August 2007

August 25, 2007

第674回「49歳の朝」

969cfea8.JPG7月10日
窓から海が見える。実にゆったり穏やかな凪である。
その遥か向こうに九州最南端の大隈半島が見える。

この日、俺は晴れて歳を迎えた。
己の誕生日は、俺をこの世に送り出してくれた
母親に感謝する日であることを持論としている。

だから、いまさら「おめでとう」ではなく。
49年間生きてこられたことに感謝する特別な日。

有難う御座います、母上様。今年も無事に誕生日を迎える事が出来ました。
あなた様の愚息は、遠く九州の果ての旅館から太平洋を眺めておりまする


ちょっと刹那的になる。

あなた様の長年連れそった旦那様は、
つまり俺の父上様は胃癌で享年47歳で他界し、
あなた様の最愛の愚息である俺は、47歳で
胃癌を患いながらも未だこの世で生きながらえている


父親より2年も長く生きていることになる。
さて、49歳は俺にとっていかなる年になるのか。
けっして時間を無駄にして生きてはならない。

可能な限り最底辺の人たちの力になり、
仲間たちの恩義に応えられるように、
日々、切磋琢磨して精進していく所存でありまする。

な〜んて、」
そんなことを海を眺めながら、ボーっと考えていたら、
朝早くから露天風呂を堪能したK御大が部屋に戻ってきた。
旅館に入ってからもう3回目だ。砂蒸しを数えると4回目じゃん。

「おなかが空いたばい。うみゃあ朝食でも食いに行こうぜよ」
名古屋弁がすきっ腹に響いた。
は〜い!まんず、うめぇもん食えるっちゅう事は、なまら幸せでないんかい
久しぶりに北海道弁で返してみた。


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August 24, 2007

第673回「指宿砂蒸温泉体験」

72e68984.JPG7月9日
池田湖を出発した後、2,3の観光地を見学して指宿温泉に到着。
前もってT女史が推薦してくれた旅館【吟松】に電話で予約済み。

なんじゃい、こりゃあ!」旅館に着いてビックラこいた。
吟松は、指宿でも指折りの高級老舗旅館。
一泊お二人様、晩食・朝食付きで参万円也。(税抜き)

チェックイン時に、だだっ広いロビーで抹茶とお菓子のサービス。
いやはや、あにはからんや
なんだか場違いな旅館に足を入れてしまったような感覚だ。

ま、そんな事は一分で忘れて、
早速、指宿名物【天然砂蒸し温泉】に直行。
一回砂を掛けてもらって千円也。
通常は10分くらいがちょうど良い目安だとか。

顔だけ出して身体の上に大量の砂が掛けられる。(写真)
まるで生き埋めだ。でも、砂があったかくて気持ちがいい。
ところが、砂をかけられてから五分もしないうちにケツがやたら熱い。
でも、砂から出ればそれで終了。しばし我慢だ。
やがてケツどころか、背中も熱くなる。

うっ、がまん、がまん
10分経過。さすがに我慢の限界を超える。
顔や身体中から毒素の汗が噴出している。

も、もういいでしょ
どうして俺ってぇのは貧乏に出来ているんだろうな。
金を払った以上は、その対価に見合う体験を望みたがる。
もっとも、金を払ったのはK御大だが。

そういゃ、砂蒸しどころか、レンタルカー、ガソリン代、旅館代、
飯代、各施設入場料など、すべてK御大が驕ってくれた。
俺が金を出したのは、新幹線代だけだ。

わざわざ名古屋くんだりから飛んで来てくれて、
さらには一緒に旅までつき合ってくれている。
親父が生きていれば、こんな旅をしたのだろうか。
まるで疑似体験親子旅行みたいだ。

訊けば、2人姉妹の下が、30歳代なのに未婚と言う。
じゃあ、俺が嫁に貰いましょうか
これでは、完全に遺産目当ての策略結婚ではないか。
でも、外資系に勤める娘はいまさら結婚願望もないそうだ。
よし、ではこの際養子縁組しましょ

あっつぅー!」
ヤバイほどケツが熱くなって砂を押しのけて這い出た。
危うくケツが焼けどしそうになった。
まぁ人生、何事も腹八分目がいいようで・・・。


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August 23, 2007

第672回「池田湖イッシー」

1ba0a589.JPG7月9日
そうだ。書き忘れた事がある。
鹿児島についてからいくつかの観光地を周遊した。

先ずは、明治維新に最大の功績を残した【西郷隆盛の銅像】
その西郷どんが自決したとされる【西郷洞窟前】さらには、
西郷どんを初めとする数百人の侍魂が眠る【西郷南州顕彰舘】

西郷隆盛、大久保俊道など幕末から明治維新期の鹿児島の歴史や
先人たちの偉業を紹介している【維新ふるさと舘】

第19代薩摩藩主島津光久により1658年に鶴丸嬢の別邸として造営された【仙厳園。
世代を問わず、ファッション、グルメ、娯楽など鹿児島の情報発信地として
多くの人が集まる南九州最大の歓楽街の【天文舘】東京で言えば新宿か渋谷か。

それと・・・、とにかく鹿児島の町中にある主要な観光地は周った。
でも、鹿児島一番の観光地?である櫻島は悪天候のため断念。

それにしても熊本から鹿児島を旅しながら、過去の歴史を垣間見てると、
九州と言う地は、いかに日本の歴史を動かしてきた人物が多い事か。
まさしく日本の夜明けを築いて来た人たちばかりだ。
俺もこの時期に生きていたら彼等のような歴史に残る壮絶な人生を送れただろうか。

さて、鹿児島から指宿までは車で1時間半くらい。
途中、K御大が「ちょっと寄り道していこう」と、池田湖に向かう。
かつてテレビで一世を風靡したことがある池田湖の恐竜騒ぎ。

現地に着くと【イッシーくん】なるオブジェが出現。
おそらく当時は、観光客が大勢来ていたのだろうと推測できる。
いまにもつぶれそうな土産店には、イッシークッキーやまんじゅうがある。
驚いた事に「イッシー音頭」なるレコードまで売られていた。

きっと、当時はかなりの賑わいをみせていたんだろう。
閉鎖したホテルや、倒れかけた黒ずんだ建物が物悲しい。

さて、肝心の【イッシー】であるが、我が故郷の北海道にも、
釧路の屈斜路湖に【クッシー】を目撃したという騒動騒ぎの時は
ここと同じようにクッキーやらまんじゅうが売られるほど賑わった。
でも、一説には、魚の大群が移動していたのを錯覚したんじゃないのか、
というのが有力で、イッシーくんもそうなのかもね。

でも、月や火星にロケットが飛ぶ時代に、
恐竜や怪獣がいるなんて夢があっていいじゃんね。
ちなみに、タイのメコン川には巨大な龍が生息しております。

それが、年に一度10月の第一満月の日に、口から火を吹き上げるのです。
しかも何十発。時は何百発も上がる年があります。
タイ語で「バンファイパヤナーク」と申します。
興味のある方、是非タイまで見に来ておくれやす。

ちなみに12年前に俺も現地のメコン川で目撃しました。
初めて見た時は、摩訶不思議な現象に全身が身震いしました。


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August 22, 2007

第671回「鹿児島名産黒豚肉」

4333ad56.JPG7月9日
さて、今日は最終目的地である鹿児島最南端の指宿に向かう。
あいにく数日前の豪雨で、途中の鉄道に土砂崩れがあった。

ならば車で行きますか」と、言うことになり、
早速駅前でレンタカーを借りて「いざ指宿温泉へ」
指宿に行ったら是非【砂蒸し風呂】に入ってみたいなぁ。

本来なら、若手の俺が運転するところだが
北海道では、ずっと俺が運転していたので
「南はワタシが運転するぜよぉ」と名古屋弁。

途中、前日一緒に黒豚のしゃぶしゃぶを堪能した開陽高校T女史が、
「まだ美味い黒豚がある」と、指宿に行く途中で落ちあって
一人前2000円もする、鹿児島産黒豚とんかつ定職を食した。

胃癌手術後、しばらく「あぶら物」を絶っていた俺にとっては、
一気に動物性たんぱく質やら脂を身体に取り入れている。
コルステロールは大丈夫かしらん。

さらに、指宿に着いてからも宿の晩飯で黒豚の角煮を食した。
【黒豚のしゃぶしゃぶ】(写真)に始まり【黒豚のとんかつ】で、【黒豚の角似】
名物に旨い物無しと言う諺があるが、こう毎回毎回黒豚じゃねぇ・・・。

でも、いまこのブログを書きながら、
やっぱ、美味かったなぁ〜
としみじみと思う。

なんせ、タイじゃこの域のものは中々食べられないからねぇ。


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August 20, 2007

第670回「K御大とT女教諭

062f20b1.JPG7月8日
無事、新幹線に乗って鹿児島中央駅まで到着。
とうとう日本列島の南の果てまで来てしまった。
(正確には最南端は沖縄だが)
旅の初めは北海道道東で広大なサロマ湖の凪に触れ、
終わりは鹿児島で雄大な櫻島を見上げる。

そして、旅の最初も旅の終わりも名古屋のK御大と一緒に旅をする。
ちなみに、K御大は、この旅が終わればすぐにイギリスに飛び、
娘婿家族と一緒にスイスの山を旅行するそうだ。

なんともはや、あにはからんや、悠々自適な年金生活者。
定年と共に老け込む輩が多い中、恩年75歳の爺様は元気すぎる。
こんな爺っちゃんばかりなら、日本にはコムスンのような介護システムなんか必要ない。

おまけに国の老人医療費負担もかなり軽減されるだろう。
気は心。気の持ちようでいくらでも元気になれる。
医者が不足する現在、みんな元気に健康になりましょう。
とはいえ、ストレス社会の先進国日本。何か得れば何かを失う。
せめて、気持ちだけはポジティブに楽観的に生きましょう。

さて、鹿児島駅に到着すると鹿児島県立開陽高校のT女教諭が迎えに来てくれていた。
T女史は今年の最初にタイの看護事情や介護レベルを研究調査しにやって来たときに
現地でホテルや車の手配、さらには通訳を頼まれて同行させてもらった。

ちなみに、このメールを書いている現在、このT女教諭はバンコクに来て三度目の
研究調査をしている。俺はT女史をバンコク最大のクロントイスラムに御案内した。
まぁ、このT女史。典型的なB型思考でいろんな問題を引き起こしてくれた。

で、そのT女史。鹿児島まで来るなら是非名物「黒豚」を食しましょう、と相成った。
でも、その前にチェックインしてからホテル内にある天然温泉に浸かり旅の垢を落とす。

ふぅ〜、極楽、極楽
(この台詞・・・俺も歳だなぁ)

で、その後駅前ビルの飲食店街で鹿児島名物「黒豚」のしゃぶしゃぶを堪能する。
美味い!これはかなりの絶品でごわす」(写真)



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August 19, 2007

第669回「熊本危機一発」

7e30760e.JPG7月8日
あと1分しかねぇじゃあねぇか
こりゃあ、下手しりゃあ新幹線に乗れないかもしれない。

「間に合わないかもしれないですね」
ハンドルを握りながら顔面蒼白になりながら
I氏が悲鳴に近い声を出す。

そう言われながらも、不思議と俺は平常心だった。
タイは、常に理不尽で不条理なことが多い。
そんな中でいろんな修羅場を体験しているうちに、
大概の事には動じなくなった。

「ま、なんとかなるでしょ
今は乗れると言う想定で楽観的に考えるしかない。それがタイ式思考。

この日の朝【熊本たけのこ会】のI代表が
前回熊本に来た時に案内出来なかった熊本城に案内してくれた。
天守閣と本丸御殿一帯は、西南戦争開戦3日前に原因不明の出火で焼失した。
現在の天守閣は昭和35年に外観復元したしたものである。

その熊本城天守閣の頂上まで登り、歴史博物館も見た。
この地に来て、今更日本の歴史を垣間見るとは思わなかったが、
西郷隆盛など歴史的な人物の資料が数多く展示されている。

今日は午前中に熊本城を見学して午後13:30発の新幹線に乗って鹿児島へ行く予定だった。
実は、6月の始めにわざわざ北海道に飛んで来てくれた名古屋のK御大が、
またまた、この日の朝に名古屋から福岡まで飛んで来てくれて、
さらに博多から新幹線に乗って一緒に鹿児島まで行き、
九州南部周遊旅をする予定だった。

で、俺はK御大が乗っている新幹線に乗ってランデブーという予定だったのだ。
ところがだ。I氏が「どうしても藤岡さんに見せたい場所がある」と
熊本城を見学した後に、熊本名物のラーメンを食べたに行った後に、
「さぁ、駅へ」と熊本駅に向かうのかと思ったら、なんとI氏は、
折角だから宮本武蔵が五輪書を書いた霊巌銅を案内したいとのたまう。

正直言って、宮本武蔵も五輪書も興味がない。
今は、K御大が乗っている新幹線に時間通り乗る事だけ考えていた。
でも、「大丈夫だから」と無理に山中を車で飛ばしながら霊巌銅に向かった。

小雨振る中、車を飛ばして山へ向かう。
とてもありがたい好意なので、素直に受ける。
霊巌銅に着いて駆け足で崖を駆け上がり、
宮本武蔵が五輪書を書いたとされる場所を見る。
「う〜む」
考え深い場所なのだが、いまは差し迫った新幹線の時間が気になって仕方ない。
すでに30分前だ。

「じゃあ、行きましょう」
と車に飛び乗り熊本駅に向かう。

途中で工事現場や電車の遮断機で阻まれる。
13:25分、駅が見えてきた。
だが信号が赤。
もどかしい。

やっと駅に駆け込んだのが13:28分。
I氏との挨拶もそこそこに、電車のキップを購入してプラットホームに走る。
ハァ、ハァ、くそっー!」
息苦しい。今なら100メール11秒台で走れるかもしれない。
新幹線のホームに駆け込んで、ふと右を見た瞬間。
新幹線の頭がホームに入ってきた。
時計を見ると13:30分。
日本と言う国は、どうして時間ピッタリに来るんだろうね。
タイなら10分、20分遅れは日常茶飯事だからね。

新幹線に乗り、車内を見渡す。
「こっちだよぉ〜」
K御大が指定席に笑顔で座っていた。



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August 18, 2007

第668回「熊本人形劇団」

c50f6d63.JPG7月7日
この日、熊本地方は大豪雨で市内近郊の川が氾濫し、
土砂崩れや道路が崩壊して交通が麻痺していた。

前日、福岡から熊本入りしたときも、かなりの雨で
洪水や床上浸水などの被害で大勢の人が避難していた。
毎年、夏からの九州は大豪雨や台風などの被害が後を絶たない。

さて、そんな悪天候の状況で人形劇団「熊本たけのこ会」が主催する
【しあわせ村とオオカミ】のぬいぐるみ人形劇が開催された。
会場には、大雨の中でも300人くらいの親子が席をうめていた。

1953年(昭和28年)4月に(俺が生まれる前からじゃん)
人形劇を通じて「子どもに夢を」という目的をもって発足した熊本たけのこ会は、
熊本県内を始め、海外にも訪問して公演を実施してきた歴史あるNGO団体である。

昨年の1月には、津波で被災を受けた子どもたちに元気になってもらいたいと、
プーケットやパンガー県でマジックショーや紙芝居、ぬいぐるみ人形劇を披露した。
また、バンコクのクロントイスラムの子どもたちにも同様に披露した。

1月とはいえ、日中の気温は30度を超える。ただでさえ暑いのに、
ぬいぐるみを着れば、10分ともたないほど脱水状態になる。
それでも、子供たちの笑顔を活力に初めてのタイ公演は大成功した。
俺は、現地でホテルの予約や車の手配などのお手伝いをさせていただいてからの縁になる。

今回も、前日に大雨が振る中で、わざわざ俺のために晩餐会を開いてくれた。
その時に、現地の熊本日日新聞の取材を受けて7月10日の夕刊に掲載された。
2年前には、団体に頼まれて講演をさせていただいたのが新聞に掲載になった。

おかげで、福岡空港でチェックインした際に、「滞在ビザがないと搭乗出来ない」
と言われたのだが、新聞記事を見せると、あっさりOKになっちゃった。
今回もトラブったら使えたらいいのにねぇ。
(でも、バンコクに戻る11日までは俺の手に届かなかった・・・)

さて、この日のぬいぐるみ人形劇も、大成功で幕を閉じた。
その夜は、打ち上げを兼ねて俺の歓迎会を開いてくれた。
会の代表者であるI氏は、わざわざ俺のために馬刺しを用意してくれた。
う〜ん、ほんなこつ、うまかぁ〜

2年後、俺が所属するM基金が設立20周年を迎える。
そこで、熊本たけのこ会とコラボレーションしてM基金が支援している
ラオスの山岳地帯のこどもたちに、人形劇を公演する計画を打診した。
「前向きに検討します」とI代表が笑顔で応えた。
公演が実現できれば・・・・、
ラオスの少数山岳民族の子供たちの笑顔が見られそうだ。


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August 17, 2007

第667回「福岡太宰府天満宮」

0329315a.JPG7月6日
菅原道真公の学問の神様が祭られている太宰府天満宮に来た。
2年前に一緒に山口県、佐賀県、熊本県、大分県を旅した
福岡に住むN氏から、早朝に連絡が来た。

この日は、午後発のバスで熊本に移動する事になっていたのだが、
それまで時間があるなら福岡を案内しましょうと言う事になった。

N氏も2年前に、定年退職してからは自由気ままな生活を満喫しているらしい。
趣味は、会社に勤めていた時代からのゴルフと国内や海外旅行。
ま、趣味があるだけましだが、昨今会社人間だった日本人は、
定年退職後の余暇の過ごし方をどう過ごしていいのか分からない輩が多いと聞く。
タイでロングスティをしている年配者も、好きな趣味を持たないと、
いかように時間を使っていいのか分からないと嘆く。

本来なら、俺が今年の乾季に多忙でなければ、名古屋のK御大と一緒に、
津波で被災を受けたタイのプーケットやパンガー県に、再び支援物資を持って
個人ボランティ活動に行く予定だったのだが、いかんせん、俺のスケジュールが、
まったく空いていないほど殺人的スケジュールだったので諦めてもらったのだ。

さて、2年前に福岡に来た時は、山口県の秋吉台で鍾乳洞を見学し、
佐賀県の呼子で活イカを堪能し、熊本県では天草諸島を周遊してから阿蘇山に登った。
で、大分県をグルっと回って福岡に戻ってきたので太宰府天満宮はまだ見てない。

もっとも、この時期は全国にも知られる夏祭りの【博多祇園山笠】が開催されている。
博多の町の彼方此方には【山笠】と言われるバカでかい御輿が飾られている。
ただ残念な事に「追い山ならし」は7月12日で「集団山見せ」は15日なのだ。
つまり、町中を大勢の人が山笠を引いて駆け巡る勇姿は見ることが出来ないのだ。

という事で、これといって観光するところが少ない福岡であるが、
N氏と一緒に電車を乗り継いで太宰府天満宮に向かった。

あいにく、この日は朝から小雨が振っている。
境内には、何処かの学校の修学旅行生が埋め尽くしていた。
ま、学問の神様だからなぁ
今更何処かの大学を受験する気もない俺と違って、
現役学生には必要不可欠な他力本願的のお寺だろう。

帰りに茶屋で甘酒を飲んだ。
冷えた身体が温まる。
まだ、窓の外はしっとりと小雨が振っている。
新緑が雨で鮮やかに映えた。

帰国してから、急ぎ足で通り過ぎたこの1ヶ月。
再び、冷ましながら甘酒に口をつける。
古風で風流な時間がたおやかに過ぎていく。
あぁ、こんな時間も必要だな・・・


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August 16, 2007

第666回「博多でも誕生日祝」

83e91851.JPG7月5日
「ハッピーバースデー誕生日おめでとぉ
おぉ、なんと言うことだ。先日の千歳に続いて、
博多でも俺の誕生日を祝ってくれる奴らがいた。

【活イカ】を堪能した後に、愚弟がセッティングしてくれたのは、
【gloss】という中洲大通りに面したビルにあるメンバーズクラブ。

あろうことか、愚弟はプータローなのに、こんな高級クラブに通っているのか。
でも、失業保険を貰っているから多少の余裕はあるんだろう。
むしろ、受給できる国の制度は最大限使った方が良い。

俺なんか、12年前に勤めていた会社を辞めてすぐにタイに渡航してしまったから、
折角受給できるはずの失業保険金を失効してしまった。

もっとも、失業中に仕事を探している人間に貰える制度だから、
俺が自分の意思で胃国でボランティア活動に参加していることは
千歳市の職業安定所にはバレバレだったので貰える権利もなかったのだが。

早い時間に入店したので、他の客もいない貸しきり状態。
「じゃあ、かんぱ〜い」
乾杯した後に、店内が急に暗くなった。
と、思ったらカウンターの奥からロウソクを点したケーキが・・・。

「誕生日、おめでとぉ〜!」
おー、ありがとぉ〜!」
本日、2度目のサプライズ。

おぉ、見るからに美味そうなフルーツ盛のケーキじゃねぇか。
ダンピング症候群でいつ低血糖になってぶっ倒れるか分からない俺にとっては、
甘い食材は嬉しい薬代わりになる。

愚弟の妹分という、MママにR子チーママ。
姉妹なのに苗字が違う。ま、深い事は訊かないことにしよう。
愚弟が会社に勤めていた時代は、キャピキャピのギャルがいるキャバクラに
嵌っていたはずなのに、最近では落ち着いた店でしんなり飲むようになったようだ。

そう言えば、中洲には愚弟が入店お断りの店があるらしい。
いったい、愚弟はどんな飲み方してんのや。

もっとも、何処で飲もうが良い女さえいれば、それだけで酒は旨くなる。
男と言うものは、そういうしょうもない生き者なんだな。
ありがとう。血の繋がらない愚弟よ

そうだ、愚弟がタイで知り合ったアガシや小姐たちは、
貴方の再訪タイを心待ちしておりますぞ。
早くタイに戻っておいで。

ところで、余ったケーキを宿泊している博多駅前のホテルに持ち帰ったのだが、
翌日、熊本へ向かうバスの中で、急に低血糖になって気付いた。
あ、冷蔵庫に入れたまんまやんけ・・・い、いま食いてぇよぉ〜」

愚弟さま、以前頼んであった【熊本日日新聞】に俺の記事が掲載になった新聞ですが。
折角送ってもらったのに、まことに残念ながらタイの郵便事情の悪さで何処かへ
錯綜して消えてしまったようです。ところで、記事には何が書いてあったのだ?


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第665回「呼子の活イカ」

0c19d712.JPG7月5日
「明日、この地球が滅亡するなら、今日は何を食べたいか?」
もしこんな質問をされたら迷うことなく【呼子の活イカ】と応える。

2年前、まだ胃があった当時だ。初めて九州に上陸して福岡の
N氏と名古屋のK御大と一緒に、佐賀県の呼子を旅した事がある。
その時、初めて地元の浜で活イカの刺身と天麩羅を食した。

「うっめぇ〜、なんじゃいこりゃあ
イカと言えば、今までに函館のイカが最高だと思っていた。
事実、毎年函館に足を運んだ際に、地元のH氏が必ず刺身を御馳走してくれた。

でも、佐賀のイカは次元が違う。これまた絶品中の絶品。
この世にこんな旨い食材があったのか、とその時は心から感銘した。
まさしく俺が今まで持っていた食のアイデンティティーなど、一瞬にして喪失した。
ま、人によっては食材の好みは様々だが、俺の舌と胃はめちゃ感動したのだ。

あれから2年の月日が経った。
この日、午後の便で札幌から福岡に降りたった。
2度目の九州上陸である。

このブログにも何度か出演している博多の愚弟(血は繋がっていない)が
平日にも関わらず、わざわざ福岡空港まで迎えに来てくれていた。
彼は、今年の1月に勤めていた会社を退職して
サロマのアジア男塾の塾生たちと一緒に北タイを旅している。

帰国した後、就職活動をしながら次なるステージを模索している。
つまり、今は自由人であり、プータローなのである。
その博多の愚弟が、九州初日の晩餐会に、あの地球が滅亡する前に食べたい
佐賀県の【呼子の活イカ】が食せられる博多の中州にある「河太郎」なる店を
予約しておいてくれたのだ。

なんと気が利く愚弟なんだ。
「超嬉しい!マンモス嬉ぴぃ!ギザ嬉シモス!」
アジア塾生たちは、何故かこう言うサプライズに長けている奴が多いぞなぁ。

先ずは、ビールと梅酒で乾杯。
なまら、うまいんでないかい!」
早速今まで泳いでいたイカを刺身で食う。
うっめぇ〜!」
その刺身を、今度は天麩羅にして食う。
「うまかぁ〜!」
に、イカの天麩羅は美味過ぎる。
胃があれば、もっと食いたい。

さぁ、九州は北海道に負けん「うまかもん」の多いとこと。
こりゃあ、第2の胃のリハビリを兼ねたグルメ堪能的な旅になるとですたい。
(博多の愚弟、俺の福岡弁間違うと?)


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