January 17, 2018

第3244回「白い巨塔の裏事情」

優しいS担当医



1月15日

はぁ〜いつまで待たすんだよ

今日の午前中には担当医と執刀医が来て
最後の診察をしてから会計を済ませて退院
できるはずだったのにもう午後13時だぞ。

午前10時に担当医が来たけど11時頃に
来るはずの執刀院がを過ぎても来ない。
来ないところかすでに執刀医が他の用事が
出来たから来ないと連絡がきた。ぬぁに〜

もう金になんねぇ患者には用がないってかよ

毎日届けてくれていた日本の新聞は今日はないし、
検温よ病状はと寝かせてくれないほどひっきり
なしに病室に入って来ていた看護師もぱったり。
すばらしいぜこの掌を返したようなツンデレ対応。

だったら早く会計済ませて帰らせてくれよ

4時間毎に検温や心拍数


まぁ〜嫌われる由縁はある。本当に必要だったのか
内視鏡の手術に文句を言ったり、咳をしただけで
肺炎の恐れがあるからXレイを撮ると言うから
これ以上金の掛かる過剰な治療は止めてくれ
と声を嗄らして切願してから執刀医の態度が急変。

過去に2度もこの白い巨塔にお世話になった
実体験者としては、どうしても患者重視とは思えず、
病院側の言いなりで治療されてるように思えるのだ。ま、
タイの私立病院はビジネスなのは認知してっけど。

でも、どこまで信じればいいんじゃ〜

異国で腹を切る手術なんて滅多にあるもんじゃない。
オペ室で直前に書かされる何かの書類のサイン。
こんな時に限って日本語の通訳者は同席しない。

なんのサインなんだよぉ〜

おそらくは、失敗しても訴えません。告訴しません
サインだろな。ま、死んだら金になんないしオレは
全面的に医師やスタッフを信じてるから、麻酔を嗅が
された瞬間に覚悟を決めて身を委ねながら命を預ける。

無事に病室で目が冷めたら幸せと思わなきゃな

快適な病室


ま、そんな感情論は置いといて、早いとこサクサクッと
薬出して会計済ませて帰らせてくれよとイライラ
状態がMAX。そこに薬を持ったスタッフが病室へ。

抗生物質とメチコバルは分かるけど、もう一つの
薬の説明が、「う〜ん、たぶん頭痛とか解熱かな」。
はぁ〜要らんから持って帰れ」と突っ返す。

どうしてこういう大事な説明に日本語通訳者が
来ないのだ。オレは薬アレルギーかもしれんのに。
もし間違って呑んでぶっ倒れたらどうすんのじゃ。

分からん薬は絶対口にしちゃダメなんだぜ

結局、退院できたのは14時半過ぎ。15時過ぎに
N大将が車で迎えに来てくれた。まぁ、あーだ、
こーだと文句は言っても心では楽しんでたのよ。

あ〜このまとわりつくシャバの空気がうめぇ〜
「ホテルのような病室は快適だったでしょ」
快適だったけど高級ホテル並みの宿泊費だぜ

まぁ、今回も仏陀様から与えられた試練を真っ向から
楽しみながら体験させて頂きました。優しい担当医も
無表情の執刀医も、美形の看護師たちも、文句ばかり
言った日本人通訳者たちにも心から感謝しております。

患者はオレ1人だけじゃないし、緊急を要する
優先順位はその都度変わるだろうしね。最後に
病室から待合室までサポートしてくれたのはオレ
の体を毎日洗ってくれた御年配の看護師だった。

かあちゃんナースさま有り難うございました

ま、こんな貴重な体験は滅多に出来る事じゃないし、
今後誰かが同じような病気に直面したら、オイラが
親切丁寧に事細かく面白楽しく説明できるから
きっと不安解消できますぞ。

タイの外科医療レベルは
確実に先進国並みの先端技量の国ですぞ


無事退院にいたる


いわば世界に誇るニューハーフを作り出せる国ですぞ。
手先の器用な精巧な手技を持つ優秀な医師は実在する。

さぁ〜てこれ持ってどうやって生活するべかの

このドレーンを3週間ぶら下げる


N大将に途中でスーパーマーケットに寄ってもらって
当面外出しなくてもいいように買い出しはしたけど、
胆汁袋のドレーンをぶら下げての生活に困惑する。

寝ててもしこれが腹から抜けたら速効で病院じゃ〜


asia_jiyujin at 01:09|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 14, 2018

第3243回「持つべきモンは友」

N大将家族が見舞いに



「藤岡さん 大丈夫ですか」
おぉ〜N大将 北陸は大雪だっただろ

タイ人スタッフ夫婦2組を引率して北陸能登
半島ツアーの慰安旅行から戻って来た土曜日の
夜23時過ぎに声を荒げたN大将からの電話。

「帰って来てからブログ見て吃驚したよ」
心配かけてすんません原因は胆石だったよ
「必要なモノがあったら言ってよ」



翌日の昼過ぎにN大将は家族で見舞いに来てくれた。
いつもやんちゃな息子のR君は、オイラとの最初の
挨拶は蹴りかパンチから始まる。でも、この日は
腹を見せた途端にエビのように後ずさりした。

