や銀次選手の勝負強さ。外国人選手も然ることながら、大きかったベテラン松井稼頭央選手の活躍、どれを取っても光っていました。全員が「魂を込めて打ちました」というヒーローインタビューにも現れていました。

反対に王者巨人はどうだったでしょうか!?「僕が打てば勝てるし、打てなければ負ける」と言った阿部選手の発言に現れている様に、楽天にある様な一体感がまるで感じられませんでした。阿部選手は、私が見ていても気合いが空回りしている様にしか見えませんでしたし、投手陣も打撃陣も、気迫溢れるプレーが影を潜めてしまっていました。
原監督に叱られ諭された時には、時すでに遅しだったのかもしれません。それだけ楽天選手たちの気迫溢れるプレーに、いつしか押され気味で気持ちで負けている様に私には写っていました。

球場全体の一体感、あとひとつだけ・・・の大合唱!鳥肌が立つほどの感動が楽天の野球にはありました。プロ野球で、あれほどの応援は、タイガースの甲子園も広島球場のカープも適わないほどの大声援でした。東北楽天は、ただの地域性だけではなく、震災復興のシンボルとして東北中が日本中が見守る中、本当に東北の底力を野球の底力を見せて頂きました。野球の力って本当に凄いなと改めて再認識致しました。

私も少年野球の指導者として、楽天の選手の皆さんの様に、素直に真摯に誰かの為に何かの為に、魂のこもったプレーが出来る選手を一人でも多く育てられる様に顔晴っていこうと思いました。
おめでとう東北楽天ゴールデンイーグルス!そして、ありがとうございました!

愛鷹ホークスも楽天に負けない一体感を持てるように、選手、指導者、父母会(おじいちゃん、おばあちゃんも)、全員野球で優勝目指して顔晴ろう(*^^)v











自分の番

父と母で二人
父と母の両親で四人
そのまた両親で八人
こうしてかぞえてゆくと
十代前で一,〇二四人
二十代前では
なんと百万人を越すんです
過去無量のいのちの
バトンを受けついで
いまここに自分の番を生きている
それがあなたのいのちです
それがわたしのいのちです

相田みつを


祖母を見舞う青年を愛した、かつての非行少女

ある寺院の娘が、脳震とうや全身打撲で入院してきた。
いわゆる集団不純異性交遊の事実が父親に知れて、
ひどいせっかんをされたのだ。娘はそれから高校を
卒業して三年後、ある青年と結婚した。
彼は幼くして両親と死別し、母方の祖母に育てられた。
娘が青年と出会った時、その祖母は恍惚の人となって
老人ホームに入っていた。毎月一回定期的に土産を
持って、祖母を訪ねる彼の行為に「涙が出た」と
彼女が電話を掛けてきた。青年が彼女に与えた感動を、
親も教師も与えることができなくなっているのが今日の
社会構造であろう。


世代性を生きるという言い方がある。エリクソン(アメリカ
の精神分析学者)はそれを壮年期のもっとも健康で
幸福な生き方であると言った。先の世代の人たちが
残してくれた多くの文化遺産を学び受け継ぎ、自分の
時代を生きた証として、先人の業績の上に小さな加筆や
修正を試みて、それらを次の世代の人達に残していける
という生き方である。
こういう生き方の幸福感は、壮年になって突然やってくる
わけではなく、それまでを生きてきた個人の歴史の上に
築かれるものであろう。
運動会のハイライトのリレー競争を、信じ合える仲間達と
チームを組んで、ただ与えられた能力のままに、一生
懸命走るリレー競争のようなもので、バトンを受け継いで
ただひたすらに走るあの緊張と誇りの気持ちを、子ども
達の人生に与えてやりたい。いのちのバトンを受け継いで
今自分の番を走っている爽快な気持ちの高ぶりと、
誇りのある日々を与えてやりたいと思う。
「俺のことを断りもなく勝手に生みやがって」、こんなことを
親に向かって言う若者に出会うようになったのは、私の
三十余年の児童臨床のなかで、この十年余りの間の
ことである。野辺の花のようにただ咲けばよい、自分の
命の番をただひたすらに咲けばよい。こういうメッセージが、
子どもたちの心の奥底に静かに自然に届くような社会を
作りたい。児童精神科の臨床医師として、ただひたすら
そう念じている。

