November 2006

November 28, 2006

第499回「アオナンビーチ」

c312bb12.JPGよぉ〜く写真を見て欲しい。
(もう、えぇっちゅうの)
映画のワンシーンのようなビーチストリートでしょ。
あまりの空の青さに刺激されてシャッターを押した。

ここは本土に繋がっているアオナンビーチリゾート。
日本人や韓国人などのアジア系の観光客は殆ど見かけない。
圧倒的に肌の白いヨーロピアンたちが町を占めていた。

むか〜し、フロリダのマイアミに長期滞在していたことがある。
当時は1泊49$のホテルに宿泊していたが、やがて30$→15$と
所持金が少なくなる度に安宿に移っていった。

で、3ヵ月後には1泊8$のドミトリーまで落ちていった。
その時の相部屋宿泊者は、ドイツ人やアイルランド人などの
ヨーロッパからのバックパッカーが大半を占めていた。

ウェア・ユー・ゴーイング?」
「オン・ザ・ビーチ!」

同部屋にいたドイツ人たちは、昼になるといつも泳ぎに行っていた。
俺も奴らにつられてよくビーチに行った。

青空が広がるアオナンビーチで高〜い椰子の木を見ていると、
ふと、あの時のマイアミビーチがクロスオーバーして見えた。

あれから十数年・・・俺は何処に向かって歩いているんだろう

まるで浦島太郎が助けた亀に連れられて辿り着いた(もう、えぇっちゅうの)
幻想的でユートピアのような砂浜に1人佇む。

ま、いっか

さて、綺麗なタイやヒラメの舞は見られなかったが
再び喧噪な大都会の荒波に戻るとするかな・・・。


asia_jiyujin at 15:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第498回「ラウレイビーチ」

4cc6e181.JPGよぉ〜く写真を見て欲しい。断崖絶壁の岩を
果敢なロッククライマーたちが登っているのが分るだろうか。
(およそ400辰隆笋3人の西洋人が登っている)

ここは本土に繋がっている人気のライレイビーチ。
むか〜し、この土地を訪れたときは、
まだまだロッククライミングをやる人たちは極少だった。

あれから7,8年が過ぎ、今では現地のタイ人たちの
インストタラクターがかなり多くなっていた。
しかも、マッスル系の引き締まった身体の美女たちもいる。

よし、いっぱつやってみるか・・・
その近くで、軽い気持ちで挑戦してみた。
80キロから62キロになった俺の身体は
思った以上に軽く感じるはずだ。

あれ、上がんねぇ・・・
まいった。想像以上に腕の筋肉が落ちている。

まるで浦島太郎が助けた亀に連れられて辿り着いた
幻想的でユートピアのような岩山に佇みながら凹む。
綺麗なタイやヒラメのようなマッスル美女が
蔑むように冷やかな目で見ていた・・・。


asia_jiyujin at 15:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第497回「ヌーディストビーチ」

9f8013c7.JPGよぉ〜く写真を見て欲しい。
砂浜をトップレスの美女が歩いているのが分るだろうか。
ここは島の陰になっていて、あまり人が来ない場所である。

まるで浦島太郎が助けた亀に連れられて辿り着いた
幻想的でユートピアのような空間が広がっている。
そう、綺麗なタイやヒラメが半裸で踊っていた・・・。


asia_jiyujin at 15:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

第496回「海の上を歩く人々」

b9adb030.JPGよぉ〜く写真を見て欲しい。
海の上をたくさんの人が歩いているのが分るだろうか。
ここは引き潮の時だけビーチが現れる小島である。

清涼飲料水のCMや映画のロケ地にでも使われそうな島。
まるで浦島太郎が助けた亀に連れられて辿り着いた
幻想的でユートピアのような空間が広がっている。

でも、綺麗なタイやヒラメは踊ってないけど・・・


asia_jiyujin at 15:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

第495回「クラビの奇怪島」

e82f8374.JPGなんだこりゃあ?」何に見えるだろう。
見方によってはダチョウの頭。
あるいは亀の頭にも見えないこともない。

こんな奇っ怪な島がクラビには100くらいある。
その中でも此島は特別に変わった形をしていた。
想像を絶する長海歴の中で不可思議な変貌していったのだろう。

それにしても絶妙なバランスである。
スマトラ沖の地震でよく崩落しなかったな、と思う。
いずれ歴史は自然の形態を変えていくだろう。
そう、多くの歴史を重ねた人類の性格のように。


