November 02, 2018

第3373回「悲劇の夜から3年」

タイでもハロウィーン



10月31日】バンコク

あぁ・・・またこの日が来た

東京の渋谷では毎年のように問題になってる
ハロウィーンだけど、ここ仏教国のタイでは
それほどの盛り上がりがないようです。

タイはソンクラーンがあるからね

低俗なヤンキーなファラン(白人)が集う
バックパーーカーの聖地でもあるカオサンでも
警察が出るほどの事件はなかったようです。

あぁ・・・あれから3年・・・

この日だけは何故か右橈骨が疼くのです。



因みに明日から北海道の友人たちと
2週間ほどタイ国内と近隣諸国を旅します。


asia_jiyujin at 00:09|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

November 01, 2018

第3372回「1ヶ月ぶりの夜会」

1ヶ月ぶりの日曜夜会



10月28日】バンコク

「藤岡さ〜ん今夜行くかい」
ほぉ〜い待ってました

寅次郎のN大将から1ヶ月ぶりの誘いである。
オレは東京で大将はタイ人スタッフを伴って
北海道慰安旅行と互いに忙しくて中々タイミングが
合わず1ヶ月ぶりの日曜0時過ぎからの呑み会だ。

「藤岡さん(東京で)毎晩呑んでたよねぇ」
ホント有り難いことだよ
「Yさんとも呑んだんだね」
赤羽で2回ね

3年ぶりの東京巡礼の旅を振り返ってみれば
毎晩色んな人と日替わりで呑んだくれながら
あっと言う間の2週間だったけど、オレ的
には1日1日とても大事に過ごしたつもりだった。

函館のえん楽の塩ラーメン旨そうだったね
大将のブログの写真を見てなまら食べたくなった。
「タイ人(スタッフ)が喜んでくれたよ」

夜会は楽しいっす


N大将はご当地のハンバーガーを食べたかった
ようだけど、やはり函館と言えば塩ラーメン。


北海道ツアーは定番の小樽と札幌に函館。
大沼公園の花火に朝市の探索など、タイ人に
してみればなまら楽しいツアーだっただろうな。

あぁ・・・オレも行きたかったなぁ

9月6日の北海道東胆振地区の地震で一気に
中国からのツアー客のキャンセルが続いた中で、
「こんな時だから現地に行って外貨を落とせ」と。

地震でブラックアウトした函館の百万ドルの
夜景は今は健在だったようです。タイ人
連れての相変わらず気忙しいN大将ですが、
1日から”鹿児島県人会”の世界大会で家族を
連れて日本に帰国した。チェスト

スタッフや家族連れたり忙しい大将やけどきばれぇ


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October 28, 2018

第3371回「これって偶然かな」

幸せを呼ぶパキラ



そう言えばパキラがあったっけな

東京滞在中にご厄介になっていたN宅にパキラ
の木があった。A嬢がシンガポールの赴任から
戻ってから買ったとか。今夏に泊めてもらった
札幌のM嬢の部屋にも背丈大のパキラがあった。

これって何かの偶然かな

M嬢が突発的に買ったパキラ


パキラは風水的にも人気の観葉植物で金運
アップによいとされmoney tree”と
言われて財力を高める効果があるらしい。

とかく女はこの主の運を好む生き物である

Nちゃんの部屋にもパキラの木が


ネットでググったらパキラの学名「Pachira」の
由来は、ギアナ地方での呼び方からきていると
言われ、パキラを売ったらお金持ちになったと
いう言い伝えからお金をもたらす幸運な木と
いうことで発財樹(Money tree)」という
別名がついたと書かれていた。

札幌の看護師のM嬢は医大生の彼氏と
別れてから突発的にパキラを買った。帰宅
したら「癒されるし和むでしょ」って。

幸せを呼ぶパキラ


幸運を呼ぶとも言われるパキラの花言葉は
快活」「勝利」と載っていたけど明確な
色別の花言葉はつけられてないらしい。

和む」「幸運」因みにオレの名前は和幸

う〜んこれも何かの偶然かな

漫画喫茶のようなリビング


そうだ。4月に離婚して部屋の水槽で
グッピー飼ってる中目黒のA君。パキラを
買って育てろ。君の部屋には緑がない。

窓を開けたら緑の木があったっけ

目覚めたら畳の間だった



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October 27, 2018

第3370回「旧友と再会叶わず」

アジアンジャンキーの会



そう言えばAちゃんに逢えんかったなぁ

幹事のY子が“アジアンジャンキーの会”に
オレが22年前にバンコクで一緒の会社で
働いていた元傭兵のA氏を誘ってくれていた。

かれこれ15,6年は逢ってかった

1994年の11月20日に日本を脱出して
タイに渡航してから数日後にA氏と逢った。

何の因果かお互いNGO団体のメコン基金
に所属しながらタイ東北部ノンカイで
中高学生の教育支援活動に携わった。

見た目も口調も普通のサラリーマンなんだけど
その昔は自衛隊のF15のパイロット。
そう空軍の操縦士と言えばエリートだ。

その後腰を痛めてから除隊して単身で
フランスに渡り旧ユーゴスラビアの
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争にUNに
所属しながら傭兵として活動していた。

その後活動の場をアフガニスタンに移し、
オレと働く前まではビルマとタイの国境沿いの
カレン民族戦線で闘っていた義勇兵だった。

とにかく日本では絶対出逢えそうもない
規格外の経歴の持ち主と同じAPTに住み、
同じ会社で働きながらNGO活動も一緒だった。

思えばあの時代が一番楽しかったなぁ

現在彼は横浜市民になり映画の仕事に携わっている。
会の日は北九州でロケが入っていたらしく、
早めに終われば出席するとメールが来たらしい。

結局Aちゃん来んかったな 
Dちゃんも会いたがっていたのにな


15年ぶりの再会を楽しみにはしていたけど、
彼と縁がある元学生はY子とR子
だけだし、いささかオレが主役の賑やかな
還暦会に顔を出すのを躊躇したんかな。

いや、そうは思いたくはない。たぶんその日は
運悪く台風25号が接近していたから飛行機が
欠航したのかもしんないな。そう思うとしよう。

盛り上がった還暦会


もっとも、あの彼が出席したとしても
あの状況ではお互いに近況報告しながら
ゆっくり話すことは出来んかっただろうな。

縁さえ繋がっていればきっとそのうち
偶然的にアジアの空の下で逢えるでしょ。

Aちゃんお互い元気で生きようぜ


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October 26, 2018

第3369回「バンコクで独り酒」

オレの定番の晩酌セット


あぁ〜東京は愉しかったなぁ

東京で毎晩縁人たちと日替わりで呑んで
愉しかった日々を思い出しながら壁に掛けた
還暦”の赤Tシャツを愛でながら呑む。

う〜んオレ60歳になったんだよなぁ〜

う〜む60歳か


バンコクに戻ってから早2週間が経ち、すでに
東京で仕入れてきた日本食材も底をついた。
なので近所の日本食材店の“誠屋”で買い出し。

よし晩酌の定番はこれで決まり

この組み合わせが最高っす!


北海道十勝産の乱切りポテトにいか塩辛。
これを電子レンジで温めて最後にバターを
乗っけたら“塩辛じゃがバター”の完成。

うんめぇ〜五臓四腑に山田錦が染みるわい

どんな銘酒も独りだと


で、これを赤羽でY夫婦と一緒に行った立ち飲みの
おでん屋で呑んだ丸眞正宗さいたま工場新バージョンの
カップ(以前は東京)に、これまたY夫婦から頂いた
純米大吟醸”を注いで束の間の贅沢な晩酌を愉しむ。

う〜む旨いけどやっぱ独りだと味気ねぇなぁ


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October 21, 2018

第3368回「東中野で名残惜酒」

最後の晩餐



10月9日】 東中野 

あぁ〜今日でこの景色も見納めかぁ

この景色も今日で見納めだ


K嬢家族とランチを終えてから東中野の
スーパーマーケットでしこたま日本食材を
仕入れてからN宅に帰ってきた。

2週間滞在させていただいたこの部屋も
ベランダから見る景色も今日が最後だ。

泥酔して何かを破壊しなくてよかった

リビング


以前一緒に台湾を旅行したときにNちゃんが
オレの酩酊した夢遊病の状態を動画で撮った
のを見せられてからは完全に自己嫌悪になった。
あれはオレじゃない別の何かが憑依してたんだ。

今回も本当にお世話になりました



さて、どうしてそうなったのかは定かではない
のだが、前夜ゴールデン街で呑んだH氏が今夜
羽田空港まで送ってくれることになっていた。

Hさん自ら空港まで送ってくれるって何かあんだろ

多少の仕事を頼まれたからといってもわざわざ
愛車のBMWで送っていただけるのは有り難い。

さらには帰国初日に空港まで迎えに来てくれて
連日のようにオイラの酒席につき合ってくれた
Dちゃんも空港まで見送ると言ってくれている。

そんなVIP待遇の人間じゃ御座いませんぜ

酒処ふじやん


結局H氏の車で一緒に空港まで行くことになり、
迎えの時間までNちゃんとA嬢と近所の居酒屋
ふじやん”で最後の晩餐と相成った。

「ふじおかだからふじやんね」
なんじゃいそりゃNちゃんA2週間ありがとね
「Jさん いつでも泊まりに来ていいからね」

最後はふじやんで呑む


あぁ・・・このお2人とも今夜が最後かと思うと
妙に名残惜しく感じた。結局初日の中野と川越の
K嬢が来た日と赤羽のY夫婦と今夜の4回だもんな。

もっと一緒に呑みたかったなぁ

あ”づ”〜


ま、昨年は行けなかったけど、毎年年末年始を
一緒に海外でカウントダウンしてる2人だけに
気心も相性も酒癖も十分知り尽くされている。

「Jさん年末はメキシコかウズベキスタンよ」
地球の裏じゃんタイから何十時間かかんだよ

2週間お世話になりました


10年も続いている旅行だけどオレはもう60歳だぞ。
今年のケニアもドバイ経由で15時間もかかるのを
知って体調不良(結局胆石だった)で断念したけど、
地球の裏側のメキシコなんて何十時間かかるんだよ。

絶対エコノミー症候群になるって

激旨牡蠣フライ


で、ウズベキスタンってどこだ。ロシアの下か。
寒い国は勘弁してくれ。基本的にお互いどちらかの
友達が現地にいるのが原則だけど、いずれにしても
体力的に現地に行ってから迷惑かけないかが心配だ。

ちょっと考えさせてくだせぇ



20時半時間通りにDちゃんがN宅までカバンを
運びに来てくれた。NちゃんとA嬢もH氏が車を
停車していた早稲田通りまで見送ってくれた。

「じゃあJさん 体に気をつけてね」
「呑みすぎないでよ」
は〜い気遣ってくれてありがと

この後H氏が駆るBMWに乗りながら
Dちゃんと3人で談笑してたらあっと言う間に
第2ターミナルに到着した。

じゃあDちゃんホンマに感謝やで

来週は仕事で中国に飛ぶDちゃん。
さらにはわざわざ愛車で送ってくれたH氏。
ホントにオレは人に恵まれた人生である。

じゃあさいなら〜今度はタイで会いましょ

間もなく機上の人に


こうして夢のような2週間の東京巡礼の旅は
毎晩のように呑んだくれながらも、時には
帰宅途中でどこかにぶつけたのか脇腹やケツ
に打ち身や青アザを作りながら無事に終焉した。

滞在中に仕事で忙しいのに時間を調整して
一緒に呑んでいただいた45人の方々、この場を
お借りいたしまして本当に心から感謝しております。

また愉しい酒を呑みましょう

名残惜しくも日本を発つ




asia_jiyujin at 20:59|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 20, 2018

第3367回「新宿御苑でランチ」

K家族と先輩職人



10月9日】 新宿御苑 

「Jさ〜ん 遅れてご免なさい」
おぉー来た来たKサワディークラップ

今夜の深夜便でタイに戻る前に、3年ぶりの
東京だったこともあり、オレが元気なウチに
どうしても会っておきたかった子がいた。

「電車一本乗り遅れちゃって」
LINE繋がらないから焦ったよ

今日はランチの約束で12時半に新宿駅東口の
交番前で待ち合わせをしていた乳飲み子を抱いた
旦那さまと長女のSが急ぎ足でやって来た。

おぉ〜Sおっきくなったなぁ

なんか微笑ましい光景だね


もちろんオイラの孫ではないけど爺の心情だ。
以前まで旦那さまと同じ店で働いていた先輩が
新宿御苑前に手打ち蕎麦の“富の蔵”を
開業したので、オレは杖代わりに乳母車を
押しながら昔話に花を咲かせながら歩いた。

「今日は旦那の先輩の店で蕎麦ランチね」
いいねぇ酒の呑んで蕎麦を手繰るなんざ粋だね

先輩の店富の蔵


先日のアジアンジャンキーの会には来れな
かったけど、幹事のY子たちと同じ大学で同世代だから、
彼女との付き合いもかれこれ20年になるわけだ。

「Jさんと出逢ってからもう20年になるのね」
今のKの歳くらいに出逢ってんだな

K嬢もまた卒業と同時にタイにやってきた1人だ。
当時としては珍しく語学留学が目的ではなく
孤児院や養護施設のボランティアだった。

彼女が来た時、探したAPTがあまり良い所が
なくて難儀していたらオイラが好意にしてた
寅次郎のN大将の口利きで嫁さんの兄が
やってたパン屋の2階に住めるようになった。

当時子どもがいなかった兄夫婦は、まるで
娘のように彼女を家族同様に扱ってくれた。
帰国した今では家族ぐるみの付き合いだ。

独学でタイ語を勉強しながら自ら探した施設で
介護や子供達の世話をしてた。ロッブリィ県の
AISDホスピスのナンプ寺は何度も通ってたな。

そんなK嬢がタイ人と同様に毎日のようにソムタム
(パパイヤサラダ)ばかり食べていたら1年を
過ぎた頃に腎臓を患わせてしまったこともあった。

タイから帰国してからも相変わらずの性格で
毎日逞しく介護施設で働いていたら腰を
痛めて、今はソーシャルワーカーになった。

つまりオイラの母上さまのような、高齢者が
どの介護施設に入るのか相談する職かな。

そんな彼女も今年で結婚10年目を迎えて、
二人目の娘が出来て見るからに幸せな家族だ。



おぉ〜これは珍しい色ですね
「今Jさんが呑んでいる大吟醸と同じですよ」
ほぉ〜蕎麦の大吟醸ですかそれは貴重だ

酒で言えば蕎麦の大吟醸だとか


旦那さま曰くは、米をそぎ落とした大吟醸と
同じように蕎麦を限りなくそぎ落とした粉を
使うから1日数量限定の蕎麦なんだとか。

そんな貴重な蕎麦を旦那さんの先輩が最初に
サービスで出してくれた。しかも北海道の蕎麦だ。

これって北海道の雨竜町の蕎麦使ってんだね
「Jさん北海道出身だったよね」
日本最終日に故郷の味って嬉しいね

Fを抱くK嬢


K嬢の家族に混じって大吟醸の酒を嗜みながら
しかも貴重な蕎麦を手繰れるなんて幸せだねぇ。

くぅ〜うめぇ五臓四腑に染み渡るぜぇ
「Jさん胆嚢とっても呑めるの」
んまぁね 以前と変わらず呑めるよ

お父さん大好きなSちゃん


旦那さまは今は横浜の店に移ったけど、以前
天王洲の店で働いていた時にオレが顔を出したら、
2時に店を閉めてお客が帰ってからしこたま
銘酒と蕎麦をご馳走してくれたっけな。

オレの酒好きは今に始まったわけじゃないからなぁ
「横浜に小さな家を買ったから次はうちに来てね」
ほぉ〜一軒家か

みんな出世したもんだな。出逢ってから20年も
経てば、当時の学生たちはそれなりに一軒家や
マンションを買って温かい家庭を築いてんだなぁ。

なんだか今回はみんなに会えて安心したよ

看板美人女将さんと


AとM嬢の離婚は想定外だったけど、当時の学生
たちがそれなりにこの大都会で逞しく生きてる姿を
見られて親でもないのにちょいと目頭が熱くなった。

「今度はもう少しゆっくり昔話をしたいですね」
タイで会いたかったよなぁ

新宿御苑前の好立地


実は今年オレが帰国して札幌に滞在してたときに
K嬢の家族は当時お世話になっていたバンコクの
パン屋の家族に会いに行っていたのだ。う〜ん、残念



タイに戻ってから数日してLINEと写メが届いた。

タイの家族


タイに戻られ、体調は大丈夫ですか?疲れたのでは
ないかと心配してます。S(長女)がJさんの名前を
呼んでみたり、何してるの?どこに住んでるの?と
じわじわ気になっているようです(笑)

F(二女)もすくすく、可愛い娘にじんわり優しい
旦那と結婚10年、しみじみ幸せを感じてます。
Jさんに会うと、昔を思い出し懐かしくなっちゃいます。
まぁ、今もとらや(パン屋)のみんなや新しいタイの
友達と繋がれることが出来て、これはこれで幸せ。

色んな出会いの切っ掛けをくれた先生やJさんには
改めて感謝です。体調に気をつけて、長生きして
下さいね。



やれやれ還暦迎えたらみんな長生きしてねかよ

いずれにしても20年前にタイで出逢ったあの時の
学生たちと、今でもこうやって縁が繋がって呑める
ことがオレにとっては人生の財産であり宝だな。

むしろ感謝するのはオレの方だよ


asia_jiyujin at 21:39|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 19, 2018

第3366回「恵比寿で妻に会う」

シングルマザーM家族と娘のお友達


10月8日】 恵比寿 新宿

「Jさ〜ん サワディーカー」
おーーーM元気だったか

懐かしさの余り感極まって公衆の面前で
ガッチリハグをしてしまった。まぁ、ここは
外国人が多く住んでる恵比寿だし。

「娘たちはいまダンス観てるの」

久しぶりの恵比寿プレイスガーでン


M嬢とは3年前のアジアンジャンキーの会
以来の再会だ。今日は娘2人を連れて
恵比寿プレイスガーデンで何かの本格的な
ダンスコンテストの大会を観に来ていたようだ。

「Jさんに会えてよかったぁ」
オレもMに会わんでタイに戻れんしな

3年ぶりのM嬢


M嬢は大学卒業後にAの承諾を得てタイに
半年間語学留学したことがあった。
未だにタイ語を忘れてないのが凄い。

紹介するよ 彼はDちゃん
「初めましてKです」
「Aの元妻のMです」

今日もDちゃんがつきあってくれた


昨夜Aのアパートに一緒に泊まったことは事前に
AがLINEで連絡してくれていたようだった。

滞在中はいつも面倒見てもらってんの

日本は三連休とは言え、Dちゃんの仕事は
突発的に入るだけにつき合ってくれて深謝。
しかも重いウイスキー2本持ってくれてるし。

娘たちも大きくなったなぁ
「長男のKは来年高校受験だしNは来年中学よ」
子供の成長は早いもんだなぁ

M嬢の2人の娘と友達がテーブルの回りを
元気に駆け回っていた。ふいに現れた母親の
友達に興味津々ってとこだな。天候は今日も
中途半端で肌寒かった。酒呑んで温まりたい。

M ビールでも呑むか
「呑もう呑もう」

恵比寿文化祭


すかさずDちゃんが気を利かしてビールを
買ってオレの氷入紙コップも運んできてくれた。
さらにポテトや酒のアテも即座に注文。

「Dさんありがとぉ〜」
じゃあ〜再会祝してかんぱ〜い
「Jさんの還暦にも乾杯」
そうなんよとうとう60歳になっちゃった
「Jさんと出逢ってからもう20年なんだ」
今のMの歳頃に出逢ったんだな

明るいMママ

長男のKはアメフトの試合で会えず 右端の子は友達

オレはTちゃんから頂いたNIKKAを注いで呑む。
昼は過ぎていたけど昨日から大してお腹に何も
入れてなかっただけに妙に酒が喉に絡んだ。

M シングルマザーになったな
「うん この数年いろいろあってね」

おもむろに話題を2人の離婚の真相に。
気丈で我慢強いM嬢が3人の子供を引き取って
育てるんだから相当の覚悟で決断したんだな。

「Aはね・・・」
ふむふむ
「だからさぁ・・・」
そうだよなぁ
「Jさん 私の気持ちが分かります」
うっそうだな わっわかるよ

酒の力も手伝ってかM嬢の愚痴や不満が止まらん。
さすがにこんな話は親にも話せんだろうな。
その後はM嬢が引っ越した住宅に移動した。

「恵比寿は家賃が高くてね」
東京らしい団地部屋だな

子どもたちを転校させずに広尾から恵比寿に
引っ越して狭い部屋ながらも親子4人で
賑やかに愉しく暮らしているようだ。

「もう慣れたわよ」
狭いながらも愉しい我が家ってか
「Aの名字は変えてないけどね」
子供のためか

呑みながらいろいろと話を聞く限りでは、
かつての離婚経験者のオレが思うに
M嬢に再婚する意志はなさそうだった。

仮に相手の不倫や不貞が原因なら離婚する
のは分かるけど、彼らの場合は完全なる母の
いや女の溜まりに溜まったマグマの爆発だ。

妻に対する気遣いが足りなかったわけだな
「男は自分のことしか考えてないからね」
ドキおまえ痛いとこ突くな

大概の場合はその理由に尽きるだろうな。
もちろん経済力も大事だけどそれ以上に
思い遣りや気遣いがあれば女は癒されるもんだ。

Aは地雷踏んじゃったのね。男は未練がましい
けど女は性根が据わってる。ここらでキッチリ
人生の句読点を打って仏陀様から与えてくれた
修練だと思って父親の自分と男を磨くことだな。

まさに男の浪漫 女の不満か

いやはや、25年前にオレと嫁が散々口論して
別居した挙げ句に別離したことを思い出したぜ。

M もらった手紙ここで読んでいいか
「Jさん まだ読んでなかったの」

M嬢がアジアンジャンキーの会に参加出来ない
からと元旦那のAにオレ宛の手紙を託していた。

Jさん
還暦おめでとうございます。今日は行けなくてスイマセン。
私がJさんにお会いしたのは20年前。その時のJさんの
年になりました(笑)この20年間いろいろありました。
Aとは離婚しましたが、Aの姓のままです。
子どもがもう少し大きくなって自立していったら、
またタイ語を学んでタイに行きたいと思います。
(中略)
心は晴れてます。
H30.10.1M



Dちゃん腹減ったぁ寿司食いた〜い

突然寿司が食べたくなった


暗くなるまでM嬢の家で一通り真相を聞いた後に
新宿に来ていたすでにオレは酩酊してた。

Dちゃん ゴメンね
「塾長 いつものことですよ」
Hさんから連絡来たら行きますから

すし好で


この後、ゴールデン街でDちゃんに日テレの
H氏を紹介することになっていたんだけど、
さすがに48時間耐久レースのような濃い2日間に
還暦を過ぎた老体が悲鳴をあげ始めた。

うぅぅDちゃん脳も体力も全部使い切ったよ
「呑めば復活するでしょ」
おっそうだね

毎日つき合ってくれてありがとね




この後、H氏から連絡が入り2人して指定された
店に赴くも写メが1枚も撮ってなかったという
ことは酩酊と睡魔の狭間で闘ってたんだろうな。

それでもベロベロに酔っているようには
見えても五感だけは研ぎ澄ましてっから2人の
話もちゃんと聞いて絡んでいた・・・はずだ。

夜は再びゴールデン街


帰りはH氏が同じ方向だったのでタクシーで
落合駅まで送ってもらった。2日ぶりの帰宅だ。
長い1日だった。つくづく人の縁っておもしろい。

う〜む人の人生もいろいろだなぁ

asia_jiyujin at 22:09|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 18, 2018

第3365回「中目黒で真相を聞く」

一次会を終えて二次会へ



第二部

10月7〜8日】 新宿 中目黒 

「じゃあJさん 二次会の始まりで〜す」

新宿の一次会の店前で何人かと別れてから
そのまま歩いてゴールデン街に移動した。
みんな異常にテンションが高いぞ。

「Jさん まだまだ呑みますよぉ」

ゴールデン街を歩く


いつの頃からかアジアンジャンキーの会の
二次会はアジアンチックな“クリシュナ”だ。
昔からオレもY子も贔屓にしてた店だった。

なんだ!?この異常な盛り上がりは


Y子今日はありがとお疲れさん

SINCE 1958


ほんと頼りになる愛娘です。大役を果たしてくれた
Y子に感謝選んでくれた赤のTシャツとパンツも
お洒落だし、祝辞の紙が鯛型で「おめでタイ」とな。
普段は仕事で忙しいのに“出来る女”ですよ。

還暦の祝辞


おめでタイ!


学生時代からオイラが帰国する度に必ず会に
参加してたY子。未だ良縁がなく未婚だけど
休暇は率先して海外旅行を満喫してるんだな。

2年前はNちゃんとA嬢とラオスで
年越し旅行するときにY子も初参加した。
先月はカナダを1人旅してきたようで
ナイアガラの滝の写メを送ってきた。

今は厚労省で働くキャリアウーマンである。
国会が始まると帰りはいつも午前様らしい。
今は仕事もプライベートも心行くまで楽しめ。

Y子いえ〜い




今を楽しみなさい 人生を楽しみなさい

彼女たちの恩師のHY教授の口癖だった。
その先生が2年前に他界されたときは愕然とした。

先生の海外研修ゼミで沢山の学生たちが
タイを訪れるようになりオレは通訳を兼ねて同行した。
それが縁で学生たちが個人でもタイに来る
ようになり、その時の最初の1期生がAたちだった。

そのAに憧れて翌年からY子ら後輩たちが
バックパックを背負ってタイにやって来た。
それがアジアンジャンキーの始まりかな。
その時代から他の大学の学生たちも訊ねてきたっけな。

学生時代からつき合っていたAと
M嬢が卒業後に結婚して、それが
今年の4月に離婚した。何があったんだ。

「聞いて下さいよJさん」
おう いくらでも聞いたるぜ

Jさん聞いて下さいよ


とは言え、周囲は未だに盛り上がってるし
よくよく見たらM子が旦那と子供を先に帰して
1人で参加してるぞ。彼女はみんなとは大学が
違うけど何よりこの会が昔から好きだった。

「アジアンジャンキーの会 最高

Y子は旦那と子供を帰られせて参加


韓国に留学してたときにM子に会いに行ったのが
日韓ワールドカップ前年の10月だった。なまら
寒かったのを覚えてる。オンドルが懐かしい。

タッカルビとプルコギがうまかったなぁ

I君Y子ファミリー


再婚したTちゃんにK嬢も帰らずに参加してた。
おいおい君たちの家庭は大丈夫なのか。

Tちゃん再婚報告


もちろんまで呑もうぜとのたまったMとA子もいる。

A子の旦那は弁護士


傍らに遠慮気味に座るオイラの介護役の
Dちゃんの姿が見えてホッとひと安心。

よ〜し呑むぞぉ
「いぇ〜い Jさ〜ん」

クリシュナで乾杯


ここら辺から記憶が大分曖昧になってきたのだが、
たぶん終電が近づいてお開きになったんだろう。
で、まだ真相を聞いてないAからお誘いを受けた。

「Jさん これからうちに来ないっすか」
いいよ そのつもりでいたから

端っからその流れになるだろうとは予想してた。
バツイチ経験者のDちゃんとオレが聞いたるぜ。
Aの後輩のY子も一緒にきてくれた。酒は買わんでも
しこたまあるから朝までゆっくり呑んで伺いましょう。

みんなからのプレゼントが酒ってさ


「いきなり別れましょうなんですよ」
なんで
「それが分からないんです」
おまえは仕事が忙しくて気づかんでも
今までに何度もMから信号が出てただろ


Aの部屋で離婚の真相を聞く


男は鈍感な生きもんである。女は子供が生まれたら
母になる。あの時の長男がもう中学3年で来年
高校受験だぞ。2人の娘たちもまだ手が掛かる歳だ。

だからA 男はね・・・

何だか昔のオレのようで身につまされた。

もうこの時点で泥酔状態






あれここはどこだ・・・

目覚めたらみんな畳の間で雑魚寝してた。
窓外から何かの鳥のさえずりが聞こえた。

かつてAの学生時代には清瀬の部屋の畳の間で
雑魚寝し卒業してから日赤に就職した彼が
赴任した最初の千葉でも畳の間で雑魚寝した。

その後結婚してからは東京本社に転勤に
なった。広尾の広い社宅を訪れたときは
和室の畳の間で布団にくるまれて寝たっけな。

デジャヴかよ今日もまた畳の間

目覚めたら畳の間だった


オレはどれだけ彼らの人生に関わってきたかは
分からんけど、彼ら彼女たちにしてみれば
頼れる(当時は)タイの兄貴分(今は父親か)
であり、気軽に相談できる立場なんだろうな。

「Jさん 今日Mが恵比寿ガーでンにいますよ」
よっしゃこれから会いに行ってくるわ

Aが引っ越した中目黒のアパート


何だか息子の別れた嫁さんに離婚の真相を
聞きに行くようなもんでちょっと気が重い。
さりとて、乗りかかった船だ。昔からお節介な
性格はもう止まらんし東京滞在もあと1日。

A オレに任してとけ



『おーいJさん 昨夜はどこかに泊まらせてもらった?』
『大丈夫?』

A嬢からLINEが来てた。

やっべぇAに連絡するのは忘れてた
「僕がNさんにLINEしておきましたよ」
さっすがぁ〜Dちゃんありがと


asia_jiyujin at 21:49|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 17, 2018

第3364回「新宿で祝還暦の会」

還暦赤Tシャツ



10月7日】 新宿 

「Jさん 還暦おめでとー」
みんなありがとーコップンクラップ

Y子に「秋には東京に来てね」と言われてからは
オレにとって今夜が今年最大のイベントと
位置づけしていた。まさに学生たちとの20年間の
集大成が還暦祝になるとは感慨深いものがある。

よう君たちと20年も続いてるもんだな

20年前から毎年のように帰国して新宿で
アジアンジャンキーの会”と称して当時
アテンドした大学の学生たちを集めて呑んだ。
将来のことから恋話時には悩みも聞いたな。

卒業してからもそれは続き、やがて結婚したり
転勤したりで参加人数は減ったけど、それでも
3年前は旦那に子供を預けて来てくれたM子や
子連れで参加したA家族もいて懐かしかった。

今回の帰国はこの日のためだもんな



余談だけど前日はこの会の為に初めての休肝日。
といっても部屋呑みはしてたけどね。実は、
昨日は土浦で開催された花火大会で子供を含む
10人の観客に怪我人が出たとうニュースを観て
からは、さすがに花火師のN親方心配になって
呑みにも出ずにLINEで情報交換してたのだ。

N親方からは自分とは関係のない会社の花火で
影響はなかったようだけど、観客に怪我人が出て
いるのが残念と。火の粉や殻の一部が飛んで来た
来た位の、昔なら怪我と言わないような場合でも、
今は怪我になってしまう事が多いんだとか。
マスコミの対応に等に追われていたようだけど
東京に戻って来られて安心した。

良かったこれで今夜は安心して呑めるな



さて、主賓としては幹事のY子が予約してくれた店に
早めに行って部屋で正座して待っていた。最初に顔を
出したのが3年前に参加出来なかったY嬢。次いで
3年前は家族で来たAが肩を落として1人で入って来た。

「Jさ〜ん 元気でしたか」
Aこそ元気ないじゃん

バツイチなりたてA


実は、今まで一度もメールして来たことが
なかったAから先月ふいに届いた。これは
何かあったなと思って返信したら、4月に
離婚したと。う〜むこりゃあバツイチ経験者
としては二次会でいろいろ聞いてやらねば。

無理ないかまだバツイチ半年だもんな

Dちゃん打ち解けてるか〜い


次いで昨は中野で遅くまで一緒に呑んで
くれたDちゃんがちょっと緊張気味に着席。
実は33歳の彼が今回一番の年下だったりする。

「Jさ〜ん 会いたかったですぅ」
おぉ〜Tちゃん元気だったかぁ

TちゃんからNIKKA60年


T君がバツイチになって凹んでいたときに職場の
同僚のK嬢が「タイに行ってJさんに会えば」と
助言された。オレは面識はなかったけどその彼を
連れて夜行列車に乗ってノンカイに行って現地の人と
触れ合い癒しの旅を体験してからは気持ちが晴れたらしい。

「Jさん報告です 再婚しました」
おぉ〜Tちゃんおめでとう良かったなぁ

その翌年の1月にまた彼はタイにやってきた。
バンコクで霊能占ヤダム師に視てもらった時は
再婚は出来るけど、一日に5回瞑想しなさいと
助言された。瞑想で心に余裕が出来たTちゃん。
再婚できて良かった自分のことのように嬉しい。



「Jさ〜ん ご無沙汰してました」
おぉ〜A子にMちゃん

A子夫婦


A子は4年間勤めた職場でストレスがMAXになって
辞職した。それから1年かけて世界一周の旅に出た
のだが、最初の国でオイラに会いにタイに来た。

その後も行く先々の国から写メとメールが送られて来た。
帰国後、ベトナムで出逢ったM君と結婚したと報告。
2年前に2人でタイに来と時は朝まで呑んだっけな。

「Jさ〜ん呑みますよ」
おうMちゃん今日も朝まで呑むぜ



「Jさ〜ん 今日は家族で参加します」
おぉ娘と歯ブラシ王子も来てくれたのね

Iファミリー


13年前にM子が婚前旅行でプーケットを
楽しんでからオイラに会いにバンコクにも
来てくれた。その時バンコクの夜景が
見えるルーフトップバーに案内したんだけど、
喧嘩したとかで2人の仲がギクシャク。

それからスーパーマーケットに買い物に行ったら
彼氏のI君が歯ブラシコーナーから動かない。
何故か大量の歯ブラシを購入して満面の笑み。

2人の仲も無事に治まった。以来オレは
彼を“歯ブラシ王子”と呼ぶようになった。
3年前に旦那の土産にと歯ブラシをM子に渡したら
今は電動歯ブラシに変えたんだとさ。


「Jさ〜ん 久しぶりだね」
おぉR子3年ぶりだな
「遅くなってすいませ〜ん」
お疲れさ〜んY子

幹事のY子と大学同期のR子が旦那に
3人の子供を預けて参加してくれた。

R子 H子は幾つになった
「もう11歳よ」
えぇ〜あれから10年も経ったんか〜い

R子が結婚してから育児に追われていたときに
夜のアジアンジャンキーの会には参加出来ない
からと、Y子とR子とまだ1歳前のH子と
井の頭公園で散歩しながら梅の花でランチをした。
あん時部屋でおしめを替えた娘が11歳かよ〜。

「Jさんの孫たちもみんな大きくなってるのよ」
Aの子が中3だもんなそりゃあオレも歳とるわな

還暦会開催


今日参加予定のメンバーが続々に集まってきて
3年ぶりにアジアンジャンキーの会が開催。

「あらためてJさん還暦おめでと〜」
「60歳おめでとう御座いま〜す」

Y子幹事ありがとうね


オレが酔っぱらう前にとY子がみんなを
代表して還暦の祝辞を読んでくれた。



Jさんへ
還暦おめでとうございます!
みんな出逢ったのは20年前頃。
当時のJさんは今の私達くらいの歳でした。
Jさんが私達にしてくれたこと、与えてくれたこと
今、自分が学生にできるかと考えたら・・・。
本当にすごい!大感謝!
皆、Jさんとタイが大好きで、自分のアイデンティティ
の形成に絶対影響をうけている。
だからこれからもJさんを囲んで集まりたいので
いつまでも元気でいてください。

J’sファミリー 一同



うぅぅ・・・ありがとう (;´Д`) 泣けるねぇ

還暦祝いが


次いでY子からいろいろと記念品なるものを頂く。
絶対に赤いチャンチャンコはやめてくれよと
クギを刺してたら、なんとまぁ粋な赤いTシャツだ。
しかも還暦用の1958年アニバーサリーシャツだぞ。

赤いチャンチャンコならぬ1958年Tシャツ


カッケェ〜いいじゃんさっそく着ちゃお
「Jさんこれも履いてね」

早速着ちゃいます


さらにコモサデの赤いボクサーパンツまで。
上から下まで真っ赤だなありがとう。

還暦記念Tシャツです


つくづく今日まで生きてて良かたっなぁ



「Jさん これいつもの」
ありがとKこの南高梅美味いんだよなぁ

Kにおだまき梅干しもらう


K嬢からは3年前にも頂いた。彼女とTちゃんが勤める
障害者支援施設“おだまき”で作ってる紀州南高梅2箱。
これを焼酎に入れるのもいいけど、やっぱり
おにぎりの中に入れて食べるのが最高に美味い。



「Jさん これ60年物です」
おぉ〜ありがと またしてもNIKKAのプレミアじゃん

ニッカ60年物


再婚を報告してくれたTちゃんからはNIKKAの
60年物を頂いた。帰国初日のDちゃんのNIKKA
に柏で呑んだ80年記念のNIKKAに今日は60年物だ。



「Jさんこれ滅多にない代物ですよぉ」
わぉ美味そうな琥珀色してんなぁ

A子とMからイチロースコッチ


A子と弁護士のM君からはプレミア商品のイチロー
ウイスキー。これがなんまら旨かった。最終日に
残ったのでペットボトルに入れてタイまで持ってきた。

大吟醸進呈


さらに、あれ、Y子だったかな・・・多分記憶が曖昧だけど
写真にはY子から木箱入の純米大吟醸原酒“北雪”。
(多分みんなからだったのかな 思い出せなくてすんません)

みんなみんなありがとね感謝深謝多謝

みんなからのプレゼントが酒ってさ




会が始まってから殆ど食物を口に入れずに
水割りだけ呑んで各席を回った。何を話したか
なんて覚えてなかったけど、何より懐かしい
みんなの顔を見てるだけで心が和む。

学生時代からずっと見てきたんだからなぁ

懐かしいなぁ


すでに父親の心境である。出来れば
今日来てくれたメンバーと日替わりで
ゆっくり呑みたっかたなぁ。

ご活躍のY子幹事


「大丈夫Jさん またタイ行きますから」
「子供が大きくなったら行くからねぇ」
おいおいオレは何歳になってんのよ

宴もたけなわで


みんな立派に成長して逞しく見えんなぁ

学生時代にタイやアジアを旅したヤツらが
今は毎日時間に追われながら日本という
社会の荒波に抗いながらも逞しく生きている。

仕事で壁にぶち当たっても、人間関係で悩んでも
彼女たちの中には海外で体験したことやタイで
培ったマイペンライ精神が宿っている。多少のこと
ではへこたれんくらいの気持ちは根っ子に持ってるだろ。

今の若いヤツより圧倒的に経験値が違うもんな



「Jさん 長生きして下さいねぇ」

R子と


「酒あげといてなんですけどあまり飲み過ぎないでねぇ」

一次会終焉せり


「また帰ってきたら呑みましょうねぇ」

M子家族と


「じゃあ みんな二次会に行きますよぉ〜

いつの頃からかアジアンジャンキーの会の二次会は
Y子行きつけのゴールデン街のクリシュナになってる。

よっしゃ〜今日は朝まで呑むぞぉ〜

ゴールデン街を歩く



第二部につづく


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