相田みつを いのちのことば
「育てたように 子は育つ」

相田みつを 書、 佐々木正美 著 より

☆彡☆彡☆彡☆彡☆ミ☆ミ☆ミ☆ミ☆彡☆彡☆彡☆彡

今回は、我が心の師匠「相田みつを」さんの書に、
精神科医の佐々木正美さんと、相田さんの長男、
相田一人さんの解説対談の載っている本の中から
抜粋させて頂きました。

先祖代々受け継がれたバトンを受け、精一杯生きているか
自分自身に問いただしてみました。人生五十年(笑)
この年まで生きてきて、このように考えた事はありません
でした。せめて自分を生み、育ててくれた両親、祖父母
くらいでしょうか。そのバトンを子ども達や、まだ見ぬ孫へ
受け継がれていく、これは責任重大ですよね!

表題にもあります様に、子どもは育てたように育つ訳です。
自分の良いところも悪いところも引き継がれます。
お父さんお母さんが、なんであの子は・・・
どうしてこの子はと嘆かれる事が多々あるかと思いますが、
実は自分たち(両親)の真似をしているに過ぎないのです。

オオカミに育てられた少年少女の話はご存知ですか、
彼らは決して二本足で立って歩かず、四つ足で走り回って
いたそうです。手掴みで食事をする事もなく、手にあたる
前足で食べ物を押さえておいて、そこに口をもっていって
食べたといいます。この場合、親オオカミが口で言う事を
子ども達が守ったのではなく、親の生き様を見ている
だけで、その様に育ったという事です。

教育とは、口や言葉でするのではなく、ただ手本を
見せておくだけでよいという事実を、改めて教えられる
思いです。子ども達はオオカミに出会ったから、見事に
オオカミになった。口であれこれ言われたからではないし、
手とり足とりオオカミの作法を教えられたからではない。
と佐々木正美先生は仰っておられる。
正に親の背中を見て育っているという訳ですね!

自分の子ども達に悪いところを見つけたら、それは
子どもが悪いのではなく、自分自身の中にあるという事を
踏まえた上で、子どもと接する様に心がけましょう!
夫婦でもそうです。すべて相手のせいにするのではなく、
自分の中の悪いところを冷静に探し、治していけば、
自ずと子ども達にも伝わると思います。

自分が親から受け継いだバトンを、納得のいく様に
自分の子ども達に渡してあげられるか、自分自身の
行ない次第というわけですね。
子ども達に感動を与えて、素直に聴く耳を持たせる事が
出来るか!?それは、子ども達が納得のできる行動
なんですよね!黙って背中を見せましょう!!

今日、来年の箱根駅伝の予選会が行なわれて、正月の
出場校が決定致しました。駅伝の襷(たすき)も、バトンの
話と同じだなと思いました。ただその年の10人で襷を
繋ぐだけではなく、代々の先輩方の思いや、学校の
伝統やたくさんの人たちの思いを繋いでいくという、
たくさんの命のバトンを受け継いで、自分の番を精一杯
生きていけるように親子で顔晴っていきましょう!

よろしくお願い致しますm(_ _)m









「他人が下した評価こそ正しい」

ノムラの教え 弱者の戦略99の名言 より
野村克也(講談社)

「他人が下した評価こそ正しい」

人間という生き物は、自己愛で生きている。
誰しも自分がいちばんかわいい。
したがって、自分に対する評価は
どうしても甘くなりがちだ。

「自分はすごくがんばっている」
「こんなに大きな成果をあげた」
と自分をほめてやりたくなる。

けれども、他人もそう思ってくれなければ、
それはたんなる自己満足にしかならない。
言い換えれば、人間の価値は
他人が決めるのである。
他人の評価こそが正しいのだ。

自分の評価が正しいと信じ込んでしまえば、
自分を甘やかし、低いレベルでの妥協を生む。

評価されない原因を、
「見る目がないあいつが悪い」と、
自分ではなく他人に求めるようになる。

それではひがみ根性だけが増大し、
なんの成長ももたらさない。

そうならないためには、
評価は他人がするものだと肝に銘じるとともに、
「自分はまだまだ」とつねに自戒することだ。
そうすれば、おのずと他人の評価も
上がるはずである。



「個性とは、他人の納得と承認があって
はじめて輝くものであり、
世のため人のために役立ってこそ
活きてくる特性のことを指す」

やや大げさな話になるが、
戦後最大の欠陥は、「個」と「社会」の
関係性について、誤った認識を植え付けた
ことにあると私は考えている。

要するに、たんなる「わがまま」や
「自分勝手」、「自己中心」を
「個性」と勘違いさせた。
そういう輩が異常に増えているように
私には見えてならない。

いくら自分では個性的だと思っていても、
他人がそれを認めなければ
たんなる変わり者だし、
世のため人のためにならない特性は、
本人がどう思っていようと、
何の価値もないばかりでなく、
周囲は迷惑としか感じていない
ということを心得ておくべきである。


☆彡☆彡★★★☆彡☆彡☆彡☆彡★★★☆彡☆彡

これは最近購入した「ノムラの教え」(講談社)から
抜粋させて頂いた内容である。

ホークス関係者には耳慣れた言葉だと思うが、
常に私もホークスの子供たちに言っている言葉である。
「自分はがんばっている」ではなく、
周囲から見て、「あの子はがんばっている」と、
褒められる様じゃなきゃ、本当にがんばったとは
言えないのである。

いつも言う様に、親の背中を見て子供は育つので、
親御さん自身が、そういう姿勢でいないか、
もう一度、我が身を振り返り、子供たちに、
間違った姿勢を見せていないか!?
植え付けてはいないか!?確認願います。

「個性」の話もまったく同じ内容です。
すべてが自分自身で決めるものではなく、
他人の評価があって、納得があり、
承認されてはじめて成り立ちます。

いくら自分が正しいと主張しても、
周囲の納得と承認が得られなければ、
それはたんなる「わがまま」
「変わり者」「迷惑」なのだと、
肝に銘じ、間違った姿勢を正して下さい!

そして、何より重要な事は、
素直に話を聴く姿勢(聴く力)です。
世の中に溢れるくらい、格言や名言がありますが、
それをしっかり聴いて、理解して、
実行に移さなければ知らないと同じなのです。

まったくこの子は言う事を聞かない!ではなく、
お父さん、お母さんこそが、しっかり人の話が
聴けているか!?が重要なんです!
都合のいい事だけ聞くのではなく、
心の底から理解しようとして聴いているか!
そういう努力を、子供たちは見ています。

以上よろしくお願い致します。




目に見えないところに本当に大事なものがある

愛鷹ホークスを応援してくださる親愛なる皆様へ

人生色々な事がありますが、
下記の内容に書かれております様に、
真摯に謙虚に、感謝する気持ちを忘れず、
常に笑顔で顔晴れる人間でありたいですね!

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡
 
―何か信条とされていることはありますか。
(三枝) 欲張って三つあって(笑)、一つは坂村真民さんの
「念ずれば花ひらく」。私はいつも何々「したいな」ではなくて、
「する」と宣言することにしているんです。
思いを叶える上で大切なことは、その思いがどれだけ
強いものになっているかということだと思うんです。

 二つ目は松下幸之助さんの言葉にある
「縁ありて花ひらき恩ありて実を結ぶ」です。
出会いをご縁に変えることで花がひらき、
それに留まらずご縁をいただいたことにご恩を感じて
恩返しをすることで豊かな人間関係を築いていく。
私はこの言葉を通じて、恩返しを忘れず、
時には「恩送り」になろうとも、
恩に対して常に敏感になろうと努めてきました。

 三つ目はいつも研修の締めの言葉として
使っているんですけど、「感動は人を変える、
笑顔は人を潤す、夢は人を豊かにする」。
これは致知出版社で出されている
『小さな人生論2』にありましたね。
やはり涙を流したりとか思いきり笑ったりして心が動かないと、
人間は変わらないと思うんです。ですから、いかに感動を
お届けできるかということは常に意識をしてきました。

―常に見られる仕事に就かれていて、
何か特に気をつけていたことはありますか。
(三枝) 確かにCAはお客様の前に出ていますから、
見られる仕事であり、直接感謝もされます。
 でも本当は飛行機を一機飛ばすのにも、
整備士をはじめたくさんの裏方がいて、
その全部の力が集まって初めてできることなんです。

 ですからCAとしてお客様の前に立つことができるのは、
誰のおかげなのかと思うことに加えて、
そこに感謝できるようになると自ずと仕事に磨きがかかりますね。

―見えない部分にも意識を向けるということですね。
(三枝) 入社直後の訓練時代、私はあまりのみ込みが
よいほうではなかったので、よく居残って復習していました。
最後まで残って誰もいない中、一人で片付けをしていたことも
あったんですけど、それを当時の教官(現在の名称はインストラクター)
の方が見つけて、「あなたにこんなことができるとは思わなかったわ」
と言ってくださったんです。私もそうでしたが、CAって
ついつい見られるところばかりを頑張ってしまうので、
きっと驚かれたのだと思います。
 私たちが卒業する時に、その教官はこう話されました。
「人が見ていないところで何かをできる人になってください」と。

 ですので、私は裏方などの見えないところで頑張っている人に、
感謝の気持ちを忘れないようにしておりますし、
自分も誰かに見られていなくても淡々とできる人であろうと
努力しております。まだまだ未熟ですが、そういう人になる、
と思い続けて過ごしています。

三枝理枝子
(ANAラーニング研修事業部 講師)

(『致知』2012年5月号 より)

☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡

人間て生き物は、注目されると頑張れるんですよね(笑)
斯く言う私も注目されないと頑張れないタイプでした(笑)
何しろB型人間ですので、注目を浴びる事が大好きなんです!

しかし、本当に大切な事は、誰も見ていないところで
顔晴れる縁の下の力持ちなんですよね!
人が見ているから顔晴ってやろうとか、
人が見ていないから手を抜こうではいけませんよね!!

自分の教え子達にも言いたい!!
愛鷹ホークス時代は普通に出来ていた事が、
中学や高校に上がったら出来なくなっている!?
何故!?挨拶や規律、礼儀!感謝の心!
私が見ていないから、私に注意されないから、
だからやらなくても言い訳じゃないんだよ!!

今の自分がこうしていられるのは誰のおかげ!?
周囲で見守ってくれている沢山の人々のおかげ!!
もっともっと周囲に感謝して顔晴ってやろうぜ!!

人間は弱い生き物だから、楽な方へ楽な方へ流れてくんだ!
その時に、自分の為だと顔晴れないんだよ!
でも、チームの為だったり、大切な人の為には
結構顔晴れるんだよ!

「縁ありて花ひらき恩ありて実を結ぶ」
正にこれだよね!!
縁を活かす人間は、絶対に恩を仇で返さないはず!
もう一度、原点回帰して顔晴ってみよう!

何かに躓いたらホークスに帰って来いよ!
監督は、誰のことも見放したりしないし、
いつまでも君たちの味方だから!!

心眼とは、目に見えないモノを心の目で見る事!
目の前に見える事だけが真実じゃない!
自分には見えないところで、応援してくれたり、
心配してくれたりしている人間もいるって事を判ってほしい!!

大事なものに気付くといいね!!

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