August 2008

August 29, 2008

第1161回「旨食は新宿にあり」

b896eee1.jpgうまいうん。うまい
D氏が絶賛する新宿南口から代々木方面にちょっと行ったところにあるジンギスカン屋。その名も【富良野発北牧場

先日紹介した本来の北海道の味の滅茶苦茶味噌ラーメンが美味い【】の右隣にある。オーナーは両店共同じ。柔らかいラム肉は北海道直送の富良野産。連日行列が出来る札幌ススキノにある【だるま】に匹敵するほどの美味さらしい。

健康食としてもブームになって久しいが北海道人の肉と言えばやはりジンギスカンが定番。なんてたって大阪の家にたこ焼き機があるように北海道の家には必ずジンギスカン鍋がある。

久しぶりに「肉」を頬張る。しかも懐かしい
子供の頃から食べていた北海道のラム肉。
うまっ、うん。ほんとに美味い
二人して会話も少なく一心不乱に肉を焼いて口に入れる。

カウンター越しには、中国人留学生らしき
女性3人が忙しそうに肉を選別している。
「いらしゃ〜いませ〜」

D氏曰く「食は銀座より新宿にあり」と。
確かに戦後復興した新宿の焼き野原から闇市や屋台文化が根付いた町だ。
安くて美味い店が新宿には多く点在している。


asia_jiyujin at 00:40|PermalinkComments(2) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第1160回「仕事と人生の岐路」

48444787.jpgミーンミーンジィージィーツクツクボーシ
連日の雨が一転して晴れた東京都内は、町の彼方此方から
蝉の大合唱が聴こえてくる。まさに夏再来。

とは言っても最高気温は29℃。バンコクなら生暖かい外気温。どうも今年は、いや今年も日本もタイも異常気象が続いている。もとい地球規模で異常気象なのか。そりゃあ異常な人間も増える訳だ。

普段聴かない「ツクツクボーシ」の鳴き声を耳にする。ふと、歩道の街路樹を見ると、必死にへばりつきながら懸命に最後の力を振り絞って夏が過ぎゆく哀愁を悲しむように鳴いている。お前にとっての一生は僅か1週間。「おい蝉くん。愉しい人生だったかい

翌日は一転しての雨。どうなってんの関東の天気は。
局地的に凄い雨量のところもあり、また災害が発生するのかね。
あ〜ぁ、雨の日は気持ちが滅入るね

二日前はM出版。昨日はW出版。今日は市ヶ谷で週刊Bの記者F氏に会った。
以前、タイで北朝鮮拉致問題を取材に来た時にお手伝いしてから、いまは
すっかり旧知の仲になり、プライベートでも食事をする機会が多くなった。

F氏は仕事柄不規則な生活や無理な取材を繰り返し、一時怠惰な時期があった。
それを見かねた先輩に勧められて、短期間の僧侶的修行を勤め上げた。
以来、仕事も人生も順調になったとか。

年に数回しか会わないF氏だが、会うごとにお釈迦様のような穏やかなオーラが
身体全体から出ている。よく人柄は顔に出るというが、まさしく観音様みたいだ。
一緒に話しているだけで、こちら側の心が徐々に和んでいくのが分かる。
なんだか、ありがた〜い気持ちになってくるのである。

ところがだ。オイラが胃を切ってから今までに体験した話や
食べられ事の何でもない「幸せ」に気づかされる話をしているうちに
突然、何かを決心したようにF氏が口を開いた。

「いやぁ〜、今日はまさしく僕のための説法を聴いているようです」
何言っているんですか、逆ですよ
「藤岡さんの話を聞いていて、決めました」
何を?」
「仕事辞めます」
はぁ?なんで

各界の大物政治家と直に話が出来るほどの人脈を持ち、
数々のスクープや社会問題を書いてきたトップ記者が
こんな俺の話如きで人生を決めたとあっちゃ、責任を感じる。
「いえいえ、前々から考えてはいたんですよ」
ただ彼は、その「切っ掛け」が欲しかったようだ。

食後、レストランを出て日本テレビ坂を歩く。
悩みながらも晴れ晴れした顔をしている。
まぁ、独立するにはいい年齢かもしれない。

今以上に飛躍するためには、時には巨大な組織の枠から出ないと
本当の意味での「自分」の生き様を見失いかねないものだ。

一度組織の枠から飛び出してみると、今まで見えなかったモノが見えてくる。
まして忙しさに流されていたら「人生の意味」も「仕事の意義」も
気が付かないモノです。

オレが独立したのは30歳。F氏より10年も若造のときだ。
以来、組織や会社に所属することなく自由な目で枠の外を見て生きている。
失ったモノも大きいが、得たモノの方がさらに大きい。

Fさん、オレは応援しますよ
「また、会いましょう」
人が大勢行き交う地下鉄の改札口で、
お互い堅い握手を交わして笑顔で別れた。


asia_jiyujin at 00:01|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 28, 2008

第1159回「江戸にて初蕎麦」

44a27805.jpgまるで料亭のようなお洒落な蕎麦屋だった。例によってダンピングが気になるオレは昼食に蕎麦を選んだ。もっとも出版のW氏が気を遣って胃に優しい方が良いでしょうと蕎麦にしてくれたのだ。

東京でも蕎麦が食べられることに幸せを感じる。これに銘酒があればもっと幸せなんだろうが勤人が昼間っから酒を飲むわけにもいかないし、贅沢を言っちゃあ罰が当たるってもんだ。

シコシコ、つるつる、ズ、ズズー
味わう前に、目の前のザル蕎麦があっという間に底が見えた。
炭水化物をそんな勢いで一気に食っちゃあいけねぇのに。

あぁ、うめぇ
江戸の蕎麦も最高だ。
全国各地(半分も回ってないが)の蕎麦を堪能し、
オイラはすっかりうどん派から蕎麦通になってしまった。

きっとバンコクに戻っても通うんだろうな。
昼間っから酒をちびりながら・・・。
贅沢な食べ方を覚えてしまった。


asia_jiyujin at 02:49|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1158回「今日はW出版社」

25af72c8.jpg昨年帰国したときも四谷にあるW出版のW氏と会っている。
D氏のMSから歩いても20分くらいの所に会社があり、滞在中はお互い時間が合えば近況報告と情報交換のためにお茶をする。

W出版でも駆出しのライターの頃は、沢山アジアネタを掲載させて頂いた。タイの暗黒街はもちろん、韓国やヴェトナム、ビルマ(現ミャンマー)や上海などの闇の底辺をリポートして執筆した。

結構ヤバイ目にも遭っているが、駆出しの頃は怖いモノ知らずでかなりヤバイエリアでもガンガン最前線に乗込んで取材した。今にして思えば若気の至りというもので、もしも「何か」あったとしてもフリーランスの立場では全ては自己責任だ。

ま、人間という生き物は幾多の修羅場を潜り抜けているうちに感性が鈍感になり、
終いには自分が危険な立場にいることを忘れてしまう。だが、おかげで「その道
に精通している玄人として各分野からオファーが来るようになったんだけどね。

あまつさえ、いくらスキルが上がっても危険な国はやはり嫌だ。
いまは中国もヴェトナムもビルマもしばらくは行きたくない。
紅色国旗の国はいつも理不尽で不条理な事が多すぎて適わない。
だから「ネタ」になるという見方もあるけどね。

そんな事を何気なく頭の片隅で考えていたとき、ふと向かい側で
コーヒーを飲んでいたW氏がおもむろに口を開いた。
「来月ミャンマーに行きたいんですけどね」
ミヤ・・・ヤンゴンですか
今週でビルマの話は2人目だな。

W氏は、取材ではなく嫁さんと一緒にリフレッシュ休暇で行くのだという。
昨年はタイ島北部を回りラオスの首都ビエンチャンを旅した。
今年は「ミャンマーのパゴダ」を見たいのだそうだが、
日本のミャンマー大使館ではビザが相当厳しい状態だとか。

つい自分の職業を「出版社に勤めています」と言ってしまったために、
別の部署に回され「現地で取材しない旨」の誓約書を書かされたそうだ。
ジャーナリストの長井建二氏が銃撃されて以来、ビルマ政府は極端に
外国人記者やジャーナリストを国内に入れることを拒んでいる。

もっとも、それ以前から外国人記者を嫌っている節はあるけどね。
現在、バンコクのミャンマー大使館でも日本人の入国ビザは一切発給されていない。

期日までにビザが下りなかったらどうするの?」
「その時はラオスのランパパバーンでも行こうかな」
ハハ、だったらカンボジアの方がいいかもね

雨季のラオスの国道は結構土砂崩れ災害があって危ない。
それに、たまにパテトラオ(反政府ゲリラ)が無差別にバスを襲撃するからね。
嫌ですよ、邦人カップル山岳で撃たれるなんて

※アフガンで誘拐拘束されて殺害されたNGO活動の伊藤和也氏のご冥福を祈ります。



asia_jiyujin at 00:55|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 27, 2008

第1157回「待望の三作目は」

ba387f8a.jpgよく人に言われることがある。「何やって食べてんですか?」
普通の人から見たら、どう考えても不可解な人物だろう。

ましてや帰国してから4ヶ月間も日本中を周遊しているんだから羨ましがられることもあれば、逆に妬まれることもある。
父親が残した莫大な遺産なんてぇもんもない。親父が他界して残ったのは借金だけ、銀行の抵当で家は人手に渡った。

けっして昨年の年末ジャンボに当選した訳じゃない。
かといって人に言えない裏家業でシコタマ儲けているわけでもない。本来、本業であるべき内装設計業は、ここ数年は皆無だ。
もちろんNGO活動で飯が食えるわけはない。

でも、けっして人に後ろ指指されるようなことはしていない。
いつでもお天道様の下を歩ける真っ当な人間である。

「何やってんですか?」と訊かれれば
NGO活動」というのが大義名分。
「何やって食べてるんですか?」と訊かれれば
いまの主たる飯の種はフリーランスの物書業である。

もっとも、それだけでは母親の生活費や息子の教育費なんて稼げない。
年収の半分が通訳やガイドやコーディネート。
残りの半分は日本とバンコクで書かせて頂いている雑誌や小冊子の原稿料。
それとて日本で暮らせば到底人並みな暮らしなんぞ無縁である。

幸いにして物価の安い国に住みながら、
たまに来られる友人知人からの救援物資を食いつなぐ毎日。
そんな書き方をしたら、まるで難民のように思えるかも知れないが、
山あり谷ありでそこそこ愉しい生活は続けてきている。

それこそ自分の人生は「縁」を活かした人財に助けられているんだけどね。
さて、その「縁」で今までに数社の出版社の雑誌を書かせて頂いています。
今日はその1つのM出版社に顔を出した。

ひょんなことから5年前に某業界人の紹介でM出版社に顔を出してから
結構な勢いでアジアネタを書かせて頂いた。少女売春、人身売買、エイズ、密航、
ヤクザ、時には漫画の原稿を書くこともあった。まるでテレビドラマや映画の脚本を
書くような長い作業だったが、その時は凄く勉強になった。

当時は駆け出しの新鋭ライターっぽい扱いをして頂き、
共に面白い紙面を作るのが愉しかった。ペンネームだとさらに過激になれた。
編集長と歌舞伎町で朝まで激論を闘わせ、読者が喜ぶネタを思考した。
ところが3年を過ぎる頃から、自分の才能の無さに大きな壁にぶち当たる。

もともとノンフィクションを書いてその手の単行本を出版させて頂き、
作家業を目指していたはずが、いつの間にかアジアを駆け巡るアンダーグランド的
ライターになっていることに、ふと疑問を感じてきたのだ。

「3冊目はいつ出すの?」
そんなことを数人の友人から訊かれ
そういえば・・・・
すでに3冊目の構想も終えていつでも書ける状態なのに
まったく筆が進まず、毎月の連載に追われている自分に気づく。

それでも多忙極める日本の出版社からは、
常に「〆切り間近ですよぉ〜」という悪魔の囁きが聞こえる。
きゃ〜、助けてくでぇ〜
毎月が「〆切り」という呪縛に苛まれるのだ。

原稿を送った日から、すぐに翌月号の取材モードに頭が切り替わる。
それが自分のいる業界なんだ」と認識しながら世間と折り合いを付けている。
だが、病気をしてからすこ〜しだけその認識が変わった。
仕事は追われるもんじゃない。追うもんだ」と。

この日、胃を切ってから2年ぶりにM出版に顔を出した。
当時の編集長はすでに替わっていた。代わりに当時の若手が編集長。
さらに今年も新人が入社して目を輝かせながら校了に励んでいた。

久しぶりにもかかわらず、手を休めて小一時間ほど打ち合わせをすると
「そりゃあ〜面白い是非それ漫画でいきましょう」と絶賛された。
結局、一本漫画の原作を依頼された。

今まで封印していたネタだが、そろそろ書いても良い頃かな。
バンコク極楽闘病記」&「バンコクの白い巨塔を暴露

そんなことより3作目の本はいつから書くんじゃい・・・・。


asia_jiyujin at 01:58|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 26, 2008

第1156回「理解できない趣味」

03c5a88b.jpg3年ぶりだろうか、久しぶりに某ラジオ局のH社長と飯田橋の貸ビルオーナーのS氏に会う。もうかれこれ5,6年前になるだろうか。ある人の紹介で4日間ほどバンコクをアテンドさせて頂いた人だが、それがお寺や遺跡などの普通の観光ではないのだ。

バンコクのチャトチャック(サンデーマーケット)にあるアーミー専門のショップや、チャイナタウンにある銃専門店でマニア向けのパーツを大量に買ったのだ。仕入れではなく完全に自分の趣味。

海軍のジッポやキャップ。空軍のアーミージャンパー。ヘルメット。精巧なプラモデル。ガンスコープや握るところのカバー。オレにはまったく興味のないモノばかりだが本人は偉くご満悦。

それ以来、帰国するときに大量のアーミージャンパーや
タイ軍関係の雑誌などを頼まれて持って行ったことがある。
さらに、タイだけじゃなくフィリピンのアンヘレスまで行って
現地にしかない昔使用していたレアな代物まで買っちゃうんです。

そんな超オタクの人たちから数年ぶりに連絡が来たのが1週間前。
帰国して今は札幌に滞在しています
「じゃあ、東京に来たら一緒に食事しましょう」
胃を切ってから会っていなかっただけに義理を欠きたくない。
約束の18時に指定された大江戸線の大門駅出口A6へ向かった。

生憎外は小雨が降っていたが、2人とも笑顔でお出迎え。
しばらくです
「おぉ、噂には聞いていたけど痩せたね」
貸ビルオーナーのS氏は自他共に認めるメタボ体系。
「俺も痩せたいけど、摂生が出来なくてねぇ」
見た目は完全にスーパーマリオ。口髭までソックリ。

すぐにH社長の行きつけの浜松町の軍鶏酒肴「みのり」へ案内される。
かんぱ〜い
今宵の酒は新潟の超辛口「景とら」
H社長はビール。スーパーマリオはウーロン茶。
昔から酒やタバコはやらない。
代わりに食べちゃうんだろうねぇ〜、きっと。

「俺も胃取っちゃおうかな」
「それが一番早いよ」
でも、食べられなくて辛いですよ
「だ〜よね」

そんな他愛もない話から一気に本題に入った。
「実はミャンマーにね、旧日本軍が使用した・・・・」
おぉ、やはりこういう展開になるのね
どうしてオイラには、まともな依頼が来ないのかね。

別に旧日本軍が使用したモノにせよ、タイ国内でもゴロゴロ落ちてるでしょ。
まぁ、銃器関係でなければ国外に持ち出せるでしょうけど、場所がビルマよ。
サイクロンに襲撃されてから未だに街は復興していないのよ。
ジャーナリストもNGO関係者も入国に規制が掛かっている厳しいお国なのよ。

「ネットでミャンマー産のものが流れているんですよ」
だは、勘弁してくだされぇ〜

まぁ、ビルマに行って仕入れてこいと言うわけではない。
仮に彼らが現地に行っても市場や国境沿いで買えるかどうかだ。
であれば、現地の友人を紹介した方が無難である。
昔取材でいろいろ痛い目にあって紅色国旗の国や
軍事国家の共産国は苦手なんですぅ。

因みにS氏だが、趣味はアーミーグッズだけじゃない。
自分のMSの部屋にはレアな自転車が34台も陳列してある。
自転車と行っても1台数十万円もするサイクリングロードだ。
あのツールドフランスで乗っている本格的なレーシングタイプ。
でも、S氏はそれらに乗る訳じゃない。
「だって、俺が乗ったら壊れるでしょ」

乗りもしない実用性のないチャリをコレクションし、
さらにはリーバイスのジーンズが100本近くもある。
オタクたちの世界ってオレには到底理解できない趣味なのね。

asia_jiyujin at 04:45|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第1155回「北海道拉麺【源】」

e5b10209.jpg東京に来ると食べたくなる味噌ラーメンがある。
以前にもD氏が連れて行ってくれた新宿南口にある【
北海道出身の店主が丹精込めて本来の味を出している。

札幌のススキノにあるラーメン横町の味とはまるっきり
志向が違い観光客に媚びたような味ではないのだ。
オレがガキの頃から食べていた懐かしい味がするのだ。

北海道人以外の多くの人は、生まれ育った地元の味噌ラーメンを食べている。
それが幼少の頃からであればなおさら「これが味噌ラーメンの味だ」と
舌が勝手に味覚を覚えてしまう。でも、本場の味は違うのだ。

博多の人も言う。実際博多の豚骨ラーメンは
そんなにクドくないし意外とアッサリしている、と。
いまでこそ豚の背脂がコッテリのった濃い味が好まれるようになったが、
味噌も塩も醤油も、本来はアッサリした方が本来の味を楽しめるもんだ。

ま、美味しい不味いは人の好みであり、人に強制は出来ない。
濃い味が好きな北国や南国の人。薄味が好きな関西の人。
辛いのが好きな人もいれば甘いのが好きな人もいる。
だから一概に「どこそこの店のラーメンは不味い」とは言えない。

でも、北海道人が好む普通の味噌ラーメンを提供してくれるのは
東京広しといえど、今のところ【】さんの味噌ラーメンだ。
D氏も盛んに「うまいうまい」と絶賛するこの店の味噌ラーメンは
何度食べてもリピートしたくなる北海道人好みの癖のない味なのだ。

因みに塩ラーメンが好きなオレはメニューにある函館塩ラーメンを
注文しようとしたら「絶対味噌です」とD氏が豪語する。
自分で食べて美味しくない味は人には勧めないんですな。

うん、うまい
確かにここの味噌ラーメンは旨い。
普通に安心できる北海道の味だ。

食べながら、ふと店の奥に張ってあった「北海道方言」を見て心が和んだ。
めんこい
あずましくない
はんかくさい
げれっぱ
ゆるくない
じょっぴん
はっちゃきこく
だはんこく
ごっぺかえす
かっちゃく
しばれる
かじける
なんもさ
もちょこい
ぺったらこい
やばちい
果たして読者の方はいくつ理解できたでしょうか。
むか〜し、爺様ばあ様が言っていたような言葉だが、
北海道の今の若い人は殆ど口にしない。

そりゃあそうだべぇ。承継する人もいないしさ、
使う人もいなぐなったべさぁ。


asia_jiyujin at 03:19|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1152回「東京滞在初日の夜」

6a642654.jpg東京滞在中はいつもIT社長のD氏のMSにご厄介になる。以前までは高層MSの25階に住んでいたが地震の度に左右に1mも動く耐震構造に耐えかねて昨年から低層MSの4階に引っ越した。

さて6月10に帰国してからすぐに名古屋入りして大阪、福井、金沢、富山、新潟、仙台を周遊したときは70名に会い、7月1日に北海道入りしてからは50日間で50人と再会。関東では千葉や沼津など60の人に会う予定。今回も愉楽の時が過ごせますように。

ところで、常識的に考えて仕事でもないのに4ヶ月もの長期間で、まるで全国行脚のように毎日いろんな地を訪れていろんな人に会うこと事態、非日常的な生活である。

食費は別にしても、先進国の交通費や滞在費はタイの数倍はかかる。
それこそキャンピングカーを借りて旅を続けたらガソリン代が膨大だ。

まさにドキュメンタリー番組をカメラを回さないでやっているようなもんです。
主役はオレ。脚本もオレ。演出もオレ。キャスティングもオレ。
映画のようなワンシーンが毎日過ぎていく生活。
本当に一分一秒が生きる幸せを感じる日々で御座いまする。

実は以前、霊能者ヤダムから「何をやっているときが一番幸せ?」と質問されたことがある。
オレは瞬時に即答できなかった。おそらくその時点で幸せだったからだろう。
不遇な立場や不満があれば、いろんな答えが次から次に出てきただろう。

結局、考えたあげく出した答えが「自分の存在が人の役に立って、喜ぶ顔が見られることかな
まるで模範解答を読み上げる優等生のような答えに自分で言って恥ずかしくなった。
でも、今は違う。本当の幸せを毎日感じている。心の底から「幸せだなぁ」って思う。

おそらく胃癌にならなければ気が付かなかっただろうし、
気が付けばいつの間にか全国にこんなにも多くの友人や仲間がいる。
もうそれだけでも充分人生を愉しく幸せを感じて生きられる。

死の淵から蘇ってから毎年日本各地を旅する理由は、
「縁」に感謝しながら生きている喜びを感じたいからだ。
そして全国の友人や仲間達に元気になったオイラをみてもらいたい。

さて東京滞在初日の夜。D氏と共に以前バンコクで
アテンドしたことのあるM氏と渋谷で会食をした。
近くにD氏の会社もある九州名物の水炊き屋「酒井

福岡生まれの女将さんは、最初はつっけんどんなもの言いをしていたが、
時間が経つにつれなんとも気さくでユーモーアーのあるお母さんだった。
水炊きを食べるのは3年前に博多に行って以来だ。(写真)

「うっめぇ〜」M氏が最初に唸った。
「うん、旨い」と一言D氏。
あれ、意外と旨いじゃん。良い出汁が出てるね」とオレ。

本当に旨い。勧められた芋焼酎も旨い。
「ヤバイね。マジ旨いよ」
3人が3人とも下を向いて唸る。
3年前に本場で食べた水炊きよりも数倍旨く感じた。
あぁ、今宵も幸せの序曲が鳴り響いていますぅ〜


asia_jiyujin at 01:45|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 24, 2008

第1151回「北海道滞在最後の夜」

124e7102.jpg21日。この日は千歳の親代わりのN宅に宿泊。
N夫婦はいつもオレの事を心配してくれる。
でも、一番の理解者でもある。

歳を重ねる前に早く良い人を見つけて再婚しなさいと言われる。
親代わりとしては至極ごもっともな意見である。
例えタイであっても今度大病を患わしたら
それこそ1人で闘う自信はない。

この日は嫁いだN氏の娘たち2人が実家に戻ってきて
オレの大好きな野菜たっぷりのカレーを作ってくれた。
そして晩酌はこれも一番のお気に入りの大吟醸「八海山

「明朝は6時に起きて7時には空港に送っていくからね」
かたじけない。いつもお世話をかけます
「なーんもさ、でも今夜は10時に寝ますよ」
は〜い
と生返事しながら八海山を口に運ぶ。
う〜ん、やっぱ大吟醸は旨いっすねぇ

ふと気が付いたらいつの間にか空になっている。
ヤバイ
しかも時間は10時を回っている。
つい酒が入ると話が長くなる。
結果的に時間はあっという間に過ぎてしまう。

今度はブランデーが出てきた。
いかん、Nさんもう寝ましょうよ
「もう少しいいでしょ」
・・・ん〜じゃあ、もうちょっと
それから風呂に入り結局就寝したのは0時を回ってからだ。

これが東京に行ってからとんだ失態に繋がるとはこのときは知るよしもしなかった。
では、「東京滞在初日の夜」編をお楽しみに・・・・。


asia_jiyujin at 16:00|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第1150回「札幌転出届提出」

30e2cf1d.jpg8月20日。札幌中央区役所に転出届を出しに行った。これで札幌市民ではなくなったわけだ。ちょっぴり淋しい気もするが転出しなければ理不尽な市民税や道民税がかかってくる。

かつて3回ほど札幌市民なった。東区、豊平区、そして中央区。帰国してからいろんな県を旅してきているが自分がその気になれば何処の町にでも住める自信がある。一番住みたいところは大阪だ。あの熱気と活気と無駄なエネルギーはバンコクに似ている。

でも、友達が多いのは北海道と東京。仕事を優先するなら東京が一番適しているが大都会はオレの住むべき町じゃない。まぁ、この先もしばらくはバンコクに長期滞在することになるだろう。

多くの人がオレのタイ在住を望んでいる。オレがタイに住んでいるから
毎年タイに遊びに来る人たちもいるし、仕事やボランティアのオファーもあるしね。
でも、タイに身を置いている一番の理由は「生きる」修練かな。
今までに沢山のことを教えてくれた民たち。そして生かされている国ですから。

いずれ人生のターニングポイントが来る日までは
いろんな人と出逢いながら人生を粛々と生きるだけ。

翌日の夕方、ラッシュ時の電車で札幌を後にした。
ありがとう札幌。そしてさようなら。また来る日まで。


asia_jiyujin at 15:41|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう