December 2007

December 31, 2007

第816回「一年間の感謝」

4611b812.JPG昨夜、日本から貧困調査の研究に来ていたT正大のHY教授が
「バンコクで忘年会をやりましょう」と言うので、馴染みの
フカヒレ&アワビ雑炊で評判の店の4階個室に席を予約した。

参加者はHY教授の教え子の越後姫のI恵と、新潟から遊びに
来ていたI恵の姉と4人。だが同日の同時間帯に札幌から来ていた
C氏とK氏のアテンドが入っていた。「どないすりゃえぇの

2人ともフカヒレを食べたいというので、同店の2階に席を取った。
30分の時間差で2階にC氏とK氏を座らせてコースを注文する。
やがて、マネージャーが「4階の客も来た」と目配せしてくれた。

ちょっと・・・」と言って席を立ち階段で4階まで駆け上がる。
2階の客人たちのことはHY教授には内緒である。
タイ式の挨拶を済ませて同じようにコースを注文する。
しばらくして2階が気になり「ちょっと・・・」と言って席を外す。

I恵だけには話してあったが、2階と4階を行ったりきたりしている俺を見た
タイ人従業員たちは、「ランバートナー(大変ねぇ)」と気遣ってくれる。
そりゃあそうだ。俺は2階でも4階でも殆ど何も食べていない。
食べたのは突合せに出たザーサイとピーナッツと水だけだ。

普段から貧食のI恵にしてみれば、久しぶりのご馳走だろう。
先生も、折角だからと食べきれないほど注文する。
でも、俺は食べられない。いや、あえて食べない。
低血糖でぶっ倒れたら、それこそ迷惑をかけるかもしれない。

そうこうしているうちに、再び2階から電話で呼ばれる。
再び階段を駆け下りる。建物を断面で見たらまるでコントだ。
そして再び4階へ。普段使わない膝がガクガク言い出した。

I恵が霊能者ヤダムのところへ行って占ってきてもらったらしい。
姉妹の恋愛は至極当たっていたよう。で、俺の健康を訊いてもらっていたのだが、
結果は「彼は仕事が忙しすぎて再び病気を再発する恐れがあるから気をつけるように」
と言っていたらしい。それを聞いた俺は一気にテンションが下がり気持ちが萎えた。

HY教授が「割り切って断ればいいんですよ」と気軽に言う。
I恵が「奇数日は休みにすればいいのよ」とのたまう。
それが出来るのであれば苦労はしない。
出来ないから悩んでいるのである。

正直、最近のミッションはまったく楽しくないのが本音だ。
でも、その楽しくないアテンドを面白く持っていくのが打開策でもある。
要するに、初心に帰って客人以上に自分も盛り上がれればいいのですがね。

だが、今の俺は、完全に燃え尽きた灰状態だ。
無気力。無感動。「な〜んにもしたくない
1日中ボーーーーーーっと海を眺めていたい。
人間、多くを体験しすぎると矢吹ジョーのように完全燃焼してしまうのかね。

それでも声がかかれば「アムロ行きまーす」ばりに
気力を振り絞ってモビルスーツに身を固め威勢よく出動する。

今年のミッションの数は、58グループ146人。
昨年は胃の手術をしたにも関わらず80グループ255人だった。
当たり前だが、受けた仕事が減った分だけ収入も減った。
でも、忙しさは昨年とちっとも変わってない。

ヤダムの霊視が気になる。さすがに来年からはペースを落とそう。
じゃないと確実に死期を早めかねない。ま、そうは言っても「縁」が
あればすべて受けてしまうんだろうな。これじゃあ堂々巡りじゃん。

さぁ、今夜も客人に楽しんでもらうために午前様だ。
でも、まともに飯も食わずに身体が持つのかね。
はぁ、なんだか自分の人生に嫌気が差してきた。
それでも、人のためタイのためにやんなきゃね。
アムロ行きまーーーーす

さて、お蔭様で胃癌手術をしてからの今年一年間、
病院の定期検査の結果も今のところ再発は見られず、
昨年以上に食べられる種類や量も増え、酒類も飲めるようになったことは
今までにないほど至高の幸せを感じる一年でした。

健康だけはお金で買えるものではないです。
読者の皆様方も健康には十分留意されて下さいませ。

タイで新しく縁が出来た方、さらに縁が深まった方、今年帰国した際も温かく
迎えてくれた多くの方々、本当に心から感謝をいたします。多謝。

衣食足りて礼節を知る」の諺の如く、敬愛、感謝、謙虚を忘れずに
来年も1つでも多くの幸せを感じられるように1日1日を大事に生きていきます。

皆様のご健康と更なるご活躍を南国の仏教国タイより祈りいたします。



asia_jiyujin at 18:44|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第815回「年末の事件簿」

1e61c008.JPG先日、東京のN嬢らメールが届いた。
タイではありがちな金に纏わるキナ臭い内容だった。

Nです。あの、お願いがあってメールしました。実は、母の
知り合いの旦那さんが土曜日に仕事でバンコクに行ったきり、
行方不明になっているそうなのです。バンコクに着いたと
いう連絡もなく、携帯に電話をしても全く繋がらないようです。

(このメールを内容からして、すでに事件の臭いが漂っていた。
昨年、マレーシア人に殺された日本人は、上手い話に乗せられてタイに来た。
背後からピストルで撃たれ8千万円を強奪された。その後犯人はすぐに逮捕。
そうそう上手い話は転がっている訳でもなく、この手の事件はタイでは日常茶飯事)

必ず着いたという連絡をしてくる人なので、家族がとても心配をして、
パタヤで仕事で会う約束をしていたSさんという日本人に連絡をとったら、
「全く接触していない」
という返事が返ってきたそうなのです。

(この「全く接触していない」という回答からしておかしい。
普通であれば「会ってない」とか「来てない」だろう。
それが、「接触してない」・・・・、俺は明智小五郎・・・、(古いなぁ)
いや金田一耕介のように考えた)

この方とSさんは、以前、仕事でトラブルがあったらしく、
仲が悪かったそうなのですが、ここのところ、急にSさんが親しげに
連絡してきていたので、何かおかしい、と奥さんは思っていたそうなのです。

奥さんは、Sさんに殺されたのではないか、と思っているようなのですが、
何しろ連絡も取れない状態なので、どうしようもできません。
息子さんが今晩バンコクに着き、日本大使館や警察に捜索願いを出したそうです。

この先、どうなるのか分かりませんが、わこうさんにお力を貸していただけたら、
と思っております。まだ捜査段階なので、何も動きようがないのが現状ですが、
もしかしたら、わこうさんに手を貸していただけるかな、と思い、メールいたしました。
また何か分かり次第メールいたします。どうぞよろしくお願いします。

(これが1通目のメールだった、数日後2通目のメールが来た)

実は、その生徒さんから今晩お電話があって、息子さんたちがおかしいと思って、
Sさんの家に行ったところ、愛人みたいな女の人とSさんが出てきて、
「知らない、知らない」を繰り返すため、強行突破で家の中に入ったら、
旦那さんの荷物がそっくりそのまま出てきたそうなのです。
携帯とパスポート以外のものは、部屋にあったそうです。

すぐに警察に連絡して、Sさんは手錠をかけられて、
今取調べを受けているそうなのですが・・・。
何もないといいけど、状況が状況なので、恐ろしいです。
ほんと無事を祈りたいです。

もし何か展開があれば、またご連絡させていただきます。

これが数日前に届いたメールだった。
そして今朝早く、俺の知り合いの情報筋から電話が来た。
「フジさんが探していた日本人らしい人が、今朝3時頃にチョンブリ県の山中に
埋められていたのを発見されたそうだけど、この人じゃないの?」
別件で事情徴収を受けていた容疑者のSが関与しているという内容だったが・・・。

ニッケイニュース
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20071231AT1G3001330122007.html

いやだねぇ、毎年年末になると「金」に纏わる事件が多発する。
年末年始、国内や海外に旅行出られる方はくれぐれも気を付けましょう。
世界中、狙われているのは日本人のマネーです。特にタイは今年だけでも
スリ、置き引き、睡眠薬強盗、いかさま賭博など1600件以上の被害届が出ている。

そういえば、昨夜札幌から来たC氏とタニヤ界隈で飲食してからホテルへ戻ってみると。
路地の入り口がかなり騒々しい状態になっていた。タクシーを降りて近くにいた野次馬に
訊いてみると「火事だ」と言う。あわててホテルへ行くとロビーは山のような人だかり。

げっ、まさかホテルが火事かよ
タイに来た初日に荷物が全部焼けちゃったなんて、笑えない話である。
旅にアクシデントはつきものである。C氏も顔が青ざめる。

幸い火事は隣のオーダーメードの洋服仕立屋だったが、火事の飛び火で一部が焦げ臭い。
おまけに部屋から非難した客が停電状態でエレベーターも作動せずチェックインが出来ない。
笑えない話だが、カラオケクラブやらゴーゴーから小姐をオフした日本人たちが、
部屋にも入れず、バツの悪そうな顔でロビーの片隅に座っていた。

こりゃあ、しばらくは入れそうもないよ
「どうしよう・・・」
時計を見ると午前2時を回っていた。
んじゃあ、かるく一杯飲みに行きましょうか
部屋に入れなかったC氏を1人に出来ず、2人して夜の戸張に消えていった。


asia_jiyujin at 18:37|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第814回「タイ人からの贈物」

97b0d291.JPG今年もあと僅か。思い起こせば妙に早かった1年だ。
昔は1日が36時間位に感じたタイ生活だったが、日本の仕事を
請けるようになってからは、1日が18時間位に感じるほど早い。

仕事が増え収入もそれなりに増えると結局日本と同じではないか。
何のためにのんびりしたタイで生活しているのか分からなくなる。
ま、そうは言っても時間は人類平等に与えられた宿命だもんね。

1日1日。1時間1時間。1分。1秒。意識しながら大事に過ごさないとね。
先日、知り合いのタイ人女性からクッキーを頂いた。別に仕事仲間でもないのだが、
タイ人から物を貰うことが稀薄だけに素直に嬉しい。X’masも何もなかったしね。

そういえば、俺から1万バーツも借りていった女は
今はお客とプーケットに遊びに行っていると連絡が来た。
バンコクに戻ったら耳を揃えて利子をつけて必ず返す、と言い訳をしていたが・・・。

ま、期待しないで待っていよう。


asia_jiyujin at 18:16|PermalinkComments(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

第813回「今年最後の按摩」

5cd1f30b.JPG痛てててて・・・ウッ、そこそこ・・・いいぃぃぃぃ
気が付いたら目尻から涙が流れていた。久しぶりに凝り固まった
身体を解しにタイ伝統古式マッサージを受ける。

むか〜し、タイに住み始めた頃は3日とあけずに按摩屋に
通ったもんだが、最近はまったく行かなくなってしまった。
今年は数えてみたら1年間でたった10回だけである。

しかも、「もうダメだ」と身体が悲鳴を上げてから行く。
健康のためにも定期的に行けばいいのだが、いつでも行けると思うと、
気が付けば1ヶ月以上もご無沙汰な時もある。
2時間で300Bだぞ。日本円で1000円じゃんね。

ま、いまは昔ほどゴルフをしなくなった分だけ身体が疲れない。
バレーボールもしない。ましてや水泳なんぞまったく行かなくなった。
およそスポーツと言える競技からはすっかり足が遠のいてしまった。

バンコクにいる知人の社長は「ストレッチだけは毎日かかさないでやっているよ」
と言う。考えてみれば胃を切除してからはまったく身体を動かしていない。
理由は鉄分不足と低血糖症が怖いからだ。でも、これではいかん。

先月、1ヶ月ほど関東を周遊して戻ってきたら1埖僚鼎増えていた。
ま、すぐに元に戻るだろう」と高をくくっていたら未だに戻らない。
しかも、ピチピチのアンダーパンツがきつくなってきている。

かるくヤバイ
折角、超スリムな身体を手に入れたのに。またもメタボ体系に逆戻りか。
まぁ、そうは言っても胃を切った人にデブはいないはずだ。

先日、札幌出身の友人が日本料理屋「北海道」をオープンしたので行ってみた。
名前はベタだが、同じ郷里なので応援する。で、実に2年近くも会ってない友人が4人いた。
18圓眩蕕擦寝兇鮓て口々に「いやぁ〜見違えるほど痩せちゃったねぇ」とのたまう。

胃がないから、もうこれ以上は太れないよ」と言うと、
「いやぁ、そんなことないよ。130圓了笋陵Э佑、フジさんみたく胃を全部摘手したけど、
その後かなり体重が減ったんだけどね、いまじゃあ昔と同じ体系だよ」と言うではないか。

こりゃあ、来年からはジョギングに水泳にゴルフに極力身体を動かそう、と心に誓う。
で、疲れたら昔のようにマッサージに行こうと思うのであった。

写真のおばちゃんは、めちゃくちゃ痛いけど半端じゃなく上手い熟練按摩師。
昔は「どうせマッサージされるなら若い子の方がいいや」と思っていたが、
一度ババァ・・・いえ、年配の熟練者にやってもらったら、
おーぉ、これぞほんまもんの按摩の奥義や」と感動した。
以来、按摩はババァに限ると思った。

タイにマッサージ店、数多くあれど、俺の身体を治せる先生は4人だけ。
でも、ジャップカッサーイの最高の奥義を持ったおばちゃん先生は、いまはいずこへ・・・。


asia_jiyujin at 18:11|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

December 27, 2007

第812回「今年最後のお仕事」

7afa96fd.JPGさて、口の中の感覚が戻ってきたので取材を再開する。
普通の生活風景を撮りたいからカメラを意識しないでもらい、
普段通りの素顔を撮影する。途中で何度か服を着替えてもらう。

ポーイには就寝用の服にも着替えてもらう。
生着替え撮影も抵抗無く撮らしてくれるが、
お部屋拝見なので、あまり生々しいポーズは避ける。

3人とも郷里は違うが、高校を卒業してからバンコクの専門学校に通っていたときに
知り合い仲良くなる。3人とも昼間の仕事持っているオフィスレデイの会社員である。

同年代の3人であるが、ガトゥーンは一番の年上のはずだが、もしかしたら年齢詐称。
マイは妹分。ポーイが常にイニシアチブを持って対応してくれた。

3人ともタニヤでは、月に15000〜20000Bを稼ぐ。
昼の仕事のサラリーはOT(残業)なしで9000Bくらい。
で、3人とも毎月田舎の親に5000〜10000Bを仕送りしている。

この当たり前のように、両親に仕送りをする彼女たち。
たとえ自分たちが食えなくても毎月送るんだよなぁ。
戦後の日本では当たり前のようにあった話だが、
現代の若者には絶対ありえないことだろうな。
家族愛に満ち溢れている彼女たちは、素直に「えらいなぁ」と思う。

この日は2時間ほど取材。その後ポーイが歯の治療で歯科医へ行くというので
一緒に付き合った。でも、待ち時間がかなりかかりそうだったので
夜8時に再度店に行ってユニフォームに着替えた写真を撮らせてもらう。

みんな親思いの性格の良い子たち、今度友人や客人が来たときには
この3人を紹介してあげちゃおうかな。頑張れ底辺の民たちよ。


asia_jiyujin at 18:40|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第811回「激辛泰料理に撃沈」

3ce158df.JPG来年号から、日本の某雑誌の新企画が始まる。俺が毎月シリーズで
掲載させて頂いているタニヤ(カラオケクラブ)で働く女の子
たちの部屋にお邪魔して私生活を撮影するという企画だ。

これって、「羨ましいなぁ」とのたまる友人たちが多いが、
ところがどっこい、やってみるとかなりストレスが溜まる。
待ち合わせ場所に約束の時間に来ない、なんてぇのは当たり前。

当日ドタキャンなんてぇのもザラ。
しかも、住んでいる場所がバンコク郊外である。
タクシーで100B超えるなんてぇのも極々普通。

たしかに住んでいるAPの家賃は2000〜3000Bと安い。
だが、毎日バスやタクシーに乗る交通費は考えないのだ。これって、ほんと不思議。
仮に1日200Bの交通費がかかるとして、月に6000B以上になる。
ならば職場の近くに8〜9000BのAPに引っ越せばいいと思うのにね。
ま、いくらタイ人の思考回路を分析してみても日本人には理解不能だから諦める。

締め切りは来年1月15日なのだが、年明けは毎年恒例のように日本から
怒涛のミッションが入ってくるから、年内には取材を終わらしておきたい。
と言うことで、今年最後の仕事納めをする。

取材当日、約束の午後13時にラマ3世セントラルデパートのKFCで待つ。
例の如く30分ほど遅れてポーイ、ガトゥーン、マイの3人がやって来た。
(今回の女の子たちは、故郷の違う3人がシェアして住んでいる)
朝から携帯電話が繋がらず約束通り来るのかかなりヤキモキしていたが、
ま、遅れても来てくれたのはありがたい。

やはり1人1000Bのギャラが魅力なのか。
デパートでポーイがミスタードーナッツを買う。他にもタイソーセージを購入。

タクシーに乗って彼女たちの住んでいるアパートへ向かう。
すぐ近くと言っていたが60Bは結構遠い距離だぞ。
新築の6階建ての部屋代は1ヶ月2500B。これを3人でシェアしている。
エレベーターがなく歩いて彼女たちが住む最上階の6階に上がる。かなり疲れる。

部屋に入ると中央に大きなベッドがデンと置かれていた。
エアコンがなく天井に大きなプロペラが設置されている。
洗面所は温水シャワーはなく水だけ。トイレは和式で典型的なタイ風便器。
ケツシャワーも無いから桶で水を汲んで手で洗う。さらに部屋の家具は
一切ないから自分たちでベッドやタンスや化粧台は購入した。

早速部屋を掃除して昼食タイム。
階下のレストランにバカパウを4人前頼んでくれる。
俺の分も頼んでくれたが、一口食って
ギャアー!」
あまりの辛さに吐き出した。

かなり久しぶりに食った本場のタイ料理はやはり俺には会わない。
しばらく口の中が熱くて取材撮影を中断。
あぁ・・・、どぼちてこんな辛いもんを平然と食えんのかね
俺は絶対タイ人とは結婚できねぇな、と改めて認識した。


asia_jiyujin at 18:36|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

December 26, 2007

第810回「タイのX'mas」

4ab4b7e7.JPG日本でもタイでも、キリスト教徒の数はそれほど多くない。
それでもX’masは、世界的にカップルや家族の為のイベントだ。
恋人も家族もいない俺にとっては単なる12月25日でしかない。

でも、街中は否が応うにも盛り上がる。特にデパートやスーパーは
1年でもっとも忙しいかき入れ時である。こんな日に町に出れば
熱愛カップルやX’mas音楽を聴いて刹那的になりかねない。

カップルや子供たちにとっては、待ちに待った楽しい日なんだろうが、
1人ものには虚しく煩わしいだけである。とは言え「来年こそは」と思うのである。

さて、そんな街中が浮かれている時期に、日本から某週刊誌の記者が来て
一週間ほど某大物政治家の内偵捜査取材のコーディネートを頼まれた。
地検や特捜部も動いているから、いずれ大々的にメディアで暴露されるだろうが、
どうしてこうもアジアの政治家たちに「良い人」って少ないのだろうかね。

「国を変えたい」「良くしたい」と志を持って入閣しても、結局、人間は
権力を持ってしまうと派閥や癒着で最初の志が歪んでしまうだろうな。
国民の血税で私服を肥やしている悪徳政治家は絶対に許してはいかんぜよ。
てめぇを犠牲にしてでも、もっと弱者の国民のために尽力せんか!」

そう言えば、数日前の新聞に埼玉県に住む70歳の男性が、偽旧一万円札98枚を
銀行に持って行って口座に入金しようとして捕まったらしいが、自宅にはさらに
800枚もの偽旧一万円札が発見された。この偽札、今年の8月にタイで
見つかったものと記番号が一緒だったらしいのだが。まさか・・・。
もしかして、この年末にかけてまた取材陣がやってくるのか・・・

それにしても今年は、やたらと日本人絡みの事件や犯罪が多い年だったなぁ。
なんだか素直に「メリークリスマス」とは言えない聖夜だった。


asia_jiyujin at 18:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

December 25, 2007

第809回「タイ国政選挙終焉」

f4265e90.JPGさる23日。昨年9月19日に軍事クーデターが勃発して以来
ようやく1年3ヵ月ぶりに国政下院選選挙が執り行われた。
選挙期間中、いろんな県で立候補者や票を取りまとめていた
関係者が対抗政党に暗殺されるという、相変わらずの選挙だった。

結局蓋を開けてみれば、クーデターで失脚したタクシン元首相の
後継政党が、ほぼ過半数に近い当選者を出だして圧勝した。

前政党のタイラックタイ(タイ愛国党)から離党して新しく旗揚げ(実際には既存であった
小さな政党を買収して乗っ取りした形だが)したパランプラチャーチョン党が定数480人に
対して232人と大健闘した。投票率は全国平均して70..22%だった。

以前まで最大野党だった民主党が、今度こそ政党を奪回できると思ったが、
165人の議席しか取れずにまたも野党。やはりタクシン人気には勝てなかった。
さて、どうなるのだろう。またも近いうちにクーデターが勃発するのか。
そんな馬鹿馬鹿しい話をしている日本人駐在員がいたが、あながち「ない」と言えない。

もういい加減にして欲しい。政治が不安定だと犯罪も増えるし、
決して世界のメディアや世論に対してイメージは良くない。
まるで定期的なイベントのように起こる軍事クーデター。
この国では民主主義は、ある意味根付かない気がする。

23日の投票日に町を歩いていたら、歩道にテントを張って
その場所で候補者の投票結果を読み上げていた。(写真)
その周りに地元の警察官が警戒していたが、なんとも牧歌的な風景だった。
選挙管理員みたいな女性が、不正が無いか確認していたが、
どう見ても厳重とは思えないほど開放的な会場だった。

ある県では、二人乗りのバイクがやってきて爆弾を開票会場に投げこみ、
当選者の読み上げを妨害するというニュースをやっていたが、
なんとも安易でアナログ的過ぎる妨害ではないか。
まるで中学生の生徒会長選挙を妨害するような喧嘩だ。
この事件で死傷者や怪我人も出なかった。
また、開票にもまったく支障はきたさなかったとさ。

来年2月に国会が起動するようになってからイギリスに長期滞在している
タクシン元首相が帰国するであろうと噂されているが・・・・。
さて・・・、どうなっちゃうんでしょうね、これからのタイは。

貧困問題や若年者の犯罪も軽減して、将来性のある国づくり。
そして外国人が安心して旅行に来れて、長期で住める国にして欲しいよね。


asia_jiyujin at 17:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

December 24, 2007

第808回「ラオスVISA紀行」

3a7e71dd.JPGラオスのビエンチャンに行ってきた。タイに長期滞在するための
VISAを取得してきた。通常外国人がタイに滞在するためには、
目的に合わせていろんなカテゴリーのVISAが必要になる。

駐在員として転勤してきた人や、タイ国内で仕事をしている人は
ノーイミングランドB(ビジネス)ビザ、就学目的であればED
ビザ、結婚の場合はOビザなどそれらに合わせてVISAが必要。

日本人の場合、50歳を超えていればリタイヤメントビザ、
また一定額以上の年金を受給していれば年金ビザが取得できる。
だが、俺のような50歳にも満たない若輩者で、しかも組織にも在籍せず、
フリーランスの外国人はツーリストビザ(TR)を取得するのがもっともポピュラー。

以前までは、簡単にボランティアビザを取得することができたのだが、
クーデターで失脚したタクシン首相時代に、日本人に対するビザが異常に厳しくなった。
日本がタイ人に対するビザが厳しいだけに、その報復的処置ともいえる。
(ドイツ人や韓国人はノービザで90日間も滞在できるのに日本人は30日間だけ)

もっとも、フィリピン人やアフリカ人などの不法就労者の排除や
高額な外貨も落とさず、税金も払わない外国人はタイには不必要という判断だろう。

いずれにしても、厳格になってしまったビザのために、逃亡してきた犯罪者や
ホームレス的な流浪外国人や同胞の日本人もやむなく帰国してしまった人も多い。
いずれ俺も、法律が今よりもっと厳しくなれば、この国を去らなければならない時が来るだろね。
ま、その時はタイ人の嫁でも貰って隠居生活でもするかな。

さて、幸か不幸か・・・、いや幸いにも近年シングルしか認められなかったツーリストビザが
最近になってダブルが取得できるようになった。なんでも、数年前に自分のことしか考えない
我侭で愚かな日本人旅行者が、某国のタイ大使館の職員とVISAで揉めたらしい。

お蔭でその後日本人の旅行者には厳しい処置がなされ、シングルビザしか下りなくなったらしい。
(ほんと迷惑な日本人である。その日本人1人のために多くの日本人が迷惑を被ったのだ)

勘違いしてはいけない。我々異国人はこの国に居させてもらっているのだ。
人の軒先を借りて商売をさせていただいているのである。決して胡坐をかいて
「居てやっている」とか「技術を教えてやっているんだ」などという奢りは捨てるべき。
外国人はあくまでも素直に謙虚に異国の法律に従って過ごすべきである。

いずれにしても、ツーリストビザのダブルが取得できた。素直に嬉しいことである。
3ヵ月後に一度は出国しなければならないが、180日間はタイに滞在できる許可を得れた。
と言うことは来年の6月中旬まではタイを旅行しながら底辺や暗黒街の奉仕活動が出来る。

ちなみに、数年前から東京の目黒のタイ大使館でのツーリストはかなり厳しくなっている。
現在のビルマでは国内情勢が不安定状態で渡航延期。さらに、マレーシアのペナンやラオスの
サワナケットでのツーリストビザの取得が出来なくなった。そのため、ラオスの首都
ビエンチャンのタイ大使館は多くの外国人たちが長蛇の列を成していた。(写真)


asia_jiyujin at 22:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

December 19, 2007

第807回「山梨の絶景紅葉」

c5d979ba.JPG今度は山梨のA澄から写真が送られてきた。石和温泉滞在中に、
K恵らと3人で行ったサントリーの山梨工場見学中の風景だ。
3人とも「飲んべぇ」のため、工場見学後の試飲を楽しみに行く。

熟成された琥珀色のシングルモルトは、味も香りも絶品だった。
思わずもう一杯お代わりをする。残念ながらA澄は運転のため
100%果樹ジュースで我慢する。我々は良い気持ちで酔っ払う。

毎年、我々のために滞在中に面白い場所を探して連れて行ってくれる。
普段は小学校の教諭をしながら、それこそ毎日クタクタになりながら
忙しい日々を送っているのに、友達が来れば季節に合わせて
最高の場所を選んで楽しませてくれる。いいヤツだ。

今までに朝霧高原に行ってパラグライダーを体験したことがある。
もっともこれはA澄とK恵だけで、男性陣のNちゃんと俺は下界で見ていただけ。
長野の清里高原まで足を延ばして、俺の知っているタイ人が住んでいる
山まで遊びに行ったこともある。女性陣は作ってもらったソムタムに感激していた。

毎年行く定番のほったらかし湯。肌がすべすべになるはやぶさ湯。
そして甲府市内を眺められる天空の湯。いろんな温泉に連れて行ってもらった。

「来年はエジプトに行くわよ」とのたまわっていたが、
俺はエジプトでも山梨でも、楽しくて幸せが感じられる場所であればどこでも構わない。
要は誰と楽しく時を共有して過ごすかが一番重要な要素だろう。
そして、感動や感激の多さが、人間の器を大きくしてくれる。

旅はいい。ちなみに現在世界一周旅行しているA子。
今頃は地球の裏側の南米にいるころだろう。
クスコに滞在しているなら、俺も一度は見てみたい映画「天空の城ラピュタ」の
モデルにもなったマチュピチュの遺跡に行くんだろうなぁ。
えぇなぁ
旅を終える頃、A子はひと回りもふた回りも変わっているんだろうな。


asia_jiyujin at 20:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう