July 2007

July 31, 2007

第645回「元鬼嫁との再会」

1d3ba8b7.JPG6月21日
2年前の12月。ロータリークラブ北海道2510地区の
WCS副委員長D女史からの依頼でチェンマイに飛んだ。

現地のロータリークラブと共同でプロジェクトをマッチング
するのが俺の役目。それまではノンカイ県やバンコクでも
同地区の各クラブなどの通訳やコーディネートを手伝ってきた。

6、7年前だったかな、ノンカイで初めてロータリークラブの
通訳を頼まれたときに、現地でW氏やT氏と知り合ったのが、
今に至るほど長〜い付き合いになっている。もちろん、
ロータリークラブの手伝いだけではこれほど親密にはなっていない。

両氏がタイに来た時は、個人的にアテンドをさせていただいている。
一緒に中国の昆明や上海にも旅行に行った事がある。
D女史との縁はW氏を通じて紹介された人でもある。
みんなアジアのディープな縁で繋がっている。

写真は3年前のタイ北部での洪水の被災地のものである。
これを今後の雨季に回避するために、チェンマイのステープ山の7つの沢に
300箇所の小さなダムを設置するプロジェクトを
2510地区WCSが支援する形になった。
結果は、思った以上に良い支援に繋がったらしい。

その関係で、北海道滞在中に、その時お手伝いさせていただいた
WCSの千歳市のT氏から「帰国したら必ず寄って下さい」と言われていた。

千歳市は、元々俺が12年前に9年間住んでいた町である。
亡き父親の墓もあるし、結婚生活していた時代の町でもある。
当然、昔の友達や仲間たちも多い。

この日、日航ホテルを手配してくれていたT氏。
元々在住していた町のホテルに宿泊するのも変な感じがする。
その夜、T氏を初め昔から世話になっている元郵便局長のN氏や、
以前の職場の上司であるI社長ら7人と会食することになった。

その後ニ次会に繰り出し、ついつい酔いに任せて流れていたら、
なんとT氏に嵌められることになった。あろうことか、
元嫁が経営するスナックに俺を連れて入ってしまったのだ。
げっ・・・、この店って・・・
さすがに背筋がピーンと伸びる。
同時に、それまでほろ酔い気分だった頭が一気に醒めた。

元嫁は、すぐに察知したのか燐としている。
「あら、お久しぶりねぇ」
あ、はい。こんばんは、ご無沙汰しておりました
相変わらず、小股の切れ上がった良い女である。
和服が余計に理知的な女性を際立たせている。

元嫁に会うのは、実に12年ぶりである。
つまり離婚してから初めて会うのだ。
正直言って恐ろしい。

その昔、霊能者曰くは、元嫁には龍神様が三匹もついているらしい。
俺など到底立ち内出来るはずがない。しかも3つ年上の女房だったのだ。
元嫁には別に後ろ指指されることはしていないが、さすがに緊張する。
それでも顔だけは平常心を装う。

お互い話すことは高校2年になる息子のこと。
「あと2年で大学進学よ」
あぁ、その前に海外に留学させたいんだが、賛成してくれるか
自分が海外に住んでいるから言うのではなく、以前から息子を海外に留学させたかった。
「いいわよ、貴方が留学の経費を全額出してくださるのでしたらね」
おー、なんとトゲトゲしい言い方でしょ。
ドMの俺としては、心地よいほど猟奇的な口調だ。

お互い子育ての教育論に関してだけは同じ意見であることが分かった。
「今週末にでも札幌の下宿先に行くから私からも話しておくわ」

T氏の粋な?計らいで12年ぶりに元嫁に会い、
長い間の金縛りのような呪縛がようやく解けた感じがした。
ふぅ〜、今夜はひどく疲れた夜だった
あとは肝心な息子の意思だけだ。


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July 30, 2007

第644回「定期健診の結果」

7c81515f.JPG6月19日
早朝5時半。札幌時計台近くのバス停で下車。
寒っ、」
近くのビルの頭上に外気温が表示される。
【13.度】
皮下脂肪がない俺にとってはマジ寒い。
おぉ〜、寒いよぉ

この日の午前7時から、ロータリークラブのK氏の同級生が経営しているという
N胃腸科にて胃癌摘出後の1年健診を受ける事になっている。

昨年帰国した時にお世話になった病院で定期健診を受けようと思ったのだが、
当時の担当の外科部長が何処かに移動になったのか、はたまた開業でもしたのか
いなかったのだ。院長はアメリカに長期出張中だというので諦めていたら、
K氏が「私も検診に行くから一緒に行きましょう」と誘ってくれたのだ。
これは心強い。

前日の夜の8時からは、水すら口にしていない。
Guuuuu
胃が(ないけど)「腹減ったよぉ〜と喚いている。

あまりにも寒かったので、地下街に身を潜めようと思ったら6時までは開かない。
仕方なく大通り公園で寒さに耐えて身体を打ち震えていた。

7時20分、K氏から連絡が入りN胃腸科に赴く。
早朝から20名ほどの患者がまるで流れ作業のように採血やらエコーやら
胃カメラなど、いろんな検査待ちをしている。早速衣服を着替える。
先ずはエコー検査。次いで動脈硬化検査。採血。最後に胃カメラ検査。

一時間ほどで全ての検査を終える。
はぁ〜、検査結果が心配だなぁ
すぐに院長先生に呼ばれる。
「う〜む、ま、悪いところは特にありませんね」
ほ、ほんとですか
思わず頬の筋肉が緩む。
「動脈硬化の検査でも、20歳代ですよ」
さすがに1年間天麩羅や揚げ物、肉類、ラーメン類を控えていた成果だ。

一週間後に、採血した結果を訊きに行ったが、これも問題は無かった。
腫瘍マーカーも問題なし。つまり癌の転移はみられないということだ。
あぁ・・・、ありがとう神様

この日の夜、W氏とT氏と3人で飲む。
帰国後2度目となる2人に、今朝の検査結果を報告する。
「よかったねぇ〜」
2人とも心から喜んでくれる。
特にT氏は自分も体調が優れず長期間入院していただけに人ごとではない。

本当になにもなくて良かったと思った。
ところが、この日から飲む酒類がすぐに酔うようになってしまった。
昔は胃があるときは、かなりの量を飲まないと酔わなかったのに、。
今は一杯の梅酒でもすぐに酔いが回ってしまう。

こりゃあ〜、これからは安上がりにすむかもね
それにしても、胃がないのにアルコールは何処の臓器で吸収するんだろう?

この日も天下一品の海の幸を堪能させていただいた後に、
再び我々はネオン輝くススキノの帳に消えていった。


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第643回「深夜特急バス」

d272b031.JPG6月18日
18日の夜に、H氏家族と初日に一緒に飲んだ
近くに住む小児科のS医師家族と一緒に花火をする。

派手な花火に夢中になっている子供たちとちょっと離れて
俺は一人で線香花火に耽った。決して華やかさはないが、
なんとも物悲しい憂いのある美しさではないか。

この日の夜、0時発の札幌行き長距離夜行行バスに乗り込む。
車内で読み掛けの浅田次郎の「王妃の館」を読もうと思ったら、
発車してまもなくしてから車内の明りがすべて消えた。

頭上の明りを付けようとスイッチを附けたら・・・、壊れている。
なんだよぉ・・・」と言うより、夜行バスは点かないようだ。
仕方なく寝る。

こうして北海道最南端函館3日間の旅は終焉した。
次なる目的地は再び札幌へ。
H氏家族の皆さま、今年も有難う御座いました。


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July 29, 2007

第642回「まるで家族旅行」

bd195f42.JPG6月18日
俺はH氏の兄弟でもなければ親戚でもない。
彼は数年前に、偶然俺の一冊目の著書を読んだことから興味を
持ってスタディツアーに参加したのがタイに来る切欠になった。

以来、毎年のようにタイに遊びに来るようになった。
それだけじゃなく、タイ人の留学生を自宅に短期で受け入れている。

さらに、タイ語の会話集や参考書テープを購入して独学で勉強している。
その成果もあって、毎年タイに来ると一人でバンコク市内を観光し、
寝台列車に乗って東北部ノンカイに行ったり、飛行機も乗れるようになった。

俺が必要とされるのは、コピー時計やバッタもんバッグを仕入れるために
ちょっと怪しい中国人暗黒街やプラトナム市場の問屋街に行く時くらいである。
ま、3年目で1人歩きが出来るようになったんだから、お見事あっぱれである。

写真は、H氏家族と函館大沼公園に行った時の記念撮影。
バックは駒ヶ岳。何処までも続く青空が心まで晴れやかにしてくれる。

親戚でもない俺が、まるで家族旅行のように温泉に行って
久しぶりにの〜んびり、ゆったりさせていただきました。

いやぁ〜、やっぱり日本人にとって温泉は、極楽浄土ですなぁ〜
再び、色即是空・・・感謝。


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第641回「アジアの約束」

00f2d6b4.JPG6月17日
今年4月にバンコクのイセタンで開かれた北海道フェアーに、
函館の「ずんどう」ラーメンが出店していると聞いて
開催中2度も食べに行き、さらに取材までさせてもらった。
その時に「帰国したら必ず行きますよ」と約束していた。

H氏が、事前に調べて予約を入れてくれていた。なんでも、
ラーメン店だけじゃなく、新しく居酒屋も開店したらしい。

「火車」という、経営は火の車を連想させるような店名だが、
逆転の発想でこの名前にしたそうだ。
(写真)

ちわ〜
木製の扉を開けて店に入る。
「へぃ、いらっしゃい!」
カウンターの奥から奥川社長の威勢のいい声が響く。
どうも、約束通り来ましたよ
軽く会釈をする。
「あ、あれぇ〜、ほんとに来てくれたんですか〜」
俺は約束を守る男である。

この日はオーダーしたメニュー以外に、
新鮮な毛ガニやら生鮨を無料サービスで出してくれた。
嬉しっすねぇ。ごっつぅあんです

さらにこの日はH氏の知り合いの中古車ディラーのS氏を紹介され一緒に飲む。
「したっけ、×△▼#?#&$・・・・」
浜弁がきつくてところどころ分からない言動が混じる。

何でも毎年タイにゴルフなどで遊びに行っているそうで、
来年からは是非俺にアテンドをお願いしたいと頼まれる。
あらららら、今度は函館で新しい客人が増えちゃった

しかもである。偶然にもS氏は毎週火曜日にはオークションで
札幌まで車の買い付けに行くそうである。
「あすたぁ、札幌に戻んなら、オラの車で一緒に行くべぇ」
おー、なんと素晴らしい縁でしょ。でも、事前にバスの往復チケットを
買っていたので次回来た時にお願いする事にした。

翌日の昼食もS氏ご推薦の、津軽海峡に面したなまら旨い定食屋でご馳走になる。
まるでグルメリポーターのように、毎日上質の旨い幸が俺の胃の中に納まっていく。
これを幸せと言わずして何と言おう。ううむ、色即是空・・・感謝である。


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July 28, 2007

第640回「北海道最南端の旅」

e4969e8f.JPG6月16日
北海道道東のサロマから、実家の美瑛、富良野、旭川
札幌を経てとうとう北海道最南端の函館に向かう。
札幌から長距離バスで5時間。長いようだがタイの田舎町を
バスや電車で長時間移動している俺にはちょうど良い時間だ。

毎日のようにいろんな人たちと会う俺にとっては、
一人になれる貴重な時間でもある。時には1人旅には
「出遭い」という副産物が訪れる可能性もある。

季節は6月。景色をマッタリ見ながら読書に耽る。
初夏の香りが漂い車窓から暖かい日差しが眠りを誘う。

途中、トイレタイムでドライブインに寄る。
そこで地元の名産を食する。なんとも贅沢な時間だ。

ここ数年、帰国するとこの北海道縦断巡礼旅が定着してしまった。
昨年までは、元警察官のG氏がいたから2箇所に顔を出したが、
現在彼は退職して新たなる生き方を求めて札幌に定住している。

今回はH氏と、あとは今年バンコクで北海道フェアーに来ていた
「ずんどう」のラーメン店の経営者である奥川さんに会う予定。
そんな事を考えていたら、あっというまにバスは五稜郭駅に着いちゃった。

「おじさん、ちっちゃくなったねぇ」
函館の娘たちの最初の言葉だ。
どうやら、2年ぶりでも俺の顔を忘れなかったようである。

Hちゃんを抱っこすると、2年前より確実に重くなっている。(写真)
当たり前の事だが、子供は日々成長しているのだ。

H氏は、2年ぶりの訪函で活きの良い海の幸をさばいてくれた。
公務員の割には、割烹料理屋並の腕をしている。
これなら、退職してからも食って行けるだろう。
でも、趣味はシャル・イー・ダンスだったりする。
道理で腰使いが悩ましいはずだ。

この夜は、近所に住む小児科のS医師も参加して一献傾けた。
サロマの海の幸。札幌の山海の幸。そして函館の海の幸。
すべて俺の順調に覚醒している第2の胃には最高の食物である。

と、言っても帰国以来まだ1年検診に行っていないのだ。
函館から札幌に戻ったら、すぐにでも受ける予定なのだが・・・。
正直、結果が怖い。
おー神よ。癌の転移だけはしていませんように


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July 27, 2007

第639回「函館の娘たち」

fdb13814.JPG6月15日
札幌滞在中の3日目、毎年のように訪タイ客を紹介してくれる
JALセールスのS氏が、新たに2名の客人を紹介してくれた。

1人目は、今年の冬季からタイにロングスティを希望するO氏。
65歳とは思えぬ元気さに驚く。一緒にジンギスカンを食べに
行ったときも、隣に座っていた若い女子を普通にナンパしていた。

おそらく若い時は、かなりブイブイ言わしたくちだろうな。
でも、それでいてけっして嫌味な誘い方ではなく、
小粋な口調に人生の楽しみ方を十分熟知しているちょい悪爺さまと見た。
今年の10月から訪タイされる計画らしい。
現地のホテルからゴルフの手配などを頼まれる。

同日夕方に2人目に会う。タイから日本に健康検査をパックにした
観光ツアーを組んでくれないだろうか、と言うT氏。
オイオイ、俺はタイの現地旅行代理店の経営者じゃありませんぞ

なんででしょうねぇ〜」どうしてタイに住んでいるというだけで、
これほどまでにいろんな事を次から次に頼まれるのでしょうかね。

ロングスティのお手伝いならまだしも、エイズ治療機械の輸入に
健康検査パックツアーの売り込み・・・、俺はマルチ万屋じゃあねぇ。
でも、結局「NO」と言えなかったから、曖昧に空返事をして帰ってきた。

この日はS氏と会食し、そのまま自宅へ泊めてもらう。
今年タイに来た奥様とも再会する。

翌日は、北海道最南端の函館に南下する。
昨年は胃癌摘出手術のための静養を札幌で過ごしていたので、
毎年行っていた函館までは行けなかった。

函館には娘たちが待っている。
と言っても、俺の子ではない。
M基金会員のH氏の子供たちが3人。
(長女、次女、長男)

何故か毎年行くようになってから、今年で4年か5年になる。
次女のHちゃんには強烈に好かれている。(と思う)
たしか、今年小学校に入学したはずだ。
長女のYは、おねぇさんなのでとても我慢強い。
長男はまだ保育園だが、これが驚くほど記憶力が良い。

娘たちよ、待ってろよ
体重が18キロも痩せてしまった俺の姿を見て
「おじさん、だ〜れ?」
って、言わないでね。


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July 26, 2007

第638回「100%エイズ完治」

f2350762.JPG6月14日
札幌西税務署に赴き、今年度の確定申告をする。昨年度は、
某コンビニ雑誌の連載があった為に申告額が昨年の3倍になった。
その後、札幌中央区役所に行って国民保険料を1年分支払う。

俺が行政と関わるのはこのときだけ。年金問題・・・、
アホらしくてわざわざ社会保険庁まで出向きたくもない。

今までに19年7ヶ月間の支払いはある。だけどね、
海外に住むようになってからは、今まで休止状態。
そもそも、25年間(300ヶ月)の支払いがないと、
公的年金のが受給資格がないという事が解せない。
たとえ5年でも10年でも、自分が支払った分くらいは貰いたい。
(議員さんは10年在籍で貰えるのにね。あれ、この法律は変わったのかな)
ま、自分の身は自分で守るために、民間の年金だけは入っていますけどね。

この日は、ロータリークラブのK氏に会い、日中はその友達とロイホで昼食会。
K氏の友達のY氏が「12月に1ヶ月ほどタイを旅したいから頼む」と頼まれる。
チェンマイ、チェンライ、スコータイ、ピサヌローク、ロッブリィ、と
今年の4月にG氏と旅したルートでも行こうかしら。
個人的には、テロが毎日のように続いている南タイに行ってみたいのですがねぇ。

夜は、そのK氏に連れられてススキノにある高級メンバー制クラブのEに行った。
このクラブのホステスたちは、なぜかみんなバニーガールの格好をしている

K氏の知り合いであるY氏が先に来て待っていた。
「エイズも癌も糖尿病も100%完治できる機械が出来た」と言う。
ついては、それらに関する輸入をタイで受けて欲しいという。

エイズが100%完治・・・
そんなものが出来たら、まさしくノーベル賞もんでしょ。
しかも、それらの利権を一気に纏められたら、
それこそ、ビル・ゲイツの総収入資産を一気に超えちゃうでしょ。

そもそも、そんな国家レベル的な話を、何故名もなき俺のところに持ってくるんだ。
本来なら、タイの保健省や役人を通じて話し合うべきのもんでしょ。
でもね、結局「NO」と言えずに引き受けちゃった。
ま、本当にエイズが完治するなら、それを見てみたい気もする。

それにしても、こんな国家的レベルの話をしているのに、
バニーガールに給仕をしてもらうのも緊張感が抜けるよね。
いずれにしても、この画期的な機械が完成して輸出されれば、
タイと言わず、南アフリカでは2500万人のHIV感染者やエイズ患者が待っているだろう。

それにしても、数年前に俺の前に現れた「指一本でエイズを治します」
と、言っていた山口県の神様もそうだが、何故故に俺の周りには
このような不可思議な人が寄ってくるのだろうね。


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July 25, 2007

第637回「札幌のW氏たち」

f7d07be2.JPG6月13日
Y団長が佐呂間から札幌まで車で送ってくれた。サロマに
滞在中は毛ガニやタラバの御膳から寝床まで、さらには
空港や札幌までの送迎と、何から何まで至れりつくせりだった。

この日の夜は、札幌でIT会社のW社長や御茶会社のT社長。
昨年の胃癌の時にお世話になった保険会社のS氏と会食会がある。

昨年の帰国の際は、帰国早々東京滞在中にW氏と会い。次いで北海道に着いてからは
実家から佐呂間に移動する日に旭川で一泊して飲んだ。さらには、札幌滞在中では
もちろんのこと、バンコクに戻る前の日もまた東京まで出張してくれて白金台で飲んだ。

とにかく俺が行く先々に合わせて、その町の一流の山海の珍味や銘酒をご馳走してくれたのだ。
心から感謝である。俺は精神的に凹んでいるときや悩んでいるときは、(滅多にないけど)
あまり人様に相談する事はない。だが、そんな時でもW氏と一緒にいると不思議と心が休まる。
今年は、サロマミッションが入ったためにW氏と会うのが帰国後、17日後になった。

そもそも、なぜタイで知り合ったと言うだけで、
これほど長〜い年月、良き関係が続いているのだろうか。
人の縁とは実に複雑怪奇で不思議なものだ。

名古屋のK御大しかり、佐呂間の男塾の連中にしかり、関東の元大学生のOB,やOGたち。
とにかく、100人近い仲間たちと、いまだに長〜い付き合いが続いている。
嬉しいことではあるのだが、お陰で恋人を作ろうという気にならない。

この日の晩餐会は、Y団長も交えて5人でグラスを傾けた。
その後、我々は三々五々にネオン輝くススキノの帳に消えて行った。(写真)


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July 24, 2007

第636回「1ヶ月5千円也」

ddcec03d.JPG6月12日
タイから彼女たちを送り出した会社の社長がサロマ入りした。
その夜は研修生や受入る職場や関係者たちと鮨を食べに行った。

もともと生魚を食べない国民なのだが、「一度は新鮮な刺身と
旨い鮨を食わせてやりてぇ」と、特別な計らいで佐呂間町で
最も旨い鮨屋で最後の晩餐会が行われた。(写真)

さすがにこの日だけは特別だったのか、ビールを呑む奴等も少数いた。
だが、あいにく生魚を食べない国民たちには酷な食べ物だったかもしれない。

俺たち先進国の日本人がタイの田舎に行き、
「旨いから食ってみろ」
とバッタやカブトムシの白い幼虫を出されたら、
はたして旨そうに食えるだろうか。

タイでは数年前からジャパニーズフードがステーサスになり、
金持ちや中流階級のタイ人たちは、わさびをゴッテリつけて刺身を食う
階層も増えてきた。が、田舎育ちの彼女たちは日本に行かない限り
一生食することはなかったであろう。

最後に研修生全員から、1人100バーツずつ出すから
サロマに残って欲しいと哀願された。

1日か?」と訊いたら
「1ヶ月」とのたまわった。
1ヶ月1200バーツ。
日本円にして僅か5,000円たらず。
(今にして思い起こせば、100バーツじゃなく100円だったかもしれない)

許せ・・・
おまえらが一人前になるまでいてやりたいのだが、
俺には会いたい人や待っている人たちが全国に大勢いるのだ。


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