September 22, 2017

第3194回「ミッションin 九州」

突然の九州ミッション



9月10日

「藤岡さん 福岡に行ってくれないですか」
なんでオレが福岡に行くの

突拍子もないN大将の言葉に酔いが覚めた。
Y家が帰国した翌日の夜0時に、N大将から
酒宴のお誘いの電話が来た。8月の
北海道巡礼旅のお疲れさん会をやりましょうとの事だった。

ほ〜い今すぐ行きま〜す

部屋で呑んでいたオレは、すぐに着替えて
彼が待つ近所の居酒屋極楽にすっ飛んでった。

じゃあおつかれさんで〜す

おつかれさま


(う〜ん、何故日本人は“お疲れ様“と言って
呑むんだろうな誕生日とか何かの記念日であれば
祝いの“乾杯”と言えるけど、取りあえず仕事
終わりの大義名分だから“お疲れ様”なのかね)

「今年はMさんの墓参りに行けて良かったですよ」

N大将念願の故・M氏の墓参り


SさんもNさんも一緒で良かったよね

N大将歓迎晩餐会


当初はN大将と千歳空港でレンタカーを借りて
2人で行く予定だったのだが、メコン基金の元代表の
S氏と千歳のN氏もお誘いしての巡礼の旅。

N氏宅で二次会


旅は道連れ世は情け”人数が多い方が楽しい。
しかもN氏のワンボックスカーでの快適な車旅。
ま、オレは運転しないで殆ど呑んでたけどね。

「Sッチも大きくなって妊娠しててビックリだよ」
何はともあれ長年の夢が叶って良かったね

M氏宅でお弔い晩餐


みんなが寝た後も2人で酒を酌み交わしながら
佐呂間や和寒での北海道巡礼の話は尽きず、
美瑛でオレの母上様に会った話題にもなった。

美瑛の青い池で


「ところで藤岡さん 福岡に行ってくれないですか」
なんでオレが福岡に行くの

我々はテーブル席で一献


突拍子もないN大将からの頼みに酔いが覚めた。
訊けば、N大将が中学生だった頃にアメリカは
オレゴン州の家に1ヶ月間ホームステイしてたそうな。

で、その時お世話になったホストファミリーの
アメリカ人夫婦が現在韓国は釜山に移住して
英語の教師をやっているのだが、その夫婦が
10月1日から福岡港に入り、長崎の玄界灘の中に
ある島壱岐酒蔵を見学したいのだそうだ。

「藤岡さんにアテンドしてもらいたいんだよね」
酒蔵巡りには興味あるけどさ・・・

で、その後はN大将の実家がある鹿児島に行って
1週間ほど観光や酒蔵巡りをしたいのだそうだ。
呑んだくれのオレにとっては酒蔵巡りと聞けば
当然テンションが上がったのは言うまでもないが。

なんでN大将がアテンドしないの
「それがさ・・・」

焼酎とめざし


仕事の都合上、月初めの3日間はどうしても
店を空けることが出来ないらしい。4日からは
福岡で合流して鹿児島を案内するとのことだ。

だから、3日間だけ酒蔵巡りのアテンドして
欲しいそうな。こりゃあ一日中酩酊しちゃうぞ。
しかも旅・宿泊費はN大将が出すと言うではないか。

えっ無料で日本に行けて酒が飲めんの
「ガイド代は出せないですけどアゴ足つきですよ」
N大将の実家で父ちゃんとも呑めんだいいねぇ

かつて今までこんな楽しいアテンドってあった
だろうか。一気にテンションが上がりまくった。
但し相手のアメリカ人夫婦の会話は英語オンリー。

「藤岡さん英語勉強しておいてよ」
へぃ・・・こりゃあ 早々に短期集中勉強せねば

突然、降って湧いたような九州ミッション。
今夏は6年ぶりの大阪から始まって北海道は
道東の佐呂間。で、秋には10年ぶりの福岡に
九州は最北端の鹿児島。今年はなんちゅう年だ。

日本の北から南まで幸せな年だよなぁ



後日、N大将から連絡が来て壱岐酒造は
ご夫婦だけで行くことになったらしく福岡での
アテンドが必要なくなったと言ってきた。

あ そうじゃあオレ行かなくていいのね
「折角だから一緒に鹿児島に行きましょうよ」
え〜経費も掛かるから無理せんでいいよ
「今年は北海道も行ったから九州も行きましょう」

様になってるN大将


とっても有り難いお誘いなのだが、少々悩むも
これも御縁だと思い、人生川の流れの如く
逆らわずにN大将からのお誘いを快諾した。

こんな機会って滅多にないことだしね

しかし、少々不安なのはご夫婦の会話のために
英語を勉強せんとイカンっちゅうこどである。
フロリダに3ヶ月住んだ経験もあるしな。

今回もきっと、うまくいくなんとかなるっしょ

と気軽に思いながらも、その日から字幕付の
洋画を観まくりながらNHKの子供向け番組の
英語であそぼ”や“おとなの基礎英語”など
英語に関する番組をひたすら観るようになった。

ディスイズ ザ ペンディスイズ ザ アッポー


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September 21, 2017

第3193回「Y家無事に帰国す」

空港で見送り



9月9日】バンコク

「藤岡さんワゴン車頼んでくれないですか」

前日一緒に酒宴を楽しんだ●○氏からの電話。
前夜の酩酊で二日酔い頭ながらもシッカリ対応。

カバンがあるからY君は母たちをタクシーに
乗せたら自分は空港まで見送らないと●○氏に
言ったそうだが、本音は帰りが面倒なんだろうな。

それじゃあまりにも両親たちが可哀想だからと、
車代を払うからいつもオイラが使っている
ワゴン車を手配して欲しいとのことだった。

実は●○氏は、昨年オイラの千歳の旧友N氏にも
自腹でエアポートリムジンタクシーをチャーター
してくれたきっぷの良い江戸っ子なんですなぁ。

「今日の今日でも大丈夫かな」
お安いご用ですSさんに訊いてみますわ

もう十年来の付き合いのS運転手に早々に
電話したら仕事がオフだったのか速快諾。

本来今日のアテンドはY君から頼まれなかったけど、
初日も空港に迎えに行ったんだから、最終日も
見送りに行きましょ。その方がオレも安心だしね。



「うわぁ〜凄い行列だぁ」
3時間前なのにもうこんなに並んでんだ

通常国際線は2時間前と言われてるけど、今や
LCCのチェックインは激混するから3時間前が
当たり前。入国も出国もドンムアン空港は混むね。

じゃあ 気をつけて帰って下さいね
「いろいろと有り難うございました」
帰ったら和寒の婆っちゃんに宜しくね

空港で見送り


こうして怒濤のように過ぎたY家のラオス&タイ
ツアーだったけど怪我も病気も犯罪に巻き込まれる
こともなく無事に終焉した。何よりオレ自身が迷惑を
掛けずに済んだ。(あ夢遊病があったか)

Y どんたく行って反省会で呑もうぜ
「いいですねぇ」

待機させていたS運転手にレインヒルの
九州酒場どんたくまで送ってもらって分かれた。

じゃあ無事にミッションが終わって乾杯
「藤岡さん今夜はどんなに呑んでもいいですよ」
嬉しいねぇじゃあ記憶無くなるまで呑んじゃうよ
「いつものことじゃないですか」
そうでした

どんたくで打ち上げ反省会


かてつ彼が深夜食堂でバイトしてた時に、タニヤで
呑んだ帰りに彼の店に寄って呑んで泥酔した時は
オイラの部屋まで送ってくれていた。今は引っ越して
アパートが違うから送ってもらうこともなくなった。

何はともあれ無事に終わったな

爺っちゃんの学校に父ちゃん来る


「藤岡さんのお陰でラオスの学校も行けましたしね」
いやぁ〜お互い持ってたんだろうな

108人が学ぶ


父ちゃんも初めてラオスに行けたしな

ウドンタニ到着せり


母ちゃんも喜んでたなぁ

トゥクトゥクでゴー


美味いもんいっぱい食べて太って帰っただろうな

極旨フカヒレスープ&アワビ雑炊


永和で乾杯


究極のカオマンガイを食う



今回の旅でY君が通う大学も見学して、引っ越した
アパートでの自炊生活も見られた。パワースポットに
占いにY父のサプライズバースディーも大成功して、
何だかんだで家族の絆も深まって万々歳である。

さぁ〜てYもっと呑むぞ。今夜は冷酒じゃあ
「じゃあ僕も日本酒で」

因みに、この日は泥酔することなくトンロー駅
まで歩いてY君と分かれてからコンビニで
牛乳とアイスを買ってからAPTの部屋に帰った。

珍しい・・・あんだけ呑んだのに酩酊せんかったな

何はともあれH爺っちゃんが天から見守ってくれてたんだろうな。


asia_jiyujin at 19:09|PermalinkComments(0)気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

September 20, 2017

第3192回「霊能師Y家を占う」

サプライズバースディ



9月8日】バンコク

「恋人出来ますか」
「まだ出逢ってはないけど・・・」

最初はR君


さすが若いな。最初から恋愛運を占うんか。
Y母からの最後のリクエストは前回も来ている
ヤダム霊能師に家族を占ってもらいたいそうな。

パワースポットに占いと、人間っちゅう生き物は
平穏で安泰でも常に不安や迷いながら生きて
んのか、将来の指針やお導きを訊きたいらしい。

「家族の・・・」
「大丈夫ですよ。ただ貴女の・・・」
「やっぱり」

次はY母


Y母は以前も視てもらってるけど、今回は
タロットカードが暗示する具体的な指針と
ヤダム師の助言が妙に納得したようだ。

「仕事ですが・・・」
「新しい仕事が舞い込んで・・・」

最後はY父


運送業を経営しているY父はタイでもラオスでも
常に札幌のスタッフと国際電話で遣り取りしていた。
旅行に来た時ぐらいはと思ってもオフはないようだ。

父ちゃん働き過ぎなんじゃないの

待ってる間にフットマッサージ


ヤダム師の助言は、「1日1時間でも良いから
自分だけの時間を作って心を休ませなさい」と。
「じゃないとストレスが溜まって病気になるよ」って。

関係なく働くY父は、帰宅しても十分な
睡眠もとらずにすぐに次の仕事に出かける。
誰が見てもワーカーホリック的な働き方だ。

自分や家族のためにも自ら働き方改革せんとね
「マダムさ〜ん 有り難う御座いました」
マダムじゃないよ。ヤダムだよ

Y父感極まって抱きつく


何を思ったのか、霊視を終えたY父が感極
まっていきなりヤダム師に抱きついちゃった。
これにはさすがのヤダム師も照れ笑い。

Y家族がヤダム師に視て貰った各人の事案は
特に問題はなかった。ただし、Y家族はY母が
中心に廻っているので、そこら辺を少々和らげたら
もっと絆が深まって家族円満になるらしい。

ま、母親はいつでも子供を心配する生き物だけに
うるさいくらい口数が増えんもの仕方ないわな。
それもH家の長女として生まれたキャラだもんね。

頑張り過ぎるな母ちゃん

みんな良かったね


おっと、忘れていた。ヤダム師が最後にオイラの
健康を視てくれることになってたんだっけ。

「何の問題もないわよ」
ホントもっぺんちゃんと視てよ
「どのカードも悪い暗示のカードは出てないでしょ」
「やったぁ〜チャイオー(万歳)

酒呑みながら通訳するオレ


よっしゃあこれで好きな酒もジャンジャン呑めるぞ、
と思ったら酒は程ほどに適量にしなさいと苦言を頂く。

へい 適量ですね。適量って・・・
「記憶が無くなるまで呑んじゃダメよ」

かつて11年前にオレの胃癌を見事に霊視してくれた
だけに、何も問題がないと言うのであれば、わざわざ
病院に行ってまで精密検査を受ける必要もなかろうに。
安心したら急に酒が呑みたくなった。もう呑んでたけど。



「うわぁ〜気持ち良いわぁ」

ベアハグでマッサージ


ほなオレは下で酒呑んで待ってるから
「適量よ。ヤダムさんに言われたでしょ」

旅の疲れを癒してね


晩餐に行く前に多少時間があったので最後に
ベアハグにご案内して日本式按摩で癒される。

よしこれ乗って行きましょ

初シーローに乗る


マッサージの後はフジスーパーの前から
シーローに乗って今夜の晩餐会場に向かう。

「へぇ〜これもトゥクトゥクですか」
いえ、これはシーローってヤツです

トゥクトゥクの次はシーロー


トゥクトゥクの正式名はサー(ム)ローである。
タイ語で3はサー(ム)。タイヤがローである。
だからシーローは四輪車の軽四輪TAXIなのね。



じゃあおつかれさんかんぱ〜い
「どうも今回は有り難うございました」
いやぁオレは呑んだくれてただけだから

最後の晩餐は寅次郎で


今回のY家ラオスタイ我が儘ツアーのアテンドの
主役は息子のY君である。オレは彼が大学に
行っている間だけ頼まれた脇役の酔っ払い爺だ。

「いつもYがお世話になって有り難うございます」
「いえいえ僕の方がY君を頼ってますから」

オレとY君共通の友人○●氏が丁度訪タイして
していたので、Y母が世話になっている息子の
お礼を兼ねて寅次郎の酒宴にお呼びしていた。

今回の旅行は恐いくらい順調にうまくいったな
「ラオスはどうなるかと心配しましたけどね」
T先生とA兄に感謝だな。良い運転手だったもんな

この20数年、いろんな人の縁や不条理な体験で
いつのまにか自分の引き出しの数が増えた。
こればかりは体験した人でないと難儀するだろな。

Yも後数年もしないうちに達人になるよ
「いやぁ〜もう藤岡さんを超えてるんじゃない」
わずか2年で頼れる息子に育ったもんだよ

別にガイドやアテンダーになんなくても、人生で
袖振り合った多生の縁を活かせられれば、いつか
苦難の壁にぶち当たっても逃げずに真っ向から
対応すれば必ず乗り越えられる。それがスキルだ。

ハッピィバースディーツーユー
「わ、なになに」
「お父さん誕生日おめでとう御座います」

ちょっと早いけど今月誕生日を迎える父ちゃんの
ためにY君がこっそりサプライズを考えていた。

「うわぁ〜ビックリした 嬉しいなぁ」
「いつも家族のために有り難うございます」

息子たちからのサプライズ誕生日


事前に寅次郎のN大将に場の雰囲気をみてから
サプライズの誕生日ケーキを出してもらった。

「いやぁ〜中々タイミングがわからなくてさ」

一緒に北海道巡礼旅をしたN大将と


子供たちから誕生日を祝ってもらうなんて、
ましてやそれが海外ですぞ。オイラの息子
なんて祝ってくれたこと一度もねぇぞ。

父ちゃん羨ましいなぁ

仲の良い兄弟です


同席していた●○氏も思わずホッコリした表情。
彼もまた2人の娘を持つ父親である。オイラは
今後祝って貰える事なんてあんのかね。ねぇだろな。

いずれにしてもサプライズバースディーは大成功。
その後しこたま呑んだオレは●○氏に連れられて
帰宅したらしい。そう、またしても記憶障害です。

でも 今日も充実した幸せな日だったなぁ

寅次郎で乾杯



asia_jiyujin at 18:39|PermalinkComments(0)気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

September 19, 2017

第3191回「パワースポット巡り」

一心に願うY家族



9月7日】バンコク

「パワースポットに行きたい

兎角日本人はパワースポットという場所が好きである。
敬虔な仏教徒のタイ人と違って、神仏参りするのは
せいぜい正月の初詣か盆や彼岸の時ぐらいだろうに
パワースポットは特別な御利益があるのかしらね。

3カ所あるけどさ
「全部行きたい」
全部かよじゃあその前にランチに行きましょ

因みに今年帰郷したときに知ったんだけど、オイラの
故郷の美瑛は町全体がパワースポットなんだってさ。
その中でも美瑛神社は”恋愛”成就のスポットらしい。



「うっまぁ〜い
「これは美味しいですね」
でしょ良かった

ホックシャークフィン


Y母とR君は以前食べたことがあったけど、
Y父はホックシャークフィンのフカヒレは初めて
口にする。オレはソーダ割ウイスキーをクイっと。

「あ また呑んでる」
うるへぇ呑ましてくれぇ

胃があった昔はフカヒレからアワビ雑炊までの
フルコースを一緒に堪能してたけど、今や客人や
家族の幸せそうな顔を見ながら呑むのが最高の癒し。

そうだもう一軒行きましょ
「え、何食べるの」
こんな時くらい旨いもん食おうよ

歩いてすぐのところに台湾人主人の小籠包が
極旨の永和豆漿があったのを思い出した。2年前に
Y君が留学して今春から弟R君が千葉の大学に進学
してからは家族団らんの食事なんて久しぶりだべさ。

旅行に来たら旨いモンを食うぜ
「食べてばっかりで太っちゃうわ」

永和で小籠包


ここの猪肉小籠湯包はなんまら旨いから

タレの黒酢と生姜がこれまた豚肉の小籠包の
美味さを最大限に引き出させている。

「ほぐほぐ、うっ熱い」

父ちゃん


「中がジューシーですねぇ」

R君


さ、腹を満たしたら行きますよ

極旨フカヒレに小籠包の中華三昧を堪能してから
本日のメインであるパワースポットに向かう。

タイミング良いねぇ。これに乗って行きましょ

初トゥクトゥク


「わぁ〜風が気持ちいいわぁ」

いぇ〜い


店を出たら丁度目の前にトゥクトゥクが停まって
いたのでエラワン廟まで交渉してレッツらゴー。
普段はあまり乗んないけど、これもタイの想い出だ。

ここがタイ最強のパワースポットだよ

エラワン廟にて


先ずは靴を脱いで膝をついて線香を・・・

エラワン廟で


四面あるから全部のとこで祈願してね

2年前に爆弾事件があったのも記憶に新しいが
今では修復して何もなかったような賑わいだ。

仕事、学問、どんな願いも叶うと言われて
いるタイ最強のパワースポットだけど、一心に
祈願してんのは中国や台湾の観光客がやたらと
目立つな。宗教が生活の一部になってんのやね。

次は美と幸運と金運の女神様のとこね

ゲイソンプラザ上


「こんなビルの上にあるの」

ゲイソンプラザで祈願


ビルの片隅にひっそりと祀られているせいで
参拝者が少なく、そのせいかパワーレベルは
相当高いらしいという噂だ。

あれこんなとこにも神様がいたんだ

ここでも願う


新しいスポット


今まで気づかなかったけどラクシュミー女神様の
裏側に新し目の神様が祀られていた。まさにこの
周辺一体はヒンドゥー神様の銀座だね。

はい最後はガネーシャ神のとこね

イセタン前


「あ象さんの神様だ」

ガネーシャ神前


象頭のヒンドゥー神ガネーシャ様は、学問、芸術、
ビジネス、新築結婚海外移住など新しい大きな
事を始める前にお参りすると良いそうです。

さ、晩飯食いに行くべ
「さっき食べたばかりでしょ」
究極のカオマンガイだぞ
「食べた〜い

以前「三食カオマンガイが食べたい」と東京から
来るNちゃんの為に、るるぶや現地の情報誌に載って
いるバンコク都内の彼方此方の店をリサーチした結果、
オレが毎日食いたいと思うくらいの極旨店を発見した。

な、うまいべスープが旨いんだよなぁ
「肉が地鶏みたく引き締まってる感じだね」

カオマンガイ屋


Yが来たよ。おつかれさん

大学の授業を終えたY君がBTSとタクシーを
乗り継いでカオマンガイ屋に合流。さすがだね。
こんな分かりづらい店でも簡単に来れるようになったんだ。

「今日はどこ行ったんですか
バンコク三大パワースポット巡り
「御利益があれば良いですね」
「まぁ 本人次第だろな」

かつて日本から来られた友人、知人、縁人たちを
何十人も案内したけど、果たしてその方々の
その後の人生って好転してうまくいってんのかな。

神様は己の心の中にあるんだけどね

食後はY母からニューハーフショーが観たい
とのリクエストで、走ってきたローカルバスに
飛び乗ってアジアティックに向かった。

事前に前売券を買っていたので、現地の
窓口でチケットを受け取ってから入館する。

「お〜始まったよ」
「わぁ〜綺麗ねぇ」

カリプソショー


元はおとこだぜ

鑑賞するY家


Y家族を会場の席に案内してからオイラは
急いでレインヒルの“どんたく”に向かった。

よ、Tっくん。元気だった
「すいません藤岡さん。忙しいのに」
かまへん、かまへん。さ、呑もうぜ

実は前日に東京からTっくんが訪タイしていた。
TっくんはオークラのT君のアムス時代の元同僚で、
今は六本木のリッツカールトンで料理の腕を振るってる。

その彼が来ることをT君から連絡が来ていたので、
アテンド中にどっかで時間を空けるつもりだった。
友遠方より来る”また楽しからずやである。

どう仕事の方は。そろそろタイに来ないのか
「あ、その前にこれお土産です」
わぉダッサイじゃんありがと。嬉しいぜ

ダッサイ


彼と最後に呑んだのは2年前にオイラが東京に
行った時にNちゃんや仲間たちを集めて中野の湯婆の
店だった。「またいつかアジアの空の下で呑もうぜ」と
社交辞令のような口約束してから早2年。約束は叶う。

よっしゃ〜今夜は呑むぞぉ

で、例によって記憶はここまでしか無い。
当然、酔ってるから写真を撮るのも忘れた。

翌朝起きたら衣服は脱ぎっぱなしでTVも照明も
点けっぱなしで部屋の中が散乱していた。
T君から心配メールが来ていた。無事に帰宅したけど・・・

もうこの夢遊病のような行動は治んないな


asia_jiyujin at 22:29|PermalinkComments(0)気ままなアテンド日記 

September 17, 2017

第3190回「ラオス弾丸ツアー」

ビエントン村のH小学校



9月6日】ビエンチャンバンコク

トゥクトゥクに乗って国境へ行くぜ

トゥクトゥクに乗って国境へ


前夜の失態も何のその。朝から水割り片手に
珍しく朝食を食べてからトゥクトゥクに乗って国境へ向かう。

「藤岡さんVさんから連絡ありました
いや あれっきり連絡来ないよ
「藤岡さん 道覚えてます
オレの記憶は4年前だからなぁ
「あ犬がバイク乗ってる」

タイでは普通


Y君が心配するのも仕方ない。実は、メコン基金の
スタディーツアーで毎年ラオスの学校訪問の連絡や
ワゴン車やホテルの手配をやってくれていた現地の
世話人V氏に、2ヶ月前にオレが日本帰国する時に
9月6日にビエントン村のH学校をY家4人が
訪問したいから連絡してくれるように頼んでいた。

ところが、オレが8月27日にタイに戻って来て
からV氏に連絡すると、ビエンチャンにホテルを
予約してあると言うではないか。「なんでやねん
しかも、1泊3,500Bの部屋を5部屋もだ。

予約金を払ってるから取りあえず3,500Bを
払ってくれとのたまうではないか。おいおい、オレは
ホテルなんか頼んでないからキャンセルしてよ。

「メダイ メダイ」

ビエンチャンの友人がもう払ったから出来ないと
のたまうのだ。V氏はすでに定年退職して確か
70歳近くだと思った。「もうボケたんかよ

未だかつてメコン基金で何度もラオスを
訪れてビエンチャンのホテルは泊まってるけど、
支払いは宿泊するときに払っていた。
事前に予約金なんて聞いたことがない。

しかも、2年前にメコン基金で宿泊したホテルは
1,200B。なぜ3,500Bもの高いホテルを
5部屋も予約したんだ。親子4人とオレ1人だぞ。
誰かと勘違いしてんじゃねぇのか。

予約金って何だよ」しかもキャンセルが出来ない
ホテルってどういうことだ。まだ1週間も前だぜ。

とにかくV氏はビエントン村の学校訪問のことより、
3,500B払ってくれの一点張りである。こちとら
国際電話だけにすぐに残高不足で会話の途中で
切れる。するとラオスのV氏から連絡来るのだが、
向こうもプリペイド式のSIMだから途中で切れてしまう。

翌日コンビニでチャージしてから改めて電話すると
「3,500B払ってくれ」だ。学校訪問の連絡と同行。
後はワゴン車の手配は頼んだけど、何で頼んでもない
ホテル代金を払わにゃならんのだ。納得できんわい。

「フジオカとにかく3,500Bを払ってくれ」
Vさんの勘違いだろ。払うつもりはないよ

こんな不毛な会話の電話が4,5日続き、さすがの
温厚なオレでもぶちキレた。もうあんたには頼まねぇ。
自力で行くからもう連絡してくるなと突っぱねた。

すると「3,000Bでもいい。いや2,000Bでも」と
価格を下げてきた。「何だよ2,000Bでもってよ」。
それでもホテルは貴方の責任と一方的に電話を切った。
それがY家が訪タイする前日のことだった。

しゃあねぇなここは腹をくくるか

ま、オレにマニュアルなんてない。何の根拠も
ないけど“きっと、うまくいくと思った。

かつて某報道番組の日本人犯罪ネタのコーディネート
を受けていた時だ。「もし出来んかったらどうすんの
と言う質問に「やる前から出来ないことは考えるな
とプロデューサー窘められた。以来オレはミッションを受ける
時は“出来る”を前提に行動するように心掛けている。

だから今回もきっと、うまくいくはずだ

まぁ、取りあえず学校に訪問することは連絡して
くれてんだから、後はビエンチャンでワゴン車を
チャーターして国境から北上して200卆茲砲△
ビエントン村のH学校まで自力で行くしかない。

事前にY君に協力して貰って大学でビエンチャンから
来てるラオス人を探してビエントン村の位置関係を
訊いて貰ったが収穫無し。オレはオレでJCBプラザに
行ってラオスの地図をコピー。さらにネットのグーグル
マップで村を探すも国道13号線だけで村名は探せず。

H小学校の校長先生の携帯電話番号はV氏しか知らん。
策が尽きる前に第2第3の引き出しを用意しておかんとな。

で、T先生のA兄がビエンチャンで働いていることを
思い出し、T先生から連絡して貰って安心出来る
ワゴン車を紹介して貰うも、運転手から「何処だ
200劼離咼┘鵐肇鸞爾辰特里辰討」「知らん」
みたいな遣り取りで、結局詳しい場所は分からず。

こりゃあオレの記憶だけが頼りだな
「大丈夫ですか藤岡さん」
迷ったら200劼梁爾蚤漆佑某屬しかないか



朝8時にノンカイのイミグレでタイを出国して
バスに乗ってメコン川に掛かる友好の橋を渡り
ラオスのイミグレで入国手続きをしてから
待合場所のベンチで待っていると電話が鳴った。

「フジオカか。Kに頼まれたワゴン車の運転手だ」
あれ前日は違うヤツから電話が来ていたぞ

どうやらA兄の友達のK氏が、数人のワゴン車の
運転手に連絡していたようだ。まラオス人だけに
約束破るヤツも珍しくない。で、その中で一番先に
国境に来たのが木訥な顔をしたO運ちゃんだった。

「何処に行けばいいんだ」
取りあえず国道13号線を200卷名紊靴

いざ200卆茲


こうして爺っちゃんの学校に向けて出発したのだが、
果たしてビエントン村H小学校に辿り着けるのかは
神のみぞ、あ、ここは仏教国だから仏陀のみぞ知るだ。

国境から出発してビエンチャン市内を通らない
ルートで国道13号線を北上する。車窓からは
緑の稲が延々と続く田園風景。持ち込んだ
水割りをチビチビ呑むと眠くなりそうになった。

「全然景色が変わりませんね」
そのうち山岳道路になりますよ

出発してから20分も走ってないのに、運ちゃんが
ガソリンスタンドに入ってトイレとタバコタイム。
それから1時間もしないで再びガソリンスタンドに
寄ってくれてトイレとコンビニで飲み物を買う。

随分と気の利いた運ちゃんだな

オレはアイスを買って道中の水割りの準備。何せ、
昨夜買ったウイスキーが半分以上も残っていた。
今日の夕方便でバンコクに飛ぶ前に全部
呑まないと空港で没収されてしまうのだ。

「そこまでして呑みたいんか〜い」
投げたら(捨てたら)もったいないっしょ

荷物は機内持ち込みだけで、タイは日本の国内線と
違って国内線の液体類の持ち込みは全て禁止だ。

再びワゴン車に乗り込んでチビチビやっていたら
V氏から携帯に連絡が来た。「よっしゃ来たか

2,000B払うから11時にビエントン村の学校で
待ってろ。運転手に場所を教えてやってくれ

「お、お、わ、わかった」

間髪入れずに一方的に伝えてからO運ちゃんに
電話を替わった。さすがに痺れを切らしたのか、
V氏からギリギリで連絡が来た。

まぁ、おそらくこうなるだろうと予想は
してたけど、やはり金が欲しいんだろな。
共産国の定年後の年金は微々たるもんらしい。
O運転手が電話を切って場所が分かったと笑み。

よしYこれで何とか辿り着けそうだぜ
「Vさん学校に来るんですか」
来たら2,000B払ってやってよ

当初から電話代や学校への連絡や同行代を
考慮して2,000Bの謝礼は考えていた。
しかし、ホテル代としては理不尽で払えん。

「確か壊れそうな橋を渡ったんですよね」
どこも壊れそうな橋だけどな

壊れそうな橋


O運ちゃんが急に国道を左折して山道に入った。
何となく見覚えのある街並みを走る。しばらく
してからY君が言う“壊れそうな橋“が見えた。

ここ ここを左折して
「着いたの
お〜やった無事に辿り着いたぜ

2007年1月29日開校


ワゴン車が校舎に入っていくと職員室から校長先生や
他の先生たちが笑顔で出て来た。オレは思わずワイを
しながら校長先生を無意識に抱きしめてハグをした。
無事に辿り着けた安堵感と再会できた喜びだった。

職員室


「サバイディ」

Y家記念撮影


校長先生含めて7名の先生と108人の子供たちが
10年前に建てられた堅固な校舎で勉強していた。
昔は藁葺き屋根にバナナの葉っぱの壁に床は土間。

現在108人の生徒


勉強が楽しい


雨が降れば教室の床に雨水が流れ込み、電気も
ないから照明もなく窓からの明かりだけだった。
そんな劣悪な環境で学んでいた子供たちも、今では
電気を引いて天井からの照明と扇風機で学べている。

R君校長先生に楽器寄贈


早々に職員室で札幌から持って来たY家の寄贈品を
並べて贈呈式。さらに子供も先生も見たことがない
と言うオセロゲームのやり方をY君がレクチャー。
未だに山岳にはTVゲームも携帯電話ゲームもない。

Y君教頭先生にオセロを教える


おいおい母ちゃんどこ行った

サバイディ


ふと見渡すとY母がいない。早々に勉強中の教室に
勝手に入りこんでゲームやお土産を配り始めた。
子供たちも困惑した顔でワイしながらコープチャイ。

授業中にもかかわらず


「これ髪を縛るヤツね」

お土産配る母


「はい あなたにもね」

Y母配る


「こっちの教室の子にもね」

Y母生徒になる


これ5教室全部の子供に手渡すのか

Y母子供達にお土産配る


なんか母ちゃんが一番楽しんでねぇか

土産配る


未だ来てなかった旦那様をラオスの爺っちゃん学校
に連れてきたいと言いながら、実は一番来たかったのは
Y母ではなかったのか。亡くなった爺ちゃんと和寒の
来られなかった婆ちゃんの想いを一心に受けていた。

まぁ 3度目の訪問だんな

9歳の時に来たR君


朝8時半に国境を出発してから約2時間半。
途中で何度か休憩したけど11時10分に到着。
当初200劼畔垢い討い燭韻鼻⊆屬離瓠璽拭爾
確認したら147劼世辰拭

名残惜しいけど飛行機の時間があるから帰るよ

父兄も集まる


午後12時に終業の鐘(実際は鉄板)が鳴り、
子供たちが思い思いに帰っていった。昔は無かった
自転車や最新のマウンテンバイクで通学する子もいた。

へぇ〜この村にも資本主義が流れて来てんのやね

生徒達が下校


結局、V氏は現れなかった。ビエントン村学校から
30劼房宅があると言っていたのに来なかった。

来ないんならしゃ〜ないじゃん。行こか

爺っちゃんの学校で


現在12時半。バンコク行きの便は18時5分発。
ラオスの国境まで2時間半。そこからタイに入国して
ワゴン車を手配してからウドンタニ空港まで1時間。
少なくても17時前までには空港に着いておきたい。

昼過ぎてるけど飯どうする
「途中のガソリンスタンドでパンでも買えば」
悠長に飯食ってる時間はないもんな

結局、途中でパンを買うわけでもなく一気に国道13号線を
滑走したらナ〜ント2時間で着いちゃった。

Oさん このまま空港まで行ってくんないすか
「う〜ん いいよ。任しておけ」

本来なら友好の橋でメコン川をバスで渡ってから
タイに入国してエア会社の時間不定のワゴン車を
待つか、周辺で屯してる白タクのワゴン車と交渉。
その手間が省けられれば確実に1時間は違う。

よっしゃ〜これでノンカイ国境で交渉せんでええ

きっと、観光目的じゃなく自国の子供たちに
良いことをしてくれたお礼の意味もあったのか、
ボルこともなくこちらの言い値で快諾してくれた。

Y(運)持ってんねぇ
「藤岡さんも持ってますよ」
でも、無事に空港に着くまで気は抜けんな

昨夜のバンコクでのタクシー運転手も、今日の
ワゴン車のO運ちゃんも良い人に巡り会えた。
これも偉大なる爺っちゃんのお導きなんかね。

その後、途中のガソリンスタンドに併設された
うどん屋で遅い昼食をとってから空港に向かうも
ナント2時間前に無事ウドンタニ空港に到着。

なんか気持ち悪いほど時間通りだな

空港のレストランで最後の乾杯をしてから機上。
1時間後、無事にドンムアン空港に到着しY家は
タクシーで、オレはバスとBTSを乗り継いで帰宅。

はぁ〜なんまら疲れた弾丸ツアーだったべぇ

純粋な瞳


何はともあれ何のトラブルもアクシデントもなく
全てが事前に計画していた通りに終わった。
アジアでこんなことは滅多にある事じゃない。

やっぱ爺っちゃんのパワーだったのかな


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September 16, 2017

第3189回「ミッション in LAO」

Y家タイスキを食う



9月5日】バンコク ノンカイ

そりゃあ 絶対無理だよ。国内線に乗れんよ

現在バンコクの大学で勉学に励んでいるY君の
家族が10年前に爺っちゃんが寄贈したラオス
山岳の村の小学校を訪問することになった。

今回は4回目の訪タイになるY君母ちゃんと
まだラオスに行ったことがない旦那様。それと、
今春から千葉の大学に進学した次男のR君が
成田空港からLCCのエアアジアでやって来る。

ドンムアン空港は入国に4時間かかるってさ

13時45分に到着して16時20分の便で
ウドンタニ空港に飛んでラオスとの国境の
町のノンカイに1泊する予定なのだが、入国から
国内線乗り換えまで2時間半しかないじゃん。

数日前のネットニュースを見る限りでは、
空港のイミグレーションが激混み状態で
4時間も待たされた中国人観光客が激怒。

4時間ってそりゃあ怒るだろ

低迷する景気の経済政策で海外からの観光客を
呼び込んでいる割には入管の職員の数を増やさず
ましてや怠慢な職員も少なからずいるそうだ。

タイ暫定政府は、激混みを解消するために
10月1日から出入国カードを簡略化する
らしいけど、解決策はそれじゃないでしょ。

乗り遅れたらラオスには行けないぜ

と、訪タイ前にY母とメールですったもんだしながら
2日前に前夜の1時30分に到着する便に変更。
さすがに前夜に到着していれば乗り遅れはないでしょ。



おっちゃんドンムアン空港に行ってんか
「よっしゃ。お、あんたら日本人か」

5日の夜2時前にY君とタクシーに乗って
ドンムアン空港に向かう。おそらく入国に
1時間以上掛かると思っていたら、さすが
深夜便だ。すぐに到着ロビーに出てきていた。

「藤岡さん待ってて、今呼んできますから」

で、乗ってきたタクシーの運ちゃんがやたら
「東京、大阪、広島、神戸」と知ってる日本語を
喋りまくる親日派だったので、そのまま空港で
待たせてからもう1台のタクシーと分かれて
オンヌットのY君のアパートに向かった。

ひぇ〜スコールかよ
「いきなりタイの洗礼ですね」

途中からバケツをひっくり返したような豪雨。
高速道路を下りてアパートに向かう路地は
膝下まで冠水してる。歩けたもんじゃない。

オレこのままこのタクシーに乗って帰るわ
「じゃあ ここでお土産持ってってよ」

お土産の酒とつまみ


こんな状況でしかも夜中の3時にタクシーは
捕まらんと判断したオレは、アパートで家族の
荷物を下ろしてから、そのまま自分のアパートへ。

結局、オイラのAPT前で拾ったタクシーが
最後まで乗せてくれた。正直夜中のタクシーは
何年タイに住んでいてもオレでも恐いもんだ。

笑顔の絶えない性格の良い運ちゃんだったので、
Y母からお土産で頂いたマルちゃんのチーカマを
挙げたら「チーカマ チーカマ」と喜んでくれた。

今回は旅の出だしから運が良いなぁ

実は明日から(実際は今日)のY家の爺っちゃん
学校訪問ラオスツアーは、かつていろんな依頼や
ミッションを受けてきたオレだけど、今回は直前に
突発的な問題が発生して正直自信がないのだ。

だけど、折角日本の絵本をラオス語に翻訳して、
楽器やゲームも持って楽しみにして着たのに、
学校まで辿り着けんかったらどないしよぉ。胃が痛ぇ。

期待に応えんのがオレま、なんとかなるべ



どうも〜昨夜は凄い雨だったよね
「藤岡さん もう呑んでるの
まだ呑んでねぇよ

ドンムアン空港でランチ


搭乗2時間前にドンムアン空港でY家と落ち合う。
四六時中呑んだくれていると思っているY母は
素面のオイラが珍しいらしい。気を利かせてY君が
ワインを頼んでくれてみんなで遅いランチ。



ウドンタニに着いたぜぇ〜

ウドンタニ空港到着


エアアジアの国内線のチェックインもスムーズ。
搭乗ゲートもさして並んでなく機上して1時間で到着。
そこからワゴン車に乗って、いざノンカイへ。



T先生サワディクラップ
「皆様 インディトンラップ」
「Tさん 久しぶりぃ〜」

ホテル前でT先生と


19時過ぎに到着。ノンカイのHOTELを予約して
くれていたT先生がロビーで待っていた。T先生は
2年前の北海道の旅でY母と和寒で会っていた。

腹減ったぁ〜飯食いに行こうぜ

チェックイン早々にホテルに隣接している
デパート&スーパーマーケットの中にある
MKでT先生も交えてタイスキ鍋を囲んだ。

くぅ〜うっめぇ五臓六腑に染み渡るぜ

Y一家


Y一家は皆ビール、オレはスーパーマーケットで
買って来たウイスキーを持ち込んでみんなで乾杯。
T先生が相変わらず呑んだくれのオレに呆れ顔。

「無事にノンカイまで来れましたねぇ」
問題は明日だよなぁ。ま、なんとかなるっしょ

食後T先生と別れてからY父と部屋呑みを始める。
今回はY君兄妹の部屋とY夫婦の部屋にエキストラ
ベッドを入れてオイラも同部屋。8年前から
爺っちゃん一族とはもう家族同然やね。

さ、父ちゃん呑みましょ

大都会のバンコクには一度行ってるY父だけど、
国境の町ノンカイは初めてだ。月明かりのない
田舎町を眺めながら窓際でグラスを交わした。
で、例によってこの後の記憶がブラックアウト。

あ“〜またやってもうたぁ〜

Y母曰くは、ウイスキーを呑み干したオイラが
0時5分前にY父と一緒に近所にあるコンビニまで
ダッシュで走って買ってきたらしい。(タイの法律
で酒の販売時間は11〜14時と17〜0時まで)

「よく 間に合ったもんだね」
呑みたい一心の執念だな

0時まであと5分


で、それから部屋で再び呑み始めたのだがオレは
すぐにオチたらしい。ここまではY母は和寒で何度も
体験済みだからさして驚かなかったらしいのだが、
その後オイラが夢遊病者の如く部屋を這いずり
回って寝ていたY父の足を掴んだらしいのだ。

ぎょえ〜恐っぇ〜マジっすか

おそらくオチる寸前まで窓際でY父とサシで
呑んでいたから無意識にY父を探したのかしらね。

翌朝起きたらY夫婦が仲良くシングルベッドに
寝ていた。仲良い夫婦やなぁと思ったら、オレが
2つのベッドを占領していたらしい。面目ねぇっす

頼むオレがオチたらベッドに縛ってくれ

Y夫婦は、帰国してもしばらくはオイラの夢遊病
を話題に酒の肴にするらしい。その失態を
動画で撮っていたらさぞや笑えたのに。

みんな爺っちゃんの学校に行くぞぉ


asia_jiyujin at 02:29|PermalinkComments(0)気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

September 02, 2017

第3188回「適量酒は百薬の長」

ビタミンB12



ほぉ〜何とか体調も良いんじゃねぇ

バンコクに戻って来てから1週間が経った。
日本モードからタイモードに切り
替えんのにそんなに時間は掛からなかった。

まぁ、日本で2ヶ月以上も毎日呑んだくれ
てた割には案外オイラの体は大丈夫である。

「タイに戻ったら病院で検査しなさいよ」

母上さまを始めいろんな人にご心配を掛けて
しまったあの悶え苦しんで床を転げ回って
七転八倒した腹激痛も今はなんともない。

胆石症だったのか、はたまた違う病気なのか。
いっぺんちゃんと検査に行こうと思いながら
当面必要になったのがエーザイのメチコバル。

先日ラチャウティー病院近くの薬局に行って
1年分を買って来た。1箱160B(約530円)。
オイラが住んでる地区の薬局より90Bも安いのだ。

ビタミンB12は胃でしか作られないらしい

オレはこれを呑まないとビタミンB12欠乏症
になり、免疫力が落ちて感染症になったり
食欲不振や悪性貧血を起こしてしまう。

死ぬまで呑み続けんといかん薬なのだ

日本滞在用に日数分持って行ったはずなのだが、
何故か1週間分足りずに最後は気力で乗り越えた。
あ、いや酒の力で何とか持ち堪えたのかな。

胃が無くなってからもう11年が経ったけど、
食後のダンピング症候群やら空腹による低血糖
やらと、何かと面倒な体なんだが、この先も
このポンコツ体と上手くつき合っていかんとね。

先ずは酒の力で免疫力を高めたるわい



asia_jiyujin at 19:59|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 31, 2017

第3187回「日本滞在最後の夜」

夕陽をバックに



8月26日】千歳

あ〜ぁ今夜で日本も終わりかぁ

怒濤のように過ぎた日本滞在66日間も、
とうとう今日で最後となる。大阪に始まり
最後は旧友の千歳で旅の幕が下りるわけだ。

愉しかったなぁ名残惜しいよなぁ

テラスで一杯


縁ある方々と会うのはもちろんのことだが、
やはり日本は何を食べても美味いし銘酒も
洋酒も豊富で心が嬉しくなってしまう。呑まん
かった日は体調を崩した1日だけだったな。

やっぱり最後は寿司を肴に一献ですね

寿司を肴に


この66日間でお会いした縁人は総勢74名。
今年タイでお会いした方や久しぶりの再会
の方々もいたけど何ら変わらぬ応対に感謝。

6年ぶりの大阪はやっぱ強烈やったなぁ

A氏はもちろんのこと、毎納豆をかき
混ぜてくれたにDちゃんに感謝感激でした。

Dちゃん年末にはペナンに行くでぇ

その前に9月のラオスツアーと11月の
タイ北部・東北部・南部ツアーに備えて
体調を整えて万難を排しておかんとな。

では皆様コップン マーク クラップ

初のTGでタイに戻る



asia_jiyujin at 18:39|PermalinkComments(0)気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 30, 2017

第3186回「札幌最後の晩餐は」

陽気な大将とスリーショット


8月25日】札幌

じゃあWさん札幌最後の夜に乾杯

一品目はウニ三昧


6月23日に帰国して1週間ほど大阪を満喫
してから29日に北海道入りして約2ヶ月間。

札幌と千歳を主軸に道南は函館から道央の
新十津川、和寒、実家の美瑛に道東は
佐呂間と故人の巡礼の旅を続けられた。

「今回は長かったねぇ」
おふくろの件がありましたからね

二品目は旬の


実家の美瑛には2回行って耳の遠くなった
母上さまのおふくろ料理を肴に酒を呑んだ。

結局しばらくは今の家に住みたいそうですわ

三品目はゆば


今年で84歳の後期高齢者の母上さまは、
自ら施設に入りたい旨の国際電話をして
きたのだが、いざ施設の見学に行ったら
「監獄みたい」とのたまったわけで。

ま、いずれは覚悟しておかないとね

四〜六品目


例年は1ヶ月の滞在中に10回以上は呑みに
誘ってくれていたW氏だけど、今回は東京
出張が多く2ヶ月間で今夜も含めて9回。

「今回はゴメンね。出張が多かったからね」
いえいえ充分堪能させて頂きましたよ

二盃目は大信州


今夜は札幌滞在最後の夜に、毎年連れて
きて頂いている都市部からちょっと離れた
一見さんはお断りの創作料理の名店で晩餐。

今夜も満席ですね

札幌最後の夜は


日本ハムファイターズの選手や北海道ツアーで
参戦しているプロゴルファーたちもよく来店
している店だが、予約無しでは常連客もNG。

店内には往年の巨人軍の選手のユニフォームが


ふぅ〜ちょっと休憩しますわ
「あれ もうお腹いっぱいなっちゃったの」

陽気なお店の大将


そもそも献立がない店だけに、出される料理は陽気な
大将が旬の幸を厳選して創作するから配分が分からず
最後に楽しみにしてるあさりラーメンまで食べきれん。

さすがに胃がないから小休止しますわ

〆は国稀で


この店の〆のあさりラーメンは、おそらく
オイラが今まで食べた中では究極の塩系だ。

旨いこの味は確実に凡の風を凌ぐね

〆は裏メニューのあさりラーメン


今夜は最後の〆のラーメンまで堪能してから
タクシーに乗ってネオン煌めくススキノに流れた。



はぁ〜なんともゴージャスな店ですねぇ

ゴージャスなエントランス


エントランス廊下


W氏曰くは、オイラが好きなあの大泉洋主演
映画の『探偵はBARにいる』の舞台にもなった
店なんだとか。一気にテンションが上がった。

「あれぇ〜全然お客がいないですね
「今夜で最後だからね」

二軒目はゴッドファーザー


滅多に呑めないスコッチで


ススキノで創業して19年(確か)の店が
今夜を最後に閉店するんだそうだ。律儀な
W氏はオイラを誘って連れてきてくれた。

まるでバブル時代の産物のような内装だな

映画のロケ店にもなった


閉店すれば居抜きではなく、全ての家具や内装は
撤去になる。もったいないお化けが出そうだ。

この棚の洋酒たちはどうなるんだろ

この大量の洋酒はどうすんの


このまま店に居座って呑み続けたい銘酒が
ずらっと棚の中に重々しく鎮座されていた。

「さ フジさん次に行こう」

ゴッドファーザー




後ろ髪が引かれる思いでゴージャスな店を
後にしてからW氏馴染みの店で最後の乾杯。

三軒目はターキーで


「じゃあ また来年ね」
Wさん有り難うございました

三軒目で最後のかんぱい


最後に連れてきて頂いているこの店は、いつも記憶が
ないのだが、この日は1軒目からかなり呑んでた割には
気を張っていただけに記憶障害はなかった。
こうして何度か滞在した札幌のも終わった。



これで札幌市民が1人減ったな

保険証を返納


前日に○●区役所で転出届を提出してから
健康保険証も返納した。例年よりも1ヶ月
長くいただけに刹那的な思いがあった。

う〜んやっぱり名残惜しいなぁ



asia_jiyujin at 23:59|PermalinkComments(0)気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 29, 2017

第3185回「鮨好き趣味多き女」

料理上手な女



8月24日】札幌

「わぁ〜い私シメサバだ〜い好き」

鮨好き女


札幌滞在もあと2日となった日のおに、
しばしば鮨ランチに誘ってくれるY氏が
夜勤明けのM嬢も一緒に誘ってくれた。

ホント君は鮨が好きだよねぇ
「だって安給じゃ滅多に食べられないだもん」

好物はシメサバ


以前M嬢に『明日地球が滅亡するとしたら
今日何が食べたい
』という質問をしたら、
『札幌の○●デパートの地下1階にある
回転寿司の炙りシメサバ』とのたまった。

ほぉ〜君も鮨か〜い

オレが滅亡する前に食べたいのはエンガワだから
やはり日本人は鮨好きが多いってことなのね。

「美味しかったわぁ。Yさんごちそうさまでした」
「Mちゃん また鮨食べに誘うからね」
「やったぁ〜」
おいおいお〜い誘うんか〜い

オイラは酒を呑みながら


Y氏はオレがタイに戻ってからもM嬢を
誘うつもりである。でもまぁ、それはそれで
友達の友達はみんなの輪”。タイが縁だけに
鯛でもしめ鯖でも鮪でも堪能してくだされ。



さて、この鮨好きのM嬢という女は意外と料理も
得意である。日勤や準夜勤や夜勤がある看護師と
いう特殊な仕事柄か作り置きの料理が多い。

滞在中にオレが見たのはカレーやトマトベース
の野菜スープとか焼き飯だが、中々手際が良い。

ほぉ〜美味そうじゃん

今日はカレー


オレがご馳走になったのは野菜スープだけど、
これが中々レストラン並みに美味かったのだ。

君は良い奥さんになれるよ

今日は野菜スープ


洗濯も好きである。病院から支給されるナース
の制服は3着しかないから2〜3日毎に洗濯してる。
お陰で寝室の壁はクローゼットのような部屋干し状態。

○大病院のナース服って意外と普通なんだな

ベランダから見える景色


2年前にオレがバンコクで右橈骨骨折手術入院で
M嬢が見舞いに来た際に、スレンダーなタイ人
ナースのぱっつん制服を見て、「あれは反則だ」
って負け惜しみのような顔で言ってたっけな。

確かにあのナース服と笑顔に癒されたなぁ

北大方向


さらにM嬢は音楽好きでピアノも弾けるし、
先月は故郷の同級生の結婚式でも演奏した。
おまけにクラリネットも吹けて、毎週水曜日
にはアンサンブル演奏の練習に出かけている。

ピアノも弾けます


で、まるでタレント並みのクソ忙しさなのに
毎週木曜日の夜は手話の教室にも通っている。

毎日忙しいのに趣味の多いヤツだな

友達の結婚式に向けて練習


もっと驚いたのはロードチャリもやっている。
以前、東北大震災の後に苫小牧港から茨城まで
船に乗ってから、そこから3日間掛けて350
滑走して被災地を自分の目で見てきたんだとか。凄ぇ!

ツールドフランスにでも出場すんのかよ

本格的ロードバイク


つい先日、8月もお盆を過ぎた休日に今年海で
着ようと買った水着をまだ着てないからと、友達
3人で温水プールのガトーキングダムに泳ぎに行った。

この行動力・・・オレも見習いたいぜ

ナイスバディ


まぁ、今時の若者女性の生き様を垣間見させて
もらった思いですが、もう1つ感心したことがある。
それは何かをされたときに「すいません」では
なく「ありがとう」と言える女だと言うことだ。

オイラがタイに移住し始めた当初、何かをされて
あ、すいません」というとタイ人に「フジさん
悪い事してないのに何で謝るの」と指摘された。

そう感謝の言葉は「ありがとう」なのだ。
これは他の海外を旅しても思った事である。



と、ここまで褒めると“出来る女”に思えるけど
実は“ぱなし女”でもある。脱ぎっぱなし、
出しっぱなし、やりっぱなし、窓も開けっ放し、
料理はするけど洗い物が超苦手な女なのである。

一見だらしなく品位に欠ける女のように見える
けど、今つき合っている彼氏的にはそこが
可愛いって言ってくれるとのろけてましたわ。

完璧に出来る女だと男も疲れるしね

四国四県うどん巡り


「私ね 昨日彼氏と別れたのよ

滞在当初は彼氏との失恋話から始まった。いろんな
相談に乗っていたけど、最近は新しい医大生の
彼氏が出来たようで毎日幸せな顔をしている。

将来は結婚して医者婦人の座を狙えよ
「よ〜しがんばるわぁ〜」
君のひと夏の恋物語中々面白かったぜ

ほっぺ赤!


もし、オイラの息子と恋仲になってくれてれば
将来的には家を訪ねても気兼ねなく「酒呑ませて
と妄想したけど、ま、こればかりは相性だからね。

タイに戻っても君の恋愛を応援しるぜ

さて、今回は北海道巡礼の旅を続けながら、札幌
ではしばしばM嬢の部屋に泊めさせて頂きながら、
日勤、準夜勤、夜勤であまり顔を合わせられなかった
けど、腹痛で藻掻き苦しんだ時は胆石の症状を
調べてくれたり、何より宿泊代がべらぼうに
値上がった札幌ではとても助かりました。

ありがとうMとても助かりました。感謝

asia_jiyujin at 23:19|PermalinkComments(2)気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう