February 2008

February 29, 2008

第852回「働かざるもの」

4dd78b61.JPGタクシン前首相は、テレビの記者会見で首相として国外に出て
容疑者として帰国したが、家族のように自分を暖かく迎え入れて
くれる唯一の地であるタイで生涯を終えたいと語っていた。

はたして、オイラの生涯はどの地で終えるのだろうか。余談ですが
先日「完全休業宣言」をしたら一気に仕事がこなくなくなった。
おかげで心身共にのんびりとした生活を過ごしていたのだが・・・。

それでもメディアの仕事は不定期ながら入ってくるもので、ちょうど今週は
某日本人犯罪者の内偵捜査を続けていたら、サイパンで三浦和義が逮捕され
支局からスタッフが飛んでしまい、さらには突然のタクシン前首相の帰国で
日本からのスタッフも含めてみんなそっちに出払ってしまった。

結局、しばらく内偵捜査も出来ずに待機状態。まったく出番無し。
相変わらず物事が上手く運ばず歯車が噛み合わない状態が続いている。
さらに、来月上旬に大物VIPのアテンドが入っていたのですが
これも昨日連絡が来てドタキャンになった。

昨年までは、まるで分単位でミッションが入ってきて、まるで神様が
オレの空日をマネージメントしているのかと思ったくらいだった。
ところが、今年はまったく逆。ことごとくスケジュール表に空欄が出来る。
暇と時間だけが増えていく。極端すぎるが、神様がくれた休暇と思いましょうか。

例年1〜3月で年収の半分近くを稼いでいたが、今年は未だに半分もない。
3月の予定は月末の29日までな〜にもミッションが入っていない。
働かざるもの食うべからず」ちょっとだけ不安になってきた。

人間、暇になるとロクなことを考えないものだ。
ま、この7年間は前を向きながら我武者羅に突っ走ってきたんだから
今年くらいは、な〜にも考えない年でもいいんだろうな。その分、
静養しながら充電期間中に見聞を広めて次なるステージに備えるとしよう。

それにして、こんなに暇でいいのかね・・・。


asia_jiyujin at 17:07|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第851回「パフォーマンス」

c1e21672.JPGタイ国際航空603便で28日午前9時半にスワンナプーム空港に
到着したタクシン氏は、VIP出口から外に出て出迎えに集まって
いた空港前の支持者等に軽く手を振った。その後、お寺で御参り
するようなポーズでしばらく地面に頭をつけていた。(写真)

このパフォーマンスを大げさに書き立てるメディアもあったが、
オレはテレビで見ながら、ちょっとジーンときちゃった。

まるで国民に「心配かけてすまなかった」と謝っているようにも見えるが、
オレ的には、故郷のタイの地に戻れたことへの感謝の念に思えたからだ。
「んなわけねーだろ。ありゃあ同情を買ういつものパフォーマンスだ」
と言う人もいるが、仮に(有り得ないが)オレがその立場ならどうするだろう。

かつて、戦争で長年異国にいながら帰国した横井さんや小野田さんは
終戦を知らずに帰国したわけだから「恥ずかしながら帰ってきました」と
ドゲサまではしなかったが、本当に生まれ故郷の母国に帰ってこれたら、
きっと地面にキスしたくなるほど嬉しいのが本音だろう。

でも、このパフォーマンスは誰も予想しなかったことだろう。
タイでお寺に行く機会が多いオレだが、やはりこのポーズは神聖に見えちゃう。

タクシン前首相は仮保釈後、都内ペニンスラ・ホテル内で行われた記者会見の席上で、
現在持たれている嫌疑を晴らすために帰国した事を強調した上で、今後一切政治の世界と
関わりを持つ考えが無いことをあらためて確認した。

今後は慈善活動やスポーツ・教育振興といった公益の為の活動に
身を捧げていきたいらしいが、政治でもビジネスでも、トップまで行っちゃった
偉人はみな慈善活動したくなるのでしょうかね。かのビル・ゲイツ氏のようにね。
だって、いくら財を持っていても人が喜ぶ顔ってお金で買えないからね。

一部ではタクシン前首相の政界引退宣言は単なるポーズで、
現在もたれている嫌疑が晴れた後に、再び積極的に政治の表舞台に
躍り出てくるのではないかと見る向きも依然あるようです。

とにもかくにも、人の軒先を借りて住まわさせていただいている身としては、
タイ人にとっても外国人にとっても住みやすく安全な国になって欲しいと切に願うばかりです。

asia_jiyujin at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

第850回「タクシン前首相帰国」

ad03f69c.JPG昨日、1年5ヶ月ぶりにタクシン前首相がタイに帰国された。
2006年9月19日の軍事クーデターで失脚して以来、主に英国、
中国で事実上の亡命生活を送り、タイには一度も帰国していない。

タクシン派は昨年12月23日の下院選挙で政権に復帰し、
タクシン氏の証取法違反容疑の捜査を担当したスナイ法務省特捜
局長を25日に左遷するなど、元首相の帰国準備を進めていた。

空港到着後、自身に掛けられている国有地の不正収容疑惑で逮捕状が発行されていたため
車で最高裁判所と法務省特捜局に出頭し、800万バーツの保釈金で即時仮釈放された。
第一回目の審理は3月12日に予定されている。

さて、これで平穏だった?タイ社会や経済が再び賑やかになるのは間違いない。
タクシン氏を支持する国民も多数いるが、その反対派もかなりいるわけだ。

昨日のテレビでは、朝から晩までタクシン一色。まるで国民的スターだ。
確かに小泉前首相時代とほぼ同期間に政界に君臨していた一国の主。
そのカリスマ性は小泉氏以上に大きな影響力を持っていた。

でも、その行き過ぎた影響力が失脚に繋がったのも事実。
かつてのナチス独裁者のように比喩されることも多かった。
テレビや新聞などの各メディアの影響で、タクシン氏を悪く言う人も多い。

でもねぇ、個人的には誰が首相をやってもアジアと言う国は利権が絡んで
私腹を肥やす社会構造になっているでしょ。っと思ってしまう。
カンボジア然り、フィリピン然り、インドネシア然り、
権力を持ってしまうと、人格まで歪んでしまうのね。
だって、日本だってそうでしょ。

97年7月2日にタイバーツが下落してアジア通貨危機に陥ったときに
当時のチャワリット政権は何の成果も得られず辞任したんだよ。
その後、タクシン氏率いるタイ愛国党がこの国の経済を底上げしたのは事実。
国の借金だって1年も前倒しして返したじゃん。「我が国は今後NGOなどの
他国の援助は要りません」と名言したのもタクシン氏じゃん。

かつて、どの首相もなしえなかった貧困対策に真っ向から手をつけたのは誰?
オレが記憶している歴代の首相のチュアンリークパイ、バンハーン、チャワリット、
その間、誰も手をつけていない。計画していたが任期中に出来なかった。
やろうと思ったが手が回らなかった。理由は様々だが、結局誰も結果は残していない。

オレが14年前から手伝わさせて頂いている貧困農村地帯のタイ東北部では、
タクシン氏が首相になってから急激に変わったように思う。とはいえ、農家の殆んどが
水牛からトラクターに変わったわけではない。でも、明らかに生活が向上した。

イサーン(東北部)の人は言う。
「確かにタクシンは自分も儲けたが、我々の生活を向上させたのは彼だけだ」
長年、いろんなタイの田舎でボランティア活動していると思うのね。
政府はいつも中央ばかりお金を使ってないで、そろそろ片隅に追いやられている
タイの僻地にも眼を向けてくれよ、と。

ま、それだけタクシン政権時代には眼に見えるほど社会が変貌したのは事実。
誰がやっても私腹が増える腐敗した社会構造なら、いっそのこと、その設けた私腹で
最底辺でもがき苦しんでいる貧困な国民の為に地元に産業や研修施設を作って欲しいもんだ。

asia_jiyujin at 16:57|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

February 28, 2008

第849回「タイ福祉人材育成」

0e47e9eb.JPG先日、タマサト大学に行ってきた。東京からHY教授と熊本市から
社会福祉課OBのT氏がバンコクに来られて、来月熊本市へ招聘
される学生6名の面接に立ち会った。(写真)

当日はHY教授の元教え子であるJ国際大の越後姫(現タイ在住)
と、ちょうどタイに遊びに来ていたタイ人のK女史も一緒だった。
K女史とは昨年帰国したときに新宿で朝まで飲んだ以来である。

日タイ国交樹立120周年を記念し、両国の友好を深め、
社会福祉領域におけるアジアのよきパートナーとしての関係を
深めることを目的として、タイ国立タマサト大学の大学生及び
大学院生を熊本県内の社会福祉施設(特別養護老人ホーム、
デイサービスセンター、児童養護施設等において研修を行う。

研修期間は3月16日からタイ正月の4月13日までの30日間。
参加者6名を3班に分け、社会福祉施設に宿泊滞在して研修を行い、
日本の福祉制度・施策や福祉経営についての理解を深めるとともに、
福祉現場での体験を通して、ケア・マネージメント等の社会福祉援助技術や
介護スキルの修得を図る。

タイと日本では文化も風習も国民性も違う。初めての日本に戸惑うタイ人学生たち。
オレが昨年サロマに研修に行ったタイ人たちを現地でレクチャーしたときも、
ごみの分別や食事などの生活習慣を教えるのに苦労した。
言葉で説明してもすぐには理解できないからだ。

K女史や越後姫から日本での習慣を教わる学生たち。
日本での1ヶ月間は長いようであっという間だろう。
3月とはいえ、熊本は肌寒いはずだ。風邪を引かなければいいが。

熊本では、神奈川からK嬢がタイ人の通訳や生活習慣のアテンドで1ヶ月行く。
K嬢は過去に1年ほどタイでボランティアをしていた経験がある。
HY教授の元教え子の中でも、もっとも信用している頑張り屋の子。

最終週には、タイ人のK女史も参加して現地で手伝ってくれる。
今回の企画の殆んどがHY教授の絡んだ人たちが力になってくれている。
素晴らしい人材をたくさん育てて世に送り出してきた教育者である。

そんな教授とタイで知り合ってから早いもので10年が経つ。
光陰矢のごとし。素晴らしい仲間たちとの出逢いを作ってくれたのも、
タイで活動しながらいろんな体験をさせてくれたのも教授である。深謝。

少なくても、この出逢いがなかったら、この10年間はワサビの入っていない
寿司を食べているようなものだっただろう。おそらくこのブログも
HY教授の教え子たちが多数見ているでしょう。

教授は来年で定年を迎えますが、人生の定年はまだまだ先です。
これからもアジアの社会学の分野で活躍される偉人でしょう。

asia_jiyujin at 18:57|PermalinkComments(0) 気ままなボランティア活動 | 藤岡わこう

February 27, 2008

第848回「マーカブーチャ」

4916f99d.JPG先週21日タイではマーカブーチャと言う仏教行事の祭日だった。
この日は・・・、詳しくは忘れたが禁酒の日で歓楽街も閉まる。
タイ人は挙って近くのお寺にタンブンに行く。

例によってお寺好きのDちゃんが東京から来ていたので
行ってみる?」と訊くと「行きたいです」と即答。
ならばオイラのタンブンも含めて行くことにした。

この日はチャイナタウンに用があり、その帰りに近くの中国寺に行くことにした。
ところが、普段から参拝者の多いこの寺だが、この日は輪をかけて混雑していた。
入り口から入ってさらに人の多さに唖然とした。

タイ人ってほんとタンブンが好きだよなぁ
敬虔な仏教徒が多いタイではあるが、それにしても尋常じゃない人の数。
子供から老人まで、若い男女のカップルも多い。まるでデートコースだ。
神や仏陀に他力本願的にお祈りする前に、もっと地道に努力すれよ
とぼやきたくなる。

さて、タイの寺院の参拝の仕方は分かっていたが、
中国寺の参拝の仕方がまるっきり分からない。
とりあえずDちゃんと2人でタンブン一式セットを購入。

近くで参拝している中国系タイ人に教えてもらい長い列に並ぶ。
ところが、ろうそくや線香に点した火が非常に危険だのだ。
さらに、人にぶつからないように線香を頭の上にすると
時折何かの拍子で己の頭に灰が降ってくる。

あっちちちち・・・
郷ひろみの歌じゃあるまいし、
2人とも灰まみれ状態。

爆音を撒き散らす爆竹といい、でっかい線香といい。
中国のお祝い事は派手で危険が伴う。

それにしても、本尊がいくつもあり、どこで何をすればいいのか勝手が分からない。
とりあえず、自分の健康とアジアの子供たちの幸せを願った。
はたして叶うのだろうか。

asia_jiyujin at 19:30|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

February 26, 2008

第847回「チョコレート」

264d6a7a.JPG題名の「チョコレート」決して2月14日のバレンタインのネタ
ではない。久しぶりに「観たい」と思ったタイ映画の題名である。

日本でもヒットした「マッハ!!!!!!!」や「トムヤムクン」
を手掛けタイのアクション映画を世界中にアピールしたプラッチャー
ピンゲーオ監督の最新作である。

知的障害を持ちながらムエタイにかけては驚異的な運動能力を誇る
少女ゼンが、阿部寛演じる父親であり日本のヤクザの幹部・マサシ
と共に愛する母親を助けるために凶悪なマフィアと対戦する、と
いうストーリー。驚いたのはこの映画に極近しい日本人の友人が
ヤクザ役で出演していた。最後はあっけなく銃で撃たれて殺された。

タイの映画、意外と主人公がラストで死んでしまうストーリーが
多かったりする。もっとも友人は主人公ではないが。なんかこんな
有名な映画に出演して台詞まであるなんて、妙に羨ましく感じた。

オレも過去に「インビジブル・ウェーブ」で浅野忠信氏と競演できるチャンスがあったのに。
あのスマトラ沖地震さえなければ。もっとも、オーデションの段階で落ちてたかもね。

さて、映画は1人で観ることは無い。知り合いのタイ人女性Pが来月関東に住む日本人と
結婚が決まったらしく、その相談を持ちかけられたので「んじゃあ」と会うことにした。
で、ついでにどうしても観たかった「チョコレート」に付き合ってもらった。

当日、約束の場所のエスプラネードに行ってビックらこいた。
げっ、1人160Bかよ。いつの間にこんなに上がってんだよ」(3年前までは100B)
バス代も公共料金も、高騰する燃料費の値上げに便乗して最近はなんでも上がる。
オレが住むAPの部屋代も年明けから500Bも上げやがった。
個人的に壊れたエアコンを自前で買って取り付けたのだから、
3年は値上げしないといっていたはずなのに・・・。
ま、タイの約束なんてあってないようなもんだ。

で、お目当ての「チョコレート」はあと2日で上演終了だった。(ラッキー!)
会場は全席指定のリクライニング席。でも、オイラたちを含めて10人しかいなかった。
久しぶりに銀幕で観る映画はドルビーサウンドが下っ腹に響き身体中が熱くなった。
自宅で見る25インチのテレビとは臨場感も感動も雲泥の差だ。
たまには、こんな時間を作らんとね。

映画を見終わった後で、結婚式の相談を受ける。
「来月、一緒にスリンへ行って欲しいの」
なんでや?」(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?
「いいじゃないの」」
なんで親戚でもねぇのにお前の結婚式の為にわざわざタイの田舎まで行かにゃならんのだ
「だってぇ、友達じゃない」
はぁ?トモダチ。新郎の日本人だって会ったことがねぇんだぞ
「大丈夫だから」
彼女が言うには、新郎はタイ語がまったく話せないらしい。
っちゅうことは・・・、オレは単なる通訳者と新郎の話し相手じゃん
「ね、いいでしょ」
Pは2年ほど前にオレが胃癌手術を受けたときに見舞いに来てくれている。
断れないじゃん。あぁ・・・、またかよ」。゜(´Д`)゜。
どうしてオレはこうも人がいいんだろうな。

タイの結婚式。一度行ったことがある人は2度と行きたくないだろう。
だって、日本の東北地方のように1日で終わらないからだ。
しかも、朝から晩まで酒を飲んでいる。
ある意味、苦痛を伴う儀式でもある。

3月になるとタイも暑季に入り、田舎でもかなり暑くなる。
さて、どうしようかしらん
甘いチョコレートでも食ってゆっくり考えるとするかな。

asia_jiyujin at 17:39|PermalinkComments(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

February 25, 2008

第846回「任侠一家訪タイ」

4d0345e8.JPG知り合ってから5、6年が経つU市で三分の一を仕切るK一家。
毎年数回舎弟を引き連れて羽を伸ばしにタイに遊びにやって来る。
仕入れ(薬ではない)の時もあるが、チャカの練習のときもある。

いずれにしても日本国憲法に違反することはしていない紳士的かつ
義理人情に厚い任侠一家なのである。昨年オレが帰国したときには、
鬼怒川温泉で一泊10万円もする高級迎賓室に泊めていただいた。

先日、そんな親分含めて舎弟の方々が訪タイされ晩餐会に呼ばれた。
場所は、かの小泉首相もバンコクに来たときに食したソンブーンのパトムワン本店。

親分さんが先頭で店に入っていくと、まるで国賓並みの扱いでVIPルームに案内された。
すごいっすねぇ、まるで小泉首相並じゃないですか
「ま、だてに金(チップ)を使ってないっすからねぇ」
なるほど・・・
タイのシステムをよく知っていらっしゃる。

通常タイではワゴン車の運転手は絶対に雇い主や主人とは、同じ席で食事することは無い。
別にインドのようにカースト的階級があるわけでないのだが、遠慮するのが普通。
オレが長年使っているワゴン車の運転手も、どんなに誘っても一緒に食べることは無い。
それがこの国の習慣であれば無理強いすることは返って失礼になる。

だが、一家を預かる親分さんは、たとえタイ人の運転手であっても家族的に扱う。
この日は、2台の車の運転手も含めて10人が同席しての賑やかな晩餐会になった。
例によって食べきれないほどの量を注文する。豪快そのもの。贅沢は美的なのだ。

食後はそのままタニヤに流れて酒を嗜んだ。
飲み方もいたって紳士である。金にものを言わせて無茶は言わない。
通常、「道」を極める任侠の人たちは、外見だけで変な誤解を受けやすいが、
ある意味ストレスが溜まって我侭を言うサラリーマンよりはるかにいいかもしれない。
ま、確かに一般社会とはちょっと違う世界ではあるが、俺は究極の男の世界だと思う。

社会から弾き出された若者を、てめぇ1人で食っていけるようになるまで、
育成して面倒をみる組織なんてそうそう一般的な社会にはないでしょうからね。

バンコク滞在中の最終日の夜に、再び話す機会があった。
「昔よりは遊ばなくなりましたよ」という親分さん。
舎弟や仲間たちを楽しませる立場になり、金だけ払って自分は早めにホテルに帰ってくる。
「ヤツらが楽しんでくれればそれでいいんですよ」
少し疲れ気味で呟くように話す。

その言葉を聞ききながら、なんだか今のオレの立場とクロスオーバーした。
似てるな・・・
文豪・浅田次郎氏が書く小説に出てくるような親分さんに似ている。

昨年、帰国したときにK一家の親分さんの部屋に案内された。(写真)
まさしく、映画で見るような任侠一色の部屋。虎や鷲の剥製に戦国時代の甲冑に日本刀。
オレの人生において、本物の極道の親分さんの部屋を垣間見れるとは思ってもいなかった。

若いもんを食わしていくために、それこそ今までいろんな修羅場を潜り抜けてきた。
そんな親分さんも、若いもんや仲間たちの前では場の雰囲気を盛り上げて楽しませる。
一家を預かる若い親分さんは、やはり器のデカイ人間だと思った。

asia_jiyujin at 22:07|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

February 23, 2008

第845回「B型的タイ人気質」

be2d9181.JPGさて、毎月連載させていただいている某雑誌の企画で
「タニヤ嬢のお部屋拝見」の取材をするためT女史の部屋に行く。
2週間前から約束していたのだが、なんと連日連夜客が付いて
とうとう原稿締切日の15日が過ぎてしまった。

編集長に連絡して、何とか18日まで延ばしてもらった。だから、
今日中に写真を撮って原稿を書いて翌日に送らなければならない。

ところが、このT女史。典型的なB型タイ人気質の我侭娘なのだ。
けっして悪気はないのだろうが、「明日は大丈夫」と言いながら
翌日「やっぱり今日はダメ」とこの2週間はずっとこのパターンで
ドタキャンされ続けいい加減堪忍袋の緒が切れそうになっていた。

そもそもタイ国の仏教は上座部仏教である。
実は同じ仏教国の日本の大乗仏教と決定的な違いがある。
「みんなが幸せになりましょう」という集団で物事を考える日本と違って、
タイの仏教は「先ずは自分が幸せになってから人に分け与える」という考えなのだ。

つまり、一個のパンがあったら、みんなで当分に分けて食べるのが日本。
それに比べてタイは、誰か1人がパンを食べて働いてからパンを買って
みんなに分け与えるという発想になるのだ。
だから、他人のことを考えるよりも個人的主義者が多い。
故にタイ人がB型気質といわれる由縁なのだ。

よく、道の真ん中で立ち話をしているタイ人グループがいる。
てめぇら、邪魔だ
と思っても、人も自転車も迂回しなければならない。
人様の迷惑なんて、これっぽっちも考えていない。

地下鉄やエレベーターでも、降りる人間をかき分けて乗り込んでくる。

さらに、最悪は夜中の1時に電話してきて
「今日は私の誕生日なの、これから飲みに行こう」
と誘ってくる。まったくもって人の迷惑なんて考えていないのである。

だから、デートで約束して指定の場所で待っていても
「雨が降ったから行かない」
とドタキャンしてくるのは日常茶飯事なことなのだ。

ま、T女史にしても相手は客商売だからそちらを優先するのは当たり前だが、
明らかにお客がいない日でも、面倒なのか平然と嘘をかます。
店の社長やママさんに懇願してなんとか取材に漕ぎ着けるも、
当日になると「時間が無いから」と断られる。どうやら
超売れっ子ホステスは、こちらのチンケなギャラでは靡かないらしい。

仕舞いには、お客をマッサージ店に2時間ぶち込んでいる間に友達を紹介するとのたまう。
この際、時間が無いから友達でもいいかとバンコク郊外までタクシーで乗り付けると、
とてもグラビアに対応できるレベルじゃない子だったりする。
得てしてタイ人のホスピタリティは結果が伴わないものである。
結局、この我侭娘のために2週間も他のミッションを断り続けたのだ。
東京のEさん、名古屋のKさん、御免なさい。

ま、ライターとして原稿が締め切りに間に合わないのは致命傷である。
そのことで企画ページに穴を開けてしまうことになる。
フリーランスとしてはそれだけは絶対避けなければならない。

だが、この日もT女史の我侭が始まった。
「1人じゃ嫌だから友達も一緒でいい」
この際、1人増えようが2人増えようが
仕事だけは終わらせなければならない。

ひょんな切っ掛けから受けてしまった日本の某雑誌の連載だが、
気が付けば2年を過ぎている。しかも、当初受け持っていたページ数が
5ページからいつのまにか今では9ページに増えちゃっている。
当然、取材する日数や素材や人物も増える。
必然的に、時間と締め切りに追われることになる。

昔、バンコクで出版されているGダイアリーを書かせていただいていたときも
一時期の全盛期にはペンネームを変えて3つの連載を執筆していたことがある。
あの時代は書くことが愉しくてたまらなかった。中国や韓国、香港、フィリピン、
インドシアやベトナム、シンガポールにマレーシア、ラオスにビルマなど
とにかくタイ以外の外国を飛び回りながら現地の底辺を取材するのが生き甲斐だった。
ところが、今はバンコクの小さなエリアだけで、毎月の連載の記事を埋める作業に
追われる脅迫感で、苦痛やストレスを感じるときがある。

やはり、知らない土地でアクシデントやハプニングに遭遇しながらルポする
取材の方が、はるかにドキドキ度が高くワクワクした刺激や満足感があった。
特に危険な国へ行ってバンコクに帰ってきたときは、
あぁ〜、やっぱりタイはいいなぁ〜
と、タクシーの中で至福の時を感じたものだ。

そういえば、そのGダイヤリーも今月号でめでたく100号達成になる。
今月末にパンパシフィックホテルで開催されるパーティーにも呼ばれている。
そろそろS編集長から頼まれていた「バンコク極楽闘病記」でも書くとしようかしらん。

asia_jiyujin at 16:23|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第844回「タニヤのタンブン」

c7c7ebc0.JPG日本人ご用達のカラオケクラブが密集するバンコクのタニヤ通り。
不景気が低迷している中で現在106軒の店が営業している。
日本人駐在員が多く住むスクンヴィット地区では60軒ほどある。

その店の殆んどが年に1度お坊さんを店に呼んでタンブンする。
そんな珍行事は滅多に出会うことがないので取材させて貰った。
普段からお寺に行ってタンブン(徳を積む)するタイ人は多い。

だが、この日はカラオケ店で働く従業員やホステスの希望者だけ参加した。
ところが、在籍120名もいるのに来たホステスは20名くらいだった。
ま、前夜にお客が付いている子もいるし、家が遠い子もいるだろうしね。

K氏の奥様たちを放置プレーしている間に、急いで行ったが
すでに9人のお坊さんたちが帰るところだった。(写真)
その後は、残った人たちだけで昼食会となった。

「フジさんも食べていきなよ」
馴染みのママさんが誘ってくれた。
俺、タイ料理食えないから
「あ、そうだったわね」
床に並べられたタイ料理は、どれも赤い色をしていた。

その中に、今日中に取材をしなければならない我侭娘がいた。
しかも、昼真っから酒を飲んでいる。
APに帰って取材お願いします
「えぇ、めんどくさ〜い」
酔っ払って眼が据わっている。
てめぇ、いっぺん殺したろうか

asia_jiyujin at 16:14|PermalinkComments(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

第843回「三大寺院観光案内」

919a5220.JPG午後3時、K氏のリクエストの手配を全て終えたオレは、パタヤの
長距離バスターミナルへ直行。そのまま2時間揺られてバンコクへ。
ところがだ、やはり運の悪い俺の席は最後部の窓側の席だった。

全ての席がリクライニングになっているのも関わらず、俺の席だけ
45度角のままビクとも動かない。持病の腰痛は悪化するばかり。
まるで神社のおもくじで凶を引き当てるよりも確立が低いはず。

今年は多くを期待してはいけない年らしいのだが、ここまでツキに見放されことごとく悪運が続くと返って開き直れるっちゅうもんだ。凹みようも無い。さて、バンコクに到着したのが午後7時。自宅に帰ってメールを確認していたらK氏のワイフから電話がかかってきた。

「いま空港に到着したのでこれからホテルに向かいますわよ」
昨年Y町にあるK氏のログハウスに行ったときには、
アーチストである嫁さんは個展の準備で上京していたから会ってない。
なんじゃい、この上品な言葉遣いは・・・
まるで山の手夫人じゃん。
時計を見ると20時を少し過ぎていた。

K氏の縁のある友達夫婦含めて総勢5名で来たらしいのだが、
いわくつきのカップルで、その中の誰かと誰かが馬が合わないらしく、
宿泊先は一緒なのに食事は別、行動も別。
なんで一緒にタイに着たのか理解できない。

深入りするつもりは毛頭ない。面倒なだけだ。
ということで、ホテルに行ってそのままフカヒレ&アワビ雑炊コースにご案内。

翌日は朝からバンコク三大寺院観光。
でチャオプラヤー川を渡り歴代の王族が眠る暁の寺院へ。
さらに、再び船で戻ってきて涅槃僧を拝観。
で、エメラルド寺院と王宮は、先に今年の1月2日に死去された
現国王のお姉さまのパピナンツー・ガラヤニ・ワッター女史の供養のため
一般参拝が出来ないらしいというので、外側からの拝観のみ。

その後はK氏の奥様たちの希望でジム・トンプソンへショッピング。
現地に着いて小一時間ほど放置プレー。
その間オレは、某店で年に一回執り行われるタンブン式に取材に行った。(後記載)

昼食は、大好物だというので北京飯店に行って小龍包と餃子、チンジョーロースに
エビチリ、辛わかめ和え、サンラータンスープを一気に堪能。
みんな「美味しいわねぇ」と上品にすべて平らげた。
デザートで頼んだ大学芋と胡麻団子も好評だった。

午後2時半、みんなを乗せたワゴン車は一路K氏が待つ
南国の楽園ジョムティエンビーチへ向かった。
はぁ〜、終わった
時間的に、超タイトなガイドだったけどなんとかぶっ倒れないでミッション終了。

さて、これで今日は終わりではなかった。
これから2週間もドタキャン続きで待たされた我侭娘の取材に行かねば。

asia_jiyujin at 16:04|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう