February 05, 2012

第2284回「旧市街地で食探訪」

2284「ホアンキエム湖」


どうもご馳走様でした
「いえいえ、どういたしまして」
「今日は呼んで頂いて有り難う御座いました」

美味いフォーをご馳走になった我々はI先生に御礼を言って別れた。
その後、A嬢が前回来越したときに知り合った現地のベトナム人の
友人に会いに旧市街地へ行くというので「一緒にどう」と誘われた。

もちろん。いいよ

2284「教会前で」


TAXIに乗ってハノイ大教会前で降りる。セント・ジョセフ教会として
1886年に建てられた教会。オイラは仏教徒ながら高校生時代に付き合
っていた彼女が敬虔なクリスチャンだったのでよく日曜日には富良野の
教会に付き合わされた事をふと思いだした。

あれから35年。美○子は元気にしてんのかな・・・アーメン

教会を後にしてそこからぶらぶら徒歩でホアンキエム湖まで探索する。
さすがに観光地である。彼方此方のカフェや街中で外国人と遭遇する。

「凄い外国人の数ですよねぇ」
ま、オレたちも外国人だけどね

2284「街中1」


2284「街中2」


街全体が世界遺産に登録されている旧市街地。ホアンキエム湖の北側に
広がる旧市街地は、昔ながらの商業地区通称“ハノイ36通”と称される
一画。道路を曲がる度に景色が変わり生活の匂いが通りに生きづいている。

なんじゃいこの街は。まるで迷路のテーマパークやな

まさに迷路のようだ。熱気と活気が渦巻きあやゆるエネルギーが混在。
衣料や野菜や果物などの市場やベトナム料理やスィーツなどの屋台など
昔ながらの歴史ある古い商業の街は一日中外国人観光客で賑わっている。

実は観光大好きのA嬢と比べて歴史的な建造物や寺院には殆ど興味が湧か
ないオイラはハノイ滞在中はもっぱら現地料理やスィーツにハマっていた。
そんな中でも唯一入場料を払って見たのが玉山祠(ぎょくさんじ)だった。

「あのねJさん。亀の伝説があるのよ」
カメって、あのカメ仙人の亀か
「そう、なんでもね・・・」

A嬢が言うには、その昔(1428年)に湖に棲む亀から授かった宝剣で
明軍を駆使してベトナムを中国から解放。その後国が安定してから
宝剣を湖に棲む亀に返したそうなのだ。その亀だかその子孫だかの亀が
1968年に捕獲されて湖に浮かぶゴッソン島に鎮座されてるんだそうな。

へぇ〜、詳しいな
「還剣伝説の亀と言って2mもあるのよ」
に、にめーとるって人間よりデカイじゃん

2284「ホアンキエム湖n昼」

日中のゴッソン島
2284「ホアンキエム湖の夜」

夜のゴッソン島

現地通貨の10,000VND(約37円)の入場料を払って橋を渡る。
ちょうどオイラたちの前に日本人夫婦を添乗している現地ガイドがいたので
しばらく後ろからこっそり着いていって日本語で説明を聞いていた。

ふむふむ、なるほど。で、これがあの亀スッポンじゃん
「う〜ん、確かにスッポンの一種かもね」

2284「伝説の亀」


壁には当時捕獲された写真のパネルが飾られていたが、そもそも
亀が剣を持っていること事態、孫悟空のような空想の物語だろうに。
中に寺院のような場所があったのでタイで行けなかった新年の初詣を
ハノイで済ますことにした。しつこいようだが辰年に昇龍の寺院は縁起が良い。

今年は身体を鍛えて元気になったるでぇ

その後、旧市街地の中に日本の旅行雑誌のるるぶにも掲載になっている
と言うレストランを経営するA嬢の友人宅にお邪魔するも、すぐに
彼女の父親に気に入られて特別なハノイウォッカで歓迎された。

うぉ〜、なんじゃこりゃ。このウォッカ。めっちゃキツイ
「呑みなさい。呑みなさい。遠慮はいらぬ」
遠慮はしないけど、口から火が出るほど度数が高いよぉ

この日の外気温は10℃前後。冷えた身体に40度の液体を流し込めば
おのずと体内温度が一気に上昇するもあまりのきつさに舌が麻痺しそうだ。

A嬢の友達と称するHさんの隣に場にそぐわぬ美人が座っていた。
訊けば友達で仕事はモデルだと言うじゃん。どうりで雰囲気も違うし
そんじょそこらの一般人と比べて別格の気品のある別嬪さんだ。

2284「モデルとツーショット」


A,A。ちょっと写真撮ってくれろ。日本の母上に
ベトナムで嫁をめっけたって言うから

「えっ、Jさん結婚する気あるの?」

ついついいつものクセで厚かましくツーショット写真をお願いするも
さすがに現役のモデルさんです。慣れた様子でキメのポーズも一発OK。
これで証拠の写真は撮れたぞ。

母上様。息子はハノイで再婚しますだ。ご安心を

と言っても後期高齢者の母上はタイもベトナムも想像もつかない
だろうからなぁ。

さて、今度はHさんの妹の案内で、ハノイで一番美味いと言われる
チェーを食べに行った。常に満席になるその店には現地の人や旅行
雑誌を片手に探してきたような外国人観光客で賑わっていた。

うぉ〜、うっめぇ。これはイケるな
「ね、美味しいでしょ」

2284「あずみとあ〜ん」


2284「妹と甘味屋ツーショット」


その後ハノイ中心部で最大級の市場のドンスアン市場を巡ったのだが
あまりの人の多さに辟易する。で、少し歩いたら今度はエビ天麩羅のような
食べ物を食べたいとのたまうA嬢。兎に角異国のリサーチ力は完璧である。

また食べんの。さっき食べたばっかりじゃん
「Jさん。あれはスィーツ。これは別腹よ」
へいへい。お付き合いしまっせ

2284「ドンスアン市場」


2284「ベトナム風海老天麩羅」


2284「あずみとエビ天」


情報誌に掲載になっている現地の食べ物を全食制覇するつもりか。
またもやプラスチック製のちっちゃな椅子を道路に並べて即席の
テーブル席を造る。これがベトナム人体系に合わせてあるからキツイ。

お、意外とイケるじゃん。うん、確かに美味い
「ね、そうでしょ」
で、またしてもハノイビール呑むのかよ
「だって、喉渇くでしょ」

Hさんの妹と2人で乾杯しながらの飲みっぷりは単なるのんべぇだ。
訊けば妹は18歳だというじゃん。

え、ダメじゃん。まだ未成年じゃん
「ベトナムはね、いいのよ」
そう言えばタイも18歳以上だな

2284「門前でツーショット」


その後、旧市街地を周りながらお目当てのアジア雑貨の探索。
日本女子定番のグルメにショッピングのお付き合いには慣れているが
これ以上はもう食べられぬ。実はこの日の夜は送別会に呼ばれている。

う〜、さっむぃ〜
{Jさん。もう少しです}

Nくんのバイクに2ケツしてやって来たのはホエンキエム湖の南側
のエリアにある老舗の日本食料理店の和食処“紀伊“。

2284「夜は夏ちゃんの友人送別会」


Nくんと同居のTさんの共通の友人がハノイに別れを告げて日本に
帰国するので彼が勤めていた店で送別会を開くことにしたそうな。
ハノイ滞在2日目にして日本食。はたしてハノイの和食のお味は。

「じゃあ、お疲れ様でした。かんぱ〜い」
「いろいろとお世話になりました」
へぇ〜、かなりのイケメンじゃん

訊けばイタリアのミラノでも働いた経験があるという彼。
それが東南アジアのベトナムに流れ着いて現地で働く。ちょっと
変わった経歴のある彼が、今更なんでつまんない日本に帰るのか。

もったいないね。帰国してホストでもやんの
「いえ、それはまだ」

これだけの容姿と若さがあれば選択肢は限りなく広いはずだ。
しかもヨーロッパやアジアの海外を渡り歩いてきた経験もある。
でも、確固たる目標がなければいずれつまんない人生になる。

日本に飽きたら今度はタイにおいで

Nくんの彼女のA嬢はHさんらと晩餐会だった。Nくんとオオラは
送別会が終わってから彼女たちと合流し、今度は共産党員と思われる
VIPなお友達と現地人が行くパブでハノイウォッカを呑むことになった。

2284「さらにパブでハノイウォッカをやる」


「まだまだ夜は終わらないよ」
「んじゃあ、かんぱ〜い」
くぅ〜、きっつぅ〜

想像以上に寒いため、呑んで内側から温めるしかない。それにしてもだ。
ハノイ2日目は大学にホアンキエム湖に旧市街地で市場とグルメ探索。
夜は和食処で送別会の後にパブである。なんだか今日は濃い一日だったなぁ。



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January 22, 2012

第2283回「ハノイ大学で講師」

2283「日本学部」


1月5日

考えてみれば今年は辰年である。その辰年に偶然かはたまた必然か
昇龍(タンロン)に来ていること自体が、縁起が良いというのか
何か不思議な因果関係を感じているのだが。

こりゃあ、今年の運勢は龍のように上昇するのかしらん

で、ハノイ2日目は急遽ハノイ大学で日本語を勉強している
大学生相手に即興講師を依頼された。依頼と言っても大学で
日本語を教えている滋賀県出身のI先生のお手伝い。

昨夜銘酒を一緒にしたT氏は、現在ハノイ大学でベトナム語を
勉強している。その傍ら日本語を教えているI先生のサポートも
しているので、折角だからと我々にI先生を紹介してくれた。

2283「大学正門」

【ハノイ大学正門】

2283「大学キャンパス」

【大学のキャンパス】

早速TAXIに乗り込んで現地へ向かうも道は朝の通学や出勤で渋滞。
それでも遅れること10分でハノイ大学に到着。そのまま紹介された
I先生に会ってからすぐに簡単な打合わせをして1時間半の講義に入った。

「はい、今日は日本人のゲストが2人来てくれました」
「おはようございます。シィン チャオ」
はい、みなさまチャオ

タイ人よりも更に一回り身体が小さいベトナム人は、見るからに
大学生と言うよりはまるで中学生高学年のように感じた。
前列に座った我々の周りが俄に騒ぎ出した。これも中学生っぽい。

2283「は〜い」


「はい、今日はみんなが待ちに待っている今月のテト(正月)に
ついてですが、日本の大晦日や正月の過ごし方を勉強します」

A嬢とオイラは黒板の前に立ち、演劇と言うよりはまるで
掛け合い漫才のようなノリで教科書に書いてある日本語を
シチュエーションに合わせてオーバーな身振りで会話する。

笑い声が飛び交い何だかゆる〜い授業だが意外と日本語が上手い。
気が付けばあっと言う間の90分が終わった。次回の受講は
日本のじゃんけんと「あっちむいてホイ」の遊びをやるらしい。

受講終了後に学生たちから前もって教えて欲しいと言われたので
オイラとA嬢でやってみるとたちまち人集りが出来た。まるで
小学生のようなはしゃぎぶりで可愛い。

2283「あっちむいて」


2283「あずみ書いて説明」


ジェンケンポン
「あっちむいてホイ」
あぁ負けたぁ

これが妙に受けて教室からの退出が遅れて職員さんに注意された。
ハノイ大学では受講終了後はすぐにカギを掛けるらしい。
ま、これが社会主義っぽいところなんだろうな。

で、I先生から昼食を誘われ再びフォーを堪能する。
ついでにA嬢がバイン ミー チュン(フランスパン
の中にサラダや卵焼きが入っている)を買って来た。

おぉ、うまいじゃん
「ね、美味しいでしょ」
うん、イケる味。ベトナムは何でも旨いね

2283「フォー屋さん」


2283「フォー屋店内」


2283「2杯目のフォー」


フランス統治時代の置き土産は美味しいフランスパンと
歴史的な建築デザイン。(ま、他にもありますが)
これはお隣のラオス共和国でも言えることだが、それにしても
なんでこんなにフランスパンが美味しんだろうな。

究極の食べ方はこれにコンデンスミルクをかけるヤツ。
これがね、思った以上に極旨なんですよ。ホント。



この回つづく


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January 21, 2012

第2282回「越南国極旨フード」

2282「銘酒で乾杯」


1月4日

さみぃ〜マジ寒いじゃねぇかよ

昨年日本に帰国した際にあまりの寒さに耐えきれず買ったユニクロの
ヒートテックの上にフリース含めて5枚も着込んでいるというのに
足下から異常に冷気が入り込んで尋常じゃない寒さである。

おぉもしかしたらオイラはこの国で凍死するかも・・・

アラスカやフィンランドを旅して凍死するならまだしも、昨年
1月に行ったエジプトのカイロより緯度的には下なのに寒く感じた。

Aよ、早ぉ迎えに来てくんろ

仕事で空港まで迎えに来られないNくんの代わりに先入りしていた
山梨から来越していたA嬢がTAXIをチャーターして迎えに来てくれた。
かつて大学在学中にシンガポールに留学しただけあって語学力は
達者なのだが、肝心の英語を話せるベトナム人運転手が少ないらしい。

「ごめんなさぁ〜いJさん。ゲート間違っちゃって」
おぉ、チャオ。やっと逢えたよぉ〜

実はBゲートから出たオイラとAゲートの前で待っていた
2人は同じ空港のアライバルロビーでお互いを探し回っていたのだ。
先ずは会えたことに安堵。実はNちゃんの住所を訊いてなかった
オイラは、もし空港でA嬢に会えなかったらお先真っ暗だったのだ。

空港からハノイ市内に向かうTAXIの車窓から見える景色は
20年前のバンコクに似ていた。まだまだインフラも進まず
お世辞にも綺麗な道路とは呼べない状況だった。

街へ入るとさらに人とバイクが混在してバンコクよりなるいあに酷い
大渋滞だ。まさに無秩序とも言えるバイクがまるで暴走族のように
道路の幅一杯に自由に走っていた。しかも「ピーピープープー」
クラクションのやかましい音が絶えない。この国には交通ルールが
あんのかと思うような反対車線をはみ出して来るヤツ等や一方通行
を平気で逆送してくるクレージーなヤツ。いいのかこんなんで。

かつて見たインドネシアのジャカルタや中国の深センを彷彿させる
ほどのやかましいクラクションの騒音。喧騒の都会は何処も同じか。
これが社会主義国の交通の実態なのだ。9年前に取材で行った
南部のホーチミン・スティとまったく変わらん状況じゃん。

夕方、リサーチ会社に勤めるNくんの市場調査に付き合った。
若いベトナム人女性が市場で何を買い何を食べるのか。またその行動
と流行を調べるというやつ。いずれ日系企業が進出してくるときの
材料と素材をデーターベースにするのが目的らしいのだが、こんな
地道なことをジャンル別に毎日やっているのかと思うと頭が下がる。

で、Nくんがチェーという白玉団子のような(団子は入ってないけど)
ベトナムの甘いスィーツを食べましょうと誘ってくれたのだが、如何
せん東南アジアのスィーツに美味しいと思ったことがないオイラ。

でも、隣で食べていた若いベトナム人女性が「何食べてんの?」
と訊いたら、何の躊躇もなく「食べてみる」といきなり器をくれた。
おぉ、何と心が広く大らかな国民性なのだ。越南人は優しいぞ。

2282「試食店先」


2282「試食1」


2282「試食2


2282「試食3」


2282「試食チェー」


「ンゴン(美味しい)」
あぁ、ンゴン。ザッツ ンゴン(美味しい。とっても美味いよ

オイラがハノイに来て最初に覚えたベトナム語はこんにちはのチャオと
その次に覚えたのが、このンゴン(美味しい)だ。で、実際食べてみたら
これが、甘過ぎずなまら美味いのだ。後日、違う種類のチェーを食べるも
タイにはないスィーツにすっかりハマってしまった。美味しくてしかも安い。

次に食べたのがご存知ベトナムのローカルソウルフルフードのフォー。
これが冷えた身体には有り難くさらには汁がなまら舌にマッチして旨い。
カボスを入れるとまるで先日食べた柚子ラーメンのスープを彷彿させる極旨。

いやぁ〜、こりゃあ驚いた。ベトナムは何を食べても美味いよね
「そうでしょう。僕も毎日帰宅前に外食してるんですよ」

2282「フォー」


2282「焼きそば」


その日の夜は、Nくんが家賃5万円の一軒家をシアしているという
オイラと同郷のTさんと一緒にタイから手土産に持って行った
銘酒で酒盛りとなった。寒さを凌ぐには内側から温めんとね。

「おぉ〜、美味いっすねぇ〜この日本酒」
でしょ。1本ウン万円はするでしょうから
「えぇ、マジっすか。どうりで五臓六腑に染み渡りますわ」

2282「吟雅凜庄」


A嬢が記念に写真を撮ってくれたのだが、どう見ても危ないヤツ等が
部屋に集まって良くない相談事を計画している画に見えるぞ。

旨い銘酒はお互いの距離をすぐに近づける最高のアイテムだな


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January 19, 2012

第2281回「越南国からの迎春」

2281「紅色国旗」


少々日にちが過ぎてしまいましたが、越南国は昇龍(タンロン)
より2012年の迎春のお喜びを申し上げます。

昨年の今頃はエジプトのカイロ支局に勤める新聞記者の友人と
JICAの日本語教師でルクソールに赴任しているR嬢に会いに
行きましたが、今年はそのエジプトにその時日本から来たNくんが、
何の因果か昨年の7月からハノイに住んでいたので、ビザの更新で
国外に出る事もあり「ほな行こか」と10日間の日程で参りました。

2281「ラクダとピラミッド」


2281「神殿前」


実はNくんは元々フランス系の会社に勤めていたのですが昨年の
3月11日の震災による福島の原発事故のすぐ後でフランスの本社から
社員全員家族も含めて「早急に日本を脱出せよ」との社命でベトナムに
避難したのを切っ掛けに、すっかり現地を気に入ったようで、その後帰国
してから退職して再びベトナムに戻り現地の会社に勤めています。

今回は山梨県の某小学校で教諭をしている彼女のA嬢も年越前から来ていた。
偶然にも昨年1月にエジプトで会った3人が一同に介して東南アジアで再会。
もっともA嬢とは昨年11月に川越で再会していたけどNくんとは1年ぶりだ。

2281「寺院前」


2281「理恵と学校で」


2281「みんなでパン食う」


考えてみれば東日本大震災が切っ掛けで彼の人生のターニングポイントが到来。
フランスや先進国が似合う彼が発展途上中のアジアで額に汗を流しながら活躍
しているのが凄く不思議な気がしたが、彼をこよなくリスペクトするオイラと
しては飛行機で僅か1時間半の東南アジアにいる事がとても嬉しい。

実は我が息子は来年には社会人になるけど中々就職難で難儀しているらしい。
目先の給料や安定よりも自分が何をやりたいのか、何が人様の役に立つのかを
十分見極めて人生の選択をしてくれればと父親としては強く願う。

それこそ道はいっぱいある。焦ることはない。失敗してもその分強くなれるし
いくらでもやり直せる。Nくんのようにエリートを敢えてドロップアウトして
自らの可能性をアジアに懸けるのも1つの男の人生。オレは限りなく共感する。

さて、昨年は東日本大震災とタイの洪水の影響で沢山の人や企業がそれまで安泰
だった仕事や穏和な生活を一変せざるを得ない状況を余儀なくされ、まさかと
思ったオイラまでもが仕事や生活に多大なる影響を食らうとは思わなんだでした。

地球が温暖化して悲鳴を上げている状況で今や世界の何処で何が起ころうとも
全てを肯定しながら上手く生き延びないとね。先ずは苦手としていたこの
紅色国旗の越南国をいかに攻略するかなのだが、なんと言ってもクソ寒い。

外気温が9℃やでぇ

オイラがハノイに着いた朝にちょうど寒気団が降りてきてここ最近では一番寒
かったらしいのだが、兎に角ユニクロのヒートテックもフリースも通り越して
骨身が凍てつくような寒さにオイラの身体がフリーズしてしまいそうだった。

2281「バイクに自転車」


2281「自転車とバイク」


それにこの異常ともいえるバイクの数にはさすがに辟易する。
しかし、毎晩のようにNくんが運転するバイクにタンデムして
この無秩序とも言えるバイクの荒波と闘いながら移動する事になる。

多少の接触や衝突は当たり前だ。譲り合いなんか誰も考えてないのに
阿吽の呼吸とベトナム人思考を先読みしての究極の運転テクニックで
乗用車やのろいバイクを追い越して先に先にと目的地を目指す。

おぉ、まさにチキチキマシン大レースやで

2281「まさにレース」


2281「バイクの荒波」




この回つづく


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January 15, 2012

第2280回「今年もやはり多忙」

2280「ツーショット」


なんじゃい今年もやっぱり忙しいじゃん

何が平穏な年の瀬じゃい。31日は我が家で年越し蕎麦でも食べながら
紅白歌合戦でも拝聴しようなんぞ悠長に考えていたら、降って湧いた
ようにカウントダウンとSMクラブの取材の依頼が飛び込んできた。

2280「カガミ」


2280「会場」



こりゃあ、我ながら逃れられない宿命を感じた。かつてアジア中を飛び回り
ながらいろんなアンダーグランドを取材してきた。タイでも妖艶な改造人間
からゲイの世界にも飛び込んできたが、よりによって年の瀬にSMクラブの
取材だぜ。しかもカウントダウンパーティってさ。オレも参加するのかよ。

痛いのは嫌だし、熱いのも勘弁してくれぇ〜

こういう取材はもっと若いヤツのお仕事でしょ。なんでオレみたいな
壊れかけている老いぼれのポンコツに回ってくんのや。過去の実績か。

そんなもんノシをつけてただでくれてやるわい

2280「花火」


2280「花見おんな2」


2280「花火おんな」


と文句を言いながらも相変わらず「NO」と言えないオイラは
キッチリ準備をしてから暗黒の会場へと赴く。しかも割と正装して。
あぁ、悲しい性だ。確か先日このブログを読み返したときに、
300回目くらいのコラムにも「NO」と言えたらと書いたような・・・。

そうなのだ。2012年の占いにも出ていたぞ

2012年のあなたは「協調性」がテーマ。あなたにとってさほど
苦ではないテーマが訪れたようです。他人と多くの時間を過ごし、
甲斐甲斐しく世話することになるかもしれません。だけど、2012年が
いつもの年と違うのは、あなたは単に誰かのために自分を犠牲にするのでは
なく、自分の主張もきちんと持って臨むこと。人の言いなりになってはダメ。
だから、周囲との調和を考え、上手に人と付き合いながら、つねに「自分は
どうしたいのか?」を考えれば、運勢はあなたの思い通りに進むでしょう。

時に「言葉」で自分の意見をあらわさなければならないこともあります。
そんな時は、恥ずかしがらず堂々と落ち着いて表現すれば大丈夫。たとえ
奇抜な意見だとしても、周囲が納得し状況がさらに改善されるかもしれません。
後半は、最後の総仕上げをすべき星回りです。人生の転機の時期となる場合も。
ガラリと生活が変わる前に、身辺整理をしておくべき時なのかもしません。
人の意見をきちんと聞くことと、自分の意見を持つことが大事。



ね、書いてあるでしょ。時には自分の意見を主張すべきだってさ。
よ〜し、今年こそは「断る」と言える人間になろうではないか。
いや、たぶん無理だな。人生半分以上生きてきたら自ずと解る。
そう、オレには平穏な生活なんて夢見ても無縁なんだろう。

ま、今更ながら自分の引きの強さに“穏やかな日々”なんて到底無理。諦めた。
所詮そんな星の下に生まれた運命なんでしょう。ハイハイなんでもお御座れ。
来る者拒まず、去る者追わず」縁ある人やミッションはやったろやないけ。

このオンボロが人様の役に立てられるのであれば例え原発事故の取材だって
行ったるわい。なんて息づいていたら年明け早々に某TV局のPプロデューサー
からかなり久しぶりの国際電話が来た。一瞬、過去の取材が走馬燈のように蘇り
全身に鳥肌が立った。

ブルっ、うっ、寒

久しぶりのPは悪魔のような穏やかな物言いをしながらとんでもない事を口走る。

「そろそろ例の盗難バイクをやりたいと思っているんですが」
えっ、またアレやんのオレあのロケの2ヶ月後に胃癌で手術してんですよ
「もう5年は経っているんですよね。なら大丈夫ですよ」
・・・・鬼、悪魔

腐れ縁の悪魔の業界が再びオイラを闇の世界へ連れ戻そうとしている。
あぁ、初夢なら絶対観たくないシチュエーションだがどうにも現実の世界だ。

「今度はNHKでやろうと思っていますので予算はあります」
予算の問題じゃないっす。オレの身体を考えて下さいよ
「じゃあ、改めて連絡します」

ね、オレが望もうが拒もうがこういう運命なら無理に逆らわずに、
そう川の流れに身を任せた方が利口というもんじゃないのかしらん。
例えそれで命を落とすことがあってもそれがオレの天命なら全うしましょ。

と言うことでいつまでも老いを理由に弱音を吐いているくらいなら
いっそのこと自らの意識の覚醒と強靱な肉体改造をしながら
もっとおもろい人生に積極的に挑戦したろやないけ。

今年は50歳を四つも過ぎる年齢故に長年続いている人生の
惰性感とマンネリ化した仕事からの脱却を計ったろやないけ。

いざ、過去からの脱却と新たなる自分の可能性の挑戦じゃい

もっと元気になって人生の楽しみ方をいろんな人に伝授せんとね。
先ずは肉体改造から始めてみましょうか。

2280「ツーショット2」


で、結局カウントダウンはSMクラブと姉妹店のGO GO BAR
で派手に取材させて頂きました。キッチリ仕事もプライベートも
楽しませて頂きました。また新たなるキャパが1つ増えましたよ。


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January 01, 2012

第2279回「今年末も感謝の念」

2279「メコンの夕陽」


「あぁ、今年も今日で終わりか・・・

今年を振り返って何を書こうかと思いながら、ふと過去数年間に
掲載した年末だけのブログを改めて見てみた。「ふ〜ん、なるほど」
読むと毎年事件や災害が起きて同じような事を書いている事に気付く。

昨年は赤服軍団のバンコク騒乱。その前の年は黄服軍団が昨年末に
引き起こした前代未聞による国際空港占拠による経済の低迷。
この時ばかりは予定が全て狂ってさすがに参った。

その前はスマトラ沖地震による津波の被害。その前の年は胃癌摘出
今更ながらではないが、この数年間は毎年のように何らかの問題が
発生しその度に苦難を乗り越えては凄い勢いで発展して来ている。

日系企業や日本外食チェーンが次から次にタイに進出。
その加速度たるや、もうオイラにはついていけない数である。
大戸屋も大勝軒も吉野家もすき屋もおまけにユニクロまで
バンコクにあったら帰国したときの楽しみが減っちゃうでしょ。

日本人学校も2,500人も超えタイ在住者が5万人も超えれば
すでにバンコクは1つの日本人街が形成されタイ語が話せなく
ても十分生きられる環境だ。これだけ日本人が多くなると正直
何だか詰まらなく感じる。便利になるのに詰まらない。何でや。

「昔は時間もゆっくり流れて平穏でよかったぁ」

経済が豊かになり高度成長して行けばやがて東京みたいな大都会に
なって住みづらくなる。いずれ老兵は静かな土地を探して田舎に
逃れるしかないのかね。早ぉ〜引退してのんびり暮らしたいもんだ。


さて、今年に至っては東日本の大震災と未曾有のバンコクの大洪水が
重大ニュースに上がるのだろうが、正直タイも日本も同じように
震災後の対応と政治に対する混迷が国民の生活を直撃している。

物書きの端くれとしては、キッチリ今年もタイであった事件や
災害を記するべきなのだろうが、ふと空虚な心境になってしまった。
タイも日本も同じ年に想定を遙かに超えた未曾有の大災害に見舞われた。
所詮、自然の力の前では人間はなんて非力なんだろう。虚しい。

だが、政府が啀み合う中で被災地では絆や結束力が生まれ、世界中
の国々から多くの支援を受けながら国内でも多くの心ある人々の
善意の力が被災者に元気と勇気と生きる望みになったに違いない。

異国にいながら傍観者だったオイラには何も言う資格は無いが、
被災地の一日も早い復興とお亡くなりになった方々の冥福を祈ります。

今年を振り返って個人的な出来事で言えば初めてのアフリカ大陸上陸。
5000年前の歴史を垣間見たギザのピラミッドと王家の墓のルクソール。
10年越しのA嬢の夢の実現でカイロとルクソールで再会出来た友人との縁。

その後は毎年恒例の北海道帰国と2年ぶりの大阪・京都と、これまた
2年ぶりの東京と関東近郊の周遊旅で仲間達の元気な顔が見られた。

今年の訪タイ者の数は40組総勢166人。前年度を上回った。
どおりで忙しかったわけだし常に時間に追われている感覚だった。
「あぁ、今年も幸せな年やったな」と出逢えた全ての人に感謝です。
でも、来年は数を減らして時間に追われないように生きたいもんや。
毎年そんな目標を掲げながら結局は「今年も多忙や」と嘆くんやろな。

まぁ、来年の年末のブログが「あぁ、今年は平和な年やったなぁ」と
書けることを願いたい。では、このブログを拝読して頂いている全ての
方々に来年は今年以上にご幸多の年になることを祈願いたします。


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December 31, 2011

第2278回「幸せの極みを堪能」

2278「八海山」


うっわぁ〜八海山やないですか。どうも有り難う御座います

湯河原から開業医のN先生が訪タイされた。N先生はオイラが先月
帰国して沼津に行った時にわざわざ電車に乗って遭いに来てくれた人。

一緒のホテルに滞在して沼津の仲間たちと温泉に入って駿河湾の幸を
堪能し夜通し沼津の帳で盛り上がった。翌朝7時半には電車に乗って
帰宅された。僅か一夜だけの宴とはいえ妙に愉しかったのを覚えている。

そのN先生がタニヤのAGEHAで飲んでいるというので、早々顔を出したら
冒頭の思いも寄らない大吟醸八海山の手土産である。いやはやブログに
大好きな銘酒の名前を書いてみるもんですねぇ。ホントにマジ嬉かよ。

N先生は明朝には飛行機に乗って北のチェンマイに行くそうな。翌日には
車をチャーターしてビルマ(現ミャンマー)との国境近くのメーホンソン
を旅するらしい。首長のカレン族の村に嫁でも見つけに行くのかしらん。

で、「一緒に行きませんか」と誘われたがさすがに1泊2日はキツイ。
それに車でチェンマイ市内からメーホンソンまでは8時間は掛かる。
今の季節の山岳地帯の外気温は一桁台。風邪も持病の腰痛も悪化しそうだ。

年を越したらバンコクに戻りそのままパタヤで1泊した後に日本に帰国。
何とも忙しくも移動距離の長〜い1人旅ですこと。でも、昔からタイを
こよなく愛されているN先生はタイ語も読めてルークトゥンも歌えます。

因みに沼津のT社長。これを見ていたらN先生がガンダムの●○が
手に入りそうだと言っておりました。いずれ連絡がいくかも知れません。

で、AGEHAから河岸を変えてN先生に頂いた八海山を持って馴染みの
神楽に顔を出す。こんなうまか銘酒を1人占めしたら罰が当たるばい。
旨いもんはみんなで幸せを感じながら時間を掛けてジックリ吟味せんとね。

ちわぁ〜
「お、来たな。Iさん来てるぞ」
あぁ〜、兵庫のIさん。久しぶりでした
「こんばんは。待ってましたよ」

2278「いなみ氏と社長」


久しぶりにお会いしたIさんは顎髭を蓄え、まるで世界中を旅する
冒険家のようにちょっとばかり男臭くなっていた。

「おぅ、これIさんからの土産だ」
おぉ〜、柿の葉鮨。かぁ〜、めっちゃ嬉しか〜

2278「柿の葉鮨」


おぉ〜、これは夢か幻か。盆と正月がいっぺんにやってきた気分じゃ。
オレの目の前に大吟醸の八海山と柿の葉鮨がある。涙が出て来そうだ。
今年1年いろいろあったけど、苦労も苦悩もいっぺんに吹っ飛んだ。

「かんぱ〜い」
くぅ〜、やっぱうめぇなぁ。おっちゃん幸せやなぁ
「ホンマやなぁ」
Iさん、おおきに。ありがとです

その後、遅れてN先生が合流した。先生も柿の葉鮨を堪能。
十分舌の味覚を満足して脳味噌のアドレナリンが放出した後の事だ。

「ほれ、これもIさんからの土産だ」
おぉーーーーーーー伊勢のあかふくじゃないっすか

2278「あかふく」


何と言うことでしょう。盆と正月とゴールデンウィークがいっぺんに
やってきた気分だ。今一番食べたいモノが目の前に次から次とまるで
コースのように出てくる。一流の割烹料理屋をはるかに超えた満足度だ。

Iさん、貴方は何という凄い人なんでしょ。神様みたいやで

こりゃあ、ずっとオイラのブログをみてなきゃ絶対に分からん好みでしょ。
いやはや、この夜ばかりは久しぶりにテンションが上がりっぱなしだ。
だってさ、これに佐賀の活イカがあって〆に札幌の信月の塩ラーメンが
食べられたらさ、もう明日地球が滅亡しても悔いがないって事でしょ。
ま、間違っても活イカもラーメンも持ってくるアテは無かったけどね。

でも、これであの客人が来たら・・・

そう、このタイミングであのチーカマの客人が来店したら、まさに
国士無双をリーチして最後の最後でつもってロンした気分だったろう
けど・・・さすがにそんな奇跡は起きそうにもなかった。

それにしても、あの朝電話してきたチーカマの客人は何処に行ったのだ。
まったく持って一度も連絡が来てない。まぁ、事件に巻き込まれず楽しく
満喫してくれていればいいのだが。

2278「もち」


で、さらにである。極めつけにI氏が餅と鍋の出汁とお豆をお土産に
くれたのだ。「うっほぉ〜」もう気分は正月である。ガラではないが
久しぶりに日本の正月を思いだして藤岡家伝統の雑煮が食べたくなった。

それにしてもI氏はお土産チョイスの大天才だね。どうもおおきにです。
K社長共々先の短い爺さま連中は心から深〜く感謝しております。

翌日、北海道の母上さまに電話してオイラがガキの頃に食べていた
藤岡家の雑煮の作り方を訊いた。めんつゆと鰹出汁だけで味付け。
具は人参、ゴボウ、椎茸、かまぼこ、長ネギ、に焼いた餅を入れる。

なんともシンプルな雑煮だが、早速スーパーに買い出しに行ったら
さすが年の瀬です。スーパーはまるで洪水の時の買い占めのように
沢山のお客で賑わっていた。オイラは必要な食材を吟味して即退散。
で、帰宅して時間を掛けてジックリ作ってみた。

くぅ〜、うっめぇ。これだよ。この味だよ

2278「雑煮」


舌は覚えているモンだね。ガキの頃の正月の風景が走馬燈のように
蘇ってきた。あの頃は父上も生きていて楽しい家族だったよなぁ。

よし、酒でも呑ん・・・ん、あれ、ないじゃん

2278「元気の源」


おかしい。お土産に貰ったはずの銘酒が消えている。いつ呑んだのだ。
記憶にないぞ。オイオイオイ、こんなうんめぇ雑煮が出来たのによぉ。


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December 30, 2011

第2277回「紅色国旗の越国へ」

2277「ブランコ」


ふぅ〜やっとこさ終わった

年内最後の取材がようやく終わった。後は写真を整理して原稿を
書いて送るだけ。先週ドタキャンされた“お部屋訪問”の取材だが、
なんと「午後から実家に帰るから午前中に来て」とリクエスト。普段なら
寝ている時間だがこの日ばかりは寝ないで行って終わらせて来た。

2277「アパート」


2277「お部屋」


2277「外」


後はこれを明朝までに仕上げて日本に送ったら今年の仕事納めだ

ま、前日までは「最悪の場合はバックれるか」とまで思いながらも
結局はキッチリ〆切りまでに仕上げる自分の生真面目さが恨めしい。
いずれにしても未曾有の洪水でアテにしていた取材が殆どドタキャン。
まさか災害がこんな形で自分に影響してくるとは夢にも思わなんだ。

試練は人を強くすると言うが、正直こうも毎年のようにいろんな事件
や災害が頻繁に起きるとさすがのオイラも真っ向から勝負したろとは
思えず仕舞いには白旗振って降参したくなってきた。仕事(責任)を
放棄して逃げたくはないがしばらく休業して身体を休めたいもんだ。

さて、不条理なタイの法律のせいで年明け早々にタイ国外に出なく
てはならなくなったのだが、何処にしようか思案していたら英国に
赴任しているJICAのYくんからメールが届いた。


藤岡さん

ブログ読みました、ビザと銀行の件お疲れ様でした・・。
暖かい渡航先、見つかりそうですか?
イギリスはご想像のとおり、寒いです。
0度を下回る日もあります。
それでも去年よりは暖かいようです。

それにしても宿題の量が半端なくて困ってます。
(中略)
しかしはかどりません・・・今日から1月3日まで大学の図書館は
閉館で、勉強する場所も探さないと。ねじを巻き直します。

妻も子供も元気です。妻が風邪をひいちゃってそれがかわいそうなのですが。
子育てっていろいろ手がかかりますが幸せだと思いました。でもそれは妻が
大部分をこなしてくれているからだと思います。妻に感謝です。
ではでは、風邪には気をつけてください!



ほぉ〜、異国で難儀しながらも幸せを感じてんのね

子育ても勉強もマルっと自分の宝。苦を楽しんで幸せを喜びなはれ。
その先にはけっして凡人が行き着けない世界が待っているはずです。
その立場に選ばれし人には、大きな宿命も待っているけどね。

と言うことで、年明けに選んだ国はな〜んと紅色国旗のベトナム。
かつて取材でインドシナ半島や東アジアや東南アジアを取材で回った
中でもっとも行きたくない苦手な国No.1に輝く因縁の地である。

スリ置き引き、ボッタクリ、詐欺、搾取、睡眠薬強盗。
中国もそうだったが取材に行けばかなりの確率で痛い目に遭う。
まぁ、ネタ的には事欠かない国であることが確かではあるのだが。

以前は資本主義が蔓延るサイゴン(現ホーチミンシティ)だったが、
今回は中国食が色濃く残る首都のハノイ。どちらにしても共産国で
あることには間違いない。だが、意外とタイに比べて勤勉な国民性なのね。

実は何の因果か、今年1月に一緒にエジプトを旅したA嬢の彼氏の
Nくんが今年の7月からハノイで仕事しているのだ。以前勤めていた
会社では頻繁にフランスに行っていた彼だが、まさかアジアの地とは。

先月、埼玉の川越でA嬢とK嬢夫婦に会いに行ったときに
I Phoneの画面を通してTV電話でNくんと話をした。
その時彼が携帯電話の画面を通して見せてくれた街の様子が
まるでお洒落なフランスの町並みに見えたのだ。

へぇ〜意外と綺麗じゃないっすか

A嬢も年越し前からハノイに行くというのでオイラも行くことにした。
これもきっと来年の何かを暗示する縁かもしれぬ。それにまさか2年
連続して年始めに3人で会えるのも摩訶不思議な縁だと思うのだ。

その彼氏のNくんから、社会主義国の現状や寒さ、治安、ネット状況
使えるクレジットカード、観光地、日本料理店、ベトナムフード、
フリーの情報誌、日系企業やハノイに住む日本人駐在員の現状など
まるで大学の論文並みのレポートが送られてきた。

一番気になるのは治安や料理や酒よりも1月上旬の寒さだ。
TVのウエザーニュースで観る限りでは最近の気温は20/12℃。
先日、日本で購入したユニクロのヒートテックだけでハノイの
寒さが凌げるのだろうか。Nくんの部屋にはストーブがある
と言うのだからやはりタイよりはかなり冷えるのだろう。

緯度的に言えばかつて密輸クワガタの取材で行ったラオスの
サムヌアと同じだ。つまりはタイの最北部よりもずっと
上に位置することになる。

う〜、寒そうじゃのう

ま、寒さも苦手な社会主義国も仲間と共に愉しんだろ。


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December 28, 2011

第2276回「年の瀬多忙極める」

2276「チップイン」


くぅ〜、忙しいよぉ〜、終わんねぇよぉ。時間が足りねぇ

未だ日本でひいた風邪が治らず、しかも無情にも年末が近づくも
未だ取材が終わらずに〆切りだけが迫ってくる中で、鼻水を垂らし
ながらタニヤとスクンビットを奔走する毎日で御座る。

「すいません。○●ですが覚えておりますか」
はぁ・・・

そんなクソ忙しい某日の朝、以前ツアーで来られた人から電話が来た。

「あの時チーカマを持って行ったモンです」
あぁ〜、何となく覚えています

実は、チーカマを食べた記憶だけはあったが彼の顔は
これっぽっちも思い出せないでいた。すでに認知症かな。

「これから成田を発つんですが今晩あいてますか?」
いやぁ〜、いま〆切りの取材と原稿に追われていて・・・
「飲み代出しますから一緒に何処か行きませんか」
いや、ちょっと今夜は・・・
「お土産にチーカマ買ったんで」

お誘いは大変嬉しいのだが、ツアーで来られた方々が訪タイされる
度にイチイチ呼ばれていては身体が持たない。暇な時期なら歓迎だが
今週だけは超多忙でしかも厄介な山場を迎えている。それにしても・・・。

チーカマ買ったんで・・・

何だか自分が情けなく感じた。チーカマが好物で特に食べたい訳でも
ないのだが、エサ欲しさに尻尾を振ってホイホイ付いて行く犬のように
思われているのかと思うと何となく空虚な感情が胸に込み上げる。

確かに「八海山を土産に買っていきますから」と言われればテンションは
上がるだけに日本からの救援物資は異国にいればかなり嬉しい。おそらく
バンコクの水害被災地や東日本の地震被災地の人たちも“食”に関しては
同じ思いかもしれん。いや、そもそも重さが全然違うか。

実は今週だけで3組のツアー客が訪タイする。事前にメールや電話で
連絡されている客人で以前も一緒に呑んでいる間柄なのだけに、
それまでに取材を終わらして原稿と写真を日本に送らねばならぬ。

おぉ〜、なんとか終わらせんといかんばい

2276「胡蝶蘭」


先週アテにしていた取材がドタキャンになってから急に歯車が
噛み合わなくなった。締め切りは迫るし取材は出来ないし。
もたもたしていれば無駄な時間だけが無情に過ぎて行く。

考えてみればこの1年。常にすぐ後ろに迫ってきている“時間”に
追われながら必死に追いつかれないように走っていたように思える。
別に逃げている訳ではないが“〆切り”と“時間”という呪縛が
常に脳裏につきまとった年だった。

あぁ、開放されたい

そもそも年明け早々にタイを出国しなくてはならなくなり、その為に
全てのしわ寄せが今週に一気にやってきてしまったのも要因だ。来年こそは
穏やかな年に・・・なんて思うヒマもなくすでに年越前から多忙を極めている。

時間が足りねぇ〜

2276「魔女」


まるで宿題が終わってない夏休みの最終日が迫っている小学生状態だ。
そうだ。人生初めてのエスケープに挑戦してみようかしらん。
携帯電話をOFFにして一切の痕跡を残さずに国外に逃亡。
そうすれば年明け早々に念願のクビ(引退)になるかもね。

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December 27, 2011

第2275回「もう幾つか寝ると」

2275「渋滞」


早いもんで今年もあといくつか寝れば新しい年がやって来る。
この歳になると余計に1年が経つのが早く感じるもんで、
それは充実しているのか、はたまた多忙すぎるのが要因なのか。

今年はNZの地震を皮切りに3月11日の東日本の大震災。
その後のタイでの大洪水やトルコや中国の地震やアメリカでの
ハリケーンと世界中が自然の猛威に恐怖を感じた1年だった。

オレだけは大丈夫

なんて言う根拠は何処にもなく、先日帰国していた日本でも
割と近い場所で通り魔的事件やバスジャックなどの精神的に
病んだ人間の犯罪が多発していた。怖ぇよぉ。

何処かで歯車が狂い始めている

自然災害に遭遇しない。通り魔的事件にも巻き込まれない。
誰もがそう思いながらも「安全」で「平和」と言えるところが
はたして何処にあるのだろうか。先日親しい友人から電話が来た。

「フジさん知ってる。○●さんが殺されたって」
えぇ〜、いつ。何処でですか
「5日前にカンボジアだってさ」
殺されたって現地の暴漢に殺されたの。事故とかじゃないの
「道路脇の草むらで死後3日くらい経っていたらしいよ」

○●さんとは10年以上も前から知っている日本人だが、
最後に会ったのは1年半前か2年前くらいだったと思う。
昔は仕事柄毎日のように会っていたし5年前にオイラが
胃癌で入院していた時も頻繁に見舞いに来てくれた人だ。

まさか、殺されるとは・・・

数年前に事業を失敗して多額の借金でタイ国内や近隣諸国を
逃げ回っていた噂が流れていたが、まさか人生の末路が穏やかな
死ではなくカンボジアで惨たらしく殺されるとは悲しすぎる最後だ。

死ねば誰でもが仏様。ご冥福を祈ります

喧嘩のとばっちりで危うく流れ弾に当たりそうになった事や
一方通行でぶっ飛んできたTAXIに轢かれそうになったり、
とかくタイでは日本以上に危機管理意識を高めていないと
命がいくつあっても足りない。今までが幸運だったのかもね。

実は先日の夜、取材帰りにいつも乗っているBTSではなく
たまたま来たローカルバスに乗って帰宅した。バスの停留所が
BTS駅より多少アパートメントに近いこともあったのね。

で、いざ目的地の停留所に着いて降りた瞬間だった。大声で叫ぶ声が
聞こえ、ふと見ると左側から刃渡り60cmもありそうなナタのような
大きな刃物を振り回す1人の男が走ってきた。

ギョえぇ〜、なんじゃいコイツは

後方を見ると鬼のような形相で2人の男が必死に追い掛けている。
オレの目の前を通り過ぎる際に手に持っていたナタを捨てた男は
そのまま路上を必死に逃げて行った。そのすぐ後ろに2人の若者。
ふと落ちていたナタを見て腰が引けた。なんと血痕がベットリ。

ゲロゲロ、生々すぎるやん

少し歩くと黒だかりの人が路上の片隅に集まっていた。よく見ると
若者等の乱闘があったのか1人の男が頭から大量の血を流していた。
察するところ、仕事を終えた若者等が屋台で酒盛りしている最中に
何かの切っ掛けで喧嘩になり側にあった調理用の中国包丁で斬りつけた。

ま、そんなとこかしら。時には止めに入った仲間がとばっちりを
被って刺される事件も日常茶飯事の国である。旦那の浮気で後先
考えないで男根を切っちゃう通称阿部サダ事件も後を絶たない。

タイでは銃も包丁も人を殺める道具はいくらでも簡単に手に入るし
ましてやそれらをたまさか常備している事自体が殺傷事件を誘発
している原因になっているのだが。考えてみれば怖い国だよね。

おぉ〜、恐ろしかばい

日本だろうがタイだろうが意味のない無駄死だけは御免である。
せめてハイジャック犯と格闘して殺されるとか、自然災害で人を
助けた代わりに自分がやむなく事故死するのならば本望だが。

ま、どうせ死ぬなら人様の役に立つか感謝されて終わりたいもんだ

さて、もういくつ寝るとサワディピーマイ(ハッピーニューイヤー)だ。
来年こそは自然災害もなく啀み合いもない平和な年であって欲しい。
と、まるでニュースのキャスターか番組の司会者が〆で言いそうな
台詞であるが、果たして“何もない”なんて事は絶対あり得ないだろう。

某有名なタイ人占い師曰く「来年は北部の地震と政党間の問題が暴動に発展し
再びタイ国内が揺れる」のだとか。もういい加減啀み合うのは勘弁して欲しいけど
我々はいかにそれらのとばっちりを受けないで上手く生きていけるかだな。

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洪水騒ぎが終息した街は今日も大渋滞。これがいつもと変わらぬバンコクの現状。

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