芦生短信2

通年に亘る京都「芦生」の山行記録。出会った花・キノコ・果実と積雪量。2002年から2005年の記録は「自然館のホームページから「里山便り」へ進んでください」で。2006年から2009年の記録は 「芦生短信」へ。2012年4月からは「芦生研究林」の許可を受け、「ABCプロジェクト」との共同研究目的で入林しています。芦生原生林の現状をリアルタイムで知っていただくためにこのブログに記録を掲載していますが、ルートの大半は入林が規制されている地域であるため、許可がない限り入林できないことをおことわりしておきます。

4月22日~23日 芦生ガイド

ニワトコニワトコ





ヤドリギ(雄花) 初めて見たヤドリギ(雄花) 初めて見た





コチャルメルソウコチャルメルソウ





ハルトラノオハルトラノオ





ニリンソウニリンソウ





ショウジョウバカマショウジョウバカマ





ヌカボシソウヌカボシソウ





ダンコウバイの花が終わった痕ダンコウバイの花が終わった痕





(22日)
天候:曇り時々晴れ(寒かった)
田歌の水位13時53cm
(22日)
天候:晴れ
田歌の水位13時49cm

二日間で出逢った花:<咲き始め>オオカメノキ・ニワトコ・ハウチワカエデ・オオバタネツケバナ・ネコノメソウ・チシマネコノメソウ・チャルメルソウ・コチャルメルソウ・トキワイカリソウ・ハルトラノオ・ニリンソウ
<盛り>ヤドリギ・キブシ・ヤマザクラ・クロモジ・ヒサカキ・ヤブツバキ・アセビ・タムシバ・ヤマルリソウ・スミレサイシン・タチツボスミレ・ホクリクネコノメ・タチネコノメソウ・イワウチワ・ミヤマカタバミ・ミヤマキケマン・ヒメエンゴサク
<咲き終わり>マルバマンサク・イワナシ・キンキマメザクラ・バイカオウレン・ショウジョウバカマ・ヌカボシソウ

その他須後周辺の花:コバノミツバツツジ・ヒカゲツツジ・オオタチツボスミレ・セントウソウ・ミチタネツケバナ(帰化植物)・キジムシロ・スズメノヤリ・コメガヤなど

4月20日 カズラ谷・小野村割岳

カズラ谷カズラ谷





カズラ谷カズラ谷





小野村割岳付近から傘峠方面小野村割岳付近から傘峠方面





遠く近くタムシバが満開遠く近くタムシバが満開





 キブシキブシ





キンキマメザクラ""キンキマメザクラ





キンキマメザクラが七分咲きキンキマメザクラが七分咲き





ヤマザクラヤマザクラ





ハウチワカエデハウチワカエデ





クロモジクロモジ





クロモジ 雄花クロモジ 雄花





タムシバタムシバ





タムシバの拡大 雄しべ51雌しべ38で高木型か?タムシバの拡大 雄しべ51雌しべ38で高木型か?





アセビアセビ





ヒサカキ 雄花ヒサカキ 雄花





オオカメノキ 装飾花だけが咲いているオオカメノキ 装飾花だけが咲いている





イワナシ 小さくても木本(樹木)
イワナシ 小さくても木本(樹木)"




ヤマルリソウヤマルリソウ





オオバタネツケバナオオバタネツケバナ





スミレサイシンスミレサイシン





タチツボスミレタチツボスミレ





ヒメエンゴサクヒメエンゴサク





ホクリクネコノメホクリクネコノメ





タチネコノメソウタチネコノメソウ





チシマネコノメソウチシマネコノメソウ





ヤマネコノメヤマネコノメ





イワウチワイワウチワ





イワウチワの群生イワウチワの群生





ミヤマカタバミミヤマカタバミ





トキワイカリソウトキワイカリソウ





ミヤマキケマンミヤマキケマン





エンレイソウエンレイソウ





アシウテンナンショウアシウテンナンショウ





ミヤマカンスゲミヤマカンスゲ





エゴノキの芽吹きエゴノキの芽吹き





ウバユリの新葉ウバユリの新葉





ヒメザゼンソウの新葉ヒメザゼンソウの新葉





バイケイソウとトリカブト(サンヨウブシ)の新葉バイケイソウとトリカブト(サンヨウブシ)の新葉





ジャゴケの雄器托ジャゴケの雌器托





ホソバミズゼニゴケの雄器托ホソバミズゼニゴケの蒴と蒴柄





立ち枯れの木にシイタケ立ち枯れの木にシイタケ





大量のシカの糞 フジが激しく採食されている大量のシカの糞 フジが激しく採食されている





ヌタ場にアズマヒキガエルの卵塊が
ヌタ場にアズマヒキガエルの卵塊が




天候:晴れのち曇り
田歌の水位13時:62cm
須後~カズラ谷出合~小野村割岳~灰野~須後
出逢った花:<咲き始め>オオカメノキ・ハウチワカエデ・ヤマザクラ・オオバタネツケバナ・ホクリクネコノメ・ネコノメソウ・チシマネコノメソウ・コチャルメルソウ・トキワイカリソウ・ミヤマキケマン・アシウテンナンショウ・エンレイソウ
<盛り>キブシ・キンキマメザクラ・クロモジ・ヒサカキ・ヤブツバキ・アセビ・タムシバ・イワナシ・ヤマルリソウ・スミレサイシン・タチツボスミレ・タチネコノメソウ・イワウチワ・ミヤマカタバミ・ヒメエンゴサク
<咲き終わり>ツノハシバミ・バイカオウレン

先週末は両日とも芦生以外の山に行っていたため、平日に休みを取っての入林である。今春は3月の気温が低かったために開花が遅れている、しかし融雪はこの10日ほどの間にかなり進んだのか、予想以上に残雪が少なかった。

トロッコ道を歩く、ゆっくり歩いてじっくり探さないと花が見つからない、気を付けずとも目に入る花はイワウチワ・キブシ・ミヤマカタバミなどわずかだ。それでも今日一日で30種近い花が、研究林事務所周辺も入れるとさらに数種類増える、それだけの花に出会えただけでも十分だろう。

カズラ谷出合まで歩き、これより谷歩きができるようカッパのズボンと長靴用スパッツを付ける、今日は水量が多く普段の3倍くらいはあって長靴だけでは心もとない。重装備をすると安心して川の中をジャブジャブ歩くことができる、流れの中などにシカの死体を探しながら歩いた。

植橋谷出合を少し過ぎたところでスパッツとカッパのズボンを脱ぎ、左岸の急斜面を登っていく、かなり傾斜が強くまっすぐに登るのは苦しくジグザグに上るのであるがそれでも苦しい。最近厳しい山歩きをしていなからだろうか?なんだか自信がなくなってしまう。

平坦な尾根に出るまでに一度休憩し、併せて着衣も1枚脱ぐ、そしてミルクティーを作って行動食を食べる。近くにヒサカキの木があって例の臭いが漂ってくる、この臭いは送粉者であるハエ達を呼び寄せているらしいが、ハエ以外にも甲虫のような昆虫もやってきているようだ。

平坦地まで上がればその後は苦しむような登りはなくなる、目の前に横たわる稜線が近くなるとほどなく城丹国境稜線、小野村割岳山頂はすぐそこであった。天候は良いが平日のせいか人影は全く見えない、山頂で昼食を摂る、いつものようにラーメンとお握らずと卵焼き、ゆっくり休んでから出発する。

これより城丹国境稜線を西へ歩く、結構アップダウンがあったように記憶していたが、数こそ多いがいずれも何ということもない小さな上り下りだった。同じ城丹国境稜線でも、天狗岳周辺のほうが高低差は大きく、気分的にも体力的にも負担は大きいようだ。

通称雷杉と言わる焦げたスギを通過してしばらく行くと平坦な尾根になるが、ここでも残雪は全くない、本当に一気に解けてしまったようだ。しかし融雪から日数があまり経っていないためだろう、歩く人もわずかで踏み跡も途絶えがち、気が付けば踏み跡を外れてばかりいた。

佐々里峠からの歩道に出合う、歴史を感じさせるよく踏まれた道は、荷物を背負っても歩けるように緩やかに作られており、歩きやすくしかも心地よい。しかし、灰野谷への下りに入るころから、土砂崩れのために道が途切れ途切れになり、そこを簡単につないで歩道が補修されているため、山慣れない人にはちょっと歩き辛いに違いない。

灰野谷にいったん下るものの、最後は灰野谷の滝場を大きく高巻いて下るため、ジグザグ道が急な斜面に付けられている、これは国土地理院の地図にある歩道の場所とは全く違った場所にあり、新しく付けられた歩道であることがわかる、と言ってももう数十年前のことだと思うが。

トロッコ道に下り着き、まだまだ明るい由良川沿いの歩道を引き返す、気のせいか朝方よりも花の数が増えているような…、もしかしたら新たに開花したのだろうか。

須後=2時間20分=カズラ谷出合=2時間40分=小野村割岳=4時間40分=須後
『今日の出会いと目撃』人間2人(トロッコ道の橋を修理する作業をされていた)、シカの死体2体(カズラ谷で、小さいのでいずれも仔シカのようだ)、オオルリの声を今年初めて聞く(いつもより少し早いような気がするが…)

4月9日 ササ保全調査

山上はまだ90cmの雪で覆われていた山上はまだ90cmの雪で覆われていた





バイカオウレン 草本では最も早く咲く花の一つバイカオウレン 草本では最も早く咲く花の一つ





板状根のようなブナ板根状のブナ





エノキタケエノキタケ





雪の下から現れた糸状の菌?雪の下から現れた糸状の菌?





天候:終日霧雨交じりのガス
田歌の水位13時:79cm
出逢った花:<咲き始め>バイカオウレン
<盛り>マルバマンサク

昨年から続けているササ保全調査の今年第1回目、参加者は私を言含めて2名、霧雨交じりのガスが懸かり風もありじっとしていると耐えられないほど寒い。

作業はネット上げだが、雪の中から掘り出すのにずいぶん手間がかかった、ただ、この作業中だけは寒さが和らぎ助かる。早々に作業を終えて下山する。

4月2日 下谷林道・傘峠

地藏峠地藏峠





長治谷小屋長治谷小屋





長治谷湿原長治谷湿原





下谷一ノ谷出合を見下ろす下谷一ノ谷出合を見下ろす





下谷 大カツラ下谷 大カツラ





下谷 大カツラ下谷 大カツラ





下谷の林道 残雪がたっぷり 除雪がたいへんそうだ下谷の林道 残雪がたっぷり 除雪がたいへんそうだ





ノリコの滝を見下ろすノリコの滝を見下ろす





ケヤキ坂ケヤキ坂





三ノ谷右俣源頭から傘峠三ノ谷右俣源頭から傘峠





三ノ谷左俣源頭から傘峠三ノ谷左俣源頭から傘峠





傘峠から若狭湾 青葉山・毛島など傘峠から若狭湾 青葉山・毛島など





傘峠から百里ケ岳・三重岳など傘峠から百里ケ岳・三重岳など





八宙山から二ノ谷源頭八宙山から二ノ谷源頭





地藏峠の北側(南向き斜面)は地肌が広く顕れている地藏峠の北側(南向き斜面)は地肌が広く表れている





フキノトウフキノトウ





ナナカマドの干乾びた果実 野鳥には人気がないようだナナカマドの干乾びた果実 野鳥には人気がないようだ





リスのものと思われる巣の材料が落ちていたリスのものと思われる巣の材料が落ちていた





巣の材料が落ちてきたと思われるスギの樹皮巣の材料が落ちてきたと思われるスギの樹皮 頻繁に上り下りをしたのかけば立っている




コシアブラの食痕 シカはこんなものも食べるようだコシアブラの食痕 シカはこんなものも食べるようだ





長治谷小屋前の積雪計100cm 
長治谷小屋前の積雪計100cm




針金の曲がっているところまで積雪があった220cm針金の曲がっているところまで積雪があった220cm





林道は雪崩で、この先が通行できなかった林道は雪崩で、この先が通行できなかった





天候:終日快晴(こんな素晴らしい天候は久しぶりだ)
生杉(旧道入口付近)~地蔵峠~ケヤキ坂~傘峠~中山~地蔵峠~生杉(旧道入口付近)
積雪量:地蔵峠120cm、長治谷小屋前100cm、ケヤキ坂100cm、傘峠120cm(うち新雪5cm)
古屋の積雪:6時45分:56cm(3月15日から閉局になったままなので、現地測定基地で実測した)
田歌の水位13時:59cm
出逢った花:<咲き始め>マルバマンサク
<盛り>フキ(フキノトウ)

4月になっても雪がかなり残っている、古屋の積雪が4月になっても50cm以上あった年を調べてみると、記録のある2003年以降では2005年、2006年、2011年、2012年の4回あり、2011年は4月2日でも75cmもあった。

それから比べると今年が異常というほどのことはないのであるが、それでもやはり残雪がいつもよりずっと多いと感じてしまう。

生杉から林道を奥に入っていくと、車が1台停まって一人これから出発せんとされているところであった。道路をよく見ると、雪崩が道路を塞ぎ前進できなくなっているではないか、「しまった」こんなことになるとは思わずスコップを置いてきてしまった。

仕方がないので私も車を停め、お話ししながらご一緒に林道を歩くことにする。クマの調査をされているとのことで、クマ以外にも哺乳類全般のお話を聞かせていただき、私も現在行っている調査の話をする。

ゲートから先は除雪されていない、朝方は冷え込んで雪面が固いが、緩みだすとツボ足ではかなり苦しそうだ。スノーシューやワカンは持ってこられなかったとのことでこの先は断念されることになった。

しかし話が長くなりさらに20分程度は立ち話していただろうか、そのうちにこのブログをご覧になっていることや、以前の仕事場が私の事務所と目と鼻の先だったということが分かり、「世の中狭いですな」とお互いに驚いてしまった。

あまりゆっくりはできないので、お別れして先を急ぐ、地蔵峠までは朝方の冷え込みの影響で雪面がよく締まって歩きやすかったが、日が昇って気温が上がりだすと次第にワカンが沈むようになってきた。

中山神社を過ぎて上谷を渡り、長治谷小屋の前を通って林道を歩き続けていると、次第に脚がだるくなってくる。そこで大カツラのところから下谷の中を歩こうと考え、ワカンを外して流れを歩き始めたが、今日は水量が多くその上1mの雪の壁が邪魔をして思うように前進できない。

ワカンが少し沈んで辛いが、安定的に歩ける林道のほうがまだしもいい、そこで川を離れて再び林道を歩くことにした。雪のない季節でも長い道のりだが、雪があると気が滅入るほど長くて遠い、ノリコの滝を望む辺りの通過が唯一の気分転換だったかも知れない。

ようやくケヤキ坂、脚に少なからぬ疲労感を覚え、また時間も昼近くになっていたためここで昼食を摂ることにした。いつものようにラーメンと卵焼きとお握らず、ミルクティー飲みながら麺が伸びるのを待つ。峠は少し風が吹き抜けてひんやりとしているが、雲一つない空から降り注ぐ日差しは強く、陽を受けている部分だけは暑いほど。

食事を済ませてブナノ木峠方面に向かう、思ったとおり尾根上のほうが雪は締まって歩き易い。少し休んだおかげで脚の疲労感も回復し、快調に足が前に出る、気がつけばブナノ木峠との分岐である、視界も拡がり気分的にも充実して楽しくなってくる。

これより傘峠までは幾つものアップダウンがあるが、素晴らしい天候の下残雪深い春山を歩く喜びで疲れも忘れてしまう。少し霞んではいるが、遠く越美国境の山々が、まっ白な稜線を連ねているのが見える、かつて、その白い姿に憧れ翌週には早速出掛けて行ったことがあった、そんなそれほど遠くない昔を思い出した。

傘峠で一休み、ミルクティーと行動食を摂り下山開始、その後はいくつかの軽い登りはあるものの、ほとんどが下りで気分も楽だ。最後の下りは地表が出ており、ワカンを着けての歩行は困難なため、東側の雪が張り付いた急斜面を下った。由良川に下って対岸に渡り、林道由良川線を歩いて中山橋へ。

その時点では体力も気力残っており、同じルートで戻るよりはと林道経由で地蔵峠へ向かった。しかし、予想していたとは言えやはり長い行程であった、そこで途中から冬芽や分枝などを観察しながら歩く、と、幾分時間の経過が早まったように思える。

ようやく地蔵峠に到着したが、その先も林道歩きが続く、雪面は柔らかくなってザクザク状態、登りよりも下りのほうがずっと辛い。峠から少し下った所で再び一休み、同じようにミルクティーと行動食を摂る。林道沿いの樹種は限られるために、その後は観察する対象も無くなって歩くことに専念した。

ゲートに到着してようやく重い雪から解放される、その後は法面側に花を探しながら散歩気分で歩いた、しかしフキノトウを見つけただけ、もう少し暖かくならないと春は来ないようだ。


生杉(旧道入口付近)=1時間35分=地蔵峠=2時間40分=ケヤキ坂=2時間=傘峠=2時間10分=地蔵峠=1時間10分=生杉(旧道入口付近)

『今日の出会いと目撃』人間1人(出発地から生杉ゲートまでご一緒した)

『シカの越冬状況』
生杉ゲート~地蔵峠:時々足跡がある(朝はあまりなかったが、夕方は多くなっていた)、枕谷に1カ所、下谷の林道はイノシシかもしれない足跡が1カ所、ケヤキ坂~中山:傘峠の西側に1カ所のみ(由良川方面から偵察に上がってきたと思われる)、中山橋~地蔵峠:5カ所ほど

まだまだ残雪が多く、南斜面や急斜面以外は雪で覆われているため、多くのシカは標高の低いところで待機しているようだ。

コシアブラの冬芽に対する採食は初めて見るのではないかと思われる。

3月26日 二ボケ源頭・P941m

府大演習林南縁尾根分岐から南側久多方面府大演習林南縁尾根分岐から南側久多方面





府大演習林南縁尾根分岐から西側天狗岳方面府大演習林南縁尾根分岐から西側天狗岳方面





二ボケ左俣源頭二ボケ左俣源頭





二ボケ源頭から西側二ボケ源頭から西側





二ボケ源頭から東側二ボケ源頭から東側





三ボケ源流三ボケ源流





P941mから北側P941mから北側





P941mの北側P941mの北側





三国岳の北側三国岳の北側





マルバマンサクマルバマンサク





マルバマンサクの花の拡大マルバマンサクの花の拡大





ヤドリギ 幾何学的模様のようにきれいな二又分枝ヤドリギ 幾何学的模様が見事な二又分枝





オオカメノキの枝先の食痕 背後は樹皮剥ぎオオカメノキの枝先の食痕 背後は樹皮剥ぎ





天候:曇り、早朝は時々日が差す
久多(水道施設前)~府大演習林南縁尾根分岐(二ボケ源頭往復)~三ボケ源流~P941m~三国岳分岐~久良谷出合~久多(水道施設前)
積雪量:府大演習林南縁尾根分岐105cm、P941m135cm、久良谷出合95cm、すべてがザラメ雪
古屋の積雪:3月15日から閉局になったまま、いつになったら再開するのか心配だ
田歌の水位13時:59cm

久多の林道は岩屋谷出合までは除雪されているだろうとの予想のもとにやってきたが、残念ながらいつもの最終除雪地である水道施設で止まったままになっていた。仕方がないのでこれより歩くことになる、しかしワカンを着けるとほとんど沈まず歩けた。

岩屋谷の林道を少し入ってから左側、スギ林の急斜面を登り始める、融雪が進んでいるので雪の下に空洞のある場所が頻繁に出てくる。まるで落とし穴のようなもので、出来るだけ落ちないようにストックを突き刺して確認しながら歩く、それでも幾度ともなくズボッと落ちてしまった。

平坦な稜線まで上がってくると空洞も少なくなり、また気温も低くなってくるのだろう雪も締まって歩きやすくなってくる。昨日ハイキングでポンポン山へ登った疲れが少し出てきたのか、足がだるくなって登りが辛くなってきた。

城丹国境稜線手前の急斜面、思ったよりも雪が締まっていて歩き易く助かった。今日は夕方5時までには自宅へ帰る必要があったので、到着時間が気になったが意外と早く到着する、早く出発したのがよかったようだ。

時間的に余裕があったため、予定通り二ボケの源頭まで往復する、この辺りの国境稜線は広々としておりワカンは全く沈まず実に快適、まるで雪上散歩の気分である。府大演習林南縁尾根分岐まで戻り三国岳を目指す、P936mを越え、次のピークを下り始めたとき、P941mに行くのであれば三ボケ源流へ下ってから登りなおしたほうが早いと気が付いた。

予定以外のルートとなるため、生分解テープに予定変更の旨を記して目につきやすいところに付け、三ボケ源流目指して下っていく。最後は少し急だが雪がありしかも締まっているので実に快適に歩くことができた。流れを渡って今度は登り、しかし脚の疲労がかなり進行しており、P941までは遠くて辛かった。

山頂から少し東へ行ったところで少し早いが昼食を摂る、今日はそばとコロッケ、熱いそばの中に冷たいコロッケを入れると一度に冷えてしまう、どちらも熱くないとあまりおいしくはない。早々に食事を済ませて出発する、P941西尾根分岐経由で三国岳分岐を目指す、ここから三国岳の北側はとてもいい雰囲気だ。

三国岳山頂には立ち寄る理由がないので省略し、分岐から経ケ岳への稜線を下る、そろそろ気温が上がってきたためだろう、稜線でもワカンが少し沈むようになってきた。いったん下り終わって緩やかに上った丘上のところから久良谷出合に向かって下っていく。

この先は今までのように快適な雪上散歩気分では済まない、脚がズボズボ沈み重い雪にワカンが捕られて下りでありながら脚を上げるのに負担がかかる。下るほどに雪が少なくなってやがて半ば地表が現れてくるようになり、最後の急斜面はワカンを外して歩かなければならなくなった。

雪のない急斜面は歩き辛い、スリップしないように気を付けながら岩屋谷まで下り、対岸の林道に上がってミルクティーとお菓子で一休み、これより再びワカンを着けて林道を歩く。林道は雪が緩んで少し沈む程度なのだが、すっかり疲れてだるくなった脚には30分余りの林道歩きがとても堪えた。

久多(水道施設前)=2時間=府大演習林南縁尾根分岐(二ボケ源頭往復)=1時間55分=P941m=3時間05分=久多(水道施設前)

『今日の出会いと目撃』クマの足跡ではないかと思われるものが、P941m付近にあった(1週間ほど前のものではっきりとはわからないが、シカの足跡が周辺で全く見られないところから、クマの足跡ではないかと考えられる)、人間0

『シカの越冬状況』
府大演習林南縁尾根では、標高650~700m付近に足跡があっただけで、その後は下山開始まで全く足跡は見られなかった。経ケ岳への稜線から久良谷出合へ下る尾根では、標高700m付近から久良谷出合まで、途切れ途切れに足跡が続いていた。

国境稜線付近にはまだ1mあまりの積雪があり、地表もほとんど現れていないところから、上がってきても良好な餌が得られないために登ってこないのではないかと推察される。

3月19日 三国峠~杉尾峠若丹国境・上谷

三国峠からの東側三国峠からの東側





三国峠の北西側三国峠の西側





三国峠の北西側三国峠の西側





野田畑谷の支流野田畑谷の支流





若狭側(永谷方面)は雪がほとんどない若狭側(永谷方面)は雪がほとんどない





野田畑谷野田畑谷





野田畑谷野田畑谷





野田畑谷 後方の丘上のところが若丹国境稜線野田畑谷 後方の丘が若丹国境稜線





野田畑谷 後方の丘上のところが若丹国境稜線野田畑谷 後方の丘が若丹国境稜線





上谷の最上流上谷の最上流





上谷の最上流上谷の最上流





上谷 モンドリ谷の上流上谷 モンドリ谷の上流





上谷 モンドリ谷の上流上谷 モンドリ谷の上流





上谷 モンドリ谷の下流上谷 モンドリ谷の下流





上谷 桝上谷の下流上谷 桝上谷の下流





上谷 下の池上谷 下の池





野田畑野田畑





林道は生杉ゲートまで除雪されていた林道は生杉ゲートまで除雪されていた





根元には1mの雪 マルバマンサクの花が咲き始めていた根元には1mの雪 マルバマンサクの花が咲き始めていた




カツラの冬芽 長枝に短枝が対生 短枝はジャバラのようだカツラの冬芽 長枝に短枝が対生 短枝はジャバラのようだ




ミズメの雄花 まもなく花粉を出すことだろうミズメの雄花 まもなく花粉を出すことだろう





スギの雄花 花粉症の元凶のように言われるが・・・スギの雄花 花粉症の元凶のように言われるが・・・





トチノキにもヤドリギが着生するようだトチノキにもヤドリギが着生するようだ 初めて気が付いた




ツルマサキは常緑なのでよく目立つツルマサキは常緑なのでよく目立つ 着生樹の最上部まで上がらないのは、冬季には光を独占できるため、コストをかけてまでして上がる必要がないからだと思われる。


伏状更新している状態が見られるスギの冬の状態 伏状更新している状態が見られるスギの冬の状態





イヌシデメフクレフシ(虫こぶ)最近増えているように感じるイヌシデメフクレフシ(虫こぶ)最近増えているように感じる




エゴノキエダオオタマフシ(虫こぶ)見上げるとあったエゴノキエダオオタマフシ(虫こぶ)見上げるとあった





ウスタビガの繭ウスタビガの繭





若丹国境稜線にあったシカの寝床若丹国境稜線にあったシカの寝床





ヤドリギが付いていたので雪の重みで折れたと思われるヤドリギが付いていたため、雪の重みで折れたと思われるブナ




上の写真のブナの枝に付いたヤドリギは、きれいに食べられていた上の写真のブナの枝に付いたヤドリギは、きれいに食べられていた




別の場所に落ちていたヤドリギの付いたブナの枝別の場所に落ちていたヤドリギの付いたブナの枝 これにも食痕があった




上の写真のヤドリギを食べたと思われる牡シカ上の写真のヤドリギを食べたと思われる牡シカ 4尖の立派な角をつけていた




天候:曇りのち曇り時々晴れのち晴れ
生杉(若走路谷出合付近)~三国峠~野田畑峠~杉尾峠~上谷~地蔵峠~生杉(若走路谷出合付近)
積雪量:三国峠125cm、野田畑峠130cm、杉尾峠135cm、野田畑145cm、地蔵峠148cm、すべてがザラメ雪
古屋の積雪:3月15日から閉局になったまま
田歌の水位13時:53cm

生杉から奥の林道は、ブナ原生林のゲートまで除雪されていた。しかし、若走路谷の出合付近からダイレクトに三国峠へ登る予定になっており、この予定は変更できない、そこで若走路谷の出合付近の駐車場に車を停め出発する。

道路からの取り付きは急で、ワカンが時々雪の中にズボッと突っ込み、それほど長くない距離なのにひどく疲れてしまう。傾斜が緩くなってくると雪質が安定し、しかも沈んでも5~10cm、とても歩きやすくなってきた。

この尾根にはマルバマンサクが多く、その一部に早くも花弁を開き始めたものが見られた。早い年には2月下旬から咲き始めることがあるので、今年は少し遅めではないだろうか。それにしても、根元に1mもの積雪がある状態で咲き始める植物はあまりない。

まず咲くが語源と言われるだけあって春一番に咲く花だが、ポリネーター(送粉者)が誰なのかずっと気になっている。雪の上を飛ぶことができる昆虫はあまりいない、今年は満開のころにゆっくりと観察したいものだ。

今日は曇っているうえ、黄砂現象が伴っているのか視界があまりよくなく、遠くが霞んで見えている。三国峠に立ち寄り呼吸を整えただけで、さらに西へと若丹国境稜線を進む。何度も書くようだがこの辺りは本当に地形が複雑、その上植生がほとんど変わらないために、何度も通っていないとどこが国境稜線だかわからない。

中山神社から続く尾根と出合い野田畑峠へ下る、その間に一つ大きなコブがあり、それを乗り越えるのが面倒だ。野田畑峠に下り着いてからは野田畑谷を遡る、稜線を歩くよりも楽だと思うが、実際歩くと流れが作る雪の壁の上り下りに時間とエネルギーを費やし、稜線とあまり差がないように感じた。

最上流になると流れが雪で塞がれて歩きやすくなってくる、最低コルまで上がって南へ、最初のピークまで登って昼食にした。定番のラーメンとお握らずと卵焼き、少し風があるが寒いということはない、ミルクティーを作って麺の伸びるのを待つ。

食事を済ませて若丹国境稜線をさらに西へと進む、しかしその後も三つのちょっとした登りがあって簡単には杉尾峠にたどり着かない。ようやくにして杉尾峠、今まで曇っていた空から時々陽が覗くようになったが、視界は利かず若狭湾までは見えないようだ。

これより上谷を下る、源頭部は流れが塞がっているため快適に歩くことができたが、下るに従い雪の壁に囲まれた流れが現れ、その上り下りがとても厄介であった。下りにも降りやすい場所を探さなければならないが、登りは壁の低くなったところでないと上がれないため、適当な場所を探すのに一苦労する。

野田畑まで10回以上は上下しただろう、ようやく野田畑の雪原にたどり着く。見上げれば雲はほとんど消え、快晴に近い青空が広がっていた、せっかくだからミルクティーを作って一休みする。黄砂らしき靄に遮られて日差しはそれほど強くはないが、気温は高く春の雪山そのものであった。

その後は枕谷から地蔵峠を越え林道を下る、途中でワカンのテープが切れ、応急処置をして歩いたが、どうも調子が悪く何度も締めなおさなければならなかった。ゲートからは除雪された車道を歩く、時々崩れた雪で道路が塞がれており、ゲートまで入った場合は、スコップを持っていないと帰りに閉じ込められる可能性がありそうだ。

生杉(若走路谷出合付近)=1時間05分=三国峠=2時間=野田畑峠=2時間30分=杉尾峠=2時間40分=地蔵峠=1時間20分=生杉(若走路谷出合付近)

『今日の出会いと目撃』牝シカ2頭(野田畑峠の東側で1頭、西側で1頭)、4尖牡シカ1頭(野田畑谷の最上流)、シカの警戒音1回(野田畑谷の南側)、人間0
ヒヨドリの群れ(10羽ほど)がヤドリギの果実を食べているのに出会った。書物ではヒレンジャクやキレンジャクが食べるとあるが、芦生ではこれらの野鳥に出会ったあった事がない。しかしヤドリギの果実の入った糞は多数落ちているところから、他の野鳥が食べているはずだと思っていたが、ようやくその正体が分かった。

『シカの越冬状況』
三国峠の西側600mほどにあるP767mの北側から、中山神社の裏尾根と若丹国境稜線との交点をとおり、その西側250m付近までを往復した足跡があった。おそらく芦生側の状態を偵察に来たのではないかと推察される。

野田畑峠の東側200m付近で牝シカ1頭に出会う、近くには寝床が2個あったので、この辺りに留まって採餌行動をしているようである。

野田畑峠の西側100m付近の野田畑谷の南側で警戒音、北側で牝1頭、周辺には足跡が散乱しており、落下したブナの枝に付着しているヤドリギを採食したようだ。

野田畑峠の西側600m付近から足跡がさらに西側へ野田畑谷の中に続いていた。これを追いかけていくと4尖の立派な角を持った牡シカがゆっくりと歩いていた。このシカを追いかけていくと、源頭から若丹国境の最低コルに上がり、国境を北側に登って行った。この辺りにはたくさんの足跡が散乱しており、その一部は国境稜線を南側へクツベ谷のコルまで続いていた。

その後は、杉尾峠付近に少し足跡があっただけで、上谷~野田畑~地蔵峠~生杉ゲートまで、全くシカの足跡は見られなかった。

例年3月から4月にかけては、秋に蓄積した脂肪を使い果たして餓死するシカが見られるが、今年は大量のヤドリギが落下し、それが餌資源としてシカに供給されることになった結果、餓死するシカが少なくなる可能性があると思われる。

また、落下しているブナの枝を見ると、そのほとんどにヤドリギが付着しているところから、ヤドリギが着生していることにより、耐荷の限度を超えて大量の雪がブナの枝に載って枝が折れてしまったものと考えられる。

3月11日~12日 由良川アヒノ谷出合まで 七瀬付近でテント拍

灰野の橋灰野の橋





カヅラ谷出合の下流側カヅラ谷出合の下流側





カヅラ谷出合の上流側 雪崩跡(デブリ)カヅラ谷出合の上流側 雪崩跡(デブリ)





アラ谷出合アラ谷出合





アヒノ谷出合の下流アヒノ谷出合の下流





アヒノ谷出合付近アヒノ谷出合付近





アヒノ谷出合の上流アヒノ谷出合の上流





アヒノ谷でアヒノ谷で





七瀬谷の南西側斜面 地表が露出している七瀬谷の南西側斜面 地表が露出している





テント場でテント場で





カヅラ谷 倒木で積雪期にはこの先には行けないカヅラ谷 倒木で積雪期にはこの先には行けない





カヅラ谷 スノーブリッジカヅラ谷 スノーブリッジ





タマゴケタマゴケ





アヒノ谷出合下流のあった岩小屋状のシカの寝床アヒノ谷出合下流のあった岩小屋状のシカの寝床





衰弱しているのか力なく川の中に立ちすくむ仔シカ衰弱しているのか力なく川の中に立ちすくむ仔シカ





雪の上にあった1才くらいの牝シカの死体雪の上にあった1才くらいの牝シカの死体





上の写真のシカの死体から1kmほど血痕が続いていた上の写真のシカの死体から、小ヨモギ小屋跡付近まで1kmほど、トロッコ道上に血痕が続いていた。足跡からするとキツネのようである、血の滴る肉片をくわえて歩いたのだろう。


4尖の牡シカの死体4尖の牡シカの死体





シカの樹皮剥ぎ カツラ 初めて見たシカの樹皮剥ぎ カツラ 初めて見た





シカの樹皮剥ぎ ミズナラ 糞も大量にあったシカの樹皮剥ぎ ミズナラ 糞も大量にあった





シカの樹皮剥ぎ ミズナラ カヅラ谷でシカの樹皮剥ぎ ミズナラ カヅラ谷で





(11日)
天候:雪のち小雨のち曇り
須後~カヅラ谷出合~マガリ迫出合~アヒノ谷出合~マガリ迫出合(テント泊)
積雪量:小ヨモギ小屋跡85cm、カヅラ谷出合95cm、マガリ迫出合120cm、すべてがザラメ雪
古屋の積雪9時:112cm
田歌の水位13時:52cm

須後を出発する頃から雪が降ってきた、ベタベタの雪で濡れるためにカッパの上着を着る。久しぶりの冬季テント泊の上胴長も入っているのでザックがかさばって結構重い、これを背負って雪のトロッコ道を歩かねばならないと考えると先が思いやられる。

井栗邸までは除雪されているがその後は雪がまだまだ分厚い、ここでワカンを着ける。トロッコ道上には先週らしいトレースがあり、その上を歩くと全く沈まない、かといってトレースを外してもそれほど沈むことはない、早朝は気温が低く雪が締まっているのだろう。

トレースは灰野辺りで終わっていたが、まだこの頃はワカンがあまり沈まず快適に歩くことができた。小ヨモギ小屋跡を過ぎるころから次第に雪が緩んでワカンが沈むようになってくる、常に同じ状態で沈むのであればまだ疲れないが、沈んだり沈まなかったりと変則的に繰り返すのが最も疲れる。

気が付けば雪は止んでいた、しかし小雨に変わっていただけのようだった、天気予報は晴れのはずだったのだが…。ようやくのことでカヅラ谷出合着、ここで一休みしてお握りを1個食べる、ここまで2時間の予定が3時間もかかってしまった、雪が緩んで予想以上に歩きづらかったからだ。

今日は七瀬にテントを張ってから由良川を遡る予定にしていたので、七瀬にはあと1時間くらいでは着きたいと考え、ゆっくりと休まず出発する。ところが、それから先へ進むに従い、さらにワカンが増々沈むようになり、ときには腰付近まで雪の空洞に落ち込んで這い上がるのに一苦労、行程は全くはかどらず体力ばかりが消耗していく。

この調子では体力のある間に七瀬に着くかどうかすら不安になり、マガリ迫の対岸にちょうどいい場所を見つけてテントを設営することにした。これから七瀬までの由良川は、深みや瀬がなくて川の中でも歩きやすいため、雪の上を歩くよりもはるかに楽なはずである。

テントはずっと昔から使っている軽テント、ポールは使わず立木にロープで繋ぎ、支柱替わりに落枝を使う。テントを設営して胴長を履き、すべての食料と少しの装備を持って出発する、由良川の水量はいつもよりも少し多いが、この程度であれば危険なことはない。

今回は胴長の水漏れを修理してきたため、ほぼパーフェクトに防水効果が表れ快適に流れの中を歩くことができた。ところが、流れの上に突き出た木の枝を避けようとして枝の一部をつかんだところ、それが枯れていたために折れ、体が水の中へ投げ出されてしまった。

ウエストポーチはズクズク、だが水の中へ倒れこんだが幸い濡れたのは腰あたりだけ、ただしパンツはしっかり濡れてしまった。日帰りであればいいが、泊るとなると濡れるのはとても厄介なことになる、ましてや冬季にあっては。

濡れてはいるが胴長の中にはほとんど水が入らなかったため、流れを遡るには障害にはならない、そこでさらに奥へと進んでいく。アラ谷出合を過ぎるころから、川幅が狭くなって時々瀬や渕を作るようになる、通過ができないときは雪の壁を攀じ登って雪の上を歩いて越えなければならない。

アヒノ谷出合の直前は特に険しく、ほとんどが雪の上を歩くことになった。出合から上流を見る限り、ずっと雪の上を歩かねばならないように見えたため、これより先へ進むのは取りやめて引き返すことにする、時刻もちょうどそろそろ帰らねばならない時間になっていた。

由良川本流の水を飲むのには抵抗があったため(シカの死体が多く)、マガリ迫で水を汲んでテント場に帰る。テントをしっかりと設営しなおし、中に入ってガソリンコンロに火を点ける、まずは湯を沸かしてミルクティーを作り、濡れた衣類を火で乾かす。

この時気を付けないといろんなものを溶かしてしまったり焦がしてしまったりする、防寒着の袖口や長靴の履き口など、過去には様々なものを台無しにしてきた。今回は十分気を付けたおかげで被害は0、しかしパンツを乾かすのはなかなか苦労であった。

夕食はマカロニカレー、早茹マカロニを多めの湯で煮て柔らかくし、その中に野菜と肉を炒めて持ってきたものを入れ、最後にカレールーを入れると出来上がり、冬季や春先の定番料理である。カレーを食べながら少しずつ飲んでいたブランディーもなくなると、後はすることもなく半乾きの下着に気持ち悪さを感じながらも寝袋に入った。

ホッカイロを4つも付けたお蔭で、朝まで寒さ知らずに眠ることができた。

須後=3時間05分=カヅラ谷出合=1時間20分=マガリ迫出合=2時間(胴長履き替え時間を含む)=アヒノ谷出合=1時間25分=マガリ迫出合
『今日の出会いと目撃』4尖牡シカ1頭(野田谷上流)、仔シカ1頭(野田谷上流)、イノシシ1頭(アラ谷出合上流)、シカの死体9体(1才くらいの牝1体:影迫付近、牝1体:、牝1体・4尖牡2体:マガリ迫~七瀬間、仔2体・牝2体:七瀬~アラ谷間)、シカの警戒音(カヅラ谷出合の右岸、七瀬上流右岸)、人間0

『シカの越冬状況』
野田谷出合の上流で見た1尖の牡と思われるシカは、流れの中を上流へ逃げて行った。

次いで雪の上で餌を食べていた0才仔シカは、ゆっくりと上流へ移動していった、衰弱しているのか元気がない。このシカには七瀬の上流で追いつく、ゆっくりと上流へ移動するが、流れを遡る際に押し流されてずぶ濡れになる、何とか起き上がって立ち尽くすが、私が近づいても逃げる力もない。

私はこのシカを追い越してさらに上流へと遡っていった。仔シカが1頭だけしかいないのは、母を失ってしまったのだろうか、1才になる前に一人ぼっちになるシカの悲しみを思うと心が痛む。しかしこのように衰弱しているのであれば、春を目の前にして命を繋ぐことができないかもしれない、母のもとに行けるほうがもしかしたら幸せなのだろうか。

影迫の死体は新しく、餓死したものであると思われるが、その他の8体はすべて川の中、2週間前のマガリ谷出合付近で見た3体の死体と同じような状態であり、しかも死体の痛み方からすると、2週間前のものと同じころに死んだのではないかと推測される。

2週間前に3体の死体を見て考えた、ドカ雪の際に川の中に閉じ込められ、立ったままの状態に疲れ果てて倒れたのではないかという推測は、新たに多数の死体を目の当たりにして、間違いないと確信できるまでになった。

南側に面した急斜面では、地表が露になっているところが増えているところから、多くのシカが川から山の上のほうに移動しているものと思われる。しかし死体数が多く、越冬できなかった個体が多数あるところから、灰野~一ノツボ間で越冬していていた個体は、例年のように20~30頭であったが、現在では10頭程度が生存しているだけになってしまったのではないかと推察される。



(12日)
天候:晴れ
マガリ迫出合~カヅラ谷出合~須後
古屋の積雪8時:107cm
田歌の水位13時:50cm

今日は往路を引き返すだけ、朝方は気温がマイナスになったのだろう、コッフェルに入れて外に置いていた水が凍っていた。あまり早く出発すると、雪面が凍ってスリップしやすい危険な状態であるため、ゆっくりと寝袋から出る。朝食は野菜炒めとわかめを入れてラーメンを作る。

食事を済ませて荷物を片付けザックに詰める、胴長やテントなどいろいろなものが濡れているため、食料が減って軽くなっているはずなのに、かえって重くなっているように感じる。ワカンを履いて出発する、雪面が凍って快適に歩くことができる。

しかしカヅラ谷出合との半ばまでやってくると、雪崩れた雪で歩道が埋まり、急傾斜地のトラバースが続くようになる。昨日のワカン跡が残っているときはその足跡にワカンを載せればよいだけであるが、ない場合はワカンをアイゼン代わりに、ストックをピッケル代わりに使って越えていかなければならない。

カヅラ谷出合に着き、緊張する場所から一旦解放、荷物をデポして(置いて)少しだけカヅラ谷に入っていく。戻って再び緊張の続くトロッコ道を進む、フタゴ谷出合まで来れば険しい場所もほぼ終わる、そこで少し休憩を摂りミルクティーを作ってパンと一緒に啜った。

昨日と違って今日は朝から天気がいい、気温も上がってきたのか暖かく、陽の当たるところから雪が解けてきた。それでも昨日のようにワカンが深く沈むようなことはなく、快調に歩き続けて出発地まで戻ってくることができた。

マガリ迫出合=3時間35分(カヅラ谷入谷時間含む)=須後
『今日の出会いと目撃』人間0
『シカの越冬状況』
昨日からの新しい足跡はわずかしかなく、シカの姿にも警戒音にも終始出会わなかった。

3月5日 由良川 岩谷出合から中山橋まで

岩谷岩谷





ホウ谷出合下流 これから下流へ下るのは無理だったホウ谷出合下流 これから下流へ下るのは無理だった





岩谷出合・スケン谷出合間岩谷出合・スケン谷出合間





岩谷出合・スケン谷出合間岩谷出合・スケン谷出合間





岩谷出合・スケン谷出合間岩谷出合・スケン谷出合間





スケン谷スケン谷





スケン谷出合の上流スケン谷出合の上流





スケン谷出合の上流スケン谷出合の上流





通称トチノキ谷通称トチノキ谷





トチノキ谷出合の上流トチノキ谷出合の上流





トチノキ谷出合の上流トチノキ谷出合の上流





中山橋中山橋





大曲のショートカットルートからの江丹国境稜線大曲のショートカットルートからの江丹国境稜線





萌芽をたくさん出すホウノキ これだけ出すのは珍しい萌芽をたくさん出すホウノキ これだけ出すのは珍しい





ミヤマシグレ カツラに着生していたミヤマシグレ カツラに着生していた 1m以上の積雪があり普段気が付かないものが見えた




ミヤマシグレ 拡大ミヤマシグレ 拡





オシャグジデンダオシャグジデンダ(冬緑性シダ)この季節はよく目立つ。





虫こぶ イヌシデメフクレフシ虫こぶ イヌシデメフクレフシ これがあるとイヌシデだと分かる




野鳥の食べかす タムシバの冬芽野鳥の食べかす タムシバの冬芽





山の上にあったタヌキの足跡山の上にあったタヌキの足跡 もうこんなところで活動しているのだ




逃げようとするシカ逃げようとするシカ





追いつめられて動けなくなったシカ追いつめられて動けなくなったシカ





追いつめられて動けなくなったシカ
追いつめられて動けなくなったシカ




追いつめられて動けなくなったシカ
追いつめられて動けなくなったシカ




シカの食痕 ブナシカの食痕 ブナ





シカの食痕 ノリウツギシカの食痕 ノリウツギ





天候:晴れのち曇り
古屋~江丹国境稜線~岩谷出合(ホウ谷の下流まで下る)~スケン谷出合~中山橋~地蔵峠~生杉
積雪量:江丹国境稜線152cm、岩谷出合145cm、長治谷小屋前135cm、地蔵峠135cm、ほぼすべてがザラメ雪
古屋の積雪8時:111cm
田歌の水位13時:62cm

生杉午前7時03分発のバスに乗るため、いつもより早く出発した、今日は古屋から入って由良川に下り、地蔵峠から生杉に下る予定である。そうすると、生杉から古屋まで歩かねばならないが、雪の中を歩いてきた脚にはこの距離がとても苦しい。そこで車を生杉に停車してバスで古屋まで下り、それから歩き始めることにした。

先週の観察どおり、保谷林道は水道施設まで除雪が終了していた、水道施設からは江丹国境稜線にダイレクトで上がる尾根を登る。雪面はガリガリ凍って全く足が沈まないが、反面急な斜面を登るのはスリップする恐れがあって危険だ、そこでアイゼン代わりにワカンを着ける、これは気温が上がって雪が緩んできたときの踏み抜き防止用でもある

スノーシューと違って軽くて何も着けてないがごとし、無積雪期よりも快適に歩くことができる。急な登りを乗り越えると気温も上がってきたのか、陽の当たる場所では早くも雪が緩み始めてきた、体も熱くなって着衣を脱ぐために立ち止まる。

風もなく静かな森の中にキツツキの乾いたドラミングの音が響く、ゴジュウガラの囀りが時々けたたましく聞こえる。頭上がざわめくと、コガラの群れが通り過ぎるところであった、野鳥たちの活動が俄かに活発になってきたようだ、そういえばもう3月になったのだ。

60代の半ばに差し掛かってきた今、様々なものに対する気力や自信そして体力が大きく揺らいでいるのを実感する。何度も迎えたはずの春なのに、あと何度こうして春を迎えることができるだろうか?と考えると、今こうして生きて森に在る事を喜ぶとともに、すべてが劣化していくことへの寂しさを強く感じてくる。

国境稜線に上り着いてもまだ大きな疲れは感じず、そのまま休みなく岩谷に向かって下っていく。谷近くまで下って来ると雪が緩み、時々踏み抜いては足を引き出すのに苦労する。谷に下ると、今冬はここ数年の中では雪が最も多いのだろう、谷が塞がっている場所が随所に見られた。

由良川に出合い、流れを渡った対岸で長靴から胴長に履き替える、これを履くのは2年ぶりだ、昨冬はあまりにも雪が少なく長靴で今日の予定区間を歩くことができた(1月16日)。胴長に履き替えるのにもかなりの時間を費やす、水の浸み込み防止のために胴長の上からカッパのズボンを履かなければならないからである。

由良川の水量は普段の2倍以上もある、その上1mほどの雪の壁が流れぎりぎりまで迫っていて、岸辺をへつって歩くのが難しい。ホウ谷出合から少し下ってから、さらに下ろうとして深みに入った途端、胴長の中に水が浸み込んできた。

よく確認してこなかったのがいけなかったのだが、どうも内側の防水フィルムがひび割れているようである、やはり安価なものはそれだけの価値しかない。慌てて深みから上がったが、すっかり長靴の中に水が入ってズクズク、最初からこれでは思いやられる。

これより下流はさらに水深が深く流れにも勢いがあるため危険と判断、あっさりと引き返すことにした。岩谷出合に戻りいよいよ本流を溯る、しかし水量が多いために何かにつけ通過に思案する場所が現れ、そのたびに引き返して対岸に渡ったり、雪の壁を攀じ登って巻いて越えたり、あるいは深みを走って渡ったりと、様々な方法で越えていく。

スケン谷を越えてすぐの函状の場所は簡単には通過できず、大きく巻き上がったところ歩道付近まで上がってしまったため、そのまま歩道のある辺りをトチノキ谷手前まで歩いた。再び流れの中を歩き、小さな渕を二つ越えるとその後は平坦な流れとなって通過に苦労する場所はなくなるはずだ。

そこでようやく昼食にする、ラーメンとコンビニで買ったお握りと焼き豚、やはりいつもの定番メニューのほうがいい。食事を済ませてさらに遡る、その後は平流が続き予想通り苦労する場所はほとんどなかった。中山橋を越えて量水計を過ぎたところで倒木に進路を絶たれ、胴長から普通の長靴に履き替えて林道を歩く。

この辺りには誰も来ていないようであったが、長治谷小屋を過ぎて上谷を渡ると、昨日と思われるスノーシューの跡が残されていた。そのトレースは地藏峠から林道を下っており、その上を辿ればほとんど沈まずに済んだ。

ゲートを過ぎて大曲に差し掛かる、時間も体力も十分ある、そこで急斜面を登って尾根を乗り越し、ショートカットして若走路谷出合付近に下った。いつもと違って一つ東側の尾根を下ったが、こちらのほうが展望もよく歩きやすかった。

若走路谷を渡ってここもショートカット、2年前(2015年1月11日)の苦しかった時のことを思い出しながら、ゆとりをもって車の停車地に到着した。


古屋=2時間35分=岩谷出合(ホウ谷下流往復45分)=1時間=スケン谷出合=1時間40分=中山橋=3時間=生杉

『今日の出会いと目撃』4尖牡シカ1頭(岩谷)、牝シカ3頭(岩谷出合の上流1頭、中山の400mほど下流2頭)、人間0

『シカの越冬状況』
保谷林道の最後(倉ケ谷出合付近)に足跡があっただけで、その前もその後江丹国境稜線を越え岩谷に下るまで足跡はなかった。岩谷の右岸支流出合付近で4尖の牡シカが、流れの中でチドリノキの枝先を食べていた。私に気付き逃げようとしたが、流れは倒木やスノーブリッジで閉ざされていて簡単には雪上に上がれない状態であったため、最後は倒木を背に追いつめられたような形になってしまった。

はじめは不安そうな目で見ていたが、私が危害を加えないことを知って穏やかな表情になった。4尖のようだが右の角が折れているほか、左の角も先端が折れて3尖のように見える。4尖の牡としては小さい個体だ。

岩谷出合から由良川沿いにしばらく下る、ホウ谷出合の少し下流まで足跡があったが、それより下流は水量が多く危険であり、またシカの足跡もなさそうなので下らず引き返す。岩谷出合付近の積雪深は145cmで、シカの足跡は雪が解けているところでは30cm~50cmであった。

岩谷出合からしばらく遡ったところで1頭の牝シカに出会う、何か採食していたようだが不明。彼女はその後スケン谷出合の少し上流まで逃げたようである。スケン谷の上流の函が通過できず右岸の歩道付近まで上がって歩いていると、流れを下っていく彼女が見えた。

中山の400mほど下流で、右岸の急斜面を下って流れの中に飛び降りて上流へ遡っていく2頭の牝シカに出会う。急斜面では雪崩れて雪が消え、地肌が出ているところが多く見られるため、そのような場所で採餌行動をしていたものと思われる。

この2頭は、2月20日に中山橋付近で見た3頭のシカのうち2頭ではないかと思われる。今回見なかった1頭は仔シカでありもしかすると死亡したのかもしれない。彼女たちは上流へ逃げ中山から上谷のほうへ入ったのち、どうも扇谷に入って隠れたのだろうその後足跡もなくなってしまった。

その先林道上や枕谷には足跡はなく、地蔵峠を越え生杉ゲートを過ぎてようやくシカの足跡が表れた。

シカの食痕は、チドリノキ、ハウチワカエデ、イタヤカエデ、コハウチワカエデ、ブナ、トチノキ、ハクウンボク、エゴノキ、ノリウツギ、フジ、オオバアサガラなどに見られた。

2月26日 P941m・由良川源流一ノツボ

P941mの北側P941mの北側





P941mの北側P941mの北側





P941mの北側P941mの北側





P941mの北側P941mの北側





P941m付近P941m付近





P941m付近P941m付近





P941m付近P941m付近





マガリ谷出合マガリ谷出合





マガリ谷出合の上流マガリ谷出合の上流





一ノツボ一ノツボ





ツボ谷ツボ谷





ツボ谷出合ツボ谷出合





一ノツボの上流一ノツボの上流





二ノツボ二ノツボ





二ノツボの上流二ノツボの上流





P941m西尾根分岐付近から北東側P941m西尾根分岐付近から北東側





芽鱗が外れかかったサワグルミの冬芽芽鱗が外れかかったサワグルミの冬芽





雪の沈降圧によってスギの枝が引っ張られている雪の沈降圧によってスギの枝が引っ張られている





イノシシの寝床 スギの樹洞イノシシの寝床 スギの樹洞





イノシシの食痕と思われるソヨゴイノシシの食痕と思われるソヨゴ





壊れかけたスズメバチの巣壊れかけたスズメバチの巣





シカの死体① 少し小さいので1歳くらいかシカの死体① 少し小さいので1歳くらいか





シカの死体② 性別不明の大人シカの死体② 性別不明の大人





シカの死体③ 大人のメスシカの死体③ 大人のメス






天候:晴れのち曇り
古屋~P941m~マガリ谷出合~二ノツボ~P941m西尾根分岐~古屋
積雪量:P941m付近175cm、マガリ谷出合の対岸153cm、ほぼすべてがザラメ雪
古屋の積雪9時:128cm
田歌の水位13時:64cm

保谷林道ではもう除雪作業が進められていた(登りの途中で除雪車の音が聞こえたが、もう倉ケ谷出合近くまで除雪されているようだ)、保谷に架かる橋を渡ると、昨日と思われるスノーシューの跡が残されており、それは保谷南尾根まで続いていた。

今回はワカンをザックに付け最初からスノーシューを履く、尾根にもスノーシューの跡が続き、観察すると5~10名のパーティーが往復したようである。雪面はガリガリに凍りスノーシューの跡のほうが歩きにくいほどである、長靴にスノーシューはなじみが悪く時々外れる、そこで急斜面を登り終えたところにスノーシューをデポし、その後はワカンで歩いた。

こんなに固く締まっていると、軽くて脚に負担の少ないワカンのほうが快適だ。トレースは三国岳のほうまで続いているらしく、P941m西尾根分岐まで一気に登ることができた、それでも体力的にゆとりがあるので、P941mのピークに立ち寄りそのまま西尾根を西に向かって歩き続ける。

西尾根の主稜線から枝尾根に入ってどんどん下っていく、雪のないときはエゾユズリハが繁茂して歩きづらいところだが、分厚い雪に覆われて今は広い雪原となって、歩くのがとても心地よい。幾度も通ったところであり、積雪期にも毎年のように通っているので全く不安はないが、積雪期に初めて通った時は、「どこまで下り続けるのだろう、戻ってくることができるのだろうか」と、とても不安になったものだ。

由良川が眼下に俯瞰されるようになると、緩やかな下りも終わり一気に急な尾根を下り始める、この辺りまで来ると雪が緩み始め、雪面下の空洞に足を突っ込むようになって、引きずり出すのに苦労することしばしば。最後は重い雪に足を取られながらも急な斜面を下って由良川に下り着く。

マガリ谷の対岸まで移動し日当りのいい場所で少し早いが昼食にする、今日もラーメン、卵焼き、お握らず。もう2月も終わり、日の光は眩しくそして暖かく、正に春の光だ、しかし陽が陰ると少し寒さを感じ、芦生ではまだまだ冬の最中である事を教えられる。

食事を済ませて由良川を下る、水量はいつもの2倍以上あって流れを下るのも簡単ではない。しかも流れのすぐ傍まで高い雪の壁が迫り、壁に沿って歩くこともできず時々壁を乗り越えて下って行った。

大きく流れが方向を変える場所まで来て2体、帰路流れの中で1体のシカの死体を発見する。死に至った経緯を考えていると、この厳しい冬の芦生で越冬するたくましいシカも、これほどあっけなく死んでしまうのだ、正に死と背中合わせで冬を乗り越えているのだという事が、厳然たる事実として横たわっていることに気付く。

引き返して今度は由良川を遡る、が、すぐに流れ沿いには進めなくなり雪の上を歩く。ツボ谷手前から両岸が迫って雪の急斜面をトラバースするように歩き、一ノツボは大きく高巻いて乗り越えた。そのまま二ノツボまで行ってから、ワカンを着けて左岸の急斜面を登っていく、下ってきたトレースに出会うまでは疲れの表れてきた脚には負担であった。

その後は下りのトレースにワカンを置いていく、長年の経験から同じルートを往復するときは、登りのことを考えて下りは小幅で歩くことにしているが、今回もこのおかげであまり苦労することなく上ることができた。P941m西尾根に上がり、トレースどおりに引き返す、P941mのピークには寄らず北側を巻いて分岐へ。

その後は朝のルートを一気に下る、途中スノーシューを回収してその場で一休み、ミルクティーを作り行動食も一緒に摂る。ここまで来ればほとんど帰り着いたようなもの、ドロドロになった林道を、ワカンを手に持って歩いた。


古屋=2時間05分=P941m=1時間20分=マガリ谷出合=1時間20分=二ノツボ=2時間40分=P941m西尾根分岐=1時間35分=古屋

『今日の出会いと目撃』シカの死体3体(いずれもマガリ谷出合の下流)イノシシ1頭、人間0

『シカの越冬状況』
保谷南尾根の取り付きから由良川までシカの痕跡は皆無。マガリ谷出合から由良川の流れを下る、大きく曲がるところで左岸に渡ると雪の上に血痕があり、テンが動物を食べたようである。周囲を探すと2体のシカの死体があった。マガリ谷出合方面へ戻る途中、流れの真ん中の岩にシカの死体が引っかかっているのを発見する。

ほぼ同じ場所に3体もの死体があるのは普通ではない、同一の要因で死亡したものと推測される。2月10日のドカ雪では、古屋の積雪計は1日で90cmも積雪深が増えていることから、この辺りもそれに匹敵するような大雪が降ったと考えられる。

この辺りでは川沿いにスギの樹がほとんどなく、寝床になるような場所は少し尾根を上がらなければならない。ところが大雪で動くことができず、水が流れて雪の消えている場所に閉じ込められたのではないだろうか。そのような場所で体を横たえるとどうしても濡れて冷えてしまう、そこで立っていたのであろうがいつまでもそんなことができるわけがなく、疲れて身を横たえると濡れて冷え切ってしまったのだろう。

こんな大雪は滅多に降らない、予測を越えたドカ雪で死んでしまったのだろう、今まで考えたこともなかった死亡要因である。その場で死んだシカたちの冥福を祈る。

2月18日~20日 冬季シカ・カモシカ生息調査に参加

18日の長治谷小屋 除雪しないと入れない18日の長治谷小屋 除雪しないと入れない





19日の長治谷小屋19日の長治谷小屋





ウツロ谷ウツロ谷





キエ谷キエ谷





上谷本谷上谷本谷





上谷本谷上谷本谷





モンドリ谷出合モンドリ谷出合





モンドリ谷モンドリ谷





若丹国境稜線に向かって登る若丹国境稜線に向かって登る





若丹国境稜線若丹国境稜線





上谷・野田畑谷中尾根上谷・野田畑谷中尾根





上谷・野田畑谷中尾根上谷・野田畑谷中尾根





上谷・野田畑谷中尾根から若狭側上谷・野田畑谷中尾根から若狭側





野田畑谷出合野田畑谷出合





長治谷湿原長治谷湿原





中山橋から下流側中山橋から下流側





中山橋から上流側中山橋から上流側





18日の長治谷小屋前積雪計 158cm18日の長治谷小屋前積雪計 158cm





19日の長治谷小屋前積雪計 180cm19日の長治谷小屋前積雪計 180cm





ヤドリギの大きな株が落下していた
ヤドリギの大きな株が落下していた 雪が積もってその重みで落下したと思われるが、半寄生という生き方も厳しいようだ。


上谷沿いに雪のない地表があった シカの寝床上谷沿いに雪のない地表があった シカの寝床になっていたのか3頭のシカがいて糞がたくさんあった





(18日)
天候:晴れのち曇り夕方から雪
古屋の積雪13時:141cm
田歌の水位13時:58cm
積雪量:地蔵峠175cm
生杉~地蔵峠~長治谷小屋(中山橋方面まで調査:長治谷小屋泊)
生杉=2時間20分=地蔵峠=1時間05分=長治谷小屋


(19日)
天候:雪のち曇りのち晴れ
古屋の積雪13時:150cm
田歌の水位13時:56cm
積雪量:キエ谷200cm、モンドリ谷210cm、野田畑185cm
上谷・野田畑谷周辺調査:長治谷小屋泊


(20日)
天候:曇りのち雨
古屋の積雪13時:135cm
田歌の水位13時:55cm
(中山橋方面まで調査)長治谷小屋~生杉
長治谷小屋=3時間05分=生杉

一昨年から参加させていただいている「冬季シカ・カモシカ生息調査」に今年も参加させていただく、過去2回は二日間だけであったが、今年は全日程である三日間とも参加することができた。

先週の(ドカ雪後の)林道歩きに懲りてスノーシューを早速購入、生まれて初めて使用した、平坦地だけで使用し急斜面はワカンをと考え、ワカンも持ってきた、スノーシューを実際使ってみると平坦地では確かに威力がありそうだ。

今年の参加者は私を含めて4名、うち学生さんは2名である。午前10時半頃に生杉を出発予定であったが、私だけがスノーシューで他の3名はスキーで行かれるとのこと、遅れてはいけないと考え先に到着して9時少し前に一人出発した。

前日の雨で雪質はザクザクしたザラメ状態になっていたが、すっかり締まってスノーシューを履くと10cm程度しか沈まない。今夜は長治谷小屋泊であるため荷物も少なく、寝袋が加わっているものの重量はいつも歩いているときとあまり変わらないようだ。

途中、スキーでは通過が厄介そうな箇所があると、足場を切ってルート工作をしたが、その作業も含めスノーシューのおかげで出発から地蔵峠まで休む必要はなかった。地蔵峠から先も枕谷と上谷の渡渉箇所などのルート工作をしながら歩き、お昼前に長治谷小屋に到着した。

小屋の入口は、10日ほど前に研究林のスタッフの方が来られて除雪されたらしいが、その後のドカ雪で再び埋まってしまって掘らなければ中へ入れない状態になっていた。そこで1時間ほどかけて除雪作業を行う、北海道のスキー場では散々除雪したのであったが、最近はほとんどする事がないため手に負担をかけないようゆっくりとスコップを動かした。

階段を作って入れるようにしたがカギは持っておらず中へは入れない、そこで昼食を摂ってから学生さんたちを迎えに行くことにした。地蔵峠でようやく合流、スキーを初めて履く学生さんの荷物を引き受け、一緒に小屋まで歩いた。

小屋の中に荷物を入れて簡単に宿泊の準備、その後明るい間に中山橋付近まで調査に出掛ける。小屋に戻る途中から細かい雪が降り始め、小屋に戻り着く頃には本降りの雪に変わってきた、天気予報どおりだ、あまり降り過ぎなければいいが。

夕食はカレーライスとコールスロー、そして小屋に備蓄されていたビールをいただく。発電機のエンジンがかからずランタンの灯りの下、石油ストーブで暖められた屋内で、学生さんたちの現状や将来のことなどの話を聞いたり、私自身の経歴を話したりして夜の更けるまで起きていた。


二日目は朝食後上谷方面に出かける、昨夜からの降雪で25~30cmの新雪が積もっていた、この程度の雪であればラッセルと言えるほどの苦労はせずに歩くことができるだろう。

途中の支流で採水し積雪深を調べる、積雪が多いために上流に行くほど流れが雪で塞がっている場所が多くなり、渡渉をせずとも流れを渡ることができた。そのために予定よりも早くしかも体力をそれほど消耗せずに目的地に到着する、まだ昼前、このまま引き返すのはもったいない、そこで若丹国境を回って戻ることになった。

この頃には雪も止んで気温も上がってきたようだ、雪質は少し重くなりべたついてくる、その上スノーシューを着けたまま流れの中を歩いたために雪がこびり付きやすくなっていた。そんな状態で若丹国境へ続く枝尾根を急登することになり、スノーシューを着けた脚に強い負担がかかって一気に体力を失った。

急登が終わった後、学生さんに先頭をお願いしたため、その後は楽に歩くことができて助かった、人数が多いとこのようなときに大いに救われる。小屋に戻り着いても夕食にはまだ早過ぎる、そこで学生さん達はスキーの練習をされたり小型の雪洞を掘ったりされていたが、私は冬芽観察をして1時間余り時間を過ごした。

夕食はポテトサラダと鍋物、今夜も昨夜と同様いろいろの話題を繋ぎながら夜が更けていった。


三日目は、朝食前に中山橋方面へ調査に出かける、暖かい朝であるが風が強い、入林前の天気予報では午後から雨とのことであったが、天気予報どおりになりそうな雰囲気である。調査から戻って朝食、そして後片付けをして三日間お世話になった長治谷小屋を後にする。

地蔵峠を下り始めたころより雨が降り始め、やがて本降りの雨に変わってきた。スキーを初めて履いたという学生さんも、下り始めてしばらくは転んでばかりおられたが、だんだんと転ばれなくなってスキーに慣れてこられたことが見て分かるようになってきた。

雨は小止みなく降り続け、途中で休む気にもならず一度小休止しただけで最後まで歩き続けた。若走路谷をショートカットして渡った私が最初に到着、すぐに間を置かずに皆さん無事到着された。

三日間お世話になりありがとうございました。長治谷小屋に泊まることができること自体、よほどの縁がなければ無理だと思っていたが、それが3年連続でかなえられている事、そしてその不可能と考えていたことに今年もお誘いいただいたことに感謝しつつ芦生を離れた。



『シカの越冬状況』
18日:中山橋方面にシカの足跡多数、複数のシカが生息している模様だ。足跡は30cmほど沈んでいるだけで、シカの行動を阻害する積雪状態ではない。
 フジに強い食痕が見られた。

20日:中山橋付近で牝頭、仔1頭が休んでいた、私を見つけて由良川を下って行ったが、途中からはゆっくりと流れの中を歩いて下って行った。前日からの新雪が30cmほどあったため、地上には上がらず川の中を歩いているようだ。

18日~20日まで、それ以外にはシカの痕跡(新しいもの)を見ることはなかった。
記事検索
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