July 2006

July 23, 2006

第393回「帰郷2006」

603538ba.JPGハイジャックがない限り、明朝には成田空港に到着。
真っ赤な朝焼けと共に機体が日本の国土に着陸する。
4ヵ月ぶりの日本だ。でも、夏の日本は6年ぶりだ。

これから秋頃まで北海道の実家に滞在する。
高校卒業以来、母親との同居生活は実に30年ぶりだ。
もちろん日本帰国時には3,4日は滞在していたが、
さすがに3ヵ月の長期間はない。

実家と言うところは、せいぜい3日が限界だ。
それ以上いると煙たがられるのが相場だ。
母親に上納金を納めたら、さっさと移動するのが良い。
だが、今回の滞在は理由が違う。

本来であれば、18年前の結婚時に
新築の家に母親を呼んで同居していれば、
もしかしたら「離婚」は回避できたかもしれない。
が、それは今となっては結果論だ。

息子に婆ちゃん。嫁に娘に・・・。
あったかい家庭の中で母親に孝行したかった。
どこで道を踏み違えたのだろう。

本来であれば、蟹座のO型は家庭を大事にしながら
仕事を成功させる相のはずなのに、俺は180度違う
人生を生きている。ま、これも神が与えたもうた試練だろう。

北海道滞在中は、実家にいる時間は少ないかも知れない。
でも、滞在中は出来る限り母親孝行をするつもりだ。
おそらく、俺が癌になって帰国静養する理由が、
まるで「今のうちに母親孝行しとけよ」と
神様が静かに諭しているようだから。


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July 22, 2006

第392回「我悲飛距離激減」

0350d25e.JPG胃癌手術後3ヵ月の病弱な身体を押して、
ゴルフに行った。日本から来た客人の要望で、
どうしても行きたいと言うのだ。

とても一緒に回れるほどの身体ではないと思ったが、
長時間のフライトに耐えきれるかどうかを知るためにも
リハビリを兼ねて行ってきた。

前日にマスターズのイメージを植え付けていったのですが、
最初の一振りがチョロ、次いで空振り、で再びチョロ・・・
結局パー4の最初のホールで14。さすがに15圓
激減した身体に慣れるのにしばらく時間を要する。
なんだか自分の身体じゃないような感覚なのだ。

その後ダボが先行し7ホール目のパー4でようやく
最初のパーを拾い、ついで159ヤードパー3では
ピンそば1辰砲弔韻峠薀弌璽妊。そのまま順調に行くかと思いきや
アウト、インで3個のパーを取りながら、結局終ってみれば56・55の
111という今世紀最大の惨憺たるな結果で終了。でも、今までと
違った球筋と、18ホール回れる体力が(カートですが)ついたことに感謝。

でも、悲しいことにどんなにグッドショットでも、ドライバーの飛距離が
220〜230しか飛んでいないことに大きなショックを受けた。
かつて全盛期は270〜280ヤードのビッグドライブを飛ばしていたのに・・・。

時代は歳と共に変わる。だが、このままでは納得できない。
かくなる上は、下半身の強化に加えて筋力アップもしないと
来るべき己との闘いには勝てないことを悟る。


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July 20, 2006

第391回「旬の果実」

935d0361.JPG相変わらず食が細い。
いろいろと試してみるが、
喉を通らない食材が多い。
おかげで体重は65圓泙埜困辰拭

そんな時タイ人たちは揃って同じことを言う。
フルーツをたくさん食べなさい」と。

なるほど、確かに果物にはミネラルや
ビタミンが多く含まれている。

しかし、南国フルーツの宝庫な国に住みながら
あまり食べないのだ。タイ料理も食べない。
そんな俺を見て、日本の友人は「不幸な奴だ」とのたまう。

俺は「不幸」とは思っていない。
何度も挑戦したが、やはり身体に合わないのだ。
だから、ただ「不遇」なだけなのだ。

でも、フルーツに関しては別だ。
食べられる物はいっぱいある。
なのに、あまり食べない。
これは「不幸」だ。

タイで一番好きな果物はソムオー
(ザボン)と黄色く熟したマンゴーだ。
果物の王様と言われるドリアンは絶対に食べられない。
カモンベールチーズとバナナを腐らせて和えたような味。
アルコールを伴えば一気にあの世に行ける。
果物の女王様であるマンゴスチンはたま〜に食べる。

タイはまさしく今がいろんな果物の旬なのだ。
市場やスーパーにはいろんな果物が並んでいる。
だが、滅多に買ってまで食べない。
理由はむいて食べるのが面倒だからだ。
これからは進んで食べよう。

日本で一番好きな果物は桃。
次にオレンジ色の鮮やかな柿だ。

だが、今の俺に食べられる果物は
リンゴ、バナナ、梨。
柑橘系のキツイザボンや、
繊維質の多いマンゴーはダメらしい。
今日本に帰国すれば、甘い桃や秋には
甘い柿が食べられるというのにダメなのだ。

悲しいくらい辛い。


asia_jiyujin at 19:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

July 19, 2006

第390回「帰国前歯科治療」

cc0115c8.JPGこの期に及んで前歯の裏が欠けた。
さすがに偏った栄養でカルシュウムが不足したのか。
いずれにしても、帰国して日本で治療はしたくない。

来週○曜日の午後2時にまた来て下さいねぇ〜
と、日本では1つの歯を数回分けて治療する。
その方が保険制度で点数を稼げるからだ。
まるで、バンコクの五つ星病院みたいだ。

タイでは1歯でも2歯でも
歯の治療は短期間で治療する。
もちろん保険が適応しないから
一度に沢山治療するんだろう。

俺がバンコクの小冊子で連載している
バンコクウォーカーズマップの中に
さいあむ百景」がある。その前身である
バンコク百景」の第1回目に
歯医者のネタを書いたことがある。

ある日、奥歯の詰め物が取れた俺は、
日本人が多く行くデンタルクリニックへ行った。
行って驚いたことに、受付の女性は平然と
13000Bになります」とのたまうのだ。
「ちょっと詰め物を入れるだけで39000円だ」
他のクリニックも「10000B」とほざく。
こりゃあ、高すぎる。日本に帰国して治療しようと諦めた。

数日後、家の近所を散歩していると、
黄色のスマイルマークが目に飛び込んできた。
なんだ、この見慣れない看板は?」
よくよく見るとデンタルクリニックだった。
磁石に吸い寄せられるように、
俺はフラフラと中に入っていった。

で、受付にいた女性に事情を話すと
すぐに美系の女医が出てきて診てくれた。
驚いたことに「1箇所600Bです」という。

ろ、ろ、ろっひゃくバーツ!」
日本円で1800円だぞ。
俺は所持金を確認してすぐに治療して貰った。
結局3箇所の治療と歯石を取って合わせて2600B。
なんというローカル的なリーズナブル料金なんだ。
日本語は通じないが、俺にはハートフルなクリニックだ。
高い治療費を払っている日本人駐在員人の奥様連中よ。
タイ語の通訳者を雇ってでも行くべきだぞ
!」
と言うコラムを書いて、当時は結構反響を呼んだ。

で、今回もそのクリニックへ行った。
原油価格高騰の理由で、1歯700Bになっていたが、
それでも破格的に財布に優しいリーズナブルな治療費だ。
しかも1回で全ての治療が終る。結局前歯の裏が虫歯に
なっていたらしく、3箇所治療して2100Bだった。

で、大変な事実が発覚した。前側の右下歯が虫歯で死んでいると言う。
「歯を抜いてインプラントしましょう」日本に比べると安いが、
6万バーツはかかる。ブリッジ治療で3万バーツ。
さてさて、今年の暮れまでには美味いものを食べるために
本格的に治療しようかな。

それにしても、人間の身体は年齢と共に
彼方此方のパーツが次々にいかれてくる。
普段からのメンテナンスが必要不可欠なんだな。


asia_jiyujin at 18:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

July 16, 2006

第389回「傷ついた戦士」

6a83f832.JPGオサマ・ビン・ラデンがかぶっている
同じタイプの帽子をかぶっている俺は
イスラム過激派に拘束された訳じゃない。

今、俺の部屋にはアフガニスタンから
傷ついた戦士がやって来ている。
空爆と復興が続いている国。

彼は1年半前からペシャワールで井戸を掘っている。
同じ郷里の福岡の中村医師が1983年からパキスタンでの
医療活動を支援する目的で結成されたペシャワール会に
所属しているのだ。(http:// www.la.biglobe.ne.jp/pcshawar/ )

1年半前までは、東京で漫画を書いて食っていたDちゃん。
それがなぜ外務省が常に渡航危険勧告を出している
危険極まりないアフガンまで行って井戸掘りをしているのか。

これには、俺を執筆業界に導き入れたT氏の存在がある。
彼の「行ってくれば〜」の
軽い一言がDちゃんの人生を変えたのだ。
真意は分らないが、俺は猛烈に感動した。

酒も女も御法度の国に何の楽しみがあるのだ。
若い女とは会話さえ許されないらしい。
日の出と共に起床し、日没と共に就寝する。
俺なら絶対行かない国だ。そんな国で
NGO活動しているDちゃんは凄い男だ。

そんな地に身を置くと人間はどういう境地になるのだろう。
今は、日中50度を超えるらしい。タイのソンクラーン
(1年で一番暑い4月13日のタイ正月)の時期を
はるかに超える外気温だ。さらに米軍が撤退してからは
治安は最悪な状態が続いているらしい。まさにイラク以上の
危険地帯なのだという。俺なら絶対耐えられない。

そのDちゃんは、活動中に2度の車事故で鞭打ち症になり
年に何度か郷里の福岡に帰り治療を受けている。
今回は1日だけタイに滞在して翌日朝早くに
福岡へ向けて帰国するのだそうだ。

傷ついた戦士にたらふく日本食をご馳走した。
今の俺にはそんな事しかできないからだ。
豚生姜焼きとカツカレーを俺の前で平らげた。

見事な食いっぷりだ。豚肉が食えない国だったので
無性に食べたかったらしい。Dちゃんは恐縮していたが、
食えない俺としては、気持ちが良いほどの食欲だった。

因みにDちゃんが料理上手である。
ペシャワールでも料理を作っているそうだ。
特にサバ茶漬けは天下一品料理だ。
いつか俺の胃が何でも食べられるようになったら
再び食したい最高の逸品でもある。


asia_jiyujin at 19:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

July 14, 2006

第388回「三ヶ月目の検診」

d541230e.JPG早いもので胃癌の手術をしてから3ヵ月が過ぎる。
この間、人生で未だかつて体験したことのない痛みや
苦痛を感じた。おかげで生きている幸せを実感できる。

さて、先日バンコクでの3ヵ月目の検診を受けた。
おそらくこれが帰国前の最後の検診だ。
白血球数や赤血球数、ヘモグロミンなどの数値は
基準値に近かった。癌細胞のガンママーカーも
11と手術前に比べたらかなり下がっている。

だからといって癌細胞が完全に死滅したとは限らない。
どんな最先端機械で調べても、1千万個や2千万個の
癌細胞があっても分らないらしいのだ。

この3ヶ月間、五つ星病院であるS病院の主治医や
スタッフとはかなり闘った。時には罵声を浴びせ
ピー!」と言う消音が必要なほど放送禁止用語も
発したと思う。でも、今となってみればみんなに
感謝をしたい。

巨大病院のシステム自体、そう簡単に日本人ごときが
変えられるわけもなく、ましてタイの企業なのだ。ま、
何だかんだ言っても、とにかく今は生きている。

それだけで良いじゃん

因みに、主治医に仙人の調合してくれた薬草の話しをすると
死にたいの?」と淡白な応えが返ってきた。
最先端医療の西洋医学と怪しい神秘的な東洋医学。
どちらに軍配が上がるかわからないが、タイ人の生活に
根付いている精霊信仰的治療は、化学では解き明かせないのだ。


asia_jiyujin at 12:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

July 13, 2006

第387回「仙人の調合薬草」

d9c3ee76.JPG鍋の中には木っ端や細い枝、それに
ハーブのような葉っぱが無数に入っている。
グツグツと煮ること30分。
部屋中にハーブ系の強い匂いが充満する。
まるでスパかエステの待合室のようだ。

鍋をのぞくと黒々としている。
コーヒーよりもさらにどす黒い色だぞ。
うわ〜、これを飲めって言うのかよ

信仰心の厚いタイ人なら、この手の薬草は
貴重であり信じる傾向が多分にあるが、
少なくとも先進国育ちお俺にはあり得ない飲み物だ。

悩んだ結果、アパートのオフイスにいた
顔馴染みの女性事務員に相談する。
数日前に、占い好きだと言うから
ヤダムを紹介したら早速行ったらしい。

当たっているわよぉ〜、今は一番いいときだって
嬉しそうな顔をしながらすっかり満足してきたみたいだ。
で、そのヤダムに紹介されて仙人のところに行って
訳の分らない薬草を持って帰ってきたことを話した。

そんな貴重な薬はないわよ。飲みなさい」という。
確かに1100バーツも出した貴重な薬草だが・・・。
これを飲み続けたら確実に癌細胞が消えるのかよ

信じる者は馬鹿を見るのか。それとも・・・


asia_jiyujin at 17:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

July 12, 2006

第386回「タイのカメ仙人」

76bb6212.JPG俺の身体を案じた霊能者ヤダムが、
どんな病気でも治すという仙人を紹介してくれた。
仙人・・・」俺はドラゴンボールに
出てくるカメ仙人を思い浮かべた。

IT、デジタル時代の昨今、
そんな人物が実在するのかと思ったが、
そこはアメージングタイランド。

あり得ないことや信じられない事が
日常茶飯事的に起きる国だ。
今更何が起きても驚かないつもりではいるのだが・・・。

霧が立ちこめる人里離れた山岳地帯には
病院など存在しない村がある。
木や葉っぱを煎じた薬草や霊的魔術で
病魔を排除する怪しい霊術師が存在している。

だからヤダムが言う仙人もあながち嘘じゃないだろう。
半信半疑ながら俺は絶大なる信用を寄せる霊能者と共に
仙人に会いに行った。バンコクから車で1時間くらい。

ピンクラオの橋を越えてナコンパトムに向かう途中に
プタモントンサイシーという町がある。仙人というから
てっきり人里離れた高山で修業しているのかと思ったら、
現代のタイ仙人は豪邸が建ち並ぶ分譲地に住んでいた。

かなり広い敷地にかなりデカイ豪邸。
なんじゃいこの建物は?」
まるでテレビドラマに出てくる
ハイソ系金持ちタイ人が住むような豪邸だ。

家の前では数人の職人が庭と噴水を造作していた。
どう見てもタイ人特有の見栄っ張りな館だ。
だが、これが人を信用させるための必要的演出なんだろう。
この時点で俺はかなり懐疑的になり、
仙人が胡散臭いペテン師にしか思えなくなっていた。

使用人が霊術部屋に案内してくれた。
中にはインドの修行僧の仏像や牛の顔をした仏像。
さらにブッダやどこから持ってきたのか頭蓋骨が3つ鎮座されていた。
室内には俺以外に8人の悩める子羊たちが待っていた。
新しい商売の開運を願う夫婦。腰痛に苦しむ女性。
時には宝くじの番号を教わりに来る人もいるとか。

とにかくどんな病魔も治し、何でも願いを叶えてくれるらしい。
だから平日は100人を超すタイ人が押しかけるそうだ。
しばらくしても仙人は出てこない。俺はエアコンの効いた
心地良い部屋で急に睡魔に襲われて寝てしまった。
やがて2時間ほど経ってから噂の仙人が部屋に入ってきた。

イメージしていた仙人とはまるで違う。
ポールシィターファイと名乗るその50歳過ぎのおっちゃんは
海軍のような白い軍服を着て髪毛が黒く白い髭はなかった。

特に霊的な波動も感じないし、独特なオーラも感じない。
すぐにヤダムが俺の癌治療を詳しく説明してくれた。
すると上着を脱いで見せろと言う。舐め回すように身体を見た後に、
薬草を調合するために部屋を出て行った。

木っ端や細かい葉っぱなどが
ギッシリ詰った袋を用意してくれた
さらに摩訶不思議な呪文を唱えながら俺の頭や
身体に剣を当てながら早口なサンスクリット語で呪文を唱えた。

終ると今夜から1週間ほど我が家に
泊まり治療をしなさいと言われた。
「治療・・・?」こんな訳の分らない家に
1週間も滞在して何をするというのだ。

ヤダムや回りのタイ人たちも盛んに勧めるが、
最初から懐疑的な俺は五つ星病院よりも、
もっと恐ろしいタイ社会の末路に大きな不安を感じて丁重に断った。

すると自宅治療用に調合した薬草を用意してくれた。
「これを持って帰って煎じて呑め」
そう言われてもねぇ・・・
俺は限りなく仙人を疑っている。
時間は夜の9時を回っていた。
じゃあ帰ってから呑みますよ
そう言って怪しい仙人館を後にした。

ヤダムが車を運転しながらしきりに俺の身体を案じる。
ねぇ、家に帰ったら必ず呑みなさいよ」と言う。
正直、現代日本人には信じられない現実なのだ。
霊能者の貴女が「抗癌剤治療は必要ない」と予言したんだから、
もしかしたら薬草も必要ないんじゃないの。と喉まで出かかった。

それにしてもあの怪しい呪文や薬草で進行癌を治し、
頭痛や腰痛、歩けない人まで完治させたというのだから、
知られざるタイの闇世界は、まだまだ奥が深いと妙に感心させられた。

因みに自宅にて薬草を鍋に入れて煎じたが、
どう見ても葉っぱに木っ端に細い枝しか見えない。
これを呑むには相当の覚悟がいる。

30分以上も煮だらした薬草を器に移して1口呑む。
特に苦くはないが、不味くもない。でも、恐ろしくて大量には呑めない。
もしこれを呑んで病院に行くようなことがあったら、それこそ笑い話だ。

部屋中にハーブの香りが立ちこめる。
なんだかアロマテラピーのマッサージ店の匂いに似ていた。

おぉ、神様。果たして仙人が調合してくれた薬草は、
見えざる俺の癌細胞を全て死滅させてくれるのでしょうか。


asia_jiyujin at 17:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

July 11, 2006

第385回「霊能者の大予言」

d81c6149.JPG昨日の夕方、霊能者ヤダムから電話が
来たのでちょっと行ってきた。

俺が毎月連載しているバンコクの小冊子に
ヤダムの占いの事を執筆したら、凄い反響で
たくさんの問い合わせが来たので紹介したのだ。
おかげで悩める日本人子羊たちが連日来ていたそうだ。

ヤダムはそのお礼を含めて俺の今後の
癌の抗癌剤治療は必要ない。と大胆にのたもうた。
今月末には治療のために帰国する予定だが、
出来れば極力抗癌剤はやりたくないのが本音だ。

するとヤダムから「知合いの仙人に漢方薬の
名医がいるから明日一緒に行こう
」と誘われた。
何だか仙人が煎じた特別なハーブを呑むと、
たちどころに苦病が治るというのだ。

でも、バンコクから1時間の
ところにいる都会の仙人様って・・・。
(近日中にカメ仙人の詳細を書きます)


因みにヤダムは今まで俺が連れて行った十数人の友人、
客人などの数々の悩み事を瞬時に解決してきた
偉大なるパッタニー出身(タイ南部)の霊能者なのだ。

そのヤダムが不思議な予言をのたもうた。
「もうその時が来ている」いったい何の時期なのか。
彼女曰くは、もうこの国を離れても良い時期だ、と。
それは同時に本格的な日本帰国を意味するのか。
癌という過酷な手術を経て生まれ変わったのだから
次なる人生のステージに向かって歩きなさいと。
人生の次なるステージって・・・
ロールプレィングゲームじゃあるまいし


さらに、その先を占おうとしたので俺はあえて断った。
次なるステージは帰国してからゆっくり静養しながら考えるから
今は何も予言も霊視もしないでくれ、と頼んだ。

もうかれこれタイ王国と携わってから11年目が過ぎる。
俺はいつまでこの国で生きているのだろうと漠然的に考えていた。
いつか日本に本格的に帰国する時期が来ると思っていた。
それが、「」だとは夢にも思っていなかった。
でも、「胃癌」という大病は、その事を暗示していたのか。

そろそろ、次なるステージに足を運ぶ準備を真剣に考えよう。
ヤダムは「とにかく今は空気の綺麗な場所で心も身体も休みなさい」という。
北海道に3ヵ月間滞在していたら、何かが見えてくるのだろうか。

因みに、94年の秋にタイに来てから昨夜で11回目の生誕の日を迎えた。
試練や修練の多い今世に生んでくれた母上様に、深〜く感謝する一日です。



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July 09, 2006

第384回「帰国前最後の仕事」

4f937e2f.JPGようやくタニヤ取材が終った。
1週間で7軒はさすがに身体に堪えた。
中には、写真の写りが気に入らないと
何度も撮り直しをさせられた子もいた。
でも、どの店の子も協力的でママさんも優しかった。


さすがに昨夜は、最後の取材を記念して
女の子たちと一緒に写真を撮った。
これで原稿を纏めて送れば、
取合えず3ヵ月間は休暇が取れる。

胃癌摘出後の抗癌剤治療も
2回受けてから、今は休止している。
おかげで体力が徐々に戻ってきているが
体重が一向に増えない。原因は
食べる量が圧倒的に少ないからだ。

帰国したら、北海道の幸を
たらふく第2の胃に入れてやる。
と、言っても未だに食べられない
食材は多いのだ。

昨夜、ケチャップ味の濃いオムライスを食べた。
いつも味の薄いものばかりを食べているだけに
濃い味の料理は舌に新鮮だった。

が、案の定食後のダンピング症候群に悩まされた。
これさえなければ極上の幸せなのだが。
ま、胃が無いのだから慣れるしかない。

あぁ、早く何でも食べられる日が来ることを願う。


asia_jiyujin at 15:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう