October 19, 2018

第3366回「恵比寿で嫁に会う」


シングルマザーM家族と娘のお友達


10月8日】 恵比寿 新宿

「Jさ〜ん サワディーカー」
おーーーM元気だったか

懐かしさの余り感極まって公衆の面前で
ガッチリハグをしてしまった。まぁ、ここは
外国人が多く住んでる恵比寿だし。

「娘たちはいまダンス観てるの」

久しぶりの恵比寿プレイスガーでン


M嬢とは3年前のアジアンジャンキーの会
以来の再会だ。今日は娘2人を連れて
恵比寿プレイスガーデンで本格的なダンス
コンテストを観に来ていたようだ。

「Jさんに会えてよかったぁ」
オレもMに会わんでタイに戻れんしな

3年ぶりのM嬢


M嬢は大学卒業後にAの承諾を得てタイに
半年間語学留学したことがあった。未だに
タイ語を忘れてないのが凄い。

紹介するよ 彼はDちゃん
「初めましてKです」
「Aの元妻のMです」

今日もDちゃんがつきあってくれた


昨夜Aのアパートに一緒に泊まったことは
事前にLINEで連絡してくれていたようだ。

滞在中はいつも面倒見てもらってんの

日本は三連休とは言え、Dちゃんの仕事は
突発的に入るだけにつき合ってくれて深謝。
しかも重いウイスキー2本持ってくれてるし。

娘たちも大きくなったなぁ
「長男のKは来年高校受験だしNは来年中学よ」
子供の成長は早いもんだなぁ

M嬢の2人の娘と友達がテーブルの回りを
元気に駆け回っていた。ふいに現れた母親の
友達に興味津々ってとこだな。天候は今日も
中途半端で肌寒かった。酒呑んで温まりたい。

M ビールでも呑むか
「呑もう呑もう」

恵比寿文化祭


すかさずDちゃんが気を利かしてビールを
買ってオレの氷入紙コップも運んできてくれた。
さらにポテトや酒のアテも即座に注文。

「Dさんありがとぉ〜」
じゃあ〜再会祝してかんぱ〜い
「Jさんの還暦にも乾杯」
そうなんよとうとう60歳になっちゃった
「Jさんと出逢ってからもう20年なんだ」
今のMの歳頃に出逢ったんだな

明るいMママ


オレはTちゃんから頂いたNIKKAを注いで呑む。
昼は過ぎていたけど昨日から大してお腹に何も
入れてなかっただけに妙に酒が胃に絡む。

M シングルマザーになったな
「うん この数年いろいろあってね」

おもむろに話題を2人の離婚の真相に。
我慢強いM嬢が3人の子供を引き取って
育てるんだから相当の覚悟で決断したんだな。

「Aはね・・・」
ふむふむ
「だからさぁ・・・」
そうだよなぁ
「Jさん 私の気持ちが分かります」
うっそうだな わっわかるよ

酒の力も手伝ってかM嬢の愚痴や不満が止まらん。
さすがにこんな話は親にも話せんだろうな。
その後はM嬢が引っ越した住宅に移動した。

「恵比寿は家賃が高くてね」
東京らしい団地部屋だな

子どもたちを転校させずに広尾から恵比寿に
引っ越して狭い部屋ながらも親子4人で
賑やかに愉しく暮らしているようだ。

「もう慣れたわよ」
狭いながらも愉しい我が家ってか
「Aの名字は変えてないけどね」
子供のためか

呑みながらいろいろと話を聞く限りでは、
かつての離婚経験者のオレが思うに
M嬢に再婚する意志はなさそうだった。

仮に相手の不倫や不貞が原因なら離婚する
のは分かるけど、彼らの場合は完全なる母の
いや女の溜まりに溜まったマグマの爆発だ。

妻に対する気遣いが足りなかったわけだな
「男は自分のことしか考えてないからね」
ドキおまえ痛いとこ突くな

大概の場合はその理由に尽きるだろうな。
もちろん経済力も大事だけどそれ以上に
思い遣りや気遣いがあれば女は癒されるもんだ。

Aは地雷踏んじゃったのね。男は未練がましい
けど女は性根が据わってる。ここらでキッチリ
人生の句読点を打って仏陀様から与えてくれた
修練だと思って父親の自分と男を磨くことだな。

まさに男の浪漫 女の不満か

いやはや、25年前にオレと嫁が散々口論して
別居した挙げ句に別離したことを思い出したぜ。

M もらった手紙ここで読んでいいか
「Jさん まだ読んでなかったの」

M嬢がアジアンジャンキーの会に参加出来ない
からとオレに元旦那のAに手紙を託していた。

Jさん
還暦おめでとうございます。今日は行けなくてスイマセン。
私がJさんにお会いしたのは20年前。その時のJさんの
年になりました(笑)この20年間いろいろありました。
Aとは離婚しましたが、Aの姓のままです。
子どもがもう少し大きくなって自立していったら、
またタイ語を学んでタイに行きたいと思います。
(中略)
心は晴れてます。
H30.10.1M



Dちゃん腹減ったぁ寿司食いた〜い

突然寿司が食べたくなった


暗くなるまでM嬢の家で一通り真相を聞いた後に
新宿に来ていた。すでにオレは酩酊してた。

Dちゃん ゴメンね
「塾長 いつものことですよ」
Hさんから連絡来たら行きますから

すし好で


この後、ゴールデン街でDちゃんに日テレの
H氏を紹介することになっていたのだが、
さすがに48時間耐久レースのような濃い2日間に
還暦を過ぎた老体が悲鳴をあげ始めた。

うぅぅDちゃん脳も体力も全部使い切ったよ
「呑めば復活するでしょ」
おっそうだね

毎日つき合ってくれてありがとね




この後、H氏から連絡が入り2人して指定された
店に赴くも写メが1枚も撮ってなかったという
ことは酩酊と睡魔の中で闘ってたんだろうな。

それでもベロベロに酔っているようには
見えても五感だけは研ぎ澄ましてっから2人の
話もちゃんと聞いて絡んでいた・・・はずだ。

夜は再びゴールデン街


帰りはH氏が同じ方向だったのでタクシーで
落合駅まで送ってくれた。2日ぶりの帰宅だ。
長い1日だった。つくづく人の縁っておもしろい。

う〜む 人の人生もいろいろだよなぁ

asia_jiyujin at 20:09|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 18, 2018

第3365回「中目黒で真相を聞く」

一次会を終えて二次会へ



第二部

10月7〜8日】 新宿 中目黒 

「じゃあJさん 二次会の始まりで〜す」

新宿の一次会の店前で何人かと別れてから
そのまま歩いてゴールデン街に移動した。
みんな異常にテンションが高いぞ。

「Jさん まだまだ呑みますよぉ」

ゴールデン街を歩く


いつの頃からかアジアンジャンキーの会の
二次会はアジアンチックな“クリシュナ”だ。
昔からオレもY子も贔屓にしてた店だった。

なんだ!?この異常な盛り上がりは


Y子今日はありがとお疲れさん

SINCE 1958


ほんと頼りになる愛娘です。大役を果たしてくれた
Y子に感謝選んでくれた赤のTシャツとパンツも
お洒落だし、祝辞の紙が鯛型で「おめでタイ」とな。
普段は仕事で忙しいのに“出来る女”ですよ。

還暦の祝辞


おめでタイ!


学生時代からオイラが帰国する度に必ず会に
参加してたY子。未だ良縁がなく未婚だけど
休暇は率先して海外旅行を満喫してるんだな。

2年前はNちゃんとA嬢とラオスで
年越し旅行するときにY子も初参加した。
先月はカナダを1人旅してきたようで
ナイアガラの滝の写メを送ってきた。

今は厚労省で働くキャリアウーマンである。
国会が始まると帰りはいつも午前様らしい。
今は仕事もプライベートも心行くまで楽しめ。

Y子いえ〜い




今を楽しみなさい 人生を楽しみなさい

彼女たちの恩師のHY教授の口癖だった。
その先生が2年前に他界されたときは愕然とした。

先生の海外研修ゼミで沢山の学生たちが
タイを訪れるようになりオレは通訳を兼ねて同行した。
それが縁で学生たちが個人でもタイに来る
ようになり、その時の最初の1期生がAたちだった。

そのAに憧れて翌年からY子ら後輩たちが
バックパックを背負ってタイにやって来た。
それがアジアンジャンキーの始まりかな。
その時代から他の大学の学生たちも訊ねてきたっけな。

学生時代からつき合っていたAと
M嬢が卒業後に結婚して、それが
今年の4月に離婚した。何があったんだ。

「聞いて下さいよJさん」
おう いくらでも聞いたるぜ

Jさん聞いて下さいよ


とは言え、周囲は未だに盛り上がってるし
よくよく見たらM子が旦那と子供を先に帰して
1人で参加してるぞ。彼女はみんなとは大学が
違うけど何よりこの会が昔から好きだった。

「アジアンジャンキーの会 最高

Y子は旦那と子供を帰られせて参加


韓国に留学してたときにM子に会いに行ったのが
日韓ワールドカップ前年の10月だった。なまら
寒かったのを覚えてる。オンドルが懐かしい。

タッカルビとプルコギがうまかったなぁ

I君Y子ファミリー


再婚したTちゃんにK嬢も帰らずに参加してた。
おいおい君たちの家庭は大丈夫なのか。

Tちゃん再婚報告


もちろんまで呑もうぜとのたまったMとA子もいる。

A子の旦那は弁護士


傍らに遠慮気味に座るオイラの介護役の
Dちゃんの姿が見えてホッとひと安心。

よ〜し呑むぞぉ
「いぇ〜い Jさ〜ん」

クリシュナで乾杯


ここら辺から記憶が大分曖昧になってきたのだが、
たぶん終電が近づいてお開きになったんだろう。
で、まだ真相を聞いてないAからお誘いを受けた。

「Jさん これからうちに来ないっすか」
いいよ そのつもりでいたから

端っからその流れになるだろうとは予想してた。
バツイチ経験者のDちゃんとオレが聞いたるぜ。
Aの後輩のY子も一緒にきてくれた。酒は買わんでも
しこたまあるから朝までゆっくり呑んで伺いましょう。

みんなからのプレゼントが酒ってさ


「いきなり別れましょうなんですよ」
なんで
「それが分からないんです」
おまえは仕事が忙しくて気づかんでも
今までに何度もMから信号が出てただろ


Aの部屋で離婚の真相を聞く


男は鈍感な生きもんである。女は子供が生まれたら
母になる。あの時の長男がもう中学3年で来年
高校受験だぞ。2人の娘たちもまだ手が掛かる歳だ。

だからA 男はね・・・

何だか昔のオレのようで身につまされた。

もうこの時点で泥酔状態






あれここはどこだ・・・

目覚めたらみんな畳の間で雑魚寝してた。
窓外から何かの鳥のさえずりが聞こえた。

かつてAの学生時代には清瀬の部屋の畳の間で
雑魚寝し卒業してから日赤に就職した彼が
赴任した最初の千葉でも畳の間で雑魚寝した。

その後結婚してからは東京本社に転勤に
なった。広尾の広い社宅を訪れたときは
和室の畳の間で布団にくるまれて寝たっけな。

デジャヴかよ今日もまた畳の間

目覚めたら畳の間だった


オレはどれだけ彼らの人生に関わってきたかは
分からんけど、彼ら彼女たちにしてみれば
頼れる(当時は)タイの兄貴分(今は父親か)
であり、気軽に相談できる立場なんだろうな。

「Jさん 今日Mが恵比寿ガーでンにいますよ」
よっしゃこれから会いに行ってくるわ

Aが引っ越した中目黒のアパート


何だか息子の別れた嫁さんに離婚の真相を
聞きに行くようなもんでちょっと気が重い。
さりとて、乗りかかった船だ。昔からお節介な
性格はもう止まらんし東京滞在もあと1日。

A オレに任してとけ



『おーいJさん 昨夜はどこかに泊まらせてもらった?』
『大丈夫?』

A嬢からLINEが来てた。

やっべぇAに連絡するのは忘れてた
「僕がNさんにLINEしておきましたよ」
さっすがぁ〜Dちゃんありがと


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October 17, 2018

第3364回「新宿で祝還暦の会」

還暦赤Tシャツ



10月7日】 新宿 

「Jさん 還暦おめでとー」
みんなありがとーコップンクラップ

Y子に「秋には東京に来てね」と言われてからは
オレにとって今夜が今年最大のイベントと
位置づけしていた。まさに学生たちとの20年間の
集大成が還暦祝になるとは感慨深いものがある。

よう君たちと20年も続いてるもんだな

20年前から毎年のように帰国して新宿で
アジアンジャンキーの会”と称して当時
アテンドした大学の学生たちを集めて呑んだ。
将来のことから恋話時には悩みも聞いたな。

卒業してからもそれは続き、やがて結婚したり
転勤したりで参加人数は減ったけど、それでも
3年前は旦那に子供を預けて来てくれたM子や
子連れで参加したA家族もいて懐かしかった。

今回の帰国はこの日のためだもんな



余談だけど前日はこの会の為に初めての休肝日。
といっても部屋呑みはしてたけどね。実は、
昨日は土浦で開催された花火大会で子供を含む
10人の観客に怪我人が出たとうニュースを観て
からは、さすがに花火師のN親方心配になって
呑みにも出ずにLINEで情報交換してたのだ。

N親方からは自分とは関係のない会社の花火で
影響はなかったようだけど、観客に怪我人が出て
いるのが残念と。火の粉や殻の一部が飛んで来た
来た位の、昔なら怪我と言わないような場合でも、
今は怪我になってしまう事が多いんだとか。
マスコミの対応に等に追われていたようだけど
東京に戻って来られて安心した。

良かったこれで今夜は安心して呑めるな



さて、主賓としては幹事のY子が予約してくれた店に
早めに行って部屋で正座して待っていた。最初に顔を
出したのが3年前に参加出来なかったY嬢。次いで
3年前は家族で来たAが肩を落として1人で入って来た。

「Jさ〜ん 元気でしたか」
Aこそ元気ないじゃん

バツイチなりたてA


実は、今まで一度もメールして来たことが
なかったAから先月ふいに届いた。これは
何かあったなと思って返信したら、4月に
離婚したと。う〜むこりゃあバツイチ経験者
としては二次会でいろいろ聞いてやらねば。

無理ないかまだバツイチ半年だもんな

Dちゃん打ち解けてるか〜い


次いで昨は中野で遅くまで一緒に呑んで
くれたDちゃんがちょっと緊張気味に着席。
実は33歳の彼が今回一番の年下だったりする。

「Jさ〜ん 会いたかったですぅ」
おぉ〜Tちゃん元気だったかぁ

TちゃんからNIKKA60年


T君がバツイチになって凹んでいたときに職場の
同僚のK嬢が「タイに行ってJさんに会えば」と
助言された。オレは面識はなかったけどその彼を
連れて夜行列車に乗ってノンカイに行って現地の人と
触れ合い癒しの旅を体験してからは気持ちが晴れたらしい。

「Jさん報告です 再婚しました」
おぉ〜Tちゃんおめでとう良かったなぁ

その翌年の1月にまた彼はタイにやってきた。
バンコクで霊能占ヤダム師に視てもらった時は
再婚は出来るけど、一日に5回瞑想しなさいと
助言された。瞑想で心に余裕が出来たTちゃん。
再婚できて良かった自分のことのように嬉しい。



「Jさ〜ん ご無沙汰してました」
おぉ〜A子にMちゃん

A子夫婦


A子は4年間勤めた職場でストレスがMAXになって
辞職した。それから1年かけて世界一周の旅に出た
のだが、最初の国でオイラに会いにタイに来た。

その後も行く先々の国から写メとメールが送られて来た。
帰国後、ベトナムで出逢ったM君と結婚したと報告。
2年前に2人でタイに来と時は朝まで呑んだっけな。

「Jさ〜ん呑みますよ」
おうMちゃん今日も朝まで呑むぜ



「Jさ〜ん 今日は家族で参加します」
おぉ娘と歯ブラシ王子も来てくれたのね

Iファミリー


13年前にM子が婚前旅行でプーケットを
楽しんでからオイラに会いにバンコクにも
来てくれた。その時バンコクの夜景が
見えるルーフトップバーに案内したんだけど、
喧嘩したとかで2人の仲がギクシャク。

それからスーパーマーケットに買い物に行ったら
彼氏のI君が歯ブラシコーナーから動かない。
何故か大量の歯ブラシを購入して満面の笑み。

2人の仲も無事に治まった。以来オレは
彼を“歯ブラシ王子”と呼ぶようになった。
3年前に旦那の土産にと歯ブラシをM子に渡したら
今は電動歯ブラシに変えたんだとさ。


「Jさ〜ん 久しぶりだね」
おぉR子3年ぶりだな
「遅くなってすいませ〜ん」
お疲れさ〜んY子

幹事のY子と大学同期のR子が旦那に
3人の子供を預けて参加してくれた。

R子 H子は幾つになった
「もう11歳よ」
えぇ〜あれから10年も経ったんか〜い

R子が結婚してから育児に追われていたときに
夜のアジアンジャンキーの会には参加出来ない
からと、Y子とR子とまだ1歳前のH子と
井の頭公園で散歩しながら梅の花でランチをした。
あん時部屋でおしめを替えた娘が11歳かよ〜。

「Jさんの孫たちもみんな大きくなってるのよ」
Aの子が中3だもんなそりゃあオレも歳とるわな

還暦会開催


今日参加予定のメンバーが続々に集まってきて
3年ぶりにアジアンジャンキーの会が開催。

「あらためてJさん還暦おめでと〜」
「60歳おめでとう御座いま〜す」

Y子幹事ありがとうね


オレが酔っぱらう前にとY子がみんなを
代表して還暦の祝辞を読んでくれた。



Jさんへ
還暦おめでとうございます!
みんな出逢ったのは20年前頃。
当時のJさんは今の私達くらいの歳でした。
Jさんが私達にしてくれたこと、与えてくれたこと
今、自分が学生にできるかと考えたら・・・。
本当にすごい!大感謝!
皆、Jさんとタイが大好きで、自分のアイデンティティ
の形成に絶対影響をうけている。
だからこれからもJさんを囲んで集まりたいので
いつまでも元気でいてください。

J’sファミリー 一同



うぅぅ・・・ありがとう (;´Д`) 泣けるねぇ

還暦祝いが


次いでY子からいろいろと記念品なるものを頂く。
絶対に赤いチャンチャンコはやめてくれよと
クギを刺してたら、なんとまぁ粋な赤いTシャツだ。
しかも還暦用の1958年アニバーサリーシャツだぞ。

赤いチャンチャンコならぬ1958年Tシャツ


カッケェ〜いいじゃんさっそく着ちゃお
「Jさんこれも履いてね」

早速着ちゃいます


さらにコモサデの赤いボクサーパンツまで。
上から下まで真っ赤だなありがとう。

還暦記念Tシャツです


つくづく今日まで生きてて良かたっなぁ



「Jさん これいつもの」
ありがとKこの南高梅美味いんだよなぁ

Kにおだまき梅干しもらう


K嬢からは3年前にも頂いた。彼女とTちゃんが勤める
障害者支援施設“おだまき”で作ってる紀州南高梅2箱。
これを焼酎に入れるのもいいけど、やっぱり
おにぎりの中に入れて食べるのが最高に美味い。



「Jさん これ60年物です」
おぉ〜ありがと またしてもNIKKAのプレミアじゃん

ニッカ60年物


再婚を報告してくれたTちゃんからはNIKKAの
60年物を頂いた。帰国初日のDちゃんのNIKKA
に柏で呑んだ80年記念のNIKKAに今日は60年物だ。



「Jさんこれ滅多にない代物ですよぉ」
わぉ美味そうな琥珀色してんなぁ

A子とMからイチロースコッチ


A子と弁護士のM君からはプレミア商品のイチロー
ウイスキー。これがなんまら旨かった。最終日に
残ったのでペットボトルに入れてタイまで持ってきた。

大吟醸進呈


さらに、あれ、Y子だったかな・・・多分記憶が曖昧だけど
写真にはY子から木箱入の純米大吟醸原酒“北雪”。
(多分みんなからだったのかな 思い出せなくてすんません)

みんなみんなありがとね感謝深謝多謝

みんなからのプレゼントが酒ってさ




会が始まってから殆ど食物を口に入れずに
水割りだけ呑んで各席を回った。何を話したか
なんて覚えてなかったけど、何より懐かしい
みんなの顔を見てるだけで心が和む。

学生時代からずっと見てきたんだからなぁ

懐かしいなぁ


すでに父親の心境である。出来れば
今日来てくれたメンバーと日替わりで
ゆっくり呑みたっかたなぁ。

ご活躍のY子幹事


「大丈夫Jさん またタイ行きますから」
「子供が大きくなったら行くからねぇ」
おいおいオレは何歳になってんのよ

宴もたけなわで


みんな立派に成長して逞しく見えんなぁ

学生時代にタイやアジアを旅したヤツらが
今は毎日時間に追われながら日本という
社会の荒波に抗いながらも逞しく生きている。

仕事で壁にぶち当たっても、人間関係で悩んでも
彼女たちの中には海外で体験したことやタイで
培ったマイペンライ精神が宿っている。多少のこと
ではへこたれんくらいの気持ちは根っ子に持ってるだろ。

今の若いヤツより圧倒的に経験値が違うもんな



「Jさん 長生きして下さいねぇ」

R子と


「酒あげといてなんですけどあまり飲み過ぎないでねぇ」

一次会終焉せり


「また帰ってきたら呑みましょうねぇ」

M子家族と


「じゃあ みんな二次会に行きますよぉ〜

いつの頃からかアジアンジャンキーの会の二次会は
Y子行きつけのゴールデン街のクリシュナになってる。

よっしゃ〜今日は朝まで呑むぞぉ〜

ゴールデン街を歩く



第二部につづく


asia_jiyujin at 21:29|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 16, 2018

第3363回「朝まで中野で呑む」

今夜は2度目の湯婆の店


10月5日】 中野 

Nさ〜ん3年前はすんませんでした
「あぁ〜よかった 今回は会えましたね」

花火師のN親方と19時に中野駅の北口で
待ち合わせをしていた。赤羽で呑んだO氏は
少し遅れるとLINEが来たので先に店に向かった。

「おや いらっしゃ〜い」
こんばんは湯婆あれっ今日は客がいるじゃん
「そりゃあこの時間にいるお客さんもいるわよ」
「さて私はそろそろおいとまするとしようかな」
おぉまたも貸し切り状態だ

湯婆が言うように創業47年のこの酒道場は
夕方4時頃からお客が入り19時には切れるらしい。
店内は魔界のような空間だけに、最初は小泣き爺の
妖怪が座ってんのかと錯覚した。でも安心した。

いやぁ〜Nさんと呑めて嬉しいなぁ
「僕もまた藤岡さんと呑めて嬉しいですよ」
「こんばんは〜」
おっOさんいらっしゃ〜い

早めに仕事を切り上げて来た北区在住の
O氏が少し遅れて合流。実は3年前に
この3人で新宿のモンゴリアンの店や
東口の通称しょんべん横町やおでん屋を
ハシゴしながら呑んだことがあった。

その時は何故かN親方に誘われて明治神宮を
参拝して場違いな竹下通りも歩いたっけな。

で、最終日にこの店にお誘いしたのだがオレもO氏も
携帯電話の着信に気づかずに呑んでいたので
店が分からずN親方は駅で1人寂しく佇んでいたのだ。

3年前はほんと申しわけなかったです
「いやいや 今日呑めるからいいですよ」
じゃあ改めましておつかれさま

3年前にこの店が分からず一緒に呑めなかった花火師親方のN氏




3人して談笑してたらほどなくしてDちゃんが
入店してきた。さすがLINEに送った写真
だけでこの魔の館に辿り着けるとはあっぱれ。

「こんばんは〜」

3年ぶりにNさんと呑めて嬉しい


次いで厚労省のY子が入店。今夜はもう2人
来る予定だったけど、取りあえず今いる5人で
盃を交わしながら自己紹介と相成った。

「え〜花火師のN親方さんなんですか」
「はい 明日土浦で花火大会があるんですよ」

シッカリもんの愛娘のY子


「あ、私の友達が見に行くって言ってた」
「天候が心配ですよねぇ」

Y子にDちゃんに北区在住のO氏


何でも日本三大花火大会で規模も大きいそうな。
そんな前夜にオイラと呑んでいていいのかしらん。
最近日本は毎週のように台風が来てるから心配だ。

「こんばんは〜あーJさん!」
おーN久しぶり 元気でしたか

おそらく20年ぶりの再会です。彼はA嬢と
同じ大学でバンコクの我が部屋にも泊まって
一緒にチェンマイまでバス旅をした学生だった。

懐かしいなぁ〜さぁ再会祝して乾杯しょ
「こんばんは 初めましてNです」
彼は20年前に泊めてもらったN君です

20年ぶりの再会


今は東中野のNちゃんとA嬢の部屋に泊めて
もらってるけど、昔帰国したときに学生たちの
中で一番最初に泊めてもらったのが当時中野に
住んでいた風呂無しのN君のアパートだった。

あんときオレは毎日3時に銭湯行ってたもんな

思い起こせば20年前から東京滞在中に泊めて
頂いた友人宅は、勝ち鬨の友人に次いで中野のN君に、
等々力のN嬢の豪邸のにも泊めてもらったな。

その後も曙橋のD氏のマンションに時には歌舞伎町の
東横インにも泊まったことがあったっけな。

考えてみればタイでアテンドしたことのある人は
みんな気兼ねなく自分の部屋を提供してくれるな。
札幌のM看護師もそうだしね。ありがたいね。

つくづくオレは恵まれてんなぁ

12年前に胃癌全摘手術をしてからはホテルよりは
友人宅の方が安心して泊まれる。逆流性食道炎に、
突発的な低血糖症の変調が心配になるからだ。

今年の低血糖症の時はマジ焦ったぜ

まぁ、そんな昔の滞在記の想い出は置いといて
今夜は湯婆の手作りの料理を肴に樽酒の盃が
心地よく進む。N君もオイラと同じ樽酒で乾杯。

「じゃあN親方 明日は頑張って下さい」
Y子 明後日の還暦会は頼んだぞ
「任せておいてJさん 楽しみにしてて」

名残惜しいけど終電前にお開きになり
皆と別れた。オレとN君は懐かしさの余り、
以前彼がバイトしていた居酒屋で呑み直す
ことになったのだがDちゃんも来てくれた。
ホント付き合いの良いヤツだ有り難いっす。

野武士


そう言えば今回はTくんが来れんかったな

3年前に一緒に呑んだリッツカールトンの
料理人のT君は体調不良で不参加だった。



「じゃあ あらためておつかれさ〜ん」
おぉ〜Dちゃん今夜は呑むねぇ

Dちゃん今夜は呑むねぇ


「今日Aさんが大阪に帰ったんです」
社長が帰って緊張感がとれたんとちゃう

なんか今夜のDちゃんの呑み方が違うぞ。
今夜くらいは気兼ねなく呑んで欲しいな。

昨年の大阪滞在中の時もそうだったけど
常に先々を考えて行動してくれるし、時には
オイラの我が儘にも対応してくれたっけな。

「あれぇ〜変だなぁ 酔ったかなぁ」
Dちゃんオレに構わず呑んでええよ

二軒目は昔N君が働いていた居酒屋で


不思議なもんでこんな呑んだくれの記憶障害の
オレでも誰かが先に酩酊すると酔えなくなる。
どこかでリミッターが掛かるようだ。



Dちゃんそんな大盛り食えんやろ
「大丈夫 食べられますって」

帰国して最初で最後のラーメンだった


〆に先日Nちゃんたちと行った味噌一に入店。
すでに思考回路に変調をきたしてるDちゃんは
珍しく判断能力を欠如してた。

食わんと言うオイラに無理強いして自らは
大盛りを注文する始末である。N君は普通。

「あかん もう食えんわ」
だから言ったじゃないの N食べれる
「はい いただきます」

なんと三軒目は味噌一


ペロッと平らげたN君がDちゃんの残した
ラーメンを食べてくれて、さらにオイラの残した
ラーメンもペロッと平らげて平然としてる。
N君は見かけによらず意外とお酒が強かった。

この時間の炭水化物は太るでぇ〜



「じゃあJさん また帰ってきたら呑みましょ」
N今日は会えて嬉しかったよまた連絡するね

N君と別れちょい酩酊気味のDちゃんと
タクシーに乗りこみオイラは途中まで
送ってもらったけど、ふと心配になった。
ま、ここは安全な日本だから大丈夫でしょ。

Dちゃん 無理せんでええからねぇ



asia_jiyujin at 21:59|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 15, 2018

第3362回「代々木上原で語る」

呑んでますぜぇ



10月4日】 代々木上原 

Aさん ホンマに呑みながらでええの
「その方が藤岡さんらしいでしょ」

この日は帰国に羽田空港まで迎えに来て
くれたDちゃんが勤める東京オフィスで
オイラのインタビュー撮影を依頼されていた。

こんな呑んだくれのオレでええの
「ホンマはタイで撮りたかったんですけどね」

当初は、2人してバンコクに飛んで現地で
活躍してるオイラのインタビューを
撮影する予定だったのが急遽東京に変更。

「20年以上もタイで生きてんのが凄いですよ」

確かに組織に所属することもなくNGO活動に
携わりながらフリーランスのコーディネーターや
ライターの仕事だけで生きて来られたんはまさに
運命か仏陀様のお導きだったのかもしれない。

22年前にタイで知り合ったA氏との縁が
まさかこんな形でおもろい展開になるとは
つくづく人生ってぇのはおもろいもんだぜ。

彼が荒木隆事務所社長


さて、改めてA氏の会社の本社は大阪にある。
会社名は“荒木隆事務所
TIP TOP JOB
TIP TOP 留学情報センター
マレーシア留学情報センター


簡単に説明すると海外留学や移住を考えている人に
的確な情報を提供しながらサポートするのが
主たる目的の会社なのだが詳細はよう分からん。
なので興味のある方はWEB SITEを見てね。

URL https://araki-takashi.com/
https://tiptopjob.jp/


で、いつもオイラに無条件に酒を呑まして
くれるA社長の秘書でキャリアアドバイザーの
Dちゃんと12時に新宿駅で待ち合わせを
してから代々木上原のオフィスに案内された。

ここは日本だから1人でも電車には乗れんのだが
いつもいつもDちゃんにはお世話かけます。

「フジさん今日は大丈夫」
まだ昼だよまぁ呑めば舌も回るでしょ

で、事前にロンドンで40年住んでる通訳や
コーディネーターの日本人やアメリカの
マイクロソフトで活躍してる日本人の饒舌な
インタビュー画像を観させてもらったのだが。

こりゃあさすがに素面じゃ無理だよ

まるで原稿でもあるのか、或いは何度か
取り直したかのような完璧な画像に唖然。

昨夜のゴールデン街でインタビュー
してくれたらかなり饒舌だったのになぁ


どうもオイラの思考回路は夕方頃から徐々に
目覚めて0時に向けて活性化するようだ。
もちろん酒が入っての話だけど。

しかしながらまだ12時半。頭のCPUが
まったく機能してない状態からいきなりVDOが
回りA氏とのインタビューが始まろうとしてた。

ちょっと待ってDちゃん悪いけどチェイサーと
アイス入れたコップ用意してくんないすか


自分の体調は自分がよーく知っている。先ずは
低血糖を上げてテンション高めるために酒を呑む。
これで一気に脳細胞が活性化して滑舌が良くなる。

よ〜し準備完了いつでも始めていいよ

コーヒーカップに氷とウイスキーを入れて
呑みながらおもむろにA氏との会話が始まる。

「もう20年以上もタイで活躍されている
藤岡さんですが、そもそもタイに行く切っ掛けは」
それは離婚してからですね・・・

呑みながらインタビュー


まるで昔執筆した自叙伝のような処女作の
タイ少女白書/僕らのNGO物語”の
プロローグを読むかのように時々酒で舌を湿らせ
ながら気づけばあっと言う間の30分撮りが終わった。

処女作と二作目の作品


「どうもお疲れ様でした」
どうでした
「バッチリです」
「ほな 僕らは次のアポが入ってますんで」
折角微酔いで良い気分になったのに
 いきなり放置プレイかいな


無情にもA氏とDちゃんが出て行った。
こうなると呑兵衛の思考は止まらない。

しゃあ〜ないほな教授と呑もうかな

終わったときは微酔い気分


しばらく1人呑みしながら赤羽で呑んだY教授に
今解放されました。葛飾区行きますか』と
LINEしたら『あれま!浦和で少し用事が!』
と返ってきた。この時点で 15:35 だった。

「今日はもう終わり 私も呑もうかな」
よ〜し呑んじゃいましょおつかれさ〜ん

明日から北海道に旅行に行くという事務員の
O嬢に自ら道産子をアピールして札幌や小樽の
グルメの情報を提供しながらオフィスで呑み始めた。

その後Y教授から『どこですか?』とが。
で、オレの返信見たら『今よよぎあうえさ
この時 16:29 すでに酩酊してたようだ。



今からおたくの事務員拉致して呑みにいくでぇ
一応LINEでDちゃんに呑みに行くことを伝えた。

すっかり意気投合したO嬢と近くの焼き肉屋に
行った・・・までは覚えていたのだが写メがない。

またしても完全なるブラックアウト

インタビューが終わったのは13時半頃だ。
それからしばらくしてオフィスで事務員と談話
しながら呑んで、そんで彼女が保育所に
息子を迎えに行って、ほんで焼き肉屋へ・・・
までくらは覚えていた。

何故か見覚えのない子と写ってる・・・

記憶にない子が膝の上に




 恐る恐るDちゃんに連絡して訊いたら、
案の定心配して店までオレを迎えに来てくれて
電車に乗って途中でNちゃんに連絡してから
東中野のAPTまで送ってくれたんだそうな。

オレの海馬に記憶がねぇ・・・

まったく1ミリたりとも覚えてなかったここが
日本で良かったタイなら身ぐるみ剥がされて
チャオプラヤ川に浮かんでたかもしれない。
Dちゃんがいてくれて命拾いした。

まいどまいどめんぼくねぇ助かりました

おそらくDちゃんおらんかったら小田急線から
山手線に乗り換えて席に座った途端にオチて
そのまま終電までグルグル回って乗ってたかも。

あぁ人間失格じゃあれ今夜は中野だったな


asia_jiyujin at 21:49|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 14, 2018

第3361回「新宿でタイ語喋る」

タイが縁の不思議な3人


10月3日】 新宿 

「藤岡さん お疲れ様です」
静かで良い雰囲気の店ですね

丸ノ内線の四谷三丁目駅で待ち合わせをしてた
H氏と閑静な荒木町にある和食店に案内された。
昨夜の赤羽とはかなり違う世界が広がっていた。
今宵は久しぶりの再会故に酒も考えて呑もう

「Uがタイでお世話になりました」
ちょっとつかみどころのない子でしたね

今夜は2週間前に彼のスタッフU君の
バンコクでのアテンドのお礼と言う名目で
会席の場をもうけて頂いた。まぁ、当然
それだけで終わらないのは覚悟してた。

「ここはマグロ鍋が旨いんですよ」
マグロですか

肉が食べられないオレとしては嬉しいけど、
何はともあれ今宵もタイと縁のある方と
一献呑めるのが何よりも嬉しい。

はふはふマグロしゃぶったら淡泊な味だね
「けっこういけるでしょ」
出汁が旨いですね
「〆にうどんがありますから」

初めて食べる野菜タップリのマグロ鍋


前菜を食べた後に出された鍋に薄く捌かれた
マグロの切り身と野菜がタップリ。最近野菜
不足気味のオレには至極有り難い膳である。

「胃も胆嚢もなくても呑めるんですね」
ほんと肝臓でなくて良かったよ
「もう藤岡さんとも20年ですよね」
お陰様で死なずに60歳を迎えられましたよ

一軒目は四谷三丁目駅近くの店で


袖振り合うも多生の縁”というもんはホンに
おもろいもんで凡人は縁を活かせず、非凡な人間は
縁を活かして人生を愉しく変えられるもんだけど、
H氏との縁だけは別格だった。知り合ったその後の
オイラの人生と運命を大きく変えた1人である。

「藤岡さんに紹介人がいるのでこのあと新宿で」
オレもう現役じゃないですよ

H氏は過去にいろんなマスコミの業界人を
紹介してくれていた。おかげでいろんな出版社で
執筆できる機会に恵まれた。さりとて今や
そのどれもが廃刊という悲しくも厳しい現実。

12年も書いたからもう十分ですよ
「そう言わずに今度はウチが来年立ち上げる
ニュースサイトでタイの記事書いて下さいよ」
呑んだくれコラムならいくらでも書くよ

店を出て荒木町を歩く


食後、店を出てから閑静な荒木町の街を歩いて
たら某テレビ局のドラマのロケに遭遇した。
イケメンの少年は分からなかったけど女優は
NHKの朝ドラに出演していた小顔の子だった。

おぉ〜やっぱ東京だなぁ



微酔い気分でタクシーに乗り新宿区役所前で
降りて待っていると、ガタイのデカイ黒人の
客引きに声をかけられた。「ここはタニヤか
昔から変わらぬ妖艶さにちょっと安心した。

「どうも初めまして東京新聞のFです」
こんばんはバンコクの藤岡です
「おぉ〜お互いFですね」

新宿区役所前で待ち合わせ


その昔、バンコクで語学留学した後に日本語
教師をやっていたという経歴のF記者。何故か
ラオスフリークと聞いて妙に親近感が湧いた。

H氏が二次会に用意して頂いた店は某ビルの
地下にある留学生が対応してくれるタイ人の
ガールズバーだった。

「サワディーカー」
うっここはタニヤのフーターズか

チェンマイとウボンラーチャタニのタイ人留学生


スタッフのユニフォームがまさにバンコクにも
銀座にもあるフーターズと極似ではないか。
店内は見事にタイ極彩色で見覚えのある
シンハービールからメコンウイスキー。

流れる曲は今流行のBNK48の恋する
フォーチューンクッキーという演出に何故か
イサーン(東北)のローカルカラオケ店に
迷い込んだような懐かしい安心感を抱いた。

「じゃあ タイとラオスにかんぱ〜い」
全員タイ語で話しましょ

東京新聞のF記者さんと


チェンマイとウボンラーチャタニ出身の
タイ人と我々が会話する姿は妙にシュールだ。
しかもイサーン語の会話でさらに盛り上がる。

「コープチャイ ラライドゥー」
「ボーペンニャンロー」
「セープイリー」

日本に帰国してまでタイ語を話してる自分が
妙に滑稽だが、F氏とはすぐに打ち解けた。

「アジア・アンダーストリートって読んだことあります」
え〜オレの本の購読者っすか もう16年前ですよ

彼がバンコクに留学してた時代は、それほど
アジアやタイに関する本は少なかっただけに
オイラの本もそれなりに手に取って読まれたのね。

しかしながら彼もまた角川書店から『ミャンマー
権力闘争 アウンサンスーチー新政権の攻防

を執筆していたジャーナリストだった。

「じゃあ そろそろ出ますか」

三軒目はやはりゴールデン街へ


最後はいつもの如く磁石に引き寄せられように
というか、極自然にマスコミや文屋さんが
集まるゴールデン街に足が流れた。

「タイに行ったら宜しくお願いします」
毎日呑んだくれてるけどいつでも来て下さいよ
「ところでHさんとはいつからですか」
う〜む かれこれ20年ですかね

日テレ報道制作会社の敏腕プロデューサーの
H氏との付き合いは早いもんで20年近くになる。

今まではオイラのブログは顔出しNGで
コーディネートした番組名も伏せていたけど
すでに過去の作品ということもあり、この日は
何故か承諾して頂いたので載せちゃいます


縁は異なもの味なものです


「真相報道バンキシャ!とnews zeroです」
何度も死を覚悟したことありますよ
「藤岡さん それは大げさですよ」

プーケットのロケに始まり、チェンマイ、チェンライ、
ミャンマー、スラータニーはパンガン島。ラオスは
ルアンパバーンからシェンクワンに最後はベトアムの
国境沿いのサムヌアまでの苛酷なジャングルロケに
ロッブリィ県のナンプ寺や下手すれば今はこの世に
いないだろうバンコクの数々のヤバイロケ等々。

オレが胃癌になったのはあのラオスロケですよ
「またぁ〜藤岡さん それは大げさですよ」
もう腐れ縁を超えて運命と諦めてますけどね

今でこそ笑い話で酒も呑めるけど、当時は若さと
好奇心が手伝ってタイ国内は元より近隣諸国まで
何十日もかけて内偵捜査しながらのロケだった。

「また一緒にやりましょうよ」
オレもう還暦なの 静かに余生を過ごさせてよ
「いえいえ まだまだそんな歳じゃないですよ」

微酔い気分で昔のロケの現場が走馬燈の
ように蘇った。しばらく回想してたら、なんと
目の前に懐かしい顔が現れた。

「あれぇ藤岡さ〜ん 日本に来てたんですか」
おぉ〜Kさん元気に活躍してましたか
「その節はバンコクでお世話になりました」

週刊文春のK氏と再会


今宵はなんという夜だ。懐かしい週刊文春の
K記者と再会。このK記者がバンコクに取材に
来た時にH氏がオイラを紹介してからの縁だった。

じゃあ〜みんなでタイにかんぱ〜い

あぁ・・・今更ながら1冊目に書いた本がその後の
業界人たちとの縁に繋がって今に至ってるかと思うと
おそらくこれがオレの生きる運命だったんだろうなぁ・・・。

今宵の酒は珍しく酔わずに記憶が鮮明だった。
頼りの酩酊介護役のDちゃんもいないし
1人で乗ったタクシーもキッチリ覚えていた。
(日本のタクシーは世界一安心して乗れるね)

まぁこんな夜もあるわけで・・・

東京新聞愛読40年の人懐こい運ちゃん



asia_jiyujin at 18:49|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 13, 2018

第3360回「夜は赤羽で愉楽酒」

3年ぶりの赤羽会



10月2日】 赤羽   

ここはいつも混んでますよねぇ
「ここら辺じゃ老舗の店だからなぁ」

先日に続いて今夜は第2回の赤羽会。
今宵の面子はY夫婦とオイラが滞在させて
頂いているI夫婦のNちゃんと嫁さんのA嬢。

Nちゃんは3年前に一緒に呑んでたけどA嬢は
初めてだけに「私が行く前に酔わないでよ」
と言われていたのにすでに酔っていた。

じゃあまずはここで一献といきますか

一軒目はいこい本店で


待ち合わせの19時半まで時間があったので、
Y教授とオレは第1街をブラブラしながら
立ち飲み屋“いこい”の本店で呑むことにした。

何だか落ち着く店だよなぁ

教授と乾杯


何だか不思議と違和感なくこの街に染まってる
自分がいる呑だくれの聖地なのか住みたくなった。

こんな店がトンロー界隈にあったらなぁ

背中に哀愁を感じてしまう






あ〜ここに移転したんですね

二軒目はもぐら


3年前に来たときの“もぐら”はまさに
モグラの住み家のように狭い客席だったけど、
移転した店内は以前より長いカウンター席に
余裕のあるテーブル席に喜びを感じてまう。

Aが来る前に呑んじゃいますか
「今日も藤岡さんと呑めるなんてね」
こちらの方こそ嬉しいですよ

先ずはY夫婦とオイラの3人で最初の一杯。
すでにオイラはこの時点で結構な微酔い気分で
先ほどの店から移動中に転けて左胸を強打した。

瞬間的に左手を突かずによかった。まさか日本で
左橈骨骨折なんてシャレにならん昼間の中野の
ランチ酒に赤羽での立ち飲み屋だもんなぁ。

こりゃあ今夜は確実に記憶なくすな・・・

まぁ気心知れたY夫婦ですし、オレがどんなに
酩酊してもNちゃんとA嬢が家まで連れてって
くれる安心感。最悪の泥酔ならDちゃんもいる。

「今日はIさんと奥さんがくるんででしょ」
オレの介護役のDちゃんも呼びましたよ

AからLINEが入った
「俺が迎えに行ってくる」
えっでも顔が分からないでしょ

何故かY教授が一度も面識のないA嬢を
北口まで迎えに店から出て行っちゃった。
ま、オレはすでに足に根っ子が生えてるから助かります。

「こんばんは〜初めましてIの妻のAです」
「シンガポールで先生やっていた人でしょ」
「え〜知ってるんですか」
「藤岡さんのブログで見ましたよ」

ブログをやってるとこういうとき面倒な説明を
しなくていいし、すぐに距離が縮まるんだな。

「こんばんは〜初めましてKです」
いらっしゃ〜いDちゃん
「塾長 今夜もだいぶ出来上がってますね」

Dちゃんが何故かVサイン


彼が噂のDちゃんです
「あ〜あの空港まで迎えに行った人ですね」

大阪からマレーシアのペナンで語学留学半年間。
さらに今年の年明けからは東京事務所の開設に
伴って日本に帰国して東京に9ヶ月である。

大都会の東京で、仕事的な付き合いはあっても
同世代の友人やアジアと縁のある人と知り合うには
少々難しいだろうなぁという塾長的な心遣いじゃ。

今のオレにはこんなことしか出来んしな

まぁ、今時こんだけ世話好きで人情味溢れる人間も
稀だしなにより去年タイで初めて逢ったときから
彼の人柄が好きになって応援したくなったのね。
まぁ、本人はありがた迷惑かもしれんけどね。

話が盛り上がる


でもまぁ、彼には今の仕事柄、海外留学経験者や
就労経験者のある友人を1人でも多く紹介したかった
ので無理に誘って飛び入りの参加と相成った。

「こんばんは〜どうもご無沙汰してました」
来たぁ〜v( ̄∇ ̄)vオレがリスペクトするNちゃん

I夫婦とY夫婦


最後に真打ちのNちゃんが登場。これで面子が
全員揃ったところで第2回赤羽会の開催

今夜も赤羽でかんぱ〜い
「じゃあ 皆様おつかれさまで〜す」
くぅ〜五臓四腑に染み渡るなぁ

もぐらで乾杯


例によってオレの記憶はここまでだこれだけ
気心の知れた呑み仲間が集まって美味い肴に
旨い銘酒である。予想通りのブラックアウト。

どうやって埼京線に乗って帰ったんだろ。
まぁ、途中まではDちゃんも一緒だったし、
こう見えても酩酊しても寝るまでは意識はある・・はずだ。

うっ・・・またもや自己嫌悪

問題は、翌朝起きた時の記憶が後半部分がないことだ。
スマホの写真を見ながら自己反省するも、きっと
暴言吐くことなくみんな愉しかったと願いたい。

Yさ〜ん土産に頂いた純米大吟醸は
呑まずにバンコクまで持っていきま〜す
」深謝

その後、滞在中に何度かY教授からLINEで
呑兵衛の聖地、葛飾区の立ち飲み屋や
渋谷周辺のガード下に下北沢に三軒茶屋、
さらに王子の平澤かまぼこ屋などの情報を
頂いたけど、ほぼ毎晩酒席が決まっていた。


asia_jiyujin at 15:19|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 12, 2018

第3359回「昼は中野でランチ」

オイラは鮭と納豆定食



10月2日】 中野   

「Jさ〜ん」
おぉ〜K子元気だったかぁ〜

今日は神奈川から来てくれた愛妹のK子と
中野でランチをすることになった。毎日
寒暖の差がありすぎて今日も厚着のオレ。

3年前に東京に来たときは溝の口にマンションを
買ったK子の旦那さまと3人で地元の地産地消の
店で銘酒を呑みながら宴を愉しんだ。

「ここは私の生まれ故郷なのよ」
へぇ〜そうなん

アーケード街


今回は夜に時間が取れないから
自ら5歳まで幼少時代を過ごした中野で
ランチをすることに相成った次第。

「どこでも居酒屋ランチやってますよ」
酒が呑めんならどこでもいいよ

さすが幼少時代を過ごしてただけあって
縦横無尽にある小路地には詳しかったけど
当時よりはかなり店が変わってるらしい。

湯婆もどんどん店が変わってるって言ってたしな
「あ、Jさん この店よさそうよ」
俺んちよし入ってみっか

中野は居酒屋ランチが多いね


偶然にもオレの故郷の同級生がやってる店と
同じ店名だっただけに何となく親しみが湧いた。

いっただきま〜す
「Jさん 呑んでないで食べてよ」
うっいや 先ずは糖分上げんとさ

呑んでもいいわよと言ったのにさっそくK子に
叱られた。まぁ、オレの体を心配して頂けるのは
嬉しいけど、忖度すると人前でダンピング症候群に
なって動けなくなる方が迷惑かけてまうからね。

大丈夫 ゆっくり呑みながら食べるからさ
「ブログ見てたら毎日お酒飲んでるでしょ」
う〜んまぁね

愛妹と中野でランチ


彼女が学生時代にタイでボランティアの
コーディネートした翌年にマレーシアに留学した。
そのK子も今やアラフォーの立派に成長した女性だ。

「もうあれから20年だよね」
オレに会ったのが今のK子の歳だもんな

ごちそうさまでした


まさに“光陰矢の如し“とはこのことだな。
大学を卒業した後も、ずっと縁が切れずにオレが
東京に来たときは旦那さまとも盃を交わしてた。



おいおい旦那ってこんなハデな服着んのか

魅惑の中野ブロードウェイ


食後は旦那さまのために中野ブロードウェイの
レアな専門店でロックなTシャツを厳選して買うK子。
彼が勤める会社はTシャツと穴あきGパンでもOK。

ふぅ〜ん 自由な社風でんな
「社長もロックなTシャツ来てるわよ」



「Jさん ここ入ろ」
おっあんみつ屋かいいね

食後は甘味もの


オイラの食後のダンピング症候群を気遣ってか
あるいは自らの望みだったのか甘味屋さんへ。

K子回り婆さんしかいないぞ
「だって そういう店でしょ」

店内はご高齢の婆さまばかり


午後3時は甘味処が満席になる人気店なのか。
周囲の席は婆様たちの一時の憩いの場状態だ。
端から見るとオレたちは妙にシュールだな。

東京って街は不思議だなこの街は人情味溢れる
年輩者とオタクの若者と不思議な外国人がいろんな
目的と事情で適当に折り合い付けながら生きている。

オレこれから赤羽でハシゴ酒なんだ
「あまり呑みすぎないでよ って言っても無理でしょうけど」
あ〜いじゃあ今日はご馳走さんありがとね


asia_jiyujin at 10:29|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 07, 2018

第3358回「銀座の恋の妄想癖」

銀座のバーで呑む


10月1日】 銀座  

どうもWさん
「フジさん先にやってたよ」

オイラの東京滞在に合わせて台風の余波を
受けずに札幌からW氏が出張で東京に来てくれた。
今年の7月でもススキノで呑んだばかりだ。

Wさん地震は大丈夫だった
「家は停電用のライトが階段と居間に
設置してあったから慌てなかったよ」

バーでくつろぐ


さすがIT経営者。備えあれば憂いなし。
ターキーで乾杯してから何人かのホステス
が入れ替わり話していたら・・・

えぇ〜君あの店で働いてたんだ
「えっお客さんYッピー知ってるの?」

ちなっちゃん


昔からW氏と銀座で呑むとアジアの偶然的な
ことに遭遇する。こんなに沢山店があるのに
タイ繋がりの子に会うのも何かの縁か。

旅好きの褐色系の子が、以前半年間ほど
バンコクで働いていたというではないか。

世の中狭いもんだねぇ

銀座バー


オレが引退する2年半前まで取材してた店
だけに、偶然と言うよりは世の中狭いと思った。
ま、彼女にはそれ以上は詮索しないことにした。

しょせん酒を呑んでの話だ




「フジさん もう一軒行こう」

最終電車の時間が気になったけど、3年前にも
連れて来て頂いた老舗の正統派のカウンターバー。
雰囲気は札幌のエルミタに似ていて落ち着ける。

じゃあ おつかれさま
「いやぁ〜酔ったなぁ」

2軒目のバー


珍しくオレよりも酩酊気味のW氏。明日も
仕事だけに今夜は早めに切り上げた。

グレンモーレン




う〜ん中野に赤羽に今夜は銀座。
もう20年前くらいになるんだけど、
昔は帰国して東京に来たときは、勝ちどき橋の
近くに住む友人の部屋に滞在してた。

昨日で最後となった築地の場内にある
大和寿司”もしばしば食べに行った。

懐かしき有楽町ガード下


有楽町も意外と詳しくてガード下の
いっぱい飲み屋でも呑んだこともあったなぁ。

今日はかなり久しぶりだったのでガード下や
付近の道を歩きながら昔を懐かしんだ。

ガード下を抜けると


当時つき合ってた女性が勝ち鬨にいた。
その彼女の仕事帰りの妹と偶然ガード下でバッタリ
あってホッピーを呑んだこともあったっけな。

妹はオレと姉の仲を応援してくれていた。
割烹屋の両親も認めてくれていたのだがタイと
東京の遠距離恋愛に自信がなかった。

あの子と結婚してたら今頃オレの人生も
大きく変わってたんだろうなぁ・・・



asia_jiyujin at 11:19|PermalinkComments(0)

October 06, 2018

第3357回「赤羽で愉楽梯子酒」

本日三軒目で


9月30日】 赤羽    

赤羽会にかんぱ〜い

誰が名付けたか赤羽会。3年ぶりにY夫婦と
丸建水産のおでん屋さんで本日一軒目の乾杯。

「またこうして藤岡さんと呑めるなんてね」
バンコクではニアミスでしたもね

3年ぶりの赤羽会


今年の7月にY夫婦がバンコクを訪れた時は
オイラは札幌で連日呑んだくれていただけに
もしバンコクにいれば間違いなくこの3人で
毎晩・・・いや、昼間っから呑んでただろうな。

ここもすっかり観光地になっちゃったね

行列の出来るおでん屋


テレビに何度か取り上げられことですっかり
行列の絶えない店になって観光地みたいだけど、
何せ以前よりルールがやたらと厳しくなった。

30分以内”を目処には分かるけど、次から
次ぎに来るお客のために詰め込みすぎなのだ。

おいおいまるで埼京線並みだな

1番街するクロード


詰め込まれすぎたおかげでオイラの隣で
呑んでいた女性と仲良くなって写メを
撮ったり世間話をする。聞けば近所に住む
主婦で旦那に子供を預けて昼から梯子酒とな。

えっ旦那が知ったら叱られるんじゃない
「大丈夫 じゃあ私は次の店に行きます」

隣で呑んでた主婦


ほぉ〜あっぱれ。なんたる肝の据わったる若い
主婦だこと。これぞ赤羽で生きる極意なんかね。

お洒落な店も増えた



「どうもやっぱりここでしたか」
あらOさんよくここが分かったね

帰宅在住のOさん合流


北区に住む友人のO氏も3年前にも
このメンバーで一緒に赤羽会で呑んでる。

今日は13時から赤羽で呑んでるよ』と
LINEしたら、独自の感と鼻を利かせて、
おでん屋の次の二軒目の“いこい”で合流した。

「だいたいパターンはいっしょだよね」

立ち飲みの醍醐味です


まぁ、赤羽に来たら最初はおでん屋からだけど
以前は無料だった出汁に50円も取るようになったり、
なんか回転率上げて儲けたい感がいっぱいの店になったね。

味のある通りです


「ま、そのおかげで回りの店にも客が来るからね」
あれ雨が降ってきたよ
「今日は台風が来てますから」

二軒目で雨が降ってきた


三軒目は立ってるのも疲れるからと
イスがある桜商店の暖簾を潜った。

三軒目は桜商店


「それじゃ本日三軒目のかんぱ〜い」
くぅ〜五臓四腑に染み渡りますなぁ

すっかり微酔い気分


これでもう何杯目かは忘れたけど升酒が
あったので喉に流し込む。そろそろお腹も
空いてきたので冷やしトマトやら自然薯を食す。

「あ、20時で電車が運転見合わせになるよ」

三軒目は升酒


テレビのニュースでは台風の接近に伴い
首都圏の殆どの電車は20時を持って
運休になるそうな。

「電車が全てストップですよ」
やべぇ早く呑んで帰りましょうや

呑んだくれ仲間


まさかの台風でこの日の梯子酒は3軒目で終焉。

来週の赤羽会も楽しみにしてま〜す



asia_jiyujin at 15:49|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう