July 2009

July 31, 2009

第1503回「今宵は山菜を肴に」

1503「今宵は山菜を肴に」

サロマに来ると必ず寄る家がある。農業を営むSさん家。
毎年中国からの研修生が来て美味しい水餃子を食べさせてくれたのだが、
残念ながら今年はいないらしい。代わりに旬の北海しまえびや
お母さんお手製の山菜料理が酒の肴。(写真)

実は胃を切って以来肉類や揚物より煮物や山菜料理が好物になった。
特に魚の煮物や山菜料理はバンコクの日本食店には存在しない。
フキやワラビやキノコ類も旨いが、実はウドの酢味噌和えが一番の好物。

通常は5月が旬の山菜だから、ここ数年は食べる機会はなかったが
な〜んと、お母さんが作って冷凍保存していたウドの酢味噌を出してくれた。
日本酒でキュッとやる。
かぁ〜、し・あ・わ・せ・だねぇ〜

Sお父さんがY氏に連絡をしてくれて家まで来てくれた。
「おぉ、藤岡さ〜ん。タイでは世話になったねぇ」
どうも久しぶりです
手には銘酒を2本もぶら下げている。
さすがYさん。気が利くねぇ〜

酒の話題はもっぱらタイばかりだったが、
この夜も記憶は断片的にしか残っていない。
しかも、翌朝起きた時には喉が嗄れて声が出ない。

いやぁ〜、どんだけ飲んだんだべぇ
それにしても7月にウドの酢味噌和えが食べられるなんて、
なまら嬉しかったです。深謝。


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asia_jiyujin at 18:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第1502回「M前代表のお墓参り」

1502「M代表のお墓参り」

7月27日【サロマ】
和寒を後にして一路オホーツク海に面するサロマに車を走らせた。
昨年は行けなかったから2年ぶりになる。到着時間は午後4時。

先ずは昨年タイでアテンドを頼まれながら不義理をしてしまった
S家に寄って詫びを入れるつもりだったのだが生憎家は留守だった。
しばらく待ったが誰も帰ってこなかったので置き手紙を書いた。
本来なら会ってキッチリ頭を下げるべきなのだがまたも義理を欠く。

道東に来ると会う人が沢山いる。でも、さすがに全ての人に会う時間はない。
「なんだよぉ〜、近くに来たんなら顔出してけばいっしょや〜」と義理を欠く。
特に浜の人たちは義理堅く仲間意識が強い。だから一度義理を欠くと自然と足が遠退く。
袖振り合うも多生の縁」を信条にしているオレとしては「」は大切にしたい。

いろんな縁や絆の繋がりで生かさせていることに感謝し、4年前に
他界したM前代表の墓参りに訪れた。微かな記憶力で墓前に手を
合わせるも「あれM氏の名前がない」よく見るとその右隣だった。
田舎の墓は親戚縁者が多いから似た名前が多いんだよね。

Mおとうさんの意志を引き継いでタイやラオスの活動は続いているからね。
安心して空の上から見守って下さいね
」感謝、ワイ(合掌)

それにしても今回の帰国は、やたらお墓参りが続く。
他にも今年1月に他界した札幌のJさんのお墓にも行きたいのだが、
時間には限りがあるから、どうやらこれも義理を欠きそうだ。
心から冥福を祈ります


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asia_jiyujin at 18:01|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

July 30, 2009

第1501回「黒毛和牛二頭分」

1501「黒毛和牛2頭分」

もぉ〜」オレの姿を見て挨拶する黒い牛くん。
この立派に黒光りする牛二頭分がラオスの山岳地帯の
学校建築資金として寄贈されたんです。

道内では帯広で定期的に牛の競りが行われるそうですが
通常は一頭70〜80万円で落札されるのが相場らしい。
3年前、H爺様が育てた黒毛和牛は168万円で落札。

300万円前後の最高値もつく年もあるそうだが
昨今の不況ではさすがに高い値はつかないそうだ。

H爺様の農場には40頭近くの牛が飼育されている。
半分は乳牛で半分は肉牛。ペットを飼うのと違って
生きものを育てて生産するのは半端じゃなく大変な事だ。

極寒の凍てつく寒い日でも、アブラゼミが鳴くクソ暑い
真夏の日でもけっして休むことはできない。
一生懸命育てた牛の売り上げで貧困な国の子供たちを
支援するなんて事もなかなか出来ることでは御座いません。

タイとラオスで貴重な体験をしてきた5人の孫たちは
日本に帰国してから随分と生活態度が変わったそうだ。
贅沢を言わなくなり、親の言うことも聞くようになったそうだ。

実は数年前に中学2年でグレた孫がいたのだが、
H爺様はその孫を一番ラオスに連れて行きたかったそうだ。

M基金を手伝うようになってから毎年のように不登校の子や
虐めや心に問題のある子がスタディツアーに参加して来た。
そのいずれの子も帰国してから学校に通うようになり、
生活態度が一変したそうだ。親からは感謝の連絡を受けたが
我々は何もしていない。ただ、自分で「見て」「体験」しただけ。

タイという国は、ある意味凄い国だと思う。
人を変えられるだけの大きな「」がある。
オレも人生を変えられた中の1人。

中学時代に問題を起こした孫も、今では普通の高校2年生になった。
でも、「見てない」彼をH爺様は是非あの現実を見せたいと願う。

Mくん。いつでもタイに来い。待ってるぜ


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asia_jiyujin at 21:26|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第1500回「見よ!このケーキ」

1500「畑型ケーキか?」

まるで畑のようなおっきなケーキでしょ。
これが僅か数分で箱の底が見えたそうだが、
いやはやオレも大人げないけど孫たちの食気はもっと凄いっす。

翌朝も外は小雨。夏休みが始まったばかりの孫たちは
大きな居間でTVゲームやDSで遊びに乗じている。
ここはゲーセンか・・・


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asia_jiyujin at 21:18|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1499回「壮絶バトル勃発」

1499「偶然的合同誕生会」

この日、偶然にも7月生まれが3人もいた。
15歳の孫にお婆ちゃん。ついでにオレもナットー生まれ。
娘さんがおっきなケーキを用意してくれて合同誕生会。

オイラも数日前に千歳で用意してくれた「5と1」の
ロウソクをケーキに乗っけて火を点す。
はっぴば〜すでぃ〜つゆ

歌い終わったと同時に数本のスプーンが一気にケーキに伸びる。
孫7人対1.その姿はまるで避難民のように貪る壮絶なバトル。

オレも負けじと食べたはずなのだが、実はそれまで飲んでいた
銘酒にすっかり酔ってしまい記憶が断片的にしか残っていない。


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asia_jiyujin at 21:13|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第1498回「学校を建てた爺様」

1498「学校を建てた爺様」7月26日【和寒】
毎日が雨か曇りの日が続く。
初夏の北海道を満喫するつもりがどうやら今年は期待薄のようだ。

さて、しばらく滞在した美瑛の実家を後にして和寒へ車を走らせる。
「帰国したら是非我が家まで足を伸ばして下さい」今年3月に
娘さんや孫5人を伴ってタイに来たH爺様から呼ばれていた。

美瑛→旭川→比布とずっと小雨が降る。
塩狩峠を越える頃にようやく雨が止む。
のナビを頼りに2時間弱でH爺様の家に到着。

「いやぁ〜、よく来て下さった」笑顔のH爺様。
市内に住む娘夫婦と孫たちや、札幌からも孫たちが集まる。
酪農を営むH爺様の家は、それなりに大きな農家の家だが
これだけ子供や孫たちが集まると居間も和室もいっぱいだ。

まるでタイ東北部のノンカイの村にホームスティした時と同じ状況だ。
早速H爺様と灘の銘酒で一献傾ける。肴は北海道らくしジンギスカン。
通常ならビールと行きたいが胃のないオレには日本酒がいい。

かんぱ〜い。くぅ〜、なっまらぁ旨いんでないかい
久しぶりに五臓六腑、いや四臓六腑に染み渡る米の蒸溜上水。
「し・あ・わ・せ・で御座いまする」

H爺様とオイラを囲んで記念撮影するも
孫たちの数が多すぎて埋もれて見えないぞぁ。(写真)


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asia_jiyujin at 20:44|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

July 25, 2009

第1497回「最後に処分すべき物」

8eab59d7.jpg7月24日【美瑛】
実は実家に戻って来た理由には、もう1つの理由があった。
長年友人宅を転々としていたオイラの荷物を今回の滞在中に
全て綺麗に処分して整理することだ。

背格好がオレに追いついた息子に背広やネクタイや鞄を献上。リサイクルショップにいくつかのブツを搬入。かつて16万円もしたビデオカメラがなんと500円の買取り。知人からの依頼でタイにて銀製品のサンプルを5万円分買うもその後知人は事業に失敗。

在庫として残った銀製品はわずか670円で引き取られた。
ま、オレが持っていても宝の持ち腐れだしね

必要とする誰かが買って世に流通させた方が資本主義は回るものである。
とは言っても悲しい現実なのね。で、最後に残ったのがガキの頃からの
大量のアルバム。これって最後はどうなるの。誰が処分するの。

きっと、家族がいなければ全てゴミと化すのだろうけど、
やはりそれには処分する最適な時期というものがあるだろう。
それにはまだちと早い気もする。もう少し歳を重ねたら縁側で昆布茶でも
啜りながら人生を振り返って想い出に浸る愉しむ時間を取っておこうと思う。

だから、それまでは保管場所にもっとも適した実家の蔵しかない。
で、毎晩遅くまで整理しているうちに懐かしい写真につい目がいく。
あぁ〜、この時つき合っていた彼女は今頃どうしてんだろ・・・
この時オレは輝いていたんだなぁ〜
へぇ〜、この時のオレってスマートで痩せてたのねぇ
お、タイで初めてアテンドした大学生たちだ。ヤツらも今ではパパやママだもんな
気が付けば外が白々と明けてきた。

さて、この続きはもう少し歳をとってから改めてジックリ見るべか。
それにしても別れても未だに処分できない昔の彼女たちの数枚の写真。
やっぱ、あん時のあの子がいっちゃん良かったなぁ〜」なんて・・・。

因みに一番初めに高校時代に付き合っていた他校の彼女の写真が
歴史的なレア物のようにすでにセピア色に染まっていた。
このセピア色ってタイの田舎村の色に似てるね・・・


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asia_jiyujin at 14:55|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1496回「再び生まれ故郷へ」

e5f2b956.jpg7月22日【美瑛】
再び生まれ故郷へ戻ってきた。やはり実家はいい。
誰の目も気にすることなく気苦労もない分だけ心が落ち着く。
何と言っても母親の手料理はどんな高級料亭よりも旨い。

ま、それもあるが、せめて北海道にいる間は高齢の母親の近くにいるようにしたい。オレの身勝手な離婚劇によって一緒に同居して愛孫と遊ぶ喜びを奪ってしまった償いもあるしね。

それに今週末からは美瑛の夏祭りが始まる。
ガキの頃は待ち遠しかったイベントだったけど、
どうして大人になってしまうと面白く感じないんだろうね。

昔はサーカスや見物小屋があり、子供心ながらドキドキしながら
首の長〜い犬女を見たことがある。今思えば子供だましのようなタネだが、
あの頃は人を疑うこともなく純粋だったのに、今では汚い物を見過ぎて・・・。

子供の頃に想い描いた夢やファンタジーは大人になっても失いたくないよね。


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asia_jiyujin at 14:41|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1495回「山一面が紫色畑」

bf033f67.jpg知人からお借りした車はまるでレンタカーのように整備が良く山道を軽快に滑走。途中何度かスピード違反の取締なんぞに遭遇したが、何故か運良くクリアー。因みに免許証は15年間ゴールド。

富良野に到着してから、ふと峠を見ると一面にラベンダーが咲き誇っていた。「ほっほぉ〜、綺麗やね」かつて30年以上も前はこの中に埋もれるようにしながら青春時代を生きていたのね。

懐かしいなぁ
ふと、そんなことを想い出しながら一路実家へ向かう。


asia_jiyujin at 14:28|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

第1494回「いつか優駿を駆ける」

d6a67bfd.jpgかつて千歳の建築会社で働いている時代に70歳近い歯科医の顧客がいた。建築の営業は、先ずお客様の趣味を知ることから始まる。もっとも、オレと倍以上の年齢差がある人との共通の話題を探すのはかなりの至難。ある時、窓際にあったアンテナを発見。

先生、あれ何ですか?」「あぁ、ワシは競馬やっているんだ」ボケ防止のために始めたと言う競馬は中々奥が深い。結局、家が完成するまでの2年間はG1レースは全てを賭けた。

毎週月曜日が建築打合わせ日なのだが、「建築はあなたに任せているんだから好きなようにやってくれ。それより昨日のメインレース・・・」家が完成するまでの2年間で合計47000円の勝越し。

毎週土曜日に札幌のJRAまで馬券を買いに行くようになり
いつしか同僚たちが便乗するようになった。負ければゼロ。
勝てば2割の歩合を貰う約束で毎週末数人の馬券を買った。

そんなある日、エリザベス女王杯で誰もが来るはずもないと思っていた
無名のタケノベルベットが1着でゴール。なんと同僚が勝った千円の特券が
72万円に化けた。その日の夜は同僚の奢りで後輩を引き連れて歓楽街を闊歩。

ところが、その後彼は車を当て逃げされたり、一級建築士の試験に不合格と、
まさに人生の運を馬券で使っちゃったかのように数年は不運が続いた。
博打で人生を狂う人は少なからずいるが、オレもそれ以来競馬もパチスロも止めた。
今ではもっともデカイ賭をしている。そう、自分の人生に全てを賭けておりまする。

さて、目前で調整しているこの2歳馬も(写真)いつしか優駿(日本ダービー)で
走るのを目指して日々頑張っているのだとか。

因みにタイではトランプで遊んでいるだけでも捕まるほど賭博が御法度の国ですが、
公営の競馬はあるんですよ。滅多に高額配当は出ませんけどね。


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asia_jiyujin at 14:21|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう