芦生短信2

通年に亘る京都「芦生」の山行記録。出会った花・キノコ・果実と積雪量。2002年から2005年の記録は「自然館のホームページから「里山便り」へ進んでください」で。2006年から2009年の記録は 「芦生短信」へ。2012年4月からは「芦生研究林」の許可を受け、「ABCプロジェクト」との共同研究目的で入林しています。芦生原生林の現状をリアルタイムで知っていただくためにこのブログに記録を掲載していますが、ルートの大半は入林が規制されている地域であるため、許可がない限り入林できないことをおことわりしておきます。

5月3日 由良川 灰野から七瀬までシカの死体数調査

由良川 灰野の上流由良川 灰野の上流





 苔庭のような岩場 苔庭のような岩場





フタゴ谷フタゴ谷





刑部谷とカズラ谷の間刑部谷とカズラ谷の間





カズラ谷出合の上流カズラ谷出合の上流





ウリハダカエデウリハダカエデ





ユキグニミツバツツジユキグニミツバツツジ





ユキグニミツバツツジユキグニミツバツツジ





ヤマツツジヤマツツジ





カラスシキミカラスシキミ





ヤブツバキヤブツバキ





ホンシャクナゲホンシャクナゲ





カナクギノキカナクギノキ





ミズメの雌花 下は雄花ミズメの雌花 下は雄花 雄花は既に終わっているところから、雄花先熟のようだ




ムラサキケマンムラサキケマン





クリンソウクリンソウ 長治谷付近のものが流れ着いたのだろう 元来芦生には自生していなかったようだ




ムラサキサギゴケムラサキサギゴケ





ナツトウダイナツトウダイ





ツボスミレツボスミレ





キランソウキランソウ





ツルキジムシロツルキジムシロ





アシウテンナンショウアシウテンナンショウ





カキドオシカキドオシ





ミミナグサミミナグサ





島のような岩に生育するナルコスゲ島のような岩に生育するナルコスゲ そのためシカの採食被害から逃れられているようだ




クジャクシダクジャクシダ 若葉は美しい





ヤマソテツの新葉ヤマソテツの新葉 





新緑のコツボゴケ(またはツボゴケ)は美しい新緑のコツボゴケ(またはツボゴケ)は美しい





カガミゴケカガミゴケ





ヤマトフデゴケの群生ヤマトフデゴケの群生





ヤマトフデゴケヤマトフデゴケ





フタバゼニゴケフタバゼニゴケ





エビゴケエビゴケ 京都府では修学院しか自生地が知られていないために絶滅寸前種に指定されている




オオミズゴケオオミズゴケ





ホソバミズゴケホソバミズゴケ





アミガサタケアミガサタケ





イノシシがタケノコを掘った跡イノシシがタケノコを掘った跡 毎年掘られるのでこの付近の孟宗竹は老個体ばかりで枯れかかっている




オシドリオシドリ





婚姻色が現れたウグイ?婚姻色が現れたウグイ?





河原にこんな甲虫がたくさんいたが河原にこんな甲虫がたくさんいたが ゴミムシダマシの一種か?




昨年生まれた仔シカの死体昨年生まれた仔シカの死体 数日以内に死んだらしく新しい、死因は飢餓か転落か?この季節になって餓死はないと考えられるので転落死ではないかと思われる



天候:曇りのち雨
田歌の水位13時:32cm
須後~灰野~カズラ谷出合~七瀬~須後
出逢った花:<咲き始め>ヤマツツジ・カナクギノキ・ムラサキサギゴケ・クリンソウ・ナツトウダイ・カキドオシ・ミミナグサ・ツボスミレ
<盛り>ウリハダカエデ・チドリノキ・ウスギヨウラク・ホンシャクナゲ・ユキグニミツバツツジ・カラスシキミ・オオイワカガミ・サワハコベ・ノミノフスマ・ツルキジムシロ・タニギョウ・キランソウ・ニシキゴロモ・ムラサキケマン・アシウテンナンショウ
<咲き終わり>ヤブツバキ・クロモジ・ハウチワカエデ・オオカメノキ・コバノミツバツツジ・ヒカゲスミレ・ミヤマキケマン・チャルメルソウ・タチツボスミレ・オオバキスミレ・イワウチワ・ネコノメソウ・サンインシロカネソウ・ニリンソウ・リュウキンカ・トキワイカリソウ・オオバタネツケバナ・ヤマアイ


既に許可を受けている研究目的の入林も、コロナウイルスの関係で相談の上、別途許可を得なければならなくなった。それを研究林のホームページで知ったのは5月1日の夜、研究林事務所はもう事務を終えておられる時間だ、関係者からアドバイスを頂き、林長さんに直接メールでお願いし、今日から入林できることになった。

天気予報では夕方から雨とのこと、雨が降り出すまでに七瀬まで調査を終えたいと考えながら出発する。灰野までトロッコ道を歩き、由良川に下って川歩き用の身支度をする、ウレタン製の沢足袋とスパッツを着け、更にカッパのズボンと長靴用スパッツも着ける。

準備が整いいざ流れの中へ、最初こそ冷たい水が入ってくるが、その後は温かく冬でも歩けそうな気がするほどだ。由良川沿いでのシカの死体数調査、下流部は例年テント泊をしながらするのであるが、今年は座骨神経痛の関係上日帰りで幾度かに分割してすることにした。

七瀬までは河岸に小台地が多く、また川幅も広いためにとても時間がかかる、いつもはテント泊用の装備や食料の入った重いザックを背負うために、長い行程を歩くのが辛かったが、今年は荷物も少なく時間的にも余裕があるため、途中でコケ観察さえできて退屈することはなかった。
川の中を歩くと視界が広がり、両岸に続く新緑の山肌や、流れの上にせり出す木々の若葉を見上げて歩くことができる。天気こそ曇って満足できるものではないが、正に「山嗤う」季節の真っ只中に、こうして一人コロナウイルスとは無縁の別世界に浸ることができることを、心から喜ばないわけにはいかない。

大ヨモギ付近で一度休憩し、次いでカズラ谷出合で2度目の休憩、昼を過ぎていたためここで昼食を摂る、ラーメンと鶏軟骨のから揚げ。あまりにゆっくりし過ぎたため後半の余裕がなくなってきた、そこで早々に食事を済ませて出発する。

出合からすぐのゴルジュ状の場所は調査範囲が少なくてすぐに通過できるが、その後は下流と同じように川幅が広がり小段丘も多くなってなかなか作業が進まない。七瀬直前になってとうとう小雨が降り出してきた、しかし時々止む程度の降り方で七瀬までは雨具なしで済んだ。

七瀬で長靴に履き替え、ついでにミルクココアを作る、午後3時近くになっていたためあまりゆっくりとはできず、準備ができたところですぐに帰路についた。歩き始めて間もなく雨脚が少し強くなってきたため、その後は傘を差しながら歩くことになった。

雨はあまり嬉しいものではないが、新緑の季節の雨は草木やコケの若葉を一層瑞々しくしてくれる、そんな若葉を通す緑の淡い光に包まれながらひたすら歩き続けた。雨が降っているため道草をすることもほとんどなくなり、お陰で予定より早く帰り着くことができた。


須後=6時間=カズラ谷出合(灰野・カズラ谷出合5時間05分)=1時間55分=七瀬=3時間15分=須後
『今日の出会いと目撃』シカの警戒音3回(灰野・赤崎間左岸1回、右岸1回、七瀬下流右岸1回)、シカの死体1体(カズラ谷出合付近右岸)、ジュウイチの声を今年初めて聞く、人間0人


追記(5月5日)
 座骨神経痛が再発し、再び満足に歩けなくなってしまった。最悪の状態までにはなっていないが、前回の経験から、再び芦生を歩けるようになるまでには、最低でも2か月はかかると思われる。従って、当分芦生短信へは投稿できなくなった。
 5月2日にコケ観察のため皆子山の麓へ出かけたが、その時からちょっとおかしかった。今思えば5月3日は無理をせず体調の回復を待てばよかった、情けないことである。

4月26日 由良川源流 渕谷出合から中山橋まで

ホウ谷源頭ホウ谷源頭





ホウ谷源頭ホウ谷源頭





ホウ谷中流 バイケイソウとトリカブトホウ谷中流 バイケイソウとトリカブト





シンコボの少し上流シンコボの少し上流





小ボケ出合付近小ボケ出合付近





スケン谷スケン谷





トチノキ谷出合付近トチノキ谷出合付近





ヤマアイ・ハシリドコロ・トリカブトなどヤマアイ・ハシリドコロ・トリカブトなどシカの不嗜好性植物が広がる




中山の少し下流中山の少し下流





カツラカツラ(折れた枝に付いていた花)





ホンシャクナゲホンシャクナゲ





ワサビ・モミジチャルメルソウ・サンインシロカネソウなどワサビ・モミジチャルメルソウ・サンインシロカネソウなどが広がる




サンインシロカネソウサンインシロカネソウ





チャルメルソウチャルメルソウ





フデリンドウフデリンドウ





リュウキンカリュウキンカ





オオバキスミレオオバキスミレ





白花のイワウチワ(少し色がついているが)白花のイワウチワ(少し色がついているが)





ニリンソウニリンソウ





ヤマアイ 雄花ヤマアイ 雄花





ツルアジサイは宿主のブナよりも早く開葉しているツルアジサイは宿主のブナよりも早く開葉している、なかなかしたたかだ




イワギボウシの芽吹き コケはフトリュウビゴケイワギボウシの芽吹き コケはフトリュウビゴケ





カラフトキンモウゴケの中から芽吹くカツラカラフトキンモウゴケの中から芽吹くカツラ





オシダの芽吹きオシダの芽吹き





トチノキの股に群生するエンレイソウトチノキの股に群生するエンレイソウ





チョウチンハリガネゴケ?チョウチンハリガネゴケ?(細胞が四角いので違うようだ)




ムクムクゴケムクムクゴケ





ムクムクゴケ拡大 毛だらけだムクムクゴケ拡大 毛だらけだ





アカケダニ 背後はイトハイゴケアカケダニ 背後はイトハイゴケ





タヌキの糞 右はカニの脚やカエルの骨タヌキの糞 右はカニの脚やカエルの骨 左はヒキガエルの卵塊を泥と一緒に食べたものか?毛が含まれていないのはシカの死体が付近にはないのだろう




天候:晴れのち曇りのち雨
田歌の水位13時:38cm
生杉ゲート~地蔵峠~中山橋~八宙山の東~ホウ谷出合~シカメコ上流往復~スケン谷~中山橋~地蔵峠~生杉ゲート
出逢った花:<咲き始め>ホンシャクナゲ・チャルメルソウ・フデリンドウ
<盛り>ウスギヨウラク・オオカメノキ・ヒサカキ・オオイワカガミ・イワウチワ・ミヤマカタバミ・ネコノメソウ・タチツボスミレ・コタチツボスミレ・スミレサイシン・シハイスミレ・オオバキスミレ・サワハコベ・モミジチャルメルソウ・サンインシロカネソウ・ニリンソウ・リュウキンカ・オオバタネツケバナ・ハシリドコロ・ヤマアイ
<咲き終わり>クロモジ・アセビ・ウスギヨウラク・ハウチワカエデ・オオカメノキ・ナガバモミジイチゴ・キブシ・タムシバ・ヒメ(キンキ)エンゴサク・ミヤマキケマン・ワサビ・エンレイソウ

最近、走行中に窓を開ける電車が増えてきたが、先日乗った電車も窓が開いておりしかも30分以上も冷たい風にあたっていたのですっかり冷え、それ以降体調がおかしくなってしまった。昨日は娘と近所の醍醐寺の裏山に登り少し体調が回復したため、予定通り由良川の上流を歩くことにした。

生杉ゲートに車を停め出発する、坐骨神経痛は冷やすといけないと言われており、胴長で歩くことにし、これを入れると大型のザックではないと間に合わなくなった。そのためいつもより荷が重くなってしまい、昼食のラーメンは止めコンビニのおにぎりにすることにする。

地蔵峠への林道を歩く、先週よりは木々の開葉は歩し進んだだろうか、しかし「山嗤う」と言えるまでにはまだ遠く、ようやく「山微笑む」程度だろうか。地蔵峠を越えて中山橋まで林道を歩く、この辺りはさらに季節の進みが遅いのか、まだ冬枯れ状態の木がほとんどだ。

しかし、今年初めて聞くオオルリやキビタキの声、アオゲラやセンダイムシクイさらに芦生では滅多に聞くことのないウグイスのさえずりが聞かれ、風景こそ春遠きでありながら動物たちは繁殖の季節を迎えているのだ。

中山から下谷を渡って傘峠方面に登っていく、先日少し無理をしてから坐骨神経痛の痛みが復活してしまった。時々痛む程度ではあるがやはり心配、この急な上りも無理をしないようにゆっくりと歩く。足元に咲くイワウチワはまだ盛り状態、しかしシャクナゲはようやくつぼみが膨らんできた程度である。

急な上りを越えると少し傾斜が緩くなる、さらに上り続けてヒノキの保存木の傍を通り抜けると、左側にホウ谷の源頭が現れる、そこでこれを下っていく。この谷は長靴でも下れるほどだから滝と言えるようなものはない、そんなわけで傾斜も強くはないがカツラの大木は多い。

どれも個性的な姿をして谷底から天に向かって俊立している、私が「カツラ三兄弟」と勝手に呼んでいる3本の大木が並んだ姿はなかなかの迫力だ。カツラ三兄弟を見上げながら下り続けるとやがて由良川に出合う、ここで長靴から胴長に履き替え、おにぎり1個と鶏皮の唐揚げを少し食べた。

休んでいると上空に黒い雲が現れて流れていく、天気予報では寒冷前線の通過で昼過ぎに一時雨が降るとのこと、「もう来たか」と覚悟したがいつのまにか元のように空が明るくなってきた。まずは由良川をシカメコ付近まで下る、この辺りから下流が由良川渓谷と称されるところだ。

岩場などが続く深い谷となり、そんな場所には「渓流沿い植物」と言われる厳しい環境に生育する植物が多数みられる。しかしその険しさがシカの侵入を阻み、現在もなお豊かな植生に覆われた環境を維持し、希少な植物たちの避難場所(セイフサイト)となっている。

シカメコの上部が見える辺りまで下ってから引き返す、岩谷出合を過ぎスケン谷出合との中ほどまで遡って来た辺り、日当たりのいい砂利の上で昼食にすることにした。おにぎりを2個と残った鶏皮の唐揚げ、湯がないのでミルクココアを作れないのはちょっと寂しいが。

シカの死体探し、由良川沿いでは河岸段丘状の小台地にも上って探すため、単純に川を歩くよりも気力と時間が必要になる、途中スケン谷の広い台地や中山下流の台地にも上って一回り探した。胴長で歩くのはかなりの負担があり、かなり疲れが出てきた頃ようやく中山に到着、中山橋まで歩いてそこで長靴に履き替えた。

履き替えている間に周囲が暗くなってきたように感じ見上げると、やはり上空を黒い雲が覆いだし始めたようである。ホウ谷出合で黒い雲が過ぎ去ってしまったために、今日は雨が降らないのだろうと思っていたがそうではないらしい、長治谷小屋前を過ぎ中山神社に差し掛かる辺りから小雨が降り始めてきた。

しばらくはスギ林の下で濡れることはなかったが、峠に上がって林道を下りだすと雨を遮ってくれるものがなくなる。降り方があまり強くなく、また30分も歩けば到着すると思うと、それほどしっかりと雨具を着ける必要もあるまいと考え、カッパの上着だけをザックの上から羽織っただけで歩いた。

時々本格的な降り方になったが長続きせず、ほとんど濡れることなく出発地にたどり着いた、ただ歩くことに専念したため道草はできなかったが。

生杉ゲート=1時間15分=中山橋=2時間30分=ホウ谷出合=2時間05分=スケン谷=2時間25分=中山橋=1時間20分=生杉ゲート
『今日の出会いと目撃』シカの警戒音3回(一ノ谷、ホウ谷上流、地蔵峠からの帰路)、人間0人

4月19日 枕谷・上谷・野田畑谷

枕谷の源流枕谷の源流





バイケイソウが広がる上谷バイケイソウが広がる上谷





若丹国境稜線から遠く百里ケ岳若丹国境稜線から遠く百里ケ岳





若丹国境稜線から若狭側若丹国境稜線から若狭側





若丹国境稜線から若狭側 新緑が這い上がってきている若丹国境稜線から若狭側 新緑が這い上がってきている。若狭側の方が暖かいのか新緑のスピードが速いようだ



野田畑谷 後方は若丹国境稜線 分水嶺が低い野田畑谷 後方は若丹国境稜線 分水嶺が低い





野田畑谷野田畑谷





野田畑谷出合 2年前の豪雨で広くなった野田畑谷出合 2年前の豪雨で広くなった





白花のニシキゴロモ白花のニシキゴロモ





ハウチワカエデハウチワカエデ





クロモジ 雌花(雌株)クロモジ 雌花(雌株)





クマシデ 雄花クマシデ 雄花





ナミガタタチゴケの新葉ナミガタタチゴケの新葉





林立するホソバミズゼニゴケの蒴柄林立するホソバミズゼニゴケの蒴柄





キブリナギゴケ 茎が固いキブリナギゴケ 茎が固い





ネジクチゴケの蒴 林道に居たネジクチゴケの蒴 林道に居た





ヒョウタンゴケの蒴 林道に居たヒョウタンゴケの蒴 林道に居た





野田畑谷のトチノキの大木 ここだけで20種以上のコケが野田畑谷のトチノキの大木 ここだけで20種以上のコケがあるようだが、3分の2以上はグループ名も分からない



ウスバカブトゴケ 地衣類ウスバカブトゴケ 地衣類





トチノキは深根性のためなかなか倒れないトチノキは深根性のため、根元がえぐられてもなかなか倒れない




タヌキの溜糞場 糞があるとさすがに新しい食痕はないタヌキの溜糞場 糞があるとさすがに新しい食痕はない





ミヤマカンスゲ・ホソバカンスゲがあるのはタメ糞場だけこの辺りでミヤマカンスゲ・ホソバカンスゲがあるのは溜糞場だけだ




コロナウイルスで一般入林も禁止コロナウイルスで一般入林も禁止になった。芦生山の家さんも5月いっぱい休館になっている。




天候:雨のち曇り一時小雨
田歌の水位13時:45cm
生杉ゲート前=1時間45分=中山神社=2時間05分=杉尾峠=1時間10分=野田畑谷乗越=2時間45分=中山神社=1時間20分=生杉ゲート前
出逢った花:<咲き始め>ウスギヨウラク・ハウチワカエデ・オオカメノキ・クロモジ・クマシデ・オオイワカガミ・サワハコベ
<盛り>アセビ・ヤマザクラ・ナガバモミジイチゴ・キブシ・ヒサカキ・ミヤマカタバミ・スミレサイシン・タチツボスミレ・コタチツボスミレ・シハイスミレ・ヒメ(キンキ)エンゴサク・ネコノメソウ・モミジチャルメルソウ・ニシキゴロモ・トキワイカリソウ・ハシリドコロ・オオバタネツケバナ・エンレイソウ
<咲き終わり>キンキマメザクラ・タムシバ

天気予報では曇りであったが、家を出てしばらくすると霧雨が降り出し、生杉に着く頃には本格的な雨となっていた。雨の天気予報であれば最初から覚悟するのであるが、曇りにもかかわらず雨が降っている、こうなるとモチベーションはガタガタ、少し待てば止むだろうとそれまで車中でひと眠りすることにした。

1時間ほど待つと雨の降り方はかなり弱まり霧雨程度、しかも時々止むこともあり出発を決めカッパの上下を着けた。ルートは予定通り生杉ブナ原生林内の歩道から登山道へと入っていく、センダイムシクイの声が聞こえるもののその声を遮るほど姦しいソウシチョウの声がずっと聞こえている、足元には黄色い小さな塊が点々と落ちている、ヤドリギの雄花のようだ。

このルートを先日登ったのは2か月近く前、坐骨神経痛が治まって間もなくのことで脚力はかなり弱まっていた、しかし随分回復したのだろう今日は以前と違わないほどの速度で登ることができた。尾根に登り着きしばらく歩けば左側に枕谷の源頭が現れる、今日はシカの死体を探すのが目的であり、三国峠には寄らず枕谷を下ることにする。

流れが現れてからしばらくの区間は、えぐられた流れと谷を塞ぐ倒木のために歩きづらいが、歩道に出合う頃からは谷幅も広がり傾斜もゆるくなって歩きやすくなってくる。この頃にはようやく雨も止み、シカの死体を探しながらコケ観察もする、ただ岩場があるような険しい流れではないためコケの種数は少ないようだ。

上谷に出合い、歩道を歩いて上谷を溯っていく、例年であれば残雪が見られるのであるが今年は皆無、しかし冬枯れ状態の林床に広がるバイケイソウやトリカブトの群落の若葉は、モノトーンの世界で鮮明に映える。先週はたくさんの花たちに出会ったが今日はわずか、これは、平坦な地形が続く上谷周辺では、草本類がシカの採食から逃れられる場所の少ないことが一番の原因である。

モンドリ谷出合付近から再び霧雨が降り始める、杉尾峠付近で昼食にしようと思っていたが諦め、若丹国境稜線を東へと向かった。稜線上はガスが懸かっており時々晴れるものの風があって寒い、クツベ谷乗越付近からは霧雨も止みガスも取れてきた、ただ稜線上は寒いために野田畑谷乗越から少し野田畑を下った風のないところで昼食にすることにした。

いつものようにラーメンに湯を注ぎミルクココアを作って待つ、鶏皮の唐揚げも最近の定番だ。食事を済ませて野田畑谷を下る、流れが現れてから谷が開けるまで倒木が多くその通過に思案させられる、しかしそんなところには決まってシカ道がありこれを利用させていただいた。

シンコボ方面から下ってきた若丹国境稜線が、谷と同じくらいの高さになった辺りから谷は緩やかで広くなる、しかし野田畑峠付近までは流れが谷をえぐって河岸段丘状になっているため、岸を上り下りしながら下ることになる。野田畑峠付近からはほぼ流れの中を歩き、シカの死体を探しながら周囲のコケ観察も続ける、今日は時間的に余裕のあるルートであるため充実した時間を持つことができた。

上谷に出合い、中山神社付近で歩道に上がる、地蔵峠からは林道を下るだけでありここで花を探そうと思って楽しみにしていたが、季節の進みが遅いのかほとんど花を見ることはなかった。それでも対岸のカベヨシの山麓には、ブナだろうか淡い緑色の若葉が点々と見られ、春がどんどん進んでいることを教えてくれた。

『今日の出会いと目撃』牝シカ2頭(野田畑谷上流)、シカの警戒音3回(枕谷1回、野田畑谷下流2回)、人間0人
生杉ゲート前~中山神社~杉尾峠~野田畑谷乗越~中山神社~地蔵峠~生杉ゲート前

4月11日 櫃倉谷・内杉谷

中ノツボ谷出合中ノツボ谷出合





櫃倉谷 チドリノキの若葉だけが目立つ櫃倉谷 チドリノキの若葉だけが目立つ





櫃倉谷 トリカブトの若葉櫃倉谷 トリカブトの若葉





権蔵谷出合の少し下流 バイケイソウの若葉権蔵谷出合の少し下流 バイケイソウの若葉





ロクロ谷出合ロクロ谷出合





櫃倉谷を詰めていくと7mの滝登れない櫃倉谷を詰めていくと7mの滝登れない





内杉谷に下り着いたところ内杉谷に下り着いたところ





スミレサイシンスミレサイシン





オオイワカガミオオイワカガミ





ハルトラノオハルトラノオ





ニシキゴロモニシキゴロモ





チドリノキチドリノキ





ショウジョウバカマショウジョウバカマ





サンインシロカネソウサンインシロカネソウ





モミジチャルメルソウモミジチャルメルソウ





ミヤマキケマンミヤマキケマン





エンレイソウエンレイソウ





ワサビワサビ





ニリンソウニリンソウ





ヤマザクラヤマザクラ





シャクシャク





トキワイカリソウトキワイカリソウ





サワハコベサワハコベ





ミヤマハコベミヤマハコベ





ノミノフスマノミノフスマ





ヌカボシソウヌカボシソウ





タチツボスミレとオオバタネツケバナタチツボスミレとオオバタネツケバナ





ハシリドコロハシリドコロ





ウスギヨウラクウスギヨウラク





ナガバモミジイチゴナガバモミジイチゴ





コバノミツバツツジコバノミツバツツジ





帰りの道路沿いにあったヒカゲツツジ帰りの道路沿いにあったヒカゲツツジ





ミツデウラボシ芦生ではほとんど見られないミツデウラボシ芦生ではほとんど見られない コケはナメリチョウチンゴケ




ニスビキカヤゴケ齧ると辛いニスビキカヤゴケ 齧ると辛い





コモチフタマタゴケコモチフタマタゴケ





イトハイゴケイトハイゴケ





ツガゴケツガゴケ





ツガゴケツガゴケ





チャボヒシャクゴケチャボヒシャクゴケ





アズマヒキガエルの卵塊アズマヒキガエルの卵塊





新しくできたタヌキの溜糞場新しくできたタヌキの溜糞場 シカ柵で従前のタメ糞場が使用できなくなったからか?




天候:曇り一時小雨時々陽が差す
田歌の水位13時:35cm
須後~中ノツボ谷出合~林道杉尾権蔵線(ナメ谷線分岐)~中山尾根分岐~幽仙橋~須後
出逢った花:<咲き始め>ウスギヨウラク・チドリノキ・オオカメノキ・スミレサイシン・オオイワカガミ・ハルトラノオ・ネコノメソウ・モミジチャルメルソウ・ニシキゴロモ・サンインシロカネソウ・ニリンソウ・トキワイカリソウ・オオバタネツケバナ・ハシリドコロ・シャク・ノミノフスマ・サワハコベ・エンレイソウ
<盛り>アセビ・コバノミツバツツジ・ヤマザクラ・ナガバモミジイチゴ・キブシ・タムシバ・ヒサカキ・ミヤマカタバミ・イワウチワ・タチネコノメソウ・ヤマネコノメソウ・タチツボスミレ・コタチツボスミレ・ヒメ(キンキ)エンゴサク・ミヤマキケマン・ワサビ・ミヤマハコベ・ヌカボシソウ
<咲き終わり>キンキマメザクラ・イワナシ・ショウジョウバカマ

例年であれば3月中には利用許可申請をしていただき、4月の第1週からは調査に入るのであるが、今年は調査に耐えられるかどうか分からないような体調であったことから、ほぼ大丈夫との自信ができるまで申請を待っていたため、ようやく今日から許可を得て入林することができるようになった。

3月下旬までは、「こんなに暖かくてどうなるのか」と思うほど気温の高い日が続いたが、ソメイヨシノが満開になったころから気温の低い日が続き、いつまでも花見ができるほど、ここ芦生も季節の歩みが止まったかのようである。

研究林事務所駐車場に車を停め出発する、陽は差さず時々小雨が降るような寒い朝である、内杉谷沿いの林道を歩きながら植物を探す、ゲートから100mほどの区間はコケの種類が多くこれを見ていると全く進まない。今日はそれほど時間のかかるルートではないのであるが、それでもノロノロし過ぎだ。

その後は少しスピードを上げて歩く、花を探しながら内杉谷から櫃倉谷へと進み、林道終点からは流れ沿いに歩いた。中ノツボ谷出合付近で一休みして少し行動食を食べる、谷の中はまだまだ冬枯れ状態、そんな中でもチドリノキは早くも葉を広げ、地上ではトリカブトやバイケイソウなどが若葉を展開していた。

毎年こんな光景を見ると雪国に春が来たのだと思うのであるが、今年は雪が少なかったためにいつもは谷のあちこちに見られる残雪も見ることがなく、雪国らしい雰囲気はない。シカの死体を探しながら、またコケや花を見ながら遡っていく、コロナウイルス騒ぎですっかり委縮した心の中に森の息吹が染み込んでくる。と、囚われの日常から徐々に解放され、そしていつの間にかすっかり忘れていることに気付く。

杉尾峠への登り口を過ぎなおも谷を遡っていくと、沢足袋でも登れないと思われる谷にぶつかった、そこで左岸の急な小尾根を登っていくとやがて林道杉尾権蔵線とナメ谷線との分岐に出てきた。ちょうどお昼、そこで上り着いたところで昼食にする、いつものようにラーメンそして今日も鶏皮のから揚げ、気温は低いが日が差すと暖かい。

食事を済ませて林道をケヤキ坂方面に向かい、モンドリ越から上谷と櫃倉谷との分水稜を南に歩く。中山尾根との分岐で小休止しミルクココアを飲む、ここまで来ればあとは下るだけ、時間的にも余裕がある。分水稜をさらに南に歩くと再び林道杉尾権蔵線に出合う、これを少しケヤキ坂方面に歩いて急斜面の小尾根を内杉谷に向かって下った。

内杉谷の水量は多くはなく長靴で歩いても困難ではない、しかしコケが多くこれを見ていると楽しくてなかなか進まない。陽が陰り始めたのか少し暗くなってきたように感じ、それと同時にあまりゆっくりしている暇がないことに気付く、そこでその後はコケ観察もほどほどにして歩いた。

幽仙橋からは林道を歩く、しかしここから落合橋までの法面には植物が多く残っており、ここでは主に花を探して歩く。今回のルートは短かったために、こんなにゆっくり歩いたにも拘らず、まだ十分明るいうちに戻り着くことができた。今日は険しい場所は通らなかったが、これからは徐々に険しい場所へも行けるようになるだろう、しかしとにかく無理はしないこと。

須後=2時間10分=中ノツボ谷出合=2時間40分=林道杉尾権蔵線(ナメ谷線分岐)=1時間20分=中山尾根分岐=1時間45分=幽仙橋=1時間15分=須後
『今日の出会いと目撃』牝シカ2頭(櫃倉谷から杉尾峠への登り口付近)、人間0人

4月4日 根来坂・江若国境稜線・ナベクボ峠旧道

根来坂の南側から南望根来坂の南側から南望





根来坂根来坂





おにゅう峠おにゅう峠





おにゅう峠の西側 シカの採食で地肌が剝き出しおにゅう峠の西側 シカの採食で地肌が剝き出し





P803mP803m





江若国境稜線江若国境稜線





江若国境稜線江若国境稜線





江若国境稜線江若国境稜線





江若国境稜線から北側江若国境稜線から北側





ナベクボ峠から若狭側への道ナベクボ峠から若狭側への道





若丹国境から来し方を見る若丹国境から来し方を見る





三国峠の北側三国峠の北側





三国峠の北側三国峠の北側





キブシキブシ





イワナシイワナシ





ヒサカキヒサカキ





アセビ 花は下を向くが果実は上を向くアセビ 花は下を向くが果実は上を向く





タムシバタムシバ





タムシバタムシバ





バイカオウレンバイカオウレン





シハイスミレシハイスミレ





シロモジ 1本だけあったシロモジ 1本だけあった





コタチツボスミレコタチツボスミレ





キンキマメザクラキンキマメザクラ





キンキマメザクラキンキマメザクラ





オオカメノキオオカメノキ





イワウチワの群生イワウチワの群生





ネコノメソウネコノメソウ





カラフトキンモウゴケカラフトキンモウゴケ





カラフトキンモウゴケカラフトキンモウゴケ





オオバチョウチンゴケオオバチョウチンゴケ





ホソバミズゼニゴケの蒴ホソバミズゼニゴケの蒴柄





オオサナダゴケモドキオオサナダゴケモドキ





オオサナダゴケモドキオオサナダゴケモドキ





クサゴケクサゴケ





近江側にはハナヒリノキが多い近江側にはハナヒリノキが多い





シカの採食で盆栽のようになったイヌツゲシカの採食で盆栽のようになったイヌツゲ





天候:晴れ時々曇り
田歌の水位13時:50cm
生杉(大宮神社前)~根来坂~P803m~ナベクボ峠~P767m北側尾根~ナベクボ峠~生杉(大宮神社前)
出逢った花:<咲き始め>キブシ・タムシバ・ヒサカキ・シロモジ・オオカメノキ・ヒメ(キンキ)エンゴサク・スミレサイシン・オオタチツボスミレ・タチツボスミレ・コタチツボスミレ・シハイスミレ・ネコノメソウ
<盛り>アセビ・キンキマメザクラ・イワナシ・ミヤマカタバミ・イワウチワ・タチネコノメソウ
<咲き終わり>マルバマンサク、バイカオウレン

今週は久しぶりに仕事が忙しく、週末が近づいてもモチベーションが高まらない、最初に予定したルートも週末になるに従いだんだん短縮されていく、そしてとうとう当日、家を出発したのも午前6時30分になっていた。

生杉の大宮神社の横から登ってカベヨシ方面に歩こうと考えていたが、途中で気が変わり、根来坂から地蔵峠へ、そし体調次第でカベヨシから大宮神社まで歩くことにして出発する。小入谷から根来坂への歩道を登っていく、小浜から京都まで鯖を運んだ「鯖街道」、重い荷物を背負ってでも歩けるように作られた道は傾斜が緩くとても歩き易い。

今年は例年より季節の移ろいが早いうえに、南側に面した尾根に歩道が付けられているため、歩道沿いでは開花が早い、登りながら今年初めで出会う花を次々と見つける。根来坂までの間に2か所道路を歩かされるが、それほど気になるほどの長さはなくすぐに歩道へと戻る。

この辺りは峠に「坂」を付けることが多く、芦生でもケヤキ坂、杉尾坂、権蔵坂などの地名がある。根来坂も峠の名であり「ねごりざか」と読む、若狭側にある根来という地名が由来のようだ。峠から江若国境稜線を西へ進み、おにゅう峠を渡ってさらに西へと進む。

暫く進んだ風の当たらない場所で今日初めての休憩、ミルクココアを作り、せんべいを少し齧る。この辺りはシカの採食被害が酷いのか、一帯が裸地状態になっており、ところどころ土壌さえ失われている、これは芦生で最も被害が大きい場所と同じような状況だ。

少し休んでからさらに国境稜線を進む、標高650m辺りまで下ってからP800m付近まで標高差150mを登るのであるが、ここまで既に結構歩いて疲れてきた脚にはこの登りは堪える。P803mに立ち寄ってから再び国境稜線を辿る、これからはそれほど大きな登りはなく助かる。

P700mの平坦なピークでちょうど昼となり、空腹と共に尻に少し痛みを感じるようになってきたため昼食にすることにした。塩ラーメンと鶏皮のから揚げである、いつもは悪臭に感じるヒサカキの花の匂いが、今日はラーメンのようにいい香りに感じられたため、ここまでずっとラーメンを食べることを楽しみにして歩いてきた。 

ヒラーメンはサカキの花とは少し違っていたが、今日は空腹であることもありいつもよりおいしく感じられた。食事を済ませて再び歩き始める、休んだおかげで尻の痛みも消え心配せずに歩くことができるようになったが、脚の疲れはとれなかった。

ナベクボ峠に到着してこれから先を考える、いずれ歩けたとしても地蔵峠まで、そうするとそこから道路をずっと歩き続けなければならない、その長さを考えると気が重い。そこでナベクボ峠から若狭側(永谷)へ越える旧道を歩き、P767mの北側尾根から若丹国境稜線に上がって再びナベクボ峠に戻り、若走路谷を下れば道路を歩く距離は格段に少なくて済む。

旧道は明瞭に残っているわけではないが、気をつけて見れば何となく雰囲気で分かる、前回通った時はイワヒメワラビが繁茂して不明瞭になっていたが、今回は枯れて地面にべったり張り付いているので歩道の在りかが微かにわかる。そんなわけでほとんど難なくP767mの北側尾根にたどり着くことができた。

しかし今度は登りだ、しかし誰かが薮を刈り別けているので、標高差150mの登りもあまり苦労することなく上り詰めることができた。ここで休憩、ミルクココアを飲みながら周囲を見回す、東方には来し方の稜線が続いている。下界ではコロナウィルスのために気持ちの休まることがないが、ここは全く別世界、すっかり忘れ去ることができた。

その後は若丹国境へは登らず、北側の緩やかな山腹を横切ってナベクボ峠からの登山道に出た、ここは2月24日に通ったところである。峠からは若走路谷を下る、道路に出れば出発地まで歩くだけ、途中「H」氏宅前でご夫妻に出合い暫く立ち話をする。

木々の芽吹きが始まり、野鳥の囀りも賑やかになってきた、今日もゆったりとした時間の流れの中で一日過ごせたことに感謝。衰えていた脚力も少しずつ戻って来ているようである、そんな感覚を確かめられたこともとても嬉しい。

生杉(大宮神社前)=2時間=根来坂==15分=おにゅう峠=1時間30分=P803m=1時間30分=ナベクボ峠=40分=P767m北側尾根=2時間40分=生杉(大宮神社前)
『今日の出会いと目撃』人間0人

3月29日 広河原 佐々里峠 P911

旧道のある谷旧道のある谷 歩道が消えている





旧道のある谷 この滝の巻き道はしっかり残っている旧道のある谷 この滝の巻き道はしっかり残っている





城丹国境稜線城丹国境稜線





P911mP911m





P711mの北西側P711mの北西側





タチツボスミレタチツボスミレ





チャボヒラゴケからツララが下がるチャボヒラゴケからツララが下がる





霧氷霧氷





霧氷霧氷





大杉大杉





大杉大杉





大杉大杉





大杉大杉





天候:曇り(山上部はガス)
田歌の水位13時:43cm 
古屋の積雪13時:0cm
広河原(旧道入口)~佐々里峠~P911m~P781mの東側~広河原(旧道入口)

トロッコ道沿いでコケ観察をしようと考えていたが、気温があまり上がらずしかも天候も芳しくない、このようなコンディションでは十分観察ができないだろう。そこで体温が下がらないように歩き続けるルートとして、広河原から旧道経由で佐々里峠に上がり、城丹国境稜線を巡って再び広河原に戻って来るというコースを選んだ。

途中の花脊峠付近では気温が3℃を示しかなり寒そうだ、広河原の旧道入口に車を停め出発する。谷沿いの荒廃した林道をしばらく歩き、砂防ダムを越えると間もなく林道が終わる、その後は歩道となるがこれもかなり荒廃しており、ほとんど流れの中を歩くことになる。

二俣を右に取るとすぐに滝が現れるが、ここにははっきりした巻き道残っているので簡単に越えることができた。その後は流れの中と歩道の痕跡とを繋いで登っていくと、やがて車道が見えてきてほどなく佐々里峠に到着する。今日は体調、特に消化器の調子が悪く歩くことがとても辛い、しかし峠は冷たい風が吹き抜けており、休憩を摂る気にもなれなかった。

峠から急坂を登ると緩やかな歩道となり、その後は少し楽に歩けるようになった。灰野への歩道を離れ、P840mを越えてしばらく歩いているうちに次第に体調がよくなり、ちょっとした登りも難なく越えることができるようになった。

「体調が悪い時、それも消化器の調子が悪いときは山歩きが一番だ」、実体験を通して以前から確信していたが、やはり今回もそのとおりになってきた。ところが稜線を東に進むに従いガスが現れ、やがてすっかりガスに閉じ込められることになる。気温が低いためにガスは霧氷となる、つまり氷点下なのだ、こんなに気温が下がるとは予想すらしなかった。

座骨神経痛の引き金となった12月8日のシカ柵束ねの日も、今日と似た天気だった、だから冷えることが心配であり、ずっと休憩も摂らず歩き続けた。それでなくとも消化器の調子が悪かったために食欲がなく、昼食を摂らずとも空腹感は感じない。

P911まで行って少し引き返し、広河原尾花町へ至る尾根に入る、小さなアップダウンが続くが大きな登りがないので助かる。この尾根上には大杉が多く残っており、特にP781mを過ぎたころから増えてくる、また自然林に近い雰囲気のいい尾根なのでもう少し人が通ってもいいような気もするが。

P711mの手前から西側の尾根に入りさらに西側の谷へと急斜面を下る、下り着いた所でようやく休憩を摂ることにした。この頃には少しは空腹感も感じており、軟骨の唐揚げと揚げせんべいを少しそしてミルクココアを作って飲んだ。

谷を下ればほどなく広河原尾花町の民家の横に出てくる、佐々里峠への車道に合流すれば出発地はすぐそこだ。1週ごとに脚力が回復しているのが実感される、4月になればそろそろ調査ができるようになるかもしれない。ということは、早く許可申請をお願いしなければならないようだ。

広河原(旧道入口)=1時間05分=佐々里峠=1時間50分=P911m=2時間20分=広河原(旧道入口)
『今日の出会いと目撃』シカの警戒音1回(佐々里峠少し下)、人間0人

3月21日 エビネ類保護のネット上げ

バイカオウレンバイカオウレン





ホクリクネコノメホクリクネコノメ





シフネルゴケシフネルゴケ





ヒオドシチョウヒオドシチョウ





積雪期に対応してエビネ類に被せていたネット積雪期に対応してエビネ類に被せていたネットを下した状態





ネットを上げた状態ネットを上げた状態





エビネ類保護のためにネットの上から採食されていたエビネ類保護のために被せたネットの上から採食されていた





天候:快晴
田歌の水位13時:35cm 
古屋の積雪11時:0cm

昨年末に下したエビネ類保全柵を上げるために入林した。雪の重みでトンネル支柱が折れてしまう可能性があるため、積雪前にネットを下しておいたのであるが、今年は積雪が少なくもうネット上げができるようになっていた。

現地に到着しネットを見て驚いた、例年であればエビネ類の葉がネットの下敷きなっているはずなのであるが、今年は葉が見当たらないのだ。よく観察すると、3cmの網目から葉を引っ張り出して食べたらしく、今年の芽にさえ傷が付いていた。

脚でネットを踏むと葉が少し浮き揚がることを学習したのだろう、8ケ所のネットのうち6ヶ所で全く葉が無くなっており、残る2ケ所のネットでも半分ほどが食べられていた。もちろんネットのない対照地では葉を見出すことができなかったが、調査地ですらこれだけ食べられてしまうと、一から調査のやり直しをしなければならないかもしれない。

次のネット下ろしには網目の細かいネットを使う必要があると思われるが、それよりもまず、これから今年の新しい葉が広がってくれるかさえ怪しい、本当にショックだ。今後雪の少ない冬が繰り返されるようになるのであれば、常緑の植物に対する被害はさらに大きくなることが予想される。

行政によるシカの個体数調整が機能するまで、エビネ類など常緑の草本を保全する必要性が増々高まっていくことだろう。私のしている保全方法が確立できれば、今後もう少し対象地を増やすこともできると思われるが、今年のように食べられてしまうのであれば、まだまだ試行を続ける必要がありそうだ。

3月15日 城丹国境稜線 久多三国岳登山道~P927m

岩屋谷から尾根への登り口岩屋谷から尾根への登り口 崩れやすいのだろうフサザクラが多い




城丹国境稜線からP941m方面城丹国境稜線からP941m方面





P936m付近から三国岳方面P936m付近から三国岳方面





府立大学演習林南縁尾根分岐から久多と比良連山府立大学演習林南縁尾根分岐から久多と比良連山





府立大学演習林南縁尾根分岐から天狗岳方面府立大学演習林南縁尾根分岐から天狗岳方面 緑色のものがヒロバスゲ




城丹国境稜線から小野村割岳方面城丹国境稜線から小野村割岳方面





P927m北東尾根から比良連山P927m北東尾根から比良連山





P927m北東尾根から経ケ岳・イチゴ谷山方面P927m北東尾根から経ケ岳・イチゴ谷山方面





P927m北東尾根からP936mと三国岳P927m北東尾根からP936mと三国岳





P927m北東尾根の標高650m付近P927m北東尾根の標高650m付近





P927m北東尾根の標高650m付近P927m北東尾根の標高650m付近





フキノトウフキノトウ





タチネコノメソウタチネコノメソウ





ミヤマカタバミミヤマカタバミ





ヤマネコノメソウヤマネコノメソウ





イワウチワイワウチワ





フロウソウ 芦生では見かけないフロウソウ 芦生では見かけない





陽当たりのいい場所ではオオイワカガミの葉がえんじ色になる陽当たりのいい場所ではオオイワカガミの葉がえんじ色になる




日陰では緑色であることから、えんじ色になるのは紫外線対策だろう日陰では緑色であることから、えんじ色になるのは紫外線対策だろう




エビネ類がほとんど見られず、あってもシカの採食でこのような姿にエビネ類がほとんど見られず、あってもシカの採食でこのように悲惨な姿に




シカの採食でホソバカンスゲが痛々しいシカの採食でホソバカンスゲが痛々しい





リスの食事痕 エビフライがいくつもあったリスの食事痕 エビフライがいくつもあった





天候:晴れのち曇り時々雪(麓では雨)
田歌の水位13時:41cm 
古屋の積雪11時:0cm
久多(岩屋谷林道入口)~城丹国境稜線(三国岳登山道)~P936m~天狗岳分岐~P927m~久多(岩屋谷林道入口)

久多の岩屋谷林道入口に車を停め出発する、今朝も氷点下まで気温が下がったようであるが、辺りに雪のかけらも見当たらず光景は正に早春である。コケを見ながら岩屋谷の林道を歩く、種類が多く楽しいが反面分からないものも多く憂うつになる。

林道終点から谷の中を歩く、歩道は痛んだ場所が多いために流れ沿いに歩くとここもコケの種類が多いことに気付く、一度じっくりと観察に来たいものだ。流れから離れて尾根へと登っていく、脚力が衰えているのでこの急で長い登りはとても苦しい。

尾根までの急斜面は南側を向いているために陽当たりがよく、イワウチワの花がもう咲き始めていた、それにしても今年は異常に早いような気がするが。尾根に上がると、昨日降った雪だろう粉砂糖を撒いたように白いものが薄っすらと積もっている、しかしわずかであるためスリップすることはない。

時々膝の痛みも感じるがそれもわずか、それでも無理がないように負担がないようにゆっくりと登った。コケを見ていたのとゆっくりと歩いたのが重なり、城丹国境稜線に上り着くまで2時間余りかかってしまった、いつもは1時間余りで着くのであるからかなりスローペースだ。
 
稜線は北風が冷たい、三国岳には寄らず稜線を天狗岳方面に向かう、天気予報では昼過ぎから雪または雨とのことであるが、今のところそのような兆しは全く見られない。相変わらずスローペースで歩いたが、いつもであれば平気なアップダウンの続く稜線も、今日は小さな上りでも辛い。

ほとんど休憩を摂ることなく、府立大学演習林の管理棟へ下る分岐までやって来た、風当たりのない暖かそうな場所を選んで小休止、鶏皮の唐揚げをパリパリ食べる。しばし南側に開ける大展望を楽しみ、再び歩き始めて二ボケ源頭の緩やかで広々とした稜線を行く。

この辺りには常緑のスゲが多いが、ミヤマカンスゲは酷いことになっており、ホソバカンスゲに至って悲惨な状態だ。この冬は積雪期間が少なかったために、越冬地に移動せずに稜線付近で越冬したシカが多かったのだろう、彼らは常緑のスゲ類やエビネ類を集中的に食べたようだ。ただヒロバスゲはあまり食べられていないのはまずいのだろうか。

その後もアップダウンが続く、天狗岳への分岐付近で昼食にしようと思っていたところ、白いものが落ち始め、やがて休むことをためらわせるほどの量の雪が降って来た。そこでさらに城丹国境を西へと歩き、次のピーク付近まで来ると雪が止み出したのでここで食事にすることにした。

今日はポットに湯を入れてきたのでこれでラーメンを作り、麺が伸びるまでミルクココアを作って飲む、膝の痛みには砂糖が悪いとのことで、ココアはいつもの半分以下にした。ところがラーメンを食べ始めると再び雪が降り始めてきた、そこで早々に麺を啜って出発する。

この頃になると疲れが出始め、脚が重くて登りがとても辛くなってきた、これほどゆっくり歩いているのに疲れるとはよほど脚力が落ちてしまったのだろう。何とかP927mまでたどり着き、これからは大きな登りはないと思うと一安心する。

岩屋谷出合付近に続く尾根に入り、南面が開けたところで一休み、ここは毎回休憩を摂るところだ。長瀬谷を隔てて対岸にフカンド山方面の尾根が横たわり、更にその向こうに比良の山々が続く、山旅の最後を飾るにふさわしい大展望で、ここでもミルクココアを作って飲んだ。

P829mを最後に下り一方となる、上部は壊れたシカ除けネットが続き一部歩き辛いところもあるが、中ほどまで来るとコナラを主にした自然林となりとても気持ちがいい。ここは秋の黄葉が素晴らしい、コナラが黄金色に山肌を染め、遠くから眺めてもここだけ特別鮮明に輝いている。

やがて植林帯の急斜面となり、左側に滝谷の流れが見え、小さな鞍部からシカ道を下れば滝川の流れに下り着く。流れを渡って林道に上がり少し下れば、出発地の岩屋谷林道入口である。先週よりは膝の調子がよくなったような気がする、この状態からさらに回復へと向かえばいいのだが。


久多(岩屋谷林道入口)=2時間05分=城丹国境稜線(三国岳登山道)=1時間10分=府立大学演習林南縁尾根分岐=2時間35分=927m=1時間55分=久多(岩屋谷林道入口)
『今日の出会いと目撃』人間0人

3月7日 中山谷山・奥ノ谷山

五波谷から五波峠への旧道の登り口五波谷から五波峠への旧道の登り口





五波峠へ続く旧道五波峠へ続く旧道





もうすぐ五波峠だもうすぐ五波峠だ





緩やかな若丹国境稜線緩やかな若丹国境稜線





中山谷山山頂付近から八ケ峰中山谷山山頂付近から八ケ峰





中山谷山山頂付近から八ケ峰と若狭湾など中山谷山山頂付近から八ケ峰と若狭湾など





中山谷山山頂付近のブナ林中山谷山山頂付近のブナ林





奥ノ谷山西峰から中山谷山方面奥ノ谷山西峰から中山谷山方面





マルバマンサクマルバマンサク





マルバマンサクの花と昨年の果実マルバマンサクの花と昨年の果実





セリバオウレンセリバオウレン





アベマキ 樹皮と葉(裏表)アベマキ 樹皮と葉(裏表) 田歌舎の上の尾根の標高400m~500mほどの間に8本見られた。芦生では見られない樹木であるのは、積雪の多寡が原因か?そうだとすると、なぜ積雪が多いと育たないのか?


野鳥がタムシバの花芽を食べた滓野鳥がタムシバの花芽を食べた滓





タヌキの溜糞場 ケケンポナシの果実・種子がいっぱいタヌキの溜糞場 ケケンポナシの果実・種子がいっぱい





シカがオオイワカガミを食べ散らかした跡シカがオオイワカガミを食べ散らかした跡





シカがオオイワカガミを食べ散らかした跡 少し拡大シカがオオイワカガミを食べ散らかした跡 少し拡大





シカがオオイワカガミを食た痕(食痕)シカがオオイワカガミを食た痕(食痕) 大きな葉はまずいのだろう、大きな葉をちぎって下から出てくる若い葉や新芽を食べているようだ。



天候:晴れのち曇り
田歌の水位13時:39cm 
古屋の積雪15時:0cm
五波谷(中山谷出合付近)~五波峠~中山谷山~奥ノ谷山~田歌舎付近~五波谷(中山谷出合付近)


座骨神経痛は改善したが、今度は膝の痛みだ、かなり前から右膝が時々痛んだのであるが、何日かすると痛みが取れて普通に歩けるようになった。そのため特別な治療はせず、もっぱらネバネバする「納豆昆布」を食べ続けてきた。

しかし、座骨神経痛のためにしばらく歩けなった事から、膝周辺の筋肉が衰えてしまったのだろう、サポーター役の筋肉がなくなったために膝に直接体重がかかって痛み始めたのかもしれない。体の不具合をしばしば書くようになるということは、それなりの年齢になってしまったということか、寂しいことであるが。

そんな膝の痛みを気にしながらもやってきた、ただ入林許可を頂いている区域に入るためには、事前と事後の連絡が不可欠になっており、現地に着いてから体調を看てルートを考えるというような器用なことができない。そこで今回も、研究林内には入らないルートを選んだ。

田歌から五波谷に入り、中山谷の出合付近に車を停め出発する、気温が氷点下に下がったらしく、道路沿いではツララが見られた。五波谷を渡って右岸側に大きく登っていくところから道路と分かれ、五波谷沿いの旧道に入る、最初は荒廃した林道を歩くが、それも砂防堰堤まで、その後はこれも荒廃した歩道を歩く。

ここを歩くのは2011年の春以来である、その時の記憶だともう少し荒れていたような気がするが、今日は難なく奥へ進むことができた。五波峠の真南辺りから峠への旧道が始まる、下部は少し荒れた感じがするが、中ごろから上部は歴史を感じさせるようなつづら折れの道が続く。

峠までは今日一番の登りでひと汗かく、峠に上がってくると先日の雪が少し残っている。車輪の跡が残っているのは、福井県側か京都府側かいずれかからは車でも登って来られるということのようである。

ここで、水を汲むのを忘れたことに気付いた、コンロを持参したので昼食にラーメンを作る予定であったことから、流れを離れる前に水を汲まなければならなかったのだ。一瞬困ったと思ったが、雪が残っているのに気づき、ここよりも標高の高いところへ上がればさらに雪の量は増えるだろう、そう考えると重い水を汲み上げるよりもよかったかもしれない。

峠からは広くて緩やかな稜線が続く、以前は背の低いササに覆われていたが、今は地肌が露わになってその痕跡すらない。膝の痛みは上り始めや下り始めに
表れるということが分かり、斜度が大きく変化する場所では速度を落とし静かに歩くと、ほとんど痛みを感じずに済むようである。

若丹国境稜線から中山谷山への稜線に入り、何度もアップダウンを繰り返す、山頂付近は南風が強くて少し寒い、そこで奥ノ谷山方面に少し進んだ稜線の北側で昼食を摂ることにする。まだ時間が早いが、今までほとんど休憩を摂っていなかったので、休憩を兼ねながらであればちょうどいい時間だ。

雪を鍋に入れてMSRのガソリンコンロに火を点ける、ボトルに入れたガソリンの量が少なく少し不安であったが、暫くは炎を出していたので安心していると、すぐに消えてしまった。何度もポンピングしたがやがては空気しか出てこなくなり断念、雪を水にしただけで終わってしまった。

持ってきている食べ物は、茶碗に半分くらいのご飯、鶏皮のから揚げ、クッキー、あられ、仕方がないのでそれらを食べて昼食に替える、豚肉や卵、野菜も持ってきたので豪華なラーメンができるはずであったが…。

無駄な時間を過ごした、しかし山の中であればそれほど悔いはない、宿泊するのでもないのだから。荷物を片付けて出発する、その後もアップダウンの続く稜線をゆく、このルートはよく歩く場所であり、地図もGPSも必要ではなく、見慣れた光景が現在位置を教えてくれる。

芦谷から上がってくる林道に出合ってしばらく行ったとき、前方に蠢く大きなものを見出して「ドキッ」とした。しかしそれは人間、しかもよく存じ上げている方であり、「Sさん」と声をかけると、私に気が付いておられなかったのか「Sさん」の方もびっくりされたようであった。

「芦生山の家」のガイドをされており、何度も一緒にガイドをさせていただいた。こんなところで人に会うとはお互い思ってもいなかったようである。せっかくなので、暫く休憩を摂りながら芦生の情報交換をした。

「Sさん」とお別れして奥ノ谷山に向かう、奥ノ谷の分岐はよく通るのだが、山頂まで足を伸ばすことはほとんどなく、今日はずいぶん久しぶりだ。山頂の北側にあるヒノキの植林地では、ヒノキが大きくなって北側の展望をすっかり隠してしまっていた。

そこで山頂は通過して西峰に向かう、西峰を北に少し進むと北側の展望が少し開けた場所があり、そこまで行って引き返し、五波谷出合へ続く長い尾根を下る。最初の下りはかなり傾斜が強く、膝と尻をかばいながら歩くのでゆっくりとしか下れない。

これを下り終えればその後は急傾斜地がなくなる、途中に集合アンテナ跡があってまだ機械類が放置されている(山の中のものは放置しておいても問題ないという認識だろうか?困った事だ)、ここまで来るための歩道があったようで、その先ははっきりした歩道跡が続いている。

由良川の流れを眼下に長い下りを続けると、やがて右側に五波谷の道路が見え、それが近づいたところで道路に向かって植林の中を下った。その後は中山谷の出合まで道路を歩くだけ、法面のコケを観ながらゆっくりと引き返えす、膝の痛みは別として坐骨神経痛の方は更に回復してきたようだ。


五波谷(中山谷出合付近)=1時間15分=五波峠=1時間10分=中山谷山=2時間50分=奥ノ谷山=1時間40分=田歌舎付近=35分=五波谷(中山谷出合付近)
『今日の出会いと目撃』シカの警戒音1回(P766mの北側)、人間1人(Sさん)

3月1日 P941m、三国岳

P941mの北側P941mの北側





三国岳からP941m方面三国岳からP941m方面





遠くに薄っすらと白山が遠くに薄っすらと白山が





近く蛇谷ケ峰、遠く伊吹山近く蛇谷ケ峰、遠く伊吹山





遠く三重岳遠く三重岳





雪が少なかったためだろう雪が少なかったためだろう、風当たりの強いところではミヤマカンスゲが枯れていた




シカの食痕 ホソバカンスゲシカの食痕 ホソバカンスゲ





シカの食痕 ミヤマカンスゲシカの食痕 ミヤマカンスゲ





タヌキの溜糞場に接するタヌキの溜糞場に接するミヤマカンスゲはシカに食べられていない




わずかに残っていたササも食べられて稈だけのように見えるわずかに残っていたササも、食べられて稈だけのように見える




コセイタカスギゴケの群生コセイタカスギゴケの群生





タニゴケとヒメシノブゴケなどが群生タニゴケとヒメシノブゴケなどが群生





倒木にトヤマシノブゴケ左とフトリュウビゴケ右が群生倒木にトヤマシノブゴケ左とフトリュウビゴケ右が群生





天候:晴れ
田歌の水位13時:40cm 
古屋の積雪13時:0cm
古屋~岩谷峠~P941m西尾根分岐~P941m~三国岳~岩谷峠~古屋

10日ほど前から座骨神経痛の状態が急速に快方に向かい、先週よりもう少し歩こうと考えて、昨日は枚方の穂谷から傍示(ほうじ)~かいがけの道を通って河内磐船駅まで4時間余り歩いた。それでも痛みはほとんどなく、翌日にはすっかり回復していた、そこで今日は思い切って三国岳に登ることにする。

ゆっくりと家を出たため古屋出発は9時過ぎとなる、冷えないように着込んで保谷林道を歩く、何か春を感じさせるようなものはないかと探したが、つぼみが少し膨らんでいるかに見えるダンコウバイくらいだろうか、見つかったのは。

下ツボ谷林道との分岐にある橋の辺りまで来ると、軽自動車が林道を上がってきた。運転されていたのは、古屋でよくお世話になるお家の長男さんである、山林の境界を調べて地図上に表示する仕事をされているらしく、これから奥に入られるとのこと。

乗って行きませんかとのお誘い、まだ完全に回復していない状態で長い林道を往復するのはいささか不安であったため、ありがたく乗せていただくことにした。水道施設前で降ろしていただき出発する、ここまで約1.5km助けていただいたことになる。

この辺りから先日の雪が残っており、山の上ではかなり残っているのではないかと心配になった。林道終点から川沿いの歩道を進み、流れを離れて尾根へと登っていく、標高の低いところでは積雪が少なかったが、上るにつれ次第に増えていく。

一石一字塔直下の急な登りでは、上りであっても時々靴がスリップする。そこで下りの時のことを考え、早く雪が解けるようにと杖で雪を引っ掻きながら歩く。そんなことをしていると余計に疲れが現れ、岩谷峠でしばらく休憩を摂ることになった。

峠からは江丹国境稜線であり傾斜も緩くなる、P941m西尾根分岐までには3カ所の顕著な登りがあり、ここはできるだけゆっくりと歩く、と、いつもよりも楽に分岐まで上がることができた。

分岐付近からは琵琶湖や伊吹山が、そして一段遠くには白山さえ望まれる。しかし白く輝いているのは山上部のわずかな部分だけであり、この季節には当たり前の神々しいような白さは感じられない、きっと白山でもこの冬は雪が少なかったのだろう。

分岐から西尾根に入る、P941mの北側は先日の雪でほぼ真っ白に見えるが、低木や倒木がてんでに飛び出してガチャガチャとしている。積雪は5~10cmほど、吹き溜まりではそれ以前の雪も残っているので20~30cmはありそうだ。

西尾根をしばらく西へ辿り、引き返してP941mのピークで昼食を摂ることにした。風の当たらない日溜りの中にある倒木に腰掛け、いつものようにラーメンとお握らず、麺が伸びるのを待つ間にミルクココアを作る。

ほんの1ケ月ほど前までは、三国岳付近まで来ることができるようになるのは早くても夏以降、もしかしたら二度と来られないかもしれないと、悲観的になっていたのであったが、この2週間ほどの間に急速に回復し、3月に入った今日、もう来ることができたのだ。

本当にありがたいことだ、しかし、痛みに耐えていた頃の記憶はまだ鮮明に残っており、思い出しただけでもあの頃の悲壮感が戻って来て苦しくなる。だから二度とあの状態に戻るのは嫌だ、焦らず無理をせず少しずつ歩く距離と時間を延ばしていこう。

P941mから三国岳辺りの山上部一帯には、地表をミヤマカンスゲに覆われている場所がところどころにあるが、雪が解けてあらわになっているそれらは、シカの採食で痛ましいほどの姿になっている。また、わずかに残っているササも、葉がほとんど採食されてほぼ稈だけという状態で雪の上に飛び出している。

この冬はほとんど雪が積もらなかったため、これらの植物の残るこの辺りで越冬し、いつもの越冬地へ移動しなかったシカがかなりあったのだろう。実際、新しい足跡や糞があちこちでたくさん見られた。

食事を済ませ、現在の時間と体調を考えてみると、まだ少し余裕があるようだった。そこで三国岳のピークを往復してから下山することにする。山頂で少しだけ休んだだけで引き返し下山開始、しかしこの頃には脚に疲労を感じるようになり、保谷南尾根を通って帰るというルート案はあっさり取りやめ、岩谷峠から登山道を下ることにした。

岩谷峠からの下りでは、朝方雪を引っ掻いた効果が出たのだろう、スリップしそうな場所はほとんどなくなっており、尻餅をつくこともなくロクロベット谷に下り着く。その後はコケ観察などをしながらゆっくりと歩く、とてもいい一日だった。

古屋=2時間10分=P941m西尾根分岐=1時間35分=三国岳=2時間50分=古屋
『今日の出会いと目撃』シカの警戒音1回(岩谷峠の下)、人間0人

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