asia_jiyujin at 15:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

November 26, 2006

第494回「鮮烈のパンガン島」

16ba4988.JPG今では少なくなったが、それでも国内線や国際線を
合わせて年間20回ほど飛行機に乗る機会がある。
毎回座るシートは通路側をリクエストする。

だが、今回クラビに飛ぶときは行も帰りも窓側の席だった。
しかも、行はエコノミーが満席でビジネスクラスの左窓側の席。
帰りはエコノミークラスで右窓側の席だった。

で、偶然にも下界には9月のTVロケで来たパンガン島が見えた。
思わずあの時の過酷なロケが鮮烈に脳裏に蘇ってきた。
「よく、無事に帰って来れたものだ・・・」
つくづくそう思った。

あの時、高熱を出しながらも果敢に仕事続けたSプロデューサーは、
帰国後ぶっ倒れて即入院した。その後しばらく入院していたが、
今は退院した。が、ある問題で極度の鬱状態になっているらしい。

いずれにしても、思い出深い魔島が下界に見える。
あの時は、タイ警察のヘリコプターで、島の上空を旋回した。(写真)
生まれて初めてヘリに乗ったが、不思議と恐怖感はなかった。
だが、一緒に乗員したキャリアのJ警視正が
「タイ警察のヘリは故障が多いから恐いよ」と漏らしていた。

かれこれ某テレビ局の現地コーディネートを受けてから5年近くになる。
最初はプーケット島での日本人水難事故の比較的楽な仕事だったが、
その後「タイ国境沿いの買春日本人逮捕」や「現役女子大生のエイズボランティア」
「ラオス山岳地帯のクワガタ密輸」「日本からの盗難バイクを暴く」など
回を増すごとに人体的危険度や精神的な忍耐力を要求される犯罪ネタが増えていった。

ロケの内容によってはプロデューサーやディレクターと激しく口論することもある。
「それは至極当たり前のことだ」
彼らは放送に必要な画が撮りたい。それは報道番組上十分に理解できる。
だが、犯罪者にも人権はあるのだから、最低限基本的人権は守って欲しい。

それと、彼らはロケが終れば日本に帰国する人たちである。
俺は通常現地で生活している身である。事件解決後、もし顔がバレたり
関与していたことがバレれば、殺されかねないようなネタも取材している。
未だにその近くのロケエリアには恐ろしくて近づけないでいるのである。

先日、そのSプロデューサーからヘリコプターに乗員したときの写真が送られてきた。
今更ながら考えてみると、非常に危険度の高いミッションだったのね。
そんな事を、パンガン島とサムイ島を下界に見ながら深考したのだった。

Sプロデューサー様。次回は心温まる動物ものかネーチャーネタでもやりましょうよ。
と言ってもそんなオファーは100%来ないことは分っている。だから、今のうちに
どんなミッションが来てもいいように心身共に強靱な肉体を造り上げておこう。


asia_jiyujin at 18:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな呑んだくれ日記 

第493回「無駄時間自遊空間」

a379dd6d.JPG実は、雑踏を脱出しての1人旅ではないのだ。
北海道はサロマからの一癖も二癖もある漁師親父3人衆を
引き連れての弥次喜多珍道中なのだ。

このコラムによく出てくるアジア男塾のY団長のお父様と、
そのお友達2人。今年の帰国時にサロマでの静養中、
いろいろとお世話になった方々なのである。

当初は、クーデター後もパッタニー王国独立を目論む
南部のイスラム系の過激ゲリラたちが、毎日のように
爆弾テロや虐殺が続くソンクラー県に行く予定だった。

俺も胃癌手術を終えて死の淵から蘇ったばかりの身だ。
テロの巻き添えを食って死にたくない。だから現地の情勢を
事細かく説明して、観光場所をソンクラー県から他県に
変更して貰うようにお願いした。

すると、「じゃあ、サムイ島はどうだべな」と訊く。
サムイ島は、例の某TV局のドラッグ一斉検挙ロケで行ったばかりだ。
それに、バンコクエアウェイズの独占路線のためエア代がやたらと高い。

海が見えるところで、かつ移動時間が短時間な場所を探せと言う。
王様の避暑地である空気や地場が良いホアヒンを勧めたが、
過去に行ったこともあり、車での移動時間が3時間で難儀だという。

結局、飛行機で1時間ちょっとのクラビに落ち着いた。
バンコクからの路線が開航してから僅か2年しか経っていないため、
パタヤやプーケットに比べてさほど観光客が賑わう地ではない。

いわゆるカップルが長期滞在するような場所だから
夜な夜なビーチ沿いにコールガールが立ったり、怪しい風俗系の店は極少だ。
初日の夜に、町の端から端まで探索したが、至って健康的な町だった。

だから2日目からは、ずっとホテルの部屋で寝ていた。
しかも晩飯も食わずに寝まくった。特に海で泳いだ日は夕方の4時から
なんと12時間も眠り続けた。塩水は健康な人でも疲れると一緒に行った
漁師の1人が言うが、12時間の爆睡はちょっと異常であろう。

でも、身体が欲しているだから好きなだけ休ませることにした。
滞在中に夜に国際電話をくれたY団長・・・寝ていてすんまへん。

ここでは紹介しきれないほどのクラビの自然や無人島の数々。
いつか仕事や都会に疲れたら、短期間でも命の洗濯に来てみては・・・。
これを読んでいるあなたにもきっと必要だと思いますよ。
こんな無駄な時間とな〜にもない自然だけの自遊空間。


asia_jiyujin at 18:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 

第492回「癒しの無人島」

9eb8de29.JPG見渡す限りな〜にも無い。あるのは群青色の空と、
熱帯魚が泳ぐエメラルドグリーンの澄んだ海と
どこまでも果てしなく続くホワイトサンド。(写真)

地球最後の楽園のようなクラビの無人島へ来た。
囀る鳥の鳴き声もなく、聞えるのは波の音だけ。
まるで全ての時間が止まったような空間である。

まだ記憶にも新しい2年前のスマトラ沖大地震の大津波。
プーケットやパンガー県を襲った津波はおよそ1万人の被災者を出した。
あれから2年が過ぎた。インド洋から見てプーケット島の陰になる
クラビ県のアオナン地区はピーピー島を除いて死者は出なかった。

だが、津波の被害があった海岸沿いのビーチ周辺の歩道は
まるで新規オープンしたばかりの五つ星高級ホテルのような
幾何学的デザインの真新しいインターロッキングが目立った。

クラビやプーケットの回りには、およそ100の小さな島がある。
その昔、映画007シリーズの舞台にもなったロケ地もあり、最近では
レオナルド・デカプリオが主演した「ザ・ビーチ」の舞台になった
ピーピー島もある。それまでさして有名でもなかった島に、
映画を観て感化された若者たちがこぞってピーピー島に押し寄せた。

俺がピーピー島に行ったのは、かれこれ10年前になる。
当時はタイに来たばかりで、時間が出来ると全国を1人旅していた。
その時、プーケットから船に乗り約40分で着いたピーピー島のビーチは、
小さなコテージが5,6軒しか並んでいなかったのを覚えている。
もちろん当時は電気もなく、島は発電機で動力を得ていた。

だが、それも時代と共に観光客が増え続け近代的に発展していった。
津波の被災前は、セブンイレブンや4,5階建てのホテルも出来ていた。
(現状はテレビの報道でしか観ていないのだが)
今は、瓦礫を撤去して昔のようにの〜んびりしたビーチになっていると聞く。
でも、今回はあえて行くことを止めた。

代わりに、クラビ周辺に浮かぶいくつかの無人島で時を過ごした。
海に身を任せて「プカプカ」と浮いていると、浮き世の悩みが
全て浄化されていくのを感じる。「プカプカ・・・プカプカ・・・」

「あ〜、これぞ究極のリラクゼーションの時間だ」
プールと違って不規則な波の揺れが、妙に心地良い。
まるで、生まれる前の母嫌の母体の中にいるような安心感だ。

喧噪の大都会を離れて、たまにはこんな時間を作るのも
ストレスの多い現代人には必要なことなのかもしれないな。
「プカプカ・・・プカプカ・・・」

大いなる大自然の恵に、心からワイ(合掌)をする。
感謝である。


asia_jiyujin at 18:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

November 21, 2006

第491回「あっちの世界」

de1b8bfe.JPG越後のお郁の両親と親戚夫婦が訪タイしている。
でも、肝心の娘であるお郁は、日中はお仕事である。
かといって現地の旅行会社のパックツアーは高く付く。

ならば一肌脱ぎましょうと、進んでガイド役を引き受けた。
これが大きな間違いだった。娘のお郁は大学在学中に
2年続けてアテンドさせてもらった。

まさか親子二代に渡ってアテンドするのは初めてである。
ま、これも「タンブン(功を積む)何かの縁だからね」

午前中にサムットプラカーンにあるエラワンミュージアムに行く。
巨大な頭が3つもある象のテンプルである。もう5度目になる
俺としては、これと言って刺激はないが普通の観光にはない場所。

昼食はロータス(英国系の巨大スーパーマーケット)のフードコート。
もちろん、庶民的なタイ料理。その後、ムアンボラーンへ行く。
ここは、広大な土地を利用してミニチュア版のタイ王国を堪能できる。

つまり、タイの主要な県に実在する遺跡やお寺、仏舎利塔や
古のタイ式住居や高床式住居。さらには王宮まである。

この日は珍しく灼熱の太陽が降り注ぐ炎天下。
午前中から容赦なく高熱が照りつける。
寒がりの俺が珍しく「暑い」と感じるのだから、
日本から来た日本人はさぞかし暑いはずだろう。

でだ。ガイド役の俺が、ムアンボラーンの視察中にぶっ倒れた。
目の前が全く見えなくなり、頭がボーっとする。
何とか頑張ろうとしたが、身体に力が入らないのだ。
かなり堪えたが、2,3分後にはとうとう限界を超えた。

俺は静かに目を瞑り、王宮の板の間に大の字になって寝た。
記憶が薄れる中で、不思議とフワフワと心地よい体感を感じる。
まるで天国にでも召されるような感じだ。

「あ〜、俺このまま“あっちの世界”に逝っちゃうのかな」と覚悟した。
逝っちゃう前に、何故か無意識に窓際にいたお郁の母親をパチリ・・・(写真)
数分後、意識が戻った。「あれ?戻って来ちゃったぁ・・・」
ゆっくりと外に出てお郁の両親たちにぶっ倒れたことを話す。

実は、お郁の父親の大腸癌に肺癌は知っていたが、叔父様も胃癌を摘出していた
「なんてこった!」病の経験者たちである。またその奥様たちも介護経験者たち。
すぐに血糖値を上げるためにアイスと糖が入った水分を食らう。徐々に体調が戻る。

「ふぅ〜」一瞬、一抹の不安が頭を過ぎる。来月の上旬にやってくる関西系の
ロートル親分衆7人のアテンドだ。こんな身体じゃ、絶対無理だ。
かといって今更断れない。下手うちゃあ、指でも詰めるのか。まさかな・・・

その夜、お郁の両親等をホテルに送った後に、
幌南RCのT氏を含む会計事務所のメンバー9人のアテンドがあった。
そう、「フカヒレスープとアワビご飯」のコースにご案内だ。

晩餐会は好評のうちに終る。その後数名をホテルへ、数名をタニヤ大学へ。
帰宅は午前様・・・こんな無理して俺の身体は壊れないのか不安になる。
また、「あっちの世界」が見えたら・・・。


asia_jiyujin at 09:09|PermalinkComments(4)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

November 20, 2006

第490回「ロータリークラブ」

80c55acf.JPG北海道2510地区のWCS副委員長C女史からの依頼を受けて
チェンマイのランナーロータリークラブと共同プロジェクト
の打ち合わせさせて頂いたのは1年前の12月だった。

今年は札幌幌南ロータリークラブのW氏からの依頼で、
バンコクのドンムアンRCと共同プロジェクトを
打ち合わせることになった。

経済的に余裕もなく、財界人でもない俺は、
もちろんロータリークラブのメンバーであるはずがない。
むしろロリータクラブのメンバーになりかねないほど
最近では精神が病んできているかもしれない。

冗談はさておき、5年ほど前に北海道2510地区のロータリアンが
タイ東北部ノンカイでのプロジェクトを視察に来たときに、
現地で通訳をさせて頂いてから「袖振り合う縁」になった。
以来、1年に2度3度は団体でも個人でも
タイでのコーディネートをさせて頂いている。

愛知博でタイと縁が出来た名古屋のクッキ・ヌードルズ
(世界で唯一、タイ航空協力の元で実現した本格対タイレストラン)
が、2ヵ月ほど前にサイアムスクエアーにタイ1号店をオープンした。

店名は「KOZI(コシ)」コジではない。(タイ英語はZがSの発音に変わる)
料理はジャパニーズイタリアン。そう、味はいたって日本で食べる普通の
イタリアン料理なのである。(本格的なイタリアンより意外と口に合う)

その店に、ドンムアンRCのK女史が打ち合わせの場所をセッティングしてくれたのだ。
午後7時。時間通来ることは100%ないことを知っている俺は10分ほど送れて行った。
ところが、現地で20分ほど待たされ、最終的には30分も遅刻してやって来た。

ドンムアンRC側は5人のメンバーと、大阪から交換留学できていた高校2年生の
男子が一緒に来た。この高校生、わずか4ヵ月でタイ語をマスターしたという。
さすが若い脳は活性化している。でも、俺も11年前にはソイカウボーイ小学校に
毎日通い続けて、とうとう3ヵ月満たない時期にヒヤリングが出来るようになった。
理由は、おねぇちゃんと楽しく話したかったから・・・これ正解。

ちなみに、現在札幌にいる俺の息子を海外留学させる計画をしている。
この精悍な大阪の交換留学生のようにタイに来て欲しいと父親としては望むのだが、
如何せん息子は英語圏を希望している。ま、ある意味それは正しい選択かも。

話しを戻そう。こちら側は札幌から来た幌南RCのT氏を現地にお連れする。
ほどなくして会食が始まり、具体的な打ち合わせが進む。

ドンムアンRCからの共同プロジェクトの要望は、
.┘ぅ左瓢の支援。
∋楡澆防要なワゴン車(日本からの中古車の寄贈を望む)
G々雨季の洪水被害が問題になり、山に植樹する。

そのうちいくつのプロジェクトが支援可能かは帰国してからの話し合いによる。
いずれも、来年3月に幌南RCが団体で来られたときに
バンコク市内、若しくは近郊町で視察に行ける場所が望ましい。

さて、再び話しがずれるがお許しを・・・
この日、スパイシーなパスタやガーリックをたっぷり塗ったフランスパンや
タイ人が好みそうな辛〜いマルガリータピザを食した。食べながら、ふと前頭葉に
不安が過ぎった。案の定、夜中に胆汁が逆流して吐いた。これで2晩続けてだ。

やれやれ、俺はもうマッタリとしていてそれでいて舌にしつこくない
純和食しか食べられないほど貧弱な胃になっているのかよ。「悲しい・・・」
明日こそは何とか攻略してやる。

あ、でも明日の晩飯は「フカヒレスープとアワビ雑炊」のコースだ。
またもや和食じゃねぇ。そろそろ白米に納豆に味噌汁が食いたい。


asia_jiyujin at 17:39|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな帰国滞在記 | 気ままな呑んだくれ日記