「えー ふじおかさん どうしたのお腹」
「ちゃんと食べないとお腹に石ができちゃうんだよ」
お魚も食べないとオレみたくなるんだぞ

おののく息子


子供にしてみれば、どうしてお腹の中に丸い
石が出来るのか不思議でならないだろうな。

「ちゃんと食べないとこうなるんだからね」
「うん ちゃんと食べる」

注射針やら管も興味津々


子供には効果覿面である反面教師として
あえてオイラは呑んじゃるけんね。断って
起くけど今回の胆石は酒とは関係ないそうだ。

「それにしてもデッカイねぇ」
よくこんなモンがジッと入ってたもんだよな
「これがお腹の中に入ってたの」
そうだよ。この中でコロコロ痛いよ

巨大化した胆石




おぉ〜有り難う御座います。助かるわぁ

入院していて一番の問題は術後の病院食である。
ところが、この巨大S病院にはレストランの
メニューしかない。スタッフが毎回注文を取りに来る。

タイ料理に日本料理に西洋料理から選ぶ。
でも、ここの日本料理は食えたもんじゃない。

どれもこれも腹に負担になんないのはねぇんかい

12年前にオレが病院側と闘ってからその後に
大戸屋が開業したけど、とても食べきれない量だ。

これらが1食500〜700Bもするのだ

味のない茶碗蒸しとおでん定食


照り焼きサーモン定食


白身魚の何とか定食


術後に食べたポタージュスープ



夕方ここのクソ不味いレストランのお粥の代わりに
寅次郎で炊き立ての白米とくずした鮭を持って
来てくれた。それにお茶漬けの素を入れて熱湯を入れる。

くぅ〜これだよ。この味ですよ。安心するわぁ

術後2日間はパン屋で買った野菜パンと牛乳で腹を
満たしていた。もっとも空腹感はないだけに充分だった。
でも、退院前には体力だけはつけておかないとね。



「藤岡さ〜ん メールあとで気がついたよ」
間に合えばでよかったのに。悪いね

リンゴに梨にメロン


夕方彼が来院する前に「間に合えばリンゴ一個
買ってきて
」と携帯に送ったのだが気がつかず、
別によかったのだが、わざわざ近くのスーパーで
日本産のリンゴと梨とメロンまで買ってきてくれた。

忙しいのに悪いね食欲でるわぁ

N大将は目の前でサクっと梨を剥いて出て行った。
なんてぇヤツなんだ。やっぱ持つべきモンは友だな。
昨年の北海道巡礼の旅も九州の旅もチェンマイの旅も
オレは世話になりっぱなしだ。感謝してもしきれん。

薩摩男はほんに情に熱いやっちゃ大将は西郷どんか



asia_jiyujin at 23:09|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 13, 2018

第3242回「腹腔鏡手術成功す」

今回は辛い


痛ぇ〜よぉ麻酔が切れた〜

11日午後15時から始まった手術は胆管
の中につまっている1,5僂涼誓个函2,9
僂涼誓个ある胆嚢そのものを根っ子から
切除するものだった。

巨大化した胆石


胆嚢結石


手術時間3時間。集中治療室2時間。
で、オレの部屋に戻ってから目が冷めた。
痛い。辛い。苦しい。しんどい。怠い。

痛ぇけど、とにかくオレは闘っています

腹腔鏡手術


闘ってます


一応手術は成功したけれど、本当の
闘いがこれから始まるのだ。



asia_jiyujin at 15:09|PermalinkComments(4)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 11, 2018

第3241回「内視鏡手術不成功」

すっかり病院服に馴染むオレ


「藤岡さん やってみましたけどダメでした」
えーーーそうなんすか

説明すると検査の結果、食欲不振などの体調
不良の原因は胆管につまった1,5僂涼誓弌
それを取り除いてから2,9僂涼誓个中に
ある胆嚢を根っ子から全摘手術するらしい。

また体の臓器が一つ無くなんのかい

採血


昨夏に七転八倒して何度かオレを苦しめた
根源が胆石だったことが判明した。てっきりあれ以来
全然痛くないから腸から自然に胆石が排出したと
思ったけど胆管と膵臓の出口にへばりついていた。

昨夜遅くから超クソ寒い手術室で始まった
内視鏡手術で胆石を取り除くのは困難を極めた末に
諦めた。因みに執刀医はまあるい体型の女医だった。

今回は手術前に成功する%と失敗の確率やら
オレは胃がないから一般人よりリスクが高い
などいろいろと説明を受けた後に書類にサイン。
12年前は何の説明無しにいきなりサインだもん。

「今日か明日手術室が空いたら腹腔鏡手術をします」
おいおい今日ってちょっと待てよ

ここに胆石がつまってます


なんでこう次から次ぎに展開が早まるんだよ。
まるでモルモットだな。ま、分かる気もする。

ここの医師の殆どは他の病院との
掛け持ち。手術代も入院代もべらぼうに高いから
1日も早く退院させたいのかね。いや、次の患者
(彼らはカスタマーと呼ぶ)のためだろな。

にしても過去2回入院した中では今回の看護師
の対応や順序がでたらめすぎて怒り心頭状態。
縦と横の連絡が全くなっとらん。

右利きなのになんで右に


明日手術で今夜の0時以降は一切口にしては
ならんのに1階のレストランからタブレットを
持ったスタッフが朝食と昼食の注文を取りに来た。
オレも昼寝を起こされてすぐだったので、ついつい
タブレットのメニューを楽しく選んでい・・・。

オレ明日手術だぞ。ちゃんとナースに確かめてから来いよ

0時以降は絶食


検査の順番も効率よくなくし、内視鏡手術中に
以前治療した前歯が折れてどっかに紛失。どうせ
責任はとらんだろうしなんの期待もできんわな。
入院してからストレスの溜まりっぱなしだ。

歯が折れた


12年前にこのS大病院で胃癌全摘手術を受けたときは
まるで天国のようで“バンコク極楽闘病記”を
執筆したくらい満足したんだけどね。

時代も変わってこの拝金主義大病院も相当
儲かっているようで向かい側の角地の土地を買って
現在何やら新病党らしきもんを建設中。

医は仁術ではなく算術也”と12年前に
いやっちゅうほど思い知らせたタイの病院業界。
そんなことより明日の手術が成功することを祈るぜ。

一日5回


昨年は1年中幸せだったのに、今年は年が明けた
途端にいろんな災難が降り掛かってきたぞ。タイ人に
相談すればきっと誰もがワットに行けと言うだろな。

初詣に行かなかった報いかな・・・


asia_jiyujin at 00:39|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 10, 2018

第3240回「まさかの今夜手術」

新年早々手術



1月5日

「Let’s meet in Washington next」
Wa Wa Washington Oh〜is difficult

空港にお見送り


朝キッチリ4時に起床すると、約束した時間より
ちょっと早目にN大将から電話が掛かって来た。

「すごい藤岡さん 起きてたの」
オレはやるときはやる男だよ

5時前にAPTに迎えに来てくれたN大将の車に
乗ってそのままM夫婦が宿泊しているホテルに。
未だ明け切ってない空には小さな星が輝いていた。

Good moming
「FUJI came to pick me up」

昨夜のディナーに顔を出せなかった詫びを
入れて空港までお見送りすることを伝える。まぁ、体はかなり
しんどいけど、これも袖振り合った多生の縁である。

「Let’s meet in Washington next」

空港の別れ際に、次回はワシントンで会おうと
言われたけど、今のこの体では長時間のフライトは
自身がない。ま、年内中ではないだろうけどね。

Good-by a good trip

ネクストタイムはどの国?





帰宅してから死んだように眠った。翌日もその翌日も
回復する兆しがなかった。自分では分かっていた。

こりゃあダメなヤツだな

パスポートの90レポート申請終えてきてから
覚悟を決めて例のS大病院に行った。採血、
Xレイ、エコー、CTスキャンと立て続けに検査を受けた。
で、またもやそのまま入院することになった。まさか・・・

「藤岡さん 検査に結果が出ました」
「これは摘出した方がいいですね」
摘出・・・・

険しい表情のドクター


午後15時過ぎ担当医と日本語通訳者が来た。
検査の結果を聞いて愕然とした。どうやら
今夜の午後23時30分から手術を始めるらしい。
家族とか友人とかに相談ってさせてくれんのやね。

相変わらずこの病院は対応が早ぇな

タイ人生3回目の入院


実は、まさか入院してそのまま手術になるとは
想定外だったので夕方一度帰宅許可をもらって
冷蔵庫の中の物を処理してからノートブックや
スマホのバッテリーなど鞄に入れて戻って来た。

取りあえずN大将に連絡しようと思ったけど、今日から
タイ人スタッフを連れて北陸慰安旅行である。
然らば万が一を考慮して手術前ながら複雑な心境で今
このブログを病室で書いてアップすることにした。

新年早々から手術かよ いやはやホント波瀾万丈だな



病名手術の詳細はいずれ蘇って元気になってから・・・


asia_jiyujin at 01:00|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 09, 2018

第3239回「予定調和にならず」

ランチはそば



1月4日

「昼は蕎麦が食べたいです」
そうっすか

予定調和という言葉がある。本来は『ライプニッツの
哲学で、宇宙は互いに独立したモナドからなり・・・

てな難しい解釈は別にして『何のトラブルもなく予定
どおりに終わる
』という意味でつかわれるようである。

彼はことごとく自分本位なのである

は死んだように爆睡した。帰宅して顔洗って
歯磨いてベッドに横になったら意識が遠のいた。
朝方一度目覚めたが体が休養を要求していた。

11時前に目覚めたときにH氏のために昨日と
同じハンバーグ昼食を用意したのだが、ふと気に
なって彼に電話したら、ランチは千歳のN氏と蕎麦
を食べた回のブログの店に行きたいとのたまった。

入管の激混みの回は覚えてないのに食いもんは別かよ

昔、『タイを1人旅するとき、どんなに綿密に計画
したって予定通りに行かんのがアジアの旅だぜ

とH氏に教えたのはオレだった。

旅なんて漠然的な方が何が起きるか分からんし、
その方が楽しいだろと豪語しておきながら
今のオレは綿密に計画してる。歳取った証拠だ。

ま、イレギュラーとはいえH氏の予期せぬ出現で
オレの毎日の生活のリズムとルーティンが狂い、
体内時計が何とかそれに合わせようと必死に脳と
体内の細胞が調和するように足掻いているのだが
如何せんこの食力不振で絶不調状態である。

そんでも頼ってきたからにはオレの客人だ



「あれぇ〜どれも日本並みの値段ですね」
今はラーメンだって日本と変わらん値段だよ
「じゃあ このかき揚げとそばのセットにするかな」
あのね そのかき揚げ写真以上にでかいからね
「それにしても混んでる店ですね」
Hさん 人の話聞いてる

すでにタイの会社の新年休みは終わっているのか
現地駐在員らしき日本人の姿が。あら、子供連れの
親子も。そっか、日本人学校の始業式は来週か。

おやおや、男女4人のファラン(白人)が店を
出て行った。蕎麦って今や寿司や
ラーメンと並んでグローバルな料理なんかね。

入口の席に座ったおかげでいろんな人の観察が
出来る。彼のお陰で意外と楽しめた。ほどなくして
H氏が注文したセットがテーブルに運ばれてきた。

「うわぁ〜本当に大きいかき揚げですね」
だから言ったじゃん。Nさんも最後は残したよ
「藤岡さん 半分食べて下さい」
揚げ物食えんし昼は食べないって言ったじゃん

バカでかいかき揚げ&そば


彼は意外と人の話を聞いてない。こちらがいろいろ
為になる情報を力説しても興味のないことは上の空。
それが彼のスタイルであり生きる流儀。

別に彼をディっすてるわけじゃない。タイに長年
住んでいるといろんな人が来る。それこそ
ここでは書ききれんほどの日本全国から
多種多様の性格の輩や多大な迷惑を被った人もいた。

でも、苦手な人はいても嫌いな人は1人もいない。
誤解や勘違いで疎遠になった人もいるけど、実に
人間は面白い。その人間が起こすハプニングや
アクシデントを手助けできてこそ
オレの人生の修行や鍛錬になるそうだ。

もう、かなり昔の事になるけどノンカイのお寺の
高僧に教えを頂いたことがある。『自身の前で
起こることを全て肯定して受け入れなさい。さすれば
あなたは幸せに生きる術を見つけられるぞよ
』。

最初は何のこっちゃと思ったけど、『来る者拒まず
去る者追わず
』でやみくもに受けていたら、気づかん
うちにいろんな縁がオレの人生を楽しくしていた。

だから、人に騙されたり裏切られても全てを肯定。
胃癌になっても右腕が折れても歯が折れたって
その全てが仏陀様が与えたもうた試練と思えば
真っ向から楽しみながら乗り越える術が身につく。

23年前にオレがタイと言う仏教国に出逢わせてくれた
縁で生きる意味と仕事の流儀を悟れた気がしたのだ。
だからこの国で出逢った“縁人”は大切にしたい。



はっくしょ〜んおぉ〜寒ぃ

最後もマッサージ


食後はH氏のリクエストで馴染みのマッサージ店に
顔を出すというので、オレも新年の挨拶でお付合い。
ところが待合室で新年号のフリー誌を読んで
待っていたら一気にエアコンで体が冷えた。ヤバイ。

体調不良なのに風邪まで引いたら終わりじゃ

H氏も昨夜は風邪を引いていたのに、タイ最強の
風邪薬“TIFFY”を勧めたら朝には完治してた。
やはり口から栄養を食える人は治りも早いようだ。



N大将から昨夜のご夫婦と今夜の
ディナーの誘いがあったんだけどさ

「じゃあ 行きますか」
だからさ・・・

M夫婦が最後に一緒に会食したいのはオレである。
ここで忖度できる人間であれば、「僕はAPTの
近くで呑んでますから行ってきて下さい」と言う
応対を期待したのだが、それを望む方が無理か。

時間までそこの屋台村で呑みますか

ランチのそば3玉とデカかき揚げが相当きいたのか
あまり腹は減ってないようなのでソイ38へ。
彼は普段は呑まないビールにアイスを入れて
イカ焼きと何かの肉の串を買って持って来た。

「うまいよ 藤岡さんも食べて」
いやオレはいいよ

ソイ38の屋台村


だから消化に悪いモンと肉は食えんちゅうの」と
心の中で叫びながら持参した水割りをチビチビ。ふと
見渡すとカオソーイ屋の横に新しくお粥屋を発見。

おっお粥なら食えっかな

新しくお粥屋が


何も口にしてんからお粥でもと思ったがやはり
胃(ないけど)がむかついて流動食も受けつけん。
食力不振に体調不良に加えて風邪気味だ。
体も怠いし早く寝た方がいいな。

今日は21時には出た方がいいよ
「いやぁ〜22時に出ても間に合いますよ」

オレは明朝5時にM夫婦をN大将の車で空港に
見送ることになっていた。今夜のディナーが一緒に
出来なかったからせめて最後は空港まで送りたかった。

また乗り遅れたらさすがに言い訳できんだろ
「大丈夫ですよ」
明日4時に起きて夫婦と空港に行くんだよね

ここで忖度が出来る人間であれば1分1秒でも
早くオレと別れて寝てもらおうと気遣えると思った
のだが、彼は一向に意に介さずである。目の前で
起きることは全て修練と思いながらも体が持たん。

Hさん ちょっと早いけど空港に行ってオレ寝るから
「あ、でもカウンターがまだやってないから」
だがらさ・・・・

これを修練というのであれば函館の嫁はお釈迦様だ。
オレはまだまだその域までは達してない。鍛錬は続く。

もう一度言うが、彼は悪い人間ではないただ、
自分が何度も訪れている異国に来ると、瞬時に箍を
外して自我を介抱しながら楽しめる人間なのだ。

タイに来た時ぐらい仕事も家族も忘れたいだろうしね

毎日盛況




彼が図書館勤務の時代に偶然オレの1冊目の本を
手に取って読んだのがタイに来る切っ掛けになった。
タイ少女白書/ぼくらのNGO物語』たぶん彼は
最初の少女白書に目が止まったのだろう。

メコン基金に入会し、ホームスティも体験し、長年貧困な
子供たちの里親なって教育支援活動を続けた。

オレの本が縁なら尚更大事にせんとね

彼は日本に帰れば3人の子供の父親であり、誰もが
敬遠したがるPTAの会長を小中高引き受けている。
趣味の社交ダンスも子供たちに教えて優勝に導いた。

しつけや教育にも熱心だが、休みには子供たちを
連れて遊びに行くほど、典型的な釣りバカ日誌の
浜崎伝助タイプの家族を愛する良い父親なのだ。

昨年は6年ぶりに函館を訪れた時も、港でそれは
それは大感動した花火大会を体験させてくれた。

何あるか分からんからもう空港に行きなよ
「また乗り遅れたりして」
そん時は映画のターミナルのように空港で生活しな


無理矢理21時半に彼をタクシーの乗せて別れた。
オレが酒が呑めて元気で陽気であれば、
もっと彼と楽しめたのだが、さすがにこの体調
不良は原因が分からんだけに不安が頭を過ぎった。

「藤岡さんチェックインに3〜40分かかりそうです」
早く出て正解だったじゃん

40分後タクシーにボラれたとぼやきながら
H氏から電話が来た。エバー航空の
チェックインカウンターが長蛇の列だと。

ゴールドカードならそんなに並ばなくてもチェック
イン出来るかなと彼はアップグレードを考えていた。

その前にパスポートコントロールは見てきたの
「それってどこにあるんですか」
だからさ・・・

エスカレーターの右側にガラス張りの入管が
見えると、何度も詳しく場所を説明したはず
なのだがやはり彼は聞いてなかったようだ。

さ、寝るか明日は4時起床だ


因みに、彼が帰国してから5日が経つけど
未だにメールは届いてない。パスポート
コントロールの混み具合を知りたがったのだが。
忖度できる人間であれば・・・ま、無理か。


asia_jiyujin at 03:49|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 08, 2018

第3238回「波瀾万丈の幕開け」

ご満悦のM夫婦



1月3日

「トゥルルルル トゥルルルル・・・・・」
7時半 誰だこんな朝早くに

その電話が掛かって来たのはオレが寝てから
1時間も経っていなかった。オレを知る人間で
あれば絶対に電話をかけてこない時間帯である

あ もしや」とオレはてっきり1日と2日に
アテンドを頼まれていた東京からの
客人からだと思って急いで電話に出た。

「藤岡さ〜ん」
あれHさん タイに来てんの
「飛行機に乗り遅れちゃったんです」
はぁ

電話の相手は函館のH氏だった。訊けば、今勤めて
いる市役所の某職場の担当があまりにも苛酷らしく、
ブラック企業並みの激務に耐えかねて突然休暇を
取ってネットでエバー航空のチケットを取ってから
29日にスワンナプーム空港に到着後、すぐに
パタヤに直行してストレスを発散したらしい。

で、3日の午前2時発のエアーに間に合うように
2時間前にチェックインを済ませた。で、まだ
時間があるからと空港内にあるマッサージ店で
1時間過ごしてからパスポートコントロールへ。

ところがパスポートコントロールが激混み状態で
さっぱり入管まで辿り着けない。エアチケットと
パスポートを上に振りかざしながら叫んでみたが
周囲の外国人も同じ立場。状況は一向に変わらず。

何とか出国手続きを終わらせターミナルを走って
エバー航空の待合ロビーに辿り着くも、無情にも
目の前でタラップが外され彼の荷物は下ろされていた。
マッサージに行っていなければ確実に間に合ったのに。

なんで先にパスポートコントロールを見なかったの
「えっ どこで見れるんですか」
あんたね オレのブログの画像見たことあんでしょ
「すいません 助けて欲しいんですが」

とかく旅にはアクシデントやハプニングはつきものだ。
されど下手に旅慣れた人間こそ、自分を過信して
安易な判断をして自らを窮地に追い込むものである。

まさに今の彼がそうだった

彼がブログの読者であれば、昨年9月のY君親子たちが
訪タイする便が国内線までの乗り継ぎが2時間
しかないから日にちの変更を求めた回を覚えていれば。

意外とあの回は役立ったのになぁ

しかも、LCCが集まるドンムアン空港だけに
入国で4時間も掛かって中国人観光客が国内線に
乗り遅れてブチ切れたニュースが連日流れていた。

いずれにしてもここはアメージングタイランドである。
出国にしたって最低でも2時間以上は見るべきだ。

「その回は覚えていませんでした」
スワンナプーム空港だって年末年始は混むでしょ
「入国はそんなに時間かかんなかったんで」
そりゃあ到着した時間帯にもよるっちゅうの

結局彼は日本時間の朝早くに家に電話して嫁に
事情を話して(マッサージは内緒)渋滞と入管の
激混みで乗り遅れたことを職場の上司に連絡して
もらってから2日後の同じ便を手配してもらった。

「これからSKに行きますんで」
オレ寝るから着く前に電話かけてよ

で、それから40分もしないでオイラの部屋の
ドアをノックする音が。開けると途方に暮れた
彼が立っていた。おいおい、APTに着く前に
電話かける余裕はなかったんか〜い。

少しでもいいから寝かせてくれよぉ

9時になってからAPTのオフイスに行って2日分の部屋代
を払ってから別れた。残金が少ないと言うので
彼のために昼にハンバーク定食をご馳走しようと
朝から米をといで炊いた。結局昼まで寝られず。

昼に彼を部屋に招いてから炊き立てのごはんと
レトルトのハンバーグに茹でたモヤシとチーズ入
ウインナーを添えて出すも半分以上も残した。

「すいません さっきコンビニで買って食べたんで」
だったら先に言ってくれよぉ

ランチはハンバーク定食


オレは朝は食べんから折角のハンバーグ朝食も
ゴミ箱に直行だ。もったいオバケが出るぞ。で、
H氏が晩飯は“どんたく”で呑みたいとのたまうも
今夜はその“どんたく”でM夫婦との会食を説明。

「端っこで迷惑かけないように呑んでますから」
そう言うのってN大将は嫌うからなぁ

それから彼は部屋に戻って昼寝をしたらしい。
オレも一睡もしていなかったので眠さMAX状態。
ところが、ベッドに横になってウトウトした瞬間、
今度は寅次郎のN大将から電話が来た。

「今夜Mさんたちとのディナー大丈夫ですよね」
N大将参ったよ
「えっ 何かあったんですか」

今朝からの一部始終を手短に説明したら、やはり
寛大なN大将は突発的なおさわがせH氏の同席を
快諾してくれた。オレは一抹の不安が頭をよぎる。

午後19時。今夜のディナー会場は昨年10月に
一緒に九州を旅をして食べた懐かしの料理が堪能
出来る九州酒場“どんたく”。結局オイラは一睡も
出来ずに出向くも今夜は確実にオチるだろうな。

頼むから場の雰囲気を考えて何も喋らんでよ

実は彼は一瞬にして周囲をフリーズさせる天才である。
突然場の雰囲気を考えないで頓珍漢なことを言ったり、
人が理解出来んダジャレや冗談を言うし函館訛りで
何を喋ったか分からんから不快感とイライラが募る。

そんな時はすかさず首を絞めて「えぇかげんにせい
と制裁を加える。けして悪い人間ではないのだが
所謂KYなのである。あるいはそう言う病なのか。

オレは長い付き合いだからもう諦めてる

同じ道産子同士の酒席であれば訛っていても多少は
理解出来るけどね。しかし、彼は独学でタイ語を身に
つけただけに今夜のディナーは英語とタイ語オンリー。
頼むから下手なタイ語は喋らんでくれとヒヤヒヤ状態。

「Oh FUJI」
Did you enjoy yeur day in Phuket
「I enjoyed it very mach」

N大将親子と


今夜も昨年の12月17日に2人が訪タイ
した日に居酒屋“寅次郎“で一緒に会食した
N大将親子が同席。ただ、末席に小型爆弾が。

He missed the airplane 2am
「Oh why have you missed tha plane ?」
Immigration was very crowded

H氏も同席


オレの古くからの北海道の友人で、昨夜は
イミグレが激込みしていて乗り遅れたことを説明。
マッサージで遅れたことはM夫婦には
言わずにN大将の嫁に話したら苦笑いしてた。

彼は北海道で優秀な成績を残している社交
ダンサーだと説明しようと思ったけど、即止めた。
下手に説明するとその後の展開が恐ろしい。

それより目の前に座ってさっきから何度もオレの
足を蹴っているRとの飯勝負の方が先決じゃ。
先ずこやつを先に大人しくさせねばF夫婦と話せん。

よ〜しR 今夜もオレとイクラ丼勝負だぞ
「いいよ どうせ勝つからね」

どんたくでディナー


普段からあまり飯を食べないご両親としては、
前回の寅次郎で完食した我が子を褒めていた。
ならば今夜もオレが人肌脱いじゃるかと・・・。

Rずるいぞそんだけかよ
「子供だぞ」
オレは胃がないんじゃい

いくら丼食勝負


オレとしては普通のイクラ丼で良かったのに、
何故かイクラ&サーモン丼が配膳され、Rは少しの
ご飯とイクラだけを小鉢に移してオレは残りで勝負。

ただでさえ食欲不振でメシが食えんのに・・・

一番勝負は完全にRの勝ち。オイラはとても
完食できずに末席のH氏に残飯処理を願い出た。
二番勝負のシシャモ串はオイラの完全勝利。
この苦さはさすがに子供には無理だろ。1勝1敗。

Which temple did you go to in chiang mai ?
「Wat doi suthep & wat phra sing」

英語ペラペラの嫁さん


Rと飯勝負しながらもM夫婦と会話しながら
一方で挙動不審のH氏を環視するも脳が痛くなる。
まぁ、一緒にチェンマイを旅したN大将の英語の
流暢な嫁さんが同席してるからかなり安心できた。

小一時間後、N大将が嫁さんたちとM夫婦をホテル
まで送ると言うのでオレはビルの下まで見送りに行く。

「It was fun tonight Thank you」
good night
R また飯勝負しよな
「いいよ」

将来楽しみなご子息ですが


4階のどんたくに戻ってみるとH氏が熱燗を頼んで
呑んでいた。今夜の食事代は全てN大将持ちだった
だけに、少しでもお金を使おうと彼なりの気遣いか。
いつもなら我が部屋に誘って二次会となるのだが。

Hさん はよ帰って寝るよオレもう限界だ

元気に振る舞っているつもりでも、年明け前からの
食欲不振と激痩せが堪えてかなり辛い状態なのだ。
しかも、昨日からすでに34時間も起きてんのよ。

ランナーハイを超えて幻聴まで聞こえだした

さりとて早々に年始めの抱負だな。こんな胃がない
ダンピング症候群&逆流性食道炎のポンコツ体でも、
何とか倒れずにその場を凌げたけどもう体力が限界。
ダメだ。眠い今日は何とも長い長い一日だったな。

やれやれどうやら今年は波瀾万丈の年になりそうやな




asia_jiyujin at 04:19|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 01, 2018

第3237回「今年はオレの年だ」

寅次郎のおせち料理


サワディーピーマイクラップ謹賀新年

今年は戌年。干支を12回も体験してきて60回目
にもなったぞ。つまり還暦だ。オレの子供の頃の60歳の
イメージなんて白髪頭で腰の曲がった老人だと思った。

確かに今のオレはそれに近くなってるけどね

でもまぁ、いざ自分がその年になってみると子供の
頃のイメージとはほど遠くオレより御年配の方々は
老け込むこともなく何とも精力的で元気なことか。

ま 健康だけは金で買えんから普段からの
食生活をもっと大事にせんとね。あとは運動か




さて、昨夜の大晦日は8年ぶりに部屋で紅白歌合戦と
ゆく年くる年を観ながらチビチビやっていたけど、
相変わらず夜になると急激に温度が下がって酔えん。

とは言えタイの0時まではまだ2時間もある

タイの番組に切り替えると今年はバンコクの各地や
全国でも各地でカウントダウンのコンサートや
イベントをやっていて盛大な花火を放映。

ほぉ〜今年はすっげぇなぁ

やはり陽気で楽しいことが大好きなタイ人らしい
盛り上がりだけど、オレとしてはその後が心配だった。

「うっせぇなまた事故か事件かよ

その夜は我がAPTの前の大通りをけたたましく
何台も走りすぎる救急車のサイレンで寝付けなかった。
いつにも増して酒席での喧嘩に飲酒運転の
事故が多発したっちゅうことですな。



翌日、年が明けて今日から懇意の友人から頼まれた
訪タイ客のアテンドで、ずっと部屋で待機をしてたん
だけど夜になってもさっぱり電話が掛かってこない。

こりゃあ今日はないな。晩酌でもすっか

晩飯も食わずに20時半迄NHKを観ながら
待っていたのだが、さすがにニュースばかりで
正月気分にもなれんけどせめて何か作って
酒で呑むとするかと立ち上がった瞬間だ。

「藤岡さ〜ん あけましておめでとうございます」
N大将 昨年はお世話になりっぱなしでした
「これからおせち料理作って持って行きますから」
おぉ〜それはありがたいっす

寅次郎のN大将が1人暮らしの寂しい正月を
過ごしているであろうオイラのためにわざわざ
お節料理を作って持って来てくれた。良いヤツだ。

N大将ありがたくいただきま〜す

正式な日本のお節料理なんて何十年も口にした
ことがない。おまけに彼は御神酒代わりに
冷えた山田錦まで持って来てくれるお気遣い。

もう何から何までお世話になりっぱなしです

昔は訪タイ客のアテンドがなければほぼ毎日
寅次郎に食べに行っていたけど、今は店も移転
してオレも引っ越して遠くなったからは訪タイ客が
来て店に案内する時くらいしか機会が少なくなった。

胃がなくなってからあまり食えんしね

それが昨夏の北海道巡礼の旅に始まって、秋の
九州旅行に11月にはオイラの友人等を伴っての
チェンマイの旅と会う機会が急激に増えた。

さらには早く店終いする日曜日には0時前に
しばしばお誘いが来て呑むようにもなった。

方や超多忙のN大将と方や超ヒマなオレ

ま、表向きはNGOの元先輩後輩の仲だけで
たまに仕事を振ってもらったりはするけど
特に何のしがらみも無く身軽なオイラだけに
お誘い頂けるのは嬉しい限りで御座いまする。

恩返しなんて一生出来そうもないな

ま、N大将もそんな期待はしてないのは端っから
知っての付き合いだろうけど、さすがに今夜の
お節料理には感謝感激で頭が下がった。

年の始めの例しとて〜終わりなき世のめでたさを〜

料理がいっぱい


お節料理の定番のエビにホタテに数の子、筍や
ヒジキや鮭に紅白かまぼこにとまぁ、山田錦を
御神酒代わりにしながら日本の正月気分に酔う

戌年の今年は健康なのが何よりの目標だな

食が細くてもちゃんと栄養価の高いもん食って
健康に留意しながら、こんなポンコツ体でも
常に人様の役に立てる存在でいられるにしようと誓う。

くぅ〜五臓六腑(胃ないけど)に染み渡るぜぇ


asia_jiyujin at 22:49|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

December 31, 2017

第3236回「今年の漢字一字は」

来年は笑って過ごしましょ



さぁ、今年も今日で終わりです。皆様方には
どんな年だったですか。オレは幸せな年でしたよ


今年は芸能界の不倫の謝罪に始まり、その後も
次から次ぎに出るわ出るわタレントや落語家や
議員までもが不倫騒動で頭を下げっぱなし。

製造業界も日産を筆頭に不正が明るみに出て
経営者陣も謝罪。最後は大相撲の元横綱・
日馬富士関の引退での謝罪とまぁ、何だか
謝罪だらけの1年だったような気がした。

さて、そんな日本では今年の世相を表した
漢字が『』に決定。ま、今年はちょいちょい
北朝鮮のミサイルが日本を驚異に陥れていた
けどオレとしては『』を候補に出したいくらいだ。

今年のタイは割と平穏な年だった。
ま、バンコクの国立病院の爆弾事件は
あったけどすぐに犯人が逮捕されて解決した。

だが、長年続いている深南部でのイスラム系過激派の
爆発テロは未だ続いている雨季にも
南部では洪水が発生して多くの被災が出た。

今年は前国王崩御に伴って服喪中だったからね

国を揺るがすようなテロやデモはバンコクでは
起きなかったし、相当数の屋台が撤去されて
電線も地中埋設で歩道は歩きやすくなったしね。

軍事政権になってから随分と変わったよ

今タイが軍事政権だってことを忘れてる人も
いるかもしれんけど、来年11月には民政移行の
選挙が行われる。また、国が騒がしくなりそうだ。

ところで、オイラも今年一年を振り返ってみて
漢字一字を考えてみた。年明けはラオスで始まり
3月には我が息子の初訪タイで東北ノンカイ。

4月5月はなくて、6月は大阪に7月8月は
北海道周遊。9月は再びラオスで10月には
九州一周。11月はチェンマイ・ノンカイ・
プーケット。んで、12月のケニアは断念した。

乗った飛行機の回数は国外内合わせて14回

漢字一字で考えたら『』が頭に浮かんだのだが、
実際にはこの旅の殆どの要因がタイで出逢った
人たちとの縁であることに気づかされた。なので、
いささか強引だけど今年の漢字は『』に決定。

袖振り合うも多生の縁出逢えた縁人に感謝。

来年は何が起きるかわからんけど『』がいいな。
明るく元気にいつも笑って”過ごしたいよね。
ともあれ、ここは“微笑みの国”なんですから。

何はともあれ、今年お世話になった全ての縁人の
方々に感謝しつつ、皆様も健康に留意されて
さらなるご健勝を南国から祈念申し上げます。

では良い年を迎えて下さいませぇ


asia_jiyujin at 16:09|PermalinkComments(0)気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

December 30, 2017

第3235回「藤岡酒やめたってよ」

やっと酒が呑める


「うっそだろぉ〜」

呑んだくれのオレを知っている縁人たちは
このタイトルを見ても誰も信じないだろう。

「どっか身体に異変があったんかい

別に体調を壊して病院に行って検査を受けて
ドクターストップが掛かったわけではない。

考えられるはこの異常な寒さだ

正直に言うと一口も呑んでないわけではない。
先週月曜日から予想外の寒さが要因なのか
部屋呑みしていても体が水割りを受けつけない。

どうせ2,3日で終わるだろ」と高を括っていた
のだが、寒さは翌週のX’masを過ぎても続いた。
夜の部屋の温度は常に24度を下回っていた。

「24度もあったらあったけぇだろ」と思うでしょ。
でもね日本のように暖もとれなくオレ的には
20度以下の体感温度の寒さだったのね。

だめだ 寒くて酒が呑めねぇ

首に温泉タオルを巻きTシャツの上にユニクロの
フリーツを着て、下はスエットに長靴下をはいて
毛布にくるまりながら寒さで震えながらアイスを
入れた水割りを呑んでいる姿ってどうなのよ。

「だったらお湯割りにして呑めばいいじゃんよ」

確かにお湯割りにすれば体は一時的に温まるだろ。
しかし、部屋全体が寒いのだから酔いが覚めたら
当然のように再び寒さに打ち震える結果になる。

オイラの東向きの部屋は高層コンドミニアムに
囲まれて一日中陽が差さない。猛暑期であれば
涼しいけどまさか乾季にここまで寒くなるとは。

外の方がよっぽど温っけぇじゃん

ま、そんな環境の中でいかんともしがたく2週間
近くも殆ど酒を口にしてないのだ。って言うことは、
オレはアルコール依存症じゃないことが判明した。

だけんど酔えんから不眠症になっちまったべ

予想外の寒さは昨夜まで続いた。ようやく厚着と
タオルケットと毛布2枚にくるまりながらの
生活は終焉を迎えそうだ。今夜の部屋は27度。
(断っておくけど体感温度が人と4,5度は違う)

さ〜てそろそろいつも通りに呑むべか

と思ったのだが、別に呑みたい気分にならない。
それよりも寒さで食も細くなっていたので、
気になって体重を計ったら我が目を疑った。

56.8キロってまた痩せたんじゃんかよ

8キロだぞ


アカンこれはダメでしょ。これは無理してでも
炭水化物類を体に取り入れないとまた
ジーンズをはいたらベルトが1つ縮まってしまうぞ。

「藤岡さ〜ん 忘年会やりましょう」

まさにそん時だ、このブログを書いてアップする
寸前にN大将から電話が来た。これ幸いとは言わん
けど、寒さも多少ゆるまった今夜なら呑める気がした。

今年はホントいろいろお世話になりましたよ
「今年は北は北海道に南は九州ですもんね」
ホントN大将といっぱい旅をさせてもらったよな
「こんなことがないと実家にも帰れないですから」

寒かったぜぇ


いつもの居酒屋で2人だけの忘年会を兼ねた酒宴。
正直、この2週間を考えると呑めんと思っていけど
やっぱり呑む相手がいると意外と酒は進むもんだ。

「藤岡さん 最後に日本酒のみましょ」
おぉ酒いいね

お互いビールとハイボールで呑んでいたラストに
徐にN大将が日本酒好きのオイラに気を遣ったのか
冷酒を頼んで御神酒で今年の〆の乾杯をした。

N大将 また来年もよろしく頼んますわ
「じゃあ 来年から月に2回呑みますか」

年明けにホストマザーのM夫婦がバンコクに
戻って来る。Mさんがまたオイラと呑みたいとな。
呑んべい爺には至極有り難くも嬉しいことです。

「藤岡さん来年はコスタリカに行きませんか」
コスタリカってニカアグラの近くだったっけ

どうやらMさんが一緒に中南米を旅しないかと
N大将に誘ってきたらしいのだが、小国ながら
何だか楽しそうな国だ。もし行けるならN大将も
一緒なだけに微酔いのオイラとしてた快諾だ。

さぁ〜て来年もいろんな国を旅してみるべか

自分が生きてきて出逢った人の縁ってその後の
人生でどう影響するのか、実におもろいもんです。

何にせよ今夜オレの呑んだくれが復活した


asia_jiyujin at 23:49|PermalinkComments(0)気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう