October 2006

October 31, 2006

第472回「流浪の旅の終焉」

8610abca.JPG7月24日に帰国してから、
北海道、東京、名古屋と流浪の旅を続けながら
実に様々な所で、いろんな人たちと会い、
いろんなグルメを堪能し、いろんな体験をし、
いろんな事を考え、いろんな・・・・。

とにかく「いろんな」ことがあった3ヶ月間だった。

こんな俺の生き方を見て、とても羨ましがる人がいる。
確かに縛られる組織もなく、厄介なしがらみもない。
時には、妬み、嫉み、僻みを受ける事や
言われもない中傷を受ける事もあった。

だが、俺は母親以外は誰にも迷惑をかけていないし、
後ろ指を差されるような生き方はしていないつもりだ。
ま、自由気ままな人生(実際はそうじゃないけどね)を
歩もうと思っても、誰にでも簡単に出来る事じゃあないけどね。

「小学校に入ったら〜♪ともだち100人出来るかな〜♪」
昔、テレビCMでこんな唄が流れていた。
通常、小学校の現場で100人もの友達が出来たら
そいつは初等教育の段階で、相当のカリスマ性をもっているか
それとも暴走族のリーダーくらいだろう。でも、それはまずありえねぇ。

この歳になって、俺には100人の友がいる。
詳しく数えた事はないが、おそらく100人は超えている。
気が付いたらいつの間にかこんなにも増えていた。
今回の3ヵ月間に及ぶ流浪の旅でも、会った数は100人を超えているだろう。
2度3度会った人や、1度しか会えなかった人もいた。
中には数分しか立ち話しか出来なかった人もいる。

その殆どがタイで知り合った人やアジアで繋がっている人たちだ。
俺にとっては、皆かけがえのない人たちばかりである。
神は多くの試練の中で、唯一お金では買えない人財を与えてくれたのだ。

しかし、こんなアウトローな人生を生きていれば、
刺激的で楽しいが、時にはいろんなリスクが付きまとう。
ま、今回の帰国は胃癌切除後の静養を重視したつもりだったが、
結果的には毎年の帰国と同じように、一箇所にはいられなかった。
でも、例年以上に今回の帰国はいろいろ人生を考えさせられた旅だったなぁ。

日本帰国時に全国彼方此方で会った皆さま、次回も元気に再会しましょう。
ありがとう。コップンクラップ

とうとう俺の10年物パスポートが、1度ページを増補したにも関わらず
あと2年の有効期間を残してページが終了した。
行った国の数14カ国。アメリカ、オーストラリア以外は殆どが東南アジア。
ページを捲る度にいろんな想いが走馬灯のように蘇って来る。
俺にとっては人生を共有にした思い出がいっぱい詰まったパスポートだ。

で、次なるステージへ赴くために、新たにICチップ入りの
パスポートを申請した。(写真)真中にICチップが入っているため
ズボンの後ろポケットに入れて曲げたりしたら大変な事になるらしい。

まだどこの国のスタンプも押されていないまっさらなパスポートを持って、
俺は再び人生の旅に出ます。場所はもちろんタイですがね。
新たなるステージには、いったいどんな試練が待ち受けているのか。
「ワクワク、ドキドキ」ま、楽しみながら生きていくとするべぇか・・・。


asia_jiyujin at 15:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

October 30, 2006

第471回「最後のアジアン会」

6d22bc01.JPGとうとう日本滞在最後のアジアン会だ。
東京に移動してから3回目になる飲み会。
しかも今回は全員が看護師たち。もしくは現役大学生。

慶應義塾大学看護医療学部12名の彼女らとは2年・・・あれ?
3年前だったかな。とにかくタイにあるエイズホスピスや
バンコクの孤児院などをコーディネートしてからの仲になる。

翌年も、再び「アジア女子十二学坊」の彼女たちがやってきて
一緒にチェンマイへ行き、エイズ孤児がいるバーンロムサイや
日本で不法就労しながらエイズを発症したタイ人女性を受け入れる
エイズシェルターのバーンサバイに連れて行った。そうだ、
孤児院のビェンピンホームにも行ったっけ。

その後、そのうちの4人と長距離バスに乗りながら
チェンマイからチェンライの国境の町メーサイに旅に出た。
さらに黄金の三角地帯が見たいというので、ゴールデントライアングルに走る。
さらに高速ボートに乗って、ビルマ、ラオスの領土も一緒に足を踏み入れた。

今にして思えば、なぜこのとき俺が多忙なのに一緒に旅をしていたのか覚えていない。
おそらく「きっと、俺がいなきゃヤバイかな」と老婆心的発想だったんだろうな。

そもそも、彼女たちはタイでボランティア介護研修をするために、かなり前から
ある日本人とコンタクトを取っていたらしい。しかし、その日本人は
無責任にも、そのミッションを間近でドタキャンしたらしい。
大学側から予算を出してもらっている関係で今更研修を中止するわけにいかない。
「さて困った」焦った研修チームの代表Mが、仲のよかったJ国際大のKに連絡。

K・・・そう、数日前の「タイ王国大使館員」のコラムに登場したあのタイ人である。
訳を聞いたKは、何も考えず気軽に俺を紹介したらしい。さすがタイ人。
で、Mからメールが届いた。「ダメ元でメールしますが、Kから紹介し・・・」
奇しくも彼女たちがタイに来る3日前だった。

もし、現地でコーディネートする人間がいなければ、折角の海外研修が困難になる。
しかし、よりによってバンコクから車で3時間ほど掛かるエイズホスピスがある
ロッブリィ県のナンプー寺から2日前に戻ってきたばかりだった。
えっ!またエイズホスピスかよ・・・
やれやれ、ま、これも何かの縁だ
このとき、何故か断ろうとはまったく思わなかった。

その翌日、今度は明治学院大のH美とその弟からメールが送られて来た。
「T大学のHY教授に紹介されたんですが・・・」
また、同じエイズホスピスへ行きたいと言う希望だった。

断って置くが、俺はこのエイズホスピスの従業員でもなければ、
大学生にボランティアを強力に進めている推進員でもない。
でも、この時期はなぜか日本から来るボランティア目的の大学生を
現地まで送り、ホテルや車の手配、果ては食事まで世話をしていた。
なんだか、当時はそれが当たり前に俺の使命になっていた。

その彼女らの一部が、すでに今年の4月から大学を卒業して
慶応義塾大学病院で働いている。いやはや、全員が看護師と卵じゃん。

「わこうさ〜ん、今日は私たちがついているから大丈夫よぉ〜」
お〜、心強いお言葉。なにかあっても安心だと思った。

ところが、超エンゲル係数高い子ちゃんのMは、
常人的じゃない食べ方をする。もちろん、N佳もAもM子も
やたら食べるペースが速い。おかげで俺も食べる速度が速くなり、
数分後には早期のダンピング症候群で見事にぶっ倒れた。

その後、彼女たちに甲斐甲斐しく介護されたのは言うまでもない。
「ありがとう御座いました。看護師たちのみなさまたち」


尚、これをPCで見られている方にご協力のお願いがあります。
この2段下にある左・右の広告を毎回クリックして下さいませ。
なんでも、クリックする度に俺にポイントが付くらしい。

このブログを書いて4年。さらにライブドアに移行して1年。
今まで気ままに書いたブログで溜まったポイントがゼロ。
下のアンダーバーが付いている広告をクリックすると
ポイントになるらしい。と言う事をつい最近知りました。
試験的に、何がどうなるのか知りたくなったので是非、ご協力してくださいませ。


asia_jiyujin at 11:49|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

October 29, 2006

第470回「『上』からのお告げ」

e93df164.JPG駆け足で通り過ぎた尾張名古屋の3日間。
名物も堪能し、近代的な乗物の新幹線にも乗れた。

札幌の大通り公園にあるテレビ塔のように、
名古屋にも同じような公園にテレビ塔があった。(写真)
快晴に恵まれた3日間。ありがとうKさん。
ちなみにK氏の歳は75歳。でも脳年齢は俺と変わらない。

帰国後3ヵ月が過ぎ、そろそろ旅の最終章を向かえる。
さて、再び新幹線に乗って東京に戻り
最後の仕上げに入るとするか・・・。

先日、白金で会食を共にしたF記者から昨夜連絡が来た。
今俺が悩んでいる事をM霊能者に訊いて貰ったのだ。
M霊能者は『上』と交信して次ぎなる答を出してくれた。

「今やっている仕事が一番あなたに向いている」

え?そうなの・・・
実は、バンコクで崇拝する霊能者ヤダムが曰く、
「次なるステージがあなたを待っているわ」と言われたので、
俺はてっきり今の仕事を人に譲ってまったく違うジャンルに
変わるものだと勝手に思い込んでいたのだ。

それが、今の仕事が一番俺に合っているらしいとは。
『上』が諭すには、「次なるステージは自分の意識的なレベルアップであり、
気持ちを新たにワンランク上の意識で生きて行け」っつうことらしい。
なるほど、「初心に返りなさい」っつうことなんかい。

結局、チルチルとミチルの「幸せの青い鳥」の童話とまったく同じ展開じゃねぇか。
癌になる前に「幸せを探せ」とヤダムに言われ、さらに「次なるステージ」を
捜し求めて帰国し、いろんなところに旅をしながらそれこそいろんな人に会った。

おかげでいろんなところからオファーが来た。
1・サプリを促進して権利収入を得る。
2・タイで保険会社の現地法人立ち上げを手伝う。
3・バンコクでタイ語学校を創設して将来は校長先生になる。
4・某TV局のバンコク製作部の支局長になる。
5・北海道のある農家に養子縁組して農業を継ぐ。

でも、いったいどれが俺の「次なるステージ」なのか迷っていたら、
旅の最終章で「今の仕事が一番・・・」という答に辿り着いた。
結局「幸せの青い鳥はすぐ身近に存在した」ちゃんちゃん、と言うオチになる。
今年の帰国流浪の旅の結末は、「幸せ」の意識改革だったらしい。

因みに『上』の助言は次の通りだ。
1・サプリは良い物だが、システムと会社が良くない。
2・保険の話を持ってきた人に多少問題あり。
3・タイ語学校はボランティアのつもりでやれ。
4・死にたいのか。
5・論外。


asia_jiyujin at 14:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

October 28, 2006

第469回「名物に旨い物・弐」

eda14fd7.JPG名物に旨いものがあった。
名古屋と言えば「海老ふりゃぁ〜」だ。
海老天丼も有名だったりする・・・と思っていた。

が、それは大きな勘違い。K氏曰くは
「別に海老がそれほど旨く有名でもない」とのたまう。
ただ、名古屋人が他県人より海老を多く消費する民であると。
(でも、伊勢海老って有名ジャンね)

この日食べに行った「割烹 名月」で出された
究極の海老天麩羅を、すり潰した塩で食した。
喉の奥で「ゴクリ」と音が鳴る。

旨い・・・、う〜ん旨い・・・されど旨い
舌が唸る。半年間我慢した禁断の海老天麩羅料理。
名物(じゃないらしいけど)に旨いものがあった。


asia_jiyujin at 20:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第468回「名物に旨い物・壱」

dddc0a19.JPG世間一般的には
名物に旨いもの無し」と言われる。
この諺はあながち間違いではない。

名古屋の名物料理と言えば、名古屋コーチンに
鶏の手羽先。そして、味噌カツに味噌煮込ウドン。
なぜ味噌味なのか分からないが、味噌が主体である。

北海道のような、寒い地域ならこってりした味も分かるが、
この町の味噌煮込みの味は、北海道のそれとはまったく異質だ。
濃すぎて舌が麻痺する。さらに、麺が固い。歯が折れるかと思った。
胃がない俺には、ちょっと辛い食べものだった。

名物に旨いものは存在しない・・・


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第467回「日ハム優勝日本一」

8aab8c31.JPG北海道初のフランチャイズ球団。
札幌に移転して3年目。
とうとう日本一になってくれた。

今年は高校野球の駒大苫小牧準優勝に続き、
プロ野球でも日本ハムファイターズが全国制覇。
北海道の経済効果は鰻上り状態だろう。

しかし、背番号1番の新庄剛志選手が今季限りで引退する。
九州出身なのに不景気な北海道に夢を与え続けた男。
ありがとう!」

俺も、人様に勇気と元気を与えられる存在になりたい。


asia_jiyujin at 19:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第466回「そうだ名古屋行こ」

a598ba7d.JPG初めて新幹線に乗った。
のぞみ」は早い。(写真)
車内は飛行機よりも快適。

見渡すとタバコを吸っている人がいる。
今では、多少慣れたが、タクシーや乗り物の中で
普通にタバコが吸えることにとても違和感を覚える。

そのうち、タイのように全車両が禁煙になるんだろうな。
東京から1時間半で目的地の名古屋に着く。天気は快晴。
東京よりは暖かい。日中は半袖でも十分凌げる。
北海道→関東→愛知・・・そしてタイ。俺は渡り鳥かよ。

初めての名古屋に着き、M基金の会員K氏が駅まで迎えに来てくれた。
金の鯱で有名な名古屋城。名古屋テレビ塔。東海道五十三次の国道一号線。
名古屋県庁。名古屋大学。トヨタ本社ビル。市内を車でぐるぐる案内してもらう。
人口200万人都市は札幌市よりちょっと大きい感じ。

市内を多少掌握した後に、ホテルにチェックイン。
その後、タクシーで市内に出て夜の街へ繰り出す。
全国の海の幸を堪能できる居酒屋に行き、
梅酒を片手に焼き牡蠣、さんま、シメ鯖、マグロ、の刺身を堪能。
その後、初めての名古屋の不夜城に出動・・・

ところが、ちょうどこの日は日ハムと中日ドラゴンズの日本一決勝戦。
歓楽街に人の数は少ない。K氏の馴染みのスナックに入るも
おそらく推定60歳を過ぎているであろうババァだけで、店内は閑古鳥が鳴いていた。
小一時間ほどいてもさっぱり盛り上がらないので、夜9時にホテルへご帰還。

で、テレビで野球中継を観戦するという最悪な夜。
それはねぇだろう!」

前日、東京白金で飲んだW氏から楽しいメールが入ってきた。
今夜は新橋で盛り上がっているらしい。
何か違う。何かが狂い始めているぞ。
お〜い、俺も尾張おねぇちゃんと盛り上がりた〜い!」


asia_jiyujin at 19:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

第465回「東京最終夜もW氏」

5442b01d.JPG東京から名古屋へ移動する前夜、
札幌から東京に出張に来ていたW氏と
白金の創作料理「好」で会食することになった。

実は今年7月24日にタイから帰国した際、
実家の美瑛からサロマへ移動する前夜も
わざわざ旭川まで出張して来てくれたW氏と
36街で一緒に酒を傾けながら会食を共にした。

さらに、10月13日に札幌から東京に移動する前夜も
札幌東区にある創作料理「じゃんぼ」で美食を堪能させて頂いた。
奇しくもその夜は、北海道日本ハムファイターズが
パリーグのリーグ優勝を賭けた最終決戦日だった。
おかげで店内には一組のお客しかいなかったことを覚えている。
結果はパリーグを制覇して優勝。
(ちなみに創作料理「好」の社長はこの店で修行経験があるんだとか)

いずれにしても偶然か必然か、次なる旅のステージへ移動する前夜は
必ずと言っていいほどW氏と会食を共にしているのだ。
きっと、W氏とは不思議な縁で結ばれているんだろう。

W氏は「フジさんと一緒にいると楽しい」と言ってくれる。
俺は、素直に喜び感謝する。まさしく男冥利に尽きるが、
実は俺の方がW氏といると、心が限りなくα状態に近づくのだ。

さて、この日の夜は他にもゲストがいる。
俺がタイで北朝鮮タイ人拉致事件の取材を協力させて頂いた
出版業界では老舗の週刊誌「週刊B」のトップ記者F氏が同席。

F記者とW氏は、お互いすでに面識があった。
先月札幌滞在中に、F記者からの妙なメールが切欠で
俺がW氏に紹介したのが始まりだった。

考えてみればW氏には過去にいろんな人を紹介している。
覚醒願望の現職警官G氏。
サロマのアジア男塾団長Y氏。
NGO団体M基金のM元代表。
指一本で癌をも治すという神様。
言葉のソムリエ師の大手広告代理店勤務のNちゃん。
バンコクに現地法人会社を立ち上げたIT社長。
(多種多彩にして、その都度W氏には必要だったりそうでなかったり・・・)

さて、今夜はW氏の人生が大きく変わるかもしれない日。
W氏にとっては将来をかなり大きく左右するほどの大事な選択を迫られる。
ま、内容的にはプライベートな部分が多いので割愛するが、
仕事も人生も大きく変わることには間違いない。

実はF記者の近親者に特殊な能力を持ったM霊能者がいるのだ。
その人は「上に訊いてみるから」と「上」に交信できる能力を持っている。
」って何だ?神か?ブッダか?それともジーザスクライストスーパースターか?

」と交信すると、一瞬にして悩みを解決してくれる。
ま、信じられないかもしれないが、体験者の信憑性はかなり高い。
ちなみに、F記者の父親は政財界の人が相談に来るほどの大物人物なのだ。
で、M霊能者はその父親の側近的秘書。
F記者は自分の父親よりも能力が高いと評価する。

いずれにしても、とにかく驚くほど当たる。
俺がバンコクで崇拝している霊能者ヤダムばりに何でも言い当てる。
さらに将来の方向性と指針を授けてくれる。
Wさ〜ん。迷うことありません。指針通りに行動しましょう

そう言えば、別れ際F記者に俺が現在抱えている大きな選択問題を
是非「」に訊いてくれる様にお願いした。
現在俺は、人生の次なるステージで沢山のオファーから
どの道を進めばいいのか大きく悩んでいたのだ。

」の方、教えてくださいませ〜

(写真左側W氏。右側がF記者。そんで真ん中が筆者)


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第464回「果てしない陰謀」

b3991f42.JPG千葉でN社の仕事をしているKから、
「今の仕事を辞めたい」と相談してきた。
Kはタイ生まれの日本育ちのタイ人女性。

母の事情で9年前に日本へやってきた。
以来、独学で日本語を学び中学高校を卒業。
さらに奨学金を得て大学に進学し、昨年無事に卒業した。

ちなみにKは大学の卒論提出日の前夜に、
バンコクの俺のとこまで国際電話をかけてきた。
「明日までに卒論を書かなきゃいけないの〜、どうしよう」

突然「タイの貧困問題と売春」について論文の協力を強制してきやがった。
この野郎。自分でやれ!」と思ったが、なぜか協力してしまった。

それは彼女の生き方があまりにも逞しく、強かで、時には狡賢く、
そして最底辺で生きている典型的なタイ人だったからである。
逆境に対して逞しく生きる姿は、時には俺の励みにもなった。
だから、彼女が悩んでいたり、壁にぶち当たって困ったときには
誰かが手を差し伸べなければならないのだ。(奉仕の精神)

と言うことで、Kにはタイ王国大使館に就職するように勧めた。
お膳立ては、Dちゃんに会食場所を設定してもらい、
Kとタイ王国大使館に勤めるM子女史を引き会わせた。(写真)

すると、どうでしょう。
ちょうどタイミングよく、欠員が出るポストがあるので
Kを強力にプッシュしてくれると約束してくれた。
すべからく「縁」とは、こう言うものなのだ。

だが、大きな問題が1つだけ発生した。
Kのタイ語は12歳までの能力しかない。
そのため今から早急に大学並みのタイ語力が必要になったのだ。
あっちゃ〜!」
だから、普段から勉強しとけって言っておいたのに。
(ま、タイ人だからしゃ〜ないか)

実は、今回の会食会の本当に理由は、タイ語講師のスニサー先生と協力し、
大きなプロジェクトを計画していたのだ。そのため
大使館員とのパイプが必要だったので開いた晩餐会だったのだが、
なぜか結果的にKの就職活動に繋がってしまったのだ。

ま、どうあれKがタイ王国大使館に勤務することが出来たら
将来は我々の広大なタイプロジェクトの橋渡し存在になってくれよ。


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October 27, 2006

第463回「牡蠣食えば金が無」

164658d0.JPG「柿食えば鐘がなくなり法隆寺」と言う詩がある。
A澄も現役Nも、半端じゃなく超牡蠣好き娘である。
だから、俺が北海道のサロマ湖に滞在していたときに男塾のK輔に、日にち指定で牡蠣を送ってくれるように頼んであった。

その日の夜、クール宅急便で送られたプリプリの新鮮な牡蠣を持ってA澄とNちゃんが贔屓にしている近くの居酒屋に行った。

で、店長に数種類の牡蠣調理を頼む。
最初は素材を活かして生でペロリ。
ちょいと火を通して焼きでペロリ。(写真)
さらに創作してグラタンにしてペロリ(これはめっちゃ旨かった)
もう、至高のプリプリ牡蠣に堪能しながら、
みな満足した面持ちで新鮮な北の幸に感動していた。

旨食はそれだけで女の心を究極域で満足にさせる。
それにしてもこいつら・・・あまり食い過ぎると
「牡蠣食えば金が無くなり・・・」なんてなりかねない。

因みに、サロマは低気圧の影響で海が台風のように荒れ、
船が8艘も沈んでしまったそうだ。K輔の船も沈んだ。
そんな最悪な状態なのに、約束の期日を忘れずに送ってくれた。
さすがアジア男塾の塾生。
ありがとうK輔!心から感謝です


asia_jiyujin at 21:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう