June 2006

June 29, 2006

第379回「九州から救援物資」

baa0fa86.JPG嬉しいことにまたまた救援物資が届けられた。
今回は、わざわざ俺の見舞いを兼ねて
救援物資を渡す為だけに来たという。

前回は、東京のW出版社のW氏と
IT社長のDちゃんがカロリーメイトや
チューチュー系の栄養ドリンクなどを届けてくれた。

今回は九州の博多から、俺が所属するNGO団体の
会員さん夫婦が、そうめん、冷や麦、そば、
名古屋の会員さんからわざわざ直送して貰った
本格きしめんにうどん。鰹だしのそばつゆに
魚類ソーセージ。雪印チーズに桃の缶詰。
レトルトお粥にクノールのポタージュスープなど
かなり重量のある食材を運んでくれた。

なんか見ているだけ元気になる。
そばにうどんに、めっちゃ好きな
太いきしめんまである。山梨の
ほうとうも好きだが、きしめんも
なかなか良い。しばらくは大好物の
ラーメンが禁止のため、麺好き野郎
としては最高の救援物資になる。

とろろそばが食いたいなぁ、と思っていたら
ちょうどイセタンで「日本全国うまいもの市」
が開催されており、なんと北海道産の長芋が
100グラム32バーツで売られていた。
おぉ、なんというタイミングだ
究極のとろろそばが食えるまであと少し。

あ、忘れていた。肝心な長芋を擂る
あのゴリゴリする器械がないではないか。
さて、これも行きつけの居酒屋の調理場を
借りて長芋を擂って貰おう。

余談だが、最近体重が68圓泙任砲覆辰拭
大して食べてないのに、体重が増えていく。
体重と体力が戻れば再び治療が開始される。
主治医が抗癌剤治療はあまり時間を空けると
効き目がないとのたまうのだが、はたして
それも医者の算術と疑う俺は大いに悩むところだ。


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June 26, 2006

第378回「6年目の再会」

b79df1e9.JPGもうかれこれ何年になるだろう、
我が家は日本から来る大学生や
バックパッカーたちに一部屋を
無料で開放していた時代があった。

殆どが福祉系や人文学を学んでいる貧乏学生が
多かった。大学も日本社会事業大学、
東京都立大、東京女子大、早稲田、
慶應義塾大学、それに岩手の県立岩手大学。

様々な学生がやって来る。一時期なんて
22人の女子が入れ替わり宿泊していった。
ある学生は大きな荷物を置いてベトナムへ。
またある学生はタイ北部へボランティアに。
カンボジアにアンコールワットを見に行った学生もいた。

もちろん男子学生もいたが、
1シーズンで数えるほどしかいなかった。
その中にYくんがいた。たしか一緒に
チェンマイの孤児院へ行ったことがある。

その彼が大学卒業後にJICAに就職した。
今までこの6年間で、東京で1,2回しか会ってない。
(他の学生等とは帰国すると嫌っちゅうほど会っている)
仕事で彼もタイには何度も来ていたが、
いつもニアミスの擦れ違いが多かった。

その彼と6年ぶりにバンコクで再会した。
Yは先月職場結婚したらしく、新婚ホヤホヤだった。
もう、そんな適齢期になっていたのだ。
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asia_jiyujin at 19:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 25, 2006

第377回「定期採血検診」

9bd6efb1.JPGとうとう五つ星病院の治療の骨格が
音を立てて崩れていく。かなりいい加減だ。
俺は1週間前に4時間も病院側に拘束されて、
最後に「注射を打ちますから」と言われて
ぶち切れて病院を飛び出した。


それから1週間後に採血しに来て白血球や赤血球の
数を調べて貰った。結果は全て向上していた。
女医曰く「ねぇ、だから先週白血球の数値を上げる
注射を打っておいて良かったでしょ」とのたまう。

あのね、聞いてないの?
俺は先週注射を打たないで病院を逃げ出したのよ。
あなた方の患者に対する配慮がないから
薬も貰わずに俺は帰ったの

「あら、そうなの」
俺は何度も言ったでしょ。
口から入るものと己の自然治癒力だけで
絶対数値を上げてみせる、と


「そう言うことであればね。
でも藤岡さんは1人暮らしだから心配なのよ。
やはり薬は呑んだ方が・・・」
だから、先週も見せたでしょ。
我が家には日本から友人が買ってきてくれた
Fe(鉄分、葉酸、ビタミン12)やアリナミンAや
BBがあるから病院の薬は一切要らないの


「どうして?保険があるから病院から
薬を貰った方が良いでしょう〜」
またも、「保険」というキーワードを発した。
確実に儲け主義の発想だ。
とにかく薬は出すな!

そう言って会計に行った俺は
またもぶち切れた。

なんだ?この項目は
「薬が出ていますね」
だから何にも出すなって言っただろ。
すぐに主治医に連絡して撤回しろ
!」
まったく〜、ノルマでもあるのか。1回の治療費で
最低でも3000Bを超えないと駄目なのか?

ふと、先週の会計が気になって
訊いてみたら、奥から出してきた。
その金額を視て唖然とした。
今日の採血検査が2700B。
先週もまったく一緒なのに25400B。

オイコラ!なんじゃあこの金額は?」
会計は「何のこと?」と言う顔をしている。
俺は先週、注射も打ってないし薬も貰ってない。
だから、今日と同じ金額じゃなきゃおかしいだろ

「良いじゃない。保険が利くんでしょ」
またしても、「保険」のキーワードが・・・、
プチッ!」とうとう俺の理性が切れた。

あのな。言ってなかったけど、
俺は4月1日からタイで現地邦人を立ち上げる
某保険会社の立ち上げ要員なの。
受けてない治療費や貰ってない薬を
請求したら虚偽の請求でしょ。
この事実を日本の保険会社に報告するから

その途端、日本人通訳スタッフが豹変した。

「と、と、取合えず今日はお帰り下さい」
さぁて、これから五つ星病院を根底から崩壊させてやる。
いつまでも患者を欺いていると、お天道様が黙ってないぞ。


asia_jiyujin at 18:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

June 20, 2006

第376回「裏切られた治療」

73586ed0.JPGかねてより不安に思っていたことがあった。
最初は100%信用していたS病院だったが、
長く入院しているうちに、「おかしいなぁ」と
思えることや、「こりゃあどう考えても非常識だ
と思えることが続き、病院の裏の顔が見えてきた。

先日、胃癌摘出後の写真と今治療している内容を
詳細に書いて札幌のK氏にメールで送った。
K氏とはもう5,6年の付き合いだが、
病院関係にはとても詳しい人の1人だ。

そのK氏からの返信メールを読んで
俺が愕然とした。不安が的中していたのだ。
以下がK氏と俺のメールのやり取りだ。

K氏
今日、私の高校の時の同級生である胃腸科Drの
ところへ藤岡さんからのメールと写真をもって行ってきました。
まず、ステージ2は間違いないのでしょうか?
全部摘出の写真としては小さくて判定しにくいそうです。
リンパも骨も転移が無いのであれば現在行っている治療は
大腸ガンの治療ではないですかね? 
こういう治療は日本では行なわないです。

著者
そうですか。もしかしたら全摘しなくても良かったのかも
知れませんね。確かに大腸にも小さな腫瘍が見つかりましたが、
悪性ではないから大腸癌の治療はしていないはずです。

K氏
現在の治療は骨も痛める可能性もあり、
白血球にもおよんでいるようで、上記のステージ2
及び転移の問題これがないのであれば、投薬治療でTF1
という内服薬治療で充分とのこと、首をひねっていました。
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asia_jiyujin at 18:40|PermalinkComments(5)TrackBack(0)

June 18, 2006

第375回「突然の親友の悲報」

6d7d5134.JPG高校を卒業して今年で30年が経つ。
高校時代は勉学よりバレーボールに明け暮れた。
卒業後はメンバー全員の進路が違うからバラバラになったが、
数年後に再び集まって社会人バレーボールチームを結成した。

名は「愛球会」学生時代と同様俺がキャプテンをやった。
地元の富良野地区では新参者としては、かなり強いチームだった。
3年後には全国社会人バレーボール大会出場まで上り詰めた。

地元でも念願の春、夏、秋の大会で優勝し、
その年に俺は再び地元を離れて都会に出た。

それ以来、「愛球会」は解散したが、
今度は「悪友会」を結成して、
年に一度はみんなで集まって
温泉に入り、酒を酌み交わし、
顔を合わせることにした。

そんな会がもう20年以上も続いている。
今年は久しぶりに俺が幹事だったが、
突然の胃癌手術の治療のため、
未だに開催は未定だった。

昨日、いきなり訃報が舞い込んできた。
その「悪友会」のメンバーの1人が死んだ。
俺の高校時代からの大親友だった奴だ。
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asia_jiyujin at 14:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

June 16, 2006

第374回「嬉しい救援物資」

6007b7a8.JPG胃を切除してから2ヵ月が経った。
だが、未だに「胃無し」の食生活は慣れない。
そんな時、W出版社のW氏がカロリーメイトと
日本で売れているチューチュー系栄養補助食品を
買ってタイに来るD氏に持たせてくれた。

Dちゃんは、今回で4度目の来タイになる。
これからバンコクでビジネスを考えている。
さすが乗っているIT社長は実行力とバイタリティがある。

そのD氏もいろんな栄養補助食品を買ってきてくれた。
めちゃめちゃ嬉しい。ただでさえ栄養が偏るような
食事しかできないで困っていたのだ。

カルシュウムやタンパク質、鉄分にビタミン12。
不足している栄養素は限りなく多いはずだ。
だから積極的に嫌いな食材でも口に入れる。

今まであまり食べたことがない鶏肉のササミや魚類。
それにタイでは一切食べたことがない牡蠣。
それとヨーグルトに乳製品など、
とにかく頭の中は常に「栄養分補給

食べられるようになれば、
何でも口に入れたいのだが、
刺身や寿司類、生野菜やサラダなどは
抵抗力が低下しているから御法度。
もちろん胃に負担の掛る天麩羅や揚げ物も当然NO。

一番大好きなラーメンも駄目となれば、
食に対する楽しみも俺の体重と共に激減する。
それでも体力を付けるために食べなきゃならない。

昨夜は、胃に優しい卵雑炊にタンパク質が多い卵などのおでん。
それにカルシュウム豊富なシシャモを食べた。
1〜2時間経ってもダンピング症候群が来ない。

嬉しいねぇ。吐き気もないし胆汁も込み上げてこない。
この調子で自然食物から栄養をとりながら
栄養補助食品でさらに栄養補給。

この日、術後初めて体重が1キロ増えた。


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June 15, 2006

第373回「とうとう14垳此

97043451.JPG11日に退院間近に量った体重は69キロだった。
ところが、自宅のデジタルの体重計は66キロ。
ゲッ、14圓盡困辰舛磴辰
どうりで身体は軽いし、フラフラすると思った。

無理もない、10日間ほどまともな食事をしていない。
俺は減量中のプロボクサーじゃあねぇんだぞ

術後80キロから徐々に体重が減り、
36日間後に退院したときは70キロだった。
そして、2度目の入院でさらに4キロ減量。
あのまま入院していれば確実に骨と皮だけになってしまう。

異国では自ら主張しない限り
自由と正義は勝ち取れない。

昨日も、採血だけに行ったのに
4時間も病院側に拘束された。
仕舞いには白血球の数が少ないからと
数値を上げる薬を3日間打つと言ってきた。

保険がないと高いから中々使えないのよぉ〜
と主治医がのたまう。
「オイ、いい加減にしろよ。白血球の数値を上げるより、
病院の売り上げの数値を上げるのが目的だろ!」

しかも、規則正しい食生活をしなければならない俺にとって、
夕方18時から22時まで、何も胃に入れないことはマズイことなのだ。
なのに主治医も看護師も通訳たちも何の配慮がない。

俺は、ぶち切れて病院を飛び出した。
その後、日本人通訳から携帯に電話が来た。
戻って下さいよぉ〜
「ふざけんな。てめぇらの言いなりになるもんか」
俺は来週の採血までに、口から食べる栄養だけで
絶対白血球の数値を上げてみせる。

癌との闘いと同時に、俺は五つ星病院とも闘うハメになった。


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June 14, 2006

第372回「胃切除人の食事」

4d30b3f9.JPG当たり前のことだが、
退院すると食事の用意からあと片付け、
部屋の掃除から洗面所の清掃まで
すべて自分でやらなければならない。

この際メイドを雇っても良いが、
過去にモノを盗まれたり、
借金踏倒事件などで苦い経験があるので
頼む気にもならない。

さて、10日以上もまともに食事をしていなかったので、
(正確に言うと食事すらまともに出来ない病院の体勢が最悪なのだ)
とにかく栄養のあるモノを少しずつ胃に入れていく。
ところが、病院側では退院後の食事のレクチャーがないから難儀する。

そんなとき、毎年ベストセラーが続いている
旅の指さし会話帳」の情報センター出版局の
O氏からとても役立つ嬉しい本が届いた。
(写真の2冊がそうだ)

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June 10, 2006

第371回「日本からの見舞客」

72b83d1a.JPG退院できると勝手に思いこんでいたのに、
外出も外泊の許可も下りない。
すべては感染症だ。病院側はまるで自分たちに
責任がないような言い方をする。

ま、管轄が違えば「わたし知〜らない」がタイである。
一々目くじら立てて怒ってもしゃ〜ない。

昼頃、東京在住でスッチーをやっている義妹が
久しぶりのフライトでバンコクに来た。
空いている時間に病院まで見舞いに来てくれた。
嬉しいことだ。知っている顔があるだけで。

いつもだと、バンコク市内を案内し、
一緒に晩飯を食べていたのだが、
今回は何もしてやれない。ゴメン。

同じ日の夕方、今度は博多から愚弟が来た。
いや〜、ホテルみたいな病院ですねぇ〜
愚弟がビックリするのも無理はない。
俺も最初はそう思った。

愚弟はいつも職場で虐げられているだけに、
癒しを求めて何度もタイに遊びに来ている。
いつも、日本の職場でくすぶりながら
福岡→宮崎→鹿児島と短期間のうちに
転勤を繰り返しながら未だにリストラに
ならずに上手く会社にへばり付いている。

いつかは愉楽の国に住むことを願っているのだが、
現実的に考えると中々踏み出せないでいる。
そりゃあ、そうだろう。愚弟よ、悩むことはない。
人間は不自由な環境の中にいてこそ
初めて自由を求めるのだ。

自由な国で毎日自由に生きていたら
それこそ奈落の底まで沈没してしまうぞ。
人生何事も“ほどほど”がいいんだよね。

さて、感染症も未だに完治することなく体調は不十分だが、
そろそろ退院して〆切間近の原稿を書き上げなくては。
(注:義妹も愚弟も血は繋がっておりません)


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June 09, 2006

第370回「10日ぶりの蘇り」

deb51242.JPG2度目の抗癌剤投与が終わってから
10日ほどが経った。ようやく頭もスッキリしてきて
本来あるべき自分の姿が見えてきた。
本来ならもっと早くに退院できたかも知れない。

ところが、今回は免疫力の低下が原因で
食物からの感染症が発見された。
危うく肺炎まで疑われてレントゲン検査まで撮られた。

主治医が言う薬を真面目に呑んだ。いや、むしろ積極的に呑んだ。
栄養剤もビタミン剤も言われるままに点滴を受ける。

おかげで、昨夜は朝から体調も良く、かなりの空腹感だった。
朝は特別に作ってもらった卵雑炊。それを何度かに分けて食べる。
夕方、俺としては珍しく「タイ風ラーメンを頼む
自慢じゃないが、タイと11年も携わっているのに
未だにエスニック調の辛いタイ料理は苦手なのだ。
パクチーやいろんな香草の匂いにも辟易する。

その俺が、タイ風ラーメンを注文するのだ。
さすがに日本そばには期待が出来ない。
ならば、本場のタイ人が作るタイ料理であれば
どう転んでも当たり外れはないだろう。
とにかく今必要なのは口から入れる栄養だ。

結局、タイ風ラーメンは5分の1を食べた。
看護師たちは「ぜんぜ〜ん食べてないわよ
と眉毛を上げながら怒るが、俺にしてもいれば、
これはかなり革新的な進歩なのだ。


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